ゲスト
(ka0000)
【HW】魔法少女 ラウラ・ザ・キッド
マスター:楠々蛙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~8人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 8日
- 締切
- 2017/11/07 19:00
- 完成日
- 2017/12/09 01:57
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
わたし、広崎ラウラ。第一赤西町小学校に通う、小六年生♪
なんて、自己紹介してる場合じゃないんだけ、どっ──!
「う、わ、わ、っと!?」
木張りの階段を、三段飛ばしに一気に駆け下りる。真夜中の古めかしい旧校舎の階段に、ちょっとヒヤっとする音が響いたし、学校指定のプリーツスカートの裾が拡がってはしたないけど、そんなのに構ってられない。踊り場から下の階まで駆け下りて、危うく躓きそうになりそうになりながら、なんとかバランスを取り戻して走り続ける。
「ちょっと、危にゃいじゃにゃいの!」
肩から、にゃあにゃあと苦情。
「し、しかたないでしょ! 文句が、あるなら、自分で走れば、いいじゃない!」
肩に爪を立ててしがみついてる黒猫に、息を切らしながら言い返す。そう、黒猫。この喋る黒猫は、ルーナ。
「冗談じゃにゃいわ。私のこの綺麗にゃ毛にゃみに埃が付いたら、どうするの?」
「そんなの、知らないわ! いいから、ちょっと黙ってて、にゃあにゃあにゃあにゃあ耳元でうるさくされたら、走るのに集中できないでしょ!」
「にゃ! 私が好き好んでにゃあにゃあ言ってると思ってるの? にゃにもかもあにゃたの──」
ルーナがまだ何か苦情を浴びせて来ようとしていたみたいだけど、そんなの無視して、横に跳び退く。
そのすぐ後に、わたしの隣を、何かがもの凄い速さで通り過ぎた。その正体を捉えようとするのもそこそこにして、わたしはすぐさま床を蹴って跳び上がった。
廊下の床板が、激しい音を立てて砕け散る。
足許が爆発したみたいな衝撃に、身体がふわりと浮き上がる。自分で床を蹴った勢いよりも高く遠くまで身体が飛んで、着地する時に思わず前へつんのめったけど、どうにか転びそうになるのをこらえて、二歩、三歩とたたらを踏んでから、後ろを振り返った。
これ以上は、息が持ちそうもなかったから。それに、どうせ逃げていたって始まらない。
窓から差し込む月明かりが、わたしを追って来たモノの正体を、埃っぽい薄闇の中に浮かばせた。
これは、影?
お日様の下、足許に付いて回る影が、先のとがった細い形になって、わたしの目の前にまるで蛇がそうするみたいに首をもたげてる。
「これも、やっぱりあなたの魔法なの……?」
「ええ、そうよ。お久し振りね、シェイド」
ルーナの澄ました挨拶に、影はシューという音を出した。ほんとに蛇みたい。
「私の影に潜んでた臆病者が、今はえらく羽振りよろしくやっているらしいじゃにゃいの。アステカの神じゃあるまいし、あにゃたに羽根をあげた憶えはにゃいんだけれど?」
その高慢ちきな態度の通り、ルーナは魔女なの。
ちょっとした不幸な偶然から、わたしはルーナが魔女だという事を知ってしまった。魔女は、普通の人間に自分の正体を知られてしまうと、魔法を全て失って、動物の姿に変わってしまうんだって。
ルーナから失われた魔法は、この町のあちこちに散らばって、イタズラ悪さのし放題。わたしは成り行き上仕方なく、ルーナの魔法をかき集める事に。
「シェイドっていうの? あのね、あなたにはほんとに同情するわ。ええ、ほんとに。こんな性悪猫の下でこき使われていたんだもの」
「あら、それはどういう意味かしら?」
「けどね」性悪猫の横やりは、華麗に無視。
「あなたちょっと、はしゃぎすぎよ」
今回の件も、学校の敷地の中で“すばしっこくて黒い何かに襲われる”っていう事件がいくつか起きたのが始まりだった。調べてみたら、いつもの通り、魔法の仕業。
スカーフの付いた上着の胸元に提げたペンダント──真鍮の欠片を鎖から外して、親指で宙に弾き飛ばす。
──わたしのココロは火と土と風、あとは黒砂糖を一匙入れるだけ。
宙を舞う欠片がクルクルと回る。一つ回る度に、欠片を覆うように線が走って、何かの輪郭を造ってゆく。
それとおんなじように、わたしを包む衣装も形を変える。
スカーフが、朱く染められたポンチョへ。スカートがイエローカラーのキュロットに。瞳の色はエメラルドグリーン──って、これは亡くなったお母さん譲りで元からだけど。
衣装がすっかり変わると同時に、真鍮の欠片が姿形を変えたモノを手に取る。
それは、鉄砲だった。鉄砲に関しては、喧嘩っ早い西部劇マニアの兄の影響でちょっとだけ詳しい。“リボルビングライフル”という“リボルバー拳銃”と“ライフル”を合体させたような鉄砲に似てる。
わたしはとりあえず“リボルビングステッキ”って呼んでるんだけど。
とにかくこれがわたしの──魔法少女“ラウラ・ザ・キッド”のスタイルだ。ちなみに、命名はルーナ。
わたしは別に鉄砲なんて興味ないんだけど、どうしてかわたしが魔法を使う時はこうなる。ルーナに言わせると、魔法っていうのは心の在り方を形にしたものらしいんだけど。って、ゆっくり説明してるヒマはないんだった──!
わたしが変身したのを見た影が、自分の首を突き出して来る。わたしは咄嗟に、ステッキの“銃床(ストック)”で、襲って来た影を打ち返した。意外にも硬い手応えがあって、影が炭のように崩れる。けどすぐに、形を取り戻してまた蛇みたいに頭を揺らし始める。
ステッキをクルリと回して“銃口(マズル)”を、影へ向ける。──と同時に“引鉄(トリガー)”を引いた。
「シャイン!」
ぱきゅん──と、なんだか間の抜けた音が、廊下に響く。そして音と一緒に、とても強い光が廊下の薄闇を引き裂いた。
光を浴びた影のそのほとんどが、溶けるように消えてゆく。最後に残ったのは、まっくろけの小さな蛇。
「今よ、ラウラ。封印なさい」
「うん」わたしは頷きながら、リボルビングステッキの“装填口(ローディングゲート)”を開いて、中から“実包(カートリッジ)”を取り出した。見た目は本物の鉄砲の弾とおんなじだけど、中に入っているのは今までに集めたルーナの魔法。これに入っているのは、シャインという魔法で、今さっきみたいに強い光を生み出す魔法なの。
わたしはシャインの弾と入れ替わりに、空の実包を“薬室(チャンバー)”へ入れて、また銃口を蛇に向けた。
──あなたのカラダは、魔女のココロ。在り得ざるモノよ、さっさとお家に帰りなさい!
ぱきゅん──と、引鉄を弾く。
すると、蛇の細い体を作る線が、少しずつステッキの銃口へと吸い込まれてゆく。蛇は最初抵抗してたみたいだけど、やがてその輪郭は、完全にステッキの中へと消えていった。
「ふぅ、これで一件落着ね」
「にゃに言ってるの、まだまだちっとも足りにゃいわ。これからもキリキリ働いてもらうわよ」
やっぱり、あのちっちゃい蛇には同情するわ。
「たまにはわたしが遊んであげるから、それで我慢してね」
ステッキから取り出した実包に指先で軽く小突いてあげると、小さく震えた。なんとなくだけど嬉しそうにしてるみたい。
「さ、それじゃあわたしたちも帰ろっか」
なんて、自己紹介してる場合じゃないんだけ、どっ──!
「う、わ、わ、っと!?」
木張りの階段を、三段飛ばしに一気に駆け下りる。真夜中の古めかしい旧校舎の階段に、ちょっとヒヤっとする音が響いたし、学校指定のプリーツスカートの裾が拡がってはしたないけど、そんなのに構ってられない。踊り場から下の階まで駆け下りて、危うく躓きそうになりそうになりながら、なんとかバランスを取り戻して走り続ける。
「ちょっと、危にゃいじゃにゃいの!」
肩から、にゃあにゃあと苦情。
「し、しかたないでしょ! 文句が、あるなら、自分で走れば、いいじゃない!」
肩に爪を立ててしがみついてる黒猫に、息を切らしながら言い返す。そう、黒猫。この喋る黒猫は、ルーナ。
「冗談じゃにゃいわ。私のこの綺麗にゃ毛にゃみに埃が付いたら、どうするの?」
「そんなの、知らないわ! いいから、ちょっと黙ってて、にゃあにゃあにゃあにゃあ耳元でうるさくされたら、走るのに集中できないでしょ!」
「にゃ! 私が好き好んでにゃあにゃあ言ってると思ってるの? にゃにもかもあにゃたの──」
ルーナがまだ何か苦情を浴びせて来ようとしていたみたいだけど、そんなの無視して、横に跳び退く。
そのすぐ後に、わたしの隣を、何かがもの凄い速さで通り過ぎた。その正体を捉えようとするのもそこそこにして、わたしはすぐさま床を蹴って跳び上がった。
廊下の床板が、激しい音を立てて砕け散る。
足許が爆発したみたいな衝撃に、身体がふわりと浮き上がる。自分で床を蹴った勢いよりも高く遠くまで身体が飛んで、着地する時に思わず前へつんのめったけど、どうにか転びそうになるのをこらえて、二歩、三歩とたたらを踏んでから、後ろを振り返った。
これ以上は、息が持ちそうもなかったから。それに、どうせ逃げていたって始まらない。
窓から差し込む月明かりが、わたしを追って来たモノの正体を、埃っぽい薄闇の中に浮かばせた。
これは、影?
