ゲスト
(ka0000)
ダブルグランドシナリオ「【闇光】決死撤退戦・怠惰」

作戦1:ビックマー対応 リプレイ
- フィルメリア・クリスティア
(ka3380) - ヴィルマ・ネーベル
(ka2549) - サーシャ・V・クリューコファ
(ka0723) - ザレム・アズール
(ka0878) - ミルベルト・アーヴィング
(ka2401) - デスドクロ・ザ・ブラックホール
(ka0013) - レイレリア・リナークシス
(ka3872) - ナナセ・ウルヴァ
(ka5497) - 八城雪
(ka0146) - J・D
(ka3351) - ルシェン・グライシス
(ka5745) - 天竜寺 詩
(ka0396) - マーゴット
(ka5022) - 玄武坂 光
(ka4537) - ボルディア・コンフラムス
(ka0796) - 最上 風
(ka0891) - イーディス・ノースハイド
(ka2106) - 天央 観智
(ka0896) - 弥勒 明影
(ka0189) - アーサー・ホーガン
(ka0471) - 神代 誠一
(ka2086) - クィーロ・ヴェリル
(ka4122) - ネプ・ヴィンダールヴ
(ka4436) - 超級まりお
(ka0824) - ラスティ
(ka1400) - 時音 ざくろ
(ka1250) - アルテア・A・コートフィールド
(ka2553) - 久延毘 大二郎
(ka1771) - 弓月 幸子
(ka1749)
絶望的な撤退戦――ヴァル砦における対怠惰の歪虚王戦に臨む、ドワーフ王ヨアキム(kz0011)とハンター達。
既にヴァル砦の内部には緊迫した空気が流れ始めていた。
「そちらのバリスタを確認して下さい。使う際に故障していたのでは目も当てられません」 フィルメリア・クリスティア(ka3380)は、ドワーフ達と共にヴァル砦にあったバリスタや投石機の改修・動作確認を行っていた。
これから行われる怠惰の歪虚王――ビックマーとの戦いに、これらの攻城兵器は不可欠だ。ビックマーが接近するまで準備を完了させなければならない。
「あー、こっちの投石機はダメだ。完全に壊れてやがる」
フィルメリアと同じく投石機を確認していた貪狼(ka5799)は、ため息をつきながら立ち上がる。
このヴァル砦は、元々対怠惰用の砦であった。その為、投石機やバリスタがそのままの状態で放置されていたのだ。それらの兵器をビックマーに向けて使おうと考えているのだが、長きに渡って放置されていた為に使えない兵器も散見されるのだ。
「ここは随分前に放置された砦です。致し方ありません」
「だよなぁ。だけど、その砦であんなのと戦わなきゃならねぇんだぜ?」
貪狼が視線を送った先には、ヴァル砦へ歩み寄るビックマーの姿があった。
王冠とマントを羽織った巨大なクマのぬいぐるみ。遠目でみれば、すれば可愛らしい姿ではあるが、その大きさはヴァル砦を遙かに超える巨大さを誇っている。
あんな巨大な物体がこの砦を襲撃しようものなら……。
「本当、損な役回りだぜ」
「ですが、誰かがやらなければならない仕事です。
私達の後ろには、本当に多くの人達がいらっしゃるのですから」
貪狼の言葉に、フィルメリアはそう返した。
このヴァル砦を抜かれれば、もう間もなく辺境だ。その先には聖地が、そして城塞ノアーラ・クンタウがある。これらの場所に住む人達が避難する時間を稼ぐ為にも、ここでフィルメリア達は踏ん張らなければならないのだ。
「……ちっ、だよなぁ。
じゃあ、『窮鼠猫を噛む』……を体験させてやろうじゃねぇか……あのクマ公に」
軽い舌打ちをした貪狼は、再びビックマーを見据えた。
強く、睨み付けながら。
●
一方。 この砦で指揮を執っていたヨアキムの元に、数名のハンターが押しかけていた。
「そなた死にに行くつもりかえ?」
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は風に水色の髪をなびかせながら、ヨアキムの前に立った。
ヴィルマがヨアキムの死について言及したのは、この砦に運び込まれた『ブロート』と呼ばれる魔導機械が関係している。ブロートは魔導エンジンの高出力化を狙って設計された辺境ドワーフ製の高性能エンジンだが、構造に欠陥を抱えている。もし、起動すれば30秒も経たずに爆発する代物で、ヨアキムの居城『ヴェドル』の倉庫で解体する時を待っていたものだ。
今回ヨアキムがこれをヴァル砦に運び込んだのは、ビックマーに対する切り札として使う為のものだ。
「は、はん? ……な、何の事か分からねぇなぁ」
「惚けなくとも良い。あのブロートを起動すれば、逃げる術などない。爆発に巻き込まれる……そう考えておるのじゃろう?」
「…………」
ヨアキムは、ヴィルマの問いに沈黙で答えた。
このヴァル砦はマギア砦よりも小さいが、それでも端から端までの距離は少なく見積もっても100メートルはある。広間中央に設置されたブロートを起動した場合、走って逃げたとしても脱出する前に爆発する。爆風を確実にビックマーへヒットさせる為にギリギリまでヴァル砦へ引き付ける必要があるとするならば、尚更の話だ。
その事はヨアキム自身が理解している。
つまり、死を覚悟した上でブロートを起動しようというのだ。
「なんだ、分かってたのか。起動する時は知らせてやる。
だから、みんなその時は砦から撤退して……」
「……助かるのを諦めるのはいただけぬのう」
「!?」
ヴィルマの言葉に、ヨアキムは驚いた。
ブロートを起動させれば死は免れない。
そう考えていたヨアキムだったのだが、助かる可能性がある。生き残れるのであれば、ヨアキムだってそちらを選択したいに決まっている。
しかし――。
「だが、そんなうまい話があるのか? あのクマにダメージを与えながら、みんな無事に脱出できるっていう……」
「最初から不可能と諦めるのは、ダメだ」
サーシャ・V・クリューコファ(ka0723)が、試作魔導バイク「ナグルファル」を押しながら姿を現した。
状況を掴めない様子のヨアキムに、サーシャは脱出方法を簡単に説明する。
先に撤退路として壁に穴を開けておき、ブロートを起動した後でナグルファルに乗って一気に撤退路を駆け抜けるという訳だ。正門から回って脱出するよりもずっと早くに脱出できる。
「貴方が意地でも残る様に、私も意地で残る。二人揃って巻き込まれるか、私が逃げ切る方に賭けるか、選べ」
「……お前ぇも意地張ろうって訳か」
ヨアキムは、大きくため息をついた。
正直、ナグルファルに乗っても脱出できる保証はない。それ程危険な賭けなのだ。
そして、ヨアキム共に残ると主張するサーシャの本気は感じ取れる。
ヨアキムが残ると言い張ればサーシャは本当にヴァル砦に残るつもりだろう。
「だが、魔導バイクはスピードが乗るまでに少し時間がかかる。そいつはどーするつもりだ?」
「そこも心配はない」
ブロートを観察していたザレム・アズール(ka0878)は、振り返りながらそう言った。
可能であればブロートの起動を遠隔起動に切り替えた上、起動と同時にザレムがジェットブーツを連発して脱出を決行。サーシャのナグルファルがスピードに乗った時点で、ヨアキムを乗せる。ザレムはそのまま砦外の掘へ飛び込めば爆風からは逃れられる。
「……そういう作戦だ。脱出用に開けた穴は他のハンターがアースウォールで埋めてくれる。ブロートの爆風は適確にビックマーへ直撃する手筈になっている」
「今から遠隔起動で切り替えるってぇのは時間がなさ過ぎるが、予め撤退路を作っておいて全力で脱出するってぇのは一案だな。だけど、それで本当に……」
「迷われていますね」
砦の階上で投擲用の油壺を準備し終えたミルベルト・アーヴィング(ka3401)が、歩み寄ってきた。
ヨアキムやハンター以外の撤退準備や負傷者対応を行うべく砦中を忙しく走り回っている。今、ヨアキムの元へ寄ったのも撤退プランを相談する為だった。
「撤退は恥ずべき事ではありません。ですが、砦にいる方々やノアーラ・クンタウに住む方々の生存を両天秤にかける状況であるなら、わたくしはヨアキム様の意志を尊重します」
ミルベルトは、ヨアキムの決定を尊重するつもりだった。
ヨアキムの生存が難しい場合、被害を最小限に抑える意味でもヨアキムが一人で起動するのもやむを得ない。その事で一人でも多く明日を迎えられるのであれば、ミルベルトはその覚悟を受け入れる他ない。
ヨアキムは、悩む。
ここで撤退準備を行えば、多くのハンターを爆風に巻き込む恐れもある。
「ヨアキム様、ご決断を」
ミルベルトは、回答を促す。
ヨアキムはしばし悩んだ後、ゆっくりと口を開く。
「ワシは――」
様々な準備を終え、ハンター達はビックマーとの戦いへ身を投じていく。
最悪にして、最狂とも言える悲惨な戦いへ。
●
「ブッハハハ! さあ漆黒の時代の始まりだ!!」
ヴァル砦でデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が、高らかに叫ぶ。
砦の上空に吹く風は、一様に北へ流れ込んでいく。
その先にいるのは――怠惰王ビックマー。
「ヒュー! パーティに出遅れちまったか?
