ゲスト
(ka0000)
路地裏工房コンフォート最後の依頼
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/09/08 19:00
- 完成日
- 2017/09/15 01:35
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
数日間、事後調査と清掃作業の為に白い布で覆われていた宝飾工房は、壊れていた店のドアが外され、工房側はドアの枠ごと外されて解体の準備が始められた。
本来ならご家族の方、或いは親しくされていた方にお手伝い頂いたり、お任せするのですが。
依頼を掲示した受付嬢は静かな声で話し始める。
先日、この宝飾工房で歪虚絡みの事件が起こったらしい。
その事件に巻き込まれ、職人としてこの店を守っていた少女は死亡。
少女が駆けつけたハンターに托した赤ん坊だけが生き残り、オフィスで保護されている。
工房には既に加工済みの宝飾品を始め、価値のある商品が、少女と赤ん坊、嘗ての店主だった老人の思い出の品と共に残されている。
持ち主の不在が知れ渡り、荒らされてしまう前に片付ける為にオフィスから依頼を出したとのことだった。
『宝飾工房コンフォートの片付けにご協力をお願いします』
●
そういうことになっています。
深い事情を求めたハンターのみを待機させた受付嬢が赤子を重そうに負ぶって戻る。
緩んでくる負い紐を結び直しながらハンター達に話し始めるが、それを妨げるように赤子は少女の名を呼んで藻掻いている。
「これでも大人しくしている方なんです。ずっと負んぶされていたみたいなんで……私が抱えようとすると引っ掻かれちゃうんですよね」
受付嬢は背の赤子をあやしてハンター達に向かう。
その赤子が先日の事件の生き残りらしい。
むずがっていた赤子が眠ると受付嬢はベッドに下ろして溜息を吐く。
「……生まれたばかりの頃から生育環境に問題があったようで、身体の成長に心が追い付けていないそうです。今からでも、たくさん話し掛けてあげれば、すぐにこの年頃の子どもらしく、お喋りになって、なんでも玩具にする賑やかな子になるだろう、と」
医者の往診を頼んだと受付嬢は赤子を気に掛けているハンターへ視線を向けた。
本題に入りましょうか。
暫くして受付嬢はハンター達を座らせ、紅茶を出しながら話し始めた。
先日、この界隈で歪虚絡みの事件があった。
道に瓦礫の山が撒かれ、その除去と片付け、周辺住人の保護に奔走せざるを得ない状況で、或る屋敷の執事がメイドと共に出奔。その際に屋敷の守衛を攻撃したという。
執事は以前よりこの屋敷で発生していた問題の調査を行っており、その調査の目的地への道にのみ、瓦礫は撒かれていなかったという。
守衛の証言により、その道を進んだ執事を追い、彼が歪虚化したことを確認、ハンター達はこれを撃破し、同行していたメイドを回収、オフィスにて保護した。
その後、執事の目指していたであろうコンフォートにて、雑魔化し掛けていた少女と、彼女が屋敷から奪取していた赤子を確認、赤子を保護し、少女は完全な雑魔化の後に撃破され、その遺体は消滅した。
発端となった屋敷の当主は守衛の怪我、執事の出奔と歪虚化、消滅、同行したメイドの不調、夫人の病状の悪化などにより消耗。今すぐの面会が可能な状態ではなく、屋敷に籠もっているという。
夫人も病院に移り入院の上、面会謝絶。一時的に保護されていたメイドも屋敷に戻ったが、部屋を出られる状態では無い。
建物の浄化、彼女の血液の清掃は終了しております。
受付嬢は淡々と告げる。
現場には何の痕跡も残されて無いらしい。
作業は明るい内に行うという。
近隣の住人に問われても真実は伏せる様にと受付嬢は深く頭を下げた。
●
朝、ハンター達はコンフォートの扉の前に集合する。
必要があればとオフィスから軍手が支給された。
工房を覗けば、頑丈なテーブルや、重そうな焼成窯もあり、運び出すのは手が掛かりそうだ。
工房と店、居住スペースにはキッチンとリビングと寝室。
間取りを見ながら分担を決め、作業に掛かろうとした時だった。
「こんにちは……あの、何か有ったんですか?」
買い物袋を抱えた若い娘と、その母親らしい中年の女性が訝しむ目でハンター達を覗っている。
数日間、事後調査と清掃作業の為に白い布で覆われていた宝飾工房は、壊れていた店のドアが外され、工房側はドアの枠ごと外されて解体の準備が始められた。
本来ならご家族の方、或いは親しくされていた方にお手伝い頂いたり、お任せするのですが。
依頼を掲示した受付嬢は静かな声で話し始める。
先日、この宝飾工房で歪虚絡みの事件が起こったらしい。
その事件に巻き込まれ、職人としてこの店を守っていた少女は死亡。
少女が駆けつけたハンターに托した赤ん坊だけが生き残り、オフィスで保護されている。
工房には既に加工済みの宝飾品を始め、価値のある商品が、少女と赤ん坊、嘗ての店主だった老人の思い出の品と共に残されている。
持ち主の不在が知れ渡り、荒らされてしまう前に片付ける為にオフィスから依頼を出したとのことだった。
『宝飾工房コンフォートの片付けにご協力をお願いします』
●
