傲慢のアスタロト ~騎士アーリア~

マスター:天田洋介

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2018/03/28 09:00
完成日
2018/04/10 09:51

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 グラズヘイム王国の南部に伯爵地【ニュー・ウォルター】は存在する。
 領主が住まう城塞都市の名は『マール』。自然の川を整備した十kmに渡る運河のおかげで内陸部にも関わらず帆船で『ニュー港』へ直接乗りつけることができた。
 升の目のように造成された都市内の水上航路は多くのゴンドラが行き来していて、とても賑やかだ。
 この地を治めるのはアーリア・エルブン伯爵。オリナニア騎士団長を兼任する十七歳になったばかりの銀髪の青年である。
 妹のミリア・エルブンは幼い頃から政において秀才ぶりを発揮している。
 過去に事故と発表された長男ドネア・エルブンの死因だが、実は謀反に失敗して命を落としていた。そのドネアが歪虚軍長アスタロトとして復活。謀反に関与していた元親衛隊の女性ロランナ・ベヒも歪虚の身となって現れる。
 兵器輸送ゴンドラの沈没事件、領地巡回アーリア一行襲撃事件、穀倉地帯における蝗雑魔大量発生等、アスタロト側が企んだ陰謀は、ことごとくハンター達の力添えによって打ち砕かれる。
 ネビロスは運河の湧水個所を狙う作戦を立てたが、騎士団とハンター達を前に敗北。最後の時を迎える。
 アスタロトから招待状が届き、アーリアは晩餐の席へと赴く。アスタロトの発言はわずかな同情を引いたものの、傲慢に満ちあふれていた。


 ある日、伯爵地ニュー・ウォルターの北東部に大量の水が溢れだす。湖と化した大地の中央に、突如として城が浮きあがった。
 湖中央に聳える城の上空では、常に歪虚や雑魔が舞う。城は民の間で噂となり、自然とアスタロト城と呼ばれるようになる。
 三度の戦端がひらかれたものの、一進一退の状況。陸路で船を湖へと持ち込んだものの、小島まで辿り着くことは叶わなかった。
 湖は歪ながら直径三km円といった広さ。水深は深いところで十メートル前後。アスタロト城は直径六百m円の小島の中心に建てられている。
 ハンター達が敵投石機を破壊。おかげで領地混合軍は小島への上陸を果たす。またハンター達が、壁向こうの罠を明らかにしてくれたおかげで、有利な作戦が立案された。
 アスタロトの瞬間移動による急襲を受けたときもあるが、ハンター達の奮闘によってアーリアの命は守られる。
 B城塞突破の前に領地混合軍は足止めを食らった。湖全体に濃霧が発生したのである。
 特殊能力の雑魔によるゲリラ戦に悩まされたが、撃退。霧が晴れたとき、修理済みの投石機で攻撃。B城壁の一角を崩して突破口を開いた。
 長い日々の後、再び霧が薄れて城内攻略の機会が訪れる。ハンター達とアーリアは突撃し、アスタロトが待つ最上階へと辿り着く。
 アスタロトが言葉にしたのは、嘲笑と煙に巻くような侮辱ばかり。愉悦の表情を浮かべたまま、転移で姿を消してしまう。
 勝利と思われたが、それは敵側の布石に過ぎなかった。城の小島が突如として動きだしたのである。
 小島の正体は超大型亀。ヴァウランと名づけられたそれは、城塞都市マールを目指していた。アーリアは足止めを最優先。ハンター達と協力して、左前足の破壊に成功する。
 ヴァウランの治癒力は非常に高く、常に砲撃し続ける状況が今も続いていた。


