ゲスト
(ka0000)
【初夢】氷上の要塞
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 8日
- 締切
- 2018/01/09 22:00
- 完成日
- 2018/01/19 01:53
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
港湾都市ペトログラードの西方30キロには、長さ12キロの小島がある。
その上に作られているのが要塞都市クロンシュタットだ。
ペトログラードに面した東方――全面積の3分の1を占める場所――に街区、港、ドック。北と西の海岸には砲塁と稜塁が散在している。
海上から首都を守るために作られたこの都市は、あらゆる種類の専門家、プロパガンティスト、アジテーターを輩出する革命的人民の前衛基地でもあった。
革命が旧社会と戦っているところにはどこでも、クロンシュタットの人々が戦列の中にいた。
当時、とある共産党幹部はこう言って褒めたたえたものだ。
『革命の誇りと栄光である』
しかしその同じ口が、今ではこう言っている。
『反革命の豚ども』
●
思えばクロンシュタットとボルシェヴィキ共産党とが衝突するのは避けられないことだった。
『すべての権力をソヴィエト(評議会)へ』
この革命のスローガンに対する解釈は、彼らの間において真逆だったのだから。
クロンシュタットにおいてこの言葉は、それぞれの地方にあるそれぞれのソヴィエトが、自分たちに関係した事柄について独立していることを意味した。中央の許しを請わず行動することを意味した。中央は地方ソヴィエトへ命令したり意志を押し付けたりすることは出来ない、連帯の基盤の上で他の組織と調整していかなければならないということを意味していた。
ボルシェヴィキにおいてこの言葉は中央ソヴィエトによる意思の統一を意味していた。労働大衆を援助する代償として、彼らから権力を取り上げることを意味していた。労働者と農民の自由意志を解放しその組織を独立させる以外のありとあらゆることに関与し指導することを意味していた。
そのことを顕著に示すのが、次の出来事である。
1918年初めクロンシュタットは住居と宅地の社会化についての計画書を、自分たちのソヴィエト総会に提出した。
それはとても建設的な案だったのだが、参加していたボルシェヴィキ党員は「その問題はもっとよく調べてみなければいけない」という口実のもと、討議を一週間延期するよう要請した。それが認められると中央の意志を仰ぎに、ペトログラードへ出掛けて行った。
そうした上で彼らは次のソヴィエトの会期に、計画を延期するよう要求してきた。そのような大きな問題は国全体に対してのみ決定されるものである。党首マゴイはこの問題についての法令を既に用意しているところだ。だからクロンシュタット・ソヴィエトは中央からの指示を待つべきだと。
すったもんだの討論の末採決により計画が実行されることが決まったが、ボルシェヴィキ党員は棄権退場してしまった――数人の党員は賛成票を投じたのだが、後彼らは党から除名されてしまった。
●
ボルシェヴィキは革命後ほどなくして、クロンシュタットの弱体化政策に着手した。
市民の食糧事情が底をついてきたとき、食糧供給の必要性を農民に説くためのプロパガンティスト部隊を奥地へ派遣するよう要請した。
国外からの武力干渉を退けるための大部隊を派遣するよう要請した。
軍指導者、武装列車、自動車、熟練労働者や技師、旋盤工、砲手が次々に引き抜かれた。
そうやってクロンシュタットを去った人間の大半は、そのまま戻ってこなかった。
最終的に既存艦隊は解体され、新しく赤色艦隊が作り直された。
締めとしてボルシェヴィキは用心深くも、要塞に間近いペトログラードから退去し、かつて専制君主たちが暮らしていたモスクワへと中央の本拠地を移したのである。
●
反動の残存勢力は赤軍に破られ、次々国外へ落ち延びて行った。
これで戦争は一応終わった。
しかし、だからといって国の苦難が軽減されたわけではない。広い地域で鉄道網が寸断され、大都市ではあらゆる物資が不足し飢餓が蔓延している。
3月8日にモスクワで開催される第10回ボルシェヴィキ大会では、まさにその打開策が論じられるはずであった。
しかし、それより前の2月23日、ペトログラードにおいて大規模なストライキが起きた。パンや燃料にさえ事欠く現状に耐えかねてのことだった。
これに対し政府は非常事態を宣言した。軍事アカデミアから学生部隊を呼び寄せ鎮めさせようとしたが、かえってストライキは拡大した。
ペトログラード守備隊に警告を発するも、彼らは大きく動揺しており、いくつかの隊は戦おうとしなかった。
守備隊に頼れなくなったボルシェヴィキは、地方や国内の前線から多数えり抜きの赤軍を現場に派遣。力ずくでストを粉砕した。
その同日、クロンシュタットが行動に出た。島の広場で人民会議を開き、共産主義者に対し怒りを込めて非難。以下のことを要求した。
無記名かつ自由なソヴィエト選挙。
全労農党への言論と出版の自由。
全労働者・農民の組合結成権と団結権。
全政治犯の釈放。
ボルシェヴィキの特権的地位の解消。
すべての共産党系武装機関の廃止。
農民による土地の完全な所有権を保持すること。私的経営の権利を前提として、いかなる債務労働者をも雇わないという保証。
ボルシェヴィキはすぐにこの活動綱領が、共産党の単独代表権を脅かしかねないものだということを察知した。一瞬もためらわず、クロンシュタット攻撃の準備に取り掛かった。
●
6日。最後通牒と共に湾の砲兵が、クロンシュタット要塞や軍艦と砲火を交えるようになった。
8日。赤軍の二個大隊が氷結した海を渡って市内に押し寄せたが反撃にあって退却を余儀なくされた。守備隊のうちでいくつかの部隊が反抗し、クロンシュタットと戦うのを拒否した。
9日。赤軍は2回目の攻撃に出るが、またもや退却。
マゴイは戦意高揚のため、モスクワで開催中の党大会代議員300名を最前線に派遣した。
恐怖の秘密警察チェカも現場に到着した。兵士の間で反抗の機運のあるものを、チェカ隊員が射殺して回った……。
●
硬く凍りついた湾は雪に覆われていた。白装束で身を覆った赤軍選抜隊員たちは、氷上を徒歩で進み要塞を目指していた。敵から狙撃される心遣いはそれほどしないですんだ。夜であり、猛吹雪が吹き荒れてもいることもありで、ほとんど向こうからは見えないはずだ。
だがそれは同時に、自分の側からも相手を見つけられないということを意味した。
恐ろしい寒さと疲労によって一人また一人動けなくなり、そのまま凍死していく。来た道を戻るわけにはいかなかった。前後とも白い闇にすっぽり包まれてしまっているのだ。
足を止めたら死ぬ。その一念で選抜隊員カチャ・タホは歩き続けた。反革命分子に対する反感や憎しみといったものは失せていた。まともな思考が続けられる状態ではないのだ。
携帯している機関銃が投げ捨てたくなるほど重い。
その上に作られているのが要塞都市クロンシュタットだ。
ペトログラードに面した東方――全面積の3分の1を占める場所――に街区、港、ドック。北と西の海岸には砲塁と稜塁が散在している。
海上から首都を守るために作られたこの都市は、あらゆる種類の専門家、プロパガンティスト、アジテーターを輩出する革命的人民の前衛基地でもあった。
革命が旧社会と戦っているところにはどこでも、クロンシュタットの人々が戦列の中にいた。
当時、とある共産党幹部はこう言って褒めたたえたものだ。
『革命の誇りと栄光である』
しかしその同じ口が、今ではこう言っている。
『反革命の豚ども』
●
思えばクロンシュタットとボルシェヴィキ共産党とが衝突するのは避けられないことだった。
『すべての権力をソヴィエト(評議会)へ』
この革命のスローガンに対する解釈は、彼らの間において真逆だったのだから。
クロンシュタットにおいてこの言葉は、それぞれの地方にあるそれぞれのソヴィエトが、自分たちに関係した事柄について独立していることを意味した。中央の許しを請わず行動することを意味した。中央は地方ソヴィエトへ命令したり意志を押し付けたりすることは出来ない、連帯の基盤の上で他の組織と調整していかなければならないということを意味していた。
ボルシェヴィキにおいてこの言葉は中央ソヴィエトによる意思の統一を意味していた。労働大衆を援助する代償として、彼らから権力を取り上げることを意味していた。労働者と農民の自由意志を解放しその組織を独立させる以外のありとあらゆることに関与し指導することを意味していた。
そのことを顕著に示すのが、次の出来事である。
1918年初めクロンシュタットは住居と宅地の社会化についての計画書を、自分たちのソヴィエト総会に提出した。
それはとても建設的な案だったのだが、参加していたボルシェヴィキ党員は「その問題はもっとよく調べてみなければいけない」という口実のもと、討議を一週間延期するよう要請した。それが認められると中央の意志を仰ぎに、ペトログラードへ出掛けて行った。
そうした上で彼らは次のソヴィエトの会期に、計画を延期するよう要求してきた。そのような大きな問題は国全体に対してのみ決定されるものである。党首マゴイはこの問題についての法令を既に用意しているところだ。だからクロンシュタット・ソヴィエトは中央からの指示を待つべきだと。
すったもんだの討論の末採決により計画が実行されることが決まったが、ボルシェヴィキ党員は棄権退場してしまった――数人の党員は賛成票を投じたのだが、後彼らは党から除名されてしまった。
●
ボルシェヴィキは革命後ほどなくして、クロンシュタットの弱体化政策に着手した。
市民の食糧事情が底をついてきたとき、食糧供給の必要性を農民に説くためのプロパガンティスト部隊を奥地へ派遣するよう要請した。
国外からの武力干渉を退けるための大部隊を派遣するよう要請した。
軍指導者、武装列車、自動車、熟練労働者や技師、旋盤工、砲手が次々に引き抜かれた。
そうやってクロンシュタットを去った人間の大半は、そのまま戻ってこなかった。
最終的に既存艦隊は解体され、新しく赤色艦隊が作り直された。
締めとしてボルシェヴィキは用心深くも、要塞に間近いペトログラードから退去し、かつて専制君主たちが暮らしていたモスクワへと中央の本拠地を移したのである。
●
反動の残存勢力は赤軍に破られ、次々国外へ落ち延びて行った。
これで戦争は一応終わった。
しかし、だからといって国の苦難が軽減されたわけではない。広い地域で鉄道網が寸断され、大都市ではあらゆる物資が不足し飢餓が蔓延している。
3月8日にモスクワで開催される第10回ボルシェヴィキ大会では、まさにその打開策が論じられるはずであった。
しかし、それより前の2月23日、ペトログラードにおいて大規模なストライキが起きた。パンや燃料にさえ事欠く現状に耐えかねてのことだった。
これに対し政府は非常事態を宣言した。軍事アカデミアから学生部隊を呼び寄せ鎮めさせようとしたが、かえってストライキは拡大した。
ペトログラード守備隊に警告を発するも、彼らは大きく動揺しており、いくつかの隊は戦おうとしなかった。
守備隊に頼れなくなったボルシェヴィキは、地方や国内の前線から多数えり抜きの赤軍を現場に派遣。力ずくでストを粉砕した。
その同日、クロンシュタットが行動に出た。島の広場で人民会議を開き、共産主義者に対し怒りを込めて非難。以下のことを要求した。
無記名かつ自由なソヴィエト選挙。
全労農党への言論と出版の自由。
全労働者・農民の組合結成権と団結権。
全政治犯の釈放。
ボルシェヴィキの特権的地位の解消。
すべての共産党系武装機関の廃止。
農民による土地の完全な所有権を保持すること。私的経営の権利を前提として、いかなる債務労働者をも雇わないという保証。
ボルシェヴィキはすぐにこの活動綱領が、共産党の単独代表権を脅かしかねないものだということを察知した。一瞬もためらわず、クロンシュタット攻撃の準備に取り掛かった。
●
6日。最後通牒と共に湾の砲兵が、クロンシュタット要塞や軍艦と砲火を交えるようになった。
8日。赤軍の二個大隊が氷結した海を渡って市内に押し寄せたが反撃にあって退却を余儀なくされた。守備隊のうちでいくつかの部隊が反抗し、クロンシュタットと戦うのを拒否した。
9日。赤軍は2回目の攻撃に出るが、またもや退却。
マゴイは戦意高揚のため、モスクワで開催中の党大会代議員300名を最前線に派遣した。
恐怖の秘密警察チェカも現場に到着した。兵士の間で反抗の機運のあるものを、チェカ隊員が射殺して回った……。
●
硬く凍りついた湾は雪に覆われていた。白装束で身を覆った赤軍選抜隊員たちは、氷上を徒歩で進み要塞を目指していた。敵から狙撃される心遣いはそれほどしないですんだ。夜であり、猛吹雪が吹き荒れてもいることもありで、ほとんど向こうからは見えないはずだ。
だがそれは同時に、自分の側からも相手を見つけられないということを意味した。
恐ろしい寒さと疲労によって一人また一人動けなくなり、そのまま凍死していく。来た道を戻るわけにはいかなかった。前後とも白い闇にすっぽり包まれてしまっているのだ。
足を止めたら死ぬ。その一念で選抜隊員カチャ・タホは歩き続けた。反革命分子に対する反感や憎しみといったものは失せていた。まともな思考が続けられる状態ではないのだ。
携帯している機関銃が投げ捨てたくなるほど重い。
リプレイ本文
●3・13 アメリカ・シカゴ
暖房の効いた豪奢な一室。窓の外には摩天楼。
犯罪組織幹部であるエルバッハ・リオン(ka2434)は透けるような服を着て、ソファにもたれかかっていた。
彼女よりさらに露出度の高い美少女が捧げ持つ受話器に話しかけている。
会話の相手は彼女の私兵部隊――人身売買担当者の役得として売り物のうち気に入ったものを私物化。調教に加え特殊訓練を施し作り上げた代物だ。
彼らは今遠く離れた戦場へ派遣されている。
第一の目的は要人救出。とある外国上層部から依頼されたのだ。
第二の目的は組織が売買するための商品確保。場所は戦場だ。数多くの優秀な兵士がいるに違いない。
見目のよい少女もいれば、それも確保しておきたい。高く売れる。
「そうそう、見た目は普通でかまいませんので、嬲るのに良さそうな娘も連れてきてくださいね。それでは」
●3・13 ソヴィエト・ペトログラード
白い闇の中、刻令ゴーレム「ホフマン」を従えメイム(ka2290)が行く。
彼女はCAM別動歩兵部隊の一員である。
