ゲスト
(ka0000)
【HW】ピノの依頼
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/11/07 09:00
- 完成日
- 2017/11/15 00:55
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
穏やかな昼下がり、コンフォートの店内にノックの音が響いた。
それはドアを一つ隔てた工房へも届き、モニカは作業の手を止めずに声を張り上げる。
「ピーノー。お客さーん。出てあげてー」
「は――――い」
長く伸ばされるボーイソプラノ。更に奥の狭い居住スペース、テーブルに参考書を広げていたピノは軽い足音を立てて工房を走り抜け、カウンターの仕切りを潜って、店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ!……あ! 母さま。モニカ―、かあさま、きたよー」
癖毛を跳ねさせて頭を下げたピノは、来客を見上げて満面の笑みを浮かべた。
「はーい、今行きまーす」
工房からモニカの声が聞こえると、母様と呼ばれた女性は表情を綻ばせた。
お茶をお出しします。言葉遣いを正して、ピノがキッチンへ。
同行のメイドを店の外に待たせ、女性は大きなハンドバッグを手に店内の椅子に掛ける。
5分と経たずに金属片と埃にまみれたエプロンを外したモニカが店に顔を出した。
「いらっしゃいませ、お久しぶりです、奥様。……あの、ピノに母様って呼ばれる度に感慨に耽るの、どうにかなりません?」
女性は顔を手で覆ってふるふると小刻みに肩を震わせている。
色々あった。
一度は手元に置こうとした子どもが、重なった誤解により連れ去られ。
生存すら諦めていながら、ふとした切欠が与えられ、藁にも縋る思いで数年後しにその足跡を追い。
彼女の立場や周囲の状況が如何にそれを許さなくとも、連れ去った少女と子どもの生存と暮らし向きを知って、どこか吹っ切れたのだろう。
彼女は2人を見守ると言い、体調の回復を待ってそれまで以上に仕事に打ち込むようになった。
子どもに課せられるはずだった役目を、今は彼女が、ピノの父親であり彼女の夫でもある或る貴族から奪うように担っている。
まだ蟠りが解けず、けれど、彼女の傍も離れられないメイドはドアの近くで耳を欹てているのだろう。
「奥様、今日はどういったご用件で?」
ピノから受け取ったティーカップに嬉しそうに相好を崩し。
美味しいと言われればピノも盆を抱いてはにかんでいる。
モニカが声を掛けると彼女はお土産を持って来たと言う。
●
ハンドバッグから天鵞絨張りの箱と大判の封筒を取り出す。
箱は彼女の家が持つアクセサリーショップの物。封筒のサインはモニカの師でもある伯父の物だ。
モニカは箱を開けて、すぐに封筒の中身を検めた。
「あの時のルビーが見付かったの……あなたが随分なことを言って手放したようだから、酷い曰くが付いてしまって……頼むから引き取ってくれって言われたわ。――フィオリーノからあなたが身に着けるなら差し上げても良いと言われているのだけど……細工の一つでも剥がそうものなら許さない。だそうよ」
封筒の中にはネックレスのデザイン画だった。
箱に収められている、ルビーを中心に置いた対照的で華やかなデザインを紙面に起こした物。
緻密な細工を拡大した図案や、何色もの石の大きさと配置が全て記されている。
「こっちは?」
「差し上げるそうよ」
モニカはデザイン画を抱き締めて拳を突き上げる。
その喜びように、女性は溜息を零した。
ネックレスはと尋ねれば、モニカは首を横に揺らす。これで十分とデザイン画を示し、けれど、後でじっくり見たいという。
好きなだけどうぞ、と、トレイの上にネックレスを置き、封筒をもう1つ取りだした。
「――ピノの大切な話しをしに来たの」
ピノは、今は商店街近くの学校に通っているが、進学先のあては無い。
女性が差し出したのは、彼女の家の執事と、彼と親しかったピノの亡き叔父が通っていたという全寮制の学校の案内。
ピノの卒業まではまだ2年。
けれど。
もし、ピノがこの学校へ進学を考えるなら。
そう言って彼女は壁に飾った絵を見詰めた。
庭の花を描いた物。商店街の街並みを描いた物。モニカと友人の並んでいる笑顔を描いた物。
鉛筆の濃淡だけで繊細に描かれたそれは、何れもピノの作品だった。
この学校ならピノが絵を学べる環境を今から十分に整えることが出来る。
ピノがもう少しだけ幼い頃、実家の運営する美術館へ招いた事がある。
モニカに手を引かれながら円らな瞳は一つ一つの絵をじっと見詰め、透明な涙をぽろぽろと零しては、手の甲に躙るように拭っていた。
きらきらした物が好きなところは、モニカに似たのね。
女性がそう言うと、モニカは困ったように笑って、ピノは元気よく頷いていた。
懐かしそうに思い出を語り、女性は学校の資料とネックレスを置いて店を出た。
何れの返事も、次に来た時にと言って、メイドと共に馬車に乗り込む。
●
馬車が商店街を駆け抜けていった。
