ゲスト
(ka0000)
【闇光】これまでの経緯


【闇光】ストーリーノベル
各タイトルをクリックすると、下にノベルが展開されます。
人類連合軍総司令官選挙が行われる同盟領リゼリオから遥か北方。
辺境と呼ばれる地に作られた中立拠点であるホープと呼ばれる町に、各国軍が集結しつつあった。
「うおー、流石にこんだけ集まると壮観だぜ。ヴィ……ヴィルなんとかって意外と人望あったんじゃねぇか?」
楽しげに各国軍の様子を眺めるシュターク・シュタークスン(kz0075)の様子にロルフ・シュトライト(kz0055)は眉を潜め。
「ヴィルヘルミナ・ウランゲル陛下です。自分の国の皇帝くらいはそろそろ覚えた方が良いのでは?」
「陛下のお名前を記憶できないシュタークちゃんの残念な脳みその事はそっとしといてあげなさいな。あのお方のお名前は特に忠誠心の高い者だけが呼ぶにふさわしいのです。わたくしとか!」
「なんだか良くわかんねぇが、一応顔とかは覚えてるぞ?」
「顔だけ覚えていればいい……陛下のカリスマがそうさせるのですわね……ああ、ヴィルヘルミナ陛下……!」
うっとりした様子で胸の前で両手を組むゼナイド(kz0052)。ロルフは二人からそっと距離を置いた。
「それにしても、これだけの師団戦力を一斉投入か。どうやら今回の北伐はそれだけ本気のようだ」
「カミラさん。お久しぶりです」
噛み合わない会話に興じるシュタークとゼナイドを横目にカミラ・ゲーベル(kz0053)は軽く片手を上げて応じる。
「歪虚に支配され、何百年も封鎖された辺境よりさらに北方。歪虚の領域である“北狄”への進軍は、先代皇帝の時代からの悲願だそうですから」
シュターク、ロルフ、ゼナイド、カミラ。四名全員が帝国師団を率いる長であり、国防特記戦力である。
彼らは普段は帝国各地の師団都市と呼ばれる町を自治しつつ、歪虚や犯罪者が起こす事件に分担して対処している。
そんな師団長クラスが前線にこれだけ一挙にして揃うという事は、国の防備を削ってまでこの作戦に挑む事を意味している。
「ロルフちゃんの言う通り、これはヒルデブラント様の代から続く戦い。陛下も思う所があるのでしょう」
「ゼナイド師団長は北狄に進軍した経験があるそうだな?」
「ほんの少しだけ、ですけれどもね。あそこはエルフにとっては地獄ですもの。だからちんくしゃエルフ……あのタングラムとわたくしはあまり同道させてもらえなかったのですわ」
カミラの問いにゼナイドは過去を懐かしむように目を細める。
「北狄はヒルデブラント様が失踪した場所。わたくしはもう二度と、大切な人を犠牲にはさせませんわ」
「良くわかんねーが、要は歪虚がウジャウジャいるんだろ? 全部ぶっ潰しゃいいだけじゃねぇのか?」
「そうも行きません。北伐の最大の難点は、そこが非常に長期にわたって歪虚により支配されてきた、強力な汚染領域であるという事実です」
首を傾げるシュターク。ロルフの説明にカミラは遠巻きに別の集団を指差す。
「だからこそ、帝国の力だけでは成し遂げられないとされてきたのだよ」
「お早い再会だったな、器ちゃんよ?」
白い歯を見せ笑みを作るスメラギに浄化の器(kz0120)は眉一つ動かさない。
「折角自由になれたのに、進んで危険な場所に向かうんだね」
「北伐は歪虚の領域への進軍だ。ただ闇雲にヒトが突撃したところでマテリアル変調を起こしてまともに戦えねぇ。だからその為に俺達浄化者が必要になる」
「それがあなたなりの償いという事……?」
「そこまで後ろめたい気持ちじゃねぇよ。俺様はただ、受けた恩を返したいだけだ。それも倍返しでな」
そう、北伐には強力な浄化部隊の同道が必要不可欠であり、それこそが帝国が手をこまねいてきた理由でもあった。
帝国は機導先進国ではあるが、その技術の進歩とは対象的にマテリアル浄化技術は他国に大きく遅れをとっていた。
その為、如何に力で北伐を試みても汚染の力に圧倒され、その結果先代皇帝であるヒルデブラント・ウランゲルを失うという結果を突きつけられた。
しかし今、東方での戦いを経て各国はこれまでにないほどの協調路線を共にしている。そして何より、東方の浄化技術は非常に優秀だ。
「お二人共、お久しぶりデスね! マタご一緒できて、頼もシイデス……」
「おうっ、白龍の! 東方じゃあ世話になっちまったな。また宜しく頼むぜ」
手を振りながら近づいてきたリムネラ(kz0018)に明るく応じるスメラギ。だが器は特に反応する気配がない。
「器サンも……お元気ソウでナニヨリデス」
しかしそっぽを向いた器はそのままどこかへ去ってしまう。
「気にすんな。あいつはああいう奴なんだよ」
「あの子はイツモ、とても悲しい目をシテイマス……」
「本人は悲しいって事さえ気づいちゃいないんだろうがな」
わしわしと頭を掻き、スメラギは空を見上げる。
「ま、腕は確かなんだ。後は戦いの中で少しずつ見つけていくしかねぇのさ……自分自身ってやつをな」
今回の北伐にはスメラギ率いる陰陽寮部隊、リムネラ率いる白竜の巫女、そして器を中心としたエルフハイムの術者が参加する。
彼らの力が強大な闇にさえ有効である事は既に立証されている。ならば、あとは前に進むだけだ。
「急な要請にも関わらず迅速な対応、心から感謝する」
ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)がそう言って頭を下げるとバタルトゥ・オイマト(kz0023)は首を横に振り。
「これから向かう北狄は……辺境の北部。即ち、多くの部族の魂が眠る場所だ。その解放は、俺達にとっても悲願……礼には及ばない」
「そうか……ありがとう、オイマトの。君達の協力があれば、きっと道は開かれるだろう」
そう、北伐はその土地を知る事もまた重要な要素の一つだ。
歪虚にごっそりと奪われた辺境の北部についての知識は、今や生き残った辺境部族しか持ち合わせていない。彼らのガイドなくしての北伐などあり得ないだろう。
「……で、辺境の北部ってのは今どうなってるんだ?」
ダンテ・バルカザールの質問にバタルトゥは頷く。
「辺境北部は……雪と氷に閉ざされた世界だ。今回の北伐では、雪原地帯での行軍を余儀なくされるだろう……」
「寒冷地戦かよ。装備が嵩張る上にどの国の兵士も不慣れだ。こりゃ部族戦力がなきゃまともに戦えない所だったな」
「今回は辺境側から装備のアドバイスも受けている。雪中行軍に適した装備は十分に揃えておいた。ダンテも後で受け取って置くと良い。勿論……アカシラ、君達もな?」
ヴィルヘルミナの視線の先、相変わらず薄着のアカシラ(kz0146)ら鬼達が集まっていた。
鬼は東方で起きた戦いの結果、事実上東方より追放されるような扱いで西方へ渡ってきていた。
複雑な事情があったにせよ、犯罪者としての彼らの立場は東方朝廷としても受け入れられるものではなく、また彼らの生まれ故郷の同族からしても、人と鬼の融和を阻む邪魔者となってしまった。
彼らはそんな悲劇的な身の上ながら、西方の戦場に新たな活路を見出そうと、こうして危険な最前線へ名乗りを上げたのだった。
「うぅ……既にさみィからな……これ以上となると想像もつかねェ」
「安心しろ……アカシラ。お前の為にも……服を用意しておいた……」
「……なんでアタシにピッタリの採寸ができてるんだよ……逆におっかねェな」
無表情に防寒服を取り出すバタルトゥに若干引いた様子のアカシラ。ヴィルヘルミナは笑みを浮かべ。
「人からの好意は素直に受け取っておくものだ。それもヒトとして生きるのならば、処世術となろう」
「……ヒトとして生きるのなら、ねェ」
それは紛れも無い綺麗事である。
結局のところ、罪人である鬼達を無条件で受け入れる事はあらゆる感情論が許さない。
だからこそ、彼らは負のマテリアル汚染に強いという種族特性を買われ、北伐へ参加させられているのだ。
北伐へ参加する者達の危険度は基本的には均等だが、その種族特性を前に出せば、彼女ら鬼はより危険な行動を要求されるに違いない。
「心配するな。王女サマ直々の命令でな。お前たち鬼の面倒は、俺がみてやる事になってんだ」
腕を組み、品定めするようにアカシラを見つめるダンテ。
「王女サマはお優しいからなぁ。お前たちがヘマして死にかけても、俺が助けてやるよ」
「……上等じゃないか。あんまりアタシら鬼をナメるんじゃないよ。こちとらずっと死地で捨て駒にされ続けてンだ。そっちこそケツは持ってやるから、安心して尻尾巻いて逃げ出すんだね」
吐き捨てるようなアカシラの強気な言葉にダンテは大きく笑い。
「その調子だ。せいぜい無駄死にしねェよう、気を張っておくんだな」
「フン……それで、北狄ってのはどんな所なんだい? 他に情報はないのかい?」
雪と氷の世界への進軍。それよりも更なる北方となれば、今や誰も知ることのない完全なる未知の領域となる。
「そういや、大昔にはグラズヘイムとも国交のあった大国が北方にあったと聞いたが……」
「北方王国か……。記録には残されているが、詳細は俺達にも不明だな……」
ダンテの言う通り、かつて北方にはグラズヘイムにも負けない大国があったと言う。
それが今どうなっているのかはわからない。もう何百年も前の話だ。歪虚に支配され、滅んだと考えるのが妥当なところだが。
「……まァいいさ。で、今回の進軍にはある程度目的があるんでしょうね?」
「ほう、わかるかい?」
「そらそうだ。ただの偵察ならこんな大部隊動かすわけねェ」
ヴィルヘルミナは腕を組み、笑みを浮かべる。
「その通り。今回の北伐には明確な目的がある。それは、我が親父殿がその存在を伝えたとされる、歪虚の前線基地への到達だ。途中途中で浄化キャンプを作りつつ、まずはその基地への到達、偵察を目的とする」
「して、その基地ってのは?」
「――夢幻城。そう呼ばれているそうだよ」
●王たちの目覚め
「夢幻城……足を踏み入れるのは久しぶりねぇ?」
その城は静寂に包まれている。長い長い間、時が動く事を拒んできたかのように。
冷たい石畳の廊下を浮かんだまま進むオルクス(kz0097)のやや後方、ジャンヌ・ポワソンとカッツォ・ヴォイが歩いている。
「はあ……面倒だわぁ。どうして私の城に来客があるのかしら」
「姫様、夢幻城は一応歪虚全体にとっての前線基地でもありますから」
「あの、すすーって地面の上を浮いたまま移動するやつ、羨ましいわ……」
露骨にカッツォの話は聞き流されている。ジャンヌは自力で歩くのが余程面倒なのか、カッツォの支えがないと壁に激突しそうな足取りだ。
かつて歪虚CAM事件の時にクラーレ・クラーラ達が集まった大広間。その扉を潜ると、先客の姿が見えた。
「こんばんは、レチタティーヴォ。あなたが一番乗りかしらぁ?」
「これはこれは吸血姫殿、ご機嫌麗しゅう。しかし私めの登場よりも先に舞台の幕は上がっておりましたよ」
そう言ってレチタティーヴォが身を引いた先、ジャンヌが広間に持ち込んだベッドに小柄な少女が横たわっているのが見えた。
「私のベッド……」
「仕方ありませんよ姫様。あのお方は“王”のお一人なのですから」
少女は眠っているのか、大きなぬいぐるみを抱えた姿勢のまま微動だにしない。
仕方なくソファに腰掛けたジャンヌがぽてっと横になると、カッツォは肩を竦める。その時、勢い良く扉が開いた。
「あらハルト、早かったわねぇ?」
全身を漆黒の鎧で包んだ騎士はオルクスの呼びかけを一瞥し、大広間に進む。
その背に担いでいるのは巨大な棺桶である。ナイトハルトは黙々とこれを設置し、棺の蓋を開いた。
膨大な瘴気が溢れる棺の内側には、巨大な骸骨が横たわっていた。オルクスとナイトハルトは揃ってその前に跪く。
「――おはようございます、我らが王よ」
骸骨がぴくりと動き、その大きな手が棺の縁を掴む。
ゆっくりと起き上がった骨は自らの意志で棺から放たれた。その身体に瘴気が収束し、骨は変形、変質していく。
「ううむ……ああ……。ここは……どこじゃ?」
「夢幻城ですわ。ナイトハルトが棺を担いでここまで持ってきたんですのよ」
黒い風が渦巻き、それが晴れると同時、“王”はマントをはためかせ前に出る。
先程までスケルトンのようだった外見は一変し、蒼白い骨の鎧に覆われた怪物が姿を見せた。
「ナイトハルトに……オルクスか? 久しいな……どれほどの時が流れたのかはわからぬが……オルクス、おぬしまた顔が変わったか?」
棺に自分でせっせと蓋をすると王はどっかりとその上に座り込み腕を組む。
「ようこそ夢幻城へ。“不死の剣王”、ハヴァマール様」
恭しく一礼するカッツォに骸骨の騎士ハヴァマールは頷き。
「ううむ、どうやら新顔も増えたようじゃな。まだ寝ぼけておるが……そちらで寝ているのはもしや“怠惰王”か? 王が二人集まるのはいつ以来かの」
「――僭越ながら暴食王よ。集いし王は二人ではございません」
再び扉に注目が集まる。闇に包まれた通路から新たな歪虚が姿を見せた。
人型を保ってはいるが、その様相は悪魔そのものと言える。六つの瞳を怪しく輝かせながら目礼し、男は名乗る。
「怠惰の王、暴食の王、そして城の主人。本日はお招き頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。我が王に代わり皆々様にご挨拶申し上げたく、このメフィストめが参上いたしました」
「ふぅむ。“イヴ”の使いか。奴は元気か?」
「ええ。我が王の治めるアイテルカイトの世はこの上なく絶頂でございます」
「ふはは、それはなによりじゃな。して、何か特異な事態と見たが……?」
オルクスとメフィストは顔を合わせ、説明を始める。
東方で起きた戦い、そこで歪虚王である獄炎が討ち滅ぼされた事。
ハヴァマールはその話に口を挟まず、腕を汲んだままただじっと耳を傾けていた。
「そうか……獄炎が。哀しい事じゃ……我らは大切な同胞を失ってしまった……だが」
王は胸に手を当て、静かに頷く。
「ありとあらゆるモノは必ず無へと還る、それこそが運命。全ては死を通じ、やがて虚無へ至る。我らが同胞たる獄炎は無と一つになった。その喜ばしい門出を皆で祝おうではないか」
「ええ、王の言う通りですわ。“死ねるなんて、なんて幸せ”なのでしょう」
「救わねばならぬな。虚無へ至る道のみがあらゆる存在にとっての救済だというのに……運命に抗う哀れなヒト共を。わしにはわかる。この世界は今まさに、死を欲しているのだ」
その口調はとても穏やかで優しさすら感じる。だが、やろうとしている事はとても歪虚らしく、当たり前の本能に従っている。
「我ら闇の使徒の命題は決まっておる。森羅万象を無に……その為であれば別眷属であろうとわしは惜しみなく力を貸そう。さあ、言うてみよ、我が愛しき闇の同胞よ。この冥府に如何なる力を望む?」
歪虚王獄炎が倒され、ヒトは自由に向かい新たな道を歩みだした。
しかしそれは歪虚達の結束を強め、新たな王たちを呼び起こす結果となった。
ヒトと歪虚、その本当の戦いの時は、刻一刻と迫ろうとしていた。
その時だ。慌ただしくテントに飛び込んできた一人の兵士が敬礼する。
「北方より未確認の巨大構造物が接近中! 大量の歪虚を率い、こちらに向かっています!」
わざつくテントの中、兵士は自分でもよく飲み込めていないであろうその言葉を吐露する。
「単刀直入に申し上げますと……城です」
「城?」
「城が……浮かんだ城が、こちらに飛んできます!」
●夢幻の軍勢
「人間どもは体勢を立て直す為、一度歩みを止めるだろう。ただ待つだけではいずれ夢幻城に招き入れる事になる」
「んぅ……そうなんだ……。めんどくさいし……細かいことはハヴァマールに任せるけど……」
「フフフ、そうかの? まあ正直、わしの趣味でもあるのじゃ。今生のニンゲンどもは、夢枕に聞くに中々面白い」
「他の王の趣味趣向に口出しする程野暮じゃあないが、変わってるな」
やはり少女のものとは思えない野太い声が響く。ベッドの中に別人が二人いるとしか思えないのだが、影は一つだけだ。
「安心するがよい。下の事は我らに任せておけ。おぬしらはここでゆるりと傍観せよ。尤も、振りかかる火の粉は払ってもらわねばならぬがの」
そう。そもそも、まともにこの城を防衛する必要はない。
戦力は全て攻撃に活用する。城の防衛戦力を大量に用意しなくてよいのであれば、圧倒的多数で人類を蹂躙する事ができる。
“ただそこにいるだけでよい”のだ。ならば、“そこにいるだけでよい”ものを移動させてしまえばいい。
「ではな。土産話は手短に済むよう、努力しよう」
ベッドからの声はいつの間にか寝息に変わっていた。
王は部屋を後にし、夢幻城の階段を降りていく。その先にはオルクス(kz0097)とナイトハルトが跪いていた。
「我らが王よ。目的地はもうすぐですわ」
「そうか。ところでオルクスよ、また小さくなったか?」
ぎくりと身震いする。外見は変わっていないはずだが、質量が随分減ってしまったのは事実だ。
「申し訳ございません……東方からこっち、二度も分体を撃破されちゃいまして」
「フン、道楽がすぎるのだ。今の貴様、全盛期の半分も力が出ないのではないか?」
唇を尖らせるオルクスにハヴァマールは腕を伸ばし、その頭を軽く撫でる。
「良い。余が許す。おぬしの好きに振る舞い、好きに死ぬが良い」
嬉しそうに目を瞑るオルクスからナイトハルトへ視線を移し。
「では往くとしようか。あらゆる命が死を欲し叫んでおる……救わねばならん」
「御心のままに」
歩き出したハヴァマールの腕にくっつこうとするオルクスをナイトハルトが蹴り飛ばし、二人が背後で取っ組み合うのを無視し、剣王は通路へ差し込む光へ向かう。
王はあらゆる存在を許容する。なぜならば、全ては必ず死を通し虚無へ至るからだ。
生は必然、死も必然。これは儀式だ。死んだり殺されたりしよう。それが唯一無二の救いへ至る道。
殺し合うからこそ、潰し合うからこそ、求め合うからこそ、世界は無へ至る。
「互いを必要としているのだよ、我らはな。祝福に気づいているか、ニンゲンよ?」
眼下に北伐軍の陣地を捉え、王は静かに囁いた。
神楽が言い終えるより早く、ロニたち浄化キャンプにいた者も味方を敗走させている原因を目の当たりにした。
「あれが……」
呆然とするロニ。
神楽の言葉通り、それは最早化け物という言葉ですら生温かった。
黒い霧のようなものが、敗走する人類側の軍勢のすぐ後ろに垂れこめ、それが徐々にキャンプの方へと近付いて来る。
よく見れば、霧の中では無数のスケルトンが蠢いており、しかも霧が近づくにつれ一体、また一体と新たなスケルトンが闇に染まった大地から湧き出してくるようにも見えた。その数は、つい先日の作戦でロニらが倒したスケルトンの数を遥かに凌駕している。
そして、その黒い霧から悠然と屹立する存在を見上げ、ロニはようやく言葉の続きを絞り出した。
「暴食の歪虚王だというのか……」
それは、一言でいうなら巨大な骸骨。無数のスケルトンが融合して生まれた巨大な怪物であった。
『此処も浄化ノ拠点か。涙ぐマしい足掻キよナ』
怪物は憐れむように呟いた後、緩慢な動きでその巨大過ぎる骨の腕を振り上げる。
『そノ足掻きニ免じ――余自ラ汝らヲ救済セん』
その腕が振り降ろされた瞬間、凄まじい負のマテリアルの波動が浄化キャンプに襲い掛かった。
「何をしている! 速く逃げるんだ!」
呆然と立ちすくむロニの肩を若い帝国兵が掴んだ瞬間、マテリアルの奔流がキャンプに到達する。
それは人も、物も、そしてスケルトンすら巻き込んで一切を粉砕する。
「くっ……」
ロニも吹き飛ばされたが、何とか起き上がり周囲を見渡す。
そこには既にキャンプはなく、見渡す限り瓦礫と死体が散乱していた。
「動ける者は負傷者を担げ! ここは放棄する! 南東にある第一六キャンプまで後退するぞ!」
幸い、直撃は避けたのか一応は無事であったヴィルヘルミナの必死の命令がここまで届いて来る。
だが、ロニはその命令を聞いていなかった。
「そんな……」
●
ハンターたちが呆然と見守る中、少女の姿は地上に近づくにつれ、見る見る小さくなりあっという間に見えなくなる。
次の瞬間ハンターたちは少女の落下していった方向から凄まじい負のマテリアルが沸き起こるのを感じた。
いや、それだけではない。
「……! この、感覚は……」
マーゴットが頭を押さえる。
それは、先刻の霧幻城偵察の際彼女らが感じたあの凄まじい倦怠感だった。そして、倦怠感がすっと消失すると同時に凄まじい衝撃が雪原を揺るがし、雪と岩の粉塵が巻き起こる。
それが晴れた時、ハンターたちは信じられないものを目撃することになった。
「ぬい……ぐるみ?」
余りのことに呆然とするマーゴット。
そう、それはぬいぐるみ……それも、さっきの少女がずっと抱えていた王冠を被った熊のぬいぐるみにしか見えなかった。
問題は、突如として地上に出現したそれが100m近い巨体だったという点である。
少女はそう言ってベッドに潜り込んでしまう。
ビックマーと呼ばれたぬいぐるみはやれやれと肩を竦める
『相変わらずだな。ま、それでこそ怠惰だ』
ぐるりと頭を動かすぬいぐるみ。彼が見たのは突然出現したビックマーのせいで大混乱に陥っている第一六浄化キャンプがあった。
『それじゃあ、まずは挨拶と行くぜ?』
大地を揺らしながらキャンプに近くにある山に近づいたビックマーは無造作に手を振り回す。
その一撃を受け、凄まじい衝撃と共に山が綺麗に吹き飛んだ。そして、その巨大な破片がキャンプに降り注ぐ。 悲鳴と共に人や建物が押し潰され、瞬く間にキャンプが壊滅する。
ファリフもマーゴットたちもそれを上空から呆然と眺めていることしか出来ない。
『ヒューッ! 相変わらずもろいねぇ。ま、人間なんぞはこのビックマー・ザ・ヘカトンケイル様の敵じゃあないってことだな』
ビックマーはニヒルに笑うと、一旦ハヴァマールと合流するべく北上を開始した。
この後、二体の歪虚王が合流する前に、無数のキャンプが潰され、多くの部隊が全滅する。
北伐は事実上失敗し、これまでの歪虚との戦いにおいて最も凄惨な撤退戦が始まることとなった。
北狄から撤退する人類軍を支援する為、連合軍は部隊を派遣する。
しかしこの状況においても迅速に行動可能なのはやはり覚醒者の集団であるハンターであり、彼等に危険な戦いを任せる事になってしまった。
戦域は徐々に南下し、辺境領に差し掛かりつつある。敵の侵攻を食い止められていない証拠ではあるが、進軍を悩ませていた汚染領域から脱した事、辺境に存在する基地であるホープなどに近づいたことから、大型兵器を運用した撤退戦支援には好都合であった。
魔動アーマーや魔導型CAMといった大型兵器は現地に配備されていた分だけでは不足すると想定される為、ここで人類軍は試作中であった大型転移装置の実戦投入に踏み切る。
通常は物理的な輸送しか行えない大型兵器を短時間で転移させるというもので、今現在は転移先やその一度の移動に莫大な量のマテリアルエネルギーを消耗するものの、緊急事態には必要な措置であるとされた。
まるで聖地奪還の時のような、しかしあの時よりずっと危険な戦いが各地で繰り広げられる事になる――。
サルヴァトーレ・ロッソに搭乗していた難民の移民活動はまだ終了していない。しかしハンターらの説得もあり、一時的にリゼリオに降ろす事で話がまとまっている事。
そしてそもそもこの北伐作戦ではサルヴァトーレ・ロッソの投入が予定されており、それに向けてマテリアルエンジンの改造が進んでいた事。
「我々帝国は機導技術を提供し、マテリアルエンジンを改造する為に少し前からここに滞在していたのです」
「そう……だったんですか。でも、よく避難民の皆さんが降りてくれましたね……」
「ハンターの皆さんが二つの世界をとりもつ為に尽力してくれたおかげです。そして……今前線で何が起きているのか、理解してもらっての事です」
勿論全員が万々歳で納得して降りたわけではないし、事が済んだらまたロッソはここに戻り、彼等を受け入れる手順にはなっている。
だが、前線に取り残された大量の負傷者を保護しつつ大量の機動兵器と増援を送り込む為には、どうしてもこの艦の力が必要なのだと彼等も理解してくれたのだ。
「今、各国軍の増援を集めているところです。ハンターの皆さんにもご協力をお願いすると思います」
「……俺も行きます! 戦力は少しでも多い方がいいですよね? ハンターの皆にも声をかけてきます!」
「あ、ちょっと……待ってよカナギ?!」
走り去る少年少女を見送り、カッテは優しく笑みを作る。
「ありがとうございます、艦長」
「礼を言われるような事はまだしてねぇな。それに、礼を言わなきゃならねぇのはこっちの方さ」
帽子を目深にかぶり直し、ダニエルは目を瞑る。
「これまで俺達はこの世界の連中に守ってもらってきた。お前達という異世界の仲間がいなければ、とっくに俺達の漂流生活は終わっていただろう」
地球を救う為に作られたこの艦は、こんな所で終わるわけにはいかない。
しかし、戦わなければ生き残れないという事を、彼等はうんざりするほど理解していたのだ。
リゼリオに一年以上錨を卸していた艦が動き出す。その様子をリゼリオの海岸で多くのリアルブルー人たちが見守っていた。
彼等は自分達の世界で大きな痛みを背負い、その恐怖と喪失に囚われてきた。
だが、今の彼等の側にはクリムゾンウェストの人々がいる。エルフもドワーフも人間も関係ない。今は同じく戦士達へ祈る仲間だ。
発進の影響からリゼリオを守る為、一度サルヴァトーレ・ロッソはゆっくりと海へ向かって遠ざかっていく。
「サルヴァトーレ・ロッソが行っちゃう……」
「私達のお家が……」
不安げに見つめる幼い子供達の肩を叩き、女性が微笑む。
「彼等はね、今苦しんでいる人達を救うために行くのよ。私達のような人を生み出さない為に……だから、応援してあげてね?」 巨大な船は沖へ出ると徐々に加速し、リゼリオの外周を回るように移動する。
「マテリアルエンジン臨界まで残り40秒!」
思わず叫ぶクリストファー。その時、ロッソのパラメーターが回復する。
「出力最大、急速浮上! サルヴァトーレ・ロッソ――発進!」
ダニエルの号令に従い、巨大な船は蒼い光を噴出し、重力に抗って艦首を持ち上げる。
マテリアルの爆発が海を吹き飛ばした。轟音と水しぶきを振りまきながら、艦は空へ舞い上がる。
リゼリオの住民たちは青空から土砂降りのように降り注ぐ海水に慌てふためきながら声援を送り、旗を振る。
「お母さん、見て! 虹ができてる!」
リゼリオを歩く人々は突然の天気雨に空を見上げる。そこには巨大な船が作った光のアーチが煌めいていた。
行ってらっしゃい、がんばってこいよ。皆を助けてくれ……たくさんの人達の声を背に、ダニエルは腕を振り下ろした。
「――目標、北狄! 野郎共、腕は鈍っちゃいねぇだろうな!? これより本艦は撤退戦力の救出を開始するッ!!」
サルヴァトーレ・ロッソは万全の状態ではない。
それでもこの艦でなければ救えない命があると信じて、闇のひしめく空へ飛び立つ。
それは、虹色の門出であった。
なんですって?
「こんな所走ってたんだから元パイロットとかなんでしょう? パラシュートはそのスイッチで開きますから」
そう言ってナサニエルが手元の機械を操作すると、勝手に機体がカタパルトに向かっていく。
「頑張ってくださいねぇ?♪」
『カタパルト正常、進路クリア! マーティン機、発進どうぞ!』
「クリストファー・マーティン! 魔導型デュミナス……発進する!」
誘導灯を振る兵士に敬礼を一つ、デュミナスは勢い良く解き放たれた。
眩い太陽の光がちらつけば、そこは空。周囲には同じように出撃した機甲部隊がパラシュートを広げている。
デュミナス、ドミニオン、そして魔導アーマー。空中に開いた無数の花束は、混迷を極める戦場へ落ちていく。
空中で降下装備を切り離し、アサルトライフルを連射しながら制動。逃走する歩兵戦力を巻き込まないように留意しつつ、大地へ降り立つ。
「こちら、サルヴァトーレ・ロッソ機甲部隊! これより支援を開始する! 撤退中の北伐軍は、指定の回収ポイントへ向かってくれ!」
アサルトライフルでスケルトンの集団を吹き飛ばしながらスピーカーに叫ぶクリストファー。
そこへ突如上空から敵が飛来した。飛竜型のゾンビ、リンドヴルム型剣機と呼ばれる暴食の眷属だ。
見れば上空では降下途中の機甲部隊が攻撃を受け、黒煙を上げながら墜落していく。
「敵の航空戦力……!」
飛竜の尾に装着された巨大な剣。それに合わせるようにデュミナスは剣を抜く。
「大型の敵を優先して叩け! 歩兵を巻き込むなよ!!」
滑空しつつガトリングを掃射するリンドヴルム。狙われたハンターを庇いに入った魔導アーマーがシールドを構えると、ハンターが魔法を放ち飛竜を撃墜する。
敵の数は圧倒的に多く、機甲兵器だけでは戦線を維持する事は出来ない。
「助け合うんだ! 二つの世界の力を合わせて!」
また一機、CAMが攻撃を受け横倒しになる。逃げ惑う戦士たちを庇い、薙ぎ倒されていく。
機甲兵器の投入に、この戦況をひっくり返すほどの力はない。
だからこそ必要だった。覚醒者の力と、機甲兵力の力。その二つを適切に振るう事が。
機甲兵力と覚醒者の戦士たち。彼らは肩を並べ、迫りくる闇の軍勢に刃を向ける。
誰もが理解していたのだ。それだけがこの戦場で生き残る唯一無二の方法なのだと――。
