ゲスト
(ka0000)
【転臨】黄昏の叡智 ~王立図書館防衛戦~
マスター:京乃ゆらさ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 8~10人
- サポート
- 0~10人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2017/10/22 19:00
- 完成日
- 2017/11/09 21:41
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「団長ッ、ご報告申し上げます!」
「なんだ、騒々しい」
本来であれば不敬罪の適用すら疑われる円卓の間への報告官の無断突入。官のあまりの狼狽ぶりから誰も咎めることをしなかったが、それは正解だっただろう。
「メフィストが……ッ、歪虚メフィストが、出現しましたッ!!」
円卓の間にその報が届けられた時、古都アークエルスでは叡智を司る王立図書館が蜘蛛の糸に絡め取られんとしていた……。
●蜘蛛の選択
黒爆。
昏き爆発が各所で閃き、街は混沌と狂騒の渦に包まれる。初めのうちは何故か爆発に慣れているが如く息を潜めていた人間たちだが、黒爆を連発すればようやく慌てて何がしかの行動を始めているようだった。
蜘蛛――メフィストはそれら人間の様子を怒号や悲鳴から想像し、一つ頷いた。
「……あとはこれに任せましょうか」
両腕を広げて左右の掌に意識を集中すると、闇が生まれる。空間にぽっかりと開いた穴のようなそこから零れ落ちるのは、眷属とも呼べぬ数多の蜘蛛たち。それらはぼとりと足下に落ちるや、先を争うように城壁を下っていく。
黒い波濤となった子蜘蛛たちが街中に散っていき、残されたメフィストは「さて」と息をついた。
――問題はどちらから攻めるか。
城壁の側防塔から街を眺めたところ、目立つ建築物は二つあった。
どちらかはこの街の支配者の居城だろう。ではもう一つは――情報にあった図書館とやらか?
領主を手早く確保し、そののちに全体を掌握するのが一番効率は良い。ここに住む人間を全て殺すにしろ、生かした形で偉大なる主に献上するにしろ、まずは旗頭を手中に収めておかねば個々に逃げ出されたりすれば面倒になる。最も良いのは領主に民が反抗せぬよう命じさせることだ。
故に街の制圧と並行して領主を探したいところなのだが……問題は、ここにある。
街中のマテリアルがやけに「色とりどり」のせいで、どうにも探りづらい。いや実際に色がついているわけではない。ただマテリアルの濃淡が酷い。そのせいで強力な術式などの探知がしづらくなっている。
これだから人間は穢らわしい、とメフィストは首を振ると、顔を顰めて歩き出した。
――まずは「貴族の館らしい館」に行ってみますか……。
もう一つの、古くさい建物はその後だ。
●拠点防衛
「全く、視察中で助かったよ。こんな時に邸になんていたら、もっと面倒になっていただろうね……」
あんな目立つ邸では恰好の的だし、仮に的にされなかったとしても緊急性が高く煩雑な仕事がこれでもかと降りかかってきていただろう。
古都アークエルス領主、フリュイ・ド・パラディ(kz0036)は路地を歩きながらぼやくと、狭い出口に屯していた子蜘蛛数匹を重力で圧壊させた。黒い残滓が大気に散る中を進めば、ざっと見える範囲に両手の指では数えきれない子蜘蛛たちがうじゃうじゃと湧いているのが見える。
肩を竦めて路地に戻り、別の道へ向かうフリュイ。この街にフリュイの把握していない道などほとんどない。それは「己の膝元で与り知らぬ何かを行われる」のが許せないという性格から、細大漏らさず報告させていたためなのだが、今日ほどその性格が役立ったのは初めてかもしれないと思うと我ながらつい苦笑が漏れた。
「パラディ様、何か……?」
「いや、何もないさ。それよりきみたち、急ごうじゃないか」
「は、しかしどちらに向かっておられるのでしょう?」
護衛の疑問を一旦無視し、路地から路地へするすると抜けていく。
時折遭遇する子蜘蛛は改めて観察すれば個体差、というより複数種がいるようで、素早い個体もいれば遠距離から糸等を吐き出してくる個体もいて地味に面倒である。
もう何度目になるかも分からないほどの角を曲がり、他人の家を土足で通り抜け、そうして辿り着いたのは――。
「どこに向かっているかって? この街の領主が有事の際に防衛するのは一つしかないよ。それは」
王立図書館。
そこに群がっていた何匹かの子蜘蛛を一掃し、フリュイは苛立ちを滲ませた令を発する。
「フリュイ・ド・パラディの名においてこの場に居合わせた全ての者を臨時に強制徴兵する! いいかい、このままではきみたちも図書館を利用できなくなるんだ。ああ、嫌だろう? 貴重な資料を守りたいだろう? 一度失えば二度と戻らない、千年の記録さ。そう、先人の成果は守らなければならないね? ――分かったら戦え! 『僕の』図書館を守るんだ」
避難してきていたらしき研究者たちの尻を叩くと、ハンターズソサエティへ使いをやった。
この子蜘蛛――話に聞くメフィストとやらが攻めてきたか、あるいは別の歪虚か。ともあれ人手は多い方がいい。何しろこの街には魔法の研究者も多いとはいえ、所詮は研究者であって戦闘が得意だとは限らないのだ。そもそも自分自身からして実験の方が好きなのだから。
そうしてフリュイが図書館周辺に徴募兵を配していたその時。
波濤の如き子蜘蛛の群れが、押し寄せた。
▼略図(■が1スクエアではない)
図 書 館
■■■ ■■■■■■
■■■ ■■■
■■■ ◎◎ ■■■
★ ○ ★
■■■ ■■■■■■
■■■■ ■■■■■
■■■■■ ■■■■
■■■■■■ ★
■■■■■■ ★
■■■■■ ■■■■
■■■■☆☆☆■■■■■
■:建築物(進入可・高さは2~4階建て)
○:植え込み
◎:塔(5階建て・周囲を見渡せる)
☆:救援PC到着位置
★:敵増援出現位置(出現位置、数は都度ランダム)
※「子蜘蛛5体」あるいは「メフィスト」に図書館に到達されれば失敗。
「なんだ、騒々しい」
本来であれば不敬罪の適用すら疑われる円卓の間への報告官の無断突入。官のあまりの狼狽ぶりから誰も咎めることをしなかったが、それは正解だっただろう。
「メフィストが……ッ、歪虚メフィストが、出現しましたッ!!」
円卓の間にその報が届けられた時、古都アークエルスでは叡智を司る王立図書館が蜘蛛の糸に絡め取られんとしていた……。
●蜘蛛の選択
黒爆。
昏き爆発が各所で閃き、街は混沌と狂騒の渦に包まれる。初めのうちは何故か爆発に慣れているが如く息を潜めていた人間たちだが、黒爆を連発すればようやく慌てて何がしかの行動を始めているようだった。
蜘蛛――メフィストはそれら人間の様子を怒号や悲鳴から想像し、一つ頷いた。
「……あとはこれに任せましょうか」
両腕を広げて左右の掌に意識を集中すると、闇が生まれる。空間にぽっかりと開いた穴のようなそこから零れ落ちるのは、眷属とも呼べぬ数多の蜘蛛たち。それらはぼとりと足下に落ちるや、先を争うように城壁を下っていく。
黒い波濤となった子蜘蛛たちが街中に散っていき、残されたメフィストは「さて」と息をついた。
――問題はどちらから攻めるか。
城壁の側防塔から街を眺めたところ、目立つ建築物は二つあった。
どちらかはこの街の支配者の居城だろう。ではもう一つは――情報にあった図書館とやらか?
領主を手早く確保し、そののちに全体を掌握するのが一番効率は良い。ここに住む人間を全て殺すにしろ、生かした形で偉大なる主に献上するにしろ、まずは旗頭を手中に収めておかねば個々に逃げ出されたりすれば面倒になる。最も良いのは領主に民が反抗せぬよう命じさせることだ。
故に街の制圧と並行して領主を探したいところなのだが……問題は、ここにある。
街中のマテリアルがやけに「色とりどり」のせいで、どうにも探りづらい。いや実際に色がついているわけではない。ただマテリアルの濃淡が酷い。そのせいで強力な術式などの探知がしづらくなっている。
これだから人間は穢らわしい、とメフィストは首を振ると、顔を顰めて歩き出した。
――まずは「貴族の館らしい館」に行ってみますか……。
もう一つの、古くさい建物はその後だ。
●拠点防衛
「全く、視察中で助かったよ。こんな時に邸になんていたら、もっと面倒になっていただろうね……」
あんな目立つ邸では恰好の的だし、仮に的にされなかったとしても緊急性が高く煩雑な仕事がこれでもかと降りかかってきていただろう。
古都アークエルス領主、フリュイ・ド・パラディ(kz0036)は路地を歩きながらぼやくと、狭い出口に屯していた子蜘蛛数匹を重力で圧壊させた。黒い残滓が大気に散る中を進めば、ざっと見える範囲に両手の指では数えきれない子蜘蛛たちがうじゃうじゃと湧いているのが見える。
肩を竦めて路地に戻り、別の道へ向かうフリュイ。この街にフリュイの把握していない道などほとんどない。それは「己の膝元で与り知らぬ何かを行われる」のが許せないという性格から、細大漏らさず報告させていたためなのだが、今日ほどその性格が役立ったのは初めてかもしれないと思うと我ながらつい苦笑が漏れた。
「パラディ様、何か……?」
「いや、何もないさ。それよりきみたち、急ごうじゃないか」
「は、しかしどちらに向かっておられるのでしょう?」
護衛の疑問を一旦無視し、路地から路地へするすると抜けていく。
時折遭遇する子蜘蛛は改めて観察すれば個体差、というより複数種がいるようで、素早い個体もいれば遠距離から糸等を吐き出してくる個体もいて地味に面倒である。
もう何度目になるかも分からないほどの角を曲がり、他人の家を土足で通り抜け、そうして辿り着いたのは――。
「どこに向かっているかって? この街の領主が有事の際に防衛するのは一つしかないよ。それは」
王立図書館。
そこに群がっていた何匹かの子蜘蛛を一掃し、フリュイは苛立ちを滲ませた令を発する。
「フリュイ・ド・パラディの名においてこの場に居合わせた全ての者を臨時に強制徴兵する! いいかい、このままではきみたちも図書館を利用できなくなるんだ。ああ、嫌だろう? 貴重な資料を守りたいだろう? 一度失えば二度と戻らない、千年の記録さ。そう、先人の成果は守らなければならないね? ――分かったら戦え! 『僕の』図書館を守るんだ」
避難してきていたらしき研究者たちの尻を叩くと、ハンターズソサエティへ使いをやった。
この子蜘蛛――話に聞くメフィストとやらが攻めてきたか、あるいは別の歪虚か。ともあれ人手は多い方がいい。何しろこの街には魔法の研究者も多いとはいえ、所詮は研究者であって戦闘が得意だとは限らないのだ。そもそも自分自身からして実験の方が好きなのだから。
そうしてフリュイが図書館周辺に徴募兵を配していたその時。
波濤の如き子蜘蛛の群れが、押し寄せた。
▼略図(■が1スクエアではない)
図 書 館
■■■ ■■■■■■
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★ ○ ★
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■:建築物(進入可・高さは2~4階建て)
○:植え込み
◎:塔(5階建て・周囲を見渡せる)
☆:救援PC到着位置
★:敵増援出現位置(出現位置、数は都度ランダム)
※「子蜘蛛5体」あるいは「メフィスト」に図書館に到達されれば失敗。
リプレイ本文
「ハッ、おいクソショタ領主」
耳飾り型通信機の周波数を合せながら、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は古都領主を睨み付けた。愉快そうに目を向けてきたフリュイに、ジャックはいけ好かない港街領主に通ずる何かを感じる。
「僕の図書館、じゃねぇ。ミナサマの図書館だろがボケェ!」
「成程、見解の相違というやつだね。複雑怪奇な問題にはよくある事だよ」
どこが複雑だと反論したいが、時間がないのは遠く響く爆発音や悲鳴から明らか。ジャックは舌打ちして二挺の愛銃を最終点検する。
一方でルスティロ・イストワール(ka0252)は領主の言い分に「相変らずだね」と肩を竦め、笑みを深めた。
「なら、僕らが蜘蛛を退治しきれなければ支援をお願いね。何しろ君のモノだものね、当然自分で守るんだろう?」
「仕方ないね。些事に係う暇はないんだけど」
「せいぜい期待してるよ、領主様。個人的に訊きたい事もあるんだけど、後にしよう。僕も図書館は護りたいしね」
「じゃあ早く迎撃に向かう事だ。領主サマより先に死力を尽すのがきみの役目さ」
眉根を僅かに寄せるルスティロ。その肩を叩き、榊 兵庫(ka0010)が鋭く息を吐いて気合を入れた。
「降りかかる火の粉は払わないといけないからな。これも何かの縁だ。図書館防衛に協力させてもらうとしよう」
二人が南へ前進する。
植込み付近にまで防衛線を押し上げ、できるだけそこで敵を止める。それは防衛戦において正しい策で、同時に勇気のいる行為でもある。
ジャックも加わり三人で塔近辺へ行くその姿をメイム(ka2290)は見送り、フリュイに提案した。
「ね、素性を隠せないかな、『フリュイ』」
「うん?」
やや興味を引かれたような領主にメイムは言い募る。
「敵の意図が何であれ『領主様』が一般人より重要な場合は多いよね。隠さないよりは隠した方が良いと思う」
「一理は、あるね」
思案するフリュイ。予備の服がない今は高そうな装飾を外す事しかできないが、しないよりはいいかもしれない。
同意した領主に、メイムはさらなる要求もとい提案を突き付けた。
「じゃ、迎撃に行こっか、『ハンターのフリュイ』!」
恐ろしく大胆で人使いの荒い彼女に、そういう事かとフリュイは珍しく苦笑して従った。
時音 ざくろ(ka1250)は灰色の空を仰ぎ、大丈夫だと自らに言い聞かせる。
――冒険の資料探しにここに行くって、確か言った筈。だからきっと来てくれる。
救援の望めない防衛戦ではない。ならば耐える戦いをする。皆の命を最優先にした戦いを。……たとえ敵がメフィストだったとしても。
――もう、ソルラみたいな犠牲は絶対に出さないって、そう決めたから。
奥歯を噛み締めたざくろの耳に、嘆息の声が聞こえる。見れば機杖をついた老人――ジェールトヴァ(ka3098)が億劫そうに周囲を見回していた。
「やれやれ、騒がしい。蜘蛛、と言ったね。もし『あれ』だとすれば、随分と野暮な事をしてくれる」
彼は図書館近くの家々を調べ、通りに面した窓が大きく開いたカフェの店内へ入っていった。
屋内から敵に横撃をかけるのだろう。では自分はどうする?