そういうことになっています。
深い事情を求めたハンターのみを待機させた受付嬢が赤子を重そうに負ぶって戻る。
緩んでくる負い紐を結び直しながらハンター達に話し始めるが、それを妨げるように赤子は少女の名を呼んで藻掻いている。
「これでも大人しくしている方なんです。ずっと負んぶされていたみたいなんで……私が抱えようとすると引っ掻かれちゃうんですよね」
受付嬢は背の赤子をあやしてハンター達に向かう。
その赤子が先日の事件の生き残りらしい。
むずがっていた赤子が眠ると受付嬢はベッドに下ろして溜息を吐く。
「……生まれたばかりの頃から生育環境に問題があったようで、身体の成長に心が追い付けていないそうです。今からでも、たくさん話し掛けてあげれば、すぐにこの年頃の子どもらしく、お喋りになって、なんでも玩具にする賑やかな子になるだろう、と」
医者の往診を頼んだと受付嬢は赤子を気に掛けているハンターへ視線を向けた。
本題に入りましょうか。
暫くして受付嬢はハンター達を座らせ、紅茶を出しながら話し始めた。
先日、この界隈で歪虚絡みの事件があった。
道に瓦礫の山が撒かれ、その除去と片付け、周辺住人の保護に奔走せざるを得ない状況で、或る屋敷の執事がメイドと共に出奔。その際に屋敷の守衛を攻撃したという。
執事は以前よりこの屋敷で発生していた問題の調査を行っており、その調査の目的地への道にのみ、瓦礫は撒かれていなかったという。
守衛の証言により、その道を進んだ執事を追い、彼が歪虚化したことを確認、ハンター達はこれを撃破し、同行していたメイドを回収、オフィスにて保護した。
その後、執事の目指していたであろうコンフォートにて、雑魔化し掛けていた少女と、彼女が屋敷から奪取していた赤子を確認、赤子を保護し、少女は完全な雑魔化の後に撃破され、その遺体は消滅した。
発端となった屋敷の当主は守衛の怪我、執事の出奔と歪虚化、消滅、同行したメイドの不調、夫人の病状の悪化などにより消耗。今すぐの面会が可能な状態ではなく、屋敷に籠もっているという。
夫人も病院に移り入院の上、面会謝絶。一時的に保護されていたメイドも屋敷に戻ったが、部屋を出られる状態では無い。
建物の浄化、彼女の血液の清掃は終了しております。
受付嬢は淡々と告げる。
現場には何の痕跡も残されて無いらしい。
作業は明るい内に行うという。
近隣の住人に問われても真実は伏せる様にと受付嬢は深く頭を下げた。
●
朝、ハンター達はコンフォートの扉の前に集合する。
必要があればとオフィスから軍手が支給された。
工房を覗けば、頑丈なテーブルや、重そうな焼成窯もあり、運び出すのは手が掛かりそうだ。
工房と店、居住スペースにはキッチンとリビングと寝室。
間取りを見ながら分担を決め、作業に掛かろうとした時だった。
「こんにちは……あの、何か有ったんですか?」
買い物袋を抱えた若い娘と、その母親らしい中年の女性が訝しむ目でハンター達を覗っている。
リプレイ本文
●
「オレはキッチンを担当するかな。先行ってるぜ、それは要らない」
手が小さいからなとひらり、その手を翻して見せステラ・レッドキャップ(ka5434)は小柄な身体で取り外された裏口から上がり、居住スペースへのドアを開ける。
明かりの1つも無い狭い廊下を隔ててすぐ、そのドアは半開きになっている。
漂ってくる腐った食べ物の臭いに眉を寄せてドアの中へ。
通りすがりの母娘に会釈を、表へ回ったマリィア・バルデス(ka5848)とユウ(ka6891)は想像よりも閑散とした店内を見回し、カウンターの内へ回る。
「貴女にとってこれが最後の仕事だったのね……」
1番上の伝票に書かれた引き渡しのメモにマリィアが呟いた。
預かり品は古い指輪で、返却は今見かけたばかりの娘に托されていたらしい。
それ以前の物は全て依頼人からと思われる様々な筆跡のサインが残されている。
「まずは、それからですね」
それが全て終えられているか確認し、預かりの品や注文の品が残っているなら揃えなくては。
2人は仕事の物と思える伝票と帳簿を揃えるとテーブルに広げ、手分けして作業に取りかかる。
その店の中央に置かれていた白い花束は、今はカウンターに移され、時折抜けていく微かな風に花弁を揺らしている。
早朝に花を届けて、ドアを隔てた工房に上がったカリアナ・ノート(ka3733)は丸椅子に掛けて作業を始められずにいた。
先に寝室を片付けていると言った姉のリディア・ノート(ka4027)は既に居住スペースの方へ向かったのだろうか。
「おねーさんの好きな花、聞いておけばよかった」
何となしに感じるリディアの気配に縋る様にスカートを握り締め、手許を見れば片付けなくてはならない散らかった工具が歪んで見える。
「僕も依頼で初めて聞いたのですが……工房はたたむことにされたそうです。寂しくなりますね……」
マキナ・バベッジ(ka4302)の声が聞こえて顔を上げる。慌てた瞬きに散った雫が青い瞳を縁取る睫をしっとりと濡らした。
裏口から工房へ上がる足音に、外待雨 時雨(ka0227)とリアリュール(ka2003)が続く。
「……私も……事情は、知りません……」
「今は急いでて手が離せないから」
