巨大猪と毒蝶。ときどきシカ

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/01/15 15:00
完成日
2018/01/21 06:03

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ファランクスである。
 リアルブルーでは文字通りの過去の遺物。
 しかし重装歩兵の中身が覚醒者であるなら話は変わる。
 常人なら潰れる重さの鎧を着込み、戦車の装甲じみたた厚さの盾を構えて壁をつくる。
 高位の歪虚相手でも、真正面からの戦いでなら対抗できると思われた。

「うわぁっ!?」
「かあちゃーん!」
 パワードスーツじみた重装歩兵が宙に舞う。
 砲撃にすら耐えるはずの盾が完全に凹んで地面に転がる。
「撤退しろ!」
 指揮官が剣を抜き放つ。
 あまりにも巨大な敵は、ファランクスを蹴散らした後追撃もせずに地面を掘っている。
 石まみれの硬い地面が砕け散弾の如く散る。
 なんとか受け身をとった重装歩兵への追撃になり、10以上の悲鳴が耳障りな不協和音を作り上げた。
「殿は私がっ」
 敵が、馬鹿馬鹿しいほど巨大なイノシシがこちらを向いた。
 すごく目が血走っている。
 いつの間にか地面を掘る前脚が止まり、四肢に力がため込まれて突撃の姿勢を整える。
「に、にげろー!」
 残像を伴うほどの加速。
 人生最高の剣の一撃と盾による防御。
 にも関わらず派手に吹き飛ばされる結構高位な覚醒者。
 とある領主の私兵団による歪虚討伐は、実にあっさり失敗した。

●オフィス本部の説明会
「グラズヘイム王国からの依頼です」
 新しい3Dディスプレイが浮き上がる。
 映し出されているのは荒野というほどではない平原だ。
 近くに川が流れているので開拓には向いているだろう。
「歪虚討伐の応援です。現地兵力はあてにならないので実際はハンターのみでの討伐になります」
 画像が滑らかに横移動。
 時折妙に深くて大きな穴があり、3つめの大穴にはイノシシがはまり込んで後ろ足をばたばたさせていた。
「えっ」
 眺めていたハンターの誰かが思わずつぶやく。
 縮尺が変だ。
 イノシシの近くに、イノシシの下半身と同じ高さで生えている木って、10メートル前後まで伸びる木だったような。
「標的はこれです」
 イノシシである。
 数分かけて上半身を引きずり出し、血走りすぎて真っ赤な目を左右に向ける。
 なお、この映像が野良のパルムによって撮影された頃、重軽傷者のみで構成されたファランクスは近くの森へ逃げ込み行方をくらませていた。
「皮膚と毛による装甲は厚く」
 現行の動画が一回り小さくなり、新しい映像が挿入される。
 パイルバンカーっぽい武器が皮膚を貫けず跳ね返される瞬間や、目を狙って投擲されるも毛が邪魔で当たらなかった槍が順々に映し出される。
「CAM数機分と思われる重量による突撃は脅威です」
 重装歩兵が吹き飛ばされる。
 イノシシが走り抜けた後数秒して落ちてくる重装歩兵。
 教本に載せたくなる見事な受け身をとっていなければ、最低でも退役級の障害が残っていただろう。
「他にも問題があります」
 まだあるのかよ! という気配を無視して職員の説明が続く。
「この歪虚は長期間土地を占拠しています。土地が変質して歪虚出没地帯に変わりつつあるのです」
 画面が切り替わる。
 偵察に向かったワイバーン乗りが、形と柄は蝶でも色が毒々しい飛行歪虚にたかられ顔色を悪くしている。
 さらに切り替わる。
 はるか遠くから撮影されたと思われる地面に、金属光沢の、シカの角に見えなくもない何かが生えてきていた。
「標的は以上の3種の歪虚です。放置すると王国騎士団や聖堂戦士団の出番になりますが……」
 それらは決して弱くは無い。
 が、ユニットと一緒に転移するハンターほどの素早さは無い。
「準備が整う前に近くの街が更地になる可能性があります。出来ればみなさんの手で歪虚を倒してあげてください」
 ぺこりと頭を下げる職員の横で、撮影担当パルムが得意顔で胸を張っていた。

