ゲスト
(ka0000)
【反影】蒼天のヘヴンズドア アンコール
マスター:のどか

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/03/12 22:00
- 完成日
- 2018/03/27 01:02
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
――ねぇ、覚えてる?
それだけ語ったルミ・ヘヴンズドア(kz0060)の言葉に、カナデはそれが何の事かも聞かずに頷いた。
――覚えてないことなんてないよ。
そう目の前の親友へとほほ笑んで、彼女達は並んでステージへと歩み出た。
ハンターが管理者と思われる歪虚を消滅させたLH044虚無では、ループの新たな1日が明けようとしていた。
それもこれも副管理者であった歪虚の少女――カナデへ管理者権限が移ったからであり、それは同時にこの世界における負の記憶だけが綺麗に消し去られたことも意味していた。
負の記憶――2013年10月のVOID襲撃。
歪虚の消滅と共に異なる時間軸を歩み始めたこの世界では、史実とは異なる平穏な時間と空気が流れていた。
「今日はよろしくお願いしまぁすっ」
「うん……よろしく」
報告上3度目の突入となったハンター達はカナデの手引きで一度ステージへと集まり、そこで彼女らヘヴンズドアのメンバーと顔合わせが行われていた。
表の顔――アイドルとしてのキャラで接するフブキとアリスは、ハンター達へ愛想よく挨拶すると傍らのカナデへと声を潜める。
「ねぇ、カナデ……ほんとに大丈夫なの?」
「う、うん。それは私が保証するよ」
「まあ、マネージャーの意向ならしゃーないやろ。何とかなるなるっ」
不安たっぷりのフブキとは裏腹に、どこか楽し気なアリス。
カナデは苦笑しながら相槌をうつと、ついさっきの出来事を思い返していた。
「――ステージに、一緒に立って貰えませんか?」
虚無へ突入して来たハンター達を待っていたカナデは、開口一番にそう言った。
「あっ、いえっ、無理に……とは言いません。ただその、皆さんにちゃんとしたお礼もできないし……だったら代わりに、みんなで一緒にステージを作りたいなって、そう思ったんです」
「で、でも、フブキとアリスの承諾は取れるの?」
突然の申し入れに目をぱちくりさせたルミに、カナデは困ったように視線を外す。
「たぶん……うん、なんとか……ほら、このライブってマネージャーさん急用で来れなかったよね? だから、ここにいないマネージャーさんの差し金って事にすれば……なんとか? もしくは、最悪私が世界を改変してみても――ほ、ほらっ、管理者みたいだし、そういうことくらいならできそうかなって」
その言い訳を呆気に取られたように聞いていたルミは、やがて盛大に噴き出すとお腹を抱えて笑い転げた。
「あっ……あははっ! なにそれ! ずいぶん図々しくなったもんじゃないっ!」
「あう……ごめんなさい」
「う、ううん! 良いと思うよ、そういうの!」
慌てて頭を下げるカナデをルミはなおも笑いながら制する。
「私も、せっかくならみんなと歌いたいって思ってたし……ほら、前回のループの時、最後にみんなで曲に乗って――あれ、すっごく楽しかったから」
ルミが目じりの涙を拭いながらそう言うと、カナデはぱぁっと顔を輝かせて大きく頷く。
「私も、私もっ! じゃあさ、ルミちゃん。ハンターさん達のこと“この世界”の皆にも紹介しなきゃいけないから、楽屋から呼んできて貰えないかな?」
その言葉に、ルミは一瞬言葉を詰まらせて表情を暗くした。
「でも……みんな、あたしのこと」
「大丈夫! 記憶障害を起こしてた歪虚が消えて、ルミちゃんの記憶も元に戻ってるはずだよ」
笑顔で頷いたカナデに、ルミはまだどこか怖がった様子があったものの、やがて同じように笑顔で頷いて楽屋の方へと駆けて行った。
カナデはその背中を見送って――それから、改めてハンター達へ向いて頭を深く下げた。
「……私の我侭に付き合ってくれて、本当にありがとうございます。でも、これが本当に最後――管理者なのを自覚してから、感じるんです。たぶん、私も、世界も、もうそんなに長くもちません」
震える口で語るカナデは、「それでも」と茨の腕となった拳を握り締める。
「『彼女』のためにも、この最後のライブを成功させたいんです。私たちはここで終わりだけど、生きている彼女には未来がある。未来へしっかり歩んで行って貰うためにこのライブだけは成功させて……彼女――ルミちゃんに、私たちの事をちゃんと整理して、断ち切って貰いたいんです」
でも――と、カナデは再び表情に影を落とす。
「先ほども言った通り、私はもういつ消えてしまうか分かりません。もしかしたらこのライブ中にも――だから、みなさんの力を貸していただきたいんです。一緒に盛り上げながら、私たちは体力を温存しながら、化かし化かしステージに上がれば、あと1回くらいは持つはずなんです。だから、お願いします……一緒にステージに立ってください!」
必死になって頭を下げる彼女の瞳には、先ほど駆けて行ったルミの背中だけが映る。
願いを叶えた彼女の――最後の、心残り。
それは彼女自身が憧れ、手本にし、共に歩んで来た、最初で最後の親友の未来。
カナデは静かに顔を上げると、自身もその未練を断ち切るようにして優しく、だけど泣きそうな笑顔を浮かべた。
「もし、最後まで世界が持たなくても……お願いします、彼女には最後まで歌わせてあげてください。振り返らず、真っすぐに、歌わせてあげてください。それが私の――」
――最後の最期の願いです。
それだけ語ったルミ・ヘヴンズドア(kz0060)の言葉に、カナデはそれが何の事かも聞かずに頷いた。
――覚えてないことなんてないよ。
そう目の前の親友へとほほ笑んで、彼女達は並んでステージへと歩み出た。
ハンターが管理者と思われる歪虚を消滅させたLH044虚無では、ループの新たな1日が明けようとしていた。
それもこれも副管理者であった歪虚の少女――カナデへ管理者権限が移ったからであり、それは同時にこの世界における負の記憶だけが綺麗に消し去られたことも意味していた。
負の記憶――2013年10月のVOID襲撃。
歪虚の消滅と共に異なる時間軸を歩み始めたこの世界では、史実とは異なる平穏な時間と空気が流れていた。
「今日はよろしくお願いしまぁすっ」
「うん……よろしく」
報告上3度目の突入となったハンター達はカナデの手引きで一度ステージへと集まり、そこで彼女らヘヴンズドアのメンバーと顔合わせが行われていた。
表の顔――アイドルとしてのキャラで接するフブキとアリスは、ハンター達へ愛想よく挨拶すると傍らのカナデへと声を潜める。
「ねぇ、カナデ……ほんとに大丈夫なの?」
「う、うん。それは私が保証するよ」
「まあ、マネージャーの意向ならしゃーないやろ。何とかなるなるっ」
不安たっぷりのフブキとは裏腹に、どこか楽し気なアリス。
カナデは苦笑しながら相槌をうつと、ついさっきの出来事を思い返していた。
「――ステージに、一緒に立って貰えませんか?」
虚無へ突入して来たハンター達を待っていたカナデは、開口一番にそう言った。
「あっ、いえっ、無理に……とは言いません。ただその、皆さんにちゃんとしたお礼もできないし……だったら代わりに、みんなで一緒にステージを作りたいなって、そう思ったんです」
「で、でも、フブキとアリスの承諾は取れるの?」
突然の申し入れに目をぱちくりさせたルミに、カナデは困ったように視線を外す。
「たぶん……うん、なんとか……ほら、このライブってマネージャーさん急用で来れなかったよね? だから、ここにいないマネージャーさんの差し金って事にすれば……なんとか? もしくは、最悪私が世界を改変してみても――ほ、ほらっ、管理者みたいだし、そういうことくらいならできそうかなって」
その言い訳を呆気に取られたように聞いていたルミは、やがて盛大に噴き出すとお腹を抱えて笑い転げた。
「あっ……あははっ! なにそれ! ずいぶん図々しくなったもんじゃないっ!」
「あう……ごめんなさい」
「う、ううん! 良いと思うよ、そういうの!」
慌てて頭を下げるカナデをルミはなおも笑いながら制する。
「私も、せっかくならみんなと歌いたいって思ってたし……ほら、前回のループの時、最後にみんなで曲に乗って――あれ、すっごく楽しかったから」
ルミが目じりの涙を拭いながらそう言うと、カナデはぱぁっと顔を輝かせて大きく頷く。
