• 陶曲

【陶曲】決起惑道

マスター:真柄葉

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~6人
サポート
0~3人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/07/22 07:30
完成日
2017/08/02 23:44

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●ポルトワール海軍本部
 降り注ぐ日差しと纏わりつく熱気が、港町に夏の予感を告げる。
 海の青に生える純白の軍服に身を包む恰幅のいい初老の男モデスト・サンテは、柄にも似合わず上品なカップで紅茶を愉しんでいた。
「……不気味な程、被害が少ないな」
 机に山と積まれた報告書は、先日襲来した歪虚軍団のものである。
 街に歪虚が出た。
 本来であればそれだけで目を瞑りたくなるような被害を覚悟する所であったが、今回の襲撃劇にそれはない。
「歪虚の奴ら、一体何を考えてやがるんだ……」
 書類を捲る度に、その異様性が浮き彫りになる。
 モデストはたるんだ顎を何度も摩り眉間に皺を寄せた。
「兎に角、今は復興だ」
 余計な事を考えるより、今は最優先にやらねばならぬことがある。モデストは部下を呼ぶ為、手鈴を鳴らした。

●ダウンタウン
 ポルトワールにいくつかあるダウンタウンの一つ。
 普段は貧しいながらも活気に満ち溢れた人々が、日々を懸命に生きる場所であるのだが――。
「搾取され虐げられしダウンタウンの住民達よ!」
 石造りの広場に設けられた演説台に立つ女性が、道行く住民達に声高に語り掛けていた。
「ヴァネッサ……?」
 人望篤くダウンタウンの誰もが一目置く女史が、凛とした声を広場に響かせている。
 住民の誰しもが立ち止まり、演説めいた実質的なリーダーの言葉に耳を傾けた。
「昨今の同盟軍の実情を、皆は知っているだろうか!」
 ヴァネッサの言葉に、住民達は何の事だと互いに顔を見合わせる。
「軍の強化だと、徴収した税はいったいどこに行っている! 歪虚討伐の為に? 他国とのパワーバランスをとるために? 確かにそこにも『多少』は流れているだろう」
 リーダーが問いかけるように投げかけた言葉に、住民たちの間にざわめきが広がっていった。
「しかし! その裏では一体何が起きているか、皆は知っているのか!」
 どこぞの貴族や顔も知らぬ評議会員がこんな荒唐無稽な演説を繰り広げたのであれば、一笑に付す場面だろう。
 しかし、今、この場でそれを発信した人物は、住民達の誰しもが頼りにし、親しみを持つ女史である。
 その言葉一つ一つに言い知れぬ重みを感じる住民達は、次第にその表情を真剣なものに変えていった。
「――搾取されるだけの時代は今終わりを告げる! これからは我々が時代を作っていくのだ! さぁ、立て! 我らが今こそ立つべき時だ!!」
 妙齢の女史の凛とした言が、波紋の様に広場に広がり集まった人々の心に染み渡っていき――数瞬の静寂が聴衆たちの大歓声へと変わった。
 下町といえば多少聞こえはいいが、そこには『貧民街』の意味合いも多分に含まれる。ここに暮らす住民達に裕福な者などほとんどいない。
 常に不満がくすぶる群衆の中に、一人の指導者が『反抗』という名の火種を放り込んだ。
 指導者の名を連呼する住民達を前に、祈る様に天を仰いだヴァネッサ。
 海の青にも似た蒼い瞳の奥に、不穏な黒い影が揺らめいていたことを、この場に居た誰も気付く事は無かった。

