地響きの小島 ~騎士アーリア~

マスター:天田洋介

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2018/02/18 09:00
完成日
2018/03/03 13:01

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 グラズヘイム王国の南部に伯爵地【ニュー・ウォルター】は存在する。
 領主が住まう城塞都市の名は『マール』。自然の川を整備した十kmに渡る運河のおかげで内陸部にも関わらず帆船で『ニュー港』へ直接乗りつけることができた。
 升の目のように造成された都市内の水上航路は多くのゴンドラが行き来していて、とても賑やかだ。
 この地を治めるのはアーリア・エルブン伯爵。オリナニア騎士団長を兼任する十七歳になったばかりの銀髪の青年である。
 前領主ダリーア・エルブン伯爵が次男である彼に家督を譲ったのは十四歳のとき。すでに闘病の日々を送っていた前領主は、それからわずかな期間で亡くなっていた。
 妹のミリア・エルブンは幼い頃から政において秀才ぶりを発揮している。
 事故と発表された長男ドネア・エルブンの死因だが、実は謀反に失敗して命を落としていた。そのドネアが歪虚軍長アスタロトとして復活。謀反に関与していた元親衛隊の女性ロランナ・ベヒも歪虚の身となって現れた。
 兵器輸送のゴンドラの沈没事件、領地巡回アーリア一行襲撃事件、穀倉地帯における蝗雑魔大量発生等、アスタロト側が企んだ陰謀は、ことごとくハンター達の力添えによって打ち砕かれる。だがこれらの陰謀には搦め手が存在し、ネビロスは運河の湧水個所を狙っていた。歪虚アイテルカイトの尊厳をかなぐり捨てたネビロスだったが、騎士団とハンター達の前に敗北して最後の時を迎える。
 勝利に沸く城塞都市マールの民。アーリアが喜んでいたのも事実だが、振り払ったはずの兄への気持ちは心の奥底でかすかに残った。
 マール城にアスタロトから晩餐への招待状が届き、アーリアはその場へと赴く。そこでのアスタロトの発言はわずかな同情も引いたものの、傲慢に満ちあふれていた。
 不意に転移してきたTNT爆薬の処分についても、ハンター達の尽力によって解決へと導かれる。


 ある日、伯爵地ニュー・ウォルターの北東部に大量の水が溢れだす。ハンター達の協力によって周辺住民の避難は完了。そして湖と化した大地の中央に、突如として城が浮きあがった。
 湖中央に聳える城の上空では、常に歪虚や雑魔が舞っていた。兵や民といった誰もが口々に噂する。あの城の主は歪虚軍長アスタロトだと。
 湖出現からこれまで三度の戦端がひらかれたものの、一進一退の状況でアスタロト側の護りは厚い。陸路で船を湖へと持ち込んだものの、敵城の小島まで辿り着くことは叶わなかった。すべて湖に沈められてしまう。
 湖は歪ながら直径三km円といった広さ。水深は一番深いところで十メートル前後といったところ。アスタロト城は直径六百m円の小島に建てられていた。
 調査結果、様々な事実が判明する。湖底に沈んだ施設を休憩所として、水棲雑魔が哨戒任務をこなしていた。上空からは鳥雑魔が目を光らせている。
 ハンター達はそれらを退けて、投石機の破壊を完遂した。おかげで領地混合軍は、城聳える小島へと上陸を果たす。またハンター達がキグルミ姿でA城壁の向こう側へと潜入。罠の存在を明らかにしてくれたおかげで、有利な作戦が立案される。
 突入作戦は順調に推移したが、アスタロト急襲という形の反撃を受けた。ハンター達の奮闘によって、アーリアの命は守られた。
 B城塞突破の機会をうかがう領地混合軍だが足止めを食らう。気候によって湖全体に濃霧が発生したのである。
 特殊な能力を持つ雑魔によってゲリラ戦が仕組まれたものの、ハンター達の力を借りて撃退。ようやく霧が晴れたとき、投石機の修理等、事前の準備を整えていた領地混合軍は攻撃を開始する。B城壁の一角を崩して突破口を開いた。
 再び霧が薄れて、城内攻略の機会が訪れる。ハンター達はアーリアを連れて突撃し、アスタロトが待つ最上階へと辿り着いた。
 アスタロトが口にしたのは嘲笑と煙に巻くような侮辱ばかり。愉悦の表情を浮かべたまま、転移で姿を消す。
 言い知れぬ不安が脳裏を過ぎったアーリアだった。