お日様の下、足許に付いて回る影が、先のとがった細い形になって、わたしの目の前にまるで蛇がそうするみたいに首をもたげてる。
「これも、やっぱりあなたの魔法なの……?」
「ええ、そうよ。お久し振りね、シェイド」
ルーナの澄ました挨拶に、影はシューという音を出した。ほんとに蛇みたい。
「私の影に潜んでた臆病者が、今はえらく羽振りよろしくやっているらしいじゃにゃいの。アステカの神じゃあるまいし、あにゃたに羽根をあげた憶えはにゃいんだけれど?」
その高慢ちきな態度の通り、ルーナは魔女なの。
ちょっとした不幸な偶然から、わたしはルーナが魔女だという事を知ってしまった。魔女は、普通の人間に自分の正体を知られてしまうと、魔法を全て失って、動物の姿に変わってしまうんだって。
ルーナから失われた魔法は、この町のあちこちに散らばって、イタズラ悪さのし放題。わたしは成り行き上仕方なく、ルーナの魔法をかき集める事に。
「シェイドっていうの? あのね、あなたにはほんとに同情するわ。ええ、ほんとに。こんな性悪猫の下でこき使われていたんだもの」
「あら、それはどういう意味かしら?」
「けどね」性悪猫の横やりは、華麗に無視。
「あなたちょっと、はしゃぎすぎよ」
今回の件も、学校の敷地の中で“すばしっこくて黒い何かに襲われる”っていう事件がいくつか起きたのが始まりだった。調べてみたら、いつもの通り、魔法の仕業。
スカーフの付いた上着の胸元に提げたペンダント──真鍮の欠片を鎖から外して、親指で宙に弾き飛ばす。
──わたしのココロは火と土と風、あとは黒砂糖を一匙入れるだけ。
宙を舞う欠片がクルクルと回る。一つ回る度に、欠片を覆うように線が走って、何かの輪郭を造ってゆく。
それとおんなじように、わたしを包む衣装も形を変える。
スカーフが、朱く染められたポンチョへ。スカートがイエローカラーのキュロットに。瞳の色はエメラルドグリーン──って、これは亡くなったお母さん譲りで元からだけど。
衣装がすっかり変わると同時に、真鍮の欠片が姿形を変えたモノを手に取る。
それは、鉄砲だった。鉄砲に関しては、喧嘩っ早い西部劇マニアの兄の影響でちょっとだけ詳しい。“リボルビングライフル”という“リボルバー拳銃”と“ライフル”を合体させたような鉄砲に似てる。
わたしはとりあえず“リボルビングステッキ”って呼んでるんだけど。
とにかくこれがわたしの──魔法少女“ラウラ・ザ・キッド”のスタイルだ。ちなみに、命名はルーナ。
わたしは別に鉄砲なんて興味ないんだけど、どうしてかわたしが魔法を使う時はこうなる。ルーナに言わせると、魔法っていうのは心の在り方を形にしたものらしいんだけど。って、ゆっくり説明してるヒマはないんだった──!
わたしが変身したのを見た影が、自分の首を突き出して来る。わたしは咄嗟に、ステッキの“銃床(ストック)”で、襲って来た影を打ち返した。意外にも硬い手応えがあって、影が炭のように崩れる。けどすぐに、形を取り戻してまた蛇みたいに頭を揺らし始める。
ステッキをクルリと回して“銃口(マズル)”を、影へ向ける。──と同時に“引鉄(トリガー)”を引いた。
「シャイン!」
ぱきゅん──と、なんだか間の抜けた音が、廊下に響く。そして音と一緒に、とても強い光が廊下の薄闇を引き裂いた。
光を浴びた影のそのほとんどが、溶けるように消えてゆく。最後に残ったのは、まっくろけの小さな蛇。
「今よ、ラウラ。封印なさい」
「うん」わたしは頷きながら、リボルビングステッキの“装填口(ローディングゲート)”を開いて、中から“実包(カートリッジ)”を取り出した。見た目は本物の鉄砲の弾とおんなじだけど、中に入っているのは今までに集めたルーナの魔法。これに入っているのは、シャインという魔法で、今さっきみたいに強い光を生み出す魔法なの。
わたしはシャインの弾と入れ替わりに、空の実包を“薬室(チャンバー)”へ入れて、また銃口を蛇に向けた。
──あなたのカラダは、魔女のココロ。在り得ざるモノよ、さっさとお家に帰りなさい!
ぱきゅん──と、引鉄を弾く。
すると、蛇の細い体を作る線が、少しずつステッキの銃口へと吸い込まれてゆく。蛇は最初抵抗してたみたいだけど、やがてその輪郭は、完全にステッキの中へと消えていった。
「ふぅ、これで一件落着ね」
「にゃに言ってるの、まだまだちっとも足りにゃいわ。これからもキリキリ働いてもらうわよ」
やっぱり、あのちっちゃい蛇には同情するわ。
「たまにはわたしが遊んであげるから、それで我慢してね」
ステッキから取り出した実包に指先で軽く小突いてあげると、小さく震えた。なんとなくだけど嬉しそうにしてるみたい。
「さ、それじゃあわたしたちも帰ろっか」
リプレイ本文
「あなたの手を借りるのは今回だけですから。ホントは、あなたみたいな普通の子が魔法に関わるべきじゃないんです」
「またそれ? 言ったでしょ。これはわたしが決めたこと。途中で誰かに丸投げなんて、まっぴらよ。だから、今度もわたしに手を貸してよね、カガリ」
風の凪いだ夜、赤西小学校の校庭に、二人の少女が居た。一人はラウラ。紅いポンチョに身を包み、手にはリボルビングステッキを携え、傍らには黒猫姿のルーナが控えている。
そしてもう一人は、つい先月に彼女のクラスへ転入して来た八原 篝(ka3104)だ。白いケープを肩に掛け、胸元を銀のプレートが覆っている。彼女は、右手の薬指に嵌めた指輪が姿を変えた、色のないガラス製の弓を提げていた。
彼女もまた魔法少女である。肩には、一匹のネズミが乗っていた。銀色の針を背負う、目付きの悪いハリネズミだ。額に、ぷくりとした突起がある。
「来るぞ、カガリ」
ハリネズミが、低い男の声を発する。すると、校庭の砂が風もなしに巻き上がった。ラウラと篝が身構えると共に、巻き上がった砂塵が渦を巻いて校舎と同じ高さにまで立ち昇り、二人の頭上へと降り注いだ。
その時、篝の肩にしがみ付いたハリネズミが、雷光へと姿を変える。雷はやがて人の輪郭を作り、次の瞬間には、篝の背に覆い被さるようにして、銀髪を野放図に伸ばし、黒染めの着流しだけを褐色の身体に身に付ける偉丈夫が現れた。ネズミの時と変わらぬ凶相。額では、凶相を鬼相へと変える一本角が天を向いている。
鬼相の偉丈夫の名は、その角が示す通りにイッカク(ka5625)。篝の契約主足る魔法使いだ。大魔導士ワーズワースが組織した魔法界の治安機構“カッコウの巣”より派遣されたのが彼とその従者足る篝である。
「吼えろ──紫電」
砂の鎚が落ちるその刹那、イッカクはその手に刀を出現させた。鞘とてない抜き身の刀を、無造作に振り上げる。
尋常なそれとは異なって、逆しまに吼える稲妻が、砂の鎚を弾き飛ばした。
稲妻に弾かれた砂塵が再び寄り集まって球体へと変わる。
「エンハンス──アメジスト」
辺りに帯電する雷が、ある一点──篝が構える弓へと集まってゆく。
ガラスの弓に宿るのは、最前の稲妻を孕んだような、紫色の輝き。篝は矢をたがえるでもなしに弦を引いて、ピン──と糸を解き放った。
紫苑の光が夜闇を裂いて飛び、砂の球へ直撃するや、のた打つ雷光が弾け、球の表面が激しく波立つ。
「これで、少しは動きが遅くなるはずです」
「あとは、あのですわよ魔女か……」
弓を下ろす篝の傍らで、気に喰わないという顔でイッカクが校舎の屋上を仰ぎ見た。
校舎の屋上に敷設された貯水塔の上で、姿を隠す霧の魔法を、ヴェールを脱ぐかのように振り払い、ユリシウス(ka5002)は月光の下に姿を現した。平素は煌めくブロンドを濡れ羽根色の黒髪に変えて、衣装もまた、浮世離れした、白を基調とするドレスを身に付けていた。
古橋ユリシウス。赤西高等学校に三年生として在籍する彼女は、魔女だ。魔法少女になったばかりのラウラを案じ、ルーナの魔法回収を手伝っている。
今もまた、白木フレームのライフルを構え、雪の結晶を模したアイアンサイトの奥に、校庭で巻く砂塵を捉えていた。
“グノーメ”という、四元素の土を司る魔法だ。最近、校庭で躓く生徒が多いと、赤西小学校で保険医を勤める年の離れた幼馴染がぼやいていたが、どうやらあの魔法の仕業らしい。ルーナ曰く、力を持て余してしょうもないイタズラばかり仕掛けるワガママ娘との事だ。
「それにしても少し、おいたが過ぎるのではなくて」
引金のない銃把に手を添える。
魔法は心を映す力だ。心を強く持てば身に寄り添う力になるが、心が未熟なら自らを傷つける事になる。時には、自分の周りに居る者までも。
我が心、我が意のままに。
誓いを宣誓するように、ユリシウスは魔法を発動した。ライフルが、キィン──と氷を打つような音を発する。銃火の音はなく、故に銃口より放たれたのは鉄火に属するモノではなかった。それは、時折踊るように螺旋を描いて奔る水流だった。
流麗に舞う水の流れは、やがて飛沫を散らしながら球状の砂の周りをくるりくるりと巡って上昇してゆき、天頂に至った瞬間に弾けて、更に膨大な水量となって降り注ぐ。
魔法の成果を見届けたユリシウスは照準器から眼を離して、校庭に立つラウラを見遣って微笑んだ。
「あとは任せましたわ、ラウラ」
水に濡れ、砂塵に戻る術を失った砂の塊を見上げながら、ラウラは月光の淡い光の中、足許に落ちる自分の影にステッキの銃口を向けて、ぱきゅん──と引金を引いた。
「シェイド!」
その瞬間、まるで影が勢い勇んだように彼女の足許から無数の紐となって伸び上がり、砂の塊に絡み付いて地面に引き摺り落とした。
ラウラは手の中でステッキを一度くるりと回すと、銃口を砂の塊に向け、再びぱきゅんと鳴らす。
──あなたのカラダは魔女のココロ。在り得ざるモノよ、さっさとお家に帰りなさい!
