【奏演】Elegia

マスター:風亜智疾

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/08/03 19:00
完成日
2017/08/08 00:49

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

-

オープニング

 ――覚えてる。燻る煙、瓦礫の山、すすり泣く人たちの声。顔を伏せ唇を噛みしめるハンターたち。私を抱く、ディーノの表情。
 壊れた懐中時計と、焼け焦げたストールだけが、私に残されたものだった。


「―――っ!!」
 跳ね起きて周囲を見渡せば、そこは今自分が住んでいる家の寝室で。
 ヴェロニカ・フェッロ(kz0147)は荒い息を整えようと必死に呼吸を繰り返した。
 もう長いこと見ていなかった夢だった。
 厳密にいえばあれは『夢』ではなく、現実。彼女にとっての『過去』なのだが。
 ふと、ベッドサイドに置かれたサイドチェストの一番上段を見る。
 そこには彼女にとっての『宝物』が、いつも大切に仕舞われていた。
 鍵のかかるその棚の中には、沢山の手紙や彼女が思い出として描いた絵の他に、2つのものが入っている。
「……トトー」
 顔を覆う。呟かれた名前は、数日前にオフィスまで呼び出されたときに聞かされた音声に入っていたもの。
 その名前に、彼女は覚えがあった。
 ただ、もう二度と聞くことはないだろうと思っていた。

 ――何故なら彼は、あの悪夢のような惨劇の中で、死んだと思われていたのだから。


 時は僅か遡る。
 ハンターズオフィスに呼び出されたヴェロニカは、護衛としてディーノと共にそこを訪れていた。
 一人ずつ話を聞かせてほしいと言われ、訝し気な顔をしたディーノを手で制してヴェロニカは個室へと通された。
「これが、ハンターたちから提出された資料と音声だ」
 別の蓄音石から移したのだという音声と、数枚の書類。
 書類に目を通しながらヴェロニカは手は次第に震えていく。
 記された『絵本を利用していた相手の名前』。とある新興宗教の教祖と名乗っているその人物は、彼女の少女時代に存在した人間と同名だったのだ。
「少し調べさせてもらったが。貴女の住んでいた村は、貴女が10歳の頃に雑魔による襲撃を受け壊滅している。住んでいた村人のうち半数以上が死亡。生き残った村人は村を再建するのを諦め、別の場所に移った」
 その時の死亡者の中には、ヴェロニカの両親も含まれている。
 足を悪くしたヴェロニカを、それでも大切に慈しんでくれた両親。
 そして。
「その死亡者の中に、トトーという青年と、エミリという少女が含まれている」
 強張る手と表情。気温は低くない筈なのに、どうしてこんなに寒いのか。
 そして流される音声は、所々不自然に切れている。おそらく、重要な音声を選んで蓄音されているのだろう。
「この声の主に、覚えがあるかな」
 もはや疑問形ですらないその問いに、ヴェロニカはゆっくりと顔を俯かせた。
「……私が覚えている、トトーの声と同じだわ……」
 頷いた相手は、彼女に向かって一枚の紙とペンを差し出す。
「ではヴェロニカ・フェッロ。この紙にその『トトー』と『エミリ』という2名を描いてもらおう」
 絵を描くのは得意だろう?
 今度こそ、彼女は硬直した。


 今回の首謀者が狙っているのは『ハンター』であり、ヴェロニカの絵本は切欠として利用されただけである。
 そう総合的に判断され、彼女に対する外出等の制限は解除された。
 ディーノを待って共に帰ろうとしたが、オフィスの人間は「彼にはまだ話を聞かなければならないので先に帰る様に」と首を縦には振ってくれなかった。
 不自由な足は、いつも以上の重さをもって彼女の帰路を襲う。
 俯いたまま歩き続ける彼女の横を、真っ白なローブを被った人間が通り過ぎた。

「―――――」

 囁かれた声に、顔を跳ね上げて振り返る。
 けれど、何処にもそれらしき人影はない。


 以降、ヴェロニカ・フェッロはハンターオフィスからの呼び出しを頑なに拒否し続けた。
 協力したくないわけではない。
 けれど、問い詰められるようなあの雰囲気はもう耐えきれなかったのだ。
 苦肉の策として、オフィスは1件の依頼書を作成する。
 内容は
 『参考人 ヴェロニカ・フェッロより今回の首謀者についての情報を一つでも多く取得すること』

