ゲスト
(ka0000)
【血盟】メイルストロム討伐戦 「強欲王討伐」リプレイ


作戦2:強欲王討伐 リプレイ
- アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- 春日 啓一(ka1621)
- クリスティン・ガフ(ka1090)
- リューリ・ハルマ(ka0502)
- アルスレーテ・フュラー(ka6148)
- ニコラス・ディズレーリ(ka2572)
- 花厳 刹那(ka3984)
- 久延毘 大二郎(ka1771)
- アルファス(ka3312)
- リリティア・オルベール(ka3054)
- 玉兎 小夜(ka6009)
- グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)
- 強欲の王メイルストロム
- 紅薔薇(ka4766)
- ウィンス・デイランダール(ka0039)
- 龍崎・カズマ(ka0178)
- 紫月・海斗(ka0788)
- ヴァルナ=エリゴス(ka2651)
- 岩井崎 旭(ka0234)
- シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)
- ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)
- フィルメリア・クリスティア(ka3380)
- 八島 陽(ka1442)
- リュー・グランフェスト(ka2419)
- セレスティア(ka2691)
- アメリア・フォーサイス(ka4111)
- アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)
●
複数の瞳が妖しい光を明滅させ、濡れたような光沢のある触手が青のワイバーンへと伸びる。
それを最硬の刀と称されるラティスムスの刃で斬り払いながらアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は前を睨む。
巨大クレバスを下り続けているが、未だ目的の“側面の入口”は見えない。
「っ、数が多い……!」
アルト達【龍猫】は聖域へと向かう者達を護衛すべくその業物を振るう。
幸いにして黙示騎士ラプラスは突入支援を申し出てくれた者達のお陰でこちらへは近付いてこない。
しかし、逆に言えばラプラスは抑えられているが、他の小型狂気や強欲竜のワイバーンの追撃はこちらで振り払うしか無かった。
小型狂気の瞳がぎょろりと見開くように動き、一斉にハンター達を捕らえる。
だが、その眼力さえ跳ね返せるほどの意志と抵抗力を持った【龍猫】の面々には狂気の混乱などただの気味の悪い視線に過ぎない。
「ぅぐ……!」
しかし、その中で獄炎の炎の如きオーラを身に纏っていた為に、そのほとんどの視線を独占した春日 啓一(ka1621)がワイバーンの手綱を急に引き、驚いたワイバーンが急停止する。
「啓一君!」
異変にいち早く気付いたクリスティン・ガフ(ka1090)が啓一の傍へとワイバーンを急行させ、ワイヤーウィップを使って啓一を鞭打つ。
その痛みに啓一が我に返ると最愛の人の笑顔が横で待っていた。
「っ……すまない」
守ると決めた女性に助けられた事に気付いた啓一がばつが悪そうに顔を背ける。
「まだ来るよ。一緒にいこう」
彼女の指に光る蛮勇の指輪。啓一もはめるそれは一見すると市販の指輪と変わらない。しかしその内側にはクリスティンと啓一が揃いで入れた文字が刻まれている。
味方の盾となる。そう誓った啓一だが、最優先すべき人は隣にいる。
「あぁ……絶対に護ってみせる」
どれほどに困難で最低で凶悪な事態に陥ろうとも、2人が別れるのは今では無い――それだけは、不思議なほど啓一の中で確信としてあった。
「あった! 見つけた! アレでしょ!?」
リューリ・ハルマ(ka0502)が指差した先には、飛竜が並んで飛び込んでも余裕のある大きな横穴が口を開いていた。
「ここから先へは1匹たりとも通さない!」
アルトの声に4人は呼応し横穴を塞ぐように飛竜を回旋させる。
「……頼んだぞ」
超重刀を構えたアルトが、己を越え先に――強欲王の下へと向かうハンター達の気配を背中で感じながら呟いた。
伸ばされた触手を斬り払い、一体の小型狂気を塵へと還す。
誰もが、この強欲王と対峙するチャンスを狙っていた。例外なくアルトもその1人だ。
『強く』なるために。乗り越えるべき存在として強欲王との対峙を望んでいた。
だが、自分の想いよりもアルトはこの作戦を達成するためのチームとして『強欲王及びゲート破壊組を可能な限り余力を残し向かわせる』ことに注力することにした。
頭上から重力を利用して強欲のワイバーンが突撃してくるのを紙一重で躱すが、狂気のレーザー光線が降り注ぐ。
それを割って入ったリューリがギガースアックスで受け、アルスレーテ・フュラー(ka6148)が射程ギリギリからコウモリを投げてアルトから自分へと狂気の注意を引く。
「アルトちゃん! みんなが気になるのはわかるけど、集中!」
「……っ、すまない」
「ここだと360度警戒しなくちゃいけないから面倒ね……私達も中に入りながら応戦したらどうかしら?」
狂気の攻撃を躱し近付いて来たアルスレーテの提案にリューリは頷いた。
横穴はワイバーンが飛べるほど広いとはいえ、天井も床も肉眼で確認が出来る。
「そうだね、少しずつ祭壇へ向かいつつ掃討していこう!」
アルスレーテが引き付けた小型狂気を豪快に叩き斬り伏せながら、リューリが号令をかける。
少し離れたところで戦っているクリスティンと啓一にもアルスレーテが連絡へと飛竜を向ける。
クリスティンが持つ尺八での細かい合図の打ち合わせはしていたが、絶えず、飛竜が風を切って舞うこの戦場では笛などの楽器の音は途切れやすい。
元々尺八やフルートという楽器は最大音量が人の大声とさほど変わらない為、むしろ細かすぎる合図は出だしや途中を聞き逃すと意味をなさない。
さらにその為に攻撃する手を一時でも止めなくてはならないのだとすれば、激化する戦闘においてそれら楽器を手にすることは自然と難しくなった。
結果、直接声を届けるか、相手の視界に割り入ってボディランゲージによる合図の方がよっぽど早く正確に届くことに気付いてからは、最重要である『タイムリミット』の合図以外は直接のやりとりとなっていった。
こうして次から次へと襲いかかってくる小型狂気や強欲竜達の攻撃を躱し、受けながら、少しずつ【龍猫】の5人は祭壇へと近付いていったのだった。
●
エリス・カルディコットことニコラス・ディズレーリ(ka2572)はゴーグル越しに目を凝らす。
巨大クレバスを下った先、断崖の側面に空いている洞窟に飛び込んだものの、前方に点状の灯りは見えどもまだ祭壇は見えない。
正面から飛んで来る強欲のワイバーンを躱し、撃ち落としながらニコラスは前へ前へと進んでいく。
先陣を切り、道を開くのは祭壇破壊組と初撃を狙う合計8人。
【龍猫】が背後からの追撃を阻止してくれているお陰で前から来る強欲竜を相手取ればいいというのは非常に有り難い状況だった。
代わりに、前から来る強欲竜はなるべくここで撃ち落とし、ゲート破壊をする者の中でも特に近接特化となる者や強欲竜討伐組をなるべく安全に、かつ【龍猫】の元に行かせないよう計らうのが重要だと言う事もニコラスには分かっていた。
「あなたの好きにはさせません」
ワイバーンの上、しっかりと腰を落としルーナマーレを構えると、火炎を吐こうとしていた飛竜へと妨害射撃を放つ。
火炎攻撃に備え斬竜斧を構えていた花厳 刹那(ka3984)がニコラスの攻撃によりその必要がなくなったことを知るや否や飛竜とのすれ違い様にその皮翼へと斧を突き立て、切り裂いた。バランスを崩した飛竜は失速し墜落していく。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
刹那の礼ににっこりと微笑み返すニコラスは女性にしか見えない。だが、男だ。とはいえ別に男である事を隠しているわけでも無い。ハンターとして活動するときには女装して偽名を名乗っているだけだ。
その理由は本人とほんの一握りの人物しか知らない事だが。
「見えた!」
久延毘 大二郎(ka1771)の声に一同が前方を睨む。
龍鉱石のお陰で淡くぼんやりと明るい洞窟内で、前方からまばゆい光りが差し込んでくる。
「あの光の先に……王が……」
アルファス(ka3312)も手綱を持つ手に自然と力が入る。
最初の一手が肝心だった。ゆえに、大二郎とアルファスは互いに顔を見合わせ頷くと、先陣を切って前へ前へと突き進んでいく。