砂の塊が徐々に崩れながら、銃口へと吸い込まれてゆく。やがて最後に残ったのは、トンガリ帽子を被った、幼い姿をした少女。彼女は先が尖っている耳に負けず唇を尖らせたむくれ顔を、ラウラに向けた。いじけたようなその表情は、寧ろ何処か強がっているようでもあった。
ラウラはその様子を見て思い直したように銃口を逸らすと、ステッキから取り出した実包を手の平に乗せて少女に優しく差し出した。
「ほら、おいで」
すると少女は、最初こそ視線を強くしたものの、やがてその目尻に涙を溜め込み、こらえきれずに泣きじゃくると、自ら実包の中へと消えてゆく。
「ごめんね。いきなり外に一人で弾き出されたから、不安だっただけなのね。でも寂しいからって、イタズラするのはよくないからね」
手の平の実包を指先で小突くと、ちゃんと聞いているのやら、リム底に“Gnom”と刻まれた実包が円を描くようにしてコロコロ転がった。
「魔法をあんな風に回収するなんて……」
その様子を見て、篝は思わず呟いていた。
篝は、孤児だ。代々続く魔法使いの家系の産まれだった篝は、魔法の暴走によって全ての家族を失い、巻き込まれた影響でそれ以前の記憶を喪失している。彼女の魔力が、何の属性を持たないのも、それに起因している。
記憶はなくとも、篝は根源的に、魔法への恐怖を抱えていた。ラウラが魔法に関わる事へ過剰に否を唱えているのは、それが原因だ。そしてそれ故に、魔法へ気負いなく接するラウラへ、無自覚ながら苛立ちにも似た羨望を覚えている。
──どうして、そんな真似ができるのかと。
ラウラのその姿は、最早記憶の彼方に消え去った幼き日に、篝の憧れた童話に登場する、魔法と心通わせる魔女そのものだったから。
「まったく、あの子らしいやり方ですわね」
魔法と戯れるラウラの様子を微笑ましく見守るユリシウス。しかし彼女はふと、その視線を、校庭を挟んだ向かいに立つ赤西高校の校舎の方へと視線をやった。
「今のは……?」
何か、心当たりのある気配を感じ取ったのだ。しばらく同じ方向を見詰め続けたユリシウスは、やがて視線を切ると、屋上からふわりと身を躍らせた。
「ユーリさんが居るってことは、やっぱりあの子が、新しい魔法少女なんだ」
ユリシウスが視線を逸らしたのち、高校の校舎の屋上に、その少女は姿を現した。
長い黒髪を靡かせる頭に、翼を模した耳当てのヘッドセットを付け、華奢な肩に青味の強いケープを纏った、タイトなパンツルックの少女だ。
「これから、どうするの?」
少女の傍らで、銀の鱗に身を包んだ翼を有する小さな竜が、優しいアルトの声で言った。
「これから、……どうしよう。どうすればいいと思う?」
問いへの応えは、ぽつりとした、他にどうしようもないという問いでしかなく。
「貴女は、どうしたいの?」
しかし竜は、根気よく少女の意思を問う。
今度こそ応えはなく、言葉を詰まらせる少女を、月の光がただ冷たく見下ろし続けた。
「暇だ」
赤西小学校の保険医、滝沢タラサは、紅茶を淹れたカップを揺らしながら言った。
パンツルックのスーツに白衣を引っ掛け、右眼を眼帯で覆っている。少しばかり近寄りがたい雰囲気があった。だが、彼女本人は多少蓮っ葉なところがあるものの、面倒見の良い人柄で、今もまた大した用もないのに保健室に屯す生徒にぶつくさ零しながらも、紅茶と手製の菓子を出してやっているところである。
「今日はマカロンね♪」
「まあ可愛らしい。お洋服もこうあってくれたらいいのだけど」
「宝石みたい……」
茶会のメンバーはいつもの組み合わせだった。早速菓子を頬張るラウラに、いつものように隣の高校から抜け出して来たユリシウス、そしてカラフルな焼き菓子を食べるでもなくただ魅入ってばかりの篝だ。
タラサはそれを、左眼で横目に見ながら、ふと無意識の内に右眼の眼帯に手を宛がった。妙にじくりと痛んだからだ。近頃は、ふとした拍子に疼くのだ。
「タラサ……? 痛むの?」
それに目敏く気付いたユリシウスが、そっと声を掛ける。
「ああ、いや、そういうわけじゃないさ」
気にするなと右眼から外した手で、こちらを見詰める視線を振り払う。内心では、しまった──という気分だった。
彼女の右眼は、子供の頃に失明している。彼女自身、何があったかはっきりと憶えてはいないが、なにかこの世のモノとも思えない美しいモノを視たと思ったその瞬間には、右眼が光を失っていたのだ。年の離れた幼馴染のユリシウスは、その時に一緒に居たからか、やけにその事を気に掛けているようだった。
「なんでもないから気にすんなって。それよりもお前ら、また妙な話を仕入れて来たんだがよ、聞きたくはないかい?」
話の流れとしてはやや強引だが、ここは話題を切り替えるに限ると切り出す。
「妙なこと?」
ラウラが首を傾げる。彼女らが、近頃そういう話を集めているのは知っていた。先日も、校庭の騒動について根掘り葉掘り聞いて来たのは記憶に新しい。
「今朝の職員会議で聞いた、獲れたてさ。怪奇、図書室から消えた本ってな」
話はこうだった。
最近になって、図書室の書庫にしまってある本が、いつの間にか消えているのだという。最初は数冊程度で、司書の教諭も何かの間違いかと思っていたらしいが、昨日には書庫の棚の一つから丸々本が引き抜かれていたというのだ。
「それは、随分と妙な話ですわね」
話を聞き終えるや、ユリシウスが神妙な顔で呟く。すると、タラサは彼女の分のマカロンを一つ攫って、自分の口に放り込もうとしてから思い直し、いつまでも食べようとはせずに宝物を見るようにマカロンを観賞していた篝の口に詰め込んだ。
篝は咄嗟の事に最初こそ驚いた顔をしたが、モクモクと口を動かすごとに頬を緩めてゆく。タラサはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべたまま、ジトっと自分を見るユリシウスへ「だろ?」と言った。
その日の夜、ラウラ達は図書室に集まっていた。なくなったという本の在処を探すためだ。
篝が一枚のカードを手に取り、弓に取り付けてあるスロットに差し込んだ。羅針盤のイラストが描かれたカードである。
「エンハンス──アイオライト」
すると、ガラスの弓が、群青色の光に染まった。差し込んだカードには、篝が回収したルーナの魔法が封印されている。それは、探し物の在処を示す魔法だ。
一度引いた弦をピン──と解き放つと、一筋の光が弓から遠くの方へと伸びてゆく。探したい物と縁のある場所やモノの近くで発動すると、こうしてその在処を示すのだ。定まった形のある物でなければ探せないという制約があり、直接魔法を探す事はできないが、何かと重宝している魔法である。
「この一件が魔法のしわざだとして、なにか心当たりはありますか?」
校舎を後にして光の筋を辿る道すがら、ユリシウスはルーナに問いを投げた。
「心当たりねぇ。本が絡むとすれば、ダンタリオにゃんでしょうけど」
「知恵の悪魔の? あなた、以前から思っていたのですが、魔法のルーツが少し多くはありませんか。名付けの引用元は一つに絞るというのが基本でしょうに」
「それはあくまで原則でしょう? 一つ切りの源典なんて、つまらにゃいじゃにゃい。とにかく、相手はダンタリオ。本を操る魔法ね」
「それ、どうやって使うの?」首をかくりとラウラ。
「あら、書庫の番をやらせるにはうってつけでしょう。あとは、本を片付けさせたり、ページを捲らせたりね」
「また恨まれてないといいけどね」
諦観を込めてラウラは言った。それをごく自然に無視して、ルーナは「でも妙にゃのよね」と呟いた。
「あの生真面目が、蒐集家の真似事をするにゃんて……」
「着きました」
その時、一行の先頭を行く篝が、そう言って立ち止まった。彼女が掲げる右手の指輪から伸びる光の筋が、目の前に建つ廃墟を示している。
そこは町外れにある、看板が崩れ落ちて名すら知れぬ劇場の残骸だった。
劇場ホールへと続く扉は蝶番が緩んでいたのか、押すとそのまま前に倒れた。床に落ちた扉が、埃を巻き上げる。当然のようにラウラの肩に駆け上がったルーナが、天井の一部が崩落し、開いた穴から差し込む月明かりによって照らされた劇場の中を見渡す。
「ここで当たりのようね」
置き去りにされた観客椅子の上に、本が積み上げられている。その冊数は、明らかに小学校の図書室からなくなったという量を上回っていた。他の場所からも本が集められているらしい。
「ますますあの司書気取りとは思えにゃいわね」
ルーナが気に入らなさそうに、尻尾を揺らす。
その時、ラウラの傍らの椅子に積まれた本の山の最上段の一冊──『テンペスト』とタイトルが銘打たれた本が、パラパラとページを捲り始めた。まるで、風に煽られでもしたように。やがて狂ったように捲れるページが装丁から外れて舞い上がる。
「この気配は、エアリエル?」
千切れた紙片は舞台の上へと飛んでゆき、渦を巻いた。紙の渦が唐突に晴れて、壇上に紙吹雪となって舞い散る。
「誰……?」
月光のスポットライトが照らす壇上に、一つの人影が忽然と現れていた。
丈の長い黒衣を身に纏った青年らしき立ち姿。腰に、一振りの刀剣を佩いていた。虚空を見上げるその面差しは、目元を覆う黒塗りの仮面によってはっきりとしない。
「……違う? あの気取り屋らしい演出にゃんだけれどね」
「あのかたは、もしや……」
仮面が覆う顔に、憶えのある面影を視たユリシウスが眉をひそめる。
すると、青年が仮面に潜む視線を観客席の方へと向ける。しかしその挙動は、そこへ立つ彼女らへ反応したというよりは、役者が定められた芝居をしているようである。
やがて彼は、腰に佩いた剣を鞘から払い、その切っ先を、今度ははっきりと、ラウラ達の方へと向けた。
「面白れぇ」
青年の抜剣に、血気盛んに応じたのは、篝の肩に乗ったハリネズミ姿のイッカクだった。雷光に変じて、その姿を鬼相の偉丈夫へ変えると、その手に雷を纏った抜き身の刀を出現させた。
「俺の前で得物を執るってことはよ。テメェ、叩っ斬られても文句をねぇってことだよなぁ?」
刀の切っ先を突き返すイッカクにすら何の返答もなく、青年はただ一歩前に踏み出して──跳んだ。
ただの一歩、何の足運びもなく、青年はその身に風を纏って壇上から観客席へと飛んだのだ。しかしイッカクとて、並の遣い手ではない。風を巻く刺突が襲い来るその時には既に、紫電の一閃を放っていた。
風と雷が激突しようとしたその刹那──
「樹よ、嵐にも揺るがない梢を伸ばせ──大樹(アルブル)!」