その後、暫くしてから少年が1枚の絵を握って走ってくる。
肩がぶつかり蹌踉けながら、商店街を抜けた少年は目の前に広がった分かれ道に立ち尽くす。
「あの……っ」
人見知りをしているのだろう、白い頬を赤らめて、潤んだ瞳を泳がせながら道行く人を呼び止めた。
「このあたりを、ばしゃが、通って、行きませんでしたか?」
ピノが以前描いた絵を手に彼女を追って行った。
その絵を探す際に、出しっ放しになった絵は今の絵に変えるまでの数ヶ月、店を彩っていた物だ。
それらを整えて片付け直し、モニカは小さく溜息を零した。
ピノはどうするつもりだろう。
もう近い内に、彼の手を離す時が来るのかも知れない。
あと5年もすれば、ピノはあの日、ピノを抱えて飛び出した自分と同じ年にだってなるのだから。
工房へ戻ると来客を知らせるベルが鳴った。
穏やかな昼下がり、コンフォートの店内にノックの音が響いた。
それはドアを一つ隔てた工房へも届き、モニカは作業の手を止めずに声を張り上げる。
「ピーノー。お客さーん。出てあげてー」
「は――――い」
長く伸ばされるボーイソプラノ。更に奥の狭い居住スペース、テーブルに参考書を広げていたピノは軽い足音を立てて工房を走り抜け、カウンターの仕切りを潜って、店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ!……あ! 母さま。モニカ―、かあさま、きたよー」
癖毛を跳ねさせて頭を下げたピノは、来客を見上げて満面の笑みを浮かべた。
「はーい、今行きまーす」
工房からモニカの声が聞こえると、母様と呼ばれた女性は表情を綻ばせた。
お茶をお出しします。言葉遣いを正して、ピノがキッチンへ。
同行のメイドを店の外に待たせ、女性は大きなハンドバッグを手に店内の椅子に掛ける。
5分と経たずに金属片と埃にまみれたエプロンを外したモニカが店に顔を出した。
「いらっしゃいませ、お久しぶりです、奥様。……あの、ピノに母様って呼ばれる度に感慨に耽るの、どうにかなりません?」
女性は顔を手で覆ってふるふると小刻みに肩を震わせている。
色々あった。
一度は手元に置こうとした子どもが、重なった誤解により連れ去られ。
生存すら諦めていながら、ふとした切欠が与えられ、藁にも縋る思いで数年後しにその足跡を追い。
彼女の立場や周囲の状況が如何にそれを許さなくとも、連れ去った少女と子どもの生存と暮らし向きを知って、どこか吹っ切れたのだろう。
彼女は2人を見守ると言い、体調の回復を待ってそれまで以上に仕事に打ち込むようになった。
子どもに課せられるはずだった役目を、今は彼女が、ピノの父親であり彼女の夫でもある或る貴族から奪うように担っている。
まだ蟠りが解けず、けれど、彼女の傍も離れられないメイドはドアの近くで耳を欹てているのだろう。
「奥様、今日はどういったご用件で?」
ピノから受け取ったティーカップに嬉しそうに相好を崩し。
美味しいと言われればピノも盆を抱いてはにかんでいる。
モニカが声を掛けると彼女はお土産を持って来たと言う。
●
ハンドバッグから天鵞絨張りの箱と大判の封筒を取り出す。
箱は彼女の家が持つアクセサリーショップの物。封筒のサインはモニカの師でもある伯父の物だ。
モニカは箱を開けて、すぐに封筒の中身を検めた。
「あの時のルビーが見付かったの……あなたが随分なことを言って手放したようだから、酷い曰くが付いてしまって……頼むから引き取ってくれって言われたわ。――フィオリーノからあなたが身に着けるなら差し上げても良いと言われているのだけど……細工の一つでも剥がそうものなら許さない。だそうよ」
封筒の中にはネックレスのデザイン画だった。
箱に収められている、ルビーを中心に置いた対照的で華やかなデザインを紙面に起こした物。
緻密な細工を拡大した図案や、何色もの石の大きさと配置が全て記されている。
「こっちは?」
「差し上げるそうよ」
モニカはデザイン画を抱き締めて拳を突き上げる。
その喜びように、女性は溜息を零した。
ネックレスはと尋ねれば、モニカは首を横に揺らす。これで十分とデザイン画を示し、けれど、後でじっくり見たいという。
好きなだけどうぞ、と、トレイの上にネックレスを置き、封筒をもう1つ取りだした。
「――ピノの大切な話しをしに来たの」
ピノは、今は商店街近くの学校に通っているが、進学先のあては無い。
女性が差し出したのは、彼女の家の執事と、彼と親しかったピノの亡き叔父が通っていたという全寮制の学校の案内。
ピノの卒業まではまだ2年。
けれど。
もし、ピノがこの学校へ進学を考えるなら。
そう言って彼女は壁に飾った絵を見詰めた。
庭の花を描いた物。商店街の街並みを描いた物。モニカと友人の並んでいる笑顔を描いた物。
鉛筆の濃淡だけで繊細に描かれたそれは、何れもピノの作品だった。
この学校ならピノが絵を学べる環境を今から十分に整えることが出来る。
ピノがもう少しだけ幼い頃、実家の運営する美術館へ招いた事がある。
モニカに手を引かれながら円らな瞳は一つ一つの絵をじっと見詰め、透明な涙をぽろぽろと零しては、手の甲に躙るように拭っていた。