娘に掛けただろう宥める様な声に、カリアナも目許を拭ってドアの外れた外を振り返る。
片付けに来ただけなら構わないと言ってその場を去ろうとする母親に促され、娘もその場を離れようとする。
手伝いを申し出た彼女を窘める母親を宥める様にGacrux(ka2726)が声を掛けた。
「騒がしくして済みません……」
家具を運ぶ力仕事ばかりだと言えば、店や工房の内装を知る娘は割合あっさりと引き下がる。
「私たちは引っ越しの手伝いで……迷惑をお掛けしております」
ガクルックスに合わせアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が言葉を添えると、2人の態度に母親は溜息を吐き、こちらこそ忙しい時に声を掛けて仕舞ったと軽く詫びて踵を返す。
一旦その場を離れた後、娘が走って戻ってきた。
「モニカの連絡先は教えて貰えないかしら?」
2人を交互に見上げる娘にアウレールは目を伏せ静かに首を横に振った。
「力及ばず、申し訳ありません。……責任は、私たちに」
言いかけたその言葉に察した娘は瞠った目を震わせ、口を抑えてしゃがみ込んだ。
「……どうか、他言無用にお願いします。心の内でそっと弔って、忘れないであげて下さい」
蹲って頷く娘を通りから庇う様に移り、落ち付くのを待ってガクルックスが尋ねた。
「……言い難い部分は結構ですが……」
ハンターからのアプローチを拒むモニカの態度はハンターを怖れていた様にさえ思えた。
理由に心当たりはありますか。
その質問に、娘は暫し言い淀む。
「……分からなかったんだと思います」
ややあって小さな声で告げられた答えにガクルックスは耳を澄ました。
ピノちゃんを助けてくれる人か、ピノちゃんをどこかへ連れて行ってしまう人か。
それ以上はモニカの秘密だから明かせない。
出自が関わるからだろうと頷いて、ガクルックスは去っていく娘に一言礼を告げた。
●
アウレールとガクルックスが工房に上がるとカリアナは目許を拭い、マキナも黙って眺めていた工具を手に取る。
「まずは小物の整理からですね……」
「力仕事があれば引き受けますよ」
運び出す時には声を掛けて下さい。と言い置いてガクルックスは他の部屋へ。アウレールもカメラを手にまずはキッチンへ向かった。
「可哀想だけど仕事は仕事だ。生憎と顔も知らない相手だしな」
気を引き締めて腐った臭いの元を覗う。
使ったらしい調理道具のいくつかが調理台に残っていて、キッチンのテーブルに置かれた皿には半分程、煮崩して潰した人参らしい塊が変色している。
傍には小さな匙と一口囓った跡の残るパンが乾いて転がっていた。
少女と赤ん坊が暮らしていたと聞く。
パンは少女の物だろうか。
顔も知らないと言いながら、その状況に首を捻る。
共に食事を摂っていて、パンの減りから赤子の方を優先していた事が覗える。
それが中断されているのは何故だろうか。
皿の減り具合から満腹になったとも考えがたい。
「暗くなる前に終わらせたいな」
手許の影を見てステラは呟いた。考察も、片付けも。
ゴミ袋を広げたところへアウレールが合流する。
「それを処分したら、次は食器かな」
その前に撮影しても良いだろうか。
生活感の残る内に、と、数枚の食器の収まる棚へカメラを向けた。
映し出されたのは何の変哲も無い質素な木の棚と、そこに重ねられた不揃いの皿。
テーブルに残っていた皿を洗い、隙間を紙で埋めながら箱に詰める。
撮影しながら食器を終えると、ステラは肩越しに水甕を見た。残りはあの辺りだろう。
「掃除はしておく。自分の部屋の片付けは出来ねぇけど……仕事なら別だ」
だから他の部屋も撮影に行ったら良いと送り出し、まだ濁りきっていない甕に手を掛けた
キッチンを出たアウレールは一旦店を覗く。
テーブルから振り返ったマリィアとユウの手許を1枚写し、店内の状況を尋ねた。
「ここまでが終わったわ。今のところ返さなければならない物は無さそうね」
「ええ……預かっている物は無いみたいです。……ケースと、工房の方がまだですが、多分そちらも」
片付けを始めているだろう工房から、伝票の照会を求める声は聞こえない。
確認を終えた物は何れも支払いまで全て終えたサインが書かれて綴じられるのを待っている様子だった。
その様子にモニカの覚悟を感じたのだろう、ユウはひっそりと溜息を吐いた。
まだ手を付けていない硝子ケースも1枚収める。
「やっぱり辛いですね。でも、最後を見届けたからには……」
「そうね。片づけにも手を抜けないわね……そこにあるものは、そのまま相続されたり相続人が買収益を相続したりするものじゃないかしら」
マリィアがカウンターの硝子ケースの方を向く。
アウレールも写真を仕舞うと鍵の掛かる箱が必要だと頷いた。
「他の部屋も撮って残しておきたいんだ。済み次第戻ろう」
それまでには帳簿の作業も終えているだろう。
カウンターの中を一通り写し、ドアを開けて工房へ。
まだ手の付けられていないテーブルの上に広げられたデザイン画とブローチを1枚残す。
「……引き取らせていただきたいです」
可能ならばと、箱に収めた工具を眺めてマキナが独り言のように言う。
