海辺の竜。群れなす黒のワイバーン

マスター:馬車猪

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/12/02 07:30
完成日
2017/12/06 19:29

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 エクラの印が噛み砕かれた。
 悲鳴と恐怖の声が重なり合う。
 歴史を積み重ねた祈りの場が、1匹の竜の襲来で地獄へ変わった。
『薄い』
 災厄の十三魔とも呼ばれる、竜種歪虚ガルドブルムが顔をしかめて天井を見上げる。
 己が押し入った結果半ば崩壊しているが、光の取り入れ方に工夫がある目に楽しい。
 人間の工夫は大したものだ。
 なのにこの聖堂はすかすかだ。
 最も濃いマテリアルを持つ品でも土のような味しかしない。。
「せ、聖遺物が……」
 聖堂の長である司教が顔を真っ青にしている。
 護衛のはずの聖堂戦士達はメイスを構え、しかし鍛え方が足り無いようで怯えの汗を流している。
『人間だよな?』
 記憶にある人間とは気合いも力も違いすぎる。
 燃やされようが砕かれようが力と技と策でこちらの命を狙う生き物のはずだ。少なくともハンターはそうだった。
 落胆の息を吐く。
 負のマテリアルが完璧に近い制御をされているため、見た目ほどの威圧感は感じられない。
「ドラゴンよ、これ以上の暴虐は……」
 勝てる相手とでも考えたのだろうか。
 司教が何やら言いだし聖堂戦士がじりじり距離を詰めてくる。
 ガルドブルムは敵意も興味もない瞳で一瞥。
 ふわりと浮いて空に向かって一瞬で加速した。
「はっ、ははっ、ドラゴンを撃退したぞっ、な、あっ、ひぃっ」
 黒い竜種と入れ替わりで、一回り小柄な竜種が入り込む。
 ワイバーンだ。
 目に知性はあっても食欲と敵意が上回り、ガルドブルムとは違って手当たり次第に人間に噛みつき引きちぎる。
 聖職者も巻き込まれただけの信者も区別せず、金のかかった内装が血で染まり断末魔が連続する。
『増えたな』
 聖堂内にいる竜種だけで4体、入れず聖堂上空で旋回しているのをあわせて9体もいる。
 眷属でも部下でもない。
 高品質のマテリアルしか食わないガルドブルムをつけ回し、お零れを狙っている歪虚達である。
『奴に管理を任せ……ホゥ』
 鋭敏な感覚がマテリアルの変化を捉える。
 南の方向、海と陸の境あたりに感じた竜種のマテリアルが、激しく燃えて燃え尽きた。
 心底楽しげに笑う。
 実に良い戦いの気配だ。
 全力を出す価値があり、万一滅んでも最高の時を過ごせる確信がある。
『いつまで遊んでいる』
 1呼吸分にも満たないブレス。
 覚醒者としての素質を持つ子供を追い回していたワイバーンが、一瞬で炭化して崩れ落ちる。
 両親も祖父母も失った幼子から心地よい憤怒を感じとり、強くなれよと内心エールを送る十三魔。
 直接殺す数は少なくても歪虚らしい畜生である。
『残飯が欲しいなら付いてこい。クズ肉よりは旨いものを食わせてやる』
 鋭く向きを変えて南へ加速する。
 その方向には、ハンターによって辛うじて助かった漁村があった。