ざくろは考え、道に仁王立ちする事に決めた。後ろには誰もいない。たった独りの最終防衛線だ。一瞬、体が震えた。
「……絶対、行かせないよ……! ざくろが守るんだッ!!」
心を奮い立たせて魔素を鎧に纏わせたその時。
遥か前方に、子蜘蛛の集団が見えた。
「逃げ遅れた人だね? 悪いけれど手伝ってもらえるかな」
ジェールトヴァは店内で縮こまっていた数人に呼びかけると、屋上へ向かった。
最上階の扉を開けば曇天の空が出迎えてくれる。ジェールトヴァは周囲の家々の屋根を確認し「ここに跳んでくるならどこに着地するか」を想像する。そして一歩目を踏み出す場所を考え、そこに罠を張った。
持参した特殊鋼線はたった3mしかないし、そもそも敵が来ない可能性が高い。これが機能する事はないだろう。だが、やる。掛かれば儲けものだ。
「ここにこいつを仕掛けてほしい。それと外壁に油だね。相手は蜘蛛だ、油まみれにしておけば滑って近付けないかもしれないよ」
「は、はい……」
青い顔で協力を申し出る一般人に微笑み、ジェールトヴァは作業を急ぐ。協力者は作業終了後に地下か図書館へ置けばいいだろう。
そうして幾つかの準備を終らせて一階に戻り、大窓から道を覗くと、そこは既に戦場と化していた。
●手数
「まずは東西同時、次が南二組と西! 俺様いきなり大人気だぜ!」
塔最上部から大通りを睥睨するジャックの目には連綿と敵が押し寄せてくる様子が映っている。その状況を通信機で伝えながら、ジャックは眉間に皺が寄るのを自覚した。
――マズいかもな。
東西の敵と南の敵。距離の違いで後者は到着が遅れる為、初手は楽だが、逆に言えば到来時機のズレが原因で休憩する間もなく波状攻撃される形になる。処理が少し遅れれば簡単に波に呑まれかねない。
見たところ敵は六体一組。こちらは植込み周辺に兵庫、ルスティロ、メイム、フリュイ。範囲攻撃を勘案しても明らかに手数が足りない。
――俺様が遠間から間引いても幾らか抜かれる、か。
後方に残ったざくろとジェールトヴァを信じるしか、ない。
ジャックは大型銃を俯角に構え、引鉄を引く。同時に弾着。黒い波濤のごく一部が弾け、しかし波は変らず寄せ続ける。発砲と弾着を二度繰り返しても敵は減ったように見えない。
「次が南二組と東、その次が東西と南一! 東は俺様が行くぜ!!」
舌打ちして階下へ向かうと、ジャックは獅子の咆哮を上げ東の十二体と正対した。
メイムが大鎚をぶん回せば、間隙を埋めるように兵庫が十文字槍を翻す。二種の長物が子蜘蛛の群を押し留めると、ルスティロはしぶとい個体を銃で確殺した。
霧消するのは九体の子蜘蛛。うち七体を薙ぎ払った兵庫はしかし、この第二波で既に数体を取り逃がした事実に眉を顰めた。
メイムとルスティロが武技を、フリュイが魔術を使えばまだ確殺できる数は増える。が、それでも三十体程だろう。全開でそれだ。ではいつまで全力を出せるか。予想より多く抜かれるかもしれない。
兵庫は敵次波に威圧を当てながら現状を苦く感じ、いやと思い直す。
――そんな事はどうでもいい。俺はこの榊流を以て戦場を支えるだけだ。
「連携を密に! 俺が敵を引き付ける!」
植込み周辺に殺到どころか渋滞してきた敵群に放たれる火球。十を超える敵が屠られ、ぽっかりと空いたそこに居座る大型蜘蛛が鎚と銃の二連撃で沈む。直後に肉薄してくるのは六体の蜘蛛。槍を掻い潜って体に取り付いた六体が足、腕、首と肉を噛み千切らんとしてくるが、兵庫は後背へ抜かれずに済んだと思うだけだ。
「肉なら幾らでもくれてやる……『俺に』かかってこい!!」
槍を取り回す暇すらなく、兵庫は仁王立ちとなって魔素を燃やす。
「次は西、その後で南二、さらに次が東西と南二! 大きいの来る前に全部処理しないとね!」
メイムが瞑目すれば脳裏に浮かぶのは上空のきらり――モフロウの視界だ。鳥瞰図には街中を蠢く黒波の様子がぼんやりと映っている。それはジャックが東の対処に回った今では重要な情報であり、反面――
「っ……!」
兜に衝撃。体勢を崩しかけたメイムは逆らわず後転、鎚を振り上げ牽制しながら立て直す。
「あっぶなー……」
他者の視界に集中するのは、乱戦において危険すぎた。
先の見通しも大切だが、目先の手数も欲しい。メイムは先の一撃を加えてきた敵の、さらに後ろへ無理矢理突っ込んで鎚を振る。
全周を取り囲まれた中でのぶん回しは、硬軟入り混じる外殻をひたすら叩き続ける嫌な感触と音しか感じない。うち二体が霧と化すも、見届ける暇もなく糸が飛んでくる。
接触。何故か熱い。糸が。見れば鎧を貫通した糸が腹を刺し、赤熱している。咄嗟に小盾で糸を振り切り、兵庫に隣接した。背後から集まった敵群を薙ぐ音が聞こえる。
「糸、思ったより色んな事してくるかも!」
「了解、気を付けよう」
この場で最も多くの敵を屠っている男の返答は短く、しかし心強い。
終盤まで温存したかった霊呪奥義を使うべきか?
現界化して全周攻撃をすれば形勢は一瞬で変る、が……。
「フリュイ! 重壊お願い!」
メイムは切札を温存し『ハンターの』魔術師を使う。
ルスティロの前面には黒い波濤が広がっている。
絶え間なく、波の大きさを変えながら襲来する敵群はひどく暴力的で、兵庫、メイム、フリュイの広範に渡る攻撃でも掃討しきれない。巨躯を誇る敵を中心にルスティロが追撃をかけるも、一体ずつ狙い撃つ現状では処理できない個体が見る間に増えていく。
――大いなる森に呑まれゆくが如く、か。
たぁん、たぁんと引鉄を引く度に黒霧が現れ、それすら波は飲み込んでいく。
ルスティロが背後と東側を見やれば、そこでも友軍が懸命に波に抗っている。背後には既に十を超える敵を通してしまった。東のジャックは攻める余裕もなくただ独り道に立ち塞がっている。
どの戦場も限界だった。
あとどれだけ耐えればいいのか。ルスティロは拭いきれない焦燥感を胸に、子蜘蛛の糸を躱し、足元から伸び上がる鉤爪を受け、横腹に体当りされてたたらを踏みながら強敵を探す。
四度目の兵庫の薙ぎ払い。すかさず放たれる火球。持ち直しかけた直後に兵庫を襲う敵群。もはや彼の姿は子蜘蛛に隠れて見えないが、それでも兵庫は最前線に立ち続けている。
だが、それでも、敵はやまない。
助け出すようにメイムが鎚を振り回す。壁沿いを肉薄してきた大蜘蛛の爪。吹っ飛ぶメイム。ルスティロが踏み込むや、紅煌を纏わせた剣を一閃した。霧散する大蜘蛛だが、子蜘蛛集団はその隙を見逃さない。
至る所から飛来した糸に絡め取られたかと思えば、雷の如き衝撃を感じてルスティロは膝をついた。
――数が厳しすぎる……御伽噺の英雄も同じように天運に苦しめられたのかな……。
敵の圧力に、物理的に潰れかける。
が、ふとした瞬間にそれが軽くなった。ルスティロが辛うじて黒波から抜け出すと、蜘蛛のギチギチとした歯ぎしりのような音の合間に声がした。
「諦めるな。俺が矢面に立とう」
十文字槍の男の姿は、不退転という言葉を体現したような気迫を感じさせた。
●転機
「くらえッ、超機導炎のコマだ!!」
ざくろの前方に扇状の炎が広がれば、右往左往する敵をジェールトヴァのデルタレイが横から貫く。
機導師と聖導士。奇しくも同系統の力を持つ二人の光線が大通りを突破してきた敵をひたすらに打ち据え、殲滅していく。初め二体だった敵は時を経る毎に増加していき、今では二人で十体を相手する事になっている。
しかし二人の防衛線は敵を残らず撃滅する。
大通りに立ち塞がり炎・氷・光と三種の術を使い分けるざくろの殲滅力。
屋内から三条の光線で横撃をかけるジェールトヴァの狙撃力。
二人の網が確実に敵を絡め取る。子蜘蛛の糸など知らぬ、こちらは網だとばかりに設定した大通りの確殺圏。意図せず連携した二人の十字砲火は次々敵を屠っていく。
十体を処理し終えた二人だが、休む間もなく次が来る。六体。うち二体が大きくもないのに強そうな雰囲気を持っている――と観察した直後、その二体がざくろに肉薄していた。
速い。咄嗟に障壁を張ると同時、二体の突進がざくろを襲った。一方が弾かれ、他方がざくろの腹にめり込む。敵諸共吹っ飛んだざくろは勢いままに後転して前を見据え――、その一体が図書館へ直進するのを止めきれなかった。
――ッざくろが……抜かれ……!