おい、ケーキはまだ残っているんだろうな?」
ビックマーは外見からは似付かわしくない軽口を叩きながら、ヴァル砦へ迫っている。ここから見ても巨大な相手。
しかし、デスドクロは恐怖よりも覚悟が上回っていた。
「ドワーフのおっさんが命賭けてんだ。暗黒皇帝たるこのデスドクロ様が怯むワケにゃいかねぇだろ。
……まずは先行部隊、頼むぞ」
「分かりました。ぬいぐるみとはいえ、歪虚王……見た目に騙されてはいけませんね……」
レイレリア・リナークシス(ka3872)が試作魔導バイク「ナグルファル」でビックマーへ向かって突き進む。
先行部隊のハンター達がビックマーへの足止め工作を試みるべく動き出す。
今回の作戦は少しでも時間を稼いで後方撤退の時間を稼ぐ事。
どんな些細な事でも構わない。
ここで釘付けにできるなら、僅かな方法でも試す価値はある。
「んんー、死ぬのは嫌なんですけど……逃げたら我らが祖霊様に怒られちゃいますよね。頑張りましょうか」
ゴースロンに騎乗するナナセ・ウルヴァナ(ka5497)は、敢えてビックマーの正面から回り込まず、側面へと移動する。
側面から攻撃する事でビックマーの注意をナナセへ向かわせる為だ。
ビックマーに近づきながら右側へ回り込む。
そして、矢を手にしてロングボウ「イチイバル」の弦を引こうとした瞬間――それは突然襲ってきた。
「……な、なにこれ……」
ナナセに襲い掛かる謎の疲労感。
まるで何かに気力を吸われたかのように体に重くのし掛かる。
エイミングでビックマーを捉えようとするも、いつものように狙いが定まらない。
「これが……『怠惰の感染』……」
同様にレイレリアにも謎の疲労感がのし掛かっていた。
先に夢幻城へ潜入した者達から報告があった。城へ足を踏み入れた瞬間に襲われる謎の感覚――動く事さえ、呼吸をする事さえ面倒と感じてしまう程の無気力――が、今まさにレイレリアにも襲いかかった。
「予想はしていましたが、これ程までとは……」
レイレリアは懐に四神護符を忍ばせていた。
負のマテリアルに多少なりとも対抗する為だったのだが、やはり歪虚王が相手ともなれば効果は薄いようだ。
「まあ、こっちが仕掛けたのに……そりゃ虫が良すぎる、です」
八城雪(ka0146)は怠惰の感染の影響が少ない場所に魔導バイクを停車させる。
手にしているのは、アサルトライフル。
この地点からビックマーを狙撃しようというのだ。
狙いを定め、引き金にかけた指に力を込める。
乾いた発射音が周囲に鳴り響く。
「……どう、です?」
アサルトライフルから降ろしてビックマーの方へ視線を移す八城。
しかし、ビックマーに変化があるようには思えない。
100メートルを超える巨体だ。弾丸が突き刺さっても、それが致命傷にする事は難しい。
「火力が足りない、です」
八城は、ここに来てビックマーが――歪虚王が如何なる相手なのかを思い知らされる。 一体、どうやって対応すれば良いのか……。
●
先行部隊が苦戦する頃、ヴァル砦では着実に対ビックマーの準備が進められていた。
「武運を祈っているぜ、ヨアキムの大将。生きて帰ったらチリコンカンを振る舞ってやるよ」
J・D(ka3351)は、広間の天井に馬車の幌で覆う作業に従事していた。
ブロートの爆風をビックマーへ効率良く直撃させる為には、炎の道が重要だ。そう考えたJ・Dは二階外壁部まで誘導路として穴を開けた。ブロートが爆発すれば、この誘導路を通ってビックマーを襲うはずだ。万が一、ビックマーにブロートを発見されないように馬車の幌を張ってカモフラージュする入念さだ。
「ああ、楽しみにしているぞ。その為にも生きて帰らねぇとなぁ」
「そう考えてくれた事、本当に嬉しく思うわ」
先にビックマーを偵察していた斥候を治療しながら、ルシェン・グライシス(ka5745)はそう呟いた。
先程、ミルベルトへ問い詰められた際、ヨアキムは悩んでいた。
しかし、その後ルシェンから言われた言葉がヨアキムに重く突き刺さった。
『生きてこそ次の欲望に繋げるものよ、ここで命を散らす事を考えるのは愚の骨頂。
やりたい事が少しでもあるのであれば、最後まで足掻き生き抜きなさい!』
生への執着。
それは見ようによっては醜く無様かもしれない。
だが、それは明日に続いている。
犠牲になるだけが正しい訳じゃない。
できる限りの事をやり尽くす。
その言葉によってヨアキムは、生還の為にハンター達を頼る事にした。
ザレムとサーシャは撤退路の再確認に忙しそうだ。
今はまだ生きる為に動き出したばかり。
間に合ってくれれば良いのだが……。
「ここにおったか」
ヨアキムに声を掛けたのは、ヴィルマだ。
本当であれば投石機付近でビックマーへ投げつける汚泥の準備をする前に会いたかったのだが、ヨアキムも多忙のようで会う事ができなかった。
汚泥の準備を終えて砦内へ戻った際にようやくヨアキムを発見したのだ。
「おう、なんかようか?」
「ほれ。霧の魔女お手製のお守りじゃ。もっとも我は自称霧の魔女じゃが、無いよりはマシじゃろ?」
そう言いながら、ヴィルマはヨアキムへ小さな黒猫のマスコットを手渡した。
ヨアキムが生き残れる事を願って製作したのだろう。
あまり信心深くないヨアキムであったが、ヴィルマの気持ちに感謝の言葉が漏れ出てくる。
「……おう、ありがとうよ」
「気休めかもしれぬ。じゃが、必ず生きて帰る事を願っておるよ……では、また会おうのぅ」
ヴィルマは踵を返すと再び投石機のある場所まで戻っていった。
生き残る為のお守り。
ヨアキムの手の中でずしりと重みを増した気がした。
●
砦二階の外ではビックマーへ攻撃を仕掛ける為の準備が最終段階を迎えていた。
「見た目はファンシーなのに凶悪なクマさんだね。
……あ、油壺はここに置いておくね」
天竜寺 詩(ka0396)は、ビックマーに向けて放たれる予定の油や火矢の準備をドワーフ達と共に行っていた。
時折、ドワーフ達の中には敵を前に怖じ気づく者も居たが、天竜寺が童謡を歌って落ち着かせる事で作業はスムーズに進んでいた。
誰しも、歪虚王という存在に恐怖を感じている。
表面には出さないまでも、その恐怖が着実に近づいている事には気付いていた。
「ありがとう。急いで準備を進めなければ……」
天竜寺の持ってきた油壺に布を巻き付けて、炎を着火する準備に勤しむマーゴット(ka5022)。
ビックマーが射程距離に入った段階でこの油壺を投石機に乗せて発射するのだが、マーゴットを含む数名のハンターには『ある目的』があった。
「攻撃チャンスは一回かもしれねぇ。チャンスは最大限に生かさねぇとな」 マーゴットと同じ目的を持つ玄武坂 光(ka4537)は、バリスタに油布を巻き付けていた。 バリスタと投石機による一斉射撃。
それも炎を使った攻撃――仮に命中しなくてもビックマーには十分足止めになると二人は考えていた。だが、それ以上にビックマーの王冠にヒットさせられれば、戦況そのものを変えられると信じていた。
「でも、本当にあそこに誰かがいるんだね」
天竜寺の瞳には、ビックマーの王冠が映っていた。
あの王冠に鎮座する一つのベッド。そこに謎の少女が横たわっている。
あのような場所で寝ているとすれば、さすがに普通の人間とは思えない。
「あの少女が『怠惰の感染』の発生源であるとすれば、攻撃を加える事で敵の士気を挫く事ができるかもしれない……そういう作戦だ」
気付けば、天竜寺の傍らにマーゴットが立っていた。
あの巨大なビックマーに対抗する術。
それが正解か不正解かは分からない。
だが、それで多くの時間が稼げるのであればやってみる価値はある。
「クマ公が射程距離に入って足を止めた瞬間、一斉攻撃だ。
先行部隊の連中がうまく足を止めさせてくれりゃ、いいんだがな」
玄武坂は、先行部隊の面々を危惧していた。
ここから見ても巨大なビックマーだ。間近で戦うとなれば、かなり苦戦を強いられるに違いない。
●
玄武坂の危惧は、嫌な方向で的中していた。
「うお!?」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は、吹き飛ばされて地面の上で派手に転がる。
ビックマーが足を止めた瞬間に縄でビックマーの両足を高速しようとするが、100メートルを超える巨体を支える足だ。下手な大木よりも巨大な上、結ぶ前に再び歩行を再開された時点で縄はビックマーの怪力によってほどかれてしまう。
ボルディアは既に何度もビックマーに吹き飛ばされているだが、何よりも厄介なのは――。