リプレイ本文

 野生の獣は静かで素早く抜け目ない。
 その気になれば人間の数人程度軽く殺せる。
 それが歪虚になり、全長20メートルに迫るほど巨大化すれば、単体で大都市を落とせる脅威になるはずだった。

●スタートラインは私が引く
「サイズだけなら、大規模作戦が組まれそうな相手ですね」
 風向き、温度、湿度、正負のマテリアルの濃度までを一瞬毎に読み取り狭霧 雷(ka5296)が諸元を算出する。
 決して一様では無いそれを読み取るのは超人的な能力を持つ覚醒者であっても難しい。
 しかし雷は、額に薄ら汗を浮かべる程度で平然と計算を終え引き金を引いた。
 何の変哲も無いミサイルが緩い弧を描いて飛んでいく。
 地面に生えた鹿角の上3メートルで炸裂。
 負の気配を纏うそれを雷の狙い通りに傷つけた。
 巨大な猪が目を剥いて振り返る。
 目立つひびが入った鹿角を見て、はるか遠くにいる魔導型デュミナスを見て、ミサイルの長大な射程に気づいて強い警戒心を持つ。
『よく飛ぶなぁ。1発おいくらドル?』
 前方を走行中のエクスシアから通信が入る。
 ハンターオフィスが予想した初期位置にはまだ到達していないが、ニシャライズフィールドは稼働を始めいつでも戦闘できる状態だ。
「経費で落ちますよ。接近して何があるかわかりませんし、動かない的から処理します」
 第2撃。
 発射直後の進路は微妙に違うのに、命中直前になると最初と同じ軌道になっている。
 再度炸裂してひびが多くなる。
 遠距離攻撃手段を持たない巨猪はミサイルを避けるつもりで小さな森の陰へ逃げ込む。
 一方的に攻撃されると絶対に負けることを知っているのだ。
 なお、ミサイルの残弾は2度攻撃を終えた時点で0である。
 雷機が離巡行用ブースターを発動。
 1分もかからず紫月・海斗(ka0788)の機体を追い抜いて、着地と同時にブースターを機体から切り離す。
「いい装備使ってんなぁ。こっちは自前の足使うしかねぇってのに」
「はは、その分脆いので猪の相手はお願いしますね」
「あいよ」
 軽口と平行して両者武装を変更。
 それぞれの敵に向かって攻撃を開始した。