リプレイ本文

■ricordo
 手にした野花を手に、浅緋 零(ka4710)は小さく呼吸を整える。
 一見して友人の家は、普段通りだった。
 庭のハーブも最低限の手入れはされていた。ただ、窓だけは開いていない。
「ヴェラ、レイ……だよ。居る……?」
 ノックと呼びかけを数度根気よく繰り返す。
 聞いた話では、彼女の家に詰めていたはずのディーノは現在ハンターオフィスで聴取中でここにはいない。
 であれば、足の悪い彼女が早朝からどこか遠くへ出かけられるわけがない。
「……ヴェラ」
「……はい……?」
 4回目の呼びかけとノックに、ようやく扉が開いた。
 姿を現した家主に、零は気づかれぬ程度ではあったが花を持つ手に力を籠める。
「おはよう、ヴェラ……」
「……まぁ、レイ。いらっしゃい」
 小さく微笑んでみせる零をぼんやりとした目で見返して、そしてようやく零の友人。
 ヴェロニカ・フェッロは、微かにやつれた顔に笑みを貼り付けてみせたのだった。

 濃い隈と、普段より更に細い体。
「ごめんなさい、本当に今散らかっているのよ」
 努めて明るい声を出しているのだろう。そんな姿に胸が痛む。
「だいじょうぶ……そのために、レイが先に来た、から……」
 通されたリビングの床には、溢れんばかりの紙がばらまかれていた。
 それを踏まないように、大事に拾い上げつつ零はこれからここにみんなが遊びに来るのだ、と告げる。
「せんせいと、ルスティロ……それから、シンとカール、レイレリア……ゲンイチロウ、オグマは、ヴェラとはじめまして、だね……」
「……そうなのね。それじゃあ、早く片付けてしまわないと」
 一瞬動きを止めて尚微笑みを貼り付ける彼女は、恐らく察している。
 その全員がハンターであり、何をしにここにやって来るのかも。
 自分が、何を求められているのかも。
 軽くメンバーを先に紹介しておくことで、ヴェロニカの不安を取り除きつつも零の手は大量のスケッチを拾い上げてはより分けていく。
「……何の変哲もないスケッチでしょう?」
 ぼんやりと視点の定まらない目で微笑みつつ、ヴェロニカは口を開いた。
「私が住んでいた村よ。それが、私の家。……そっちが、村にあった協会。それは……あぁ、私の両親ね」
 普段の彼女は多彩な色を使い、柔らかな動物たちを生み出すというのに。
 散乱したスケッチは全て、黒の炭だけで描かれたものばかりだ。
 短くない付き合いで、少なくとも自分は愛称を呼べるまでの交友関係を築いている。
 だからこそ零は理解する。
 今の彼女が、ギリギリのところで立っているのだと。
「……ねぇ、ヴェラ。オフィスで、聞いた声……あれをだしたのは、せんせい、なの」
「……えぇ。知っているわ」
 オフィスの人間に教えられていたのだろうか。予想外の言葉ではあったが、それはいい意味で話を通しやすくなるかもしれない。
 自分は言葉を紡ぐのが得意ではないと、零は自覚している。それでもと必死に伝えるのは、蓄音を提出した人物がヴェロニカをひどく心配していること。
「ゆるせない……?」
 零の言葉に、自分が拾い上げたスケッチを零へと差し出しつつ彼女は相変わらずの微笑みで首を横に振った。
「いいえ。……大丈夫よ。いいように、してくれていいの」
 それはつまり。
 このスケッチの中から情報を得られそうなものがあれば、見せてもいい、ということ。
「ヴェラの思い……せんせいに、伝えても、いい……?」
「……もちろんよ。レイ」
 微かに目を伏せて、絵本作家は微笑みを崩すことはなかった。