 領地混合軍の一部は小島に残り、アスタロト城の調査が行われた。判明したのは比較的近年の建造物であることだけ。小島まで調査範囲を広げてみると、極端に植生の幅が狭かった。そして猪や鹿等の哺乳類は皆無である。
 突如として湖に現れたのだから納得の結論だったが、腑に落ちないと感じる者も多くいた。そして真実が判明したのは二月に入ってまもなくのことだ。
 地響きが鳴り、大地が震える。大きな揺れに騎士や兵達は建物に掴まったり、床や地面へと伏せた。
 十数分が経過しても、止まる気配がなかった。
 尖塔で見張りをしていた兵が叫ぶ。「湖岸が迫ってくる……いや、この小島が動いている、動いているぞ!」と。
 湖岸で待機していた部隊は小島の動きに戦慄した。湖岸に辿り着いた小島が、非常にゆっくりだが陸へとあがろうとしたからである。
 事態が発生して丸一日が過ぎようとした頃、ようやく全貌があきらかになった。直径六百mの小島の正体は巨大な亀だ。アスタロト城は超巨大亀の背中に聳えていた。
 一日半の後、小島移動の報せは早馬によって城塞都市マールに戻ったアーリアの元へと届けられる。
(小島が動くとは、どのようなことが起こっているのだ?)
 詳しい状況がわからないまま、アーリアは選択を迫られた。できることならば全軍を率いて事にあたりたい。しかしマールを無防備にするわけにはいかなかった。
 急遽、千人規模の軍を編成した。数日前から相談のために招いていたハンター一行も協力してくれることとなる。
 千人軍が出兵した頃、湖岸にいた兵の一人が気づく。超巨大亀が進みだしたのは、マールへと続く方角であった。

リプレイ本文


 城塞都市マールの門から伸びる兵士達の行軍。出立したばかりの千人に及ぶ領地混合軍が、湖周辺に辿り着くまでに三日はかかる。
「超巨大亀の呼称は『ヴァウラン』だ。報告を疑うわけではないのだが、本当にあの島が動いているのか、と思わないでもない」
 半信半疑の領主アーリアだが、選択した行動に迷いはなかった。
 ハンター一行はアーリアとの相談の末、先行を決意する。威力偵察で情報を得て、ヴァウラン進攻の遅延を図るべく。
 愛馬に跨がったのはヴァイス(ka0364)、ロニ・カルディス(ka0551)、ミオレスカ(ka3496)、鳳凰院ひりょ(ka3744)の四名だ。南護 炎(ka6651)は軍馬を借り受ける。
 ミグ・ロマイヤー(ka0665)、弓月 幸子(ka1749)、ディーナ・フェルミ(ka5843)の三名は、魔導バイクのエンジンを轟かせた。
 悪路に悩ませられながら小休憩を取りつつ、先を急いだ。夜間は魔導バイクが先導して暗闇を照らしてくれる。マール出立から二十二時間後、丘陵の頂に達したハンター一同は、遠方のヴァウランを目の当たりにした。
「長生きはしてみるもんじゃな、なんと城が歩いておるわ」
 ミグが向かい風に髪を靡かせながら、感嘆の声をあげる。
 アーリアから事情を聞かされたとき、自身も半信半疑だったが今は違う。超大亀が小山と見紛うことなく陸上に存在していた。土層を挟んで甲羅に聳える城が、どこか滑稽にも思える。
 長く瞬きを忘れていたロニが、ハッと我に返った。
「やはり本当か。まさか、これだけのものを隠していたとはな……。いや、この大きさだからこそ隠しおおせたのか」
 ロニは仲間達から離れ気味なのに気づき、愛馬を速く走らせる。
「ヴァウランって大きい亀だね。でもくるくる回りながら空を飛びださない限り、そうそうは負けないんだよ」
「冗談は程々にして、そろそろ本気でいこう。しかし、アスタロトのあの態度はこのためか。だが! お前の驕りは生前も今も重要な局面での敗因に繋がってるんだ」
 弓月幸子と鳳凰院は併走しながら、正面遠方のヴァウランを観察した。停まっているように思えたが、長く眺めていると微妙に動いているのがわかる。
「あのヴァウランは生物? それとも歪虚、なのでしょうか。それにしても濃霧の攻略や、投石機の奪い合いは、一体……」
 ミオレスカはこれまでの戦いに疑問に感じて、両の瞼を半分に落とす。しかしすぐに愛馬の手綱を握りしめた。敵の首魁は傲慢のアルカテイト。そんな風に悔やんでいては相手の思う壺だ。嘲笑に屈してはならないと、心を強く持った。
「領地ニュー・ウォルターは必ず護ってみせる!! もしや高みの見物を決め込むつもりではあるまいな……アスタロトめ!」
 南護炎はヴァウランを望みながら、歯軋りを鳴らした。
「今回は……攻略方法が見つかるまでヴァウランの足止めをする、でいいのかな?」
 ディーナが意思疎通をはかるために、あらためて仲間達と作戦を確認する。アーリアに望まれたのは、まさしく『ヴァウランの足止め』であった。
「あの巨体を動かすのにはかなりの力が必要で、愚鈍な感じに映るが、頭や尻尾の動きを見る限りは予想以上に動ける可能性がある。……あのサイズがサイズだ。油断せずに情報を集めよう」
 ヴァイスの考えに一同が賛同する。巨体故に近くのような錯覚に陥るが、ヴァウランとの距離はまだまだ離れていた。接触しようとするのなら、さらに一、二時間は走らなければならない。バイクと馬の一行は丘陵の下りに差し掛かる。そして勢いをつけて駆けおりたのだった。


