• 天誓

【天誓】殺身成仁の正義のゆくえ

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~10人
サポート
0~2人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/12/07 19:00
完成日
2018/02/24 23:51

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

●伝承

 ゾンネンシュトラール帝国二代皇帝の時代にフリーデリーケ(以下、フリーデと記述する)という女がいた。
 彼女は貧農の家に生まれたために学がなく、容貌も醜かったため周囲から疎外されていた。しかし誰のことも恨まず、優しく、よく働いた。そして重い農具を常に振るっていたためか、10代の半ばを迎えた頃には集落一の豪腕と認められた。
 やがて彼女は帝国軍の兵士となり、悪しき亜人を次々と打ち倒していく。
 フリーデを軽んじていた軍人達も次第に彼女の実力を認め、いつしか彼女は一兵卒でありながら常に最前線を駆ける勇士となった。
 そこで皇帝はフリーデの活躍を喜び、叙勲するべく戦地にいる彼女へ帰還を命じる。
 しかしフリーデは皇帝の命に反し、凶悪な亜人との決闘に応じた。「私が去ればこの地の平穏は遠くなりましょう。諸人の安寧こそ私の何よりの宝でございます」と言って。
 翌日――彼女は己が命と引き換えに亜人の頭目とその一団を見事に討ち果たし、民に安寧を齎した。
 それを知った皇帝は「人とは生まれや容姿でその価値が決まるものではない。どう生きたのか。このたったひとつの真実こそが全てなのだ」と臣民の前で演説し、彼らの胸を熱くさせたという。

 ――ゾンネンシュトラール帝国の旧い民話より。

●顕現

 帝都の近郊にある小さな街は暴食どもとの決戦に備え、住民がこぞって避難活動に勤しんでいた。
 しかし歪虚の力に影響されたのか、雑魔が街の周辺に現れ始める。
「また動く死体か! 皆、しっかり掴まってろよ!!」
 町外れの荒野で避難用の馬車を駆る男が叫んだ。馬車の後方には動く死体が追走している。もし馬車が止まればたちまち皆が餌食となるだろう。
 ――その時のことである。まるで馬車と死体どもの間を断ち切るかのように雷鳴が奔った。なんと死体の頭が一瞬にして消し飛び、残りの体も全て灰と化していく!
 驚いた男が雷鳴の轟いた方向に顔を向けると、そこに大きな影が佇んでいた。男が手を振り上げる。
「ハンターさんかい? ありがとよ! だが街には逃げ遅れている奴がいるかもしれん。どうかそういう連中を助けてくれ!」
『……街?』
「ここから北に真っ直ぐ進んだところだ。歪虚が来るってんで皆パニックになってる。頼むぞ!」
 男は前だけを見据えて鞭を振るった。
 やがて馬車が見えなくなった頃、影が呟く。その声は掠れているが、不思議と力に溢れていた。
『歪虚……あれはいいものだ。いくら殺しても胸が痛くならぬ。ああ、彼奴らは喜んで殺そう。私の贖いの贄として!』

●鬼胎

 ナイトハルトとの決戦に向け、にわかに物々しくなった帝都。そこでハンターたちが大精霊サンデルマンのもとに集められた。
『不測の事態が発生した』
 苦々しい表情のサンデルマン。周囲に緊張が奔る。軍人が強張った表情で解説を始めた。
「先ほど帝都にほど近い荒野で英霊の顕現が確認されましたが、それは負のマテリアルに近いゆらぎが発生している非常に不安定な存在だと大精霊様が仰いました。歪虚に取り込まれる事態は防がねばなりません」
 軍人の言葉にサンデルマンが頷く。そして彼は2枚の紙片をハンター達へ無言で差し出した。
 ハンターが首を傾げる。1枚は従来の守護の紙片と同じもの。もう1枚には見覚えのない文様が描かれている。
「そちらは封印の紙片です。万が一、英霊が歪虚へと堕ちる兆しが見えたなら十分に弱らせて封印するようにと」
 ハンターは2枚の紙片を荷に収めると「責任重大だ」と誰に言うでもなく呟いた。

●焦眉

 サンデルマンのもとからハンター達が出発した頃、コロッセオに滞在中の精霊たちは帝都や帝都の周辺で民間人の避難の手助けをしていた。
 花の精霊フィー・フローレたちは帝都近郊の街に向かい、それぞれの得意とする力で人々を助けていく。
 フィーは雑魔に襲われた少年に癒しの花の力を使った。深い傷がたちまち消えていく。
「コレデモウ大丈夫。早ク避難ノ馬車ニ乗ッテ!」
「ありがとう、親切な精霊さん!」
 砂の精霊グラン・ヴェルは持ち前の剛力で雑魔を砕きながら街の状況を確認し、フィーに話しかける。
『見回りの精霊から報告があった。後は奥の屋敷の老人を馬車が迎えに行き、それで終わりだそうだ』
 フィーが安堵した様子で何度も頷く。だがその時、広場の方から轟音が響いた。
『何……?』
「広場デハ葵ガ歪虚ノ侵入ヲ防イデクレテルハズ。何カアッタノヨ!」
 グランが頷く。彼はフィーを自分の肩に乗せると全速力で移動を開始した。

