ゲスト
(ka0000)
貴族の依頼、ピノの話し
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- シリーズ(新規)
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/08/08 19:00
- 完成日
- 2017/08/14 00:18
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●※※※
宝飾工房コンフォート、ヴァリオスの外れ小さな商店街の路地裏に佇む古い店と併設した工房。
全てのカーテンを閉め切られ、重く情を閉ざしたそこに暮らすモニカは小さな弟を抱え、息を潜めていた。
工房のドアに手紙が三枚挟まっていた。
1枚は友人から。力を望んだモニカに、ハンターからの提案だと、弟と出来る体操を紹介するものだった。
残りの2枚は顔見知りのハンターから、モニカを気遣う言葉が連ねてある。
「ピノ……」
弟をあやしながら溜息を零す。
厄介な事情を背負っていることは分かっていたが、それはハンターに頼らなければならないほど危険なことになっているらしい。
手紙には歪虚の力には頼るなと戒める言葉もあったが、それを見詰めるモニカの表情は暗い。
店のドアノブが音を立てた。
無理に開けようとするその音は、客のそれでは無い。
やがて、ドアノブはねじ切られ、鍵を壊してドアが開けられる。
店内に進む1人の男、人形を抱えている。床に落ちていた閉店を綴るプレートを踏みつけて歩いてくる。
その男の姿には覚えが有った。モニカは彼の仕える家から身を隠している。彼は随分雰囲気が変わったようだ。
「そこに隠れているお嬢さん」
声を発したのは人形だった。
嗄れた声。眩いほど可憐に作られた顔の造作に似合わぬそれがモニカを呼ぶ。
「あなたに必要なものを差し上げるわ。私とゲームを致しましょう」
●
商店街から馬車で数時間を走った所に、ある貴族の屋敷があった。
乗り付けた馬車にはこの家の紋章があしらわれている。
馬の嘶きと車輪の音に守衛の男が飛び出してきた。
馬車に驚き、そして、馬車を降りた男にまた驚いた。
「あんた、帰ってきたのか……」
男は10日以上も行方知れずになっていたこの家の執事、守衛が慌てて彼の帰宅を伝えると、使用人から屋敷の主人までが飛び出してきた。
主人のエドガーは、取り乱しながらも、先日、執事の捜索を依頼し、ハンターの協力による手掛かりを受け取っていたオフィスへ報告に向かう。
その背を若いメイドのサーラが鋭く睨んだ。
顔色が悪い執事を休ませ、メイドの1人が病床の夫人に、執事の帰宅を伝えた。
夫人は窶れた顔に安堵を浮かべる。
その手許には手紙があった。封筒には紋章の封蝋が押されている。
「ご実家からですか?」
「ええ、お姉様から」
夫人の手許でかさりと紙が擦れる音が鳴る。
病気を気に掛ける言葉に始まり、そこへ至る経緯への叱責と、今後について。
几帳面な字で綴られる温かなそれは、
「今まで苦しかったでしょう、よく頑張りましたね。時間を見付けて偶には帰っていらっしゃい。姉より」
そう、締められていた。
夜になってもう一度手紙を開くと、昼間は気付かなかった一枚の紙片を見付けた。それは姉からの追伸だった。
本文でも言いましたが、あなたは出来もしないことを無理をして成そうとする悪癖があります。
今はあなたを支えてくれる人をよく頼りなさい。
喧嘩をしているのなら、例え下女だからといって、あなたから謝罪の手を伸ばして悪いことはありません。
尚、万一、これが見付かってお父様に叱られると長いので、読んだら破棄しておくように。
「喧嘩、ね……」
あの日の事件で、1人の少女と赤子を失った。全てを見ていたサーラの心を深く傷付けただろう。
躊躇わなかったなら。そう思いながら、子ども達が生きている希望には、それが見えた途端に縋ってしまう。
夫人はメイドを呼ぶベルに手を伸ばした。
すぐに応じたメイドに、サーラを呼んで欲しいと伝えた。暫くして、そのメイドが慌てた声で、彼女の不在を告げた。
●※※※
新しく生まれるために必要な物は歪みと契約。
契約無き歪みは、死して憎悪と怨嗟の塊と化す。
薔薇を手にした人形と、執事。そこにサーラの姿もある。
「さあ、参りましょう。新たなる同胞が、陰鬱たる化け物を御す至上の喜劇の観覧に」
執事が抱えた麗しい人形が、嗄れた男の声で言う。
どこか不安そうに屋敷を振り返ったサーラは、それでも躊躇いを捨てるように馬車の助手席に乗り込んだ。
足元の血溜まりに守衛が横たわって呻いている。
馬の嘶きが響いた。
●
騒動の絶えない同盟、不審者が目撃され、市街地で中心で事件の発生が報告されるヴァリオス。
大きな屋敷が並んだ住宅街の一角。ある家に雇われている守衛が何者かに襲われた。
空の端が白む早朝に発見され、帰省から戻っていた専属の医者が手当てに当たっている。
細い息の元、守衛は屋敷の前の道を指し、彼を襲った執事とサーラが馬車でその道を駆ったと告げた。
緊急事態だと、エドガーはオフィスへ走るが、しかし。