「……くそ。体が言う事を聞きやしねぇ」
ビックマーに接近するボルディアは、怠惰の感染を気合いで乗り切ろうとしていた。
だが、気合いだけで乗り越えられるような代物ではなかった。
沸き上がる無気力感に、体も心も容赦なく責め立てられる。
「回復が必要ですか?」
ボルディアを抱き起こしながら、最上 風(ka0891)はヒーリングスフィアを使った。
これでボルディアの傷を癒す事はできるが、怠惰の感染まで治療する事はできない。
「悪いな」
「いえ、お代はドワーフの王様からいただきますから。
それより、まだ戦えますか?」
正直、最上自身にも怠惰の感染は影響していた。
こうして何度もハンターを治療する行為も面倒で仕方が無い。
治療を続けるだけでも精神的負担は大きい。
「……やるしかねぇだろ」
ボルディアは、己を奮い立たせる。
再びビックマーへ挑む為に。
一方、ボルディアとは別のアプローチでビックマーへ挑む者達がいた。
「みんな、攻撃を一箇所へ集中させるんだ。
バラバラで攻撃していては敵にダメージを与えられない」
イーディス・ノースハイド(ka2106)は、周囲のハンター達に一斉集中攻撃を呼び掛けた。
ビックマーへ攻撃を続けるハンター達であったが、ビックマーが足を止める気配はまったくない。時折足を止めたとしてもダメージが原因ではなく、周囲の状況を確認する程度の事。このままではビックマーがヴァル砦へ到達するのも時間の問題だ。
「了解した。
敵の片足に攻撃を集中させる――それで良いな?」
天央 観智(ka0896)は、イーディスに同調した。
先程からファイアーボールで攻撃を繰り返しているが、ダメージを負っている気配が感じられない。ちょうど他のハンターと協力して集中攻撃を考えていたところだった。
「では、右足へ一斉に攻撃を仕掛けよう」
弥勒 明影(ka0189)の破邪之太刀に神威付与の黒炎が灯る。
既に幾度となく繰り返した作業だが、次は仲間を放つ強力な一撃。自然と弥勒が握る柄に力が込められる。
咥えたタバコから立ち上る煙が、一瞬揺れる。
「行くぞっ!」
「これでどうだ!」
イーディス、天央、弥勒がタイミングを見計らって同時にビックマーの右足に攻撃を叩き込む。
衝撃破、ファイアーアロー、神威付与の攻撃が同時にヒット。今までで一番強烈な一撃が炸裂した。
――しかし。
「……なに!?」
イーディスは、目を疑った。
攻撃の後、ビックマーの歩みは止まる気配がまったくない。今まで何も無かったかのような状況に衝撃を隠せない。
「ヒュー! なかなか頑張っちゃってるじゃないの。
でも、ちょーっと火力が足りないみたいだなぁ。ちゃんと朝食食べてるか?」
ビックマーが余裕の軽口。
ハンター三人の力を結集しただけでは足りないようだ。
「これで諦める訳にはいかない……何度だって攻撃を繰り返す」
天央は再びイーディスと弥勒へ攻撃を促した。
ここで攻撃を止めればヴァル砦が、そしてその後方にいる本隊に被害が及ぶ。
微力でも構わない。
一秒でもビックマーをここで足止めできるなら――。
「元よりそのつもりだ。撤退すべきギリギリまで挑もう」
「もう一度、同じ場所を!」
怠惰の感染を受ける中、三人は渾身の力を振るい続ける。
●
苦戦が続く先行部隊だが、ここで思い切った行動に出る者が現れる。
「この楽しむべき状況で怠けるなんて有り得ねぇな!」
アーサー・ホーガン(ka0471)は、グレートソード「エッケザックス」で片足に攻撃を集中しながら空を見上げていた。
正確には、それではなく――ビックマーの胸に付けられたリボンだった。
ビックマーが体重を前に倒した瞬間、タイミングを見計らってリボンを思い切り引っ張る。そして、ビックマーがバランスを崩した瞬間にリボンを両足に巻き付けて移動を阻害するのだ。
「足掻いたところで何ももらえねぇぞ。素直に道を空けた方がいいんじゃねぇか?」
ビックマーは足下のハンター達に視線を送るべく、上から覗き込んだ。
(今だっ!)
アーサーは足を攻撃する振りをした後、ビックマーのリボンを思い切り引っ張った。
――だが。
「重てぇ!」
アーサーの手に伝わる異常な重量感。
舞台の緞帳でも数百キロはある。それが体長100メートルのビックマーが愛用するリボンとなれば、その重さは緞帳のそれよりも遙かに超える。アーサー一人で引いても止める事はできない。
「なんだ? 俺様のいぶし銀を引き立てるリボンに手をかけている奴がいるのか。
悪いな。こいつは俺様専用なんだ。お前が付けたって……無駄だ、よっ!」
ビックマーはリボンを振り上げるように体を大きく動かした。
次の瞬間、リボンは宙を舞う。
「おお!?」
リボンを手にしていたアーサーは、怠惰の感染の影響もあって空中でリボンを離してしまう。
その結果、アーサーの体は大きく跳ね飛ばされ、派手に地面へ激突した。
しかし、このアーサーの行動を受けたのか――他のハンターも行動に出る。
「今ですっ!」
「おうっ! こんな楽しいイベント中に怠惰なんてしてられるか!」
「もっふもふなのですー」
神代 誠一(ka2086)は、クィーロ・ヴェリル(ka4122)とネプ・ヴィンダールヴ(ka4436)へ合図を送り、ビックマーへと登り始めた。
クィーロが刺突一閃で日本刀「虎徹」で足場を作り、神代は鉤爪「タランテラ」を使って登っていく。
顔近くまで登っていけばビックマーもさすがに神代達に注意を払うはずだ。その隙をついてフェイントアタックを叩き込みダメージを与える。
それが神代達の目的だ。
「早く顔の横まで登って『くまんてぃーぬ』とおそろいなのを確かめるのですー!」
……ネプを除いては。
しかし、登るにつれてある異常に気付かされる事になる。
「な、なんだこりゃ……」
クィーロの体に蓄積する疲労感。
おそらく怠惰の感染なのだろうが、ビックマーの足下よりも顔に近づくにつれて急激に悪化していくのが分かる。まだ腰の辺りなのだが、腕を上げる事も厳しくなってきた。
「はぅぅ、まだ可愛い大きなクマさんを……間近で見てないのです……」
ネプの方もクィーロ同様苦しそうだ。
体長100メートルという事は、腰の辺りでも単純に見て50メートル。
それも登れば登る程、怠惰の感染がきつくなっていく。 「せめて、中身を……見せてもらいます!」
神代は、ビックマーの腰辺りにスラッシュエッジで渾身の一撃を放つ。
だが、ビックマーの肌に傷を付ける事はできない。金属のような堅さというよりは想像以上に分厚い皮という感触だ。
この一撃でビックマーも異変に気付く。
「ああ、いつの間にここまで上がってきたんだ?
……あーらよっと」
ビックマーは体を小刻みに震わせた。
人間であれば小さな振動だが、ビックマーに捕まっている三人にとっては大地震だ。
怠惰の感染もあり、三人は手を離して地面へ激突。ビックマーに登る難しさを思い知らされる結果となった。
「……あの頭付近に『怠惰の感染』の原因があるのか」
神代は、苦々しくビックマーを見上げた。
●
そんなビックマーだったが、思わぬ伏兵を前に足を止める事になる。
「ここでこけるとぬいぐるみとして死ぬよー」
超級まりお(ka0824)は、魔導二輪「龍雲」に乗りながらビックマーに前に『ある物』を撒き散らしていた。
それはビックマーが嫌がりそうな事として掻き集めた排泄物。
砦中や付近を探して必死に掻き集めたブツをビックマーの進行路に撒き散らしたのだ。残念ながら砦自体が長く放置されていた為に目的の量を集める事は難しかったが、ビックマーにとっては躊躇させるに十分な策であった。
「渋い、渋いねぇ。なかなかの奇策だ。ダンディな俺様も、ここは避けて通るしかねぇな」
本来であれば大量に撒いておく予定だったが、ビックマーの侵攻を食い止めるという意味では効果があったようだ。
まりおにとっては単なる嫌がらせであったが――砦に居たハンター達にとっては絶好の機会であった。
「一張羅を台無しにしてやろうぜ」
ラスティ(ka1400)の指示で投石機に準備してあった汚泥が放たれる。
さらにバリスタからは時音 ざくろ(ka1250)が賞味期限の切れた天然ハチミツが発射される。
「そんなに汚れるのが嫌なら、これならどうだっ!」
射程距離内で足を止めたビックマーを一斉に襲う泥とハチミツのコラボ。
巨大なビックマーにとっては僅かな量ではあったが、衣装を気にするビックマーにとっては結構ショックな出来事だ。
「な! やりやがったな!
