ゲスト
(ka0000)
グランドシナリオ「【闇光】北伐」


作戦1:エンブリヲ脱出 リプレイ
- ラン・ヴィンダールヴ
(ka0109) - ヴァイス
(ka0364) - エアルドフリス
(ka0109) - リュー・グランフェスト
(ka2419) - レイス
(ka1541) - アルヴィン = オールドリッチ
(ka2378) - ユリアン
(ka1664) - シガレット=ウナギパイ
(ka2884) - 弥勒 明影
(ka0189) - 紅薔薇
(ka4766) - ヒース・R・ウォーカー
(ka0145) - 鹿東 悠
(ka0725) - ザレム・アズール
(ka0878) - アウレール・V・ブラオラント
(ka2531) - フレデリク・リンドバーグ
(ka2490) - ジュード・エアハート
(ka0410) - オウカ・レンヴォルト
(ka0301) - ディアドラ・ド・デイソルクス
(ka0271) - 十色 エニア
(ka0370) - シェリル・マイヤーズ
(ka0509) - 紫月・海斗
(ka0788) - メリエ・フリョーシカ
(ka1991) - キヅカ・リク
(ka0038) - ユーリ・ヴァレンティヌス
(ka0239) - 央崎 枢
(ka5153)
●戦線開始
不変の剣妃オルクス(kz0097)の"城"に閉ざされると同時に、今まで感じていた肌を刺し、骨の髄まで染み入るような寒さが殆ど感じられなくなった。
「なぁんだ。"城"って聞いてたから、『お城』だと思ったのにな?」
ラン・ヴィンダールヴ(ka0109)が周囲を見渡して至極残念そうに唸る。
先ほどまで吹雪いていた風も無い、無風の荒野のような静寂が広がっていた。
青い月が煌々と照らし出す氷原は、ただ寂しさを感じさせ、明けない夜を彷彿とさせる。
青い光の結界壁で外部と遮断されているようで、ほぼ中心部にいる現在、向こう側の様子はよく見えない。
「……また結界か」
ヴァイス(ka0364)がいつか見た光景と同じだと言う事に気付く。……しかし、今回は覚醒が強制的に解除されていない。……まだ、してこない、という事なのか。ヴァイスは注意深く翼の生えた大蛇の姿へと変えたオルクスを睨む。
エアルドフリス(ka1856)はぐるりと周囲を見渡し、地面に穿たれた『楔』の位置を確認する。それと同時に楔の周囲に浮かび上がるオルクスの分体の姿を見て思わず溜息を吐いた。
「やれやれ……食い破るしかないか」 「ハッ! いいね、ドラゴン退治。燃えないハンターがいるってのかよ!」
雪の冷たさの代わりに全身を取り巻く禍々しい負のマテリアルにより、気を抜けば身震いしてしまいそうになるのをリュー・グランフェスト(ka2419)は振り切る為、己と仲間を鼓舞するように啖呵を切る。
「レイス君、剣妃の相手はお任せしたヨ!」
すぐ傍にいたレイス(ka1541)にアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は端的に伝えると、魔導バイクのハンドルを切って、結界の外壁へ向かって一気にアクセルを全開にした。
氷原ではあるが、足下が滑って行動に支障が出るようなことは無いようだ。
「結界壁に沿って楔があるはずダヨ! それを壊すヨ!」
周囲にいた約半数がその動きに直ちに同調し、それぞれ直ぐに方向転換するとアルヴィンを追い始める。
「陛下! 一刻を争う事態、お力をお借りしたく、恐れながら同乗願います」
ユリアン(ka1644)がヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)に馬上から手を差し出す。
ヴィルヘルミナは「わかった」とその手を即座に取ると、ひらりとユリアンの前に乗った。
「兵士達は陛下の護衛を!」
シガレット=ウナギパイ(ka2884)のかけ声に、数にして30弱の兵士達が一斉にユリアンの後を追って走り始める。
「あら、この人数だけで私を押さえるつもりなの……? いいわぁ、遊んであげる」
竜のような翼ある大蛇の姿となったオルクスの声音が、振動を伴って弥勒 明影(ka0189)の全身を打った。
「――流石は吸血鬼最強、不変の剣妃よ。凄まじいの一言だ。然しそれでも竦む心など持ち合わせていなくてな」
オルクスの周囲に分体がそれぞれ一体ずつ現れた。
明影はオートマチックピストルを構えて迷いなくオルクスへ向けて引き金を引く。
パン、という乾いた銃声が、戦いの火蓋を切って落とした。
●楔を破壊せよ
――楔を破壊する。
外部からの救済の手が届くのをただ待ち、耐えるのでは無く、自分達の手でこの結界術からの脱却を目指すことにしたらしい人間達の動きに、オルクスは楽しそうに笑いながら、その動向を見守る。
「剣妃、遊びにきたのじゃー。お主に勝ったらここは通って良いのかのう?」
魔導二輪を巧みに操りながら紅薔薇(ka4766)が試作光斬刀を振り回し斬り掛かる。
「いいわよぉ。勝てたら、ね!」
口いっぱいに結晶の槍を束ね、広範囲へと放射する。それを躱しながら、紅薔薇は確信する。
――今はまだ剣妃も全力で闘う気がない。
楔破壊まで長期戦を覚悟していた紅薔薇にとってそれは好都合だ。
『ヴァイス殿、ザレム殿、頼んだぞ……!』
戦友達の顔を思い浮かべ、紅薔薇は刀を振り続けた。
剣妃側に残った12人が足止めをしてくれている間に、残る14名は一本目の楔へと一気に突き進んだ。
吸血鬼型の分体と蛇型の分体が楔の前で地面から生えるように現れると、近寄る者から楔を守るように立ち塞がり、襲いかかってきた。
濁った眼球、あるいは腐り落ち空洞化した眼窩。知性は見る限り殆ど残っていないようだが、ゾンビとは違い、再生能力がある。
突き進む前衛集団の道を支援する為、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が手裏剣を構えた。
前衛の行く手を阻むように立つ分体に向けて手裏剣を放つと、それは吸血鬼型の額中央に吸い込まれるように刺さる。
「囮となって踊るのは得意なほうなんで、ねぇ。楔の方は任せるよぉ」