「……ああああ、もう! 確かに、ハンターさん達には、気を付けろって! 歪虚絡みかもって! ご忠告を頂いてましたよ! だからって、だからって、この規模は無いんじゃないでしょうか!」
オフィスはごった返していた。
カウンターに広げられた地図には幾つもバツ印が付けられている。
何事だと問えば、瓦礫や、鉄骨や、色んなもの、その大半が金属或いは陶器らしいが、この辺りの道がほぼ全て塞がれているという。
それらは不安定に折り重なって、細い鉄骨や陶器の破片が支えており、容易く崩れるという。
除去には慎重な作業が必要だろう。しくじった時のことを考えたくはない。
通れそうな道を1つだけ見付けたが、集まった者の1人が、夜半そこへ向かった者が帰ってきていないと言う。
受付嬢が地図への書き込みを続けながら、ハンター達を現場へ向かわせていく。
騒ぐ声の隙を突いてエドガーが声を掛けた。
執事の再びの出奔と、守衛の怪我。執事を乗せた馬車が向かった道を縮尺の細かい地図で確認すると、その先には、彼が消息を絶っていた商店街がある。
執事の動向とメイドの安否が気掛かりだ。
受付嬢は地図に落としていた目をエドガーに向けた。
「畏まりました。依頼を掲示します。……ですが、お話の通りですと多少の困難が予想されます」
●※※※
人形を抱えた男が去ったカウンターに置かれた抜き身の黒いナイフ。
刃は鋭く、柄に洒落た意匠が施されている。
黒い淀みを帯びた触れることを躊躇うような雰囲気に、何度も手を伸ばしては引っ込める。
しかし、モニカは目を逸らさない。
とっくに暮れ落ちた日が再び昇り、カーテン越し眩しい朝日を感じても。
弟の泣く声が聞こえる。
足元に手紙が散らかっている。
そして、ゆっくり息を吐いて、ナイフに手を伸ばした。
――このナイフで喉を突いたら、あなたは特別な力を手に出来る――
宝飾工房コンフォート、ヴァリオスの外れ小さな商店街の路地裏に佇む古い店と併設した工房。
全てのカーテンを閉め切られ、重く情を閉ざしたそこに暮らすモニカは小さな弟を抱え、息を潜めていた。
工房のドアに手紙が三枚挟まっていた。
1枚は友人から。力を望んだモニカに、ハンターからの提案だと、弟と出来る体操を紹介するものだった。
残りの2枚は顔見知りのハンターから、モニカを気遣う言葉が連ねてある。
「ピノ……」
弟をあやしながら溜息を零す。
厄介な事情を背負っていることは分かっていたが、それはハンターに頼らなければならないほど危険なことになっているらしい。
手紙には歪虚の力には頼るなと戒める言葉もあったが、それを見詰めるモニカの表情は暗い。
店のドアノブが音を立てた。
無理に開けようとするその音は、客のそれでは無い。
やがて、ドアノブはねじ切られ、鍵を壊してドアが開けられる。
店内に進む1人の男、人形を抱えている。床に落ちていた閉店を綴るプレートを踏みつけて歩いてくる。
その男の姿には覚えが有った。モニカは彼の仕える家から身を隠している。彼は随分雰囲気が変わったようだ。
「そこに隠れているお嬢さん」
声を発したのは人形だった。
嗄れた声。眩いほど可憐に作られた顔の造作に似合わぬそれがモニカを呼ぶ。
「あなたに必要なものを差し上げるわ。私とゲームを致しましょう」
●
商店街から馬車で数時間を走った所に、ある貴族の屋敷があった。
乗り付けた馬車にはこの家の紋章があしらわれている。
馬の嘶きと車輪の音に守衛の男が飛び出してきた。
馬車に驚き、そして、馬車を降りた男にまた驚いた。
「あんた、帰ってきたのか……」
男は10日以上も行方知れずになっていたこの家の執事、守衛が慌てて彼の帰宅を伝えると、使用人から屋敷の主人までが飛び出してきた。
主人のエドガーは、取り乱しながらも、先日、執事の捜索を依頼し、ハンターの協力による手掛かりを受け取っていたオフィスへ報告に向かう。
その背を若いメイドのサーラが鋭く睨んだ。
顔色が悪い執事を休ませ、メイドの1人が病床の夫人に、執事の帰宅を伝えた。
夫人は窶れた顔に安堵を浮かべる。
その手許には手紙があった。封筒には紋章の封蝋が押されている。
「ご実家からですか?」
「ええ、お姉様から」
夫人の手許でかさりと紙が擦れる音が鳴る。
病気を気に掛ける言葉に始まり、そこへ至る経緯への叱責と、今後について。
几帳面な字で綴られる温かなそれは、
「今まで苦しかったでしょう、よく頑張りましたね。時間を見付けて偶には帰っていらっしゃい。姉より」
そう、締められていた。
夜になってもう一度手紙を開くと、昼間は気付かなかった一枚の紙片を見付けた。それは姉からの追伸だった。
本文でも言いましたが、あなたは出来もしないことを無理をして成そうとする悪癖があります。
今はあなたを支えてくれる人をよく頼りなさい。
喧嘩をしているのなら、例え下女だからといって、あなたから謝罪の手を伸ばして悪いことはありません。
尚、万一、これが見付かってお父様に叱られると長いので、読んだら破棄しておくように。
「喧嘩、ね……」
あの日の事件で、1人の少女と赤子を失った。全てを見ていたサーラの心を深く傷付けただろう。
躊躇わなかったなら。そう思いながら、子ども達が生きている希望には、それが見えた途端に縋ってしまう。
夫人はメイドを呼ぶベルに手を伸ばした。