ジャンヌ・ポワソン(kz0154)がそんな事を言っている間に城は轟音と共に砂埃を巻き上げ、傾いたまま大地に突き刺さった。
「怠惰王、無事でアるか?」
「俺のハンサムフェイスがより男前に……う?ん、ダンディ」
「こレで倒れるおヌしではあルまいが……一度退ケ。“オーロラ”も気にカかる」
「確かに、俺はまだやれるが……仕方ねぇなあ。そもそも深追いしすぎだぜ、おたく。物好きもほどほどにな」
両手で顔を覆ったまま背後へ大きく跳躍するビックマー。ハヴァマールは口に光弾を作り、ロッソへ発射する。
「敵弾接近!」
「かわせ!」
船を傾かせ回避運動を取る。しかしロッソの動きは鈍く、直撃を避けたものの右舷に被弾してしまう。
「被害状況確認中! ダメージコントロール!」
「何故当たった!? あのくらいは避けられた筈だ!」
「エンジンの出力が急激に低下しています! 飛行状態を維持するのがやっとです!」
「おい、ナサニエル!?」
『あ、すいません。やっぱり急ごしらえだったんで、主砲まで撃つと調子悪いみたいです。今見てきまーす』
更に別の振動がブリッジを揺らす。機体状況を知らせるアラートは、上部甲板を示していた。
「今度はなんだ?」
「上部看板に損傷! 爆発です! 新たな巨大熱源を確認……メインモニターに出します!」
北の雲を貫き、それはやってきた。
翼にもにた大きなひれをゆっくりと上下させ、ふわりと天空を舞う巨体。単刀直入に言えば、ソレは鯨だった。
動く鯨の死体を機械部品で強化した空母。重く響く鳴き声を発しながら、それは中空を泳ぐ。
「――不壊の剣機! バテンカイトス型……!」
「なんなんだ、その剣機ってぇのは?」
冷や汗を流しつつ身を乗り出したカッテ・ウランゲル(kz0033)にダニエル・ラーゲンベック(kz0024)は問う。
「帝国では暴食の眷属を幾つかのカテゴリーに分けています。アレはゾンビを改造したものであり、四霊剣と呼ばれる個体のひとつです。情報は入っていましたが、まさか飛べるなんて……」
あれは海で目撃されていた筈だ。それがなぜ空中を飛んでいるのか……いや、道理は恐らく夢幻城とも同じだろう。
浮遊する亡霊の群体。肉が腐り、むき出しになった骨の隙間から魚のような形の歪虚が飛び出し、大きく弧を描き甲板に降り注ぐ。
“魚雷”は黒い光を迸らせ、甲板に命中すると同時に爆発。再び艦を衝撃が襲った。
「対空迎撃! 敵艦をバテンカイトスと呼称、システムに登録!」
対空砲火で撃墜されたゾンビが光を撒き散らす中、バテンカイトスは悠々と泳ぎロッソの上を取ると、並走しつつ次々に巨大なアンカーを打ち込んだ。
ロッソとバテンカイトスを結ぶ巨大なワイヤーの上を滑走するアイゼンハンダー。紫電の刀鬼もそれに続き、ロッソへ急降下していく。
それだけではない。大口を開いたバテンカイトスからは無数の暴食の歪虚が出現。次々にロッソへ襲いかかるではないか。
「敵戦力に取り付かれました! 艦内に侵入されます!」
「ちぃっ……振り払えんのか!?」
「エンジンの出力が上がらず、姿勢制御で手一杯です! これでも全開で回してます!」
「被弾箇所の隔壁降ろせ! 甲板に兵力を上げ、ワイヤーを切断させろ! エンジンは弱め、降下しろ!」
「空中ですよ!?」
「上から刺さってるアンカーだ、重力には逆らわなくていい! 艦は姿勢制御だけして現状維持、甲板での作戦行動を優先! どっちみち向こうが放しちゃくれねぇよ!」
ゆっくりと降下するロッソだが、バテンカイトスはそれを逃さぬようにと停止。艦は宙吊りに近い状態になる。
甲板に降り立った十三魔ら歪虚の軍勢を迎撃する為、開かれたハッチからCAMや武装した兵士が上がってくる。
突き刺さった四つのアンカーを破壊し、拘束から逃れられなければ、撤退部隊の回収にも向かえない道理であった。
イェルズはオイマト族の補佐役。実勢経験もまだまだ浅い若手だが、常に尊敬する先人の背中を追いかけてきた。
今頃幻獣達と対話する為、多くの仲間が戦っている筈だ。この戦場に割ける戦力は多くはないが、志では負けていない。
「俺達は白龍を失った。だけどまだ何も諦めたりしちゃいない! まだ諦めていない者がいるという事を、この戦場で幻獣達に示すんだ!」
そうすればきっと、彼らも力を貸してくれる。だからそれを信じて、今できることをやり遂げる。
「愚かな……未だ身の程を弁えておらぬとはな」
そこへ突如、巨大な矢が飛来大地をめくれ上がらせた。嘶く馬を抑えて目を向ければ、そこには憎むべき敵の姿。
「ハイルタイ……!」
「嘗ての大侵攻の際、人間に……オイマト族に何ができたというのだ」
「お前は屈したんだろうさ。だけどね、俺の知っている大人達は誰も責任を放棄したりしなかった!」
僅かに眉を動かすハイルタイ。イェルズは真っ直ぐに敵を見つめ、叫ぶ。
「だから諦めないんだ、俺も……俺達も! “大侵攻”なんて二度とやらせない! やらせるものかよ!」
両者が動き出すのを横目にレチタティーヴォは肩をすくめる。
「辺境の因縁という奴ですか……まあ、そちらはお譲りしましょう。それよりも、私は……」
部下を率いて狙うは撤退する部隊。まだあちらこちらに孤立している。
「一つ一つ丁寧に、聞き届けて差し上げましょう……断末魔のコーラスをね」
速度を落としつつあったトラックの側を駆ける騎馬の影。
マントをはためかせ、ダンテ・バルカザール(kz0153)は愛用の大剣を片手に歪虚王を目指す。
雄叫びを上げながら一撃加えると、ハヴァマールも骨の剣を構築。剣戟は火花を散らし、二つの影はすれ違う。
「ダンテ……来てくれたのか?」
「あんたらがあんまり来るのが遅ぇもンでなァ! 退屈して迎えに来ちまったぜ!」
馬から飛び降りたダンテはそのまま暴食王へ迫る。二人は刃を、そして視線を交錯させる。
「ほう……グラズヘイムの騎士か」
「よせダンテ! そいつはスキルが効かない!」
「あァ!? スキルが効かないだあ!?」
トラックから身を乗り出し叫ぶヴィルヘルミナに応じつつ、ダンテは両手で高々と剣を振り上げる。
「ンなもん使えなくったってなあ! こちとら鍛え上げた自慢の筋肉とォ……剣術があるンだよォッ!!」
一撃、二撃、暴食王と打ち合う。敵の膂力は尋常ではない。だが立ち振舞は素人そのもの、やりようはある。
「どうしたバケモン! 不死身にあぐらかいて剣のお稽古はお粗末かい!?」
暴食王に黒い波動が集い、空振った刃が、しかし衝撃波となってダンテを引き裂く。
吹き飛び大地の上を転がりながらも剣を地に刺して制動し、指で鼻を押さえ血を吹き出す。
ゆっくりと大地を踏みしめ迫る暴食王。そこへ銃弾が次々に命中する。
「行けっつったでしょう、皇帝陛下殿」
「ふん、私に命令できるのは私だけだ、馬鹿者」
両手に魔導銃を構えたヴィルヘルミナの背後、トラックが走り去っていく。
「アカシラはどうした」
「リタイヤしてなきゃあ今頃ここにいるでしょう? 随分悔しがってましたが……ま、身の程を思い知った頃ですわ」
人差し指を振るダンテにヴィルヘルミナもふっと笑みを作る。
「フッ……命が無事なら良い。援軍が来るまで持たせるぞ」
「俺に命令できるのはあんたじゃないンですがねぇ……」
だがこの女の事は、あのお人好しのお姫様に頼まれている。
「ま、ノってやりますか」
負の波動は足元を伝い、黒い霧となって一帯を覆っていく。
次々に出現するスケルトンの集団を前に、二人は臆さず飛び込んだ。
歴史上再びの“大侵攻”を阻止できるかどうか。命運を賭けた大きな戦いが、始まろうとしていた。
「作戦上必要な事だってことはわかってるぜ。あそこらが潮時だった……だがな。あ?、こいつは俺の落ち度でもあるンだが……」
「ヴィルヘルミナさんが、まだあそこに残ってるんです!」
離陸直前まで兵士達をロッソに積み込む為、殿の部隊としてダンテやイェルズもヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)と共に数名のハンター達と戦っていた。
しかし、突如新たに現れた高位歪虚の襲撃を受け、ヴィルヘルミナが現場に取り残されたというのだ。
「俺達も警戒してたんですけど……そいつ、全然気配も何もなくて……完全に不意打ちだったんです」
「はァ?……どうすっかねェ。俺ァお姫様になんて説明すりゃいいんだよ、ったく……」
悔しそうに拳を握りしめるイェルズ。ダンテはわしわしと髪をかき乱すが、カッテは静かに頷き。
「そうですか。実にあの人らしいですね」
「あの人らしい、って……」
「それよりも今は敵の次の動きに備えなければ。外の景色は見えていませんでしたが、離陸から墜落までの時間は数えています。艦の速度と計器をお見せいただければ現在地は割り出せます。ダンテ副団長は最寄りの師団都市へ向かって下さい。転移門で、王国に状況を伝えてほしいのです」
「ちょ、ちょっと待って下さい……まさか、見捨てるんですか? 家族なのに!?」
「陛下は勿論救出します。あの人はこれくらいの事で死ぬような器ではありませんよ。だから今は信じてできることをやらなければなりません」
そう言って地図を広げ、カッテは視線を巡らせる。
「三分ください。次の動きを、全員に指示します」
「そうでしょうね。そういうお方ですから」
「……はァ。前から疑問だったんですがねェ、どうして姫殿下はそこまであの荒唐無稽な皇帝を気にかけるンです?」
へたりこんだシスティーナに手を差し伸べるダンテ。その手を取り。
「何故……なのでしょうね。本当のところを言うと、わたくしもはっきりとはわからないのです。ただ……あのお方はとても優しい方です。本当は争いを嫌い、憎み、しかし自ら業火の中に踏み込む勇気をお持ちで……そうですね。憧れ……なのかもしれません」
手を借りて立ち上がった少女は、ダンテの手を握り悲しげに微笑む。
「わたくしにはない強さが……孤独があのお方にはあります。わたくしは憧れながらもどそこかでそれを否定したくて……そう、彼女を独りにしたくなくて……結局あなたに頼って。わたくしは、いつもそうです」
何も知らされず、理解せぬところで事が進められ、蚊帳の外で起こる悲劇に後で打ちのめされる。
父である先王を失った時も、茨の王の事件の時も、そして今回も……。
「それが嫌だってンなら、そう言えやいいんですよ。伝えたい事があるなら、ちゃんと自分で伝えなきゃあ」
俯き、無理に笑みを浮かべるシスティーナ。ダンテは眉を潜め。
「俺ァあんたのそういう、人に合わせてヘラヘラしてるところがずっと気に食わなかったンです」
「え……?」
「なンで笑うんです? 身勝手な皇帝を怒ればいい。悔しくて悲しければ泣けばいい。力がないンだったら、俺達を頼ればいい。あんたはいつも自分は二の次だ。それじゃあのバカ皇帝となンも変わらない」
人差し指をたて、システィーナの額を小突くダンテ。
「人間なンてなァ自分が一番大事だし、それでいい。あの皇帝の不敵な笑みを暴いて助けたいってンなら、あんたも素顔にならなきゃだめだ」
「……お話中失礼します。ダンテ様、先ほどピースホライズンより救援要請が……」
「現場には俺が行く! 装備揃えて速攻で集合って野郎共に伝えとけ!」
部下の報告にそう応じてダンテは背を向ける。
「心配せずともあの女は俺が助け出しますよ。中途半端は、寝覚めも悪いんでね」
「……ダンテ! その……ご武運をっ!」
後ろ手を振り、ダンテは走り出す。システィーナはその背中が見えなくなるまで、彼を見送っていた。
●包囲網
「それがどうした? とても大事な、国の命運を賭けた会議があるんだ。いいから全員議事堂に集めろ。私は先に行って待つ」
すたすたと歩き去るヴィルヘルミナはある意味いつも通りだが、オズワルドは混乱しきっていた。
「どうしちまったんだあいつ?」
「変ですね。元々変ですけど……流石にこんな命令はおかしいでしょ」
「いや、それでもなにか毎度裏があるのが奴のやることだ……とりあえず俺は招集をかける。お前は議事堂に行っとけ」
走り去るオズワルドを見送り、シグルドは腕を組む。
特級案件が提示されるのは、恐らく革命戦争以来の事だろう。それほどまでにして伝えたい事とはなんなのか。
「なんだか、きな臭いね?」
●落陽
既に正門は破られているが、まだ城塞が落ちたわけではない。バタルトゥは丘の上に立つハイルタイを睨む。
因縁の宿敵同士、ハイルタイもまたゆっくりとオイマト族の戦士達へと目を向けるのだった。
第四師団と海賊の混成艦隊は、ベルトルード沖に出現した歪虚の軍勢と戦闘を続けていた。
「敵をベルトルードに行かせるな! 海上守護団の意地を見せるんだよ!」
海賊達は自分たちの海を守ろうと果敢に亡霊船に戦いを挑むが、船の数は歪虚側の方が圧倒的に多い。
そんな時だ。突如海中から大きなうねりを伴い、巨大な影が舞い上がる。
大量の海水を雨のように降り注がせながら空に浮かび上がった剣機バテンカイトスは、アンカーを突き刺した幾つかの亡霊船を伴い低空飛行で海上を舞う。 「ととと、と……飛んでるぅ?!?」 青ざめた表情で叫ぶヴァーリ。そこへ後方からの砲撃がバテンカイトスに着弾した。
「ありったけの弾を撃って撃って撃ちまくりな! 出し惜しみなんてするんじゃないよ! 何としてもここで奴を食い止めるんだ!」
クジラの怪物はその肉を吹き飛ばされれば怯みもするが、やがて肉そのものが集まり再度肉体を形成する。それは亡霊型の特殊能力に酷似していた。
「体内に核があるってのかい……?」
「ユーディト様、ベルトルードにも敵が! 海中を進んできた亡霊船が乗り付けたようです!」
バテンカイトスは大きく口を開き、そこから無数のリンドヴルム型を発進させる。
それらの向かう先は後方のベルトルード。人手は圧倒的に不足していた。
そこへ駆けつけたのは同盟海軍の艦隊。艦砲射撃で亡霊船を攻撃し、その進路を塞ぐように回りこんでくる。
「来てくれたね……。我々はこのままバテンカイトスを追撃する!」
「あなた誰ですの?」「君、だれ?」「てめえ誰だ?」
三人の師団長が同時に武器を突きつける。
「あのねぇ、ミナちゃんは確かに人間に絶望してるかもしれないよ。だけどそんな情けない事は絶対言わないんだよね??」
「陛下の真似事をされるというだけで酷く不愉快ですわ。最早何者かなど瑣末なこと。さっさと死になさい、下郎!」
血走った瞳を見開き、巨大な鉄槌を振り下ろすゼナイド。オズワルドが止める間もなかったが、その一撃は何かに防がれていた。
それがいつからそこにあったのかわからない。いや、今現れたのかもしれない。
骨が刃を成したような、異形の大剣。これを片手で逆手に構え、ヴィルヘルミナは槌を受け止めていたのだ。
「いや、驚いたな。問答無用かい、ゼナイド?」
「ミナちゃん……じゃ、ないね。ミナちゃんはこんな禍々しいマテリアルを纏ったりしない。ていうかその気配どうやって隠してたの?」
覚醒者なら誰でもわかる。目の前の存在が闇の力を秘めていると。だが、今の今までそれを悟る事ができなかった。
皇帝が剣で大地を撃つと、黒い波動が地続きに広がっていく。それは一瞬で帝都全域を飲み込もうとしていた
。 バルトアンデルスのあらゆる場所で、同時に地面からスケルトンが湧き出す。何が起きているのかわからない住民達へ、歪虚の軍勢が襲いかかった。
合図を待っていたかのように、帝都の外に迫っていた歪虚たちも動き出す。
「なんとかしますわ! さあ、さっさとお行きなさい!!」
背を向け走りだすユウ。ゼナイドとオズワルドは肩を並べヴィルヘルミナを睨む。
「奴は偽物だと思うか?」
「さあ? 少なくとも、わたくしの陛下ではないでしょうねッ!!」
襲いかかる二人の師団長を相手に、皇帝は片手でいなすように剣を振るう。
状況は理解できない。しかし、戦わなければ生き残れない。真相を知るためにも、今は目の前の“敵”に挑むしかなかった。
テオフィルスは単一では不完全な歪虚だ。そのように暴食王が自らの一部を切り取り生み出した。
暴食王と繋がった存在であるが故に、本来は四霊剣よりも格上ですらあるのだが。
「あなたは引き続き皇帝を演じて戦場に向かって頂戴。それだけで帝国軍を大きく妨害できるわ」
それに万が一皇帝の肉体が殺められるような事があれば、人類の内側に内乱の火を放つは容易い。その上、亡霊型のテオフィルスは器を失っても消滅しない。
「連中は浄化術を使いたいでしょうけれど、それをやれば皇帝の肉体は失われる……どちらにせよ、争いの火は止まらないわぁ」
「はい。ですから、真の作戦は別にあります。その為に、すべてを正直に語った上で……ハンターの皆さんにご協力を仰ぎたいのです。そして……システィーナ様。貴女のお力もお借りしたいと考えています」
カッテの言葉に目を丸くした後、システィーナは胸に手をあて即答する。
「――はい! わたくしにできる事ならば、どんな事でも!!」
「……そういう所だけ姉上にそっくりですね」
口元に手をやり小声で笑うカッテ。そしてハンターへ向き合い。
「真の作戦は選ばれた者達だけにしか伝えません。つまり全て貴方達が頼りです。どうか我々に力をお貸しください。この国を、世界を守る為に」
不安げな表情で胸の前で手を組み祈るシスティーナの肩を叩き、カッテは出口を指差す。
「システィーナ様もハンターの無事を祈っている場合ではありません。早速衣装合わせをしましょう」
「衣装合わせというのは……?」
「衣装合わせです。アイドルの。衣装合わせ。ですよ?」
何が起きているのか理解できないという表情のシスティーナの首根っこを掴み、カッテはハンター達に一礼するとどこかへ姿を消した。
「…………、負傷はないか、ダンテ。王国の剣たる役目を十全に果たすことができるか?」
何やら僅かに言い淀んだと思うや、エリオットはそんなことを訊いてきた。
ダンテはぽかんと口を開けて見返し、数秒して大笑した。
「ハ、ははッ、はははは! おいおい、まさか俺の心配してんのか、お前!?」
「…………」
「天下の騎士団長サマが、よりによってこの俺を!? ッはは! ははは! おい、笑わせんじゃねえよエリオット、戦場で思い出したらどうすんだ!?」
「……疲労が蓄積している可能性もなくはない」
「ハ。お前もご存知の通り、俺ァ粗野で粗暴で騎士の誇りなんざクソとも思っちゃいねェ、ただ自分が気持ち良く戦いたいだけの身勝手な野郎だ。つまりそんな繊細な心も身体も持ち合わせちゃいねえよ」
「遠征で実戦経験を積んだお前と、お前の赤の隊を、万一にも失うわけにはいかない。国の損失を防ぐ為なら俺はどんなことだってやるし、似合わん気遣いだってする」
決意を込めた目で、違和感一つ見逃すまいとするかのように睨めつけてくるエリオット。
ダンテは根負けして両手を挙げた。
「どこも悪かねえよ。何ならここで少しばかり『試して』みるか?」
「……、そうか。ならばいい」
「って、おい! そこは乗ってこねえのかよ!」
「それはお前が『闘りたい』だけだろう」
「おう、文句あるか?」
「お前との模擬戦は模擬戦でなくなる。戦の前にすべきではない」
「ンじゃ戦の後で、模擬戦な」
「……、システィーナ様を頼むぞ」
言うや、エリオットは踵を返して転移門へ向かう。そして転移する間際、腰の剣の柄を叩いて僅かに頷いたのが分かった。
「ハ。言われずとも守り抜くさ。お姫様ご執心の、皇帝もな」
独りごち、ダンテはエリオットの消えた転移門に背を向けた。
「どうしてですか!?」
「お前いちいち暑苦しいな!?」
「俺とダンテさんの目の前でヴィルヘルミナさんは……だから俺、責任感じてて……っ!」
「わかったから下がれ顔が近ぇ! ……強力な浄化術ってのは、攻撃魔法みてぇなモンなんだよ」
本来浄化は時間をかけてゆっくり行うモノだ。だが強力な浄化を一点集中で使えば、それは可視化するほどの正のマテリアル奔流を作る。
「九尾に食らわせた天龍陣みたいにな。生身の人間が食らったら髪の毛一本残さず蒸発するぜ」
「じゃあ、ヴィルヘルミナさんの中にいる歪虚だけを倒す事は出来ないんですか?」
「歪虚は消せるだろうぜ。亡霊型ってのは浄化に弱い筈だからな。だが、憑依している人間だけ守るってのは……」
「いえ、浄化が可能であれば良いのです。陛下を守る事に関しては、我らにお任せを」
ウィンクしたナサニエルがパチンと指を鳴らすと、会議室に立体映像が浮かび上がる。
「こ、こいつは……シ、シス……!?」
「これが我々の秘密兵器です。作戦テーマは“ラブ&ピース”……暴食には決して理解できないこの力で、奴らを出し抜きましょう♪」
「お前らマジか」
顔を赤らめたスメラギの呟きに、ナサニエルは自信満々に頷いた。
「入れてください! ここにヴィルヘルミナ様が居るのですよね!? 私はグラズヘイム王国王女システィーナ・グラハムです!」
しかし、その憲兵は動じ他様子も無く、眼鏡の奥から鋭い瞳で真っ直ぐ相手を見つめ返した。
「申し訳ありません。今は誰も陛下に会わせないようにという皇子の厳命です」
「そんな……!」
なおも食い下がろうとするシスティーナと、それを何としても阻もうとする憲兵の間で睨み合いが続くかに見えたその時、ぬっとあらわれた背の高いモヒカン頭の柄の悪い帝国兵らしい男が二人の間に割って入った。
「通してやれオレーシャ。陛下の恩人だぜ? その王女サマは」
「ゲロルト……しかし!」
「し、失礼しますっ!」
そして、システィーナは二人の第一師団兵長が睨み合っている隙に、その脇を走り抜け病室へと飛び込んで行く。
その後姿を見ながらゲロルトは昏い表情で呟いた。
「見せておいてやれよ。陛下の今のザマを」
●
そして、いつの間にか部屋に入っていたカッテ・ウランゲル(kz0033)は、後ずさって自分の体にぶつかったシスティーナにおよそ感情というものが一切感じられない声でそう告げた。
「ウランゲル殿下! これは一体!?」
「……まずは、病室を出ましょう。姉う……いいえ、陛下はまだ傷が癒えておりません。長話はお体に障ります」
●
「単刀直入に申し上げます。陛下は一命をとりとめられましたが、御名前以外ご自分が何者なのかという事について全ての記憶を失っています」
執務室にシスティーナを誘ったカッテは開口一番そう切り出した。
「そんな……!」
思わず悲鳴に近い声で叫ぶシスティーナにも動じず、カッテは淡々と続ける。
「記憶を失ったという事は……様々な問題を抱える帝国と民衆を曲がりなりにも一つに纏め上げて来た為政者を、帝国のみならず各国の軍、それに ハンターの皆さんたちともに歪虚との戦いで最前線に立ち続けてきた将軍を我々が失ったという事に他なりません」
「ちがう……」
「え……」
茫然と床に座り込んだシスティーナが、カッテの言葉を遮った。
「皇帝だとか、人類連合の将軍だとか……そんなこと関係ありませんっ! 私はただ、ヴィルヘルミナ様を……大切なお友達を助けたかっただけなんですっ!」
システィーナの目に涙が溢れた。
その脳裏にはヴィルヘルミナを救いたい一心で歌った時のこと、そして、その原動力となった東方でのヴィルヘルミナとの他愛もない思い出がよみがえった。
「わたくしは……わたくしたちは一体何のために……!」
ヴィルヘルミナを助けるために一致団結したハンターたちは、何のためにあの苦しい戦いに臨んだのか。
そのまま顔を覆って嗚咽するシスティーナ。カッテがそのシスティーナに何か言おうとした時、執務室のドアがノックされた。
「時間ですか」
カッテがそう尋ねると、ドアを開けたゲロルトとオレーシャは無言で頷いて見せた。
「皆さんをお待たせする訳にはいきません。システィーナ様。今日はこれで失礼いたします」
「ウランゲル殿下……」
茫然とするシスティーナの前でゆっくりと執務室の扉が開かれ、壮麗な回廊に整列した軍人や官僚たちが彼女の目に映った。
「僕は『皇帝代理人』です。陛下がその責務を果たせなくなった今、帝国軍と国民の皆さんに対して説明する義務があります」
カッテはゲロルトとオレーシャを従え、次々と敬礼の動作を行う幕僚たちの間を、マントを翻して歩いていく。
その背中をじっと見送っていたシスティーナは唐突に気付いた。
「そうでした……誰よりも辛くて、誰よりも心細いのは、ウランゲル殿下なのですよね……そして、それでも貴方はヴィルヘルミナ様のためにその重い責務を果たさなければならないのですね」
ようやく立ち上がったシスティーナは、最後にこう呟いた。
「わかりました。わたくしも自分の務めを果たします……大切な、お友達のために」
ゾンネンシュトラール帝国皇帝代理人である皇子カッテ・ウランゲルが、北伐で傷ついた皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲルに代わって 帝国の皇帝権を代行する旨の演説がバルトアンデルスにて行われたのは、それから2時間後の事であった。
『部族会議は、これまでの経緯を問わず、連合軍の一員として帝国との共闘を継続する』
『そして、帝国の統治と、武力を背景とする赤き大地の内政及び文化への干渉を、永久に拒絶する』
赤き大地の民を率いる者達は、はっきりと、己の意思を皇帝の代理人へと告げる。
それは、自らの力で自らの道を生きようとする……彼らが導きだした、戦士の血脈の意思。
「首長達よ、本当にそれで良いのか。その条件を認めさせれば、国家としての帝国の援助を拒む事さえ、意味しかねんのじゃぞ」
ナディアが問うと、バタルトゥは頷く。
「皆で……決めたこと、だ」
「赤き大地は、僕ら部族が生きる土地。祖先から受け継ぐ土地で……何より、未来の僕らの子孫から、借り受ける土地。
子孫に返すその力さえ無いのなら、ここに生きる資格は無いって……あの人が、教えてくれたんだ。命を掛けて」
ファリフは、水晶の様に澄む瞳で、パシュパティ砦を見上げた。 その姿を観たナディアは……逆に、表情を曇らせる。
「……本来であれば、中立を前提とするハンターズソサエティは、国同士のいざこざには介入せぬのが慣わし……で、あった。
じゃが、それ故にこの問題は拗れたまま世界から捨て置かれ、部族の戦士も、帝国軍の兵士も大勢が死に、結果として、人類の戦そのものが大きな遅れを取ってきた」
二人の首長とは対照的に……ナディアの言葉は、一言一言が慎重に紡がれた。
それはまるで自らの罪に恥じらい、向き合うかの様に。
「わらわも、考えざるを得なんだ。
ハンターズソサエティ総長であるわらわが連合軍の総司令官ともなった今、この責任に背を向ける事を許されるのか、と。
じゃからこそ、ソサエティの、そして連合軍の責と意義を果たすことを、決めた」
「……自由と、調和、ですか」
「そうじゃっ!」
ヴェルナーの言葉に、ナディアは拳を握って言い放つ。
「今日ここで交わされる言葉は、自由と調和を護り、新たに紡ぐ為のもの。
部族会議は国家としての体裁を取っておらぬが、この条約は国家同士のそれと等しき正統の物とし、わらわがドラゴネッティの名と、ハンターズソサエティ総長、そして連合軍総司令官の責任のもとに保証人となる。
この事に委細意義は無いな、帝国の代表者よ」
ナディアに問われて、ヴェルナーは僅かの間、沈黙し……やがて、ゆっくりと、己の考えを語り出した。
「辺境の……いいえ、この呼び方はもう無礼ですね。
赤き大地の人々からすれば、我ら帝国のした行為は侵略であり背信。
根源は歪虚の仕業であったとて、都合よく水に流せと言えば、全く道理に沿わぬとは承知しています」
ヴェルナーの言葉を……バタルトゥも、ファリフも、凡そ若人とは思えぬ静寂の瞳を以って、聴き続ける。
それは、何百何千の命を己の身に背負う、『首長』の瞳。
その視線を真っ向から受けながら……ヴェルナーは、言葉を続けた。
「私が貴方達へ服従を説いたのは命令によるものでしたが、命令に従うという行為そのものは、紛れも無く私の意思でした。
ナディアさんが、人類戦力の最上位者がその責任を果たすと仰られた今……私も、それに倣わねばなるまいと、思います」
「同意と受け取って、よいな?」
ナディアが問い、ヴェルナーは厳かに、頷く。
「善し。ならば大首長よ、誓約の儀を」
「……ああ」
全部族の最上位者であるバタルトゥが、天然石を繰り抜いた盃に、穀物で作った酒を満たした。
それを、バタルトゥ、ヴェルナー、ファリフ、そしてナディアの順に、各々が一口ずつ飲みながら受け渡す。
そして、条約文書には皇帝の印章と、首長達の血判、そしてソサエティ総長にして連合軍総司令官の署名。
「これは、赤き大地の誓約の儀……首長同士が、命を担保とする約束を、交わす為の。皇帝に、そう、伝えて欲しい」
「……心得ました」
今や揺らぎを見せず振る舞うバタルトゥに、ヴェルナーはふと、強烈な既視感を覚えた。
自らが帝と仰ぐ人物に、初めて相対したあの瞬間と、よく似た感覚を。
(「彼らの成長の証なのか、或いは……元からその身に秘めていた資質か……」)
その感覚の正体を……今のヴェルナーは、断じることができなかった。
……後の歴史において、この条約は会談の場となった砦に因み『パシュパティ条約』と呼ばれることになる。
この会談が、この条約が、戦いの終わりではない。
寧ろ、始まってさえもいなかった。
重なってしまった血染めの歴史を塗り替える、星の友としての歩みを……
これが、その為の、最初の転換点。
最初の一歩、である。
●闇の彼方へ(9月23日公開)