 ハンター一行はヴァウランの露出する各部位を観察すべく、それぞれの進路を選んだ。大まかな割り当ては頭部、尻尾、右前足、左前足、右後足、左後足の六個所である。


 ディーナは高台で魔導バイクから降り、ヴァウランの右後足周辺を眺めるべく双眼鏡を手にした。
「ヴァウランの足跡、見つけたの。頭が向いている方角は……あっちになるのかな」
 ヴァウランの移動を示す足跡と尻尾の軌跡を確認し、地図と照らし合わせる。このまま直進すれば、マールに到達するのはまず間違いなかった。
(それにしても、何もかも、嘘みたいに大きいの)
 ディーナから眺められる四つの足跡には雨水が溜まり、まるで池のようだ。歩くだけで地形を変えてしまうヴァウランは、存在しているだけで十分に脅威といえる。
 対ヴァウラン用の砲台は、大地に固定して使われるという。設置場所には強い地盤が求められていた。
「いい場所を見つけて、アーリアに報告するの」
 ディーナは魔導バイクに跨がり、アクセルを吹かした。


「あのように興味深き代物を倒さねばならんのが業腹じゃが、致し方なしじゃ」
 ミグが草地から左前足付近を観察していると、歩くヴァウランの姿勢が徐々に傾いてきた。急角度になったところで、甲羅に被さっていた土層の一部が崩れ落ちる。
 遠目から眺める限り、零れ落ちた土砂はほんのわずかだ。しかし現実はまったく違う。地響きと共に大地へと降り注ぎ、数軒の人家を完全に埋めてしまった。
「これは大変なことじゃな」
 周辺は戦場になっていた湖から程近いので、住民は避難済みである。しかしこれから先もそうだとは限らない。
「やはり、マールで間違いなさそうじゃて」
 ミグは地図とにらめっこして、ヴァウランの進路を予測する。砲台から狙いやすい候補地を探すべく、マール方面へと魔導バイクを走らせた。


「信じられないが、しかしこれは今起こっていることなのだな」
 ロニは大きく首を振りながら、馬上で呟いた。
 ヴァウランの左後足は、目測で直径五十m前後。極太の足が大地をしっかりと踏みしめている。ロニにとって信じがたい光景だったが、紛うことなき現実であった。
 無線機で仲間達と連絡を取り合っている最中、甲羅の上に取り残されていた騎士と繋がる。甲羅にいる一同で、投石機を動かそうとしているのだという。
(これだけの巨体だ。効くかどうか、事前に試したほうがいいだろう)
 ロニも力を貸すことにした。まずは仲間達に離れるよう連絡を入れておく。
 土層がなくなって甲羅が剥きだしの個所に、鉄杭が放たれる。ロニはタイミングに合わせて、ヴァウランの左後足にプルガトリオを唱えた。
 衝突音がしてすぐに、弾かれた鉄杭が大空に舞う。その直後にヴァウランが暴れだす。それまでの緩慢さが嘘のように、激しく地団駄を踏んでいた。プルガトリオは効いていて、左後足だけは大地から離れずに留まっている。
 数分後には収まり、甲羅に騎士と再び連絡をとった。
「そうか。それはよかった」
 攻撃は残念な結果に終わったものの、甲羅に取り残された一同に大きな被害はなかったようだ。食料が心細くなっているとのことで、ロニはアーリアに伝えることを約束した。