すぐに応じたメイドに、サーラを呼んで欲しいと伝えた。暫くして、そのメイドが慌てた声で、彼女の不在を告げた。
●※※※
新しく生まれるために必要な物は歪みと契約。
契約無き歪みは、死して憎悪と怨嗟の塊と化す。
薔薇を手にした人形と、執事。そこにサーラの姿もある。
「さあ、参りましょう。新たなる同胞が、陰鬱たる化け物を御す至上の喜劇の観覧に」
執事が抱えた麗しい人形が、嗄れた男の声で言う。
どこか不安そうに屋敷を振り返ったサーラは、それでも躊躇いを捨てるように馬車の助手席に乗り込んだ。
足元の血溜まりに守衛が横たわって呻いている。
馬の嘶きが響いた。
●
騒動の絶えない同盟、不審者が目撃され、市街地で中心で事件の発生が報告されるヴァリオス。
大きな屋敷が並んだ住宅街の一角。ある家に雇われている守衛が何者かに襲われた。
空の端が白む早朝に発見され、帰省から戻っていた専属の医者が手当てに当たっている。
細い息の元、守衛は屋敷の前の道を指し、彼を襲った執事とサーラが馬車でその道を駆ったと告げた。
緊急事態だと、エドガーはオフィスへ走るが、しかし。
「……ああああ、もう! 確かに、ハンターさん達には、気を付けろって! 歪虚絡みかもって! ご忠告を頂いてましたよ! だからって、だからって、この規模は無いんじゃないでしょうか!」
オフィスはごった返していた。
カウンターに広げられた地図には幾つもバツ印が付けられている。
何事だと問えば、瓦礫や、鉄骨や、色んなもの、その大半が金属或いは陶器らしいが、この辺りの道がほぼ全て塞がれているという。
それらは不安定に折り重なって、細い鉄骨や陶器の破片が支えており、容易く崩れるという。
除去には慎重な作業が必要だろう。しくじった時のことを考えたくはない。
通れそうな道を1つだけ見付けたが、集まった者の1人が、夜半そこへ向かった者が帰ってきていないと言う。
受付嬢が地図への書き込みを続けながら、ハンター達を現場へ向かわせていく。
騒ぐ声の隙を突いてエドガーが声を掛けた。
執事の再びの出奔と、守衛の怪我。執事を乗せた馬車が向かった道を縮尺の細かい地図で確認すると、その先には、彼が消息を絶っていた商店街がある。
執事の動向とメイドの安否が気掛かりだ。
受付嬢は地図に落としていた目をエドガーに向けた。
「畏まりました。依頼を掲示します。……ですが、お話の通りですと多少の困難が予想されます」
●※※※
人形を抱えた男が去ったカウンターに置かれた抜き身の黒いナイフ。
刃は鋭く、柄に洒落た意匠が施されている。
黒い淀みを帯びた触れることを躊躇うような雰囲気に、何度も手を伸ばしては引っ込める。
しかし、モニカは目を逸らさない。
とっくに暮れ落ちた日が再び昇り、カーテン越し眩しい朝日を感じても。
弟の泣く声が聞こえる。
足元に手紙が散らかっている。
そして、ゆっくり息を吐いて、ナイフに手を伸ばした。
――このナイフで喉を突いたら、あなたは特別な力を手に出来る――
リプレイ本文
●
蹄鉄が石畳を打つ。手綱を引き締め逞しい首が前を向く。ハミを噛んだ歯を剥いて、鞭も無いのに煽られるように一斉に駆り出した馬が行く。
彼等に混ざって、魔導機械のエンジンが回る、走るほどにその回転数を上げながら。
オフィスで確認した地図は、この道を只管に真っ直ぐ。少しでも逸れれば瓦礫に阻まれ、目標を追うことが適わなくなる。住宅街を抜け道幅は僅かに広がった。薄らと残された轍を追って、ハンター達は先を急ぐ。
この道のずっと先、小さな商店街がある。
ハンター達が追っている男が、以前調査に通い詰めて行方を眩ませた場所。一度は帰還した彼が同じ家に仕える守衛を攻撃して再び行方を眩ませている。ヴァリオスの華やかな街並みの中、不安定に積まれた瓦礫。ハンター達の感じた歪虚の気配。
十分に気を付けて。受付の女性はそう言っていたけれど。
今はまだ、ハンター達は目の前の道を直走る。
朝の涼しさと活気を瓦礫に邪魔された街を走り、静かな公園の横を走り、道は次第に狭くなっていく。
古い街並み、所々が修繕されたひび割れた石畳。
家々の庭先に花の笑う長閑な景観の中、緩やかに曲がった道を馬車は走っていく。
背後に蹄の音を聞く。
追っ手は思ったよりも早く追い付いてきたようだ。
野性味の残る走ることになれたしなやかな体躯、引き締まった前脚が力強く石畳を蹴って体幹を伸びやかに推し進める。
その速さの分突出した星野 ハナ(ka5852)は真っ先に馬車の姿を捉えた。
彼等を先へ向かわせる訳にはいかない。
符を構え、片手と脚で馬を制し、怒りに頬を震わせて眇める目が馬車を睨む。
靡く髪が向かい風に抗うように広がり、揺蕩うように揺れる。
道幅を気に掛ける余裕は無かった。
「私は全速力でモニカちゃんちを目指しますぅ、ごめんなさいぃ」
続く仲間へ言い残し、符を放って馬車の脇を駆け抜ける。
符に作られた結界に飛び込んだ馬車を引く馬が脚を取られる。不意の拘束にその脚が跳ね、藻掻く衝撃で馬車が横転、引き摺られるように馬もその体躯を横倒しに倒れて道を塞ぐ。
咄嗟に飛び下りた歪虚が星野の背へ向けて手を伸ばし、黒い球体を放つ。
背に衝撃を受けて星野の馬が止まる。
重力が粘性を持って絡み付く。そんな感覚に捕らわれる。