●アジト
「な、なぁ、ヴァネッサ。本気で革命とかやるつもりなのか……?」
 アジトに据えられた質のよさそうなイスに深く座るヴァネッサに向け、仲間の一人が恐る恐る声をかけた。
「……君はいつまでこの現状に甘んじるつもりだい?」
「い、いや、いつまでって聞かれても……」
 大して学もない男は、ヴァネッサの鋭い視線にひるむ。
「それでは、準備を進めてくれ。私は同盟軍への『陳情書』書かねばならないからな」
 そう言うとヴァネッサは関から立ち上がり、奥の部屋へと向かう。
「お、おう。何とかやってみる」
 すっかりリーダー気取り――いや、元々ダウンタウンの実質的なリーダーだったのだが、今のヴァネッサはまるでリーダーを演じているようにも見える。
 心変わり? 使命感? ……恋、はないか。
 彼女の変化に戸惑いつつも、男は何とかこの事実を受け入れようと心の中で理由を求めた。その言葉には重みがあるのもまた事実なのだから。
「…………なんだ、今の?」
 思索に耽っていた男は奥の部屋へと体を滑り込ませるヴァネッサの背後に、小さな違和感を覚える。
「糸くず?」
 にしては、随分と長い――ような気がしたが、と男は首をかしげたのだった。

●海軍本部
「なぁぁにぃぃぃっ!?」
「ひぃっ!」
 モデストの大声に、報告に来た部下は短く悲鳴を上げる。
 街の復興状況に苦心していた矢先、この部下がもたらした報告はモデストを絶叫させるに足るものだった。
「……あー、すまん」
 数瞬固まった後、モデストはコホンと咳払いを一つ。
「詳しく話を聞かせろ」
 部下に報告の続きを促した。

 ダウンタウンと一般区画の境に、瓦礫や廃材で作ったバリケードを設置し、ダウンタウン丸ごと『籠城』を開始したというのだ。
 いったい何のためにと訝しむモデストに部下は続ける。
 首謀者として名前が挙がったのは、ダウンタウンの実質的なリーダー、ヴァネッサ。
 ダウンタウンの住民の不安や不満を煽り立てるような演説を行い決起を促した。
 住民に日ごろから燻る負の感情を揺り動かしたヴァネッサは、自ら先頭に立ち同盟軍へ『宣戦布告』してきたのだ。

 そこまで話し、部下は一通の書状をモデストに手渡した。
 いつの間にか流れていた頬の汗を乱暴に裾で拭うと、モデストは書状に目を通し始める。
 その内容は、モデストから見ればまさに荒唐無稽。ダウンタウンの住民達の不遇を訴えると共に、同盟軍の粗をしつこく糾弾している。
「……(あいつがクーデターだと? 馬鹿な。そんなことする奴じゃねぇぞ)」
 モデストは書面に視線を落とし思考に沈んだ。
 この字は確かにヴァネッサ本人のもの。まるで望んではいないが、長年にわたりライバル関係とも取れる間柄である。相手の性格や癖はよく理解している。
「……あっちでも掴んでるとは思うが、一応ロメオにも連絡を入れておけ。同盟軍は治安維持の名の下にクーデターの制圧に入るぞ!」
 モデストは今後の指示を出すと共に、ポルトワールの長であるロメオ・ガッディの名を出し、伝令を走らせる。
「部隊は中隊規模で行動。バリケードを撤去しつつ、住民の鎮静化を図る! いいな。住民感情に十分に留意するんだ! 相手は腐っても一般人。軽い怪我程度は目を瞑るが、決して殺すなよ!」
「はっ!」
 その一言に改めて気を引き締めた部下がびしっと敬礼を行い、部屋から退室した。

「今度はクーデターだと? どうしちまったんだ、この街は」
 モデストの呟きが静まり返った部屋に流れる。
「……やっぱり気になるな。確かめてみるか」
 先ほど出て行った部下を呼ぶ為、モデストは手鈴を鳴らした。