ヒースは踊るようにステップを踏みながら、蛇型の牙を避け、絡繰刀を振るい、敵の注意を自分へと向ける。
外周から殿に掛けてに露払いをメインにする者達が、先頭には一歩でも前へと突き進もうとする者達が、一丸となって楔へと疾走する。
半径1メートル、高さ3メートルの円錐形をした青い水晶のようなその楔は、青い結界壁と相まって非常に美しく、ある種の荘厳さすら感じさせる。
しかし楔破壊を最優先に、進路上の敵のみを邪魔だと言わんばかりに叩き伏せながら、最初の楔に1番に辿り着いた鹿東 悠(ka0725)には、それは禍々しい呪具でしかなかった。
「砕けろっ!」
魔導二輪の速度は落とさず、すれ違い様に渾身の力を込めて230cmもある大身槍を振り下ろし、そのまま走り抜ける。
ピシリ。という音がその手応えを物語る。
「悠に続け!」
ヴァイスが同様に振動刀で空気を震わせながら斬り付け、ザレム・アズール(ka0878)が巨大化させた大剣を叩き付け、次にアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が煌剣で同じ部位を叩き斬った。
さらに続いてフレデリク・リンドバーグ(ka2490)の銃とジュード・エアハート(ka0410)の大弓から放たれた矢が楔を撃ち抜いた。
パキャン。という空虚で軽い高音を立てて楔が破壊される。
ザレムとエアルドフリスは破壊により楔が爆発するのでは無いかと身構えていたが、それは杞憂に終わった。また、アルヴィンも周囲に何か変化が無いかと、素早く周囲を確認するが1本の楔の破壊程度では何も変化は見られなかった。
「……このままじゃ時間が掛かりすぎる。二手に分かれよう。壁に沿って北上班は速度優先、南下班は敵を引き付けながら楔を目指す」
シガレットの提案に異を唱える者は無く、シガレットは続いてユリアンとヴィルヘルミナを見る。
「陛下には兵士達と共に南下部隊へ行って頂きたい」
「俺が敵なら貴方を最初に殺す。そうなったら兵士の心が折れますからね」
ザレムの言葉に不敵に笑ってヴィルヘルミナは力強く頷いた。
「いいだろう。立派に囮と盾役を勤め上げよう」
●因縁
「……オルクス、少し見ないうちに、大きくなった、な」
雷を纏った一撃を見舞いながら、オウカ・レンヴォルト(ka0301)の口調はまるで久しぶり会った姪っ子に向けて言われるような言葉だったが、別段そんな隠された事情が含まれていたりはしない。ただ、前回会った時のオルクスが幼女形態だっただけの話しだ。
「カラダだけじゃないわよぉ。こ?んなにチカラも強くなったわよぉ」
大きく翼を広げると、周囲に青い石礫のようなモノが浮き、翼を煽ると同時にそれらがハンター達の身体に降り注ぐ。
それを盾で防ぎながらディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)は騎士剣で腹を貫き走り抜ける。
「むう……これは相手が一枚上手だったという事か?」
貫いた傷口から青い血が傷口を覆うように溢れ、盛り上がり、そして消える。すると傷口は綺麗に無くなっている。
「あなたが、エリザベードの言ってた『オルちゃん』……かな?」
「そうよぉ。初めましてかしらぁ?」
「ねぇ……前の皇帝は……今、どこにいるの?」
「さぁ? 私は知らないわね」
「じゃぁ、誰なら知ってる……?」
「さぁ? 誰なら知っているかしらねぇ?」
十色 エニア(ka0370)とシェリル・マイヤーズ(ka0509)の問いに律儀に楽しげに答えながら、2人の攻撃は血の障壁によって遮る。
その逆サイドにジェットブーツで回り込み、紫月・海斗(ka0788)横腹目がけて雷を纏わせた神罰銃の引き金を引く。
「さて、オルクスのねーちゃんよ。ちと相談なんだが結界破ったら先代浄化の器について全部教えてくんね?」
空いた風穴は直ぐに青い血に塞がれたが、「惚れた女が関わってるみてぇでな」と話しを続けられ、蛇の顔は少し困っているようにも見えた。
「知らないわ。エルフハイムに直接聞いたらどうかしらぁ?」
再び大きく口を開けると青い槍を束ねて放射する。その槍に突かれて膝を折る者が出てきていた。
そして動きを止めると、分体達が一斉に襲いかかってくる。
「あはは、これは流石に……やばいねー?」
左前腕、さらには右の足背を地面と縫い付けるように槍に突かれたランがへらへらとした表情を崩さずに呟く。
「命を惜しむな、名を惜しめ……っ! 帝国臣民としての名を!」
太腿に刺さった槍を引き抜き、メリエ・フリョーシカ(ka1991)が吠えるように鼓舞する。
「私は、あの方の示す道の、その障害を除く。その為の力だ! だからこそ、貴様はここで!」
力強く踏み込み、尾に当たる部分に太刀を突き刺し切り裂く。
「素晴らしい忠誠心ねぇ。いつまで続くか、試してあげる」
オルクスは感心したように告げると、裂かれた痛みなど無いようにその尾を振ってメリエの胴を鞭打つ。その衝撃にメリエは堪らず吹き飛ばされた。
「真実だの試すだの……俺達を見下すのもいい加減にしろ。俺達の未来は、俺達自身で選んで決める」
レイスの言葉に赤い真ん丸な瞳孔を楽しげに歪めて、オルクスは再び翼を大きく広げる。
「来るぞ!」
リューの叫びと同時に雨霰のように降り注ぐ青い石礫から各自身を守る。
そんな中、キヅカ・リク(ka0038)は分体を相手取りながらも虎視眈々と一つのチャンスを狙っていた。
「一つ、試したいことがあるんだ」
そう提案された紅薔薇は、話しを聞いて目を見張ると、ニヤリと笑って頷いた。
「面白いのじゃ。ならば妾が必ずその隙を生じてみせよう」
●打ち砕くもの
北上班を見送り、南下班は歩兵と共に敵を引き付けながら移動を開始する。
馬上で2人とも扱うのが剣と刀となると闘いにくく、ユリアンはヴィルヘルミナへ手綱を渡し、羽流風により移動力を上げ、戦いながら走り続けた。
一方ヴィルヘルミナは水を得た魚のように活き活きと馬を操り、その豪快な剣裁きで近付く敵を切り伏せていく。軍の兵士達も大小傷は負いながらも、『陛下をお守りする』その為に軍隊として統制の取れた動きで一体一体着実に目前の敵を倒していく。