●漁村
「支援物資を積んだトラックは明朝に到着します」
「でかい穴が開いてるんで港は今週中に直せそうです」
「この際でかい船買いますわ。砂浜荒れてるんでちょい遠くまで出ないと魚が獲れねぇ」
 戦闘直後の漁村で、騒がしく復旧作業が行われている。
 3分の1ほどの家が破損し失われた船も多い。
 だが大量の歪虚と20メートル級高位歪虚に襲われた結果としては奇跡的な被害の少なさだ。
「ハンターというのは、凄いものだ」
 村人と挨拶を交わしながら司祭が早足で歩く。
 肩幅は広く顔は鬼瓦のよう。
 厚みが1センチを超える全身鎧を長時間着ているのに疲れた様子もない。
 つい先程死んだ司教とは何もかもが異なっていた。
「司祭様!」
 無骨な漁師がほっとした顔を見せる。
 作業の邪魔にならない場所で、ボートより少し大きな船を守っていた。
「これなんですが」
「見事なマテリアル」
 感嘆の息を吐いて汚れるのも気にせずかがみ込む。
「伝承の戦船かもしれませんな」
「いやいや、おとぎ話のアレならもうちょっと見た目が」
 地元の伝説を思い出し漁師が反論する。
 格好良い漁師が格好良い船でこぎ出し、命と引き替えに強大な歪虚を倒したという話なのにここにあるのはほぼ廃材だ。
「何百年も前の品ならこんなものでしょう」
 勇者の形見に恭しく頭を下げ、万が一にも傷つけないように触れた。
「司祭殿、こんな所に」
 顔色の悪い伝令が駆けてくる。
「申し訳ないですが北への援軍を。この村も大変ですが北の村々も襲われているのです!」
「落ち着かれよ。この村の守りを空には出来ない。北を助けてもこの村が全滅したら誰が喜ぶのだ」
「しかし!」
「村の守りが北への援軍をハンターにお願いする。出来れば村を守ったハンターに続けて依頼を……」
 警鐘が狂ったように打ち鳴らされた。
 立ち止まった村人が、北の空を見て恐怖に固まる。
「ワイバーン……ドラゴンが」
 青く深い色を背景に、禍々しい黒の竜種がこちらに向かってきていた。

リプレイ本文

●竜の襲来
 火力も速度も戦闘機に劣る。
 燃料問題が解決すれば即狩られるだけの鳥無き里の蝙蝠。
 戦闘機という具体的な兵器は知らなくても、ガルドブルムは己が窮地にあると認識していた。
「駄目です当たりません!」
 伝統的な田舎の聖堂、つまり対歪虚の要塞から連続で矢が放たれる。
 面での射撃では無く1本1本狙っての攻撃だ。
 射手はみな覚醒者であり装甲板に穴を開ける威力がある。
 しかし当たらなければ意味が無い。
 1匹の黒い竜が、足場のない空中で精鋭ハンター並の回避を見せ付けていた。
「聞いてた話より元気そうじゃねぇか」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)の口角が凶悪な角度で吊り上がる。
 黒いワイバーンもこちらに向かって来る。
 サイズはガルドブルムより一回り小さな程度。
 鱗に傷がない。よほど楽な戦いばかりしてきたのだろう。
 遠く離れていてさえ生命の危機を感じる黒竜と比べると、雑魚を通り越して稚魚だった。
「ちっ、やる気かよ」
 ガルドブルムの進路が変わる。
 聖堂の上空を通過する向きから、ボルディアの進路を遮る方向へ。
 速度差は倍近いので回避は不可能。
 もちろん最初から回避するつもりもない。
「仕方がねぇな。存分にやり合おうじゃねぇか、なぁ!?」
 黒竜が急拡大する。厳つい顔だけでなく楽しげに細められた目まで見える。
 壮絶な相対速度で、災厄の十三魔とハンターの勇士が真正面からぶつかり合った。
 尻尾の先端が消え死角から兜のスリットに近づく。
 わざと初動を遅らせた竜爪が、常人では反応不可能な速度でワイバーンの頭を狙う。
 ワイバーン【シャルラッハ】が僅かに傾き左へ滑る。恐ろしく頑丈な竜爪が巻き起こす風が【シャルラッハ】の腹を撫で悪寒を与える。
 絶妙に向きを変えた尻尾の先は、人間が振るえるとは思えない厚さの刃で受け止められ火花を散らした。
「鈍ってんぞおい!」
 全力で、2回の、フルスイング。
 業火の如きオーラが物理法則すらねじ曲げたのか、上下から全く同時にガルドブルムの頭を狙う。
『お前が強くなったんだよ!』
 竜の巨体が時計回りに動く。
 顎を貫通する予定の下の刃が外れされ、片翼を切り落とすはずだった上の刃が竜爪で弾かれる。
「てめっ」
 バレルロールと呼ぶには距離が短すぎる機動で、竜の巨体がボルディアとワイバーンの真後ろにつけた。
 一片の容赦も無く、ボルディアに比べればはるかに弱いワイバーンを狙う。
 ストンピングが躱される。
 ワイバーンの片翼を狙った竜爪は、【シャルラッハ】が脚で構えた盾で受けられ本来の威力を発揮できない。
『ほゥ!』
 必殺の一撃を不発にされたのに黒竜のテンションが青天井に上がっていく。
 負の気配が増し、宙に遍在する精霊が悲鳴をあげた。
「ダーリンこの間よりたいへんえっちなのな……これがおすぢから……」
 聖堂の鐘楼で、黒の夢(ka0187)が熱い吐息をこぼす。
 矢を放とうとしていた聖堂戦士が、色香に耐えきれずに大きく狙いを外す。
「それに比べて」
 接近中の2群6体のワイバーンに目を向ける。
 外見に似た部分はあるが気配は違いすぎる。
 狡猾さも邪悪さも足りず、魂の熱に至っては温すぎて憐憫の情すら抱いてしまう。
 そんなのだから、CAM3機に守られた古の戦船ではなく、高位とはいえハンター1人では守り切れないはずの聖堂へ向かって来たのだ。
 迎撃の矢は3発中1発は当たるものの打ち落とすには至らない。
 痛みを嫌って複数の歪虚が回避を優先し、一部は黒の夢の強大さに気づいて距離をとる。
 1羽だけが、新人でありこの場の戦力最下位の聖堂戦士へファイアブレスを浴びせようとした。
 何も起きなかった。
 聖堂戦士も攻撃は続けているがすっかり混乱している。
「魔法スキルを使う気だったのな」
 カウンターマジックである。
 高位歪虚なら平然と抵抗する程度の強度しかないが、この程度の歪虚であればかなりの確率で効く。
 しかも本命の攻撃は当然に使える。
「この魔法はダーリンに一番最初に見せたかったの」
 つぶやきが気怠く響く。
 人間と歪虚を問わず、背筋が凍るほどの恐怖を感じた。
 歌が聞こえる。重く、甘く、芳醇な、情念とマテリアルが浮き上がり光の輪を形作る。
 それが震えて弾け、光で出来た業火となり聖堂上空を覆い尽くす。
「ほらほら見てこの流れ星、綺麗でしょ!」
 はしゃぐ黒の夢の視界内には、ガルドブルム以外の歪虚は残っていない。
 光の残滓が美しく降るが聖堂戦士達の顔は真っ青だ。
 空を飛ぶ黒竜は1度ターンして黒の夢を一瞥、応戦を止めて海岸へ飛ぶ。
 ボルディアも追撃はせず、聖堂戦士に回復させるため降下していった。