クリーニング出したら結構な値段を取られるんだぞ!」
体を汚して叫ぶビックマー。
怒っているつもりなのだろうが、ファンシーな外見からは怒っているようには見えない。
「よしっ。フィルメリア、久延毘。きっついのを喰らわせてやれっ!」
手筈通りだとばかりに、アルテア・A・コートフィールド(ka2553)と久延毘 大二郎(ka1771)へ指示を出す玄武坂。
「好機は絶対に逃がさない……必ず当てて見せる……!」
アテルアはビックマーがリボンの汚れを調べる為に顔を下げた瞬間、投石機とバリスタの一撃を放つ。
予定通り、狙うはビックマーの頭上にある王冠部分。
「悪いが私ゃ人形遊びは既に卒業している年頃なんだ。それでも遊べというのならば、謹んでお断りさせていただこう」
久延毘はエクスエンドレンジを乗せて強化した天道球「天地人我」を放つ。
こちらも狙うはビックマーの王冠。
怠惰の感染の原因があそこにあるのであれば、ここから確実に叩けるはずだ。
「ちっ! てめぇら、俺様の頭を狙ってやがるのか!?」
バリスタと投石機が自分の頭を狙われていると気付いたビックマー。
数歩下がりながら必死で頭を守ろうとする。
「この一撃に俺の全力をかけるっ、いけぇぇっ!」
玄武坂はバリスタの矢に油布を撒いて火を付けた巨大な火矢をビックマーに放った。
ビックマーが数歩下がった事で頭上への直撃は回避されたが、顔面に向けて大きくヒットする。
炎がダメージを増加させ、ビックマーの顔に焼け焦げがつく。
「やったか?」
久延毘は改めてビックマーに視線を移す。
だが、ビックマーはか一歩も動こうとしない。
●
何故、ビックマーは動かないのか。
それは砦から一斉砲撃をされている最中に秘密があった。
「ふぅ?、到着っと」
ビックマーの頭上にふわりと降り立ったのは弓月 幸子(ka1749)。
以前投石機で敵陣に飛んだ経験を生かし、大きな布を羽織ってストーンアーマーを発動。最高点でウインドガストで風を操作。ショットアンカーでビックマーの頭にアンカーを撃ち込んでビックマーの頭部へ辿り着いた。
以前と同様無事到着した訳だが、以前と大きく違う点がある。
「……こ、これが……怠惰の感染……想像以上にキツいんだけど」
幸子の体に思い切りのし掛かる倦怠感。
息をするのも辛くなるような感覚。
情報では聞いていたけど、ここまで酷いとは思っていなかった。
だが、幸子には腹案があった。
「あのベッドまで行けば……」
震える足を引き摺りながら幸子は、ゆっくりとベッドに向かって歩み出す。
ベッドの上にいるのは謎の少女。
彼女がこの倦怠感の原因なのかは分からない。
幸子の推理では少女に何かをさせる気にすれば、怠惰の感染を止められるかもしれない。
そう考えた幸子は必死にベッドを目指す。
「……誰?」
ふいに少女が起き上がる。
幸子は目的の達成が目前である事を確信する。
「君に何かをさせる気にすれば……このだるさは、取れるかもだね。ドロー……」
「……ビックマー」
少女の言葉が幸子の言葉を遮った。
次の瞬間、幸子の足下が揺れる。
予想外の振動に幸子は耐えきれず、足を滑らせて落下。
地面に向けて頭から落ちていく。
ビックマーの頭から落下したとすれば、地面への直撃は大変危険だ。
「ショットアンカーを……」
幸子はショットアンカーを放とうとする。
だが、腕を上げると同時に左側面から何かが飛び込んでくる。
そして――衝突。
巨大な塊は幸子の体を弾き飛ばし、地面へ強烈に叩き付ける。
それがビックマーの拳だった事に気付いたのは、体が動かせない程ダメージを負った後だった。
●
「……てめぇら。オーロラを狙いやがったのか」
ビックマーは、顔をゆっくりと持ち上げる。
そこには先程までファンシーだったビックマーではなく、明らかに今まで以上に怒りを抱えたビックマーがいた。
「おお? 何やら雰囲気が変わったように見えるが……」
デスドクロはビックマーの異変に気付いた。
ビックマーは屈伸するかのように重心を下にする。
力を十分に溜めながら、ビックマーの顔がヴァル砦の方へ向けられる。
「マズい、奴は立ち幅跳びで一気に間合いを詰める気だ。
総員退避っ!」
玄武坂はビックマーの考えを察して周囲に叫ぶ。
あんな巨体でも、あの距離からジャンプすれば着地地点は――。
「遅ぇよ」
次の瞬間、ビックマーの巨体は弾丸と化してヴァル砦へ衝突。
ドワーフが戦闘開始前に補強していた防衛壁のおかげで衝撃は些か和らいでいるが、ビックマーの巨体はヴァル砦へ乗り上げる形になる。
瓦礫と化していくヴァル砦は、ハンター達を巻き込みながら一気に崩壊していく。
「おお!? ここはジェットブーツで……」
デスドクロはジェットブーツでビックマーの背後に回り込もうとするも、足場が崩壊して飛び移る事ができない。
空中でビックマーの体に衝突した後、地面に向かって落下していく。
ビックマーが立ち上がる頃、周囲は瓦礫の山が積み上がっていた。
その中に埋もれるかのように多数のドワーフが死体となって横たわっていた。
破壊の限りを尽くしたビックマー。
ゆっくりと立ち上がると満足そうに辺りを見回した。
「……ふぅ。久しぶりに運動しちまったぜ」
●
「くっ。瓦礫の下に埋もれた者を可能な限り救出して下さい」
生存した兵士やドワーフ達へミルベルトは、指示を出す。
既に多くの者が瓦礫の下敷きとなり、早急な救出が必要となっている。
ビックマーが着地した地点は特に酷く、最早砦の様相を呈していない。
「……お気を確かに。治療します」
瓦礫から救出されたJ・Dをミルベルトはヒールで癒す。
傷を癒している最中にも、複数の箇所を負傷しているらしくJ・Dは体を震わせる。
「くそ……誘導路を作ったってぇのに、ビックマーの奴……もっとデカい穴を開けやがった、か」
予定であればギリギリまで砦へ近づいたところをブロートの炎で焼く予定だった。
まさか、怒りに任せてジャンプするとは思わなかった。
「もう限界ですね。
……皆さん、撤退の準備を。負傷者は優先的に馬車の方へ」
事前にヨアキムと打ち合わせていた通り、砦の限界を感じ取ったミルベルトは撤退の指示を各方面に出した。
既に先行部隊も限界を察知して撤退を開始している頃だろう。
「歩ける程度にはヒールで治療します。もう少々我慢して下さい」
J・Dの足にヒールをかけるミルベルト。
だが、当のJ・Dは自分よりもヨアキムを案じていた。
「死ぬなよ、ヨアキムの大将。チリコンカンを食べる約束を忘れるなよ……」
●
「ブロートを起動するっ! 頼んだぞ!」
ヨアキムの背後についていくザレム。
既にサーシャは広場で試作魔導バイク「ナグルファル」を準備、ルシェンが撤退路の最終確認を行っているはずだ。ブロートを起動した後でザレムがジェットブーツでヨアキムを抱えて撤退路へ向かう。スピードの乗ったサーシャの魔導バイクにヨアキムをバトンタッチしてそのまま砦を後にする。
これでもブロートの爆風に巻き込まれない保証は無い。
脱出の為に、ヨアキムの為に最善を尽くす――はずだった。
「ふむ、ようやくご到着か」
広場には、一人の男――仮面を被った男性が部屋の中央に佇んでいた。
本来そこにあるべきブロートの姿は何処にも見当たらない。
「ん? お前ぇは誰だ? 協力してくれたハンターの中にいなかった気がするんだが……」
「ヨアキム、こいつはコーリアスという歪虚だ。
侵入を阻む連中が戦ってたはずだが……抜かれたのか」
ザレムはヨアキムにそっと耳打ちする。
この広場にコーリアスが立っていたという事は、ブロートはコーリアスの手によって奪われたと考えるべきだろう。
「なんだと!? ブロートが無くちゃ、ビックマーを攻撃できねぇじゃねぇか……」
その場で崩れ落ちるヨアキム。
最後の切り札まで歪虚に奪われてしまったショックに、立っていられなくなったのだろう。
ザレムはヨアキムを庇うように体をヨアキムの前に滑り込ませる。
「ブロートを奪った後、わざわざここで待ってたのか」
「左様。あの好奇心を発起させる物を発案した男の顔に興味があったからな」
コーリアスは、改めてヨアキムの顔に視線を送る。
状況が理解できない様子のヨアキムは、思わず首を傾げる。
「顔面の作りも興味深いが、それ以上に技術者では考えつかない自由な発想を持つドワーフ……ふふふ、実に面白い」
更なるビックマーの攻撃によりヴァル砦は、本格的な崩壊が始まる。
崩れ落ちる瓦礫の中、コーリアスの笑い声が広場に響く。
「行き給え。そして、その頭脳でより興味深い作品を生み出すがいい」
「は? 見逃すってぇのか……」
コーリアスは、ヨアキムを生かす事に決めた。