剣と刀の交錯を遮るように、木肌の壁が立ち塞がった。葉を生い茂らせた大木が、老朽化した木床を割りながら突き出したのだ。
「邪魔入れやがって、何処のどいつだ!?」
爆発的な樹木の成長に巻き込まれないように足を退いたイッカクが、ようやく生育を止めた梢の頂上へ刀を振り上げながら吼える。
「ごめんなさい。でも、見てられなかったんです。あなたに兄さんが傷つけられるのも、兄さんがあなたを傷つけるのも」
枝の上に立ち、イッカクの吼え声に応じたのは、先日ラウラ達を見下ろしていた少女だった。先日と同じ衣装に身を包んだ彼女の傍らには、翼を静かに羽ばたかせる小さな銀竜も寄り添っている。
「あぁん? 兄だぁ?」
華奢な肩でありながら、凛とした瞳を揺らす事なく見返して来た少女の台詞に、イッカクは眉根に皴を寄せた。
出鼻を挫かれると共に刀を下ろしたイッカクの前に、ユリシウスが進み出て「その姿を見るのはお久し振りですわね、フローディア」と竜へ声を掛ける。そして少女へ、微笑と共に視線を向けた。
「エステルも。またその衣装を見ることになるとは思わなかったわ。……なにがあったの?」
ユリシウスが優しく問うと、イッカクの怒声にも動じなかった少女は、一転して今にも泣きそうな表情を浮かべる。
「彼は、ユリアンなのね?」
仮面の青年を見遣ったユリシウスがそう言うと、少女がとうとう涙を散らす。
その時、それまで場を静観していた青年が、剣の切っ先を震わせた。
「おい、ですわよ! そこを退(の)け」
「いいえ、ここは退(ひ)きます。いいわね、エステル」
吼えるイッカクをライフルの銃身を持ち上げて制したユリシウスは、少女へと呼びかける。
「はい」と少女が頷き返すと、ユリシウスは銃口を仮面の青年へと向けて、そこから僅かに照準を下げて、心の引金を押し込んだ。
青年との間合いの狭間でキィン──と放たれた氷の粒が弾けて、辺り一帯を包み込む濃霧が発生した。
やがて霧が薄れ、月光が再び劇場を照らし出した時、あとに残っているのは独り佇む青年と、劇場の中心で天井を突き抜けて夜空を突く大木のみだった。
劉・エステル・クレティエ(ka3783)。少女はそう名乗った。赤西高校に通う一年生にして──かつて魔法少女だったと。
契約主は、竜の姿のフローディア。エステルはラウラと同じく、彼女の正体を魔女だと見抜き、やはりラウラと同じく散逸したフローディアの魔法を回収する事になった。ユリシウスもまた、今と同じようにその手伝いをしていたという。そして、エステルはその役目を果たし終えたのだ。散逸した魔法を回収し終え、本来の姿を取り戻したフローディアは町を離れて、エステルはまた魔法とは縁のない世界へと戻った──はずだった。
だが、違ったのだ。
彼女達は、ある一つの魔法を見逃していた。
「それが、夢幻(レブリ)。私たちは、全ての魔法を回収し終えたという、夢を視せられていた」
フローディアが畳に敷いた座布団の上で翼を休めながら、そう言った。
ここは、エステルの自宅にある客間である。彼女の家は、敷地内に古武道の道場が建つ武家屋敷だった。廃劇場から撤退したラウラ達は、そのあとすぐにここへ場所を移したのだ。
「そして、私たちを出し抜いたレブリは、エステルの兄に手を出した」
フローディアがそこで一旦言葉を区切ると、それまで顔を伏せていたエステルが面差しを上げて引き継いだ。
「私たちは、兄さんを取り戻すために戦いました。けどレブリは、別の魔法と手を組んだ。それが、ルーナさん、あなたの魔法です」
「にゃるほどねぇ」
座布団の上で丸くなって存分にくつろいでいたルーナが、気の入ってない声を上げた。
「それで、これからどうしようと──」
おもむろに身を起こしたルーナが今後の算段を問い質そうとしたその時──障子が音を立てて開いた。客間に足を踏み入れたのは、着流しを肩に引っ掛けた四十路近い齢の頃の男だった。何か手に小さな布包みを提げたその男は劉厳靖。エステルの父親だ。
エステルは父と兄との三人で暮らしている。母は、エステルが四歳の時に病で亡くなった
「おう、全員揃ってんなぁ」
彼は、一行がいきなり玄関に押し入った時と同様に、何とも適当な調子で客間を見渡した。竜や知性ある瞳を向ける黒猫、テーブルの上で腕を組みながら睨むハリネズミを目にしてもなお、浮かべた笑みは崩れない。
「テメェ、魔法使いだな」
イッカクが、その小さな身体から低い声音を発した時でさえも。
厳清は魔法使いだ。いや、正確には魔法使い──だった。
「聞かずとも見りゃわかんだろうよ。俺はもう、魔法なんざ使えないさ」
「みてぇだな。なんだその有り様は、まるで残骸じゃねぇか」
厳靖の魔力が乏しいことは、イッカクのみならず、ラウラでさえそれと見抜くことができた。魔法使いにとって魔力を失うという事は、心を削るという事に等しい。心の摩耗が激しくなれば、その影響は身体にまで及ぶ。
厳靖は、身に付けた古武術によって体幹を保っていたが、そうでなければ歩く事もままならないだろう。
「なぁに。ちょいと、惚れた女と別れるのが惜しくてね」
番いのまじないという魔法がある。古い魔法ゆえに、心が大きく関わる魔法だ。魔力をなげうつ事で、死病をすら覆す事ができる魔法である。重要なのは、犠牲にする魔力ではなく、相手を想う心の強さ。想う心が強ければ、死に瀕した相手に数年の余命を与え、更には完全に死を遠ざける事すら叶うのだ。かつて魔法使いが妻を救いたい一心で使用した事から番いのまじないと呼ばれている。或は、その妻が我が子を想って奇跡を起こした事から──雛還り、とも。
エステルは、父の言動に眼を伏せこそすれ、過剰な反応はしなかった。以前、厳靖に魔法少女になった事を告白した時に、聞かされていたからだ。番いのまじないの事を。
「そうかい」
イッカクはそう言ったきり、厳靖に背中の針を向けた。
それまで二人のやり取りを静観していたユリシウスが、折り目を正して厳靖に一礼する。同じ町に居を構える魔法使いの家同士、繋がりは少なからずあった。厳靖の方針で、ユリアンも、そしてエステルも魔法少女になるまでは、ユリシウスや自分達が魔法に関わる血を宿している事は知らなかったが。
「しばらくおいとましておりました、厳靖おじさま」
「おじさまは止せやぃ」
柄じゃねぇよと、厳靖は首許を掻いてユリシウスの礼に応じると「それより悪いねぇ」と言った。
「うちのガキ共が迷惑かけてよ。エステルだけならまだしも、あの放蕩息子までとなりゃ、申し訳が立たねえなぁ」
厳靖のその台詞に、エステルが肩を震わせた。
父に兄の事は話していない。察しているかもしれないとは思っていたが「兄さんはお友達の家にお世話になってるんだって」という嘘に、厳靖は取り敢えず頷いてくれていたのだ。厳靖はいつもそうだった。子供の悩みや問題に対していつも適当なようでいて、しかし本当に立ち行かなくなった時には、いつの間にか傍に居てくれる。
エステルの傍らに立った厳靖は、彼女の前に小さな布包みを置いた。厳靖が手を離すと共に、はらりと布が落ちて、中身が露になる。
「これ……」
木彫りのオカリナを見て、エステルが目を見張る。
母が──おかあさんが、よく吹いていた。
「憶えてんのか」
「うん。……ほんの少しだけだけど」
「そうか。……そうか」
厳靖が笑みを見せる。普段のだらしないへらりとした表情とは違う、初めて見る父の綻ぶような顔だった。
厳靖はオカリナを手に取ると、促されてエステルが差し出した手の平の上に置いた。
「こいつにはな、母さんの魔力が籠められてある。うまく使いな」
エステルが再び、目を見開く。
「でもそれじゃ……」
これは、最後に残された心のカケラ。オカリナの木目は、今もまだ記憶に残ったまま、その輝きを失っていない。
「馬ぁ鹿、心ってのは後生大事に仕舞っとくもんじゃねぇ。お前の手の中にあるそいつはな、伝えるためにあるもんだ。あの馬鹿息子にも、母さんの言葉伝えてやんな。そいつができんのは、きっとお前だけさ」
最近、ますます似てきたからな──と、エステルの黒髪をさら──と撫でる。いつもなら、髪型を崩すようにくしゃくしゃと撫でるのに。
娘の髪から手を離した厳靖は、客間に集まった一行を見渡して、頭を下げた。
「ま、そういうわけだ。面倒押し付けてワリィが、ウチの子供らのこと、よろしく頼まれてくれねぇか」
「わ、わたしからもお願いします!」
エステルもそれに倣う。
並んで低頭する父娘を、ラウラ、篝、ユリシウスはそれぞれ想い想いの顔で見詰めた。両親を亡くしたラウラ、身内とその記憶を失くした篝、魔法使いの名家の家督を背負う父との間に埋めがたい確執を持つユリシウス。そんな彼女達としては、想う事とてあるのだろう。
「ええ、勿論。こちらこそ、またよろしくお願いね」
「魔法を回収するのに必要なことなら、わたしは構いません」
ユリシウスと篝が、それぞれ頷き、立ち上がったラウラが胸を叩く。
「まかせて。絶対、なんとかしてみせるから」
「随分にゃ安請け合いね、ラウラ。あっちは魔法の融合体、にゃまはんかにゃ相手じゃにゃいわよ」
その意気込みに水を差すルーナ。しかし、その言い分はもっともだ。だが、ラウラはなおも笑みを崩さず言った。
「なに言ってるの、ルーナ。わたしだって一人じゃないわ。あなたもいるし、みんながいるもの。きっと、なんだってできるわよ」
「……あにゃたって子は、まったく、変わらにゃいのね」
ルーナは、蒼月を思わす両の瞳をパチリと閉じてみせた。そして気儘に尻尾を揺らす。
「けど、私を数に入れにゃいで」
「……さっきの台詞、そっくりそのまま返してあげる」
明晩、体勢を整えて廃劇場に足を踏み入れた一行は、その変化にすぐに気付いた。
「ホントにここ、前とおんなじ場所?」
ガラクタが散乱して薄暗かった廊下は、隅々まで掃除が行き届き、照明が灯してあった。廃れ逝くばかりだった場所が、かつて在りし姿を取り戻しているのだ。
「これはレブリが視せる夢よ。気を付けて頂戴」
フローディアの言葉に、一行はより気を入れながら進んでゆき、そして劇場ホールへと辿り着く。壊れていたはずの扉を押して開くと、奥に広がる光景も一変していた。
光り輝くシャンデリア。朱いビロード敷きの観客椅子では、本の頭をした燕尾服やドレスス姿の紳士淑女が、舞台の幕が開いてゆくのを、拍手と共に頭の本の表紙を開閉しながら観劇している。
「兄さん!」