「リリティアさん」
玉兎 小夜(ka6009)がリリティア・オルベール(ka3054)を見、リリティアもまた小夜を見て頷き返す。
「……うん、行こう、玉兎。……お願い、あそこまで連れて行って」
リリティアが乗っているワイバーンは以前の龍奏作戦の時にも共に戦ったワイバーンだった。
ワイバーンは『承知』と言わんばかりに咆吼を一つ上げると、更に速度を増してアルファス達の後を追う。
――そして、ついにハンター達は光り溢れる空間へと躍り出た。
『良く来たな』
その声は低く、そして硬質な響きを持ってハンター達全員の脳内に直接響いた。
グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)は声の主を見て目を見張る。
まるで赤いクリスタルのような半透明な巨大な竜の姿を模った結晶体。あれが、南の……竜達の王。
「……メイルストロム……!」
金色の瞳が、ハンター達を捕らえ――微笑うように細められた。
メイルストロムの背後には巨大な水晶柱の祭壇が見え、禍々しいヴォイドゲートの気配を誰もが感じた。
さらにその奥には正のマテリアルで有りながら、近付く者を蒸発させるほどの高濃度マテリアルが光の柱となって沸き上がり周囲を真昼の如く照らしている。
ずっと、もうずっと長い間、そう、たとえば人の文明が興り滅ぶほどの月日を強欲王は独り、この場で過ごしていた。
その証拠に、彼の王の全身には風化し塵となった龍鉱石の欠片が降り積もり、赤光の竜鱗の一部は青白く隠れている。
「アル君!」
「ああ!」
ワイバーンに騎乗したまま大二郎とアルファスは強欲王に接近するとその奥にある祭壇ごと吹き飛ばすべく術を編む。
「全ての天を照らすとされる、太陽を象った神。その大いなる力を受け給え! 曙光『怪力乱神:天照』」
大二郎の背後に巨大な手の幻影が現れると、ある一点を指差す。瞬間、指先から一条の光線が放たれ着弾すると同時に周囲に大爆発が起こる。
その爆発に続いてアルファスの指先に蒼白い魔方陣が描かれ、その中心に圧縮された冷気が集う。
氷がひび割れる音と共に爆発的に生まれた無数の氷柱が真っ直ぐに強欲王とその奥に見える祭壇目指して宙を斬る。
「せぇのぉおおおおおお!」
紅薔薇(ka4766)の祢々切丸のすっ先から周囲を埋め尽くすような巨大な蒼い薔薇の幻影に一体が包まれると、幾重にも重なる花弁の輪郭をなぞるように次元の断層が発生し、薔薇の花弁が散るように空間が切り刻まれていく。
マテリアルの奔流は次元斬の衝撃を受け爆煙と粉塵を巻き上げ広がり一瞬視界が奪われる。
「はぁああああああああ!」
「たあああああああああ!」
そしてその視界不良の中でもワイバーンを駆り、リリティアと小夜が気合いと共に同時に飛び降りた。
小夜が納刀していた祢々切丸を抜き放ち、鮮やかな円月を描いた剣筋で炎の如き燐光を纏った斬撃を祭壇へと浴びせた。
リリティアもまた肉体を加速させた上で神斬による連撃を祭壇へと叩き込む。
「っ!?」
「硬っ!」
爆煙と粉塵が鎮まり、奇妙な静寂が空間を支配する。
5人の急襲を受けてなお、強欲王は微動だにせずそこにいた。
そして、祭壇もまた、崩れること無くその場にあった。
「光の壁……!」
薄いガラスを一枚隔てているかのように、祭壇の周囲が淡く光っていることに紅薔薇は気付いた。
「それも、想定の内。妾は証明してみせる。人が届かぬものなど――決して無いと」
紅薔薇は刀を構え直し強欲王の反撃に備えた。
入口から仕留め損なった強欲の飛竜達が王を護るように舞い出てくるのを見て、ニコラスが冷弾を撃ち出しその攻撃を鈍らせる。
初手の急襲に射程の届かなかったグリムバルドはインストーラーにマテリアルを集束させながらその祭壇の強度を――光の壁の強度を測ろうと目を凝らす。
刹那はそんな仲間の攻撃を目の当たりにして我知らず生唾を飲み込んだ。
隠の徒で祭壇へ近付こうと思っていたが、あれは他者から身を隠すことは出来るが同時に主行動が封じられる術でもある。
ただただ広いこの空間の中央でこの術を使っても見つかることは時間の問題であろうし、壁沿いに進んだとしても同じ祭壇を破壊を目的とする仲間の技が敵味方無差別なモノが多いなか、この術は自殺行為とも言える。
「結局、正面突破しかない、ということですか……いいでしょう。花厳刹那……参ります!!」
刹那は斬竜斧を構えると、正面に舞い降りてきた強欲の飛竜に向かって力強く地を蹴った。
●
「よう、ようやく逢えたな」
ウィンス・デイランダール(ka0039)はワイバーンから下りると、左の口角だけを上げながら強欲王を睨む。
その横に龍崎・カズマ(ka0178)が降り立つと、直ぐ様セラフィム・テフィラを腰を低く落とし構える。
「おうおう強欲王! 首獲りに来たぜ!」
紫月・海斗(ka0788)がローエングリンを肩に担ぐように持って不敵に笑いかけ地に下りれば、その後ろにはヴァルナ=エリゴス(ka2651)がヴィロー・ユの石突きを地に突き立てるようにして、静かに、そして慎重に強欲王の出方を観察している。
ハンターを降ろした飛竜達は入口付近へ戻ると、彼らを狙ってきた強欲竜を相手に戦い始める。
『あぁ、待っていた、ヒトの子よ』
硬質で地を這うような低音はそれでいて不思議と懐かしさを感じさせるような暖かみを帯びている。
「……のわりには、手荒い歓迎だったな」
カズマが道中の戦闘を思い出し両肩を竦めて見せる。
『誰も入れるな……そう命じてあったからな』
その言葉にウィンスは呆れたように笑った。
「それ、何百年前の命令だよ。それを律儀に護ってる部下も部下だがな!」
「エジュダハを覚えているか?」
岩井崎 旭(ka0234)の良く通る声が割り込んだ。
「エジュダハは言った。ずっとニンゲンと友達になりたかったのだと。赤龍もきっとそうだと。
ザッハークは求めた。掴めなかった明日を、愛のある結末をと。そして共に運命と抗ったんだ」
ザッハークの名に、金色の瞳は揺れるように伏せられる。
「メイルストロム! あんたはどっちだ! ヴォイドになっても誇り高い龍たちの王か、それとも絶望に浸る強欲の王か!」
「ザッハークは貴様の、“愛のある未来“を望んだっ!」
シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)が叫ぶようにそれに続く。
「引きこもりの王は気に食わないっ! だがっ! 忠道歩んだ勇猛なる龍の最後の望み! 無下にはさせない!!」
魔物のように見える禍々しい全身鎧に身を包んだ小柄な少女は吼えるように告げると手を差し伸べた。
「人間は貴様を殺めるつもりだ! だが、そんなことは知るものか!!
貴様には生きてもらうぞっ!! 強欲王……いや、メイルストロムっ!!」
「はぁっ!?」
シルヴィアの突拍子も無い言葉に驚いたのはウィンスだけではない。
強欲王を倒すのだと意気込んできた全員が呆気にとられ、シルヴィアを見、強欲王を見る。
シルヴィアの言葉に、メイルストロムもその金の瞳を瞬かせ、そして全身を揺らした。
『あぁ……こんなに愉快な想いはこの地に生まれて初めてかもしれぬ……そうか、生きろというのか、この我に、ヒトの子が、生きろと』
堪えきれないように全身を大きく揺らしながら声も無く笑う強欲王の姿に、全員が武装を解けないまま見守る。
シルヴィアはタイラントの兜の下で大真面目な表情のまま、手を差し伸べ続けている。
「六大龍であるあんたがヴォイドになったってことにも、何かの意味があったんじゃないのか? その意味を一緒に考えよう、一緒に答えを探そう、メイルストロム!」
シルヴィアと同じく旭もまた手を差し伸ばす。
『……そんな“未来”も有り得たのか。友よ。お前が選んだのはこの“未来”なのか』
宛の無い独白の後、メイルストロムは静かに首を横に振った。
キラキラと龍鉱石の欠片が宙を舞う。
『我とお前達は相容れない。遅すぎたのだ、全てが』
静かで哀しい拒絶の後、空間を揺るがすような咆吼がその場にいたハンター達の脳内を直撃した。
『さぁ、決着を付けよう。人の子よ。そしてお前達が見つけた答えを――我にも見せてくれ』
こうなることは少し予感していた。
だからこそ、旭には決戦こそを答えと望まれれば、拒むことは出来ない。
「メイルストロム。あんたと矛を交えられることを光栄に思う。今俺が持つ全力で、行くぜ!」
ワイバーンに騎乗したままユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)とフィルメリア・クリスティア(ka3380)は事の成り行きを見守っていた。