それでも、こんなところで止まる訳には行かない。
拘束を振り切って静かな街並みの中を駆けていった。
●
馬車から放り出された際に打ったのだろう、全身の痛みを押してサーラはエプロンの埃を払い歪虚の傍へと歩く。
足を断たれた今、既に進んでしまった1人のハンターよりも、他のハンターに後ろを取られていることが気掛かりになる。歩いて進めばどこかで捕まるだろう、それならここで迎え撃とう。
「……本当に、奥様の望みが叶うの?」
人を捨ててしまった彼の背を一瞥して呟く。その声は迫る蹄の音に掻き消された。
状況に5人のハンター達が止まる。
星野に続きモニカの元へ急ごうとしていたリアリュール(ka2003)とマリィア・バルデス(ka5848)が前に出るが、横倒しの馬車と馬を前に言葉を失す。
「ロジィ、お願い」
駆るよりも轢くことに慣れた馬、頑健な足が馬車を踏む。一歩、また一歩と進めると、リアリュールの正面にサーラが手を広げて立ち塞がった。
「サーラさん!」
ユウ(ka6891)の声に反射的にそちらへ向いた目を、黒曜石の艶やかな瞳が捉えた。
優美な曲線で側頭に添う純白の角、枝分かれする先端が何れも鋭く天を差す。
「ここは私達が抑えます」
ユウの瞳にサーラが捕らわれる瞬間に、リアリュールの馬が更に1歩踏み出して馬車を越え、その脇を擦り抜ける。
「……先に行って、追い付くから」
肩越しに振り返るマリィアの言葉に頷き、リアリュールは馬を走らせる。
リアリュールに向けて伸ばされた手をアウレール・V・ブラオラント(ka2531)の放つ光の杭が射抜く。
星を象る得物を握る手の周りで陽炎が揺蕩うように揺れている。
敵を見据えた聡明な青から光りは消え、白い頬に赤い線が走って模様絵を描く。
「歪虚に……堕ちたか。愚かなことだ」
動きを妨げられて尚射程内に捉えるリアリュールよりも彼を強敵だと判断した手が、芝居がかった動きでアウレールの顔を指す。
その間にもマリィアは抜けられそうな箇所を探すが、倒れた馬が痛みに藻掻く度に状態が悪化するばかりだ。
マテリアルを巡らせて周囲を探る。近い敵は正面の歪虚だけ、ならば、と得物へ手が伸び掛ける。
マリィアの動きを制してGacrux(ka2726)は銃を抜き、放つ。
「行って下さい、間に合うはずです」
留め具を撃たれた車輪が傾いで作る斜路にマリィアの操る車輪が乗る。
アクセルを握り締め、マテリアルを乗せて加速する車体は一瞬宙に浮いて、風を纏うように走り抜けていった。
マリィアの着地に合わせてガクルックスが投じた手榴弾の白い煙幕が、2人目を逃して振り返った歪虚の目を眩ませる。
抗うかのように目を眇めるが、赤に緑にと続けて投じられ重なる色に完全に視界を塞がれると、その場に残ったハンター達へ剣呑な視線を戻した。
歪虚が動きを見せ、サーラも合わせて動こうとするが、ユウの瞳がそれを阻む。
逸らせない。
それだけで思い通りに動くはずの四肢でさえ、雁字搦めに捕らわれたような錯覚に陥る。
歪虚が腕で空気を薙ぐ。揃えられた指がハンター達へ向けられ、鏑の鏃が黒い靄を纏って一面に降り注ぐ。
アウレールが濃緋色の刀身を翳す。象嵌の金に綴られた文字を掲げ振り払えば、砕ける鏃はアウレールの周囲に木の実のように軽く落ちて消える。
ガクルックスがその攻撃の手を睨み躱そうとするが、降り注ぐ範囲は避けるには広く、銃を仕込む盾を掲げるがその縁を掠めた一撃が脚に刺さる。痛みに僅かに眉を寄せるが、行動を阻むほどでは無いと鞭を構えて状況を見る。
鏃が降り注ぐ。目を逸らす訳にはいかないユウはその場を動けず、マテリアルに障壁も、視界を遮るようには浮かべられない。
無防備になるその頬を黒い鏃が掠めた。白い頬に深く裂けた傷から溢れる血が輪郭を伝い顎先から滴る。
手の甲で粗く血を拭い、ユウは目を合わせ続ける。
ユウとサーラの動きを覗いながら、ガクルックスはサーラの捕縛に動く。
鞭を手に馬を下り、サーラが捕らわれている間に馬車を越えて接近を試みた。
ガクルックスが動くとユウもその鞭が彼女を捉える瞬間に合わせる様にサーラの目を真っ直ぐに見る。
ユウと目を合わせながらも、サーラは歪虚の方へ近付いていく。
アウレールの向ける剣を案じているのだろう、庇う様に腕が伸ばされる。
「歪虚になれば家族ごっこができるとでも思ったか」
怒りに震える声が低く響く。
どんな思惑も確執も、他人の幸せを奪う口実になりはしない。例え、愛する者の願いを叶えるためだとしても。
その為に魂を擲ったとしても。
掲げた剣を振り下ろす。
薄汚れた白い手袋がそれを受け留めて、歪虚は長躯を撓らせて後退する。
ユウの視界の端に入るようにガクルックスは大振りな合図を送り、それに返すユウの手の動きを見る。
アウレールの攻撃の瞬間に、空間を滑るように放たれた鞭がサーラを捉える。
サーラの身体に巻き付いて戻る鞭の端を掴む。捕縛の瞬間に視線が切れ、歪虚の方へと両手を伸ばし拘束から逃れようとするサーラに、ユウは再び目を合わせた。
「大人しく、して下さい」
「……ユウ、少しそのままお願いしますよ」
ガクルックスが鞭の両端を手繰り引き締めてサーラを抑え込む、ユウの瞳に捕らわれている彼女の首を打つと、鞭の絡む細い身体から力が抜けた。