「気を抜くんじゃないよ! 少しなら館内の誰かが何とかしてくれる」
「わ、解った!」
後悔するのは終ってからだ。ざくろは弾いた方の強敵を中心に定め、熱波を放つ。
合せてジェールトヴァは光線を閃かせ、空を見た。
――もう救援が来てもいい頃だけどね……。
僅かに不安を抱くが、焦りはない。この調子なら余程の事がない限り暫く耐えられる。
余程の強敵が、現れない限り……。
「ぬるいんだよてめぇら! それで俺様を超えられると思ったら大間違いだオラァ!!」
十二体を前に獅子の如く吼え、結界を作り上げるジャック。怒りに震えるような音を立てる敵だが、歴戦の男が仁王立ちした小道はたかだか十二体の雑魚が突破できる所ではなかった。
憂さを晴らすが如くジャックに集中する糸。鈍足化、燃焼、雷、毒、あらゆる粘糸が飛び交い、しかしジャックは微動だにしない。どころか銃撃で一体ずつ減らしながら通信までする。
中央の戦場が気になるが、自分がここを動く訳にいかない。中央の瓦解が先か、救援が先か。
植込み周辺が敵の合流点で、迎撃に最も適した地点である。それは言い換えればこちらも戦力集中せねば容易に突破され得るという事で、その配分が少し足りなかった。
ジャックが歯噛みして引鉄を引く。銃声、銃声、銃声。通信機から声。遂に兵庫が圧力に押されて下がった。発砲。フリュイの火球が尽きた。発砲。メイムの損耗が六割を超えた。挑発をかけ直す。ルスティロが膝をついた。結界を張り直す――その、直後。
空から、轟音が、聞こえた。
『待たせたのう、友軍達よ! ミグが、このSSFが来たからにはもう安心じゃ!!』
●救援
クローディオ・シャール(ka0030)機タスラム、アルト・ハーニー(ka0113)機人形埴輪二号、ミグ・ロマイヤー(ka0665)機S.S.F、八劒 颯(ka1804)機Gustav。四機のゴーレムやCAM、魔導アーマーが到着した時、街は黒い波濤に蹂躙されていた。
絶えず何かの崩れる重低音が響き、甲高い悲鳴が空を引き裂く。一通りの破壊を終えた蜘蛛達は頑強に抵抗する各所へ集いつつあり、その波の多くは図書館へ向かっている。
ソサエティから急行しながら状況を見て取ったミグは、抑え切れない昂揚を隠す事なく蕩ける笑いを溢れさせた。
「ミグは先に往く!」
『まった! ですの! はやても行きますの!』
「待たぬ! ミグのSSFがとうとう空を征す時が来たのじゃ、来たければついてくればよい!」
飛翔装置。ミグが焦がれてやまなかったそのスイッチが、今、手元にある。
万感の思いを込めて起動すると、重い振動がシートから腰を伝い、脳髄すらを揺さぶった。振動がみるみる激しくなり、各種メーターが規定値に達した瞬間、ミグの体を強烈なGが襲った。狭まる視界。白黒の世界。眼下の街を置き去りにミグは空を昇る。だがそれだけで満足しない。ブーストによってさらに一つの壁を破ったSSFは、颯機をも引き離して図書館上空に到着した。
むしろ通過しかけたと言っていい。慌てて急停止するミグ。ベルトが体に食い込み息が詰まる中、友軍に救援を報せて着陸体勢へ。接地、友軍の姿をマークしつつ蜘蛛群に弾幕をぶち込んだ。
「ミグのSSFがここを守る。その間に立て直すのじゃ」
背後からは友軍――ざくろとジェールトヴァの光線が絶え間なく飛来している。植込み周辺までSSFが上がれば殿軍の壁となれるだろう。
ミグは遅れて来た颯機の場所を空け、後方の図書館を見やる。
壁。SSF――というより大壁盾単体で壁を作成できれば楽だったのだが、無理なものは仕方ない。ミグは友軍のマークにだけ気を付けると、機関銃を撃ち鳴らした。
轟音。
弾雨をばら撒きながら前進するミグ機をよそに、颯は操縦席から身を乗り出して団長に手を振った。
「お時ちゃん! 迎えに来ましたの!」
「颯……来てくれたんだ」
「当然ですの」
「……ッ、よし、ざくろと一緒にこの群を蹴散らすよ!」
上半身を外に出したまま颯は足下の蜘蛛へ氷柱を放つ。命中するも、角度のある所から俯角に狙いすぎると範囲が狭くなるかもしれない。颯機がざくろの斜め前に位置して遠めに氷柱を放つと、合せてざくろの冷凍光線が敵群を凍らせた。
これならもっと前進した方がいい?
前ではミグ機と兵庫が殿軍となって退いてきている。つまり敵群も近付いている。なら範囲攻撃を活かす為にまず前に出るべきか。颯が逡巡した時、突如植込みが爆発した。
肺腑を震わす重低音。通信機から音が聞こえるが、耳鳴りで把握しづらい。
『弾着――いい感――。修正――願――』
『了――撃を継――』
誰か観測でもしているのかと上空を仰げば梟が旋回していた。そしてヒュルルと間の抜けた音と共に何かが落ち、敵群を一瞬で薙ぎ倒す。
炸裂弾。この状況では誤射が恐ろしいが、一刻も早い救援が必要だったのは確か。
颯はざくろと共に待ち受ける事に決めると、図書館至近の敵を一掃した。そうして余力ができた、直後だった。
メフィスト発見の報が、通信機からもたらされたのは……。
ドウ、と地の底から地表を殴るような音が拡がり、クローディオは通信機を耳に当て観測結果を聴く。
万一にも誤射せぬよう初弾は距離を抑えたが、それで丁度良かったらしい。もっと控えた方がいいだろう。
クローディオはタスラムを制御しつつ、ゴーレムに合せて北上する。
同道するアルト機は時折止まっては腰部を突き出し某キャノンを放出している。徒歩で北上すれば必然的に敵群に挟まれる形になるが、敵の狙いが分散するなら好都合ではある。二機と一人という戦力で潰されなければ、だが。
「この蜘蛛、加えて王国各地に『奴』が出現しているとの報もある。奴――メフィストを警戒すべきだろうな」
『うむ。新型の試し運転のつもりが、いきなりとんでもない所に来てしまったな、と』
「仕方がないな。奴が何を目的としているか定かでないが、国内有数の古都を襲わない道理がない」
『ま、モグラならぬ蜘蛛叩きを真面目にやるかねぇ』
アルト機が群へ肉薄するや、大鎚をぶん回して家屋の壁に敵を叩きつける。
『……うぅむ、あまり面白いものではないが、できるだけ潰しておかないとな、と』
ガルガリンの脇をタスラムの砲撃が抜けていく。群を割って低伸する砲弾が50m以上先で破壊を撒き、割れた間隙にクローディオとアルト機が入り込んで突き進む。
クローディオの聖衝波がこちらに気付いた敵十体を滅し、アルト機の砲撃が敵巨体に突き刺さる。締め上げてきた敵群の圧力を往なす――事などできない。四方から爪撃と糸が絡みつき、しかし三個の進撃者は微塵も揺るがない。
そも肉体が摩耗したところで己が揺らぐ筈がない。クローディオはどこか冷めた思考で大盾越しに周囲の状況を把握する。
――数は多いが問題はない、か。
「大胆に行く。その機体ならば多少の無茶は効くだろう」
『うむ。蜘蛛叩きするならまとめてやりたいと思ったところだ』
「とはいえ私のタスラムが一番鈍足……」
言い差した、瞬間だった。
ずぶり、と。糸より昏くひりついた存在感に呑まれたのは。
『――メフィスト発見! あのクソ蜘蛛、南東から屋根伝いに来てやがる! 態勢整えろ!!』
刹那、我知らず固まっていたアルトを動かしたのは通信機からの怒声だった。
ガツンとペダルを踏み込みスラスター噴射、飛ぶように大通りを北上する。
「先に行くぞ! ゴーレムに合せていられん!」
『いや、私も共に行く』
「ソイツはどうする」
『タスラムには子蜘蛛掃討の命令は出しておく。……姿が見えぬ程離れれば動きを止めるだろうが』
「メフィスト優先だな、と」
足下を駆けるクローディオ。通信機で何やらフリュイと連絡を取っているようだが、アルトは雑音をカットし操縦に集中する。
真新しい座席。機械特有の臭い。各種計器は規定範囲内を推移している。敵の糸。装甲に任せて引っぺがす。進行方向に敵群。蹴り上げるように突っ込んだ。前方、四散した植込み跡が蜘蛛の合間に見えた。さらに先には図書館があり、その途中に壁の如く颯機が屹立している。
「こちらガルガリン、メフィストの現在地は判るか、と」
『空飛んでる奴が足止めしてるが、長くは保たねぇな。塔で止める。手ぇ空いてる奴は来い』
空を見れば、闇に染まりつつある曇天にミグ機が舞っているのが判った。
機関銃を撃ち下す度に屋根が弾け、瓦礫の中を人型――メフィストが跳躍している。反撃は最小限に、図書館への到達を第一にしているように見えた。
植込み跡に辿り着くや、アルトは大鎚をぶん回して場所を確保、砲口を東に向けてじっと待機する。
屋根伝いに移動しても図書館へ行くには道を跳び越えねばならない。狙うなら、そこだ。
足下の蜘蛛は時に爪を立て、時に機体を上ってくる。新機体だけに悲しみが込み上げるが、それも深呼吸すれば湖面のように落ち着いた。
待つのは職業上慣れている。土と向き合う時、自分も土も機を待ちながら互いに何かを伝え合う。あの静謐な対話を懐かしく思っていると、待ち望んだ機は既に来ていた。
人型が屋根の端から跳躍し、その軌道が頂点に達した時、アルトは引鉄を引いた。
轟音、同時に地に落ちる敵。
一人快哉を叫んでアルトは接近する。
戦闘プログラム起動、大上段から大鎚を振り下し――衝撃が、機体を襲った。
●メフィスト戦・前
かの大敵発見の報がもたらされた時、屋根上で交戦できる状況にある者はただ一人しかいなかった。
ミグ機、SSF。
ミグ以外に先行してメフィストに向かえる機動力を持つ者は、いなかった。僅かに助力できるとすれば塔上部に戻ったジャックの狙撃だろうが、それも微力に過ぎない。同様に飛翔できる颯機なら共闘できたが、颯はざくろと最終防衛の維持を選択している。メフィストに手を出すのは敵が図書館に近付いた時だ。
故に、ミグは、メフィストとただ独りで交戦せざるを得なかった。
報を聞くや飛翔装置起動、接近しながら機関銃を構えて紫電を纏う。敵は屋根に上り動き始めたばかり。プラズマ化して尚有効射程距離より遠い。滑るように跳躍する敵に合せて銃口を僅かずつ調整するも、機体がフラフラと覚束ない。飛翔中の射撃の難しさを認識し、ミグは肉薄攻撃に切り替える。
壁を抜けるように一瞬で敵の表情まで目視できる距離まで飛ぶミグ機。機関銃を構え、しかし敵の方が早く攻めに転じた。
視界いっぱいに広がる黒い爆発。衝撃に耐えながら発砲、命中したのを視界端で捉えて交錯する。転回、さらに発砲すれば今度は敵の黒光が腰部を貫いた。姿勢を崩しつつも旋回し、三度目の交錯。互いに削り削られる消耗戦が四度五度と続くと、敵は苛立ちを隠せないようにミグ機を睨みあげて何事か呟いた。
「この羽虫が、かのう? 羽虫、か。ふ、ふふふ……」
怒りを込めて再度紫電化、ミグは敵の頭へ弾幕を叩き込む!