シュターク・シュタークスン

ロルフ・シュトライト

ゼナイド

カミラ・ゲーベル
辺境と呼ばれる地に作られた中立拠点であるホープと呼ばれる町に、各国軍が集結しつつあった。
「うおー、流石にこんだけ集まると壮観だぜ。ヴィ……ヴィルなんとかって意外と人望あったんじゃねぇか?」
楽しげに各国軍の様子を眺めるシュターク・シュタークスン(kz0075)の様子にロルフ・シュトライト(kz0055)は眉を潜め。
「ヴィルヘルミナ・ウランゲル陛下です。自分の国の皇帝くらいはそろそろ覚えた方が良いのでは?」
「陛下のお名前を記憶できないシュタークちゃんの残念な脳みその事はそっとしといてあげなさいな。あのお方のお名前は特に忠誠心の高い者だけが呼ぶにふさわしいのです。わたくしとか!」
「なんだか良くわかんねぇが、一応顔とかは覚えてるぞ?」
「顔だけ覚えていればいい……陛下のカリスマがそうさせるのですわね……ああ、ヴィルヘルミナ陛下……!」
うっとりした様子で胸の前で両手を組むゼナイド(kz0052)。ロルフは二人からそっと距離を置いた。
「それにしても、これだけの師団戦力を一斉投入か。どうやら今回の北伐はそれだけ本気のようだ」
「カミラさん。お久しぶりです」
噛み合わない会話に興じるシュタークとゼナイドを横目にカミラ・ゲーベル(kz0053)は軽く片手を上げて応じる。
「歪虚に支配され、何百年も封鎖された辺境よりさらに北方。歪虚の領域である“北狄”への進軍は、先代皇帝の時代からの悲願だそうですから」
シュターク、ロルフ、ゼナイド、カミラ。四名全員が帝国師団を率いる長であり、国防特記戦力である。
彼らは普段は帝国各地の師団都市と呼ばれる町を自治しつつ、歪虚や犯罪者が起こす事件に分担して対処している。
そんな師団長クラスが前線にこれだけ一挙にして揃うという事は、国の防備を削ってまでこの作戦に挑む事を意味している。
「ロルフちゃんの言う通り、これはヒルデブラント様の代から続く戦い。陛下も思う所があるのでしょう」
「ゼナイド師団長は北狄に進軍した経験があるそうだな?」
「ほんの少しだけ、ですけれどもね。あそこはエルフにとっては地獄ですもの。だからちんくしゃエルフ……あのタングラムとわたくしはあまり同道させてもらえなかったのですわ」
カミラの問いにゼナイドは過去を懐かしむように目を細める。
「北狄はヒルデブラント様が失踪した場所。わたくしはもう二度と、大切な人を犠牲にはさせませんわ」
「良くわかんねーが、要は歪虚がウジャウジャいるんだろ? 全部ぶっ潰しゃいいだけじゃねぇのか?」
「そうも行きません。北伐の最大の難点は、そこが非常に長期にわたって歪虚により支配されてきた、強力な汚染領域であるという事実です」
首を傾げるシュターク。ロルフの説明にカミラは遠巻きに別の集団を指差す。
「だからこそ、帝国の力だけでは成し遂げられないとされてきたのだよ」
「お早い再会だったな、器ちゃんよ?」

スメラギ

浄化の器

リムネラ
「折角自由になれたのに、進んで危険な場所に向かうんだね」
「北伐は歪虚の領域への進軍だ。ただ闇雲にヒトが突撃したところでマテリアル変調を起こしてまともに戦えねぇ。だからその為に俺達浄化者が必要になる」
「それがあなたなりの償いという事……?」
「そこまで後ろめたい気持ちじゃねぇよ。俺様はただ、受けた恩を返したいだけだ。それも倍返しでな」
そう、北伐には強力な浄化部隊の同道が必要不可欠であり、それこそが帝国が手をこまねいてきた理由でもあった。
帝国は機導先進国ではあるが、その技術の進歩とは対象的にマテリアル浄化技術は他国に大きく遅れをとっていた。
その為、如何に力で北伐を試みても汚染の力に圧倒され、その結果先代皇帝であるヒルデブラント・ウランゲルを失うという結果を突きつけられた。
しかし今、東方での戦いを経て各国はこれまでにないほどの協調路線を共にしている。そして何より、東方の浄化技術は非常に優秀だ。
「お二人共、お久しぶりデスね! マタご一緒できて、頼もシイデス……」
「おうっ、白龍の! 東方じゃあ世話になっちまったな。また宜しく頼むぜ」
手を振りながら近づいてきたリムネラ(kz0018)に明るく応じるスメラギ。だが器は特に反応する気配がない。
「器サンも……お元気ソウでナニヨリデス」
しかしそっぽを向いた器はそのままどこかへ去ってしまう。
「気にすんな。あいつはああいう奴なんだよ」
「あの子はイツモ、とても悲しい目をシテイマス……」
「本人は悲しいって事さえ気づいちゃいないんだろうがな」
わしわしと頭を掻き、スメラギは空を見上げる。
「ま、腕は確かなんだ。後は戦いの中で少しずつ見つけていくしかねぇのさ……自分自身ってやつをな」
今回の北伐にはスメラギ率いる陰陽寮部隊、リムネラ率いる白竜の巫女、そして器を中心としたエルフハイムの術者が参加する。
彼らの力が強大な闇にさえ有効である事は既に立証されている。ならば、あとは前に進むだけだ。
「急な要請にも関わらず迅速な対応、心から感謝する」
ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)がそう言って頭を下げるとバタルトゥ・オイマト(kz0023)は首を横に振り。

ヴィルヘルミナ・ウランゲル

バタルトゥ・オイマト

ダンテ・バルカザール

アカシラ
「そうか……ありがとう、オイマトの。君達の協力があれば、きっと道は開かれるだろう」
そう、北伐はその土地を知る事もまた重要な要素の一つだ。
歪虚にごっそりと奪われた辺境の北部についての知識は、今や生き残った辺境部族しか持ち合わせていない。彼らのガイドなくしての北伐などあり得ないだろう。
「……で、辺境の北部ってのは今どうなってるんだ?」
ダンテ・バルカザールの質問にバタルトゥは頷く。
「辺境北部は……雪と氷に閉ざされた世界だ。今回の北伐では、雪原地帯での行軍を余儀なくされるだろう……」
「寒冷地戦かよ。装備が嵩張る上にどの国の兵士も不慣れだ。こりゃ部族戦力がなきゃまともに戦えない所だったな」
「今回は辺境側から装備のアドバイスも受けている。雪中行軍に適した装備は十分に揃えておいた。ダンテも後で受け取って置くと良い。勿論……アカシラ、君達もな?」
ヴィルヘルミナの視線の先、相変わらず薄着のアカシラ(kz0146)ら鬼達が集まっていた。
鬼は東方で起きた戦いの結果、事実上東方より追放されるような扱いで西方へ渡ってきていた。
複雑な事情があったにせよ、犯罪者としての彼らの立場は東方朝廷としても受け入れられるものではなく、また彼らの生まれ故郷の同族からしても、人と鬼の融和を阻む邪魔者となってしまった。
彼らはそんな悲劇的な身の上ながら、西方の戦場に新たな活路を見出そうと、こうして危険な最前線へ名乗りを上げたのだった。
「うぅ……既にさみィからな……これ以上となると想像もつかねェ」
「安心しろ……アカシラ。お前の為にも……服を用意しておいた……」
「……なんでアタシにピッタリの採寸ができてるんだよ……逆におっかねェな」
無表情に防寒服を取り出すバタルトゥに若干引いた様子のアカシラ。ヴィルヘルミナは笑みを浮かべ。
「人からの好意は素直に受け取っておくものだ。それもヒトとして生きるのならば、処世術となろう」
「……ヒトとして生きるのなら、ねェ」
それは紛れも無い綺麗事である。
結局のところ、罪人である鬼達を無条件で受け入れる事はあらゆる感情論が許さない。
だからこそ、彼らは負のマテリアル汚染に強いという種族特性を買われ、北伐へ参加させられているのだ。
北伐へ参加する者達の危険度は基本的には均等だが、その種族特性を前に出せば、彼女ら鬼はより危険な行動を要求されるに違いない。
「心配するな。王女サマ直々の命令でな。お前たち鬼の面倒は、俺がみてやる事になってんだ」
腕を組み、品定めするようにアカシラを見つめるダンテ。
「王女サマはお優しいからなぁ。お前たちがヘマして死にかけても、俺が助けてやるよ」
「……上等じゃないか。あんまりアタシら鬼をナメるんじゃないよ。こちとらずっと死地で捨て駒にされ続けてンだ。そっちこそケツは持ってやるから、安心して尻尾巻いて逃げ出すんだね」
吐き捨てるようなアカシラの強気な言葉にダンテは大きく笑い。
「その調子だ。せいぜい無駄死にしねェよう、気を張っておくんだな」
「フン……それで、北狄ってのはどんな所なんだい? 他に情報はないのかい?」
雪と氷の世界への進軍。それよりも更なる北方となれば、今や誰も知ることのない完全なる未知の領域となる。
「そういや、大昔にはグラズヘイムとも国交のあった大国が北方にあったと聞いたが……」
「北方王国か……。記録には残されているが、詳細は俺達にも不明だな……」
ダンテの言う通り、かつて北方にはグラズヘイムにも負けない大国があったと言う。
それが今どうなっているのかはわからない。もう何百年も前の話だ。歪虚に支配され、滅んだと考えるのが妥当なところだが。
「……まァいいさ。で、今回の進軍にはある程度目的があるんでしょうね?」
「ほう、わかるかい?」
「そらそうだ。ただの偵察ならこんな大部隊動かすわけねェ」
ヴィルヘルミナは腕を組み、笑みを浮かべる。
「その通り。今回の北伐には明確な目的がある。それは、我が親父殿がその存在を伝えたとされる、歪虚の前線基地への到達だ。途中途中で浄化キャンプを作りつつ、まずはその基地への到達、偵察を目的とする」
「して、その基地ってのは?」
「――夢幻城。そう呼ばれているそうだよ」
●王たちの目覚め