ヴィルヘルミナが斬り込んだその後ろから3体の蛇型が飛び掛かるのを、ザレムの光線が貫き、防ぐ。
「陛下には指一本触れさせない」
「ここが正念場ですね。ユリアンさん!」
大型の吸血鬼型を相手取っているユリアンへフレデリクは攻性強化と運動強化で支援する。
そんな南下班において、ジュードは楔と自分の射線上から敵が消えた一瞬を見逃さず、狙い澄ませた高加速射撃で矢を射った。
「貫けぇぇ!」
遠距離から放たれた矢は風切音と共に楔に突き刺さる。
それを見た分体達は再び楔の前に集まり、ハンター達の周囲を覆うように次から次へと文字通り地面から『沸いて』出てくる。
「もぅ、邪魔しないでよ」
周囲を見回すと、湧き出てくる分体の数が増えてきている。倒してもまた沸いて出てくる相手なので、実際の所数は不明だが、こちらに引き付ける、という作戦は上手く行っている……と信じたかった。
そのジュードの真横を火球が飛んで行く。エアルドフリスの放った高威力の蒼獄炎は楔とその周囲にいた敵を巻き込んで爆発した。
一方の北上班は敵の攻撃を避けながら、とにかく速度を重視して北上していた。
剣妃を相手取っている仲間達が疲弊しないうちにとにかく楔を壊さなければならない。
本来1人乗り用の魔導二輪に無理矢理2人乗りさせてもらっている、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は振り落とされないようにシガレットの背中にしがみつくので精一杯だった。
「気持ち悪い……」
それは結界の中の空気に対しての嫌悪感の吐露だったが、決して乗り心地が良いとは言えないこの状態にも当てはまらないとは言えない。
また、乗せている側も運転に集中しなければ行けない為、他の行動が一切取れない。
そんな2人を敵から守るべく6人で囲みながら一同は真っ直ぐに次の楔へと脚を進める。
ユノ(ka0806)が最後尾に付くと前方に向かって火球を飛ばし、アウレール、ヴァイス、悠がその爆煙の中を突き進む。その後ろ、ヒースと央崎 枢(ka5153)が横の守りに付き、車体を踊らせるように操りながら最も近付いて来た敵へ一撃離脱していく。
「目的を違えては意味は無い!! 雑魚には構わず進軍を!」
悠の声に一丸となり突き進む。もう少し複数体攻撃出来る手段があるとなお、スムーズだったかも知れない。しかし、そんなことは今更言っても後の祭りだ。先頭を行く3人が速さを力に変えて行く手を遮る敵をそれぞれ切り伏せていく。
ユノとしては絶対に味方を巻き込まない環境へ存分にファイアーボールをぶちかませる事を無邪気に楽しむ余裕があった。もちろん自身の後ろからは倒しきれなかった敵が追ってきており、青い矢状の攻撃やエネルギー弾が掠めて行くが、当たらなければどうと言う事も無い。運悪く当たったとしても、愛馬の足を止めるわけにはいかないのだから、とにかく前だけを見て走り続けた。
敵の集団の間を縫うように走り抜けながら、ついにユノの火球が楔を捉えた。
それを見たバイク乗り達はフルスロットルで次々と楔へ近づき、攻撃を仕掛けていく。
ここに来て、バイクから飛び降りたユーリがその慣性のままに近付いて来る敵を薙ぎ払い、シガレットも漸く鎮魂歌を唱える余裕が生まれる。
動きの鈍くなった分体達へヒースと枢が素早く斬り付け、敵の注意を引き付ける。ユノもまた、2人を巻き込まないように気をつけながら、更に火球をぶつけていく。
分体達もただやられている訳では無かった。楔の周囲に再び湧き出ると、楔へ攻撃しているヴァイスと悠のへ背後から青い矢を放ち、噛みついていく。
「どきなさいっ!!」
ユーリが走り寄り勢いに乗せて楔ごと周囲にいた分体も薙ぎ払う。
そのユーリの脚が停まった瞬間、取り巻くように分体達が近寄り、一斉に攻撃していく。
「ユーリ!」
ヒースが絡繰刀で一体を蹴散らし、ユノが火矢を放ち作った隙間からアウレールが単車ごと飛び込み、一直線上にいた分体を貫いて道を切り開くと、枢が無理矢理抱えて離脱する。
「これで、終わりだ!」
悠が渾身の力を込めて白鵠を突き出すが、それでもまだ砕けない楔に、ヴァイスがついに止めの一撃を叩き込んだ。
ぱきゃん。これほどの強度を誇りながら非常に弱々しい音を立てて楔が割れた。
「もう一つは……!?」
アウレールが見えない南下班の方角を見る。その視界の先に、小さく、しかしハッキリと翼ある大蛇のオルクスの姿が見えた。
――2本目、破壊完了。
その報告は全員のトランシーバー越しに伝えられた。
「じゃぁ、こっちも壊さなきゃネ」
先ほどから休む間もなく回復に努めていたアルヴィンが目を細めて唇で弧を描く。
アルヴィンからヒールを受けたザレムは、魔導二輪で一気に楔へと肉薄し、超重錬成で巨大化させた大剣を楔へと叩き込み、続いてジュードが射抜き、フレデリクが周囲の分体を巻き込みながら光線を放つ。
「硬い……!」
吸血鬼型の青い矢を紙一重で避け、ジュードは再び吼天を構える。
「下がれ!」
エアルドフリスが楔を巻き込むように蒼獄炎を放った。
ジュードとフレデリク、ザレムが隙あらば楔へ攻撃をしていた為、その一撃で漸く楔は砕け散った。
――その時、外周を覆っていた結界壁が、カーテンのように揺れ、霧のように薄くなって消えた。
「外部の干渉が成功したのか……!」
最初に現状の変化に気付いたのはヴァイスだった。
「オルクスを倒す!」
その声はトライシーバー越しに楔を破壊しに向かった者達を中央へ――打倒オルクスへと向かわせたのだった。
●決戦オルクス
「あら、いやだ」
翼ある大蛇の容姿をしていたオルクスが、ディアドラの剣に突かれた状態で、ぽろりと言葉を漏らした。
ずずず……と剣越しに大きな"うねり"のようなものを感じ取ったディアドラが、慌てて剣を引き抜き距離を取る。
吸血鬼型の分体を機導砲で撃ち抜いた後、オウカが異変を感じて空を見上げると、空に浮かんでいた青い満月が滲みぼやけ、厚い灰色の雲に覆われていく。それと同時に地吹雪が一瞬視界を奪い、立ちこめる冷気が体温を奪う。
……地吹雪?
