ゲスト
(ka0000)
【繭国】一夜の歌語り
マスター:京乃ゆらさ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2017/07/30 22:00
- 完成日
- 2017/08/16 14:54
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
――どうしてこんなことに。
詩歌を奏でながら町々を旅するイディエは、いま目の前で繰り広げられる物語を荷馬車の中から傍観していた。
裂帛の気合と共に剣を振り回す護衛。音もなくぬるりと動き、護衛を何か――爪のようなものでなます斬りにする『影』。飛び散る血潮。生ぬるい、鉄さびのような臭いのする空気が漂う。
護衛が力なく膝から崩れ落ちる。一年ほど固定で雇っていた護衛だった。口は悪いが面倒見の良い男だった。王都に着いたら貯めた金で新しい剣を買うのだと、昨晩の野営中に珍しく嬉しそうに笑っていた。その彼が倒れ、『影』の顔らしき部分がこちらを向く。
終わりだ。どうしてこんなことに。近道をするために大街道から少し外れただけではないか。しかも外れたと言っても原野の真っただ中ではない。脇道とはいえちゃんとした道だった。そこをガタゴトと王都に向けて歩いていただけなのに。それでこれだ。
諦念。つと涙が零れ、気でも失えば楽に逝けるかなとイディエは思――、
「諦めるでない、娘!!」
大音声。
どこかで聞いたことがある。いや、襲撃される直前まで話していた。ガンナ・エントラータで雇ったお爺さんだ。名は確かロランと言ったか。戦いなど素人のイディエにすら、このお爺さんは大丈夫なのかと思った覚えがある。さっき目の前で――●んだ護衛が面白がって雇おうと提案してきたのだ。
イディエが声の主を探すと、すぐにその姿は見つかった。というより、飛び込んできた。
「きぃぃいいいええええぇえええぇぇぇえぇいいいいいい!!!!」
貧相なロバを走らせ『影』に突撃したお爺さんが奇声を上げて剣を振り下ろす。
ざぶん、と初めて音を立てて揺らめく『影』。馬首を返して敵に向き直るお爺さん。キッと眦を吊り上げ、大気震わす大音声を放つや、一直線に敵へ突っ込んだ。
勢いままに突き出される剣。交差しながら爪を振るう『影』。一瞬の交錯はイディエの目には見えなかったが、その結果だけは、ロバから投げ出されて地を転がるお爺さんを見ただけで分かった。
今度こそ、終わり。
イディエが思う間もなく、地に伏していたお爺さんが立つ。左手に持つ小さな盾が割れていた。あれで防いだのか。だがその盾ももうない。諦めきったままイディエが見つめる先で、ボロボロの皮鎧を着たお爺さんは歩兵となって敵へ走る。
「この遍歴の騎士ロラン・デ・ラ・コスタ、麗しき乙女の前で敗れるわけにいかんのだ!!」
乾坤一擲、盾を投げ捨て両手で持った剣を袈裟に斬り下ろす。
斬。
するとなんとしたことか、次の瞬間、『影』は霧散していくではないか。
イディエは目を見開き、信じられない気持ちでその光景を見守る。お爺さんとロバの荒い息。見る間に消えていく『影』。
戦場は、概ね静寂に包まれていた。
「……やった、の?」
「…………、う、うむ。は、は、ははは。この私にかかれば造作もないことよ」
台詞だけは芝居のようだったが、見ればお爺さんは腰が抜けたように座り込んでいた。
乾いた笑いが込み上げてきて、助かったのだという実感が湧いてくる。イディエは荷馬車から降り、まろびながらお爺さんのそばまで歩き――、
絶望を、見た。
『――――■■、Ha、ha、ハ、は、■■■■――』
輪唱のような哄笑と共に、四方の地面からいくつもの『影』が湧き出てくる。
イディエはお爺さんと二人、にじり寄ってくる『影』たちをただ見つめ――。
●ハルトフォートの依頼
「物資の輸送じゃ。『分かるよのう』?」
にやりと笑って集まったハンターたちに言ったのは、ハルトフォート司令ラーズスヴァン当人である。
身じろぎするようにそれぞれの反応を返すハンターたちを一瞥し、ラーズスヴァンは満足して話を続ける。
「物資の量は総合すれば荷馬車にして数十輌、数百輌となろうが、お前たちに依頼するのは先行する十輌の護衛よ。行先はガンナ・エントラータ。港の倉庫に運び込むことになっておる」
カハハと呵々大笑して獰猛な笑みを浮かべるラーズスヴァン。それだけで『戦の準備をしている』と分かりかねないほど、何とも好戦的な笑みであった。
「おお、そうじゃ。お前たちにとっては邪魔かもしれんが、新人騎士や若手傭兵も護衛につけることなっておる。特に教導してやる必要はないが、ハンターが仕事に臨む姿勢っちゅうもんを見せてやってくれ」
「姿勢?」
「うむ。例の黒の隊だか何だかいうのに合わせてこっちにも義勇兵やら何やら増えてのう、それ自体は悪くないんだが、敵を殺したこともないどうて……いや未経験野郎が増えよった。そこで時間も惜しいのでな、少しでも実戦の雰囲気を味わわせる」
「時間、か」
「うむ。時間、じゃ」
髭をしごきながら口元を歪めるラーズスヴァンにやはりハンターたちは各人の反応を示し、足早に退室する。物資の輸送は慎重かつ迅速に行わなければならない。時間はいくらあっても足りないのだ。
――ちなみにガンナ・エントラータには民間用の港の隣に軍港がある。そして大量の物資が港に運び込まれるということは、つまり……。
ベリアル討伐に続く王国の悲願。その時が近付きつつあると、ハンターたちは確かに察した。
ガタゴトと大街道を行く十輌の荷馬車。
その周囲を護衛する者たちが囲んでおり、彼らは時に数騎の斥候を四方八方に出しては小休止を挟み、着実にガンナ・エントラータへの道程を消化していく。
絶対に失敗してはならない。
新人騎士たちの気負いが目に見えるようだ。事実重要ではあるため間違ってはいないのだが、この先行隊は囮も兼ねているはずだと熟練のハンターは思う。
ベリアルは打倒したが敵はそれだけではない。この先行隊に対して『そいつ』がどう動くのか、あるいはこの輸送に気付くことすらできないのか、そういった点を測るという側面もあるように思えたのだ。
つまり失敗するのは痛恨事ではあるが、そうなったらそうなった時で重要な情報にはなるのである。
「今から気負いすぎるのも良くない」
「しかし……」
などと適当な雑談を挟みつつ、輸送隊は平穏に南下する。
――そうして何日かが過ぎ、この日も陽が傾き始めてそろそろ野営の準備を始めるかという時だった。
「雑魔らしき敵を発見! 民間人が襲われている!」
戻ってきた斥候の一人が、下馬する時間も惜しいとばかりに叫んだ……!