この場に駆けつけた誰もが強欲王、またはメイルストロム、もしくは赤龍と呼ばれていたその存在に縁を感じ、因果をたぐり寄せ、必然性を持って今この地にいるのだという事を嫌と言うほど知っている。
何故ならユーリもフィルメリアもその1人だからだ。
各々のスタンスも、受け止めた言葉も、魂の震え方もそれぞれがそれぞれに違う。ゆえに、言いたい事も、伝えたい想いも、貫きたい主張も違ってくるだろうことは想像に難くない。
――そして、それらを彼の王がどう受け止めるかはまた別問題なのだから。
(青龍から話を聞いたからこそ分かる。強欲王、いえ赤龍……貴方は誰よりも世界を守る為に戦い続けてきた。
だから、この手で……青龍と私達の想いと意思を伝える。そして……)
「貴方を討ち、私が貴方の意志を受け継ぐ」
手綱を引き、飛竜と共に強欲王へと向かう。真正面に盾を構え強欲王の注意を引く。
フィルメリアもメイルストロムやザッハーク達が今まで歩んできた道にも意味はあったのだと思っていた。
そして、この先も決して無為にはしない。無駄になんてさせないと誓う。
ようやく、ようやく今、ヒトと龍が共に寄り添い歩める道を歩もうとしているのだ。
その為にも、フィルメリアは『強欲』に王を求めた。
「以前、貴方の肉体を討った時に願ったんです。その心を知りたい、触れたいと。
私の“強欲”に付き合って頂きます。貴方を知って、貴方を超えて、貴方の“強欲”を受け止める!」
そして八島 陽(ka1442)もまた、ワイバーンに騎乗したままチャンスを窺っていた。
「メイルストロム。お前はここクリムゾンウェストでトドメを刺す!」
影殺剣を構え、光の翼を狙い接近戦を試みる。
青のワイバーンは皆勇敢だった。
傷付いてもその翼を広げ、ブレスを吐き、今際の際まで戦い続ける。
ゆえに、多くの龍が死後もこれから戦う仲間のために、その魂を大地に、龍鉱石として留める程。
「っ! ブレス!!」
ブレスの予感を察知したハンター達が一斉に盾を、または受け身の姿勢を取る。
強欲王から放たれた光のブレスは周囲にいるハンターのほとんどを飲み込み、それは宙にいるワイバーンに騎乗した者達にも襲いかかる。
同属性の盾で防いだ者達はそれでもその威力に膝を折り、肩で息をする。
「……しまったっ……!」
そんなブレスを戦場に出たワイバーン達は避けきれない。
懸命に溶けた皮翼で羽ばたくも高度を落とし、墜落していく。
それでも背に乗せたハンター達に怪我をさせまいと自ら壁にぶつかるようにして速度を落とし、落下の衝撃を緩衝する。
自分達だって強欲に限らず歪虚を亡ぼすときにやってきたことだ。
翼のある敵ならば、まず翼を奪うこと。
脚のある敵ならば、まず脚を奪うこと。
そして相手は歪虚王なのだ。
青龍でさえその魂と肉体を分けた上で封印することしか出来なかった強欲の王。
前回戦った肉体とは異なり、こちらは明確な知性があり、複雑な能力操作が可能な王竜の心核。
それは、無慈悲に強欲王の射程内に侵入してきた青のワイバーン達を撃ち落とした。
●
「オジサンはおめぇさん倒した後にガルドブルムって奴とやりあわにゃならんのよ」
海斗はジェットブーツで飛び上がるとローエングリンを落下する勢いと共に強欲王に叩き付けた。
「……だが、こんなに硬いとは聴いてねぇなぁ」
叩き付けた衝撃がそのまま手のひらから肘までしびれとして駆け上がる。
そう。強欲王は非常に硬かった。
その水晶のような身体は特殊硬化ガラスかダイヤモンドかと疑うほどに生半可な攻撃では傷一つ入れられない。
一方で強欲王の攻撃が全て光の属性を帯びており、それに対応した装備を調えているものが多かった事は幸いしていた。
更に言えば、強欲王は祭壇の前に陣取ると言う事もしなかった。
むしろ、祭壇の前を空け、祭壇へと来たハンターと強欲王を攻撃しようとするハンターそのどちらもを射程にいれるように、祭壇の斜め前からハンター達を攻撃していた。
それは、恐らく自分の防壁に自信があり、そしてハンターの動きを見て、あわよくば範囲攻撃で薙ぎ払おうと考えている為と思われた。
「……上等だ!」
ウィンスが飛び上がり、蜻蛉切で強欲王の胸を狙って刺突を繰り出す。
「もう休め。長く働きすぎたんだよ、あんたは」
カズマが影殺剣で強欲王の足元を鋭く斬り付け、陽が同じ傷を狙い斬り付ける。
ヴァルナは慎重にソウルエッジを乗せた攻撃を繰り出すが、その手応えに大きな違いは感じない。
「……届いている気がしませんね……」
鋼鉄に刃を立てた時のようなしびれを手に感じ、ヴァルナは龍槍を握る手を二度開いて閉じた。
「行くぜ、セレスティア! 孤独の王に、声を届ける為に!」
リュー・グランフェスト(ka2419)のかけ声に「はい」とセレスティア(ka2691)は声に出して頷くと、すぅ、と息を吸い込んだ。
「死して尚、世界を守らんとする守護者達よ……力を貸してください。
ただ倒すのでなく、龍の王を安らかな終わりへと導くために」
セレスティアの唇から紡がれるのはレクイエム。
王に届き孤独を癒す安らぎの調べ。
祈り、歌い、ここにいる皆の思いと、ここにはいない龍の皆様の想いが届く様にと高く低く朗々と歌い上げるが、残念ながら強欲王がその調べに捕らわれることは無かった。
リューは強欲王に正面から肉薄すると妖剣で斬り付けた。
闇の属性を持つこの剣ですら強欲王の鱗に浅く傷を付ける程度だが、リューはただ黙して剣を振るう。
これまで戦った相手にと同じ様に、呼吸を読み間合を測り一撃のやり取りで想いを受け止め感じようと、剣で語ることに集中した。
入口にほど近い壁際に、強欲王を静かに見つめる金色の目があった。
「弱点とまではいかなくても有効打を与えられる場所は……?」
アメリア・フォーサイス(ka4111)はザッハークの特徴を思い出す。
マテリアル光を操る能力を持ち、これを攻防に活用していたこと。
光の鎧による防御能力、光の翼による飛行能力、全方位ホーミングレーザー、ビームブレスが出来たが、能力に使っているマテリアルは攻か防の一方でしか使えなかったこと。
だが、流石は王というべきか。
マテリアルを用いての攻撃をした後も、祭壇への防御が衰えている様子はほとんど見られない。
だが……
「あまり、マテリアル光を使った攻撃をして来ていないような……」
とはいえ全身が光の鱗という鎧に包まれ、その拳、尾、そのものに光の属性を纏っているような王だ。
ちょっと動くだけで周囲を薙ぎ払い、踏みつけ、吹き飛ばせる。
しかし、最初に放たれたブレス以降は、そういった物理的な攻撃ばかりを繰り出しているように見える。
アメリアは祭壇を見て、王を見る。
まだ判断するには情報が足りない。だが、もしかすると。
「防御に重点を置いている分、攻撃に使うマテリアルが溜まるまでに時間がかかっている……?」
そうだとしたら、狙い目はやはり光を用いた攻撃の後か。
弱点らしい弱点を見つけられないまま、アメリアは頭部を狙って引き金を引いた。
強欲竜の翼が光を纏う。
咄嗟にハンター達は盾を構えるがその光はレーザービームのように四方八方に伸び、触れた者の鎧を穿ち、肌を焼き貫いた。
受けきれず膝を折った小夜の元へ、アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)が駆けつけると祈りの言葉と共に強くも暖かい光が灯り、小夜の傷を瞬く間に塞いでいく。
「……ありがと」
「ふふーふ。僕は壊すのは専門外だケド、僕がいる限り誰も死なせないヨ」
アルヴィンの周囲がキラキラと星が輝いているように見えるのは、決して高濃度マテリアルや地面に降り積もっている龍鉱石の粉塵のせいではない。アルヴィンの覚醒によるモノだ。
その星の中に、兎の影が見えた気がして、小夜はわずかに目を丸くする。
「あぁ……お揃いだネ」
兎に縁のある2人は目を合わせると僅かに微笑み合って別れた。
「……そうは問屋が卸さない……ということかのう」
忌々しそうに紅薔薇が眉間にしわを寄せた。
強欲王の硬さにも驚くが、それ以上に難航したのが祭壇破壊組だった。
紅薔薇は王が光の防御壁で祭壇を覆っても、外を覆うのなら、祭壇中央……つまり内側から攻撃をすれば良いと思っていた。
しかし、流石は王の力量というべきか。
祭壇そのものをコーティングするように覆うその防御壁は堅牢そのもので、内側だろうが外側だろうが上からだろうが隙は見つけられなかった。
それでも、間違いなくダメージは蓄積され、徐々に祭壇は崩れかけてきている。
(メイルストロム……何だろう。会ったら色々言いたい事があったけど、言葉が出てこねぇや)
冷静に祭壇と強欲王を観察しながらマテリアルを練り上げていたグリムバルドは、ちらりと強欲王を見て、再び祭壇に視線を戻す。