 ヴァウランの甲羅の上には、数十人の騎士や兵達が取り残されていた。
 足止め成功から数時間後には、幻獣を使って食糧物資投下。三日後の救出と同時に、精鋭の騎士二十名が常駐。何処からか敵側の目が光っているのを前提に、アスタロト城の再調査が行われる。
「ヴァウランが動きだした以後、城で不思議なことは起こらなかっただろうか?」
 事がそれなりに落ち着いた三日後、アーリアは救出された騎士や兵を慰問した。会話の流れで、地下通路の存在を確かめようとする。
「そういえば――」
 一人の騎士が思いだす。城の大広間に聳えているアスタロトの巨大な彫像が、ヴァウランの地団駄の際に、わずかながら浮きあがっていたと。
「あれだけの激しさです。そうなっても不思議ではないのですが、ヴァウランが地団駄で暴れるのは敵側もわかっていたはず。事実、小さめな調度品ですら固定されていたのですから。ですので、おかしいなと感じました」
 騎士の言葉が切っ掛けになり、その後、送り込んだ交代の騎士達によって仕掛けが見つけだされる。但し、敵側に気づかれぬよう、作動は保留にされた。
 ヴァウランの体内に至る方法がわかったとして、問題なのはアスタロトが使う瞬間移動への対策である。長く検討を続けてきたアーリアだが、成功の可能性が残る方法は、一つしか思いつかなかった。
(やはり、私が囮になるしかないだろう)
 アイテルカイトとしての心情をくすぐれば、アスタロトを釣ることはできるだろう。うまく誘いだして、戦闘に持ちこめばよい。倒せれば御の字だが、そうでなくてもアスタロトに瞬間移動を使わせられれば成功といえた。おそらくアスタロトが逃げこむ先は、ヴァウランの体内にある秘密の空間だからだ。
 ハンター達にはヴァウランの体内で待ち伏せてもらい、戻ってきたアスタロトと戦ってもらう。その後、騎士団を率いて加勢するのがアスタロト討伐の作戦である。
(ヴァウランという奥の手をだしてきたアスタロトは、おそらく油断しきっている。このような機会は滅多にない。千載一遇の好機といえる……)
 アーリアは信頼を寄せるハンター達に連絡するために、ハンターズソサエティ支部へ使者を送るのだった。

リプレイ本文


 丘陵の頂から飛びおりた幻獣たちが、翼を広げて高空へと上昇していく。騎乗していたのは、調査隊の交代要員に扮したハンターの一同だ。
 数分後には直径六百mにも及ぶ巨大なヴァウランの真上へ。厚く土層が被さる甲羅中央のアスタロト城庭へと降りていった。
 正体がわからないようハンター全員が、フード付きの外套で全身を覆っていた。任務を引き継いだ一同だが、一部の調査隊員が作戦遂行を補助するために城へと留まる。
 調査隊員の帰還を見送ったあとで、残った一同は城内に足を踏み入れた。
(あのときと変わっていないな。ここは)
 ロニ・カルディス(ka0551)は心の中で呟く。敵味方乱れての戦闘が繰り広げられたエントランスホールには、今も当時の跡が生々しく残っている。倒れて砕けた石像、壁や柱に残った刃の刻み。壁に空いた大穴。そして黒ずんだ血痕も。
「とても大きな石像って、どこにあるのかな?」
「ここより奥にある大広間の……あれがそうだろう」
 アーチ型天井の廊下を歩いていた弓月 幸子(ka1749)と鳳凰院ひりょ(ka3744)が、立ち止まった。パイプオルガンを背にして、アスタロトの巨大像が聳えている。
(これが固定されていないとは、面妖な話じゃな)
 駆け寄ったミグ・ロマイヤー(ka0665)が外套の下から腕を伸ばして、像の台座を触ってみた。大理石のようで、本気を出せば破壊は造作もない。
「こうして、あらためて見ると大きいですね」
「いかにも傲慢が喜びそうですの」
 ミオレスカ(ka3496)とディーナ・フェルミ(ka5843)が見あげて、像の頭部を眺める。自信に満ちた表情のアスタロト像が、大広間全体を見下ろしていた。
「もしかして、あの頭の中に雑魔が隠れていてさ。こちらを監視しているとかな」
「冗談ではなく、あのアスタロトなら、あり得る話だな」
 歩夢(ka5975)と南護 炎(ka6651)が呟くように言葉を交わす。
 城内のどこかに覗き穴があり、また小さな雑魔が隠れていて、聞き耳を立てているかも知れない。未だにこの城は敵の直中なのだといった心構えで行動していく。
 ハンター一行は調査隊の体を保ちながら、ヴァウランの体内突入の機会を窺った。
 これまでの城内調査は、状態保存が基本だったようだ。しかしヴァウラン退治を決行するのならば無意味である。スキルを温存しつつ、力づくで各所を壊しながら調べていく。
(終わる気が、しないの。でも不安に囚われたら、成功するものもしなくなるって分かってるの。アーリアが無事だって信じることにするの。アーリアを翻弄して得意げに帰ってきたアスタロトをここで討つの)
 ディーナは廊下に並べられた二mほどのアスタロトを、ホーリーメイス「レイバシアー」で砕いていった。
「こういうときに役に立つのじゃ」
 ミグはイノーマスで石壁に穴を穿っていく。目的がばれないようアスタロト像の破壊は後回しにしたが、人では通り抜けられない狭い通路が壁内でいくつも見つかる。相談の末、雑魔が監視のために利用しているとの仮説が立てられた。
 ハンター達はアーリアからの突入合図を待ち続ける。そうやって調査の日々を過ごしたのだった。