●穴に向かって走れ
「わしが一番槍とはのう」
 森の茂りすぎた緑が大きく揺れた。
 森を突っ切って来たバリトン(ka5112)とイェジドが現れ、猪と全く同じタイミングで動き出す。
 地面をこする軌道から突き上げる動きに変わる巨大牙。
 対するバリトンは対竜包丁と表現したくなる巨大刀を構えその一撃を受け流す。
 衝撃がイェジドの四肢から大地に伝わる。
 固い地面が抉れて砂煙となり緑の森に吹き付ける。
「老骨を誘惑するでないわ。力比べをしたくなるじゃろうが」
 猪牙が引き戻されるより早く斬龍刀を一閃。
 衝撃は大きく広がり巨猪の各所を痛めつけた。
 バリトンの口角が楽しげな角度になる。
 ほとんど効いていない。驚くほどの頑丈さだ。
 つまり、人里離れたこの場所で、強大な敵相手に本気で戦えるということだ。
 巨猪がじりじりと下がる。
 未だ本体が地中にある巨大鹿を意識し鹿との距離を詰めようとする。
「雑な戦いをする歪虚じゃ。イルザ」
 バリトンがイェジドから飛び降りる。
 深紅のイェジドは騎士の如くうなずいて駆け出し、巨大鹿と巨猪を分断する位置へ移動した。
「その図体で老骨1人倒せんのかお前は」
 巨大刃を横に一閃。
 猪は防ぎはしたが防御の一部である毛が明らかに劣化している。
 苛立ちを堪えイェジドを無視して鹿角に向かおうとするが、イェジドの体当たりじみた動きに気づいて強引に急停止した。
 当たれば動きを封じられるかもしれない。猪はイェジドも警戒して結果的に速度が落ちる。
 足止めが空ぶったイェジドが数歩後ずさって次の機会を狙う。
 バリトンは容赦のない攻撃を続けて猪の毛を削る。
 巨体がぶるりと震え、助走のために数歩つまり10数メートル後退した。
 ぶすりと。
 黄金の鍔を持つ白銀の諸刃が巨猪の尻に浅く突き刺さる。
「生物のままだったならいい素材になっただろうに」
 ソレル・ユークレース(ka1693)が2つの操縦桿を静かに動かす。
 オファニム【グロリオサ】は操縦桿とソレルの視線だけではなく脳波からも意図を読み取り、ソレルが生身で使える技を可能な範囲で再現して見せる。
 刃が毛の中を滑り切っ先が皮を抉る。
 分厚い筋肉と脂肪の層を持つ巨猪にはほとんど効いていないが、バリトン以外の強敵が現れたと知らせるには十分だった。
「ハッハァ!」
 猪の意識していなかった方向から弾雨が降り注ぐ。
 重機関銃の弾でも巨猪の防御を突破出来ない。
 だが衝撃を吸収した毛が抜け落ち防御が薄くなっていく。
「おお、でけぇなあオイ! ガルドの旦那よりでかくね?」
 エクスシア【月海】は攻撃を途切れさせない。
 猪が駆けて距離を取ろうが、近づいて攻撃しようとしようが、近距離に対応した火器を使って攻撃を続行する。
「おっと、ありがとよ!」
 【グロリオサ】が割り込んで巨猪の邪魔をする。
 【月海】は派手だだけれども戦果は地味な射撃を延々続ける。
「まぁ旦那のが威圧感とかヤバさってのは段違いに上に感じるけどよー、ていうか旦那サイズ詐欺じゃね?」
 基本的に歪虚は大きい方が強い。
 もっとも例外はあるわけで、大きさの割に強いものもいれば弱いものもいる。この歪虚は少なくとも前者ではない。
 巨猪はサイズ相応に速い。
 生身のバリトンや【グロリオサ】を上回る速度で包囲網を突破しようとする。
 だが常時弾幕を浴び【イルザ】も警戒するため速度は鈍くなり1人1人に向ける警戒も雑になる。
「オジサンと月海ちゃんは一撃必殺みてぇな格好いい事は出来ねーがな」
 海斗がドヤ顔で言葉を続けようとするが、空に異常な気配が発生したので誰も聞いていない。
 仕方が無いので予備弾倉片手に弾幕を張っていると、空から異臭を伴う毒がひらひら降ってきた。
「おじさんも結構やるのよ。ほんとよ? 地道にコツコツする事はだいたい何でも出来るのよ?」
 初っ端から今まで全力稼働のイニシャライズフィールドが、比較的強力な歪虚を発生させる汚染から【月海】を守っている。
 抵抗失敗の可能性を0にした上で、敵がどこにいようと常に弾を浴びせて意識を引きつけている。
「全戦闘領域対応型オールラウンダー舐めんじゃねーぜ?」
 海斗は一言も大言壮語を吐いていなかった。