詩歌を奏でながら町々を旅するイディエは、いま目の前で繰り広げられる物語を荷馬車の中から傍観していた。
裂帛の気合と共に剣を振り回す護衛。音もなくぬるりと動き、護衛を何か――爪のようなものでなます斬りにする『影』。飛び散る血潮。生ぬるい、鉄さびのような臭いのする空気が漂う。
護衛が力なく膝から崩れ落ちる。一年ほど固定で雇っていた護衛だった。口は悪いが面倒見の良い男だった。王都に着いたら貯めた金で新しい剣を買うのだと、昨晩の野営中に珍しく嬉しそうに笑っていた。その彼が倒れ、『影』の顔らしき部分がこちらを向く。
終わりだ。どうしてこんなことに。近道をするために大街道から少し外れただけではないか。しかも外れたと言っても原野の真っただ中ではない。脇道とはいえちゃんとした道だった。そこをガタゴトと王都に向けて歩いていただけなのに。それでこれだ。
諦念。つと涙が零れ、気でも失えば楽に逝けるかなとイディエは思――、
「諦めるでない、娘!!」
大音声。
どこかで聞いたことがある。いや、襲撃される直前まで話していた。ガンナ・エントラータで雇ったお爺さんだ。名は確かロランと言ったか。戦いなど素人のイディエにすら、このお爺さんは大丈夫なのかと思った覚えがある。さっき目の前で――●んだ護衛が面白がって雇おうと提案してきたのだ。
イディエが声の主を探すと、すぐにその姿は見つかった。というより、飛び込んできた。
「きぃぃいいいええええぇえええぇぇぇえぇいいいいいい!!!!」
貧相なロバを走らせ『影』に突撃したお爺さんが奇声を上げて剣を振り下ろす。
ざぶん、と初めて音を立てて揺らめく『影』。馬首を返して敵に向き直るお爺さん。キッと眦を吊り上げ、大気震わす大音声を放つや、一直線に敵へ突っ込んだ。
勢いままに突き出される剣。交差しながら爪を振るう『影』。一瞬の交錯はイディエの目には見えなかったが、その結果だけは、ロバから投げ出されて地を転がるお爺さんを見ただけで分かった。
今度こそ、終わり。
イディエが思う間もなく、地に伏していたお爺さんが立つ。左手に持つ小さな盾が割れていた。あれで防いだのか。だがその盾ももうない。諦めきったままイディエが見つめる先で、ボロボロの皮鎧を着たお爺さんは歩兵となって敵へ走る。
「この遍歴の騎士ロラン・デ・ラ・コスタ、麗しき乙女の前で敗れるわけにいかんのだ!!」
乾坤一擲、盾を投げ捨て両手で持った剣を袈裟に斬り下ろす。
斬。
するとなんとしたことか、次の瞬間、『影』は霧散していくではないか。
イディエは目を見開き、信じられない気持ちでその光景を見守る。お爺さんとロバの荒い息。見る間に消えていく『影』。
戦場は、概ね静寂に包まれていた。
「……やった、の?」
「…………、う、うむ。は、は、ははは。この私にかかれば造作もないことよ」
台詞だけは芝居のようだったが、見ればお爺さんは腰が抜けたように座り込んでいた。
乾いた笑いが込み上げてきて、助かったのだという実感が湧いてくる。イディエは荷馬車から降り、まろびながらお爺さんのそばまで歩き――、
絶望を、見た。
『――――■■、Ha、ha、ハ、は、■■■■――』
輪唱のような哄笑と共に、四方の地面からいくつもの『影』が湧き出てくる。
イディエはお爺さんと二人、にじり寄ってくる『影』たちをただ見つめ――。
●ハルトフォートの依頼
「物資の輸送じゃ。『分かるよのう』?」
にやりと笑って集まったハンターたちに言ったのは、ハルトフォート司令ラーズスヴァン当人である。
身じろぎするようにそれぞれの反応を返すハンターたちを一瞥し、ラーズスヴァンは満足して話を続ける。
「物資の量は総合すれば荷馬車にして数十輌、数百輌となろうが、お前たちに依頼するのは先行する十輌の護衛よ。行先はガンナ・エントラータ。港の倉庫に運び込むことになっておる」
カハハと呵々大笑して獰猛な笑みを浮かべるラーズスヴァン。それだけで『戦の準備をしている』と分かりかねないほど、何とも好戦的な笑みであった。
「おお、そうじゃ。お前たちにとっては邪魔かもしれんが、新人騎士や若手傭兵も護衛につけることなっておる。特に教導してやる必要はないが、ハンターが仕事に臨む姿勢っちゅうもんを見せてやってくれ」
「姿勢?」
「うむ。例の黒の隊だか何だかいうのに合わせてこっちにも義勇兵やら何やら増えてのう、それ自体は悪くないんだが、敵を殺したこともないどうて……いや未経験野郎が増えよった。そこで時間も惜しいのでな、少しでも実戦の雰囲気を味わわせる」
「時間、か」
「うむ。時間、じゃ」