ブロートを奪われた以上、無駄死にする必要も無い。
それは気紛れかもしれないが、この場は早々に立ち去った方が良い。
そう考えていた最中――新たにもう一人の声が木霊する。
「ヨアキムっ!」
サーシャが、ヨアキムの名を呼んだ。
次の瞬間、魔導バイクがライト点灯。
一瞬、顔を顰めるコーリアス。
「今だ、行くぞ!」
ザレムはヨアキムを抱えてジェットブーツを発動。
同時にサーシャも魔導バイクで走り出す。
予定とは大きく異なってしまったが、ヨアキムは二人と共にヴァル砦を脱出する。
「今殺す気は無いと言ったはずだ。慌てて出て行く必要もないが……まあいい。
良き作品を期待している。せいぜい楽しませてくれ給え」
崩れゆくヴァル砦の中、コーリアスはまだ日の目を見ぬ作品達に思いを馳せていた。
――こうして。
ヴァル砦は陥落した。
多数の死傷者と多数の重傷者を出しながら、対怠惰の歪虚王戦は終結する。
想定よりも早い陥落は、本隊の撤退に大きな影響を及ぼす事となった。
既にヴァル砦の内部には緊迫した空気が流れ始めていた。
「そちらのバリスタを確認して下さい。使う際に故障していたのでは目も当てられません」 フィルメリア・クリスティア(ka3380)は、ドワーフ達と共にヴァル砦にあったバリスタや投石機の改修・動作確認を行っていた。
これから行われる怠惰の歪虚王――ビックマーとの戦いに、これらの攻城兵器は不可欠だ。ビックマーが接近するまで準備を完了させなければならない。
「あー、こっちの投石機はダメだ。完全に壊れてやがる」
フィルメリアと同じく投石機を確認していた貪狼(ka5799)は、ため息をつきながら立ち上がる。
このヴァル砦は、元々対怠惰用の砦であった。その為、投石機やバリスタがそのままの状態で放置されていたのだ。それらの兵器をビックマーに向けて使おうと考えているのだが、長きに渡って放置されていた為に使えない兵器も散見されるのだ。
「ここは随分前に放置された砦です。致し方ありません」
「だよなぁ。だけど、その砦であんなのと戦わなきゃならねぇんだぜ?」
貪狼が視線を送った先には、ヴァル砦へ歩み寄るビックマーの姿があった。
王冠とマントを羽織った巨大なクマのぬいぐるみ。遠目でみれば、すれば可愛らしい姿ではあるが、その大きさはヴァル砦を遙かに超える巨大さを誇っている。
あんな巨大な物体がこの砦を襲撃しようものなら……。
「本当、損な役回りだぜ」
「ですが、誰かがやらなければならない仕事です。
私達の後ろには、本当に多くの人達がいらっしゃるのですから」
貪狼の言葉に、フィルメリアはそう返した。
このヴァル砦を抜かれれば、もう間もなく辺境だ。その先には聖地が、そして城塞ノアーラ・クンタウがある。これらの場所に住む人達が避難する時間を稼ぐ為にも、ここでフィルメリア達は踏ん張らなければならないのだ。
「……ちっ、だよなぁ。
じゃあ、『窮鼠猫を噛む』……を体験させてやろうじゃねぇか……あのクマ公に」
軽い舌打ちをした貪狼は、再びビックマーを見据えた。
強く、睨み付けながら。
●
一方。 この砦で指揮を執っていたヨアキムの元に、数名のハンターが押しかけていた。
「そなた死にに行くつもりかえ?」
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は風に水色の髪をなびかせながら、ヨアキムの前に立った。
ヴィルマがヨアキムの死について言及したのは、この砦に運び込まれた『ブロート』と呼ばれる魔導機械が関係している。ブロートは魔導エンジンの高出力化を狙って設計された辺境ドワーフ製の高性能エンジンだが、構造に欠陥を抱えている。もし、起動すれば30秒も経たずに爆発する代物で、ヨアキムの居城『ヴェドル』の倉庫で解体する時を待っていたものだ。
今回ヨアキムがこれをヴァル砦に運び込んだのは、ビックマーに対する切り札として使う為のものだ。
「は、はん? ……な、何の事か分からねぇなぁ」
「惚けなくとも良い。あのブロートを起動すれば、逃げる術などない。爆発に巻き込まれる……そう考えておるのじゃろう?」
「…………」
ヨアキムは、ヴィルマの問いに沈黙で答えた。
このヴァル砦はマギア砦よりも小さいが、それでも端から端までの距離は少なく見積もっても100メートルはある。広間中央に設置されたブロートを起動した場合、走って逃げたとしても脱出する前に爆発する。爆風を確実にビックマーへヒットさせる為にギリギリまでヴァル砦へ引き付ける必要があるとするならば、尚更の話だ。
その事はヨアキム自身が理解している。
つまり、死を覚悟した上でブロートを起動しようというのだ。
「なんだ、分かってたのか。起動する時は知らせてやる。
だから、みんなその時は砦から撤退して……」
「……助かるのを諦めるのはいただけぬのう」
「!?」
ヴィルマの言葉に、ヨアキムは驚いた。
ブロートを起動させれば死は免れない。
そう考えていたヨアキムだったのだが、助かる可能性がある。生き残れるのであれば、ヨアキムだってそちらを選択したいに決まっている。
しかし――。
「だが、そんなうまい話があるのか? あのクマにダメージを与えながら、みんな無事に脱出できるっていう……」
「最初から不可能と諦めるのは、ダメだ」
サーシャ・V・クリューコファ(ka0723)が、試作魔導バイク「ナグルファル」を押しながら姿を現した。
状況を掴めない様子のヨアキムに、サーシャは脱出方法を簡単に説明する。
先に撤退路として壁に穴を開けておき、ブロートを起動した後でナグルファルに乗って一気に撤退路を駆け抜けるという訳だ。正門から回って脱出するよりもずっと早くに脱出できる。
「貴方が意地でも残る様に、私も意地で残る。二人揃って巻き込まれるか、私が逃げ切る方に賭けるか、選べ」
「……お前ぇも意地張ろうって訳か」
ヨアキムは、大きくため息をついた。
正直、ナグルファルに乗っても脱出できる保証はない。それ程危険な賭けなのだ。
そして、ヨアキム共に残ると主張するサーシャの本気は感じ取れる。
ヨアキムが残ると言い張ればサーシャは本当にヴァル砦に残るつもりだろう。
「だが、魔導バイクはスピードが乗るまでに少し時間がかかる。そいつはどーするつもりだ?」
「そこも心配はない」
ブロートを観察していたザレム・アズール(ka0878)は、振り返りながらそう言った。
可能であればブロートの起動を遠隔起動に切り替えた上、起動と同時にザレムがジェットブーツを連発して脱出を決行。サーシャのナグルファルがスピードに乗った時点で、ヨアキムを乗せる。ザレムはそのまま砦外の掘へ飛び込めば爆風からは逃れられる。
「……そういう作戦だ。脱出用に開けた穴は他のハンターがアースウォールで埋めてくれる。ブロートの爆風は適確にビックマーへ直撃する手筈になっている」
「今から遠隔起動で切り替えるってぇのは時間がなさ過ぎるが、予め撤退路を作っておいて全力で脱出するってぇのは一案だな。だけど、それで本当に……」
「迷われていますね」
砦の階上で投擲用の油壺を準備し終えたミルベルト・アーヴィング(ka3401)が、歩み寄ってきた。
ヨアキムやハンター以外の撤退準備や負傷者対応を行うべく砦中を忙しく走り回っている。今、ヨアキムの元へ寄ったのも撤退プランを相談する為だった。
「撤退は恥ずべき事ではありません。ですが、砦にいる方々やノアーラ・クンタウに住む方々の生存を両天秤にかける状況であるなら、わたくしはヨアキム様の意志を尊重します」
ミルベルトは、ヨアキムの決定を尊重するつもりだった。
ヨアキムの生存が難しい場合、被害を最小限に抑える意味でもヨアキムが一人で起動するのもやむを得ない。その事で一人でも多く明日を迎えられるのであれば、ミルベルトはその覚悟を受け入れる他ない。
ヨアキムは、悩む。
ここで撤退準備を行えば、多くのハンターを爆風に巻き込む恐れもある。
「ヨアキム様、ご決断を」
ミルベルトは、回答を促す。
ヨアキムはしばし悩んだ後、ゆっくりと口を開く。
「ワシは――」
様々な準備を終え、ハンター達はビックマーとの戦いへ身を投じていく。
最悪にして、最狂とも言える悲惨な戦いへ。
●
「ブッハハハ! さあ漆黒の時代の始まりだ!!」
ヴァル砦でデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が、高らかに叫ぶ。
砦の上空に吹く風は、一様に北へ流れ込んでいく。
その先にいるのは――怠惰王ビックマー。
「ヒュー! パーティに出遅れちまったか?