●悪いワイバーン
 ガルドブルムと比べれば非常に弱いことと、非常な脅威であることは両立する。
 ワイバーンは、盾になる建物も地形も無い平地で戦うには厄介過ぎる相手なのだ。
「ハンターである以上十三魔と戦える機会に胸踊らさぬ者はこの世におらぬわ。巡り合えるは身の誉よ」
 ユーレン(ka6859)の奥歯がぎしりと鳴る。
「その機会をよくも」
 ほとんど垂直を見上げて睨み付ける。
 R7エクスシアはユーレンの脳波を読み取り武装の選択と照準を完了。
 指先に力を込めるとCAM用ハンドガンがグレネードを打ちだす。
 広がるプラズマが移動中のワイバーンを焦がし、そのタイミングでファイアブレスがR7を襲う。
 CAMの巨体が不利に働いた。
 予めプロテクションを仕掛けていたが被害は決して小さくない。
「マテリアルを求め我を無視して飛ぶか? 逃げ切れると思うならやってみるがいい」
 他のメンバーはガルドブルムや他のワイバーンを阻止するため持ち場を離れられない。
 速度が倍違うワイバーンを追うのは極めて困難。
 しかし追って滅ぼさなければ作戦全体が崩れる。
 射程ぎりぎりで発砲。プラズマ光がぎりぎりでワイバーンに届くが落とすには至らない。
 複数のスラスターで加速しても敵の速度には及ばず、しかしユーレンは諦めずに敵を追いかける。
『久我・御言だ。諸般の事情により支援は一度だけになる。健闘を祈る』
 ライフル弾が遠方から飛来しワイバーンの腹にめり込む。
 それだけなら目立つマテリアルへの飛行を止めなかっただろうが、続いて飛来したミサイルはより強力で飛行歪虚を怖じ気付かせるに十分だった。
「逃がさぬ」
 愚直に駆け錬機剣で突く。
 マテリアルで形成した刃を振るってワイバーンへ切りつけ、その注意を膨大なマテリアルからユーレン自身に移すことに成功した。
 馬鹿の一つ覚えのファイアブレス。
 面での攻撃は回避が難しい。オファニム等の回避に優れた機体では無いので難易度はさらに増す。
「決して逃がさぬ!」
 螺旋槍で炎を斬ってわずかでも威力を弱め、プロテクションを継ぎ足して大破までの時間を延ばす。
 ワイバーンがブレスを連発する。
 高速を活かしてユーレンから距離をとり一方的に攻撃することを企む。
「逃がさぬと言ったぞ!」
 最後のプラズマグレネードが炸裂して火傷が肉まで至り、食欲を逆撫でする悪臭がコクピットの中まで流れて来た。
 逃げるか攻撃するか迷う歪虚に、ユーレンがじりじり距離を詰めながら銃弾を浴びせてタイミングを計る。
 ワイバーンが大きく口を開けた。
 R7という大きな空を焼き砕いて中のマテリアルを食らおうと決断した直後、最後のマテリアルを使った刃が上あごから後頭部までを貫く。
「後は……」
 黒い竜が、3体のCAMと交戦を始めていた。