これで暴れはしないだろうとストールで後ろ手に拘束し、歪虚を一瞥する。彼女を抱えて戦うのは厳しいだろう。ぐったりとした身体を肩に担ぎ遮蔽を探す。
「下がります。彼女のことは任せて頂いて大丈夫です」
ユウは頷くと、脚にマテリアルを込めて得物を握る。白く凍て付いた刃を構え馬車を越えて、歪虚の横へ回り込むように斬り掛かった。
振るわれた拳をアウレールが刀身に受け留める。負のマテリアルが重く込められるそれは、しかし、熱も心も感じられない。
「貴方はいったい……」
サーラを捉えても尚、眼前のアウレールに攻撃を続ける。歪虚の動きにユウは口を噤む
彼に感情を、目的さえも尋ねることは無駄に思えた。
何を思って。純粋な相貌が見詰める中で歪虚の構えが変わる。手を翳すそれは、一帯に鏃を降らせた物と同じ。
ユウは思わず振り返った。
ガクルックスはサーラを馬に積み、彼の得意な射程へと下がっているところ。
危ない。そう思う間さえ無く、放たれたそれは降り注ぐ。捉える物の無いユウは今度こそ降り注ぐ鏃の隙を縫って避けきり、アウレールも剣で容易く振り払う。
意識の無いサーラを庇う様に盾を向けたガクルックスが背に浅からぬ衝撃を受けた。
攻撃の止んだ瞬間、咳き込みながらサーラの安否を伺う様子に、その攻撃の強さを知る。頬の血はまだ乾かない。
「……大馬鹿野郎」
唸る様に零れた声。
外道な歪虚、どんな皮肉だろう。
サーラの目を塞いでくれと肩越しに一瞥を、歪虚に切っ先を突き付けて一歩踏み込む。
マテリアルを込めて、自身の命を削ぐほどに。
竦んだ歪虚を緋色の剣が刺し貫いて。纏う陽炎はその軌跡を揺らして昇る。
傷口から吹き上げた黒い飛沫はやがて空気に溶けるように霧散する。倒れる身体は末端から崩れ、黒い土塊に、そして風に流され、溶ける様に消えていく。人らしからぬ死に様を見下ろし、アウレールは剣を収めて馬を引いた。
既に3人向かった後だが、彼の求めた場所が気掛かりだった。
●
カウンターを出て一人きりの店内で、ナイフの柄を握り切っ先を喉に定める。恐怖が勝り、何度も躊躇った。
力を得るために必要だと信じていても、肌に触れる刃の冷たさに怖じ気づく。
「……怖いな」
呟いた時、モニカは少し遠くに馬の蹄の音を聞いた。耳を澄ますと音は次第に近付いてくる。
深く静かに息を吐いて、カウンターの中に置いたベビーベッドを見る。
「……ごめんね、ばいばい」
もっとピノと一緒にいたかった。でも、ピノのことは私が絶対守るからね。
蹄の音は止まらない、迷いもせずにこの店に向かってくるだろう。もう躊躇う暇は無い。
幼い声が、もにか、と泣きじゃくる声を聞きながらきつく目を瞑る。
全ての音が消えていく。肌を破る痛みと血が凍っていくような冷たさを感じる。
喉を貫く瞬間に、鍵の壊れた店のドアが音を立てて開かれた。
間に合った。そう呟いた唇で笑い、モニカの身体はぐらりと揺れた。
投じた符は鳥を模して一直線に羽ばたいたが、既にその力の及ぶ所では無い傷に元の形に戻り、ひらりと床に落ちていく。
「モニカちゃん!」
叫ぶように呼んで、星野はモニカへ手を伸ばす。喉の中心を逸れて呼吸を潰さず血管を深く裂いたナイフが抜けると、吹き上げた鮮血は壁を赤く染める。溢れ続ける血の色は次第に黒く変わっていった。
倒れる前に抱き留めた星野の腕の中、まだ温かな身体に比べようも無く、その血は冷たい。
「モニカちゃん。起きて下さいぃ、ピノくんが泣いてますぅ」
黒く染まった指で符を重ね命を込めた式を呼ぶ。
カウンターを隔て、敵からも、モニカ自身からも守るように寝かされたピノは、星野が式神を近付けると小さな手を伸ばしてそれを掴んだ。
煙幕を背に歪虚との戦闘を抜けて走るリアリュールと、追い付いたマリィアは商店街を目指し疾走する。
「保護できていればよいけど……」
「ええ、急ぐわよ」
商店街の街並みが見えた。限界までスピードを上げ、馬を急かして、コンフォートへ駆けつけた。
ドアは開いており、中に人影は2つ。
マリィアはマテリアルを高めて周囲を探りながら店のドアを開ける。リアリュールも警戒しながら店内へ。
店の壁は赤く、座り込んだ星野に抱えられた少女の肌は青白く、ワンピースには黒い血が染みている。
駆け寄ったリアリュールはモニカを抱き締めようと腕を伸ばすが、それの答える動きは無く、マリィアが髪を撫でても身動ぎ1つ返さない。
「……外を、見てくるわ」
マリィアが立ち上がりコンフォートの外へ、ドアを背に項垂れる。
「モニカ……貴女がピノを守りたかったように、私達もピノと貴女を守りたかったの」
彼女の夢も、願いも、伝えて欲しかった。分かり合って協力したかった。
奥歯を噛み締めて掌で目許を覆う。
リアリュールは床に無造作に置かれたナイフを見付けた。星野が浄化を試みたらしく近くに符が落ちている。
「後でオフィスに、届けないとね」
それを包もうと拾い上げる。鈍色に曇ったナイフ、その異様に鋭く研がれた刃が透明な雫を弾いた。
「……モニカちゃんも、オフィスに……」
手拭いを巻いてバックに詰めたナイフを置き、モニカの手を取る。温かな手、まだ間に合うと思えてしまいそうな程。
しかしその手は指先から徐に黒く染まって、人の形を忘れていく。