リプレイ本文

●ポルトワール
 一触即発――とは言えないどこか漫然とした雰囲気の中、海軍と労働者達は先の見えぬにらみ合いを続けていた。

 作戦決行を前にディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)はダウンタウンに近い教会を訪れていた。
「近くのダウンタウンで騒動が起こっているようですが、こちらには変わった事はございませんでしたか?」
「お陰様でこちらは平和そのものですよ」
 ディードリヒの質問にシスターは絶やさぬ笑顔で答える。
「そうですか……君達は何か変わった事なかったかい?」
 ディードリヒはシスターの後ろで様子をうかがう子供達にも問いかけた。
 「かわったこと?」と問いかけは子供達の間で伝播していき、最後の一人がこう呟く。
「へんなじーさんがいたよ! ダウンタウンにはいっていったんだ!」
「変なお爺さん……?」
 聞けば一週間ほど前に身なりのいい老紳士がダウンタウンへ向かったと。
(確かに似つかわしくない身なりのようですが、関連があるようには――)
 子供だけが持つ独特の嗅覚がそう言わしめているのか、それとも只の勘違いか。
 しかし、他の子供たちも「わたしもみた!」「みたみた!」などと声をそろえた。
「それは大変だ。もしかしたら、そのお爺さんは悪い子を浚いに来た悪魔かもしれないよ?」
 優し気な微笑みと共に聞かされた思いがけない言葉に、子供たちは短い悲鳴を上げる。
「皆、これからもシスターを助け、いい子に出来るかい?」
 ディードリヒの問いかけに子供たちは一斉に肯定の声を上げた。

●ダウンタウン
 暗い部屋に身をひそめ、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は向かいの建物を見やる。
 所々明かりは灯っているものの、総じて静か。
「あれがアジトか」
 一日の人の出入りは僅か数名。その中には演説に向かうのだろうヴァネッサも含まれていた。
 しかし、それ以外はいたって普通の安アパート。レジスタンスの様な物々しい雰囲気など微塵もない。
「しかし、護衛も連れず、か。随分と腕に自信があるようだ」
「毎度煮え湯を飲まされていますよ」
 答えるのは内偵を進める男。
「少将殿も気苦労が絶えないな。うん? ……あれは」
 内偵と軽口を交わしていると、建物の前に一台の荷馬車が止まった。
「あれは食料の搬入でしょう。三日に一度ああやって搬入があるようです」
「ふむ、三日であの量となると――」
 『三日に一度』『荷馬車一台分』。数多の戦場経験が消費者の数を瞬時に導きだす。
「おおよその人数は知れた」
「へぇ、あれでよくわかりますね」
「凡事徹底。生き残るために身についた技さ」
「それはそれは」
「では、引き続き内偵を頼む」
 それだけを言い残しアウレールはコートを翻した。

●酒場
「ダウンタウンの未来に!」
「ヴァネッサ女史に!」
 高々と挙げた盃をぶつけ合う。酒場は一種異様とも取れる熱気に包まれていた。
(おいおい、祭りか何かと勘違いしてねぇか?)
 そんな酒場の片隅、地味な服装に身を包んだカイ(ka3770)。
(ま、その方が好都合だけどな)
 と、カイはジョッキを手に取ると、何気ない足取りで狂瀾の渦中へ。
「うん? みねぇ顔だな」
「西のダウンタウンのもんだ」
「わざわざ来たのか?」
「ヴァネッサさんが立ったんだ、応援しに来ないわけにはいかねぇだろ」
 そう言ってカイはジョッキを掲げた。

「しっかし、なんでいきなり立ち上がってくれたんだろうな」
「あん?」
「案外、歪虚とかに操られてたりして」
「ぶふっ!? ヴォ、歪虚だって!? あ、あのヴァネッサさんに限って……」
「はは、そうだな、あるわけないな。忘れてくれ」
「お、おう……」
 それ以降、同じ話題は出さず、カイは集った群衆達の和に溶け込んでいった。

●作戦決行
 窓から漏れてくる光が路地を照らす中、潜入班は建物の影に身をひそめる。
「金鹿さん、大丈夫ですか……?」
 突入を前に緊張しているのか表情を曇らせる金鹿(ka5959)に、花厳 刹那(ka3984)が囁きかけた。
「あ、はい、少し考え事をしておりました」
「なにか気になる事でも? 心配事は作戦前に解決しておくに限りますよ」
「……実は――以前聞き及んだヴァネッサさんの人物像と……その、随分と違っているように感じますもので」
 心配そうに覗き込む刹那に、金鹿はゆっくりと語り始めた。
「私はよく知らないのですけど、出来た人物だったみたいですね」
 刹那の評に金鹿がこくりと頷く。
「もしかしたら別に黒幕がいるのかもしれないですね」
「不謹慎かもしれませんが、そうであってほしいと望んでいる自分がいるのです」
「ならなおの事、助けてあげないといけませんね!」
 ぐっと拳を握る刹那に、金鹿は伏せていた顔を上げた。