 広場では清水の精霊と棺を背負った戦士が対峙していた。
 精霊の体には無数のヒビがはしり、そこから青く透き通った水が滴り落ちていく。
『貴様、何者じゃ。ヒトではなく、歪虚でもない。そのゆらぎ、精霊でさえ……』
 精霊の問いに戦士が今まで俯いていた顔をあげた。その顔には無数の傷が刻まれており、ヒビ割れた唇が静かに開く。
『……私は罪人フリーデリーケ。罪を贖うために邪悪を討つ者』
『ならば何故に斯様な真似をする。我らはヒトを救いに来たのじゃぞ!』
『お前はエルフやドワーフ達を救おうとした。亜人は帝国を蝕む悪。それを守護するお前も悪しき魂だ』
 罪人を称する戦士の宣告と同時に、その体から垂れ下がる無数の鎖が精霊の体に絡みついた。土の力の宿った鎖が精霊の力を急速に吸いあげていく!
『あ、あああああッ!!!』
 形状を維持できなくなり水の塊となっていく清水の精霊。その時、彼女は悲鳴じみた呼び声を薄れゆく意識の中で聞いた。
『葵!!』
 グランとフィーが広場にようやく到着したのだ。グランが鎖を引きちぎり、水の塊と化した精霊をフィーに手渡す。
『ここは我が抑える。お前は清水を連れて帝都に逃げろ』
「デモ……デモ!」
『ハンター達が帝都へ集結しているのだろう? 他の精霊たちも連れて急いで応援を呼んでくれ。我はそれまで何としても耐えてみせる』
「ウ、ウウ……死ンジャダメナノヨ! 絶対、絶対!!」
 フィーが水の塊を抱き、必死で駆けていく。その様を黙って見ていた戦士が得物である大斧をグランに向けた。凄まじい殺気にグランが笑みをもって応える。
『我は砂の精霊グラン・ヴェル。迷わず戦える相手とは久しぶりだな』

 それから数分後、フィーは移動中のハンターの一団と出会った。
 彼女は涙ながらに彼らに願う。どうか街に残った精霊を助けてほしいと。

●罪人

 フリーデリーケ・カレンベルク。
 没落貴族カレンベルク家の長女。一族の名誉を取り戻すため軍に入隊し、数々の戦果をあげる。
 しかし私怨から同輩8名を再起不能とする暴行事件を起こし、裁判で極刑の判決を受けた。
 彼女は懺悔し、残りの生涯を帝国に捧げることを誓う。
 私怨といえど事件の動機に心を痛めていた皇帝は特例として彼女を釈放し、一生涯帝国へ奉仕するよう命じた。

 ――ゾンネンシュトラール帝国二代皇帝時代の刑罰史より抜粋。

リプレイ本文

●禍

 英霊を保護するべく荒野に向かうハンター達の耳を突如、雷鳴に似た轟音が襲った。
 強い負のマテリアルが目の前の街から漂ってくる。――強力な歪虚の出現を誰もが予感して表情を険しくさせたその時、道を挟む木々の陰から精霊の群れが飛び出してきた。
「精霊様……それに、フィー様!?」
 リアリュール(ka2003)が群れの中に花の精霊フィー・フローレの姿を認めると足早に歩み寄った。
 エステル・クレティエ(ka3783)は咄嗟に穏やかな表情を取り繕う。
「大丈夫ですよ、フィーさま、精霊の皆様。ここには歪虚はおりません」
「あの街に行っていたの? ねえ、何があったのか教えて。力になれることがあるかもしれない」
 友人のエステルに倣い、高瀬 未悠(ka3199)も優しく声をかける。
 だがそこで濡羽 香墨(ka6760)が表情を強張らせた。フィーが抱いている水の塊。その気配と煌きが香墨のよく知る精霊と同じものだったのだから。
「フィー、まさかその水……葵、なの?」
 苦い顔でフィーが頷く。彼女は拙い言葉で精一杯ハンター達に状況を伝えた。街にフリーデリーケと名乗る奇妙な戦士が現れ、清水の精霊を襲ったこと。そして砂の精霊グラン・ヴェルがひとりで街に残ったことを。
「悔シイケド私達デハアノ戦士ニ太刀打チデキナイ……。オ願イ、グランヲ助ケテ!」
 悲痛な声に今まで精霊と縁を紡いできた澪(ka6002))が白い頬を怒りで紅く染めた。
(友達を傷つける奴……許さない!)

 一方、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は自身の華奢な顎を撫で、冷静に情報を分析し始めた。
「フリーデリーケだって? 軍の史料に同名の軍人の記述があったが、その英霊だろうか」
 Gacrux(ka2726)が「おそらくは」と頷く。
 アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は端正な顔を厳しくさせた。
「英霊は史実のみならず、伝承も色濃く映し出すものだったな。……急がねばなるまい」
「ああ、足止めしている精霊が危険だ。のんびりやっている暇はない」
 即座にマテリアルを脚に集中させ、アルトが馬にも匹敵する速さで街に向かう。アウレールも愛馬に跨ると力強く駆け出した。
 両手を堅く握りしめたテンシ・アガート(ka0589)は、唇をぐっと噛み締めて走り出す。その胸のうちにあるものは不退転の決意だ。
(グランさんが危ない……それに英霊の歪虚化なんて結末、絶対にさせない。どちらも必ず救い出すんだ!)

 澪は今できる精一杯の笑みを浮かべると、フィーの手をとり小指を絡めた。
「フィー、泣かないで。必ずグランを助けるから」
「アリガト、ゴメンネ……澪」
「謝らないで、私達はフィーの友達なんだから、困った時には頼ってほしいの。そうだよね?」
 澪が親友と認める香墨に向けて声をかける。兜の奥の瞳を細めて香墨が頷いた。ふたりは馬に乗り、颯爽と街に向かっていく。
「絶対無事ニ帰ッテキテネ。澪、香墨……」
 そこでジェスター・ルース=レイス(ka7050)はフィーの頭を撫でた。
「心配すんなって。グランは俺が引っ張ってでも連れて帰るからさ」
「アリガトウ」
 いつもは軽薄な笑みを湛えているジェスターが、今はどこまでも真摯で優しい。そこに秘められているものは誠実にして強い覚悟だった。