(まぁいいか。俺が駄目でも他の皆の答えを届ける助けになれば、それで良い)
その為にも、まずは祭壇を壊さなければならない。
(……その中に王様の求める答えがあると良いんだけどな)
グリムバルドは小さな祈りを込めて目を伏せると、練り上げた機導砲を放つ。
その一撃は同じ威力であるはずなのに、先ほどまでよりも大きく柱を抉り、ついに柱の一つが倒れた。
「ザッハークと同じ特徴……! 皆、今じゃ!!」
それを見た紅薔薇は再び斬魔刀を構え、周囲に味方が居ない事を確認すると青の薔薇を咲かせ散らせた。
次元斬に続いて刹那が祭壇の柱を駆け上り上空へと高く舞った。
その自由落下を利用して脆そうな柱から斬り付けていく。
「玉兎様、リリティア様、掩護いたします!」
【龍猫】らが追いついたことを受け、祭壇の攻撃に加わったニコラスもまた同じ柱へとハウンドバレットで攻撃すると、リリティアと小夜も祭壇の石柱へと斬り付けていく。
柱を倒されたと知った強欲王が光の翼を広げ一気に祭壇前へと距離を詰めた。
王の注意が祭壇に来ている。つまり、王を狙う者達にとって絶好の好機でもある。
その尾により薙ぎ払われつつも、紅薔薇の両の口角は弧を描く。
「遅いのじゃ」
紅薔薇が咲かせた最後の白い薔薇がついに祭壇を粉砕した。
●
「ナイス、ベニバラ!!」
ウィンスが叫び、蜻蛉切を頭上で大回転させると強欲王へと走り寄りながら穂先を突き出す。切っ先から激しい凍結音が響いたと思うと氷の柱の如きマテリアルが強欲王を貫いた。
「僕は介添人になろう……彼女達の刃が、もう一度届くように……毘古さん!」
「おぅよ! 雷閃『八咫鏡』!!」
アルファスが機導砲を撃ち、大二郎が杖の先に鏡面を呼び出すとその中央から雷撃が飛び出し、強欲王を穿つ。
「私なりの答えを貴方に示す。そして、貴方に誇れる未来を作ると誓う。
私にとって“大切なもの”の為に求める事、ソレが私の“強欲”の形ですから」
「強欲王……いえ、赤龍メイルストロム。私が貴方の意志を受け継ぐ、そして……人と龍が共に生きる世界を、私が龍や仲間達と共に切り開く……っ」
アルファスと大二郎に続き、フィルメリアとユーリもまた同時に刀と剣を振り上げる。
2人の胸中にはメイルストロムの意志を受け継ぎ、未来を切り開くという揺るがぬ決意と覚悟、共に戦ってくれる仲間達や青龍の思いと祈りが嵐の如く吹き荒れ力となる。
フィルメリアの刃が蒼く煌めき、ユーリの刀が白銀の雷光を纏い、轟音を響かせながら二刀同時に強欲王へと振り下ろされる。
祭壇からの恩恵を受けられなくなった強欲王の肌は、それでもまだ硬く、厚い。
ハンター達の重い一撃をその全身で受け止め、払い除け、躱し、体内のマテリアルを攻撃へと転化し、ハンター達を無数の光線で穿った。
「いい加減、休め」
カズマが見る者に違和感を与える歩き方で静かに近付くと、黒い牙で抉るように強欲王を切り裂いた。
向きも速度も違う乱れた烈風の如き二連撃が旭により生み出され、強欲王の傷口を大きく切り開く。
「あばよ、メイルストロム。縁があったらまた会おうや」
海斗の言葉と共に重い一撃が振り下ろされ、アメリアによる冷弾が強欲王の脚を絡め取る。
アルヴィンが周囲に癒しの光を降らせ、リリティアはポーションをがぶ飲みした。
陽による超重錬成で巨大化した影殺剣が更に傷口を広げ、ヴァルナの徹閃が新たに深い傷口を作った。
攻撃しようと振り上げた手をシルヴィアの射撃が妨害し、金の瞳が忌々しげに歪められた。
【龍猫】からアルトが入口付近の掃討があらかた終わった為駆けつけた。
「人は一人前として認めてもらうために親と戦う時がある。
強欲王メイルストロム、超えるべき父として、貴方を倒させてもらおう。
そして、かつての貴方の想いを、心を引き継ごう。私達が新たな守護者としての覚悟を持つために」
アルトは宣誓と共に炎のようなオーラを纏い、最高速で駆け抜けざまに強欲王を切り裂いた。
紅薔薇を動ける程度まで治療し終えたセレスティアは口を真一文字に結んだままのリューの元へと向かった。
こういう時、リューが無茶を通すのは誰よりも知っていた。
だから、無事に帰ってくる事を信じて願い光の翼で庇護し、その突撃を助ける。
「いきなさい! リューくん!!」
セレスティアの声と思い切り背中を叩かれたその衝撃のままにリューは走り出した。
――俺は弱い。
龍と違い武器を手にしなければ戦えず、飛竜に頼らなければここまで来る事も出来なかった。
『だが、俺達はここにいる』
仲間を信じ、頼り、その結果としてここにいる。
この絆こそが、龍の王をも超えると信じて向かう!
「その思い貸してくれ! 孤独の王に安らぎを与えうる為に!」
リューは手に持っていた虹色龍鉱石をかち割った。
死してなお、世界を守ろうという龍達の想い。
龍奏作戦の時に起こった奇蹟。だが、もう奇蹟はない。
何故なら共に戦おうとする意志は、龍鉱石を砕かなくとも常に感じている。
今もこうして共にある。
だからこれはただの儀式だ。
リューにとっての宣誓だ。
「想いを引き継ぎ、残るものに伝える道を! 人も龍も孤独なんかじゃない」
その心を刃に乗せ、モルドゥールを強欲王へと突き出した。
「この一撃は、龍をも貫く! 天の龍槍『グングニル』!」
●
『見事だ、人の子よ。我の完敗だ』
そう告げる強欲王の顔は心無しか穏やかだ。
「青龍に伝えることは無いですか?」
戦おうという覇気の消失を察したリリティアが神斬を鞘に仕舞い、問う。
『そうだな……我が間違えたのだろう。もう、ずっと、昔に。……今まで有り難うと、伝えてくれ』
リリティアを見るその金の瞳は柔らかな光を灯している。
『どうか青龍とは仲良くやって欲しい』
「えぇ、共に寄り添い歩める道を作っていきます」
フィルメリアが答えると、満足そうに目を細めた。
「正のマテリアルで消耗し、人なら生きられないような場所に何百年。
負のマテリアルに侵食されて歪虚になるというならその逆は?
ここに在りて、貴方が得たものは何だったのですか?」
リリティアの問いに強欲王だったモノは壊された祭壇を見る。
『我は南方の守護竜だった。アレを……人の子の言葉で言うのならば何が一番近いのか……あの邪悪なるモノが現れ、我は負けた』
「……邪神……?」
ヴァルナの言葉に王は頷いた。
『そうか、あれを邪神と称すか。……我はアレに負けた。そして気付くと強欲王へと造り直された』
王の告白にハンター達は静まり返った。
『アレには取り込んだモノを作り替える能力があるのだろう』
赤龍でさえ叶わなかった邪神。それに取り込まれると別のモノに作り替えられるという事実にハンター達は二の句が告げない。
「……それで……貴方の、王様の望む答えは見つかったか?」
グリムバルドが言葉を選びあぐねつつ問うと王は僅かに首を傾げた。
『大精霊は応じてくれなかった。しかし、お前達はお前達の答えを我に示した。ならば、我はそれでいい』
「大精霊と話しをしようと思ったらどうしたらいいのでしょうか?」
ユーリは思わず口にしてから、その答えを最も知りたいのは強欲王本人では無いのかと気付き頭を下げた。
『構わぬ。……もうここにはいないのかもしれぬ。もしくは、出てこられないのか。興味を失ったのか』
「そんな……!」
『我はずっとここで大精霊を待った。しかしその声も気配も感じなかった……強欲王だからかもわからないが』
その声音は少しだけ寂しそうで、セレスティアは胸元をきゅっと握った。
その時、入口付近からクリスティンの奏でる尺八の音色が響いた。
「時間だ」
アルトが時計を見て告げる。
「共に……生きられないのですか?」
一歩踏み出したシルヴィアに、王は静かに頷いてそれ以上の接近を禁じた。
『ゲートは壊された。負のマテリアルが無くなれば我も消えよう』
「そんな……!」
シルヴィアと旭が悔しそうに唇を噛み締める。
『ザッハークは』
「うん?」
『ザッハークは泣いていなかったか? あれは我の代わりに良く泣いてくれた』
予想外の言葉に旭はあんぐりと口を開け、笑った。
「最期まで、誇り高い武将だったよ。あんたのことをずっと心配してた」
『そうか』
万感を込めた一言だった。
王は口を噤み静かに目を閉じる。
さらさらと王の身体が塵へと変わっていく。
その身が水晶のようだからか、それとも龍鉱石が多いせいか。
宙を舞う赤くキラキラした煌めきは彼の外見に似て非常に美しいとアルヴィンは思った。
「どう感じるかはあんた次第だが――」
ウィンスがひたと王の顔を見て告げる。
「――礼を言う。あんたがいたから、ヒトと龍は再び共に歩む道を見つけた」
その言葉に王は静かに目を開けるとウィンスを見て頷いた。
『ハンターはこの星の正統な守護者たりえる。この星を……頼む』