「挨拶は省こう。誰もそのまま任務を続けてくれ」
 アーリアが丘陵の頂に築いた拠点を訪れたのは、調査隊員の交代が行われた翌日のことだ。信頼する騎士十名を連れて、視察という名目での訪問である。
(そう考えたくはないのだが、おそらくは紛れ込んでいるのだろう……)
 アーリアは大砲を扱う砲兵達の様子を眺めた。三十分ごとに狙い定めて砲撃音が鳴り響く。ヴァウランの足止めは現在も継続中だ。
 諜報専門の配下によって、一般兵として紛れ込んでいた歪虚崇拝者二名の炙り出しは終わっている。これまで泳がしてきたのだが、その裏切り者二名を利用しての作戦が実行に移された。
「まさか、あのアーリア騎士団長が? 嘘だろ。これまで浮いた話一つ、聞いたことないぞ」
「近隣の村娘だが、すげぇ美人なんだ。あのヴァウランの進攻を阻止したすぐあとに知り合ったらしい。今回の視察、その村娘と逢い引きするためだってもっぱらの噂だ。かなり強引に予定が組まれたんだってさ」
 アーリアと一緒に来訪した騎士によって、拠点内にアーリアの噂話が意図的に流される。
 仕込みとして、実際に噂の娘が拠点にやってきたときには大騒ぎとなった。馬車に乗り、また容姿が巧妙に隠されていたため、噂に尾ひれはひれがつく。近場の森にある丸太小屋で、アーリアと娘が逢瀬を重ねている。まもなくそのような話が、兵達の間で公然の秘密と化した。
(私の評判など、どうでもよい。しかし……)
 多くの兵を騙さなくてはならない状況に、アーリアは心を痛める。しかしこれでアスタロトが罠にかかるのであれば、それだけの価値はあった。
 深夜、乗馬したアーリアは騎士十名と共に丘陵を駆けおりる。ライトで行き先を照らしながら野原を進み、やがて月光が届きにくい森の中へ。丸太小屋が望めるところまで到達したとき、アーリアは手綱捌きで馬の足を停めさせた。娘が待っているというのは真っ赤な嘘。にもかかわらず、いるはずのない人影が眺められたからだ。
「まさか引き返すつもりではあるまいな。どこまでもつれない奴だ」
 近づいてきた人影の正体が、木々の枝葉から零れる月光によって浮かびあがる。
「アスタロト。娘との噂、茶番だとは疑わなかったのか? それがわからないお前でもあるまいに……。それでもこうしているのは、アイテルカイトの傲慢故か?」
「罠であれ真であれ、面白そうであることに相違ない。もしも本当だったとすれば、真っ赤に染まった果実を、あの枝にでもぶら下げておいただろう。それぐらいの持て成しはこの黒伯爵、心得ている」
「……ここで終わりだ。決着をつけよう」
「はっきりといわねばわからぬほどの、うつけとはな。我に遠く及ばないその力、どのようにして勝とうというのだ? いつものハンター等を従えて、辛うじて対抗できる程度の腕であろうに」
「それが正しいか、どうか。この場で確かめてみればいい」
 アーリアが答えたと同時に、アスタロトが間合いを詰めてきた。振るわれた剣を辛うじて鞘で受けとめたアーリアだが、馬上から弾きとばされる。
 護衛の騎士達が間に入って立ちはだかったものの、アスタロトの猛撃を止められない。負傷しながらの防戦一方で、じりじりと後退していく。
 泥まみれのアーリアが立ちあがりながら、拳銃をとりだす。そして天に向けて撃ったのは、光り輝く照明弾だった。
 アーリアは拳銃を棄てて、剣を抜く。
 森の様々なところから、また丸太小屋から大勢の騎士が次々と現れた。このときに備えて、かなり以前から潜ませていた志体持ちの騎士精鋭である。
「小賢しい真似をするものだな。かつての弟はここまで腐りきっていたとは」
 アスタロトはアーリアに毒づきながら、指を鳴らす。すると月夜の空に数十の黒い影が。翼を広げた飛行型雑魔が急降下して、アーリアと騎士達に襲いかかった。
「ここが正念場だ!」
 アーリアの指揮で騎士達が戦う。魔法発動によって輝いて、雷鳴轟き、強風が吹き、土埃が舞った。武器がぶつかり合う度に火花が散る。
(そうだ。全員で満遍なくだ)
 アーリアの見立てにおいて、アスタロトと真正面から戦って一分間生き延びられる者は、この場に一人としていない。しかし連携を組めば、やりようがある。銃撃や弓撃によって足止めをし、ヒットアンドウェイの近接攻撃が試みられた。アーリアも自ら刃を振りおろす。
「片腹痛いわ! その程度か、アーリアと雑魚共よ!」
 アスタロトが放った漆黒の球が弾けて、周囲のすべてをまとめて吹き飛ばす。巻き込まれて大樹の幹へと叩きつけられたアーリアだったが、すぐ戦いに戻った。口蓋に溜まった血を吐き捨てながら。
(気づいてくれただろうか……)
 アーリアはアスタロトに立ち向かいながら、少し前を振り返る。
 先程の照明弾は森の各所に隠れていた騎士達だけに、知らせただけではない。アスタロト城で待機しているハンター達に、ヴァウランの体内突入を願う合図でもあった。