オルクス

ジャンヌ・ポワソン

カッツォ・ヴォイ

レチタティーヴォ
その城は静寂に包まれている。長い長い間、時が動く事を拒んできたかのように。
冷たい石畳の廊下を浮かんだまま進むオルクス(kz0097)のやや後方、ジャンヌ・ポワソンとカッツォ・ヴォイが歩いている。
「はあ……面倒だわぁ。どうして私の城に来客があるのかしら」
「姫様、夢幻城は一応歪虚全体にとっての前線基地でもありますから」
「あの、すすーって地面の上を浮いたまま移動するやつ、羨ましいわ……」
露骨にカッツォの話は聞き流されている。ジャンヌは自力で歩くのが余程面倒なのか、カッツォの支えがないと壁に激突しそうな足取りだ。
かつて歪虚CAM事件の時にクラーレ・クラーラ達が集まった大広間。その扉を潜ると、先客の姿が見えた。
「こんばんは、レチタティーヴォ。あなたが一番乗りかしらぁ?」
「これはこれは吸血姫殿、ご機嫌麗しゅう。しかし私めの登場よりも先に舞台の幕は上がっておりましたよ」
そう言ってレチタティーヴォが身を引いた先、ジャンヌが広間に持ち込んだベッドに小柄な少女が横たわっているのが見えた。
「私のベッド……」
「仕方ありませんよ姫様。あのお方は“王”のお一人なのですから」
少女は眠っているのか、大きなぬいぐるみを抱えた姿勢のまま微動だにしない。
仕方なくソファに腰掛けたジャンヌがぽてっと横になると、カッツォは肩を竦める。その時、勢い良く扉が開いた。
「あらハルト、早かったわねぇ?」
全身を漆黒の鎧で包んだ騎士はオルクスの呼びかけを一瞥し、大広間に進む。
その背に担いでいるのは巨大な棺桶である。ナイトハルトは黙々とこれを設置し、棺の蓋を開いた。
膨大な瘴気が溢れる棺の内側には、巨大な骸骨が横たわっていた。オルクスとナイトハルトは揃ってその前に跪く。
「――おはようございます、我らが王よ」
骸骨がぴくりと動き、その大きな手が棺の縁を掴む。
ゆっくりと起き上がった骨は自らの意志で棺から放たれた。その身体に瘴気が収束し、骨は変形、変質していく。
「ううむ……ああ……。ここは……どこじゃ?」
「夢幻城ですわ。ナイトハルトが棺を担いでここまで持ってきたんですのよ」
黒い風が渦巻き、それが晴れると同時、“王”はマントをはためかせ前に出る。
先程までスケルトンのようだった外見は一変し、蒼白い骨の鎧に覆われた怪物が姿を見せた。
「ナイトハルトに……オルクスか? 久しいな……どれほどの時が流れたのかはわからぬが……オルクス、おぬしまた顔が変わったか?」
棺に自分でせっせと蓋をすると王はどっかりとその上に座り込み腕を組む。
「ようこそ夢幻城へ。“不死の剣王”、ハヴァマール様」
恭しく一礼するカッツォに骸骨の騎士ハヴァマールは頷き。
「ううむ、どうやら新顔も増えたようじゃな。まだ寝ぼけておるが……そちらで寝ているのはもしや“怠惰王”か? 王が二人集まるのはいつ以来かの」
「――僭越ながら暴食王よ。集いし王は二人ではございません」
再び扉に注目が集まる。闇に包まれた通路から新たな歪虚が姿を見せた。
人型を保ってはいるが、その様相は悪魔そのものと言える。六つの瞳を怪しく輝かせながら目礼し、男は名乗る。
「怠惰の王、暴食の王、そして城の主人。本日はお招き頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。我が王に代わり皆々様にご挨拶申し上げたく、このメフィストめが参上いたしました」
「ふぅむ。“イヴ”の使いか。奴は元気か?」
「ええ。我が王の治めるアイテルカイトの世はこの上なく絶頂でございます」
「ふはは、それはなによりじゃな。して、何か特異な事態と見たが……?」
オルクスとメフィストは顔を合わせ、説明を始める。
東方で起きた戦い、そこで歪虚王である獄炎が討ち滅ぼされた事。
ハヴァマールはその話に口を挟まず、腕を汲んだままただじっと耳を傾けていた。
「そうか……獄炎が。哀しい事じゃ……我らは大切な同胞を失ってしまった……だが」
王は胸に手を当て、静かに頷く。
「ありとあらゆるモノは必ず無へと還る、それこそが運命。全ては死を通じ、やがて虚無へ至る。我らが同胞たる獄炎は無と一つになった。その喜ばしい門出を皆で祝おうではないか」
「ええ、王の言う通りですわ。“死ねるなんて、なんて幸せ”なのでしょう」
「救わねばならぬな。虚無へ至る道のみがあらゆる存在にとっての救済だというのに……運命に抗う哀れなヒト共を。わしにはわかる。この世界は今まさに、死を欲しているのだ」
その口調はとても穏やかで優しさすら感じる。だが、やろうとしている事はとても歪虚らしく、当たり前の本能に従っている。
「我ら闇の使徒の命題は決まっておる。森羅万象を無に……その為であれば別眷属であろうとわしは惜しみなく力を貸そう。さあ、言うてみよ、我が愛しき闇の同胞よ。この冥府に如何なる力を望む?」
歪虚王獄炎が倒され、ヒトは自由に向かい新たな道を歩みだした。
しかしそれは歪虚達の結束を強め、新たな王たちを呼び起こす結果となった。
ヒトと歪虚、その本当の戦いの時は、刻一刻と迫ろうとしていた。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●傷ついて尚 / 夢幻の軍勢(10月15日公開)
「まったく……命があったからいいものの、無茶苦茶する奴らだぜェ」 テントの中、包帯ぐるぐる巻きのミイラのようになったキヅカ・リク (ka0038)の姿にシガレット=ウナギパイ (ka2884)が苦笑を浮かべた。 北伐作戦の道中で歪虚の迎撃を受けた人類軍は、そこで受けた傷を癒やす為にしばしの休息に身を置いていた。 「一応、死にはしないだろうという算段がついていたからやったんだけどね……いてて」 「よく言うぜェ……。駆けつけてみたら何故か味方が爆発してた俺の気持ちも考えて欲しいぜ」 「それにしても、こんな敵陣のど真ん中で療養できるとは、やはり東方の結界術は高度じゃのう」 リクの隣に寝そべった紅薔薇(ka4766)がしみじみとした様子で呟くと、二人も顔を見合わせる。 そう、ここは歪虚の領域のまっただ中。しかし、スメラギらが作った浄化キャンプにより、全員が十分に休養できるだけの安全圏が確保されていた。 「防衛陣地作成に関しては、やっぱり東方が抜きん出てるよね」 「そうじゃな。こういう状況は慣れっこじゃろう。ここで休んでおられるのも東方を解放した戦果、というべきかのう」 まるで自分の事のように嬉しそうに語り、紅薔薇は風に揺れるカーテンの向こうを見つめる。 「じゃが、やはり人類側は長い守勢の中にあった分、こうして敵陣に攻め入るのは苦手と見える」 地の利が得られたこれまでの防衛戦とは異なり、この戦いでは敵側に最初から有利がついている。 それはこれまでの人類側がそうであったように、一発逆転の戦術を組み立て易いという事でもあるのだ。 「あァ……。俺たち覚醒者はともかく、一般兵にはかなり疲労が出ている。わかってはいたが、キツい状況だなァ」 と、そこへバケツを抱えた浄化の器(kz0120)がカーテンを潜り、負傷者の側に腰を下ろした。 「シガレット……ヴィルヘルミナが呼んでる。次の動きについて、ハンターとも相談したいって」 言いながら緑色の液体に浸した布をリクの顔に被せると、一仕事終えたように額の汗を拭う。 「エルフハイムの薬草です」 「なんで顔に……」 「本当に俺、行っても平気かァ?」 親指をぐっと立てる器に不安を抱えたまま立ち去るシガレット。 「紅薔薇さん。僕はここで死ぬかもしれない」 「……うむ。妾は顔は無事なので遠慮しておこうかの」 「僕も顔は無事なんだけど、どういう意味……いたいいたいいたいです助けて」 「正直な所、あまり状況は芳しくない」 ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)の告白にエヴァンス・カルヴィ (ka0639) は渋い表情で頷く。 「そりゃあそうだろうな……。ハンターにも重傷者が大勢出ちまった。俺たちの回復力なら作戦継続は可能だが、一般兵じゃそうも行かないしな」 「申し訳ありません……私たちがもっと上手くやれていれば……」 傷だらけのヴァルナ=エリゴス(ka2651)が頭を下げると、ダンテ・バルカザールは首を横に振る。 「お前たちは良くやってるさ。戦場において誰のせいだのなんだのと、過ぎちまった事を悔やんでも仕方ねェしな。俺たちは戦争をやってるんだ。人は死ぬんだぜ」 そう言って優しく肩を叩かれると、ヴァルナはむしろ辛そうに唇を噛みしめる。 先の作戦では各国の兵力に大きな犠牲が出てしまった。ヴァルナやエヴァンスの目の前で倒れた者も少なくはない。 「諸君らハンターの助力にはいつも感謝している。いつも君達が最も危険な戦場で戦ってくれているからこそ、私達はまだ諦めずにいられるのだから」 「お前ら二人は特によくやってくれた。いなけりゃもっと人は死んでた筈だ。救えなかった命を嘆くより、今は救った命を誇ってやれ」 「……お心遣い感謝致します、ダンテ様」 「俺たちが不安そうにしてたら、それが皆にも伝わっちまう。それに俺はまだこんな所で終わるつもりはないからな。もっともっと強くなって、次はうまくやってやる」 「その意気だ。では少し、我々のおかれている状況について説明しておこう。他のギルドの長も聞いて欲しい」 北伐軍は現在、夢幻城を目指す道中で大きな浄化キャンプを作り、ここで戦力を整えている。 陣地に関してはスメラギら東方勢とエルフハイムの術師が強力な浄化を維持している為、人体に負のマテリアルの影響はない。 しかし突発的に起こる敵からの小さな襲撃は、人類に気の休まる暇を与えていない。 更なる激戦の予想もあり、人類側の領域へ負傷者を送り返さなければならない。 減った分だけの戦力を補充し、必要な物資を集める為にここ一週間ほどを費やしたものの、状況は完全とは言い難い。 元々難しい作戦だったのだ。汚染領域の進軍方法の確立や、敵戦力の威力偵察は十分にこなせたと言える。 だが、それ以上の大きな成果を求めれば犠牲が出る。そんな岐路に立たされていた。 「バタルトゥらに負傷者撤退の護衛を依頼したので彼等は無事だとは思うが、こちらの兵力も随分減ってしまった。連合軍からの援軍も出揃うにはもう少しかかるだろう」 「では、もうしばらくはこの陣地を維持するのですね」 「ま、それしかないか。もどかしいが、今が耐え時かね」 ヴァルナの言葉にエヴァンスは地図を見つめながら頷く。 「目的地である夢幻城に近づけば敵の迎撃を浮ける事になるが、これ以上進軍しない限り本格的な戦闘は発生しないだろうからな。各部隊長とギルドマスターには、引き続き陣地の護衛を……」 「……会議中失礼します! 皇帝陛下、ご報告が!」 |
![]() キヅカ・リク ![]() シガレット・ウナギパイ ![]() 紅薔薇 ![]() 浄化の器 ![]() ヴィルヘルミナ・ウランゲル ![]() エヴァンス・カルヴィ ![]() ヴァルナ・エリゴス ![]() ダンテ・バルカザール |
「北方より未確認の巨大構造物が接近中! 大量の歪虚を率い、こちらに向かっています!」
わざつくテントの中、兵士は自分でもよく飲み込めていないであろうその言葉を吐露する。
「単刀直入に申し上げますと……城です」
「城?」
「城が……浮かんだ城が、こちらに飛んできます!」
●夢幻の軍勢
「ああ……私の夢幻城が……」 無表情にぽつりと呟くジャンヌ・ポワソン。 夢幻城というのは彼女の城だ。そりゃあ、歪虚の前線基地ではあるが、言わば彼女が個人で所持する不動産なので。 「勝手にお城を飛ばされてしまうなんて、そんな理不尽な事があるのね……」 「ジャンヌの城って飛ぶんだね?! ナナ全然知らなかった☆」 まったくの他人事なナナ・ナイン(kz0081)を恨めしげに見つめるジャンヌ。 その眼下には広大な辺境の大地を埋め尽くす一面の銀世界。これがもし人の心を持つ者であれば、少しは感嘆の声を漏らしたりもするのだろうが。 「どんどん面倒な事に巻き込まれている気がしてならないわ……」 「ご心配めされるな。この夢幻城とジャンヌ殿は、必ず私がお守りします!」 鋼鉄の腕をぐっと握り締め爽やかに笑うアイゼンハンダー(kz0109)に妙な汗が出てしまう。 「……前からほんのりと疑問だったのだけれど……どうして妙に親しげなのかしら……」 「うーん、お城……お城ってやっぱりアイドル的には必要な気がしてきた?! ナナも人間のお城奪ったら飛べるかな?☆」 「誰も話を聞いてくれない……」 アイゼンハンダーとナナ・ナインの一方通行な会話に、ジャンヌはそっと心の戸を閉めた。 「ア?ハン? ミーがStylish迷子になっている間にそんな事があったのデスネ?」 紫電の刀鬼(kz0136)が状況をきちんと理解しているかどうかは不明だが、それはあまり問題ではなかった。 「要は適当に暴れて、Enemyを蹴散らせばNo problemデスねー、ボス?」 「ああ。元より我ら暴食にはそれしか出来んし、それこそが存在意義だ。オルクスは配下も呼び寄せたと言っていたが、足並みを揃える連中でもあるまい」 不破の剣豪ナイトハルトの言葉に刀鬼は親指をビシリと立てる。 「それにしても懐かしいデスネー。北狄にKACHIKOMIかけるようなニンゲンがまだいるとは予想外デース♪」 「望む望まざるに関わらず、それがヒトの本能だ。何度梯子を外されようと、ヒトは繰り返し太陽を目指す」 凍てつくような冷たい風を浴びながら遠い大地を見つめるナイトハルトに、刀鬼は肩を竦める。 「知ってマスか、ボース? 作り物の翼で空を目指したヒトは、その翼を太陽に焼かれ堕ちていく……これ、リアルブルーのお話デース」 「そうか。貴様の……」 「世界は違っても、ヒトの本質は変わらない。二つの世界のニンゲンが共に足掻く姿を見ていると、なかなかにSentimentalデスヨ」 「いつか終わると知っていても、それでも尚……か」 「この場所から見渡せる世界であっても遥かに小さなものじゃ。それは全ての存在が脆く儚い地平線の上に作られた虚像なのだと、世界が白状しているようにさえ思える」 夢幻城の一室。大きく豪勢なベッドの傍らに骸骨の騎士が立っていた。 不死の剣王――暴食王ハヴァマール。不死者の主は窓の向こうを眺めつつ、ベッドに語りかける。 天窓の隙間からは乱れたシーツの上に投げ出された足が、うつ伏せに横たわる背中とシーツの間を泳いでいる。 「ちとジャンヌには気の毒な事をしてしまったが、これならおぬしらでも移動が楽じゃろう」 「……確かに、自分の足で歩けと言われるよりは随分とましだな。ま、歩けと言われて歩くような質でもないが」 「わざわざこっちから行く必要、あるのかなぁ……?」 レースカーテンの向こう、野太い男の声に続き、か細い少女の声が響く。 |
![]() ジャンヌ・ポワソン ![]() ナナ・ナイン ![]() アイゼンハンダー ![]() 紫電の刀鬼 ![]() ハヴァマール |
「んぅ……そうなんだ……。めんどくさいし……細かいことはハヴァマールに任せるけど……」
「フフフ、そうかの? まあ正直、わしの趣味でもあるのじゃ。今生のニンゲンどもは、夢枕に聞くに中々面白い」
「他の王の趣味趣向に口出しする程野暮じゃあないが、変わってるな」
やはり少女のものとは思えない野太い声が響く。ベッドの中に別人が二人いるとしか思えないのだが、影は一つだけだ。
「安心するがよい。下の事は我らに任せておけ。おぬしらはここでゆるりと傍観せよ。尤も、振りかかる火の粉は払ってもらわねばならぬがの」
そう。そもそも、まともにこの城を防衛する必要はない。
戦力は全て攻撃に活用する。城の防衛戦力を大量に用意しなくてよいのであれば、圧倒的多数で人類を蹂躙する事ができる。
“ただそこにいるだけでよい”のだ。ならば、“そこにいるだけでよい”ものを移動させてしまえばいい。
「ではな。土産話は手短に済むよう、努力しよう」
ベッドからの声はいつの間にか寝息に変わっていた。
王は部屋を後にし、夢幻城の階段を降りていく。その先にはオルクス(kz0097)とナイトハルトが跪いていた。
「我らが王よ。目的地はもうすぐですわ」
「そうか。ところでオルクスよ、また小さくなったか?」
ぎくりと身震いする。外見は変わっていないはずだが、質量が随分減ってしまったのは事実だ。
「申し訳ございません……東方からこっち、二度も分体を撃破されちゃいまして」
「フン、道楽がすぎるのだ。今の貴様、全盛期の半分も力が出ないのではないか?」
唇を尖らせるオルクスにハヴァマールは腕を伸ばし、その頭を軽く撫でる。
「良い。余が許す。おぬしの好きに振る舞い、好きに死ぬが良い」
嬉しそうに目を瞑るオルクスからナイトハルトへ視線を移し。
「では往くとしようか。あらゆる命が死を欲し叫んでおる……救わねばならん」
「御心のままに」
歩き出したハヴァマールの腕にくっつこうとするオルクスをナイトハルトが蹴り飛ばし、二人が背後で取っ組み合うのを無視し、剣王は通路へ差し込む光へ向かう。
王はあらゆる存在を許容する。なぜならば、全ては必ず死を通し虚無へ至るからだ。
生は必然、死も必然。これは儀式だ。死んだり殺されたりしよう。それが唯一無二の救いへ至る道。
殺し合うからこそ、潰し合うからこそ、求め合うからこそ、世界は無へ至る。
「互いを必要としているのだよ、我らはな。祝福に気づいているか、ニンゲンよ?」
眼下に北伐軍の陣地を捉え、王は静かに囁いた。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●歪虚王(11月2日公開)
「俺達は勝っているのか……?」 最前線に近い浄化キャンプの一つにて、依頼を終えて帰還したばかりのロニ・カルディス(ka0551)がぽつりと呟いた。 「当然じゃないか!」 そう力強く答えつつロニに暖かい飲み物を差し出したのは、まだ若い帝国兵だった。 「あの城が動き出したのも、俺たちが歪虚を追い詰めている証拠だ」 兵士の言葉は正しいように思える。 実際、条件は全く異なるものの人類は東方で歪虚王の一体である獄炎に、多大な犠牲を払い総力を尽くしてではあるが、勝利しているのだ。 「確かに、報告される一つ一つの戦いに目を向ければ奴らが勝っている戦闘もあるさ。だが全体として見れば成功している作戦の方が多いんだ。この調子で行けば、きっと……」 兵士そう断言して力強く拳を握りしめた時、櫓の上の見張りが大声を上げた。 「味方だ。戻って来たぞ!」 キャンプの兵士たちが歓声を上げ、急いで彼らを出迎えようとする。 だが、何か様子がおかしい。 本来なら、ここは人類にとっての安全圏である筈だが、その集団はまるで何かから逃げるように必死で走り続けており、キャンプが近いにもかかわらず一行にその速度を落とそうともしない。 中には、キャンプに向って必死に叫んでいる者もいる。 「あれは……陛下?」 若い兵士がじっと目を凝らす。 その集団の中で、傷つき気を失ったハンターを抱えて走るのはゾンネンシュトラール帝国皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)その人であった。 だが、兵士がその理由を考えている間に、ヴィルヘルミナ同様に傷ついた味方を抱えて必死に走って来た神楽(ka2032)が叫ぶ。 「みんな、詳しく説明している時間はないっす! 撤退っす! とにかくここから逃げるっすよ!」 「落ち着いてくれ! 一体何があった!?」 取り乱す神楽にロニが聞き返す。 「暴食の歪虚王……あれは、化け物っす! いや、もう化け物とかいうレベルじゃ……」 |
![]() ロニ・カルディス ![]() ヴィルヘルミナ・ウランゲル ![]() 神楽 |
「あれが……」
呆然とするロニ。
神楽の言葉通り、それは最早化け物という言葉ですら生温かった。
黒い霧のようなものが、敗走する人類側の軍勢のすぐ後ろに垂れこめ、それが徐々にキャンプの方へと近付いて来る。
よく見れば、霧の中では無数のスケルトンが蠢いており、しかも霧が近づくにつれ一体、また一体と新たなスケルトンが闇に染まった大地から湧き出してくるようにも見えた。その数は、つい先日の作戦でロニらが倒したスケルトンの数を遥かに凌駕している。
そして、その黒い霧から悠然と屹立する存在を見上げ、ロニはようやく言葉の続きを絞り出した。
「暴食の歪虚王だというのか……」
それは、一言でいうなら巨大な骸骨。無数のスケルトンが融合して生まれた巨大な怪物であった。
『此処も浄化ノ拠点か。涙ぐマしい足掻キよナ』
怪物は憐れむように呟いた後、緩慢な動きでその巨大過ぎる骨の腕を振り上げる。
『そノ足掻きニ免じ――余自ラ汝らヲ救済セん』
その腕が振り降ろされた瞬間、凄まじい負のマテリアルの波動が浄化キャンプに襲い掛かった。
「何をしている! 速く逃げるんだ!」
呆然と立ちすくむロニの肩を若い帝国兵が掴んだ瞬間、マテリアルの奔流がキャンプに到達する。
それは人も、物も、そしてスケルトンすら巻き込んで一切を粉砕する。
「くっ……」
ロニも吹き飛ばされたが、何とか起き上がり周囲を見渡す。
そこには既にキャンプはなく、見渡す限り瓦礫と死体が散乱していた。
「動ける者は負傷者を担げ! ここは放棄する! 南東にある第一六キャンプまで後退するぞ!」
幸い、直撃は避けたのか一応は無事であったヴィルヘルミナの必死の命令がここまで届いて来る。
だが、ロニはその命令を聞いていなかった。
「そんな……」
ロニは足元に転がる、ついさっきまで話していた若い帝国兵の死体を呆然と眺めていたのだ。 「動けるなら手を貸して欲しいっす! まだ、動けない味方が大勢いるっすよ!」 そこに、仲間を担いだままの神楽が叫んだ。 「……! すまないっ!」 ロニはもう一度兵士の死体を見て心の中で祈ると、自らを激励して、まだ生きている仲間を助けてこの場を離脱するべく駆け出した。 しかし、そんなロニの行動を嘲笑うかのように歪虚王の声が降り注ぐ。 『案ずルな。こノ場ヲ永らえタ者もいずレ余すとコろナく余ガ救おうゾ。我が名ハ暴食王ハヴァマール。“星の救済者”でアる』 |
![]() ハヴァマール |
●
「一体、何が……」 同じ頃、帝国軍第五師団のグリフォンに同乗し夢幻城から脱出して来たマーゴット(ka5022)たちは眼下の光景に言葉を失っていた。 マーゴットたちの目からは、巨大な怪物と化したハヴァマールとその周囲の黒い霧が進路上に存在するキャンプを飲み込みつつ、ゆっくりと南下していく様子がはっきりと見えていた。 「とにかく……早く味方と合流しなきゃ!」 同じく、偵察に同行していたファリフ・スコール(kz0009)も叫ぶ。 「第一六キャンプがすぐ近くにある筈です」 グリフォンライダーの一人はそう返答すると、他のライダーに指示を出そうとする。 その時、巨大な影が彼らの頭上を覆った。 「霧幻城……! もう、ここまで来たなんて……!」 マーゴットが叫んだ通り、それは先刻彼らが脱出した浮遊する歪虚の城だった。 城はすぐ下を飛ぶグリフォンライダーなど眼中に無いかの如く悠々と飛行を続け、彼らを追い越していく。 そして、一行が安堵した瞬間――城から何かが飛び降りた。 「え……!?」 ファリフの目が驚愕に見開かれる。 風になびく長く伸びた髪と、だらしなく着崩されたドレス、そしてしっかりと抱きしめたクマのぬいぐるみは、間違いなく先程ファリフとハンターたちが城で目撃したあの少女であった。 「……あ」 落下の最中に、ふとハンターたちと目が合った少女が薄目を開け呟く。 「……また、会ったね」 |
![]() マーゴット ![]() ファリフ・スコール |
次の瞬間ハンターたちは少女の落下していった方向から凄まじい負のマテリアルが沸き起こるのを感じた。
いや、それだけではない。
「……! この、感覚は……」
マーゴットが頭を押さえる。
それは、先刻の霧幻城偵察の際彼女らが感じたあの凄まじい倦怠感だった。そして、倦怠感がすっと消失すると同時に凄まじい衝撃が雪原を揺るがし、雪と岩の粉塵が巻き起こる。
それが晴れた時、ハンターたちは信じられないものを目撃することになった。
「ぬい……ぐるみ?」
余りのことに呆然とするマーゴット。
そう、それはぬいぐるみ……それも、さっきの少女がずっと抱えていた王冠を被った熊のぬいぐるみにしか見えなかった。
問題は、突如として地上に出現したそれが100m近い巨体だったという点である。
『ヒューッ!』 地上に着地したそのぬいぐるみはゆっくりと南下してくるハヴァマールを見て口笛を吹く。 『ハヴァマールの奴、派手にやってるじゃないの! 面倒なのは御免だが……ま、本気になったらとことんやるのが俺達怠惰のマイルールってヤツだ。なあ、オーロラ?』 そう呼びかけられ、巨大なぬいぐるみの頭部の王冠に備え付けられたベッドに横たわる少女が軽く身じろぎする。 少女は先刻ハンターたちの眼前で夢幻城から飛び降りた少女に相違なかった。ただ、今はぬいぐるみを持ってはいない。 「……うん。だから、ビックマーがやって」 |
![]() ビックマー |
ビックマーと呼ばれたぬいぐるみはやれやれと肩を竦める
『相変わらずだな。ま、それでこそ怠惰だ』
ぐるりと頭を動かすぬいぐるみ。彼が見たのは突然出現したビックマーのせいで大混乱に陥っている第一六浄化キャンプがあった。
『それじゃあ、まずは挨拶と行くぜ?』
大地を揺らしながらキャンプに近くにある山に近づいたビックマーは無造作に手を振り回す。
その一撃を受け、凄まじい衝撃と共に山が綺麗に吹き飛んだ。そして、その巨大な破片がキャンプに降り注ぐ。 悲鳴と共に人や建物が押し潰され、瞬く間にキャンプが壊滅する。
ファリフもマーゴットたちもそれを上空から呆然と眺めていることしか出来ない。
『ヒューッ! 相変わらずもろいねぇ。ま、人間なんぞはこのビックマー・ザ・ヘカトンケイル様の敵じゃあないってことだな』
ビックマーはニヒルに笑うと、一旦ハヴァマールと合流するべく北上を開始した。
この後、二体の歪虚王が合流する前に、無数のキャンプが潰され、多くの部隊が全滅する。
北伐は事実上失敗し、これまでの歪虚との戦いにおいて最も凄惨な撤退戦が始まることとなった。
(執筆:稲田和夫)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●サルバトーレ・ロッソ出撃!(11月9日公開)
「はああ??っ!? 歪虚王クラスが二体じゃと!?」 北伐中に発生した緊急事態の知らせは直ぐにリゼリオのハンターズオフィス本部にも届いた。 「無理無理無理無理! 王クラス二体は絶対無理! 勝てるわけないじゃろ!? 言っとくけど東方で獄炎倒せたのがもう既に奇跡だからの!?」 「北伐部隊は既に壊滅状態です。かなりの戦死者が……出てしまっているようですね……」 重苦しい口調でこぼすミリア・クロスフィールド(kz0012)の前でナディア・ドラゴネッティは椅子の背もたれに全身を投げ出す。 相手の受け攻めのパターンは幾つか想定していたが、これは予想外だ。 歪虚王クラスは北の奥地に引っ込んだまま出てこない、これが北伐の大前提だし、そもそもこんな事は通常あり得ない。 「獄炎を討ったからか……? いや、その程度で慌てふためく連中でもなかろう。どういう心変わりじゃ……」 「あの……総長。私達はこれからどうしたら……」 舌打ちし、ナディアは思考を巡らせる。これまで随分と長い事世界を見守ってきたが、こんな事は歴史上でも“大侵攻”以来だろう。 あの時は北方王国が滅び、辺境の大地をごっそりと持って行かれた。今また大侵攻が起これば、辺境と帝国は甚大な被害を受けるだろう。 そして歪虚から南の大地を守る緩衝地帯である辺境と帝国が機能停止すれば、あっと言う間に王国や同盟にまで戦火が広がってしまう。 「暴食王と怠惰王か……。そこまで人類を危険視する連中とは思えんが」 「総長……?」 「そこまでして北に人類を入れたくない理由が……」 「総長? あの?、ナディア総長?」 「ん、あ、おおう。まず、救援部隊を編成するぞ。わらわはちょっとばかし外す」 「どちらへ?」 「決まっておろう。救出の算段をつけに、じゃよ」 |
![]() ナディア・ドラゴネッティ ![]() ミリア・クロスフィールド |
北狄から撤退する人類軍を支援する為、連合軍は部隊を派遣する。
しかしこの状況においても迅速に行動可能なのはやはり覚醒者の集団であるハンターであり、彼等に危険な戦いを任せる事になってしまった。
戦域は徐々に南下し、辺境領に差し掛かりつつある。敵の侵攻を食い止められていない証拠ではあるが、進軍を悩ませていた汚染領域から脱した事、辺境に存在する基地であるホープなどに近づいたことから、大型兵器を運用した撤退戦支援には好都合であった。
魔動アーマーや魔導型CAMといった大型兵器は現地に配備されていた分だけでは不足すると想定される為、ここで人類軍は試作中であった大型転移装置の実戦投入に踏み切る。
通常は物理的な輸送しか行えない大型兵器を短時間で転移させるというもので、今現在は転移先やその一度の移動に莫大な量のマテリアルエネルギーを消耗するものの、緊急事態には必要な措置であるとされた。
まるで聖地奪還の時のような、しかしあの時よりずっと危険な戦いが各地で繰り広げられる事になる――。
「ちょっとカナギ、どこに行くの!?」 「ダニエル艦長に直訴するんだよ。サルヴァトーレ・ロッソを動かせませんか、って」 ラキ(kz0002)の静止を振り切ってロッソ内を走る篠原 神薙(kz0001)。 サルヴァトーレ・ロッソの出入り制限は解除されているが、一部の機密ブロックへの出入りは未だ制限されたままだ。 そのルールを無視し艦橋へ進もうとする神薙の手を掴み、ラキは足を止める。 「も?、落ち着きなよカナギ!」 「俺は落ち着いてるよ!」 「落ち着いてないって! カナギはあたしを止めるのが仕事でしょ? なんで役割逆転してるのさ。その時点でおかしいでしょ」 目を丸くし、それからがっくりと肩を落とす神薙。 「ごめん……俺、居てもたってもいられなくて。今まさに、北狄では歪虚王と戦ってる人達がいると思うと……」 「まあ、獄炎が二匹来てると思うと、ちょっともうヤバイっていうのはすごくわかるけどさ……」 二人が直訴した所でこの艦が動かせるとは思えない。子供の我儘で世界を救えるのなら簡単な話だ。 途方に暮れて考え込んでいると、そこへカッテ・ウランゲル(kz0033)が歩いてくる。 「おや、お二人は……選挙の時以来ですね」 「ヴィルヘルミナの弟! 何してるのこんなとこで?」 「お二人こそ……いえ、そういう事ですか」 カッテは何かを悟ったように頷くと、二人を追い越して歩いて行く。 「ご案内しましょう。こちらです」 顔を見合わせる二人を残し、つかつかと早足で去っていくカッテ。その背中を追いかけ、二人も歩き出した。 「民間人の退艦率96%! 残り4%の避難誘導も問題なく進行中!」 「システムチェック良好、エネルギーバイパスチェック……良好。転移時の損傷箇所も修復済みです」 「兵装システム問題なし! マテリアルエンジン正常に動作中!」 シャッターが左右に開くと、まばゆい光が差し込んでくる。 艦橋では多くのクルーが着席し、サルヴァトーレ・ロッソの状態確認に勤しんでいる。 そこで背を向けて立っていたダニエル・ラーゲンベック(kz0024)とナディアがゆっくりと振り返った。 「カッテ皇子か……そいつらは?」 「ハンターのラキさんと篠原さん……“大転移”の立役者です。道中でお会いしましたが、無関係ではないと思いまして」 「あの、ダニエル艦長……これは……?」 「見てわからんのか? 艦を飛ばす準備をしている」 唖然とする神薙とラキへ、カッテは説明を始める。 |