おい、ケーキはまだ残っているんだろうな?」
ビックマーは外見からは似付かわしくない軽口を叩きながら、ヴァル砦へ迫っている。ここから見ても巨大な相手。
しかし、デスドクロは恐怖よりも覚悟が上回っていた。
「ドワーフのおっさんが命賭けてんだ。暗黒皇帝たるこのデスドクロ様が怯むワケにゃいかねぇだろ。
……まずは先行部隊、頼むぞ」
「分かりました。ぬいぐるみとはいえ、歪虚王……見た目に騙されてはいけませんね……」
レイレリア・リナークシス(ka3872)が試作魔導バイク「ナグルファル」でビックマーへ向かって突き進む。
先行部隊のハンター達がビックマーへの足止め工作を試みるべく動き出す。
今回の作戦は少しでも時間を稼いで後方撤退の時間を稼ぐ事。
どんな些細な事でも構わない。
ここで釘付けにできるなら、僅かな方法でも試す価値はある。
「んんー、死ぬのは嫌なんですけど……逃げたら我らが祖霊様に怒られちゃいますよね。頑張りましょうか」
ゴースロンに騎乗するナナセ・ウルヴァナ(ka5497)は、敢えてビックマーの正面から回り込まず、側面へと移動する。
側面から攻撃する事でビックマーの注意をナナセへ向かわせる為だ。
ビックマーに近づきながら右側へ回り込む。
そして、矢を手にしてロングボウ「イチイバル」の弦を引こうとした瞬間――それは突然襲ってきた。
「……な、なにこれ……」
ナナセに襲い掛かる謎の疲労感。
まるで何かに気力を吸われたかのように体に重くのし掛かる。
エイミングでビックマーを捉えようとするも、いつものように狙いが定まらない。
「これが……『怠惰の感染』……」
同様にレイレリアにも謎の疲労感がのし掛かっていた。
先に夢幻城へ潜入した者達から報告があった。城へ足を踏み入れた瞬間に襲われる謎の感覚――動く事さえ、呼吸をする事さえ面倒と感じてしまう程の無気力――が、今まさにレイレリアにも襲いかかった。
「予想はしていましたが、これ程までとは……」
レイレリアは懐に四神護符を忍ばせていた。
負のマテリアルに多少なりとも対抗する為だったのだが、やはり歪虚王が相手ともなれば効果は薄いようだ。
「まあ、こっちが仕掛けたのに……そりゃ虫が良すぎる、です」
八城雪(ka0146)は怠惰の感染の影響が少ない場所に魔導バイクを停車させる。
手にしているのは、アサルトライフル。
この地点からビックマーを狙撃しようというのだ。
狙いを定め、引き金にかけた指に力を込める。
乾いた発射音が周囲に鳴り響く。
「……どう、です?」
アサルトライフルから降ろしてビックマーの方へ視線を移す八城。
しかし、ビックマーに変化があるようには思えない。
100メートルを超える巨体だ。弾丸が突き刺さっても、それが致命傷にする事は難しい。
「火力が足りない、です」
八城は、ここに来てビックマーが――歪虚王が如何なる相手なのかを思い知らされる。 一体、どうやって対応すれば良いのか……。
●
先行部隊が苦戦する頃、ヴァル砦では着実に対ビックマーの準備が進められていた。
「武運を祈っているぜ、ヨアキムの大将。生きて帰ったらチリコンカンを振る舞ってやるよ」
J・D(ka3351)は、広間の天井に馬車の幌で覆う作業に従事していた。
ブロートの爆風をビックマーへ効率良く直撃させる為には、炎の道が重要だ。そう考えたJ・Dは二階外壁部まで誘導路として穴を開けた。ブロートが爆発すれば、この誘導路を通ってビックマーを襲うはずだ。万が一、ビックマーにブロートを発見されないように馬車の幌を張ってカモフラージュする入念さだ。
「ああ、楽しみにしているぞ。その為にも生きて帰らねぇとなぁ」
「そう考えてくれた事、本当に嬉しく思うわ」
先にビックマーを偵察していた斥候を治療しながら、ルシェン・グライシス(ka5745)はそう呟いた。
先程、ミルベルトへ問い詰められた際、ヨアキムは悩んでいた。
しかし、その後ルシェンから言われた言葉がヨアキムに重く突き刺さった。
『生きてこそ次の欲望に繋げるものよ、ここで命を散らす事を考えるのは愚の骨頂。
やりたい事が少しでもあるのであれば、最後まで足掻き生き抜きなさい!』
生への執着。
それは見ようによっては醜く無様かもしれない。
だが、それは明日に続いている。
犠牲になるだけが正しい訳じゃない。
できる限りの事をやり尽くす。
その言葉によってヨアキムは、生還の為にハンター達を頼る事にした。
ザレムとサーシャは撤退路の再確認に忙しそうだ。
今はまだ生きる為に動き出したばかり。
間に合ってくれれば良いのだが……。
「ここにおったか」
ヨアキムに声を掛けたのは、ヴィルマだ。
本当であれば投石機付近でビックマーへ投げつける汚泥の準備をする前に会いたかったのだが、ヨアキムも多忙のようで会う事ができなかった。
汚泥の準備を終えて砦内へ戻った際にようやくヨアキムを発見したのだ。
「おう、なんかようか?」
「ほれ。霧の魔女お手製のお守りじゃ。もっとも我は自称霧の魔女じゃが、無いよりはマシじゃろ?」
そう言いながら、ヴィルマはヨアキムへ小さな黒猫のマスコットを手渡した。
ヨアキムが生き残れる事を願って製作したのだろう。
あまり信心深くないヨアキムであったが、ヴィルマの気持ちに感謝の言葉が漏れ出てくる。
「……おう、ありがとうよ」
「気休めかもしれぬ。じゃが、必ず生きて帰る事を願っておるよ……では、また会おうのぅ」
ヴィルマは踵を返すと再び投石機のある場所まで戻っていった。
生き残る為のお守り。
ヨアキムの手の中でずしりと重みを増した気がした。
●
砦二階の外ではビックマーへ攻撃を仕掛ける為の準備が最終段階を迎えていた。
「見た目はファンシーなのに凶悪なクマさんだね。
……あ、油壺はここに置いておくね」
天竜寺 詩(ka0396)は、ビックマーに向けて放たれる予定の油や火矢の準備をドワーフ達と共に行っていた。
時折、ドワーフ達の中には敵を前に怖じ気づく者も居たが、天竜寺が童謡を歌って落ち着かせる事で作業はスムーズに進んでいた。
誰しも、歪虚王という存在に恐怖を感じている。
表面には出さないまでも、その恐怖が着実に近づいている事には気付いていた。
「ありがとう。急いで準備を進めなければ……」
天竜寺の持ってきた油壺に布を巻き付けて、炎を着火する準備に勤しむマーゴット(ka5022)。
ビックマーが射程距離に入った段階でこの油壺を投石機に乗せて発射するのだが、マーゴットを含む数名のハンターには『ある目的』があった。
「攻撃チャンスは一回かもしれねぇ。チャンスは最大限に生かさねぇとな」 マーゴットと同じ目的を持つ玄武坂 光(ka4537)は、バリスタに油布を巻き付けていた。 バリスタと投石機による一斉射撃。
それも炎を使った攻撃――仮に命中しなくてもビックマーには十分足止めになると二人は考えていた。だが、それ以上にビックマーの王冠にヒットさせられれば、戦況そのものを変えられると信じていた。
「でも、本当にあそこに誰かがいるんだね」
天竜寺の瞳には、ビックマーの王冠が映っていた。
あの王冠に鎮座する一つのベッド。そこに謎の少女が横たわっている。
あのような場所で寝ているとすれば、さすがに普通の人間とは思えない。
「あの少女が『怠惰の感染』の発生源であるとすれば、攻撃を加える事で敵の士気を挫く事ができるかもしれない……そういう作戦だ」
気付けば、天竜寺の傍らにマーゴットが立っていた。
あの巨大なビックマーに対抗する術。
それが正解か不正解かは分からない。
だが、それで多くの時間が稼げるのであればやってみる価値はある。
「クマ公が射程距離に入って足を止めた瞬間、一斉攻撃だ。
先行部隊の連中がうまく足を止めさせてくれりゃ、いいんだがな」
玄武坂は、先行部隊の面々を危惧していた。
ここから見ても巨大なビックマーだ。間近で戦うとなれば、かなり苦戦を強いられるに違いない。
●
玄武坂の危惧は、嫌な方向で的中していた。
「うお!?」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は、吹き飛ばされて地面の上で派手に転がる。
ビックマーが足を止めた瞬間に縄でビックマーの両足を高速しようとするが、100メートルを超える巨体を支える足だ。下手な大木よりも巨大な上、結ぶ前に再び歩行を再開された時点で縄はビックマーの怪力によってほどかれてしまう。
ボルディアは既に何度もビックマーに吹き飛ばされているだが、何よりも厄介なのは――。