 馬からおりた南護炎は一歩一歩前へと進んだ。
「これが敵なのか。アスタロトめ、こんな手を打ってくるとは」
 先程まで地団駄を踏んでいたヴァウランだが、今は右前足を持ちあげようとしている最中である。足の裏をじっくりと観察できるほどのゆっくりさだ。
「そうだ」
 魔導スマートフォンの時計で、試しに足運びの時間を計ってみようとする。しかしあまりに遅くて、途中であきらめた。
 事前の報告によれば、ヴァウランの移動速度は時速一kmのようである。先程の地団駄では進んでいない。大地を凸凹にして、甲羅の上にのっていた土層を大量に落としただけだ。
「歪虚か雑魔、もしくは生物かは知らないが、図体は大きくても、亀は亀ということか」 仲間から再び連絡がある。合流すべく、南護炎は馬を走らせたのだった。


「ほら、すごいよ、ひりょさん」
 弓月幸子が指さしたヴァウランの尻尾は、波打ちながら上下し、時折地面に接触する。土埃を舞わせるだけでなく、触れた樹木や岩を軽々と弾きとばしていた。
「四つ足はものすごくゆっくりなのに、どうして尻尾はこんなに動くんだ? それにしても攻撃する個所は足が一番無難そうだな。尻尾はいいとして、頭を引っ込めているときは、歩けただろうか?」
 鳳凰院が無線で仲間に確認を取ると、どうやら頭部の動きも激しいらしい。
(行軍を待たずに先行してよかったな)
 現場で確認しないとわからないことは多かった。
 鳳凰院と弓月幸子は尻尾を観察する。時間を計ってみたところ、尻尾は一定間隔で上下していた。
「振り子時計みたいなのかな? それともジャイロとか?」
「幸子の言うとおりかも。センサーや感覚器官になっていて、あの巨体のバランスをとっているのかも知れないな」
 考察は大切だが、まずはヴァウランの進攻を止める必要がある。
 他の仲間と同じように、砲台の設置に理想的な場所を探す。固定しやすいだけでなく、狙いやすい位置取りも重要だ。
 夕暮れまでに、二人はいくつかの候補地を見つけだした。


 ヴァイスは丘陵に聳える大樹の頂から、軍用双眼鏡でヴァウランを眺める。
 ここからでもヴァウランを見下ろすことは叶わなかった。それでも地表からでは難しい情報が、得られることもある。甲羅の形状等、ヴァウランは亀のようでそうではない。精々、模した程度だ。
「似てはいるが、単に亀を大きくした存在だと考えるのは早計だろう。そう考えるとしっぺ返しを食らうぞ、きっと」
『弱点になりそうなところは、どうですか?』
 ヴァイスは地上にいるミオレスカと無線機で話す。仲間が仕掛けてくれたおかげで、これまで様々な動きを観察することができた。
 集合時間が迫ってきたので、ヴァイスはミオレスカの計画に力を貸す。
「ブラウンダイヤ、がんばってくださいね」
 ミオレスカは愛馬に騎乗したまま、魔導拳銃「エア・スティーラー」を構える。装填していたのは、曳光弾「彗星」。射程ぎりぎりの位置でヴァウランの眉間を狙う。
「合図をだすぞ。五、四、三――」
 ヴァイスもアサルトライフル「ノルムP5」でヴァウランの右前足の付け根に狙いを定めた。
 二人とも射撃。曳光弾の光を浴びたヴァウランは首を激しく振り、遠吠えのような極低音を響かせる。
 ヴァイスが撃った銃弾は右前足の一部を抉り取った。
 二人は安全な場所まで移動してから、双眼鏡でヴァウランの状態を確かめる。命中させて十分しか経っていないが、すでに傷口が塞がれつつあった。
「これは難儀な相手だな」
 ヴァイスが自らの頭に掌をのせると、隣でミオレスカが頷く。
「曳光弾によって発された声ですが、特殊な効果は認められませんでした。ただ、あの煩さは十分に武器となりえるのでは? ヴァウランの強さは、スケールの大きさによるきているのでしょうね」
 ミオレスカにヴァイスは「違いない」と答えたのだった。