「ミグのSSFを愚弄した報い、その身に受けるのじゃ!!」
どこか執念を感じさせる弾幕が敵を飲み込み、同時にミグ機が黒爆に飲み込まれる。焦れるように戦闘を見守っていたジャックは、次にメフィストが平然と動き出したのを確認して顔を顰めた。
図書館への進攻を再開する敵と、フラついて滑空するように距離を取るミグ機。機体からは激しく黒煙が噴き上がっている。
「あー、生きてるな?」
『――無論生きておるが、あと一撃で大破確定じゃな』
「な、なら退避してろ。なんだ、その、よく貴重な時間を稼いだ」
『撃退する予定であったのじゃがのう。以後は支援に回らせてもらうのじゃ』
女の声に地味に緊張するが、メフィストの姿を見ればそれもすぐに消えた。
無人の野を行くが如く屋根を進む敵へ、吼えるジャック。それに気付いたか、敵はまっすぐ塔へ来ている。そして敵が道を跳び越えんとした直後、横合いから放たれた砲撃が敵を直撃した。
ジャックの眼下で嬉々としてメフィストに近付くアルト機。大鎚を振り下さんとした時、黒光が機体を貫通した。よろけて後退するアルト機に代り、ジャックが三階から飛び降りる。
「オイコラクソ蜘蛛ォ!」
宙から呼びかければ、メフィストは服をはたきながらジャックを見上げた。やけに友好的な笑顔で両腕を広げて歓迎の意を示す敵の姿がいちいち癇に障る。
「おや、こんな所で光の騎士と再会するとは、私も大いなる光に祈りを捧げねばなりませんね。『おお光よ、感謝します』」
「るッ……せぇ――よ陰険野郎が! ハ、随分と久しぶりだな、クソ蜘蛛。あん時跪いた屈辱、忘れてねぇぞ」
「あの味が忘れられぬ、と。それは重畳です」
「……あぁ、大層なゴチソウだったよ」
滾る感情を飲み込み、ジャックはメフィストの向こうを見やる。
ルスティロ、アルト機、クローディオ、ミグ機。四人の態勢はまだ万全ではない。時を稼ぐ必要がある。
「ところでクソ蜘蛛よ、お前に疑問があったんだよ」
「ほう、他ならぬ光の騎士の疑問とあらば答えない訳にいきませんね。質問を許しましょう」
「……お前、王国が望む理想の光に最も近しい騎士なんて言いやがったろ。な・ん・で、お前如きが王国の理想なんて知ってんだよ」
言い募るジャックと目を見開いて凝視するメフィスト。ジャックは荒唐無稽な推論だと自ら悟りながら、しかし渾身の一撃を見舞うようにあえてニヤリと笑った。
「なぁ、実はお前、歪虚になる前は王国関係者だったんじゃねぇのか?」
「…………、は?」
「それと人ってな自ら望むモノを無意識に口にしちまうモンでな。お前がよく言うのは何だと思う?」
『慈悲』だよ。
ジャックは間髪容れず口撃する。全ては敵を殺す、その為に。
「つまりお前は誰よりも自分が慈悲を欲しがってんじゃねぇのか!? あぁ? だったらよ、俺がくれてやるよ。本物の慈悲ってやつをな」
「………………、は」
は、は、は。
短く息を吐くように笑うメフィストの声は、次第に声量を増していき、哄笑となって耳朶を打った。耐え切れぬとばかり背を曲げ口元に手をやる姿は、時間稼ぎの為だと解っていても気分が悪い。
はははは、
ははははは、
はははははははははははははははは。
輪唱のように幾重にも笑いが木霊し、洗脳されそうな不快感が頂点に達した次の瞬間、メフィストは唐突に笑いを止めた。
「おぞましい」
ただ一言、それだけで敵の殺意が膨れ上がった。
ジャックは引鉄に指をかけ、気丈に口端を上げてみせる。
「図星か」
「答えるに値せぬ。しかし先の言葉で一つだけ有益な情報があった事には感謝します」
「何だよ」
「人は自らが望むモノを口にする。また一つ愚かな人間の習性を学ぶ事ができました」
「そうかよ。じゃあ」
敵の背後についた四人に目を向けると、真っ先にクローディオが駆け出した。続く三人。ジャックが引鉄を絞――
「や
『跪きなさい。もう一度、いや何度でも、我が前にこうべを垂れよ』
ジャックの視界がぐるりと回り、脚甲が石畳を擦る音が響いた。
「ッ……くっ……そがあああああああああああああああああああああああ!!」
跪き、怒りに震える叫喚を上げるジャックを前に、メフィストの哄笑が鳴り響く。
無防備な姿を曝す男にメフィストは何もせず、踵を返した。
図書館を優先するのだろう。それを、クローディオの聖衝波が阻む。顔を顰める敵。ルスティロが紅を纏わせ薙ぎ払う。子蜘蛛が糸を使うのだからメフィストもそうだろう。ならば周囲に展開しているかもしれない糸諸共に敵を斬ってしまえという斬撃はしかし、それ故に糸によって威力を減じられた。
斬撃、さらにアルトの大鎚。それらを受け、敵が反撃に転じた瞬間、アルト機は止められた大鎚を手放した。
「厄介そうなんでな、こいつでも喰らっとけ、と!」
無手となったそこに生まれるのは光剣。雪村と銘打たれた剣が袈裟に振るわれ、メフィストを両断した――ように、見えた。
「惜しい。悪くないですよ」
斬り下した筈のその場に、敵は未だ佇んでいる。無傷ではない。が、余力は充分すぎる程にありそうだ。
「く……これなら蜘蛛叩きの方が楽さね……」
「しつこいお客さんにはお帰りいただきたいね!」
ルスティロが幻尾を伸ばして敵を崩す。引き寄せられた敵は勢いままにルスティロの腹へ黒弾を撃ち込んだ。吹っ飛ぶルスティロ。交代するようにアルト機が雪村を払い、クローディオが聖衝波を放つ。二つの攻撃は同時に受けられ、後者がクローディオに同等の痛みをもたらす。
懲罰。面倒な。クローディオは痛覚を無視して接射する。
「何が狙いだ、メフィスト」
「言っても信じないでしょう」
「何故こんな騒ぎを? 陽動か?」
「人間を消すのに理由が必要ですか?」
銃弾は敵の体にめり込んでいるのに反応が薄い。効いているのかいないのか。
至近から気持ち悪い複眼を睨めつけた。
「――お前は、本物か?」
「その身で感じたままに」
弾かれるように離れると、ミグ機とルスティロの銃撃が敵を穿つ。再度近接しかけたアルト機だが、それより早く眼前に現れた黒点が爆発した。
爆音が突き抜け、耳の痛くなる無音が辺りを覆う。
ジャック以外の全てが呑まれた爆発は、CAMすら半壊させる程の衝撃を以てクローディオを引き剥がし、アルト機とミグ機の計器を狂わせ、ルスティロの体を無残に破壊した。
どしゃ、と生々しい音と共にエルフの体が割れた石畳に落ちる。メフィストはそれを一顧だにする事なく、軽々と屋根へ跳び乗った。
クローディオがルスティロを最低限回復し、ジャックの精神を奮い立たせる間に敵は最終防衛線に到達したようだ。友軍の戦闘音を聞きながら、彼らは敵の後を追う。
●メフィスト戦・後
それは、まさしく偶然の産物だった。
塔周辺でメフィストとの交戦が始まった時、ジェールトヴァは大通りの子蜘蛛退治をざくろ、颯機、メイム、フリュイに任せて兵庫と共に屋上に向かった。
特殊鋼線を張った屋上だ。
通信機で時折交戦状況を仕入れつつ道に光線を撃ち下す事数回、彼はメフィストが前衛を破った事を知った。急いで隠れて様子を窺えば、奇跡と言おうか悪夢と言おうか、メフィストはまさにこの屋上へ向かってくるではないか。ちょうど敵の初期出現地点と図書館を直線に結んだ途上にあったのが、奏功していた。
二人で息を潜めて動向を見守っていると、ここに降り立った敵は次の跳躍の為の一歩を踏み出――そうとして、こけた。
盛大に、こけた。
かくして偶然という名の絶望は目の前で結実し、隠蔽していた筈の気配はものの十秒で察知された。
言葉もなく放たれる黒線。散乱する物干し竿や瓦礫。白煙舞う中に躍り出たジェールトヴァは一目散に縁へ走るや、一気に宙に飛び出した。逆に兵庫は肉薄して一撃を与えるも、敵は逃げる者しか見ていない。
「ッ……老人になんて事をさせる……!」
「かように陳腐な策を弄した己を、恨め!!」
「く……研究者達へ……め、メフィストに、支援攻撃を……!」
『――了解』
激昂して闇の力を解放する敵。一、二、三条と黒線が宙を抜け、落下するジェールトヴァの体を灼いていく。遅れて空へ飛び出した兵庫が抱えるように着地、二人がすぐさま横っ飛びすれば背後から爆発の衝撃を受けた。
黒爆。
子蜘蛛すら巻き込んで放たれたそれがジェールトヴァの意識を刈り取り、兵庫の肉体を削る。
一斉に対メフィストに移行する防衛班と、屋上から『ゆっくり飛び降りてくる』メフィスト。敵は物言わぬジェールトヴァを確認して気が晴れたか、慇懃と礼をしてみせる余裕を取り戻していた。
その、様を見て。
ざくろは、飛び出さなかった自分を褒めてやりたいと、思った。
――彼奴が……ッ!!!!
百万言が喉元から出かかって、それでもざくろは自制する。通信機から颯の労るような声が聞こえ、大丈夫とざくろは震える声で返した。
――大丈夫。人や、図書館や……何かを犠牲にした仇討ちなんか、ソルラはきっと望まない。
「……ざくろが子蜘蛛を抑えるよ。ここを動いて彼奴の好きにさせるもんか! だから、メフィストは、お願い……皆」
「っ! はやてに、おまかせですのっ!!」
颯機から放たれたプラズマグレネードの小爆発を合図にしたが如く兵庫、メイム、フリュイの攻撃が集中し、ジェールトヴァの要請していた研究者達の支援攻撃が怒涛のように飛来した。
紫紺の圧壊が巻き起こり、あらゆる魔法が連綿と叩き込まれていく。体勢を崩した敵へ突っ込むのは兵庫とメイム。先行したメイムが無理矢理鎚を下せば、軽々と受けた敵は半身をズラして神速の十文字槍の威力を僅かに減じた。
「あたしが先に攻撃するよ、懲罰怖いしね」
「任せた」
「……愚かな」
鼻で嗤う敵から二人は離れない。離れれば黒爆が来る。範囲攻撃さえなければ一気に瓦解はしない筈。
メイムは弱攻撃で懲罰を誘発したい。だが周囲の子蜘蛛もまだ寄せ続けている。周りを巻き込みながら弱攻撃。難しいと考え、ふと思い至った。
渾身の一撃を懲罰で返されても、自分が痛い思いをするだけじゃ?
それで敵も減らせて懲罰も誘発できる。良い事だらけだ。
脳裏に浮かんだ時にはメイムは現界化していた。溢れる力の奔流を体内に押し込め、巨大化した肉体で鎚をぶん回す。子蜘蛛が破裂し、メフィストが吹っ飛んだ。
追撃する颯機と兵庫。颯機が四足を踊るように動かせば、兵庫は地を這うように擦り寄る。敵が構えた。懲罰。絶対に来る。一機と一人が敵の許へ辿り着く――寸前、巨体を活かして限界までメイムが伸ばした鎚の先端が、触れた。
返る衝撃は、ない。それが懲罰を使わなかったからか、攻撃が弱すぎて感じられないか、どちらかは判らない。ただメイムのその介入は、メフィストの待ちを崩すのに有効だった。
この私に塵にも劣る攻撃を見せるな。
そう言わんばかりの黒爆がメイムを中心に炸裂し、三人を強かに傷めつける。が、颯機と兵庫は止まらない。
「びりびり」「榊流」
螺旋槌「轟旋」と十文字槍。各々が得物を引き絞り、石畳を割る踏み込み。腰の回転から腕へと余す事なく力を伝え、裂帛の気合と共に腕を解き放つ!
「電撃どりる――!!」「狼牙一式――!!」
塔にいた者達――クローディオ、アルト機、ルスティロ、ミグ機、ジャックが最終防衛の場に着いた時、メフィストは未だ健在だった。
兵庫と颯機の渾身の一撃をまともに喰らい、それでも尚生きている。
これは偽者なのか?
仮に姿を変容した偽者として、これ程の質で王国各地を同時多発に襲撃できる数を揃えられるか?