■tenerezza
 部屋の片づけが終わり、情報になるだろうスケッチをより分けて部屋のテーブルの上へと置き。
 微かにヴェロニカの顔色が悪くなったように感じられた零が、濡れタオルを手渡し他愛ない会話を続けていた頃。
 残りのメンバーであるルスティロ・イストワール(ka0252)、鞍馬 真(ka5819)、門垣 源一郎(ka6320)、レイレリア・リナークシス(ka3872)、カール・フォルシアン(ka3702)、オグマ・サーペント(ka6921)、神代 誠一(ka2086)がヴェロニカの家へと到着した。
「いらっしゃい、みんな! ごめんなさい、なにもおもてなし出来るものがなくて」
 目の下の隈に華奢な体、どこか歪な微笑みに、誰も顔を顰めることはしない。
 想像していた。していたからこそ、ここで表に出すことはなかった。
 心中がどうであるかは、別として。
「やぁヴェロニカさん! 調子はどうだい? ごはんは美味しいかい?」
 ルスティロが謳うように手を広げつつ問いかければ、ヴェロニカは笑いつつ首を傾げる。
「えぇ元気よ。ただ暑いせいかしら。寝苦しいのと、食欲がないのは困ってしまうけれど」
 上手な言い訳を思いついたな、というのが、ルスティロの率直な感想だ。
 だがそこを深く追求する気は彼にはなかった。
 辛い時こそ、明るく声をかけたい。明るくしてあげたいというのが彼の心境だったからだ。
「はじめまして、ヴェロニカ様。食が進まないようだと伺っていましたので、一口サイズのサンドイッチやクッキーを持って参りました」
 籐籠を持ち上げるレイレリアに、ヴェロニカは感謝を告げ微笑む。
 リビングを自由に使って構わないと言われ、レイレリアは丁寧に礼をして一足先に入っていく。
 その後ろで花を手にしたオグマが頭を下げた。
「はじめまして、オグマ・サーベントといいます。ヴェロニカさんが描く絵本のファンなんです」
「そう、なの。それは嬉しいわ」
 背の高い彼が小柄なヴェロニカに視線を合わせ、穏やかに語りかける。
「何がお好きか分からなかったので、色々持って来てしまいました。よければ」
 抱えられた花束たちに顔をほころばせ、ヴェロニカが感謝を伝え、室内に花瓶がいくつかあると言われ、オグマはさっそく花を生けに向かった。
「僕は今回、ヴェロニカさんの体調が心配で来ました」
 あいさつの後、カールがそう告げるとヴェロニカは小さく首を傾げた。
「カールは、お医者さまなの?」
「医師見習い、でしょうか。僕の父は医師でしたから」
 話しかけつつも、カールは不躾にならない程度にヴェロニカを観察していた。
(不眠と、食欲の減退……身体的な不調はそれくらい、でしょうか)
 流石に見ただけでは心の問題は分からない。
 リビングからレイレリアの呼び声が聞こえてくる。どうやら少し手が足りないらしい。
「俺も行こう」
 すっとカールの後ろから姿を現した源一郎が、鋭い眼光そのままでヴェロニカを見下ろした。
 あまり人相がいい、人当たりがいい、とは言われにくいのは自覚している。だから今回もヴェロニカという初対面の女性にはあまりいい印象を残さないだろうと踏んでいたのだが。
「ごめんなさい、ありがとう」
「……いや」
 そういえば。情報で彼女はやはり自分と同じようにぶっきらぼうな男が保護者代わりなのだと聞いていた。
 とすればおそらく慣れているのだろう。
「外出制限で不自由があっただろう。その埋め合わせと思ってこき使ってくれていい」
 再度、奥から響く呼び声に、カールを追い越し源一郎は室内へと入っていった。
 源一郎とその後を追うカールを微笑みつつ見送るヴェロニカを見て、真は軽く目を伏せた。
(ああ、これは無理して笑っているな……)
 恐らく誰もが気づいただろう。それでも全員口に出さないのは、彼女自身が恐らくそれを気づいていると思っているからかもしれない。
 真自身も、かつては感情を上手く表せなかったから分かる。
 無理やりに作られた表情は、見るものが見れば胸が痛むほどつらいものだ。
 深く追求するのは今は辞め、真も促されるように室内へと入っていく。
 と。
 室内から外へと振り返ったヴェロニカの眼前に、ふと人間ではない何かが差し出された。
「……ウサギ……?」
 口をもぞもぞとさせつつ鼻をピクリと動かしているのは、間違いなくウサギだ。
「やぁヴェラ。前に約束しただろ? 『ぐま』だよ」
 穏やかに微笑んでウサギのぐまを抱きなおしながらそう言ったのは誠一。
 前にヴェロニカが見てみたい、と何気なく呟いたのをしっかりと覚えていた彼は、今回自分の飼っているウサギを連れてくることにしたのだった。
「こんにちは、先生。この子がそうなのね!」
 よろしくね、ぐま。と微笑みつつそっとその背を撫でるヴェロニカを見つつ、眼鏡の奥、誠一はそっと目を細める。
 それは、見守るものの瞳でもあり。
 しかしそれは、どこか後悔と決意を秘めた瞳でもあった。