リューは急な温度変化にくしゃみを一つすると、自分が氷原ではなく、先ほどまでいた雪原に立っている事に気付いた。
「どうやら結界が壊されたようだな、剣妃よ」
オルクスに、明影が楽しそうに告げる。
「そうみたいね。でも」
他人事のようにオルクスは答えると、明影を見て目を細めて笑った。
「まだ終わりじゃないでしょ?」
青い槍が明影目がけて飛んで来る。避けきれず、右胸を穿たれる。
「……年甲斐もなく奮えるよ。全く、我ながら青臭い。ああ、そうとも。俺の辞書に諦めなど存在せん。ならばやる事も決まっている」
血反吐を吐きながらも、自己治癒を掛けながらオルクスを睨み、不敵に笑って見せる。
「良いわぁ、その表情」
嬉しそうに舌なめずりをしたオルクスに、海斗がジェットブーツで一気に距離を縮めるとその頭部を狙って引き金を引く。しかしそれは割り込んだ蛇型の分体によってオルクスまで届かない。
同時に逆サイドからランとメリエが斬り掛かるがそれらを青い障壁でガードすると、さらに槍を生み出し周囲一体に槍の雨を降らせる。
「オルクスっ!!」
レイスがバイクからボロフグイで貫きに行くが、それをふわりと浮いたまま躱し、その背後から駆け込んできたシェリルの一撃も空中を滑るように躱していく。
「そろそろお終いにする?」
「まだまだぁっ!!」
リューがバイクで突っ込み、刺突を繰り出すがそれすら躱された正面、エニアが水弾で注意を引き付けオウカが死角から機導砲を打ち込んだ。
「オルクスの能力は、本当に汎用的なんだな」
ぐずり、と青い血が雪面に落ちて塵となる。
「そうよぉ、便利なの。素敵でしょう?」
お返し、と放たれた槍はオウカの左大腿を貫く。
自己回復以外に回復手段がない為、メリエと明影、レイスの3人以外は既に満身創痍といった状態だった。
もう一度、とオルクスへと向かおうとしたメリエの前に蛇型と吸血鬼型の分体が行く手を塞ぐ。
そんな中で、分体を相手にしながら機を窺っていた紅薔薇が、蛇型を切り伏せると愛らしくオルクスへと微笑みかけた。
「そうじゃの。そろそろ本気で殺し合おうかのう、剣妃」
一之太刀、気息充溢と自らの持てる全ての力で一気に剣妃へと迫る。
オルクスはそれをすんでの所で避け、反撃に槍を繰り出すが、紅薔薇も至近距離からのそれをシールドで逸らし、間髪入れずに挑みかかる。
そんな紅薔薇の戦い方に圧倒されていたオウカは、自分を呼ぶ声に振り向いた。
「僕にあるタイミングが来たら防御障壁を掛けて貰えますか?」
「あぁ」
キヅカの申し出にオウカは怪訝そうに眉をしかめながらも、了承する。
「紅薔薇、支援するぞ!」
ディアドラが愛馬で駈け寄り、紅薔薇が跳躍して距離を取った瞬間に割り入って剣先で切り裂きにかかる。
それを避けた所を明影と海斗の銃が足止めし、エニアの雷が真っ直ぐにオルクスの身体を貫いた。
堪らず周囲の雪ごと地面を陥没させながらオルクスが地に落ちる。
その隙を逃さず紅薔薇が光斬刀を突き出した。
「お見事、ね」
喉元を紅薔薇の光斬刀で柄まで貫かれて、オルクスは紅薔薇に賛辞を送る。
紅薔薇の魔導二輪が操縦者をなくして数メートル先で横転した。
「がはっ」
紅薔薇はオルクスの槍に腹部を貫かれ、宙に浮いていた。
正確には、生み出した槍により、腹部を突かれ、背中にはその切っ先が見える程まで貫通し、槍の力により宙に浮いていた。
それでも、紅薔薇は震える両手でオルクスに突き刺さった刀の柄を掴むと、口から血を吐きながらも壮絶な笑みを浮かべた。
「今じゃ、リク殿!」
「何?」
その声が届くより早く、オルクスの目前には真っ直ぐに自分へとバイクごと突っ込んでくるキヅカの姿があった。
オルクスが紅薔薇を振り飛ばし、障壁を展開しようと口を開くが間に合わない。
その大きな口目がけてバイクが宙を飛んだ。
「……届けぇええ!!」
紅薔薇がその身と引き替えに作ってくれたチャンスを絶対に逃すわけにはいかなかった。
決死の思いでキヅカはその勢いのままオルクスの口腔内にバイクごと突っ込む。
オルクスはそれをキヅカごと口の中に収めると、思わず口を閉じようとした。
同時にキヅカはアサルトライフルを構えてデルタレイをオルクスの口腔内とバイクのエンジンに向けて放つ。
――大爆発が起こった。
「な、何が起こったんだ……?!」
エアルドフリスは空気を震わす爆発音と黒煙が大蛇のオルクスから上がっているのを認めて、目を見張った。
「急ごう!」
歩兵に近付く分体を撃ち抜いて、ジュードが声をかける。
「行ってやれ。ここは私が持とう」
躊躇するユリアンにヴィルヘルミナが背を押す。
「結界が消えて分体自体の発生率も個の強さも目に見えて落ちている。これなら私と兵達だけでも問題無い」
「いい馬だった」とユリアンにカルムを返して、ヴィルヘルミナは振り返ることなく戦闘へ戻っていく。
その背にユリアンは深く一礼すると、愛馬に飛び乗り皆の後を追ったのだった。
「無茶をする。障壁が間に合っていなかったら命が危なかった」
爆発に巻き込まれ全身を炎に巻かれながら地面に叩き付けられた衝撃で気を失っていたキヅカは、駆けつけたオウカに抱えられた所で目が覚めた。
「……ったい」
「当たり前だ」
そんなキヅカに癒しの力が降り注ぐ。 見れば、北上班のシガレットが「何が起きた?」とバイクで駆けつけたところだった。
「そうだ、オルクスは……!? 紅薔薇さんは……!?」
そう言って、無理矢理起き上がるとそこには、大蛇を形作っていた青い液体がぐずぐずと燃え、不整なゼリー状となって蠢いている。
「紅薔薇は、気を失っている」
シガレットに紅薔薇の状態を伝え、そちらへ向かって貰うとほっとしたのか、再びキヅカは意識を失った。
「くふふ……あぁ、驚いた。吃驚しすぎて、色々吹き飛んじゃった」
地を這うような声が響くと、青い液体が空中で一カ所に集まり、人型のオルクスを形成する。
「やはりまだ生きていたか」
ヴァイスが落ち着いた声でオルクスを見ながら振動刀をゆっくりと構えた。
「……なぜ、奪わない」
「さて、何故でしょう?」