●美しき蝶
 人を害する毒がある。
 他の用途には一切使えず臭いも色も酷いものだ。
 だが、1つの機能に特化したそれは、ある種の美しさを備えていた。
 もっともそんなものを気にする者はいない。
 とあるグリフォンの雄など、呼気だけで毒鱗粉を吹き散らして挑発すらして見せた。
 毒蝶達は戸惑っている。
 このグリフォン何をしているのだろう。
 背に乗せた小さな子供……に見える何かを運んでいるのだろうか。
 夢路 まよい(ka1328)が軽く伏せていた顔をあげる。
 五感以外の感覚で観れば、目が潰れるほどの強烈なマテリアルを感じ取れる。故に歪虚は彼女の正体をつかめない。
「ひょっとして何かしてたの?」
 毒蝶歪虚3体よる攻撃は攻撃として認識されていなかった。
 歪虚は激怒した。
 まよいを乗せた雄グリフォンに突撃するが、これまで通りかすりもせずに躱される。
 そして、限界まで密度を増したマテリアルが物理的にも光り少女の小さな体をライトアップする。
「ごめんね気づかなくて」
 膨大なマテリアルが完全に制御されている。
 精密に6つへ切り分けられ、1つ1つに広範囲を破壊する属性が付与される。
 これは拙い。
 危機感に突き動かされた毒蝶が必死に羽を動かし逃げ出そうとする。
 漂う負マテリアルから変じて生まれた別の3羽も、まよいから目を逸らすようにして決して近づかない。
 合計9の巨大毒蝶が、まよい1人を恐れていた。
「いくよ!」
 小さな指を天に掲げ、勢いよく振り下ろす。
 燃えさかる火球が6つ、次々生じては打ち出され爆発を引き起こす。
 無音のまま爆風が広がる。
 耐える耐えないのレベルでは無く、風に触れた瞬間蝶の羽から本体まで全てが消えて何も残らない。
 直径十数メートルの滅殺領域6つは空にいた歪虚全てをその領域に納め、一切の抵抗を許さず現実から消滅させた。
「牛刀割鶏のレベルじゃねー!」
 凝ったデザインのR7エクスシアが見事な突っ込み動作を披露する。
 その陰から湧き出すように、新たな毒蝶が形を為し高度をとった。
「ふん、ワシとジャウハラになら勝てるつもりか」
 ディヤー・A・バトロス(ka5743)が操縦席で不敵に笑う。
 機体周辺に凶悪な毒の反応がある。
 十分躱せるし仮に被弾しても耐えられる程度だが、まよいのときと違って逃げずに向かって来る歪虚は正直腹が立つ。
「釣りはいらんぞ」
 腕を振る動作で術を使う。
 火の弾が毒蝶の羽に達し、弾けた炎が腹までこんがり焼いて地上に落下させた。
「空中の戦力は足りておるというか大きな戦力が拘束されているというか」
 新たな毒蝶が出現する。
 驚異的な出現頻度だが負のマテリアルの消費量も多く、開戦時は全開だったイニシャライズオーバーが今は通常稼働だ。
 巨猪相手に広範囲術をぶっ放すつもりだたまよいが、毒蝶の新手に気づいて空全体を狙える位置へ戻っている。
 雄グリフォン【イケロス】はホバリングの技術まで修めているので超広範囲攻撃も範囲を絞った攻撃も楽々実行可能。
 しかしスキルに限りがあるので無限湧きに対抗するため節約する必要がある。
「しつこいの嫌い」
 高位魔術師まよいによる空間攻撃第二弾。
 視界内の毒蝶が吹き飛ぶだけでなく、巨猪の尻が凹んで大量の毛が吹き飛んだ。