「私も、私もっ! じゃあさ、ルミちゃん。ハンターさん達のこと“この世界”の皆にも紹介しなきゃいけないから、楽屋から呼んできて貰えないかな?」
その言葉に、ルミは一瞬言葉を詰まらせて表情を暗くした。
「でも……みんな、あたしのこと」
「大丈夫! 記憶障害を起こしてた歪虚が消えて、ルミちゃんの記憶も元に戻ってるはずだよ」
笑顔で頷いたカナデに、ルミはまだどこか怖がった様子があったものの、やがて同じように笑顔で頷いて楽屋の方へと駆けて行った。
カナデはその背中を見送って――それから、改めてハンター達へ向いて頭を深く下げた。
「……私の我侭に付き合ってくれて、本当にありがとうございます。でも、これが本当に最後――管理者なのを自覚してから、感じるんです。たぶん、私も、世界も、もうそんなに長くもちません」
震える口で語るカナデは、「それでも」と茨の腕となった拳を握り締める。
「『彼女』のためにも、この最後のライブを成功させたいんです。私たちはここで終わりだけど、生きている彼女には未来がある。未来へしっかり歩んで行って貰うためにこのライブだけは成功させて……彼女――ルミちゃんに、私たちの事をちゃんと整理して、断ち切って貰いたいんです」
でも――と、カナデは再び表情に影を落とす。
「先ほども言った通り、私はもういつ消えてしまうか分かりません。もしかしたらこのライブ中にも――だから、みなさんの力を貸していただきたいんです。一緒に盛り上げながら、私たちは体力を温存しながら、化かし化かしステージに上がれば、あと1回くらいは持つはずなんです。だから、お願いします……一緒にステージに立ってください!」
必死になって頭を下げる彼女の瞳には、先ほど駆けて行ったルミの背中だけが映る。
願いを叶えた彼女の――最後の、心残り。
それは彼女自身が憧れ、手本にし、共に歩んで来た、最初で最後の親友の未来。
カナデは静かに顔を上げると、自身もその未練を断ち切るようにして優しく、だけど泣きそうな笑顔を浮かべた。
「もし、最後まで世界が持たなくても……お願いします、彼女には最後まで歌わせてあげてください。振り返らず、真っすぐに、歌わせてあげてください。それが私の――」
――最後の最期の願いです。
リプレイ本文
●
会場であるホール裏の搬入口では、早朝と思われる時間帯から機材の運び込みが行われていた。
人々がひっきりなしに大きなトラックから荷物を運び下し、既にライブの準備が着々と進んでいる。
「ありがとう、助かるよ」
「いいよいいよ、私もできることで手伝えればと思ってたからねっ」
八島 陽(ka1442)と共に持ち込みの箱を抱える岩井崎 メル(ka0520)。
その中には、ぎゅうぎゅう詰めの食材の山が入っていた。
大勢いるハンター達の待機所代わりにと借りた搬入口のスペース。
そこで陽が振る舞う、まかないBBQの準備であった。
「不思議なものだね、こうして昔の職場を訪れるっていうのも」
メルが眩しそうに見上げた虚無LH044――新たな時間軸を歩み始めたこの世界に、彼女はどこか嘘くさい淀みの無さのようなものを感じていた。
「そう言えば……シェリル君もこのコロニーにいたって言ってたな」
ふと、頭上を回る街並みを見上げながら1人の少女の姿を思い浮かべる。
彼女は今、この世界で何を想っているのだろうか――と。
ホールから少し離れた街並みを、2人の人影が歩いていた。
その内の小柄な少女――シェリル・マイヤーズ(ka0509)は、やがて突然触れた靄のような壁にピタリとその歩みを止める。
「ここまで……か」
「やはり、記憶の写し鏡ってことなんだろうねぇ……」
その様子を半歩引いて見守っていたヒース・R・ウォーカー(ka0145)は、街並みをぐるりと見渡しながら呟く。
シェリルはもう一度、空間の壁に手を触れた。
世界が霞むと同時に、じんわりと視界も霞む。
映し出された先の世界には、生きた人々の営みが手に取るように見える。
だけど、決して届く事はない。
二度と手に入れることができない未来という残酷な現実に、強がり続けていた小さな肩は静かに震えていた。
「……あいたい。あい……たい、よ……」
零れた涙が、ぽたりと胸のドッグタグを濡らす。
ヒースはそんな彼女の傍に立ったまま、懐のハンカチにそっと手を伸ばしていた。
「ボク達にはこれからがある。過去も今も抱いて進もうか、シェリー」
会場の方では、ハンター達のスタッフとの顔合わせが行われていた。
それから舞台に上がる者は楽屋でリハの準備、他の者はスタッフTに着替えて現場の準備に追われている。
「指示を貰えりゃ動きますし、良きように判断します。こっちも、臨機応変な仕事には慣れてる連中です」
「ああ、その点に関しては十分承知しているよ」
入念な打ち合わせに臨むエアルドフリス(ka1856)の言葉に、中年の現場監督はステージ裏のハンター達を横目で捉えながら答えた。
「あんた、細い身体して意外と力があるんだね?」
「え、ええ。日々、いろいろ鍛えられてますから」
大きなスピーカーを1人で持ち上げるユリアン(ka1664)に、男性スタッフがその二の腕をペチペチ叩きながら問いかける。
彼は苦笑しながら答えると、ひょいひょいと空中を歩いて舞台セットの一番上に備え付けた。
「なに、あなた達ってサーカス団か何か?」
「いえ……まあ、バカ騒ぎ(サーカス)が得意であることは否定しませんが」
メアリ・ロイド(ka6633)は淡々と答えながらも、ユリアンが設置したスピーカーの通電を電送盤で確認する。
それからテキパキと音響設備の点検を済ませていくと、スタッフ達の中でも思わず感嘆の息が漏れた。
一方、袖の方で演目構成の打ち合わせをするカナデとジュード・エアハート(ka0410)。
そこに歩み寄ったソフィア =リリィホルム(ka2383)が、ちょんちょんとカナデの肩を叩いて笑いかける。
「ごめんなさい、後でちょっとだけ時間もらえないかな?」
「えっ……あっ、はいっ」
驚いてひょこりと飛び上がったカナデに、ジュードは思わず苦笑をこぼした。
「ハンター側の準備を確認しないといけないから、今のうちに行ってきたら?」
「ごめんなさい、じゃあ……」
ジュードにぺこりと頭を下げて、カナデはソフィアと共に人気の少ない会場の外へと歩いていく。
それを見送って、ジュードは気合いを入れるようにぐっと拳を握り締めた。
●
会場の照明が落とされて、3000人の視線が一斉に暗闇の先を見つめて息を飲んだ。
ステージの上に歩み出たアリア・セリウス(ka6424)が闇の中でバイオリンの弦を鳴らす。
ゆったりと優しい音色の中で、追って登壇するハンター達が1人1人、自分の楽器の音を重ねていく。
やがて逆光が激しく演者たちを照らし、そのシルエットが浮かび上がる。
「こんなトコまでよく来たな、てめぇら……雁首揃えて今日はとことん、あの世の先の先まで付き合って貰うぜッ!」
この世界で何度となく聞いたカナデの口上。
メアリの放ったマテリアル花火が煌めくのに合わせて、照明が一斉に舞台の上を照らし付けると、ハンター達の演奏をバックにヘヴンズドアの歌声が轟いた。
「出番だ、行くぜッ! ッサー! ッサー!」
「はいっ! ッサー! ッサー!」
鼓膜が破れる勢いの歓声の中で、ハッピ・ハチマキ・両手団扇の完全武装を施したジャック・J・グリーヴ(ka1305)が合いの手のコールを入れる。
その気合いに当てられて、鳳城 錬介(ka6053)もまた見様見真似でコールを叫んだ。
「今日はぶっ倒れるまで行くぜ! ッサー! ッサー! オー! オー! オー!」
そのさらに隣には、全身を物販のヘヴンズドアグッズで埋め尽くした岩井崎 旭(ka0234)の姿。
だが今だけ自分は岩井崎旭ではなく、1人のヘヴンズドアのファンになるのだ。
「今日のライブはLH044公演特別仕様! いろんなアーティストが応援に駆けつけてるよ! MCも俺、ジュード・エアハートがお手伝いさせていただきま~す!」
袖からステージ衣装に着替えたジュードが笑みを振りまきながら登場すると、そのまま一度ハンター達へ降壇を促す。
「LH044って言うと、1人1人いろんな想いを抱いている人が居るんです。だからみんなに、めいいっぱいその想いが届いたらいいなっ!」
「それなら私に任せてっ! ルナちゃ~ん!」
ジュードの口上に合わせて一歩前に出たルミが、袖に向かって声を張る。
入れ違いに下がったジュードと他のメンバーがステージを下りていき、代わりに現れたルナ・レンフィールド(ka1565)がスポットを浴びた。
「ルナちゃん、あれ行くよ」
「もちろんっ!」
ルミの言葉に自信たっぷり頷くと、抱えたリュートを爪弾く。