「あれって……きた、来たよ!」
 窓辺で椅子に腰かけていた弓月幸子が、顔から双眼鏡を離す。
 アーリアからの照明弾を確認したハンター一同は、足早にアスタロト像が聳える大広間へ。アーリアとアスタロトの戦いが始まったことで、隠す理由はなくなっている。雑魔に知られても問題はなく、誰もが身体を覆っていた外套を外した。
「こんなもんかのぅ」
「ついにこの時がきたの」
 ミグがショットアンカー、ディーナがレイバシアーで、像の台座に次々と穴を空けていく。仕上げにミグがイノーマスを叩きこむと、台座の四分の一が崩れて瓦礫と化した。
「やはりここで間違いないようだ」
 ロニが灯火の水晶球を自身の周囲に浮かべながら、台座下に隠れされていた階段を覗きこんだ。今のところ敵の姿は見かけられない。この場の守りを調査隊員に任せて、ハンター達は階段をおりていく。
「想像していたよりも、広いですの」
「全員が横並びになって歩いても、大丈夫そうです」
 ディーナとミオレスカがいった通り、階段の幅はとても広かった。
「聞いた話だと、城から飛びだしていった一部は別にして、たくさんの雑魔がまとめて姿を消したんだよな。これだけ余裕のある階段なら、百体以上いても五分もあれば身を隠せそうだ」
 歩夢が右側の石壁に顔を近づける。目をこらせば、手形のような汚れが無数に確認できた。輪郭からして蜥蜴雑魔が触った跡のようだ。
「……なんとなく想像していたが、やはり。当たらないほうがよかったのだが」
 鳳凰院が眉をしかめたのは、目の前の光景が一変したからである。数m下で階段は終わり、そこから先はヴァウランの体内だ。甲羅の一部が剥がされており、真っ赤な肉壁が取り囲む下り坂になっている。
「見かけはグロテスク。踏むとグニャグニャ。壁の部分も似たようなもの。だが、においがしないのだけは助かるな」
 南護炎が試しに肉の壁へと刃を突き立てた。血のようなものが流れでてくるものの、すぐに黒い瘴気と化して消えてしまう。
 坂を下り始めて十分が経った頃、肉の壁全体がぼんやりと輝きだす。やがて赤い照明をつけたような広い空洞へ辿り着いた。場違いなことに青い絨毯が敷かれており、様々な調度品が置かれていた。例えるのならば、まるで煌びやかな王宮の一室の如くである。
「少し待って欲しいですの。ここに軍団の歪虚や雑魔が、全部集まっていてもおかしくないの。討伐するには、慎重にやらないと」
 ディーナの言葉で全員が立ち止まり、周囲を見回す。
 すると全員が異様な光景に気がいた。肉壁の向こう側に、薄らと人影が浮かんでいる。突如、肉壁を突き破って蜥蜴雑魔二体がハンター達の目の前に。南護炎と歩夢が即座に斬り伏せたが、それで終わることなく次々と飛びだしてきた。
「出てくる前に、叩いてしまうんだよ!」
 弓月幸子がファイアーボールの火球炸裂で、数十をまとめて屠る。しかしそれでもごく一部しか倒せていない。それほどにヴァウランの体内空洞は広かった。
「どうしてこうしているのか、よくわからないが、少しでも減らしておくべきなんじゃろうな」
 ミグはまだ肉壁に埋まったままの雑魔を、ショットアンカーで串刺しにしていく。
「アスタロトが戻ってくる前に殲滅しておくべきだ」
 ロニは温存しておくべきか迷いつつも、プルガトリオを使った。闇の刃が次々と肉壁の人影に刺さっていく。
「雑魚相手には、これが一番なの!」
 ディーナは常に最大効率を考えつつ、セイクリッドフラッシュによる光の波動を雑魔集団に繰り返し浴びせかけた。
「冷静にいきましょう。焦りは禁物です。とはいえ、アーリアさんがアスタロトを撤退させるまでになんとかしないと」
「その通りだ。味方の被害は最小限に。雑魚の敵は早めにすべてを倒しきってしまうおう」
 ミオレスカと鳳凰院は、味方の範囲攻撃から外れた敵を遠隔攻撃で狙い撃った。
 それでもすべてを屠ることは叶わず、肉壁が崩れては雑魔が続々と。不幸中の幸いだが、目覚めたばかりの敵はどの個体も動きが鈍い。アスタロトが瞬間移動でいつ戻ってくるのかわからない状況下、ハンター達は全力を尽くそうとしていた。


