領主様はベリーがお好き?

マスター:一要・香織

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
少なめ
相談期間
5日
締切
2018/03/25 22:00
完成日
2018/03/30 03:56

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 執務室の机の上には沢山の本が積まれ、所狭しと書類が広げられていた。
 その机に向かうレイナ・エルト・グランツ(kz0253)は一枚の書類に承認の判を押し、次の書類を手に取っては眉間に皺を寄せる。
 すでに冷え切った紅茶を一口飲むと、山積みになった本の中から一冊を引っ張りだし、パラパラとめくって目を通した。


「ふう……」
 書類の整理が一段落つくと、コンコンッと扉を叩く音が室内に響いた。
「どうぞ」
 入室を促すと、静かに扉が開き執事のジルが姿を現す。
「新しい紅茶をお持ちいたしました」
「ありがとう」
 芳しい紅茶の香りに、レイナはホッと息を吐いた。
「お仕事は進んでおりますか?」
 新しい温かなカップに紅茶をサーブしながら、ジルは問う。
「あんまり速くはないですが……進んでいます」
 レイナが少し疲れの滲んだ顔で呟くと、
「左様でございますか」
 ジルは眉を下げて微笑んだ。

「最近は執務室に籠りっ放しですね。少しお休みになられては如何ですか?」
 ジルは書類をまとめ、床に落ちてしまった本を拾い本棚へと戻していく。
「そうですね……、皆も忙しくさせてしまって、申し訳ないです」
 レイナの身体を心配をしているというのに、屋敷の者を気遣うレイナにジルは苦笑した。
「今度、1日お休みを作って屋敷の皆でお茶会でも致しましょう」
「わぁ! 素敵ですね」
 レイナの顔に久し振りの大きな笑みが浮かんだ。
「では、皆に申し伝えておきます」
「はい。私もそれまでに仕事を片付けてしまいます」

 その日の夜。
 屋敷の皆が寝静まった頃―――。

 屋敷の厨房にはレイナの姿があった。
 広げたノートを見ながら、ボールに計量した小麦粉や砂糖、牛乳などを投入している。
「粉っぽさがなくなるまでサクッと混ぜ合わせる……っと」
 ノートから視線を戻したレイナはボールを抱え泡だて器を回した。
「中に入れる素材は何が良いかしら……。ハーブティーなら、ナッツ類……。薫り高い紅茶には甘酸っぱいベリーが合いそうね!」
 食べた人たちの笑顔を想像して、レイナまでもが嬉しそうに笑みを浮かべた。
 そう、レイナは昼間ジルが提案した茶会にお菓子を出すために練習をしていたのだ。
 日頃世話を掛けてしまっている屋敷の者達に、少しでも喜んでもらえたら……。
 ボールの中にナッツ、そしてベリーを加えひと混ぜして型に流し込む。
 温めておいたオーブンに型を入れて、近くの椅子に腰かけた。
「ふわぁーーー」
 小さく欠伸をすると、心地よい疲労感と共に急激に眠気が襲い掛かってくる。
 チラリとオーブンを確認したレイナは、テーブルに寄り掛かる様にして居眠りを始めてしまった。

「っ!」
 ガクリッと体が傾いた衝撃でレイナは目を覚ました。
 どれくらい眠りこけていたのだろうか……。
「ん?」
 辺りに漂うは、何やら焦げ臭い香り……。
「……? っあぁ!!」
 レイナは慌ててオーブンのドアを開けた。
 途端、オーブンからは黒い煙が溢れだし、レイナは小さく咽せ、瞬く。
 口元を押さえながらオーブンの中を覗いたレイナは、大きなため息を吐いた。
「あぁ……」
 ミトンをはめた手で黒焦げのケーキを引っ張り出すと、もう一度大きなため息を吐いた。
「また明日、練習しましょう……」
 レイナは手早く片付けると自室に戻り、倒れ込む様に眠りに就いた。

