ゲスト
(ka0000)
【落葉】支度すら許さない
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/09/25 19:00
- 完成日
- 2018/10/03 11:16
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「おおー、未来の庶民議員様のお帰りだ」
ガルカヌンクにある屋敷に帰ってきたクリームヒルトに、底抜けに明るい祝いの声が響いた。
テーブルに腰かけながら、銃片手に骨付き肉をかぶりつく態度は、とても祝辞を述べに来た客然とはしてないし、足元にちらばった食べ物の滓や、クチャクチャ鳴らす食べ方は品性も善くなさそうだ。
「誰?」
「なーに言ってんすか。敬愛する姫様がお守りになっているヴルツァライヒですよ」
冗談じゃない。
反笑いで自己紹介モドキを発した男の言葉にクリームヒルトは心底嫌そうな顔をした。もちろんクリームヒルトを応援する人間にはヴルツァライヒだった人間もいる。多くは真っ当な生活をしていながらもヒルデブランド以降の新政権で割を食った人間たちや、再興を臨む貴族たち。それにヴルツァライヒにそそのかされた人間たち。どれも目の前の人間よりは礼儀も貞節もある。
何よりも、ここで働いていたメイドなどを縛り上げて銃を突きつけるような人間は庇護対象ではない。
「聞いてますよ。ヴィルヘルミナの新政策で庶民議会が設置されるんでしょ。姫様はもちろん出馬すると思って駆けつけてきたんですよ」
ぺっ、と絨毯に骨を吐き捨てた後、男は履いているブーツで横にどかして歩み寄ってくる。
「クリームヒルト様に近づかないで……!!?」
テミスがすかさず割って入ろうとした瞬間、テミスの体が銃撃で吹っ飛んだ。
「あー、可愛い子じゃないスかぁ。こんな子なら楽しみに置いといたのに」
男は嘲け笑って、テミスを汚れた踏みつけると、そのまま硝煙が上る銃口をクリームヒルトに突きつけた。
「やだなぁ。お願いしに上がっただけっすよ」
「お願い……?」
「そうっす。ほら、最近ヴルツァライヒもすっかり弱体化しちゃって困ってんすよね。ねー、姫様。困っている人、見捨てられないっしょ?」
血だまりに沈むテミスの顔で汚れをにじくるようにして男は笑った。
困っている人の中に、自分を助けろという命令と、テミスを見捨てたりしないだろう? という脅迫を兼ね備えてさせるあたり、見た目ほど頭は悪くないらしい。
「庶民議員の誕生をお祝いさせてくださいよー。色々お願いしたこともありますし、ね?」
ニヤニヤと笑って、下から覗き見るようにする男の顔にクリームヒルトは冷酷な視線を向けて短く言い切った。
「断ります」
次の瞬間、後ろに立っていたギュントが剣を抜いて飛びかかった。
が、それもまた銃声によって止まってしまった。
ギュントなら避けるのも弾くのも問題はない。だが、クリームヒルトに容赦なく放たれた弾丸から彼女を守るには自分の体を犠牲にするしかなかったからだ。
「ギュント!!」
「ひゃっほー! すげぇ。さすがは路上で姫様にプロポーズするど根性の持ち主じゃん。まじでウケる」
男は笑うと思いっきりギュントの顔面を蹴り飛ばした。
しかし、ギュントはそれでも耐えて睨み返す。ここで動いたらクリームヒルトにまた銃口が向いてしまうから。
「クリームヒルト様を殺せばお前らの目的は果たせなくなる。なのに何故撃つ」
「決まってるじゃん。俺らもガキの使いじゃねぇんで。ボスからさー。なんでも言いなりになってくれる覚悟を決めてもらうように言われてるんすよ。どうせ失敗したら殺されるだけだしさー」
ギュントに向けて続けざまに銃弾が発射される。
頭、喉、心臓。
全部、クリームヒルトがその場所に当たる位置に放ち、わざとギュントに受けさせると、さすがに覚醒者である彼も血みどろになって片膝をついた。
「メルツェーデスちゃん、発見しましたぜ」
「ちょ、ちょっと! 離しなさいよ。ゲス野郎っ」
「メルツェーデスっ!! 娘に手を出す、がはっ」
「はーい、ゲスだからそんなこと言うクソ女はこうでーす」
身動きできないクリームヒルトの後ろで男の仲間がメルツェーデスを殴りつけ、そしてベント伯を銃撃する。
「ま、待ちなさい」
「待つわけないじゃないすか。とりあえず、早いところ覚悟決めてくんない? ヴルツァライヒの奴隷として議員してくれるってことをさ」
目の前の男は合図すると、後ろにある暖炉にくべられていた焼き鏝を一つ持ってこさせ、それを絨毯の上に無造作に放り出し、ついでに魔導カメラもポケットから放り投げる。
「どこでもいいんで自分で押し付けてくださいよ。その奴隷印。んでそれを自撮りしたらそれで解放されるんす。ひゃー、お互いウィンウィンっすよ!」
男は勝手に嬉しそうにそう言うと、弾倉を切り替えて、またギュントを数発撃った。
「こいつタフだなー。おーい、誰かこいつ血祭りにあげるのやってくれよー」
「やだよ。女相手する方がいいし」
「ちぇっ。じゃあギュントはさっさと殺して、この子で我慢するかー」
まるでそれが普通の友達とする会話のようにするからこそ、男の底知れぬ邪悪さにクリームヒルトは歯ぎしりをした。