 日没後、集まったハンター達は情報を突き合わせた。ヴァウランが遠くに望める丘で野営をしながら。
 アーリアが率いる千人軍が到着するまで、あと二日。ヴァウランの進路と進行速度からその頃の到達位置を推定。さらに準備に要する時間も考慮に入れて、砲台設置の候補地を絞り込んでいく。
 甲羅への攻撃が効かない以上、はみだした部位を狙うしか方法はなかった。しかし甲羅に閉じこもられてしまったのなら、どうしようもなくなる。ただ、それはそれで足止めが成功したともいえる。結局のところアーリアが示した通り、根本的解決からはほど遠い、足止めしか選択がなかった。
「先んじて、次の一手を早急に立てておかねば……な」
「あれを倒すとなると、やっぱり思いつくのはCAMだね。もって来れないかな?」
 鳳凰院と弓月幸子が仲間達に、調理したてのスープをよそう。
「あれを倒すなら、私もCAMが必要なんじゃないかと思うの。首を落すなり口の中に爆薬を投げ込むなりしか」
 ディーナは脳裏に、考えこんでいるアーリアの表情を思い浮かべる。
「あの怪獣が相手ならば、少々遠隔地に転移してでも、CAMを動員した方が、よさそうですね。無理なら、マールを捨ててでも、住民を逃がすことすら、考えないと……」
 ミオレスカは、スプーンで掬ったスープをフーフーと冷ましてから口の中へ。
「CAMは得意じゃが、それが最善かはまたの別の話になるのぅ。ここは司令官、つまりアーリアの判断次第じゃな」
 ミグは岩に腰かけたまま、ヴァウランへとふり向く。月光に照らされたそれは、今も甲羅の上に城をのせていて、奇妙な美しさを振りまいていた。
「とにかく俺達はヴァウランと戦えばいいんだ。死にフラグは折るためにある!」
 南護炎は焚き火の前で、抜いた剣を掲げる仕草をした。
「倒す方法は必ず考えつくと、出発前のアーリアはいっていた。その言葉を信じようじゃないか」
「そうだな。俺たちは足止めに専念すればいい」
 ロニとヴァイスは早々に食べ終わる。見張りの順番が決められて、それ以外のハンター達は眠りに就いたのだった。


 外部から攻撃を受けない限り、ヴァウランの行動は変わらない。ゆっくりと足を動かし、ひたすらにマールを目指していた。
 魔導バイクを駆るディーナとミグが行軍中のアーリアの元へ向かい、先に得られた情報を報告する。
「どの候補地に砲台を設置するのか、こちらでも検討させてもらおう。最終的な決め方は私に案がある」
 アーリアから返事をもらったディーナとミグは、仲間達の元へとエンジンを呻らせた。

 マール出立から三日後、千人軍はヴァウランを眺めることになる。多くの騎士や兵は自らの眼で確認しても、まだ信じられないといった表情を浮かべていた。
「あれが敵なのか」
 アーリアは砲撃さえすれば、それだけでヴァウランを足止めできるとは考えていない。得られた情報を鑑みるに、欠損まで怪我を負わせられなければ、状態を維持できないと判断していた。
(アスタロト、どこからかはわからぬが、見学しているのだろう)
 アーリアはアスタロトによる急襲を、常に脳裏の隅に置く。そのために行動が著しく制限されてしまっても仕方がなかった。以前にしたように、敢えて最前線へでる選択もあるが、今は指揮と作戦立案を優先させなければならない。
 志体持ちの配下に囲まれながら、アーリアは千人軍の指揮を執る。ハンター達の意見を採り入れられた作戦が、晴れた早朝に決行された。

 遠隔射撃ができるミオレスカ、ヴァイス、鳳凰院が特殊な任務に就いて動く。
「一番回復力の弱い足を調べる、か。これだけの巨体なら、確かに一本ずつの特性が違っていても不思議ではないな」
 ヴァイスは愛馬で移動し、ヴァウランの足を撃つ。同行する騎兵が回復具合をつぶさに観察。一本ずつ確かめていく。
「左後足の回復、さっきのより早いような」
 ミオレスカも愛馬ブラウンダイヤで騎兵と駆け回り、銃撃損傷からの回復具合を調べる。
「遠隔射撃で足の動きを止められればいいのだが」
 鳳凰院も和弓「懸巣」による攻撃で、傷が治っていく過程を確かめた。
 ハンター三名の成果がつき合わされて、左前足と決定。狙いやすい砲台設置の候補地が、最終的に絞り込まれる。