「いい加減にしろ!」
言葉遊びを楽しむようなオルクスにレイスが怒鳴りつけた。
「――貴様は邪魔だ。ここから失せろ!」
それはとても美しい線を描いて、まるで吸い込まれるようにオルクスの腹部を横に真一文字に切り裂いた。
ぼどぼどと重い音を立てて青い血が雪の上に落ちて、雪面に穴を開けていく。
「いいわぁ。今回は面白かった。でも、こういうのは……もう二度と同じ手は食わないわよぉ」
最期まで楽しそうに笑いながら、オルクスは青い塵へと変わっていった。
「……消えた?」
「……アレもまた分体だった、ということだろう」
リューの言葉にヴァイスは静かに答えると、刀を仕舞い、南東から走り寄って来た6人を見てそちらへと向かった。
オルクスが消えると、分体達も青い塵となって消えた。
「蛇は……人を……かどわかす……全てを無に……それもまた……一つの答え……」
シェリルはオルクスの残した跡に触れて、瞳を伏せた。
また、一陣の強い風が吹いて、地吹雪が頬を打つ。
シェリルは凍りかけている横髪を指先でほぐし、痛む身体を引き摺りながら仲間の下へと戻った。
不変の剣妃オルクス(kz0097)の"城"に閉ざされると同時に、今まで感じていた肌を刺し、骨の髄まで染み入るような寒さが殆ど感じられなくなった。
「なぁんだ。"城"って聞いてたから、『お城』だと思ったのにな?」
ラン・ヴィンダールヴ(ka0109)が周囲を見渡して至極残念そうに唸る。
先ほどまで吹雪いていた風も無い、無風の荒野のような静寂が広がっていた。
青い月が煌々と照らし出す氷原は、ただ寂しさを感じさせ、明けない夜を彷彿とさせる。
青い光の結界壁で外部と遮断されているようで、ほぼ中心部にいる現在、向こう側の様子はよく見えない。
「……また結界か」
ヴァイス(ka0364)がいつか見た光景と同じだと言う事に気付く。……しかし、今回は覚醒が強制的に解除されていない。……まだ、してこない、という事なのか。ヴァイスは注意深く翼の生えた大蛇の姿へと変えたオルクスを睨む。
エアルドフリス(ka1856)はぐるりと周囲を見渡し、地面に穿たれた『楔』の位置を確認する。それと同時に楔の周囲に浮かび上がるオルクスの分体の姿を見て思わず溜息を吐いた。
「やれやれ……食い破るしかないか」 「ハッ! いいね、ドラゴン退治。燃えないハンターがいるってのかよ!」
雪の冷たさの代わりに全身を取り巻く禍々しい負のマテリアルにより、気を抜けば身震いしてしまいそうになるのをリュー・グランフェスト(ka2419)は振り切る為、己と仲間を鼓舞するように啖呵を切る。
「レイス君、剣妃の相手はお任せしたヨ!」
すぐ傍にいたレイス(ka1541)にアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は端的に伝えると、魔導バイクのハンドルを切って、結界の外壁へ向かって一気にアクセルを全開にした。
氷原ではあるが、足下が滑って行動に支障が出るようなことは無いようだ。
「結界壁に沿って楔があるはずダヨ! それを壊すヨ!」
周囲にいた約半数がその動きに直ちに同調し、それぞれ直ぐに方向転換するとアルヴィンを追い始める。
「陛下! 一刻を争う事態、お力をお借りしたく、恐れながら同乗願います」
ユリアン(ka1644)がヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)に馬上から手を差し出す。
ヴィルヘルミナは「わかった」とその手を即座に取ると、ひらりとユリアンの前に乗った。
「兵士達は陛下の護衛を!」
シガレット=ウナギパイ(ka2884)のかけ声に、数にして30弱の兵士達が一斉にユリアンの後を追って走り始める。
「あら、この人数だけで私を押さえるつもりなの……? いいわぁ、遊んであげる」
竜のような翼ある大蛇の姿となったオルクスの声音が、振動を伴って弥勒 明影(ka0189)の全身を打った。
「――流石は吸血鬼最強、不変の剣妃よ。凄まじいの一言だ。然しそれでも竦む心など持ち合わせていなくてな」
オルクスの周囲に分体がそれぞれ一体ずつ現れた。
明影はオートマチックピストルを構えて迷いなくオルクスへ向けて引き金を引く。
パン、という乾いた銃声が、戦いの火蓋を切って落とした。
●楔を破壊せよ
――楔を破壊する。
外部からの救済の手が届くのをただ待ち、耐えるのでは無く、自分達の手でこの結界術からの脱却を目指すことにしたらしい人間達の動きに、オルクスは楽しそうに笑いながら、その動向を見守る。
「剣妃、遊びにきたのじゃー。お主に勝ったらここは通って良いのかのう?」
魔導二輪を巧みに操りながら紅薔薇(ka4766)が試作光斬刀を振り回し斬り掛かる。
「いいわよぉ。勝てたら、ね!」
口いっぱいに結晶の槍を束ね、広範囲へと放射する。それを躱しながら、紅薔薇は確信する。
――今はまだ剣妃も全力で闘う気がない。
楔破壊まで長期戦を覚悟していた紅薔薇にとってそれは好都合だ。
『ヴァイス殿、ザレム殿、頼んだぞ……!』
戦友達の顔を思い浮かべ、紅薔薇は刀を振り続けた。
剣妃側に残った12人が足止めをしてくれている間に、残る14名は一本目の楔へと一気に突き進んだ。
吸血鬼型の分体と蛇型の分体が楔の前で地面から生えるように現れると、近寄る者から楔を守るように立ち塞がり、襲いかかってきた。
濁った眼球、あるいは腐り落ち空洞化した眼窩。知性は見る限り殆ど残っていないようだが、ゾンビとは違い、再生能力がある。
突き進む前衛集団の道を支援する為、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が手裏剣を構えた。
前衛の行く手を阻むように立つ分体に向けて手裏剣を放つと、それは吸血鬼型の額中央に吸い込まれるように刺さる。
「囮となって踊るのは得意なほうなんで、ねぇ。楔の方は任せるよぉ」
ヒースは踊るようにステップを踏みながら、蛇型の牙を避け、絡繰刀を振るい、敵の注意を自分へと向ける。