6km先にクロンシュタットがあるはずだが見えない。雪と風の壁はあまりにも厚い。
先行出発した選抜歩兵部隊が戦わずして冷たくなり、あちこちに転がっていた。
彼女は耳をすませる。何かを探しているように。
捕らえたのは犬の鳴き声。
「向こうだよ、急いで」
ゴーレムが大股に歩きだす。ほどなくしてよりはっきり、犬の声が聞こえてきた。
メイムはゴーレムの足を止めさせる。
イヌイット・ハスキーが飛びついてくるのをいなし、足元に転がっているカチャを乱暴に揺さぶる。
「カチャさん今倒れると永眠だよ起きて」
呼びかけるも動かない。刺激が弱いようだ。
2、3発頬を張ってなんとか目を開けさせる。
「――メイムさん」
声を発したのを確認。懐を探ってピッカーズを取り出し、血の気が失せた唇の間にねじ込む。
それから彼女にヒールをかけた。カチャは、何とか起き上がる。
「あー……メイムさん。ありがとうございます」
「どういたしまして。持つべきものは戦友だよね。歩ける?」
「はい」
そのままくたっているならゴーレム本体とゴーレムが被っている天幕の隙間に押し込もうかと思ったが、その手間はいらなさそうだった。
こんな悪天候では戦いにならないから本陣に引き返す、という選択肢はない。撤退命令が出ていないのだから。
「モスクワは現場の様子分かってるのかな。一度自分で前線に出てみて欲しいもんだよ」
公には出来ない不満を呟いたところで口を閉じる。ズウ、ンという爆発音が聞こえたのだ。
方角は赤軍砲台がある湾岸。
犬を手振りで黙らせそのまま耳を澄ます。
音が聞こえてきた。空から。爆発音に混じって。トランシーバーを手に取る。
「コボルト3よりコマンドポスト。ワイバーン複数の羽音を確認。砲撃を行う。重砲隊からの支援求む。場所はオランニエバウム北上Bルート」
手早く通信を切ったメイムは宙を睨む。
ほぼ何も見えない。
だが音は聞こえる。近づいてくる。
「ホフマン連続装填指示、炸裂弾×2」
主の指示に従いゴーレムは、ライトマシンガン「モンストルB5」を構える。
数秒の間を置いて発射命令が下された。
「撃てー」
――――――――
吹き荒れる吹雪に閉ざされていた下方から、いきなり炸裂弾が襲い掛かってくる。
それはワイバーン「カートゥル」の肉体を抉った。
激烈な叫び声を上げ幻獣が落ちて行く。背に乗せた鞍馬 真(ka5819)と共に。
同行していた冷泉 緋百合(ka6936)がオファニム「ヴァルキューレ」は一直線に、真っ逆さまに地上へ落ちて行く。氷上すれすれで反転し、その場にいたゴーレム・ホフマンにプラズマクラッカーを放った。
光弾がゴーレムを襲う。頑強な機体は衝撃に耐えたものの、被せていた天幕は一瞬にして消し飛ぶ。
カチャとメイムはゴーレムの後ろへ避難し、直撃をやり過ごした。イヌイット・ハスキーは……残念ながら即死した。
メイムはアサトライフル「ヴォロンテAC47」を構え臨戦態勢をとる。
「カチャさんも撃って」
カチャは赤軍支給の軽機関銃を構えた。そしてメイムと共に撃った。
ヴァルキューレはそれを回避する。再度プラズマカッターを浴びせかけようとする。
そこへ無線を受けたディヤー・A・バトロス(ka5743)が駆けつけてきた。
彼の機体はR7エクスシア「ジャウハラ」。
魔銃「ダウロキヤ」の引き金が引かれる。
踊るような身ごなしで回避するヴァルキューレ。
そこへもう一体CAMが現れる。
魔導アーマー「プラヴァー」――乗っているのはルベーノ・バルバライン(ka6752)。彼はチェカ隊員だがCAM持ちかつ戦闘に長けていることを買われ、度々前線への助力を求められるのである。
間髪入れずスペルステークが発動された。
その身に叩き込まれようとした鉄拳を、またしてもヴァルキューレは回避した。
メイムがドローミーを仕掛ける。
鈍色の鎖が沸き上がり、ヴァルキューレを搦め捕った。
すかさずルベーノが、もう一度スペルステークを仕掛けた。
今度は確実に入った。ヴァルキューレの機体が痙攣を起こしたように跳ねる。
刹那場に4本の光線が走った。
夜桜 奏音(ka5754)のワイバーン「ボレアス」が放ったレイン・オブ・ライトである。
強烈なマテリアルに貫かれたメイム、ディヤー、ルベーノの機体はその動きを止めざるを得なかった。
そこにヒース・R・ウォーカー(ka0145)のオファニム「ウェスペル・リィン」が現れ、プラズマクラッカーを放つ。
「やあ赤軍さん。お元気? この寒いのに遠路はるばるご苦労様」
からかうような口ぶりでディヤーらの気を引きつつ、後ろ手で、氷上に横たわるワイバーンを指差す。
意味するところを察した緋百合らはワイバーンと真を回収し、クロンシュタットの要塞へ退いて行く。後事をヒースに託して。
ヒースにとって幸いなことに、ほどなく赤軍本営から各部隊への撤退命令が出された。
ディヤーたちは消化不良に勝負をお預けしたまま、退かざるを得なかった。
――――――――
ヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346)は赤軍基地の近辺、積み重なった土嚢の裏側に潜んでいた。
彼のいる場所から100メートルほど先には頭を撃ち抜かれたチェカ隊員が転がっている。
狙撃後は現場から速やかに去るのが殺し屋としての流儀であるが、今はちょっと動くにいかない。
間近で別の襲撃が始まったのだ。直感視を持つ彼はそれにいち早く気づくことが出来た。
誰だか知らないが般若面をつけた襲撃者が、本隊からはぐれた赤軍兵を次々切り殺している。
クロンシュタット側から来た刺客か、それとも自分と同じような部外者の殺し屋か。どちらにしても存在を知られるのは剣呑だと彼は判断し、相手が去るまで気配を殺し待つことにした。
その選択は正しい。襲撃者――八重 春亜(ka7018)は、狙った兵士はもちろん目撃者も生かして返すつもりがなかったのだから。
彼女は暗殺者として剣を振るう。祖父の禁を解いて。
そこまでさせる動機は、彼女自身にもはっきりしなかった。
――――――――
ラジオ・モスクワ放送が今日のニュースを告げている。
『――陸軍将校である同志アウレールは取材記者に対し、クロンシュタットに立てこもる叛徒について次のように述べた。彼らはすっかり包囲されている。クロンシュタットにはパンも燃料もない。もしこれ以上抵抗するなら、鳥のように撃ち殺すだろう――』
行儀悪く椅子にかけている要塞駐留艦隊艦載部隊将校エアルドフリス(ka1856)が、革命的口調を鼻で笑う。
「はん、中央のやってる事はツァーリと同じじゃあないかね」
その肩をジュード・エアハート(ka0410)が小突いた。
「そんなもの聞いておもしろい?」
「いいや、全然。だがこれしか放送局がないんだからな。我がソヴィエトは」
「じゃあフィンランドのチャンネルに切り替えようよ。歌でもやってるんじゃないの?」
ジュードはラジオのダイヤルを回す。
ザリザリというノイズがやかましい。ほとんど何も聞き取れない。
「あーあー、やんなっちゃうよねもう。あいつら妨害電波でも流してるんじゃないの? あー、寒っ」
ぼやきはしてもジュードは、片時もエアルドフリスの側を離れない。
そこに無線が入った。
無線機を耳に当てたエアルドフリスは眉を顰め、クロンシュタット要塞陸軍所属歩兵隊下士官ボルディア・コンフラムス(ka0796)に連絡を取る。
――――――――
『というわけだ、すぐ救護所に戻ってきてくれ。補給作業はその後でいい』
「はい、分かりました。今行くの」
ディーナ・フェルミ(ka5843)は無線機を腰に戻し、リーリーに言った。
「ボルディアさんから連絡があったの。真さんとカートゥールさんが大変らしいの。。ヒースさんと緋百合さんと奏音さんは無事らしいけど……早く戻るの」
リーリーはくえ、と鳴いて歩を速めた。鞍の両側にぶら下げている荷が足取りに合わせて揺れる。
ディーナの表情は曇る。6日から続いた砲撃で、クロンシュタットの主要な港湾部や橋梁は破壊されてしまっている。食糧庫や弾薬庫も焼けてしまった。
鳳城 錬介(ka6053)が刻令ゴーレム「掛矢鬼六」を駆使して地下倉庫を造り残った補給物資をすみやかに運び入れたので、これ以上の被害は避けられそうだが――それだってどれほど持つものか。
現在クロンシュタットは孤立している。外部からの補給はゼロだ。上層部は右派からの援助をすべて拒絶している。左派のグループに対しても、献身的に友好的に申し込まれかつ何の政治的関係も持っていない場合にだけ援助を受け入れるという形をとっている。
(私達は間違ったことなんて言っていなかったのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう? 人民の平等を追究するために共産党は始まったのじゃなかったの。どうして私達は戦争しているの。勝って居る筈なのにどうして敵が減らないの。どうして――)
連日続く戦いは、確実にディーナの心身を疲弊させていた。
――――――――
根国・H・夜見(ka7051)と天竜寺 舞(ka0377)は港湾ドックの倉庫へ入って行った。
ユグディラ「にゃん五郎」は寒そうに身を震わせる。砲撃で大穴が空いた倉庫の天井は、薄いベニヤで塞がれたきりなのだ。
数え切れないほどのジャンクとガラクタに囲まれているのは魔導型ドミニオン「ハリケーン・バウ」。
廃材の危なっかしい足場上で作業しているのは、ミグ・ロマイヤー(ka0665)。
「ミグさん、配給っスよー」
呼びかけは聞こえてないらしい。振り向きもしない。
仕方ないので2人と1匹は足場を登り、彼女の側へ行った。
猛烈なアルコール臭。ウオッカのビンがゴロゴロ転がり、昨日の配給が手もつけられず凍りついている。
「ミグさん、配給だよ」
「お? おお」
生返事しながらミグは、溶接器をドミニオンに押し当て火花を散らせる。
俊敏で正確な手つき。酒が入っているときだけこうなのだ。切れるとたちまち字も書けないほど手が震え出す。
こんな彼女も昔は、「神の御手」とすら呼ばれたエリートCAM兵だったのだ。あまたの勲章を得た並ぶものなき英雄だったのだ。
時の流れというのはなんと残酷なのだろう。
「ちゃんと食べておいてよ。飲むだけじゃなくて」
「もう年なんだから無理しちゃ駄目っスよ」
それだけ言い残し彼女らが去っていく。
数分後、作業を終えたミグが初めて周囲に目をやった。
「……おお、配給か」
防護ゴーグルを外し目元をこすり、ウォッカに手を伸ばす。一口飲む。
「ミグはもうクロンシュタット以外の水は飲めぬからな」
それから数秒後、むっと眉間を狭めた。
「つか、誰じゃ。今さっきミグのことを年じゃなどとのたまいおったのは」
――――――――
モスクワから送り込まれた党大会代議員の1人星野 ハナ(ka5852)は、R7エクスシアのコクピット内でココアを飲んでいた。
モニタに映るのは前日の奇襲により被害を受けた砲塁。氷原から戻ってくる特務部隊の群れ。
2時間ほど前、陸軍将校アウレール・V・ブラオラント(ka2531)が一時退却命令を出したのだ。
「この寒いのにバカ正直に雪に紛れて突撃とかやってられないですぅ。まぁクロンシュタットがこんなに持ったからこそ派遣されてもしまいましたけどぉ」
伝わってくるこれまでの情報を総合してみるに、彼らは期待している。自分たちに続いてペトログラードの労働者たちが決起してくれることを。
なるほど、もしそうなれば大変な脅威だ。
だがけしてそうならない。
我々はそうさせない。
「正義であるだけで必ず勝つのならぁ、元々こんなことになっていないんですぅ。人には欲望があってぇ、それを上手く叶える方法さえ見つければ叶えられるんですよぅ」
マゴイ率いる党はペトログラードの労働者にパンと燃料の特別配給を行うことを決定した。
恐らく彼らは懐柔される。不満を飲み込む。
「どんなに今が優勢に見えようがぁ、クロンシュタットだけで広がりようがない今なら物量に優れたこちらが最後には必ず勝つんですぅ。人の命なんて雪より軽いと分からなかったのがクロンシュタットの間違いですぅ」
独り言を終えたハナは、さあ、と自分で自分の頬を叩き気合を入れ直す。切っていた通信をオンにする。
凍える兵たちを激励しに行く。
――――――――
『皆さん、グッドニュースです。先程党の中央から連絡がありました。途絶していた鉄道網が復旧したそうです。これで3、4日たてば前線に支援物資が届きます。食料、弾薬、銃器、それから、新しい兵員。私たちの後ろには全世界の労働者たちがいる! 私たちは彼らの期待に応えなければなりません! マゴイ万歳、ボルシェヴィキ共産党に栄光あれ!』
仲間とともに吹きっさらしの屋外に整列させられているのは、通信兵フレデリク・リンドバーグ(ka2490)。
彼は奥歯を鳴らし、ハナの話が早く終わることだけを望んでいた。自分もCAMに乗りたいと思いながら。
(さっむい! 長引いたら普通に死にますよこれ……チャチャッと勝って帰りたいです! 早く終わらないかな……)
彼に確たる信念などはない。勝てば官軍ということで勝った側についた、というかつきたい。
『……ところでこのペトログラード内部にも、多数反動分子、並びにスパイが潜んでいます。悪辣にも彼らは資本家への情報売却、国家に対する反逆の扇動、デマの流布等あらゆる悪徳に手を染めたあげく、凶悪な殺人まで行っている。先日もオランニエバウムの砲台近くで、砲兵とチェカの同志が殺されました。皆さん、十分気をつけてくださいね』
やっと話が終わった。
やれやれとフレデリクが持ち場に帰ろうとしたときである。急に肩へ手を置かれた。
誰かと振り向いてみればチェカ隊員のルベーノ。絶対に親しくなりたくない相手を前に顔が引きつる。
「こ、これはルベーノさん、何かご用事でしょうか?」
ルベーノは笑顔で言った。
「貴様、クロンシュタットの反乱分子に配給物資を横流ししているらしいな?」
フレデリクの喉がひくっと鳴った。緊張のあまり笑いたくもないのに笑えてくる。
「ふへ? へへへへいやいやそんなことは絶対ありませんよ。一体何を根拠に」
ルベーノはまだ笑顔だった。それがもうどうしようもなく怖い。
「うむ、密告があってな」
「えへへへそんな、それは何かの間違いですよ一体誰なんですかそんなデマを流したのは」
「うむ、それはな、今日欠勤しているお前の同僚だ」
今日勤務に来てないのは誰だと全力で記憶を辿り、ソフィア =リリィホルム(ka2383)の名を閃かせる。
(あ、あの女一体何のつもりだ! スパイってこと知ってて黙ってやってたのに!)