 仲間たちが次々と街に向かっていく。最後に残ったリアリュールはフィーに歩み寄ると、こう切り出した。
「フィー様、ここもいずれは危険になります。葵様のことも心配ですし、どうか一刻も早く帝都へ」
 フィーは戸惑った。親友を本格的に治療するには帝都に戻るしかないが、心に強く引っ掛かるものがある。
 すると今まで黙っていた精霊達が声をあげた。
『人間達のこと、本当は心配なんでしょう? 顔を見ればわかるよ』
『俺達が葵を「秘密の泉」に届けるよ。それに帝都ならハンターも精霊もたくさんいるから葵を守れるはずだ』
 するとフィーは強く抱きしめていた塊を仲間たちに――そっと手渡した。
「私、グランヲ助ケニ行ク。友達ガ命ヲ懸ケテクレテルンダモノ、私ダッテ皆ノ為ニ戦ウ!」
 その声にリアリュールが目を細め、フィーの手を握った。
「フィー様はなかなか意思が強いから。きっとそうされると思っていたわ」
 ともに戦場を駆け、必ず守り抜くと。そう心に決めて。
「精霊様方、フィー様は必ず無事におかえしします。どうか清水の精霊様を何卒よろしくお願いします」
 精霊達はリアリュールの願いに「必ず」と約束し、帝都へ続く森に姿を消した。


●遭逢

『どこへ隠れようと無駄だ!』
 街の片隅で罪人を名乗る戦士が巨大な斧をかざすと無数の光条が地表を襲った。
『ぐっ!!』
 全身に迸る痛みから地に沈む力を失い、地上に姿を現すグラン。そこで戦士が口元を緩めた。
『そこにいたのか。さあ、あの亜人らがどこへ逃げたか教えよ。さすれば見逃してやる』
『守ると決めた者を決して裏切らない、それが我の矜持だ』
『そうか。ならば消えよ』
 風の宿る大斧を視界に収め、グランが歯を食いしばった。
 だが、その時。
 疾風のように駆ける女の刃が戦士の斧を弾き、風を散らした。
『っ!?』
「私はアルト。大精霊サンデルマンより英霊を保護するよう依頼を受けたハンターだ。あなたは帝国軍人フリーデリーケ・カレンベルク殿に相違ないか?」
『私を知っているのか。それより、保護とかたりながら私に刃を向けるとはどういう了見だ?』
 戦士がアルトを睨みつける。
 そこにアウレールが駆け付けた。彼はアルトとグランを庇うようにガウスジェイルを展開し、鋭く声を発する。
「英霊よ、こちらの精霊は帝国の保護下にある。彼と貴女の無事は皇帝陛下の願うところ。刃を用いたのは緊急時ゆえと理解していただきたい」
 アルトはアウレールの言葉に頷くと、戦士に絶火刃を見せつけるように構え、相手の動向を窺う。
 戦士はアウレールへ忌々しげに視線を投げつけた。
『帝国の保護だと? その者は亜人を逃がしたのだぞ。言わば裏切り者だ』
「ああ、貴女の時代では亜人は悪と見做されていたのだな。だが貴女も帝国で生を受けた者ならば、帝国人は何故戦うのか理解しているはずだ。『人を愛し、守護せよ』帝国軍人ならば誰でも知る言葉を」
『当然だ。善良な民に戦なき未来を齎すこと。それが我ら帝国軍人の務めだからな』
 ならば、とアウレールが続けようとしたところ、澪の声が鋭く響き渡った。
「グラン、下がって!」
 澪が馬上で兜を傾け、額の角と怒りの表情を露わにする。そして馬の背を蹴り、宙から刀を振るう。――戦士が僅かに横へ跳び、それを躱した。
『その角、亜人か!』
「私は澪。見ての通り、鬼。おまえ、なんで葵を、清水の精霊を斬った!?」
 友を斬った者への憤怒で澪の声が震える。
 続いて戦場に着いた香墨は今にも心が決壊しそうな親友を案じたが、まずはグランに駆け寄った。
「グランのおかげで精霊達が助かった。ありがと。……さあ、少しでも後ろに」
『すまない、香墨』
 香墨がグランの指を引き、にらみ合う澪と戦士のもとから距離をとる。
 どうか戦士が澪の言葉を聞き入れるようにと願いながら。
 だが――。
『無粋な娘め、対話を求めながら斬りかかるか。やはり亜人は野蛮!』
 戦士の身に纏うマテリアルが唐突に負の色を濃くし、大斧が澪を襲う!
 澪は流れるような足捌きで凶刃を避けようとしたが、それよりも戦士の動きが疾い。咄嗟に腕で頭を庇い、目を瞑った。
 しかし直後に衝撃はなく、代わりに鈍い音だけが耳を打った。
『……お前、人の身でありながら亜人を守るのか?』
 澪が小さく息をもらす。彼女の前に立ち塞がったアウレールは血の滴る腕を下げず、落ち着いた声音で答えた。
「英霊よ、この世界は歪虚という真の脅威にさらされている。貴女の時代では敵対していた亜人達と帝国は手を携えはじめ、今やともに生きるために共闘を始めた。いや、我々と志をともにする者は全て帝国が守るべき『人』だ。私が今、戦友たる『人』を守るために戦っていることを理解してほしい」
 アウレールの真摯な願いに戦士の顔が歪む。
『帝国人を名乗りながらそのような世迷言を申すか。まさか我らと亜人との長きにわたる戦を今の帝国人は知らぬとでも?』
 荒い声とともに戦士の身体から毒々しく負のマテリアルが放出される。再び斧が振り上げられた瞬間――漆黒のハルバードがそれを払った。Gacruxが駆けつけたのだ。
「それは違いますよ。過去の戦いがあったからこそ帝国は力を強め、歪虚と真っ向からやり合えるほどの強国になった。それにあんた達の戦いは英雄譚として伝わっています」
『お前は!?』
「俺はGacrux。帝国のユニオンに所属するハンターです」
 彼は戦意がないことを示すべくハルバードの穂先を下げると、上着に着けたAPVのバッジを示した。
『……お前もそこの少年と同じだ。信用できん』
「ならば、これを確認いただきたい。こちらの書状は帝国領内の精霊を保護した際に皇帝から賜ったものです」
 胸元から精霊保護感謝状を出すと、Gacruxはその中にある皇帝直筆のサインを指で示す。
「あんた達の時代と現代は価値観も情勢も大きく異なります。顕現したばかりとあれば戸惑うのも必定。だから少しずつで構いません。理解を深めていただきたい」
 戦いを防ぐには対話で相手を惹き込むしかない。Gacruxは冷静に自分の持てる知識の中から戦士の気を惹けるものを選び、語り続けた。