モニカが使用していた物だろうと、それを1枚収め、カリアナが運ぼうとして傾いた冊子の束に手を添える。
「助かったわ……」
表に運び出しながら、カリアナは肩を竦めた。
少し考え事をしていた。
何で急に。こんな事に。
何も知らないままで、好きなことも、好きな花も。
次はリディアと寝室を片付けるというカリアナと、その部屋も残したいとアウレールが工房を出る。
1人で残ったマキナはテーブルに傍らへ椅子を引き腰掛けてデザイン画と作りかけのブローチを眺めた。
台座の大きさと、すぐ傍らに無造作に置かれた黄色い硝子を見比べる。
模造品らしいそれには石止めの傷が幾筋も残り、その数だけ作り直したのだろうとデザイン画を見ながら台座の上に置いてみる。
書き込みには、この台座に乗せる石はトパーズとあった。
黄色の硝子を摘まんで透かす。
艶やかに磨いた楕円を横切った傷、四隅を引っ掻いた傷。
思い浮かぶモニカの面影を振り払うように硝子を戻し、作りかけのそれを纏めて片付けようとする。
ふと見れば、デザイン画の隅にバツ印を見付ける。
消されているのは数日先の日付と覚えの無い店の名前が走り書き、その下にトパーズと、今片付けたばかりの硝子と同じ大きさと形を表す数字が添えられていた。
完成するはずだったんですね。
それなのに、とマキナは呟く。
「……歪虚に簡単に壊されてしまうほど脆いものでしたか……?」
トパーズの表す言葉が浮かぶ。それを愛した人達と、彼等がモニカに向けた優しい眼差しが蘇る。
片付けに戻ろう。
マキナは頭を振って最後の箱を運び出す。
残りの家具には人手が必要そうだ。
物の乏しい部屋のドアを開ける。
先に始めていたリディアがクローゼットや机の引き出し、何かを片付けられそうな場所は全て開けていたらしい。
寂しい部屋を1枚だけ写して、アウレールは隣の寝室へ移った。
「リアちゃん」
二人きりになるとリディアがそっと呼び掛けた。
「……お待たせ、っリナお姉ちゃんごめんなさい……すぐ手伝うわっ」
ぎくしゃくと強張った動きで家具を運び出そうとする。その椅子の背に掛けた指が震える。
肩が跳ねて、項垂れる長い髪が震えている。
背を向けられたリディアからは見えないが、きっと、その瞳は一杯に涙を湛えているのだろう。
「リアちゃん。……今は私しかいないわ。遠慮しないで。……がんばったわね」
背を撫でて、手を重ねる。
小さな手がリディアの手の中で丸く握った。
嗚咽に紛れた声は聞き取れないが、その声は確かに姉であるリディアを求めていた。
涙に塗れて振り返った顔を抱き締めると、肩に縋って泣きじゃくった。
気が済んで泣き止むまで、リディアの手はカリアナの背を撫で続けた。
泣き声の聞こえる隣の寝室で、外待雨とリアリュールは作業を進める。
こちらは物が多いらしいと、アウレールも数カ所を写真に収めていく。
季節毎の衣類や寝具を丁寧に詰めていた外待雨の手が止まる。
「存外……思いの宿るものですので……」
この縫いぐるみだけは傍に置いて貰えないだろうかと、ベビーベッドから縫いぐるみを抱き上げる。
気に入っていたのだろう、腕の辺りの綿が切れ、そこばかりを掴んでいた跡が窺えた。
縫いぐるみをベッドに置いた写真を写すと、それを見てリアリュールも頷いた。
「自分のにおいがついた物は、子どもにとって落ち着くものだし」
自分の、それから親しい人、家族のにおい。
子ども用品を終え、もらい物らしく様々に書き込みのされた育児書やレシピを揃えてベッドに纏める。
モニカの荷物に掛かろうとして、その少なさに手が止まった。
夏物のワンピースと、薄い長袖を数枚吊しただけのクローゼット。
冬と書かれた箱を開ければ、使用した跡の有る懐かしい色のマフラーが1番上に乗せられていた。
「使ってくれてたのね」
ほっとするような嬉しさに包まれて、それを受け取った時の彼女の様相が、それからの日々を経て向き合った最期の瞬間が刺のように突き刺さる。
感傷に浸れる暇は無い。蓋は閉め直し、衣類を全てベッドに広げた。
「……事情は、知りません……。知りたくもありません……。ただ……」
服を畳みながら外待雨の表情が陰る。この悲しみを招いた勾引かしに軽蔑と嫌悪が溢れた。
「……せめて……。私のように、過去を……涙の雨で濡らさぬように……」
最後の箱を閉めると表から声が聞こえる。
寝室へ呼びに来たガクルックスが荷馬車の到着を伝えた。
抱えた箱をそのまま運び、荷台へ積む。数度往復すればそれも済み、部屋の中はがらんとした空虚な部屋を眺めた。
「……さようなら……。どうか、お元気で……。その行く末が……太陽と共に在らんことを……」
祈りのように告げ、澄んだ空が涙を零す前に外待雨はその場を離れた。
●
オフィスでのピノの生活に必要な物とその他を分けて、リアリュールはガクルックスの積み込みを手伝いながら部屋の様子や荷物の状況を話した。
「歪み、か……」
ピノのおんぶ癖や、ハンターに対しての警戒。彼に比べて乏しすぎる衣類の数、この家の中には他にも痕跡が見付かるだろうが、逃亡生活の中で、彼女も又、拠り所にピノにすがり依存していたのだろうと容易に推察出来た。
他に目を向けられていたのなら、声も想いも届いていただろう。