外周から殿に掛けてに露払いをメインにする者達が、先頭には一歩でも前へと突き進もうとする者達が、一丸となって楔へと疾走する。
半径1メートル、高さ3メートルの円錐形をした青い水晶のようなその楔は、青い結界壁と相まって非常に美しく、ある種の荘厳さすら感じさせる。
しかし楔破壊を最優先に、進路上の敵のみを邪魔だと言わんばかりに叩き伏せながら、最初の楔に1番に辿り着いた鹿東 悠(ka0725)には、それは禍々しい呪具でしかなかった。
「砕けろっ!」
魔導二輪の速度は落とさず、すれ違い様に渾身の力を込めて230cmもある大身槍を振り下ろし、そのまま走り抜ける。
ピシリ。という音がその手応えを物語る。
「悠に続け!」
ヴァイスが同様に振動刀で空気を震わせながら斬り付け、ザレム・アズール(ka0878)が巨大化させた大剣を叩き付け、次にアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が煌剣で同じ部位を叩き斬った。
さらに続いてフレデリク・リンドバーグ(ka2490)の銃とジュード・エアハート(ka0410)の大弓から放たれた矢が楔を撃ち抜いた。
パキャン。という空虚で軽い高音を立てて楔が破壊される。
ザレムとエアルドフリスは破壊により楔が爆発するのでは無いかと身構えていたが、それは杞憂に終わった。また、アルヴィンも周囲に何か変化が無いかと、素早く周囲を確認するが1本の楔の破壊程度では何も変化は見られなかった。
「……このままじゃ時間が掛かりすぎる。二手に分かれよう。壁に沿って北上班は速度優先、南下班は敵を引き付けながら楔を目指す」
シガレットの提案に異を唱える者は無く、シガレットは続いてユリアンとヴィルヘルミナを見る。
「陛下には兵士達と共に南下部隊へ行って頂きたい」
「俺が敵なら貴方を最初に殺す。そうなったら兵士の心が折れますからね」
ザレムの言葉に不敵に笑ってヴィルヘルミナは力強く頷いた。
「いいだろう。立派に囮と盾役を勤め上げよう」
●因縁
「……オルクス、少し見ないうちに、大きくなった、な」
雷を纏った一撃を見舞いながら、オウカ・レンヴォルト(ka0301)の口調はまるで久しぶり会った姪っ子に向けて言われるような言葉だったが、別段そんな隠された事情が含まれていたりはしない。ただ、前回会った時のオルクスが幼女形態だっただけの話しだ。
「カラダだけじゃないわよぉ。こ?んなにチカラも強くなったわよぉ」
大きく翼を広げると、周囲に青い石礫のようなモノが浮き、翼を煽ると同時にそれらがハンター達の身体に降り注ぐ。
それを盾で防ぎながらディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)は騎士剣で腹を貫き走り抜ける。
「むう……これは相手が一枚上手だったという事か?」
貫いた傷口から青い血が傷口を覆うように溢れ、盛り上がり、そして消える。すると傷口は綺麗に無くなっている。
「あなたが、エリザベードの言ってた『オルちゃん』……かな?」
「そうよぉ。初めましてかしらぁ?」
「ねぇ……前の皇帝は……今、どこにいるの?」
「さぁ? 私は知らないわね」
「じゃぁ、誰なら知ってる……?」
「さぁ? 誰なら知っているかしらねぇ?」
十色 エニア(ka0370)とシェリル・マイヤーズ(ka0509)の問いに律儀に楽しげに答えながら、2人の攻撃は血の障壁によって遮る。
その逆サイドにジェットブーツで回り込み、紫月・海斗(ka0788)横腹目がけて雷を纏わせた神罰銃の引き金を引く。
「さて、オルクスのねーちゃんよ。ちと相談なんだが結界破ったら先代浄化の器について全部教えてくんね?」
空いた風穴は直ぐに青い血に塞がれたが、「惚れた女が関わってるみてぇでな」と話しを続けられ、蛇の顔は少し困っているようにも見えた。
「知らないわ。エルフハイムに直接聞いたらどうかしらぁ?」
再び大きく口を開けると青い槍を束ねて放射する。その槍に突かれて膝を折る者が出てきていた。
そして動きを止めると、分体達が一斉に襲いかかってくる。
「あはは、これは流石に……やばいねー?」
左前腕、さらには右の足背を地面と縫い付けるように槍に突かれたランがへらへらとした表情を崩さずに呟く。
「命を惜しむな、名を惜しめ……っ! 帝国臣民としての名を!」
太腿に刺さった槍を引き抜き、メリエ・フリョーシカ(ka1991)が吠えるように鼓舞する。
「私は、あの方の示す道の、その障害を除く。その為の力だ! だからこそ、貴様はここで!」
力強く踏み込み、尾に当たる部分に太刀を突き刺し切り裂く。
「素晴らしい忠誠心ねぇ。いつまで続くか、試してあげる」
オルクスは感心したように告げると、裂かれた痛みなど無いようにその尾を振ってメリエの胴を鞭打つ。その衝撃にメリエは堪らず吹き飛ばされた。
「真実だの試すだの……俺達を見下すのもいい加減にしろ。俺達の未来は、俺達自身で選んで決める」
レイスの言葉に赤い真ん丸な瞳孔を楽しげに歪めて、オルクスは再び翼を大きく広げる。
「来るぞ!」
リューの叫びと同時に雨霰のように降り注ぐ青い石礫から各自身を守る。
そんな中、キヅカ・リク(ka0038)は分体を相手取りながらも虎視眈々と一つのチャンスを狙っていた。
「一つ、試したいことがあるんだ」
そう提案された紅薔薇は、話しを聞いて目を見張ると、ニヤリと笑って頷いた。
「面白いのじゃ。ならば妾が必ずその隙を生じてみせよう」
●打ち砕くもの
北上班を見送り、南下班は歩兵と共に敵を引き付けながら移動を開始する。
馬上で2人とも扱うのが剣と刀となると闘いにくく、ユリアンはヴィルヘルミナへ手綱を渡し、羽流風により移動力を上げ、戦いながら走り続けた。
一方ヴィルヘルミナは水を得た魚のように活き活きと馬を操り、その豪快な剣裁きで近付く敵を切り伏せていく。軍の兵士達も大小傷は負いながらも、『陛下をお守りする』その為に軍隊として統制の取れた動きで一体一体着実に目前の敵を倒していく。