■amicizia
 ヴェロニカの家には、作者だから当然だろうが彼女の描いた絵本が置かれていた。
 多くのスケッチの中からそれを見つけ出した真は、それをゆっくりと紐解いていく。
「すごく、やさしい絵だね」
 多彩な色遣いと簡単な言葉で伝えたい言葉をしっかりと語るその絵本は、確かに一度気に入ってしまえば続きが気になる作品だ。
 ただ、残念ながら作者であるヴェロニカの心身状態は、この絵本を描けるレベルではない。
 自由に見て構わない、と笑顔を浮かべたヴェロニカの言葉に甘え、メンバーは片付けられたスケッチから零が事前に情報になりそうだとより分けておいた方を見ていく。
 白い紙に、炭だけで描かれた多彩とは正反対のスケッチ。
 古びた家。どこか彼女に似た男女。舗装されていない道。小さな教会。
 ちゃんとした形を留めた絵は、比較的完成に近い状態まで描かれていた。
 反対に。
 崩れた落ちた協会の屋根。瓦礫だらけの道。柱だけが残された家などのスケッチは乱雑に、恐らくは途中で描くのをやめてしまったのだろうという状態だった。
 こんな状態の絵を、絵本作家として活動しているヴェロニカが他人に長く見せたいだろうか。
 微笑むヴェロニカに寄り添うように立つ零が、小さく首を横に振りながら音もなく唇を動かす。
(ダ メ)
 メンバーは、そっとスケッチをテーブルの上へと戻した。

 レイレリアが持ち込んだサンドイッチやクッキー。
 部屋の窓は開け放たれ、あちこちにオグマの持参した花やハーブブーケが置かれている。
 ヴェロニカの膝には誠一のぐま。腕の中にはカールから手渡されたぬいぐるみ。
 真の準備したハーブティとお菓子、蜂蜜。
 態とテーブルではなくラグの敷かれた床に座り込んで、全員で和やかな昼食を摂ることとなった。
 ヴェロニカの隣には零がそっと寄り添い、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
 微笑みつつメンバーの何気ない会話を聞いているヴェロニカだが、その手が口元に運ぶのはハーブティばかり。
 カールはそっとその様子を見つつ、どうしたものかと思案する。
 健康状態はいいとは言えない。初見通りに不眠と食欲不振は確実だろう。
 ふと、零が一口サイズのサンドイッチを手に取ると、カップから口を離したヴェロニカの口元へむぎゅり、と押し付けた。
「う……???」
 困惑しつつ零を見つめる友人に、彼女は少しだけ目を眇めて
「あーん……」
 言外に「食べなさい」と語っている。間違いなく。
 その光景に思わず誠一と真が肩を震わせた。
 ぐい、ともう一度だけ押し付けられて、渋々ヴェロニカが口の中へとサンドイッチを招き入れる。数度咀嚼して、飲み込む。
「……よく、できました」
「……えぇと……?」
 いいこいいこ、と頭を撫でられ目を瞬かせるヴェロニカに、誠一と真、そしてオグマは今度こそ噴き出すのだった。

■angoscia
 なんとか数個のサンドイッチとクッキーを食したことが確認されたヴェロニカと、メンバーの昼食が終わる。
 片づけを始めるべく、源一郎がカール以外のメンバーへと声をかけた。
 食器を洗ったりラグを干したりする間、カールは一人ヴェロニカと向き合うこととなる。
「ヴェロニカさん、ここ最近はきちんと眠れていますか? 食事は……あまり摂れていないようですが」
 見透かされたその言葉に、ヴェロニカは微笑む。
「大丈夫よ、カール。絵本を作るときだって、時々眠るのを忘れてしまうことがあるから」
 それと変わらない、と言ってのける彼女だが、それは違うのだとカールは知っている。
「人間は不思議な生き物です。やる気に満ちていて眠らないのと、そうではないのに眠らないのでは体に全く違う影響を与えます」
 高揚した気分の時ならば問題はない。けれど、今のヴェロニカは間違いなく違う。
「夢見が悪くて眠れないのならば、それは問題です。体は休息を欲しているのに、休めないのですから」
 例えば、そう。
「ヴェロニカさん。いつも以上に足が痛んだりはしませんか?」
「…………」
 一瞬、ヴェロニカの顔から笑みが消えた。図星を刺されて、どうしたらいいのか迷ったのだろう。
「差し支えなければ、足の方も診せて頂いてよろしいでしょうか?」
 怪我が幼少期のものなのに、何故ヴェロニカは歩けるのに走れないのか。
 その仮説を、カールはいくつか立てていた。股関節の変形なのか、筋肉の硬直なのか。それとも、心因性のものなのか。
「……リハビリが遅くなってしまって、ただでさえ落ちた筋肉が固まってしまった。と、昔言われたわ」
 ようやく口を開いた彼女が浮かべたのは、苦笑。
「マッサージをしたり、温めたり、もしくは装身具を使用していますか?」
「痛みがひどい時は。けれど、装身具は使っていないわ。……見えるのは、困るから」
「何故かお聞きしても?」
 カールの言葉に、ヴェロニカは微笑んだ。
「気に病んでしまう人がいるから。そういうものがなくても私は大丈夫だって、見せてあげないと」
 成程筋金入りの頑固者だ。カールは内心溜息をついた。
 自分の生活が楽になるより、自分がそれを使うことで気に病む人がいることの方が、彼女にとっては重要らしい。
 一通り診察を終えたカールが、そっと立ち上がりつつ言葉を紡いだ。
「痛いこと、怖いこと、苦しいこと。僕はそれらを軽視しません。それら心身の不調が原因で、いざという時に何も出来なくて後悔はしてほしくないので」
 だから、と。目線を合わせて、医師として。一人の人間として。
「貴女が元気になるお手伝いがしたいんです」
 彼女はただ、微笑んでいた。