 次の日の夜も、執務を終えたレイナは厨房に立っていた。
 昨日と同じ様に型枠に流し込んでオーブンの前に座った。
 次第にオーブンからは香ばしい良い匂いが漂い始め、その美味しそうな香りを胸いっぱいに吸い込み、オーブンを開ける。
 ミトンをはめた手で型を引っ張り出すと……、
「あ、あら……?」
 型枠を見つめ、疑問の声を上げた。
 ケーキは流し込んだままの形で、少しも膨らまずに焼き上がっていた。
「おかしいわね……なぜかしら?」
 調理台にケーキを置くと、広げてあるノートを手に取り、目を通し始めた。
「前に料理長さんと作った時は成功したのに……」
 レシピを順に確認していくと……、
「あっ、膨らし粉を入れるのを忘れたんだわ……」
 ミスに気付き、小さく息を漏らす……。
 焼き色は申し分ないが、膨らんでいないケーキを暫らく見つめると、レイナはフォークを刺し一欠けら口に運んだ。
「モソモソする……」
 舌触りの悪いケーキを飲みこむと、
「また明日、練習しましょう。明日こそ、成功させなきゃ」
 レイナは片付も早々に、自室に戻ると眠りに就いた。

 そしてお茶会を翌日に控えた日の夜―――。
「……今日も失敗……」
 半分だけ膨らみ、半分萎んだケーキを前に、レイナは大きなため息を吐いた。
「本当に私って、料理の才能がないのね……」
 頭が痺れる様な眠気と戦いながら片付を終わらせ、レイナは自室に戻った。

 翌日、朝食を終えたレイナがお茶会の準備を始める為に厨房に行くと、料理長やメイドが浮かない顔をして話し込んでいた。
「どうしたのですか?」
 レイナが話しかけると、皆がいっせいに振り返る。
「レイナ様……」
 顔を見合わせると、料理長が口を開いた。
「実は、いつも仕入れをお願いしている農家の方から連絡があって、野生の鹿が畑に出没してしまって、今日は収穫が出来ないそうなんです」
「大変!」
「それで……」
 そう言葉を濁すと、料理長たちは再び顔を見合わせた。
「レイナ様……ベリーを使ったお菓子を作ってらっしゃいましたよね」
「……知っていたの?」
「はい。そのベリーも採れないそうなんです」
「ええ! それは困るわ! だって昨日全部使って……」
「このまま放っておけば、栽培しているベリーや他の作物も、荒らされたり食べられたりしてしまうかもしれませんね」
 料理長やメイドたちが眉を下げ気まずそうに俯いた。
(どうしましょう……ナッツだけのケーキにする? ……ううん、紅茶にはやっぱりベリーが入っていた方が美味しいはずだわ)
 レイナの譲れないこだわりが胸の中で弾け、思いがけない行動力を生み出す。
「私、少し出掛けてきます。午後には戻れると思いますから、お茶会始めないで下さいね」
 そう言い残すと、レイナは厨房を後にした。

 その少し後、ハンターオフィスにはレイナの姿があった。
「村の畑に出没した鹿を林に帰して欲しいのです」
「野生の鹿ですか?」
 受付の女性はレイナの話を聞きメモを取る。
「ええ、気性が荒いみたいで、不用意に近付けないんです。手段は問わないので、殺さない様林まで誘導、または運んでいただければ……」
「なるほど……分かりました。では募集をかけておきます」
 受付の女性が頷くと、
「いえ、今すぐお願いします。私も同行します」
「すぐですか? では、オフィスにいるハンターさんに直接声を掛けてみてはいかがでしょう?」
 女性の優しい笑みに促され、譲れないベリーの為に、レイナは声を振り絞った。