![]() ラキ ![]() 篠原 神薙 ![]() カッテ・ウランゲル ![]() ダニエル・ラーゲンベック |
そしてそもそもこの北伐作戦ではサルヴァトーレ・ロッソの投入が予定されており、それに向けてマテリアルエンジンの改造が進んでいた事。
「我々帝国は機導技術を提供し、マテリアルエンジンを改造する為に少し前からここに滞在していたのです」
「そう……だったんですか。でも、よく避難民の皆さんが降りてくれましたね……」
「ハンターの皆さんが二つの世界をとりもつ為に尽力してくれたおかげです。そして……今前線で何が起きているのか、理解してもらっての事です」
勿論全員が万々歳で納得して降りたわけではないし、事が済んだらまたロッソはここに戻り、彼等を受け入れる手順にはなっている。
だが、前線に取り残された大量の負傷者を保護しつつ大量の機動兵器と増援を送り込む為には、どうしてもこの艦の力が必要なのだと彼等も理解してくれたのだ。
「今、各国軍の増援を集めているところです。ハンターの皆さんにもご協力をお願いすると思います」
「……俺も行きます! 戦力は少しでも多い方がいいですよね? ハンターの皆にも声をかけてきます!」
「あ、ちょっと……待ってよカナギ?!」
走り去る少年少女を見送り、カッテは優しく笑みを作る。
「ありがとうございます、艦長」
「礼を言われるような事はまだしてねぇな。それに、礼を言わなきゃならねぇのはこっちの方さ」
帽子を目深にかぶり直し、ダニエルは目を瞑る。
「これまで俺達はこの世界の連中に守ってもらってきた。お前達という異世界の仲間がいなければ、とっくに俺達の漂流生活は終わっていただろう」
地球を救う為に作られたこの艦は、こんな所で終わるわけにはいかない。
しかし、戦わなければ生き残れないという事を、彼等はうんざりするほど理解していたのだ。
リゼリオに一年以上錨を卸していた艦が動き出す。その様子をリゼリオの海岸で多くのリアルブルー人たちが見守っていた。
彼等は自分達の世界で大きな痛みを背負い、その恐怖と喪失に囚われてきた。
だが、今の彼等の側にはクリムゾンウェストの人々がいる。エルフもドワーフも人間も関係ない。今は同じく戦士達へ祈る仲間だ。
発進の影響からリゼリオを守る為、一度サルヴァトーレ・ロッソはゆっくりと海へ向かって遠ざかっていく。
「サルヴァトーレ・ロッソが行っちゃう……」
「私達のお家が……」
不安げに見つめる幼い子供達の肩を叩き、女性が微笑む。
「彼等はね、今苦しんでいる人達を救うために行くのよ。私達のような人を生み出さない為に……だから、応援してあげてね?」 巨大な船は沖へ出ると徐々に加速し、リゼリオの外周を回るように移動する。
「マテリアルエンジン臨界まで残り40秒!」
『ハイハ?イ、こちら機関室。エンジンの調子は見ていてあげますから、ガツンとやっちゃってくださいねぇ?』 『おいナサニエル、この部屋めちゃくちゃ熱くなってるんだが……というかこの凄まじいマテリアル光は人体に影響ないよな?』 『たぶん』 『あんた今、多分って言ったか?』 機関室から聞こえるナサニエル・カロッサ(kz0028)とクリケット(kz0093)の声にクリストファー・マーティン(kz0019)は苦笑を浮かべ。 「……大丈夫でしょうか? 改造エンジンは試験運用なしのぶっつけ本番なのですが」 「ダメならダメで吹っ飛ぶだけだ。安心しろ、民間人はいねぇ」 「それは安心ですね。俺達の命以外は」 「臨界まで20秒……いえ、動力部に異常検知! 出力が下がっていきます!」 がくりと大きく艦が傾き、クリストファーは頬を掻く。 「ダメですかね?」 「おい錬魔院の! 気合入れて動かせ! そいつをなんとかしねぇと艦がリゼリオに突っ込んじまう!」 『今やってまーす』 『ナサニエル! これ本当に大丈夫なんだろうな!?』 『大丈夫大丈夫、なんとかしますんで』 サルヴァトーレ・ロッソの主機であるマテリアルエンジンはリアルブルー人から見てもクリムゾンウェスト人から見ても未知の装置だ。 魔導型CAMのノウハウがあるものの、外部から機導装置を取り付けて補佐してなんとか動かすという試みは、当然ながら人類史上初である。 「おい……飛ばないでこっちに突っ込んでこないか?」 「ぶ、ぶ、ぶつかる!?」 リゼリオの海岸に居た人々がざわめきだす。ものすごい勢いでロッソが突っ込んでくるのだ。 「院長!!」 |
![]() ナサニエル・カロッサ ![]() クリケット ![]() クリストファー・マーティン |
「出力最大、急速浮上! サルヴァトーレ・ロッソ――発進!」
ダニエルの号令に従い、巨大な船は蒼い光を噴出し、重力に抗って艦首を持ち上げる。
マテリアルの爆発が海を吹き飛ばした。轟音と水しぶきを振りまきながら、艦は空へ舞い上がる。
リゼリオの住民たちは青空から土砂降りのように降り注ぐ海水に慌てふためきながら声援を送り、旗を振る。
「お母さん、見て! 虹ができてる!」
リゼリオを歩く人々は突然の天気雨に空を見上げる。そこには巨大な船が作った光のアーチが煌めいていた。
行ってらっしゃい、がんばってこいよ。皆を助けてくれ……たくさんの人達の声を背に、ダニエルは腕を振り下ろした。
「――目標、北狄! 野郎共、腕は鈍っちゃいねぇだろうな!? これより本艦は撤退戦力の救出を開始するッ!!」
サルヴァトーレ・ロッソは万全の状態ではない。
それでもこの艦でなければ救えない命があると信じて、闇のひしめく空へ飛び立つ。
それは、虹色の門出であった。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●逃走の果てに(11月27日公開)
二体の歪虚王と交戦後、人類軍は苦い思いを噛み締めながらの撤退を強いられていた。 ハンター100名を投入して行われた歪虚王との戦いは、人類にとって苦しい結果を突きつけた。 それぞれの作戦で撤退の時間を稼ぐことには成功したものの、追撃の阻止はままならず、人類は二体の歪虚王に追い立てられ、南を目指し走り続けていた。 「くっ、しつこい……いつまで追撃してくるつもりだ?」 トラックの荷台に揺られながらロニ・カルディス (ka0551)は歯噛みする。 大鎌を掲げ、トラックに迫る歪虚へ魔法を降り注がせる。白金 綾瀬(ka0774)はオイリアンテを構え、後続の敵集団目掛け引き金を引く。 「弾切れ……これでオイリアンテも使えなくなったわね」 散り散りになり、大慌てで撤退を開始していた人類軍の各部隊は、各地で発生した敵の妨害も受け、自然とそれぞれが合流する形になった。 全ての撤退戦力をトラックに乗せる事もままならず、傷ついた人類軍を始末しようとあちこちから押し寄せる敵と、至る所で小競り合いが発生している。 「トラックをまわしてくれ! 今度は進路上の敵を叩く! 綾瀬……すまないがもう少し付き合ってくれ」 「言われるまでもないわ」 自前の銃に持ち替える綾瀬。ロニは運転手の帝国兵に指示を出しつつ、負傷者を乗せたトラックに目を向けた。 「クローディオ様……少しは痛みが引きましたか?」 他の負傷者と共にトラックの荷台で揺られるクローディオ・シャール (ka0030)は、じっとりと脂汗を浮かべた頬に笑みを浮かべる。 「ああ……おかげ様でな。元より自ら手を下したものだ。“うまくやった”つもりだよ」 視線を伏せるミルベルト・アーヴィング (ka3401)。そこにあるべきクローディオの腕は、彼が自らの意志で刃を振り下ろした結果だ。 「奴の情報を得る為だ……安い代償だよ」 「あなた様がどのようにお考えであろうと、重傷であることに変わりありません。せっかく堪えた命なのです。お体を労って下さい」 そう言って回復魔法を施すミルベルトの横顔にも深い疲れの色が見える。 「……すまない」 視線を逸し、悔しさを堪えたクローディオに言えたのはそんな言葉だけだった。 二人の間には重い沈黙があった。どんなに強く心を保とうとも、大切な仲間を失ったという事実は変えられないのだから……。 「摩耶どん……しっかりするのじゃ!」 元々白く抜けるようだった美しい摩耶(ka0362)の肌は、今や生気を失い、死者のそれに近い。 痛む傷を押さえながらカナタ・ハテナ(ka2130)が呼びかけを続けるが、その瞼が開くことはなかった。 「千秋。身勝手だとは承知しているが、なんとかならんのか!?」 「物理的な治療も、魔法による回復も追いつきません……このままでは……」 ずっと応急処置を続けている栂牟礼 千秋(ka0989)に当たった所でどうにもならない。それはヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)にもわかっている。 しかし、摩耶がこうして死の瀬戸際に立っているのは、ヴィルヘルミナの身代わりになったからだ。 それを承認したのも皇帝本人。摩耶と言葉を交わしたのは、作戦開始前、予備の装備を渡した時が最後になってしまった。 「甘かった……私の認識が……。摩耶……すまない……」 「ヴィルヘルミナどん……じゃがしかし、今は悔いている時ではないのじゃッ」 カナタの言葉に視線を落とす。しかし千秋はそんなカナタの身体を横にし。 「カナタさんも今は安静にしなきゃだめですよ。重傷なんですから」 「ムムム……歯がゆいのぅ」 ヴィルヘルミナは摩耶の手を握り締め、目を瞑る。 『これが――騎士皇の重さなのですね』 装備を渡した時、摩耶は感慨深そうにそう呟いた。 『ナイトハルトさんの時代から続く騎士皇の幻想は、今の帝国を支える根幹です。それはあなたにも受け継がれている』 そう言って摩耶は振り返り、微笑む。 『その力が、誇りが、人々を導いていく。……この装備は、必ずお返ししますね』 摩耶は別に、死を覚悟してなどいなかった。最初から生きて帰るつもりで、全力を尽くした筈だ。 誰かのせいだったなど、それこそ彼女への侮辱でしかない。わかっていたはずだ。戦場に立てば、誰かを失うこともあると。 「私は……君の瞳に正しく映る王だったか?」 瞼の裏に映る姿に問いかけても、血に汚れた手を握り締めても、答えは得られない。 ガタガタと揺れるトラックが刻む、終わりの見えない逃走劇の悲しいメロディ。それ以外のすべてが沈黙に包まれた、まさにその時だ。 「おい……あれを見ろ!」 ハンターの一人が空を指さすと、傷ついた兵士たちが次々に感嘆の声を上げた。 「まさか……サルヴァトーレ・ロッソ……?」 千秋の声にカナタも上体を持ち上げる。遠い天空、白い雲を突き抜けて、異界の船がその雄姿を見せつける。 「見えますか、クローディオ様。救援です……助けが来たのですよ」 ミルベルトに支えられ、クローディオも空を見る。 たくさんの物を失ってしまった今でも、見上げる空は美しい。 「帰らなくてはいけませんね」 「ああ……そして……必ず取り戻す」 傷ついて尚、失って尚、まだここにある命なら、正しく使わなければ意味がない。 肩を支えるミルベルトに、クローディオは強く拳を握りしめた。 「まさかロッソが救援に来るなんてね……問題だらけだろうに、無理しちゃって」 「ああ……! 俺たちのしてきたことは、決して無駄じゃなかったんだ!」 緊迫しきっていた綾瀬の横顔がわずかに緩み、ロニはトラックから身を乗り出し決意を改める。 「生き延びるぞ……みんなで!」 希望はすぐ目の前に迫っている。 彼らが差しのべてくれるというのなら、その手を取るために最後まで足掻いてみせよう。 砂塵を巻き上げ、戦士たちは立ち塞がる歪虚へと駆けていく……。 |
![]() ロニ・カルディス ![]() 白金 綾瀬 ![]() クローディオ・シャール ![]() ミルベルト・アーヴィング ![]() 摩耶 ![]() カナタ・ハテナ ![]() 栂牟礼 千秋 ![]() ヴィルヘルミナ・ウランゲル |
「……なんだこの敵の規模は」 サルヴァトーレ・ロッソのブリッジでダニエル・ラーゲンベック(kz0024)は我が目を疑った。 これまでに見たことのない膨大な規模の歪虚が南を目指し、逃亡する人類軍を追撃している。まさに地獄絵図だ。 「前方に二つの巨大な反応を確認! 王クラスのVOIDと想定! データベースに登録します!」 「更に後方に浮遊する巨大構造物を確認!」 「夢幻城ですね……これではまるで伝え聞く“大侵攻”です」 オペレーターの声にカッテ・ウランゲル(kz0033)が呟く。 想像していたよりもずっと過酷な状況だ。あのしっちゃかめっちゃかな戦場のどこかで、姉も戦っているのだろうか? 「このままでは北伐軍は全滅です。ダニエル艦長……どうかお力添えを」 「最初からそのつもりだ。総員、第一種戦闘配置! 本艦はこれより歪虚王に吶喊、砲撃戦をやる!」 「あの?、予定ではどこかに着陸し、北伐軍を回収して離脱するって感じだったと思うんですけど??」 ジョン・スミス(kz0004)の指摘を一瞥すらせず、ダニエルは帽子のつばを掴み。 「こんな状況ですんなり回収できるかよ。敵を減らさなきゃ艦を危険に晒す。救出部隊を出せ! 空挺作戦で行く!」 「はい?」 「地上には機甲部隊を下ろすんだよ。その為にわんさか積み込んだんだろうが」 『エマージェンシー、エマージェンシー! CAMパイロット及び魔導アーマー操縦士は換装後、直ちに発進願います!』 「……ん!? 発進って、地上に降りる前にか!?」 サイレンが鳴り響く格納庫では慌ただしくパイロットや整備士が駆けまわっている。そこにクリケット(kz0093)もいた。 「エアボーンだ、クリケット! 撤退する地上戦力を支援しに向かう!」 「確かに訓練もしてるしそういう事もあろうかと装備は揃えてあるが……本気か?」 パイロットスーツに着替えたクリストファー・マーティン(kz0019)は駆け寄り、クリケットの胸にスーツを押し付ける。 「君もやるんだ」 「なんだって?」 「サルヴァトーレ・ロッソから直接出撃するのであれば燃料問題も気にかける必要はない。ありったけのデュミナスとドミニオンを出せる。だが皮肉なことに今度はパイロットが足りてないんだよ」 地球軍から席を抜いてハンターになったパイロットも多い。 この艦に搭載されたCAMはこれまで燃料問題等で全力出撃が不可能だった。故にパイロット不足の問題も表面化していなかったのだが……。 「勿論生身で跳んでくれても構わないぜ。だが、君にはもっとふさわしい方法があるんじゃないか?」 「俺は……」 LH044事件で多くの犠牲を出し、それを心の傷としてパイロットを降りた者は多い。 彼もまたその一人だ。またあの巨人に乗り込んで戦う、それは単純な選択ではない。だが……。 「……エースパイロットのご指名だ。ここで尻込みしちゃあ死んだ仲間に合わせる顔がない。他のパイロットにもあてがあるぜ。ハンターの中には腕に覚えがあるやつもいるはずだ」 次々に出撃していくCAMの横には見慣れないデザインの魔導アーマーも並んでいる。 「ああ……君、いいところへ。覚醒者ですよねぇ?」 足を止めたハンターを手招きするナサニエル・カロッサ(kz0028)。 跪いたその魔導アーマーは二本足であり、人間と同じ大きな五本指の手を持っている。 量産機体が開けっ放しのコックピットを覆う風防が開かれると、あれよあれよとそこに着席を強制されてしまった。 「これを装着してください。専用の追加コンソールです」 機体から無数のコードで繋がる首輪のようなそれを装着すると、覚醒者のマテリアルに反応し機体のエンジンが唸りを上げた。 「覚醒者専用の改良型試作機、“ヘイムダル”です。CAMほどとは言いませんが、従来機より思いのままに動く筈ですよ♪」 立ち上がった機体は傍らにあった巨大な鉄製のロングソードと大きな盾を引っ掴む。確かにこれまでの魔導アーマーよりずっと生身に近い動きだ。 「というわけで、そのまま降下してください」 |
![]() ダニエル・ラーゲンベック ![]() カッテ・ウランゲル ![]() ジョン・スミス ![]() クリケット ![]() クリストファー・マーティン ![]() ナサニエル・カロッサ |
「こんな所走ってたんだから元パイロットとかなんでしょう? パラシュートはそのスイッチで開きますから」
そう言ってナサニエルが手元の機械を操作すると、勝手に機体がカタパルトに向かっていく。
「頑張ってくださいねぇ?♪」
『カタパルト正常、進路クリア! マーティン機、発進どうぞ!』
「クリストファー・マーティン! 魔導型デュミナス……発進する!」
誘導灯を振る兵士に敬礼を一つ、デュミナスは勢い良く解き放たれた。
眩い太陽の光がちらつけば、そこは空。周囲には同じように出撃した機甲部隊がパラシュートを広げている。
デュミナス、ドミニオン、そして魔導アーマー。空中に開いた無数の花束は、混迷を極める戦場へ落ちていく。
空中で降下装備を切り離し、アサルトライフルを連射しながら制動。逃走する歩兵戦力を巻き込まないように留意しつつ、大地へ降り立つ。
「こちら、サルヴァトーレ・ロッソ機甲部隊! これより支援を開始する! 撤退中の北伐軍は、指定の回収ポイントへ向かってくれ!」
アサルトライフルでスケルトンの集団を吹き飛ばしながらスピーカーに叫ぶクリストファー。
そこへ突如上空から敵が飛来した。飛竜型のゾンビ、リンドヴルム型剣機と呼ばれる暴食の眷属だ。
見れば上空では降下途中の機甲部隊が攻撃を受け、黒煙を上げながら墜落していく。
「敵の航空戦力……!」
飛竜の尾に装着された巨大な剣。それに合わせるようにデュミナスは剣を抜く。
「大型の敵を優先して叩け! 歩兵を巻き込むなよ!!」
滑空しつつガトリングを掃射するリンドヴルム。狙われたハンターを庇いに入った魔導アーマーがシールドを構えると、ハンターが魔法を放ち飛竜を撃墜する。
敵の数は圧倒的に多く、機甲兵器だけでは戦線を維持する事は出来ない。
「助け合うんだ! 二つの世界の力を合わせて!」
また一機、CAMが攻撃を受け横倒しになる。逃げ惑う戦士たちを庇い、薙ぎ倒されていく。
機甲兵器の投入に、この戦況をひっくり返すほどの力はない。
だからこそ必要だった。覚醒者の力と、機甲兵力の力。その二つを適切に振るう事が。
機甲兵力と覚醒者の戦士たち。彼らは肩を並べ、迫りくる闇の軍勢に刃を向ける。
誰もが理解していたのだ。それだけがこの戦場で生き残る唯一無二の方法なのだと――。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●大侵攻(12月2日公開)
「ヒューッ! おいおい、突っ込んでくるぜ?」 身構えるビックマー。ハヴァマールは長大な剣を抜き、サルヴァトーレ・ロッソを睨む。 「歪虚王二体、射程圏内に捉えました!」 「主砲発射用意! 纏めてぶちかませ!」 サルヴァトーレ・ロッソは前進しながら主砲であるマテリアル砲を展開。二体の歪虚王の間を狙う。 「地球じゃ巨大なVOIDにも効いたんだ。お前らだって似たようなもんだろ?」 「エネルギー充填完了! 艦長!」 「マテリアル砲……発射ぁ!」 主砲に収束した青白い光が一気に堰を切る。 巨大な光の奔流は雲を貫き、歪虚王目掛けてまっすぐに迫る。ビックマーを庇うようにハヴァマールは剣を叩きつけるが、光を止めることはできない。 「吸収でキぬ……生体マテリアルでハない……!?」 次の瞬間剣は砕け、そのまま剣が守っていたビックマーの頭部に命中する。 「うおおおおおい! なん……なんじゃいこりゃああ!?」 顔を焼く奔流に頭を抱え仰け反るビックマー。その身体を横からハヴァマールが突き飛ばすと、光はそのまま後方の夢幻城へ迫る。 主砲は夢幻城の下部に命中。城は大きく傾き、ゆっくりと墜落を開始する。 「……えぇ?。お城……墜落してるんだけど……あっ」 |
![]() ハヴァマール ![]() ビックマー |
「怠惰王、無事でアるか?」
「俺のハンサムフェイスがより男前に……う?ん、ダンディ」
「こレで倒れるおヌしではあルまいが……一度退ケ。“オーロラ”も気にカかる」
「確かに、俺はまだやれるが……仕方ねぇなあ。そもそも深追いしすぎだぜ、おたく。物好きもほどほどにな」
両手で顔を覆ったまま背後へ大きく跳躍するビックマー。ハヴァマールは口に光弾を作り、ロッソへ発射する。
「敵弾接近!」
「かわせ!」
船を傾かせ回避運動を取る。しかしロッソの動きは鈍く、直撃を避けたものの右舷に被弾してしまう。
「被害状況確認中! ダメージコントロール!」
「何故当たった!? あのくらいは避けられた筈だ!」
「エンジンの出力が急激に低下しています! 飛行状態を維持するのがやっとです!」
「おい、ナサニエル!?」
『あ、すいません。やっぱり急ごしらえだったんで、主砲まで撃つと調子悪いみたいです。今見てきまーす』
更に別の振動がブリッジを揺らす。機体状況を知らせるアラートは、上部甲板を示していた。
「今度はなんだ?」
「上部看板に損傷! 爆発です! 新たな巨大熱源を確認……メインモニターに出します!」
北の雲を貫き、それはやってきた。
翼にもにた大きなひれをゆっくりと上下させ、ふわりと天空を舞う巨体。単刀直入に言えば、ソレは鯨だった。
動く鯨の死体を機械部品で強化した空母。重く響く鳴き声を発しながら、それは中空を泳ぐ。
「――不壊の剣機! バテンカイトス型……!」
「なんなんだ、その剣機ってぇのは?」
冷や汗を流しつつ身を乗り出したカッテ・ウランゲル(kz0033)にダニエル・ラーゲンベック(kz0024)は問う。
「帝国では暴食の眷属を幾つかのカテゴリーに分けています。アレはゾンビを改造したものであり、四霊剣と呼ばれる個体のひとつです。情報は入っていましたが、まさか飛べるなんて……」
あれは海で目撃されていた筈だ。それがなぜ空中を飛んでいるのか……いや、道理は恐らく夢幻城とも同じだろう。
浮遊する亡霊の群体。肉が腐り、むき出しになった骨の隙間から魚のような形の歪虚が飛び出し、大きく弧を描き甲板に降り注ぐ。
“魚雷”は黒い光を迸らせ、甲板に命中すると同時に爆発。再び艦を衝撃が襲った。
「対空迎撃! 敵艦をバテンカイトスと呼称、システムに登録!」
対空砲火で撃墜されたゾンビが光を撒き散らす中、バテンカイトスは悠々と泳ぎロッソの上を取ると、並走しつつ次々に巨大なアンカーを打ち込んだ。
「ワーオ! ついにあのデカブツを捉えたデース!」 巨大な鯨の頭の上ではしゃぐ紫電の刀鬼(kz0136)。その隣でアイゼンハンダー(kz0109)は片膝をつき眼下を見下ろしている。 「アレは地球軍の中でも珍しいかなり新型のBattleshipデスよ? カッチョイーデース! Tension上がらないデスか?」 「……喧しいぞ、虚け者。よもや貴様、忘れたわけではあるまいな? 東方での戦いの事を……」 ビシリと指差しつつジト目を向けるアイゼンハンダー。その視線を軽くいなし、刀鬼は人差し指を振る。 「過ぎた事は水に流して仲良くするデスよ。これも命令デスからネー!」 「くそう……何故兵長らはこのような者を野放しにしておくのだ……これでは規律が……」 露骨に舌打ちしつつもアイゼンハンダーの視線は既にロッソへ移っていた。 噂には聞いていたが、アレは飛べないはずの艦。政治的にも、技術的にも。当然こんな所で投入される等、予想もしていなかった。 ヒトが一つにつながろうとする流れ。それがこの北伐に影響を受けていないと言えば嘘になる。 「……墜落した夢幻城とジャンヌ殿が心配だ。早めに片付けるぞ」 「All Right! On Your Mark?」 バテンカイトスから飛び降りたアイゼンハンダーは鉄腕から黒い炎を放出し、空中制動をしつつアンカーへ向かう。 |
![]() 紫電の刀鬼 ![]() アイゼンハンダー |
それだけではない。大口を開いたバテンカイトスからは無数の暴食の歪虚が出現。次々にロッソへ襲いかかるではないか。
「敵戦力に取り付かれました! 艦内に侵入されます!」
「ちぃっ……振り払えんのか!?」
「エンジンの出力が上がらず、姿勢制御で手一杯です! これでも全開で回してます!」
「被弾箇所の隔壁降ろせ! 甲板に兵力を上げ、ワイヤーを切断させろ! エンジンは弱め、降下しろ!」
「空中ですよ!?」
「上から刺さってるアンカーだ、重力には逆らわなくていい! 艦は姿勢制御だけして現状維持、甲板での作戦行動を優先! どっちみち向こうが放しちゃくれねぇよ!」
ゆっくりと降下するロッソだが、バテンカイトスはそれを逃さぬようにと停止。艦は宙吊りに近い状態になる。
甲板に降り立った十三魔ら歪虚の軍勢を迎撃する為、開かれたハッチからCAMや武装した兵士が上がってくる。
突き刺さった四つのアンカーを破壊し、拘束から逃れられなければ、撤退部隊の回収にも向かえない道理であった。
突如放たれた巨大な矢がデュミナスの胸に穴を開け、爆炎を巻き上げる。 十三魔の一体、ハイルタイは愛馬を狩り、巨人部隊を率いて機甲戦力へ襲撃を仕掛けていた。 「ふん……所詮はガラクタ。人間共の浅知恵に過ぎんな……」 一機のドミニオンがアサルトライフルを連射するが、ハイルタイはこれに異常に肥大化した腕を盾として凌ぎ、馬で回り込むとその拳で脚部を粉砕。倒れたコックピットへ馬の蹄を食い込ませた。 「これだけの数の歪虚……最早かつての大侵攻と変わらぬ。人間に抗う術などありはしない……そう、何一つな」 巨人部隊は弓を構え整列し、CAMを狙って攻撃を仕掛ける。 CAMは確かに強力ではあるが、巨人たちに比べれば圧倒的に数が少ない。集団で襲いかかられれば、為す術なく破壊されてしまう。 「ふふふ……素晴らしい光景です。死が渦巻く混沌……高らかに鳴り響く悲鳴! ああ……今、私達は一つの壮大な舞台の上にいるのです!」 撤退する北伐軍へひっきりなしに襲いかかる歪虚達は、十三魔レチタティーヴォに率いられ一台、また一台とトラックを破壊していく。 雪と氷を纏った巨大な亡霊型はスケルトンらと共に津波のように押し寄せ、傷つき疲弊しきった兵に止めを刺していく。 「絶望に染まったその目……ああ、その目です。あなた達は共に舞台を盛り上げるかけがえのない演者! ようやく掴みかけた希望を失う瞬間の魂の嘆き! もっと私に見せて下さい!」 恍惚に満ちた声を上げたその時、飛来した矢がレチタティーヴォの頬を掠めた。 新たに合流した辺境部族の部隊が北伐軍を迎え入れ、追撃する敵部隊に突撃する。その先陣を切り、イェルズ・オイマト(kz0143)が馬の手綱を強く引く。 「これ以上、俺達の赤き大地の上で好き勝手させないよ!」 背負った大剣を抜きすれ違い様に一閃、巨人の足を斬りつける。 「ここは俺達に任せて、傷ついた方々は後方へ急いで下さい!」 「おや……まだまだ余力に溢れる演者もいるようですね。そうでしょう。その方が面白い」 遠巻きに笑うレチタティーヴォを睨み、イェルズは切っ先を向ける。 「俺達はただ蹂躙されるだけの獲物じゃないよ。こんな時の為に、ずっと牙を研いできたんだ!」 |
![]() ハイルタイ ![]() レチタティーヴォ ![]() イェルズ・オイマト |
今頃幻獣達と対話する為、多くの仲間が戦っている筈だ。この戦場に割ける戦力は多くはないが、志では負けていない。
「俺達は白龍を失った。だけどまだ何も諦めたりしちゃいない! まだ諦めていない者がいるという事を、この戦場で幻獣達に示すんだ!」
そうすればきっと、彼らも力を貸してくれる。だからそれを信じて、今できることをやり遂げる。
「愚かな……未だ身の程を弁えておらぬとはな」
そこへ突如、巨大な矢が飛来大地をめくれ上がらせた。嘶く馬を抑えて目を向ければ、そこには憎むべき敵の姿。
「ハイルタイ……!」
「嘗ての大侵攻の際、人間に……オイマト族に何ができたというのだ」
「お前は屈したんだろうさ。だけどね、俺の知っている大人達は誰も責任を放棄したりしなかった!」
僅かに眉を動かすハイルタイ。イェルズは真っ直ぐに敵を見つめ、叫ぶ。
「だから諦めないんだ、俺も……俺達も! “大侵攻”なんて二度とやらせない! やらせるものかよ!」
両者が動き出すのを横目にレチタティーヴォは肩をすくめる。
「辺境の因縁という奴ですか……まあ、そちらはお譲りしましょう。それよりも、私は……」
部下を率いて狙うは撤退する部隊。まだあちらこちらに孤立している。
「一つ一つ丁寧に、聞き届けて差し上げましょう……断末魔のコーラスをね」
ハヴァマールは戦場全体を見渡し、その巨体を崩し、素として更に多数のスケルトンを戦場へ解き放つ。 人型大の大きさに戻ったハヴァマールは小さく息をつき、傍らに姿を見せた十三魔テオフィルスに目配せする。 「わかっておる。余も向かうとしよう……この大きさの方がこのような戦場を駆けるには向く」 マントを翻し、王は素早く駆け出した。目指すは撤退する北伐軍。撤退する進行方向を見定めれば、合流地点も予測がつく。 「おぬしは下がり、その時を待て。余は完全に彼奴らの希望を打ち砕く」 小さく頷き、亡霊は姿を消した。剣王は負のマテリアルを纏い、猛然と疾走。その速力は巨体であった頃の何倍も速い。 トラックすら追い抜いて、吹き飛ぶように加速する王が目指す先は、ようやく戦場から逃げ切れそうという北伐軍の集団であった。 「後方より急速接近する敵が……は、速い……!?」 帝国兵の声に荷台からヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)が身を乗り出す。 文字通り疾走する影は、後続のトラックを勢いのままに吹き飛ばし、ヴィルヘルミナらを含む一団を追い抜き、前方で急停止する。 「な……っ!? ぼ、暴食王です!」 「トラックを止めろ! 私が……」 「――いや、そのまま行け!!」 |
![]() ヴィルヘルミナ・ウランゲル ![]() ダンテ・バルカザール |
マントをはためかせ、ダンテ・バルカザール(kz0153)は愛用の大剣を片手に歪虚王を目指す。
雄叫びを上げながら一撃加えると、ハヴァマールも骨の剣を構築。剣戟は火花を散らし、二つの影はすれ違う。
「ダンテ……来てくれたのか?」
「あんたらがあんまり来るのが遅ぇもンでなァ! 退屈して迎えに来ちまったぜ!」
馬から飛び降りたダンテはそのまま暴食王へ迫る。二人は刃を、そして視線を交錯させる。
「ほう……グラズヘイムの騎士か」
「よせダンテ! そいつはスキルが効かない!」
「あァ!? スキルが効かないだあ!?」
トラックから身を乗り出し叫ぶヴィルヘルミナに応じつつ、ダンテは両手で高々と剣を振り上げる。
「ンなもん使えなくったってなあ! こちとら鍛え上げた自慢の筋肉とォ……剣術があるンだよォッ!!」
一撃、二撃、暴食王と打ち合う。敵の膂力は尋常ではない。だが立ち振舞は素人そのもの、やりようはある。
「どうしたバケモン! 不死身にあぐらかいて剣のお稽古はお粗末かい!?」
暴食王に黒い波動が集い、空振った刃が、しかし衝撃波となってダンテを引き裂く。
吹き飛び大地の上を転がりながらも剣を地に刺して制動し、指で鼻を押さえ血を吹き出す。
ゆっくりと大地を踏みしめ迫る暴食王。そこへ銃弾が次々に命中する。
「行けっつったでしょう、皇帝陛下殿」
