• 陶曲

【陶曲】そして、永遠は物語り(中巻)

マスター:のどか

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
3~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/11/29 19:00
完成日
2017/12/13 01:09

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング


 どこまでも続くレンガ畳の上に、固い靴底がコツリコツリと2拍子を刻む。
 街の喧噪を遠くに、夕焼けの差し込む路地に現れたタキシード姿の男。
 彼は伸びた建物の影が支配する薄暗がりを目指すように、優雅に歩みを進めていた。
「ふむ……この辺りか」
 握ったステッキの先で、カツンカツンと2度、道の上を叩く。
 すると、突然吹きあがった緑色の炎の渦が、彼の被った「笑み」の面を怪しく照らし出した。
 やがて霧散していく渦の中には、1体の白い歪虚の姿。
 まるでねじれた蝋燭のようなのっぺりとした肌を持つそれは、寝起きにうんと背を伸ばすかのようにゆっくりと身を伸ばすと、瞳のない顔でまっすぐに男――カッツォ・ヴォイ(kz0224)の隠された表情を見据えた。
「君の方から会いに来るとは思いもしなかったな」
「“友”の大成を祝福するのに、わざわざ呼びつけるのは無粋かと思ってね」
「……気の利いた計らい、まったく痛み入るよ」
 白い歪虚が吐き捨てるような笑みを浮かべると、カッツォはそんな彼の姿を見定めるかのように上から下へと見流した。
「どうかね、首尾の方は?」
「首尾もなにも、もう彼にできる事はありはしない。ただひたすらにこの身、この命を任せるだけだ」
「なるほど」
 自分で話題を振っておきながら、まるで興味がないかのように話をぶつ切る。
 とはいえ、それが社交辞令であることは分かり切ったこと。
 白い歪虚もとりわけ口を挟むこともしなかった。
「そうは言っても、全く手を掛けられないというわけでもないだろう」
「……どういう意味かな?」
「なに。少々、私の舞台に力を貸してもらえれば――と思ってね」
 緑炎の左腕が激しくゆらめいたのを見て、カッツォは紳士がひげを撫でるかのように仮面の歪んだ口元をに添って指を這わせると、コツリと足を踏み出した。
「既に君は、演出家の手を離れて舞台の上にあがった身だ。それなのに、ただひたすら渡された台本の通りに役を演じ続けるだけだというのかな? 時には気の利いたアドリブも、劇を盛り上げるためには必要なものであると私は考えるがね」
 周りをぐるりと歩き回りながら、高説を唱える彼から視線を外すように赤い空を見上げる白い歪虚。
「その“演出家”の言葉としては……ずいぶんな物言いじゃないか。良いだろう。ほかならぬ“友”の頼みだ。彼に、何を望む?」
 その言葉に、カッツォはピタリと歩みを止める。
 そして柔らかな物腰で歪虚の方へ向き直ると、はじめそうしたように、ステッキの先で2度、足元を小突いた。
「なに、今までと変わらぬよ。ただ少しばかり――加減というものを忘れてさえくれればいい」


 もうもう噴煙が立ち上る大通りの真ん中で、アンナ=リーナ・エスト(kz0108)は目の前に広がる光景に、何も言葉を発することができなかった。
 下された指令はただひとつ――ヴァリオスに現れた歪虚を殲滅すること。
 普段なら大勢の市民や観光客でにぎわうヴァリオスの目抜き通りだったが、今この瞬間は、叫び、嘆きといった様々な悲鳴の飛び交う戦場だ。
 すぐそばを駆け抜けていった大勢の仲間たちが、市民の盾となるように歩を進めながら、迫りくるタール状の犬どもに、銃弾の雨を浴びせていた。
「どうした、しっかりしろ!」
「っ……失礼しました」
 大柄のライフルを抱えた兵士に背中を小突かれ、アンナはグリップを握る指に力を込める。
 そうして子供の身の丈はありそうな大柄な射杭機を構えなおすが、その瞳に浮かぶ戸惑いだけは消えることはなかった。
 胸の内に渦巻いていたのは、どうしようもない無力感。
 部下を危険に巻き込みながらも、首謀者の最期を看取り、事件は終わったと思いたかった――信じたかった。
 だが、現実に街を闊歩し、建物を壊し、人を喰らう大量の巨人やワームや目玉や黒犬たちの姿を前にすると、そんな甘ったれた希望はことごとく打ち砕かれていることを、否応なしに理解させられていた。