「ハンターの皆様、お願いします!!」

リプレイ本文

「ハンターの皆様、お願いします」

 ハンターオフィスでそう声を絞り出したレイナは深々と頭を下げた。
 すると、
「私で良ければ、お手伝いするのですよ」
 優しい声に顔を上げれば顔見知りのハンター、カティス・フィルム(ka2486)が微笑み立っていた。
「カティスさん! よろしいのですか?」
 嬉しい申し出に笑みを浮かべると、
「私も手伝おう」
 絹糸の様な黒髪を揺らし、鞍馬 真(ka5819)が歩み寄った。
「真さん!」
 見知った顔に、レイナの顔には更に大きな笑みが浮かぶ。
 カツカツという足音がオフィスに響くと、
「真がやるなら、僕達も付き合うぜ」
「ああ、手伝おう」
 真の後ろからカフカ・ブラックウェル(ka0794)、そしてユリアン(ka1664)が顔を覗かせた。
「わぁ、ありがとうございます」
 微笑んだレイナが頭を下げると、
「なんか楽しそうだね、僕も手伝うよ」
 一際明るい声でイリエスカ(ka6885)が話の輪に飛び込んだ。
「本当ですか? お願いいたします」
 レイナが口を開いた直後、
「……前回とは、色々と違う依頼ですね」
 抑揚の無い、だがはっきりと通る声にレイナは振り向いた。
「巳蔓さん! あの、巳蔓さんも手伝って下さいませんか?」
 レイナのすぐ後ろに佇んでいた巳蔓(ka7122)はレイナの言葉にコクンと頷いた。

「皆様、どうかよろしくお願いします」
 再び深く頭を下げたレイナと共に、ハンター達は村に向かった。


「あそこが荒らされた畑だよ」
 ベリーを育てている農家の男は村の外れから畑を指を差した。
 視線を向けると見渡す限りの広大な畑の一角に、ベリーの畑があった。
 その少し奥に、小さく鹿の姿が見える。
 野菜が植えられた畑と、ベリーの畑を行ったり来たりと動き回っているようだ。
「作物は大丈夫なのかい?」
 カフカが心配そうに男に尋ねると、
「今はまだ、大した被害ではないよ」
 男は苦々しく引きつった笑みを浮かべる。領主を前に、あまり心配させまいとしているのが見て取れた。
「外敵にでも追われてきたのだろうか。ひとまずは落ち着かせないといけないな」
 真の冷静な声に、ハンター達は頷いた。
「あの、古い毛布を幾つか貸してほしいのですが、用意できますか?」
 カティスのお願いに男は快く頷いた。
 男は荷馬車、毛布などを貸してくれ必要ならば畑から作物を持って行っていいと言ってくれた。
「よーし! 鹿を怪我させないように安全に林へ帰すぞー!」
 イリエスカの元気な声を合図に、ハンター達は行動に移った。

 畑の縁に屈んだハンター達は、周囲を見回し鹿の姿を探し始めた。
「ん、鹿さんを確認したのです。……小鹿さんは隠れているようですね」
 目を細めたカティスと同時に、皆は鹿の姿を確認した。
「じゃあ、鹿はこの畝に沿って追い立てよう」
 ユリアンが畑を指差し、真っ直ぐに伸びる畝をなぞり畑の終わりへと視線を移す。
「じゃあ、畑の終わりで捕まえられる様に、僕とカティスはそこで待機しているよ」
「はい」
 カフカの言葉にカティスが頷く。
「レイナさん、危ないから私達も一緒にそこで待ちましょう」
 ハンター達が交わす言葉を真剣に聞いて居たレイナは、名を呼ばれビクリと肩を揺らした。
「は、はい」
 頷いたレイナは、真の後に続く様に移動を始めた。
 カフカは皆にウィンドガストを掛けると、カティスと共に畑の向こうへと駆けて行く。

 巳蔓は畑から持ってきた野菜を手に、鹿に近付いた。
 近付く存在に気付いた鹿は警戒した様に頭を低く下げ、鋭く巳蔓を見据えるが、手に持つ野菜は気にも留めない。
「ほら、美味しい野菜だよ。採ったばかりだよ。」
 手に持つ野菜を揺らしたり振ってみるが、逆に警戒心を煽るだけだった。

 ユリアン、イリエスカ、巳蔓は畑に広がるように立つと、今度はジワジワと追い込む様に距離を縮め始めた。
 ユリアンは隠の徒を使い、背の高い作物の陰に隠れた小鹿に少しずつ近付いた。
 葉が擦れる音にさえ敏感に反応する小鹿の様子を窺いながら、息を殺して小鹿の隙を窺う……。
 同時にイリエスカはクローズコンバットで移動力を上昇させ、巳蔓は鹿とイリエスカの動きを注意深く確認しながら、間合いをはかった。