●
アウレールがコンフォートに到着した時、店内はとても静かだった。
時折誰かがモニカに呼び掛けるがモニカは返事をせず、ただ、眠っているように見えた。
ピノは星野の式があやしている。
アウレールと共に店内に戻ったマリィアが表の様子に首を横に揺らす。
近くにも瓦礫が積まれていたらしく、この辺りの住人はそちらに掛かり切りらしい。
傷を回復させてガクルックスとユウはサーラをオフィスへ運ぶことにした。
このまま進んで、サーラの安全が確保出来る保証は無く、ガクルックスも当主へ伝えたいことがあった。
ユウはこの状況を作った歪虚の動向を追うために、その攻撃から2人を守るために、周囲を警戒しながら続いた。
道の様子は変わらず、けれど瓦礫のいくつかは片付き始め、少しずつだが日常を取り戻しつつある。
サーラを起こさない程度に馬を急がせると、オフィスの前に落ち付かない様子の受付嬢と当主が馬車で出迎えた。
拘束を解いたサーラを2人に托し、ガクルックスは当主に状況を伝える。
「……守るようにお願いしますね」
商店街に戻るなら、と受付嬢が地図を広げる。瓦礫が片付いたことで、今なら近道が出来るらしい。
あの辺りも騒がしい。心配だからと言ってその道を教えた。
蹄鉄が石畳を打つ。手綱を引き締め逞しい首が前を向く。ハミを噛んだ歯を剥いて、鞭も無いのに煽られるように一斉に駆り出した馬が行く。
彼等に混ざって、魔導機械のエンジンが回る、走るほどにその回転数を上げながら。
オフィスで確認した地図は、この道を只管に真っ直ぐ。少しでも逸れれば瓦礫に阻まれ、目標を追うことが適わなくなる。住宅街を抜け道幅は僅かに広がった。薄らと残された轍を追って、ハンター達は先を急ぐ。
この道のずっと先、小さな商店街がある。
ハンター達が追っている男が、以前調査に通い詰めて行方を眩ませた場所。一度は帰還した彼が同じ家に仕える守衛を攻撃して再び行方を眩ませている。ヴァリオスの華やかな街並みの中、不安定に積まれた瓦礫。ハンター達の感じた歪虚の気配。
十分に気を付けて。受付の女性はそう言っていたけれど。
今はまだ、ハンター達は目の前の道を直走る。
朝の涼しさと活気を瓦礫に邪魔された街を走り、静かな公園の横を走り、道は次第に狭くなっていく。
古い街並み、所々が修繕されたひび割れた石畳。
家々の庭先に花の笑う長閑な景観の中、緩やかに曲がった道を馬車は走っていく。
背後に蹄の音を聞く。
追っ手は思ったよりも早く追い付いてきたようだ。
野性味の残る走ることになれたしなやかな体躯、引き締まった前脚が力強く石畳を蹴って体幹を伸びやかに推し進める。
その速さの分突出した星野 ハナ(ka5852)は真っ先に馬車の姿を捉えた。
彼等を先へ向かわせる訳にはいかない。
符を構え、片手と脚で馬を制し、怒りに頬を震わせて眇める目が馬車を睨む。
靡く髪が向かい風に抗うように広がり、揺蕩うように揺れる。
道幅を気に掛ける余裕は無かった。
「私は全速力でモニカちゃんちを目指しますぅ、ごめんなさいぃ」
続く仲間へ言い残し、符を放って馬車の脇を駆け抜ける。
符に作られた結界に飛び込んだ馬車を引く馬が脚を取られる。不意の拘束にその脚が跳ね、藻掻く衝撃で馬車が横転、引き摺られるように馬もその体躯を横倒しに倒れて道を塞ぐ。
咄嗟に飛び下りた歪虚が星野の背へ向けて手を伸ばし、黒い球体を放つ。
背に衝撃を受けて星野の馬が止まる。
重力が粘性を持って絡み付く。そんな感覚に捕らわれる。
それでも、こんなところで止まる訳には行かない。
拘束を振り切って静かな街並みの中を駆けていった。
●
馬車から放り出された際に打ったのだろう、全身の痛みを押してサーラはエプロンの埃を払い歪虚の傍へと歩く。
足を断たれた今、既に進んでしまった1人のハンターよりも、他のハンターに後ろを取られていることが気掛かりになる。歩いて進めばどこかで捕まるだろう、それならここで迎え撃とう。
「……本当に、奥様の望みが叶うの?」
人を捨ててしまった彼の背を一瞥して呟く。その声は迫る蹄の音に掻き消された。
状況に5人のハンター達が止まる。
星野に続きモニカの元へ急ごうとしていたリアリュール(ka2003)とマリィア・バルデス(ka5848)が前に出るが、横倒しの馬車と馬を前に言葉を失す。
「ロジィ、お願い」
駆るよりも轢くことに慣れた馬、頑健な足が馬車を踏む。一歩、また一歩と進めると、リアリュールの正面にサーラが手を広げて立ち塞がった。
「サーラさん!」
ユウ(ka6891)の声に反射的にそちらへ向いた目を、黒曜石の艶やかな瞳が捉えた。
優美な曲線で側頭に添う純白の角、枝分かれする先端が何れも鋭く天を差す。
「ここは私達が抑えます」
ユウの瞳にサーラが捕らわれる瞬間に、リアリュールの馬が更に1歩踏み出して馬車を越え、その脇を擦り抜ける。
「……先に行って、追い付くから」
肩越しに振り返るマリィアの言葉に頷き、リアリュールは馬を走らせる。
リアリュールに向けて伸ばされた手をアウレール・V・ブラオラント(ka2531)の放つ光の杭が射抜く。
星を象る得物を握る手の周りで陽炎が揺蕩うように揺れている。
敵を見据えた聡明な青から光りは消え、白い頬に赤い線が走って模様絵を描く。