●鹿
「まず不穏な不明歪虚を出現させ、その音で猪を呼び寄せる……だったかの」
 地上では怪獣対人間、上空では対艦級の大魔術。
 極めて派手な戦いを横目で見ながら、ユーレン(ka6859)が慣れた動作でボタンを押し込んだ。
 エクスシアが軽く腰を落として片腕を伸ばす。
 内蔵のライフルから紫の光の端が伸び、CAMの腰ほどもある鹿角を貫通して背後に抜けた。
 鮮やかな柄が宙を舞う。
 4メートル近い毒蝶がマテリアルライフルによる攻撃から逃れ、ユーレン機の頭を掠める軌道で大量の毒鱗粉をぶちまけようとした。
 風が穏やかに動く。
 音も無く急降下してきた青空色のワイバーンが、毒蝶と衝突する2メートル手前で進路を地面に戻す。
「騎馬武者か」
 ユーレンが思わずうなる。
 最接近したした際、速度と自重を乗せた槍を歪虚に体幹に突き刺したのが確かに見えた。
「お邪魔します。飛行歪虚が多くて」
 純白の龍角を備えたドラグーンが大声で叫んでいる。
 地面に激突した毒蝶が消滅。
 新たな毒蝶がドラグーンの死角に出現。
 それが動き出す前に空色のワイバーンがブレスで焼き尽くす。
「こちらこそ面倒をかけた」
 誤射する気は無いしユウ(ka6891)が誤射に巻き込まれるとも思わないが、こういうのは気遣いだ。
 全弾使った機体内蔵マテリアルライフルから外付けマテリアルライフルに切り替え攻撃を続けていると、巨大鹿角が自ら動き出したのに気づく。
「あれに焦ったか」
 まよいの一撃で巨猪が狂乱している。
 強力な同属が危地に陥ったのに気付き、地下で力を蓄えていた歪虚が無理矢理体を動かし戦場へ参加しようとしているのだ。
「聞こえるか」
『了解、いつでもどうぞ』
 魔導型デュミナス【ファフニール】が、再装填を終えたランスカノンを鹿角の根元へ向けた。
「よし」
 頼り甲斐がある者ばかりだと鈍りそうだなと考えた瞬間、鹿角の根元に土煙が生じ異様な速度でその鹿角が拡大していく。
 ユーレンに対する捨て身の突撃だ。
「我を弱点と見たか。間違いではないなぁっ」
 衝突する。
 堅さだけならCAMのどの部位にも勝る角が胸部装甲にめり込む。
 雷が放った弾が無防備な背に穴を開けた。
「貴様程度の歪虚ばかりなら……」
 思わず零れかけた言葉をユーレンが飲み込む。
 ヘルメットがユーレンの思考を拾って機体の手首を90度回転。
 巨大鹿が止めの加速をしようとしたタイミングで錬機剣「NOWBLADE」を突き下ろす。
 ミサイルと銃弾を浴び脆くなっていた鹿角が、驚くほど呆気なく根元から折れ地面に転がった。
「さて」
 目を見開いたまま固まる巨大鹿を蹴りつけ離れる。
 本体から切断された角がほろほろと崩れていく。
「最期まで面倒を見てやろう」
 操縦桿に掛けた数珠を媒介に術を使う。
 外が見えるほどの穴が開いた装甲が、時を坂回しにするように元へ戻っていった。
 サイズだけなら巨猪に迫る歪虚がユーレン機に突進する。
 速く、強く、それだけだ。
 面でも直線でも無く点での攻撃を体捌きだけで避け、無防備に差し出された首に錬機剣の切っ先をめり込ませる。
 悲鳴が轟く。
 濃すぎて地に見える負マテリアルを零し、ユーレン機から逃げようとして無防備な背中を晒す。
「歪虚が行くぞ。離脱せい!」
 華やかなエクスシアが身振りで位置変更を促す。
 何十体目か分からない毒蝶を処理していたグリフォンとワイバーンが高度を上げて安全を確保する。
「これで猪と蝶と鹿か。姉弟子としたという遊戯を思い出すぞ」
 ディヤーが機体の腰を捻って鹿頭を躱す。
 攻撃全てが範囲攻撃の猪よりは回避しやすいが直撃すれば大破の可能性がある。
 慎重に躱し、その上でファイアーボールによる反撃を的確に当てる。
 巨猪に比べれば防護がないも同然の巨体は非常に良い的だ。
 広範囲の破壊力がそのまま内側に浸透して骨も筋も神経も傷つける。
「ここまできたら、何が出ようとあまり驚きませんけどね」
 雷機が再装填を行うタイミングで巨大鹿が突っ込んでくる。
「毒蛾の処理に目処が付いた地面で勝負は決まっていましたね」
 すり足の横移動。最接近の2秒前に回避成功を確定させる。
 最接近時にランスでひと抉り。離れた後は薄い背中に風穴を増やすことで巨大鹿を消耗させる。
「惨めなもんじゃのー。CAMに頭突き一つ決められずにお仕舞いかー?」
 ただ立っているだけで華やかな威厳を感じさせる【ジャウハラ】が、元気な悪戯小僧を思わせる動きで挑発する。
 悪意自体はほとんどないのが余計に感情を逆撫でする。
 巨大鹿はユーレン機の前で180度方向を変え、【ジャウハラ】目がけて生涯最高の加速で突進した。
「かかった」
 ディヤーはほっと一安心。
 真上に向かって20メートル浮き上がり、唖然として見上げる鹿に掌を向けた。
「囮役完了。後は仕留めるのみってね」
 西を一瞥すると、はるか離れた場所で暴れる巨猪が見えた。
 出現を繰り返している毒蝶もここにはいない。
 巨大鹿は既に、詰んでいた。
「どんどんいくぞー」
 火球。爆発。
 火球。爆発。
 回避は不可能と判断した鹿が逃げるが逃げる先にはユーレンのエクスシア。
「何度でも受け止めてやろう。貴様が何度耐えられるかは知らぬがな」
 ファイアーボールを避けるための無理な加速と無理な姿勢が災いした。
 降られるたびに発生する非実体の刃が皮膚を削って肉を焼いて、巨体に相応しい豊富な生命力を的確に削る。
「まずいのう。楽すぎて癖になりそうじゃ」
 火球が後ろ脚の間に命中。
 衝撃波が下半身を突き抜け鹿が情けない悲鳴をあげた。
「おっとこれで品切れ」
 【ジャウハラ】がお手上げのポーズをとる。
 恐怖で浅い息が連続する鹿が安堵の息を吐いた瞬間、【ジャウハラ】の手元に氷の矢が生じ鹿を向く。
「次はこれな」
 尻に矢が根元まで埋まる。
 数秒後れてようやく痛みを認識し、巨大な歪虚が身も世も無く泣き叫ぶ。
「分断すればこんなものですか」
 雷は薄い笑みを浮かべたままだ。
 蒼く染まった瞳で鹿だけでなく全ての歪虚の位置を確かめ、飽きることなく銃撃を巨大鹿に浴びせ続ける。
 一度だけハンドガンに持ち替えプラズマグレネードを射出。
 巨猪との合流を目指し、絶望的な走りを始めた直後の鹿上半身を焼く。
 全てがハンターの掌の上。
 それを我が身に叩き込まれた巨大鹿の心が砕かれ足が鈍る。
「ではさようなら。我々には仕事がありますので」
 脚で近づき、ランスで突く。
 狙い澄ませた一撃は回避を許さず、力の抜けた筋肉を裂いて歪虚の核を砕いた。