「急ぐぞ!」
 先導の騎士が号令をかけて、兵達が呼応する。
 八頭立ての大型荷馬車が運べる砲台は一基のみ。それが五輌。砲弾や推薬といった消耗品が積まれた荷馬車も列に連なった。
 一時間後、百名以上の砲兵が汗水垂らして、ようやく砲台五基の設置が完了した。五つの砲門すべてがヴァウランの左前足に向けられている。
「目標……一ヶ月。ここで生活しながら大砲を撃ち続けるとか? 短すぎるより長く見込んで短く終わる方が疲労が少ないと思うの」
「確かに長期に渡る可能性がある。提案の通りに、準備を整えて欲しい」
 ディーナはアーリアから署名入りの命令書を預かって、独自の行動にでた。

「戦闘開始!」
 アーリアの指示で弾が撃たれて、頭上に黄色い狼煙が立ちのぼる。砲撃に至るための攻撃が今、始まった。
 ヴァイス、ミオレスカ、鳳凰院はヴァウランの頭部を狙う。右にヴァイス、中央にミオレスカ、左に鳳凰院といった配置についた。
 ヴァイスの撃った銃弾が、ヴァウランの左目に命中。激しく頭を動かすヴァウランに、ヴァイスは「そうだ、こっちだ。俺を食べたいのなら、そうしてみるがいい!」と毒づいてみせる。
 ヴァウランが牙を剥きだしにしたとき、馬上のミオレスカはそれを見逃さない。立て続けに銃弾を口蓋へと撃ちこんだ。
「間抜けな顔でも、許しません」
 ミオレスカは愛馬で駆け回り、銜えようと迫るヴァウランの頭部を翻弄する。首を伸ばされても、ぎりぎり届かない距離で走った。
 ヴァウランを人に例えるのならば、ミオレスカの大きさは蟻のようなものだ。それでも固執し続けて、何度も噛む動作を繰り返していた。
 ミオレスカに避けられて、大地へと顔面を叩きつけたヴァウランの頬に、矢が突き刺さる。
「戦いは長丁場になりそうだが、そろそろ俺とも遊んで欲しいな」
 挑発が効いたのか、ヴァウランが追いかけるのを鳳凰院に変えた。鳳凰院が手玉にとっている間に、ヴァイスが再攻撃。順繰りで翻弄し続ける。
 一般兵による銃撃もヴァウランの頭部に集中。それはヴァウランの注意を引くための策に他ならなかった。