きらきらした物が好きなところは、モニカに似たのね。
女性がそう言うと、モニカは困ったように笑って、ピノは元気よく頷いていた。
懐かしそうに思い出を語り、女性は学校の資料とネックレスを置いて店を出た。
何れの返事も、次に来た時にと言って、メイドと共に馬車に乗り込む。
●
馬車が商店街を駆け抜けていった。
その後、暫くしてから少年が1枚の絵を握って走ってくる。
肩がぶつかり蹌踉けながら、商店街を抜けた少年は目の前に広がった分かれ道に立ち尽くす。
「あの……っ」
人見知りをしているのだろう、白い頬を赤らめて、潤んだ瞳を泳がせながら道行く人を呼び止めた。
「このあたりを、ばしゃが、通って、行きませんでしたか?」
ピノが以前描いた絵を手に彼女を追って行った。
その絵を探す際に、出しっ放しになった絵は今の絵に変えるまでの数ヶ月、店を彩っていた物だ。
それらを整えて片付け直し、モニカは小さく溜息を零した。
ピノはどうするつもりだろう。
もう近い内に、彼の手を離す時が来るのかも知れない。
あと5年もすれば、ピノはあの日、ピノを抱えて飛び出した自分と同じ年にだってなるのだから。
工房へ戻ると来客を知らせるベルが鳴った。
リプレイ本文
●
きぃと、タイヤが石畳を噛んで止まる。
白い煙を靡かせたままで、マリィア・バルデス(ka5848)は見覚えのある少年に声を掛けた。
「あら、ピノ。誰かとはぐれたの?」
振り返ったピノは、大粒の目を瞬いて小走りに駆け寄ってくる。
「こんにちは、マリィアさん。……えっと、はい、ちょっとだけ。マリィアさんはお仕事ですか?」
はにかむ様に挨拶をして、眺めていた方をちらちらと気にしながら。
さっき聞いた人には見てないと言われて仕舞ったけれどと呟きながらも、馬車だと答える。
「ええ。……私は今日リゼリオからここまで来たけど。特に馬車とは行き会わなかったわね」
マリィアがバイクを走らせてきた道を振り返ると、ピノが袖をくいと引っ張って小さな指で反対側を指す。
馬車はその先へ行ったらしい。
「辻馬車、それとも家紋付きの馬車?」
どんな馬車を探しているの、と、マリィアは目線を合わせて尋ねた。
ピノは家紋付きと答えて、これくらいのと腕を広げてその大きさを示そうとする。
特徴を尋ねて、マリィアはメモ帳を差し出した。分かる程度で構わないから描いてみて、と。
買い物籠を提げてカリアナ・ノート(ka3733)は姉の待つ家への道を急ぐ。
商店街を通り抜けると、同級生が長身の女性と話し込む姿を見かけた。
多分、ピノ君よね、と足を止めて近付いて見る。
「やっぱりピノ君だ! どうしたの?」
尋ねれば、2人ともがカリアナを見る。
「母さまの馬車を探してるんだ、マリィアさんには手伝ってもらってて……カリアナちゃん、おつかい? えらいね」
マリィアがカリアナにも開いて見せた無地のメモ帳には、二頭立ての小さくとも凝った作りの馬車が描かれていた。素描ながら特徴を捉え、椅子や支柱の格好、濃淡を付けられた幌の質まで描かれている。
「……ふむ……なるほど。私も手伝うわ!」
ピノが驚いた様に目を瞠って、カリアナの提げる籠を見た。
「大丈夫よ! 友達が困ってるの、放っておけないもの」
笑顔で答え、こんな馬車を探しているのね、とピノを見る。ピノは遠慮がちに頷いて、乗っているのは母親と彼女の連れたメイド、それから馭者が1人だと言った。
家紋付きの貴族の馬車、見ればすぐに分かるだろうが、広い通りに出てしまっていれば追い付くことは難しい。
「有名どころなら、それだけで行き先が分かるのだけど……」
この家紋はどこだっただろうか。マリィアは馬車の絵を見て考える。この紋章を手掛かりに先回りした方が早そうだ。
それにしても、とピノに視線を向けた。
「凄いわね、ピノ。今すぐ絵描きになれるんじゃないかしら」
カリアナは辺りをきょろきょろと見回し、遠くの方へと目を凝らすが、それらしい馬車は見付からない。
「私はあっちへ行く道の人に聞いてくるわ! 大丈夫、絶対に見つかるわよ。うん!」
ピノの手を取りもう一度絵を見て覚え、通りを歩く人々に声を掛けに向かった。
カリアナと話している時に、ピノは母様の馬車と言わなかっただろうか、とマリィアが再びピノに尋ねると、ピノは頷き、目的の家名を答えた。
●
テーブルの上にマカロンとシードル。
モニカは広げたデザイン画と、天鵞絨のトレイに乗せた作りかけのブローチを片付ける。
ピノの実母、ピノの父に囲われていた愛人は、既に彼との縁を切っていると聞くが、社交界の貴族の間でもそのチェスの腕は未だに衰えないと有名らしい。
彼女と仕事上の縁のあったアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が、偶然にもコンフォートへ営業とブローチの依頼に来た折、ピノの存在を知り、以来、少々複雑な出自の稚いこの少年を、時折気に掛けて訪ねてくれている。
今日もその目的が有ったのだろう、ブローチの進捗を見た後に、壁に掛け替えた絵を眺めていた。