ひそかに歯噛みしたところで、鈍器のごとき言葉が耳を打つ。
「奴はスパイだ。今の話を詳しく聞こうとチェカ本部への任意同行を求めたら、急に行方を眩ませおった。そして奴が残していった持ち物には、多量の機密文書が含まれていた」
「あ……そ、そうなんですか。とてつもなく悪い奴ですね人民の一人として限りなく許しがたいです! お願いですそんな性根が腐ったスパイの言うことなんて一から十まで出鱈目に決まってますから信じないでください! 私は潔白です!」
力説し改めてルベーノの顔を見たら、笑みが消えていた。先程に倍加して怖かった。
「……そうだな、俺もそう望んでいる。だからお前から話を聞くのは、この戦いがひと段落してからにしよう。他に優先して当たらなければならない不貞分子が大勢いるからな」
この戦いが終わる前に逃げなきゃ駄目だ。
強くそう思ったフレデリクは現地指令本部へ足を運び、最前線への配置換えを申し出た。
チェカの目が届かない場所といえば、そこしかなかったからだ。
――――――――
国際赤十字の一員である天竜寺 詩(ka0396)は、大型テントにかつぎ込まれてくる兵士たちの治療におおわらわとなっていた。
赤軍救護所はもう満杯で、後の者が全部ここに回されてくるのだ。
通常の負傷はもちろん、凍傷にかかった者が非常に多かった。
「こんな時に出撃させるからだよ!」
運び込まれてくるだけに任せていてはいけないと彼女は、仲間を募って自分から負傷者を捜し回ることにした。
撤退命令の出た後で。
「待て、部外者は戦場に入ることは規則上されている!」
「何人も赤十字の旗への攻撃は許されません!」
現場の司令官を振り切る形で旗を掲げ、照明を手に進んで行く。行く先からよたつきながら近づいてくる人影が見えた。
それは、マルカ・アニチキン(ka2542)だった。
「すいませーん……火傷したので治療をお願いしますー……」
彼女もまたひっそり、戦場の片隅で戦っていたのである。
●3・16 ソヴィエト・ペトログラード
未明からフィンランド湾は、天候を回復していた。
アウレールはこの機を逃さず攻勢に出る。
くっきり見えるようになった目標に向け、砲台が火を吹き始める。これまでとは違う位置から。
――――――――
轟音に叩き起こされたボルディアは、歩兵隊下士官としての体裁を整えるのもそこそこに外へ飛び出す。そして、眉を吊り上げる。
「何であの方角から弾が飛んでくるんだ。あそこには砲台なんてなかったはずだぞ!」
――――――――
ハナはR7エクスシアの機上から得意げに言う。
「ふふふ、赤軍はすでに最新鋭の新型自走野砲を揃えているのですよ。オーソドックスな火砲はもちろん、プラズマ砲も幾つか仕入れているのですぅ。今頃反革命分子は大慌てしているはずですぅ」
ムスペルの傍らで双眼鏡を覗いていたアウレールは、それに対して何も答えなかった。
模範的な職業軍人にとって興味があるのはただひとつ、国家再建を阻み混乱を助長する人民の敵を殲滅することである。
空の一角に黒い点が見えた。
スキヤンに乗ったエアルドフリスと、アナナスに乗ったジュードだ。
「煙幕弾をありったけ張れ! 来るぞ!」
火焔弾が発射された。
グリフィンは避けた。
エアルドリスは、もうもうと煙が立ちのぼる場所目がけ蒼炎獄を発動した。無数の青い炎が矢のように降り注ぐ。誘爆が起きる。
アウレールのゴーレムも損害を受けた。
しかし彼はひるまず、喉も裂けんばかりに声を張り続ける。
「撃て、撃てー!」
煙幕の間に延焼のどす黒い煙が交ざり、あたりの見通しがますますききにくくなる。
「こういうときこそレーダーが役立つのですよ」
ハナはスラスターライフルを上空の敵に向けた、
引き金を引く。
弾丸はエアルドフリスのグリフィンを貫いた。
エアルドフリスは追加攻撃を防ぐため、急いで高度を上げさせる。そうすると自分の攻撃も届かなくなるが、やむを得ない。グリフィンの傷はかなりの深さなのだ。
ジュードが竜弓「シ・ヴリス」を引く。
はるか高みから放たれた矢は銀の矢のように地上へ降り注いだ。
アウレールのムスペルは矢を避けられず、再び被害を受けた。ハナのエクスシアも同様だったが鎧によって堅く守られていたため、さほどのダメージを受けずに済んだ。
「撃て! 休みなく撃て! 敵の動きを阻害しろ!」
――――――――
砲弾と煙幕による煙が氷上に汚いまだら模様を作っている。
真は空を飛んでいた。3日前瀕死状態に陥っていた相棒とともに。
また同じことになった場合生きて戻れる保証はない。ディーナの使える力にも限界というものがある。
それを心に刻んで彼は緋百合とともに赤軍へと向かって行く。
ジャウハラに乗ったディヤーとホフマンを連れたメイムがそれを迎え撃つ。
ディヤーの心には使命感がふつふつと燃えていた。幼いときから党の教育を受けてきた彼にとって、それが掲げる正義は絶対なのである。
一方メイムは忸怩たるものを感じていた。カチャが別部隊に編成されてしまい、今回の進軍に同行出来なかったからである。
(無事だといいけどね)
彼女は党の正義を信じていない。正直マゴイは嫌いだ。しかし戦う。命を守るために。
ディヤーが魔銃「ダロウキヤ」の照準を合わせた。
「同志よ、パンと平和を求むなら、鎌と鎚を国の為に振るえ。武器を振るわば、せめてその血を証に。赤き旗を染めるがよい」
空を引き裂く弾丸。
カートゥルは身をかわす。急激に高度を下げかっと口を開き、ファイアブレスを吹きかける。
ジャラハウのマテリアルカーテンがその攻撃を阻んだ。
ほっとするのもつかの間、マテリアルキャノンが襲いかかってきた。
ヴァルキューレによる遠距離攻撃だ。
ホフマンは防ぎ切れず大きな損傷を受けた。
「ええぇ、なんかあたし狙われてない!?」
と言いながらメイムは、炸裂弾と火焔弾の連続射撃でやり返す。
炸裂した弾と炎はヴァルキューレの表面を一部溶かし、ダメージを与えた。
だがより強くその影響を受けたのは氷であった。
ヒビ入り割れ穴が空く。
危険と見たディヤーはメイムの機体と周囲の移動砲台にウォーターウォークをかける。
真がワイバーンから飛び降り陣地に向かってきた。
縦横無尽に刃を振るい傍若無人に切りかかる。砲台に、兵に、砲戦ゴーレムに。
ディヤーは相手と距離を取ろうとした。ジャウハラは近接戦闘に向いた武器を持っていなかったのだ。ファイアーボールを使おうかとも思ったが、この状況でさらに炎系の技を使うのはためらわれた。
しかし真は距離を開けさせようとはしない。
接近して魔導剣「カオスウィース」と試作振動剣「オートMURAMASA」をふるう。
度重なる剣撃でジャラハウの機体に傷が付いて行く。
人間の何倍もある鋼の腕が振り回された。
真は後方に跳んで避けた。
ディヤーもすかさず退き相手と距離を取る。
ヴァルキューレはプラズマクラッカーをメイムに向け放つ。
メイムは奇跡的にそれを避けた。再度火焔弾と炸裂弾が放たれる。
ディヤーは再度ダロウキヤを放つ。
双方当た――らない。
そこに声が響いた。
「例のアレ撃ちます! 離れて!」
それはフレデリクであった。
炎の力を持ったエネルギーの固まりが、扇状に展開する。
衝撃は真の動きを止める。
そこにメイムがドローミーをかけ手前に引き、薄くなった氷の上へ移動させる。
氷が割れ落ちる真。
続けてメイムは容赦なくアサトライフルを放つ。
弾丸が当たり血が飛び散る。
ヴァルキューレがプラズマクラッカーを放つ。狼の遠吠えのような機械の唸りを上げて。
それはまさに搭乗者の感情を代弁するものだった。
強烈な爆発が場にいたものを飲み込む。
炎上と悲鳴と喧噪。
――――――――
クロンシュタット広場を目指していた特務隊の一団は、クロンシュタット陸軍所属歩兵隊に行く手を阻まれていた――正確には、歩兵部隊下士官ボルディアに行く手を阻まれていた。
「さあ、どっからでもかかって来い。俺は逃げも隠れもせんぞ」
全長250cmある魔斧「モレク」を楽々担ぐ相手に単身挑もうかという剛の者は、場にいなかった。
近づけば確実にやられる。とくれば、遠距離攻撃しかない。兵士たちは手持ちの銃を構えて一斉射撃を始めた。
戦略的には間違っていない。だがそれは、肉弾戦至上主義者の導線に火をつける結果となった。
「権力に従うだけの豚が、俺を殺せると思ってんじゃねエェ!」
青筋を立て斧を奮い敵に突進していくボルディア。
人垣の前面にいた兵士たちが一瞬で真っ二つになるのをカチャは見た――彼女もこの方面の作戦に参加していたのである。
能力者であるカチャには痛いほど分かった。相手と自分の戦闘力に開きがあり過ぎるということが。
本能的に彼女は重荷となる機関銃を投げ捨てた。そしてきびすを返し走りだす(もっともほかの兵士たちはそれより一足先に走りだしていた)。
彼女の快進撃に励まされた歩兵隊が敵をなるべく遠くまで追い散らそうと、束になって追いかけてくる。
――――――――
飛行帽を被ったマルカは戦闘機の後部座席から、地上を見下ろしていた。
お守りを渡したメイムは、カチャは、今どのあたりで戦っているのだろうか。
砲兵部隊が展開しているあたりでは敵軍の奇襲により、ひっきりなしの爆発が起きている。
――――――――
ボレアスに乗った奏音とウェスペル・リィンに乗ったヒースは、マルカの機影を補足するや砲台への攻撃を停止し、対応に向かう。
他にも飛行可能なユニットを持つ者はいるのだが、誰も彼も交戦中で手が離せない状態なのだ。
奏音は護符を構える。
「空は貴方たちだけの領域ではありませんよ」
先手はマルカであった。
彼女は戦う前からワイバーンを優先して狙うと決めていた。奏音の接近に気づくや否や即座に攻撃する。
魔法鬱陶死煩雑乱射が発動された。
中空に生み出された巨大な複数のライフルが、青い炎の弾丸を雨あられと撃ちまくる。
ボレアスが被弾した。しかし、即座に飛行不能となるほどのダメージではない。
奏音が五色光符陣で反撃した。
「そのまま地に落ちなさい」
目もくらむような光に焼かれた爆撃機は彼女の言葉通り、きりもみ状に落下して行く。
けれども爆撃機は一機だけではない。次々新手が飛んでくる。
ヒースはそれに対処して回った。
先程の戦いを見て用心深くなっているのか、どの機体も接近戦を避けている。
「ドイツの対地攻撃エースの様にとまでは言わないけど、スコアを稼がせてもらうとしようかぁ」
プラズマライフルが当たった機体がその場で爆発を起こし四散し、地上に降り注いで行く。
当たれば人が死ぬ。
この混乱状態ではさほど意識されないかも知れないが。
湾内には無数の赤軍兵が入り込んでいた。
つい3日前大量の死者が出ていたはずだが、もう新しく兵士が補充されている。
その数は増すことがあっても減りはしないに違いない。彼らは全ロシアから人を、物資を、かき集めてこられる。場合によっては国外の協力者からも。
翻ってクロンシュタットはどこからも補充を受けられない。
(……氷が溶ければ軍艦が動かせて格段に有利になれるんだけど……この形勢じゃそれまで持ちそうもないねぇ)
感傷のない計算を頭でしたヒースは、でも、と声に出してこう言った。
「傭兵なりの道理と流儀があるから、ねぇ」
地上へと急降下してきた彼を、プラヴァーに乗ったルベーノが迎え撃つ。
「ボルシェビキの理想を理解せん馬鹿どもが、浮足立った挙句反革命の豚どもに洗脳されおって。死んで償え」
ヒースは思想的に反革命でもなんでもないのだが、彼にとってそれはどうでもいい。反革命に味方する者すなわちその同属なのだから。
間近でプラズマの爆発が起きた。
卓越した反射能力でそれを避けたルベーノは、真っすぐヒースへと向かう。
一気に距離を詰め青竜翔咬波を打つ。
ウェルペス・リィンはそれをまともに受けてしまった。
機体の一部が砕ける音がコクピットの中にいたヒースの耳にも、はっきりと聞こえた。
――――――――
破壊された港湾部には、錬介が廃材と土のうで新たにバリケードを設置している。
そこでは機関銃手と砲手が守りを固めていた。その中に舞と夜見がいた。
2人は広場周辺から赤軍を追い散らして行くボルディアの姿に歓声を上げる。
「うおー、ボルディアさんパねえっス! ほぼ一人で蹴散らしてるっス! こっちも負けてらんないっスね!」
広場を諦めた特務隊の一部が彼女たちがいるほうへ向かってきた。
夜見は聖魔杖「ノエルクロッシュ」を掲げ、【藍眼・淡燦】を発動した。
場に冷気の嵐が吹き荒れる。
オーラによって形作られたマスケット銃から発される弾丸と機関銃から発される弾丸が、動きを止められた兵士たちを蜂の巣にして行く。
兵士たちはしばらく粘っていたが耐え切れず引いて行った。
守備隊は一息ついた。
彼らの心をよぎるのは不安である。この局面は勝利したが、全体的に見た状況は決してよくないのだ。クロンシュタット側には交替要員がいない。負傷者は増えるばかり。救護所では薬と包帯がとうとう底をつき始めてきたとも言う。
ディーナがリーリーを連れ、補給に回ってきた。
「皆さん、追加の弾薬なの……もう残り少ないから大事に使ってほしいの」
彼女の目元には黒々した隈が出来ている。
回復魔法の使い手でもあるだけに、負担がひとしおかかってくるのだろう。
何かねぎらいの言葉をかけてやりたい。そう思って舞が口を開きかけたとき、周囲がかあっと白く照らされた。
その後に轟音と衝撃が来る。
遠方からディヤーのミサイル「ブリスクラ」が飛んできたのであった。
――――――――
日が傾いてきた。
空にまた雲が戻ってきた。雪がちらつき始めた。
天候の悪化を予測した赤軍は、再度兵を退かせる。
滅びし帝国の象徴、双頭の鷲を肩につけたR7エクスシア「ラスプーチン」。
その足元にいるのは2人の少女。
1人はリナリス・リーカノア(ka5126)。
そしてもう1人はカチャ――敗走の果て傷だらけになっている。
「皇女様、生きていらしたんですね」
「ええ」
「なら、このまま逃げてください。あなた、ここにいちゃいけない人ですから。見つかったら殺されますから」
消え入りそうな声で言うカチャにリナリスは、困ったようなほほ笑みを向けた。