「歪虚に……堕ちたか。愚かなことだ」
動きを妨げられて尚射程内に捉えるリアリュールよりも彼を強敵だと判断した手が、芝居がかった動きでアウレールの顔を指す。
その間にもマリィアは抜けられそうな箇所を探すが、倒れた馬が痛みに藻掻く度に状態が悪化するばかりだ。
マテリアルを巡らせて周囲を探る。近い敵は正面の歪虚だけ、ならば、と得物へ手が伸び掛ける。
マリィアの動きを制してGacrux(ka2726)は銃を抜き、放つ。
「行って下さい、間に合うはずです」
留め具を撃たれた車輪が傾いで作る斜路にマリィアの操る車輪が乗る。
アクセルを握り締め、マテリアルを乗せて加速する車体は一瞬宙に浮いて、風を纏うように走り抜けていった。
マリィアの着地に合わせてガクルックスが投じた手榴弾の白い煙幕が、2人目を逃して振り返った歪虚の目を眩ませる。
抗うかのように目を眇めるが、赤に緑にと続けて投じられ重なる色に完全に視界を塞がれると、その場に残ったハンター達へ剣呑な視線を戻した。
歪虚が動きを見せ、サーラも合わせて動こうとするが、ユウの瞳がそれを阻む。
逸らせない。
それだけで思い通りに動くはずの四肢でさえ、雁字搦めに捕らわれたような錯覚に陥る。
歪虚が腕で空気を薙ぐ。揃えられた指がハンター達へ向けられ、鏑の鏃が黒い靄を纏って一面に降り注ぐ。
アウレールが濃緋色の刀身を翳す。象嵌の金に綴られた文字を掲げ振り払えば、砕ける鏃はアウレールの周囲に木の実のように軽く落ちて消える。
ガクルックスがその攻撃の手を睨み躱そうとするが、降り注ぐ範囲は避けるには広く、銃を仕込む盾を掲げるがその縁を掠めた一撃が脚に刺さる。痛みに僅かに眉を寄せるが、行動を阻むほどでは無いと鞭を構えて状況を見る。
鏃が降り注ぐ。目を逸らす訳にはいかないユウはその場を動けず、マテリアルに障壁も、視界を遮るようには浮かべられない。
無防備になるその頬を黒い鏃が掠めた。白い頬に深く裂けた傷から溢れる血が輪郭を伝い顎先から滴る。
手の甲で粗く血を拭い、ユウは目を合わせ続ける。
ユウとサーラの動きを覗いながら、ガクルックスはサーラの捕縛に動く。
鞭を手に馬を下り、サーラが捕らわれている間に馬車を越えて接近を試みた。
ガクルックスが動くとユウもその鞭が彼女を捉える瞬間に合わせる様にサーラの目を真っ直ぐに見る。
ユウと目を合わせながらも、サーラは歪虚の方へ近付いていく。
アウレールの向ける剣を案じているのだろう、庇う様に腕が伸ばされる。
「歪虚になれば家族ごっこができるとでも思ったか」
怒りに震える声が低く響く。
どんな思惑も確執も、他人の幸せを奪う口実になりはしない。例え、愛する者の願いを叶えるためだとしても。
その為に魂を擲ったとしても。
掲げた剣を振り下ろす。
薄汚れた白い手袋がそれを受け留めて、歪虚は長躯を撓らせて後退する。
ユウの視界の端に入るようにガクルックスは大振りな合図を送り、それに返すユウの手の動きを見る。
アウレールの攻撃の瞬間に、空間を滑るように放たれた鞭がサーラを捉える。
サーラの身体に巻き付いて戻る鞭の端を掴む。捕縛の瞬間に視線が切れ、歪虚の方へと両手を伸ばし拘束から逃れようとするサーラに、ユウは再び目を合わせた。
「大人しく、して下さい」
「……ユウ、少しそのままお願いしますよ」
ガクルックスが鞭の両端を手繰り引き締めてサーラを抑え込む、ユウの瞳に捕らわれている彼女の首を打つと、鞭の絡む細い身体から力が抜けた。
これで暴れはしないだろうとストールで後ろ手に拘束し、歪虚を一瞥する。彼女を抱えて戦うのは厳しいだろう。ぐったりとした身体を肩に担ぎ遮蔽を探す。
「下がります。彼女のことは任せて頂いて大丈夫です」
ユウは頷くと、脚にマテリアルを込めて得物を握る。白く凍て付いた刃を構え馬車を越えて、歪虚の横へ回り込むように斬り掛かった。
振るわれた拳をアウレールが刀身に受け留める。負のマテリアルが重く込められるそれは、しかし、熱も心も感じられない。
「貴方はいったい……」
サーラを捉えても尚、眼前のアウレールに攻撃を続ける。歪虚の動きにユウは口を噤む
彼に感情を、目的さえも尋ねることは無駄に思えた。
何を思って。純粋な相貌が見詰める中で歪虚の構えが変わる。手を翳すそれは、一帯に鏃を降らせた物と同じ。
ユウは思わず振り返った。
ガクルックスはサーラを馬に積み、彼の得意な射程へと下がっているところ。
危ない。そう思う間さえ無く、放たれたそれは降り注ぐ。捉える物の無いユウは今度こそ降り注ぐ鏃の隙を縫って避けきり、アウレールも剣で容易く振り払う。
意識の無いサーラを庇う様に盾を向けたガクルックスが背に浅からぬ衝撃を受けた。
攻撃の止んだ瞬間、咳き込みながらサーラの安否を伺う様子に、その攻撃の強さを知る。頬の血はまだ乾かない。
「……大馬鹿野郎」
唸る様に零れた声。
外道な歪虚、どんな皮肉だろう。
サーラの目を塞いでくれと肩越しに一瞥を、歪虚に切っ先を突き付けて一歩踏み込む。
マテリアルを込めて、自身の命を削ぐほどに。
竦んだ歪虚を緋色の剣が刺し貫いて。纏う陽炎はその軌跡を揺らして昇る。