進学の話しをするとゆっくりと頷いて、本人とも話しがしたいと言った。
「走って追いかけるとは、無茶をする」
モニカからピノの向かった先を聞くと、アウレールは差し入れのマカロンとシードルをテーブルに残して連れてきた馬に飛び乗った。
アウレールが去って暫し、ピノはまだ帰ってこない。
日暮れまでにはと思いながら、モニカは片付けを終えた。
からん、と工房にベルの音が響いてきた。
いらっしゃいませ、と出迎える声にリアリュール(ka2003)はドアを開けて店内へ。
「久しぶりね。元気だった?」
帝国での依頼を受けて、里帰りもしてきたの、と、土産のつつみを差し出しながら。
「リアリュールさん、お久しぶりです。私もピノも元気にやってます。お茶ですか? ありがとうございます。丁度一段落付いたところなんで、煎れてきますね」
椅子を勧めてキッチンへ、以前と変わらない店内を眺めたリアリュールが壁の絵の変化に気付いた頃、ハーブティーの香りがふわりと広がった。
お待たせしました、と、リアリュールの前にカップを差し出し、皿に広げた焼き菓子も置き向かいの椅子に腰掛ける。
「鉱石焼きは、お茶につけてふやかして食べると、香りも移って美味しいのよ――ピノ君が走っていくのを見かけたわ。何かあったの?」
向こうの方。そう窓を指して尋ねると、モニカは摘まんだ鉱石焼きを眺めながら曖昧に頷く。
絵を見せたいと言っていたと。
まだ若いモニカと幼いピノの2人暮らしを気に掛けていたリアリュールが近況を尋ねてモニカの様子を覗い、ピノの帰りを待ちながら、穏やかなティータイムを過ごしていた時、ドアの硝子に人影が映った。
ベルを鳴らし開けられるドア。
ノブを掴んだ指が数本が曲がっていない。顔に残る傷跡からも、その手の瑕疵が深刻な戦いに依るものと察せられた。
モニカがカップを置いて出迎える。
Gacrux(ka2726)は俯き気味にカウンターへ。
「いらっしゃいませ、出来てますよ。ガクルックスさん、ネックレスでしたよね」
掛けてお待ち下さいと示された椅子に浅く腰を預けた。
どこか懐かしさを感じさせる内装に、幾らか肩の力を抜く。
程なく天鵞絨を張ったトレイに乗せられたネックレスが運ばれてきた。
切れていた鎖は繋がり、傾いていた石は台座に据わって、黒い中に七色の遊色が鮮やかに煌めいている。
どうぞ、と促され、手に取って、問題ないと頷いて革の袋へ収めて吊す。
「……この辺りで、懐中時計の修理を頼める店は有りませんかねえ」
懐から取り出したそれはいつからか時を止め、沈黙を保っている。
革袋を撫でる様に触れながら、戦闘の中で壊れることが多いと溜息を吐いて訪ねると、モニカはカウンターから乗り出すように表を指す。
感情の淡い黒い瞳がその指を辿り振り返る。
丁度、開いた扉から星野 ハナ(ka5852)が顔を覗かせた。
腕の良い細工師の話を聞いてきたと初めて訪れたのは先月のこと。大粒のルースを3つ並べ、指輪を作って欲しいと依頼した。
「私が普段使いにするのに良さそうな石を貴女に1つ選んでいただいてぇ、それを可愛い感じの指輪にしてもらえると嬉しいですぅ……左手小指のピンキーリングかなぁ。チャンスを引き寄せて願いを叶えるって聞いたのでぇ」
天鵞絨のトレイに並べた3種の青、透き通り鮮やかに煌めく蒼、金を散らす深い瑠璃、神秘的な青緑に黒の模様。
何れも誕生石だと言って、小指のサイズを測り、その日は分かれた。
「いらっしゃいませ、――私も迷ったんですが、星野さんには、晴れた空みたいな蒼が一番似合うかなって……」
トレイに乗せたタンザナイトのピンキーリング。緩い波を作ったアーム、中央よりやや外側に据えた磨かれたタンザナイトはきらきらと光りを零す。花を模したその石座へ、その大粒の石へ繋ぐように同じ石のメレが寄り添って、リングの内側には更に小さなターコイズが埋め込まれていた。
角を落として磨いたターコイズと、受け取ったままの姿のラピスラズリをトレイに置く。
お守りだと聞いたから、持ち運びやすいように磨いて、その時に削った物をリングの内側に。
ラピスラズリは思い付かなかったから、何か作りたくなった時に持って来て、と。
「では早速……おぉお! 可愛いですぅ」
モニカの話を聞きながら、左手の小指に指輪を嵌める。
星野の指に合わせて作られたそれは、きつくも緩くも無く収まって、タンザナイトがより鮮やかに煌めいて見える。光りに翳せば大粒の石は煌めきを増し、メレは内側のターコイズが映り込む不思議な陰影を浮かべていた。
「集めたのに自分じゃ決められなくなっちゃってたのでぇ、凄くうれしいですぅ、ありがとうございますぅ」
人目も憚らずにはしゃいだ様子に、モニカも気に入って貰えて良かった、と嬉しそうに頬を綻ばせた。
●
ピノの姿を見付けた時、友人らしい少女と知り合いらしい女性が共にいた。
声を掛けて状況を聞く。
「馬車を追うか」
アウレールが尋ねると、ピノは広い道へと進め掛けた足を止める。目を伏せると影はとても長く伸びて、吹き抜けていった風は冷たい。
もう、日が暮れる。