●制限時間
「前回のあのデカブツよりはマシ、とも言えないようだな。一匹、面倒なのが居るか」
 黒竜も気にはなるが、今は目の前の敵が優先だ。
「海側の1匹を受け持つ」
『了……』
 トランシーバーの音声に雑音が混じる。
 黒竜がこちらに近づくほどに通信が乱れて意思疎通に困難が増す。
 クラン・クィールス(ka6605)は無言で魔導銃を構える。
 弓に比べれば射程は短く、多少威力はあっても空中戦では使いづらい武器のはずだった。
 ばらまかれた銃弾が本来の射程より遠くに届く。
 巻き込まれ、バランスを失い墜落しそうになったワイバーンが何度も翼を上下させ辛うじて耐えた。
「さて、どうなるにしても。依頼はこなさなければな」
 再装填を行うクランの真横を、飛び道具を持たないマッシュ・アクラシス(ka0771)が飛んで抜けていく。
 地上の景色が一瞬毎に変わる。
 一瞬でも向きを間違えば、ワイバーン共々地面にぶつかり粉砕されるだろう。
「息つく暇もありませんなあ」
 そんな状況なのにマッシュは平然としている。
 敵のワイバーンの動きを見切り、翼と翼が触れあう距離ですれ違う。
 全長が身の丈ほどもある刃を同時に振るう。
 右の1刀はかいくぐられ、左の1刀に鈍く重い感触が残る。
「かまけている時間もないもので。無駄なくと参りたいですな」
 血振るいする。
 一瞬遅れて黒のワイバーンから鮮血が噴き出し、塩気の強い地面に赤黒い線を描いた。
「抵抗が薄い……いや」
 クランが眉間にしわを寄せる。
 一度だけ牽制に使うつもりだった制圧射撃をもう一度行うと、黒のワイバーンが一度大きく震えて急速に失速した。
 そのまま地面に突っ込む。
 小さくない穴が刻まれ土煙が発生する。
「脆いな」
 己のワイバーンなら9割方抵抗できるはずの状態異常が効いている。
 敵ワイバーンの速度と回避能力は脅威だが、抵抗力が低いならいくらでもやりようがある。
「この支援を受けて逃げられるようでは」
 マッシュが危険を冒して急降下。
 前髪が地面に触れる寸前の高度で、左右の剣を同時に叩き込む。
 激痛で歪虚が痙攣しても歪虚は反撃出来ない。怒りと危機感で活性化したマテリアルを抵抗能力につぎ込み、制圧射撃による状態異常をはね除けるので精一杯だった。
「腐ってもワイバーン。甘くはないですな」
 再度飛翔した歪虚を横から襲撃。
 今度は左を躱され、右の刃で以て脇腹に深い傷をつける。
 ワイバーンが悲鳴をあげる。
 ひい、ひいと恐怖に駆られた鳴き声と共にファイアブレスを1発。
 足場も遮蔽物のない宙で炎が広がり、しかしマッシュの駆るワイバーンはくるりとした軌道を描いて炎にかすりすらしない。
「この辺りですか」
 地面すれすれで進路を水平に。
 狙い澄ませて左右の刃で突く。
 黒ワイバーンが銃弾を浴び再度硬直したタイミングで、無防備な胸部に刃の中程までが埋まった。
 重要貴官を刺し貫く感触が2つ。
 生き物を殺すよりもおぞましい感触に眉すら動かさず、マッシュが己のワイバーンと共に高度をとる。
 再装填中のクランが眉間に皺を寄せる。
 ガルドブルムが前進を再開。豊富なマテリアルがある場所目がけて凄まじい速度で迫ってくる。
「手下の弱さの割に強い。ワイバーンは囮か」
 連射はせずに1発ずつの射撃。
 回復し、這って逃げようとする飛行歪虚を狙い撃つ。
 この状態でも回避能力は高いので弾は当たらない。
 だが避けている間にマッシュに進路を塞がれ、1つでも強烈な斬撃が2つ同時に飛んでくる。
 竜種の喉に切れ目が入り、致命的な量の血とマテリアルが噴き出し宙に溶けていった。