壇上に立つ仮面の青年──ユリアンを見るや、エステルは思わず呼び掛けていた。本頭の観客達が、舞台開幕に水を差した彼女を一様に振り返った。
「シェイド!」
ぱきゅん──
おもむろに立ち上がり、エステルの方へ殺到しようとした本頭達を影の戒めが床へ引き摺り倒す。
「エンハンス──エメラルド」
ピン──
緑光が飛び、そして弾けると共に突風が吹き荒れて、本頭を吹き飛ばした。
「行って!」
ラウラと篝が開いた道をエステルが走り過ぎようとすると、ページを激しく捲らせながら、本頭達が道を塞ごうとして押し寄せる。
キィン──
異形頭の人型達は、捲れ上がった紙片もそのままに、氷像と化してその動きを停めた。
「お行きなさい」
ユリシウスの微笑みに、エステルは声もなく頷き返して、再び駆け出す。
だが、その前に立ち塞がるようにして、荘厳な革表紙の装丁をした本を頭に持つ人型が立ち塞がった。
「しつこいったら……!」
すぐさま、三人が三人共にそれぞれの魔法の照準を向ける。
「奔れ──紫電」
彼女らが魔法を放つのに先んじて、一振りの抜き身が飛び、異形頭の装丁に突き刺さった。
「見てられねぇ。掴まってな」
「え、きゃ!?」
稲妻と化して刀の許まで奔ったイッカクは、刀を抜き取るや、エステルの細身を片腕に抱え上げた。そして、まさしく雲耀の速さで以って壇上にまで奔り抜く。
「兄さん……」
イッカクの腕から舞台に降り立ち、エステルはユリアンに呼び掛けた。
その声に、ユリアンははっとしたように虚空に向けた視線を妹へ向け、震える腕を伸ばそうとしたが、目許を覆う仮面に紅い光が走ったかと思うと、また定まった芝居を演じるかのような挙措で剣を抜き払い、エステルへ斬り掛かった。
兄の凶行に為す術もなく眼を閉じたエステルは、しかし、目蓋に落ちる暗闇に力強く迸る紫の雷を視た。
「テメェの身内だろうが……! テメェが目ぇ離してどうすんだ!」
緑風纏う剣身を、紫電帯びる刀身で受け止めたイッカクが、剣撃ごとユリアンを弾き飛ばして、背後のエステルをどやしつける。
「はい……!」
エステルは、胸元に提げた紐に通してある母の形見を手に取った。呼吸を一つ、身体に取り込んだ息を身心へ巡らせる。澄んだ心の中に、ソレを見付けて、エステルは唇に当てたオカリナに息吹と共に吹き込んだ。
オカリナの節穴を塞ぐ指の動きに淀みはない。誰かに導かれるようでありながら、それでいてこの音だという確信もあった。心に感情が流れて来る。しかしその流れは優しくエステルの心を満たして彼女自身の心と同調し、音色となってオカリナから外へと伝わってゆく。
心洗う音色に乱れのないまま、エステルの頬を暖かな滴が伝い落ちる。
同じように、ユリアンの仮面からも涙滴が零れ落ちた。とその時、仮面に罅が入り軽やかな音を立てて砕け散った
「兄さん……」
オカリナから唇を離して、素顔を晒したユリアンに呼び掛ける。兄の目蓋がそっと開き、透き通った優しい瞳が、エステルを見返した。辺りの光景に戸惑いながらも、エステルの瞳を真っ直ぐと。
「エステル……?」
自分の名を呼ぶ兄の声を聞く前に、エステルはその胸に飛び込んでいた。
「あっちは一件落着ハッピーエンド?」
魔法で呼び出した砂礫で本頭を弾き飛ばしてラウラは口許に笑みを浮かべてみせた。
「そんなこと言ってる場合ですか!?」
黄玉を思わす光を宿した弓から爆発炎上する光を射ち出しながら、篝が叫ぶ。
「アレをどうにかしないことには、終わりませんよ」
篝が壇上の更に上を仰ぎ見る。そこには、倒れた人型の衣装から外れて浮き上った本が、渦を描くようにして舞っている。その中心にはユリアンの仮面が砕け散るや、その破片から立ち昇った黒い霧のようなモノが、蟠るようにして揺らめいている。
黒霧が意思を示すかのように蠢くと、本の渦が連動してより激しく渦を巻き始めた。身構えるラウラ達。その背後から、残りの本頭達が飛び掛かった。
キィン──と氷雪の音が軋み、異形頭の氷漬けができあがる。
「なにも恐れることはありません。さ、おやりなさいな、二人とも。あなたたちなら、できないことはないのでしょう?」
ユリシウスの微笑に応えて、ラウラと篝はお互いに視線を交わして頷き合った。
ラウラがステッキの撃鉄を起こしてシリンダーを回転させ、彼女本来が持ち合わせた心の形を、その薬室に装填する。
篝は、多面鏡を模した絵の描かれてあるカードをスロットに差し込み、ガラス細工の弓に、紅玉の光を宿らせる。
「サラマンド!」
「エンハンス──ルビー」
ぱきゅん──宿主の外套と同色のカーマイン色の火柱が、ステッキの銃口から放たれる。
ピン──弓の中で線となって乱反射を繰り返した紅い光が解き放たれる。
火柱と光線が重なり合い、二重の螺旋となって、壇上に浮かび上がった本の渦に激突する。
本の壁を突き破り、やがて二つが一つになった魔法は、黒い霧へと辿り着いた。
爆炎が轟き、閃光が瞬く。
やがてその二つの余韻が消し去ると、ラウラと篝の手の平に、それぞれ“Dantalio”と刻印された実包と、“Reverie”と書かれたカードが落りて来た。と同時に、辺りの景色が廃劇場のそれへと戻ってゆく。
屋根が崩れ、吹き抜けになった天井から薄い陽射しが差し込んだ。いつの間にやら夜が明けていたのだ。
「カーガーリ♪」
篝の視界の中、朝陽を背中に浴びるラウラが、手を掲げてなにやら期待するような笑みを向けて来た。
「……一回だけですからね」
篝は目を背けてそう呟くと、控え目に手を掲げ返してきた。ラウラは今度こそ満面の笑みを浮かべる。
「これからもよろしく」
「よろしく、です」
朝陽が照らす劇場に、高らかに手を打ち鳴らす音が響いた。
「またそれ? 言ったでしょ。これはわたしが決めたこと。途中で誰かに丸投げなんて、まっぴらよ。だから、今度もわたしに手を貸してよね、カガリ」
風の凪いだ夜、赤西小学校の校庭に、二人の少女が居た。一人はラウラ。紅いポンチョに身を包み、手にはリボルビングステッキを携え、傍らには黒猫姿のルーナが控えている。
そしてもう一人は、つい先月に彼女のクラスへ転入して来た八原 篝(ka3104)だ。白いケープを肩に掛け、胸元を銀のプレートが覆っている。彼女は、右手の薬指に嵌めた指輪が姿を変えた、色のないガラス製の弓を提げていた。
彼女もまた魔法少女である。肩には、一匹のネズミが乗っていた。銀色の針を背負う、目付きの悪いハリネズミだ。額に、ぷくりとした突起がある。
「来るぞ、カガリ」
ハリネズミが、低い男の声を発する。すると、校庭の砂が風もなしに巻き上がった。ラウラと篝が身構えると共に、巻き上がった砂塵が渦を巻いて校舎と同じ高さにまで立ち昇り、二人の頭上へと降り注いだ。
その時、篝の肩にしがみ付いたハリネズミが、雷光へと姿を変える。雷はやがて人の輪郭を作り、次の瞬間には、篝の背に覆い被さるようにして、銀髪を野放図に伸ばし、黒染めの着流しだけを褐色の身体に身に付ける偉丈夫が現れた。ネズミの時と変わらぬ凶相。額では、凶相を鬼相へと変える一本角が天を向いている。
鬼相の偉丈夫の名は、その角が示す通りにイッカク(ka5625)。篝の契約主足る魔法使いだ。大魔導士ワーズワースが組織した魔法界の治安機構“カッコウの巣”より派遣されたのが彼とその従者足る篝である。
「吼えろ──紫電」
砂の鎚が落ちるその刹那、イッカクはその手に刀を出現させた。鞘とてない抜き身の刀を、無造作に振り上げる。
尋常なそれとは異なって、逆しまに吼える稲妻が、砂の鎚を弾き飛ばした。
稲妻に弾かれた砂塵が再び寄り集まって球体へと変わる。
「エンハンス──アメジスト」
辺りに帯電する雷が、ある一点──篝が構える弓へと集まってゆく。
ガラスの弓に宿るのは、最前の稲妻を孕んだような、紫色の輝き。篝は矢をたがえるでもなしに弦を引いて、ピン──と糸を解き放った。
紫苑の光が夜闇を裂いて飛び、砂の球へ直撃するや、のた打つ雷光が弾け、球の表面が激しく波立つ。
「これで、少しは動きが遅くなるはずです」
「あとは、あのですわよ魔女か……」
弓を下ろす篝の傍らで、気に喰わないという顔でイッカクが校舎の屋上を仰ぎ見た。
校舎の屋上に敷設された貯水塔の上で、姿を隠す霧の魔法を、ヴェールを脱ぐかのように振り払い、ユリシウス(ka5002)は月光の下に姿を現した。平素は煌めくブロンドを濡れ羽根色の黒髪に変えて、衣装もまた、浮世離れした、白を基調とするドレスを身に付けていた。
古橋ユリシウス。赤西高等学校に三年生として在籍する彼女は、魔女だ。魔法少女になったばかりのラウラを案じ、ルーナの魔法回収を手伝っている。
今もまた、白木フレームのライフルを構え、雪の結晶を模したアイアンサイトの奥に、校庭で巻く砂塵を捉えていた。
“グノーメ”という、四元素の土を司る魔法だ。最近、校庭で躓く生徒が多いと、赤西小学校で保険医を勤める年の離れた幼馴染がぼやいていたが、どうやらあの魔法の仕業らしい。ルーナ曰く、力を持て余してしょうもないイタズラばかり仕掛けるワガママ娘との事だ。
「それにしても少し、おいたが過ぎるのではなくて」
引金のない銃把に手を添える。
魔法は心を映す力だ。心を強く持てば身に寄り添う力になるが、心が未熟なら自らを傷つける事になる。時には、自分の周りに居る者までも。
我が心、我が意のままに。
誓いを宣誓するように、ユリシウスは魔法を発動した。ライフルが、キィン──と氷を打つような音を発する。銃火の音はなく、故に銃口より放たれたのは鉄火に属するモノではなかった。それは、時折踊るように螺旋を描いて奔る水流だった。
流麗に舞う水の流れは、やがて飛沫を散らしながら球状の砂の周りをくるりくるりと巡って上昇してゆき、天頂に至った瞬間に弾けて、更に膨大な水量となって降り注ぐ。
魔法の成果を見届けたユリシウスは照準器から眼を離して、校庭に立つラウラを見遣って微笑んだ。
「あとは任せましたわ、ラウラ」
水に濡れ、砂塵に戻る術を失った砂の塊を見上げながら、ラウラは月光の淡い光の中、足許に落ちる自分の影にステッキの銃口を向けて、ぱきゅん──と引金を引いた。
「シェイド!」
その瞬間、まるで影が勢い勇んだように彼女の足許から無数の紐となって伸び上がり、砂の塊に絡み付いて地面に引き摺り落とした。
ラウラは手の中でステッキを一度くるりと回すと、銃口を砂の塊に向け、再びぱきゅんと鳴らす。
──あなたのカラダは魔女のココロ。在り得ざるモノよ、さっさとお家に帰りなさい!