日が沈むとモニカが心配するから、と。
最後まで、家に帰るまでは一緒に行くわ、と、通りの向かいまで話を聞きに行っていたカリアナが、その家の住人に礼をして戻って来る。
マリィアがコンフォートの方へ振り返る。子どもの脚では日没を回ってしまうだろう。
「後ろに乗りなさい、送ってあげるわ」
アウレールとカリアナが続くと、4人はコンフォートへ向かって走り出した。
エンジンの音に紛れながら、ピノは話し始めた。
完成した時も、飾っている間も、その絵に描かれた女性が店を訪ねてくることは無く、今日久しぶりに会ったら将来の話しに驚いてしまって、とても上手く描けたその絵を見せたかったことを、思わず忘れてしまったから。
だから、ただ、その絵を見せたかっただけなんだと。
カウンターに置いた微かな振動で歯車がずれたのだろう、ガクルックスの時計の秒針が1つ動いた。
進んだかと思えば止まる不安定な動きはやがて、穏やかに時を刻み、長針が1つ、また一つと進んでいく。
「……貴女は人の巡り合わせを運命だと思いますか?」
その文字盤を眺めてガクルックスは呟いた。モニカが首を傾げると、どこか遠くを見詰めるように目を細め、そしてゆっくり瞼を伏せて言葉を続ける。
「俺は時々思うんですよ。何故、人と人は出会うのか、とね……」
運命とは、既に定められているのか、己の生き様が手繰り寄せているのか。
時計を懐へ、時計屋に寄って帰ろうと支払いを済ませ席を立つ。
星野も指輪を眺めて機嫌良く、残りの宝石を片付けて扉を開けた。
西日が眩しく差し込んでくると、店の傍で止まったエンジンと蹄の音を聞いた。
ただいま、と駆け込んできたピノは、帰り際の客2人に気付くと、いらっしゃいませ、と頭を下げる。
店にこれだけ人が集まっているのは珍しいからと、アウレールがカメラを取り出す。
「平凡な幸せはきっと長くないから、夢のようなこの時間を」
恥ずかしがってモニカの後ろへ隠れようとしたピノはカリアナに手を引かれてその隣へ、反対側にはリアリュールが微笑み、その後ろにマリィアとモニカが並ぶ。星野は指輪をカメラへ向けて笑み、ガクルックスもほんの少し、口角を上向かせた。
シャッターが切られ、カリアナはピノにまた明日学校で会いましょうと手を振った。
集まっていた客人達へも辞儀をする様子を見て、モニカがピノの友達は礼儀正しい子ねと褒めると、ピノは嬉しそうに頷いた。
思わず長居をしてしまったと、ガクルックスも時計屋へ向かい、途中一度だけ振り返ると疲れ切った面差しが、ほんの僅かに緩んだ笑みを浮かべた。
初めて乗ったバイクが珍しかったのか、気にし続けているピノを宥めてマリィアを見送り、送って貰った礼を告げる。
薬屋はそろそろ次の仕入れの頃だろう、その折にでも改めて、とモニカからも。
夕日にきらきらと石を翳し、指輪を眺めながら星野も帰途に。新しい指輪の高揚は冷め遣らずに歩は弾む。
「可愛いですぅ、うれしいですぅ……あれ?」
雨だろうか。
ぽたりと頬に雫を感じた。
温かなそれは止め処なく、頬を濡らし続けていた。
「ピノ、何より大事なのはきみ自身の希望だ」
家紋の屋敷へ、今から向かうと夜中になってしまうだろう。
けれど、いつかはピノを交えて話さなければならないことだ。
店先でアウレールはピノに声を掛けた。
聞けば、進められた進学先はモニカと離れて他人と暮らすことになるらしい。
「それでもなお絵が描きたいなら、私が必ず応援しよう」
久しぶりに見た彼の絵はまた上手くなっていたようだから。
もっと、君の絵を見たい。
「……ピノ君、足も速くなったわね」
絵もそうだけれど、彼はすくすくと成長していく。
妹のようだったモニカさえ、いつの間にか私よりお姉さんね。
リアリュールがモニカとピノを交互に見詰めて微笑む。
外は冷えるからと、店に戻り、お茶のお代わりを一杯。もう少しだけお喋りをして。
2人の客を前に背筋を伸ばすピノを可笑しげに、愛しむ様に溜息を零したモニカにリアリュールが、子離れに悩んでいるお母さんみたいねと微笑む。
「道は自分で拓くものなのよ」
友人と喋っていた年相応の明るい笑顔を、カップで口許を隠す顔に重ねながら。
「……そういえば、モニカちゃんは好きな人とかいないの? 」
リアリュールの不意の言葉に、モニカは目を瞠って、残念ながらと肩を竦めた。
好きな人が出来たら祝ってくれる、と悪戯っぽく笑って尋ねたモニカに、リアリュールが楽しみにしていると頷いて。
談笑する2人の傍ら、テーブルに写真を置いて、アウレールもピノの様子を見詰めていた。
いつか彼の母親とも話したい。美しいモノに囲まれて育ったピノが、その感性を押し殺すことの無い未来のために。
カップが空いて店を出る間際、ピノがブラオラントさん、と言ってアウレールを呼び止めた。
いつのことか店番をしながら仕事の話しを聞いていたピノには、家の名前の方が馴染んでいたのだろう。アウレールは目を合わせるように顎を引く。
「ブラオラントさん、今日は、ありがとうございました、えっと、えっと……うれしかったです」
絵を褒めてもらったことが、とても。