 ヴァウランの左前足は、地面におろされる直前であった。三mほどの狭間が徐々に縮まろうとしていた。
 弓月幸子、南護炎、ミグは騎士や兵に混じり、直接攻撃を仕掛けていく。ロニからアンチボディをかけてもらった身体で。
(砲撃に専念するつもりじゃったが、それは後のお楽しみにしてとっておこうかのぅ)
 ミグは過大集積魔導機塊「イノーマス」を叩きつける。足そのものは柔らかく、比較的簡単に抉ることができた。ただ大きさがあまりに規格外なので、ヴァウラン全体からすればかすり傷にもならない。その傷も蒸気のようなものを吹きだしながら、少しずつ治癒してしまう。
「いろいろと意見がでてたけど、生物ではなさそうだね」
 弓月幸子は仲間達を助けながら、ヴァウランの正体を見極める。歪虚か雑魔だと断定したのは、千切れ飛んだ肉塊が微少ながら瘴気となって散っていたからである。
「俺は南護炎、歪虚を断つ剣なり!」
 南護炎が刃で割いたヴァウランの傷口から、蒸気のようなものが吹きだす。それでも怯まずに、彼はひたすらに斬りつけていく。その姿に奮起して、全力を尽くそうとする兵も多かった。
 ヴァウランの左前足が地面についたからといって、それで終わりではない。大地のほうが耐えきれずに、徐々に沈んでいく。押しのけられた周囲の土が盛りあがり、近くで立っているのも難しくなる。頭上から落ちてくる甲羅にのっていた土砂も増えてきた。
 無線機による一斉警告に続き、緊急退避の狼煙もあがる。ヴァウランが地団駄を起こす前触れが、本部によって察知されたからだ。
 接近戦を仕掛けていた者達は、待機させていた馬車や荷馬車に乗りこんで距離を取ろうとした。警告から約二分後、ヴァウランが唸り声をあげる。それまでの緩慢な動きが嘘のような地団駄を踏み始めた。
「俺の出番だな」
 ロニは一人、右後足の近くに留まっていた。巻き起こる風を物ともせずに、射程ぎりぎりでプルガトリオによる黒い刃を飛ばす。
 右後足だけが大地に固定されて、ヴァウランの地団駄は奇妙な動きとなる。対角線となる左前足がより高くあがり、地面へと激しく叩きつけられた。治りかかっていた傷口が盛大に開いて、土埃に混じって蒸気のようなものが漂いだす。
(アーリアが立てた策は、正しかったようだな)
 ロニは一時退避して口元を抑える。大樹の影に隠れながら、漂う土埃を耐え忍んだ。
 地団駄が収束した直後、攻撃が再開される。
 戦っていくうちに、地団駄には三十分以上のインターバルが必要だと判明。それによって退避のタイミングが、より正確になった。
 ディーナは、長丁場の戦闘継続のために尽力中。砲兵長と相談し、現状の物資で砲撃の維持がどの程度可能なのかを探っていた。
「かなりの余裕があるけれど、砲撃の継続が最悪の場合、すぐにマールからの輸送を始めないと間に合わないの」
 ディーナの希望で、マールに向けて連絡の早馬がだされる。
 預けたミリア宛ての手紙には、現場での事情が綴られていた。長期に渡るので、兵站の確保も重要である。食事は兵士の士気を大きく左右するからだ。
「休憩時には雨風を凌げるだけでなく、暖がとれる小屋もあったほうがいいと思うの。そういうのも頼んでおいたから、数日中に届けられるはず」
 ディーナはすべての手配が終わってから戦場へと赴いた。そしてプルガトリオが切れたロニの後を引き継ぐ。すでに日は暮れていて、夜間戦闘に突入していた。
 朝方に発生した地団駄で、ディーナが最後のプルガトリオを唱える。その事実は無線によってアーリアに伝えられて、ついに砲撃の出番がやってきた。
「これまでの鬱憤、受けとめろヴァウラン!!」
 南護炎は去り際に、ここぞとばかりにスキルを使用。次元斬で普通では届かない左前足の高所に深い傷を負わせる。血飛沫ような蒸気が周囲にまき散らされた。
「アスタロトに手の内を見せるのは癪に障るが、奴相手には適さない攻撃だしな……。まあ、この攻撃であのデカブツにどれだけダメージを与えられるか計る為にも、いっちょやりますか」
 ヴァイスもここぞと温存していたスキルを繰りだす。騎乗による相乗効果がある烈火に劫火と灯火も含ませて、オーラで輝く七支槍「大雀」の穂先で大穴を開けた。さらに黒炎の黒きオーラも纏わせた攻撃によって、深く穴を穿つ。
 弓月幸子も、この機会を待ち続けていた。
「ひりょさん、ありがとうなんだよ。ワンハンAss。ワンハンAef………エメラル、チェイン」
 エクステンドキャストの使用によって無防備になった弓月幸子を守ってくれたのが、鳳凰院だ。
 放たれたファイアーボールの火球が、ヴァウランの左前足を包み込みながら膨らんだ。炸裂を繰り返すうちに、凄まじい量の肉が削げていく。グラビティフォールを織り交ぜて、ライトニングボルトも打ち尽くす。
 最終警報となるラッパが吹き鳴らされた一分後に、砲撃が始まる。ハンター達も砲台五基が設置された野営地の高台へと向かった。
「この状況だ。重傷者を優先しよう」
「それがいいと思うの」
 ディーナとロニは、深手を負った味方の治療に専念する。
「ここからが本番じゃな。あの足の状態をぶち切るぐらいに追い込んで、使い物にならなくしなくてはならないからのぉ」
 ミグが事前にアーリアへ行った具申は、砲撃体制に採り入れられていた。
 振り分けられた五つの班によって、清掃、装薬、照準、砲撃が順に行われる。ヴァウラン左前足の一個所への集中攻撃により、熱が蓄積されていくように撃たれていく。
 数発に一度、ミグは神の御手「ゴッドハンドオブフェアリー」と、解放錬成を織り交ぜる。機械に対する深い理解とマテリアルの強制的な開放により、強力な砲撃が叩きこまれた。
「ここが踏ん張り時だな」
 鳳凰院も一基の砲台につく。追い込みが必要なときには貫徹の矢、そして高加速射撃も活用する。特に砲弾に対してのソウルエッジは効果があった。
「ここは踏ん張りどころです。もう少し、もう少しなんです」
 ミオレスカも砲手となり、スキルを活用。レイターコールドショットの冷気で行動を阻害、さらにリトリビューションによる雨のような光矢の攻撃で、ヴァウランの動きを止めた。
 一時間ごとに待機の別班が交代し、砲撃は続けられる。
(このまま削っていけば、足止めはできるはず。しかし完全に倒しきるにはどうすれば……)
 アーリアは指揮を執りながら、根本的な退治方法を考え続けていた。ハンター達が提案してくれたように何らかの方法でCAMを投入するのが最善かも知れないが、伯爵地【ニュー・ウォルター】においては普及していない。
(アスタロトの思惑にそのものではないのか? 無能な私を嘲笑うための……)
 自らが手を下せない以上CAMに頼るのは、見方によれば他力本願であり、敗北ともいえる。しかし、どのような手段を用いたとしても民の平和を守ってこそ、領主の本懐とも考えられた。
 そのとき、夜空に向かって叫んでいた南護炎の言葉がアーリアの耳に届く。
「アスタロト、貴様が俺に斃されるのは『ディスティーノ』……運命って奴なんだよ。だから、それまで首を洗ってろよ。『トランキーロ』…焦んなよ」
 どこにいるかもわからないアスタロトに向かって、南護炎が吠えていた。
「そうだな。その通りだ」
 アーリアは大切なことを思いだす。確かにヴァウランは強大な敵だが、倒しきったからといって伯爵地に平和が訪れるわけではない。
(ヴァウランの存在を利用するのだ。裏をかいて、アスタロトを倒すための。ヴァウランをどうにかするのは、後回しでいい)
 小島を占拠したときのことが気になっていた。アスタロトは瞬間移動で逃げていったが、城に隠っていたはずの雑魔達もいきなり姿を消している。
(あれだけの頭数が、まだ城の中に? いやあれだけ探しても見つからなかったのだ…………もしや、ヴァウランの体内に隠れているなどと)
 仮説が正しければ、城の地下にヴァウランの体内へと至る通路があるはずだ。ヴァウランを大人しくさせて、もう一度調べてみるのが得策のようである。
(ヴァウランの足止めをし、その後に城の地下、再調査か。これは秘密裏に行わなければならない。油断しきったアスタロトを倒すためなのだから)
 瞬間移動への対処が残ったものの、大筋の考えがまとまった。