「な、なんだ……!?」
 不意に上がった声に、アンナははっと意識を揺り戻す。
 慌てて見渡したそこには、大通りの中心へと歪虚達が折り重なっていく異様な情景があった。
 圧して、乗って、潰して、噛みついて。
 団子を捏ねるかのように纏まっていくその塊を、大量の黒犬たちが、そのどろりとした身体をめいいっぱいに引き伸ばして包み込む。
 瞬く間に、街の中心には真っ黒な球体のオブジェが、姿を現していた。
 誰もが思わず息をのんでその様子を見守る。
 だが、オブジェに異変が起きるそれよりも早く、ひとつの悲鳴が静まり返った街の中へと轟いた。
 それを皮切りに、あちこちから上がる声、声、声。
 軍人も一般人も関係なく、頭を抱え、身体を振り乱しながら、まるで何かを訴えかけるかのように叫び声を上げる。
 歯をむき出して、血走った瞳で、何かにぶつかるのも、転ぶのも憚らずに、ひたずらに悪夢を振り払うかのような、そんな光景だった。
 そして、それは伝染するかのように次々と街中へ広がっていく。
 叫びの渦の中で、アンナは思わず顔を顰めて耳を塞いでいた。
 他のまだ感染していない者達も、その光景をただ奇異の目で見ている事しかできなかった。
「おい見ろ、黒球が……!」
 まともな者の、誰かが叫んだ。
 黒球の表面が、まるで鼓動するかのように波打つ。
 次第に膨張するように膨れ上がったそれは、やがて圧に耐えきれなくなったかのように――はじけ飛んだ。

 黒い卵の中から現れたのは、強大な異形の悪魔。
 先に現れた腕と尾は左右の腕を成し、それらを支える胴はすり鉢の口。
 頭は下顎の突き出た厳つい魚のようで、それぞれのパーツを繋ぐのは数多の目玉を抱くタール状の液体。
 それがそのまま下半身に6本の不定形の足を成し、どっしりと地の上に聳え立つ。
 建物をゆうに超えるサイズの異形は、鞭のような腕を大きく揺らすと、眼前を薙ぐようにそれを振るった。
 次の瞬間、元々は人の形をしていたのであろうひしゃげた形の何かが、塵のように曇天の空に舞っていた。

 その日一番の悲鳴が、街に響いた気がする。
 正気を保っている人々は、我先にこの場を脱しようと逃げ惑う。
 しかし、のたうち回る狂い人達の波に飲まれて、思うようには進めなかった。
 まともな兵士たちは、戸惑いながらもその銃口を異形の者へと向ける。
 が、これもまた暴れる狂い人が、背に腕に当たり、思うように狙いがつけられない。
 そもそも、自分達はこのままここで戦い続けて良いのか?
 仲間を呼ぶべきか?
 仲間を助けるべきか?
 市民は……?
 極限の状態に於ける混乱が、兵士達の身体を鈍重に支配していた。
「私は……くそっ……!」
 そんな中でアンナは唇を噛みしめて、射杭機の切っ先を鋭く異形へと向ける。
 迷っている暇は無い。
 自分のできる最善を尽くすために――彼女は狂い人の波の中へと、身を投じていった。