それは、以前共にお祭りのアルバイトで2人で弾いて、歌い、踊った曲。
打ち合わせ通り、ルナは決して力を抑えずに全力で奏でる。
そこにルミのキレのあるステップが曲に振り回される事なく追いすがって、2人の歌声が作るハーモニーに華を添える。
トドメの超絶技巧にダンスも次第に激しさを増し、やがてひときわ大きな歓声と共に曲は締めくくられた。
ルミは大粒の汗を浮かべた笑顔でルナと抱擁すると、そのまま客席に手を振ってステージを下りていく。
そして袖で待機していた天王寺茜(ka4080)とハイタッチすると、道を彼女へ譲った。
登壇した茜はルナと頷き合うと、客席へと大きく手を振る。
「ヘヴンズドアのみんなはお色直しに入ってるから、その間よろしくね~!」
奏でられるのは情熱的な前のプログラムとは方向を切り替えて、明るく跳ねるようなポップス。
ヘヴンズドアの持ち味の激しさとはまた違うベクトルではあったが、茜の持ち前の溌剌とした少女らしさに軽やかなリュートの音色と相まって、会場を明るく盛り上げる。
間奏に入って覚醒の力も借りながら曲のテンポを徐々に上げていくと、圧巻のキーボードソロでまたひと湧き。
「――よし、今だ」
袖で進行表を片手に曲の終わりと歓声の高まりを計るエアルドフリスは、最良の機を見計らって待機するヘヴンズドアメンバーへと登壇のサインを出す。
舞台上の2人と入れ替わるように彼女らがライトの下に現れると、高まっていた歓声がさらに爆発的に膨れ上がって会場の壁をビリビリと震わせた。
「お疲れ様、良いステージでしたよ」
下りて来た茜とルナへタオルと水の入ったペットボトルを差し出して、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)は先導するようにして待機所への通路を歩く。
「ああ~、緊張した……私、変じゃなかったかな?」
「そんな事ないよ、素敵だった! 1人1人みんな違った色があって、やっぱり音楽って楽しいね」
茜の言葉にほほ笑んだルナは、彼女とは別の意味で高ぶる胸の心地に身を委ねる。
「音を楽しむ、とはよく言ったものだね。国境どころか世界の隔たりすらも感じさせない――なんて、建前なんかじゃなく本当にそんな気にさせられます」
ふと口にしたエラの言葉に、ルナも、茜も、力強く肯定するように頷いた。
「――ここから、バンドはもう一回お色直しに入ります! その間、ステージを盛り上げてくれるのはこの人……!」
「ボル子ですっ! 精一杯頑張りますので、応援お願いしまーす♪」
ジュードのMCに導かれて、人を食い殺す勢いの精いっぱいの愛想笑いを浮かべてウインクするボルディア・コンフラムス(ka0796)。
彼女はスタンド代わりにマイクを括りつけた大斧を担いで、大きくひと薙ぎ振り回す。
「私の斧であなたのハートをギッタギタ♪」
もう、いっそ殺して――心の中で泣きっ面を浮かべながらも、笑顔で歌い始めるボルdh――ボル子。
一緒に登壇したキヅカ・リク(ka0038)がギターでテンポを取ると、必死に叩き込んだリアルブルーの流行歌を“血みどろ☆アレンジ”して歌い上げた。
はじめはそのインパクトに戸惑っていた客もその独特なパフォーマンスの乗り方を肌で感じ取って、次第にコールが入り始めてくる。
すると彼女も調子が乗って来たのか、光の翼を抱いてのフライトパフォーマンスで客席をさらに驚かせた。
「そ、そろそろ限界だ! 次、行ってくれっ!」
空を飛びながら袖にサインを送ると、次の演者であるリュー・グランフェスト(ka2419)と七夜・真夕(ka3977)が駆けこむようにステージへと踊り出る。
「さぁ、楽しんでいくわよ! みんなー!!」
声を大にして叫んだ真夕に、歓声が返ってくる。
リューのキーボードが音を紡いで、真夕がセットのポーズを取りながら手にしたベルを涼やかに鳴らす。
それから身にまとった風がふわりと彼女の衣装をひらめかせると、透き通った声に大胆なステップで舞台を駆け抜けていく。
リューも不慣れな楽器ではあったが、逆にそれが大胆な演奏に繋がって、アップテンポな彼女の調子にとてもよく合っていた。
(忘れないステージにしよう。きっと、皆ならできる!)
鈴の音を響かせながら、真夕は歌と踊りの1つ1つにみんなの想いを込めるつもりでステージを舞う。
前座が客を盛り上げられないライブは、本命の演奏でもいまいち乗り切ることができない。
だからこその全力。
リューもそれを理解して、彼女と一緒になってステージを駆ける。
(繋いでみせるぜ、客の熱気を!)
「最後のひとっとびだ、もってけっ!」
ボル子が風を切って舞台へと舞い戻ると、真夕の生み出した煌めく風は粒子のようにステージ上に降り注いで、星空のような光景の中で2人の演奏は締めくくられていた。
●
前半の出番を終えてふらりと搬入口の待機所を訪れたルミは、折り畳みの椅子にどっかりと腰かけて大きなため息と共にコンクリートの天井を見上げた。
「どうぞ。疲れた身体に肉は入らないかと思って、ピザならどうかな?」
エプロン姿の陽が、食べやすいように包装紙でくるりと巻いたピザをルミの鼻先へと差し出す。
「うわぁ~、ピザだっ! ありがとー!!」
その匂いを嗅ぐなり彼女はぴょんと飛び起きて、目を輝かせながら熱々の生地を頬張る。
「他にもサンドイッチやおにぎり、麺類なんかもいけるけど――」
「じゃあ、すぐできるの全部っ!」
即答する彼女に陽は驚いて目を丸くするが、すぐに二の腕の力こぶをパンと叩いて「任せろ」と口にすると、エプロンの紐をきつく結びなおした。
「ルミ……お疲れ様」
もぐもぐと栄養補給に余念がないルミに、シェリルがそっと言葉を掛ける。
「シェリルちゃん、お疲れ様!」
ルミが屈託のない笑顔を見せると、彼女はまだどこか腫れぼったい紅い目で、それでもニッコリと笑みを作って見せた。
「忙しくなる前に、これ渡しておきたかったんだけど……今になってごめんね」
「あっ、これって……」
シェリルが差し出したのは、前回の虚無突入の際に味方の目印として貸した銀色のブローチである。
「今度は……プレゼント」
「えっ?」
「大切な思い出は……いつも心に残るから。そこに、私達も一緒だよって……」
その言葉にルミは一瞬、言葉を失ったようにシェリルの赤い瞳を見つめていた。
それからふっと優しい表情になって、ブローチを受け取る。
「ありがとう、大事にする」
お互いに頷き合うと、どちらからともなく笑みを吹き零していた。
「――おっと、ここにいたか」
そんな2人の元へやって来たのは、親衛隊衣装のグリーヴ。
大真面目な表情でびしりと団扇を突きつける彼は、ぽんと手にした紙包を彼女へと放った。
「何これ?」
「この間、顔赤くしてたろ。風邪かと思ってよ……エアルドに調合してもらったから、飲んどけよ」
その言葉に、ルミの表情がボッと湯気立つほどに赤らんだ。
「な、ななな……何言ってるの、そんな事ないでしょ!?」
そんな彼女の様子にグリーヴはキョトンとして小首をかしげて見せたが、建物の方から大きな歓声が響いて、ふと目を向けた。
「カナデ、変わることができて良かったな」
「え……あ、う、うん!」
しかし、グリーヴは大きなため息を吐きながら、大げさに首を横に振って見せる。
「だが、ダメだダメだ。我儘が足りねぇ。アイツはここで全て終わりだと思ってやがる……そんなもん、クソ食らえだ」
その言葉に、ルミは思わず息を飲んで彼の顔を見つめた。
「お前は“ヘヴンズドア”を名乗ったんだろう? だったら最後まで背負ってみせろよ。その姿を見せて――『忘れないで』と言わせてみろ」
ビクリと肩が震えて、俯いたルミの表情に影が差す。
「扉は開けたら閉めるもんだ。バシッと〆ろよ、朱鷺戸るみ」
直後、ドンっとルミの小さな拳がグリーヴの厚い胸板に叩きつけられていた。
彼が微動だにしないでそれを受け止めると、彼女はそっと顔を上げる。
「最後まで見逃すんじゃないわよっ!」
「――ああ、当然だ」
頷いた彼にルミはその顔を上げて、めいっぱいはにかんだ笑顔を浮かべてみせた。
●
会場では再び落とされた照明の中、たった1つ灯ったスポットライトの下に十色 エニア(ka0370)の姿が映る。
ひらりとした踊り子衣装に身を包んだ彼は、ゆったりと、だがどこか神秘的な趣きの舞を披露する。
バイトで培ったというそれは、穏やかな曲の中でどこか儚げな印象を抱かせていた。
(泡沫の夢だとしても、こうして歌として紡がれれば、それは立派な『記憶』だよ……きっとね)
憂いを帯びた表情で、光を浴びた簪がきらりと輝く。