 片づけを終え、源一郎は誠一とカールを連れて庭のハーブの手入れへと向かう。
 彼らが外にいる間、次に会話を始めたのは4人だ。
「本題に入るのが遅くなってすみません。ですが、この話をしたくない、というのであればこのお話はなしにして、唯のお茶会にしてもいいと思っています」
「いいえ、大丈夫。聞きたいことがあるのでしょう? 私に答えられることなら、なんだって」
 レイレリアの気遣いに感謝しつつ、ヴェロニカは首を横に振った。
 隣に零を伴いつつ、ヴェロニカはまだ微笑んでいる。
「……あのね、少し辛いことを聞いていいかい?」
 ルスティロがゆっくりと口を開いた。彼の問いは、昔の――まだ村に居た頃の、トトーとエミリの様子についてだった。
「どんな小さなことでも、他愛ないことでも……教えて欲しいんだ」
 懇願するような声音に、彼女はそっと目を細めた。隣に座る零がそっとヴェロニカの手を握り、それに視線を落として小さく笑う。
「トトーとエミリは、ある日突然村に現れたの。……転移、っていうのかしら。みんなは」
 振り返る様に語られるのは、まだ村が健在だったころの話。
 トトーとエミリはリアルブルーからやって来た人間であり、小さな村の人々は快く迎え入れたのだということ。
 混乱する二人だったが、次第に村での生活にも慣れ、これから共に生きていこうとしていたその矢先。
 雑魔の襲撃があったのだという。
 思わぬ情報に固まりそうになりつつも、情報は情報と受け止めてルスティロは続ける。
「僕はね、あの教祖を赦せないんだ」
 教祖。つまりトトーは、物語を優先するルスティロにとって赦されざる行為を行うものだ。
 たとえヴェロニカが赦すと口にしても、彼の思いは変わらないだろう。
「僕はハンターは英雄になれる。そう思ってるんだ。でも彼の想いは逆さ。ハンターは何も救えない。そう語って英雄譚を破り捨てる」
 ぼんやりした視線で、ヴェロニカは微笑んだままだ。
「だからね、これは僕の我儘なんだ。僕は、自分の為に戦う。他の誰の為でもない、僕は……『僕の花を描く』よ」
「……みんな、優しいのね。私のことなのに、まるで自分のことのように取ってくれる」
 ぽつり、微笑みつつもヴェロニカの口から零れ落ちたのはそんな言葉。
「私は平気よ? 私が一番嫌なのは、みんなが私のせいで傷つくことなの」
 言葉を遮ろうとした真に、少しだけ待つようにと視線で抑えるのはレイレリアだった。
 まず、彼女に自分の想いを語ってもらい、自分の中で考える必要があるとレイレリアは思っていたからだ。
「だから、無理をしないで欲しいし、危険なことはしないでほしいって。そう思っているわ」
 ヴェロニカにとってハンターとは、一番身近な友人のようなものなのだ。
 何かあれば駆け付けてくれる、頼もしい友人。
 その友人が自分のせいで傷つくことが、なによりも赦せないのだと。彼女はそう言った。
「ねぇ、ヴェロニカさん」
 次に口を開いたのは真。
「私たちは、戦うことを、人を助けることを、重荷だなんて思わないよ」
 やつれた表情、浮かべられた固まった微笑み。そんな姿の人を、どうして見過ごせるだろうか。
「遠慮は必要ない。辛い時は、人を頼って甘えてもいいんだよ」
「…………」
 そっと伏せられる淡い空色の瞳。微笑みの形の口角だけをそのままに、ヴェロニカは俯く。
「……だから、無理に笑わなくていいんだ」
 辛い思いをさせて、本当にごめんね。と。
 大量のスケッチを見て、実際に情報を聞いて。相当その心に辛い思いをさせてしまったと。
 真はそっと頭を下げる。
「……もし、願いがあるのなら、教えて下さると嬉しいです。助けられる機会があるのに助けられないということは――後悔は、したくありませんから」
 レイレリアの言葉に、目を伏せたヴェロニカは小さく首を横に振った。
 引き上げられた口角が下りることはない。それは彼女の中の意地なのだろう。
「今、語れないのならば、後日手紙でも構いません」
 そう提案したのは今まで口を閉ざしていたオグマだった。
「貴女から生み出されるものは、貴女にしか生み出せません。貴女の1ファンとして、貴女のしたいことを手伝いたい」
 だから、どんな形でもいい。気持ちを聞かせて欲しい。
 ただ只管に真摯な言葉に。ヴェロニカは何も言えずにいた。