ヴィルヘルミナが斬り込んだその後ろから3体の蛇型が飛び掛かるのを、ザレムの光線が貫き、防ぐ。
「陛下には指一本触れさせない」
「ここが正念場ですね。ユリアンさん!」
大型の吸血鬼型を相手取っているユリアンへフレデリクは攻性強化と運動強化で支援する。
そんな南下班において、ジュードは楔と自分の射線上から敵が消えた一瞬を見逃さず、狙い澄ませた高加速射撃で矢を射った。
「貫けぇぇ!」
遠距離から放たれた矢は風切音と共に楔に突き刺さる。
それを見た分体達は再び楔の前に集まり、ハンター達の周囲を覆うように次から次へと文字通り地面から『沸いて』出てくる。
「もぅ、邪魔しないでよ」
周囲を見回すと、湧き出てくる分体の数が増えてきている。倒してもまた沸いて出てくる相手なので、実際の所数は不明だが、こちらに引き付ける、という作戦は上手く行っている……と信じたかった。
そのジュードの真横を火球が飛んで行く。エアルドフリスの放った高威力の蒼獄炎は楔とその周囲にいた敵を巻き込んで爆発した。
一方の北上班は敵の攻撃を避けながら、とにかく速度を重視して北上していた。
剣妃を相手取っている仲間達が疲弊しないうちにとにかく楔を壊さなければならない。
本来1人乗り用の魔導二輪に無理矢理2人乗りさせてもらっている、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は振り落とされないようにシガレットの背中にしがみつくので精一杯だった。
「気持ち悪い……」
それは結界の中の空気に対しての嫌悪感の吐露だったが、決して乗り心地が良いとは言えないこの状態にも当てはまらないとは言えない。
また、乗せている側も運転に集中しなければ行けない為、他の行動が一切取れない。
そんな2人を敵から守るべく6人で囲みながら一同は真っ直ぐに次の楔へと脚を進める。
ユノ(ka0806)が最後尾に付くと前方に向かって火球を飛ばし、アウレール、ヴァイス、悠がその爆煙の中を突き進む。その後ろ、ヒースと央崎 枢(ka5153)が横の守りに付き、車体を踊らせるように操りながら最も近付いて来た敵へ一撃離脱していく。
「目的を違えては意味は無い!! 雑魚には構わず進軍を!」
悠の声に一丸となり突き進む。もう少し複数体攻撃出来る手段があるとなお、スムーズだったかも知れない。しかし、そんなことは今更言っても後の祭りだ。先頭を行く3人が速さを力に変えて行く手を遮る敵をそれぞれ切り伏せていく。
ユノとしては絶対に味方を巻き込まない環境へ存分にファイアーボールをぶちかませる事を無邪気に楽しむ余裕があった。もちろん自身の後ろからは倒しきれなかった敵が追ってきており、青い矢状の攻撃やエネルギー弾が掠めて行くが、当たらなければどうと言う事も無い。運悪く当たったとしても、愛馬の足を止めるわけにはいかないのだから、とにかく前だけを見て走り続けた。
敵の集団の間を縫うように走り抜けながら、ついにユノの火球が楔を捉えた。
それを見たバイク乗り達はフルスロットルで次々と楔へ近づき、攻撃を仕掛けていく。
ここに来て、バイクから飛び降りたユーリがその慣性のままに近付いて来る敵を薙ぎ払い、シガレットも漸く鎮魂歌を唱える余裕が生まれる。
動きの鈍くなった分体達へヒースと枢が素早く斬り付け、敵の注意を引き付ける。ユノもまた、2人を巻き込まないように気をつけながら、更に火球をぶつけていく。
分体達もただやられている訳では無かった。楔の周囲に再び湧き出ると、楔へ攻撃しているヴァイスと悠のへ背後から青い矢を放ち、噛みついていく。
「どきなさいっ!!」
ユーリが走り寄り勢いに乗せて楔ごと周囲にいた分体も薙ぎ払う。
そのユーリの脚が停まった瞬間、取り巻くように分体達が近寄り、一斉に攻撃していく。
「ユーリ!」
ヒースが絡繰刀で一体を蹴散らし、ユノが火矢を放ち作った隙間からアウレールが単車ごと飛び込み、一直線上にいた分体を貫いて道を切り開くと、枢が無理矢理抱えて離脱する。
「これで、終わりだ!」
悠が渾身の力を込めて白鵠を突き出すが、それでもまだ砕けない楔に、ヴァイスがついに止めの一撃を叩き込んだ。
ぱきゃん。これほどの強度を誇りながら非常に弱々しい音を立てて楔が割れた。
「もう一つは……!?」
アウレールが見えない南下班の方角を見る。その視界の先に、小さく、しかしハッキリと翼ある大蛇のオルクスの姿が見えた。
――2本目、破壊完了。
その報告は全員のトランシーバー越しに伝えられた。
「じゃぁ、こっちも壊さなきゃネ」
先ほどから休む間もなく回復に努めていたアルヴィンが目を細めて唇で弧を描く。
アルヴィンからヒールを受けたザレムは、魔導二輪で一気に楔へと肉薄し、超重錬成で巨大化させた大剣を楔へと叩き込み、続いてジュードが射抜き、フレデリクが周囲の分体を巻き込みながら光線を放つ。
「硬い……!」
吸血鬼型の青い矢を紙一重で避け、ジュードは再び吼天を構える。
「下がれ!」
エアルドフリスが楔を巻き込むように蒼獄炎を放った。
ジュードとフレデリク、ザレムが隙あらば楔へ攻撃をしていた為、その一撃で漸く楔は砕け散った。
――その時、外周を覆っていた結界壁が、カーテンのように揺れ、霧のように薄くなって消えた。
「外部の干渉が成功したのか……!」
最初に現状の変化に気付いたのはヴァイスだった。
「オルクスを倒す!」
その声はトライシーバー越しに楔を破壊しに向かった者達を中央へ――打倒オルクスへと向かわせたのだった。
●決戦オルクス
「あら、いやだ」
翼ある大蛇の容姿をしていたオルクスが、ディアドラの剣に突かれた状態で、ぽろりと言葉を漏らした。
ずずず……と剣越しに大きな"うねり"のようなものを感じ取ったディアドラが、慌てて剣を引き抜き距離を取る。
吸血鬼型の分体を機導砲で撃ち抜いた後、オウカが異変を感じて空を見上げると、空に浮かんでいた青い満月が滲みぼやけ、厚い灰色の雲に覆われていく。それと同時に地吹雪が一瞬視界を奪い、立ちこめる冷気が体温を奪う。
……地吹雪?