誰も居ないなら自分が記憶する、だけど、できるだけ大勢の記憶がそこに残るように。
やがてスポットライトが2つに分かれ、もう1つ光の先にUisca Amhran(ka0754)の姿が浮かび上がる。
静かに呼吸を整えて、やがて客席を広く見渡しながら奏でる歌声は辺境に伝わる子守歌。
マイクを使わずに肉声で響くその美声に合わせて、異国の歌詞を表すようにエニアの舞がステージに咲く。
美しくたおやかなメロディをうっとりと聞き惚れる客を前にして、ウィスカの瞳にはステージ中央に大きく描かれたヘヴンズドアのロゴマークが映り込んでいた。
(ヘヴンズドアは天国への扉だけでなく、浄化された魂が再び現世へ戻って来るための扉でもある……カナデさんのことは謎が多いままだったけれど、この世界に生み出されたあの“胎児”にはきっと意味がある)
だからこそ、あの子もちゃんと送ってあげたい。
そのために選んだ子守歌――それは、胎児の魂への鎮魂の調べでもある。
ふと、客席の奥の方にぼうっと光り輝く物体が浮かび上がっているのを彼女は目にしていた。
いや、それはスポットライトの強烈な光が見せた残光か何かだったのかもしれない。
それでも、そこで静かな眠りについて行く光の揺り籠へウィスカは優しくほほ笑んだ。
――生まれ変われたら、また会おうね。
「さぁ、ここから飛ばしていくよー!」
ルミの声が響いて、照明が一気にステージを照らす。
セット済みのヘヴンズドアの姿が露になると、ウィスカ達はステージを引き継ぐように彼女らを迎えつつ舞台袖へ駆けて行く。
ドラムが小刻みなステップを踏むようなリズムを取ると、共に登壇したアリアのヴァイオリンがそれに応えた。
本来の楽曲を即興でカバーするように奏でる情熱的な旋律に、カナデがギターによる破壊力ある旋律を被せていく。
しばらく押し問答のように主旋律争いのパフォーマンスを繰り広げると、やがて主導権を奪い取って、カナデのシャウトが会場に響き渡った。
それをアリアの伸びのある音色がラッピングのように舞台を包み込んで、どこか艶のある、大人びた一面をアクセントに沿える。
「お~、順調――で良いんだよねっ?」
「ええ、この盛り上がりを見れば」
裏方の仕事をひとしきり終えたメルとユリアンは、後方からこっそりと客席の方へ足を運んでいた。
「え~っと、皆さんは……あっ、アレでしょうか」
2人の視線の先には、客席前方でやたら派手な応援をかます3人衆。
派手というのも、なんか内2人はハリキリすぎてサイリウムだけでなく身体も光り輝いているような……いや、きっとライトの照りの問題だろう、そうだろう。
その横で負けないくらいサイリウムを振りかざす旦那の姿を見つけて、メルは思わず苦笑とため息が同時に漏れた。
「まったく、アサヒ君は何をやってるんだろうね」
「お2人とも、こっちに席が用意してありますよ」
そんな2人の姿を見かけて声を掛けたエルバッハ・リオン(ka2434)が、自分がいた席の近くを指し示す。
「エルバッハ君もお疲れさま。今のところ、手を煩わせるようなことはないみたいだね」
メルの言葉に、彼女はどこか残念そうな表情を浮かべながらも小さく頷いて見せる。
「ファンの民度は高いようで安心しました。それでも万が一のことはありますので、最後まで気は抜けません」
口にしながらも、その視線は客席の動向へと鋭く向けられる。
「それじゃあ、今はめいいっぱい楽しみましょう」
タオル代わりのストールを握り締めて意気込むユリアンと共に、3人はサイリウムの波へと溶け込んでいった。
ステージの上では次いで登壇したリクが演奏に混ざり、6人でのステージが繰り広げられていた。
ギターがもう1本増えたことでよりステージに立体感が増して、次第にお祭り騒ぎの装いを見せる。
「こんなすごいバンドだったなんて……本当に驚いた!」
高ぶる興奮が思わず口を突くリク。
ルミはしたり顔でそれに応えて、誇らしげにメンバーたちの顔を見渡していた。
「リク達がいたから、またステージに立てたんだよ。だから……本当に、感謝してるっ!」
ドンと背中を預け合って音を重ねる2人。
カナデがその様子をどこか嬉しそうに流し見て、ありったけの想いを歌にして客へ、会場へとぶつける。
リクが遺したかったもの、支えたかったもの、そのすべてが今このステージの上にはあった。
(縁はちゃんと、次の糸へと紡がれているのね)
そんな彼らの姿を目にして、アリアはどこかホッとしたように柔らかな笑みを湛える。
バンドのメンバーとは互いに見知った仲ではない。
会ったばかりで、ちゃんと話したのも打ち合わせの時くらい。
それでも曲という縁は物言わずにみんなを繋いでくれる。
いつしか絡まって途切れない、一本の糸のようになって――そしてまた、誰かに繋がれていくのだ。
「ルミのやつ、カッコいいじゃねぇかよ――」
ステージの様子を客席から見上げるジャック・エルギン(ka1522)は、疲労を見せながらも笑顔を絶やさない彼女の姿を見つめ、そしてどこか感心したように息を吐いた。
これまでオフィスで見て来た彼女の姿を偽りだとは思わない。
それでも、今まで目にして来た事のない、おそらく本心の彼女の姿がそこにはある。
「それがお前の戦いだっていうならよ、とことん付き合うぜ……!」
握り締めるサイリウムは客席の波に乗る。
客席は1つの星空のようでも、その光の1つ1つに想いがある。
その想いがあるからこそ、この世界はこんなにも輝いていられるのだ。
曲を終えて、名残惜しい歓声の中でルミとカナデだけ温存のために舞台から下がる。
袖へ着くなり大粒の汗を流して座り込んだルミに、狐中・小鳥(ka5484)はタオルを手渡した。
「あとちょっと、頑張ろうっ!」
「うん……ありがとっ」
ブランクのある中でこれだけの規模のステージ、実際のところルミも体力的に限界が近かった。
「ここからはアイドルの私の出番だよ――うん、流石に改まって言うと恥ずかしいかも、これ」
はにかんだ彼女に釣られるように笑みを浮かべると、頑張ってと声援を送るようにその背中に拳を突きつけてみせた。
「皆、よろしくねー♪ このままラストまで駆け抜けるよー!」
ステージを右へ左へ跳ねるように駆けながら笑顔を振りまく小鳥。
彼女の合図でヘヴンズドアバンドwithアリア&リクの演奏で、赤いフリルの衣装を翻す。
そんな姿を見ていると、ルミの中で駆け出しだったころの自分の姿がぼんやりと重なって見えた。
仕事である以前に、何よりもステージで歌って踊れることを楽しんでいたころ。
彼女のステージに、いつの間にか「あたりまえ」になってしまっていた想いが沸き起こる。
「あれこそが、アイドル――だよね」
サイリウムやスポットライトに負けない笑顔を振りまくその姿は、どこまでもどこまでも輝いて見えていた。
●
最後のステージへと臨んだヘヴンズドアへと、会場を震わせる歓声とサイリウムの波が一斉に答えた。
中央に立ったルミは、ギターのネックの先に何かを取り付けたカナデと目を合わせて頷き合う。
「これが最後の曲! 連れて行くよ――『ノッキン・オン・ヘヴンズドア』!」
ステージ上の笑顔に釣られて、ジュードもうっとりと舞台の様子を見守る。
だがその瞳が客席へと流れた時、思わず声が上ずった。
「み、みんな! あれっ!」
その声に弾かれたように集まった視線の先で、後ろの列の客たちが負のマテリアルとなって霧散する姿が見えていた。
1列が消えたらまた次の列、そしてまた次の列へとサイリウムが消えていく。
「世界の――彼女の限界が近いんだ」
「そんな、あと少しなのに……!」
落ち着いて言い放ったエラの言葉に、動揺を隠せない小鳥。
思わずステージと観客とを何度も見比べて、泣きそうな顔で眉を寄せる。
「もしかしたら、そもそもライブをする力なんて……」
冷静に口にしながらも、エラもどこか逸る想いで抱いた自分の腕に爪を立てる。
ヘヴンズドアのメンバーはルミを含めて、まるでそんな光景が見えていないかのように演奏を続けていた。
――ただ1人、カナデを除いては。
客席を見張る表情は青ざめて、唇が小刻みに震える。
それでも演奏に集中しようとするが、音を1つ紡ぐごとに唇を噛みしめ、眉間に皺をよせ、涙を浮かべ――そして枷が外れた。
「ヤダよ……消えたくないよっ!!」
響いた叫びに、メアリが慌てて彼女のマイクをミュートにする。
その視線の先で、カナデは膝から崩れ落ちて大粒の涙を流していた。
「ねぇ……どうにかならないの? せっかく悪い夢が終わったんだよ……? お願い……またみんなで歌おうよ。ねぇ……ルミちゃん、何か言ってよっ!」