■simpatia
「そういえば、買い出しがまだだったな。こればかりは人手がいる」
 そう言った源一郎が、零以外の全員を連れて買い出しへと向かっていく。
 見送って室内に戻ると、零はヴェロニカを椅子へと座らせ自分も隣に椅子を引き寄せて座った。
「……レイと、ヴェラは、似てる……ね」
 それは境遇。それは周囲の環境。それは心境。
 零自身も14で両親を歪虚によって奪われ、心も友人も失った。
 そんな自分を今まで。そして今も見守ってくれる存在が、誠一だった。
「ヴェラにとっての、ディーノが、レイにとっての、せんせい……」
 似た者同士だね。と、手を取って笑う零を見つめるヴェロニカの表情はない。
 ぼんやり定まらない視線。浮かべることの出来ない感情。まるで、自分の鏡写しのようだ。
 だからこそ、そんな零だからこそ言える言葉がある。届けられる言葉がある。
「……ねぇ、ヴェラ。無理、しないで。もう……レイも、ヴェラも、一人ぼっちじゃ、ない……から」
 辛かったら泣いてもいいんだと。優しく、柔らかく。
 かつて自分がそうしてもらったように。
 この気持ちが、目の前で苦しむ友人に届きますように。
 祈り、願い、想いを紡ぐ。
「だいじょうぶ。レイは、何があっても、ずーっと……ヴェラの味方、だよ」
 届け。届いて。どうか。どうか。
 手が冷たく悴むのなら、握りしめて温める。
 寂しいのなら寄り添って、悲しいのならそっと涙を拭ってみせる。
 たとえ。世界中の人が敵になったとしても。味方でいてみせるから。
「……レイ」
「……なぁに?」
「少しだけ、肩を借りてもいい、かしら」
「……うん」
 遠慮がちに肩に伏せられたヴェロニカの顔。
 服が濡れないということは、涙を流せてはいないのだろう。それは、とても悔しいけれど。
 ――今は、少しでも。一人じゃないと知ってくれたなら。
 甘えてくれたなら。それだけで。
「……また、いっぱい、笑おう……ね?」
 ゆっくりと、肩に重さが加わった。