「準備はいいかな?」
 エリオ・アスコリ(ka5928)が確認すると共に、隣の建物の屋上を一瞥する。
 屋上では暗がりに蠢く二つの影。
「それじゃ、私は裏手から行きますね」
「お一人で大丈夫ですか?」
「任せてください。一流のお仕事人に不可能はありませんから!」
「お仕事人……?」
「あっ……いえ、何でもありません! こっちの話です!」
 あははと照れ笑いを浮かべながら、刹那は一人建物の裏手に回った。

●一階
 供を頼んだ友人エアルドフリス(ka1856)に背を任せ、エリオは慎重に踏み込んだ。
 建物の内部に侵入するや、背後に感じた魔力は徐々に膨らみ、室内に淡い蒼燐光が静かに降り注いだ。
「流石だね、エアルドさん」
 友人の手際に口笛の一つでも吹きたい気分だが、それは「しっ」っと短く制された。
「抵抗できる人はあまりいないと思うけど、慎重に行こう」
 無灯火の中、エリオを先頭に手探りで廊下を進んでいく。

●地下室
 地上階よりなお暗い地下には部屋が左右に5つずつ。
「背をお借りしますわ」
「ああ」
 光を漏らすまいと、金鹿は前を行くカイの背に六芒を刻むと、淡い光が瞬き命の輝きを暴き出す。
「上階に光点が10ほど」
「上は他の奴らに任せよう。ここはどうだ」
「ありませんわ。――不気味なほどに」
 答える金鹿の声は少なからず緊張を孕んでいる。
 そう、生命に反応がないとなると残る可能性は――。
「歪虚か」
 金鹿がこくりと頷いた。
「ともかく確かめねぇとな。手前から行く。サポートを頼むぞ」
「はい、お任せくださいませ」
 金鹿の返事を受け、カイは手近にあったドアに手を掛けた。

●三階
(ここは確か明かりがついてた部屋)
 外部階段から侵入した刹那は外壁に移動しつつ、目的の部屋へたどり着いた。
(声は……しない? 寝てるのかな)
 聞き耳を立てていたが、人の気配は感じられない。
(それじゃ早速――って、不用心ね)
 息巻いて窓に手を掛けるもするりと開く。拍子抜けしつつも刹那は部屋へ潜入した。
(あらま、こちらも不用心だ事。おかげでお仕事やりやすいからいいけど)
 中では男が数人ベッドで寝息を立てている。刹那はそのまま壁を歩きベッドに近づくと、男の顔に手を伸ばし――。
(これで朝までぐっすりお休みしててね)
 両耳に耳栓をねじ込んだ。
「さて、お仕事完了っと」
 他の男にも同様のお仕事を施し、刹那はこの調子で三階を制圧していった。

●五階
 隣の建物からワイヤーによる垂直降下で無人の部屋に潜入した二人は、即座に制圧戦を開始した。
 真っ暗な部屋の中、アウレールが手振りだけで指示を送り、ディードリヒが完璧に履行する。
 最初の部屋を制圧し終え、ディードリヒが壁を伝い廊下へのドアを開くと、アウレールが廊下を覗き見る。
 残る部屋は二つ。
 どちらも事前調査により、無人であるとの調査結果が出ているが、それはあくまで外部からの確認によるもの。
 アウレールは次の部屋のドアを視認すると、重力に逆らい壁を歩行するディードリヒに再び指示を送った。

 互いに一言も発せぬまま、五階の制圧は進んでいく――。

●二階
 再びエアルドフリスの円環成就でフロアを制圧し、二人は部屋を捜索していた。
 ようやく変化があったのがこの3つ目の部屋。
 床に突っ伏した数人の男達の他に、女が一人うつらうつらと船を漕いでいた。