家具を運び出すとガクルックスを呼ぶ声が聞こえる。その場に残ったリアリュールは縫いぐるみの腕をそっと握った。
伝票を終えたマリィアが手伝いに向かったリビングは少しの家具の他は殆ど物が無い。
しかし、マントルピースだけが可愛らしく整えられ、コーヒーカップとソーサが置かれていた。
ゴミを捨てて戻ってきたステラがキッチンへの途中に足を止め、アウレールもその様子を写真に収めた。
「客でも来てたのか?」
言っては見た物の手にしたカップは薄らと埃を被っており、使っていたような跡も無い。
飾っていただけらしいそれを眺め、食器と一緒に詰めて良いかと首を傾げた。
「装飾なら、相応に扱った方が良さそうだけど……」
2人でカップを眺めていた所に机と椅子を運びながら通り掛かるカリアナとリディアが止まる。
「……多分、お店のカップだと思うわ」
瞼を赤く腫れさせながらも、溌剌と明るさの戻った声でカリアナが言う。
「とぱぁずの? よく覚えてたわね。さ、もう少しよ」
モニカが一時期勤めていた喫茶店、そのカップを飾っていたのだろう。そんな話をしながら2人は少しずつ、確りと机を外へ運んでいった。
簡単な梱包を終えて、マリィアとステラもキッチンとリビングの荷物を運び、家具を残すばかりとなる。
「……こんなにも無力なものか」
手伝いながら撮り続けた写真を見れば僅かながらの生活感は覗えるが、空になった部屋にその名残は無く吹き込んで流れていく微かな風さえ心細く感じる。
店の片付けがまだ残っていたと、止まりそうな足を急かす。
丁度良かったと伝票の類いを全て箱に収めたユウがアウレールを迎える。
ケースの中を片付けようと思っていたところだと、店の物らしい金庫と鍵を取り出した。
アウレールが重くないかと尋ねると、それ程でも無いが、何か入っているらしいとユウはそれを慎重に開けた。
硝子ケースに飾られている物を収めていただろう箱の間に、手紙を添えたルビーのルースが見付かった。
「何でしょうか……この石は出来るだけ、市場に流さないで下さい……これだけみたいです」
差し出された手紙の両面を確認し、アウレールも首を傾がせる。
知っている仲間もいるだろうが、今はここに仕舞っておこう。
こんな手紙まで、と沈みそうになる気持ちを振り払って、ユウはケースを開けて中のアクセサリーを箱に収めて金庫に戻す。
その片付けを終えた頃、ここが最後だとガクルックスが入り口から顔を見せた。
「テーブルは運びます。……椅子と、そちらのベッドはお願いしますね」
荷物を全て運び終え、馬車に幌を掛ける頃、アウレールが実りを描く素朴な模様のオカリナを奏でた。
温かみのある音色は一仕事終えたハンター達の疲れを癒やすように響く。
それは荷物を引いていく馬車を、この家から去ってしまった少女を遠く遠く送るように。
見えなくなるまで響き続けた。
●
数人のハンターが馬車に続いてオフィスを訪ねた。
荷物の行方やピノを気に掛けたハンター達は縫いぐるみを受け取った様子を見ると帰路に就いたが、職員の手が空く頃を見計らい、ガクルックスが話し掛けた。
「あの家は……」
ピノとモニカを探していた家の当主はこの件を知っているのかと問う。
職員は話が出来る状態になれば、彼にはオフィスから必要な連絡をすると答えてそれ以上は口を噤む。
運び出した荷物の中、工具を買い取りたいと申し出たマキナには、モニカの伯父が引き取ることになっていると伝えられた。
「あの……ブローチを少しの間、預からせていただけませんか?」
完成させてそれを望んでいたはずの人へ届けたい。
そう告げると、職員は少し困ったように、確かに未完成の品があったと思い出す。
申し出があったことは伝えます。それだけ言って深い辞儀を。
ハンター達が皆帰ると、小さな子どもの世話に戻った。
「オレはキッチンを担当するかな。先行ってるぜ、それは要らない」
手が小さいからなとひらり、その手を翻して見せステラ・レッドキャップ(ka5434)は小柄な身体で取り外された裏口から上がり、居住スペースへのドアを開ける。
明かりの1つも無い狭い廊下を隔ててすぐ、そのドアは半開きになっている。
漂ってくる腐った食べ物の臭いに眉を寄せてドアの中へ。
通りすがりの母娘に会釈を、表へ回ったマリィア・バルデス(ka5848)とユウ(ka6891)は想像よりも閑散とした店内を見回し、カウンターの内へ回る。
「貴女にとってこれが最後の仕事だったのね……」
1番上の伝票に書かれた引き渡しのメモにマリィアが呟いた。
預かり品は古い指輪で、返却は今見かけたばかりの娘に托されていたらしい。
それ以前の物は全て依頼人からと思われる様々な筆跡のサインが残されている。
「まずは、それからですね」
それが全て終えられているか確認し、預かりの品や注文の品が残っているなら揃えなくては。
2人は仕事の物と思える伝票と帳簿を揃えるとテーブルに広げ、手分けして作業に取りかかる。
その店の中央に置かれていた白い花束は、今はカウンターに移され、時折抜けていく微かな風に花弁を揺らしている。
早朝に花を届けて、ドアを隔てた工房に上がったカリアナ・ノート(ka3733)は丸椅子に掛けて作業を始められずにいた。