 未悠は隣にいるエステルの異変に気づいたのか、心配そうな視線を投げかけながらもグランへ癒しの光を放った。
(未悠さんは私の気持ちに気づいているのですね。大丈夫、やるべきことは理解しています。でも本当は。今すぐあの英霊を弾き飛ばしたい。だけどそれだと相手と変わらない。それでもすぐに納得なんて……)
 エステルは迷う心を振り切り、まずは友を救わなければとグランを庇う巨大な土壁を生み出した。
 そこに到着したテンシがまっすぐにグランのもとへ向かう。
「グランさん、体は大丈夫? もし戦えるのなら……勝手言って悪いけど、フリーデがもし俺達と戦うとしたら一緒に戦ってくれる?」
 大きな瞳の先にあるものは戦士の背中。今は大斧の先を地に向けているが、ゆらぐマテリアルに彼は警戒を緩めない。
『ああ、香墨達のおかげで大分力が戻ってきた。それにあの精霊は危険だ。お前の願いを拒む理由などない』
 そこでテンシはグランに手をかざし、相棒の契りを交わした。テンシの力が急速に高まっていく。
「ありがとう。本当はこの力がグランさんにも役立てられたらよかったんだけどね」
『気にするな、友の支えになれただけで十分だ』
 厳つい顔からの思いがけない穏やかな声にテンシは安堵した。
 
 戦士との対話が進む裏で、リアリュールがフィーを連れて到着した。
 街には強力な歪虚の気配こそないが、動く死体が徘徊を始めている。一体一体は弱くとも、多勢となれば厄介だ。
「説得の邪魔はさせない!」
 瓦礫の陰から顔を出したそれを銃で弾き飛ばす。只埜 良人(kz0235)もまた、接近する敵をロッドで打ち払った。
 フィーはアウレールとグランに向けて花を掲げた。無数の花弁が風に乗り、ふたりの傷を癒していく。
 ジェスターは後方に備えるからこそできることがあるはず、と戦士の一挙一動を見逃さないよう意識を傾けた。彼は心の中で強く、誓う。
(あの英霊は斧の他に鎖を使ってくるって話だ。俺にできることは少ないけどさ、でもここからでも皆の役に立てることはあるんだ。全部やってやろうじゃん!)


●頑迷な心
 
「……つまりは帝国が亜人や精霊と戦う理由は既にないということです。時代は大きな変革を迎えました。これからはあなたの力を歪虚を討つために使っていただけませんか」
 戦士への説得が進む中で、静かにGacruxが言葉を結ぶ。だが次の瞬間、彼の顔が凍り付いた。戦士が唐突に斧を地面へ叩きつけたのだ。
「……っ!」
『お前達の話は興味深いがな……私はそれを認めることはできない』
「どうしても、ですか」
『根本的にお前達が亜人の暴力性を知らぬのが問題なのだ。今の亜人どもは善良な面の皮を被っているようだが、腹のうちはどうだろうな』
 戦士が澪、香墨、リアリュールの順に指をさす。その仕草に顔を歪めたのはジェスターだった。
(聞く耳持たずか。頭が凝り固まってる馬鹿が力を持つと碌なことにならないって実例じゃんかよ!)
 Gacruxも苦い表情となり、感謝状を胸元へ戻す。
 その様子を見た戦士は突然、こう切り出した。
『さて、ここにいる人間達よ。今手を引くのなら私はお前達を害することはない。だが亜人や裏切り者の精霊を庇うというのなら話は別だ』
 すると黙っていたエステルが戦士の前に歩み寄り、恐れることなく強いまなざしを向けた。
 この戦士は非常に剛情だ。対話を拒むのなら、戦士の流儀に則るしかない。それに何より、仲間を置いて逃げるなど、彼女の信念が許さない。
「わかりました。戦いが避けられないのならば、貴女を誇り高き軍人と見込んで一度手合わせさせて下さい。そしてもし我々が貴女の武器を落とせたなら、その時は対話に応じていただけませんか? 複数で掛かることはお許し頂きたく。よろしいですよね? 皆さん」
 エステルが振り返る。全員同じ気持ちだったのだろう、各々が確と頷く。戦士がそれをどこか面白そうに笑った。
『いいだろう。万が一にもこの斧を落とすことができたならな』
 エステルが黙して戦士に礼の所作を見せる。――それを合図に全員が武器を構えた。