「抵抗をしなければ、危害は加えないよ」
 エリオは拘束した女に静かに語り掛ける。
「……」
「こんな状況で説得力はないかもしれないけど、僕達はハンターだ。君達のリーダーを助けに来たんだ」
「っ!」
 エリオの言葉に女ははっと顔を上げた。
「なにか知ってるんだね。教えてくれないかな?」
「…………」
 沈黙する女の言葉をエリオは根気強く待つ。
「……あれは一週間ほど前――」
 しばらくの無言が続いた後、女はようやく口を開く。
 そして、纏まらない言葉でゆっくりと突然始まったヴァネッサの『異変』を語っていく――。

「糸……?」
 予想もしない単語に、エリオは思わず聞き返した。
「糸が……操って。違う。わからない……わからないの……」
 女は纏まらない考えの中必死で言葉を紡ぐ。
「ありがとう、助かった。君達のリーダーは僕達が必ず取り戻して見せる」
 今にも泣き崩れそうな女の肩にポンッと手を置き、エリオが囁きかけた。
「さ、行くよエアルドさん。あんまりあちこちに愛想振り撒いてたら――わかってるよね?」
 エリオに続き女に甘い声で囁きかけていたエアルドフリスの背をぐいぐいと押し、上階を目指した。

●四階
 先着した刹那が昇降口で待っていると、程なくして全員が顔をそろえた。
「残すのはこのフロアだけか」
 地下の捜索が肩透かしに終わってか、若干イラついた雰囲気を纏うカイが薄暗い廊下の先を睨み付ける。
「5つほどの反応がありますわ」
 一方の金鹿は、逆に少し安堵しつつ再び辺りの生体反応を確認した。
「ふむ……であればここに居る可能性も」
「? なにか気がかりな事でも?」
「いえ、些細な事でございますよ」
 刹那の問いにディードリヒは言葉を濁す。
 教会で子供たちから聞いたあの『噂』がどうにも引っかかっているのだが、確信が何もない。
「兎に角、あまり時間をかけていると感づかれるよ。一気に行こう」
 既にエアルドフリスの睡雲は効果を発動させている。エリオは殊更気さくに廊下の先を指さした。


「こんな深夜に随分なご挨拶だね」
「行儀のいい挨拶がご希望だったとは、失礼した」
 などと言いながらもアウレールの剣はヴァネッサの脚を的確に狙う。
 取り囲まれないように部屋の出入り口に構えるヴァネッサに、ハンター達は対峙していた。
「君達がどこの手の者かはある程度予想がつくよ。話なら明朝でいいだろう? 人前に出るなら化粧もしないといけないしね」
 悠然と構えるヴァネッサは刺突に変えたアウレールの一撃を寸でで避ける。
「いえ、お話はこの場で」
 一旦距離を取ったアウレールの後ろから金鹿が話しかけた。
「急ぎの用という訳かい。わかったよ。でも手短にね」
「ありがとうございます。でも、私どもが伺った理由、それは貴女ご自身が一番お判りになっているのではありませんか?」
「はて? こんな深夜に物々しい家宅侵入を受ける理由に心当たりはないが」
 金鹿が自らの罪を認めてくれればと遠回しに問いかけるも、ヴァネッサは本当にわからないのか返す答えがかみ合わない。
「貴女は自分が行った行為の愚かさと無意味さを理解しておいでなのでしょうか?」
「愚か? 無意味? どうにも話が見えないんだけどね」
 金鹿が何を語りかけようとも、悠然と構えるヴァネッサに変化は見られない――。

(様子がおかしい……いえ、冷静過ぎると思いませんか?)
(かっこいいですよね。少し憧れます)
(それは同意する所でありますが、そこではなく)
(正気すぎる。と言いたいのでしょうか?)
(……お気づきでしたか)
(不自然な程、正気ですね。まさか本当に心変わりを……?)
(可能性はどちらにも。もう少し見極める必要がありそうです)
 ディードリヒと刹那。声を殺し互いの見解を確認し合う。