 照明弾によって拠点から駆けつけてくれた騎士や兵もいて、雑魔の大半は瘴気の塵と還される。残りはゲリラ的な攻撃を仕掛けてくる個体のみとなった。
 しかしアスタロト単体のみで十分な脅威であり、防戦に徹するだけで精一杯。アーリアだけが満身創痍ではなく、騎士の大半が立っているのも辛うじての状態である。
(それでも、まだ望みは残っている。これは最初から賭けなのだから……)
 大地から沸きあがった魔法の衝撃で倒されたアーリアが、剣を杖にして蹌踉けながら起きあがった。臣下からの回復や補助魔法のおかげで辛うじて動けるものの、じり貧なのは誰の目にも明らかだった。
 アスタロトが肩に積もった埃を掌で払いながら、アーリアを嘲笑う。
「……昔からそうだ。表面だけは取り繕ったとしても、中身なんてありはしない。あの巨大亀のヴァウラン、最後の取っておきなのだろ? つまりお前には余裕なんてありはしない。崖っぷちで立ち竦み、両足を震わせながら、しかし余裕をかましているその姿。あまりに滑稽だ。一体どこの道化師だ?」
 毒舌のアーリアに稲妻が落ちる。眉間に皺を寄せたアスタロトによる攻撃だが、騎士の魔法で相殺された。
「その強気、どこまで持つのか見物だな。かつての弟よ、この手で屠ってやろうではないか。こんなことを思うとはな。……どうやら我にも、まだ優しさというやつが残っていたようだ」
 アスタロトは握っていた剣を大きく降り、刃に纏わり付いていた血を飛ばす。そして一歩一歩、アーリアに向けて近づいてきた。
(…………そのまま、そのまま。真っ直ぐだ)
 アーリアが拠点に向かう一週間前、先行隊が秘密裏にこの森へ直接やって来ている。照明弾を撃つまで潜んでいたのが先行隊のメンバーだ。アスタロトを倒すための策として、何カ所か罠を仕掛けておくよう予め命じてあった。
 その罠の一つが、アーリアとアスタロトを結んだ直線上に存在する。アスタロトが挑発に乗らず、あくまで遠隔攻撃に固執したのなら、作戦の失敗は確定していた。しかしアーリアが採り入れたアイテルカイトの傲慢さによって風向きが変わる。作戦が今、達せられようとしていた。
「一つだけ頼みがあるのだ。ミリア、ミリアだけは見逃してやってくれ。お前にとっても妹のはずだ」
「あれだけの悪態をついておきながら、それか。我が聞き入れると思うているのか。どこまで甘い男なのだ、貴様は」
 アスタロトの言葉が途切れる寸前、アーリアは後ろへと飛ぶ。印として地面に置かれていた宿り木の枝をアスタロトが踏んだからだ。
 凄まじい轟音と同時に、周囲が硝煙に包まれる。
 地中で垂直に立てられた大砲が、アスタロトを真下から砲撃したのだ。領内で採掘されたマテリアルの精錬物が榴弾に仕込まれており、大量の破片がアスタロトの全身に食い込んだ。
 月下の森に響くアスタロトの悲鳴。尊厳はおろか、意地すら感じられない、ただ痛みの感情が垂れ流されている。全身から黒い瘴気をまき散らすアスタロトの両眼は、真っ赤に染まっていた。
「今こそ好機。攻めろ、一気に!」
 アーリアが剣を振って風の刃を放つと、騎士達も続く。魔法に銃撃弓撃と、持ちうる遠隔攻撃のすべてをアスタロトに浴びせかける。
 何も語らず、ただ激しい呼吸音を立てながらアーリアを睨みつけ、アスタロトは姿を消した。瞬間移動によって跡形もなく。
「もっとアスタロトに……技を使わせられたのなら、よかったのだが……」
 アーリアは左右に大きく身体を揺らしてから、大地に両膝をつける。そして口から血を吐きながら呟いた。「まだ終わりではない。これからが真の戦いだ」と。