ベリアルは部下の質に苦労していたように思えるがそれはメフィストが確保していたからか?
だが……。
クローディオが思考する間にも戦闘は続く。
敵は健在といえど流石に消滅に近付いているようで、動きが鈍くなっている。不意に引っ張られるように跳び上がらんとする敵を颯機とミグ機の射撃が落し、腹から産み落された子蜘蛛――と言うには巨体だったが――をアルト機、メイムの鎚が叩き潰す。腕を伸ばしたメフィストを斬りつけるのはルスティロと兵庫で、もはやこれまでと悟ったらしい敵が退いて両腕を広げたのを、クローディオはジェールトヴァの介抱をしながら見た。
「口惜し――」
「言わせねぇし、させねぇよ。何もな」
何事かしでかすつもりだった敵を背後から撃ったのはジャック。ごぽ、と口から黒いものを吐き出す敵へ四方から銃弾の嵐が降り注いだ。
硝煙。そして沈黙。
銃声と硝煙が段々と薄れていく。
それに紛れるように、メフィストだったものが霧となって消えた。
●『終らない』
ざくろは未だ尽きせぬ三種の光線を子蜘蛛に放ちながら、メフィストの消滅を目視した。同時に子蜘蛛達も霧散しており、街は唐突な無音に包まれている。
空を仰げば、変らぬ曇天。ぱき、と割れた石畳の音に目を向けると、颯がGustavから降りてきていた。
「……来てくれてありがとう、颯」
「全然構いませんの」
微笑む颯。ざくろの表情は変らない。幾つかの感情がぐるぐると駆け巡り、何をしてもぎこちなくなりそうだった。
「彼奴は、死んだのかな」
颯が横に首を振る。
「きっと、本命がいますの」
「……そ、っか」
自らの手で仇を討つ機があると思うべきか、まだ苦しめられる人が生まれると嘆くべきか。ざくろは奥歯を噛み締め、懐の懐中時計に触れた。
星読。光ある未来を刻むとの宣伝文句に、少しでも縋りたい気分だった。
「後片付けして、戻ろっか。『皆』のところに」
「はいですの」
ざくろは微苦笑を浮かべて颯に並んだ。
「…………ッ」
抑えきれぬ激情を持て余すジャックの様子を見て取ったクローディオは、友を促して塔へ向かった。今は誰もが戦闘の終りに気を取られ、ついてくる者などいない。
階段を踏みしめるように上り、最上部の扉を開け放つ直前、耳を劈く咆哮が塔内を震わせた。
煩いというより痛い。鼓膜が破れてなければいいんだがと嘆息し、扉を開ける。
あちこちから黒煙の上がる古都の眺望。防衛はできたが危ういところだったとクローディオは胸を撫で下し、ジャックに向き直った。
「お前の守ったものだ、ジャック」
「ッ……るせぇ。俺の力じゃねぇ」
「いや、私はそうは思わない。観測し、子蜘蛛を止め、奴から時を奪い、奴に傷を負わせた。貢献している」
「るせぇっつってんだろ!!」
拳で壁を叩き、ジャックは再び咆哮する。
守った。貢献した。そんな事ではないのだと、クローディオも理解している。強制だろうが何だろうが膝をつき、止めも刺されず見逃された。それもかつての戦場と合せれば、二度目だ。
その屈辱たるや如何ばかりか。想像はできるが、それで慰めてどうなるとも思えない。クローディオは目を伏せ、塔の手すりに体を預けた。
「……おそらく次の襲撃が本命だろう」
「ああ」
「殺せ、奴を。これで終るお前じゃあない。だろう、ジャック」
「…………、……ハ、当然だ、クソが。この俺が、カネの亡者たる俺様が、タダで済ませると思ってんのか」
「そうだ、その調子だ、グリーヴ家の次男ドノ」
「っせぇよ、シャールサマ」
ふ、とクローディオが薄く笑うと、牙を剥くようにジャックが口角を歪めた。
曇天は未だ晴れない。
破壊を免れた家々と魔導街灯にぽつぽつと灯りがつき始め、黒い波濤の跡をまざまざと映し出している。
<了>
「あの子は、どうしてるかな」
白銀だった鎧は焼け爛れ、体の至る所に血の跡が滲むルスティロは、失礼のないようやや離れて領主に話しかけた。
思うところは多々あるが領主様に違いはない。最低限の配慮は必要だ。そんな思いを知ってか知らずか、領主はわざとらしく目を丸くして訊き返す。
「あの子? どの子だい?」
……どうしても、相容れない。
ざわめく心を落ち着け、ルスティロは冷笑してみせた。
「成程、はぐらかさないといけない状況なんだね」
「だとしたら、きみはどうするんだい?」
「……想像に任せるよ。一つ言うならば、僕はハンターだという事かな」
「冗談だよ。本当に面白いね、きみ」
くつくつとひとしきり嗤ったフリュイは、肩を竦めて鼻を鳴らした。
「僕の領地の農村にいるよ。穏やかに暮らしてるんじゃないかな。狂気とやらの影響が懸念されたからね、村に金と物をやって家族として扱うよう厳命した」
「……、驚いた。人並みの配慮ができるんだ」
ルスティロが心底から感嘆した声を漏らすと、フリュイは憮然とした表情で舌を打った。
失言を詫び、ルスティロは微笑を浮かべる。
「良かった。ありがとう」
「……土弄りは心を癒すとも言うし、効果の程を知りたかっただけさ」
もういいかい、と鬱陶しそうに訊いてくるフリュイに、ルスティロは少し考え、満面の笑みで言った。
「図書館は当然まだ閉めないよね? 何せ君が守ったんだ、その威容が失われてない事を喧伝する為には変らず開館してた方がいいよ! そう、僕の調べ物が終るまでね」
耳飾り型通信機の周波数を合せながら、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は古都領主を睨み付けた。愉快そうに目を向けてきたフリュイに、ジャックはいけ好かない港街領主に通ずる何かを感じる。
「僕の図書館、じゃねぇ。ミナサマの図書館だろがボケェ!」
「成程、見解の相違というやつだね。複雑怪奇な問題にはよくある事だよ」
どこが複雑だと反論したいが、時間がないのは遠く響く爆発音や悲鳴から明らか。ジャックは舌打ちして二挺の愛銃を最終点検する。
一方でルスティロ・イストワール(ka0252)は領主の言い分に「相変らずだね」と肩を竦め、笑みを深めた。
「なら、僕らが蜘蛛を退治しきれなければ支援をお願いね。何しろ君のモノだものね、当然自分で守るんだろう?」
「仕方ないね。些事に係う暇はないんだけど」
「せいぜい期待してるよ、領主様。個人的に訊きたい事もあるんだけど、後にしよう。僕も図書館は護りたいしね」
「じゃあ早く迎撃に向かう事だ。領主サマより先に死力を尽すのがきみの役目さ」
眉根を僅かに寄せるルスティロ。その肩を叩き、榊 兵庫(ka0010)が鋭く息を吐いて気合を入れた。
「降りかかる火の粉は払わないといけないからな。これも何かの縁だ。図書館防衛に協力させてもらうとしよう」
二人が南へ前進する。
植込み付近にまで防衛線を押し上げ、できるだけそこで敵を止める。それは防衛戦において正しい策で、同時に勇気のいる行為でもある。
ジャックも加わり三人で塔近辺へ行くその姿をメイム(ka2290)は見送り、フリュイに提案した。
「ね、素性を隠せないかな、『フリュイ』」
「うん?」
やや興味を引かれたような領主にメイムは言い募る。
「敵の意図が何であれ『領主様』が一般人より重要な場合は多いよね。隠さないよりは隠した方が良いと思う」
「一理は、あるね」
思案するフリュイ。予備の服がない今は高そうな装飾を外す事しかできないが、しないよりはいいかもしれない。
同意した領主に、メイムはさらなる要求もとい提案を突き付けた。
「じゃ、迎撃に行こっか、『ハンターのフリュイ』!」
恐ろしく大胆で人使いの荒い彼女に、そういう事かとフリュイは珍しく苦笑して従った。
時音 ざくろ(ka1250)は灰色の空を仰ぎ、大丈夫だと自らに言い聞かせる。
――冒険の資料探しにここに行くって、確か言った筈。だからきっと来てくれる。
救援の望めない防衛戦ではない。ならば耐える戦いをする。皆の命を最優先にした戦いを。……たとえ敵がメフィストだったとしても。
――もう、ソルラみたいな犠牲は絶対に出さないって、そう決めたから。
奥歯を噛み締めたざくろの耳に、嘆息の声が聞こえる。見れば機杖をついた老人――ジェールトヴァ(ka3098)が億劫そうに周囲を見回していた。
「やれやれ、騒がしい。蜘蛛、と言ったね。もし『あれ』だとすれば、随分と野暮な事をしてくれる」
彼は図書館近くの家々を調べ、通りに面した窓が大きく開いたカフェの店内へ入っていった。
屋内から敵に横撃をかけるのだろう。では自分はどうする?
ざくろは考え、道に仁王立ちする事に決めた。後ろには誰もいない。たった独りの最終防衛線だ。一瞬、体が震えた。
「……絶対、行かせないよ……! ざくろが守るんだッ!!」
心を奮い立たせて魔素を鎧に纏わせたその時。
遥か前方に、子蜘蛛の集団が見えた。
「逃げ遅れた人だね? 悪いけれど手伝ってもらえるかな」
ジェールトヴァは店内で縮こまっていた数人に呼びかけると、屋上へ向かった。
最上階の扉を開けば曇天の空が出迎えてくれる。ジェールトヴァは周囲の家々の屋根を確認し「ここに跳んでくるならどこに着地するか」を想像する。そして一歩目を踏み出す場所を考え、そこに罠を張った。
持参した特殊鋼線はたった3mしかないし、そもそも敵が来ない可能性が高い。これが機能する事はないだろう。だが、やる。掛かれば儲けものだ。
「ここにこいつを仕掛けてほしい。それと外壁に油だね。相手は蜘蛛だ、油まみれにしておけば滑って近付けないかもしれないよ」
「は、はい……」
青い顔で協力を申し出る一般人に微笑み、ジェールトヴァは作業を急ぐ。協力者は作業終了後に地下か図書館へ置けばいいだろう。
そうして幾つかの準備を終らせて一階に戻り、大窓から道を覗くと、そこは既に戦場と化していた。
●手数
「まずは東西同時、次が南二組と西! 俺様いきなり大人気だぜ!」
塔最上部から大通りを睥睨するジャックの目には連綿と敵が押し寄せてくる様子が映っている。その状況を通信機で伝えながら、ジャックは眉間に皺が寄るのを自覚した。
――マズいかもな。
東西の敵と南の敵。距離の違いで後者は到着が遅れる為、初手は楽だが、逆に言えば到来時機のズレが原因で休憩する間もなく波状攻撃される形になる。処理が少し遅れれば簡単に波に呑まれかねない。
見たところ敵は六体一組。こちらは植込み周辺に兵庫、ルスティロ、メイム、フリュイ。範囲攻撃を勘案しても明らかに手数が足りない。
――俺様が遠間から間引いても幾らか抜かれる、か。
後方に残ったざくろとジェールトヴァを信じるしか、ない。
ジャックは大型銃を俯角に構え、引鉄を引く。同時に弾着。黒い波濤のごく一部が弾け、しかし波は変らず寄せ続ける。発砲と弾着を二度繰り返しても敵は減ったように見えない。
「次が南二組と東、その次が東西と南一! 東は俺様が行くぜ!!」
舌打ちして階下へ向かうと、ジャックは獅子の咆哮を上げ東の十二体と正対した。
メイムが大鎚をぶん回せば、間隙を埋めるように兵庫が十文字槍を翻す。二種の長物が子蜘蛛の群を押し留めると、ルスティロはしぶとい個体を銃で確殺した。
霧消するのは九体の子蜘蛛。うち七体を薙ぎ払った兵庫はしかし、この第二波で既に数体を取り逃がした事実に眉を顰めた。
メイムとルスティロが武技を、フリュイが魔術を使えばまだ確殺できる数は増える。が、それでも三十体程だろう。全開でそれだ。ではいつまで全力を出せるか。予想より多く抜かれるかもしれない。
兵庫は敵次波に威圧を当てながら現状を苦く感じ、いやと思い直す。
――そんな事はどうでもいい。俺はこの榊流を以て戦場を支えるだけだ。
「連携を密に! 俺が敵を引き付ける!」
植込み周辺に殺到どころか渋滞してきた敵群に放たれる火球。十を超える敵が屠られ、ぽっかりと空いたそこに居座る大型蜘蛛が鎚と銃の二連撃で沈む。直後に肉薄してくるのは六体の蜘蛛。槍を掻い潜って体に取り付いた六体が足、腕、首と肉を噛み千切らんとしてくるが、兵庫は後背へ抜かれずに済んだと思うだけだ。
「肉なら幾らでもくれてやる……『俺に』かかってこい!!」
槍を取り回す暇すらなく、兵庫は仁王立ちとなって魔素を燃やす。
「次は西、その後で南二、さらに次が東西と南二! 大きいの来る前に全部処理しないとね!」
メイムが瞑目すれば脳裏に浮かぶのは上空のきらり――モフロウの視界だ。鳥瞰図には街中を蠢く黒波の様子がぼんやりと映っている。それはジャックが東の対処に回った今では重要な情報であり、反面――
「っ……!」
兜に衝撃。体勢を崩しかけたメイムは逆らわず後転、鎚を振り上げ牽制しながら立て直す。
「あっぶなー……」
他者の視界に集中するのは、乱戦において危険すぎた。
先の見通しも大切だが、目先の手数も欲しい。メイムは先の一撃を加えてきた敵の、さらに後ろへ無理矢理突っ込んで鎚を振る。
全周を取り囲まれた中でのぶん回しは、硬軟入り混じる外殻をひたすら叩き続ける嫌な感触と音しか感じない。うち二体が霧と化すも、見届ける暇もなく糸が飛んでくる。
接触。何故か熱い。糸が。見れば鎧を貫通した糸が腹を刺し、赤熱している。咄嗟に小盾で糸を振り切り、兵庫に隣接した。背後から集まった敵群を薙ぐ音が聞こえる。
「糸、思ったより色んな事してくるかも!」
「了解、気を付けよう」
この場で最も多くの敵を屠っている男の返答は短く、しかし心強い。
終盤まで温存したかった霊呪奥義を使うべきか?