髭をしごきながら口元を歪めるラーズスヴァンにやはりハンターたちは各人の反応を示し、足早に退室する。物資の輸送は慎重かつ迅速に行わなければならない。時間はいくらあっても足りないのだ。
――ちなみにガンナ・エントラータには民間用の港の隣に軍港がある。そして大量の物資が港に運び込まれるということは、つまり……。
ベリアル討伐に続く王国の悲願。その時が近付きつつあると、ハンターたちは確かに察した。
ガタゴトと大街道を行く十輌の荷馬車。
その周囲を護衛する者たちが囲んでおり、彼らは時に数騎の斥候を四方八方に出しては小休止を挟み、着実にガンナ・エントラータへの道程を消化していく。
絶対に失敗してはならない。
新人騎士たちの気負いが目に見えるようだ。事実重要ではあるため間違ってはいないのだが、この先行隊は囮も兼ねているはずだと熟練のハンターは思う。
ベリアルは打倒したが敵はそれだけではない。この先行隊に対して『そいつ』がどう動くのか、あるいはこの輸送に気付くことすらできないのか、そういった点を測るという側面もあるように思えたのだ。
つまり失敗するのは痛恨事ではあるが、そうなったらそうなった時で重要な情報にはなるのである。
「今から気負いすぎるのも良くない」
「しかし……」
などと適当な雑談を挟みつつ、輸送隊は平穏に南下する。
――そうして何日かが過ぎ、この日も陽が傾き始めてそろそろ野営の準備を始めるかという時だった。
「雑魔らしき敵を発見! 民間人が襲われている!」
戻ってきた斥候の一人が、下馬する時間も惜しいとばかりに叫んだ……!
リプレイ本文
砂塵巻き上げ駆けるは九つの影。アルト・ハーニー(ka0113)とレオナルド・テイナー(ka4157)のバイクが獣の如き咆哮を奏でれば、残る七騎の騎馬は力強い蹄のリズムを響かせる。
「クソッタレ! 俺様らが襲われんのは計画の内かもしんねぇが平民が巻き込まれるなんざ想定してねぇよ!!」
馬上で悪態をつくジャック・J・グリーヴ(ka1305)だが、その声すら瞬く間に風に飛ばされる。
「とにかく平民守んのが最優先だ!」
「当然だ……ッ、人命が一番に決まってるだろぉがッ」
普段の余裕を金繰り捨て、トリプルJ(ka6653)。生真面目な軍人時代を知る者がいれば懐かしいと思うかもしれぬその雰囲気は、過去を知らぬ者にも彼の思いを伝えて余りある。
釣られるように新米騎士三人にも緊張感がいや増す。
「斥候、詳しい状況を教えろッ」
「は! 私が見た時は……」
影騎士。影狼人。影羽人。護衛らしき男が戦っていたらしいが、数で劣るだけに悲観的な予測の方が強い。
傭兵団等であれば話は別だが。テノール(ka5676)はその男が妹達のような剛の者だったらどれ程助かるかと思う。
「成程。では貴方達には影騎士を引き付けてもらいたい」
新米三人に役割を振るテノール。騎士達は一瞬目を見開き、自らを奮い立たせるように了承の声を張る。
そんな新品騎士の様子に、レオナルドが舌なめずりした。
「あら、かーわいい。ふふ……」
「お、おおぉ……」
男なのか女なのか、いや男の筈だが、何故かレオナルドの言葉に妙な怖気を感じるジャックである。が、首を振って邪気を払うや新米達に発破をかけた。
「いきなしで厳しいかもしれねぇが、平民守んのも騎士の務め。じっとしていられるお利口さんじゃねぇんなら敵の一匹も殺してみせろ!」
「は!!」
「ま、心配すんな。いざとなりゃ俺様がてめぇらも守ってやるよ。だが漢なら……解るな?」
「手間は取らせません!」
ハ、と笑うジャック。白い歯が妙に煌めいている。
アルトは彼らの暑苦しい空気から身を引き――いや背後の埴輪様が同調していた。
「騎士らしくしっかり戦うんだぞ、と。何かの場合のフォローは俺もしよう」
「ありがとうございます!」
熱気と狂気が入り混じる何とも言えぬ雰囲気。ヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346)が最後尾から様子を眺め、嘆息した。
――、まぁいいさ。目的さえ同一ならば。
自分はいつものように引鉄を引く。それだけだ。
現場は、すぐに見えた。
●救援
「先行して攻撃を加える。その間に接近してくれ」
ヴィントが同行者達に告げるや急停止。
馬を落ち着かせて銃を取る。照準器を覗けば民間人が襲われている光景が見えた。懐をまさぐりキャンディを口に入れる。ボルトを引いた。がちゃり、頼もしい音。銃床を肩に引き当て、呼吸を整える。
一つ。二つ。三つ。深い息から次第に浅く。自然と呼吸が止まり、たぁん、銃声が響いた時には弾着が生じていた。