傷口から吹き上げた黒い飛沫はやがて空気に溶けるように霧散する。倒れる身体は末端から崩れ、黒い土塊に、そして風に流され、溶ける様に消えていく。人らしからぬ死に様を見下ろし、アウレールは剣を収めて馬を引いた。
既に3人向かった後だが、彼の求めた場所が気掛かりだった。
●
カウンターを出て一人きりの店内で、ナイフの柄を握り切っ先を喉に定める。恐怖が勝り、何度も躊躇った。
力を得るために必要だと信じていても、肌に触れる刃の冷たさに怖じ気づく。
「……怖いな」
呟いた時、モニカは少し遠くに馬の蹄の音を聞いた。耳を澄ますと音は次第に近付いてくる。
深く静かに息を吐いて、カウンターの中に置いたベビーベッドを見る。
「……ごめんね、ばいばい」
もっとピノと一緒にいたかった。でも、ピノのことは私が絶対守るからね。
蹄の音は止まらない、迷いもせずにこの店に向かってくるだろう。もう躊躇う暇は無い。
幼い声が、もにか、と泣きじゃくる声を聞きながらきつく目を瞑る。
全ての音が消えていく。肌を破る痛みと血が凍っていくような冷たさを感じる。
喉を貫く瞬間に、鍵の壊れた店のドアが音を立てて開かれた。
間に合った。そう呟いた唇で笑い、モニカの身体はぐらりと揺れた。
投じた符は鳥を模して一直線に羽ばたいたが、既にその力の及ぶ所では無い傷に元の形に戻り、ひらりと床に落ちていく。
「モニカちゃん!」
叫ぶように呼んで、星野はモニカへ手を伸ばす。喉の中心を逸れて呼吸を潰さず血管を深く裂いたナイフが抜けると、吹き上げた鮮血は壁を赤く染める。溢れ続ける血の色は次第に黒く変わっていった。
倒れる前に抱き留めた星野の腕の中、まだ温かな身体に比べようも無く、その血は冷たい。
「モニカちゃん。起きて下さいぃ、ピノくんが泣いてますぅ」
黒く染まった指で符を重ね命を込めた式を呼ぶ。
カウンターを隔て、敵からも、モニカ自身からも守るように寝かされたピノは、星野が式神を近付けると小さな手を伸ばしてそれを掴んだ。
煙幕を背に歪虚との戦闘を抜けて走るリアリュールと、追い付いたマリィアは商店街を目指し疾走する。
「保護できていればよいけど……」
「ええ、急ぐわよ」
商店街の街並みが見えた。限界までスピードを上げ、馬を急かして、コンフォートへ駆けつけた。
ドアは開いており、中に人影は2つ。
マリィアはマテリアルを高めて周囲を探りながら店のドアを開ける。リアリュールも警戒しながら店内へ。
店の壁は赤く、座り込んだ星野に抱えられた少女の肌は青白く、ワンピースには黒い血が染みている。
駆け寄ったリアリュールはモニカを抱き締めようと腕を伸ばすが、それの答える動きは無く、マリィアが髪を撫でても身動ぎ1つ返さない。
「……外を、見てくるわ」
マリィアが立ち上がりコンフォートの外へ、ドアを背に項垂れる。
「モニカ……貴女がピノを守りたかったように、私達もピノと貴女を守りたかったの」
彼女の夢も、願いも、伝えて欲しかった。分かり合って協力したかった。
奥歯を噛み締めて掌で目許を覆う。
リアリュールは床に無造作に置かれたナイフを見付けた。星野が浄化を試みたらしく近くに符が落ちている。
「後でオフィスに、届けないとね」
それを包もうと拾い上げる。鈍色に曇ったナイフ、その異様に鋭く研がれた刃が透明な雫を弾いた。
「……モニカちゃんも、オフィスに……」
手拭いを巻いてバックに詰めたナイフを置き、モニカの手を取る。温かな手、まだ間に合うと思えてしまいそうな程。
しかしその手は指先から徐に黒く染まって、人の形を忘れていく。
●
アウレールがコンフォートに到着した時、店内はとても静かだった。
時折誰かがモニカに呼び掛けるがモニカは返事をせず、ただ、眠っているように見えた。
ピノは星野の式があやしている。
アウレールと共に店内に戻ったマリィアが表の様子に首を横に揺らす。
近くにも瓦礫が積まれていたらしく、この辺りの住人はそちらに掛かり切りらしい。
傷を回復させてガクルックスとユウはサーラをオフィスへ運ぶことにした。
このまま進んで、サーラの安全が確保出来る保証は無く、ガクルックスも当主へ伝えたいことがあった。
ユウはこの状況を作った歪虚の動向を追うために、その攻撃から2人を守るために、周囲を警戒しながら続いた。
道の様子は変わらず、けれど瓦礫のいくつかは片付き始め、少しずつだが日常を取り戻しつつある。
サーラを起こさない程度に馬を急がせると、オフィスの前に落ち付かない様子の受付嬢と当主が馬車で出迎えた。
拘束を解いたサーラを2人に托し、ガクルックスは当主に状況を伝える。
「……守るようにお願いしますね」
商店街に戻るなら、と受付嬢が地図を広げる。瓦礫が片付いたことで、今なら近道が出来るらしい。
あの辺りも騒がしい。心配だからと言ってその道を教えた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 Gacrux(ka2726) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/08/08 17:48:07 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/08/05 23:58:38 |