それが誰のせいでもなく、ただ“終わり”が近いだけなのだということを彼女自身が知らないわけがない。
だけど、だからこそ、溜め込み続けた感情が止めどなく溢れ出す。
それでも振り返らず、無視するかのようにルミは演奏を続ける。
咄嗟に駆け出そうとするジュードだったが、行く手を塞ぐように差し出された腕がそれを制した。
驚いて立ち止まり見上げると、エアルドフリスが静かにステージを見つめていた。
あくまでも演奏を続ける――その強い意思を感じ取ったのか、やがてカナデもごしごしと目元を拭って立ち上がって演奏を再開する。
崩壊のマテリアル光が会場に散りばめられる中、ガツンと大きな音が響いて、無人のベースがステージの上に転がった。
フブキが消えた――流石に動揺したのか、ルミの肩がビクリと揺れる。
次いで乾いた音と共に転がるドラムスティック――アリスも消えた。
いつしか立っているのはルミとカナデの2人きり。
会場を埋め尽くしていた人々も消え去って、ハンター達を残すのみとなっていた。
ギターとキーボード、2つの音になってもヘヴンズドアが舞台を下りるつもりはない。
その様子を見届けて、エアルドフリスはようやく袖のハンター達へ目線で合図を送った。
「……ごめんね。本当なら私が最後までしっかりしなきゃいけなかったのに」
語り掛けるように、歌うルミの横顔に投げかけるカナデ。
顔はもう涙と崩れたメイクでぐしゃぐしゃだったが、それでもニッコリとハンター達へ、そしてルミへと笑いかける。
「――先に天国で待ってるね」
鈍い音と共にギターが転がって、音はついに1つになった。
思わずルミも苦しそうに胸を押さえながら声を詰まらせる。
歌わなきゃ、約束したんだから。
だけど、呼吸ができない。
歌わなきゃ、あと1曲なのに。
だけど、声が出ない。
このままじゃ――
――咳がやがて嗚咽に変わろうとした時、新たなギターの音が彼女の背中を支えるように鳴り響いていた。
「えっ……?」
思わず振り向いたその先には、急いで登壇したのか息を弾ませるリクの姿。
彼だけじゃない。
アンコールの為に待機していたハンター達が、皆ステージの上へと集合していた。
「大丈夫、ルミは歩いて行ける。何かあれば俺が――俺達が支えるから!」
口にして、彼は続きのパートを弾き始める。
「ちょっと早いけどここからアンコール。カナデさん達の分も歌い切ろう!」
次いで歩み出たルナのリュートが、ベースの代わりに屋台骨の音を取る。
「カナデが決めた事だもの、絶対に終わらせたりしないわ!」
手の止まったルミの代わりに、彼女のパートを奏でる茜とリューのキーボード。
大胆にアレンジされたアリアのバイオリン。
ボルディア、エニア、真夕、小鳥のパフォーマンスに、ウィスカのコーラス。
バンドとしての構成なんかめちゃくちゃで、もちろんこの曲の練習なんてできていないから、それぞれのセンスに任せた見様見真似のステージ。
だけどこれが、彼女の背を支えるこの世界の繋がり。
ルミはみんなの姿を見渡して、それから力強く頷くと、涙も拭かずにマイクスタンドへ齧りつく。
長い間奏は――終わった。
「虚無が崩壊する……!」
パラパラと煌めく塵が降り注いで、錬介は弾かれたように頭上を見上げる。
天井の一角が窓ガラスをぶち破ったように砕け散って降り注ぎ、そこから外の紅い空が覗いていた。
「よそ見してるんじゃねぇぞ! このステージを見逃すつもりか!」
汗だくで団扇を振るグリーヴの言葉に、錬介はハッとしてステージへと視線を戻す。
「これが、俺の今日の戦場! 男の戦いだ! 3000人分叫んでやるぜ!」
一心不乱に声援を送る旭と共に、たった数人の観客の声援が響く。
「ルミぃぃぃ! 思い切っていけぇぇぇ! 俺らが聞いてんぞぉぉぉ!!」
エルギンたちもまた、サイリウムやストールを掲げて声を張る。
喉が潰れようとも構わない。
この世界での最初で最後のファンとして、彼らは声援を送り続けるのだ。
舞台袖では感極まったジュードがえぐついて、その震える肩をどこか困ったような、だけど優しい笑みのエアルドフリスがそっと脇に抱き寄せる。
「彼女たちの思い出の世界は消えるけど……これが、誰かにとっての新しい思い出に変わることもあるだろうさぁ」
どこか眩しそうにステージを見つめる視線の先で、メアリの放ったマテリアル花火が極彩色の華を咲かせる。
ルミは眩い光に包まれながら両手を天高く掲げて、めいいっぱい客席の声援へと答えていた。
――ありがとうっ! みんな……ありがとうっっっ!!
虚無が砕けた。
ハンター達はいつしか赤土の荒野の上に立っていて、今までの光景が夢のようにも思えた。
雪のように降り注ぐ負のマテリアルの残滓の中で、ルミは力が抜けたように膝から崩れ落ちる。
最後に消え去ったカナデのギターから、コロリと宝石のようなものが零れ落ちる。
リクはそれを拾い上げて、土埃を優しく払った。
「それ、ちょっと借りても良いかな?」
振り向くと、額の汗を拭うソフィアが手のひらを静かに差し出していた。
彼は静かに頷いて、手の中の蓄音石を手渡す。
彼女は手の平サイズのレリーフの中央にあるくぼみへとそれをはめ込むと、ルミへとそれを差し出した。
「受け取って欲しいな……カナデさんからの、最後の贈り物」
それはヘヴンズドアのロゴマークを模ったレリーフ。
ソフィアがカナデと相談してデザインを決め、ライブ中に突貫で作成したものだった。
力なく受け取ったルミがそっと蓄音石に触れると、鳴り響くのは最後の最後にヘヴンズドアで、そしてハンターのみんなで奏でた曲。
「ここから先、別々の扉を開くけど……僕も忘れないよ、カナデの事を」
強がって口にしながらも、目元を袖で拭いながら天を仰いだリク。
「こんな形だったけどLH044をもう1度見れて良かった……ありがとう、私も忘れないからっ!」
伝えたかった言葉を、風に流されていくマテリアルの残滓へと乗せる茜。
その姿に、ルミの押し込めていた感情が塞き止めきれずに溢れ出す。
「あ……ああ……うわああああぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
少女の慟哭は、紅の空にどこまでもどこまでも響いていた。
会場であるホール裏の搬入口では、早朝と思われる時間帯から機材の運び込みが行われていた。
人々がひっきりなしに大きなトラックから荷物を運び下し、既にライブの準備が着々と進んでいる。
「ありがとう、助かるよ」
「いいよいいよ、私もできることで手伝えればと思ってたからねっ」
八島 陽(ka1442)と共に持ち込みの箱を抱える岩井崎 メル(ka0520)。
その中には、ぎゅうぎゅう詰めの食材の山が入っていた。
大勢いるハンター達の待機所代わりにと借りた搬入口のスペース。
そこで陽が振る舞う、まかないBBQの準備であった。
「不思議なものだね、こうして昔の職場を訪れるっていうのも」
メルが眩しそうに見上げた虚無LH044――新たな時間軸を歩み始めたこの世界に、彼女はどこか嘘くさい淀みの無さのようなものを感じていた。
「そう言えば……シェリル君もこのコロニーにいたって言ってたな」
ふと、頭上を回る街並みを見上げながら1人の少女の姿を思い浮かべる。
彼女は今、この世界で何を想っているのだろうか――と。
ホールから少し離れた街並みを、2人の人影が歩いていた。
その内の小柄な少女――シェリル・マイヤーズ(ka0509)は、やがて突然触れた靄のような壁にピタリとその歩みを止める。
「ここまで……か」
「やはり、記憶の写し鏡ってことなんだろうねぇ……」
その様子を半歩引いて見守っていたヒース・R・ウォーカー(ka0145)は、街並みをぐるりと見渡しながら呟く。
シェリルはもう一度、空間の壁に手を触れた。
世界が霞むと同時に、じんわりと視界も霞む。
映し出された先の世界には、生きた人々の営みが手に取るように見える。
だけど、決して届く事はない。
二度と手に入れることができない未来という残酷な現実に、強がり続けていた小さな肩は静かに震えていた。
「……あいたい。あい……たい、よ……」
零れた涙が、ぽたりと胸のドッグタグを濡らす。
ヒースはそんな彼女の傍に立ったまま、懐のハンカチにそっと手を伸ばしていた。
「ボク達にはこれからがある。過去も今も抱いて進もうか、シェリー」
会場の方では、ハンター達のスタッフとの顔合わせが行われていた。
それから舞台に上がる者は楽屋でリハの準備、他の者はスタッフTに着替えて現場の準備に追われている。
「指示を貰えりゃ動きますし、良きように判断します。こっちも、臨機応変な仕事には慣れてる連中です」