爆ぜる土。止まらぬ敵。外した。深呼吸。馬上という僅かな高さを取るか、下馬して安定感を取るか。いや。ヴィントは逡巡を捨てた。
いつもの手順を繰り返す。それが狙撃のコツだ。
ヴィントは馬の呼吸と自身のそれを合せ、腕のブレを安定させた。
呼吸を一つ、二つ。たぁん、音と同時に影狼人から黒い飛沫が弾けた。流れるように照準を数ミリ左へ。引鉄を引く。影騎士から黒い花が咲く。
息を吐ききり、新鮮な空気を取り込む。再装填して照準器を覗くと、そこには集団に踊り込むジャックらの姿があった。
「死は救いで、残酷なまでに平等だ。……だが」
あの二人が死ぬべきは今でなく、そしてここではない。
ヴィントは気付けば噛み砕いていたキャンディを飲み込み、馬を走らせた。
現場へ急行する八騎。他の事は任せたとばかり先頭を突き進むジャックとトリプルJとは対照的に、アルトは途上で大音声を轟かせた。
「ふゥーははは! 埴輪の騎士、俺、参上ォ!! おら、お前らの相手はこっちなんだぞ、と!!」
ふいごで空気を送り込まれたかの如き大音声であった。背後では埴輪が炎を纏って胸を張っている。
騎士を除く敵三体の動きが止まり、こちらを向く。合せて幾つかの弾着。よし、とアルトは笑う。貴重な時間さえ稼げれば後は何とかなる。アルトがアクセルを回した直後、前方で圧倒的な気が迸った。
「間に合いそうだな……」
テノールは先を行くジャックとトリプルJに護衛を任せ、自身は敵の殲滅に集中する事にした。
駈歩で位置調整するが、直線上に『二体が』収まらない。仕方ない。テノールは手前の影狼人を狙い、馬上で腰を捻り、鋭い呼気と共に拳を突き出した。
――豪風が、生まれた。
先行く二人の脇を抜け、豪風は一瞬で狼人を貫く。咆哮。恨みがましい声を聞き流す。テノールはアルトや新米三人と合流し、現場へ走る。
「何か既に別の意味でやべぇ事になってっけどとりあえず俺様到着だぜ!!」
騎馬のまま現場に割り込んだジャックとトリプルJは、息つく間もなく敵を牽制する。
目を白黒させて見てくる民間女性。幻腕でどうにかできないかと考えていたトリプルJとしてはすんなり接近できて助かる反面、拍子抜け感も否めない。
が、
――んなもん些細な事だッ。
トリプルJが下馬しながら叫ぶ。
「ジィサン、動けるか? コイツに乗れるならそこの姫さんと乗ってくれっ」
「ぬ、ぬぅ……情けないがどうにもならん」
「仕方ねぇ、ならコイツの傍にいてくれっ。任せたぞ、相棒ッ」
馬の鼻を撫で、トリプルJは敵へ向き直る。できればすぐに彼らを離脱させたかったが、流石に乗せる手伝いまでする余裕はない。それなら、
「近付けさせなけりゃいいだけだッ」
「魅せてやるよ、俺様の筋☆肉をなァ!」
ジャックとトリプルJ、二人の肉体が輝きに溢れる。その光は影騎士の注目を引くには充分すぎたが、影狼人には影響しない。
――所詮ただの獣か、俺様の輝きを理解しねぇ!
「俺様の肉体に酔いな!」
アブドミナル&サイからのモストマスキュラー。ジャックのポーズが光を生み、光が影騎士を吹っ飛ばす。その隙に肉薄する影狼人だが、トリプルJは東側の一体を幻腕で拘束、敵腹部を拳で打ち上げた。
「やらせるかよ、俺様の目の前で」
「ハ、俺様の次に良い筋肉だぜ」
爽やかな笑顔でリボルバーを握るジャック。
ガァン、暴力的な銃声。影狼人から黒飛沫が散る。咆哮。敵の膝がトリプルJの腹にめり込む。構わず右ストレート。のけ反りながら蹴り上げてくる敵。顎を掠めフラついたトリプルJの隙を埋めるべく、ジャックの銃撃が敵を穿った。
「この俺様のお膳立てだぜ!」
「ありがとよ」
トリプルJはよろけた体でそのまま踏み込むや、交錯するように敵心臓を打ち抜いた。
霧散していく影狼人。二人はすぐさま他の敵を見やる。
「見つめる視線は冷ややかに……ってね」
氷矢が影羽人へ飛び、敵がひらりと躱す。それだけで、影羽人はレオナルドに釘付けとなった。
怒りを露わに雨霰と羽根を撃ち下す敵。右左とリズム良く体重移動で機体を操るレオナルドだが、限界はある。遂に敵弾幕をまともに浴びたその時、レオナルドは影狼人側の態勢がおおよそ整った事を視認した。
急加速して影狼人側から離れるや、倒れるように降車して敵を見る。
「熱いねぇ……これは恋? 一目惚れ? ううん、運命ね! ボクの為に堕ちて!!」
じくじく痛む傷をそのままに雷撃を放つレオナルド。応射。バイクの陰に伏せた。敵が直上へ。高度があるだけに敵攻撃を躱しづらい。雷光、同時に前転し――ずぶりと、腹に違和感を覚えた。
見下せばそこには黒い刃。影。地に写る影から刃を放ったのか?