「ふん、私に命令できるのは私だけだ、馬鹿者」
両手に魔導銃を構えたヴィルヘルミナの背後、トラックが走り去っていく。
「アカシラはどうした」
「リタイヤしてなきゃあ今頃ここにいるでしょう? 随分悔しがってましたが……ま、身の程を思い知った頃ですわ」
人差し指を振るダンテにヴィルヘルミナもふっと笑みを作る。
「フッ……命が無事なら良い。援軍が来るまで持たせるぞ」
「俺に命令できるのはあんたじゃないンですがねぇ……」
だがこの女の事は、あのお人好しのお姫様に頼まれている。
「ま、ノってやりますか」
負の波動は足元を伝い、黒い霧となって一帯を覆っていく。
次々に出現するスケルトンの集団を前に、二人は臆さず飛び込んだ。
歴史上再びの“大侵攻”を阻止できるかどうか。命運を賭けた大きな戦いが、始まろうとしていた。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●流星は墜ちて(12月14日公開)
黒煙を撒き散らしながら、サルヴァトーレ・ロッソは低空飛行を続けていた。 辺境領で行われた北伐軍回収作戦は、友軍に多数の損害を出しながらも概ね成功。 回収地点から飛び立ったロッソだったが、しかしエンジンの不調は解決せず、今にも墜落してしまいそうだ。 「エンジンの不調、回復しません!」 「増設した魔導エンジンとのリンクが切断されています! このままでは燃料が維持できません……!」 計器類はもうずっとやかましくアラート音を響かせ続けている。 艦は大きく揺れ続け、速度も高度も激しく上下している。シートから身を乗り出したダニエル・ラーゲンベック(kz0024)の頭から、腰と一緒に帽子が浮き上がった。 『あ??……これはダメですね??』 「なんとかなりませんかぁ、ナサニエル院長?」 『無理ですね?。今の衝撃はあれです。増設エンジンが爆発しまして?……いててて』 「……艦長、対ショックですよね?」 「とっくに全員対ショックだろうが……総員に通達! 本艦はこれより不時着を試みる!」 肩を竦めるジョン・スミス(kz0004)に視線もくれずダニエルが指示を出した直後、艦の高度は急速に降下する。 「艦長! 前方に帝国領の村が!」 「左に傾けろ! 左舷は損傷が少ない……右舷で受けるよりましだ! 右バーニア停止、重力制御!」 のどかな村の農園では羊達が首をかしげていた。農夫が振り返ると、巨大な艦が迫ってきている。 大地をめくり上げながら旋回するサルヴァトーレ・ロッソから走って逃げていく村人達。農場の隅にあった納屋を跡形もなく吹き飛ばしながらなお、ロッソは大地を滑り続ける。 激しい衝撃に艦内にも悲鳴が響き渡っていた。傷ついた兵たちやハンターにとっては他人事ではなく、崩れそうになる物資や医療機器を押さえ、なんとか持ちこたえようとする。 大きく大地を刳りながら、ロッソは帝国領北部に墜落した。やがて衝撃が収まると、傾いた艦内でダニエルが顔をあげる。 「……っちぃ! 被害報告!」 「エンジン停止、機関部との連絡途絶! 艦下部が中破、計61ブロックに異常観測!」 「呼び続けろ。ナサニエルなら生きてるだろ」 「居住区の被害状況確認中……医務室、格納庫に連絡。こちらブリッジ……」 落ちていた帽子を拾い上げるダニエル。その視界の端ではジョンがカッテ・ウランゲル(kz0033)を抱きかかえていた。 「……無事か、皇子様?」 「彼のお陰でなんとか……もう大丈夫ですので」 苦笑を浮かべるカッテを下ろし、ジョンは不時着時にぶつけた額の血を拭う。 「それよりここは帝国領のようですね。正確な場所まではわかりませんが、北部州のどれかでしょう」 「リゼリオまで戻りたかったが騙し騙しじゃこんなもんか……情けねぇな」 「いえ。お陰で多くの命が救われたのですから」 カッテの言う通り、先の作戦では多くの命が救われた。ロッソとハンター達が駆け付けなければ、今頃北伐軍は全滅していただろう。 しかし、すべての北伐軍を回収出来たわけではなかった。敵本隊が回収地点に到達する前に離陸しなければならなかったし、バテンカイトス型や十三魔クラス、歪虚王が集まったあの戦場に長居はどうしてもできなかったのだ。 「帝都となんとか連絡を取りましょう。戦況を再度把握しなければ……ノアーラ・クンタウにも……」 「おい! なんだこの船けったいだな……またドアが開かねーぞ!?」 「退いて下さいダンテさん! こうなったらまたスキルで……!」 「やめろやめろ! バッカおまっ、この船壊すと国際問題にだなぁ……!」 出入り口に歩み寄ったダニエルがパスワードを入力し扉を開くと、大剣を構えたイェルズ・オイマト(kz0143)とそれを止めるダンテ・バルカザール(kz0153)の姿があった。 「作戦行動中はブリッジを閉鎖しているんですよ。お二人共無事で何よりです」 「無事じゃないんです! まだあそこに沢山の兵士が残っているのに……どうして船を出したんですか!?」 「お気持ちはわかりますが……仕方なかったんです。敵の大軍が迫っていましたし……」 カッテの両肩をがしりと掴み涙目で訴えるイェルズに、ダンテは溜息を零し。 |
![]() ダニエル・ラーゲンベック ![]() ジョン・スミス ![]() カッテ・ウランゲル ![]() ダンテ・バルカザール ![]() イェルズ・オイマト ![]() ヴィルヘルミナ・ウランゲル |
「ヴィルヘルミナさんが、まだあそこに残ってるんです!」
離陸直前まで兵士達をロッソに積み込む為、殿の部隊としてダンテやイェルズもヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)と共に数名のハンター達と戦っていた。
しかし、突如新たに現れた高位歪虚の襲撃を受け、ヴィルヘルミナが現場に取り残されたというのだ。
「俺達も警戒してたんですけど……そいつ、全然気配も何もなくて……完全に不意打ちだったんです」
「はァ?……どうすっかねェ。俺ァお姫様になんて説明すりゃいいんだよ、ったく……」
悔しそうに拳を握りしめるイェルズ。ダンテはわしわしと髪をかき乱すが、カッテは静かに頷き。
「そうですか。実にあの人らしいですね」
「あの人らしい、って……」
「それよりも今は敵の次の動きに備えなければ。外の景色は見えていませんでしたが、離陸から墜落までの時間は数えています。艦の速度と計器をお見せいただければ現在地は割り出せます。ダンテ副団長は最寄りの師団都市へ向かって下さい。転移門で、王国に状況を伝えてほしいのです」
「ちょ、ちょっと待って下さい……まさか、見捨てるんですか? 家族なのに!?」
「陛下は勿論救出します。あの人はこれくらいの事で死ぬような器ではありませんよ。だから今は信じてできることをやらなければなりません」
そう言って地図を広げ、カッテは視線を巡らせる。
「三分ください。次の動きを、全員に指示します」
「そんな……ヴィルヘルミナ様が……行方不明……?」 報告を受けたシスティーナ・グラハム(kz0020)が絶句して青ざめ、膝から崩れ落ちる所までまるきりダンテの予想通りであった。 緊急用の転移門を使い、王都イルダーナへ帰還したダンテはすぐに王城へ向かい、今回の北伐作戦の失敗を報告した。そこに皇帝が置き去りになった話を付け加えないわけにはいかなかったのだ。 「……言い訳もできませんね。俺が直ぐ側についていながら」 「いえ……ダンテはわたくしのわがままの為に、ずっと彼女を守ってくださったのでしょう? あなたに責はありません。あるとしたら、それは……」 「あんたにだってないでしょう? 言っておきますけどね、ヴィルヘルミナ陛下は自分の意志で残ったンですよ?」 |
![]() システィーナ・グラハム |
「……はァ。前から疑問だったんですがねェ、どうして姫殿下はそこまであの荒唐無稽な皇帝を気にかけるンです?」
へたりこんだシスティーナに手を差し伸べるダンテ。その手を取り。
「何故……なのでしょうね。本当のところを言うと、わたくしもはっきりとはわからないのです。ただ……あのお方はとても優しい方です。本当は争いを嫌い、憎み、しかし自ら業火の中に踏み込む勇気をお持ちで……そうですね。憧れ……なのかもしれません」
手を借りて立ち上がった少女は、ダンテの手を握り悲しげに微笑む。
「わたくしにはない強さが……孤独があのお方にはあります。わたくしは憧れながらもどそこかでそれを否定したくて……そう、彼女を独りにしたくなくて……結局あなたに頼って。わたくしは、いつもそうです」
何も知らされず、理解せぬところで事が進められ、蚊帳の外で起こる悲劇に後で打ちのめされる。
父である先王を失った時も、茨の王の事件の時も、そして今回も……。
「それが嫌だってンなら、そう言えやいいんですよ。伝えたい事があるなら、ちゃんと自分で伝えなきゃあ」
俯き、無理に笑みを浮かべるシスティーナ。ダンテは眉を潜め。
「俺ァあんたのそういう、人に合わせてヘラヘラしてるところがずっと気に食わなかったンです」
「え……?」
「なンで笑うんです? 身勝手な皇帝を怒ればいい。悔しくて悲しければ泣けばいい。力がないンだったら、俺達を頼ればいい。あんたはいつも自分は二の次だ。それじゃあのバカ皇帝となンも変わらない」
人差し指をたて、システィーナの額を小突くダンテ。
「人間なンてなァ自分が一番大事だし、それでいい。あの皇帝の不敵な笑みを暴いて助けたいってンなら、あんたも素顔にならなきゃだめだ」
「……お話中失礼します。ダンテ様、先ほどピースホライズンより救援要請が……」
「現場には俺が行く! 装備揃えて速攻で集合って野郎共に伝えとけ!」
部下の報告にそう応じてダンテは背を向ける。
「心配せずともあの女は俺が助け出しますよ。中途半端は、寝覚めも悪いんでね」
「……ダンテ! その……ご武運をっ!」
後ろ手を振り、ダンテは走り出す。システィーナはその背中が見えなくなるまで、彼を見送っていた。
「ふぅむ……。異界より現れし方舟、なかなかであるな。何より、ヒトの戦士達はやりおる。古の時代を思い出すのう」 荒野に立った暴食王ハヴァマールは、サルヴァトーレ・ロッソの飛び去った空を見つめる。 「あの船……やはり危険ですわね。ヒトの成長する力は目を見張るものがありますから」 ふわりと側に降り立ったオルクス(kz0097)を一瞥し、ハヴァマールは首を傾げる。 「成長……進化。すべての終極に位置する我が暴食には理解し得ぬな」 「あなた様は特にそうでしょうね。私やナイトハルトと違って、純粋な闇なのですから」 「ははは、であるな。してオルクス、次は如何ように動く?」 「サルヴァトーレ・ロッソは帝国領に墜落したと見るべきでしょう。もし艦が動かないのであれば、今が収奪の好機ですわ」 「では、攻めの一手に尽きるか。切り刻み粉砕し圧殺し、すべてを喰い尽くすのみよ」 「え?と……それもとっても素敵ですが、今攻め込めば結束した人類軍の反撃を受ける事になりますわ。ですから、まずは彼らの連携を絶ちます」 苦笑を浮かべるオルクスにハヴァマールは腕を組み。 「ううむ……余は戦略というものがわからぬ。オルクス、おぬしの見立てに従おう」 「有り難き幸せ……それでは王様、まずは仕込みから。彼らの中核を崩す、とっておきの策がございますわ♪」 大地に突き刺さった骨の剣を引き抜くハヴァマール。その視線の先には辺境領と帝国領を隔てる長城、ノアーラ・クンタウが聳え立っていた。 |
![]() ハヴァマール ![]() オルクス |
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●包囲網 / 落陽(12月16日公開)
●包囲網
辺境領と帝国領を隔てる長城ノアーラ・クンタウでは、巨人の部隊による襲撃が始まろうとしていた。 「辺境部族と協力し、防衛部隊を構築します! 援軍が来るまで、なんとしても持ち堪えるのです!」 ノアーラ・クンタウ司令官であるヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)の指示に従い、帝国兵達が慌ただしく戦支度を進める。 そんな中、一人の女性がヴェルナーに歩み寄った。 「ヴェルナー様……敵は北伐軍を食い破った暴食王率いる軍勢です。とても長くは持たないでしょう」 「そうでしょうね。この要塞が正しく活用されるのです。ベヨネッテ・シュナイダーの出る幕ではありませんよ、メイ」 黒衣を纏ったメイ・リー・スーは悲しげに目を細め。 「私が代わりにこの場に残ります。ヴェルナー様は命を落とされるにはあまりに惜しい人材です」 「命の価値に貴賎はないのです。私はずっと自分を欺いてきました。だから今こそ彼らと共に戦いたいのです。……ありがとう、メイ」 「……おお?い! なんだかよくわかんねぇが、客人連れてきたぜえ!」 のしのしと歩くヨアキム(kz0011)の背後に続く二人はオーダーメイドの特殊軍服。つまり、副師団長以上の帝国軍人だとすぐにわかった。 「第六副師団長、イズン・コスロヴァです。長城防衛部隊に参戦致します。試作兵器の配備が間に合えばよかったのですが……今回は技術支援担当です」 「第二師団長のシュタークだ。現場の指揮は任せっから、あたしは前に出させて貰うぜ。……で、暴食王ってのはどこにいるんだ?」 イズン・コスロヴァ(kz0144)とシュターク・シュタークスン(kz0075)はまるで対称的な人柄だが、帝国では珍しくもない。 「第一師団兵長、ヴェルナー・ブロスフェルトです。此度の作戦、よろしくお願い致します」 「ユーディト! 大変だ……またあいつが出たんだよ!」 「藪から棒にどうしたのかしら、ヴァーリアちゃん?」 第四師団都市でもあり、同盟との交易の拠点でもあるベルトルードは、帝国領でも数少ない港町の一つだ。 師団の詰め所に飛び込んできた少女はれっきとした海賊であり帝国法としては犯罪者なのだが、第四師団とは内々に協力関係を結んでおり、歩調の強さもあって師団長ユーディト・グナイゼナウ(kz0084)の執務室まで素通しであった。 「あいつだよ! ちょくちょくこの近海に現れて船を襲ってた、でかいクジラの歪虚だ! 最近見なくなったと思ったら急に現れやがった!」 「まあ……それは一大事ね。確かバテンカイトス型剣機……とか言ったかしら?」 「こっちでも応戦してるけど、これまでの侵攻とは規模が違いすぎる! ウチのも何隻もやられた!」 「それで帝国軍を頼ってくれたのね?」 顔を赤らめ、バツの悪そうな表情で頷くヴァーリ。彼女は海上守護団といういわゆる義賊で、同業の悪行を牽制する役割を持っていた。 だからといって、師団とは基本的に並行線。しかしこの事態がいかに危険なものかを判断するだけの冷静さは持ち合わせていた。 「エムデン、帝都に連絡を。同盟海軍にも協力を仰がなくちゃね……。総員出撃準備。陛下から賜った旗艦、メアヴァイパー号……有り難く使わせてもらいましょう」 「はあ?……っ! いつか絶対こうなると思ってたんだよなあ……!」 帝都バルトアンデルスにて、皇帝が失踪したとの知らせを受け、第一師団長オズワルド(kz0027)は報告書を握り締めたその手で頭を抱えていた。 思えば六年前、帝国が独自に行った北伐作戦の時もそうだった。先代皇帝ヒルデブラントは、友軍を逃がすために戦場に取り残され行方不明になったのだから。 「そんな事よりオズワルドさん、これからどうするの? あの女がいないんじゃ、本格的にまずいんじゃない?」 第一副師団長のシグルド(kz0074)は読みかけの本を閉じ顔を上げる。オズワルドは深々と溜息を一つ。 「残念だがとりあえず俺が指揮を執る。皇帝不在の状況は誠に遺憾だが慣れているんでな……んんんッ!?」 二人同時に固まったのは、振り返った先にごく普通にヴィルヘルミナが立っていたからである。 「お、おま……生きてたのか!?」 「心外だなオズワルド……私があの程度で死ぬと思ったのか?」 「残念ながら思ってましたよ」 肩を竦めるシグルドを一瞥し、ヴィルヘルミナは歩き出す。 「騎士議会を開く。特級議題だ。すべての師団長を即時招集しろ」 「は!? 特級議題だと!? お前今がどういう状況かわかってるのか? 三箇所同時攻撃を受けている! 師団長なんざそっちに行ってるに決まってるだろ!」 |
![]() ヴェルナー・ブロスフェルト ![]() ヨアキム ![]() イズン・コスロヴァ ![]() シュターク・シュタークスン ![]() ユーディト・グナイゼナウ ![]() オズワルド ![]() シグルド |
すたすたと歩き去るヴィルヘルミナはある意味いつも通りだが、オズワルドは混乱しきっていた。
「どうしちまったんだあいつ?」
「変ですね。元々変ですけど……流石にこんな命令はおかしいでしょ」
「いや、それでもなにか毎度裏があるのが奴のやることだ……とりあえず俺は招集をかける。お前は議事堂に行っとけ」
走り去るオズワルドを見送り、シグルドは腕を組む。
特級案件が提示されるのは、恐らく革命戦争以来の事だろう。それほどまでにして伝えたい事とはなんなのか。
「なんだか、きな臭いね?」
●落陽
聖輝節シーズン真っ只中のピースホライズンは、歪虚の襲来で大きな混乱の中にあった。 次々に空を舞う飛竜の群れは、市街地にコンテナを投下。そこから出現した多数のゾンビが人々を襲い始めたのだ。 市街地は聖輝節を楽しもうと訪れた観光客でごった返していた。その中には冒険者やハンターの姿もあり、彼らがなんとか応戦するも被害を食い止められずにいた。 「ピースホライズンが……ゆ、許せん……っ」 飛竜飛び交う崖上都市を疾走するトラックの荷台から見つめ、第三師団長カミラ・ゲーベル(kz0053)は拳を震わせる。 「聖輝節の準備にどれだけの手間暇が掛かっていると……! も、燃える……折角準備した食材が……」 「師団長、今は料理の事は忘れて下さい!」 「わ、わかっている。人命救助を再優先だ!」 しかしそこへ上空からリンドヴルム型が現れ、並走しつつガトリングを掃射する。 見れば後続の師団部隊も攻撃を受けており、歪虚はピースホライズンへの増援到着を阻止しようとしているかのようだ。 「へえ。王国帝国両軍のピースホライズン突入を妨害するつもりか。腐った脳みそでよくやるじゃないか」 単眼鏡を下ろし、フリュイ・ド・パラディ(kz0036)は僅かに口角を持ち上げる。 橋の北側で帝国軍が戦闘を開始した頃、南では王国騎士団が同じく交戦を始めていた。 「閣下……このままではピースホライズンが落ちます」 「結論を出すのはまだ早いさ。とはいえ、最悪のケースは想定しておかないとね……」 ピースホライズンが万が一歪虚に支配された場合、次に敵が侵攻してきそうなのはアークエルスだ。 そうなれば領主のフリュイとしても他人事ではない。今回の派兵協力は王国に恩を売る狙いもあるが、自衛も兼ねていた。 「僕はここで見物させてもらうとしよう。せいぜい頑張ってくれよ、ダンテ副団長殿?」 ピースホライズンを走るダンテ・バルカザール(kz0153)は、視界に入ったゾンビを片っ端から切り伏せながら中心地を目指していた。 「クソが……狙い所がえげつなさすぎンだよ!」 上空から襲いかかるワイバーンの火球をかわし空を見れば、そこには十三魔レチタティーヴォの嘲笑う姿があった。 「ま?たアイツか!」 「ははははは! 素晴らしい惨劇ですね……幸せを噛みしめるその瞬間に吹き飛ぶ命とは、こうも甘美なものですか!」 ワイバーンの背で高笑いするレチタティーヴォ。そこへグリフォンに騎乗したロルフ・シュトライト(kz0055)が襲いかかる。 「おっと……帝国軍ですか」 ロルフはグリフォンとの巧みな連携でレチタティーヴォを攻撃し、その足場であるワイバーンを仕留める。 落下するのは橋の町。そこへ先回りするようにダンテが駆けていく。 「でかした、知らないニイちゃん!」 レチタティーヴォへ剣を振り下ろす。しかし歪虚は側に居た幼子を掴み、盾にしようとした。 そこへグリフォンから飛び降りたロルフが跳びかかり、レチタティーヴォの背中を蹴り飛ばす。すかさず子供を保護し逃がすダンテ。 「ロルフ・シュトライトです。ダンテ副団長」 「誰でも良いが、いい加減アイツの顔も見飽きたところだ……付き合えよ!」 |
![]() カミラ・ゲーベル ![]() フリュイ・ド・パラディ ![]() レチタティーヴォ ![]() ダンテ・バルカザール ![]() ロルフ・シュトライト |
ノアーラ・クンタウに衝撃が広がる。十三魔ハイルタイが率いる巨人部隊の弓撃は次々に長城へと突き刺さった。 「ヴェルナー様、正門が破られました! 敵が侵入してきます!」 巨人の槌で半分破壊された正門からどっとスケルトンが雪崩れ込んでくる。 城内では既に白兵戦が始まっているが、敵の戦力は圧倒的に多く、ノアーラ・クンタウの陥落はこのままでは時間の問題だった。 ハイルタイの隣で様子を見ていた暴食王はおもむろに剣を両手で掲げると、そこに強烈な闇の力を収束させていく。 「この地に溢れる死に満たし……受けよ、我が絶剣!」 振り下ろされた衝撃波は要塞全域に響き渡る程で、要塞内を走っていたイズンも思わずよろめく。 「何事ですか……!?」 「暴食王の攻撃です! ハイルタイの狙撃も相まってこのままでは……ぐわっ!」 背後からスケルトンに斬りつけられた部下が倒れると、イズンは拳銃を抜いて素早く敵の頭蓋骨を撃ち抜く。 「おぉ?い、お嬢ちゃん! 要塞の一部が完全に貫通された! 敵が押し寄せてくるぞお! 俺らはこれから穴を塞ぎに行く! お嬢ちゃんはどうする!?」 「第六師団もお手伝いします! 道具をお借りしても!?」 「ヴェドルのドワーフはこういう作業が大得意だからな。キュジィ、道具と煉瓦ありったけ持ってこぉい!」 破壊されたのは城門からややそれた位置だが、だからこそ要塞の防衛隊の対応が間に合っていない。 「ううむ、すまんの……狙いがかなりそれた……。ハイルタイ、あとは任せてもよいか? 余も色々とやることがあっての」 マントを翻すハヴァマールに頷き返すハイルタイ。実際、あとはハイルタイだけでも十分な戦況にある……そう思われた。 そんなハイルタイの弓隊に近づく幾つかの影があった。バタルトゥ・オイマト(kz0023)率いる部族の戦士達だ。 「どうやら……間に合ったようだな……」 |
![]() ハイルタイ ![]() ハヴァマール ![]() バタルトゥ・オイマト |
因縁の宿敵同士、ハイルタイもまたゆっくりとオイマト族の戦士達へと目を向けるのだった。
第四師団と海賊の混成艦隊は、ベルトルード沖に出現した歪虚の軍勢と戦闘を続けていた。
「敵をベルトルードに行かせるな! 海上守護団の意地を見せるんだよ!」
海賊達は自分たちの海を守ろうと果敢に亡霊船に戦いを挑むが、船の数は歪虚側の方が圧倒的に多い。
そんな時だ。突如海中から大きなうねりを伴い、巨大な影が舞い上がる。
大量の海水を雨のように降り注がせながら空に浮かび上がった剣機バテンカイトスは、アンカーを突き刺した幾つかの亡霊船を伴い低空飛行で海上を舞う。 「ととと、と……飛んでるぅ?!?」 青ざめた表情で叫ぶヴァーリ。そこへ後方からの砲撃がバテンカイトスに着弾した。
「ありったけの弾を撃って撃って撃ちまくりな! 出し惜しみなんてするんじゃないよ! 何としてもここで奴を食い止めるんだ!」
クジラの怪物はその肉を吹き飛ばされれば怯みもするが、やがて肉そのものが集まり再度肉体を形成する。それは亡霊型の特殊能力に酷似していた。
「体内に核があるってのかい……?」
「ユーディト様、ベルトルードにも敵が! 海中を進んできた亡霊船が乗り付けたようです!」
バテンカイトスは大きく口を開き、そこから無数のリンドヴルム型を発進させる。
それらの向かう先は後方のベルトルード。人手は圧倒的に不足していた。
そこへ駆けつけたのは同盟海軍の艦隊。艦砲射撃で亡霊船を攻撃し、その進路を塞ぐように回りこんでくる。
「来てくれたね……。我々はこのままバテンカイトスを追撃する!」
「結局集まったのはこれだけか」 バルトアンデルス城、皇威議事堂。国の決定機関である騎士議会が開かれる二つの議事堂のうち、より重要な議題を協議するために“剣盟の間”はある。 そこに集まった師団長はしかし、オズワルド、ユウ=クヴァール(kz0057)、ゼナイド(kz0052)の三名だけであった。 「って、シグルドはどこいったんだ……」 「ミナちゃんさ。集まった僕がいうのもアレだけど、他の師団長来るわけないよね? 今何が起きてるかわかってる?」 「わたくしは陛下がお呼びとあらば地の果てまでも駆けつける所存ですが……愛の深さも違いますもの。集まりませんわ」 「やれやれ。相変わらず命令を聞かない連中だ」 肩を竦めるヴィルヘルミナ。二人は笑顔を作ったまま。 「ところで、特級議題だって聞いたけど?」 「ああ。私は歪虚との戦いを諦める事にした」 皇帝の言葉に顔を見合わせる師団長達。 「陛下……聞き間違えかもしれませんので、もう一度おっしゃっていただけますかしら?」 「私は戦いを諦めると言ったのだ、ゼナイド。帝国軍を解体し、歪虚に即時降伏する。私は人間という生き物がほとほと嫌になったのだ」 「ははあ、なるほど?……で?」 |
![]() ユウ=クヴァール ![]() ゼナイド |
三人の師団長が同時に武器を突きつける。
「あのねぇ、ミナちゃんは確かに人間に絶望してるかもしれないよ。だけどそんな情けない事は絶対言わないんだよね??」
「陛下の真似事をされるというだけで酷く不愉快ですわ。最早何者かなど瑣末なこと。さっさと死になさい、下郎!」
血走った瞳を見開き、巨大な鉄槌を振り下ろすゼナイド。オズワルドが止める間もなかったが、その一撃は何かに防がれていた。
それがいつからそこにあったのかわからない。いや、今現れたのかもしれない。
骨が刃を成したような、異形の大剣。これを片手で逆手に構え、ヴィルヘルミナは槌を受け止めていたのだ。
「いや、驚いたな。問答無用かい、ゼナイド?」
「ミナちゃん……じゃ、ないね。ミナちゃんはこんな禍々しいマテリアルを纏ったりしない。ていうかその気配どうやって隠してたの?」
覚醒者なら誰でもわかる。目の前の存在が闇の力を秘めていると。だが、今の今までそれを悟る事ができなかった。
皇帝が剣で大地を撃つと、黒い波動が地続きに広がっていく。それは一瞬で帝都全域を飲み込もうとしていた
。 バルトアンデルスのあらゆる場所で、同時に地面からスケルトンが湧き出す。何が起きているのかわからない住民達へ、歪虚の軍勢が襲いかかった。
合図を待っていたかのように、帝都の外に迫っていた歪虚たちも動き出す。
「ハァ?……やる気出ないデース」 紫電の刀鬼(kz0136)、は城壁の外で尻を掻きながら寝そべっていた。 帝都からは大勢の悲鳴が聞こえてくる。どうせ阿鼻叫喚の地獄絵図になっているだろうから、別に驚きもしないが。 彼にも仕事はあるのだが、正直な所頼まれた事以外をするつもりはなかった。 「結局いつの世も、犠牲になるのは弱者なのデ?ス」 議事堂では三人の師団長が皇帝を抑えこもうと奮闘するが、その圧倒的な戦闘力を前に手も足も出ない。 「元々ミナちゃん強かったけど、これは人間やめてるね」 「ユウ、お前は市街地に行け! このままじゃ何人犠牲になるか検討もつかん!」 「オズさんとゼナちゃんだけでこの人抑えられるの?」 |
![]() 紫電の刀鬼 |
背を向け走りだすユウ。ゼナイドとオズワルドは肩を並べヴィルヘルミナを睨む。
「奴は偽物だと思うか?」
「さあ? 少なくとも、わたくしの陛下ではないでしょうねッ!!」
襲いかかる二人の師団長を相手に、皇帝は片手でいなすように剣を振るう。
状況は理解できない。しかし、戦わなければ生き残れない。真相を知るためにも、今は目の前の“敵”に挑むしかなかった。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●清算の時(1月5日公開)
「その身体の調子はどう? テオ」 オルクス(kz0097)の問いを受け、ヴィルヘルミナ・ウランゲル……否。十三魔テオフィルスが笑みを作る。 「素晴らしいスペックだよ。それにこの女の知識、頭脳……驚異的だね」 「そいつ、どれくらい気づいていたの?」 「少しずつ読み取っているが、精神力がズバ抜けていてね。これまでの奴のように簡単には抜き出せんが……わかっている範囲で書き出しておこう」 十三魔テオフィルス。その能力は大きく分けて三つ。 あらゆる高位歪虚でも不可能とされるレベルの気配遮断。 対象の肉体へ憑依し、その戦闘力と知識、人格を得る憑依。 そして、暴食王ハヴァマールの分体としての力である。 決戦の時を前に、帝国領北部平原にて二人は肩を並べていた。嵐の前の静けさに見るは、遠き異界の船。 「ハンターの手で帝国皇帝が討たれるという“最善”のケースを回避し、しかもあなたの憑依を見破るなんてねぇ」 「彼らを甘く見ない方が良い。あれだけ存在感を消して活動していたというのにこのザマだ」 「ふふ、そうね。流石はあなたが見込んだ希望……かしら? 少しその器に寄り過ぎよ、テオ」 「私は人格複製でしか言葉を語れんのでな。大目に見たまえ」 |
![]() オルクス ![]() テオフィルス |
暴食王と繋がった存在であるが故に、本来は四霊剣よりも格上ですらあるのだが。
「あなたは引き続き皇帝を演じて戦場に向かって頂戴。それだけで帝国軍を大きく妨害できるわ」
それに万が一皇帝の肉体が殺められるような事があれば、人類の内側に内乱の火を放つは容易い。その上、亡霊型のテオフィルスは器を失っても消滅しない。
「連中は浄化術を使いたいでしょうけれど、それをやれば皇帝の肉体は失われる……どちらにせよ、争いの火は止まらないわぁ」