俯いてそれだけ言うと黙ってしまう。
旅立ちの餞に。オカリナを取り出して優しい音色を奏でた。
幸せな筈なのに、鮮やかな未来があるはずなのに。
時よ止まれと思ってしまう。理由の知れぬ涙が頬に伝った。
きぃと、タイヤが石畳を噛んで止まる。
白い煙を靡かせたままで、マリィア・バルデス(ka5848)は見覚えのある少年に声を掛けた。
「あら、ピノ。誰かとはぐれたの?」
振り返ったピノは、大粒の目を瞬いて小走りに駆け寄ってくる。
「こんにちは、マリィアさん。……えっと、はい、ちょっとだけ。マリィアさんはお仕事ですか?」
はにかむ様に挨拶をして、眺めていた方をちらちらと気にしながら。
さっき聞いた人には見てないと言われて仕舞ったけれどと呟きながらも、馬車だと答える。
「ええ。……私は今日リゼリオからここまで来たけど。特に馬車とは行き会わなかったわね」
マリィアがバイクを走らせてきた道を振り返ると、ピノが袖をくいと引っ張って小さな指で反対側を指す。
馬車はその先へ行ったらしい。
「辻馬車、それとも家紋付きの馬車?」
どんな馬車を探しているの、と、マリィアは目線を合わせて尋ねた。
ピノは家紋付きと答えて、これくらいのと腕を広げてその大きさを示そうとする。
特徴を尋ねて、マリィアはメモ帳を差し出した。分かる程度で構わないから描いてみて、と。
買い物籠を提げてカリアナ・ノート(ka3733)は姉の待つ家への道を急ぐ。
商店街を通り抜けると、同級生が長身の女性と話し込む姿を見かけた。
多分、ピノ君よね、と足を止めて近付いて見る。
「やっぱりピノ君だ! どうしたの?」
尋ねれば、2人ともがカリアナを見る。
「母さまの馬車を探してるんだ、マリィアさんには手伝ってもらってて……カリアナちゃん、おつかい? えらいね」
マリィアがカリアナにも開いて見せた無地のメモ帳には、二頭立ての小さくとも凝った作りの馬車が描かれていた。素描ながら特徴を捉え、椅子や支柱の格好、濃淡を付けられた幌の質まで描かれている。
「……ふむ……なるほど。私も手伝うわ!」
ピノが驚いた様に目を瞠って、カリアナの提げる籠を見た。
「大丈夫よ! 友達が困ってるの、放っておけないもの」
笑顔で答え、こんな馬車を探しているのね、とピノを見る。ピノは遠慮がちに頷いて、乗っているのは母親と彼女の連れたメイド、それから馭者が1人だと言った。
家紋付きの貴族の馬車、見ればすぐに分かるだろうが、広い通りに出てしまっていれば追い付くことは難しい。
「有名どころなら、それだけで行き先が分かるのだけど……」
この家紋はどこだっただろうか。マリィアは馬車の絵を見て考える。この紋章を手掛かりに先回りした方が早そうだ。
それにしても、とピノに視線を向けた。
「凄いわね、ピノ。今すぐ絵描きになれるんじゃないかしら」
カリアナは辺りをきょろきょろと見回し、遠くの方へと目を凝らすが、それらしい馬車は見付からない。
「私はあっちへ行く道の人に聞いてくるわ! 大丈夫、絶対に見つかるわよ。うん!」
ピノの手を取りもう一度絵を見て覚え、通りを歩く人々に声を掛けに向かった。
カリアナと話している時に、ピノは母様の馬車と言わなかっただろうか、とマリィアが再びピノに尋ねると、ピノは頷き、目的の家名を答えた。
●
テーブルの上にマカロンとシードル。
モニカは広げたデザイン画と、天鵞絨のトレイに乗せた作りかけのブローチを片付ける。
ピノの実母、ピノの父に囲われていた愛人は、既に彼との縁を切っていると聞くが、社交界の貴族の間でもそのチェスの腕は未だに衰えないと有名らしい。
彼女と仕事上の縁のあったアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が、偶然にもコンフォートへ営業とブローチの依頼に来た折、ピノの存在を知り、以来、少々複雑な出自の稚いこの少年を、時折気に掛けて訪ねてくれている。
今日もその目的が有ったのだろう、ブローチの進捗を見た後に、壁に掛け替えた絵を眺めていた。
進学の話しをするとゆっくりと頷いて、本人とも話しがしたいと言った。
「走って追いかけるとは、無茶をする」
モニカからピノの向かった先を聞くと、アウレールは差し入れのマカロンとシードルをテーブルに残して連れてきた馬に飛び乗った。
アウレールが去って暫し、ピノはまだ帰ってこない。
日暮れまでにはと思いながら、モニカは片付けを終えた。
からん、と工房にベルの音が響いてきた。
いらっしゃいませ、と出迎える声にリアリュール(ka2003)はドアを開けて店内へ。
「久しぶりね。元気だった?」
帝国での依頼を受けて、里帰りもしてきたの、と、土産のつつみを差し出しながら。
「リアリュールさん、お久しぶりです。私もピノも元気にやってます。お茶ですか? ありがとうございます。丁度一段落付いたところなんで、煎れてきますね」
椅子を勧めてキッチンへ、以前と変わらない店内を眺めたリアリュールが壁の絵の変化に気付いた頃、ハーブティーの香りがふわりと広がった。