リューは急な温度変化にくしゃみを一つすると、自分が氷原ではなく、先ほどまでいた雪原に立っている事に気付いた。
「どうやら結界が壊されたようだな、剣妃よ」
オルクスに、明影が楽しそうに告げる。
「そうみたいね。でも」
他人事のようにオルクスは答えると、明影を見て目を細めて笑った。
「まだ終わりじゃないでしょ?」
青い槍が明影目がけて飛んで来る。避けきれず、右胸を穿たれる。
「……年甲斐もなく奮えるよ。全く、我ながら青臭い。ああ、そうとも。俺の辞書に諦めなど存在せん。ならばやる事も決まっている」
血反吐を吐きながらも、自己治癒を掛けながらオルクスを睨み、不敵に笑って見せる。
「良いわぁ、その表情」
嬉しそうに舌なめずりをしたオルクスに、海斗がジェットブーツで一気に距離を縮めるとその頭部を狙って引き金を引く。しかしそれは割り込んだ蛇型の分体によってオルクスまで届かない。
同時に逆サイドからランとメリエが斬り掛かるがそれらを青い障壁でガードすると、さらに槍を生み出し周囲一体に槍の雨を降らせる。
「オルクスっ!!」
レイスがバイクからボロフグイで貫きに行くが、それをふわりと浮いたまま躱し、その背後から駆け込んできたシェリルの一撃も空中を滑るように躱していく。
「そろそろお終いにする?」
「まだまだぁっ!!」
リューがバイクで突っ込み、刺突を繰り出すがそれすら躱された正面、エニアが水弾で注意を引き付けオウカが死角から機導砲を打ち込んだ。
「オルクスの能力は、本当に汎用的なんだな」
ぐずり、と青い血が雪面に落ちて塵となる。
「そうよぉ、便利なの。素敵でしょう?」
お返し、と放たれた槍はオウカの左大腿を貫く。
自己回復以外に回復手段がない為、メリエと明影、レイスの3人以外は既に満身創痍といった状態だった。
もう一度、とオルクスへと向かおうとしたメリエの前に蛇型と吸血鬼型の分体が行く手を塞ぐ。
そんな中で、分体を相手にしながら機を窺っていた紅薔薇が、蛇型を切り伏せると愛らしくオルクスへと微笑みかけた。
「そうじゃの。そろそろ本気で殺し合おうかのう、剣妃」
一之太刀、気息充溢と自らの持てる全ての力で一気に剣妃へと迫る。
オルクスはそれをすんでの所で避け、反撃に槍を繰り出すが、紅薔薇も至近距離からのそれをシールドで逸らし、間髪入れずに挑みかかる。
そんな紅薔薇の戦い方に圧倒されていたオウカは、自分を呼ぶ声に振り向いた。
「僕にあるタイミングが来たら防御障壁を掛けて貰えますか?」
「あぁ」
キヅカの申し出にオウカは怪訝そうに眉をしかめながらも、了承する。
「紅薔薇、支援するぞ!」
ディアドラが愛馬で駈け寄り、紅薔薇が跳躍して距離を取った瞬間に割り入って剣先で切り裂きにかかる。
それを避けた所を明影と海斗の銃が足止めし、エニアの雷が真っ直ぐにオルクスの身体を貫いた。
堪らず周囲の雪ごと地面を陥没させながらオルクスが地に落ちる。
その隙を逃さず紅薔薇が光斬刀を突き出した。
「お見事、ね」
喉元を紅薔薇の光斬刀で柄まで貫かれて、オルクスは紅薔薇に賛辞を送る。
紅薔薇の魔導二輪が操縦者をなくして数メートル先で横転した。
「がはっ」
紅薔薇はオルクスの槍に腹部を貫かれ、宙に浮いていた。
正確には、生み出した槍により、腹部を突かれ、背中にはその切っ先が見える程まで貫通し、槍の力により宙に浮いていた。
それでも、紅薔薇は震える両手でオルクスに突き刺さった刀の柄を掴むと、口から血を吐きながらも壮絶な笑みを浮かべた。
「今じゃ、リク殿!」
「何?」
その声が届くより早く、オルクスの目前には真っ直ぐに自分へとバイクごと突っ込んでくるキヅカの姿があった。
オルクスが紅薔薇を振り飛ばし、障壁を展開しようと口を開くが間に合わない。
その大きな口目がけてバイクが宙を飛んだ。
「……届けぇええ!!」
紅薔薇がその身と引き替えに作ってくれたチャンスを絶対に逃すわけにはいかなかった。
決死の思いでキヅカはその勢いのままオルクスの口腔内にバイクごと突っ込む。
オルクスはそれをキヅカごと口の中に収めると、思わず口を閉じようとした。
同時にキヅカはアサルトライフルを構えてデルタレイをオルクスの口腔内とバイクのエンジンに向けて放つ。
――大爆発が起こった。
「な、何が起こったんだ……?!」
エアルドフリスは空気を震わす爆発音と黒煙が大蛇のオルクスから上がっているのを認めて、目を見張った。
「急ごう!」
歩兵に近付く分体を撃ち抜いて、ジュードが声をかける。
「行ってやれ。ここは私が持とう」
躊躇するユリアンにヴィルヘルミナが背を押す。
「結界が消えて分体自体の発生率も個の強さも目に見えて落ちている。これなら私と兵達だけでも問題無い」
「いい馬だった」とユリアンにカルムを返して、ヴィルヘルミナは振り返ることなく戦闘へ戻っていく。
その背にユリアンは深く一礼すると、愛馬に飛び乗り皆の後を追ったのだった。
「無茶をする。障壁が間に合っていなかったら命が危なかった」
爆発に巻き込まれ全身を炎に巻かれながら地面に叩き付けられた衝撃で気を失っていたキヅカは、駆けつけたオウカに抱えられた所で目が覚めた。
「……ったい」
「当たり前だ」
そんなキヅカに癒しの力が降り注ぐ。 見れば、北上班のシガレットが「何が起きた?」とバイクで駆けつけたところだった。
「そうだ、オルクスは……!? 紅薔薇さんは……!?」
そう言って、無理矢理起き上がるとそこには、大蛇を形作っていた青い液体がぐずぐずと燃え、不整なゼリー状となって蠢いている。
「紅薔薇は、気を失っている」
シガレットに紅薔薇の状態を伝え、そちらへ向かって貰うとほっとしたのか、再びキヅカは意識を失った。
「くふふ……あぁ、驚いた。吃驚しすぎて、色々吹き飛んじゃった」
地を這うような声が響くと、青い液体が空中で一カ所に集まり、人型のオルクスを形成する。
「やはりまだ生きていたか」
ヴァイスが落ち着いた声でオルクスを見ながら振動刀をゆっくりと構えた。
「……なぜ、奪わない」
「さて、何故でしょう?」
「いい加減にしろ!」
言葉遊びを楽しむようなオルクスにレイスが怒鳴りつけた。
「――貴様は邪魔だ。ここから失せろ!」
それはとても美しい線を描いて、まるで吸い込まれるようにオルクスの腹部を横に真一文字に切り裂いた。
ぼどぼどと重い音を立てて青い血が雪の上に落ちて、雪面に穴を開けていく。
「いいわぁ。今回は面白かった。でも、こういうのは……もう二度と同じ手は食わないわよぉ」
最期まで楽しそうに笑いながら、オルクスは青い塵へと変わっていった。
「……消えた?」
「……アレもまた分体だった、ということだろう」
リューの言葉にヴァイスは静かに答えると、刀を仕舞い、南東から走り寄って来た6人を見てそちらへと向かった。
オルクスが消えると、分体達も青い塵となって消えた。
「蛇は……人を……かどわかす……全てを無に……それもまた……一つの答え……」
シェリルはオルクスの残した跡に触れて、瞳を伏せた。
また、一陣の強い風が吹いて、地吹雪が頬を打つ。
シェリルは凍りかけている横髪を指先でほぐし、痛む身体を引き摺りながら仲間の下へと戻った。
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