現界化して全周攻撃をすれば形勢は一瞬で変る、が……。
「フリュイ! 重壊お願い!」
メイムは切札を温存し『ハンターの』魔術師を使う。
ルスティロの前面には黒い波濤が広がっている。
絶え間なく、波の大きさを変えながら襲来する敵群はひどく暴力的で、兵庫、メイム、フリュイの広範に渡る攻撃でも掃討しきれない。巨躯を誇る敵を中心にルスティロが追撃をかけるも、一体ずつ狙い撃つ現状では処理できない個体が見る間に増えていく。
――大いなる森に呑まれゆくが如く、か。
たぁん、たぁんと引鉄を引く度に黒霧が現れ、それすら波は飲み込んでいく。
ルスティロが背後と東側を見やれば、そこでも友軍が懸命に波に抗っている。背後には既に十を超える敵を通してしまった。東のジャックは攻める余裕もなくただ独り道に立ち塞がっている。
どの戦場も限界だった。
あとどれだけ耐えればいいのか。ルスティロは拭いきれない焦燥感を胸に、子蜘蛛の糸を躱し、足元から伸び上がる鉤爪を受け、横腹に体当りされてたたらを踏みながら強敵を探す。
四度目の兵庫の薙ぎ払い。すかさず放たれる火球。持ち直しかけた直後に兵庫を襲う敵群。もはや彼の姿は子蜘蛛に隠れて見えないが、それでも兵庫は最前線に立ち続けている。
だが、それでも、敵はやまない。
助け出すようにメイムが鎚を振り回す。壁沿いを肉薄してきた大蜘蛛の爪。吹っ飛ぶメイム。ルスティロが踏み込むや、紅煌を纏わせた剣を一閃した。霧散する大蜘蛛だが、子蜘蛛集団はその隙を見逃さない。
至る所から飛来した糸に絡め取られたかと思えば、雷の如き衝撃を感じてルスティロは膝をついた。
――数が厳しすぎる……御伽噺の英雄も同じように天運に苦しめられたのかな……。
敵の圧力に、物理的に潰れかける。
が、ふとした瞬間にそれが軽くなった。ルスティロが辛うじて黒波から抜け出すと、蜘蛛のギチギチとした歯ぎしりのような音の合間に声がした。
「諦めるな。俺が矢面に立とう」
十文字槍の男の姿は、不退転という言葉を体現したような気迫を感じさせた。
●転機
「くらえッ、超機導炎のコマだ!!」
ざくろの前方に扇状の炎が広がれば、右往左往する敵をジェールトヴァのデルタレイが横から貫く。
機導師と聖導士。奇しくも同系統の力を持つ二人の光線が大通りを突破してきた敵をひたすらに打ち据え、殲滅していく。初め二体だった敵は時を経る毎に増加していき、今では二人で十体を相手する事になっている。
しかし二人の防衛線は敵を残らず撃滅する。
大通りに立ち塞がり炎・氷・光と三種の術を使い分けるざくろの殲滅力。
屋内から三条の光線で横撃をかけるジェールトヴァの狙撃力。
二人の網が確実に敵を絡め取る。子蜘蛛の糸など知らぬ、こちらは網だとばかりに設定した大通りの確殺圏。意図せず連携した二人の十字砲火は次々敵を屠っていく。
十体を処理し終えた二人だが、休む間もなく次が来る。六体。うち二体が大きくもないのに強そうな雰囲気を持っている――と観察した直後、その二体がざくろに肉薄していた。
速い。咄嗟に障壁を張ると同時、二体の突進がざくろを襲った。一方が弾かれ、他方がざくろの腹にめり込む。敵諸共吹っ飛んだざくろは勢いままに後転して前を見据え――、その一体が図書館へ直進するのを止めきれなかった。
――ッざくろが……抜かれ……!
「気を抜くんじゃないよ! 少しなら館内の誰かが何とかしてくれる」
「わ、解った!」
後悔するのは終ってからだ。ざくろは弾いた方の強敵を中心に定め、熱波を放つ。
合せてジェールトヴァは光線を閃かせ、空を見た。
――もう救援が来てもいい頃だけどね……。
僅かに不安を抱くが、焦りはない。この調子なら余程の事がない限り暫く耐えられる。
余程の強敵が、現れない限り……。
「ぬるいんだよてめぇら! それで俺様を超えられると思ったら大間違いだオラァ!!」
十二体を前に獅子の如く吼え、結界を作り上げるジャック。怒りに震えるような音を立てる敵だが、歴戦の男が仁王立ちした小道はたかだか十二体の雑魚が突破できる所ではなかった。
憂さを晴らすが如くジャックに集中する糸。鈍足化、燃焼、雷、毒、あらゆる粘糸が飛び交い、しかしジャックは微動だにしない。どころか銃撃で一体ずつ減らしながら通信までする。
中央の戦場が気になるが、自分がここを動く訳にいかない。中央の瓦解が先か、救援が先か。
植込み周辺が敵の合流点で、迎撃に最も適した地点である。それは言い換えればこちらも戦力集中せねば容易に突破され得るという事で、その配分が少し足りなかった。
ジャックが歯噛みして引鉄を引く。銃声、銃声、銃声。通信機から声。遂に兵庫が圧力に押されて下がった。発砲。フリュイの火球が尽きた。発砲。メイムの損耗が六割を超えた。挑発をかけ直す。ルスティロが膝をついた。結界を張り直す――その、直後。
空から、轟音が、聞こえた。
『待たせたのう、友軍達よ! ミグが、このSSFが来たからにはもう安心じゃ!!』
●救援
クローディオ・シャール(ka0030)機タスラム、アルト・ハーニー(ka0113)機人形埴輪二号、ミグ・ロマイヤー(ka0665)機S.S.F、八劒 颯(ka1804)機Gustav。四機のゴーレムやCAM、魔導アーマーが到着した時、街は黒い波濤に蹂躙されていた。
絶えず何かの崩れる重低音が響き、甲高い悲鳴が空を引き裂く。一通りの破壊を終えた蜘蛛達は頑強に抵抗する各所へ集いつつあり、その波の多くは図書館へ向かっている。
ソサエティから急行しながら状況を見て取ったミグは、抑え切れない昂揚を隠す事なく蕩ける笑いを溢れさせた。
「ミグは先に往く!」
『まった! ですの! はやても行きますの!』
「待たぬ! ミグのSSFがとうとう空を征す時が来たのじゃ、来たければついてくればよい!」
飛翔装置。ミグが焦がれてやまなかったそのスイッチが、今、手元にある。
万感の思いを込めて起動すると、重い振動がシートから腰を伝い、脳髄すらを揺さぶった。振動がみるみる激しくなり、各種メーターが規定値に達した瞬間、ミグの体を強烈なGが襲った。狭まる視界。白黒の世界。眼下の街を置き去りにミグは空を昇る。だがそれだけで満足しない。ブーストによってさらに一つの壁を破ったSSFは、颯機をも引き離して図書館上空に到着した。
むしろ通過しかけたと言っていい。慌てて急停止するミグ。ベルトが体に食い込み息が詰まる中、友軍に救援を報せて着陸体勢へ。接地、友軍の姿をマークしつつ蜘蛛群に弾幕をぶち込んだ。
「ミグのSSFがここを守る。その間に立て直すのじゃ」
背後からは友軍――ざくろとジェールトヴァの光線が絶え間なく飛来している。植込み周辺までSSFが上がれば殿軍の壁となれるだろう。
ミグは遅れて来た颯機の場所を空け、後方の図書館を見やる。
壁。SSF――というより大壁盾単体で壁を作成できれば楽だったのだが、無理なものは仕方ない。ミグは友軍のマークにだけ気を付けると、機関銃を撃ち鳴らした。
轟音。
弾雨をばら撒きながら前進するミグ機をよそに、颯は操縦席から身を乗り出して団長に手を振った。
「お時ちゃん! 迎えに来ましたの!」
「颯……来てくれたんだ」
「当然ですの」
「……ッ、よし、ざくろと一緒にこの群を蹴散らすよ!」
上半身を外に出したまま颯は足下の蜘蛛へ氷柱を放つ。命中するも、角度のある所から俯角に狙いすぎると範囲が狭くなるかもしれない。颯機がざくろの斜め前に位置して遠めに氷柱を放つと、合せてざくろの冷凍光線が敵群を凍らせた。
これならもっと前進した方がいい?