●古の船
 ハンターと歪虚の激戦が始まった頃、避難が住んだ漁村の一角で歴史的な事件が発生した。
「壊して、いいんですよね?」
「うむ。抑えておくから思い切ってやってくれたまえ」
 必要なのは理解していても躊躇がある沙織(ka5977)に、歴史的な価値を持つ品を前に平然とした様子の久我・御言(ka4137)。
 最も精神的に厳しい作業をソレル・ユークレース(ka1693)に任せるのはちょっとだけ畜生っぽいが、ソレル本人は全く気にしていない。
「これを食われる訳にはいかないからな。元の持ち主も納得するさ」
 オファニム【グロリオサ】の両手でねじ切り、コクピットの中に無理矢理押し込む。
 古びた木の臭いと濃厚なマテリアルが五感を刺激し、機体の計器も一部が異常な数値を示す。
「んじゃ、気合入れて行きますかね!」
 スラスターを吹かす。
 回避であると同時に、自機を目立たせ囮とする動きで黒竜に向かう。
 ガルドブルムの返事は1条の光の束だ。
 地面を溶かせる熱量が【グロリオサ】を狙い、ソレルの絶妙な操作によって10メートル横へ着弾する。
「綺堂・沙織。エーデルワイス弐式、出ます!」
 白いエクスシアがうなりを上げる。
 対VOIDイニシャライズフィールドが展開され、高位歪虚が極自然にまき散らす負の気配を退ける。
「今度はワイバーン……それに、ガルドブルム! 村の人達には手を出させません!!」
 射撃諸元を算定。
 回避と防御も意識した動作でランチャーからミサイルを放つ。
 この距離とタイミングであれば戦闘機にも当たるはずなのに、非常識に小さな旋回半径で飛ぶ歪虚にかすりもしない。
『温い』
「単なる牽制で強弱を計るのかね? いやいやまさか、災厄の十三魔という称号まで持っている歪虚がその程度の頭のはずがない。何か意図があるのだろう」
 徹底して真摯な態度と声で、他の2人が退くほど煽る久我。
 黒竜は一瞬だけではあるが驚きに目を見開き、くつくつと笑い出した。
『その程度の頭ってことだ。所詮は蜥蜴だからな』
 熱がうまれる。
 上空の空気が熱せられて不自然な気流が生じる。
「怒りっぽいことだ。カルシウムが足り無いのでは無いかね? 小魚などお勧めだよ。古くなった胃腸でも消化できるだろうしね」
 煽っている間もHMDの情報を取捨選択して射撃の準備を整える。
 演算装置にぎりぎりの負荷をかけて黒竜の予測回避行動を複数算出。
 引き金に触れると同時にマテリアルエンジンを重心に直結、砲弾にさらなる加速を与えてガルドブルムに突きつける。
 銃弾が黒竜の肩を掠めていくつかの鱗が損傷。細かな破片がぱらぱらと落ちて地面の砂に紛れた。
 ハンターの攻撃はまだ続く。
 久我のコマンダー型デュミナスが射撃に関する情報を遅滞なく提供。より正確でより急所に近づいたミサイルが黒竜に迫る。
 ミサイルが炸裂。
 が、CAMサイズとは思えない速度で身を翻すガルドブルムには届かない。
『スキル無しでこれか!』
 殺意が濃さを増す。
 空間が悲鳴をあげ、本能が即時撤退を促す。
 無論、この程度でおじけづくなら最初からハンター業などしていない。
『美味そうだ。肉より食い合いの方が好みダガナァ!』
 光が溢れた。
 90度の円錐ブレスが3機のCAMを襲う。
 白いエクスシアとコマンダータイプは盾で確実に防ぐ。
 もう1機のCAMは地面すれすれまで前のめりになり、災厄の十三魔の白兵の間合いへ突っ込んだ。
 竜が生唾を飲み込む。
 【グロリオサ】を無視するのが利口な選択だ。
 常識的な回避能力しか持たない【エーデルワイス弐型】や久我機を狙った方が楽に勝てる。
 【グロリオサ】を相手にすればワイバーンを下したハンターに囲まれて負けかねない。
 だが、勝敗よりこの勝負の方が遙かに魅力的だ。
「ヤバイもんに狙われちまったが」
 HMDに表示される警告を無視した角度とタイミングでスラスターを吹かす。
 集束を甘くした、【グロリオサ】に確実に当てるつもりだった範囲ブレスが空振り地面を焦がす。
「尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかないんでね」
 まだ日は高い。
 高空を飛ばれて延々長射程ブレスを使われると勝ち目が0になる。
 だから勝ちを掴みに前に出るのだ。
 CAM用オートマチックで黒竜の腹を狙う。
 まぐれ当たりで無い限り当たりもしないし当たったとしても致命傷には遠すぎる。それでも避けずにいられるほど甘い攻撃ではない。
 黒竜が地面すれすれまで高度を下げて脚と爪を高速で繰り出す。
 ほぼ同時の連撃を一度は躱し、二度目目は一撃を躱してもう一撃を機剣で防ぎ、三度目はコクピットを貫かれかけたところをミサイルの援護で乗り切る。
『この程度か?』
「この程度だ」
 機剣から放した左腕手甲部がプラズマの光を放つ。
 黒竜の上半身を巻き込み開いていた口腔と舌を焦がす。
 痛みは感じているはずなのにガルドブルムの機嫌は青天井だ。
 ついに竜爪が【グロリオサ】を捉えた。
 装甲が砕け下半身の機能が半減する。
 が、スラスターで移動と回避を継続してしぶとく時間を稼ぐ。
 ひび割れから零れるマテリアルが、ソレルとその機体を後押ししているように見えた。