お待たせしました、と、リアリュールの前にカップを差し出し、皿に広げた焼き菓子も置き向かいの椅子に腰掛ける。
「鉱石焼きは、お茶につけてふやかして食べると、香りも移って美味しいのよ――ピノ君が走っていくのを見かけたわ。何かあったの?」
向こうの方。そう窓を指して尋ねると、モニカは摘まんだ鉱石焼きを眺めながら曖昧に頷く。
絵を見せたいと言っていたと。
まだ若いモニカと幼いピノの2人暮らしを気に掛けていたリアリュールが近況を尋ねてモニカの様子を覗い、ピノの帰りを待ちながら、穏やかなティータイムを過ごしていた時、ドアの硝子に人影が映った。
ベルを鳴らし開けられるドア。
ノブを掴んだ指が数本が曲がっていない。顔に残る傷跡からも、その手の瑕疵が深刻な戦いに依るものと察せられた。
モニカがカップを置いて出迎える。
Gacrux(ka2726)は俯き気味にカウンターへ。
「いらっしゃいませ、出来てますよ。ガクルックスさん、ネックレスでしたよね」
掛けてお待ち下さいと示された椅子に浅く腰を預けた。
どこか懐かしさを感じさせる内装に、幾らか肩の力を抜く。
程なく天鵞絨を張ったトレイに乗せられたネックレスが運ばれてきた。
切れていた鎖は繋がり、傾いていた石は台座に据わって、黒い中に七色の遊色が鮮やかに煌めいている。
どうぞ、と促され、手に取って、問題ないと頷いて革の袋へ収めて吊す。
「……この辺りで、懐中時計の修理を頼める店は有りませんかねえ」
懐から取り出したそれはいつからか時を止め、沈黙を保っている。
革袋を撫でる様に触れながら、戦闘の中で壊れることが多いと溜息を吐いて訪ねると、モニカはカウンターから乗り出すように表を指す。
感情の淡い黒い瞳がその指を辿り振り返る。
丁度、開いた扉から星野 ハナ(ka5852)が顔を覗かせた。
腕の良い細工師の話を聞いてきたと初めて訪れたのは先月のこと。大粒のルースを3つ並べ、指輪を作って欲しいと依頼した。
「私が普段使いにするのに良さそうな石を貴女に1つ選んでいただいてぇ、それを可愛い感じの指輪にしてもらえると嬉しいですぅ……左手小指のピンキーリングかなぁ。チャンスを引き寄せて願いを叶えるって聞いたのでぇ」
天鵞絨のトレイに並べた3種の青、透き通り鮮やかに煌めく蒼、金を散らす深い瑠璃、神秘的な青緑に黒の模様。
何れも誕生石だと言って、小指のサイズを測り、その日は分かれた。
「いらっしゃいませ、――私も迷ったんですが、星野さんには、晴れた空みたいな蒼が一番似合うかなって……」
トレイに乗せたタンザナイトのピンキーリング。緩い波を作ったアーム、中央よりやや外側に据えた磨かれたタンザナイトはきらきらと光りを零す。花を模したその石座へ、その大粒の石へ繋ぐように同じ石のメレが寄り添って、リングの内側には更に小さなターコイズが埋め込まれていた。
角を落として磨いたターコイズと、受け取ったままの姿のラピスラズリをトレイに置く。
お守りだと聞いたから、持ち運びやすいように磨いて、その時に削った物をリングの内側に。
ラピスラズリは思い付かなかったから、何か作りたくなった時に持って来て、と。
「では早速……おぉお! 可愛いですぅ」
モニカの話を聞きながら、左手の小指に指輪を嵌める。
星野の指に合わせて作られたそれは、きつくも緩くも無く収まって、タンザナイトがより鮮やかに煌めいて見える。光りに翳せば大粒の石は煌めきを増し、メレは内側のターコイズが映り込む不思議な陰影を浮かべていた。
「集めたのに自分じゃ決められなくなっちゃってたのでぇ、凄くうれしいですぅ、ありがとうございますぅ」
人目も憚らずにはしゃいだ様子に、モニカも気に入って貰えて良かった、と嬉しそうに頬を綻ばせた。
●
ピノの姿を見付けた時、友人らしい少女と知り合いらしい女性が共にいた。
声を掛けて状況を聞く。
「馬車を追うか」
アウレールが尋ねると、ピノは広い道へと進め掛けた足を止める。目を伏せると影はとても長く伸びて、吹き抜けていった風は冷たい。
もう、日が暮れる。
日が沈むとモニカが心配するから、と。
最後まで、家に帰るまでは一緒に行くわ、と、通りの向かいまで話を聞きに行っていたカリアナが、その家の住人に礼をして戻って来る。
マリィアがコンフォートの方へ振り返る。子どもの脚では日没を回ってしまうだろう。
「後ろに乗りなさい、送ってあげるわ」
アウレールとカリアナが続くと、4人はコンフォートへ向かって走り出した。
エンジンの音に紛れながら、ピノは話し始めた。
完成した時も、飾っている間も、その絵に描かれた女性が店を訪ねてくることは無く、今日久しぶりに会ったら将来の話しに驚いてしまって、とても上手く描けたその絵を見せたかったことを、思わず忘れてしまったから。
だから、ただ、その絵を見せたかっただけなんだと。
カウンターに置いた微かな振動で歯車がずれたのだろう、ガクルックスの時計の秒針が1つ動いた。
進んだかと思えば止まる不安定な動きはやがて、穏やかに時を刻み、長針が1つ、また一つと進んでいく。
「……貴女は人の巡り合わせを運命だと思いますか?」