前ではミグ機と兵庫が殿軍となって退いてきている。つまり敵群も近付いている。なら範囲攻撃を活かす為にまず前に出るべきか。颯が逡巡した時、突如植込みが爆発した。
肺腑を震わす重低音。通信機から音が聞こえるが、耳鳴りで把握しづらい。
『弾着――いい感――。修正――願――』
『了――撃を継――』
誰か観測でもしているのかと上空を仰げば梟が旋回していた。そしてヒュルルと間の抜けた音と共に何かが落ち、敵群を一瞬で薙ぎ倒す。
炸裂弾。この状況では誤射が恐ろしいが、一刻も早い救援が必要だったのは確か。
颯はざくろと共に待ち受ける事に決めると、図書館至近の敵を一掃した。そうして余力ができた、直後だった。
メフィスト発見の報が、通信機からもたらされたのは……。
ドウ、と地の底から地表を殴るような音が拡がり、クローディオは通信機を耳に当て観測結果を聴く。
万一にも誤射せぬよう初弾は距離を抑えたが、それで丁度良かったらしい。もっと控えた方がいいだろう。
クローディオはタスラムを制御しつつ、ゴーレムに合せて北上する。
同道するアルト機は時折止まっては腰部を突き出し某キャノンを放出している。徒歩で北上すれば必然的に敵群に挟まれる形になるが、敵の狙いが分散するなら好都合ではある。二機と一人という戦力で潰されなければ、だが。
「この蜘蛛、加えて王国各地に『奴』が出現しているとの報もある。奴――メフィストを警戒すべきだろうな」
『うむ。新型の試し運転のつもりが、いきなりとんでもない所に来てしまったな、と』
「仕方がないな。奴が何を目的としているか定かでないが、国内有数の古都を襲わない道理がない」
『ま、モグラならぬ蜘蛛叩きを真面目にやるかねぇ』
アルト機が群へ肉薄するや、大鎚をぶん回して家屋の壁に敵を叩きつける。
『……うぅむ、あまり面白いものではないが、できるだけ潰しておかないとな、と』
ガルガリンの脇をタスラムの砲撃が抜けていく。群を割って低伸する砲弾が50m以上先で破壊を撒き、割れた間隙にクローディオとアルト機が入り込んで突き進む。
クローディオの聖衝波がこちらに気付いた敵十体を滅し、アルト機の砲撃が敵巨体に突き刺さる。締め上げてきた敵群の圧力を往なす――事などできない。四方から爪撃と糸が絡みつき、しかし三個の進撃者は微塵も揺るがない。
そも肉体が摩耗したところで己が揺らぐ筈がない。クローディオはどこか冷めた思考で大盾越しに周囲の状況を把握する。
――数は多いが問題はない、か。
「大胆に行く。その機体ならば多少の無茶は効くだろう」
『うむ。蜘蛛叩きするならまとめてやりたいと思ったところだ』
「とはいえ私のタスラムが一番鈍足……」
言い差した、瞬間だった。
ずぶり、と。糸より昏くひりついた存在感に呑まれたのは。
『――メフィスト発見! あのクソ蜘蛛、南東から屋根伝いに来てやがる! 態勢整えろ!!』
刹那、我知らず固まっていたアルトを動かしたのは通信機からの怒声だった。
ガツンとペダルを踏み込みスラスター噴射、飛ぶように大通りを北上する。
「先に行くぞ! ゴーレムに合せていられん!」
『いや、私も共に行く』
「ソイツはどうする」
『タスラムには子蜘蛛掃討の命令は出しておく。……姿が見えぬ程離れれば動きを止めるだろうが』
「メフィスト優先だな、と」
足下を駆けるクローディオ。通信機で何やらフリュイと連絡を取っているようだが、アルトは雑音をカットし操縦に集中する。
真新しい座席。機械特有の臭い。各種計器は規定範囲内を推移している。敵の糸。装甲に任せて引っぺがす。進行方向に敵群。蹴り上げるように突っ込んだ。前方、四散した植込み跡が蜘蛛の合間に見えた。さらに先には図書館があり、その途中に壁の如く颯機が屹立している。
「こちらガルガリン、メフィストの現在地は判るか、と」
『空飛んでる奴が足止めしてるが、長くは保たねぇな。塔で止める。手ぇ空いてる奴は来い』
空を見れば、闇に染まりつつある曇天にミグ機が舞っているのが判った。
機関銃を撃ち下す度に屋根が弾け、瓦礫の中を人型――メフィストが跳躍している。反撃は最小限に、図書館への到達を第一にしているように見えた。
植込み跡に辿り着くや、アルトは大鎚をぶん回して場所を確保、砲口を東に向けてじっと待機する。
屋根伝いに移動しても図書館へ行くには道を跳び越えねばならない。狙うなら、そこだ。
足下の蜘蛛は時に爪を立て、時に機体を上ってくる。新機体だけに悲しみが込み上げるが、それも深呼吸すれば湖面のように落ち着いた。
待つのは職業上慣れている。土と向き合う時、自分も土も機を待ちながら互いに何かを伝え合う。あの静謐な対話を懐かしく思っていると、待ち望んだ機は既に来ていた。
人型が屋根の端から跳躍し、その軌道が頂点に達した時、アルトは引鉄を引いた。
轟音、同時に地に落ちる敵。
一人快哉を叫んでアルトは接近する。
戦闘プログラム起動、大上段から大鎚を振り下し――衝撃が、機体を襲った。
●メフィスト戦・前
かの大敵発見の報がもたらされた時、屋根上で交戦できる状況にある者はただ一人しかいなかった。
ミグ機、SSF。
ミグ以外に先行してメフィストに向かえる機動力を持つ者は、いなかった。僅かに助力できるとすれば塔上部に戻ったジャックの狙撃だろうが、それも微力に過ぎない。同様に飛翔できる颯機なら共闘できたが、颯はざくろと最終防衛の維持を選択している。メフィストに手を出すのは敵が図書館に近付いた時だ。
故に、ミグは、メフィストとただ独りで交戦せざるを得なかった。
報を聞くや飛翔装置起動、接近しながら機関銃を構えて紫電を纏う。敵は屋根に上り動き始めたばかり。プラズマ化して尚有効射程距離より遠い。滑るように跳躍する敵に合せて銃口を僅かずつ調整するも、機体がフラフラと覚束ない。飛翔中の射撃の難しさを認識し、ミグは肉薄攻撃に切り替える。
壁を抜けるように一瞬で敵の表情まで目視できる距離まで飛ぶミグ機。機関銃を構え、しかし敵の方が早く攻めに転じた。
視界いっぱいに広がる黒い爆発。衝撃に耐えながら発砲、命中したのを視界端で捉えて交錯する。転回、さらに発砲すれば今度は敵の黒光が腰部を貫いた。姿勢を崩しつつも旋回し、三度目の交錯。互いに削り削られる消耗戦が四度五度と続くと、敵は苛立ちを隠せないようにミグ機を睨みあげて何事か呟いた。
「この羽虫が、かのう? 羽虫、か。ふ、ふふふ……」
怒りを込めて再度紫電化、ミグは敵の頭へ弾幕を叩き込む!
「ミグのSSFを愚弄した報い、その身に受けるのじゃ!!」
どこか執念を感じさせる弾幕が敵を飲み込み、同時にミグ機が黒爆に飲み込まれる。焦れるように戦闘を見守っていたジャックは、次にメフィストが平然と動き出したのを確認して顔を顰めた。
図書館への進攻を再開する敵と、フラついて滑空するように距離を取るミグ機。機体からは激しく黒煙が噴き上がっている。
「あー、生きてるな?」
『――無論生きておるが、あと一撃で大破確定じゃな』
「な、なら退避してろ。なんだ、その、よく貴重な時間を稼いだ」
『撃退する予定であったのじゃがのう。以後は支援に回らせてもらうのじゃ』
女の声に地味に緊張するが、メフィストの姿を見ればそれもすぐに消えた。
無人の野を行くが如く屋根を進む敵へ、吼えるジャック。それに気付いたか、敵はまっすぐ塔へ来ている。そして敵が道を跳び越えんとした直後、横合いから放たれた砲撃が敵を直撃した。
ジャックの眼下で嬉々としてメフィストに近付くアルト機。大鎚を振り下さんとした時、黒光が機体を貫通した。よろけて後退するアルト機に代り、ジャックが三階から飛び降りる。
「オイコラクソ蜘蛛ォ!」
宙から呼びかければ、メフィストは服をはたきながらジャックを見上げた。やけに友好的な笑顔で両腕を広げて歓迎の意を示す敵の姿がいちいち癇に障る。
「おや、こんな所で光の騎士と再会するとは、私も大いなる光に祈りを捧げねばなりませんね。『おお光よ、感謝します』」
「るッ……せぇ――よ陰険野郎が! ハ、随分と久しぶりだな、クソ蜘蛛。あん時跪いた屈辱、忘れてねぇぞ」
「あの味が忘れられぬ、と。それは重畳です」
「……あぁ、大層なゴチソウだったよ」
滾る感情を飲み込み、ジャックはメフィストの向こうを見やる。
ルスティロ、アルト機、クローディオ、ミグ機。四人の態勢はまだ万全ではない。時を稼ぐ必要がある。
「ところでクソ蜘蛛よ、お前に疑問があったんだよ」
「ほう、他ならぬ光の騎士の疑問とあらば答えない訳にいきませんね。質問を許しましょう」
「……お前、王国が望む理想の光に最も近しい騎士なんて言いやがったろ。な・ん・で、お前如きが王国の理想なんて知ってんだよ」
言い募るジャックと目を見開いて凝視するメフィスト。ジャックは荒唐無稽な推論だと自ら悟りながら、しかし渾身の一撃を見舞うようにあえてニヤリと笑った。
「なぁ、実はお前、歪虚になる前は王国関係者だったんじゃねぇのか?」
「…………、は?」
「それと人ってな自ら望むモノを無意識に口にしちまうモンでな。お前がよく言うのは何だと思う?」
『慈悲』だよ。
ジャックは間髪容れず口撃する。全ては敵を殺す、その為に。
「つまりお前は誰よりも自分が慈悲を欲しがってんじゃねぇのか!? あぁ? だったらよ、俺がくれてやるよ。本物の慈悲ってやつをな」
「………………、は」
は、は、は。
短く息を吐くように笑うメフィストの声は、次第に声量を増していき、哄笑となって耳朶を打った。耐え切れぬとばかり背を曲げ口元に手をやる姿は、時間稼ぎの為だと解っていても気分が悪い。
はははは、
ははははは、
はははははははははははははははは。
輪唱のように幾重にも笑いが木霊し、洗脳されそうな不快感が頂点に達した次の瞬間、メフィストは唐突に笑いを止めた。
「おぞましい」
ただ一言、それだけで敵の殺意が膨れ上がった。
ジャックは引鉄に指をかけ、気丈に口端を上げてみせる。
「図星か」
「答えるに値せぬ。しかし先の言葉で一つだけ有益な情報があった事には感謝します」
「何だよ」
「人は自らが望むモノを口にする。また一つ愚かな人間の習性を学ぶ事ができました」
「そうかよ。じゃあ」
敵の背後についた四人に目を向けると、真っ先にクローディオが駆け出した。続く三人。ジャックが引鉄を絞――
「や
『跪きなさい。もう一度、いや何度でも、我が前にこうべを垂れよ』
ジャックの視界がぐるりと回り、脚甲が石畳を擦る音が響いた。
「ッ……くっ……そがあああああああああああああああああああああああ!!」
跪き、怒りに震える叫喚を上げるジャックを前に、メフィストの哄笑が鳴り響く。
無防備な姿を曝す男にメフィストは何もせず、踵を返した。
図書館を優先するのだろう。それを、クローディオの聖衝波が阻む。顔を顰める敵。ルスティロが紅を纏わせ薙ぎ払う。子蜘蛛が糸を使うのだからメフィストもそうだろう。ならば周囲に展開しているかもしれない糸諸共に敵を斬ってしまえという斬撃はしかし、それ故に糸によって威力を減じられた。
斬撃、さらにアルトの大鎚。それらを受け、敵が反撃に転じた瞬間、アルト機は止められた大鎚を手放した。
「厄介そうなんでな、こいつでも喰らっとけ、と!」
無手となったそこに生まれるのは光剣。雪村と銘打たれた剣が袈裟に振るわれ、メフィストを両断した――ように、見えた。
「惜しい。悪くないですよ」
斬り下した筈のその場に、敵は未だ佇んでいる。無傷ではない。が、余力は充分すぎる程にありそうだ。
「く……これなら蜘蛛叩きの方が楽さね……」
「しつこいお客さんにはお帰りいただきたいね!」
ルスティロが幻尾を伸ばして敵を崩す。引き寄せられた敵は勢いままにルスティロの腹へ黒弾を撃ち込んだ。吹っ飛ぶルスティロ。交代するようにアルト機が雪村を払い、クローディオが聖衝波を放つ。二つの攻撃は同時に受けられ、後者がクローディオに同等の痛みをもたらす。
懲罰。面倒な。クローディオは痛覚を無視して接射する。
「何が狙いだ、メフィスト」
「言っても信じないでしょう」
「何故こんな騒ぎを? 陽動か?」
「人間を消すのに理由が必要ですか?」
銃弾は敵の体にめり込んでいるのに反応が薄い。効いているのかいないのか。
至近から気持ち悪い複眼を睨めつけた。
「――お前は、本物か?」
「その身で感じたままに」
弾かれるように離れると、ミグ機とルスティロの銃撃が敵を穿つ。再度近接しかけたアルト機だが、それより早く眼前に現れた黒点が爆発した。
爆音が突き抜け、耳の痛くなる無音が辺りを覆う。
ジャック以外の全てが呑まれた爆発は、CAMすら半壊させる程の衝撃を以てクローディオを引き剥がし、アルト機とミグ機の計器を狂わせ、ルスティロの体を無残に破壊した。
どしゃ、と生々しい音と共にエルフの体が割れた石畳に落ちる。メフィストはそれを一顧だにする事なく、軽々と屋根へ跳び乗った。
クローディオがルスティロを最低限回復し、ジャックの精神を奮い立たせる間に敵は最終防衛線に到達したようだ。友軍の戦闘音を聞きながら、彼らは敵の後を追う。
●メフィスト戦・後
それは、まさしく偶然の産物だった。
塔周辺でメフィストとの交戦が始まった時、ジェールトヴァは大通りの子蜘蛛退治をざくろ、颯機、メイム、フリュイに任せて兵庫と共に屋上に向かった。
特殊鋼線を張った屋上だ。
通信機で時折交戦状況を仕入れつつ道に光線を撃ち下す事数回、彼はメフィストが前衛を破った事を知った。急いで隠れて様子を窺えば、奇跡と言おうか悪夢と言おうか、メフィストはまさにこの屋上へ向かってくるではないか。ちょうど敵の初期出現地点と図書館を直線に結んだ途上にあったのが、奏功していた。
二人で息を潜めて動向を見守っていると、ここに降り立った敵は次の跳躍の為の一歩を踏み出――そうとして、こけた。
盛大に、こけた。
かくして偶然という名の絶望は目の前で結実し、隠蔽していた筈の気配はものの十秒で察知された。
言葉もなく放たれる黒線。散乱する物干し竿や瓦礫。白煙舞う中に躍り出たジェールトヴァは一目散に縁へ走るや、一気に宙に飛び出した。逆に兵庫は肉薄して一撃を与えるも、敵は逃げる者しか見ていない。
「ッ……老人になんて事をさせる……!」
「かように陳腐な策を弄した己を、恨め!!」
「く……研究者達へ……め、メフィストに、支援攻撃を……!」
『――了解』
激昂して闇の力を解放する敵。一、二、三条と黒線が宙を抜け、落下するジェールトヴァの体を灼いていく。遅れて空へ飛び出した兵庫が抱えるように着地、二人がすぐさま横っ飛びすれば背後から爆発の衝撃を受けた。
黒爆。
子蜘蛛すら巻き込んで放たれたそれがジェールトヴァの意識を刈り取り、兵庫の肉体を削る。
一斉に対メフィストに移行する防衛班と、屋上から『ゆっくり飛び降りてくる』メフィスト。敵は物言わぬジェールトヴァを確認して気が晴れたか、慇懃と礼をしてみせる余裕を取り戻していた。
その、様を見て。
ざくろは、飛び出さなかった自分を褒めてやりたいと、思った。
――彼奴が……ッ!!!!