「――と、歪虚は考えているでしょう。我々はその裏を掻きます」 帝都バルトアンデルス城にて、カッテ・ウランゲル(kz0033)は師団長やハンターを集め、次の作戦を検討していた。 カッテが机の上に並べたのは、反政府組織とその活動の影響を調査した資料であり、中にはヴルツァライヒや辺境との国境、ノアーラ・クンタウについての記載もある。 「これは帝国政府が調査した、ゴドウィン・グルッフェル軍事課課長が関与していた“汚職”に関する資料です。無論ゴドウィンだけではありませんが、ここに並べた三名にも可能性があります」 「可能性とは……?」 「暴食の歪虚、テオフィルスに憑依されていた可能性です」 その答えにレイス(ka1541)は険しい表情でノアーラ・クンタウと山岳猟団に関する資料に目を走らせる。 「帝命の意図的な改竄、輸送物資の停止……なんだこれは……」 「司法課のニカ・アニシンが調査した結果、通常では考えられない不審死を遂げた政府高官はこれまでに四名。そのどれもが歪虚ないし反政府組織ヴルツァライヒと繋がっていたようです」 「何故それをこれまで公表しなかった……いいえ。何故今、公表しようというのですか?」 カッテの意図を汲んだサーシャ・V・クリューコファ(ka0723)の問いに、皇子は語る。 どれも高い愛国心を持った革命戦争の英雄だからこそ政府高官の椅子についていた。彼らの裏切りがどうしても理解できなかったのだ。 だが、テオフィルスという歪虚の存在を前提にとするのなら。身体を乗り換え暗躍する敵という馬鹿げた脅威を想定するのなら……。 「……待ちなよ。それってこれまでの帝国の不祥事をあの歪虚のせいにしようって魂胆でしょ?」 ベルトルードで長らく続いていた師団長の空席。その報告書を握り締め、レベッカ・アマデーオ(ka1963)は詰め寄る。 「テオフィルスがすべての元凶だという証拠もないんでしょ? 都合よく過去を清算しようって事?」 「その通りです。それを卑劣と詰るのも結構。しかし、国という大きな組織の過ちを正すには必要な事。逆に言えばそれくらいの成果を得られなければ、この判断は下せません」 そう息をつき、カッテは顔をあげ。 「我々帝国軍は、ヴィルヘルミナ・ウランゲル討伐命令を出しました」 「そんな……。本当にそれでいいんですか……?」 クレール(ka0586)の言葉にハンター達は顔を見合わせる。 「皇帝陛下は歪虚に操られています。それを救う為に私だけではなく、多くのハンターの方々が努力しました……それでも、皇帝陛下を討つと仰るのですか……?」 「正式な命令もなしに偶発的にハンターや連合軍が皇帝を討つ、それが最も避けねばならないケースです。たったそれだけで帝国は……世界は終わってしまう」 カッテの言う通り、一国の王をハンターが討てば。その事実を歪虚や反政府組織に利用されれば。帝国は内乱に、そしてその業火は必ず世界に広がるだろう。 敵の狙いはきっとそれだ。連合軍でまとまり始めたばかりの人類調和の崩壊……。しかし納得できずルカ(ka0962)は俯く。 「その上で、私は……」 「――お待ち下さい! ウランゲル殿下!!」 響いた声にそれぞれが振り返ると、そこには息を切らして駆け寄るシスティーナ・グラハム(kz0020)の姿があった。 「ダンテに聞きました! 次の作戦でヴィルヘルミナ陛下を討伐ひぅっ!?」 躓き、転びそうになったシスティーナを慌てて抱きとめるクレール。王女は丁重に礼を言い。 「……討伐するという命令が既に連合軍に下されていると聞きました!」 「それは事実です、システィーナ様」 「なぜですか!? ヴィルヘルミナ様は歪虚に操られているだけなのでしょう!? 救う方法を考えもせず、実の姉上を……どうして……どうしてっ!!」 息を切らし、目尻に涙を溜めたシスティーナに詰め寄られ、カッテは優しく笑みを作る。 非覚醒者の転移には多大な疲労を伴う。王女という立場もありながら、それでも納得できない現実を帰る為に駆けつけてくれた。それを純粋に嬉しく思う。 「救う方法は存在しない…………と、一般兵には伝えてあります」 「ですからなぜ方法がないと最初から……諦め……え?」 |
![]() カッテ・ウランゲル ![]() レイス ![]() サーシャ・V・クリューコファ ![]() レベッカ・アマデーオ ![]() クレール ![]() システィーナ・グラハム |
カッテの言葉に目を丸くした後、システィーナは胸に手をあて即答する。
「――はい! わたくしにできる事ならば、どんな事でも!!」
「……そういう所だけ姉上にそっくりですね」
口元に手をやり小声で笑うカッテ。そしてハンターへ向き合い。
「真の作戦は選ばれた者達だけにしか伝えません。つまり全て貴方達が頼りです。どうか我々に力をお貸しください。この国を、世界を守る為に」
不安げな表情で胸の前で手を組み祈るシスティーナの肩を叩き、カッテは出口を指差す。
「システィーナ様もハンターの無事を祈っている場合ではありません。早速衣装合わせをしましょう」
「衣装合わせというのは……?」
「衣装合わせです。アイドルの。衣装合わせ。ですよ?」
何が起きているのか理解できないという表情のシスティーナの首根っこを掴み、カッテはハンター達に一礼するとどこかへ姿を消した。
「ダンテ・バルカザール様」 グラズヘイム王国騎士団副団長にして赤の隊の長ダンテ・バルカザール(kz0153)は背後からの声に振り返ると、文官らしき女がいた。女はダンテの返事も待たず転移門まで来るようにと言うや、そそくさと去っていく。 無言で肩を竦め、しかしダンテは言われた通りに行ってみた。 どこか静謐な気配漂う広間。分樹が仄かな光を放つその袂に、その男はいた。 ダンテは愛用の剣にわざとらしく手をかけて歩み寄り、目が合ったところで大仰に驚いてみせた。 「おう、誰かと思えば騎士団長ドノじゃねえか。わざわざ人使って呼び出すなんざ、らしくねえな」 笑いながら挨拶するダンテをエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)は表情を変えず見つめる。 「俺が気軽に他国を出歩ける筈がないだろう。それに、国を空ける時間は一分一秒でも短くしたい」 「ハ、マジメなこった」 ダンテの軽口に、エリオットはやはり表情を動かすことはない。じっと瞳の奥を覗いてくるような騎士団長に、ダンテは眉を顰めた。 「ンだよ。どうした。お前、おかしいぞ」 「……知っているか、今回の作戦」 「ア? ああ、話は聞いている。お姫サンも組み込まれるそうだな。何だ、そっちの心配か?」 「いや。無論心配はしているし、できる事ならお止めしたいが……。王女殿下は未完の大器。なればこそ必ずや困難に打ち勝ち――皇帝陛下を取り戻す力となられよう」 「じゃあ何だよ」 |
![]() ダンテ・バルカザール ![]() エリオット・ヴァレンタイン |
何やら僅かに言い淀んだと思うや、エリオットはそんなことを訊いてきた。
ダンテはぽかんと口を開けて見返し、数秒して大笑した。
「ハ、ははッ、はははは! おいおい、まさか俺の心配してんのか、お前!?」
「…………」
「天下の騎士団長サマが、よりによってこの俺を!? ッはは! ははは! おい、笑わせんじゃねえよエリオット、戦場で思い出したらどうすんだ!?」
「……疲労が蓄積している可能性もなくはない」
「ハ。お前もご存知の通り、俺ァ粗野で粗暴で騎士の誇りなんざクソとも思っちゃいねェ、ただ自分が気持ち良く戦いたいだけの身勝手な野郎だ。つまりそんな繊細な心も身体も持ち合わせちゃいねえよ」
「遠征で実戦経験を積んだお前と、お前の赤の隊を、万一にも失うわけにはいかない。国の損失を防ぐ為なら俺はどんなことだってやるし、似合わん気遣いだってする」
決意を込めた目で、違和感一つ見逃すまいとするかのように睨めつけてくるエリオット。
ダンテは根負けして両手を挙げた。
「どこも悪かねえよ。何ならここで少しばかり『試して』みるか?」
「……、そうか。ならばいい」
「って、おい! そこは乗ってこねえのかよ!」
「それはお前が『闘りたい』だけだろう」
「おう、文句あるか?」
「お前との模擬戦は模擬戦でなくなる。戦の前にすべきではない」
「ンじゃ戦の後で、模擬戦な」
「……、システィーナ様を頼むぞ」
言うや、エリオットは踵を返して転移門へ向かう。そして転移する間際、腰の剣の柄を叩いて僅かに頷いたのが分かった。
「ハ。言われずとも守り抜くさ。お姫様ご執心の、皇帝もな」
独りごち、ダンテはエリオットの消えた転移門に背を向けた。
「いや?っ、無理だね!!」 スメラギ(kz0158)はそう言って“作戦案”をテーブルに投げ捨てた。 「無理な理由ありすぎて説明するの大変なんだが、あえて説明しなきゃダメか?」 冷や汗を流しながら顔を上げた視線の先にはナサニエル・カロッサ(kz0028)とイェルズ・オイマト(kz0143)の姿が。 サルヴァトーレ・ロッソの会議室。歪虚達が再びロッソ襲撃に集いつつある中、スメラギも作戦協力を要請されたのだが。 「まず、“浄化”ってのは大地の力を借りるんだ。つまり、大地に宿る精霊のな。東方じゃ八百万っつって、どんなモンにも精霊が宿ってるって考え方があるんだが……龍脈つーのは要するに、その土地土地の強い精霊が管理してるワケだ」 例えば東方ならば黒龍。辺境ならば白龍。エクラの神そのものが王国に根付いているかスメラギは知らないが、とにかく帝国にはそういった精霊の気配がない。 「それどころか並の精霊の力も感じにくい。単刀直入に言うとこの国の精霊は完全に人間にそっぽ向いてやがる」 「う?ん! 思い当たる原因が多すぎて困りますねぇ!」 「笑い事じゃありませんよナサニエルさん! だから帝国の人はもっと大地と向き合わなきゃダメって言ってるのに! 大体あなたのせいでしょ!?」 イェルズに胸ぐらを捕まれ激しく揺さぶられるナサニエル。スメラギはため息を一つ。 「俺も黒龍の力があった頃はもうちょい色々出来たが今はそれもないし、白龍域の辺境ならともかく帝国領じゃなあ。龍脈が活性化できなくて大規模浄化が使えねぇんだよ」 「帝国に土着の巫女はいないんですか? リムネラ様みたいな」 「……ん? そういやアレはどうなんだ? エルフハイムの……浄化の器だっけか?」 そもそも連中はどうやって浄化を使ってるんだ? 連中も大精霊の力なんて借りられない筈なのだが……。 いや、もしかして高位の精霊となんらかの手段で共存しているのだろうか……? 「とりあえず俺様よりもアレ呼べよ、器ちゃんをよ。俺も陣を敷くには手を貸すぜ。で、それでテオフィルスってのを消滅させるんだろ? やっぱそれ無理な」 |
![]() スメラギ ![]() ナサニエル・カノッサ ![]() イェルズ・オイマト |
「お前いちいち暑苦しいな!?」
「俺とダンテさんの目の前でヴィルヘルミナさんは……だから俺、責任感じてて……っ!」
「わかったから下がれ顔が近ぇ! ……強力な浄化術ってのは、攻撃魔法みてぇなモンなんだよ」
本来浄化は時間をかけてゆっくり行うモノだ。だが強力な浄化を一点集中で使えば、それは可視化するほどの正のマテリアル奔流を作る。
「九尾に食らわせた天龍陣みたいにな。生身の人間が食らったら髪の毛一本残さず蒸発するぜ」
「じゃあ、ヴィルヘルミナさんの中にいる歪虚だけを倒す事は出来ないんですか?」
「歪虚は消せるだろうぜ。亡霊型ってのは浄化に弱い筈だからな。だが、憑依している人間だけ守るってのは……」
「いえ、浄化が可能であれば良いのです。陛下を守る事に関しては、我らにお任せを」
ウィンクしたナサニエルがパチンと指を鳴らすと、会議室に立体映像が浮かび上がる。
「こ、こいつは……シ、シス……!?」
「これが我々の秘密兵器です。作戦テーマは“ラブ&ピース”……暴食には決して理解できないこの力で、奴らを出し抜きましょう♪」
「お前らマジか」
顔を赤らめたスメラギの呟きに、ナサニエルは自信満々に頷いた。
●約束はいらない(1月6日公開)
暴食王ハヴァマールの放った遠距離からの剣撃が開戦を告げる。 帝国北部領、フレーベルニンゲン平原。サルヴァトーレ・ロッソの墜落したその地にて、南下する歪虚の軍勢と人類軍が激突する。 敵は主に暴食。それらの狙いがロッソである事は明らかで、人類軍はロッソを中心に防衛陣地を構築していた。 『全機俺に続け! 友軍が防衛陣地を形成するまで、機甲部隊で時間を稼ぐぞ!』 先遣部隊にして暴食王の一部であるスケルトンの大軍に突き進むクリストファー・マーティン(kz0019)。 CAMや魔導アーマーといった機甲兵器の調整は万全ではなく、応急修理と補給が間に合った機体のみを限定的に展開するしかなかった。 「今のうちに急いでバリケードを……な、なんだ!?」 突如、上空から火球が降り注ぐ。イェルズ・オイマト(kz0143)が側に居た帝国兵を抱えて飛び退くが、そこへ急降下した飛竜の牙が迫った。 飛来した槍が竜の翼を貫き、遅れて急襲したレイス(ka1541)が竜の背に別の槍と共に突き刺さる。 更に跳躍し別の竜の腹を貫くと、空を舞いイェルズの側に着地した。 「ありがとう、レイスさん!」 「飛竜……リンドヴルムではない別眷属か?」 サーシャ・V・クリューコファ(ka0723)は機銃を使って飛竜を撃墜。すると脅威を感じたのか、竜達は上空を旋回しつつ更なる群れを成していく。 「ただの竜ってわけじゃなさそうだね。明らかに統率されているみたいだ」 その時、突如サルヴァトーレ・ロッソからサイレンが鳴り響いた。 「上空から飛来する敵艦を観測! ……データベースに一致! バテンカイトス型剣機です!」 「やっぱり来やがったか。野郎共を表に上げろ!」 オペレーターの声に舌打ちするダニエル・ラーゲンベック(kz0024)。 ふわりと空を泳ぐように現れたバテンカイトスへ対処する為、ロッソの甲板が開かれ機甲部隊と共にレベッカ・アマデーオ(ka1963)が迫り上がる。 腕を組んで風に髪を揺らし、頭上の怪物に笑みを浮かべた。 「バテンカイトス……ばーちゃんの……あたしたちの港を壊したツケ、ここで払わせてやる!」 バテンカイトスに随行する二隻の亡霊船の砲撃と共に、無数の魚雷がロッソへ迫る。 CAMが魚雷を撃ち落とすが、こちらの船体は巨大。砲弾まで防げるわけではない。 「対空迎撃! ナサニエル、エンジンはどうだ!?」 「今調整していますが、主砲を動かすにはもう少し時間がかかります」 この状況下で暴食王に大打撃を与えるにも、この場からロッソを逃がすにも、エンジンの調整は必須だ。 ダニエルの通信に応じつつ、ナサニエル・カロッサ(kz0028)はクリケット(kz0093)に目配せする。 「クリケット君も出撃してください」 「しかし、あんたは……」 ナサニエルの身体にはあちこちに包帯が巻かれていた。先の戦いで補助エンジンが爆発した際の負傷だ。手先が狂うからと鎮痛剤も拒んでいる。 「私には私の、君には君のやるべき事がある。ここは君の思い出の場所なのでしょう? ヒトは何より、自分を優先しなければね」 ロッソの甲板から無数のグリフォンが空へ舞い上がる。アカシラ(kz0146)はその一つに乗り込み、リンドヴルムへ銃撃で応戦する。 「おォ……空を飛ぶってのはなんだか妙な感じだねェ」 「内部の状況は未知数ですが、多数の敵が待ち受けると思われます」 「無理難題は慣れっこでねェ。要は核ってやつをぶっ壊せばいいんだろう?」 上空で始まった戦い。艦橋では主砲へのエネルギーチャージが始まっていた。 今、ロッソは墜落時の影響で西側に艦首を向けている。北側から迫るハヴァマールへ主砲を命中させるには一度船体を持ち上げ旋回しつつ主砲を発射しなければならない。 「エネルギーチャージ順調……いっ、いえ! 突然パラメーターがダウン! 外部へエネルギーが流出しています!」 CAMに搭乗し甲板に上がったクリケットだが、突然下方から膨れ上がる負のマテリアルを感じる。 見ればそこにはロッソに組み付き、エネルギーを吸収しようとしている歪虚の姿が。 「……剣魔クリピクロウズ!? なんでこんな所に……いや」 当然だ。コレは膨大なマテリアルの塊。狙わない方がおかしい話になる。 バーニアを吹かしながら急降下したクリケットはCAMの爪先で小突くようにしてとりあえずロッソから引き剥がす。 「ま、まずい……CAMであいつを攻撃するわけには……誰でも良い、手を貸してくれ!」 十三魔テオフィルスに憑依されたヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)は、全身に骨の鎧を纏い、迫る連合軍を次々に薙ぎ払っていく。 (おかしい……“私”への攻撃に迷いがない) 容赦なく浴びせられる銃撃、魔法。剣を振るうと波打つように大地から無数の骨の武具が迫り上がり、帝国兵を串刺しにする。 (カッテの采配か。成程……まず“私”を切り捨てたか。我が弟ながら、実に適切な判断だ……が) 生半可な兵力では足止めにすらならない。テオフィルスは人類軍の本丸を狙おうと平原を疾走するが、そこにダンテ・バルカザール(kz0153)が立ちはだかる。 「見た目完全に暴食じゃねェか……! 何やってんだ、あんた!」 互いの大剣を激突させる二人。ダンテが感じる剣の重さはかつての暴食王と同等……そこにヴィルヘルミナの剣技が加わり、一人では圧倒されるばかりだ。 「人類に希望を見せると北伐やった結果がこれか!? 俺ァそれでもいいさ。俺ァな。だがあんたはそうじゃねェだろう!」 戦いはどうしても必要で、望む望まざるに関係なく、誰かがそれをやらねばならない。 成功も失敗も知った事ではない。命のやり取りはいつだって刹那の出来事で、何もかもが時の運だ。 それでも必ず勝つと意気込んで挑まねば勝利はない。“責任”なんて言葉、持ち出すだけ下らないが――。 「あんたには、人に夢を見せた責任がある! 誰かに背中で語る理想ってやつはなァ……いつだって最高に粋がってなきゃならねェんだよ!!」 テオフィルスが突出してくる事は予想通りだった。 アレは存在そのものが盾だ。アレ以外に狙うものがなければ人類軍の足並みは乱れる……普通なら。 「一般兵は後退させてください。ここからはハンターと我々の仕事です」 「しかし思い切った攻撃をさせたな……」 「陛下の肉体に十三魔が宿っているのですから、加減など不要です」 カッテ・ウランゲル(kz0033)のきっぱりした物言いにスメラギ(kz0158)は冷や汗をひとつ。 「なかなか歪んだ姉弟愛だな」 「信頼しているのです。あの人は簡単には死なないと……。リーゼロッテさん、お願いします」 リーゼロッテ・クリューガー(kz0037)は頷くと、平原に設置された魔導アーマーを起動する。 「波動リンクシステム起動。サウンドアンカー同期開始……」 ダンテが持ち堪え、逃げまわる間に平原には数名のハンター達が移動し、そこに大型の機械装置を突き立てていた。 「サウンドアンカー……ヒトを救う為の機導装置」 クレール(ka0586)はぽつりと呟き、巨大な楔に手を触れる。 最終調整にはクレールも参加した。だから彼女は理解する。コレは、機導術の新しいカタチを作るものだと。 「技術を……想いを紡ぐ機導。お願い……皆の心を、一つに!」 サウンドアンカーが起動し、淡い光を纏ってギミックを展開させていく。 『皆様……この場に平和と救済を祈り、集まってくださった皆様。わたくしの声が聞こえますか?』 ぴくりと、テオフィルスの動きが止まる。 声……いや、厳密にはこれは声ではない。マテリアルの波動が、広域に放射されている。 「この声は……システィーナなのか?」 ロッソ後方に作った帝国軍の本陣には、多数の国民が集められていた。 彼らの前に作られた特設ステージの上で、システィーナ・グラハム(kz0020)はマイクを握っていた。 白を基調に淡いグリーンで彩られたドレスは、帝国軍のアイドル部隊が用意した衣装だ。 「今、人類は大きな試練の時を迎えています。わたくしにとっての大切な盟友……そして皆様にとってかけがえのない皇帝、ヴィルヘルミナ様は、歪虚の魔手に自由を奪われた状態にあります。ですがどうか、諦めないでください」 マイクを握りこむように胸の前で両手を組み、少女は目を瞑る。 「共に祈り、共に信じましょう。大いなるエクラ神の加護が……そして皆様の愛が、どうかあのお方に届くようにと……」 すっと息を吸い込んで。吐き出すのは救いを乞う言葉ではない。 スピーカーが流す旋律に彩られ、リズムに乗せて刻む祈り。それは即ち、“歌”であった。 「祈りましょう……皆で心を重ね合わせ。大切なものを、取り戻せるようにと……」 ルカ(ka0962)に倣うように多くの人々が祈りながらシスティーナの姿を見つめる。 システィーナの歌声が、しんと静まり返った会場に。そしてサウンドアンカーに中継されて、この広い戦場に響き渡る。 「人の心を一つに結びつける機導装置……これをあの子が作ったなんて」 リーゼロッテは魔導アーマーに手を触れながら目を細める。 これは危険な装置だ。使い方一つで多くの人を殺傷できるだろう。しかし愛を持って接すれば、どんな危険な兵器も命を救う希望となる。 「波動リンクの蓄積はまだまだかかりそうだ……それにしてもなんてジャジャ馬だよ、こいつは」 冷や汗を浮かべながら装置の調整を続けるクロウ(kz0008)。リーゼロッテは頭をふり。 「我々でなんとか保たせなければなりません。それがあの子から……ナサニエル院長から装置を預かった責任です。クロウ先輩、宜しくお願いします」 「任せとけ。まあなんとかくず鉄にしないように頑張ってみるわ」 別の魔導アーマーの肩に腰掛けた浄化の器(kz0120)は身体を揺らし、聞こえてくる歌を口ずさむ。 「心地いい……心が染みこんでくる。沢山のヒトの祈りが、世界を満たしていく」 「タイミングを見てテオフィルスに接近するわよ。浄化に関してはあなたが頼りだから」 投げ渡された機械剣を受け取り、器はゆっくりと頷く。 「わかってるよ、ハイデマリー。でも今はもう少し、この歌を聞いていたいんだ」 『……? 何ダ、コレは……?』 遠く、とても遠く。揺らめくようなマテリアルの気配を感じ、ハヴァマールは動きを止めた。 「歌……? 歌、ですわね……」 『ウタ……? ソレは何ダ、オルクス?』 巨大化したハヴァマールの傍らに浮かんだオルクス(kz0097)も、その答えを持ち合わせていない。 彼らが、ニンゲン達が何をしようとしているのか、さっぱりわからない。 「なぜそこで歌……? この決戦の場で……歌??」 わからない。わからないが、何か嫌な予感がする。 「剣王様、急ぎましょう。この得体の知れない感覚……人類が何かしでかす前兆ですわ」 『ウウム……余も聞きタイが……歌……』 「素――――晴らしいッ!!」 目を見開き、レチタティーヴォは両腕を広げる。 何故か戦場に歌が響いている。どういう了見なのかさっぱり理解できないが、その演出たるや想像以上である。 「成程、成程……ふんふん、成程! そういう事ですか! あの装置! 機導的な! ああ! 音を……いえ、波動を拡張して!! わかる……わかりますよ!! つまりそれを壊してしまえば大団円なのですね!?」 広がる波動に多くの歪虚達が反応を示していた。バテンカイトスも、クリピクロウズも。そして戦場へ翼を広げて向かう影も……。 『……急いだ方が、良さそうだ』 多くの祈りと願いが歌と共に交差する。 それぞれの場所で。それぞれの役割で。それぞれの決意と共に。 帝国を救う為の決戦が今、始まろうとしていた。 |
![]() クリストファー・マーティン ![]() イェルズ・オイマト ![]() レイス ![]() サーシャ・V・クリューコファ ![]() レベッカ・アマデーオ ![]() クリケット ![]() アカシラ ![]() ヴィルヘルミナ・ウランゲル ![]() ダンテ・バルカザール ![]() カッテ・ウランゲル ![]() スメラギ ![]() クレール ![]() システィーナ・グラハム ![]() リーゼロッテ・クリューガー ![]() 浄化の器 ![]() ハヴァマール ![]() オルクス ![]() レチタティーヴォ |
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●零れた炎(1月20日公開)
「通してください……どうか、通して!」 ゾンネンシュトラール帝国首都、バルトアンデルス。 帝国を襲った身装の災厄の後始末のため軍人や文官がひしめく廊下を、システィーナ・グラハム(kz0020)は常の彼女には似合わぬ強引さで人をかき分けながら、時に膝から崩れ落ちるようにまろびながら、必死に進んでいた。 「お待ちください!」 必死に叫ぶグラズヘイム王国の侍従や護衛の声も今の彼女には届かない。 「そこまでです」 ようやく、目的の部屋の前まで辿り着いたシスティーナの前に一人の帝国憲兵が立ち塞がった。 ドワーフなのか、背の高さはシスティーナとほぼ変わらないくらいだが、体つきも含めて年齢はかなり上のように感じられる。 |
![]() システィーナ・グラハム |
しかし、その憲兵は動じ他様子も無く、眼鏡の奥から鋭い瞳で真っ直ぐ相手を見つめ返した。
「申し訳ありません。今は誰も陛下に会わせないようにという皇子の厳命です」
「そんな……!」
なおも食い下がろうとするシスティーナと、それを何としても阻もうとする憲兵の間で睨み合いが続くかに見えたその時、ぬっとあらわれた背の高いモヒカン頭の柄の悪い帝国兵らしい男が二人の間に割って入った。
「通してやれオレーシャ。陛下の恩人だぜ? その王女サマは」
「ゲロルト……しかし!」
「し、失礼しますっ!」
そして、システィーナは二人の第一師団兵長が睨み合っている隙に、その脇を走り抜け病室へと飛び込んで行く。
その後姿を見ながらゲロルトは昏い表情で呟いた。
「見せておいてやれよ。陛下の今のザマを」
●
「ヴィルヘルミナひゃ……様! 良く、ご無事で……」 ベッドの上で包帯だらけの上半身を起こし、静かに窓の外を眺めているヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)の姿見た時、システィーナは安堵で足の力が抜けていくのを感じ、ついでに少し噛んでしまった。 「ああ……ありがとう」 ヴィルヘルミナは窓の方を向いたままそう応じ、続いてゆっくりとシスティーナの方を振り向く。その顔に浮かんだ微笑は何時も通りのものであり――それ故、システィーナには次にヴィルヘルミナが口にした言葉が一瞬理解出来なかった。 「それで、君は一体誰だい? 君も、私のことを知っているようだけれど……」 「え……!?」 絶句するシスティーナ。 そんな彼女を見て困ったように笑いながらヴィルヘルミナである筈の女性は続けた。 「私がヴィルヘルミナという名前なのと、大怪我をしてずっと眠っていた……というのは解る。でも、目が覚めてから会いに来る人全員が妙に恭しい態度だったり、失望したりするのは正直閉口しているよ……」 「ヴィル……ヘルミナ様……?」 混乱したシスティーナには目の前のなじみ深いヴィルヘルミナが、急に得体の知れない赤の他人にでも見えたかのように、ゆっくりと後ずさる。 「もう十分でしょう」 |
![]() ヴィルヘルミナ・ウランゲル ![]() カッテ・ウランゲル |
「ウランゲル殿下! これは一体!?」
「……まずは、病室を出ましょう。姉う……いいえ、陛下はまだ傷が癒えておりません。長話はお体に障ります」
●
「単刀直入に申し上げます。陛下は一命をとりとめられましたが、御名前以外ご自分が何者なのかという事について全ての記憶を失っています」
執務室にシスティーナを誘ったカッテは開口一番そう切り出した。
「そんな……!」
思わず悲鳴に近い声で叫ぶシスティーナにも動じず、カッテは淡々と続ける。
「記憶を失ったという事は……様々な問題を抱える帝国と民衆を曲がりなりにも一つに纏め上げて来た為政者を、帝国のみならず各国の軍、それに ハンターの皆さんたちともに歪虚との戦いで最前線に立ち続けてきた将軍を我々が失ったという事に他なりません」
「ちがう……」
「え……」
茫然と床に座り込んだシスティーナが、カッテの言葉を遮った。
「皇帝だとか、人類連合の将軍だとか……そんなこと関係ありませんっ! 私はただ、ヴィルヘルミナ様を……大切なお友達を助けたかっただけなんですっ!」
システィーナの目に涙が溢れた。
その脳裏にはヴィルヘルミナを救いたい一心で歌った時のこと、そして、その原動力となった東方でのヴィルヘルミナとの他愛もない思い出がよみがえった。
「わたくしは……わたくしたちは一体何のために……!」
ヴィルヘルミナを助けるために一致団結したハンターたちは、何のためにあの苦しい戦いに臨んだのか。
そのまま顔を覆って嗚咽するシスティーナ。カッテがそのシスティーナに何か言おうとした時、執務室のドアがノックされた。
「時間ですか」
カッテがそう尋ねると、ドアを開けたゲロルトとオレーシャは無言で頷いて見せた。
「皆さんをお待たせする訳にはいきません。システィーナ様。今日はこれで失礼いたします」
「ウランゲル殿下……」
茫然とするシスティーナの前でゆっくりと執務室の扉が開かれ、壮麗な回廊に整列した軍人や官僚たちが彼女の目に映った。
「僕は『皇帝代理人』です。陛下がその責務を果たせなくなった今、帝国軍と国民の皆さんに対して説明する義務があります」
カッテはゲロルトとオレーシャを従え、次々と敬礼の動作を行う幕僚たちの間を、マントを翻して歩いていく。
その背中をじっと見送っていたシスティーナは唐突に気付いた。
「そうでした……誰よりも辛くて、誰よりも心細いのは、ウランゲル殿下なのですよね……そして、それでも貴方はヴィルヘルミナ様のためにその重い責務を果たさなければならないのですね」
ようやく立ち上がったシスティーナは、最後にこう呟いた。
「わかりました。わたくしも自分の務めを果たします……大切な、お友達のために」
ゾンネンシュトラール帝国皇帝代理人である皇子カッテ・ウランゲルが、北伐で傷ついた皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲルに代わって 帝国の皇帝権を代行する旨の演説がバルトアンデルスにて行われたのは、それから2時間後の事であった。
●パシュパティ条約(1月22日公開)
赤き大地の要衝、パシュパティ砦。 戦が終わって間も無きある日、ここに部族会議大首長バタルトゥ=オイマト(kz0023)とスコール族長ファリフ=スコール(kz0009)、そして辺境における帝国軍の責任者ヴェルナー=ブロスフェルト(kz0032)が一同に介した。 そして、その中心には……ナディア=ドラゴネッティ。 一見場違いにも見える少女は、ハンターズソサエティ総長にして、今や人類連合軍の総司令官でもある。 「皇帝は来ぬのかえ」 「陛下は傷病の御身にあらせられます。非礼とは存じますが、ここはご容赦を頂きたく」 ナディアの問いに、ヴェルナーは慇懃に答えた。 「容赦、なぁ。他に、山岳猟団の例の男も居らんな。帝国とは相当悶着したと聞いておるが」 「審問隊を通じて事情の説明と、過去の罪を不問とする書簡を送りましたが……読み終えるなり、文書を二つに裂いて返したそうです」 「ミクダリハンという奴かの」 「『二度と茶番に巻き込むな』と」 「ふむぅ、気の短い奴らじゃなぁ。それでいて、こうして会談の場所だけ供したと云うのか」 ヴェルナーは淡々と経緯を、ナディアは飄々と感想を語る。 そこに、それまで黙っていたファリフが、口を開いた。 「……僕が、団長さんに頼んだんだ。ここでやらなくちゃいけない気がしたから。さぁ、話を始めよう」 「ああ……これからの、話を。その為に……ナディア、貴女を、呼んだ」 そして、バタルトゥに視線を向けられ……少女は優しく頷き、両手を広げた。 「よろしい。では、語らうとしようか」 かつて帝国は、辺境部族へ一つの声明を叩きつけた。 『部族は持てる文化の全てを捨て帝国人として生き、辺境の地をゾンネンシュトラール帝国へと捧げ、ウランゲル皇帝の庇護を受けよ』 混乱と、諍いと、多くの死を呼び寄せた、罪深き言霊。 しかしそれは、テオフィルスなる歪虚が仕組んだ偽の勅命によるものであった。 ……ヴェルナーは、バタルトゥとファリフに対し、そう事情を説明した。 無論、首長二人の表情は重い。 沈黙の後……まずバタルトゥが、ゆっくりと言葉を吐き出す。 「簡単な話では……無い。歪虚の仕業として片付けるには……余りに多くの物が、失われすぎた。時間も、故郷も、誇りも、命も……」 そして、ファリフ。 「でも……誰の何が悪かった、なんて言い合うボクらを……死んでいった仲間達は、きっと望まない。だからこそ」 |
![]() バタルトゥ・オイマト ![]() ファリフ・スコール ![]() ヴェルナー・ブロスフェルト ![]() ナディア・ドラゴネッティ |
『部族会議は、これまでの経緯を問わず、連合軍の一員として帝国との共闘を継続する』
『そして、帝国の統治と、武力を背景とする赤き大地の内政及び文化への干渉を、永久に拒絶する』