リプレイ本文


 石畳の上に突如として生えた土の壁が、巨大な異形の姿を遮る。
「意識のあるヤツは、できるだけ遠くに逃げてくれ!」
 阿鼻叫喚とする人の群れの中に声を荒げる歩夢(ka5975)。
 そんな彼に背を向けて、フワ ハヤテ(ka0004)の視線は土壁ごしになおも頭いくつも飛びぬける歪虚“ザ・ストレンジ・ワン”の姿に注がれた。
「やれやれ……弾除けくらいになってくれれば良いけどねぇ」
 溜息の混じる彼の隣を赤い閃光が駆け抜ける。
 地面に伏すように身を低くして一直線に突き抜けたその姿は、軽やかなステップで目の前の土壁を足場に駆け上ると、さながら紅蓮の弾丸となってはじけ飛んだ。
 次の瞬間には眼にも止まらぬ大太刀の一刀が空に鳴き、その閃きの主――アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)がスタリと地面に着地するのに間をおいて、輪切りになった長大な蝕腕の先が土埃をあげながら横たわった。
 法螺貝を吹くかのような雄たけびを上げて、身をくねらせる歪虚。
 その一時の機会を逃さずに飛び込んだ霧島 百舌鳥(ka6287)の槍の柄が、巨体を支える多脚の一本を薙ぎ打つ。
 全身の体重を乗せたその痛打に、大きな体躯も思わずよろけて2、3歩後ずさった。
「やぁ、君は大きな歪虚だねぇ! それに、見た目からして正気を削りそうだ」
 ケラケラと陽気に笑う百舌鳥だったが、赤黒く染まった眼は大きく見開かれたままぐるりと周囲を一瞥する。
 まだまだ取り残された人は多い。
 この場から、あの歪虚を一歩たりとも出すわけにはいかない。
「大丈夫、私たちが来たから……絶対に振り返らないで逃げるのよ!」
 腰を抜かした婦人を支えながら、その背中を摩るリリア・ノヴィドール(ka3056)。
 その手でポンと押してあげて何とか駆け出して行った背中を見送ると視線の先に見知った姿がふとちらついた。
「アンナさん……!」
 張り上げたその声に、軍の雑踏の中で大きな射杭機を抱えたアンナ=リーナ・エスト(kz0108)の翡翠の左眼がリリアの視線と重なった。
「あなたたち……来ていたのか!?」
「こんな状況じゃ当然よ! 軍よりは初動は遅れちゃったけど――」
 クリス・クロフォード(ka3628)はそう言いかけて、無駄話をしている時間はないと雑念を振り払うように首を振る。
「とにかく私たちがアレを引き付けるわ。その間に、周囲の人だけでも避難をお願いできない? 戦うスペースさえできれば、あとはその中で何とか立ち回るから。それと――」
 口にして、クリスは戦域の端っこを指差した。
「発狂している軍人を、彼のところへ集めてくれないかしら。一発、賭けてみたいみたいことがあるの」
 視線の先で動ける市民を次々戦場外へ離脱を促す歩夢の姿が見えて、アンナは小さく頷いてみせた。
「分かった、動ける者達にかけ合ってみよう。もとより、すでに指揮系統も無いに等しい。立場も階級も……混沌とした渦に飲まれてしまった」
 口惜しそうに眉を潜めて、それから握り締めた射杭機を肩に担ぎあげる。
 そんな彼女の足元から、シェリル・マイヤーズ(ka0509)が見上げるように声を掛けていた。
「あの、これ……おまもり、持って行って」
 小さな手の平に載せていたのはリアルブルー製の精神安定剤。
 アンナはそれを受け取ると、ベルトポーチへしまい込んで優しく微笑んだ。
「ありがとう。こちらの世界じゃ、こういう先進医療の恩恵はあるだけでありがたい」
 シェリルも仮面から覗いた瞳をわずかにほころばせたが、それもすぐに戦場へと流すと、冷たく鋭い刃を構える。
「行こう……出来ること、やるために」
「ああ、健闘を」
 それから散開するハンターたち、そしてアンナ。
 目的はただ1つ――1人でも多く、一刻も早く、この被害を食い止める。
 
「――歪虚の周囲はひぃ、ふぅ、みぃ……避難はまだまだですね。これぞ阿鼻叫喚って感じです」
 戦場を遠く俯瞰する時計台の上で、ライフルに弾を込めながらアメリア・フォーサイス(ka4111)は自嘲するように笑みをこぼす。
「慣れるって……必要だけど、嫌なことですね」
 一瞬だけ口にして、すぐに気持ちを入れ替えるように頬を小さくピシャリと叩く。
「聞こえますか、アメリアです。まだフワさんの、目標挟んで反対側の方がわちゃわちゃしているので対応を――ええ、支援は任せてください」
 トランシーバーごしに落ち着いた声を響かせながら、オープンサイトを覗き込む。
 その金色の瞳に映るのは、今や遠くに見える命たち。
 引き金を絞る指に、震えはない。