 ヴァウランの体内に広がる空洞全体に赤い霧が漂いだす。それまでに倒した雑魔消失の黒い瘴気と混じり合って、所々で渦を巻いていた。
 奇妙な景色に翻弄されたハンター達だが、南護炎は真っ先に気がつく。
「アスタロト! 俺は南護炎、歪虚を断つ剣なり!」
 南護炎が剣先で示した方角に、瘴気をまき散らすアスタロトが浮かびあがったのである。黒い炎に包まれたアスタロトの全身から、青い輝きの鉄片が次々と落ちていく。
「あれはマール出立時に聞かされたマテリアルの精錬物? アスタロトはアーリアさんが仕掛けた罠に、引っかかったようですね」
「あの無茶な作戦、どうやら成功したようだな。ならアーリアの命も無事だろうさ」
 ミオレスカと歩夢が立っているところまで、青い鉄片が転がってきた。
「これでしばらく瞬間移動は使えないんだよ! 倒すのは今なんだよ!」
「幸子のいう通りだ! アスタロト! お前との戦いもこれで終わりにする! 覚悟しろ!」
 弓月幸子と鳳凰院が一旦引きながら、アスタロトの背後へと回ろうとする。
 ハンターの一同を気にしていない様子のアスタロトだったが、翼を広げてゆっくりと宙に浮かんだ。やがて床から二十mほどの高さがある天井付近まで上昇した。
「……なるほど、そういうことか。アーリアの狙いはこれだったのか。とどのつまり、瞬間移動さえ使えなくすれば我を倒せると、そう彼奴は考えたのだな。…………舐められたものよ。全力でやる。加担したお前等も生かしておかぬぞ。死して永劫償うがいい!」
 アスタロトの高説は続いていたものの、聞き耳持たないロニがプルガトリオによる闇の刃を放つ。
「そう、生還すれば勝ち。勝ちなんです!」
 弓に持ち替えたミオレスカは、高加速射撃による矢を射った。
 やせ我慢なのか、興奮しているからなのか、更なる傷を負ってもアスタロトの態度は変わらない。肩に突き刺さった矢を引き抜いて笑みを浮かべる。
「待っていたの、アスタロト! レイバシアーの錆にしてやるの!」
 ディーナはここで灯火の水晶球を使い、前へと進んで仲間達と一緒に矢面に立つ。
(これも乗りかかった船。それに、生身で空を飛べるのが、貴様だけの時代は終わったのじゃ!)
 歩夢とアイコンタクトをとったミグは強化術式・紫電を自らにかけた。そして助走して力強く足元を蹴った。ジェットブーツによる加速にアルケミックフライトが重なり、しばし飛べるようになる。「ミグの、華麗なる空中殺法を目に焼き付けていくが逝くがよい!」飛翔の勢いのまま、過大集積魔導機塊でアスタロトの背中を殴打。グシャリと潰すような手応えを感じながら、アスタロトを叩き落とす。
 空中戦の真下では歩夢が準備を整えていた。
(これ以上、空を飛ばれるの面倒だ。ここは封じさせてもらうぜ)
 歩夢が打ったのは『地縛符』だ。これまでも逃げ場を用意するために使ってきたが、対アスタロト用として温存してきた分がまだ十分に残っている。落下したアスタロトが泥まみれとなり、身動きできなくなった。
「今のうちに!」
 続いて歩夢は、五色光符陣による光の結界でアスタロトを焼く。体中から黒い瘴気をまき散らしながら、アスタロトはもだえ苦しんだ。
「俺の『制御不能の覚悟』を見せてやるよ」
 南護炎がアスタロトに迫り、剣心一如による一打、さらに二連之業で二打。身体の正面を斬りつけて、二筋の剣傷を刻む。
「アスタロト! お前との戦いもこれで終わりにする! 覚悟しろ!」
 南護炎と殆ど同時に迫っていたのが鳳凰院だ。アスタロトの剣打を受けとめつつ、カウンターアタックで反撃を試みる。アスタロトに避けられたように見えたが、狙っていたのは一般的な体躯ではなかった。中途半端に畳まれていた片翼の一部を斬り落としたのである。
「アスタロト!」