先に寝室を片付けていると言った姉のリディア・ノート(ka4027)は既に居住スペースの方へ向かったのだろうか。
「おねーさんの好きな花、聞いておけばよかった」
何となしに感じるリディアの気配に縋る様にスカートを握り締め、手許を見れば片付けなくてはならない散らかった工具が歪んで見える。
「僕も依頼で初めて聞いたのですが……工房はたたむことにされたそうです。寂しくなりますね……」
マキナ・バベッジ(ka4302)の声が聞こえて顔を上げる。慌てた瞬きに散った雫が青い瞳を縁取る睫をしっとりと濡らした。
裏口から工房へ上がる足音に、外待雨 時雨(ka0227)とリアリュール(ka2003)が続く。
「……私も……事情は、知りません……」
「今は急いでて手が離せないから」
娘に掛けただろう宥める様な声に、カリアナも目許を拭ってドアの外れた外を振り返る。
片付けに来ただけなら構わないと言ってその場を去ろうとする母親に促され、娘もその場を離れようとする。
手伝いを申し出た彼女を窘める母親を宥める様にGacrux(ka2726)が声を掛けた。
「騒がしくして済みません……」
家具を運ぶ力仕事ばかりだと言えば、店や工房の内装を知る娘は割合あっさりと引き下がる。
「私たちは引っ越しの手伝いで……迷惑をお掛けしております」
ガクルックスに合わせアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が言葉を添えると、2人の態度に母親は溜息を吐き、こちらこそ忙しい時に声を掛けて仕舞ったと軽く詫びて踵を返す。
一旦その場を離れた後、娘が走って戻ってきた。
「モニカの連絡先は教えて貰えないかしら?」
2人を交互に見上げる娘にアウレールは目を伏せ静かに首を横に振った。
「力及ばず、申し訳ありません。……責任は、私たちに」
言いかけたその言葉に察した娘は瞠った目を震わせ、口を抑えてしゃがみ込んだ。
「……どうか、他言無用にお願いします。心の内でそっと弔って、忘れないであげて下さい」
蹲って頷く娘を通りから庇う様に移り、落ち付くのを待ってガクルックスが尋ねた。
「……言い難い部分は結構ですが……」
ハンターからのアプローチを拒むモニカの態度はハンターを怖れていた様にさえ思えた。
理由に心当たりはありますか。
その質問に、娘は暫し言い淀む。
「……分からなかったんだと思います」
ややあって小さな声で告げられた答えにガクルックスは耳を澄ました。
ピノちゃんを助けてくれる人か、ピノちゃんをどこかへ連れて行ってしまう人か。
それ以上はモニカの秘密だから明かせない。
出自が関わるからだろうと頷いて、ガクルックスは去っていく娘に一言礼を告げた。
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アウレールとガクルックスが工房に上がるとカリアナは目許を拭い、マキナも黙って眺めていた工具を手に取る。
「まずは小物の整理からですね……」
「力仕事があれば引き受けますよ」
運び出す時には声を掛けて下さい。と言い置いてガクルックスは他の部屋へ。アウレールもカメラを手にまずはキッチンへ向かった。
「可哀想だけど仕事は仕事だ。生憎と顔も知らない相手だしな」
気を引き締めて腐った臭いの元を覗う。
使ったらしい調理道具のいくつかが調理台に残っていて、キッチンのテーブルに置かれた皿には半分程、煮崩して潰した人参らしい塊が変色している。
傍には小さな匙と一口囓った跡の残るパンが乾いて転がっていた。
少女と赤ん坊が暮らしていたと聞く。
パンは少女の物だろうか。
顔も知らないと言いながら、その状況に首を捻る。
共に食事を摂っていて、パンの減りから赤子の方を優先していた事が覗える。
それが中断されているのは何故だろうか。
皿の減り具合から満腹になったとも考えがたい。
「暗くなる前に終わらせたいな」
手許の影を見てステラは呟いた。考察も、片付けも。
ゴミ袋を広げたところへアウレールが合流する。
「それを処分したら、次は食器かな」
その前に撮影しても良いだろうか。
生活感の残る内に、と、数枚の食器の収まる棚へカメラを向けた。
映し出されたのは何の変哲も無い質素な木の棚と、そこに重ねられた不揃いの皿。
テーブルに残っていた皿を洗い、隙間を紙で埋めながら箱に詰める。
撮影しながら食器を終えると、ステラは肩越しに水甕を見た。残りはあの辺りだろう。
「掃除はしておく。自分の部屋の片付けは出来ねぇけど……仕事なら別だ」
だから他の部屋も撮影に行ったら良いと送り出し、まだ濁りきっていない甕に手を掛けた
キッチンを出たアウレールは一旦店を覗く。
テーブルから振り返ったマリィアとユウの手許を1枚写し、店内の状況を尋ねた。
「ここまでが終わったわ。今のところ返さなければならない物は無さそうね」
「ええ……預かっている物は無いみたいです。……ケースと、工房の方がまだですが、多分そちらも」
片付けを始めているだろう工房から、伝票の照会を求める声は聞こえない。
確認を終えた物は何れも支払いまで全て終えたサインが書かれて綴じられるのを待っている様子だった。
その様子にモニカの覚悟を感じたのだろう、ユウはひっそりと溜息を吐いた。