■tristezza
 夜。リビングで買い物を片付けているメンバーから離れて、ヴェロニカの寝室。
 以前もここで会話をしたことがあった、とふと思い出しつつ、誠一はベッドに腰掛けるヴェロニカに断りを入れてから風が入る程度に窓を開ける。
 日中は気温も高いが、夜になればやや涼しい風が運ばれてくる。
「……すまない、ヴェラ」
 向かい合って頭を下げた誠一を見て、彼女は小さく首を傾げつつ微笑んだ。
「結果として、俺の蓄音が原因で辛い思いをさせてしまって」
「……私、別に辛くなんてないわ、先生。本当よ?」
 目の下の隈と、まだどこかぼんやりとした視線。そして強張った笑顔。
 常のヴェロニカを知らない人間なら気づけないかもしれないその異変も、もう2年近くの付き合いになる誠一にはお見通しで。
「私、先生たちにはいつも感謝しているわ。それどころか、そう、申し訳ないとも思ってるのよ」
 謝るのはこちらの方だと、彼女は歪に笑う。
「それで、先生。私に何か話があるのでしょう?」
 わざわざ別室なのは、きっと何か意味があるのだろう。彼女はちゃんと『理解』していた。
 ならば、誠一は躊躇わない。
 躊躇うわけにはいかないのだ。それだけの事情が、ある。
「ヴェラ。『俺』の我儘を叶えてくれないだろうか」
 もう一度首を傾げたヴェロニカへ、誠一は軽く拳を握って言葉を続けた。
 彼の我儘。それはつまり。
「トトーとエミリの似顔絵を、描いてほしい」
 視線を逸らすことなく語られる言葉に、ヴェロニカは笑みを浮かべたまま身じろぎ一つしない。
 YESともNOとも返ってこないまま、彼はもう一度口を開く。
「分かってる。俺の我儘はヴェラを苦しめるだろう。でも、トトーの元にはまだ助けられる可能性がある信者たちがいるんだ」
 似顔絵を描かせるということ。それは、間接的にとはいえ彼女に「トトーとエミリ」という同じ村の住人であった彼らを売る。つまり、告発者にする行為。
 分かった上で。理解した上で。悩んだ上で。それでも誠一はそれを叶えてほしいと頼むのだ。
「このままトトー達を放っておけば大変なことになる。雑魔相手ですら、村は壊滅する。ヴェラ、それは君がよく分かってるはずだ」
 ヴェロニカが住んでいた村は雑魔に襲われて壊滅した。彼女自身も両親を失った。
 今回は雑魔ですらない。相手は嫉妬に属する歪虚とその契約者だ。被害は間違いなく、甚大なものになる。
「俺はもう、間に合わず力及ばず、目前で積み重なる死の山を見たくない」
 今でも誠一の胸に、脳に、記憶に、心に刻み込まれたあの景色。
 数多の屍と、血と、硝煙の臭い。
 あんな後悔はもう二度と。絶対にしたくはないのだ。
「再考してくれないか」
 告発という罪。知人を売るというその行為に対する罪ならば、共に担ってみせる。
 これは誰かの為ではなく全部自分の為なのだと。神代誠一という一個人の、我儘なのだから、と。
「この先辛くなったら、俺を恨んでいい。けど、助けられる命を、より確実に助けに行きたいんだ」
 もうこれ以上、トトーに罪を犯させぬ為にも。ヴェロニカが一人、罪の意識を背負わぬ為にも。
 静かに頭を下げた誠一へ、ヴェロニカは微笑んで口を開いた。
「へんなセイイチ。そんな言い方しなくたって、私は頼まれれば描くわ? 人物画なんてあまり自信はないけれど」
 常ではあり得ない呼び名で己を呼び、言葉を紡ぐ彼女の言葉尻が震えている。微かに視線を上げれば、彼女は震える右手を左手で押さえ込んでいた。
「大丈夫よ。別に、セイイチが罪悪感にかられる必要なんてないわ。罪だなんて思ってない。必要なのでしょう?」
 言葉が震えている。手が震えている。それでも彼女は微笑んでいた。
 無理やりに、口角を上げて。自分は大丈夫なのだと。
(『ヴェラはがんこ、だから……』)
 そう言ったのは、教え子だっただろうか。自分も理解していた。もうずいぶんと長く付き合ってきた友人のことだ。
 でもこれは。
「大丈夫よ。私、ちゃんと描けるし、セイイチたちの手を煩わせることもしないわ。平気――」
 パチン、という軽い音。
 ゆっくりと振り上げられた誠一の右手。その右手の甲が軽く彼女の頬を張った瞬間、言葉は途切れた。
 数度目を瞬かせたヴェロニカが、目をゆっくりと見開いて誠一を見上げる。
「なぁ、ヴェラ。俺の性格はもう分かってるだろ?」
 それが必要だというのなら、自分は悪者にだってなる。ヴェロニカが必要だというのなら、憎まれ役にだってなってみせる。
 だから強がるなと。強がる必要もないし、遠慮するだけ損なのだと。
 頬を軽く張った後とは思えぬほど柔らかく微笑んだ誠一が、そのままその手で自分の腰のあたりを指さした。
「……っ」
 そこに揺れるのは白いレースのリボン。
 辛さを持って行くと。他ならぬヴェロニカが誠一へと託したもの。
「頑張りすぎだよ。……ごめんな、これ以上は、見過ごせない」
 虚勢を張ることも大事だろう。強い自分でいることも時には必要だ。
 けれど。このままでは彼女は壊れてしまうだろう。もしかしたらもう、壊れてしまっているのかもしれない。
 濃い隈は長い間眠れていない証拠だろうし、零から提供されたスケッチは彼女らしからぬ白黒の殴り書きばかり。
 作った顔で微笑み大丈夫を繰り返す彼女を、もうこのままにはしておけない。
「ヴェラ。……もう、いいんだよ」
 一人でよく頑張った、と。そっと飴色の頭を撫でた瞬間。
「――――っ!!!」
 勢いよく誠一の腹部目掛けて飛び込んだ小柄な絵本作家は、言葉にならない慟哭と共に泣き崩れた。