 鹿達は飛び跳ねながら……威嚇しながら……、時にはハンター達に攻撃の姿勢を見せながら、徐々に畑の端へと追いやられた。

 刹那、小鹿がハンター達の包囲から飛び出した。
 ナイトカーテンと瞬脚の効果を引き継ぎ、羽流風で一気に踏み込んだユリアンが、その小鹿を抱え上げる。
 そのままカフカ達が待つ場所まで駆け出すと、ビィーーーーーーィ! と怒った様に女鹿が鳴き声を上げ、ユリアン目掛け走り出した。

 畝に沿って、小鹿を抱えたユリアンが走ってくる―――。
 その後ろを追ってくる女鹿の姿を確認したカフカは、ドラゴンコールを掲げた。
「眠りへと誘う、白雲よ―――スリープクラウド」
 旋律の如く言葉が紡がれると青白い雲状の霧が、小鹿を抱き上げたユリアンごと飲み込んだ。
 直後、ドサリとその身体は地面へと倒れる。
 小鹿も、女鹿も、そしてユリアンも穏やかな寝息を立てていた。
 その様子にホッと息を吐いたカフカは、
「おい、ユリアン。起きろよ」
 ユリアンの身体を強く揺すった。
「んんっ……」
 重たい目蓋を無理やり開けたユリアンは、周りを見回し笑みを浮かべる。
「こういう手は、歪虚相手じゃないから使えるんだよね」
 はにかむ様に笑うと、差しだされたカフカの手を取って起き上がった。

 その様子を見つめていたレイナは鹿達が気になり、無意識に近付いていた。
「あんまり前に出ると、鹿に蹴られてしまうかもしれないよ」
 真が優しく声を掛けると、
「あ、はい」
 動かない鹿達から視線を移し、まだ鹿が居るだろう畑を見据える。
 ドキドキと騒ぐ胸を押さえ、レイナは一つ息を吐いた。

「巳蔓、一気に追い立てちゃおうよ」
 唇に弧を描きながら、イリエスカは楽しそうに呟いた。
「わかりました。じゃあ、せーの、で一緒に間合いを詰めましょう」
 巳蔓の返事に更に大きな弧を描き、イリエスカは口を開く。
「いいよ。せーの……」
 その掛け声で、2人は一気に間合いを詰めた。
 それに驚いた牡鹿は棹立ちになると跳躍し、カティス達の方向へと駆け出す。
 畝に沿って走った鹿は、畑を抜けると急激に方向を変えた。


 カティス達から少し離れた場所に真と一緒に佇んだレイナは、突然の強風に目をギュっと閉じた。
 仕事をする時は男物の貴族服を着ているのだが、今日は久方の休息日だった為にスカートだった。
 その鮮やかな空色のスカートが、風に遊ばれ大きくはためく。
 同時に畑から飛び出した牡鹿は、大きくはためく空色に強く気を引かれた。
 まるで、闘牛の様に―――翻るスカートを目掛け、鹿は駆け出した。

「っ!!」
 目を開けたレイナの視界に飛び込んできたのは、自分に向かってくる大きな鹿。
 ハッと息を飲んだ瞬間、
「おっと!」
 横から軽々と抱き抱えられ、鹿の突進を回避した。
 直後、
「スリープクラウド!」
 カティスの凛とした声が辺りに響くと、エクステンドレンジで射程を延ばしたスリープクラウドが牡鹿を包み込む。
 ドサリと重い音をさせ、牡鹿が倒れた。
「すみません、貴族であるレイナさんを抱えるのは失礼かとも思ったのですが、突撃を受け止めるだけで鹿に怪我をさせてしまいそうだったので……」
 申し訳なさそうに眉を下げる真の腕の中で、
「いえ……ありがとう、ございます……」
 耳まで真っ赤に染めたレイナは、恥ずかしそうに両手で顔を隠した。
 焼き過ぎたケーキの様にプスプスと煙が出てきそうな勢いに、真はクスッと笑いレイナを降ろす。
「レイナさん、大丈夫ですか?」
 駆け寄ったカティスの声に、レイナはコクコクと頷いた。
「取りあえずは、上手くいったね」
 合流したイリエスカの明るい声に、皆がホッと息を吐いた。
 鹿達はピクリとも動かず、静かな呼吸の音だけが聞こえてくる。
 ゆっくりと上下するお腹の動きを見つめていると、
「早く、林の中に帰してあげよう」
 巳蔓の呟きに、ハンター達はロープを取りだし、鹿の足を縛り始めた。
 荷車に借りた毛布を敷き詰め怪我をしないようゆっくりと乗せる。
 鹿達を乗せ終えると、目隠しに毛布を掛けた。