「ああ、その点に関しては十分承知しているよ」
入念な打ち合わせに臨むエアルドフリス(ka1856)の言葉に、中年の現場監督はステージ裏のハンター達を横目で捉えながら答えた。
「あんた、細い身体して意外と力があるんだね?」
「え、ええ。日々、いろいろ鍛えられてますから」
大きなスピーカーを1人で持ち上げるユリアン(ka1664)に、男性スタッフがその二の腕をペチペチ叩きながら問いかける。
彼は苦笑しながら答えると、ひょいひょいと空中を歩いて舞台セットの一番上に備え付けた。
「なに、あなた達ってサーカス団か何か?」
「いえ……まあ、バカ騒ぎ(サーカス)が得意であることは否定しませんが」
メアリ・ロイド(ka6633)は淡々と答えながらも、ユリアンが設置したスピーカーの通電を電送盤で確認する。
それからテキパキと音響設備の点検を済ませていくと、スタッフ達の中でも思わず感嘆の息が漏れた。
一方、袖の方で演目構成の打ち合わせをするカナデとジュード・エアハート(ka0410)。
そこに歩み寄ったソフィア =リリィホルム(ka2383)が、ちょんちょんとカナデの肩を叩いて笑いかける。
「ごめんなさい、後でちょっとだけ時間もらえないかな?」
「えっ……あっ、はいっ」
驚いてひょこりと飛び上がったカナデに、ジュードは思わず苦笑をこぼした。
「ハンター側の準備を確認しないといけないから、今のうちに行ってきたら?」
「ごめんなさい、じゃあ……」
ジュードにぺこりと頭を下げて、カナデはソフィアと共に人気の少ない会場の外へと歩いていく。
それを見送って、ジュードは気合いを入れるようにぐっと拳を握り締めた。
●
会場の照明が落とされて、3000人の視線が一斉に暗闇の先を見つめて息を飲んだ。
ステージの上に歩み出たアリア・セリウス(ka6424)が闇の中でバイオリンの弦を鳴らす。
ゆったりと優しい音色の中で、追って登壇するハンター達が1人1人、自分の楽器の音を重ねていく。
やがて逆光が激しく演者たちを照らし、そのシルエットが浮かび上がる。
「こんなトコまでよく来たな、てめぇら……雁首揃えて今日はとことん、あの世の先の先まで付き合って貰うぜッ!」
この世界で何度となく聞いたカナデの口上。
メアリの放ったマテリアル花火が煌めくのに合わせて、照明が一斉に舞台の上を照らし付けると、ハンター達の演奏をバックにヘヴンズドアの歌声が轟いた。
「出番だ、行くぜッ! ッサー! ッサー!」
「はいっ! ッサー! ッサー!」
鼓膜が破れる勢いの歓声の中で、ハッピ・ハチマキ・両手団扇の完全武装を施したジャック・J・グリーヴ(ka1305)が合いの手のコールを入れる。
その気合いに当てられて、鳳城 錬介(ka6053)もまた見様見真似でコールを叫んだ。
「今日はぶっ倒れるまで行くぜ! ッサー! ッサー! オー! オー! オー!」
そのさらに隣には、全身を物販のヘヴンズドアグッズで埋め尽くした岩井崎 旭(ka0234)の姿。
だが今だけ自分は岩井崎旭ではなく、1人のヘヴンズドアのファンになるのだ。
「今日のライブはLH044公演特別仕様! いろんなアーティストが応援に駆けつけてるよ! MCも俺、ジュード・エアハートがお手伝いさせていただきま~す!」
袖からステージ衣装に着替えたジュードが笑みを振りまきながら登場すると、そのまま一度ハンター達へ降壇を促す。
「LH044って言うと、1人1人いろんな想いを抱いている人が居るんです。だからみんなに、めいいっぱいその想いが届いたらいいなっ!」
「それなら私に任せてっ! ルナちゃ~ん!」
ジュードの口上に合わせて一歩前に出たルミが、袖に向かって声を張る。
入れ違いに下がったジュードと他のメンバーがステージを下りていき、代わりに現れたルナ・レンフィールド(ka1565)がスポットを浴びた。
「ルナちゃん、あれ行くよ」
「もちろんっ!」
ルミの言葉に自信たっぷり頷くと、抱えたリュートを爪弾く。
それは、以前共にお祭りのアルバイトで2人で弾いて、歌い、踊った曲。
打ち合わせ通り、ルナは決して力を抑えずに全力で奏でる。
そこにルミのキレのあるステップが曲に振り回される事なく追いすがって、2人の歌声が作るハーモニーに華を添える。
トドメの超絶技巧にダンスも次第に激しさを増し、やがてひときわ大きな歓声と共に曲は締めくくられた。
ルミは大粒の汗を浮かべた笑顔でルナと抱擁すると、そのまま客席に手を振ってステージを下りていく。
そして袖で待機していた天王寺茜(ka4080)とハイタッチすると、道を彼女へ譲った。
登壇した茜はルナと頷き合うと、客席へと大きく手を振る。
「ヘヴンズドアのみんなはお色直しに入ってるから、その間よろしくね~!」
奏でられるのは情熱的な前のプログラムとは方向を切り替えて、明るく跳ねるようなポップス。
ヘヴンズドアの持ち味の激しさとはまた違うベクトルではあったが、茜の持ち前の溌剌とした少女らしさに軽やかなリュートの音色と相まって、会場を明るく盛り上げる。
間奏に入って覚醒の力も借りながら曲のテンポを徐々に上げていくと、圧巻のキーボードソロでまたひと湧き。
「――よし、今だ」
袖で進行表を片手に曲の終わりと歓声の高まりを計るエアルドフリスは、最良の機を見計らって待機するヘヴンズドアメンバーへと登壇のサインを出す。
舞台上の2人と入れ替わるように彼女らがライトの下に現れると、高まっていた歓声がさらに爆発的に膨れ上がって会場の壁をビリビリと震わせた。
「お疲れ様、良いステージでしたよ」
下りて来た茜とルナへタオルと水の入ったペットボトルを差し出して、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)は先導するようにして待機所への通路を歩く。
「ああ~、緊張した……私、変じゃなかったかな?」
「そんな事ないよ、素敵だった! 1人1人みんな違った色があって、やっぱり音楽って楽しいね」
茜の言葉にほほ笑んだルナは、彼女とは別の意味で高ぶる胸の心地に身を委ねる。
「音を楽しむ、とはよく言ったものだね。国境どころか世界の隔たりすらも感じさせない――なんて、建前なんかじゃなく本当にそんな気にさせられます」
ふと口にしたエラの言葉に、ルナも、茜も、力強く肯定するように頷いた。
「――ここから、バンドはもう一回お色直しに入ります! その間、ステージを盛り上げてくれるのはこの人……!」
「ボル子ですっ! 精一杯頑張りますので、応援お願いしまーす♪」
ジュードのMCに導かれて、人を食い殺す勢いの精いっぱいの愛想笑いを浮かべてウインクするボルディア・コンフラムス(ka0796)。
彼女はスタンド代わりにマイクを括りつけた大斧を担いで、大きくひと薙ぎ振り回す。
「私の斧であなたのハートをギッタギタ♪」
もう、いっそ殺して――心の中で泣きっ面を浮かべながらも、笑顔で歌い始めるボルdh――ボル子。
一緒に登壇したキヅカ・リク(ka0038)がギターでテンポを取ると、必死に叩き込んだリアルブルーの流行歌を“血みどろ☆アレンジ”して歌い上げた。
はじめはそのインパクトに戸惑っていた客もその独特なパフォーマンスの乗り方を肌で感じ取って、次第にコールが入り始めてくる。
すると彼女も調子が乗って来たのか、光の翼を抱いてのフライトパフォーマンスで客席をさらに驚かせた。
「そ、そろそろ限界だ! 次、行ってくれっ!」
空を飛びながら袖にサインを送ると、次の演者であるリュー・グランフェスト(ka2419)と七夜・真夕(ka3977)が駆けこむようにステージへと踊り出る。
「さぁ、楽しんでいくわよ! みんなー!!」
声を大にして叫んだ真夕に、歓声が返ってくる。
リューのキーボードが音を紡いで、真夕がセットのポーズを取りながら手にしたベルを涼やかに鳴らす。
それから身にまとった風がふわりと彼女の衣装をひらめかせると、透き通った声に大胆なステップで舞台を駆け抜けていく。
リューも不慣れな楽器ではあったが、逆にそれが大胆な演奏に繋がって、アップテンポな彼女の調子にとてもよく合っていた。
(忘れないステージにしよう。きっと、皆ならできる!)
鈴の音を響かせながら、真夕は歌と踊りの1つ1つにみんなの想いを込めるつもりでステージを舞う。
前座が客を盛り上げられないライブは、本命の演奏でもいまいち乗り切ることができない。
だからこその全力。
リューもそれを理解して、彼女と一緒になってステージを駆ける。
(繋いでみせるぜ、客の熱気を!)