そして、リューを金の瞳で捕らえると、微笑むように頷いて王は消えた。
暫く、誰もが宙を舞う赤い塵を見つめていた。
「時間がない! 帰るぞ!!」
アルトの一喝にようやく各々が入口へ向けて走り出す。
刹那が仏式の祈りを捧げ、立ち上がる。
『良く来たな』
そう言って出迎えた王はもう居ない。
美しい造形だった巨大な水晶柱の祭壇も破壊され、禍々しいヴォイドゲートも今はもう無い。
ほんの15分程度の時間で変わってしまった。
ただ、変わらないのは肌を刺すほどの高濃度のマテリアルの奔流がキラキラ、キラキラと柱のように立ち上り、真昼のように一帯を照らし続けている。ただそれだけ。
――さようなら、孤高の王龍。
耳が痛くなるほどの静寂に支配されつつある空間に背を向け、刹那は振り返ること無く地上へと向かったのだった。
複数の瞳が妖しい光を明滅させ、濡れたような光沢のある触手が青のワイバーンへと伸びる。
それを最硬の刀と称されるラティスムスの刃で斬り払いながらアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は前を睨む。
巨大クレバスを下り続けているが、未だ目的の“側面の入口”は見えない。
「っ、数が多い……!」
アルト達【龍猫】は聖域へと向かう者達を護衛すべくその業物を振るう。
幸いにして黙示騎士ラプラスは突入支援を申し出てくれた者達のお陰でこちらへは近付いてこない。
しかし、逆に言えばラプラスは抑えられているが、他の小型狂気や強欲竜のワイバーンの追撃はこちらで振り払うしか無かった。
小型狂気の瞳がぎょろりと見開くように動き、一斉にハンター達を捕らえる。
だが、その眼力さえ跳ね返せるほどの意志と抵抗力を持った【龍猫】の面々には狂気の混乱などただの気味の悪い視線に過ぎない。
「ぅぐ……!」
しかし、その中で獄炎の炎の如きオーラを身に纏っていた為に、そのほとんどの視線を独占した春日 啓一(ka1621)がワイバーンの手綱を急に引き、驚いたワイバーンが急停止する。
「啓一君!」
異変にいち早く気付いたクリスティン・ガフ(ka1090)が啓一の傍へとワイバーンを急行させ、ワイヤーウィップを使って啓一を鞭打つ。
その痛みに啓一が我に返ると最愛の人の笑顔が横で待っていた。
「っ……すまない」
守ると決めた女性に助けられた事に気付いた啓一がばつが悪そうに顔を背ける。
「まだ来るよ。一緒にいこう」
彼女の指に光る蛮勇の指輪。啓一もはめるそれは一見すると市販の指輪と変わらない。しかしその内側にはクリスティンと啓一が揃いで入れた文字が刻まれている。
味方の盾となる。そう誓った啓一だが、最優先すべき人は隣にいる。
「あぁ……絶対に護ってみせる」
どれほどに困難で最低で凶悪な事態に陥ろうとも、2人が別れるのは今では無い――それだけは、不思議なほど啓一の中で確信としてあった。
「あった! 見つけた! アレでしょ!?」
リューリ・ハルマ(ka0502)が指差した先には、飛竜が並んで飛び込んでも余裕のある大きな横穴が口を開いていた。
「ここから先へは1匹たりとも通さない!」
アルトの声に4人は呼応し横穴を塞ぐように飛竜を回旋させる。
「……頼んだぞ」
超重刀を構えたアルトが、己を越え先に――強欲王の下へと向かうハンター達の気配を背中で感じながら呟いた。
伸ばされた触手を斬り払い、一体の小型狂気を塵へと還す。
誰もが、この強欲王と対峙するチャンスを狙っていた。例外なくアルトもその1人だ。
『強く』なるために。乗り越えるべき存在として強欲王との対峙を望んでいた。
だが、自分の想いよりもアルトはこの作戦を達成するためのチームとして『強欲王及びゲート破壊組を可能な限り余力を残し向かわせる』ことに注力することにした。
頭上から重力を利用して強欲のワイバーンが突撃してくるのを紙一重で躱すが、狂気のレーザー光線が降り注ぐ。
それを割って入ったリューリがギガースアックスで受け、アルスレーテ・フュラー(ka6148)が射程ギリギリからコウモリを投げてアルトから自分へと狂気の注意を引く。
「アルトちゃん! みんなが気になるのはわかるけど、集中!」
「……っ、すまない」
「ここだと360度警戒しなくちゃいけないから面倒ね……私達も中に入りながら応戦したらどうかしら?」
狂気の攻撃を躱し近付いて来たアルスレーテの提案にリューリは頷いた。
横穴はワイバーンが飛べるほど広いとはいえ、天井も床も肉眼で確認が出来る。
「そうだね、少しずつ祭壇へ向かいつつ掃討していこう!」
アルスレーテが引き付けた小型狂気を豪快に叩き斬り伏せながら、リューリが号令をかける。
少し離れたところで戦っているクリスティンと啓一にもアルスレーテが連絡へと飛竜を向ける。
クリスティンが持つ尺八での細かい合図の打ち合わせはしていたが、絶えず、飛竜が風を切って舞うこの戦場では笛などの楽器の音は途切れやすい。
元々尺八やフルートという楽器は最大音量が人の大声とさほど変わらない為、むしろ細かすぎる合図は出だしや途中を聞き逃すと意味をなさない。
さらにその為に攻撃する手を一時でも止めなくてはならないのだとすれば、激化する戦闘においてそれら楽器を手にすることは自然と難しくなった。
結果、直接声を届けるか、相手の視界に割り入ってボディランゲージによる合図の方がよっぽど早く正確に届くことに気付いてからは、最重要である『タイムリミット』の合図以外は直接のやりとりとなっていった。
こうして次から次へと襲いかかってくる小型狂気や強欲竜達の攻撃を躱し、受けながら、少しずつ【龍猫】の5人は祭壇へと近付いていったのだった。
●
エリス・カルディコットことニコラス・ディズレーリ(ka2572)はゴーグル越しに目を凝らす。
巨大クレバスを下った先、断崖の側面に空いている洞窟に飛び込んだものの、前方に点状の灯りは見えどもまだ祭壇は見えない。
正面から飛んで来る強欲のワイバーンを躱し、撃ち落としながらニコラスは前へ前へと進んでいく。
先陣を切り、道を開くのは祭壇破壊組と初撃を狙う合計8人。
【龍猫】が背後からの追撃を阻止してくれているお陰で前から来る強欲竜を相手取ればいいというのは非常に有り難い状況だった。
代わりに、前から来る強欲竜はなるべくここで撃ち落とし、ゲート破壊をする者の中でも特に近接特化となる者や強欲竜討伐組をなるべく安全に、かつ【龍猫】の元に行かせないよう計らうのが重要だと言う事もニコラスには分かっていた。
「あなたの好きにはさせません」
ワイバーンの上、しっかりと腰を落としルーナマーレを構えると、火炎を吐こうとしていた飛竜へと妨害射撃を放つ。
火炎攻撃に備え斬竜斧を構えていた花厳 刹那(ka3984)がニコラスの攻撃によりその必要がなくなったことを知るや否や飛竜とのすれ違い様にその皮翼へと斧を突き立て、切り裂いた。バランスを崩した飛竜は失速し墜落していく。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
刹那の礼ににっこりと微笑み返すニコラスは女性にしか見えない。だが、男だ。とはいえ別に男である事を隠しているわけでも無い。ハンターとして活動するときには女装して偽名を名乗っているだけだ。
その理由は本人とほんの一握りの人物しか知らない事だが。
「見えた!」
久延毘 大二郎(ka1771)の声に一同が前方を睨む。
龍鉱石のお陰で淡くぼんやりと明るい洞窟内で、前方からまばゆい光りが差し込んでくる。
「あの光の先に……王が……」
アルファス(ka3312)も手綱を持つ手に自然と力が入る。
最初の一手が肝心だった。ゆえに、大二郎とアルファスは互いに顔を見合わせ頷くと、先陣を切って前へ前へと突き進んでいく。
「リリティアさん」
玉兎 小夜(ka6009)がリリティア・オルベール(ka3054)を見、リリティアもまた小夜を見て頷き返す。
「……うん、行こう、玉兎。……お願い、あそこまで連れて行って」
リリティアが乗っているワイバーンは以前の龍奏作戦の時にも共に戦ったワイバーンだった。
ワイバーンは『承知』と言わんばかりに咆吼を一つ上げると、更に速度を増してアルファス達の後を追う。
――そして、ついにハンター達は光り溢れる空間へと躍り出た。
『良く来たな』
その声は低く、そして硬質な響きを持ってハンター達全員の脳内に直接響いた。
グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)は声の主を見て目を見張る。
まるで赤いクリスタルのような半透明な巨大な竜の姿を模った結晶体。あれが、南の……竜達の王。
「……メイルストロム……!」