「……くそ。体が言う事を聞きやしねぇ」
ビックマーに接近するボルディアは、怠惰の感染を気合いで乗り切ろうとしていた。
だが、気合いだけで乗り越えられるような代物ではなかった。
沸き上がる無気力感に、体も心も容赦なく責め立てられる。
「回復が必要ですか?」
ボルディアを抱き起こしながら、最上 風(ka0891)はヒーリングスフィアを使った。
これでボルディアの傷を癒す事はできるが、怠惰の感染まで治療する事はできない。
「悪いな」
「いえ、お代はドワーフの王様からいただきますから。
それより、まだ戦えますか?」
正直、最上自身にも怠惰の感染は影響していた。
こうして何度もハンターを治療する行為も面倒で仕方が無い。
治療を続けるだけでも精神的負担は大きい。
「……やるしかねぇだろ」
ボルディアは、己を奮い立たせる。
再びビックマーへ挑む為に。
一方、ボルディアとは別のアプローチでビックマーへ挑む者達がいた。
「みんな、攻撃を一箇所へ集中させるんだ。
バラバラで攻撃していては敵にダメージを与えられない」
イーディス・ノースハイド(ka2106)は、周囲のハンター達に一斉集中攻撃を呼び掛けた。
ビックマーへ攻撃を続けるハンター達であったが、ビックマーが足を止める気配はまったくない。時折足を止めたとしてもダメージが原因ではなく、周囲の状況を確認する程度の事。このままではビックマーがヴァル砦へ到達するのも時間の問題だ。
「了解した。
敵の片足に攻撃を集中させる――それで良いな?」
天央 観智(ka0896)は、イーディスに同調した。
先程からファイアーボールで攻撃を繰り返しているが、ダメージを負っている気配が感じられない。ちょうど他のハンターと協力して集中攻撃を考えていたところだった。
「では、右足へ一斉に攻撃を仕掛けよう」
弥勒 明影(ka0189)の破邪之太刀に神威付与の黒炎が灯る。
既に幾度となく繰り返した作業だが、次は仲間を放つ強力な一撃。自然と弥勒が握る柄に力が込められる。
咥えたタバコから立ち上る煙が、一瞬揺れる。
「行くぞっ!」
「これでどうだ!」
イーディス、天央、弥勒がタイミングを見計らって同時にビックマーの右足に攻撃を叩き込む。
衝撃破、ファイアーアロー、神威付与の攻撃が同時にヒット。今までで一番強烈な一撃が炸裂した。
――しかし。
「……なに!?」
イーディスは、目を疑った。
攻撃の後、ビックマーの歩みは止まる気配がまったくない。今まで何も無かったかのような状況に衝撃を隠せない。
「ヒュー! なかなか頑張っちゃってるじゃないの。
でも、ちょーっと火力が足りないみたいだなぁ。ちゃんと朝食食べてるか?」
ビックマーが余裕の軽口。
ハンター三人の力を結集しただけでは足りないようだ。
「これで諦める訳にはいかない……何度だって攻撃を繰り返す」
天央は再びイーディスと弥勒へ攻撃を促した。
ここで攻撃を止めればヴァル砦が、そしてその後方にいる本隊に被害が及ぶ。
微力でも構わない。
一秒でもビックマーをここで足止めできるなら――。
「元よりそのつもりだ。撤退すべきギリギリまで挑もう」
「もう一度、同じ場所を!」
怠惰の感染を受ける中、三人は渾身の力を振るい続ける。
●
苦戦が続く先行部隊だが、ここで思い切った行動に出る者が現れる。
「この楽しむべき状況で怠けるなんて有り得ねぇな!」
アーサー・ホーガン(ka0471)は、グレートソード「エッケザックス」で片足に攻撃を集中しながら空を見上げていた。
正確には、それではなく――ビックマーの胸に付けられたリボンだった。
ビックマーが体重を前に倒した瞬間、タイミングを見計らってリボンを思い切り引っ張る。そして、ビックマーがバランスを崩した瞬間にリボンを両足に巻き付けて移動を阻害するのだ。
「足掻いたところで何ももらえねぇぞ。素直に道を空けた方がいいんじゃねぇか?」
ビックマーは足下のハンター達に視線を送るべく、上から覗き込んだ。
(今だっ!)
アーサーは足を攻撃する振りをした後、ビックマーのリボンを思い切り引っ張った。
――だが。
「重てぇ!」
アーサーの手に伝わる異常な重量感。
舞台の緞帳でも数百キロはある。それが体長100メートルのビックマーが愛用するリボンとなれば、その重さは緞帳のそれよりも遙かに超える。アーサー一人で引いても止める事はできない。
「なんだ? 俺様のいぶし銀を引き立てるリボンに手をかけている奴がいるのか。
悪いな。こいつは俺様専用なんだ。お前が付けたって……無駄だ、よっ!」
ビックマーはリボンを振り上げるように体を大きく動かした。
次の瞬間、リボンは宙を舞う。
「おお!?」
リボンを手にしていたアーサーは、怠惰の感染の影響もあって空中でリボンを離してしまう。
その結果、アーサーの体は大きく跳ね飛ばされ、派手に地面へ激突した。
しかし、このアーサーの行動を受けたのか――他のハンターも行動に出る。
「今ですっ!」
「おうっ! こんな楽しいイベント中に怠惰なんてしてられるか!」
「もっふもふなのですー」
神代 誠一(ka2086)は、クィーロ・ヴェリル(ka4122)とネプ・ヴィンダールヴ(ka4436)へ合図を送り、ビックマーへと登り始めた。
クィーロが刺突一閃で日本刀「虎徹」で足場を作り、神代は鉤爪「タランテラ」を使って登っていく。
顔近くまで登っていけばビックマーもさすがに神代達に注意を払うはずだ。その隙をついてフェイントアタックを叩き込みダメージを与える。
それが神代達の目的だ。
「早く顔の横まで登って『くまんてぃーぬ』とおそろいなのを確かめるのですー!」
……ネプを除いては。
しかし、登るにつれてある異常に気付かされる事になる。
「な、なんだこりゃ……」
クィーロの体に蓄積する疲労感。
おそらく怠惰の感染なのだろうが、ビックマーの足下よりも顔に近づくにつれて急激に悪化していくのが分かる。まだ腰の辺りなのだが、腕を上げる事も厳しくなってきた。
「はぅぅ、まだ可愛い大きなクマさんを……間近で見てないのです……」
ネプの方もクィーロ同様苦しそうだ。
体長100メートルという事は、腰の辺りでも単純に見て50メートル。
それも登れば登る程、怠惰の感染がきつくなっていく。 「せめて、中身を……見せてもらいます!」
神代は、ビックマーの腰辺りにスラッシュエッジで渾身の一撃を放つ。
だが、ビックマーの肌に傷を付ける事はできない。金属のような堅さというよりは想像以上に分厚い皮という感触だ。
この一撃でビックマーも異変に気付く。
「ああ、いつの間にここまで上がってきたんだ?
……あーらよっと」
ビックマーは体を小刻みに震わせた。
人間であれば小さな振動だが、ビックマーに捕まっている三人にとっては大地震だ。
怠惰の感染もあり、三人は手を離して地面へ激突。ビックマーに登る難しさを思い知らされる結果となった。
「……あの頭付近に『怠惰の感染』の原因があるのか」
神代は、苦々しくビックマーを見上げた。
●
そんなビックマーだったが、思わぬ伏兵を前に足を止める事になる。
「ここでこけるとぬいぐるみとして死ぬよー」
超級まりお(ka0824)は、魔導二輪「龍雲」に乗りながらビックマーに前に『ある物』を撒き散らしていた。
それはビックマーが嫌がりそうな事として掻き集めた排泄物。
砦中や付近を探して必死に掻き集めたブツをビックマーの進行路に撒き散らしたのだ。残念ながら砦自体が長く放置されていた為に目的の量を集める事は難しかったが、ビックマーにとっては躊躇させるに十分な策であった。
「渋い、渋いねぇ。なかなかの奇策だ。ダンディな俺様も、ここは避けて通るしかねぇな」
本来であれば大量に撒いておく予定だったが、ビックマーの侵攻を食い止めるという意味では効果があったようだ。
まりおにとっては単なる嫌がらせであったが――砦に居たハンター達にとっては絶好の機会であった。
「一張羅を台無しにしてやろうぜ」
ラスティ(ka1400)の指示で投石機に準備してあった汚泥が放たれる。
さらにバリスタからは時音 ざくろ(ka1250)が賞味期限の切れた天然ハチミツが発射される。
「そんなに汚れるのが嫌なら、これならどうだっ!」
射程距離内で足を止めたビックマーを一斉に襲う泥とハチミツのコラボ。
巨大なビックマーにとっては僅かな量ではあったが、衣装を気にするビックマーにとっては結構ショックな出来事だ。
「な! やりやがったな!