「貴女も私を殺しますか?」
カチャは首を振った。
リナリスはレイピアを抜く。長い髪をばさりと、襟元まで切り落とす。
「な、何してるんですか!」
カチャの手を取る。今し方切り落とした一房の毛束を握らせる。
「……最後に貴女に会えてよかった。さあ乗ってください。クロンシュタットに送りますから。私も貴女に生きていてほしいと思っているんですよ、カチャ。もっと、そう、自由な場所で」
●3・17 ソヴィエト・ペトログラード
朝方には、吹雪がやんでいた。
かくして夜が白み始めると同時に赤軍が動き出す――ということはなかった。
アウレールが、クロンシュタットからの刺客に襲われたのだ。結論的に言えば命に別条はなかった。しかしこの緊急事態を重く見たペトログラード党支部は、町を封鎖。増員したチェカを総動員し犯人の一斉捜査に乗り出すことにした。
街は完全に凍りついた。赤軍もその捜査が終わる間、ずっと動けずじまいだった。
かくしてクロンシュタットとの決戦は、数日後に持ち越された。それはクロンシュタット側にとって有利に働いた。その間中滞りなく、破損箇所の修復と撤退の準備が出来た。
――――――――
冷たい路地裏。
腹部からの出血がひどいが止めるすべはない。ユグディラはその治癒力を使い果たしたのだ。
「付き合わせて悪かったね」
詫びる舞ににゃん五郎は、心配そうな目を向けていた。
迫ってくる足音が聞こえる。
(最後にもう一度会いたかったな)
ぼんやりした意識のうちに妹の顔を思い浮かべたところで、銃声が響いた。
――――――――
暗殺者を幻獣ともども撃ち殺したルベーノの興味は、すぐさま次の標的に移った。
チェカを狙って暗殺を繰り返していた人間。兵士を狙って暗殺を繰り返していた人間。双方の目星がとうとうついたのだ。
前者は数日前ペトログラード市街から抜け出したようだが、後者はまだ市街地の近くにいることが判明している。仲間が追っているところだ。
無線から連絡が入った。
『すぐこっちに回って来てくれ! 例の女を見つけたんだが、えらい手練れ――』
通信が不自然に切れた。
これは殺られたかもしれないなと思いながら、先を急ぐ。
●3・21 ソヴィエト・ペトログラード
ペトログラードで単独行動をしていた舞と春亜は殺された。という連絡が入ってきた。
クロンシュタットは16日の戦いで、真と緋百合を失っている。前者はユニットとともに、後者はユニットを逃がして、氷海に散った。赤軍の砲兵と歩兵の多数、メイムとホフマンを道連れにして。
要塞内の民間人はすでに脱出を始めている。第一次の隊は、もう国境を越えた頃だろう。
砦に残るのは、純粋な戦闘員だけだ。
仮眠から覚めてもまだソファに寝そべっているエアルドフリスは、そのままの姿勢でジュードに聞く。
「俺なんかについてきて、後悔してるんじゃあないかね?」
ジュードは、まさかあと笑った。
「エアさんと一緒ならどこでも良いよ」
そう言っておいてから尋ねる。相手の顔を覗き込んで。
「エアさんはなんで戦おうと思ったの?」
「俺の家は田舎でね、内戦のとき村が壊滅して、家族は餓死……いや、これは関係無いな。中央が気に入らんだけだよ」
「そう」
短く言ってジュードは、エアルドフリスの額に口付けた。
そこに、どんどん扉を叩く無粋な音。ボルディアの声。
「エアルドフリス、ちょっと来てくれ! 妙な客が来たんだ!」
――――――――
詩から見て赤軍は、惨憺たる敗北を喫しているように見えた。
救護所はもうパンク状態。
テントの下に寝かせ切れず外に転がっているものもいる状態だ。連日続く激戦によって神経をやられてしまったものもいる。寝ていたと思ったら急に起き出して、悲鳴を上げだす。詩もでき得る限りサルヴェイションをかけ落ちつかせたが、数が追いつかなかった。
応急処置を施したとおぼしき体のアウレールが複数の士官を連れやってきて、負傷兵たちに言った。
「動けるものはすぐここを引き払い、所属部隊に戻るように。明日、再度要塞に総攻撃をかける」
軽傷のものはもちろん、中程度の負傷をしたものも強引に連れて行こうとする。
詩は思わず声をあらげた。
「止めて! この人達はまだ静養してなくちゃいけないんだよ! 死なせる為に治したんじゃない!」
アウレールは眉の一つも動かさずに言う。
「今静養などさせている時間はない。ペトログラードを跋扈していた不穏分子を片付けた以上、一刻も早い総攻撃をかけねばならんのだ」
「敵って、つい最近まで仲間だったんじゃないの、一緒に戦って帝政を倒したんじゃないの!」
「もちろんそうだ。しかし今の彼らは国家再建を阻み混乱を助長する人民の敵だ。私は門外漢と問答している暇は無い。指示に従えないなら国外退去してもらうが?」
詩は拳を握りしめながら、クロンシュタット要塞がある方角を見つめる。
彼女は何年も前に離れていた姉が、反乱側にいると風の便りに聞いていた。唇を噛み締めて強く願う。
(生きていて)
それがもうかなわぬ願いとなっていることを知らぬまま。
――――――――
クロンシュタット本営に集まった各部署の指導者たちは頭を痛めていた。
処刑されていたはずの皇女が現れ、クロンシュタットへの助力を申し出てきたのだ。
エアルドフリスはこめかみを押さえ言った。
「――我々に協力したい、と?」
「ええ。あなたがたがフィンランドへ亡命する手助けをしたいのです」
「理由は?」
「弱き者を守るのが皇女としての務めだと思うからです」
その回答を聞いた他の幹部が、次々苦言を呈し始めた。
「酷なことを言うようだが俺たちはそういうものを求めてない」
「我々は専制の軛から自由になるために戦ってきたし、今も戦っているんだ」
「ツァーリの娘、あんたは共産党にはもちろん、俺たちにとっても受け入れられない存在なんだよ。悪いことは言わないからこのまま国外へ出ていきな。そこなら白系の組織が幾らでもある。あんたを喜んで迎えてくれる」
リナリスは黙って彼らの言葉を聞いていた。胸の痛みを覚えながら。
ジュードが軽口を飛ばす。
「あのさあ、もう止めたらそういう原則論。猫の手も借りたい状況でしょ」
ボルディアは双方の意見を吟味し、間を取った。
「まあ、協力してえってんならしてくれりゃいい。正直こっちゃ詰んでるからな。だが砦に双頭の鷲を掲げるのだけは止めてくれ。ボルシェヴィキの連中にクロンシュタットが反動の巣だと言わせたくないからな」
結論はまとまった。
壁際にいたヒースが肩をすくめる。
彼は生きていた。奏音も。両者ユニットとともにだいぶ損傷を受けてはいたが。
「まだ報酬分の仕事は出来ていない、と。さぁ、次の仕事をしようかぁ」
そこで会議室の扉がバアンと扉が開いた。
アルコールの臭気が大波となって押し寄せてくる。
ミグであった。
「皆の衆喜べ、とうとう新生ハリケーン・バウが完成したんのじゃぞぉ!……おや、そのお嬢さんは誰じゃな?」
――――――――
リーリーとクロンシュタットを抜け出したディーナは、氷上を進む。
「一緒に逃げよう、リーリー。他の国まで逃げられたら、きっともうこんな目に合わなくて済む」
砲撃によって深手を負ったリーリーが食料として徴発されかけた。阻止しようとしたら殴られた。それが彼女の逃亡理由である。
最後に残っていたフルリカバリーはリーリーの為使い切ってしまったが、後悔はない。
天候予測をしながら進む。
「おーい……おーい……」
泣くような風音に混じり呼び声が聞こえてきた。
ディーナは鞍上でビクッと跳ね上がる。もしや要塞から追っ手が――と思ったが違った。高速度で追いかけてきたのはまったく見知らぬ人だった。
「よかった、一緒に連れて行ってくださいっ」
とリーリーの轡を掴んで訴えてくる相手の服をよく見れば赤軍のもの。
「え、ええっ、赤軍がこんなところで何してるの!?」
「何って、亡命に決まってるじゃないですか! お願いですフィンランドまででいいから一緒に連れてってください。この寒空に1人とかめちゃくちゃ心細いんですよー……あ、私フレデリクって言います。あなたは?」
「……ディーナ……」
●3・22 ソヴィエト・ペトログラード
天気は薄曇り。
早朝から目も開けられないすさまじさで、砲弾が飛び交い始める。
特務部隊が動き出した。負傷したものとそうでない者、そして新しく現場に到着した者を合わせた大群だ。
それらを受けるクロンシュタットのあちこちで、弾切れが起きた。
補給員が足りないので自分で取りに行く。
戻ってきてみたら場にいた仲間が撃たれて死んでいる。
それを脇にどけて、撃つ。自身もまた倒れるまで。
――――――――
ディヤーは氷上を進む赤軍の護衛をしつつ、クロンシュタットへの進撃を行っていた。
これまでに行われた戦闘の影響で、氷上にあちこち穴が空いている。
要塞からの砲撃は正確かつ強力であった。
「さすが水兵どもよ。ならば意趣返しと参ろう」
M・ガントレットシールドやマテリアルバリアで防御しながら、戦艦に接近。リトルファイアを乱打する。
可燃性の甲板が燃え始めたところへ、ファイアーボールを順次追加していく。
そこに割り込んでくるラスプーチンの機影。
ディヤーの眼は釘付けとなった。なんとなればその機体は、汚らわしい帝政の象徴をつけていたからだ。
ソニックフォン・ブラスターで増幅された声が聞こえてくる。
「私はリナリス・ロマノヴァ。ロシア皇女です。貴方達は何をしているのですか? ロシアの民同士で殺し合い母なる大地を血で染める事が父なるツァーリを弑してまでも本当に貴方達が望んだ事だというのですか? そうではないでしょう。貴方達を死地に追いやっている者達こそが貴方達の敵です!」
ディヤーは獣のように吠えた。
「ほざけ! 寄生虫の末裔めが!!」
ファイアーボールの応酬が始まった。
爆発の衝撃がディヤーの機体を襲い、応急処置した箇所にまたひびを入らせた。
しかし彼は止まらない。攻撃し続ける。人民の敵を焼き尽くさんとして。
――――――――
ミグはハリケーン・バウを操り、戦場に躍り出る。大壁盾に雨あられと叩きつけられてくる銃弾、砲弾、プラズマ弾の圧力で足がよろめいた。
「おうおう、そうじゃこの衝撃じゃ。これぞ戦場の醍醐味というものじゃの!」
彼女の目は往時『神の御手』と称えられたときそのままに輝いていた。
氷上を進む赤軍の中心があるとおぼしき方向を見据え、ミサイルランチャー「レプリカント」とカノン砲「スフィーダ99」を一気に解放する。
火線が雪を散らせる灰色の空を横切り地の一点へ収束して行く。
耳が潰れる程の爆音が轟きわたる。爆風と爆音。氷が割れ砕け散り、はるか高い水柱と黒煙が上がる。
無数の移動砲台と人間がこの瞬間、冷たい氷の下へと沈んで行った。
――――――――
エアルドフリスは救出者と名乗る者たちを見据えて言った。
「遠路はるばる来てくれて悪いが帰ってくれるか」
「え? いや、我々はあなたを救出に」
「俺たちへは逃げたいときは自力で逃げる」
愛想よく肩を叩いてくる彼に相手は何か言おうとしたが、途中で思い返したように口を閉じた。
「革命を見失ったのは彼らの方だ。我々は未来の為に叛旗を掲げる――クロンシュタットはそう言っていたと依頼主に伝えてくれ。また再び依頼主に会うことが出来ればな」
ドウン、と部屋が揺れた。至近距離まで大砲が届き始めたのだ。
恐れをなしたように救出者たちは退室して行く。
間を置いてジュードが、そっと言った。
「エアさん、ここに留まるつもり?」
「どうせ紙屑みたいな人生だ。どこで終わったって構わん」
「じゃあ、終わるのここじゃなくたっていいってことじゃん。俺、国とか革命とか、正直どうでも良いんだよね」
「……」
「俺これでも結構運は良い方だと思ってるんだけど」
――――――――
包囲の輪がじりじり縮んでくる。
ヒースは戦況に見切りをつけ脱出するとした。
罪悪感はない。もともとそういう契約だった。
「自身の生存優先、だけど契約は可能な限り守るのが傭兵の道理だからねぇ」
とは言え、自分にしては随分ギリギリまで場に残っていたものだと思う。
「死んで英雄になるよりも次の戦場を求めるのが傭兵の流儀なんでねぇ」
彼と同じく奏音もまた、戦線を離脱した。航空部隊の銃撃から身をかわしながら。ヒース同様彼女も随分目立ち過ぎた。集中して狙われている。
「このままだと巻き込まれそうですし、ここらが潮時ですかね」
先ほどのミグの砲撃で、赤軍氷上部隊の指揮系統が断絶された。しばらく復帰出来まい。
なんなら自分が御霊符を使って混乱させようかとも考えていたが、その手間が省けた。
戦力は温存しておくにしくはない。逃げ切れるまで何が起きるか分からないのだから。
「次はどの戦場へ行きましょうかね」
うそぶきながら、ボレアスの背に平行となるよう姿勢を低くする。ヒースに追いつく。
2人の傭兵は最後の仕事――フィンランドへ向かう脱出者へのサポート――に取り掛かる。
――――――――
「これより先は死出の道……。生きてる者は通れぬと知れェ!」
炎犬の幻影を身にまとい巨大化したボルディアが、巨斧で数多の敵をなぎ払って行く。その姿はまさに古の戦神だった。
しかし人は神ではない。いつか力も続かなくなる。幻覚は消え、もとのボルディアだけが残る。だは、それでも戦い続ける。自他とも血まみれにしながら。
彼女と共に脱出者の殿を務める夜見はスキルを全部使い果たした。もうこの上は自分の体だけで戦うしかない。
「――ハッ。上等っスよ!」
言い捨てて彼女は聖魔杖を振りかざす。敵に向かって行く。
「皆、早く逃げるッス!」
闇雲に降り注いでくる砲弾が氷を割り、上に乗るものを沈めていく。
エアルドフリスとジュードが追いついてきた。
エアルドフリスは即座に残っていたウォーターウォークを全て使用した。
ボルディアと夜見、後数人の人間が水没を免れる。他は敵味方とも関係なく冷たい水底へ沈んで行く。
赤軍は割れたまだ割れてない箇所を伝って大きく回り込み、再び追跡に入ろうとする。
ボルディアたちが再度、力の限り阻害する。
ヒースらが追いついた。プラズマライフルが撃たれる。式が落とされる。
それでもまだ避難者は逃げ切っていない。
エアルドフリスはスキヤンの頭を後方へ向けさせた。早口でジュードに告げる。