金色の瞳が、ハンター達を捕らえ――微笑うように細められた。
メイルストロムの背後には巨大な水晶柱の祭壇が見え、禍々しいヴォイドゲートの気配を誰もが感じた。
さらにその奥には正のマテリアルで有りながら、近付く者を蒸発させるほどの高濃度マテリアルが光の柱となって沸き上がり周囲を真昼の如く照らしている。
ずっと、もうずっと長い間、そう、たとえば人の文明が興り滅ぶほどの月日を強欲王は独り、この場で過ごしていた。
その証拠に、彼の王の全身には風化し塵となった龍鉱石の欠片が降り積もり、赤光の竜鱗の一部は青白く隠れている。
「アル君!」
「ああ!」
ワイバーンに騎乗したまま大二郎とアルファスは強欲王に接近するとその奥にある祭壇ごと吹き飛ばすべく術を編む。
「全ての天を照らすとされる、太陽を象った神。その大いなる力を受け給え! 曙光『怪力乱神:天照』」
大二郎の背後に巨大な手の幻影が現れると、ある一点を指差す。瞬間、指先から一条の光線が放たれ着弾すると同時に周囲に大爆発が起こる。
その爆発に続いてアルファスの指先に蒼白い魔方陣が描かれ、その中心に圧縮された冷気が集う。
氷がひび割れる音と共に爆発的に生まれた無数の氷柱が真っ直ぐに強欲王とその奥に見える祭壇目指して宙を斬る。
「せぇのぉおおおおおお!」
紅薔薇(ka4766)の祢々切丸のすっ先から周囲を埋め尽くすような巨大な蒼い薔薇の幻影に一体が包まれると、幾重にも重なる花弁の輪郭をなぞるように次元の断層が発生し、薔薇の花弁が散るように空間が切り刻まれていく。
マテリアルの奔流は次元斬の衝撃を受け爆煙と粉塵を巻き上げ広がり一瞬視界が奪われる。
「はぁああああああああ!」
「たあああああああああ!」
そしてその視界不良の中でもワイバーンを駆り、リリティアと小夜が気合いと共に同時に飛び降りた。
小夜が納刀していた祢々切丸を抜き放ち、鮮やかな円月を描いた剣筋で炎の如き燐光を纏った斬撃を祭壇へと浴びせた。
リリティアもまた肉体を加速させた上で神斬による連撃を祭壇へと叩き込む。
「っ!?」
「硬っ!」
爆煙と粉塵が鎮まり、奇妙な静寂が空間を支配する。
5人の急襲を受けてなお、強欲王は微動だにせずそこにいた。
そして、祭壇もまた、崩れること無くその場にあった。
「光の壁……!」
薄いガラスを一枚隔てているかのように、祭壇の周囲が淡く光っていることに紅薔薇は気付いた。
「それも、想定の内。妾は証明してみせる。人が届かぬものなど――決して無いと」
紅薔薇は刀を構え直し強欲王の反撃に備えた。
入口から仕留め損なった強欲の飛竜達が王を護るように舞い出てくるのを見て、ニコラスが冷弾を撃ち出しその攻撃を鈍らせる。
初手の急襲に射程の届かなかったグリムバルドはインストーラーにマテリアルを集束させながらその祭壇の強度を――光の壁の強度を測ろうと目を凝らす。
刹那はそんな仲間の攻撃を目の当たりにして我知らず生唾を飲み込んだ。
隠の徒で祭壇へ近付こうと思っていたが、あれは他者から身を隠すことは出来るが同時に主行動が封じられる術でもある。
ただただ広いこの空間の中央でこの術を使っても見つかることは時間の問題であろうし、壁沿いに進んだとしても同じ祭壇を破壊を目的とする仲間の技が敵味方無差別なモノが多いなか、この術は自殺行為とも言える。
「結局、正面突破しかない、ということですか……いいでしょう。花厳刹那……参ります!!」
刹那は斬竜斧を構えると、正面に舞い降りてきた強欲の飛竜に向かって力強く地を蹴った。
●
「よう、ようやく逢えたな」
ウィンス・デイランダール(ka0039)はワイバーンから下りると、左の口角だけを上げながら強欲王を睨む。
その横に龍崎・カズマ(ka0178)が降り立つと、直ぐ様セラフィム・テフィラを腰を低く落とし構える。
「おうおう強欲王! 首獲りに来たぜ!」
紫月・海斗(ka0788)がローエングリンを肩に担ぐように持って不敵に笑いかけ地に下りれば、その後ろにはヴァルナ=エリゴス(ka2651)がヴィロー・ユの石突きを地に突き立てるようにして、静かに、そして慎重に強欲王の出方を観察している。
ハンターを降ろした飛竜達は入口付近へ戻ると、彼らを狙ってきた強欲竜を相手に戦い始める。
『あぁ、待っていた、ヒトの子よ』
硬質で地を這うような低音はそれでいて不思議と懐かしさを感じさせるような暖かみを帯びている。
「……のわりには、手荒い歓迎だったな」
カズマが道中の戦闘を思い出し両肩を竦めて見せる。
『誰も入れるな……そう命じてあったからな』
その言葉にウィンスは呆れたように笑った。
「それ、何百年前の命令だよ。それを律儀に護ってる部下も部下だがな!」
「エジュダハを覚えているか?」
岩井崎 旭(ka0234)の良く通る声が割り込んだ。
「エジュダハは言った。ずっとニンゲンと友達になりたかったのだと。赤龍もきっとそうだと。
ザッハークは求めた。掴めなかった明日を、愛のある結末をと。そして共に運命と抗ったんだ」
ザッハークの名に、金色の瞳は揺れるように伏せられる。
「メイルストロム! あんたはどっちだ! ヴォイドになっても誇り高い龍たちの王か、それとも絶望に浸る強欲の王か!」
「ザッハークは貴様の、“愛のある未来“を望んだっ!」
シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)が叫ぶようにそれに続く。
「引きこもりの王は気に食わないっ! だがっ! 忠道歩んだ勇猛なる龍の最後の望み! 無下にはさせない!!」
魔物のように見える禍々しい全身鎧に身を包んだ小柄な少女は吼えるように告げると手を差し伸べた。
「人間は貴様を殺めるつもりだ! だが、そんなことは知るものか!!
貴様には生きてもらうぞっ!! 強欲王……いや、メイルストロムっ!!」
「はぁっ!?」
シルヴィアの突拍子も無い言葉に驚いたのはウィンスだけではない。
強欲王を倒すのだと意気込んできた全員が呆気にとられ、シルヴィアを見、強欲王を見る。
シルヴィアの言葉に、メイルストロムもその金の瞳を瞬かせ、そして全身を揺らした。
『あぁ……こんなに愉快な想いはこの地に生まれて初めてかもしれぬ……そうか、生きろというのか、この我に、ヒトの子が、生きろと』
堪えきれないように全身を大きく揺らしながら声も無く笑う強欲王の姿に、全員が武装を解けないまま見守る。
シルヴィアはタイラントの兜の下で大真面目な表情のまま、手を差し伸べ続けている。
「六大龍であるあんたがヴォイドになったってことにも、何かの意味があったんじゃないのか? その意味を一緒に考えよう、一緒に答えを探そう、メイルストロム!」
シルヴィアと同じく旭もまた手を差し伸ばす。
『……そんな“未来”も有り得たのか。友よ。お前が選んだのはこの“未来”なのか』
宛の無い独白の後、メイルストロムは静かに首を横に振った。
キラキラと龍鉱石の欠片が宙を舞う。
『我とお前達は相容れない。遅すぎたのだ、全てが』
静かで哀しい拒絶の後、空間を揺るがすような咆吼がその場にいたハンター達の脳内を直撃した。
『さぁ、決着を付けよう。人の子よ。そしてお前達が見つけた答えを――我にも見せてくれ』
こうなることは少し予感していた。
だからこそ、旭には決戦こそを答えと望まれれば、拒むことは出来ない。
「メイルストロム。あんたと矛を交えられることを光栄に思う。今俺が持つ全力で、行くぜ!」
ワイバーンに騎乗したままユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)とフィルメリア・クリスティア(ka3380)は事の成り行きを見守っていた。
この場に駆けつけた誰もが強欲王、またはメイルストロム、もしくは赤龍と呼ばれていたその存在に縁を感じ、因果をたぐり寄せ、必然性を持って今この地にいるのだという事を嫌と言うほど知っている。
何故ならユーリもフィルメリアもその1人だからだ。
各々のスタンスも、受け止めた言葉も、魂の震え方もそれぞれがそれぞれに違う。ゆえに、言いたい事も、伝えたい想いも、貫きたい主張も違ってくるだろうことは想像に難くない。
――そして、それらを彼の王がどう受け止めるかはまた別問題なのだから。
(青龍から話を聞いたからこそ分かる。強欲王、いえ赤龍……貴方は誰よりも世界を守る為に戦い続けてきた。
だから、この手で……青龍と私達の想いと意思を伝える。そして……)
「貴方を討ち、私が貴方の意志を受け継ぐ」
手綱を引き、飛竜と共に強欲王へと向かう。真正面に盾を構え強欲王の注意を引く。
フィルメリアもメイルストロムやザッハーク達が今まで歩んできた道にも意味はあったのだと思っていた。