砂の塊が徐々に崩れながら、銃口へと吸い込まれてゆく。やがて最後に残ったのは、トンガリ帽子を被った、幼い姿をした少女。彼女は先が尖っている耳に負けず唇を尖らせたむくれ顔を、ラウラに向けた。いじけたようなその表情は、寧ろ何処か強がっているようでもあった。
ラウラはその様子を見て思い直したように銃口を逸らすと、ステッキから取り出した実包を手の平に乗せて少女に優しく差し出した。
「ほら、おいで」
すると少女は、最初こそ視線を強くしたものの、やがてその目尻に涙を溜め込み、こらえきれずに泣きじゃくると、自ら実包の中へと消えてゆく。
「ごめんね。いきなり外に一人で弾き出されたから、不安だっただけなのね。でも寂しいからって、イタズラするのはよくないからね」
手の平の実包を指先で小突くと、ちゃんと聞いているのやら、リム底に“Gnom”と刻まれた実包が円を描くようにしてコロコロ転がった。
「魔法をあんな風に回収するなんて……」
その様子を見て、篝は思わず呟いていた。
篝は、孤児だ。代々続く魔法使いの家系の産まれだった篝は、魔法の暴走によって全ての家族を失い、巻き込まれた影響でそれ以前の記憶を喪失している。彼女の魔力が、何の属性を持たないのも、それに起因している。
記憶はなくとも、篝は根源的に、魔法への恐怖を抱えていた。ラウラが魔法に関わる事へ過剰に否を唱えているのは、それが原因だ。そしてそれ故に、魔法へ気負いなく接するラウラへ、無自覚ながら苛立ちにも似た羨望を覚えている。
──どうして、そんな真似ができるのかと。
ラウラのその姿は、最早記憶の彼方に消え去った幼き日に、篝の憧れた童話に登場する、魔法と心通わせる魔女そのものだったから。
「まったく、あの子らしいやり方ですわね」
魔法と戯れるラウラの様子を微笑ましく見守るユリシウス。しかし彼女はふと、その視線を、校庭を挟んだ向かいに立つ赤西高校の校舎の方へと視線をやった。
「今のは……?」
何か、心当たりのある気配を感じ取ったのだ。しばらく同じ方向を見詰め続けたユリシウスは、やがて視線を切ると、屋上からふわりと身を躍らせた。
「ユーリさんが居るってことは、やっぱりあの子が、新しい魔法少女なんだ」
ユリシウスが視線を逸らしたのち、高校の校舎の屋上に、その少女は姿を現した。
長い黒髪を靡かせる頭に、翼を模した耳当てのヘッドセットを付け、華奢な肩に青味の強いケープを纏った、タイトなパンツルックの少女だ。
「これから、どうするの?」
少女の傍らで、銀の鱗に身を包んだ翼を有する小さな竜が、優しいアルトの声で言った。
「これから、……どうしよう。どうすればいいと思う?」
問いへの応えは、ぽつりとした、他にどうしようもないという問いでしかなく。
「貴女は、どうしたいの?」
しかし竜は、根気よく少女の意思を問う。
今度こそ応えはなく、言葉を詰まらせる少女を、月の光がただ冷たく見下ろし続けた。
「暇だ」
赤西小学校の保険医、滝沢タラサは、紅茶を淹れたカップを揺らしながら言った。
パンツルックのスーツに白衣を引っ掛け、右眼を眼帯で覆っている。少しばかり近寄りがたい雰囲気があった。だが、彼女本人は多少蓮っ葉なところがあるものの、面倒見の良い人柄で、今もまた大した用もないのに保健室に屯す生徒にぶつくさ零しながらも、紅茶と手製の菓子を出してやっているところである。
「今日はマカロンね♪」
「まあ可愛らしい。お洋服もこうあってくれたらいいのだけど」
「宝石みたい……」
茶会のメンバーはいつもの組み合わせだった。早速菓子を頬張るラウラに、いつものように隣の高校から抜け出して来たユリシウス、そしてカラフルな焼き菓子を食べるでもなくただ魅入ってばかりの篝だ。
タラサはそれを、左眼で横目に見ながら、ふと無意識の内に右眼の眼帯に手を宛がった。妙にじくりと痛んだからだ。近頃は、ふとした拍子に疼くのだ。
「タラサ……? 痛むの?」
それに目敏く気付いたユリシウスが、そっと声を掛ける。
「ああ、いや、そういうわけじゃないさ」
気にするなと右眼から外した手で、こちらを見詰める視線を振り払う。内心では、しまった──という気分だった。
彼女の右眼は、子供の頃に失明している。彼女自身、何があったかはっきりと憶えてはいないが、なにかこの世のモノとも思えない美しいモノを視たと思ったその瞬間には、右眼が光を失っていたのだ。年の離れた幼馴染のユリシウスは、その時に一緒に居たからか、やけにその事を気に掛けているようだった。
「なんでもないから気にすんなって。それよりもお前ら、また妙な話を仕入れて来たんだがよ、聞きたくはないかい?」
話の流れとしてはやや強引だが、ここは話題を切り替えるに限ると切り出す。
「妙なこと?」
ラウラが首を傾げる。彼女らが、近頃そういう話を集めているのは知っていた。先日も、校庭の騒動について根掘り葉掘り聞いて来たのは記憶に新しい。
「今朝の職員会議で聞いた、獲れたてさ。怪奇、図書室から消えた本ってな」
話はこうだった。
最近になって、図書室の書庫にしまってある本が、いつの間にか消えているのだという。最初は数冊程度で、司書の教諭も何かの間違いかと思っていたらしいが、昨日には書庫の棚の一つから丸々本が引き抜かれていたというのだ。
「それは、随分と妙な話ですわね」
話を聞き終えるや、ユリシウスが神妙な顔で呟く。すると、タラサは彼女の分のマカロンを一つ攫って、自分の口に放り込もうとしてから思い直し、いつまでも食べようとはせずに宝物を見るようにマカロンを観賞していた篝の口に詰め込んだ。
篝は咄嗟の事に最初こそ驚いた顔をしたが、モクモクと口を動かすごとに頬を緩めてゆく。タラサはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべたまま、ジトっと自分を見るユリシウスへ「だろ?」と言った。
その日の夜、ラウラ達は図書室に集まっていた。なくなったという本の在処を探すためだ。
篝が一枚のカードを手に取り、弓に取り付けてあるスロットに差し込んだ。羅針盤のイラストが描かれたカードである。
「エンハンス──アイオライト」
すると、ガラスの弓が、群青色の光に染まった。差し込んだカードには、篝が回収したルーナの魔法が封印されている。それは、探し物の在処を示す魔法だ。
一度引いた弦をピン──と解き放つと、一筋の光が弓から遠くの方へと伸びてゆく。探したい物と縁のある場所やモノの近くで発動すると、こうしてその在処を示すのだ。定まった形のある物でなければ探せないという制約があり、直接魔法を探す事はできないが、何かと重宝している魔法である。
「この一件が魔法のしわざだとして、なにか心当たりはありますか?」
校舎を後にして光の筋を辿る道すがら、ユリシウスはルーナに問いを投げた。
「心当たりねぇ。本が絡むとすれば、ダンタリオにゃんでしょうけど」
「知恵の悪魔の? あなた、以前から思っていたのですが、魔法のルーツが少し多くはありませんか。名付けの引用元は一つに絞るというのが基本でしょうに」
「それはあくまで原則でしょう? 一つ切りの源典なんて、つまらにゃいじゃにゃい。とにかく、相手はダンタリオ。本を操る魔法ね」
「それ、どうやって使うの?」首をかくりとラウラ。
「あら、書庫の番をやらせるにはうってつけでしょう。あとは、本を片付けさせたり、ページを捲らせたりね」
「また恨まれてないといいけどね」
諦観を込めてラウラは言った。それをごく自然に無視して、ルーナは「でも妙にゃのよね」と呟いた。
「あの生真面目が、蒐集家の真似事をするにゃんて……」
「着きました」
その時、一行の先頭を行く篝が、そう言って立ち止まった。彼女が掲げる右手の指輪から伸びる光の筋が、目の前に建つ廃墟を示している。
そこは町外れにある、看板が崩れ落ちて名すら知れぬ劇場の残骸だった。
劇場ホールへと続く扉は蝶番が緩んでいたのか、押すとそのまま前に倒れた。床に落ちた扉が、埃を巻き上げる。当然のようにラウラの肩に駆け上がったルーナが、天井の一部が崩落し、開いた穴から差し込む月明かりによって照らされた劇場の中を見渡す。
「ここで当たりのようね」
置き去りにされた観客椅子の上に、本が積み上げられている。その冊数は、明らかに小学校の図書室からなくなったという量を上回っていた。他の場所からも本が集められているらしい。
「ますますあの司書気取りとは思えにゃいわね」
ルーナが気に入らなさそうに、尻尾を揺らす。
その時、ラウラの傍らの椅子に積まれた本の山の最上段の一冊──『テンペスト』とタイトルが銘打たれた本が、パラパラとページを捲り始めた。まるで、風に煽られでもしたように。やがて狂ったように捲れるページが装丁から外れて舞い上がる。
「この気配は、エアリエル?」
千切れた紙片は舞台の上へと飛んでゆき、渦を巻いた。紙の渦が唐突に晴れて、壇上に紙吹雪となって舞い散る。
「誰……?」
月光のスポットライトが照らす壇上に、一つの人影が忽然と現れていた。