百万言が喉元から出かかって、それでもざくろは自制する。通信機から颯の労るような声が聞こえ、大丈夫とざくろは震える声で返した。
――大丈夫。人や、図書館や……何かを犠牲にした仇討ちなんか、ソルラはきっと望まない。
「……ざくろが子蜘蛛を抑えるよ。ここを動いて彼奴の好きにさせるもんか! だから、メフィストは、お願い……皆」
「っ! はやてに、おまかせですのっ!!」
颯機から放たれたプラズマグレネードの小爆発を合図にしたが如く兵庫、メイム、フリュイの攻撃が集中し、ジェールトヴァの要請していた研究者達の支援攻撃が怒涛のように飛来した。
紫紺の圧壊が巻き起こり、あらゆる魔法が連綿と叩き込まれていく。体勢を崩した敵へ突っ込むのは兵庫とメイム。先行したメイムが無理矢理鎚を下せば、軽々と受けた敵は半身をズラして神速の十文字槍の威力を僅かに減じた。
「あたしが先に攻撃するよ、懲罰怖いしね」
「任せた」
「……愚かな」
鼻で嗤う敵から二人は離れない。離れれば黒爆が来る。範囲攻撃さえなければ一気に瓦解はしない筈。
メイムは弱攻撃で懲罰を誘発したい。だが周囲の子蜘蛛もまだ寄せ続けている。周りを巻き込みながら弱攻撃。難しいと考え、ふと思い至った。
渾身の一撃を懲罰で返されても、自分が痛い思いをするだけじゃ?
それで敵も減らせて懲罰も誘発できる。良い事だらけだ。
脳裏に浮かんだ時にはメイムは現界化していた。溢れる力の奔流を体内に押し込め、巨大化した肉体で鎚をぶん回す。子蜘蛛が破裂し、メフィストが吹っ飛んだ。
追撃する颯機と兵庫。颯機が四足を踊るように動かせば、兵庫は地を這うように擦り寄る。敵が構えた。懲罰。絶対に来る。一機と一人が敵の許へ辿り着く――寸前、巨体を活かして限界までメイムが伸ばした鎚の先端が、触れた。
返る衝撃は、ない。それが懲罰を使わなかったからか、攻撃が弱すぎて感じられないか、どちらかは判らない。ただメイムのその介入は、メフィストの待ちを崩すのに有効だった。
この私に塵にも劣る攻撃を見せるな。
そう言わんばかりの黒爆がメイムを中心に炸裂し、三人を強かに傷めつける。が、颯機と兵庫は止まらない。
「びりびり」「榊流」
螺旋槌「轟旋」と十文字槍。各々が得物を引き絞り、石畳を割る踏み込み。腰の回転から腕へと余す事なく力を伝え、裂帛の気合と共に腕を解き放つ!
「電撃どりる――!!」「狼牙一式――!!」
塔にいた者達――クローディオ、アルト機、ルスティロ、ミグ機、ジャックが最終防衛の場に着いた時、メフィストは未だ健在だった。
兵庫と颯機の渾身の一撃をまともに喰らい、それでも尚生きている。
これは偽者なのか?
仮に姿を変容した偽者として、これ程の質で王国各地を同時多発に襲撃できる数を揃えられるか?
ベリアルは部下の質に苦労していたように思えるがそれはメフィストが確保していたからか?
だが……。
クローディオが思考する間にも戦闘は続く。
敵は健在といえど流石に消滅に近付いているようで、動きが鈍くなっている。不意に引っ張られるように跳び上がらんとする敵を颯機とミグ機の射撃が落し、腹から産み落された子蜘蛛――と言うには巨体だったが――をアルト機、メイムの鎚が叩き潰す。腕を伸ばしたメフィストを斬りつけるのはルスティロと兵庫で、もはやこれまでと悟ったらしい敵が退いて両腕を広げたのを、クローディオはジェールトヴァの介抱をしながら見た。
「口惜し――」
「言わせねぇし、させねぇよ。何もな」
何事かしでかすつもりだった敵を背後から撃ったのはジャック。ごぽ、と口から黒いものを吐き出す敵へ四方から銃弾の嵐が降り注いだ。
硝煙。そして沈黙。
銃声と硝煙が段々と薄れていく。
それに紛れるように、メフィストだったものが霧となって消えた。
●『終らない』
ざくろは未だ尽きせぬ三種の光線を子蜘蛛に放ちながら、メフィストの消滅を目視した。同時に子蜘蛛達も霧散しており、街は唐突な無音に包まれている。
空を仰げば、変らぬ曇天。ぱき、と割れた石畳の音に目を向けると、颯がGustavから降りてきていた。
「……来てくれてありがとう、颯」
「全然構いませんの」
微笑む颯。ざくろの表情は変らない。幾つかの感情がぐるぐると駆け巡り、何をしてもぎこちなくなりそうだった。
「彼奴は、死んだのかな」
颯が横に首を振る。
「きっと、本命がいますの」
「……そ、っか」
自らの手で仇を討つ機があると思うべきか、まだ苦しめられる人が生まれると嘆くべきか。ざくろは奥歯を噛み締め、懐の懐中時計に触れた。
星読。光ある未来を刻むとの宣伝文句に、少しでも縋りたい気分だった。
「後片付けして、戻ろっか。『皆』のところに」
「はいですの」
ざくろは微苦笑を浮かべて颯に並んだ。
「…………ッ」
抑えきれぬ激情を持て余すジャックの様子を見て取ったクローディオは、友を促して塔へ向かった。今は誰もが戦闘の終りに気を取られ、ついてくる者などいない。
階段を踏みしめるように上り、最上部の扉を開け放つ直前、耳を劈く咆哮が塔内を震わせた。
煩いというより痛い。鼓膜が破れてなければいいんだがと嘆息し、扉を開ける。
あちこちから黒煙の上がる古都の眺望。防衛はできたが危ういところだったとクローディオは胸を撫で下し、ジャックに向き直った。
「お前の守ったものだ、ジャック」
「ッ……るせぇ。俺の力じゃねぇ」
「いや、私はそうは思わない。観測し、子蜘蛛を止め、奴から時を奪い、奴に傷を負わせた。貢献している」
「るせぇっつってんだろ!!」
拳で壁を叩き、ジャックは再び咆哮する。
守った。貢献した。そんな事ではないのだと、クローディオも理解している。強制だろうが何だろうが膝をつき、止めも刺されず見逃された。それもかつての戦場と合せれば、二度目だ。
その屈辱たるや如何ばかりか。想像はできるが、それで慰めてどうなるとも思えない。クローディオは目を伏せ、塔の手すりに体を預けた。
「……おそらく次の襲撃が本命だろう」
「ああ」
「殺せ、奴を。これで終るお前じゃあない。だろう、ジャック」
「…………、……ハ、当然だ、クソが。この俺が、カネの亡者たる俺様が、タダで済ませると思ってんのか」
「そうだ、その調子だ、グリーヴ家の次男ドノ」
「っせぇよ、シャールサマ」
ふ、とクローディオが薄く笑うと、牙を剥くようにジャックが口角を歪めた。
曇天は未だ晴れない。
破壊を免れた家々と魔導街灯にぽつぽつと灯りがつき始め、黒い波濤の跡をまざまざと映し出している。
<了>
「あの子は、どうしてるかな」
白銀だった鎧は焼け爛れ、体の至る所に血の跡が滲むルスティロは、失礼のないようやや離れて領主に話しかけた。
思うところは多々あるが領主様に違いはない。最低限の配慮は必要だ。そんな思いを知ってか知らずか、領主はわざとらしく目を丸くして訊き返す。
「あの子? どの子だい?」
……どうしても、相容れない。
ざわめく心を落ち着け、ルスティロは冷笑してみせた。
「成程、はぐらかさないといけない状況なんだね」
「だとしたら、きみはどうするんだい?」
「……想像に任せるよ。一つ言うならば、僕はハンターだという事かな」
「冗談だよ。本当に面白いね、きみ」
くつくつとひとしきり嗤ったフリュイは、肩を竦めて鼻を鳴らした。
「僕の領地の農村にいるよ。穏やかに暮らしてるんじゃないかな。狂気とやらの影響が懸念されたからね、村に金と物をやって家族として扱うよう厳命した」
「……、驚いた。人並みの配慮ができるんだ」
ルスティロが心底から感嘆した声を漏らすと、フリュイは憮然とした表情で舌を打った。
失言を詫び、ルスティロは微笑を浮かべる。
「良かった。ありがとう」
「……土弄りは心を癒すとも言うし、効果の程を知りたかっただけさ」
もういいかい、と鬱陶しそうに訊いてくるフリュイに、ルスティロは少し考え、満面の笑みで言った。
「図書館は当然まだ閉めないよね? 何せ君が守ったんだ、その威容が失われてない事を喧伝する為には変らず開館してた方がいいよ! そう、僕の調べ物が終るまでね」
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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【質問卓】 メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/10/21 08:39:31 |
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相談卓 ルスティロ・イストワール(ka0252) エルフ|20才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/10/22 18:37:40 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/10/20 09:03:05 |