そして、この先も決して無為にはしない。無駄になんてさせないと誓う。
ようやく、ようやく今、ヒトと龍が共に寄り添い歩める道を歩もうとしているのだ。
その為にも、フィルメリアは『強欲』に王を求めた。
「以前、貴方の肉体を討った時に願ったんです。その心を知りたい、触れたいと。
私の“強欲”に付き合って頂きます。貴方を知って、貴方を超えて、貴方の“強欲”を受け止める!」
そして八島 陽(ka1442)もまた、ワイバーンに騎乗したままチャンスを窺っていた。
「メイルストロム。お前はここクリムゾンウェストでトドメを刺す!」
影殺剣を構え、光の翼を狙い接近戦を試みる。
青のワイバーンは皆勇敢だった。
傷付いてもその翼を広げ、ブレスを吐き、今際の際まで戦い続ける。
ゆえに、多くの龍が死後もこれから戦う仲間のために、その魂を大地に、龍鉱石として留める程。
「っ! ブレス!!」
ブレスの予感を察知したハンター達が一斉に盾を、または受け身の姿勢を取る。
強欲王から放たれた光のブレスは周囲にいるハンターのほとんどを飲み込み、それは宙にいるワイバーンに騎乗した者達にも襲いかかる。
同属性の盾で防いだ者達はそれでもその威力に膝を折り、肩で息をする。
「……しまったっ……!」
そんなブレスを戦場に出たワイバーン達は避けきれない。
懸命に溶けた皮翼で羽ばたくも高度を落とし、墜落していく。
それでも背に乗せたハンター達に怪我をさせまいと自ら壁にぶつかるようにして速度を落とし、落下の衝撃を緩衝する。
自分達だって強欲に限らず歪虚を亡ぼすときにやってきたことだ。
翼のある敵ならば、まず翼を奪うこと。
脚のある敵ならば、まず脚を奪うこと。
そして相手は歪虚王なのだ。
青龍でさえその魂と肉体を分けた上で封印することしか出来なかった強欲の王。
前回戦った肉体とは異なり、こちらは明確な知性があり、複雑な能力操作が可能な王竜の心核。
それは、無慈悲に強欲王の射程内に侵入してきた青のワイバーン達を撃ち落とした。
●
「オジサンはおめぇさん倒した後にガルドブルムって奴とやりあわにゃならんのよ」
海斗はジェットブーツで飛び上がるとローエングリンを落下する勢いと共に強欲王に叩き付けた。
「……だが、こんなに硬いとは聴いてねぇなぁ」
叩き付けた衝撃がそのまま手のひらから肘までしびれとして駆け上がる。
そう。強欲王は非常に硬かった。
その水晶のような身体は特殊硬化ガラスかダイヤモンドかと疑うほどに生半可な攻撃では傷一つ入れられない。
一方で強欲王の攻撃が全て光の属性を帯びており、それに対応した装備を調えているものが多かった事は幸いしていた。
更に言えば、強欲王は祭壇の前に陣取ると言う事もしなかった。
むしろ、祭壇の前を空け、祭壇へと来たハンターと強欲王を攻撃しようとするハンターそのどちらもを射程にいれるように、祭壇の斜め前からハンター達を攻撃していた。
それは、恐らく自分の防壁に自信があり、そしてハンターの動きを見て、あわよくば範囲攻撃で薙ぎ払おうと考えている為と思われた。
「……上等だ!」
ウィンスが飛び上がり、蜻蛉切で強欲王の胸を狙って刺突を繰り出す。
「もう休め。長く働きすぎたんだよ、あんたは」
カズマが影殺剣で強欲王の足元を鋭く斬り付け、陽が同じ傷を狙い斬り付ける。
ヴァルナは慎重にソウルエッジを乗せた攻撃を繰り出すが、その手応えに大きな違いは感じない。
「……届いている気がしませんね……」
鋼鉄に刃を立てた時のようなしびれを手に感じ、ヴァルナは龍槍を握る手を二度開いて閉じた。
「行くぜ、セレスティア! 孤独の王に、声を届ける為に!」
リュー・グランフェスト(ka2419)のかけ声に「はい」とセレスティア(ka2691)は声に出して頷くと、すぅ、と息を吸い込んだ。
「死して尚、世界を守らんとする守護者達よ……力を貸してください。
ただ倒すのでなく、龍の王を安らかな終わりへと導くために」
セレスティアの唇から紡がれるのはレクイエム。
王に届き孤独を癒す安らぎの調べ。
祈り、歌い、ここにいる皆の思いと、ここにはいない龍の皆様の想いが届く様にと高く低く朗々と歌い上げるが、残念ながら強欲王がその調べに捕らわれることは無かった。
リューは強欲王に正面から肉薄すると妖剣で斬り付けた。
闇の属性を持つこの剣ですら強欲王の鱗に浅く傷を付ける程度だが、リューはただ黙して剣を振るう。
これまで戦った相手にと同じ様に、呼吸を読み間合を測り一撃のやり取りで想いを受け止め感じようと、剣で語ることに集中した。
入口にほど近い壁際に、強欲王を静かに見つめる金色の目があった。
「弱点とまではいかなくても有効打を与えられる場所は……?」
アメリア・フォーサイス(ka4111)はザッハークの特徴を思い出す。
マテリアル光を操る能力を持ち、これを攻防に活用していたこと。
光の鎧による防御能力、光の翼による飛行能力、全方位ホーミングレーザー、ビームブレスが出来たが、能力に使っているマテリアルは攻か防の一方でしか使えなかったこと。
だが、流石は王というべきか。
マテリアルを用いての攻撃をした後も、祭壇への防御が衰えている様子はほとんど見られない。
だが……
「あまり、マテリアル光を使った攻撃をして来ていないような……」
とはいえ全身が光の鱗という鎧に包まれ、その拳、尾、そのものに光の属性を纏っているような王だ。
ちょっと動くだけで周囲を薙ぎ払い、踏みつけ、吹き飛ばせる。
しかし、最初に放たれたブレス以降は、そういった物理的な攻撃ばかりを繰り出しているように見える。
アメリアは祭壇を見て、王を見る。
まだ判断するには情報が足りない。だが、もしかすると。
「防御に重点を置いている分、攻撃に使うマテリアルが溜まるまでに時間がかかっている……?」
そうだとしたら、狙い目はやはり光を用いた攻撃の後か。
弱点らしい弱点を見つけられないまま、アメリアは頭部を狙って引き金を引いた。
強欲竜の翼が光を纏う。
咄嗟にハンター達は盾を構えるがその光はレーザービームのように四方八方に伸び、触れた者の鎧を穿ち、肌を焼き貫いた。
受けきれず膝を折った小夜の元へ、アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)が駆けつけると祈りの言葉と共に強くも暖かい光が灯り、小夜の傷を瞬く間に塞いでいく。
「……ありがと」
「ふふーふ。僕は壊すのは専門外だケド、僕がいる限り誰も死なせないヨ」
アルヴィンの周囲がキラキラと星が輝いているように見えるのは、決して高濃度マテリアルや地面に降り積もっている龍鉱石の粉塵のせいではない。アルヴィンの覚醒によるモノだ。
その星の中に、兎の影が見えた気がして、小夜はわずかに目を丸くする。
「あぁ……お揃いだネ」
兎に縁のある2人は目を合わせると僅かに微笑み合って別れた。
「……そうは問屋が卸さない……ということかのう」
忌々しそうに紅薔薇が眉間にしわを寄せた。
強欲王の硬さにも驚くが、それ以上に難航したのが祭壇破壊組だった。
紅薔薇は王が光の防御壁で祭壇を覆っても、外を覆うのなら、祭壇中央……つまり内側から攻撃をすれば良いと思っていた。
しかし、流石は王の力量というべきか。
祭壇そのものをコーティングするように覆うその防御壁は堅牢そのもので、内側だろうが外側だろうが上からだろうが隙は見つけられなかった。
それでも、間違いなくダメージは蓄積され、徐々に祭壇は崩れかけてきている。
(メイルストロム……何だろう。会ったら色々言いたい事があったけど、言葉が出てこねぇや)
冷静に祭壇と強欲王を観察しながらマテリアルを練り上げていたグリムバルドは、ちらりと強欲王を見て、再び祭壇に視線を戻す。
(まぁいいか。俺が駄目でも他の皆の答えを届ける助けになれば、それで良い)
その為にも、まずは祭壇を壊さなければならない。
(……その中に王様の求める答えがあると良いんだけどな)
グリムバルドは小さな祈りを込めて目を伏せると、練り上げた機導砲を放つ。
その一撃は同じ威力であるはずなのに、先ほどまでよりも大きく柱を抉り、ついに柱の一つが倒れた。
「ザッハークと同じ特徴……! 皆、今じゃ!!」
それを見た紅薔薇は再び斬魔刀を構え、周囲に味方が居ない事を確認すると青の薔薇を咲かせ散らせた。
次元斬に続いて刹那が祭壇の柱を駆け上り上空へと高く舞った。
その自由落下を利用して脆そうな柱から斬り付けていく。
「玉兎様、リリティア様、掩護いたします!」
【龍猫】らが追いついたことを受け、祭壇の攻撃に加わったニコラスもまた同じ柱へとハウンドバレットで攻撃すると、リリティアと小夜も祭壇の石柱へと斬り付けていく。