丈の長い黒衣を身に纏った青年らしき立ち姿。腰に、一振りの刀剣を佩いていた。虚空を見上げるその面差しは、目元を覆う黒塗りの仮面によってはっきりとしない。
「……違う? あの気取り屋らしい演出にゃんだけれどね」
「あのかたは、もしや……」
仮面が覆う顔に、憶えのある面影を視たユリシウスが眉をひそめる。
すると、青年が仮面に潜む視線を観客席の方へと向ける。しかしその挙動は、そこへ立つ彼女らへ反応したというよりは、役者が定められた芝居をしているようである。
やがて彼は、腰に佩いた剣を鞘から払い、その切っ先を、今度ははっきりと、ラウラ達の方へと向けた。
「面白れぇ」
青年の抜剣に、血気盛んに応じたのは、篝の肩に乗ったハリネズミ姿のイッカクだった。雷光に変じて、その姿を鬼相の偉丈夫へ変えると、その手に雷を纏った抜き身の刀を出現させた。
「俺の前で得物を執るってことはよ。テメェ、叩っ斬られても文句をねぇってことだよなぁ?」
刀の切っ先を突き返すイッカクにすら何の返答もなく、青年はただ一歩前に踏み出して──跳んだ。
ただの一歩、何の足運びもなく、青年はその身に風を纏って壇上から観客席へと飛んだのだ。しかしイッカクとて、並の遣い手ではない。風を巻く刺突が襲い来るその時には既に、紫電の一閃を放っていた。
風と雷が激突しようとしたその刹那──
「樹よ、嵐にも揺るがない梢を伸ばせ──大樹(アルブル)!」
剣と刀の交錯を遮るように、木肌の壁が立ち塞がった。葉を生い茂らせた大木が、老朽化した木床を割りながら突き出したのだ。
「邪魔入れやがって、何処のどいつだ!?」
爆発的な樹木の成長に巻き込まれないように足を退いたイッカクが、ようやく生育を止めた梢の頂上へ刀を振り上げながら吼える。
「ごめんなさい。でも、見てられなかったんです。あなたに兄さんが傷つけられるのも、兄さんがあなたを傷つけるのも」
枝の上に立ち、イッカクの吼え声に応じたのは、先日ラウラ達を見下ろしていた少女だった。先日と同じ衣装に身を包んだ彼女の傍らには、翼を静かに羽ばたかせる小さな銀竜も寄り添っている。
「あぁん? 兄だぁ?」
華奢な肩でありながら、凛とした瞳を揺らす事なく見返して来た少女の台詞に、イッカクは眉根に皴を寄せた。
出鼻を挫かれると共に刀を下ろしたイッカクの前に、ユリシウスが進み出て「その姿を見るのはお久し振りですわね、フローディア」と竜へ声を掛ける。そして少女へ、微笑と共に視線を向けた。
「エステルも。またその衣装を見ることになるとは思わなかったわ。……なにがあったの?」
ユリシウスが優しく問うと、イッカクの怒声にも動じなかった少女は、一転して今にも泣きそうな表情を浮かべる。
「彼は、ユリアンなのね?」
仮面の青年を見遣ったユリシウスがそう言うと、少女がとうとう涙を散らす。
その時、それまで場を静観していた青年が、剣の切っ先を震わせた。
「おい、ですわよ! そこを退(の)け」
「いいえ、ここは退(ひ)きます。いいわね、エステル」
吼えるイッカクをライフルの銃身を持ち上げて制したユリシウスは、少女へと呼びかける。
「はい」と少女が頷き返すと、ユリシウスは銃口を仮面の青年へと向けて、そこから僅かに照準を下げて、心の引金を押し込んだ。
青年との間合いの狭間でキィン──と放たれた氷の粒が弾けて、辺り一帯を包み込む濃霧が発生した。
やがて霧が薄れ、月光が再び劇場を照らし出した時、あとに残っているのは独り佇む青年と、劇場の中心で天井を突き抜けて夜空を突く大木のみだった。
劉・エステル・クレティエ(ka3783)。少女はそう名乗った。赤西高校に通う一年生にして──かつて魔法少女だったと。
契約主は、竜の姿のフローディア。エステルはラウラと同じく、彼女の正体を魔女だと見抜き、やはりラウラと同じく散逸したフローディアの魔法を回収する事になった。ユリシウスもまた、今と同じようにその手伝いをしていたという。そして、エステルはその役目を果たし終えたのだ。散逸した魔法を回収し終え、本来の姿を取り戻したフローディアは町を離れて、エステルはまた魔法とは縁のない世界へと戻った──はずだった。
だが、違ったのだ。
彼女達は、ある一つの魔法を見逃していた。
「それが、夢幻(レブリ)。私たちは、全ての魔法を回収し終えたという、夢を視せられていた」
フローディアが畳に敷いた座布団の上で翼を休めながら、そう言った。
ここは、エステルの自宅にある客間である。彼女の家は、敷地内に古武道の道場が建つ武家屋敷だった。廃劇場から撤退したラウラ達は、そのあとすぐにここへ場所を移したのだ。
「そして、私たちを出し抜いたレブリは、エステルの兄に手を出した」
フローディアがそこで一旦言葉を区切ると、それまで顔を伏せていたエステルが面差しを上げて引き継いだ。
「私たちは、兄さんを取り戻すために戦いました。けどレブリは、別の魔法と手を組んだ。それが、ルーナさん、あなたの魔法です」
「にゃるほどねぇ」
座布団の上で丸くなって存分にくつろいでいたルーナが、気の入ってない声を上げた。
「それで、これからどうしようと──」
おもむろに身を起こしたルーナが今後の算段を問い質そうとしたその時──障子が音を立てて開いた。客間に足を踏み入れたのは、着流しを肩に引っ掛けた四十路近い齢の頃の男だった。何か手に小さな布包みを提げたその男は劉厳靖。エステルの父親だ。
エステルは父と兄との三人で暮らしている。母は、エステルが四歳の時に病で亡くなった
「おう、全員揃ってんなぁ」
彼は、一行がいきなり玄関に押し入った時と同様に、何とも適当な調子で客間を見渡した。竜や知性ある瞳を向ける黒猫、テーブルの上で腕を組みながら睨むハリネズミを目にしてもなお、浮かべた笑みは崩れない。
「テメェ、魔法使いだな」
イッカクが、その小さな身体から低い声音を発した時でさえも。
厳清は魔法使いだ。いや、正確には魔法使い──だった。
「聞かずとも見りゃわかんだろうよ。俺はもう、魔法なんざ使えないさ」
「みてぇだな。なんだその有り様は、まるで残骸じゃねぇか」
厳靖の魔力が乏しいことは、イッカクのみならず、ラウラでさえそれと見抜くことができた。魔法使いにとって魔力を失うという事は、心を削るという事に等しい。心の摩耗が激しくなれば、その影響は身体にまで及ぶ。
厳靖は、身に付けた古武術によって体幹を保っていたが、そうでなければ歩く事もままならないだろう。
「なぁに。ちょいと、惚れた女と別れるのが惜しくてね」
番いのまじないという魔法がある。古い魔法ゆえに、心が大きく関わる魔法だ。魔力をなげうつ事で、死病をすら覆す事ができる魔法である。重要なのは、犠牲にする魔力ではなく、相手を想う心の強さ。想う心が強ければ、死に瀕した相手に数年の余命を与え、更には完全に死を遠ざける事すら叶うのだ。かつて魔法使いが妻を救いたい一心で使用した事から番いのまじないと呼ばれている。或は、その妻が我が子を想って奇跡を起こした事から──雛還り、とも。
エステルは、父の言動に眼を伏せこそすれ、過剰な反応はしなかった。以前、厳靖に魔法少女になった事を告白した時に、聞かされていたからだ。番いのまじないの事を。
「そうかい」
イッカクはそう言ったきり、厳靖に背中の針を向けた。
それまで二人のやり取りを静観していたユリシウスが、折り目を正して厳靖に一礼する。同じ町に居を構える魔法使いの家同士、繋がりは少なからずあった。厳靖の方針で、ユリアンも、そしてエステルも魔法少女になるまでは、ユリシウスや自分達が魔法に関わる血を宿している事は知らなかったが。
「しばらくおいとましておりました、厳靖おじさま」
「おじさまは止せやぃ」
柄じゃねぇよと、厳靖は首許を掻いてユリシウスの礼に応じると「それより悪いねぇ」と言った。
「うちのガキ共が迷惑かけてよ。エステルだけならまだしも、あの放蕩息子までとなりゃ、申し訳が立たねえなぁ」
厳靖のその台詞に、エステルが肩を震わせた。
父に兄の事は話していない。察しているかもしれないとは思っていたが「兄さんはお友達の家にお世話になってるんだって」という嘘に、厳靖は取り敢えず頷いてくれていたのだ。厳靖はいつもそうだった。子供の悩みや問題に対していつも適当なようでいて、しかし本当に立ち行かなくなった時には、いつの間にか傍に居てくれる。
エステルの傍らに立った厳靖は、彼女の前に小さな布包みを置いた。厳靖が手を離すと共に、はらりと布が落ちて、中身が露になる。
「これ……」
木彫りのオカリナを見て、エステルが目を見張る。
母が──おかあさんが、よく吹いていた。
「憶えてんのか」
「うん。……ほんの少しだけだけど」
「そうか。……そうか」
厳靖が笑みを見せる。普段のだらしないへらりとした表情とは違う、初めて見る父の綻ぶような顔だった。
厳靖はオカリナを手に取ると、促されてエステルが差し出した手の平の上に置いた。
「こいつにはな、母さんの魔力が籠められてある。うまく使いな」
エステルが再び、目を見開く。
「でもそれじゃ……」