●罠
 次元斬が荒れ狂う。
 前衛職に相応しい威力と後衛職じみた射程を兼ね備えた攻撃だが、何より凄まじいのはその使用回数だ。
 何度防いでも止まらない高威力範囲攻撃に、マテリアルを喰らい巨大を獲得したはずの歪虚が尻尾を丸めて逃げ出した。
「歳はとりたくないものじゃな」
 両足を伸ばしてイェジドが跳ぶ。
 右の眼球に着地された巨猪が、情けない悲鳴をあげて反対側に走り出す。
「イルザに助けられっぱなしじゃわい。さて、どう追い込むかじゃが」
 歪虚に気づかれないよう一瞬だけ視線を動かす。
 歪虚が開けたらしい大穴がいくつか見える。
 そこに落とせば術なり範囲攻撃なりで一気に追い詰めることも可能だろうが、何度も鹿との合流を阻止したイェジドもそこまで引っ張る余裕は無い。
「俺がやろう」
 【グロリオサ】が微かに頭部を傾ける。
 その仕草だけで古強者には十分伝わった。
「イノシシって言うと直線の突進がイメージにあるが、歪虚のこいつも同じ性質かね?」
 CAM用の剣1本を手にして巨猪の前に立つ。
 燃えるような紅蓮のカラーリングは過去大活躍した闘牛士を連想させる。
「来い」
 体内のマテリアルに火を付ける。
 その気配は歪虚にとって至高の美味の香りに等しく、巨猪は涎を垂らして血走った目を【グロリオサ】内のソレルに向けた。
 土煙が地面と水平に飛ぶ。
 全長20メートル近い巨体が残像を伴う速度でソレルに迫る。
 その巨体故回避が難しい、その質量と速度故に防御しても大破を免れない、致命的な一撃のはずだった。
 アクティブスラスターを一瞬吹かして自機の速度を調整。
 表面塗装を髪の毛1枚分の厚さだけ、わざと猪に削らせる。
 次は当てられると判断した猪が、より一層攻撃に意識を裂く。
 真っ赤に血走った目は足下への警戒をおろそかにして、【グロリオサ】の背に隠れた穴にも気づかない。
 毒の蝶が降ってくる。
 我が身を犠牲に主力を庇うつもりだ。しかし真横から吹き付けるブレスに焼かれて崩れ落ちる。
 視線は向けず気配だけでユウに礼をして、ソレルは細心の注意を払い剣と機体で優雅に挑発。
 直前を上回る速度で巨猪が迫り、ソレルが今度は本気で躱す。
 【グロリオサ】のいた場所から丁度1メートルから、呆れるほど大きな穴が広がっていた。
 前脚が地面を捉え損ない宙に飛び出る。
 猪が己の窮地にようやく気付き、後ろ脚を地面にめり込ませてぎりぎり耐える。
「頼む」
「気遣われすぎて爺のハートがぼろぼろじゃわい」
 冗談を飛ばして豪快に笑う。
 巨大刀から放たれた次元斬に後ろ脚を抉られ、巨猪はその自重を支えきれずに上半身から穴に落ちていった。