クリーニング出したら結構な値段を取られるんだぞ!」
体を汚して叫ぶビックマー。
怒っているつもりなのだろうが、ファンシーな外見からは怒っているようには見えない。
「よしっ。フィルメリア、久延毘。きっついのを喰らわせてやれっ!」
手筈通りだとばかりに、アルテア・A・コートフィールド(ka2553)と久延毘 大二郎(ka1771)へ指示を出す玄武坂。
「好機は絶対に逃がさない……必ず当てて見せる……!」
アテルアはビックマーがリボンの汚れを調べる為に顔を下げた瞬間、投石機とバリスタの一撃を放つ。
予定通り、狙うはビックマーの頭上にある王冠部分。
「悪いが私ゃ人形遊びは既に卒業している年頃なんだ。それでも遊べというのならば、謹んでお断りさせていただこう」
久延毘はエクスエンドレンジを乗せて強化した天道球「天地人我」を放つ。
こちらも狙うはビックマーの王冠。
怠惰の感染の原因があそこにあるのであれば、ここから確実に叩けるはずだ。
「ちっ! てめぇら、俺様の頭を狙ってやがるのか!?」
バリスタと投石機が自分の頭を狙われていると気付いたビックマー。
数歩下がりながら必死で頭を守ろうとする。
「この一撃に俺の全力をかけるっ、いけぇぇっ!」
玄武坂はバリスタの矢に油布を撒いて火を付けた巨大な火矢をビックマーに放った。
ビックマーが数歩下がった事で頭上への直撃は回避されたが、顔面に向けて大きくヒットする。
炎がダメージを増加させ、ビックマーの顔に焼け焦げがつく。
「やったか?」
久延毘は改めてビックマーに視線を移す。
だが、ビックマーはか一歩も動こうとしない。
●
何故、ビックマーは動かないのか。
それは砦から一斉砲撃をされている最中に秘密があった。
「ふぅ?、到着っと」
ビックマーの頭上にふわりと降り立ったのは弓月 幸子(ka1749)。
以前投石機で敵陣に飛んだ経験を生かし、大きな布を羽織ってストーンアーマーを発動。最高点でウインドガストで風を操作。ショットアンカーでビックマーの頭にアンカーを撃ち込んでビックマーの頭部へ辿り着いた。
以前と同様無事到着した訳だが、以前と大きく違う点がある。
「……こ、これが……怠惰の感染……想像以上にキツいんだけど」
幸子の体に思い切りのし掛かる倦怠感。
息をするのも辛くなるような感覚。
情報では聞いていたけど、ここまで酷いとは思っていなかった。
だが、幸子には腹案があった。
「あのベッドまで行けば……」
震える足を引き摺りながら幸子は、ゆっくりとベッドに向かって歩み出す。
ベッドの上にいるのは謎の少女。
彼女がこの倦怠感の原因なのかは分からない。
幸子の推理では少女に何かをさせる気にすれば、怠惰の感染を止められるかもしれない。
そう考えた幸子は必死にベッドを目指す。
「……誰?」
ふいに少女が起き上がる。
幸子は目的の達成が目前である事を確信する。
「君に何かをさせる気にすれば……このだるさは、取れるかもだね。ドロー……」
「……ビックマー」
少女の言葉が幸子の言葉を遮った。
次の瞬間、幸子の足下が揺れる。
予想外の振動に幸子は耐えきれず、足を滑らせて落下。
地面に向けて頭から落ちていく。
ビックマーの頭から落下したとすれば、地面への直撃は大変危険だ。
「ショットアンカーを……」
幸子はショットアンカーを放とうとする。
だが、腕を上げると同時に左側面から何かが飛び込んでくる。
そして――衝突。
巨大な塊は幸子の体を弾き飛ばし、地面へ強烈に叩き付ける。
それがビックマーの拳だった事に気付いたのは、体が動かせない程ダメージを負った後だった。
●
「……てめぇら。オーロラを狙いやがったのか」
ビックマーは、顔をゆっくりと持ち上げる。
そこには先程までファンシーだったビックマーではなく、明らかに今まで以上に怒りを抱えたビックマーがいた。
「おお? 何やら雰囲気が変わったように見えるが……」
デスドクロはビックマーの異変に気付いた。
ビックマーは屈伸するかのように重心を下にする。
力を十分に溜めながら、ビックマーの顔がヴァル砦の方へ向けられる。
「マズい、奴は立ち幅跳びで一気に間合いを詰める気だ。
総員退避っ!」
玄武坂はビックマーの考えを察して周囲に叫ぶ。
あんな巨体でも、あの距離からジャンプすれば着地地点は――。
「遅ぇよ」
次の瞬間、ビックマーの巨体は弾丸と化してヴァル砦へ衝突。
ドワーフが戦闘開始前に補強していた防衛壁のおかげで衝撃は些か和らいでいるが、ビックマーの巨体はヴァル砦へ乗り上げる形になる。
瓦礫と化していくヴァル砦は、ハンター達を巻き込みながら一気に崩壊していく。
「おお!? ここはジェットブーツで……」
デスドクロはジェットブーツでビックマーの背後に回り込もうとするも、足場が崩壊して飛び移る事ができない。
空中でビックマーの体に衝突した後、地面に向かって落下していく。
ビックマーが立ち上がる頃、周囲は瓦礫の山が積み上がっていた。
その中に埋もれるかのように多数のドワーフが死体となって横たわっていた。
破壊の限りを尽くしたビックマー。
ゆっくりと立ち上がると満足そうに辺りを見回した。
「……ふぅ。久しぶりに運動しちまったぜ」
●
「くっ。瓦礫の下に埋もれた者を可能な限り救出して下さい」
生存した兵士やドワーフ達へミルベルトは、指示を出す。
既に多くの者が瓦礫の下敷きとなり、早急な救出が必要となっている。
ビックマーが着地した地点は特に酷く、最早砦の様相を呈していない。
「……お気を確かに。治療します」
瓦礫から救出されたJ・Dをミルベルトはヒールで癒す。
傷を癒している最中にも、複数の箇所を負傷しているらしくJ・Dは体を震わせる。
「くそ……誘導路を作ったってぇのに、ビックマーの奴……もっとデカい穴を開けやがった、か」
予定であればギリギリまで砦へ近づいたところをブロートの炎で焼く予定だった。
まさか、怒りに任せてジャンプするとは思わなかった。
「もう限界ですね。
……皆さん、撤退の準備を。負傷者は優先的に馬車の方へ」
事前にヨアキムと打ち合わせていた通り、砦の限界を感じ取ったミルベルトは撤退の指示を各方面に出した。
既に先行部隊も限界を察知して撤退を開始している頃だろう。
「歩ける程度にはヒールで治療します。もう少々我慢して下さい」
J・Dの足にヒールをかけるミルベルト。
だが、当のJ・Dは自分よりもヨアキムを案じていた。
「死ぬなよ、ヨアキムの大将。チリコンカンを食べる約束を忘れるなよ……」
●
「ブロートを起動するっ! 頼んだぞ!」
ヨアキムの背後についていくザレム。
既にサーシャは広場で試作魔導バイク「ナグルファル」を準備、ルシェンが撤退路の最終確認を行っているはずだ。ブロートを起動した後でザレムがジェットブーツでヨアキムを抱えて撤退路へ向かう。スピードの乗ったサーシャの魔導バイクにヨアキムをバトンタッチしてそのまま砦を後にする。
これでもブロートの爆風に巻き込まれない保証は無い。
脱出の為に、ヨアキムの為に最善を尽くす――はずだった。
「ふむ、ようやくご到着か」
広場には、一人の男――仮面を被った男性が部屋の中央に佇んでいた。
本来そこにあるべきブロートの姿は何処にも見当たらない。
「ん? お前ぇは誰だ? 協力してくれたハンターの中にいなかった気がするんだが……」
「ヨアキム、こいつはコーリアスという歪虚だ。
侵入を阻む連中が戦ってたはずだが……抜かれたのか」
ザレムはヨアキムにそっと耳打ちする。
この広場にコーリアスが立っていたという事は、ブロートはコーリアスの手によって奪われたと考えるべきだろう。
「なんだと!? ブロートが無くちゃ、ビックマーを攻撃できねぇじゃねぇか……」
その場で崩れ落ちるヨアキム。
最後の切り札まで歪虚に奪われてしまったショックに、立っていられなくなったのだろう。
ザレムはヨアキムを庇うように体をヨアキムの前に滑り込ませる。
「ブロートを奪った後、わざわざここで待ってたのか」
「左様。あの好奇心を発起させる物を発案した男の顔に興味があったからな」
コーリアスは、改めてヨアキムの顔に視線を送る。
状況が理解できない様子のヨアキムは、思わず首を傾げる。
「顔面の作りも興味深いが、それ以上に技術者では考えつかない自由な発想を持つドワーフ……ふふふ、実に面白い」
更なるビックマーの攻撃によりヴァル砦は、本格的な崩壊が始まる。
崩れ落ちる瓦礫の中、コーリアスの笑い声が広場に響く。
「行き給え。そして、その頭脳でより興味深い作品を生み出すがいい」
「は? 見逃すってぇのか……」
コーリアスは、ヨアキムを生かす事に決めた。
ブロートを奪われた以上、無駄死にする必要も無い。
それは気紛れかもしれないが、この場は早々に立ち去った方が良い。
そう考えていた最中――新たにもう一人の声が木霊する。
「ヨアキムっ!」
サーシャが、ヨアキムの名を呼んだ。
次の瞬間、魔導バイクがライト点灯。
一瞬、顔を顰めるコーリアス。
「今だ、行くぞ!」
ザレムはヨアキムを抱えてジェットブーツを発動。
同時にサーシャも魔導バイクで走り出す。
予定とは大きく異なってしまったが、ヨアキムは二人と共にヴァル砦を脱出する。
「今殺す気は無いと言ったはずだ。慌てて出て行く必要もないが……まあいい。
良き作品を期待している。せいぜい楽しませてくれ給え」
崩れゆくヴァル砦の中、コーリアスはまだ日の目を見ぬ作品達に思いを馳せていた。
――こうして。
ヴァル砦は陥落した。
多数の死傷者と多数の重傷者を出しながら、対怠惰の歪虚王戦は終結する。
想定よりも早い陥落は、本隊の撤退に大きな影響を及ぼす事となった。
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近藤豊 | 3人 |
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- 【暴食】1.遊撃遅滞戦コーリアス対応
- 【暴食】2.第四キャンプ防衛
- 【怠惰】1.ビックマー対応
- 【怠惰】2.コーリアス対応