●決闘

 戦は誰よりも速度で勝るアルトの一手から始まった。
 オーラを花吹雪のごとく散らしながら戦士に肉薄するアルト。
(伝承では「誰のことも恨まず、優しく」と言われた英霊がなぜ……いや、今は戦いに集中せねば)
 彼女の刃が2度、唸りをあげる。戦士が咄嗟に斧で身を守ろうとしたが間に合わない。むき出しの腕に赤い線が奔った。
『速いな。お前は面白い!』
 顔に飛散した血を拭って戦士が笑う。アルトは後方へ大きくステップした。
「気に入ってもらえたようで光栄だ。ならばついでに私の質問に答えてほしい。なぜあなたは亜人を悪と言い切る?」
『奴らが多くの開拓者と軍人を殺めたからだ。しかも奴らは常に抵抗し、隙あらば増えていく。奴らが増えるほど帝国に戦火が増える。殺されるのが嫌ならば逃げれば良いものを!』
 戦士の挑発的な声に、アルトは冷静に息を整えると再び得物を構えた。
 アウレールは精霊や亜人たちをいつでも戦士の凶刃から庇えるよう、盾を構える。だが、それが何を意味するのか戦士はわかっていたのだろう。
『守りきれるか、少年よ!』
 戦士の大斧が豪風を纏う。グランが叫んだ。
『雷だ、気をつけろ!!』
 大斧が振り下ろされると同時に白い閃光が前衛のハンター達に襲い掛かる!
「うあああッ!?」
「ぐっ!」
 仲間の悲鳴にリアリュールが唇を噛んだ。彼女は接近してくる動く死体を迎撃しながら鋭く声を放つ。
「フィー様、皆さんに癒しの力を! フリーデ様の技には尋常ではない力が伴っているようです。一刻も早く決着をつけなければ……!」
 一方、Gacruxは戦士の横に回りこんだ。雷の衝撃が身体をきしませるが、彼はそれを上回る強い意志で足を速めていく。
「ふっ!!」
 彼は一気に間合いを詰め、ハルバードを全身で押し出した。すると戦士の背に鎖で繋がれた棺が大きく開き、Gacruxへ向けて飛びついてくる!
「……ッ!?」
 そこでGacruxが瞬時に後方へ飛び退いた。戦士と距離をとっていたのが幸いし、奇妙な棺の餌食になることは避けられた。
 棺が引き戻される隙を狙い、未悠が真正面から刀を振るった。刀を斧が受け止める。戦士は未悠へ不可解そうに眉を顰めた。
『正面からの攻めとは、私も随分と甘く見られたものだな』
「いいえ、貴女を戦士として認めているからこそ正々堂々の勝負を挑むのよ。それに、同じ戦う女として負けるつもりはないわ」
『ほう、お前は私が憎くないのか?』
「私は貴女が精霊を傷つけたことは許せないけれど、それよりも貴女を闇から救い出したいと考えているわ」
『闇だと?』
「貴女の瞳から深い哀しみと憎しみを感じるの。貴女はきっと、満足して逝くことができなかった。だから……」
『知ったようなことを!!』
 斧が未悠の刃を猛烈な力で振り払う。友の危機にエステルが叫んだ。
「間に合って、アイスボルトッ!!」
 戦士に向かって意識を高め、氷の矢を放つ。凄まじい冷気が斧を握る腕を掠め、戦士の肘から先を凍てつかせた。
『何だと?』
 斧を掻い潜るようにして避けた未悠はエステルに小さく頷くと、再び刀を構えた。
 テンシは鎖に土のマテリアルを感じ取ると、霊闘士としての力を解き放った。彼の願いに応え、ワンドに砂が集まり棍の形をとる。
「あなたが喧嘩をやめられないのなら、振り上げた腕を下ろす先がないのなら……受け止めてやるからっ!!」
 戦士の前でテンシが砂の棍を構える。それは攻めの形ではなく、あくまでも攻撃を払うための構えだった。
 それと時を同じくして良人のヒーリングスフィアが仲間たちを癒していく。
 身体の痛みが和らいだ澪は再び巧みな足捌きで前進し、鞘に収めた刀を素早く振りぬいた。戦士の革鎧がびしりと音をたて、裂ける。息を呑んだ戦士に澪が厳しい声で問う。
「おまえ、なんで亜人をそこまで憎むの。亜人に怨みがあるというの?」
『あらゆる命が奴らに奪われた。私の家族もな』
 刀を除けようとする戦士の腕。それを澪はするりとかわした。澪の叫びに激しい怒気が籠る。
「戦で命を失うのは誰であろうと痛ましいことだと私は思う。でも過去の戦と葵や今の亜人たちは関係ないでしょう!?」
 香墨はそんな親友に駆け寄りたい気持ちを抑え、身体から黒い靄を放った。漆黒の靄が大気にとけると不可視の境界をつくり上げ、フィーと香墨をすっぽりと覆う。
「フィー、あなたのことは絶対に私が守る。だからその力を……」
「ウン、今度コソ皆ヲ守ッテミセルンダカラ!」
 フィーが掌の上に白い花弁を浮かべる。花吹雪が巻き起こり、ハンター達の傷を消し去っていった。
 だが数本の鎖が後衛に静かに迫ってくる。それを目に留めたジェスターが刀を水平に構えて一気に駆けた。すれ違い様に鎖を突き上げると、それは呆気なく砕けていく。
「鎖は壊せるようだ! もしかしたら鎖を断てば棺を封じられるかもしれない!」
 ジェスターの声にグランが応えた。彼は地を這う鎖を大胆にもまとめて掴み、力いっぱい引く。戦士が地に足を踏みしめて抵抗するが、うち数本が引きちぎられ、砂となって消えた。