「最後のひとっとびだ、もってけっ!」
ボル子が風を切って舞台へと舞い戻ると、真夕の生み出した煌めく風は粒子のようにステージ上に降り注いで、星空のような光景の中で2人の演奏は締めくくられていた。
●
前半の出番を終えてふらりと搬入口の待機所を訪れたルミは、折り畳みの椅子にどっかりと腰かけて大きなため息と共にコンクリートの天井を見上げた。
「どうぞ。疲れた身体に肉は入らないかと思って、ピザならどうかな?」
エプロン姿の陽が、食べやすいように包装紙でくるりと巻いたピザをルミの鼻先へと差し出す。
「うわぁ~、ピザだっ! ありがとー!!」
その匂いを嗅ぐなり彼女はぴょんと飛び起きて、目を輝かせながら熱々の生地を頬張る。
「他にもサンドイッチやおにぎり、麺類なんかもいけるけど――」
「じゃあ、すぐできるの全部っ!」
即答する彼女に陽は驚いて目を丸くするが、すぐに二の腕の力こぶをパンと叩いて「任せろ」と口にすると、エプロンの紐をきつく結びなおした。
「ルミ……お疲れ様」
もぐもぐと栄養補給に余念がないルミに、シェリルがそっと言葉を掛ける。
「シェリルちゃん、お疲れ様!」
ルミが屈託のない笑顔を見せると、彼女はまだどこか腫れぼったい紅い目で、それでもニッコリと笑みを作って見せた。
「忙しくなる前に、これ渡しておきたかったんだけど……今になってごめんね」
「あっ、これって……」
シェリルが差し出したのは、前回の虚無突入の際に味方の目印として貸した銀色のブローチである。
「今度は……プレゼント」
「えっ?」
「大切な思い出は……いつも心に残るから。そこに、私達も一緒だよって……」
その言葉にルミは一瞬、言葉を失ったようにシェリルの赤い瞳を見つめていた。
それからふっと優しい表情になって、ブローチを受け取る。
「ありがとう、大事にする」
お互いに頷き合うと、どちらからともなく笑みを吹き零していた。
「――おっと、ここにいたか」
そんな2人の元へやって来たのは、親衛隊衣装のグリーヴ。
大真面目な表情でびしりと団扇を突きつける彼は、ぽんと手にした紙包を彼女へと放った。
「何これ?」
「この間、顔赤くしてたろ。風邪かと思ってよ……エアルドに調合してもらったから、飲んどけよ」
その言葉に、ルミの表情がボッと湯気立つほどに赤らんだ。
「な、ななな……何言ってるの、そんな事ないでしょ!?」
そんな彼女の様子にグリーヴはキョトンとして小首をかしげて見せたが、建物の方から大きな歓声が響いて、ふと目を向けた。
「カナデ、変わることができて良かったな」
「え……あ、う、うん!」
しかし、グリーヴは大きなため息を吐きながら、大げさに首を横に振って見せる。
「だが、ダメだダメだ。我儘が足りねぇ。アイツはここで全て終わりだと思ってやがる……そんなもん、クソ食らえだ」
その言葉に、ルミは思わず息を飲んで彼の顔を見つめた。
「お前は“ヘヴンズドア”を名乗ったんだろう? だったら最後まで背負ってみせろよ。その姿を見せて――『忘れないで』と言わせてみろ」
ビクリと肩が震えて、俯いたルミの表情に影が差す。
「扉は開けたら閉めるもんだ。バシッと〆ろよ、朱鷺戸るみ」
直後、ドンっとルミの小さな拳がグリーヴの厚い胸板に叩きつけられていた。
彼が微動だにしないでそれを受け止めると、彼女はそっと顔を上げる。
「最後まで見逃すんじゃないわよっ!」
「――ああ、当然だ」
頷いた彼にルミはその顔を上げて、めいっぱいはにかんだ笑顔を浮かべてみせた。
●
会場では再び落とされた照明の中、たった1つ灯ったスポットライトの下に十色 エニア(ka0370)の姿が映る。
ひらりとした踊り子衣装に身を包んだ彼は、ゆったりと、だがどこか神秘的な趣きの舞を披露する。
バイトで培ったというそれは、穏やかな曲の中でどこか儚げな印象を抱かせていた。
(泡沫の夢だとしても、こうして歌として紡がれれば、それは立派な『記憶』だよ……きっとね)
憂いを帯びた表情で、光を浴びた簪がきらりと輝く。
誰も居ないなら自分が記憶する、だけど、できるだけ大勢の記憶がそこに残るように。
やがてスポットライトが2つに分かれ、もう1つ光の先にUisca Amhran(ka0754)の姿が浮かび上がる。
静かに呼吸を整えて、やがて客席を広く見渡しながら奏でる歌声は辺境に伝わる子守歌。
マイクを使わずに肉声で響くその美声に合わせて、異国の歌詞を表すようにエニアの舞がステージに咲く。
美しくたおやかなメロディをうっとりと聞き惚れる客を前にして、ウィスカの瞳にはステージ中央に大きく描かれたヘヴンズドアのロゴマークが映り込んでいた。
(ヘヴンズドアは天国への扉だけでなく、浄化された魂が再び現世へ戻って来るための扉でもある……カナデさんのことは謎が多いままだったけれど、この世界に生み出されたあの“胎児”にはきっと意味がある)
だからこそ、あの子もちゃんと送ってあげたい。
そのために選んだ子守歌――それは、胎児の魂への鎮魂の調べでもある。
ふと、客席の奥の方にぼうっと光り輝く物体が浮かび上がっているのを彼女は目にしていた。
いや、それはスポットライトの強烈な光が見せた残光か何かだったのかもしれない。
それでも、そこで静かな眠りについて行く光の揺り籠へウィスカは優しくほほ笑んだ。
――生まれ変われたら、また会おうね。
「さぁ、ここから飛ばしていくよー!」
ルミの声が響いて、照明が一気にステージを照らす。
セット済みのヘヴンズドアの姿が露になると、ウィスカ達はステージを引き継ぐように彼女らを迎えつつ舞台袖へ駆けて行く。
ドラムが小刻みなステップを踏むようなリズムを取ると、共に登壇したアリアのヴァイオリンがそれに応えた。
本来の楽曲を即興でカバーするように奏でる情熱的な旋律に、カナデがギターによる破壊力ある旋律を被せていく。
しばらく押し問答のように主旋律争いのパフォーマンスを繰り広げると、やがて主導権を奪い取って、カナデのシャウトが会場に響き渡った。
それをアリアの伸びのある音色がラッピングのように舞台を包み込んで、どこか艶のある、大人びた一面をアクセントに沿える。
「お~、順調――で良いんだよねっ?」
「ええ、この盛り上がりを見れば」
裏方の仕事をひとしきり終えたメルとユリアンは、後方からこっそりと客席の方へ足を運んでいた。
「え~っと、皆さんは……あっ、アレでしょうか」
2人の視線の先には、客席前方でやたら派手な応援をかます3人衆。
派手というのも、なんか内2人はハリキリすぎてサイリウムだけでなく身体も光り輝いているような……いや、きっとライトの照りの問題だろう、そうだろう。
その横で負けないくらいサイリウムを振りかざす旦那の姿を見つけて、メルは思わず苦笑とため息が同時に漏れた。
「まったく、アサヒ君は何をやってるんだろうね」
「お2人とも、こっちに席が用意してありますよ」
そんな2人の姿を見かけて声を掛けたエルバッハ・リオン(ka2434)が、自分がいた席の近くを指し示す。
「エルバッハ君もお疲れさま。今のところ、手を煩わせるようなことはないみたいだね」
メルの言葉に、彼女はどこか残念そうな表情を浮かべながらも小さく頷いて見せる。
「ファンの民度は高いようで安心しました。それでも万が一のことはありますので、最後まで気は抜けません」
口にしながらも、その視線は客席の動向へと鋭く向けられる。
「それじゃあ、今はめいいっぱい楽しみましょう」
タオル代わりのストールを握り締めて意気込むユリアンと共に、3人はサイリウムの波へと溶け込んでいった。
ステージの上では次いで登壇したリクが演奏に混ざり、6人でのステージが繰り広げられていた。
ギターがもう1本増えたことでよりステージに立体感が増して、次第にお祭り騒ぎの装いを見せる。
「こんなすごいバンドだったなんて……本当に驚いた!」
高ぶる興奮が思わず口を突くリク。
ルミはしたり顔でそれに応えて、誇らしげにメンバーたちの顔を見渡していた。
「リク達がいたから、またステージに立てたんだよ。だから……本当に、感謝してるっ!」
ドンと背中を預け合って音を重ねる2人。
カナデがその様子をどこか嬉しそうに流し見て、ありったけの想いを歌にして客へ、会場へとぶつける。
リクが遺したかったもの、支えたかったもの、そのすべてが今このステージの上にはあった。
(縁はちゃんと、次の糸へと紡がれているのね)
そんな彼らの姿を目にして、アリアはどこかホッとしたように柔らかな笑みを湛える。
バンドのメンバーとは互いに見知った仲ではない。
会ったばかりで、ちゃんと話したのも打ち合わせの時くらい。
それでも曲という縁は物言わずにみんなを繋いでくれる。
いつしか絡まって途切れない、一本の糸のようになって――そしてまた、誰かに繋がれていくのだ。
「ルミのやつ、カッコいいじゃねぇかよ――」
ステージの様子を客席から見上げるジャック・エルギン(ka1522)は、疲労を見せながらも笑顔を絶やさない彼女の姿を見つめ、そしてどこか感心したように息を吐いた。
これまでオフィスで見て来た彼女の姿を偽りだとは思わない。
それでも、今まで目にして来た事のない、おそらく本心の彼女の姿がそこにはある。
「それがお前の戦いだっていうならよ、とことん付き合うぜ……!」
握り締めるサイリウムは客席の波に乗る。
客席は1つの星空のようでも、その光の1つ1つに想いがある。
その想いがあるからこそ、この世界はこんなにも輝いていられるのだ。
曲を終えて、名残惜しい歓声の中でルミとカナデだけ温存のために舞台から下がる。
袖へ着くなり大粒の汗を流して座り込んだルミに、狐中・小鳥(ka5484)はタオルを手渡した。
「あとちょっと、頑張ろうっ!」
「うん……ありがとっ」