「お前は逃げろ」
そして大きな声で叫ぶ。可能な限り自分へ追っ手の注意を向けさせようと。
「俺は要塞駐留部隊将校、エアルドフリスだ!」
ジュードはしょうがないな、というようにアナナスを引き返させた。彼の手はけして離しはしない。そう決めて。
――――――――
ソフィアは舌打ちをした。
まさか自分がこんな混乱のただ中におかれるとは、と。
本当ならもっと早めにフィンランドへたどり着けていたはずなのだが、脱出が遅れ過ぎた。
チェカの警戒網が想定した以上に厳しかったのだ。
注意をよそに向けさせようとフレデリクを密告したのだが、あまり役には立たなかったようだ。
依頼主である諸外国勢力から派遣されていた脱出手引者――非合法団体の私兵――も、時間通りに現れない。
なので、1人で逃げる羽目になった。
いや、実は先ほど偶然同じく逃亡中のヴィントに会った。
だが彼は「俺も自分が脱出するだけで精一杯だからな」という一言を残し別方向に行ってしまったのだ。
……まあいいのだが。砲弾の雨が降り注いでくる中、同行者が多かったからといって助かる確率が上がるわけでもないから。
ドン、と衝撃。爆風に吹き飛ばされる。至近距離に被弾したのだ。
いやというほど地面に叩きつけらたものの、起き上がってまた走る。歯を食いしばって。
――――――――
逃げ出すべき人は逃げて行った。
錬介は頬を流れる血を拭い、しゃんと首を上げる。
「負ける……か。それでも、最後まで足掻くとしましょう」
彼が行ったクロンシュタットの迷宮化によって、赤軍は大幅な時間のロスを強いられていた。
わずか一軒の建物を奪うのに一個中隊を投入せねばならず、しかも奪ってみれば守り手は数人しかいないという有り様だ。
ルベーノは搭乗していたプラヴァーのコクピットから飛び降りた。ゴーレムの掛矢鬼六を破壊したはいいが、自身の機体もまた機能停止に陥ってしまったのだ。
機関銃を持ったチェカ隊員や赤軍兵士が次々守備隊本部へ突入して行き、銃撃戦が始まる。
本部には錬介がいた。彼はガウスジェイルとホーリーヴェールによって敵の銃弾を引き付けられるだけ引き付け、仲間を守る。
そしてチェカ隊員と見るや聖盾剣「アレクサンダー」を叩きつけ撲殺していく。
ルベーノが進み出た。
鉄爪「インシネレーション」が盾剣とぶつかり合い、火花を散らす。
「へえ、銃を使わないチェカもいるんですね」
「確かに銃やミサイルの方が効率よく破壊を撒き散らせるが、原始的な殴り合いの方がより魂に恐怖を刻めると思わんか?……豚どもには高尚すぎて分からんか」
「豚で結構、あなたがたのような屑よりは何億倍もマシですからね」
「フッ、そんなことしか言えぬから、お前はここで死ぬのだ――ボルシェビキとマゴイへの反抗、決して許さぬ。死して償え、豚どもがっ」
爪と盾剣との激しいぶつかり合い。
お互い防御力が高いためになかなか決着がつかない。
とはいえ最終的に勝利したのはルベーノであった。
防衛戦で蓄積された疲労に加え攻撃魔法を持たない錬介にとって、この戦いは分が悪すぎた。
――――――――
ジャラハウもラスプーチンも鉄屑となっていた。
「さあ出てくるがいい、悪魔の子!」
ディヤーは満身創痍になりながら、同じく満身創痍となったリナリスを引きずり出す。コクピットから氷上へと。
周囲には数多の赤軍兵。
リナリスの首を落とすため聖機剣「ローエングリン」を振り上げる。
その手が止まる。後頭部にオートマチック「チェイサー」の銃口が押し当てられたのだ。
「……何のつもりじゃカチャ殿」
「やめて」
「何を言うとる」
「その人を殺さないで」
「……」
ディヤーは剣をしまい後ろに下がった。
リナリスは声を絞り出す。涙を一杯溜めて。
「どうして戻ってきたのです……」
カチャの返事をリナリスが聞くことは叶わなかった。
ディヤーが指揮する一斉掃射によって死んだからだ。カチャ諸共に。
遅れて現場にやってきたマルカは呆然と立ち尽くし、その様を眺めていた。
――――――――
一際巨大な振動が起きた。
アウレールは負傷の身を押してCAMに乗り込み、何が起きているのかの確認に向かう。
クロンシュタットに属していた一席の軍艦が縦になり、沈んで行くところだった。
ミグの自爆に巻き込まれたのだ。
鹵獲を狙っていたのだがと惜しむ間もなく特務隊員から連絡が入る。
『要塞は戦闘員以外誰もおりません。もぬけの殻です!』
続いて脱出者を追いかけていた追跡隊からの連絡。
『要塞駐留部隊将校は撃ち取られました! 歩兵隊の下士官もです! 以下、名前の判明しているものを上げます。ジュード・エアハート、鳳城錬介、根国・H・夜見。傭兵とおぼしき2名は逃げました!』
●3・25 アメリカ・シカゴ
『18日までの陥落を目指すとされていたクロンシュタットは、最終的に21日まで持ちこたえた。
民間人はほぼ全員フィンランドへ国外脱出した。チェカに捕らえられた人間は、共産党の公式発表で50名に満たない。
戦いの激しさから考えて、これは奇跡的な数字である。
この内乱鎮圧に功績のあった赤軍将校、赤軍兵士、ならびにチェカ隊員はマゴイより直に赤軍功労賞を授与され……』
新聞を読んだリオンは、つまらなさそうな顔。
要人の救出は出来ずじまい。
送り込んだ私兵は数を半分以上減らしてしまった。
売買用の人間だけは捕まえてきたのは不幸中の幸いだったが……注文しておいた品はなし。
随分損をした。
そんなことを思いながら新聞を閉じる。
窓の外には12日前と変わらぬ摩天楼が輝いていた。
暖房の効いた豪奢な一室。窓の外には摩天楼。
犯罪組織幹部であるエルバッハ・リオン(ka2434)は透けるような服を着て、ソファにもたれかかっていた。
彼女よりさらに露出度の高い美少女が捧げ持つ受話器に話しかけている。
会話の相手は彼女の私兵部隊――人身売買担当者の役得として売り物のうち気に入ったものを私物化。調教に加え特殊訓練を施し作り上げた代物だ。
彼らは今遠く離れた戦場へ派遣されている。
第一の目的は要人救出。とある外国上層部から依頼されたのだ。
第二の目的は組織が売買するための商品確保。場所は戦場だ。数多くの優秀な兵士がいるに違いない。
見目のよい少女もいれば、それも確保しておきたい。高く売れる。
「そうそう、見た目は普通でかまいませんので、嬲るのに良さそうな娘も連れてきてくださいね。それでは」
●3・13 ソヴィエト・ペトログラード
白い闇の中、刻令ゴーレム「ホフマン」を従えメイム(ka2290)が行く。
彼女はCAM別動歩兵部隊の一員である。
6km先にクロンシュタットがあるはずだが見えない。雪と風の壁はあまりにも厚い。
先行出発した選抜歩兵部隊が戦わずして冷たくなり、あちこちに転がっていた。
彼女は耳をすませる。何かを探しているように。
捕らえたのは犬の鳴き声。
「向こうだよ、急いで」
ゴーレムが大股に歩きだす。ほどなくしてよりはっきり、犬の声が聞こえてきた。
メイムはゴーレムの足を止めさせる。
イヌイット・ハスキーが飛びついてくるのをいなし、足元に転がっているカチャを乱暴に揺さぶる。
「カチャさん今倒れると永眠だよ起きて」
呼びかけるも動かない。刺激が弱いようだ。
2、3発頬を張ってなんとか目を開けさせる。
「――メイムさん」
声を発したのを確認。懐を探ってピッカーズを取り出し、血の気が失せた唇の間にねじ込む。
それから彼女にヒールをかけた。カチャは、何とか起き上がる。
「あー……メイムさん。ありがとうございます」
「どういたしまして。持つべきものは戦友だよね。歩ける?」
「はい」
そのままくたっているならゴーレム本体とゴーレムが被っている天幕の隙間に押し込もうかと思ったが、その手間はいらなさそうだった。
こんな悪天候では戦いにならないから本陣に引き返す、という選択肢はない。撤退命令が出ていないのだから。
「モスクワは現場の様子分かってるのかな。一度自分で前線に出てみて欲しいもんだよ」
公には出来ない不満を呟いたところで口を閉じる。ズウ、ンという爆発音が聞こえたのだ。
方角は赤軍砲台がある湾岸。
犬を手振りで黙らせそのまま耳を澄ます。
音が聞こえてきた。空から。爆発音に混じって。トランシーバーを手に取る。
「コボルト3よりコマンドポスト。ワイバーン複数の羽音を確認。砲撃を行う。重砲隊からの支援求む。場所はオランニエバウム北上Bルート」
手早く通信を切ったメイムは宙を睨む。
ほぼ何も見えない。
だが音は聞こえる。近づいてくる。
「ホフマン連続装填指示、炸裂弾×2」
主の指示に従いゴーレムは、ライトマシンガン「モンストルB5」を構える。
数秒の間を置いて発射命令が下された。
「撃てー」
――――――――
吹き荒れる吹雪に閉ざされていた下方から、いきなり炸裂弾が襲い掛かってくる。
それはワイバーン「カートゥル」の肉体を抉った。
激烈な叫び声を上げ幻獣が落ちて行く。背に乗せた鞍馬 真(ka5819)と共に。
同行していた冷泉 緋百合(ka6936)がオファニム「ヴァルキューレ」は一直線に、真っ逆さまに地上へ落ちて行く。氷上すれすれで反転し、その場にいたゴーレム・ホフマンにプラズマクラッカーを放った。
光弾がゴーレムを襲う。頑強な機体は衝撃に耐えたものの、被せていた天幕は一瞬にして消し飛ぶ。
カチャとメイムはゴーレムの後ろへ避難し、直撃をやり過ごした。イヌイット・ハスキーは……残念ながら即死した。
メイムはアサトライフル「ヴォロンテAC47」を構え臨戦態勢をとる。
「カチャさんも撃って」
カチャは赤軍支給の軽機関銃を構えた。そしてメイムと共に撃った。
ヴァルキューレはそれを回避する。再度プラズマカッターを浴びせかけようとする。
そこへ無線を受けたディヤー・A・バトロス(ka5743)が駆けつけてきた。
彼の機体はR7エクスシア「ジャウハラ」。
魔銃「ダウロキヤ」の引き金が引かれる。
踊るような身ごなしで回避するヴァルキューレ。
そこへもう一体CAMが現れる。
魔導アーマー「プラヴァー」――乗っているのはルベーノ・バルバライン(ka6752)。彼はチェカ隊員だがCAM持ちかつ戦闘に長けていることを買われ、度々前線への助力を求められるのである。
間髪入れずスペルステークが発動された。
その身に叩き込まれようとした鉄拳を、またしてもヴァルキューレは回避した。
メイムがドローミーを仕掛ける。
鈍色の鎖が沸き上がり、ヴァルキューレを搦め捕った。
すかさずルベーノが、もう一度スペルステークを仕掛けた。
今度は確実に入った。ヴァルキューレの機体が痙攣を起こしたように跳ねる。
刹那場に4本の光線が走った。
夜桜 奏音(ka5754)のワイバーン「ボレアス」が放ったレイン・オブ・ライトである。
強烈なマテリアルに貫かれたメイム、ディヤー、ルベーノの機体はその動きを止めざるを得なかった。
そこにヒース・R・ウォーカー(ka0145)のオファニム「ウェスペル・リィン」が現れ、プラズマクラッカーを放つ。
「やあ赤軍さん。お元気? この寒いのに遠路はるばるご苦労様」
からかうような口ぶりでディヤーらの気を引きつつ、後ろ手で、氷上に横たわるワイバーンを指差す。
意味するところを察した緋百合らはワイバーンと真を回収し、クロンシュタットの要塞へ退いて行く。後事をヒースに託して。
ヒースにとって幸いなことに、ほどなく赤軍本営から各部隊への撤退命令が出された。
ディヤーたちは消化不良に勝負をお預けしたまま、退かざるを得なかった。
――――――――
ヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346)は赤軍基地の近辺、積み重なった土嚢の裏側に潜んでいた。
彼のいる場所から100メートルほど先には頭を撃ち抜かれたチェカ隊員が転がっている。
狙撃後は現場から速やかに去るのが殺し屋としての流儀であるが、今はちょっと動くにいかない。
間近で別の襲撃が始まったのだ。直感視を持つ彼はそれにいち早く気づくことが出来た。
誰だか知らないが般若面をつけた襲撃者が、本隊からはぐれた赤軍兵を次々切り殺している。
クロンシュタット側から来た刺客か、それとも自分と同じような部外者の殺し屋か。どちらにしても存在を知られるのは剣呑だと彼は判断し、相手が去るまで気配を殺し待つことにした。
その選択は正しい。襲撃者――八重 春亜(ka7018)は、狙った兵士はもちろん目撃者も生かして返すつもりがなかったのだから。
彼女は暗殺者として剣を振るう。祖父の禁を解いて。
そこまでさせる動機は、彼女自身にもはっきりしなかった。
――――――――
ラジオ・モスクワ放送が今日のニュースを告げている。
『――陸軍将校である同志アウレールは取材記者に対し、クロンシュタットに立てこもる叛徒について次のように述べた。彼らはすっかり包囲されている。クロンシュタットにはパンも燃料もない。もしこれ以上抵抗するなら、鳥のように撃ち殺すだろう――』
行儀悪く椅子にかけている要塞駐留艦隊艦載部隊将校エアルドフリス(ka1856)が、革命的口調を鼻で笑う。
「はん、中央のやってる事はツァーリと同じじゃあないかね」
その肩をジュード・エアハート(ka0410)が小突いた。
「そんなもの聞いておもしろい?」
「いいや、全然。だがこれしか放送局がないんだからな。我がソヴィエトは」
「じゃあフィンランドのチャンネルに切り替えようよ。歌でもやってるんじゃないの?」
ジュードはラジオのダイヤルを回す。
ザリザリというノイズがやかましい。ほとんど何も聞き取れない。
「あーあー、やんなっちゃうよねもう。あいつら妨害電波でも流してるんじゃないの? あー、寒っ」
ぼやきはしてもジュードは、片時もエアルドフリスの側を離れない。
そこに無線が入った。
無線機を耳に当てたエアルドフリスは眉を顰め、クロンシュタット要塞陸軍所属歩兵隊下士官ボルディア・コンフラムス(ka0796)に連絡を取る。
――――――――
『というわけだ、すぐ救護所に戻ってきてくれ。補給作業はその後でいい』
「はい、分かりました。今行くの」