●綻び

 鎖の多くが消え、戦士の攻め手が緩む。
 高速で攻防を繰り広げるアルトはその裏で幾重にも思考を重ねており、そのひとつを口に出すことにした。
「先ほどあなたは過去の亜人達に『逃げれば良いものを』と言った。それはつまり、彼らが逃げれば戦わずに済んだという思いがあなたにあったのではないか?」
 アルトの刃が棺を繋ぐ鎖を2度貫く。それまで戦士の背を守っていた棺がぐらりと傾いた。
『!』
「私はあなたが本心から亜人を憎んでいたと思えない。亜人と敵対する立場にありながら、実はそれと相反する感情を抱いていたのではないか?」
 この言葉はいわば、賭けだった。たとえそこにリスクを背負ってでも、その真意を探るべき――彼女の覚悟に戦士が悔しそうに呻いた。
『……私が奴らの覚悟を甘く見ていたのは事実だ。戦では亜人どもの心を折ることはできなかった』
 歯切れの悪い言葉。しかし負のマテリアルが急速に静まっていく。
 戦士の前に立ち塞がることで彼女の前進を食い止めるアウレールは、盾を構えたままアルトの質問に重ねるように問うた。
「貴公はかつて皇帝から慈悲を賜ったと聞いた。貴女はその恩に報いるには帝国の敵と戦うしかないと思ったのではないか? 居場所を得る術は戦場にしかないと」
『ふん、この顔では誰もが恐れて近寄るまい。戦場以外の居場所など既に失っていたわ』
 アウレールの肩を戦士の腕が無遠慮に突く。しかしそこで怯む彼ではない。強い意思をもって戦士の顔を見据える。
「だが貴女の存在意義は敵を殺すことのみにあるわけではない。殺し尽くすだけが帝国のためではないはずだ。あの時代の皇帝が貴女に戦ではなく『奉仕』を命じたのも、彼の中にそういった想いがあったのではないか?」
『……! あの頃にお前のような奴がいれば……いや、もう手遅れか。私は殺しすぎた。もう戻ることはできない!』
 戦士の斧が叫びと共にアウレールの白い頬を浅く切る。それでも彼は一歩も退かなかった。

 リアリュールは拳銃の弾丸が切れたのを確認するなり、装填作業に移った。
(フリーデ様は何かを隠している。それが何かを見極めなければ)
 もちろんそれを見逃す戦士ではない。地を這う鎖が彼女をはじめとした後衛のハンターに向かい、耳障りな音を立てて伸びていく。
(くっ、この位置からでは無理か……ならば!)
 鎖の伸びる方向と逆に位置取ったGacruxは己のマテリアルを伝達させたハルバードを構え、鎖の源である棺に猛烈な突進力を加えて貫いた。黒塗りの蓋にヒビが入り、それに固く巻きついていた鎖が落ちていく。――全ての鎖の動きが止まった。

 崩れ落ちていく鎖を横目で捉えつつ、未悠は再び戦士の正面へ大きく踏み込んだ。斧に刀を重ねつつ、未悠が問う。
「単刀直入に聞くわ。フリーデリーケ、貴女は家族を守るために自らを犠牲にして戦士で在り続けたのではないの?」
『家族だと? ……家族は皆、私が幼い頃に死んだ。関係のないことだ』
 刀で押さえつけられた斧を振りぬこうと、戦士の腕に力が入る。だが未悠も刀を握る両腕に力をこめてそれを押さえこみ、戦士の瞳に強い視線を返した。
「……そう。でも私は貴女が何かを守るために戦ったのだと信じるわ。貴女の瞳は国への忠義や亜人への怒りだけで戦いぬいたとは思えないほど悲しい。それを耐えてまで戦うには相応の事情があるはずよ」
『黙れ。私の中に踏み込むな!』
 血を吐くような叫びと同時に、斧にこめられた力がぐんと強くなった。未悠の刀を一気に押し上げる。そして斧が未悠の胸元を斜に切り裂いた!
「未悠さん!!」
 エステルが戦士と未悠の間に土の壁を構築し、未悠のもとへ駆けつける。
『お前達は何なのだ、なぜ私の心をかき乱す!? お前達が口を開くたび、胸の奥が痛くなる。頭の中に嫌な風景が浮かぶ!』
 戦士が錯乱し、壁へ斧を叩きつけようとする。このままでは未悠とエステルが危ない。
 そこでテンシが戦士の意識をひきつけるべく彼女の懐に潜り込む。彼は腕に光り輝く魔力を集めると一気に放出し、戦士を壁と逆の方向に押し倒した。
『貴様ァッ!』
「フリーデ、あなたは過去にとらわれているんだね。失敗と挫折だけじゃない、様々なことに苦しんで。……でも、そういう時こそ現実と向き合い、戦わなくちゃいけないんだ!」
『……! うるさい、うるさいうるさいッ!!』
「過去の人たちの尽力が、あらゆる人が手をとりあい歪虚に立ち向かえるようになったこの世界に繋がっていること、俺は知ってるよ。だから俺はあなたを救うために戦う。俺だってあなたほどじゃないけど……命賭けてこの場にいるんだっ!」
 テンシの棍の砂がほどけ、本来のワンドの姿に戻る。それでも彼は怯まずそれを構えた。

「うっ……」
 テンシが戦士と対峙したその時、土壁の向こうで未悠が足をよろつかせた。そこですかさず良人が癒しの光を放つと、彼女は荒い息を繰り返して立ち上がる。未悠を支えるエステルが心配そうに声をあげた。
「未悠さん、無理は……」
「休んでいる暇はないわ。フリーデは今、過去と向き合って苦しんでいるの。でも、それを乗り越えなくては彼女は生きていけない」
「……」
「フリーデが負の力を纏うのは恐らく誰よりも自分を憎んでいるからよ。自分の消失を願う心が歪虚化を招く。それだけは止めないと!」
「……わかりました。私も全力で向かいます。未悠さんも、存分に」
 未悠の決意にエステルも志を新たにしたのだろう。ふたりは頷きあうと、土壁の向こう側に向かって駆けだした。