 そして、更に後ろでは。
「あれは――」
 エリオの鋭敏な視覚がヴァネッサの背後に違和感を覚えた。
「あれが『糸』なのか?」
 見えたのは蜘蛛の糸ほども細い糸。しかし、天井から垂れるそれは、ヴァネッサが移動するたびについて回る。
 まるで建物を突き抜け、天から下ろされたように――。
(見える?)
(あ?)
 小声で問いかけるエリオに訝しがりながらも、カイは声を殺した。
(ヴァネッサさんの右肩付近)
 エリオの視線に導かれるままカイは目を凝らしヴァネッサの右肩を注視する。
(……なんだあれは)
(一連の騒動の原因)
(なっ!?)
(だといいね)
(……お前なぁ)
 ごつんと肘打ちをくらい、エリオは仄かに笑う。
(手伝ってもらえる?)
(……切れるのか? てか、あれはなんなんだ)
(わからない。でも切らなきゃいけない。次、アウレールさんが動いたらいくよ)
(ったく、どうなっても知らねぇぞ!)
 
 距離を取っていたアウレールが再び斬りかかる。その容赦ない斬撃をヴァネッサは開口の狭さと巧みなステップによりぎりぎりで避け続ける。
 ここにエリオが参戦。アウレールの動きを阻害しないよう注意しつつ、攻撃を加えていく。そして――。
「そこだっ!」
 虚を突いたカイの攻撃が虚空を薙ぎ――『糸』を断ち切った。

 まるで操り人形の糸が切れた様にがくんと力なく膝を折ったヴァネッサを、ディードリヒがすかさず受け止める。
「御目覚めですか?」
「君達は……」
 ゆっくりと目を開けたヴァネッサは、薄暗い部屋のある人影を見渡す。
「私達はハンターです。ちょっとした野暮用でお邪魔しています」
 刹那の差し出した水を受け取ると、ヴァネッサは口を潤した。
「ここ数日間、貴女は貴女らしからぬ行動をとっておいででした。ご記憶はありますか?」
 金鹿の問いかけにヴァネッサは首を横に振る。
「すまないな。よく覚えていないんだ。ぼんやりとした虚ろの中を歩いているような、奇妙な感覚だった」
「どんなことでもいいんだ。覚えている事、どんな感じだったのか、少しでも教えて欲しい」
「そうだな……覚えているのは、胸の奥深くに押し殺していた感情がせり上がってくるような……あまり気持ちのいいものじゃなかった」
 エリオの問いに胸の辺りをぎゅっと抑え、ヴァネッサが苦しそうに語る。
「すまない。一体何が起きたのか説明してくれるか。どうやらあまり喜ばしい事態ではなさそうだが」
 ヴァネッサはアウレールの手を取り起ち上がると、ハンター達に向け問いかけた。


 事の顛末を知ったヴァネッサの行動は早かった。共に動いたものを集め傾頭の謝罪をし解散を宣言したのち、軍へと出頭。
 本来であれば騒乱罪で重い罪に問われるところであるが、ハンター達の計らいにより、騒動の発端は歪虚の陰謀であるとされ、ヴァネッサ及び暴動に参加した者は被害者とされた。
 不可解な謎を残しつつも、事件は一応の解決を見たのだった――。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 11
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • 黒の刻威
    ディードリヒ・D・ディエルマンka3850
  • 緑青の波濤
    エリオ・アスコリka5928

重体一覧

参加者一覧

  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 情報屋兼便利屋
    カイ(ka3770
    人間(紅)|20才|男性|疾影士
  • 黒の刻威
    ディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850
    エルフ|25才|男性|疾影士
  • 紅花瞬刃
    花厳 刹那(ka3984
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士
  • 緑青の波濤
    エリオ・アスコリ(ka5928
    人間(紅)|17才|男性|格闘士
  • 舞い護る、金炎の蝶
    鬼塚 小毬(ka5959
    人間(紅)|20才|女性|符術師

サポート一覧

  • エアルドフリス(ka1856)

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/07/20 23:02:33
アイコン 質問卓
カイ(ka3770
人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2017/07/22 09:44:32
アイコン 作戦打ち合わせ所
カイ(ka3770
人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2017/07/22 01:24:05