赤き大地の民を率いる者達は、はっきりと、己の意思を皇帝の代理人へと告げる。
それは、自らの力で自らの道を生きようとする……彼らが導きだした、戦士の血脈の意思。
「首長達よ、本当にそれで良いのか。その条件を認めさせれば、国家としての帝国の援助を拒む事さえ、意味しかねんのじゃぞ」
ナディアが問うと、バタルトゥは頷く。
「皆で……決めたこと、だ」
「赤き大地は、僕ら部族が生きる土地。祖先から受け継ぐ土地で……何より、未来の僕らの子孫から、借り受ける土地。
子孫に返すその力さえ無いのなら、ここに生きる資格は無いって……あの人が、教えてくれたんだ。命を掛けて」
ファリフは、水晶の様に澄む瞳で、パシュパティ砦を見上げた。 その姿を観たナディアは……逆に、表情を曇らせる。
「……本来であれば、中立を前提とするハンターズソサエティは、国同士のいざこざには介入せぬのが慣わし……で、あった。
じゃが、それ故にこの問題は拗れたまま世界から捨て置かれ、部族の戦士も、帝国軍の兵士も大勢が死に、結果として、人類の戦そのものが大きな遅れを取ってきた」
二人の首長とは対照的に……ナディアの言葉は、一言一言が慎重に紡がれた。
それはまるで自らの罪に恥じらい、向き合うかの様に。
「わらわも、考えざるを得なんだ。
ハンターズソサエティ総長であるわらわが連合軍の総司令官ともなった今、この責任に背を向ける事を許されるのか、と。
じゃからこそ、ソサエティの、そして連合軍の責と意義を果たすことを、決めた」
「……自由と、調和、ですか」
「そうじゃっ!」
ヴェルナーの言葉に、ナディアは拳を握って言い放つ。
「今日ここで交わされる言葉は、自由と調和を護り、新たに紡ぐ為のもの。
部族会議は国家としての体裁を取っておらぬが、この条約は国家同士のそれと等しき正統の物とし、わらわがドラゴネッティの名と、ハンターズソサエティ総長、そして連合軍総司令官の責任のもとに保証人となる。
この事に委細意義は無いな、帝国の代表者よ」
ナディアに問われて、ヴェルナーは僅かの間、沈黙し……やがて、ゆっくりと、己の考えを語り出した。
「辺境の……いいえ、この呼び方はもう無礼ですね。
赤き大地の人々からすれば、我ら帝国のした行為は侵略であり背信。
根源は歪虚の仕業であったとて、都合よく水に流せと言えば、全く道理に沿わぬとは承知しています」
ヴェルナーの言葉を……バタルトゥも、ファリフも、凡そ若人とは思えぬ静寂の瞳を以って、聴き続ける。
それは、何百何千の命を己の身に背負う、『首長』の瞳。
その視線を真っ向から受けながら……ヴェルナーは、言葉を続けた。
「私が貴方達へ服従を説いたのは命令によるものでしたが、命令に従うという行為そのものは、紛れも無く私の意思でした。
ナディアさんが、人類戦力の最上位者がその責任を果たすと仰られた今……私も、それに倣わねばなるまいと、思います」
「同意と受け取って、よいな?」
ナディアが問い、ヴェルナーは厳かに、頷く。
「善し。ならば大首長よ、誓約の儀を」
「……ああ」
全部族の最上位者であるバタルトゥが、天然石を繰り抜いた盃に、穀物で作った酒を満たした。
それを、バタルトゥ、ヴェルナー、ファリフ、そしてナディアの順に、各々が一口ずつ飲みながら受け渡す。
そして、条約文書には皇帝の印章と、首長達の血判、そしてソサエティ総長にして連合軍総司令官の署名。
「これは、赤き大地の誓約の儀……首長同士が、命を担保とする約束を、交わす為の。皇帝に、そう、伝えて欲しい」
「……心得ました」
今や揺らぎを見せず振る舞うバタルトゥに、ヴェルナーはふと、強烈な既視感を覚えた。
自らが帝と仰ぐ人物に、初めて相対したあの瞬間と、よく似た感覚を。
(「彼らの成長の証なのか、或いは……元からその身に秘めていた資質か……」)
その感覚の正体を……今のヴェルナーは、断じることができなかった。
……後の歴史において、この条約は会談の場となった砦に因み『パシュパティ条約』と呼ばれることになる。
この会談が、この条約が、戦いの終わりではない。
寧ろ、始まってさえもいなかった。
重なってしまった血染めの歴史を塗り替える、星の友としての歩みを……
これが、その為の、最初の転換点。
最初の一歩、である。
●約束の地へ(1月25日公開)
――それは奇跡であった。
北伐作戦により大損害を受けた連合軍だが、暴食王ハヴァマールの撃退は歪虚の軍勢にも大きな打撃を与えていた。
少なくともあの不死王と不死の軍勢は大きく北へ撤退した筈。でなければ“あり得ない”。
帝国が辺境に対する誤った圧力を認めパシュパティ条約が結ばれる事になり、その調停役としてナディア・ドラゴネッティが辺境へ赴いたのも、全ては北伐戦があってこそ。
「ぶっちゃけると、わらわはおぬしらと同じ。青龍の加護を受けた巫女じゃ。リグ・サンガマには龍の血族同士を結ぶ専用の連絡手段がある。ちょっとした大魔法の類故に頻繁には使えぬがな」
二人は「あ?やっぱり」という様子で、驚きもしなかった。
名前にドラゴネッティとついているのもそうだが、元々なんとなく自分たちと同じ力を感じていたのだ。
「だからよ、その連絡がずっと途切れてたんじゃねぇのか?」
「北伐作戦で夢幻城が墜ち、暴食の眷属は大きく後退。怠惰も今は沈静化しておる。浄化作戦も相まって、ジャミングが緩和されたのじゃろう」
通信には有効距離もある。送られてきたのはたった一回。もしその時ナディアが辺境に居なければ受理すらできなかったはずだ。
「奇跡的デスね……」
「って事は、東方の時と同じか? 青龍がリグ・サンガマって国を守ってた。で、救援要請がやっと届くようになった。これから助けに行く……で、移動手段はどうする?」
「転移を使う。聖地リタ・ティトの龍脈を利用した……そうじゃな。古代魔法とでも言うべきかの?」
リグ・サンガマは遥か北方。間には広大な汚染領域が広がっている。
その道中を浄化する為の浄化キャンプに使われた龍脈は、元々はこの聖地を起点とするものだ。つまり聖地とリグ・サンガマには神霊樹とマテリアルのつながりがある道理だが。
「なんで最初からやらねぇんだよ!」
「できなかったのじゃ。この転移は一方通行で、無事に帰れる保証はない。かつ、送り込める人数には限界があり、一度しか使えん。それ以上は聖地に負担をかけすぎる」
「だったら送っても犬死じゃねぇか……」
「じゃから、状況が変わったのじゃ。指定された時刻にある場所に転移を行えば、北方の援軍が来る見込みがある」
「デスが……ソレモ確実ではナイと……」
危険過ぎる掛けだ。重苦しい空気が三人の認識が共通だと語っている。
「ヴィルヘルミナ達が行った北伐直後の今でなければ可能性はない。歪虚が体勢を崩している間でなければの」
「……わかった。しょうがねぇ、俺様も行ってやる」
驚くリムネラが止めようとする言葉を先に手をかざして制止し。
「つまり、転移門を作るんだろ? コッチに帰ってくる為のよ。それには高位の術者が向こう側とコッチ側両方に必要だ。それも龍の力に適性のあるヤツ」
「ダカラ、ワタシ達を……?」
「これまでの戦いでおぬしらはそれぞれが龍の力の片鱗を受け継いだ。それも必要な前提条件じゃった」
思わず息を呑んだ。まるで全てが仕組まれていたことのようにさえ思えてくる。
「無論、残敵はまだ多い。故に通常ルートでも陽動をかね、北伐を再開する。まだ再利用可能な浄化キャンプを繋ぎつつ、別働隊で北を目指す」
「マタ……ヒドイ戦いになるのデスネ……」
俯き呟くリムネラの言葉にナディアは返す言葉を持たなかった。
また戦士達を死地へ追いやろうというのだ。言い訳など出来る筈もない。
「強制転移を使った後、わらわはおそらく数日間目覚めぬじゃろう。ひょっとすると死ぬかもしれん」
「おい!」
「それくらい消耗するという事じゃ。ま、わらわの身体は特別頑丈じゃからな。死ぬことはなかろうが……実際の作戦はおぬしらが頼りとなろう」
左右の手で二人の手をそれぞれ取り、ナディアは小さく頭を下げる。
「どうか……人類の未来を救って欲しい」
例え――北の地に待つ真実がどんなに残酷だとしても。
「わらわを信じてくれ」
北伐作戦の第二幕は、時を待たずに開演する事になった――。
かつてリグ・サンガマと呼ばれた国の南端にその遺跡はあった。
カム・ラディ遺跡。青龍の加護を得た北方の人々が建造したとされる神殿のひとつ。と言っても、今は歪虚の支配下にある。
「目標地点に動きなし。戦略的価値のない拠点に湯水のように兵力を配置する……愚の骨頂とも言うべき采配だけど、その余裕が羨ましくもあるわ」
雪原に寝そべった影が蠢いた。よく見れば白い迷彩服で潜んだ人影を幾つか捉える事ができるだろう。
「所詮はトカゲ野郎ですからね。考える頭なんぞありゃしませんよ」
「戦争は物量がモノを言うゲームよ。とりあえずなんでもいいから大量に配置しておけばいい……ここまで彼我の戦力差があるのなら、それはそれで有効」
監視を続けるも、遺跡から敵の姿が減る気配はない。手袋を外し、かじかむ指に息を吐きかける。
「ピット器官でもあるのではと考えたけど……まるでファンタジーね。下らない杞憂だわ」
「いえ、それは我々も懸念していましたから」
「ええ。だから、あなた達と同じレベルの懸念をしてしまったという事を悔いているのだけれど」
がくりと雪に顔面を落とす部下を無視し、女は腕時計に目を向けた。
時計の針が止まることはないし、約束の時間に“援軍”が現れることもなかった。
「CAMが使えればあれくらいなんとかなるんですがねぇ。せっかく持ち込んだ“新型”だってのに……」
「隠密行動だとブリーフィングで説明したわよね。寒いのはわかるけど、それは全員同。甘ったれないでくれる?」
時間は刻一刻と過ぎていく。極寒の中、女は胸元から取り出した淡く輝く結晶を確認する。
「青龍からもらった“イニシャライザー”も帰りを考えるとそろそろ限界ね。これがなければ我々も汚染に耐えられない」
「約束の時間は130秒過ぎています」
「やはり得体の知れない魔法だのなんだのというのは信頼できないわ。ええ、ファンタジーは嫌いよ。仕方なし……今回も引き上げましょう」
その時だ。遺跡から数名の人間が顔を覗かせたのは。
双眼鏡でもう一度凝視する。間違いない。“遺跡の中から出てきた”。
「命令撤回、戦闘準備! 合流地点に強襲を仕掛ける! こんな所で犬死するのも、またいつまでも待ち続けるのも御免被るわ。ここで終わらせるわよ!」
雪の積もったシートを剥ぎ取りライフルを手に走り出す。
雪原に刻む足跡は真っ直ぐに、戦闘の始まった遺跡を目指していた。
北伐作戦により大損害を受けた連合軍だが、暴食王ハヴァマールの撃退は歪虚の軍勢にも大きな打撃を与えていた。
少なくともあの不死王と不死の軍勢は大きく北へ撤退した筈。でなければ“あり得ない”。
帝国が辺境に対する誤った圧力を認めパシュパティ条約が結ばれる事になり、その調停役としてナディア・ドラゴネッティが辺境へ赴いたのも、全ては北伐戦があってこそ。
「命懸けの挑戦が偶然にも重なって作られる未来。いや……偶然ではないな。これも“宿業”という事かの」 聖地リタ・ティト。嘗て白龍の座したその場所に立つナディアの足元には大きな魔法陣が描かれている。 「この作戦に二度目はない。一発限りの奥の手じゃ。おぬしらの双肩に、多くの仲間たちの運命がかかっておる」 足元から立ち上る光に照らされるハンターたちへと振り返り、ナディアはその腕を振るう。 「征くのじゃ、勇者たちよ! 我が主たる青龍との契約を守るため、今こそ“北へ”――!」 |
![]() ナディア・ドラゴネッティ |
「……青龍だぁ?」 リタ・ティトに集められたスメラギ(kz0158)とリムネラ(kz0018)が顔を見合わせる。 「スミマセン……ワタシも聞き覚えハ……」 「黒龍が俺様に語ってくれたのは盟友たる白龍の事だけだ。まあ、他にも居るだろうって予想はしてたがな」 「ふうむ……まあ当然じゃのぅ。青龍のヒトとの付き合い方は白と黒とは全く異なる。スメラギの言葉を借りるのなら、“盟友ではなかった”という事じゃ」 歯切れ悪く、しかしゆっくりとナディアは語り出す。 歪虚の軍勢が南下し、後のグラズヘイム王国分裂の原因ともなったとされる“大侵攻”よりも古い時代。北にはもう一つの大きな国が存在した。 大侵攻は東方との連絡を断ち、王国から帝国と連合を分裂させ、そしてこの“北方王国”も例外なく分かたれる事となった。 「今になって思えば、大侵攻はそれぞれの力ある存在を分断する為にあったのやもしれぬな」 辺境に座する白龍。東方を守り続けた黒龍。 それらと同等の力を有する青龍に守護された国は、今は北狄と呼ばれる場所にあった。それも遠き過去の話……だが。 「その滅びた国であるリグ・サンガマからわらわに連絡があったのじゃ」 「連絡……ドウやって?」 |
![]() スメラギ ![]() リムネラ |
二人は「あ?やっぱり」という様子で、驚きもしなかった。
名前にドラゴネッティとついているのもそうだが、元々なんとなく自分たちと同じ力を感じていたのだ。
「だからよ、その連絡がずっと途切れてたんじゃねぇのか?」
「北伐作戦で夢幻城が墜ち、暴食の眷属は大きく後退。怠惰も今は沈静化しておる。浄化作戦も相まって、ジャミングが緩和されたのじゃろう」
通信には有効距離もある。送られてきたのはたった一回。もしその時ナディアが辺境に居なければ受理すらできなかったはずだ。
「奇跡的デスね……」
「って事は、東方の時と同じか? 青龍がリグ・サンガマって国を守ってた。で、救援要請がやっと届くようになった。これから助けに行く……で、移動手段はどうする?」
「転移を使う。聖地リタ・ティトの龍脈を利用した……そうじゃな。古代魔法とでも言うべきかの?」
リグ・サンガマは遥か北方。間には広大な汚染領域が広がっている。
その道中を浄化する為の浄化キャンプに使われた龍脈は、元々はこの聖地を起点とするものだ。つまり聖地とリグ・サンガマには神霊樹とマテリアルのつながりがある道理だが。
「なんで最初からやらねぇんだよ!」
「できなかったのじゃ。この転移は一方通行で、無事に帰れる保証はない。かつ、送り込める人数には限界があり、一度しか使えん。それ以上は聖地に負担をかけすぎる」
「だったら送っても犬死じゃねぇか……」
「じゃから、状況が変わったのじゃ。指定された時刻にある場所に転移を行えば、北方の援軍が来る見込みがある」
「デスが……ソレモ確実ではナイと……」
危険過ぎる掛けだ。重苦しい空気が三人の認識が共通だと語っている。
「ヴィルヘルミナ達が行った北伐直後の今でなければ可能性はない。歪虚が体勢を崩している間でなければの」
「……わかった。しょうがねぇ、俺様も行ってやる」
驚くリムネラが止めようとする言葉を先に手をかざして制止し。
「つまり、転移門を作るんだろ? コッチに帰ってくる為のよ。それには高位の術者が向こう側とコッチ側両方に必要だ。それも龍の力に適性のあるヤツ」
「ダカラ、ワタシ達を……?」
「これまでの戦いでおぬしらはそれぞれが龍の力の片鱗を受け継いだ。それも必要な前提条件じゃった」
思わず息を呑んだ。まるで全てが仕組まれていたことのようにさえ思えてくる。
「無論、残敵はまだ多い。故に通常ルートでも陽動をかね、北伐を再開する。まだ再利用可能な浄化キャンプを繋ぎつつ、別働隊で北を目指す」
「マタ……ヒドイ戦いになるのデスネ……」
俯き呟くリムネラの言葉にナディアは返す言葉を持たなかった。
また戦士達を死地へ追いやろうというのだ。言い訳など出来る筈もない。
「強制転移を使った後、わらわはおそらく数日間目覚めぬじゃろう。ひょっとすると死ぬかもしれん」
「おい!」
「それくらい消耗するという事じゃ。ま、わらわの身体は特別頑丈じゃからな。死ぬことはなかろうが……実際の作戦はおぬしらが頼りとなろう」
左右の手で二人の手をそれぞれ取り、ナディアは小さく頭を下げる。
「どうか……人類の未来を救って欲しい」
例え――北の地に待つ真実がどんなに残酷だとしても。
「わらわを信じてくれ」
北伐作戦の第二幕は、時を待たずに開演する事になった――。
かつてリグ・サンガマと呼ばれた国の南端にその遺跡はあった。
カム・ラディ遺跡。青龍の加護を得た北方の人々が建造したとされる神殿のひとつ。と言っても、今は歪虚の支配下にある。
「目標地点に動きなし。戦略的価値のない拠点に湯水のように兵力を配置する……愚の骨頂とも言うべき采配だけど、その余裕が羨ましくもあるわ」
雪原に寝そべった影が蠢いた。よく見れば白い迷彩服で潜んだ人影を幾つか捉える事ができるだろう。
「所詮はトカゲ野郎ですからね。考える頭なんぞありゃしませんよ」
「戦争は物量がモノを言うゲームよ。とりあえずなんでもいいから大量に配置しておけばいい……ここまで彼我の戦力差があるのなら、それはそれで有効」
監視を続けるも、遺跡から敵の姿が減る気配はない。手袋を外し、かじかむ指に息を吐きかける。
「ピット器官でもあるのではと考えたけど……まるでファンタジーね。下らない杞憂だわ」
「いえ、それは我々も懸念していましたから」
「ええ。だから、あなた達と同じレベルの懸念をしてしまったという事を悔いているのだけれど」
がくりと雪に顔面を落とす部下を無視し、女は腕時計に目を向けた。
時計の針が止まることはないし、約束の時間に“援軍”が現れることもなかった。
「CAMが使えればあれくらいなんとかなるんですがねぇ。せっかく持ち込んだ“新型”だってのに……」
「隠密行動だとブリーフィングで説明したわよね。寒いのはわかるけど、それは全員同。甘ったれないでくれる?」
時間は刻一刻と過ぎていく。極寒の中、女は胸元から取り出した淡く輝く結晶を確認する。
「青龍からもらった“イニシャライザー”も帰りを考えるとそろそろ限界ね。これがなければ我々も汚染に耐えられない」
「約束の時間は130秒過ぎています」
「やはり得体の知れない魔法だのなんだのというのは信頼できないわ。ええ、ファンタジーは嫌いよ。仕方なし……今回も引き上げましょう」
その時だ。遺跡から数名の人間が顔を覗かせたのは。
双眼鏡でもう一度凝視する。間違いない。“遺跡の中から出てきた”。
「命令撤回、戦闘準備! 合流地点に強襲を仕掛ける! こんな所で犬死するのも、またいつまでも待ち続けるのも御免被るわ。ここで終わらせるわよ!」
雪の積もったシートを剥ぎ取りライフルを手に走り出す。
雪原に刻む足跡は真っ直ぐに、戦闘の始まった遺跡を目指していた。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●遺跡制圧、そして(2月10日公開)
旧リグ・サンガマ領、カム・ラディ遺跡。
ナディア・ドラゴネッティの提案で実施された北方への強制転移作戦は成功を収めた。
カム・ラディ遺跡に屯していた敵勢力の排除は完了し、一応の帰り道である簡易転移門も再起動を確認。
綱渡りとしか言いようのない作戦ではあったが、ハンター達は周辺警戒を続けつつ、束の間の休息を得ていた。
「それにしても……この遺跡は一体何で出来てやがるんだ?」
「我々の暮らす地域では見かけない材質ですねぇ。石英に似ていますが」
白亜の遺跡は無数の結晶に彩られ、長い長い年月を経た今でも……いや、今でこそまるで芸術品のような美しさを醸す。
「ええ。我々は青龍の力を借りて、この北方で活動しているわ。尤も……あの龍は“協力”というタイプではないけれど」
腕を組み、うんざりした様子で溜息を零すラヴィアン。お供の兵士たちもなんとも言えない表情だ。
「高位の精霊存在である龍種が常にヒトに協力的である方が本来はおかしな話なのですから、まあそういう事もあるでしょうねぇ」
「そ、そうなのか? 黒龍は国民みんなの母ちゃんみたいな感じで、すげぇ優しかったけどな……」
「リグ・サンガマはヒトの国……というよりは、厳密には龍の王国というのが近いものよ。龍がヒトを支配していたと言っても過言ではないわ」
ラヴィアンの言葉を信じられない様子のスメラギ。しかしだとすれば、あのナディアの歯切れ悪い様子も理解できる。
「今も青龍と一部の生き残りは“龍園”と呼ばれる聖域……ヴリトラルカに篭っているけれど、当面の間、援護は受けられないと考えて」
「は!? ここまで死ぬ気で来たっつーのに、何も手伝っちゃくれねぇのか!?」
「恐らくだけれど、青龍はあなた達を龍園にはいれないわ。ここから距離もそれなりにあるし、汚染域を突っ切て龍園に向かうのは賢い選択とは言えないわね」
「しかし、見たところラヴィアンさん達は青龍に受け入れられているようですが」
「……色々とあるのよ」
「それに、見たところただ転移してきただけとは思えません。まるで何か目的意識があって行動しているかのようです。もしや、サルヴァトーレ・ロッソとの合流が狙いですか?」
その言葉にラヴィアンの眼の色が僅かに変わった。そこでナサニエルは仕方がなかった事とは言え、無闇に情報を与えた事を後悔する。
「――我々の具体的な目的や所属に関しては、黙秘を通させてもらうわ」
「はあああ!?」
「悪いわね、ぼうや。こっちも任務を帯びているの。あなた達が信頼に足る人物であると判断できるまでは、素性を明かすわけにはいかない」
「おまっ、今そんな事言ってる場合か!?」
「……スメラギ様」
無言で首を横に振り、ナサニエルは右手を差し出す。
「そちらの置かれた境遇は理解します。確かに我々は得体の知れない異世界人、直ぐに信頼しろという方が難しいでしょう。では、まずはお互いを知る努力からはじめましょうか♪」
胡散臭い笑顔と差し出された右手を交互に見やり、ラヴィアンはやや不機嫌そうにその手を取ると、「よろしく」と小さな声で呟いた。
「龍園はここ、カム・ラディ遺跡から直線にして数百kmほどの場所にあるわ。とは言え、間には山脈や森林地帯があり、真っ直ぐ進むわけにはいかない」
「ふむ……それで、青龍の協力を取り付ける為にはどうすれば?」
「まずは力を示す事ね。私の部下を送り込んで許可を取る交渉をしてみるけれど、それにもイニシャライザーが必要だわ」
「イニシャライザー?」
ラヴィアンは胸元から結晶のネックレスを取り出す。見たところ、それはカム・ラディ遺跡周辺にもあるマテリアル鉱石に似ていた。
「これは龍鉱と呼ばれる素材で作られた装備で、一定時間装備者を汚染から守ってくれるものよ。まったくファンタジーね」
「とても強い正のマテリアルを帯び、それを長時間保持できるタリスマンですか……興味深いですねぇ」
「で、その龍鉱ってなんだよ?」
「死んだ龍がマテリアル結晶となったものよ」
思わずぎょっとする。そういえば遺跡の中には彫像とは異なる、結晶で形作られた龍がいたが……あれは元々本物だったと言うのか。
「龍って死んだら石になっちまうのか!? いやでも、黒龍は消えたような……」
「龍の生態については、研究材料が少なすぎて殆どわかっていませんでしたが……ともあれ、それならば龍鉱というマテリアル鉱石が通常よりも強い力を持っているのは納得できます」
「イニシャライザーは使い捨てで、また新しい物を用意しなければ私達も戻れない。この北方で活動するのなら、あなた達にも必要なはずよ」
「スメラギ様だったら作れるんじゃないですか? イニシャライザー」
ナサニエルの言葉に意外そうな顔をするスメラギだが、確かに近くにある龍鉱からは浄化の力が感じられ、それがこの遺跡を守っているようだし、スメラギが触れてマテリアルを放てば輝きを増していく。
「……決まりね。まずはこの拠点を完全なものにしましょう。あなた達の国から増援を呼びこむ為には、カム・ラディ遺跡を復活させるしかないわ」
「復活……ですか?」
「多くの龍鉱を集めれば転移門も強化できるし、この遺跡の戦術拠点としての力を蘇らせる事も可能な筈よ。それにVOIDもここの動きに気づく頃、迎撃の準備をしなければ」
スメラギは龍鉱をしげしげと眺め、加工の方法をお付きの術者と相談する。
そうしている間、ナサニエルは遠巻きにラヴィアンの横顔を見ていた。
「……詳しすぎますねぇ」
得体の知れない異世界人。それは何も、一方的な評価ではない。ナサニエルもまた、彼女を信用してはいなかった。
交錯するヒトと龍、そして歪虚とリアルブルーの意志。
多くの謎を抱えたまま、リグ・サンガマでの戦いが始まろうとしていた。
ナディア・ドラゴネッティの提案で実施された北方への強制転移作戦は成功を収めた。
カム・ラディ遺跡に屯していた敵勢力の排除は完了し、一応の帰り道である簡易転移門も再起動を確認。
綱渡りとしか言いようのない作戦ではあったが、ハンター達は周辺警戒を続けつつ、束の間の休息を得ていた。
「それにしても……この遺跡は一体何で出来てやがるんだ?」
「我々の暮らす地域では見かけない材質ですねぇ。石英に似ていますが」
白亜の遺跡は無数の結晶に彩られ、長い長い年月を経た今でも……いや、今でこそまるで芸術品のような美しさを醸す。
興味深そうなスメラギ(kz0158)の隣、ナサニエル・カロッサ(kz0028)は持ち込んだ計測機器を黙々と操作する。 「というか、この遺跡に限らず周辺にかなり強いマテリアル反応があります。波長が安定しているので、生体性ではなく鉱物性ですね」 「一応俺様が浄化したが、この遺跡自体そこまでひどく汚染された感じはしなかったな」 「ええ。あの北狄の奥地にありながらこれは異常です。これまでに観測されたあらゆる反応とも合致しません」 二人は顔を見合わせ怪訝な表情を浮かべる。どうも、この北の地ではこれまでの常識とは異なる道理が罷るらしい。 「――それは恐らく、“龍鉱”のおかげでしょうね」 声に振り返った二人が見たのは、何故かここで見かける筈もない地球軍の軍服に袖を通した人々。 それらの部隊を率いた女性は白く息を吐き、集まったハンター達をしげしげと眺めた。 「ん? 誰だお前? リアルブルーの服だぞ?」 「地球軍所属、ラヴィアン・リュー中尉よ。あなた達に通信を試み、招き入れようとした者……と言えば理解できるかしら?」 「成程、そういう事でしたか」 「おい、どういう事だ?」 納得したように頷くナサニエルの白衣の裾を引っ張るスメラギ。 「北方王国リグ・サンガマは確かに滅んでいます。では何故急に再びそこから連絡が届くようになったのか……勿論、青龍の存在もあるでしょうが、彼ら転移者達が動いた結果であるとすれば……」 |
![]() スメラギ ![]() ナサニエル・カロッサ |
腕を組み、うんざりした様子で溜息を零すラヴィアン。お供の兵士たちもなんとも言えない表情だ。
「高位の精霊存在である龍種が常にヒトに協力的である方が本来はおかしな話なのですから、まあそういう事もあるでしょうねぇ」
「そ、そうなのか? 黒龍は国民みんなの母ちゃんみたいな感じで、すげぇ優しかったけどな……」
「リグ・サンガマはヒトの国……というよりは、厳密には龍の王国というのが近いものよ。龍がヒトを支配していたと言っても過言ではないわ」
ラヴィアンの言葉を信じられない様子のスメラギ。しかしだとすれば、あのナディアの歯切れ悪い様子も理解できる。
「今も青龍と一部の生き残りは“龍園”と呼ばれる聖域……ヴリトラルカに篭っているけれど、当面の間、援護は受けられないと考えて」
「は!? ここまで死ぬ気で来たっつーのに、何も手伝っちゃくれねぇのか!?」
「恐らくだけれど、青龍はあなた達を龍園にはいれないわ。ここから距離もそれなりにあるし、汚染域を突っ切て龍園に向かうのは賢い選択とは言えないわね」
「しかし、見たところラヴィアンさん達は青龍に受け入れられているようですが」
「……色々とあるのよ」
「それに、見たところただ転移してきただけとは思えません。まるで何か目的意識があって行動しているかのようです。もしや、サルヴァトーレ・ロッソとの合流が狙いですか?」
その言葉にラヴィアンの眼の色が僅かに変わった。そこでナサニエルは仕方がなかった事とは言え、無闇に情報を与えた事を後悔する。
「――我々の具体的な目的や所属に関しては、黙秘を通させてもらうわ」
「はあああ!?」
「悪いわね、ぼうや。こっちも任務を帯びているの。あなた達が信頼に足る人物であると判断できるまでは、素性を明かすわけにはいかない」
「おまっ、今そんな事言ってる場合か!?」
「……スメラギ様」
無言で首を横に振り、ナサニエルは右手を差し出す。
「そちらの置かれた境遇は理解します。確かに我々は得体の知れない異世界人、直ぐに信頼しろという方が難しいでしょう。では、まずはお互いを知る努力からはじめましょうか♪」
胡散臭い笑顔と差し出された右手を交互に見やり、ラヴィアンはやや不機嫌そうにその手を取ると、「よろしく」と小さな声で呟いた。
「龍園はここ、カム・ラディ遺跡から直線にして数百kmほどの場所にあるわ。とは言え、間には山脈や森林地帯があり、真っ直ぐ進むわけにはいかない」
「ふむ……それで、青龍の協力を取り付ける為にはどうすれば?」
「まずは力を示す事ね。私の部下を送り込んで許可を取る交渉をしてみるけれど、それにもイニシャライザーが必要だわ」
「イニシャライザー?」
ラヴィアンは胸元から結晶のネックレスを取り出す。見たところ、それはカム・ラディ遺跡周辺にもあるマテリアル鉱石に似ていた。
「これは龍鉱と呼ばれる素材で作られた装備で、一定時間装備者を汚染から守ってくれるものよ。まったくファンタジーね」
「とても強い正のマテリアルを帯び、それを長時間保持できるタリスマンですか……興味深いですねぇ」
「で、その龍鉱ってなんだよ?」
「死んだ龍がマテリアル結晶となったものよ」
思わずぎょっとする。そういえば遺跡の中には彫像とは異なる、結晶で形作られた龍がいたが……あれは元々本物だったと言うのか。
「龍って死んだら石になっちまうのか!? いやでも、黒龍は消えたような……」
「龍の生態については、研究材料が少なすぎて殆どわかっていませんでしたが……ともあれ、それならば龍鉱というマテリアル鉱石が通常よりも強い力を持っているのは納得できます」
「イニシャライザーは使い捨てで、また新しい物を用意しなければ私達も戻れない。この北方で活動するのなら、あなた達にも必要なはずよ」
「スメラギ様だったら作れるんじゃないですか? イニシャライザー」
ナサニエルの言葉に意外そうな顔をするスメラギだが、確かに近くにある龍鉱からは浄化の力が感じられ、それがこの遺跡を守っているようだし、スメラギが触れてマテリアルを放てば輝きを増していく。
「……決まりね。まずはこの拠点を完全なものにしましょう。あなた達の国から増援を呼びこむ為には、カム・ラディ遺跡を復活させるしかないわ」
「復活……ですか?」
「多くの龍鉱を集めれば転移門も強化できるし、この遺跡の戦術拠点としての力を蘇らせる事も可能な筈よ。それにVOIDもここの動きに気づく頃、迎撃の準備をしなければ」
スメラギは龍鉱をしげしげと眺め、加工の方法をお付きの術者と相談する。
そうしている間、ナサニエルは遠巻きにラヴィアンの横顔を見ていた。
「……詳しすぎますねぇ」
得体の知れない異世界人。それは何も、一方的な評価ではない。ナサニエルもまた、彼女を信用してはいなかった。
交錯するヒトと龍、そして歪虚とリアルブルーの意志。
多くの謎を抱えたまま、リグ・サンガマでの戦いが始まろうとしていた。
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)