●哀傷

 澪は戦士との激しい応酬で傷ついた身体を気力で動かした。
 あの恐ろしい雷が友に放たれることがあってはならないと、彼女は刀を鞘に収めて駆ける。
(……あの斧さえ奪えば。絶対に食い止めてみせる!)
 アルト、Gacrux、テンシ、未悠の4人を同時に相手取る戦士の隙をみて、澪が刀を大上段から振り下ろす。その瞬間、戦士が均衡を崩し、膝を屈した。
(やった!?)
 着地するなり、澪が戦士の姿を瞳におさめようと振り返る。だが斧はまだその腕にあり、血に染まりながらなおも豪風を纏い、澪に向けられた。
「危ない!!」
 良人が澪を突き飛ばす。グランも咄嗟に前衛のハンターたちに覆いかぶさるが、彼も弱点である風のマテリアルを全身に受け、半身が消し飛ぶ。
「グランさんッ!!?」
 テンシが悲鳴をあげた。
 一方、後衛の香墨も急いでフィーを庇おうとしたが間に合わない。そこにふたりを庇う影が見えた。――ジェスターだ。
 香墨が彼の腕の下で呟く。
「なぜ、こんなことを」
「俺にはこれぐらいしかできねぇし……それよりおたくらは無事か?」
 力ない声に香墨が頷いた。
 そんなふたりの姿を茫然と見つめる戦士。彼女の視線の先には、ジェスターの壊れた鎧の隙間から覗く鱗があった。
『お前も亜人だったのか。あの時と同じだ。亜人が仲間を守って……でも私は……!』
「だったら何だよ。俺が仲間を守りたいという意志は生まれで差別されるものなのか。……なあ、あんたの目には何が見えてんだ? 曇った目で鈍った心で何を感じる? 命じる声は何処にもなく、今あるはお前のみ。感じるままに答えてほしい」
 痛む身体を起こし、ジェスターが凛然と問う。その返答は虚ろだった。
『私には何もない。私は自分の意志で友や亜人達の幸福を奪った。孤独となるのは当然の報いだ』
 幽鬼のように戦士が彼らに迫る。――彼女の中に僅かに残された負のマテリアルが最後の破壊衝動を突き動かしているのだ。香墨はそれを見とめると、哀しげに槍を握った。
「お前は葵とグランを傷つけてフィーを泣かせた。そのことは赦せないけど、それでも……だからこそ……ごめん」
 斧槍に願いをこめて空へ掲げると、槍の先端から清らかな光が発された。――コール・ジャスティス。倒すべき敵に立ち向かう仲間たちへ力を与える正義の加護だ。
 同時にフィーの花が舞う。ハンター達の傷が癒えていく。
 あともう少しだ。戦士の絶望を砕くには、人間と亜人の手で破壊の力に打ち勝つしかない。
「消えるには早いよ、消えたがりのフリーデリーケ。あなたに今も罪があるというのなら、それは死なんかでは祓えないものだ」
 そう言って、アルトが駆け出した。仲間達がそれに続く。
 戦士が斧を力強く振るう。斧から風が吹き荒ぶ――しかしそれはハンター達の意志を手折るには些か、力が足りなかった。
 