 吹き荒れた薄氷の旋嵐が歪虚の四肢――いや多肢を真っ白に凍てつかせていた。
 フワの練り上げた氷塵の中で動きが鈍重になった右の甲腕へ、アルトの烈火の如き太刀が叩きこまれて火花が舞い散る。
 重い手応えとともに、堅牢な甲羅に入る一筋の亀裂。
 彼女は息もつかずに甲面を滑るように刃を引き抜いて、立て続けに亀裂目がけて分厚い刀身を穿った。
(狂気衝動が起こる――と聞いていたけれど、それらしい感覚はないな。たまたま……?)
 根本しか残っていない左の触腕が、ずるりと伸びたタール状の腕によって鎖鉄球のように振り回されると、太刀を引き抜く反動でそれをひらりと躱してみせる。
 しかし、距離を伸ばして薙ぎ払われたその重い一撃に、他の応戦中のハンターは木の葉のように弾き飛ばされ、また一時の守りを買っていた土壁も易々と砕け散ってしまっていた。
「行く道退いてられるほど……器用じゃないのよ!」
 転がりながらも受け身で体勢を立て直したクリスは、懐まで一気に距離を詰めると唸る機脚を胴に大きく開いた口の横っ面へと叩きこむ。
「流石にタフだねぇ……とても、都市伝説とは言い難い状況ではあるけれど」
「せめてしかめっ面の1つでも窺えれば、対処の参考になるのだけれどね?」
「あの魚面にそれを求めるのは酷というものだよ、まったく」
 再び地面から突き出した土壁に隠れて、百舌鳥は乱れた息を整える。
 フワもまた一時的に身を潜めて、後方の避難の様子を見やった。
 シェリルやアンナ、その警護についたリリアが狂乱する軍人たちをひとところに集め、その真正面にはバインダー型の術具を構える歩夢の姿があった。
「効いてくれよ、頼む……!」
 天にも縋る想いで注いだマテリアルは石畳の上を滑るように走り、印を結んで人々を包み込む。
 浄龍樹陣――マテリアル汚染を浄化する結界の中で、狂い人達は一様にハッと目を見開いて、曇天を見つめながら立ちすくんだ。
 その瞳にを真っ赤に染める血走りがすぅっと引いていくのを目にした時、彼の心に大きな安堵がわき起こる。
「これが、東方に聞く浄化の陣か――」
 見る見る正気を取り戻していく仲間たちの姿を見て、アンナもどこか興奮した様子で浄化の始終を見守る。
「ここは……我々は何を……?」
「説明は後……今、戦場の人々は貴方たちを必要としているから」
 言いながら辺りを見るように促したシェリルの言葉に、意識を取り戻した軍人達はすぐに自分達の置かれていた状況を思い出す。
「狂化した軍人と、一般人の保護とに人員を割こう」
「ああ、分かった!」
 一番状況を理解しているアンナの指示を受けて、軍人たちは一斉に散らばっていく。
 それを見送って、シェリルは小さく安堵したように息を吐いた。
「今まで良いようにされていたけど、少しは光明が見えるのよ――」
 気持ちを汲み取って頷き返そうとしたリリア――が、不意に視界が真っ暗になって彼女は自らの言葉を飲み込んでしまった。
 それは彼女だけではない。
 シェリル、そしてクリスもまた、突然の闇の中へと意識が引きずり込まれていたのだ。


 暗い世界に立っていた。
 四方八方を闇に覆われ、右も左も分からない。
 ……何が起きた?
 思えば、あれだけ騒がしかった戦場の喧騒も、奇声も、聞こえない。
 ヴァリオスの街も、巨大な歪虚も、仲間も、何もかもない。
 何もない世界にただ1人ぽつんと立っている、分かるのはそれだけだった。
 ……いや、何もないわけではない。
 目の前の足元――闇の中に煌々と輝く、真っ白い本が見える。
 不審に思った。
 触れてはいけないと思った。
 だが、その表紙が目に入った時――何故だか無性に、それを開かないわけにはいかなかった。