●猪狩り
「全てを無に帰せ……ブラックホールカノン!」
 遍在する精霊が全力で逃げだし、妖しい紫の光と共に重力異常が発生する。
 科学者垂涎の高機能内臓が弾けあるいは捻り潰され、穴の壁を蹴っていた脚が不自然な方向を向く。
「えぇ、なんで?」
 そんな破壊を成し遂げたまよいは、可愛らしい唇をとがらせて文句を言っていた。
 敵がしぶとすぎてそろそろ面倒臭くなってきた。
 巨大な歪虚は、口から血を流しながら健在だった。
「やっぱりこれ大規模作戦案件じゃねーか! 糞、牙で穴削ってやがる」
 牙が振り上げられる。
 痺れた脚は使えず背筋だけなのに力は凄まじく、掘るのに重機が必要な地面が大きく抉れる。
「誰か牙狙って。おじさんのお願い」
 海斗は冗談だか本気だか分からない台詞を吐いている間も操作の手は休めない。
 銃弾を確実に当て、万一巨猪が飛び出してきたとき盾になる位置を保持し続ける。
 十分な装甲と受け能力を兼ね備えた【月海】なら、盾となっても生き残ることが可能だった。
「クウごめん。少しの間我慢して」
 空色のワイバーンの目力が増した。
 初期に比べると小さくなった毒蝶の間を擦り抜け、微かに喉に入った毒鱗粉に気合いで耐える。
「お、おぉ?」
 重機関銃の弾がするりと毛を抜け皮膚に突き刺さる。
 わずかに後れて吹き出した血が、大穴の側面をどす黒く彩る。
「柔くなったぞ。何、必殺技?」
 ユウに返事をする余裕はない。
 魔を退ける歌を高らかに唄いつつ小型毒蝶躱すのはかなりの難事だ。
 幼少の頃から厳しく己を鍛えてきた彼女でも心肺への負担が自覚できるほどだ。
 ワイバーン【クウ】を挟んだ太股に微かな力が籠もる。
 それだけで主の意を察した彼は、ずいぶんすっきりした猪の毛めがけて焔を吹き付けた。
 煙が発生する。
 臭い。黒い。べたべたしている。
 毒々しい煙が冬の風に吹き消されると、全身これ筋肉の塊の無毛歪虚が現れた。
「こいつぁヒデェ」
 ある種の美があるがあまり見ていて気持ちいいものではないし特に若い女性達には酷な光景だ。
「跳躍はさせるな。森に逃げ込まれると厄介だ」
 ソレル機が剣を構えて力を溜める。
 巨猪が無理矢理体を捻って上下を元に戻したタイミングで、大穴に飛び込むようにして刃を突き入れる。
 これまでの攻撃で邪魔な毛は消え去り、ユウの歌により皮膚も強靱さを失っている。
 刃が頬から入って首に抜け、どす黒い血に混じって砕けた歯がこぼれ落ちる。
 今まで猛威を振るってきた大きな牙も、根元を傷つけられぐらりと揺れた。
「いい加減倒れやがれ。鉛玉ならいくらでもくれてやるからよ」
 狙いは正確に、逃げ道は0に。
 必要でも地味な仕事をやりぬくのも海斗の一面だ。
「んっ」
 一節歌い終えたてユウが息継ぎ。
 遙か北の地で生まれ育った彼女にとり、王国の気候は素晴らしく過ごし易くこれだけ動いてもまだ余裕がある。
「結構ぎりぎりですね。無限沸きは大変です」
 毒蝶が頭上から近づいて来る。
 回避を任せた【クウ】が横にずれて躱し、鱗粉まみれの蝶が筋肉で硬そうな猪尻に当たる。
 ユウは唄う。
 途絶えることなく続く龍騎士を系譜を。
 魔を打ち破り人の領域を守護し続ける龍騎士の歌を。
「これなら」
 氷の刃で一太刀入れて確信する。
 皮膚は張りを失い筋肉は硬いだけの荷物と化した。
 後は詰めの作業に入るだけだ。
 あえて刃の届かぬ距離をとる。
 まよいとバリトンによる範囲攻撃が猪の巨体を削り、いくつもの砲弾とディヤーの氷が骨と骨の隙間を抜けて無事だった内臓を破壊する。
「終わりです!」
 【クウ】のブレスが巨大歪虚の胸を焼き、辛うじて機能していた心臓を焼き尽くした。