粘つく塊を吐きながら膝をつく。拙い。早く動かねば羽根が来る。身を捩って仰向けに倒れると、その目に映ったのは、宙で唐突に姿勢を崩す敵の姿だった。遠く銃声。
何が。思う間もなく咄嗟に雷撃。影羽人に紫電と鉛玉の十字砲火が撃ち込まれ、敵はなす術なく四散した。
レオナルドが顔を顰めて辺りを見回すと、やや離れて再装填作業をしているヴィントの姿が見えた。
下馬したテノールは手前の影狼人相手に余力を持って相対していた。
地を縮めて駆けながら敵を観察する。先の青龍翔咬波を浴びてなお敵は健在。それなりに体力はありそうだ。
一直線に地を這ってくる影刃。回避――するまでもない。刃が胸を貫かんとするに任せ、テノールは一気に加速、驚愕した敵へ四連打を叩き込んだ。
黒飛沫を吐く敵。が、まだ死なない。敵の腕が横薙ぎにされた。
腰を落し、腕を取る。敵を引きながら肘鉄を胸に入れたテノールは、反撃に備えて素早く身を引く。が、それは杞憂に終った。
――雑魔の割にしぶとかったな。
黒い残滓を一瞥し、テノールは首を捻る。だがまずは他の敵も殺さねば。テノールが周囲を窺うと、各自順調に敵を抑えているのが判った。
問題は、一つ。
――荷が重かったか。
目を細めて、明らかに他と動きの違う影騎士を観察した。
「距離を取れば大丈夫だと思わない事だな、と……!」
隣の新米を抱き込んでアルトが横っ飛びすると、その脇を影が通り過ぎる。地を這い伸びあがる黒刃は速く、鋭い。脚からパッと紅が弾け、それでもアルトは止まらず敵へ肉薄する。
ハンマーの振り上げを紙一重で躱す影騎士。膂力に任せて切り返す。
「ぐ、ぅぅ……!!」
食い縛り、渾身の力で叩き潰す。耳朶を打つ轟音。舞い上がる砂塵。
「動きが止まったらチャンスだな……渾身の一撃を喰らわすんだぜ、と」
新米に言うが、三人の反応は薄い。見れば一人は戦意喪失、一人は重傷、残っているのは一人だけ。
それも仕方ない、とアルトは思う。初陣の相手としては強すぎた。
接敵当初は衝撃波やジャックとトリプルJの肉体的威圧感によって気勢を削がれていた影騎士だが、民間人から離れた事で万全の状態となった。
熟練者ですら苦戦を免れない敵相手では、新米には限界があったのだ。
「俺の後に続くんだぞ、と!」
「は、は!」
アルトの突撃。合せて敵側面へ馬を走らせる新米。敵が全周を薙ぎ払えば黒刃が広がり、馬が棹立ちになった。何とか落馬を避ける新米だが攻撃機会はずらされている。
アルトの横薙ぎ。受け、斬撃を返す敵。辛うじて柄で防ぎ、反転して得物をぶん回す。鈍い音。受けられたと察した瞬間にのけ反ると、その鼻先を黒刃が抜けた。アルトがバネのように跳び上がるや、渾身の打ち下しを見舞う。
「来い!」
「あああああああああああッ!!」
今のアルトにできる最大の一撃と、続く新米の騎馬突撃。
それは見事敵を半壊させてはいたものの、それでも敵は戦意を失っていなかった。耳障りな笑い声。追撃せんとしたアルトだが、それより早く敵が黒刃を放つと、何とした事か背を向け逃亡を始めた。
が、その瞬間、
「助太刀が遅れた」
地を縮めて距離を詰めた男が、爆発的な気で敵を捉えたのだった。
空に手を伸ばし、断末魔と共に霧消する敵。その姿は主人に助けを求める従者のようだった。
●弔いと灯火
茜色の空が刻一刻と夜の帳に侵食されていく。
イディエ、ロラン、テノールは小道から外れた所にぽつんと生えていた木の袂に、護衛の男の遺体を埋めた。なますに刻まれた遺体の状態は酷く、運べないと判断したのだ。
――貴方の奮闘なくば、間に合わなかったでしょう。
同じ傭兵として、テノールには男の遺体を見捨てる選択などなかった。
イディエが啜り泣き、テノールは瞑目する。
静かな足音。トリプルJが葉巻を供えた。
「……完全に暗くなる前に行こうぜぃ」
暗闇に幾つもの焚火。野営する彼らの世界は、ただそれだけだった。
食事を済ませ、光の届く範囲で思い思いの夜を過ごす中、トリプルJは吟遊詩人だというイディエに頼んだ。
「踊れる歌を、やっちゃくれねぇか」
「えぇ」
暗闇に響くリュートの音色。物寂しく、しかし軽快な曲はトリプルJが身を任せるに充分で、たららたららと腕を振り腰を回してトリプルJは一心に踊る。
一人の男の死を忘れぬ為に。
「おうお前ら、よくやったな」
次第に激しさを増す歌を遠く聴きながら、ジャックは新米騎士に声をかけた。両手には大量の酒。同じく新米を気遣い火を囲んでいたアルトが催促すると、仕方ねぇなとジャックは気前よく二本渡した。
「何はともあれ無事で安心したぜ。俺様が焚きつけたようなもんだしな」
「そうさねぇ。初陣を生き延びただけで充分だ」
「……いえ、自分らは未熟でした」
顔を歪め、新米。最後まで戦えた一人だった。他の一人は包帯だらけで、一人は心の折れた自分を悔いているように見える。
――自分で乗り越えるべき壁、かねぇ。
肩を竦めるアルト。一方でジャックは口角を吊り上げ、殊更声を高くする。
「ハ、そう簡単に俺様の領域に立てるかよ! だがな、俺様程じゃあねぇがお前らも少しはやる。何故か? それは敵に背ぇ向けなかったからだ」
酒瓶の一つをラッパ飲みする。ぷはぁ、と敢えて乱暴に口元を拭うと、視線を合せて笑った。
火に照らされた野営地から外れ、ヴィントは夜に身を浸してスープを飲む。
くたくたに煮込まれた野菜は噛む必要がなく、塩の利いた汁は身に沁みる。
漏れ聞こえる歌と談笑に耳を傾け、しかし近付く事はない。ヴィントは穏やかな空気を感じながら、自嘲する。
――人殺しが人助け、か。
随分おかしな事をしていると思うが、反面これも殺しの側面かとも思う。
……。
無用な事を考えた。これもラーズスヴァンの奴が面倒な仕事を振ってきたせいだ。ヴィントはスープを飲み干した。
何曲もの歌が奏でられ、遂には今日の出来事すら即興で歌にされてしまう。
やたらと筋肉要素の多いそれは奇妙な物語だったかもしれないが、レオナルドにはそれでも『眩しすぎた』。
どこか禍々しい造形の栄光の手に火を灯し、ゆらゆらと揺らして嗤う。
「一滴の灯火、根枕の導き――『さ、これに相応しいお話を聴かせて』」
「ぁ……は、はい……」
「どうしたの? 怖い? ふふ、可愛い。でもだめ。悪いケド英雄譚に興味ないのん」
イディエは震える声で別の歌を始める。それは狂った男が朽ちた獣を我が子の如く育てる歌。恐ろしげな声色が歌に合っている。