これは、最後に残された心のカケラ。オカリナの木目は、今もまだ記憶に残ったまま、その輝きを失っていない。
「馬ぁ鹿、心ってのは後生大事に仕舞っとくもんじゃねぇ。お前の手の中にあるそいつはな、伝えるためにあるもんだ。あの馬鹿息子にも、母さんの言葉伝えてやんな。そいつができんのは、きっとお前だけさ」
最近、ますます似てきたからな──と、エステルの黒髪をさら──と撫でる。いつもなら、髪型を崩すようにくしゃくしゃと撫でるのに。
娘の髪から手を離した厳靖は、客間に集まった一行を見渡して、頭を下げた。
「ま、そういうわけだ。面倒押し付けてワリィが、ウチの子供らのこと、よろしく頼まれてくれねぇか」
「わ、わたしからもお願いします!」
エステルもそれに倣う。
並んで低頭する父娘を、ラウラ、篝、ユリシウスはそれぞれ想い想いの顔で見詰めた。両親を亡くしたラウラ、身内とその記憶を失くした篝、魔法使いの名家の家督を背負う父との間に埋めがたい確執を持つユリシウス。そんな彼女達としては、想う事とてあるのだろう。
「ええ、勿論。こちらこそ、またよろしくお願いね」
「魔法を回収するのに必要なことなら、わたしは構いません」
ユリシウスと篝が、それぞれ頷き、立ち上がったラウラが胸を叩く。
「まかせて。絶対、なんとかしてみせるから」
「随分にゃ安請け合いね、ラウラ。あっちは魔法の融合体、にゃまはんかにゃ相手じゃにゃいわよ」
その意気込みに水を差すルーナ。しかし、その言い分はもっともだ。だが、ラウラはなおも笑みを崩さず言った。
「なに言ってるの、ルーナ。わたしだって一人じゃないわ。あなたもいるし、みんながいるもの。きっと、なんだってできるわよ」
「……あにゃたって子は、まったく、変わらにゃいのね」
ルーナは、蒼月を思わす両の瞳をパチリと閉じてみせた。そして気儘に尻尾を揺らす。
「けど、私を数に入れにゃいで」
「……さっきの台詞、そっくりそのまま返してあげる」
明晩、体勢を整えて廃劇場に足を踏み入れた一行は、その変化にすぐに気付いた。
「ホントにここ、前とおんなじ場所?」
ガラクタが散乱して薄暗かった廊下は、隅々まで掃除が行き届き、照明が灯してあった。廃れ逝くばかりだった場所が、かつて在りし姿を取り戻しているのだ。
「これはレブリが視せる夢よ。気を付けて頂戴」
フローディアの言葉に、一行はより気を入れながら進んでゆき、そして劇場ホールへと辿り着く。壊れていたはずの扉を押して開くと、奥に広がる光景も一変していた。
光り輝くシャンデリア。朱いビロード敷きの観客椅子では、本の頭をした燕尾服やドレスス姿の紳士淑女が、舞台の幕が開いてゆくのを、拍手と共に頭の本の表紙を開閉しながら観劇している。
「兄さん!」
壇上に立つ仮面の青年──ユリアンを見るや、エステルは思わず呼び掛けていた。本頭の観客達が、舞台開幕に水を差した彼女を一様に振り返った。
「シェイド!」
ぱきゅん──
おもむろに立ち上がり、エステルの方へ殺到しようとした本頭達を影の戒めが床へ引き摺り倒す。
「エンハンス──エメラルド」
ピン──
緑光が飛び、そして弾けると共に突風が吹き荒れて、本頭を吹き飛ばした。
「行って!」
ラウラと篝が開いた道をエステルが走り過ぎようとすると、ページを激しく捲らせながら、本頭達が道を塞ごうとして押し寄せる。
キィン──
異形頭の人型達は、捲れ上がった紙片もそのままに、氷像と化してその動きを停めた。
「お行きなさい」
ユリシウスの微笑みに、エステルは声もなく頷き返して、再び駆け出す。
だが、その前に立ち塞がるようにして、荘厳な革表紙の装丁をした本を頭に持つ人型が立ち塞がった。
「しつこいったら……!」
すぐさま、三人が三人共にそれぞれの魔法の照準を向ける。
「奔れ──紫電」
彼女らが魔法を放つのに先んじて、一振りの抜き身が飛び、異形頭の装丁に突き刺さった。
「見てられねぇ。掴まってな」
「え、きゃ!?」
稲妻と化して刀の許まで奔ったイッカクは、刀を抜き取るや、エステルの細身を片腕に抱え上げた。そして、まさしく雲耀の速さで以って壇上にまで奔り抜く。
「兄さん……」
イッカクの腕から舞台に降り立ち、エステルはユリアンに呼び掛けた。
その声に、ユリアンははっとしたように虚空に向けた視線を妹へ向け、震える腕を伸ばそうとしたが、目許を覆う仮面に紅い光が走ったかと思うと、また定まった芝居を演じるかのような挙措で剣を抜き払い、エステルへ斬り掛かった。
兄の凶行に為す術もなく眼を閉じたエステルは、しかし、目蓋に落ちる暗闇に力強く迸る紫の雷を視た。
「テメェの身内だろうが……! テメェが目ぇ離してどうすんだ!」
緑風纏う剣身を、紫電帯びる刀身で受け止めたイッカクが、剣撃ごとユリアンを弾き飛ばして、背後のエステルをどやしつける。
「はい……!」
エステルは、胸元に提げた紐に通してある母の形見を手に取った。呼吸を一つ、身体に取り込んだ息を身心へ巡らせる。澄んだ心の中に、ソレを見付けて、エステルは唇に当てたオカリナに息吹と共に吹き込んだ。
オカリナの節穴を塞ぐ指の動きに淀みはない。誰かに導かれるようでありながら、それでいてこの音だという確信もあった。心に感情が流れて来る。しかしその流れは優しくエステルの心を満たして彼女自身の心と同調し、音色となってオカリナから外へと伝わってゆく。
心洗う音色に乱れのないまま、エステルの頬を暖かな滴が伝い落ちる。
同じように、ユリアンの仮面からも涙滴が零れ落ちた。とその時、仮面に罅が入り軽やかな音を立てて砕け散った
「兄さん……」
オカリナから唇を離して、素顔を晒したユリアンに呼び掛ける。兄の目蓋がそっと開き、透き通った優しい瞳が、エステルを見返した。辺りの光景に戸惑いながらも、エステルの瞳を真っ直ぐと。
「エステル……?」
自分の名を呼ぶ兄の声を聞く前に、エステルはその胸に飛び込んでいた。
「あっちは一件落着ハッピーエンド?」
魔法で呼び出した砂礫で本頭を弾き飛ばしてラウラは口許に笑みを浮かべてみせた。
「そんなこと言ってる場合ですか!?」
黄玉を思わす光を宿した弓から爆発炎上する光を射ち出しながら、篝が叫ぶ。
「アレをどうにかしないことには、終わりませんよ」
篝が壇上の更に上を仰ぎ見る。そこには、倒れた人型の衣装から外れて浮き上った本が、渦を描くようにして舞っている。その中心にはユリアンの仮面が砕け散るや、その破片から立ち昇った黒い霧のようなモノが、蟠るようにして揺らめいている。
黒霧が意思を示すかのように蠢くと、本の渦が連動してより激しく渦を巻き始めた。身構えるラウラ達。その背後から、残りの本頭達が飛び掛かった。
キィン──と氷雪の音が軋み、異形頭の氷漬けができあがる。
「なにも恐れることはありません。さ、おやりなさいな、二人とも。あなたたちなら、できないことはないのでしょう?」
ユリシウスの微笑に応えて、ラウラと篝はお互いに視線を交わして頷き合った。
ラウラがステッキの撃鉄を起こしてシリンダーを回転させ、彼女本来が持ち合わせた心の形を、その薬室に装填する。
篝は、多面鏡を模した絵の描かれてあるカードをスロットに差し込み、ガラス細工の弓に、紅玉の光を宿らせる。
「サラマンド!」
「エンハンス──ルビー」
ぱきゅん──宿主の外套と同色のカーマイン色の火柱が、ステッキの銃口から放たれる。
ピン──弓の中で線となって乱反射を繰り返した紅い光が解き放たれる。
火柱と光線が重なり合い、二重の螺旋となって、壇上に浮かび上がった本の渦に激突する。
本の壁を突き破り、やがて二つが一つになった魔法は、黒い霧へと辿り着いた。
爆炎が轟き、閃光が瞬く。
やがてその二つの余韻が消し去ると、ラウラと篝の手の平に、それぞれ“Dantalio”と刻印された実包と、“Reverie”と書かれたカードが落りて来た。と同時に、辺りの景色が廃劇場のそれへと戻ってゆく。
屋根が崩れ、吹き抜けになった天井から薄い陽射しが差し込んだ。いつの間にやら夜が明けていたのだ。
「カーガーリ♪」
篝の視界の中、朝陽を背中に浴びるラウラが、手を掲げてなにやら期待するような笑みを向けて来た。
「……一回だけですからね」
篝は目を背けてそう呟くと、控え目に手を掲げ返してきた。ラウラは今度こそ満面の笑みを浮かべる。
「これからもよろしく」
「よろしく、です」
朝陽が照らす劇場に、高らかに手を打ち鳴らす音が響いた。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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相談卓 八原 篝(ka3104) 人間(リアルブルー)|19才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2017/11/05 17:12:20 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/11/06 21:13:23 |