●ガルドブルム
「ここまでか」
 ユニットを使ったあっさり見切りをつける。
 ソレルは蹴り開けるようにしてコクピットから這い出、船の残骸の中から特大盾を取り出し真上に振るった。
 明らかに止めを刺すための竜爪が、盾に大きな凹みをつけソレルに膝をつかせる。だがそこまでだ。丘から増援が到着する。
『イイ駒揃えているなァ! マテリアルを1滴も食えなかったぞ』
「ンな性格だから背中任せられる奴が1人もいねぇんだよこの蜥蜴野郎!」
 高速で飛来したボルディアとガルドブルムが同時に破顔する。
 壮絶な速度で刃と爪と尻尾が行き交うが一度も当たらない。
 【グロリオサ】の中にあったマテリアルは地面に染みこみ、コクピットの中には抜け殻だけが残っていた。
 残りのマテリアルは3分の2。
 その半分を守る沙織は舐めるような視線を感じていた。
 色欲ではなく、飢えた獣の方がよほど上品だといえるレベルの食欲だ。
 沙織がマテリアル式ライフル銃で竜の腹を狙う。
 リアルブルーの兵器なら少なくとも当たりはする距離とタイミングだったのに、高速かつ不規則に動く歪虚にはかすりすらしない。
 速度差からボルディアが距離を離され、黒竜の口が沙織機を向いた。
 訓練で鍛え抜いた手足が考えるより速く動く。
 限界まで集束された炎が、CAMシールドを一瞬かすめて一筋の傷をつける。
「これがガルドブルムの本気」
『いつも本気だ。お前等を除けば呆気なく死ぬ奴がほとんどだがな』
 つまらなそうにそう言って、エーデルワイス弐型とその中にいる沙織の情報を目で読み取る。
「っ」
 アクティブスラスター発動。
 機体を傷つけないようランダム軌道を継続。腹に力を入れ心身を苛む危機感に耐え、勘で分厚い盾を移動させる。
 HMDに関節部のエラー表示が3つ。
 一瞬遅れて衝撃が伝わり、後ろに向かって加速が始まる。
 盾で防御したはずのコクピット前面装甲が無残に凹み、冷たい風が小さな隙間から入り込む。
『たまらん匂いだ。お前等どいつもこいつも』
 視界の端に炎。
 固い地面に機体をぶつけるように伏せ直撃を避ける。
 ガルドブルムの小さな苦鳴。
 沙織が組み上げた攻撃術3連のうち2つが、黒竜の脇腹を貫き出血させていた。
『最高だ』
「最低です」
 心底見下げた沙織の声に、ガルドブルムは楽しそうな笑い声を返した。
「悪質な痴漢兼ストーカーだね」
 外部スピーカーで久我がコメントする。
 プライドが中途半端に高い歪虚であれば激怒は確実で、高位歪虚であれば本性を現して土地ごと殺しにかかるかもしれない。
 だが、ガルドブルムの反応はそのどちらでもない。
『妙な音で若造や機械を誘導しているのはお前か』
 若造と言った瞬間【シャルラッハ】を見やり、機械と言った瞬間【グロリオサ】を含むCAMに意識を向ける。
『イイ度胸だ。お前が竜なら軍将になるまでつきっきりで可愛がっていたぞ』
 軍将とは歪虚の格の1つであり、ガルドブルムは歪虚軍将に分類されている。
 要するに死ぬまでつきまとって殺すという宣言だ。
「はっはっは、謹んで遠慮するよ」
 限界まで強化された弾が竜の顎先で火花を散らす。
『遠慮するな』
 光が一瞬で広がりCAMの回避の努力を無駄に。全身の装甲が焼かれて複数のパーツが悲鳴をあげる。
「しつこい男は嫌われるよ」
 機体はまだ保つ。
 機体の計算能力を酷使した行動予測に従い銃撃を行い、黒い鱗を少しずつでも削る。
 HMDが熱を持つ。
 黒竜の位置が高速で変わりすぎそろそろ表示が追いつかなくなりそうだ。
「黒の夢君の相手をしてあげてはどうだね。きっと喜ばれるよ」
 わざとわざとらしい動作で、魔導型デュミナスによそ見をさせる。
 それが罠だと分かっていたのに、あまりに巧みな口車に乗せられガルドブルムは一瞬そちらを見てしまった。
「ダーリーン!」
 ほぼ反対方向、死角に限りなく近い場所から聞き慣れた声が響く。
 込められた感情はあまりに重く熱く、しかも複数人の祈りのマテリアルまで籠もっている。
「置いてくのはひどいのな。めっ」
 黒竜のブレスを上回る炎が黒竜を襲う。
 衝撃に鱗と肉がひび割れ、膨大なマテリアルを含む血が大量に噴き出す。
 筋肉を締めて出欠を止める。それでも足り無い傷口は焼いて固めることで、ガルドブルムはなんとか戦闘能力を保つ。
「これじゃ足り無いのな」
 熱い返り血を肌で直接感じながら、黒の夢は幼い子のように純粋な笑みを浮かべた。
『これまでの分全てあわせて、俺の血を人間1人分は浴びているだろう』
 黒の夢はふるふると否定の仕草を返して要求を突きつける。
「心臓は最期のとっておきだからそれ以外ね!」
『どちらが強欲だか』
 巨大な刃と炎に追われつつ、強欲の竜は機嫌よさげに鼻を鳴らした。