歌は続く。次第にレオナルドの耳には言葉が曖昧な音に聞こえるようになってきた。ぼんやりと辺りを見れば、あるのは灯だけ。何かが、満ち足りていく。
心地良い。
「この夢は……どこに向かっていくのだろうねぇ……」
レオナルドが目を閉じる。
歌は、まだ続いている。
<了>
ガンナ・エントラータ、港湾。
大量の輜重が船に飲み込まれていく光景を前に、ハンター達は『それ』を実感した。
イスルダ島攻略。
それは、あらゆる戦闘の中で最も複雑とも言われる『上陸戦』である……。
「クソッタレ! 俺様らが襲われんのは計画の内かもしんねぇが平民が巻き込まれるなんざ想定してねぇよ!!」
馬上で悪態をつくジャック・J・グリーヴ(ka1305)だが、その声すら瞬く間に風に飛ばされる。
「とにかく平民守んのが最優先だ!」
「当然だ……ッ、人命が一番に決まってるだろぉがッ」
普段の余裕を金繰り捨て、トリプルJ(ka6653)。生真面目な軍人時代を知る者がいれば懐かしいと思うかもしれぬその雰囲気は、過去を知らぬ者にも彼の思いを伝えて余りある。
釣られるように新米騎士三人にも緊張感がいや増す。
「斥候、詳しい状況を教えろッ」
「は! 私が見た時は……」
影騎士。影狼人。影羽人。護衛らしき男が戦っていたらしいが、数で劣るだけに悲観的な予測の方が強い。
傭兵団等であれば話は別だが。テノール(ka5676)はその男が妹達のような剛の者だったらどれ程助かるかと思う。
「成程。では貴方達には影騎士を引き付けてもらいたい」
新米三人に役割を振るテノール。騎士達は一瞬目を見開き、自らを奮い立たせるように了承の声を張る。
そんな新品騎士の様子に、レオナルドが舌なめずりした。
「あら、かーわいい。ふふ……」
「お、おおぉ……」
男なのか女なのか、いや男の筈だが、何故かレオナルドの言葉に妙な怖気を感じるジャックである。が、首を振って邪気を払うや新米達に発破をかけた。
「いきなしで厳しいかもしれねぇが、平民守んのも騎士の務め。じっとしていられるお利口さんじゃねぇんなら敵の一匹も殺してみせろ!」
「は!!」
「ま、心配すんな。いざとなりゃ俺様がてめぇらも守ってやるよ。だが漢なら……解るな?」
「手間は取らせません!」
ハ、と笑うジャック。白い歯が妙に煌めいている。
アルトは彼らの暑苦しい空気から身を引き――いや背後の埴輪様が同調していた。
「騎士らしくしっかり戦うんだぞ、と。何かの場合のフォローは俺もしよう」
「ありがとうございます!」
熱気と狂気が入り混じる何とも言えぬ雰囲気。ヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346)が最後尾から様子を眺め、嘆息した。
――、まぁいいさ。目的さえ同一ならば。
自分はいつものように引鉄を引く。それだけだ。
現場は、すぐに見えた。
●救援
「先行して攻撃を加える。その間に接近してくれ」
ヴィントが同行者達に告げるや急停止。
馬を落ち着かせて銃を取る。照準器を覗けば民間人が襲われている光景が見えた。懐をまさぐりキャンディを口に入れる。ボルトを引いた。がちゃり、頼もしい音。銃床を肩に引き当て、呼吸を整える。
一つ。二つ。三つ。深い息から次第に浅く。自然と呼吸が止まり、たぁん、銃声が響いた時には弾着が生じていた。
爆ぜる土。止まらぬ敵。外した。深呼吸。馬上という僅かな高さを取るか、下馬して安定感を取るか。いや。ヴィントは逡巡を捨てた。
いつもの手順を繰り返す。それが狙撃のコツだ。
ヴィントは馬の呼吸と自身のそれを合せ、腕のブレを安定させた。
呼吸を一つ、二つ。たぁん、音と同時に影狼人から黒い飛沫が弾けた。流れるように照準を数ミリ左へ。引鉄を引く。影騎士から黒い花が咲く。
息を吐ききり、新鮮な空気を取り込む。再装填して照準器を覗くと、そこには集団に踊り込むジャックらの姿があった。
「死は救いで、残酷なまでに平等だ。……だが」
あの二人が死ぬべきは今でなく、そしてここではない。
ヴィントは気付けば噛み砕いていたキャンディを飲み込み、馬を走らせた。
現場へ急行する八騎。他の事は任せたとばかり先頭を突き進むジャックとトリプルJとは対照的に、アルトは途上で大音声を轟かせた。
「ふゥーははは! 埴輪の騎士、俺、参上ォ!! おら、お前らの相手はこっちなんだぞ、と!!」
ふいごで空気を送り込まれたかの如き大音声であった。背後では埴輪が炎を纏って胸を張っている。
騎士を除く敵三体の動きが止まり、こちらを向く。合せて幾つかの弾着。よし、とアルトは笑う。貴重な時間さえ稼げれば後は何とかなる。アルトがアクセルを回した直後、前方で圧倒的な気が迸った。
「間に合いそうだな……」
テノールは先を行くジャックとトリプルJに護衛を任せ、自身は敵の殲滅に集中する事にした。
駈歩で位置調整するが、直線上に『二体が』収まらない。仕方ない。テノールは手前の影狼人を狙い、馬上で腰を捻り、鋭い呼気と共に拳を突き出した。
――豪風が、生まれた。
先行く二人の脇を抜け、豪風は一瞬で狼人を貫く。咆哮。恨みがましい声を聞き流す。テノールはアルトや新米三人と合流し、現場へ走る。
「何か既に別の意味でやべぇ事になってっけどとりあえず俺様到着だぜ!!」
騎馬のまま現場に割り込んだジャックとトリプルJは、息つく間もなく敵を牽制する。
目を白黒させて見てくる民間女性。幻腕でどうにかできないかと考えていたトリプルJとしてはすんなり接近できて助かる反面、拍子抜け感も否めない。
が、
――んなもん些細な事だッ。
トリプルJが下馬しながら叫ぶ。
「ジィサン、動けるか? コイツに乗れるならそこの姫さんと乗ってくれっ」
「ぬ、ぬぅ……情けないがどうにもならん」
「仕方ねぇ、ならコイツの傍にいてくれっ。任せたぞ、相棒ッ」
馬の鼻を撫で、トリプルJは敵へ向き直る。できればすぐに彼らを離脱させたかったが、流石に乗せる手伝いまでする余裕はない。それなら、
「近付けさせなけりゃいいだけだッ」
「魅せてやるよ、俺様の筋☆肉をなァ!」
ジャックとトリプルJ、二人の肉体が輝きに溢れる。その光は影騎士の注目を引くには充分すぎたが、影狼人には影響しない。
――所詮ただの獣か、俺様の輝きを理解しねぇ!