柱を倒されたと知った強欲王が光の翼を広げ一気に祭壇前へと距離を詰めた。
王の注意が祭壇に来ている。つまり、王を狙う者達にとって絶好の好機でもある。
その尾により薙ぎ払われつつも、紅薔薇の両の口角は弧を描く。
「遅いのじゃ」
紅薔薇が咲かせた最後の白い薔薇がついに祭壇を粉砕した。
●
「ナイス、ベニバラ!!」
ウィンスが叫び、蜻蛉切を頭上で大回転させると強欲王へと走り寄りながら穂先を突き出す。切っ先から激しい凍結音が響いたと思うと氷の柱の如きマテリアルが強欲王を貫いた。
「僕は介添人になろう……彼女達の刃が、もう一度届くように……毘古さん!」
「おぅよ! 雷閃『八咫鏡』!!」
アルファスが機導砲を撃ち、大二郎が杖の先に鏡面を呼び出すとその中央から雷撃が飛び出し、強欲王を穿つ。
「私なりの答えを貴方に示す。そして、貴方に誇れる未来を作ると誓う。
私にとって“大切なもの”の為に求める事、ソレが私の“強欲”の形ですから」
「強欲王……いえ、赤龍メイルストロム。私が貴方の意志を受け継ぐ、そして……人と龍が共に生きる世界を、私が龍や仲間達と共に切り開く……っ」
アルファスと大二郎に続き、フィルメリアとユーリもまた同時に刀と剣を振り上げる。
2人の胸中にはメイルストロムの意志を受け継ぎ、未来を切り開くという揺るがぬ決意と覚悟、共に戦ってくれる仲間達や青龍の思いと祈りが嵐の如く吹き荒れ力となる。
フィルメリアの刃が蒼く煌めき、ユーリの刀が白銀の雷光を纏い、轟音を響かせながら二刀同時に強欲王へと振り下ろされる。
祭壇からの恩恵を受けられなくなった強欲王の肌は、それでもまだ硬く、厚い。
ハンター達の重い一撃をその全身で受け止め、払い除け、躱し、体内のマテリアルを攻撃へと転化し、ハンター達を無数の光線で穿った。
「いい加減、休め」
カズマが見る者に違和感を与える歩き方で静かに近付くと、黒い牙で抉るように強欲王を切り裂いた。
向きも速度も違う乱れた烈風の如き二連撃が旭により生み出され、強欲王の傷口を大きく切り開く。
「あばよ、メイルストロム。縁があったらまた会おうや」
海斗の言葉と共に重い一撃が振り下ろされ、アメリアによる冷弾が強欲王の脚を絡め取る。
アルヴィンが周囲に癒しの光を降らせ、リリティアはポーションをがぶ飲みした。
陽による超重錬成で巨大化した影殺剣が更に傷口を広げ、ヴァルナの徹閃が新たに深い傷口を作った。
攻撃しようと振り上げた手をシルヴィアの射撃が妨害し、金の瞳が忌々しげに歪められた。
【龍猫】からアルトが入口付近の掃討があらかた終わった為駆けつけた。
「人は一人前として認めてもらうために親と戦う時がある。
強欲王メイルストロム、超えるべき父として、貴方を倒させてもらおう。
そして、かつての貴方の想いを、心を引き継ごう。私達が新たな守護者としての覚悟を持つために」
アルトは宣誓と共に炎のようなオーラを纏い、最高速で駆け抜けざまに強欲王を切り裂いた。
紅薔薇を動ける程度まで治療し終えたセレスティアは口を真一文字に結んだままのリューの元へと向かった。
こういう時、リューが無茶を通すのは誰よりも知っていた。
だから、無事に帰ってくる事を信じて願い光の翼で庇護し、その突撃を助ける。
「いきなさい! リューくん!!」
セレスティアの声と思い切り背中を叩かれたその衝撃のままにリューは走り出した。
――俺は弱い。
龍と違い武器を手にしなければ戦えず、飛竜に頼らなければここまで来る事も出来なかった。
『だが、俺達はここにいる』
仲間を信じ、頼り、その結果としてここにいる。
この絆こそが、龍の王をも超えると信じて向かう!
「その思い貸してくれ! 孤独の王に安らぎを与えうる為に!」
リューは手に持っていた虹色龍鉱石をかち割った。
死してなお、世界を守ろうという龍達の想い。
龍奏作戦の時に起こった奇蹟。だが、もう奇蹟はない。
何故なら共に戦おうとする意志は、龍鉱石を砕かなくとも常に感じている。
今もこうして共にある。
だからこれはただの儀式だ。
リューにとっての宣誓だ。
「想いを引き継ぎ、残るものに伝える道を! 人も龍も孤独なんかじゃない」
その心を刃に乗せ、モルドゥールを強欲王へと突き出した。
「この一撃は、龍をも貫く! 天の龍槍『グングニル』!」
●
『見事だ、人の子よ。我の完敗だ』
そう告げる強欲王の顔は心無しか穏やかだ。
「青龍に伝えることは無いですか?」
戦おうという覇気の消失を察したリリティアが神斬を鞘に仕舞い、問う。
『そうだな……我が間違えたのだろう。もう、ずっと、昔に。……今まで有り難うと、伝えてくれ』
リリティアを見るその金の瞳は柔らかな光を灯している。
『どうか青龍とは仲良くやって欲しい』
「えぇ、共に寄り添い歩める道を作っていきます」
フィルメリアが答えると、満足そうに目を細めた。
「正のマテリアルで消耗し、人なら生きられないような場所に何百年。
負のマテリアルに侵食されて歪虚になるというならその逆は?
ここに在りて、貴方が得たものは何だったのですか?」
リリティアの問いに強欲王だったモノは壊された祭壇を見る。
『我は南方の守護竜だった。アレを……人の子の言葉で言うのならば何が一番近いのか……あの邪悪なるモノが現れ、我は負けた』
「……邪神……?」
ヴァルナの言葉に王は頷いた。
『そうか、あれを邪神と称すか。……我はアレに負けた。そして気付くと強欲王へと造り直された』
王の告白にハンター達は静まり返った。
『アレには取り込んだモノを作り替える能力があるのだろう』
赤龍でさえ叶わなかった邪神。それに取り込まれると別のモノに作り替えられるという事実にハンター達は二の句が告げない。
「……それで……貴方の、王様の望む答えは見つかったか?」
グリムバルドが言葉を選びあぐねつつ問うと王は僅かに首を傾げた。
『大精霊は応じてくれなかった。しかし、お前達はお前達の答えを我に示した。ならば、我はそれでいい』
「大精霊と話しをしようと思ったらどうしたらいいのでしょうか?」
ユーリは思わず口にしてから、その答えを最も知りたいのは強欲王本人では無いのかと気付き頭を下げた。
『構わぬ。……もうここにはいないのかもしれぬ。もしくは、出てこられないのか。興味を失ったのか』
「そんな……!」
『我はずっとここで大精霊を待った。しかしその声も気配も感じなかった……強欲王だからかもわからないが』
その声音は少しだけ寂しそうで、セレスティアは胸元をきゅっと握った。
その時、入口付近からクリスティンの奏でる尺八の音色が響いた。
「時間だ」
アルトが時計を見て告げる。
「共に……生きられないのですか?」
一歩踏み出したシルヴィアに、王は静かに頷いてそれ以上の接近を禁じた。
『ゲートは壊された。負のマテリアルが無くなれば我も消えよう』
「そんな……!」
シルヴィアと旭が悔しそうに唇を噛み締める。
『ザッハークは』
「うん?」
『ザッハークは泣いていなかったか? あれは我の代わりに良く泣いてくれた』
予想外の言葉に旭はあんぐりと口を開け、笑った。
「最期まで、誇り高い武将だったよ。あんたのことをずっと心配してた」
『そうか』
万感を込めた一言だった。
王は口を噤み静かに目を閉じる。
さらさらと王の身体が塵へと変わっていく。
その身が水晶のようだからか、それとも龍鉱石が多いせいか。
宙を舞う赤くキラキラした煌めきは彼の外見に似て非常に美しいとアルヴィンは思った。
「どう感じるかはあんた次第だが――」
ウィンスがひたと王の顔を見て告げる。
「――礼を言う。あんたがいたから、ヒトと龍は再び共に歩む道を見つけた」
その言葉に王は静かに目を開けるとウィンスを見て頷いた。
『ハンターはこの星の正統な守護者たりえる。この星を……頼む』
そして、リューを金の瞳で捕らえると、微笑むように頷いて王は消えた。
暫く、誰もが宙を舞う赤い塵を見つめていた。
「時間がない! 帰るぞ!!」
アルトの一喝にようやく各々が入口へ向けて走り出す。
刹那が仏式の祈りを捧げ、立ち上がる。
『良く来たな』
そう言って出迎えた王はもう居ない。
美しい造形だった巨大な水晶柱の祭壇も破壊され、禍々しいヴォイドゲートも今はもう無い。
ほんの15分程度の時間で変わってしまった。
ただ、変わらないのは肌を刺すほどの高濃度のマテリアルの奔流がキラキラ、キラキラと柱のように立ち上り、真昼のように一帯を照らし続けている。ただそれだけ。
――さようなら、孤高の王龍。
耳が痛くなるほどの静寂に支配されつつある空間に背を向け、刹那は振り返ること無く地上へと向かったのだった。
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