ディーナ・フェルミ(ka5843)は無線機を腰に戻し、リーリーに言った。
「ボルディアさんから連絡があったの。真さんとカートゥールさんが大変らしいの。。ヒースさんと緋百合さんと奏音さんは無事らしいけど……早く戻るの」
リーリーはくえ、と鳴いて歩を速めた。鞍の両側にぶら下げている荷が足取りに合わせて揺れる。
ディーナの表情は曇る。6日から続いた砲撃で、クロンシュタットの主要な港湾部や橋梁は破壊されてしまっている。食糧庫や弾薬庫も焼けてしまった。
鳳城 錬介(ka6053)が刻令ゴーレム「掛矢鬼六」を駆使して地下倉庫を造り残った補給物資をすみやかに運び入れたので、これ以上の被害は避けられそうだが――それだってどれほど持つものか。
現在クロンシュタットは孤立している。外部からの補給はゼロだ。上層部は右派からの援助をすべて拒絶している。左派のグループに対しても、献身的に友好的に申し込まれかつ何の政治的関係も持っていない場合にだけ援助を受け入れるという形をとっている。
(私達は間違ったことなんて言っていなかったのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう? 人民の平等を追究するために共産党は始まったのじゃなかったの。どうして私達は戦争しているの。勝って居る筈なのにどうして敵が減らないの。どうして――)
連日続く戦いは、確実にディーナの心身を疲弊させていた。
――――――――
根国・H・夜見(ka7051)と天竜寺 舞(ka0377)は港湾ドックの倉庫へ入って行った。
ユグディラ「にゃん五郎」は寒そうに身を震わせる。砲撃で大穴が空いた倉庫の天井は、薄いベニヤで塞がれたきりなのだ。
数え切れないほどのジャンクとガラクタに囲まれているのは魔導型ドミニオン「ハリケーン・バウ」。
廃材の危なっかしい足場上で作業しているのは、ミグ・ロマイヤー(ka0665)。
「ミグさん、配給っスよー」
呼びかけは聞こえてないらしい。振り向きもしない。
仕方ないので2人と1匹は足場を登り、彼女の側へ行った。
猛烈なアルコール臭。ウオッカのビンがゴロゴロ転がり、昨日の配給が手もつけられず凍りついている。
「ミグさん、配給だよ」
「お? おお」
生返事しながらミグは、溶接器をドミニオンに押し当て火花を散らせる。
俊敏で正確な手つき。酒が入っているときだけこうなのだ。切れるとたちまち字も書けないほど手が震え出す。
こんな彼女も昔は、「神の御手」とすら呼ばれたエリートCAM兵だったのだ。あまたの勲章を得た並ぶものなき英雄だったのだ。
時の流れというのはなんと残酷なのだろう。
「ちゃんと食べておいてよ。飲むだけじゃなくて」
「もう年なんだから無理しちゃ駄目っスよ」
それだけ言い残し彼女らが去っていく。
数分後、作業を終えたミグが初めて周囲に目をやった。
「……おお、配給か」
防護ゴーグルを外し目元をこすり、ウォッカに手を伸ばす。一口飲む。
「ミグはもうクロンシュタット以外の水は飲めぬからな」
それから数秒後、むっと眉間を狭めた。
「つか、誰じゃ。今さっきミグのことを年じゃなどとのたまいおったのは」
――――――――
モスクワから送り込まれた党大会代議員の1人星野 ハナ(ka5852)は、R7エクスシアのコクピット内でココアを飲んでいた。
モニタに映るのは前日の奇襲により被害を受けた砲塁。氷原から戻ってくる特務部隊の群れ。
2時間ほど前、陸軍将校アウレール・V・ブラオラント(ka2531)が一時退却命令を出したのだ。
「この寒いのにバカ正直に雪に紛れて突撃とかやってられないですぅ。まぁクロンシュタットがこんなに持ったからこそ派遣されてもしまいましたけどぉ」
伝わってくるこれまでの情報を総合してみるに、彼らは期待している。自分たちに続いてペトログラードの労働者たちが決起してくれることを。
なるほど、もしそうなれば大変な脅威だ。
だがけしてそうならない。
我々はそうさせない。
「正義であるだけで必ず勝つのならぁ、元々こんなことになっていないんですぅ。人には欲望があってぇ、それを上手く叶える方法さえ見つければ叶えられるんですよぅ」
マゴイ率いる党はペトログラードの労働者にパンと燃料の特別配給を行うことを決定した。
恐らく彼らは懐柔される。不満を飲み込む。
「どんなに今が優勢に見えようがぁ、クロンシュタットだけで広がりようがない今なら物量に優れたこちらが最後には必ず勝つんですぅ。人の命なんて雪より軽いと分からなかったのがクロンシュタットの間違いですぅ」
独り言を終えたハナは、さあ、と自分で自分の頬を叩き気合を入れ直す。切っていた通信をオンにする。
凍える兵たちを激励しに行く。
――――――――
『皆さん、グッドニュースです。先程党の中央から連絡がありました。途絶していた鉄道網が復旧したそうです。これで3、4日たてば前線に支援物資が届きます。食料、弾薬、銃器、それから、新しい兵員。私たちの後ろには全世界の労働者たちがいる! 私たちは彼らの期待に応えなければなりません! マゴイ万歳、ボルシェヴィキ共産党に栄光あれ!』
仲間とともに吹きっさらしの屋外に整列させられているのは、通信兵フレデリク・リンドバーグ(ka2490)。
彼は奥歯を鳴らし、ハナの話が早く終わることだけを望んでいた。自分もCAMに乗りたいと思いながら。
(さっむい! 長引いたら普通に死にますよこれ……チャチャッと勝って帰りたいです! 早く終わらないかな……)
彼に確たる信念などはない。勝てば官軍ということで勝った側についた、というかつきたい。
『……ところでこのペトログラード内部にも、多数反動分子、並びにスパイが潜んでいます。悪辣にも彼らは資本家への情報売却、国家に対する反逆の扇動、デマの流布等あらゆる悪徳に手を染めたあげく、凶悪な殺人まで行っている。先日もオランニエバウムの砲台近くで、砲兵とチェカの同志が殺されました。皆さん、十分気をつけてくださいね』
やっと話が終わった。
やれやれとフレデリクが持ち場に帰ろうとしたときである。急に肩へ手を置かれた。
誰かと振り向いてみればチェカ隊員のルベーノ。絶対に親しくなりたくない相手を前に顔が引きつる。
「こ、これはルベーノさん、何かご用事でしょうか?」
ルベーノは笑顔で言った。
「貴様、クロンシュタットの反乱分子に配給物資を横流ししているらしいな?」
フレデリクの喉がひくっと鳴った。緊張のあまり笑いたくもないのに笑えてくる。
「ふへ? へへへへいやいやそんなことは絶対ありませんよ。一体何を根拠に」
ルベーノはまだ笑顔だった。それがもうどうしようもなく怖い。
「うむ、密告があってな」
「えへへへそんな、それは何かの間違いですよ一体誰なんですかそんなデマを流したのは」
「うむ、それはな、今日欠勤しているお前の同僚だ」
今日勤務に来てないのは誰だと全力で記憶を辿り、ソフィア =リリィホルム(ka2383)の名を閃かせる。
(あ、あの女一体何のつもりだ! スパイってこと知ってて黙ってやってたのに!)
ひそかに歯噛みしたところで、鈍器のごとき言葉が耳を打つ。
「奴はスパイだ。今の話を詳しく聞こうとチェカ本部への任意同行を求めたら、急に行方を眩ませおった。そして奴が残していった持ち物には、多量の機密文書が含まれていた」
「あ……そ、そうなんですか。とてつもなく悪い奴ですね人民の一人として限りなく許しがたいです! お願いですそんな性根が腐ったスパイの言うことなんて一から十まで出鱈目に決まってますから信じないでください! 私は潔白です!」
力説し改めてルベーノの顔を見たら、笑みが消えていた。先程に倍加して怖かった。
「……そうだな、俺もそう望んでいる。だからお前から話を聞くのは、この戦いがひと段落してからにしよう。他に優先して当たらなければならない不貞分子が大勢いるからな」
この戦いが終わる前に逃げなきゃ駄目だ。
強くそう思ったフレデリクは現地指令本部へ足を運び、最前線への配置換えを申し出た。
チェカの目が届かない場所といえば、そこしかなかったからだ。
――――――――
国際赤十字の一員である天竜寺 詩(ka0396)は、大型テントにかつぎ込まれてくる兵士たちの治療におおわらわとなっていた。
赤軍救護所はもう満杯で、後の者が全部ここに回されてくるのだ。
通常の負傷はもちろん、凍傷にかかった者が非常に多かった。
「こんな時に出撃させるからだよ!」
運び込まれてくるだけに任せていてはいけないと彼女は、仲間を募って自分から負傷者を捜し回ることにした。
撤退命令の出た後で。
「待て、部外者は戦場に入ることは規則上されている!」
「何人も赤十字の旗への攻撃は許されません!」
現場の司令官を振り切る形で旗を掲げ、照明を手に進んで行く。行く先からよたつきながら近づいてくる人影が見えた。
それは、マルカ・アニチキン(ka2542)だった。
「すいませーん……火傷したので治療をお願いしますー……」
彼女もまたひっそり、戦場の片隅で戦っていたのである。
●3・16 ソヴィエト・ペトログラード
未明からフィンランド湾は、天候を回復していた。
アウレールはこの機を逃さず攻勢に出る。
くっきり見えるようになった目標に向け、砲台が火を吹き始める。これまでとは違う位置から。
――――――――
轟音に叩き起こされたボルディアは、歩兵隊下士官としての体裁を整えるのもそこそこに外へ飛び出す。そして、眉を吊り上げる。
「何であの方角から弾が飛んでくるんだ。あそこには砲台なんてなかったはずだぞ!」
――――――――
ハナはR7エクスシアの機上から得意げに言う。
「ふふふ、赤軍はすでに最新鋭の新型自走野砲を揃えているのですよ。オーソドックスな火砲はもちろん、プラズマ砲も幾つか仕入れているのですぅ。今頃反革命分子は大慌てしているはずですぅ」
ムスペルの傍らで双眼鏡を覗いていたアウレールは、それに対して何も答えなかった。
模範的な職業軍人にとって興味があるのはただひとつ、国家再建を阻み混乱を助長する人民の敵を殲滅することである。
空の一角に黒い点が見えた。
スキヤンに乗ったエアルドフリスと、アナナスに乗ったジュードだ。
「煙幕弾をありったけ張れ! 来るぞ!」
火焔弾が発射された。
グリフィンは避けた。
エアルドリスは、もうもうと煙が立ちのぼる場所目がけ蒼炎獄を発動した。無数の青い炎が矢のように降り注ぐ。誘爆が起きる。
アウレールのゴーレムも損害を受けた。
しかし彼はひるまず、喉も裂けんばかりに声を張り続ける。
「撃て、撃てー!」
煙幕の間に延焼のどす黒い煙が交ざり、あたりの見通しがますますききにくくなる。
「こういうときこそレーダーが役立つのですよ」
ハナはスラスターライフルを上空の敵に向けた、
引き金を引く。
弾丸はエアルドフリスのグリフィンを貫いた。
エアルドフリスは追加攻撃を防ぐため、急いで高度を上げさせる。そうすると自分の攻撃も届かなくなるが、やむを得ない。グリフィンの傷はかなりの深さなのだ。
ジュードが竜弓「シ・ヴリス」を引く。
はるか高みから放たれた矢は銀の矢のように地上へ降り注いだ。
アウレールのムスペルは矢を避けられず、再び被害を受けた。ハナのエクスシアも同様だったが鎧によって堅く守られていたため、さほどのダメージを受けずに済んだ。
「撃て! 休みなく撃て! 敵の動きを阻害しろ!」
――――――――
砲弾と煙幕による煙が氷上に汚いまだら模様を作っている。
真は空を飛んでいた。3日前瀕死状態に陥っていた相棒とともに。
また同じことになった場合生きて戻れる保証はない。ディーナの使える力にも限界というものがある。
それを心に刻んで彼は緋百合とともに赤軍へと向かって行く。
ジャウハラに乗ったディヤーとホフマンを連れたメイムがそれを迎え撃つ。
ディヤーの心には使命感がふつふつと燃えていた。幼いときから党の教育を受けてきた彼にとって、それが掲げる正義は絶対なのである。
一方メイムは忸怩たるものを感じていた。カチャが別部隊に編成されてしまい、今回の進軍に同行出来なかったからである。
(無事だといいけどね)
彼女は党の正義を信じていない。正直マゴイは嫌いだ。しかし戦う。命を守るために。
ディヤーが魔銃「ダロウキヤ」の照準を合わせた。
「同志よ、パンと平和を求むなら、鎌と鎚を国の為に振るえ。武器を振るわば、せめてその血を証に。赤き旗を染めるがよい」
空を引き裂く弾丸。
カートゥルは身をかわす。急激に高度を下げかっと口を開き、ファイアブレスを吹きかける。
ジャラハウのマテリアルカーテンがその攻撃を阻んだ。
ほっとするのもつかの間、マテリアルキャノンが襲いかかってきた。
ヴァルキューレによる遠距離攻撃だ。
ホフマンは防ぎ切れず大きな損傷を受けた。
「ええぇ、なんかあたし狙われてない!?」
と言いながらメイムは、炸裂弾と火焔弾の連続射撃でやり返す。
炸裂した弾と炎はヴァルキューレの表面を一部溶かし、ダメージを与えた。
だがより強くその影響を受けたのは氷であった。
ヒビ入り割れ穴が空く。
危険と見たディヤーはメイムの機体と周囲の移動砲台にウォーターウォークをかける。
真がワイバーンから飛び降り陣地に向かってきた。
縦横無尽に刃を振るい傍若無人に切りかかる。砲台に、兵に、砲戦ゴーレムに。
ディヤーは相手と距離を取ろうとした。ジャウハラは近接戦闘に向いた武器を持っていなかったのだ。ファイアーボールを使おうかとも思ったが、この状況でさらに炎系の技を使うのはためらわれた。
しかし真は距離を開けさせようとはしない。
接近して魔導剣「カオスウィース」と試作振動剣「オートMURAMASA」をふるう。
度重なる剣撃でジャラハウの機体に傷が付いて行く。
人間の何倍もある鋼の腕が振り回された。
真は後方に跳んで避けた。
ディヤーもすかさず退き相手と距離を取る。
ヴァルキューレはプラズマクラッカーをメイムに向け放つ。
メイムは奇跡的にそれを避けた。再度火焔弾と炸裂弾が放たれる。
ディヤーは再度ダロウキヤを放つ。
双方当た――らない。
そこに声が響いた。
「例のアレ撃ちます! 離れて!」