ブランクのある中でこれだけの規模のステージ、実際のところルミも体力的に限界が近かった。
「ここからはアイドルの私の出番だよ――うん、流石に改まって言うと恥ずかしいかも、これ」
はにかんだ彼女に釣られるように笑みを浮かべると、頑張ってと声援を送るようにその背中に拳を突きつけてみせた。
「皆、よろしくねー♪ このままラストまで駆け抜けるよー!」
ステージを右へ左へ跳ねるように駆けながら笑顔を振りまく小鳥。
彼女の合図でヘヴンズドアバンドwithアリア&リクの演奏で、赤いフリルの衣装を翻す。
そんな姿を見ていると、ルミの中で駆け出しだったころの自分の姿がぼんやりと重なって見えた。
仕事である以前に、何よりもステージで歌って踊れることを楽しんでいたころ。
彼女のステージに、いつの間にか「あたりまえ」になってしまっていた想いが沸き起こる。
「あれこそが、アイドル――だよね」
サイリウムやスポットライトに負けない笑顔を振りまくその姿は、どこまでもどこまでも輝いて見えていた。
●
最後のステージへと臨んだヘヴンズドアへと、会場を震わせる歓声とサイリウムの波が一斉に答えた。
中央に立ったルミは、ギターのネックの先に何かを取り付けたカナデと目を合わせて頷き合う。
「これが最後の曲! 連れて行くよ――『ノッキン・オン・ヘヴンズドア』!」
ステージ上の笑顔に釣られて、ジュードもうっとりと舞台の様子を見守る。
だがその瞳が客席へと流れた時、思わず声が上ずった。
「み、みんな! あれっ!」
その声に弾かれたように集まった視線の先で、後ろの列の客たちが負のマテリアルとなって霧散する姿が見えていた。
1列が消えたらまた次の列、そしてまた次の列へとサイリウムが消えていく。
「世界の――彼女の限界が近いんだ」
「そんな、あと少しなのに……!」
落ち着いて言い放ったエラの言葉に、動揺を隠せない小鳥。
思わずステージと観客とを何度も見比べて、泣きそうな顔で眉を寄せる。
「もしかしたら、そもそもライブをする力なんて……」
冷静に口にしながらも、エラもどこか逸る想いで抱いた自分の腕に爪を立てる。
ヘヴンズドアのメンバーはルミを含めて、まるでそんな光景が見えていないかのように演奏を続けていた。
――ただ1人、カナデを除いては。
客席を見張る表情は青ざめて、唇が小刻みに震える。
それでも演奏に集中しようとするが、音を1つ紡ぐごとに唇を噛みしめ、眉間に皺をよせ、涙を浮かべ――そして枷が外れた。
「ヤダよ……消えたくないよっ!!」
響いた叫びに、メアリが慌てて彼女のマイクをミュートにする。
その視線の先で、カナデは膝から崩れ落ちて大粒の涙を流していた。
「ねぇ……どうにかならないの? せっかく悪い夢が終わったんだよ……? お願い……またみんなで歌おうよ。ねぇ……ルミちゃん、何か言ってよっ!」
それが誰のせいでもなく、ただ“終わり”が近いだけなのだということを彼女自身が知らないわけがない。
だけど、だからこそ、溜め込み続けた感情が止めどなく溢れ出す。
それでも振り返らず、無視するかのようにルミは演奏を続ける。
咄嗟に駆け出そうとするジュードだったが、行く手を塞ぐように差し出された腕がそれを制した。
驚いて立ち止まり見上げると、エアルドフリスが静かにステージを見つめていた。
あくまでも演奏を続ける――その強い意思を感じ取ったのか、やがてカナデもごしごしと目元を拭って立ち上がって演奏を再開する。
崩壊のマテリアル光が会場に散りばめられる中、ガツンと大きな音が響いて、無人のベースがステージの上に転がった。
フブキが消えた――流石に動揺したのか、ルミの肩がビクリと揺れる。
次いで乾いた音と共に転がるドラムスティック――アリスも消えた。
いつしか立っているのはルミとカナデの2人きり。
会場を埋め尽くしていた人々も消え去って、ハンター達を残すのみとなっていた。
ギターとキーボード、2つの音になってもヘヴンズドアが舞台を下りるつもりはない。
その様子を見届けて、エアルドフリスはようやく袖のハンター達へ目線で合図を送った。
「……ごめんね。本当なら私が最後までしっかりしなきゃいけなかったのに」
語り掛けるように、歌うルミの横顔に投げかけるカナデ。
顔はもう涙と崩れたメイクでぐしゃぐしゃだったが、それでもニッコリとハンター達へ、そしてルミへと笑いかける。
「――先に天国で待ってるね」
鈍い音と共にギターが転がって、音はついに1つになった。
思わずルミも苦しそうに胸を押さえながら声を詰まらせる。
歌わなきゃ、約束したんだから。
だけど、呼吸ができない。
歌わなきゃ、あと1曲なのに。
だけど、声が出ない。
このままじゃ――
――咳がやがて嗚咽に変わろうとした時、新たなギターの音が彼女の背中を支えるように鳴り響いていた。
「えっ……?」
思わず振り向いたその先には、急いで登壇したのか息を弾ませるリクの姿。
彼だけじゃない。
アンコールの為に待機していたハンター達が、皆ステージの上へと集合していた。
「大丈夫、ルミは歩いて行ける。何かあれば俺が――俺達が支えるから!」
口にして、彼は続きのパートを弾き始める。
「ちょっと早いけどここからアンコール。カナデさん達の分も歌い切ろう!」
次いで歩み出たルナのリュートが、ベースの代わりに屋台骨の音を取る。
「カナデが決めた事だもの、絶対に終わらせたりしないわ!」
手の止まったルミの代わりに、彼女のパートを奏でる茜とリューのキーボード。
大胆にアレンジされたアリアのバイオリン。
ボルディア、エニア、真夕、小鳥のパフォーマンスに、ウィスカのコーラス。
バンドとしての構成なんかめちゃくちゃで、もちろんこの曲の練習なんてできていないから、それぞれのセンスに任せた見様見真似のステージ。
だけどこれが、彼女の背を支えるこの世界の繋がり。
ルミはみんなの姿を見渡して、それから力強く頷くと、涙も拭かずにマイクスタンドへ齧りつく。
長い間奏は――終わった。
「虚無が崩壊する……!」
パラパラと煌めく塵が降り注いで、錬介は弾かれたように頭上を見上げる。
天井の一角が窓ガラスをぶち破ったように砕け散って降り注ぎ、そこから外の紅い空が覗いていた。
「よそ見してるんじゃねぇぞ! このステージを見逃すつもりか!」
汗だくで団扇を振るグリーヴの言葉に、錬介はハッとしてステージへと視線を戻す。
「これが、俺の今日の戦場! 男の戦いだ! 3000人分叫んでやるぜ!」
一心不乱に声援を送る旭と共に、たった数人の観客の声援が響く。
「ルミぃぃぃ! 思い切っていけぇぇぇ! 俺らが聞いてんぞぉぉぉ!!」
エルギンたちもまた、サイリウムやストールを掲げて声を張る。
喉が潰れようとも構わない。
この世界での最初で最後のファンとして、彼らは声援を送り続けるのだ。
舞台袖では感極まったジュードがえぐついて、その震える肩をどこか困ったような、だけど優しい笑みのエアルドフリスがそっと脇に抱き寄せる。
「彼女たちの思い出の世界は消えるけど……これが、誰かにとっての新しい思い出に変わることもあるだろうさぁ」
どこか眩しそうにステージを見つめる視線の先で、メアリの放ったマテリアル花火が極彩色の華を咲かせる。
ルミは眩い光に包まれながら両手を天高く掲げて、めいいっぱい客席の声援へと答えていた。
――ありがとうっ! みんな……ありがとうっっっ!!
虚無が砕けた。
ハンター達はいつしか赤土の荒野の上に立っていて、今までの光景が夢のようにも思えた。
雪のように降り注ぐ負のマテリアルの残滓の中で、ルミは力が抜けたように膝から崩れ落ちる。
最後に消え去ったカナデのギターから、コロリと宝石のようなものが零れ落ちる。
リクはそれを拾い上げて、土埃を優しく払った。
「それ、ちょっと借りても良いかな?」
振り向くと、額の汗を拭うソフィアが手のひらを静かに差し出していた。
彼は静かに頷いて、手の中の蓄音石を手渡す。
彼女は手の平サイズのレリーフの中央にあるくぼみへとそれをはめ込むと、ルミへとそれを差し出した。
「受け取って欲しいな……カナデさんからの、最後の贈り物」
それはヘヴンズドアのロゴマークを模ったレリーフ。
ソフィアがカナデと相談してデザインを決め、ライブ中に突貫で作成したものだった。
力なく受け取ったルミがそっと蓄音石に触れると、鳴り響くのは最後の最後にヘヴンズドアで、そしてハンターのみんなで奏でた曲。
「ここから先、別々の扉を開くけど……僕も忘れないよ、カナデの事を」
強がって口にしながらも、目元を袖で拭いながら天を仰いだリク。
「こんな形だったけどLH044をもう1度見れて良かった……ありがとう、私も忘れないからっ!」
伝えたかった言葉を、風に流されていくマテリアルの残滓へと乗せる茜。
その姿に、ルミの押し込めていた感情が塞き止めきれずに溢れ出す。
「あ……ああ……うわああああぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
少女の慟哭は、紅の空にどこまでもどこまでも響いていた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
控室(相談&雑談) 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/03/11 20:25:24 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/03/11 14:00:50 |
|
![]() |
質問卓 シェリル・マイヤーズ(ka0509) 人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2018/03/11 07:24:14 |