まだ手を付けていない硝子ケースも1枚収める。
「やっぱり辛いですね。でも、最後を見届けたからには……」
「そうね。片づけにも手を抜けないわね……そこにあるものは、そのまま相続されたり相続人が買収益を相続したりするものじゃないかしら」
マリィアがカウンターの硝子ケースの方を向く。
アウレールも写真を仕舞うと鍵の掛かる箱が必要だと頷いた。
「他の部屋も撮って残しておきたいんだ。済み次第戻ろう」
それまでには帳簿の作業も終えているだろう。
カウンターの中を一通り写し、ドアを開けて工房へ。
まだ手の付けられていないテーブルの上に広げられたデザイン画とブローチを1枚残す。
「……引き取らせていただきたいです」
可能ならばと、箱に収めた工具を眺めてマキナが独り言のように言う。
モニカが使用していた物だろうと、それを1枚収め、カリアナが運ぼうとして傾いた冊子の束に手を添える。
「助かったわ……」
表に運び出しながら、カリアナは肩を竦めた。
少し考え事をしていた。
何で急に。こんな事に。
何も知らないままで、好きなことも、好きな花も。
次はリディアと寝室を片付けるというカリアナと、その部屋も残したいとアウレールが工房を出る。
1人で残ったマキナはテーブルに傍らへ椅子を引き腰掛けてデザイン画と作りかけのブローチを眺めた。
台座の大きさと、すぐ傍らに無造作に置かれた黄色い硝子を見比べる。
模造品らしいそれには石止めの傷が幾筋も残り、その数だけ作り直したのだろうとデザイン画を見ながら台座の上に置いてみる。
書き込みには、この台座に乗せる石はトパーズとあった。
黄色の硝子を摘まんで透かす。
艶やかに磨いた楕円を横切った傷、四隅を引っ掻いた傷。
思い浮かぶモニカの面影を振り払うように硝子を戻し、作りかけのそれを纏めて片付けようとする。
ふと見れば、デザイン画の隅にバツ印を見付ける。
消されているのは数日先の日付と覚えの無い店の名前が走り書き、その下にトパーズと、今片付けたばかりの硝子と同じ大きさと形を表す数字が添えられていた。
完成するはずだったんですね。
それなのに、とマキナは呟く。
「……歪虚に簡単に壊されてしまうほど脆いものでしたか……?」
トパーズの表す言葉が浮かぶ。それを愛した人達と、彼等がモニカに向けた優しい眼差しが蘇る。
片付けに戻ろう。
マキナは頭を振って最後の箱を運び出す。
残りの家具には人手が必要そうだ。
物の乏しい部屋のドアを開ける。
先に始めていたリディアがクローゼットや机の引き出し、何かを片付けられそうな場所は全て開けていたらしい。
寂しい部屋を1枚だけ写して、アウレールは隣の寝室へ移った。
「リアちゃん」
二人きりになるとリディアがそっと呼び掛けた。
「……お待たせ、っリナお姉ちゃんごめんなさい……すぐ手伝うわっ」
ぎくしゃくと強張った動きで家具を運び出そうとする。その椅子の背に掛けた指が震える。
肩が跳ねて、項垂れる長い髪が震えている。
背を向けられたリディアからは見えないが、きっと、その瞳は一杯に涙を湛えているのだろう。
「リアちゃん。……今は私しかいないわ。遠慮しないで。……がんばったわね」
背を撫でて、手を重ねる。
小さな手がリディアの手の中で丸く握った。
嗚咽に紛れた声は聞き取れないが、その声は確かに姉であるリディアを求めていた。
涙に塗れて振り返った顔を抱き締めると、肩に縋って泣きじゃくった。
気が済んで泣き止むまで、リディアの手はカリアナの背を撫で続けた。
泣き声の聞こえる隣の寝室で、外待雨とリアリュールは作業を進める。
こちらは物が多いらしいと、アウレールも数カ所を写真に収めていく。
季節毎の衣類や寝具を丁寧に詰めていた外待雨の手が止まる。
「存外……思いの宿るものですので……」
この縫いぐるみだけは傍に置いて貰えないだろうかと、ベビーベッドから縫いぐるみを抱き上げる。
気に入っていたのだろう、腕の辺りの綿が切れ、そこばかりを掴んでいた跡が窺えた。
縫いぐるみをベッドに置いた写真を写すと、それを見てリアリュールも頷いた。
「自分のにおいがついた物は、子どもにとって落ち着くものだし」
自分の、それから親しい人、家族のにおい。
子ども用品を終え、もらい物らしく様々に書き込みのされた育児書やレシピを揃えてベッドに纏める。
モニカの荷物に掛かろうとして、その少なさに手が止まった。
夏物のワンピースと、薄い長袖を数枚吊しただけのクローゼット。
冬と書かれた箱を開ければ、使用した跡の有る懐かしい色のマフラーが1番上に乗せられていた。
「使ってくれてたのね」
ほっとするような嬉しさに包まれて、それを受け取った時の彼女の様相が、それからの日々を経て向き合った最期の瞬間が刺のように突き刺さる。
感傷に浸れる暇は無い。蓋は閉め直し、衣類を全てベッドに広げた。
「……事情は、知りません……。知りたくもありません……。ただ……」
服を畳みながら外待雨の表情が陰る。この悲しみを招いた勾引かしに軽蔑と嫌悪が溢れた。
「……せめて……。私のように、過去を……涙の雨で濡らさぬように……」
最後の箱を閉めると表から声が聞こえる。
寝室へ呼びに来たガクルックスが荷馬車の到着を伝えた。