●過去からの追っ手
 ブレスが大地を焼く音と比べると、銃声は酷くささやかだ。
「10割抵抗されている。逃げるべきなんだろうな」
 緊張しているワイバーンを宥め、淡々と集中力を切らさず魔導銃で撃つ。
 全く当たらない。
 ファイアブレスがこちらを向けば骨まで焼かれて落ちるしかない。
 並の騎士でも怖じ気づき、並の兵なら自殺すら考えるだろう状況でも、クランは災厄の十三魔との距離を保ち続ける。
「出来ればやり合うには、損の無い所でやりたいのですが、ねえ……」
 マッシュがワイバーンと共に降下を始める。
 戦場では、敵味方が入り乱れ位置が次々入れ替わっている。
「撃退できなければ命が危ないわけで」
 地面との距離が0に近づく。
 マッシュに気づいた黒竜が爪を軽く振って待ち受ける。
「ああ、いやだいやだ。ドラゴン相手に斬り合いなど私の柄ではありません」
 うんざりとした仕草と表情なのに、その目には冷たく固まった憎悪が浮かんでいる。
 竜爪ではなく尻尾が横殴りにマッシュ主従を狙う。
 絶妙のタイミングでバレルロール。
 地面との距離は変えずに手を伸ばせば触れられる距離まで黒の鱗が近づく。
 口角がわずかに吊り上がる。
 鍛え、束ねられた筋肉が憎悪を糧に燃え上がる。
 防御を捨てた構えからの左右同時攻撃。
 蒼緑色の刀が空振り。灰色の刃が焼けた鱗へ届き、拳2つ分埋まって肉と脂肪をかき混ぜ、そこへ蒼緑色の刀が突き込まれて傷を奥へ広げる。
 銃声が連続する。
 マッシュの頭を割るはずだった竜爪に銃弾が当たって軌道をねじ曲げ、マッシュとワイバーンが距離をとる時間を稼ぐ。
「どうも」
「今はこの程度しか出来ないからな。……行くんだな」
「仕事ですからね」
 歪虚から受けた被害は膨大だ。降り積もった恨みと憎しみはあらゆる人間を戦場へ駆り立てる。
 クランとマッシュもその中の1人だ。
 ただし、積み重ねた修練と重ねた戦歴は自暴自棄を許さず、己に可能な最高の効率で災厄の竜を削る。
 黒竜の注意を惹きつけるために命を危険に晒し、援護と牽制をひたすら続ける。クランの働きがあってようやく、ガルドブルム相手の戦いが五分と五分で成立していた。
 ミサイルで弾幕を張りつつエーデルワイス弐型が飛ぶ。
 回避特化機ではないので単発の竜爪も脅威で有り、盾で防ぐもののダメージの蓄積が深刻だ。
「これが歪虚の全力なら、相討ちなら出来そうだすが」
 黒竜もかなり傷ついている。
 が、生命力と気力体力が減るほどに動きの切れがましている気がする。
 全滅が近づいていることに気づき、沙織の頬に冷たい汗が伝った。
『ンガッ!?』
 誰も仕掛けていないのに黒竜の動きが乱れる。
 竜の爪先が地面にめり込み、その地面が奇怪に蠢き肉と骨が咀嚼される音が響く。そこは、マテリアルが地面にこぼれた場所だった。
「逃がさねぇ」
 現時点の理論上最強の拘束術がボルディアから放たれる寸前、残った3本の手足と翼を地面に打ち付け壮絶な速度で空高く舞い上がる。
 断面から零れる血が、地面に開いた穴にしたたり落ちた。