「俺様の肉体に酔いな!」
アブドミナル&サイからのモストマスキュラー。ジャックのポーズが光を生み、光が影騎士を吹っ飛ばす。その隙に肉薄する影狼人だが、トリプルJは東側の一体を幻腕で拘束、敵腹部を拳で打ち上げた。
「やらせるかよ、俺様の目の前で」
「ハ、俺様の次に良い筋肉だぜ」
爽やかな笑顔でリボルバーを握るジャック。
ガァン、暴力的な銃声。影狼人から黒飛沫が散る。咆哮。敵の膝がトリプルJの腹にめり込む。構わず右ストレート。のけ反りながら蹴り上げてくる敵。顎を掠めフラついたトリプルJの隙を埋めるべく、ジャックの銃撃が敵を穿った。
「この俺様のお膳立てだぜ!」
「ありがとよ」
トリプルJはよろけた体でそのまま踏み込むや、交錯するように敵心臓を打ち抜いた。
霧散していく影狼人。二人はすぐさま他の敵を見やる。
「見つめる視線は冷ややかに……ってね」
氷矢が影羽人へ飛び、敵がひらりと躱す。それだけで、影羽人はレオナルドに釘付けとなった。
怒りを露わに雨霰と羽根を撃ち下す敵。右左とリズム良く体重移動で機体を操るレオナルドだが、限界はある。遂に敵弾幕をまともに浴びたその時、レオナルドは影狼人側の態勢がおおよそ整った事を視認した。
急加速して影狼人側から離れるや、倒れるように降車して敵を見る。
「熱いねぇ……これは恋? 一目惚れ? ううん、運命ね! ボクの為に堕ちて!!」
じくじく痛む傷をそのままに雷撃を放つレオナルド。応射。バイクの陰に伏せた。敵が直上へ。高度があるだけに敵攻撃を躱しづらい。雷光、同時に前転し――ずぶりと、腹に違和感を覚えた。
見下せばそこには黒い刃。影。地に写る影から刃を放ったのか?
粘つく塊を吐きながら膝をつく。拙い。早く動かねば羽根が来る。身を捩って仰向けに倒れると、その目に映ったのは、宙で唐突に姿勢を崩す敵の姿だった。遠く銃声。
何が。思う間もなく咄嗟に雷撃。影羽人に紫電と鉛玉の十字砲火が撃ち込まれ、敵はなす術なく四散した。
レオナルドが顔を顰めて辺りを見回すと、やや離れて再装填作業をしているヴィントの姿が見えた。
下馬したテノールは手前の影狼人相手に余力を持って相対していた。
地を縮めて駆けながら敵を観察する。先の青龍翔咬波を浴びてなお敵は健在。それなりに体力はありそうだ。
一直線に地を這ってくる影刃。回避――するまでもない。刃が胸を貫かんとするに任せ、テノールは一気に加速、驚愕した敵へ四連打を叩き込んだ。
黒飛沫を吐く敵。が、まだ死なない。敵の腕が横薙ぎにされた。
腰を落し、腕を取る。敵を引きながら肘鉄を胸に入れたテノールは、反撃に備えて素早く身を引く。が、それは杞憂に終った。
――雑魔の割にしぶとかったな。
黒い残滓を一瞥し、テノールは首を捻る。だがまずは他の敵も殺さねば。テノールが周囲を窺うと、各自順調に敵を抑えているのが判った。
問題は、一つ。
――荷が重かったか。
目を細めて、明らかに他と動きの違う影騎士を観察した。
「距離を取れば大丈夫だと思わない事だな、と……!」
隣の新米を抱き込んでアルトが横っ飛びすると、その脇を影が通り過ぎる。地を這い伸びあがる黒刃は速く、鋭い。脚からパッと紅が弾け、それでもアルトは止まらず敵へ肉薄する。
ハンマーの振り上げを紙一重で躱す影騎士。膂力に任せて切り返す。
「ぐ、ぅぅ……!!」
食い縛り、渾身の力で叩き潰す。耳朶を打つ轟音。舞い上がる砂塵。
「動きが止まったらチャンスだな……渾身の一撃を喰らわすんだぜ、と」
新米に言うが、三人の反応は薄い。見れば一人は戦意喪失、一人は重傷、残っているのは一人だけ。
それも仕方ない、とアルトは思う。初陣の相手としては強すぎた。
接敵当初は衝撃波やジャックとトリプルJの肉体的威圧感によって気勢を削がれていた影騎士だが、民間人から離れた事で万全の状態となった。
熟練者ですら苦戦を免れない敵相手では、新米には限界があったのだ。
「俺の後に続くんだぞ、と!」
「は、は!」
アルトの突撃。合せて敵側面へ馬を走らせる新米。敵が全周を薙ぎ払えば黒刃が広がり、馬が棹立ちになった。何とか落馬を避ける新米だが攻撃機会はずらされている。
アルトの横薙ぎ。受け、斬撃を返す敵。辛うじて柄で防ぎ、反転して得物をぶん回す。鈍い音。受けられたと察した瞬間にのけ反ると、その鼻先を黒刃が抜けた。アルトがバネのように跳び上がるや、渾身の打ち下しを見舞う。
「来い!」
「あああああああああああッ!!」
今のアルトにできる最大の一撃と、続く新米の騎馬突撃。
それは見事敵を半壊させてはいたものの、それでも敵は戦意を失っていなかった。耳障りな笑い声。追撃せんとしたアルトだが、それより早く敵が黒刃を放つと、何とした事か背を向け逃亡を始めた。