「お疲れ様です!」
 ユウが元気よく手を振る。
 凜々しいドラグーンによる朗らかな挨拶は、土木用器具を運んで来た男共に自然な笑みを浮かべさせた。
 むさ苦しい男共が気合いの声をあげて、地面に開いた大穴を埋めるための工事を開始した。
「綺麗になったね」
 隣にいるワイバーンを撫でる。
 プライドの高い彼は少しだけ嫌そうにしたけれども、ユウの手を振り払おうとはしない。
 蝶が2つ飛んでいる。
 不自然な大きさも毒々しい色もなく、平和な風に運ばれ消えていく。
 今回の討伐により大型歪虚が消えただけでなく毒蝶大量処理によって汚染領域の浄化まで完了した。
 数年後に軌道に乗った開拓村の中央には、ハンターを称える碑が建っていたという。

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    夢路 まよいka1328
  • 無垢なる守護者
    ユウka6891

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参加者一覧

  • 自爆王
    紫月・海斗(ka0788
    人間(蒼)|30才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ツキウミ
    月海(ka0788unit003
    ユニット|CAM
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    イケロス
    イケロス(ka1328unit002
    ユニット|幻獣
  • White Wolf
    ソレル・ユークレース(ka1693
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    グロリオサ
    グロリオサ(ka1693unit003
    ユニット|CAM
  • (強い)爺
    バリトン(ka5112
    人間(紅)|81才|男性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イルザ(ka5112unit002
    ユニット|幻獣
  • 能力者
    狭霧 雷(ka5296
    人間(蒼)|27才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ファフニール
    ファフニール(ka5296unit001
    ユニット|CAM
  • 鉄壁の機兵操者
    ディヤー・A・バトロス(ka5743
    人間(紅)|11才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ジャウハラ
    ジャウハラ(ka5743unit001
    ユニット|CAM
  • 黒鉱鎧の守護僧
    ユーレン(ka6859
    鬼|26才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    アールセブンエクスシア
    R7エクスシア(ka6859unit003
    ユニット|CAM
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    クウ
    クウ(ka6891unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 作戦相談卓
夢路 まよい(ka1328
人間(リアルブルー)|15才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2018/01/14 19:00:28
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/01/11 21:17:13