それはフレデリクであった。
炎の力を持ったエネルギーの固まりが、扇状に展開する。
衝撃は真の動きを止める。
そこにメイムがドローミーをかけ手前に引き、薄くなった氷の上へ移動させる。
氷が割れ落ちる真。
続けてメイムは容赦なくアサトライフルを放つ。
弾丸が当たり血が飛び散る。
ヴァルキューレがプラズマクラッカーを放つ。狼の遠吠えのような機械の唸りを上げて。
それはまさに搭乗者の感情を代弁するものだった。
強烈な爆発が場にいたものを飲み込む。
炎上と悲鳴と喧噪。
――――――――
クロンシュタット広場を目指していた特務隊の一団は、クロンシュタット陸軍所属歩兵隊に行く手を阻まれていた――正確には、歩兵部隊下士官ボルディアに行く手を阻まれていた。
「さあ、どっからでもかかって来い。俺は逃げも隠れもせんぞ」
全長250cmある魔斧「モレク」を楽々担ぐ相手に単身挑もうかという剛の者は、場にいなかった。
近づけば確実にやられる。とくれば、遠距離攻撃しかない。兵士たちは手持ちの銃を構えて一斉射撃を始めた。
戦略的には間違っていない。だがそれは、肉弾戦至上主義者の導線に火をつける結果となった。
「権力に従うだけの豚が、俺を殺せると思ってんじゃねエェ!」
青筋を立て斧を奮い敵に突進していくボルディア。
人垣の前面にいた兵士たちが一瞬で真っ二つになるのをカチャは見た――彼女もこの方面の作戦に参加していたのである。
能力者であるカチャには痛いほど分かった。相手と自分の戦闘力に開きがあり過ぎるということが。
本能的に彼女は重荷となる機関銃を投げ捨てた。そしてきびすを返し走りだす(もっともほかの兵士たちはそれより一足先に走りだしていた)。
彼女の快進撃に励まされた歩兵隊が敵をなるべく遠くまで追い散らそうと、束になって追いかけてくる。
――――――――
飛行帽を被ったマルカは戦闘機の後部座席から、地上を見下ろしていた。
お守りを渡したメイムは、カチャは、今どのあたりで戦っているのだろうか。
砲兵部隊が展開しているあたりでは敵軍の奇襲により、ひっきりなしの爆発が起きている。
――――――――
ボレアスに乗った奏音とウェスペル・リィンに乗ったヒースは、マルカの機影を補足するや砲台への攻撃を停止し、対応に向かう。
他にも飛行可能なユニットを持つ者はいるのだが、誰も彼も交戦中で手が離せない状態なのだ。
奏音は護符を構える。
「空は貴方たちだけの領域ではありませんよ」
先手はマルカであった。
彼女は戦う前からワイバーンを優先して狙うと決めていた。奏音の接近に気づくや否や即座に攻撃する。
魔法鬱陶死煩雑乱射が発動された。
中空に生み出された巨大な複数のライフルが、青い炎の弾丸を雨あられと撃ちまくる。
ボレアスが被弾した。しかし、即座に飛行不能となるほどのダメージではない。
奏音が五色光符陣で反撃した。
「そのまま地に落ちなさい」
目もくらむような光に焼かれた爆撃機は彼女の言葉通り、きりもみ状に落下して行く。
けれども爆撃機は一機だけではない。次々新手が飛んでくる。
ヒースはそれに対処して回った。
先程の戦いを見て用心深くなっているのか、どの機体も接近戦を避けている。
「ドイツの対地攻撃エースの様にとまでは言わないけど、スコアを稼がせてもらうとしようかぁ」
プラズマライフルが当たった機体がその場で爆発を起こし四散し、地上に降り注いで行く。
当たれば人が死ぬ。
この混乱状態ではさほど意識されないかも知れないが。
湾内には無数の赤軍兵が入り込んでいた。
つい3日前大量の死者が出ていたはずだが、もう新しく兵士が補充されている。
その数は増すことがあっても減りはしないに違いない。彼らは全ロシアから人を、物資を、かき集めてこられる。場合によっては国外の協力者からも。
翻ってクロンシュタットはどこからも補充を受けられない。
(……氷が溶ければ軍艦が動かせて格段に有利になれるんだけど……この形勢じゃそれまで持ちそうもないねぇ)
感傷のない計算を頭でしたヒースは、でも、と声に出してこう言った。
「傭兵なりの道理と流儀があるから、ねぇ」
地上へと急降下してきた彼を、プラヴァーに乗ったルベーノが迎え撃つ。
「ボルシェビキの理想を理解せん馬鹿どもが、浮足立った挙句反革命の豚どもに洗脳されおって。死んで償え」
ヒースは思想的に反革命でもなんでもないのだが、彼にとってそれはどうでもいい。反革命に味方する者すなわちその同属なのだから。
間近でプラズマの爆発が起きた。
卓越した反射能力でそれを避けたルベーノは、真っすぐヒースへと向かう。
一気に距離を詰め青竜翔咬波を打つ。
ウェルペス・リィンはそれをまともに受けてしまった。
機体の一部が砕ける音がコクピットの中にいたヒースの耳にも、はっきりと聞こえた。
――――――――
破壊された港湾部には、錬介が廃材と土のうで新たにバリケードを設置している。
そこでは機関銃手と砲手が守りを固めていた。その中に舞と夜見がいた。
2人は広場周辺から赤軍を追い散らして行くボルディアの姿に歓声を上げる。
「うおー、ボルディアさんパねえっス! ほぼ一人で蹴散らしてるっス! こっちも負けてらんないっスね!」
広場を諦めた特務隊の一部が彼女たちがいるほうへ向かってきた。
夜見は聖魔杖「ノエルクロッシュ」を掲げ、【藍眼・淡燦】を発動した。
場に冷気の嵐が吹き荒れる。
オーラによって形作られたマスケット銃から発される弾丸と機関銃から発される弾丸が、動きを止められた兵士たちを蜂の巣にして行く。
兵士たちはしばらく粘っていたが耐え切れず引いて行った。
守備隊は一息ついた。
彼らの心をよぎるのは不安である。この局面は勝利したが、全体的に見た状況は決してよくないのだ。クロンシュタット側には交替要員がいない。負傷者は増えるばかり。救護所では薬と包帯がとうとう底をつき始めてきたとも言う。
ディーナがリーリーを連れ、補給に回ってきた。
「皆さん、追加の弾薬なの……もう残り少ないから大事に使ってほしいの」
彼女の目元には黒々した隈が出来ている。
回復魔法の使い手でもあるだけに、負担がひとしおかかってくるのだろう。
何かねぎらいの言葉をかけてやりたい。そう思って舞が口を開きかけたとき、周囲がかあっと白く照らされた。
その後に轟音と衝撃が来る。
遠方からディヤーのミサイル「ブリスクラ」が飛んできたのであった。
――――――――
日が傾いてきた。
空にまた雲が戻ってきた。雪がちらつき始めた。
天候の悪化を予測した赤軍は、再度兵を退かせる。
滅びし帝国の象徴、双頭の鷲を肩につけたR7エクスシア「ラスプーチン」。
その足元にいるのは2人の少女。
1人はリナリス・リーカノア(ka5126)。
そしてもう1人はカチャ――敗走の果て傷だらけになっている。
「皇女様、生きていらしたんですね」
「ええ」
「なら、このまま逃げてください。あなた、ここにいちゃいけない人ですから。見つかったら殺されますから」
消え入りそうな声で言うカチャにリナリスは、困ったようなほほ笑みを向けた。
「貴女も私を殺しますか?」
カチャは首を振った。
リナリスはレイピアを抜く。長い髪をばさりと、襟元まで切り落とす。
「な、何してるんですか!」
カチャの手を取る。今し方切り落とした一房の毛束を握らせる。
「……最後に貴女に会えてよかった。さあ乗ってください。クロンシュタットに送りますから。私も貴女に生きていてほしいと思っているんですよ、カチャ。もっと、そう、自由な場所で」
●3・17 ソヴィエト・ペトログラード
朝方には、吹雪がやんでいた。
かくして夜が白み始めると同時に赤軍が動き出す――ということはなかった。
アウレールが、クロンシュタットからの刺客に襲われたのだ。結論的に言えば命に別条はなかった。しかしこの緊急事態を重く見たペトログラード党支部は、町を封鎖。増員したチェカを総動員し犯人の一斉捜査に乗り出すことにした。
街は完全に凍りついた。赤軍もその捜査が終わる間、ずっと動けずじまいだった。
かくしてクロンシュタットとの決戦は、数日後に持ち越された。それはクロンシュタット側にとって有利に働いた。その間中滞りなく、破損箇所の修復と撤退の準備が出来た。
――――――――
冷たい路地裏。
腹部からの出血がひどいが止めるすべはない。ユグディラはその治癒力を使い果たしたのだ。
「付き合わせて悪かったね」
詫びる舞ににゃん五郎は、心配そうな目を向けていた。
迫ってくる足音が聞こえる。
(最後にもう一度会いたかったな)
ぼんやりした意識のうちに妹の顔を思い浮かべたところで、銃声が響いた。
――――――――
暗殺者を幻獣ともども撃ち殺したルベーノの興味は、すぐさま次の標的に移った。
チェカを狙って暗殺を繰り返していた人間。兵士を狙って暗殺を繰り返していた人間。双方の目星がとうとうついたのだ。
前者は数日前ペトログラード市街から抜け出したようだが、後者はまだ市街地の近くにいることが判明している。仲間が追っているところだ。
無線から連絡が入った。
『すぐこっちに回って来てくれ! 例の女を見つけたんだが、えらい手練れ――』
通信が不自然に切れた。
これは殺られたかもしれないなと思いながら、先を急ぐ。
●3・21 ソヴィエト・ペトログラード
ペトログラードで単独行動をしていた舞と春亜は殺された。という連絡が入ってきた。
クロンシュタットは16日の戦いで、真と緋百合を失っている。前者はユニットとともに、後者はユニットを逃がして、氷海に散った。赤軍の砲兵と歩兵の多数、メイムとホフマンを道連れにして。
要塞内の民間人はすでに脱出を始めている。第一次の隊は、もう国境を越えた頃だろう。
砦に残るのは、純粋な戦闘員だけだ。
仮眠から覚めてもまだソファに寝そべっているエアルドフリスは、そのままの姿勢でジュードに聞く。
「俺なんかについてきて、後悔してるんじゃあないかね?」
ジュードは、まさかあと笑った。
「エアさんと一緒ならどこでも良いよ」
そう言っておいてから尋ねる。相手の顔を覗き込んで。
「エアさんはなんで戦おうと思ったの?」
「俺の家は田舎でね、内戦のとき村が壊滅して、家族は餓死……いや、これは関係無いな。中央が気に入らんだけだよ」
「そう」
短く言ってジュードは、エアルドフリスの額に口付けた。
そこに、どんどん扉を叩く無粋な音。ボルディアの声。
「エアルドフリス、ちょっと来てくれ! 妙な客が来たんだ!」
――――――――
詩から見て赤軍は、惨憺たる敗北を喫しているように見えた。
救護所はもうパンク状態。
テントの下に寝かせ切れず外に転がっているものもいる状態だ。連日続く激戦によって神経をやられてしまったものもいる。寝ていたと思ったら急に起き出して、悲鳴を上げだす。詩もでき得る限りサルヴェイションをかけ落ちつかせたが、数が追いつかなかった。
応急処置を施したとおぼしき体のアウレールが複数の士官を連れやってきて、負傷兵たちに言った。
「動けるものはすぐここを引き払い、所属部隊に戻るように。明日、再度要塞に総攻撃をかける」
軽傷のものはもちろん、中程度の負傷をしたものも強引に連れて行こうとする。
詩は思わず声をあらげた。
「止めて! この人達はまだ静養してなくちゃいけないんだよ! 死なせる為に治したんじゃない!」
アウレールは眉の一つも動かさずに言う。
「今静養などさせている時間はない。ペトログラードを跋扈していた不穏分子を片付けた以上、一刻も早い総攻撃をかけねばならんのだ」
「敵って、つい最近まで仲間だったんじゃないの、一緒に戦って帝政を倒したんじゃないの!」
「もちろんそうだ。しかし今の彼らは国家再建を阻み混乱を助長する人民の敵だ。私は門外漢と問答している暇は無い。指示に従えないなら国外退去してもらうが?」
詩は拳を握りしめながら、クロンシュタット要塞がある方角を見つめる。
彼女は何年も前に離れていた姉が、反乱側にいると風の便りに聞いていた。唇を噛み締めて強く願う。
(生きていて)
それがもうかなわぬ願いとなっていることを知らぬまま。
――――――――
クロンシュタット本営に集まった各部署の指導者たちは頭を痛めていた。
処刑されていたはずの皇女が現れ、クロンシュタットへの助力を申し出てきたのだ。
エアルドフリスはこめかみを押さえ言った。
「――我々に協力したい、と?」
「ええ。あなたがたがフィンランドへ亡命する手助けをしたいのです」
「理由は?」
「弱き者を守るのが皇女としての務めだと思うからです」
その回答を聞いた他の幹部が、次々苦言を呈し始めた。
「酷なことを言うようだが俺たちはそういうものを求めてない」
「我々は専制の軛から自由になるために戦ってきたし、今も戦っているんだ」
「ツァーリの娘、あんたは共産党にはもちろん、俺たちにとっても受け入れられない存在なんだよ。悪いことは言わないからこのまま国外へ出ていきな。そこなら白系の組織が幾らでもある。あんたを喜んで迎えてくれる」
リナリスは黙って彼らの言葉を聞いていた。胸の痛みを覚えながら。
ジュードが軽口を飛ばす。
「あのさあ、もう止めたらそういう原則論。猫の手も借りたい状況でしょ」
ボルディアは双方の意見を吟味し、間を取った。
「まあ、協力してえってんならしてくれりゃいい。正直こっちゃ詰んでるからな。だが砦に双頭の鷲を掲げるのだけは止めてくれ。ボルシェヴィキの連中にクロンシュタットが反動の巣だと言わせたくないからな」
結論はまとまった。
壁際にいたヒースが肩をすくめる。
彼は生きていた。奏音も。両者ユニットとともにだいぶ損傷を受けてはいたが。
「まだ報酬分の仕事は出来ていない、と。さぁ、次の仕事をしようかぁ」
そこで会議室の扉がバアンと扉が開いた。
アルコールの臭気が大波となって押し寄せてくる。
ミグであった。
「皆の衆喜べ、とうとう新生ハリケーン・バウが完成したんのじゃぞぉ!……おや、そのお嬢さんは誰じゃな?」
――――――――
リーリーとクロンシュタットを抜け出したディーナは、氷上を進む。
「一緒に逃げよう、リーリー。他の国まで逃げられたら、きっともうこんな目に合わなくて済む」