 ヴァウランの左前足に対する砲撃は続けられている。ミグが狙っていた通り、熱の蓄積によって脆くなっていき、砲弾一発でそげる量が増えていく。半分まで達し、骨のような部位が砕け散った。自重で左前足の下部が千切れて、ヴァウランは大地へと倒れこむ。三つ足で移動することは叶わず、地団駄を踏んだとしても、一定の範囲で藻掻けるだけとなる。
 足止めに成功した一同は歓声をあげたが、自己治癒を相殺させるために砲撃は続けられた。
 その後、飛行可能な幻獣を利用して、甲羅に取り残された騎士や兵士達への食料投下が行われる。救出も徐々に行われる予定だ。
「皆のおかげもあって、ヴァウランの足止めに成功した。ありがとう。……少し込み入っているのだが、これからの話は他言無用でお願いしたい」
 アーリアがハンター達だけに、考えついた作戦を伝える。アスタロトの瞬間移動については、何からの対策を捻りだしておくと付け加えて。
 アスタロト討伐のために力を貸してもらいたいと、ハンター達はあらためてアーリアに願われたのだった。

依頼結果

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参加者一覧


  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • デュエリスト
    弓月 幸子(ka1749
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • 師岬の未来をつなぐ
    ミオレスカ(ka3496
    エルフ|18才|女性|猟撃士
  • うら若き総帥の比翼
    ひりょ・ムーンリーフ(ka3744
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 覚悟の漢
    南護 炎(ka6651
    人間(蒼)|18才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
ひりょ・ムーンリーフ(ka3744
人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/02/15 21:49:38
アイコン 大亀の進行を阻止せよ!
ひりょ・ムーンリーフ(ka3744
人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/02/18 08:45:59
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/02/17 00:22:57