 肉壁のところまで下がった歩夢がすかさず打ったのが、黒曜封印符。アスタロトの飛行能力がスキルであるのならば、これで抑え込みが可能のはずである。
 弓月幸子のライトニングボルトに胸元を貫かれたアスタロトが、まるで獣のように吠えた。
(これは……悲鳴ではない? どうして何故、遠吠えですの?)
 ディーナは歩夢に向けられたアスタロトによる魔法攻撃をホーリーヴェールで阻止しながら、首を傾げる。
 その答えはすぐに判明した。アスタロトが主として遠吠えで命じたのである。ヴァウランに地団駄を踏むのだと。
 元々斜めだった肉の床が、激しく揺れだす。それはまるで閉じこめられた瓶ごと振られたような、酷い状況。
「どこかに掴まるんだよ!」
 弓月幸子が肉の壁に突き立てた魔杖にしがみつく。地団駄の最中、多くの者が上下左右すらまったくわからなくなった。
「アスタロト、どこにいる!」
 ロニはアスタロトがどうしているのか、気になって仕方がなかった。
「この手があったか。やるな、アスタロト!」
 激しい揺れのせいで歩夢もその場に留まることはできず、黒曜封印符は解除されてしまう。
 ミグは再び空中に浮かびながら、アスタロトを探した。
(なるほどのぅ。最初からそうするつもりだったのじゃな)
 アスタロトもミグと同じように宙へと浮いて、地団駄の揺れをやり過ごしている。それでも翼の一部が切れているせいで、姿勢安定に四苦八苦といった様子だ。
「哀れなアーリアの下僕達よ。そのように傷ついて一体何になるのだ。一つ、提案があるのだがどうする? 聞いてみるか? このまま死ぬよりかはよいだろう」
 地団駄の揺れが収まりかけた頃、アスタロトが出現させた黒矢の雨が降り注いだ。
(限界に近い仲間を優先しなければ――)
 ロニはホーリーヴェールで仲間達を順に癒やす。巫女のラリエットを活用しながら。
(余計なことに惑わされている暇はないの)
 ディーナはアスタロトの甘言が威厳で相手を惑わす強制と看破。ピュリフィケーションによって仲間達をまとめて浄化する。
(今度こそはアスタロト、封じてやるぜ!)
 歩夢が渾身の力を込めて地縛符を仕掛ける。
「終わりの時、来たれりじゃ」
 ミグがショットアンカーの打撃によって、アスタロトの右翼を根元から千切り取った。
 落下するアスタロトに向けて南護炎が走りだす。そしてハウンドバレットによるミオレスカの曲射に鳳凰院の弓撃。落ちている間、アスタロトは遠隔射撃の的になる。
「いっただろ! アスタロト、貴様が俺に斃されるのは『ディスティーノ』……運命って奴なんだよ」
 南護炎が足元から掬うように振りあげた聖罰刃「ターミナー・レイ」が、アスタロトの胸部を打撃。弾かれたアスタロトは着地に成功したものの、泥に塗れて移動できなくなった。再び地縛符の効果によって。
 歩夢がワイルドカード充填の黒曜封印符を使う。
「アスタロトよ。お前が吐いた全力でやるというあの宣言。俺はあのときに、勝利を確信した。お前の心の叫びにしか聞こえなかったからな」
 ロニは残るすべてのプルガトリオの闇の刃を、アスタロトに浴びせかけた。
(傲慢なアスタロトの野望は、やはり理解できません。アーリアさんやミリアさん、領民のみなさんのためにも。そして――)
 ミオレスカが放った銃撃がアスタロトの額に命中。ヴァイス(ka0364)の祈りが届いたのか、その攻撃はアスタロトの意識を刈り取った。
「アスタロトは、ここで討つの!」
 ディーナはエンジェルフェザーを纏いつつ、セイクリッドフラッシュによる光の波動をアスタロトに注ぎ込む。
「もう終わりにしようか。アスタロト」
 鳳凰院が放った弓撃の一矢がアスタロトの喉へと突き刺さる。まもなくアスタロトの身体が黒砂の塊のように崩れていく。
「ふんっ!」
 南護炎がなで切りにすると、ただの砂の山と化す。砂粒が弾けるように瘴気になって、少しずつ消えていくのだった。