砲撃によって深手を負ったリーリーが食料として徴発されかけた。阻止しようとしたら殴られた。それが彼女の逃亡理由である。
最後に残っていたフルリカバリーはリーリーの為使い切ってしまったが、後悔はない。
天候予測をしながら進む。
「おーい……おーい……」
泣くような風音に混じり呼び声が聞こえてきた。
ディーナは鞍上でビクッと跳ね上がる。もしや要塞から追っ手が――と思ったが違った。高速度で追いかけてきたのはまったく見知らぬ人だった。
「よかった、一緒に連れて行ってくださいっ」
とリーリーの轡を掴んで訴えてくる相手の服をよく見れば赤軍のもの。
「え、ええっ、赤軍がこんなところで何してるの!?」
「何って、亡命に決まってるじゃないですか! お願いですフィンランドまででいいから一緒に連れてってください。この寒空に1人とかめちゃくちゃ心細いんですよー……あ、私フレデリクって言います。あなたは?」
「……ディーナ……」
●3・22 ソヴィエト・ペトログラード
天気は薄曇り。
早朝から目も開けられないすさまじさで、砲弾が飛び交い始める。
特務部隊が動き出した。負傷したものとそうでない者、そして新しく現場に到着した者を合わせた大群だ。
それらを受けるクロンシュタットのあちこちで、弾切れが起きた。
補給員が足りないので自分で取りに行く。
戻ってきてみたら場にいた仲間が撃たれて死んでいる。
それを脇にどけて、撃つ。自身もまた倒れるまで。
――――――――
ディヤーは氷上を進む赤軍の護衛をしつつ、クロンシュタットへの進撃を行っていた。
これまでに行われた戦闘の影響で、氷上にあちこち穴が空いている。
要塞からの砲撃は正確かつ強力であった。
「さすが水兵どもよ。ならば意趣返しと参ろう」
M・ガントレットシールドやマテリアルバリアで防御しながら、戦艦に接近。リトルファイアを乱打する。
可燃性の甲板が燃え始めたところへ、ファイアーボールを順次追加していく。
そこに割り込んでくるラスプーチンの機影。
ディヤーの眼は釘付けとなった。なんとなればその機体は、汚らわしい帝政の象徴をつけていたからだ。
ソニックフォン・ブラスターで増幅された声が聞こえてくる。
「私はリナリス・ロマノヴァ。ロシア皇女です。貴方達は何をしているのですか? ロシアの民同士で殺し合い母なる大地を血で染める事が父なるツァーリを弑してまでも本当に貴方達が望んだ事だというのですか? そうではないでしょう。貴方達を死地に追いやっている者達こそが貴方達の敵です!」
ディヤーは獣のように吠えた。
「ほざけ! 寄生虫の末裔めが!!」
ファイアーボールの応酬が始まった。
爆発の衝撃がディヤーの機体を襲い、応急処置した箇所にまたひびを入らせた。
しかし彼は止まらない。攻撃し続ける。人民の敵を焼き尽くさんとして。
――――――――
ミグはハリケーン・バウを操り、戦場に躍り出る。大壁盾に雨あられと叩きつけられてくる銃弾、砲弾、プラズマ弾の圧力で足がよろめいた。
「おうおう、そうじゃこの衝撃じゃ。これぞ戦場の醍醐味というものじゃの!」
彼女の目は往時『神の御手』と称えられたときそのままに輝いていた。
氷上を進む赤軍の中心があるとおぼしき方向を見据え、ミサイルランチャー「レプリカント」とカノン砲「スフィーダ99」を一気に解放する。
火線が雪を散らせる灰色の空を横切り地の一点へ収束して行く。
耳が潰れる程の爆音が轟きわたる。爆風と爆音。氷が割れ砕け散り、はるか高い水柱と黒煙が上がる。
無数の移動砲台と人間がこの瞬間、冷たい氷の下へと沈んで行った。
――――――――
エアルドフリスは救出者と名乗る者たちを見据えて言った。
「遠路はるばる来てくれて悪いが帰ってくれるか」
「え? いや、我々はあなたを救出に」
「俺たちへは逃げたいときは自力で逃げる」
愛想よく肩を叩いてくる彼に相手は何か言おうとしたが、途中で思い返したように口を閉じた。
「革命を見失ったのは彼らの方だ。我々は未来の為に叛旗を掲げる――クロンシュタットはそう言っていたと依頼主に伝えてくれ。また再び依頼主に会うことが出来ればな」
ドウン、と部屋が揺れた。至近距離まで大砲が届き始めたのだ。
恐れをなしたように救出者たちは退室して行く。
間を置いてジュードが、そっと言った。
「エアさん、ここに留まるつもり?」
「どうせ紙屑みたいな人生だ。どこで終わったって構わん」
「じゃあ、終わるのここじゃなくたっていいってことじゃん。俺、国とか革命とか、正直どうでも良いんだよね」
「……」
「俺これでも結構運は良い方だと思ってるんだけど」
――――――――
包囲の輪がじりじり縮んでくる。
ヒースは戦況に見切りをつけ脱出するとした。
罪悪感はない。もともとそういう契約だった。
「自身の生存優先、だけど契約は可能な限り守るのが傭兵の道理だからねぇ」
とは言え、自分にしては随分ギリギリまで場に残っていたものだと思う。
「死んで英雄になるよりも次の戦場を求めるのが傭兵の流儀なんでねぇ」
彼と同じく奏音もまた、戦線を離脱した。航空部隊の銃撃から身をかわしながら。ヒース同様彼女も随分目立ち過ぎた。集中して狙われている。
「このままだと巻き込まれそうですし、ここらが潮時ですかね」
先ほどのミグの砲撃で、赤軍氷上部隊の指揮系統が断絶された。しばらく復帰出来まい。
なんなら自分が御霊符を使って混乱させようかとも考えていたが、その手間が省けた。
戦力は温存しておくにしくはない。逃げ切れるまで何が起きるか分からないのだから。
「次はどの戦場へ行きましょうかね」
うそぶきながら、ボレアスの背に平行となるよう姿勢を低くする。ヒースに追いつく。
2人の傭兵は最後の仕事――フィンランドへ向かう脱出者へのサポート――に取り掛かる。
――――――――
「これより先は死出の道……。生きてる者は通れぬと知れェ!」
炎犬の幻影を身にまとい巨大化したボルディアが、巨斧で数多の敵をなぎ払って行く。その姿はまさに古の戦神だった。
しかし人は神ではない。いつか力も続かなくなる。幻覚は消え、もとのボルディアだけが残る。だは、それでも戦い続ける。自他とも血まみれにしながら。
彼女と共に脱出者の殿を務める夜見はスキルを全部使い果たした。もうこの上は自分の体だけで戦うしかない。
「――ハッ。上等っスよ!」
言い捨てて彼女は聖魔杖を振りかざす。敵に向かって行く。
「皆、早く逃げるッス!」
闇雲に降り注いでくる砲弾が氷を割り、上に乗るものを沈めていく。
エアルドフリスとジュードが追いついてきた。
エアルドフリスは即座に残っていたウォーターウォークを全て使用した。
ボルディアと夜見、後数人の人間が水没を免れる。他は敵味方とも関係なく冷たい水底へ沈んで行く。
赤軍は割れたまだ割れてない箇所を伝って大きく回り込み、再び追跡に入ろうとする。
ボルディアたちが再度、力の限り阻害する。
ヒースらが追いついた。プラズマライフルが撃たれる。式が落とされる。
それでもまだ避難者は逃げ切っていない。
エアルドフリスはスキヤンの頭を後方へ向けさせた。早口でジュードに告げる。
「お前は逃げろ」
そして大きな声で叫ぶ。可能な限り自分へ追っ手の注意を向けさせようと。
「俺は要塞駐留部隊将校、エアルドフリスだ!」
ジュードはしょうがないな、というようにアナナスを引き返させた。彼の手はけして離しはしない。そう決めて。
――――――――
ソフィアは舌打ちをした。
まさか自分がこんな混乱のただ中におかれるとは、と。
本当ならもっと早めにフィンランドへたどり着けていたはずなのだが、脱出が遅れ過ぎた。
チェカの警戒網が想定した以上に厳しかったのだ。
注意をよそに向けさせようとフレデリクを密告したのだが、あまり役には立たなかったようだ。
依頼主である諸外国勢力から派遣されていた脱出手引者――非合法団体の私兵――も、時間通りに現れない。
なので、1人で逃げる羽目になった。
いや、実は先ほど偶然同じく逃亡中のヴィントに会った。
だが彼は「俺も自分が脱出するだけで精一杯だからな」という一言を残し別方向に行ってしまったのだ。
……まあいいのだが。砲弾の雨が降り注いでくる中、同行者が多かったからといって助かる確率が上がるわけでもないから。
ドン、と衝撃。爆風に吹き飛ばされる。至近距離に被弾したのだ。
いやというほど地面に叩きつけらたものの、起き上がってまた走る。歯を食いしばって。
――――――――
逃げ出すべき人は逃げて行った。
錬介は頬を流れる血を拭い、しゃんと首を上げる。
「負ける……か。それでも、最後まで足掻くとしましょう」
彼が行ったクロンシュタットの迷宮化によって、赤軍は大幅な時間のロスを強いられていた。
わずか一軒の建物を奪うのに一個中隊を投入せねばならず、しかも奪ってみれば守り手は数人しかいないという有り様だ。
ルベーノは搭乗していたプラヴァーのコクピットから飛び降りた。ゴーレムの掛矢鬼六を破壊したはいいが、自身の機体もまた機能停止に陥ってしまったのだ。
機関銃を持ったチェカ隊員や赤軍兵士が次々守備隊本部へ突入して行き、銃撃戦が始まる。
本部には錬介がいた。彼はガウスジェイルとホーリーヴェールによって敵の銃弾を引き付けられるだけ引き付け、仲間を守る。
そしてチェカ隊員と見るや聖盾剣「アレクサンダー」を叩きつけ撲殺していく。
ルベーノが進み出た。
鉄爪「インシネレーション」が盾剣とぶつかり合い、火花を散らす。
「へえ、銃を使わないチェカもいるんですね」
「確かに銃やミサイルの方が効率よく破壊を撒き散らせるが、原始的な殴り合いの方がより魂に恐怖を刻めると思わんか?……豚どもには高尚すぎて分からんか」
「豚で結構、あなたがたのような屑よりは何億倍もマシですからね」
「フッ、そんなことしか言えぬから、お前はここで死ぬのだ――ボルシェビキとマゴイへの反抗、決して許さぬ。死して償え、豚どもがっ」
爪と盾剣との激しいぶつかり合い。
お互い防御力が高いためになかなか決着がつかない。
とはいえ最終的に勝利したのはルベーノであった。
防衛戦で蓄積された疲労に加え攻撃魔法を持たない錬介にとって、この戦いは分が悪すぎた。
――――――――
ジャラハウもラスプーチンも鉄屑となっていた。
「さあ出てくるがいい、悪魔の子!」
ディヤーは満身創痍になりながら、同じく満身創痍となったリナリスを引きずり出す。コクピットから氷上へと。
周囲には数多の赤軍兵。
リナリスの首を落とすため聖機剣「ローエングリン」を振り上げる。
その手が止まる。後頭部にオートマチック「チェイサー」の銃口が押し当てられたのだ。
「……何のつもりじゃカチャ殿」
「やめて」
「何を言うとる」
「その人を殺さないで」
「……」
ディヤーは剣をしまい後ろに下がった。
リナリスは声を絞り出す。涙を一杯溜めて。
「どうして戻ってきたのです……」
カチャの返事をリナリスが聞くことは叶わなかった。
ディヤーが指揮する一斉掃射によって死んだからだ。カチャ諸共に。
遅れて現場にやってきたマルカは呆然と立ち尽くし、その様を眺めていた。
――――――――
一際巨大な振動が起きた。
アウレールは負傷の身を押してCAMに乗り込み、何が起きているのかの確認に向かう。
クロンシュタットに属していた一席の軍艦が縦になり、沈んで行くところだった。
ミグの自爆に巻き込まれたのだ。
鹵獲を狙っていたのだがと惜しむ間もなく特務隊員から連絡が入る。
『要塞は戦闘員以外誰もおりません。もぬけの殻です!』
続いて脱出者を追いかけていた追跡隊からの連絡。
『要塞駐留部隊将校は撃ち取られました! 歩兵隊の下士官もです! 以下、名前の判明しているものを上げます。ジュード・エアハート、鳳城錬介、根国・H・夜見。傭兵とおぼしき2名は逃げました!』
●3・25 アメリカ・シカゴ
『18日までの陥落を目指すとされていたクロンシュタットは、最終的に21日まで持ちこたえた。
民間人はほぼ全員フィンランドへ国外脱出した。チェカに捕らえられた人間は、共産党の公式発表で50名に満たない。
戦いの激しさから考えて、これは奇跡的な数字である。
この内乱鎮圧に功績のあった赤軍将校、赤軍兵士、ならびにチェカ隊員はマゴイより直に赤軍功労賞を授与され……』
新聞を読んだリオンは、つまらなさそうな顔。
要人の救出は出来ずじまい。
送り込んだ私兵は数を半分以上減らしてしまった。
売買用の人間だけは捕まえてきたのは不幸中の幸いだったが……注文しておいた品はなし。
随分損をした。
そんなことを思いながら新聞を閉じる。
窓の外には12日前と変わらぬ摩天楼が輝いていた。
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【赤軍】 メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2018/01/07 10:27:46 |
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【第三局】 メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2018/01/08 13:36:56 |
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【質問卓】 メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2018/01/09 20:47:58 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/01/09 06:01:41 |
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相談卓だよ 天竜寺 舞(ka0377) 人間(リアルブルー)|18才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2018/01/09 11:37:39 |