 急に発された奇声に、歩夢は思わず握っていた符を取り落としかけた。
 慌てて声のした方を振り向くと、シェリルとリリアが頭を抱えて、何かを振り払うようにぐわんぐわんと身を捩る。
「お、おい……どうしたんだよ、いったい!?」
 慌ててリリアの肩を掴み、正面を向かせる。
 その瞳が真っ赤に血走っているのを見て、彼は思わず生唾を飲み込んだ。
「どうしたんだ、クリス君――くそっ!」
 巨大歪虚の足元でも、同じようにして取り乱すクリスを百舌鳥が抑え込む。
 お構いなしに振り下ろされた甲腕の一撃を、押し倒すようにして回避すると、今度はその身を背中から羽交い絞めにして耳元で声を掛け続ける。
「歪虚は私が何とかする! その間に下がらせろ!」
「っ……分かったよ!」
 アルトが歪虚へ飛び込むのと入れ違いに、ずるずるとクリスを引きずって後退する百舌鳥。
「待ってろ、今すぐに正気に戻して――」
 シェリルとリリアから程よく距離を取って、歩夢は手早く符を構える。
 しかし、目の前に突如として現れた緑色の炎の塊が、その視界を遮った。
 炎の中から現れる、真っ白な姿の蝋人形――“不定の歪虚”が、ひび割れの口をめいいっぱいに歪めて、歩夢の姿を見据えていた。
「……君はどうやら、彼の未来にいてはいけない存在らしい」
「な、にを……」
 思わず後ずさった歩夢に、不定の歪虚は逆に一歩距離を詰める。
「――させません!」
 咄嗟に放ったアメリアの銃弾が、的確に敵の頭蓋へと迫る。
 が、威力に傾倒して精練されたハズの魔導銃の弾丸が、全く意にも介さずその表皮で無残にはじけ飛ぶのを目の当たりにして、思わず言葉を失った。
『ふむ……今この場なれば、傷1つ付けることはできまいよ。何せ彼は今、あまりに称賛されすぎている』
 それどころか、不意に鼓膜を直接揺らすかのように響いた彼の声に、思わず耳を塞いでふさぎ込む。
 遠巻きにその姿を確認した不定の歪虚は、再び歩夢へ視線を向けると、緑炎で模られた左の腕を差し出して、小さな声で呟いた。
「――爆ぜろ」
 途端にその手から発せられた閃光と爆音、そして爆炎が、天に向かって巨大な火柱を立ち上げる。
 唖然とする人々の視線の中心で、全身を焼け焦がした歩夢がゆらりと崩れ落ちていた。
「はああぁぁぁぁぁあああ!!!!」
 己の役割を見失わず巨大歪虚へと肉薄したアルトは、投げつけた手裏剣から瞬く間に懐へと入り込み、ひび割れの激しくなった甲腕へ一刀。
 小気味よく振り抜かれた太刀を両手で構えなおし、残身のままくるりと捻って、渾身の横薙ぎを胴部へ叩きこむ。
 深く胴を抉った一撃に、ザ・ストレンジ・ワンはぐらりとその身をのけ反らせると――そのまま負のマテリアルとなって、四方へとはじけ飛んだ。
「素晴らしい! まさか、ほとんど独りでやってのけるとは思わなかったよ! その分……余力はあちらへ回さなければならないようだけどね」
 手を叩いて称賛するフワは、ひらりと身を翻して後方の不定の歪虚へと目標をシフトする。
 頭上の大気を凍らせたかのようにして現れた2本の氷矢を狙い放つも、彼の振るった左腕から溢れた炎が、それを一瞬で蒸発させてしまう。
「私が牽制を続けます! その間に……!」
 トランシーバーから響くアメリアのやや焦りに満ちた声と共に、無数のマテリアルの光が天から降り注ぐ。
 それらは不定の歪虚の身体を取り囲むように降り注ぎ、僅かながら動きを抑えてみせた。
「揺動……というわけでもないな。いったい何を考えている?」
 大きく開いた距離をものともせずに間合いを詰めたアルトは、その一瞬の隙を突いて歪虚の眼前に迫ると、太刀を振りかぶる。
 その一振りを歪虚は蝋の右腕で弾くように真横にいなすと、そのまま炎の左腕を彼女の腹部へと押し当てた。
「まったく、君には計算を狂わされたよ。おかげで約束を果たすために、自ら戦場に出なければならなくなってしまった」
 百戦錬磨のハンターと言えど、“既に触れてしまったもの”を避けることはできない。
 押し当てた腕から発せられた灼熱の波動に包まれて、吹き飛んだ彼女のしなやかな身体が石畳の上をボールのようにバウンドして転がった。
「死なれても困るのでね、加減はしてある。安心して欲しい」