 アーリアと騎士二十名がヴァウランの体内空洞に辿り着いたのは、アスタロトとの決着がついて十数分が過ぎた頃だった。
 まだハンター達が留まっていた理由は、負傷と勝利後に襲われた極度の疲労のためだ。肉壁で囲まれた体内空洞から早く退散したくても、身体が動かなかったのである。
「一人に対し二人がかりで、肩を貸してやってくれ。余った者は護衛役だ」
 アーリアの指揮でヴァウランの体内から脱出を図った。わずかに残っていた雑魔を倒しながら上方を目指す。
 アーリアと騎士団二十名も全快ではなく、疲労が溜まっていて、また装備は酷く傷んでいた。進む間、アスタロトとの一戦がどれほどのものだったのか、言葉少な目に互いを称え合う。
 やがて肉の斜面から階段となり、そして城内へ。その場へ倒れこみたいほどに疲れていたが、力を振り絞ってヴァウランからの脱出を果たす。
 ハンター達は空飛ぶ幻獣の背中から、ヴァウランを見下ろした。
 今回の地団駄のせいか、土層の表面に地割れが走っている。染みだした体液が瘴気として散っているところからいっても、ヴァウランの甲羅が割れている可能性は高かった。

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MVP一覧

  • 支援巧者
    ロニ・カルディスka0551
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミka5843

重体一覧

参加者一覧

  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • デュエリスト
    弓月 幸子(ka1749
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • 師岬の未来をつなぐ
    ミオレスカ(ka3496
    エルフ|18才|女性|猟撃士
  • うら若き総帥の比翼
    ひりょ・ムーンリーフ(ka3744
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 真実を照らし出す光
    歩夢(ka5975
    人間(紅)|20才|男性|符術師
  • 覚悟の漢
    南護 炎(ka6651
    人間(蒼)|18才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問です
ミオレスカ(ka3496
エルフ|18才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2018/03/26 18:40:52
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/03/27 08:03:12
アイコン これは最後の戦いから何番目?
ディーナ・フェルミ(ka5843
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2018/03/28 00:34:07