●救済

 ハンター達の猛攻により、鈍い音を立てて斧が地に落ちた。同時に戦士の体が力なく崩れ落ちる。
『……人間と亜人は本当に手を携えたのだな』
 空を仰ぐ瞳から涙が流れる。そこにリアリュールが膝をついた。
「フリーデ様、私はあなたから当時の出来事と素直なお気持ちを聴きたいです。伝承とは語り手の都合で塗り替えられていくものですから」
 リアリュールの問いかけに戦士は観念したように目を瞑り、口を開いた。
『……あの時代、帝国の膨張は止められるものではなかった。戦は国を豊かにするために必要だった。亜人を敵とすることで民の不満を国から逸らすこともできたしな。業の深い話だ。……だが軍には私と似たような境遇の娘が多く、居心地は悪くなかった』
「それなら、なぜ」
 香墨の問いに対し、戦士は身を正すようにして地に腰を下ろした。その表情にあるものは苦渋だ。
『ある作戦で隊が窮地に陥った。私は友を失いたくなかった。だから単独で殿を務めて皆を逃がした。この身体の傷のほとんどはその時に出来たものだ』
 アウレールが静かに頷いた。
「命をかけて友を守り抜いたのだな」
『ああ、この傷は私の誇りだった。だが、彼女達は蛮勇の代償だと言った。私は力に溺れて命を粗末にした愚者だとな。……後になってからようやく気づいたよ。それは仲間を信じずに身を捨てようとした私への戒めだったのだと。だがその時の私は……!』
 地面に拳が叩きつけられる。未悠が肩を震わせ、戦士に駆け寄った。
「それ以上は言わないで。……辛かったのね、フリーデリーケ。不器用で人を頼るのが下手で自分を大切にできない……私も同じなの。だからわかる……もう充分よ、自分を赦してあげて」
『お前は優しい娘だな。……それからの私は罪人として戦場に戻った。罪人といえど功を立てれば褒賞を賜れる。そうすれば友の療養を支えられるし、帝国の役にも立てるとな』
「それが戦場に戻った理由、ね。でも……」
『ああ、そんな浅はかな考えは亜人達に通用しなかった。大切な故郷とかけがえのない家族。それらは暴力や恐怖で容易く奪えるものではない。私は……その事実から目をそらし、贖罪を理由に彼らを斬り続けた卑怯者だ』
 そう言うと、戦士は力なく肩を落とした。
『私は現実から最後まで逃げていただけだ。……私のことを今の帝国では英雄としているそうだな? Gacruxよ』
「ええ。人々に疎外されながらも人を愛し、命を捨てて凶悪な亜人を討ち果たした英雄だと聞きました」
『まるで真逆だな。私は人を憎んで傷つけ、それでも飽き足らず戦場に戻り、無辜の亜人を次々と殺した。ああ、もう消えるべきなのだ。このような愚者は』
 戦士が自虐的に笑う。すると――その頬をジェスターの手が打った。深手を負う彼は荒い息を繰り返しながら声を張る。
「勝手なこと言ってんなよ。あんた、立派な軍人だったんだろ。だったら考えろよ、あんたが今やるべきことをさ!」
『……!』
 息を呑む戦士に香墨が問う。
「今までのことはわかった。けど。私はあなたがどう生きたかったのか知りたい。ううん。あなたはこれからどう生きるの?」
 その声に――答えが返されることはなかった。
 重い空気が漂う中、おもむろにGacruxが口を開く。
「先ほど伝え損ねたことですが、今の帝国には第十師団という組織があります。そこは様々な事情を背負った人間や亜人が集まっているんですが、彼らを纏める師団長がエルフでしてね。今の皇帝は人間と亜人に同等のチャンスを与えているのです。……帝国成立から300年近い時が流れました。人の心や関係が移ろうように、諸国の情勢が変化するには充分すぎる時間ですよ」
 戦士の瞳が揺れる。
 アルトがその瞳を労わるように見つめた。
「もう亜人は帝国の敵ではないんだ。あなたが亜人の意志を尊重するのならば、今こそあなたが生きなおすにふさわしい時期なのだと私は思う」
 リアリュールの優しい声が重なる。
「優しいからこそ自分を許せなかったのね。己を許す勇気をもって。いつか気づいてくださるのなら、私は待つわ」
 盾をおろしたアウレールは座り込む戦士に向かって手を差し伸べた。
「貴女は棺とともに罪を背負い続けていたのだな」
 戦士の傷だらけの腕が、戸惑いながらも宙に翳される。その様子にアウレールが安堵し、微笑んだ。
「そう、貴女は最早罪人ではない、私が貴女を赦そう。だから……ッ!?」
 ――次の瞬間、アウレールの瞳が大きく見開かれた。戦士の斧の先端に備えられた槍部が彼の胸を貫いたのだ。
「お前、まだ!」
 澪が声を荒げ、刃を抜き放つ。
『あ、ああ……頼む、私を赦してくれるな。私を赦したら、何のために私は! すまない、すまない……!』
 錯乱する戦士を前に、アウレールの胸から夥しい血が流れる。即座に放たれる仲間たちの癒しの光。強固な意志で意識を繋ぎとめたアウレールは戦士の手を両手で強く包み込んだ。
「そうか、まだ自分を解き放つことが怖いのだな。ならば、私は願おう。帝国を守るために、貴女は今まで殺した者より多くの……守るべき誰かを守ってくれ。そうすればいつか……」
 言葉の途中でアウレールが気を失う。その時、無数の白い花弁が戦場を舞った。
「守ルベキ人ヲ死ナセル訳ニハイカナイカラ!」
 フィーの花が清らかな光を放ち、傷を癒していく。アウレールの頬に血色と規則正しい呼吸が戻ってきた。
「フリーデリーケ、葵トグランニ後デゴメンナサイスルノヨ……約束……」
 そう呟くフィーの体が傾いた。今まで何度も強力な癒しの力を行使してきたのだ。限界を迎えたのだろう。
「フィー!」
 澪と香墨が小さな身体を受け止める。そしてかすかな寝息を耳で捉えるとふたりは大きく息を吐いた。
 ――やがて戦士は身を正すと、静かに頭を垂れた。
『……皆、すまなかった。少年と花の精霊の願いは確かに聞き届けた。これからは生あるものを守るために生きよう。それが私に唯一できる償いだろうから』
 荒みのなくなった、詫びの言葉。エステルは胸の奥で疼く怒りを抑え、声を和らげた。
「ええ、今さっき産まれたわだかまりもこれからの行動で和らぐことだってあるんです。私は正直怒っていますけど、自分自身を許せるチャンスはこの先にあるんじゃないですか?」
 テンシは小さくなったグランに肩を貸し、人懐っこい笑顔で言った。
「あのさ、フリーデさん。これからあなたの目は過去じゃなくて未来を見てほしい。過去の過ちを知るあなたが現代に顕現したのは、きっと帝国の目指すものを見届けるためなんだと俺は思うよ」
『……ありがとう』
 香墨は安堵した様子でサンデルマンの「保護の紙片」に祈りを捧げた。
(これからは自分の意思で、大切な者のために最期まで生きて。いつかわかりあえると私は信じてるから)
 穏やかな光が戦士を包み込み、消えていく。これは即ち、人と亜人の共存を戦士が願ったという証。
 エステルは大精霊の守護を賜った戦士にまっすぐな眼差しを送った。
「……これから帝都に無数の歪虚が押し寄せます。帝国と亜人達を守るために私たちと共に戦ってくれますか? 帝国軍人フリーデリーケ殿」
 その眼差しに返されたものは、強い肯定の意志だった。
『ああ、私の目を覚まさせてくれた恩人を死なせるわけにはいかない。必ずお前たちを守り抜いてみせる』
 未悠がふたりの視線の柔らかさに気づき、微笑む。
「共に行きましょう、帝都へ」
 ――その時、傷ついた街に柔らかな風が吹き抜けていった。

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  • 遥かなる未来
    テンシ・アガートka0589
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacruxka2726
  • シグルドと共に
    未悠ka3199
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエka3783

重体一覧

  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラントka2531
  • Braveheart
    ジェスター・ルース=レイスka7050

参加者一覧

  • 遥かなる未来
    テンシ・アガート(ka0589
    人間(蒼)|18才|男性|霊闘士
  • よき羊飼い
    リアリュール(ka2003
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエ(ka3783
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • 比翼連理―瞳―
    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士
  • Braveheart
    ジェスター・ルース=レイス(ka7050
    ドラグーン|14才|男性|舞刀士

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マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
Gacrux(ka2726
人間(クリムゾンウェスト)|25才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2017/12/07 17:17:57
アイコン 相談卓
リアリュール(ka2003
エルフ|17才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2017/12/07 18:21:00
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/12/05 09:40:34