 血反吐を吐きながらよろよろと立ち上がるアルトへ、歪虚は高説を垂れるように肩を竦めてみせる。
 しかし、次の瞬間自らの背後で輝いた光の筋に、弾かれたように振り返っていた。
「危機一髪……なんとか、間に合ったようだねぇ」
 クリスを抱えたままの百舌鳥と、シェリル、リリアを取り囲むように立ち上るマテリアルの清らかな輝き。
「ざまあ見ろ……ってんだ。修羅の国……エトファリカ育ちを、舐めんなよ……」
 うつ伏せに横たわりながら、息も絶え絶えの中で輝く符を握り締めた歩夢。
 仲間の瞳に正気が戻っていくのを尻目にその意識は遠のいていった。
「頭痛が……」
 額に手を当てながら軽く頭を振るシェリルの姿を見て、歪虚は思わず小さく舌を鳴らした。
「くたばり損なっていたか……詰めが甘いものだ」
「……死んでも出てくるとかしつこいんだよ。いい加減に眠ってろよ!」
 咄嗟に戦闘態勢へ移ったクリスは、腰を低く落としてジリジリと距離を測る。
 リリアもまた、戦況も、自らの状況も理解できないままながら、刃を構えてみせた。
「……アレは何なのよ? あなた、あたしたちに何をしたの?」
 夢見の悪さか震える唇で語る彼女の言葉に、歪虚は不機嫌そうにしていた口元をニヤリと吊り上げる。
「何もしはしないよ。物語とは、作家の意図と関係なしに語り継がれていくものだ」
「その思わせぶりな物言いを、いい加減――」
 声を荒げたのを制するように手のひらを向けた歪虚に、リリアは思わず押し黙る。
 彼はそのまま人差し指だけを立てると、舌を鳴らしながら静かに左右に振った。
「ここまでだ……私は十分に約束を果たせたよ。もう少し観客を増やしたかったものだがね――」
 言いながら、足元から立ち上る炎の渦が彼の姿を包み込む。
 渦は彼を飲み込むようにして小さく収束すると、一変、衝撃波を伴って周囲へとはじけ飛んだ。
 塊となって四散する緑の炎がハンター達の身に激しく打ちつける中、歪虚の姿もまたどこかへと消え去ってしまっていた。

「でたらめすぎる……いったいアレは何?」
 戦場から銃口を外しながらアメリアは思わず1人呟いた。
 その引き金に掛かったままの人差し指が、無意識の中で僅かに震えていた。

依頼結果

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MVP一覧

  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109
  • 真実を照らし出す光
    歩夢ka5975
  • 怪異の芯を掴みし者
    霧島 百舌鳥ka6287

重体一覧

  • 真実を照らし出す光
    歩夢ka5975

参加者一覧

  • THE "MAGE"
    フワ ハヤテ(ka0004
    エルフ|26才|男性|魔術師
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    リリア・ノヴィドール(ka3056
    エルフ|18才|女性|疾影士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 魂の灯火
    クリス・クロフォード(ka3628
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • Ms.“Deadend”
    アメリア・フォーサイス(ka4111
    人間(蒼)|22才|女性|猟撃士
  • 真実を照らし出す光
    歩夢(ka5975
    人間(紅)|20才|男性|符術師
  • 怪異の芯を掴みし者
    霧島 百舌鳥(ka6287
    鬼|23才|男性|霊闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
クリス・クロフォード(ka3628
人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2017/11/29 11:55:38
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/11/25 22:46:21