が、その瞬間、
「助太刀が遅れた」
地を縮めて距離を詰めた男が、爆発的な気で敵を捉えたのだった。
空に手を伸ばし、断末魔と共に霧消する敵。その姿は主人に助けを求める従者のようだった。
●弔いと灯火
茜色の空が刻一刻と夜の帳に侵食されていく。
イディエ、ロラン、テノールは小道から外れた所にぽつんと生えていた木の袂に、護衛の男の遺体を埋めた。なますに刻まれた遺体の状態は酷く、運べないと判断したのだ。
――貴方の奮闘なくば、間に合わなかったでしょう。
同じ傭兵として、テノールには男の遺体を見捨てる選択などなかった。
イディエが啜り泣き、テノールは瞑目する。
静かな足音。トリプルJが葉巻を供えた。
「……完全に暗くなる前に行こうぜぃ」
暗闇に幾つもの焚火。野営する彼らの世界は、ただそれだけだった。
食事を済ませ、光の届く範囲で思い思いの夜を過ごす中、トリプルJは吟遊詩人だというイディエに頼んだ。
「踊れる歌を、やっちゃくれねぇか」
「えぇ」
暗闇に響くリュートの音色。物寂しく、しかし軽快な曲はトリプルJが身を任せるに充分で、たららたららと腕を振り腰を回してトリプルJは一心に踊る。
一人の男の死を忘れぬ為に。
「おうお前ら、よくやったな」
次第に激しさを増す歌を遠く聴きながら、ジャックは新米騎士に声をかけた。両手には大量の酒。同じく新米を気遣い火を囲んでいたアルトが催促すると、仕方ねぇなとジャックは気前よく二本渡した。
「何はともあれ無事で安心したぜ。俺様が焚きつけたようなもんだしな」
「そうさねぇ。初陣を生き延びただけで充分だ」
「……いえ、自分らは未熟でした」
顔を歪め、新米。最後まで戦えた一人だった。他の一人は包帯だらけで、一人は心の折れた自分を悔いているように見える。
――自分で乗り越えるべき壁、かねぇ。
肩を竦めるアルト。一方でジャックは口角を吊り上げ、殊更声を高くする。
「ハ、そう簡単に俺様の領域に立てるかよ! だがな、俺様程じゃあねぇがお前らも少しはやる。何故か? それは敵に背ぇ向けなかったからだ」
酒瓶の一つをラッパ飲みする。ぷはぁ、と敢えて乱暴に口元を拭うと、視線を合せて笑った。
火に照らされた野営地から外れ、ヴィントは夜に身を浸してスープを飲む。
くたくたに煮込まれた野菜は噛む必要がなく、塩の利いた汁は身に沁みる。
漏れ聞こえる歌と談笑に耳を傾け、しかし近付く事はない。ヴィントは穏やかな空気を感じながら、自嘲する。
――人殺しが人助け、か。
随分おかしな事をしていると思うが、反面これも殺しの側面かとも思う。
……。
無用な事を考えた。これもラーズスヴァンの奴が面倒な仕事を振ってきたせいだ。ヴィントはスープを飲み干した。
何曲もの歌が奏でられ、遂には今日の出来事すら即興で歌にされてしまう。
やたらと筋肉要素の多いそれは奇妙な物語だったかもしれないが、レオナルドにはそれでも『眩しすぎた』。
どこか禍々しい造形の栄光の手に火を灯し、ゆらゆらと揺らして嗤う。
「一滴の灯火、根枕の導き――『さ、これに相応しいお話を聴かせて』」
「ぁ……は、はい……」
「どうしたの? 怖い? ふふ、可愛い。でもだめ。悪いケド英雄譚に興味ないのん」
イディエは震える声で別の歌を始める。それは狂った男が朽ちた獣を我が子の如く育てる歌。恐ろしげな声色が歌に合っている。
歌は続く。次第にレオナルドの耳には言葉が曖昧な音に聞こえるようになってきた。ぼんやりと辺りを見れば、あるのは灯だけ。何かが、満ち足りていく。
心地良い。
「この夢は……どこに向かっていくのだろうねぇ……」
レオナルドが目を閉じる。
歌は、まだ続いている。
<了>
ガンナ・エントラータ、港湾。
大量の輜重が船に飲み込まれていく光景を前に、ハンター達は『それ』を実感した。
イスルダ島攻略。
それは、あらゆる戦闘の中で最も複雑とも言われる『上陸戦』である……。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 ヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346) 人間(リアルブルー)|18才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2017/07/30 12:50:00 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/07/29 08:14:50 |