 ギシギシと軋む荷車を引き林の入り口にきたハンター達は、荷車のまま入れそうな場所を探し、そして林の中に踏み入った。
 小さな石を踏みつけて車体を揺らさないように、木々の間隔が狭くこれ以上荷車で進めない所まで来ると、その場所で鹿達を降ろした。
 ロープを解き、怪我がないことを確認したハンターとレイナは木の陰から鹿達が動き出すまで見守り、村まで戻った。

 村では鹿達を林まで帰した事を伝え、レイナの欲しがっていたベリーを摘む。
 鹿による被害の状況を確認しながら、レイナとハンターは籠いっぱいのベリーを摘んだのだった。


 屋敷に戻り厨房に移動したレイナとハンターは早速お菓子作りに取り掛かった。

 広げたノートを覗き込み、
「お菓子は計量と手順が大事だって聞いたことがあるよ。最初に全部材料を測って小さな器に入れて、順番に並べておけば良いんじゃないかな?」
 ユリアンが提案する。
「はい。そうしてみます」
 レイナが頷くと、
「ケーキは作ったことないですけど、計量くらいなら出来るのでお手伝いします」
 巳蔓が小麦粉を手に計量を始める。
「じゃあ、僕は簡単なお菓子でも作ろう。小麦粉と蜂蜜とバターにナッツがあれば、ハルヴァが出来るよ」
 腕まくりをしたカフカは棚から材料を集め始めた。
「僕もレイナと一緒に作ろうかな」
 ノートを覗き込んでいたイリエスカがレイナに笑みを向ける。
「はい、一緒に作りましょう」
「巳蔓、もう1セット材料を計量してよー」
 振り向いたイリエスカが笑顔で言うと、
「わかりました」
 既に計量を終えた巳蔓が再び材料を測り始めた。
 ノートを見ながら材料を混ぜ合わせていくレイナに、
「屋敷の皆のためのケーキ、かな? 失敗しても皆喜ぶとは思うけど、折角なら成功させたいね」
 真が優しく声を掛ける。
「はい。でも今日は上手く作れる気がします」
 レイナは大きな笑みを浮かべ応えた。
「楽しく作ると、その分お菓子は美味しくなるのですよ」
 摘んだばかりのベリーを運びながらカティスが教えてくれる。
「楽しく、作ると……」
 その意味を噛みしめながらレイナは一所懸命にケーキの生地を混ぜた。
(日々大変なはずなのに、偉いなぁ)
 そんな事を思いながら、真はレイナのケーキ作りを見守り、カティスは優しくアドバイスをした。

 ケーキの型をオーブンに入れ暫らくすると、香ばしい香りが漂ってきた。
「わあー、良い匂い」
 イリエスカがオーブンに近付き甘い香りをいっぱいに吸い込む。
「そろそろ、良いと思うのです」
 カティスに促されるようにオーブンを開けると、甘い香りが厨房中に広がった。
 ミトンをはめた手で引っ張り出すと、―――綺麗に膨らんだ薄い狐色のケーキが現れた。
「わあっ!」
 嬉しそうにレイナが歓声を上げる。
「上手に焼けたみたいだね」
「ああ、美味しそうだ」
 覗き込んだカフカとユリアンが呟く。
 嬉しさと安堵にレイナはケーキを見詰めた。
「上手く――できた」
 ポツリと呟かれた言葉に、ハンターは微笑んだ。