「2匹目のドラゴンだと!」
「地面が盛り上がって、あ、頭だけであんな大きさ……」
「生きていれば聖堂教会が生活を保障する。だから急げ、逃げてくれ!」
 住民を守りに丘へ向かうハンター。
 砲弾の届かぬ高空から見下ろす黒竜。
 そして、地面を砕いて徐々に姿を現す亀型巨大竜種。
 岩にも見える頭に、古ぼけた銛が何本も突き刺さっている。過去の勇者の得物であり最期の足跡だ。
 第2ラウンドの開幕まで、ほとんど時間は残っていない。

依頼結果

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MVP一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • White Wolf
    ソレル・ユークレースka1693

重体一覧

参加者一覧

  • 黒竜との冥契
    黒の夢(ka0187
    エルフ|26才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ペイン
    ペイン(ka0187unit004
    ユニット|幻獣
  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシス(ka0771
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    ワイバーン(ka0771unit002
    ユニット|幻獣
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    シャルラッハ(ka0796unit005
    ユニット|幻獣
  • White Wolf
    ソレル・ユークレース(ka1693
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    グロリオサ
    グロリオサ(ka1693unit003
    ユニット|CAM
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言(ka4137
    人間(蒼)|21才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ゲッコウ
    月光(ka4137unit004
    ユニット|CAM
  • 戦場に咲く白い花
    沙織(ka5977
    人間(蒼)|15才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    エーデルワイスツー
    エーデルワイス弐型(ka5977unit003
    ユニット|CAM
  • 望む未来の為に
    クラン・クィールス(ka6605
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    グラム
    グラム(ka6605unit003
    ユニット|幻獣
  • 黒鉱鎧の守護僧
    ユーレン(ka6859
    鬼|26才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    アールセブンエクスシア
    R7エクスシア(ka6859unit003
    ユニット|CAM

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【相談卓】黒竜の波に迎え撃て
黒の夢(ka0187
エルフ|26才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/12/01 15:03:18
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/11/28 00:32:43