 描けなかったのだ。
 描こうとはした。けれど、脳裏に残るトトーとエミリの記憶がそれを許さなかった。
 憎しみを浮かべた瞳でディーノに抱きあげられた自分を見やったトトーと、雑魔に襲われたのだろう悲鳴が響いたエミリ。
 描こうとすれば、それが常に彼女を責め立てるのだ。
 どうせ描くのならば、優しかったあの頃を。平和だったあの頃を。そう思って何度も何度も描こうとした。
 何枚も何枚もスケッチして、それでも浮かぶのは憎悪の表情と恐怖の表情。

「……めん、なさい……ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいっ……!」

 助けたかった。でも、足が不自由な自分はディーノに抱えられていて。
 助けに行こうと訴えても、これ以上の被害を出すわけにはいかないとそれを許されなかった。
 崩れかけた家の中で響くエミリの叫び声と、そこに飛び込んでいったトトー。
 手を伸ばしたその先で、次の瞬間彼らの住んでいた家は音を立てて崩れ落ち、周囲の火が引火して燃え盛った。

 何故似顔絵を描けなかったのか。トトー達がどうして「死亡」という扱いになったのか。
 泣きながら、必死に語るその背を落ち着かせるように撫でる以外、今誠一に出来ることはなかった。

 会話、とは呼べなかった。それでも誠一が手にした情報はある。
 泣き疲れたヴェロニカが眠りに落ちるまで、彼はただ黙ってその目元を手で覆っていた。
 内心、深く深い溜息を一つ吐くと、彼は持参した数独を取り出す。
 頼りない月明りの中、ただ思考を落ち着けるように自分を落ち着けるようにパズルを解き続けていた。


■assicurazione
 それから数日後。
 ハンターオフィスにある人物画が届けられた。
 差出人は、参考人であるヴェロニカ・フェッロ。
 描かれていたのは、長い銀糸を緩く結わえ深い緑の瞳を眇めたやや中性的な男『トトー』と。
 同じストレートの銀糸を結わえることなく背に流した、大きな青の瞳の少女『エミリ』の2名。
 更に、ヴェロニカからは次の情報が提供された。
 曰く。
 彼女が前回ハンターオフィスに呼ばれ調書を取られた帰途、恐らくはトトー本人であろう人物から『ある言葉』を投げかけられたらしい。
 真っ白なローブのその奥から、まるで血を吐くかのような声で告げられた、その言葉は
「キミだけが夢をかなえたのか」
 その一言。
 そしてそれを基に、ヴェロニカ・フェッロはひとつの疑問をハンターオフィスに残していった。
「今まで彼に対峙したハンターたちは、彼が『両腕』もしくは『両手』を使っている所を見た事があるだろうか」と。

 足が不自由になり、住んでいた村ごと両親を失ったにも関わらず、命と夢を手にしたヴェロニカ・フェッロ。
 そしてそんな彼女を「キミだけが夢をかなえた」と恨んだトトー。
 そんな彼に力を与える金糸の髪に緑の瞳のビスクドール風の嫉妬歪虚、エミーリオ。


 一つの幕が降ろされるのも、間近である。


END

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参加者一覧

  • 英雄を語り継ぐもの
    ルスティロ・イストワール(ka0252
    エルフ|20才|男性|霊闘士
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • はじめての友達
    カール・フォルシアン(ka3702
    人間(蒼)|13才|男性|機導師
  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシス(ka3872
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • やさしき作り手
    浅緋 零(ka4710
    人間(蒼)|15才|女性|猟撃士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人

  • 門垣 源一郎(ka6320
    人間(蒼)|30才|男性|疾影士
  • その幕を降ろすもの
    オグマ・サーペント(ka6921
    ドラグーン|24才|男性|符術師

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/07/30 15:01:04
アイコン 相談卓
神代 誠一(ka2086
人間(リアルブルー)|32才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2017/08/03 18:37:47