抱えた箱をそのまま運び、荷台へ積む。数度往復すればそれも済み、部屋の中はがらんとした空虚な部屋を眺めた。
「……さようなら……。どうか、お元気で……。その行く末が……太陽と共に在らんことを……」
祈りのように告げ、澄んだ空が涙を零す前に外待雨はその場を離れた。
●
オフィスでのピノの生活に必要な物とその他を分けて、リアリュールはガクルックスの積み込みを手伝いながら部屋の様子や荷物の状況を話した。
「歪み、か……」
ピノのおんぶ癖や、ハンターに対しての警戒。彼に比べて乏しすぎる衣類の数、この家の中には他にも痕跡が見付かるだろうが、逃亡生活の中で、彼女も又、拠り所にピノにすがり依存していたのだろうと容易に推察出来た。
他に目を向けられていたのなら、声も想いも届いていただろう。
家具を運び出すとガクルックスを呼ぶ声が聞こえる。その場に残ったリアリュールは縫いぐるみの腕をそっと握った。
伝票を終えたマリィアが手伝いに向かったリビングは少しの家具の他は殆ど物が無い。
しかし、マントルピースだけが可愛らしく整えられ、コーヒーカップとソーサが置かれていた。
ゴミを捨てて戻ってきたステラがキッチンへの途中に足を止め、アウレールもその様子を写真に収めた。
「客でも来てたのか?」
言っては見た物の手にしたカップは薄らと埃を被っており、使っていたような跡も無い。
飾っていただけらしいそれを眺め、食器と一緒に詰めて良いかと首を傾げた。
「装飾なら、相応に扱った方が良さそうだけど……」
2人でカップを眺めていた所に机と椅子を運びながら通り掛かるカリアナとリディアが止まる。
「……多分、お店のカップだと思うわ」
瞼を赤く腫れさせながらも、溌剌と明るさの戻った声でカリアナが言う。
「とぱぁずの? よく覚えてたわね。さ、もう少しよ」
モニカが一時期勤めていた喫茶店、そのカップを飾っていたのだろう。そんな話をしながら2人は少しずつ、確りと机を外へ運んでいった。
簡単な梱包を終えて、マリィアとステラもキッチンとリビングの荷物を運び、家具を残すばかりとなる。
「……こんなにも無力なものか」
手伝いながら撮り続けた写真を見れば僅かながらの生活感は覗えるが、空になった部屋にその名残は無く吹き込んで流れていく微かな風さえ心細く感じる。
店の片付けがまだ残っていたと、止まりそうな足を急かす。
丁度良かったと伝票の類いを全て箱に収めたユウがアウレールを迎える。
ケースの中を片付けようと思っていたところだと、店の物らしい金庫と鍵を取り出した。
アウレールが重くないかと尋ねると、それ程でも無いが、何か入っているらしいとユウはそれを慎重に開けた。
硝子ケースに飾られている物を収めていただろう箱の間に、手紙を添えたルビーのルースが見付かった。
「何でしょうか……この石は出来るだけ、市場に流さないで下さい……これだけみたいです」
差し出された手紙の両面を確認し、アウレールも首を傾がせる。
知っている仲間もいるだろうが、今はここに仕舞っておこう。
こんな手紙まで、と沈みそうになる気持ちを振り払って、ユウはケースを開けて中のアクセサリーを箱に収めて金庫に戻す。
その片付けを終えた頃、ここが最後だとガクルックスが入り口から顔を見せた。
「テーブルは運びます。……椅子と、そちらのベッドはお願いしますね」
荷物を全て運び終え、馬車に幌を掛ける頃、アウレールが実りを描く素朴な模様のオカリナを奏でた。
温かみのある音色は一仕事終えたハンター達の疲れを癒やすように響く。
それは荷物を引いていく馬車を、この家から去ってしまった少女を遠く遠く送るように。
見えなくなるまで響き続けた。
●
数人のハンターが馬車に続いてオフィスを訪ねた。
荷物の行方やピノを気に掛けたハンター達は縫いぐるみを受け取った様子を見ると帰路に就いたが、職員の手が空く頃を見計らい、ガクルックスが話し掛けた。
「あの家は……」
ピノとモニカを探していた家の当主はこの件を知っているのかと問う。
職員は話が出来る状態になれば、彼にはオフィスから必要な連絡をすると答えてそれ以上は口を噤む。
運び出した荷物の中、工具を買い取りたいと申し出たマキナには、モニカの伯父が引き取ることになっていると伝えられた。
「あの……ブローチを少しの間、預からせていただけませんか?」
完成させてそれを望んでいたはずの人へ届けたい。
そう告げると、職員は少し困ったように、確かに未完成の品があったと思い出す。
申し出があったことは伝えます。それだけ言って深い辞儀を。
ハンター達が皆帰ると、小さな子どもの世話に戻った。
依頼結果
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【相談卓】コンフォートの片付け ステラ・レッドキャップ(ka5434) 人間(クリムゾンウェスト)|14才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2017/09/08 18:12:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/09/07 20:53:59 |