「まあ、レイナ様。上手に焼けていますわ」
 メイドの称賛の声が迎えた。
「はい、皆さんに手伝って頂いたので」
 レイナは嬉しそうにハンター達に向き直った。
「いいえ、私達はアドバイスしただけで、それはレイナさん1人で作ったのですよ」
 カティスの言葉に少し照れたようにはにかむと、
「皆さん、お座りになって下さい」
 レイナはハンターに席を勧めた。
 色取り取りの鮮やかな花が咲き乱れる広い庭。
 良く手入れされた美しい芝の上に、広間から運んだのだろうか、大きなテーブルが置かれていた。
 左右に整列する椅子にハンターが腰を下ろすと、レイナはティーポットに手を伸ばした。
「よかったら、お茶を淹れるのを手伝うよ。これでも薬師の助手でね。薬湯やハーブティーを淹れるのは慣れているんだ」
 ユリアンの申し出に目を見開くと、
「まぁ、ではお願いできますか?」
「ああ、もちろんだよ」
 ユリアンはそう言うと慣れた手付きでお茶の用意を始めた。
 白くしなやかな指がポットの蓋を摘み上げると、白い湯気を上げる熱湯が注がれ、ガラスポットの中で漂うハーブ達はお湯を鮮やかなピンクへと変えていく―――。
 同時に給仕係がお菓子を配り始めた。
 焼きたてのケーキにハルヴァ、料理長が作ってくれていたマカロン、サンドウィッチ、タルト、積み立てのベリーには生クリームを添えて、一枚のお皿の上で宝石の様に並んだお菓子たちに、皆の視線は釘付けとなった。

「グランツに幸せが続きますように……」
 祈りの言葉の様にレイナが呟くと、屋敷の皆も同じ言葉を呟き手を握る。
 それを合図に、楽しい時間が始まった。

「このケーキ美味しいです」
 巳蔓の穏やかな笑みと共に呟かれた言葉に、レイナは口元を綻ばせた。
「うん、美味しいね。ベリーは甘酸っぱくて、ナッツの食感もアクセントになってる」
 カフカも頷いた。
 屋敷の皆もレイナが焼いたケーキを嬉しそうに食べていた。
 皆に喜んでもらいたい、その想いが叶いレイナはホッと息を吐く。
 ユリアンの淹れたハーブティーは薫り高く、雑味の少ないその味に執事のジルは早速教えを乞いに行った。
 真とカティス、そしてレイナは互いの近況報告をしたり、見聞きした楽しい話で盛り上がる。
 食べることが大好きなイリエスカは、テーブルに並ぶ沢山のお菓子を一つづつ口に運び、満足そうにペロリと唇の端を舐めた。
「すごい……」
 その様子を眺める巳蔓は、この身体の何処に、こんなにもたくさんのお菓子が入るのだろう……なんて考えながら幸せそうなイリエスカの表情に釣られ、小さな笑みを溢す。

 温かい雰囲気に皆が目を細めると、
「とある歪虚すら魅了させる月氷のトルバドゥールの音色は如何かな?」
 立ち上がったカフカが、太陽の光にキラリと光る銀色の横笛を取り出した。
 小さくお辞儀したカフカの、形のいい唇が横笛にあてがわれると、何とも美しい音色が生み出された。
 温かい風に乗りヒラヒラと羽ばたく蝶のように、旋律はその場に居た者の耳に優しく届く。
 うっとりと音色に酔いしれていると……、その音色に溶け込む様に声が聞こえ出した。
 驚きに振り向くと、カフカの横に立った真が歌っている。
 カフカと目配せし合い、しっとりとした旋律はやがて軽やかな旋律に変わり、真の歌声も楽しげに弾む。

 誰もが、心から楽しんだ。

 レイナも、ハンターも、屋敷の皆も―――、心休まるひと時を過ごしたのだった。

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MVP一覧

  • 月氷のトルバドゥール
    カフカ・ブラックウェルka0794

重体一覧

参加者一覧

  • 月氷のトルバドゥール
    カフカ・ブラックウェル(ka0794
    人間(紅)|17才|男性|魔術師
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • ティーマイスター
    カティス・フィルム(ka2486
    人間(紅)|12才|女性|魔術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 食事は別腹
    イリエスカ(ka6885
    オートマトン|16才|女性|猟撃士
  • 淡緑の瞳
    巳蔓(ka7122
    人間(蒼)|15才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【相談卓】野生の鹿を林へ帰そう
カフカ・ブラックウェル(ka0794
人間(クリムゾンウェスト)|17才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2018/03/25 20:02:59
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/03/23 07:02:34