その文字盤を眺めてガクルックスは呟いた。モニカが首を傾げると、どこか遠くを見詰めるように目を細め、そしてゆっくり瞼を伏せて言葉を続ける。
「俺は時々思うんですよ。何故、人と人は出会うのか、とね……」
運命とは、既に定められているのか、己の生き様が手繰り寄せているのか。
時計を懐へ、時計屋に寄って帰ろうと支払いを済ませ席を立つ。
星野も指輪を眺めて機嫌良く、残りの宝石を片付けて扉を開けた。
西日が眩しく差し込んでくると、店の傍で止まったエンジンと蹄の音を聞いた。
ただいま、と駆け込んできたピノは、帰り際の客2人に気付くと、いらっしゃいませ、と頭を下げる。
店にこれだけ人が集まっているのは珍しいからと、アウレールがカメラを取り出す。
「平凡な幸せはきっと長くないから、夢のようなこの時間を」
恥ずかしがってモニカの後ろへ隠れようとしたピノはカリアナに手を引かれてその隣へ、反対側にはリアリュールが微笑み、その後ろにマリィアとモニカが並ぶ。星野は指輪をカメラへ向けて笑み、ガクルックスもほんの少し、口角を上向かせた。
シャッターが切られ、カリアナはピノにまた明日学校で会いましょうと手を振った。
集まっていた客人達へも辞儀をする様子を見て、モニカがピノの友達は礼儀正しい子ねと褒めると、ピノは嬉しそうに頷いた。
思わず長居をしてしまったと、ガクルックスも時計屋へ向かい、途中一度だけ振り返ると疲れ切った面差しが、ほんの僅かに緩んだ笑みを浮かべた。
初めて乗ったバイクが珍しかったのか、気にし続けているピノを宥めてマリィアを見送り、送って貰った礼を告げる。
薬屋はそろそろ次の仕入れの頃だろう、その折にでも改めて、とモニカからも。
夕日にきらきらと石を翳し、指輪を眺めながら星野も帰途に。新しい指輪の高揚は冷め遣らずに歩は弾む。
「可愛いですぅ、うれしいですぅ……あれ?」
雨だろうか。
ぽたりと頬に雫を感じた。
温かなそれは止め処なく、頬を濡らし続けていた。
「ピノ、何より大事なのはきみ自身の希望だ」
家紋の屋敷へ、今から向かうと夜中になってしまうだろう。
けれど、いつかはピノを交えて話さなければならないことだ。
店先でアウレールはピノに声を掛けた。
聞けば、進められた進学先はモニカと離れて他人と暮らすことになるらしい。
「それでもなお絵が描きたいなら、私が必ず応援しよう」
久しぶりに見た彼の絵はまた上手くなっていたようだから。
もっと、君の絵を見たい。
「……ピノ君、足も速くなったわね」
絵もそうだけれど、彼はすくすくと成長していく。
妹のようだったモニカさえ、いつの間にか私よりお姉さんね。
リアリュールがモニカとピノを交互に見詰めて微笑む。
外は冷えるからと、店に戻り、お茶のお代わりを一杯。もう少しだけお喋りをして。
2人の客を前に背筋を伸ばすピノを可笑しげに、愛しむ様に溜息を零したモニカにリアリュールが、子離れに悩んでいるお母さんみたいねと微笑む。
「道は自分で拓くものなのよ」
友人と喋っていた年相応の明るい笑顔を、カップで口許を隠す顔に重ねながら。
「……そういえば、モニカちゃんは好きな人とかいないの? 」
リアリュールの不意の言葉に、モニカは目を瞠って、残念ながらと肩を竦めた。
好きな人が出来たら祝ってくれる、と悪戯っぽく笑って尋ねたモニカに、リアリュールが楽しみにしていると頷いて。
談笑する2人の傍ら、テーブルに写真を置いて、アウレールもピノの様子を見詰めていた。
いつか彼の母親とも話したい。美しいモノに囲まれて育ったピノが、その感性を押し殺すことの無い未来のために。
カップが空いて店を出る間際、ピノがブラオラントさん、と言ってアウレールを呼び止めた。
いつのことか店番をしながら仕事の話しを聞いていたピノには、家の名前の方が馴染んでいたのだろう。アウレールは目を合わせるように顎を引く。
「ブラオラントさん、今日は、ありがとうございました、えっと、えっと……うれしかったです」
絵を褒めてもらったことが、とても。
俯いてそれだけ言うと黙ってしまう。
旅立ちの餞に。オカリナを取り出して優しい音色を奏でた。
幸せな筈なのに、鮮やかな未来があるはずなのに。
時よ止まれと思ってしまう。理由の知れぬ涙が頬に伝った。
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【質問卓】 Gacrux(ka2726) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/11/03 12:00:59 |
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・夢の中で会いましょう・ Gacrux(ka2726) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/11/07 08:37:23 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/11/05 16:06:30 |