「焼き鏝早くしないと冷めるよ。だいたい40秒ってとこ? 俺らも暇じゃないんでさ、それまでに決めてよ。それ過ぎたらここにいる全員、姫様のご両親みたくゴミ箱にいれるか吊るすから。まあ安心しなよ。その時は俺も生きてないだろうからさ。あの世まで付き合ってやる」
そして男はスマートフォンをいじくりタイマーをセットした。それがここにいる連中に共有されているとみて間違いない。
死を決めた人間はここまでなれるのか。
だが、クリームヒルトはそれに負けるわけにはいかなかった。
そんな脅しに屈するつもりはないし、似たような人間なら残念ながら飽きるくらいに見てきた。
そして何よりも。
仲間の気配を感じていたから。
ガルカヌンクにある屋敷に帰ってきたクリームヒルトに、底抜けに明るい祝いの声が響いた。
テーブルに腰かけながら、銃片手に骨付き肉をかぶりつく態度は、とても祝辞を述べに来た客然とはしてないし、足元にちらばった食べ物の滓や、クチャクチャ鳴らす食べ方は品性も善くなさそうだ。
「誰?」
「なーに言ってんすか。敬愛する姫様がお守りになっているヴルツァライヒですよ」
冗談じゃない。
反笑いで自己紹介モドキを発した男の言葉にクリームヒルトは心底嫌そうな顔をした。もちろんクリームヒルトを応援する人間にはヴルツァライヒだった人間もいる。多くは真っ当な生活をしていながらもヒルデブランド以降の新政権で割を食った人間たちや、再興を臨む貴族たち。それにヴルツァライヒにそそのかされた人間たち。どれも目の前の人間よりは礼儀も貞節もある。
何よりも、ここで働いていたメイドなどを縛り上げて銃を突きつけるような人間は庇護対象ではない。
「聞いてますよ。ヴィルヘルミナの新政策で庶民議会が設置されるんでしょ。姫様はもちろん出馬すると思って駆けつけてきたんですよ」
ぺっ、と絨毯に骨を吐き捨てた後、男は履いているブーツで横にどかして歩み寄ってくる。
「クリームヒルト様に近づかないで……!!?」
テミスがすかさず割って入ろうとした瞬間、テミスの体が銃撃で吹っ飛んだ。
「あー、可愛い子じゃないスかぁ。こんな子なら楽しみに置いといたのに」
男は嘲け笑って、テミスを汚れた踏みつけると、そのまま硝煙が上る銃口をクリームヒルトに突きつけた。
「やだなぁ。お願いしに上がっただけっすよ」
「お願い……?」
「そうっす。ほら、最近ヴルツァライヒもすっかり弱体化しちゃって困ってんすよね。ねー、姫様。困っている人、見捨てられないっしょ?」
血だまりに沈むテミスの顔で汚れをにじくるようにして男は笑った。
困っている人の中に、自分を助けろという命令と、テミスを見捨てたりしないだろう? という脅迫を兼ね備えてさせるあたり、見た目ほど頭は悪くないらしい。
「庶民議員の誕生をお祝いさせてくださいよー。色々お願いしたこともありますし、ね?」
ニヤニヤと笑って、下から覗き見るようにする男の顔にクリームヒルトは冷酷な視線を向けて短く言い切った。
「断ります」
次の瞬間、後ろに立っていたギュントが剣を抜いて飛びかかった。
が、それもまた銃声によって止まってしまった。
ギュントなら避けるのも弾くのも問題はない。だが、クリームヒルトに容赦なく放たれた弾丸から彼女を守るには自分の体を犠牲にするしかなかったからだ。
「ギュント!!」
「ひゃっほー! すげぇ。さすがは路上で姫様にプロポーズするど根性の持ち主じゃん。まじでウケる」
男は笑うと思いっきりギュントの顔面を蹴り飛ばした。
しかし、ギュントはそれでも耐えて睨み返す。ここで動いたらクリームヒルトにまた銃口が向いてしまうから。
「クリームヒルト様を殺せばお前らの目的は果たせなくなる。なのに何故撃つ」
「決まってるじゃん。俺らもガキの使いじゃねぇんで。ボスからさー。なんでも言いなりになってくれる覚悟を決めてもらうように言われてるんすよ。どうせ失敗したら殺されるだけだしさー」
ギュントに向けて続けざまに銃弾が発射される。
頭、喉、心臓。
全部、クリームヒルトがその場所に当たる位置に放ち、わざとギュントに受けさせると、さすがに覚醒者である彼も血みどろになって片膝をついた。
「メルツェーデスちゃん、発見しましたぜ」
「ちょ、ちょっと! 離しなさいよ。ゲス野郎っ」
「メルツェーデスっ!! 娘に手を出す、がはっ」
「はーい、ゲスだからそんなこと言うクソ女はこうでーす」
身動きできないクリームヒルトの後ろで男の仲間がメルツェーデスを殴りつけ、そしてベント伯を銃撃する。
「ま、待ちなさい」
「待つわけないじゃないすか。とりあえず、早いところ覚悟決めてくんない? ヴルツァライヒの奴隷として議員してくれるってことをさ」
目の前の男は合図すると、後ろにある暖炉にくべられていた焼き鏝を一つ持ってこさせ、それを絨毯の上に無造作に放り出し、ついでに魔導カメラもポケットから放り投げる。
「どこでもいいんで自分で押し付けてくださいよ。その奴隷印。んでそれを自撮りしたらそれで解放されるんす。ひゃー、お互いウィンウィンっすよ!」
男は勝手に嬉しそうにそう言うと、弾倉を切り替えて、またギュントを数発撃った。
「こいつタフだなー。おーい、誰かこいつ血祭りにあげるのやってくれよー」
「やだよ。女相手する方がいいし」
「ちぇっ。じゃあギュントはさっさと殺して、この子で我慢するかー」
まるでそれが普通の友達とする会話のようにするからこそ、男の底知れぬ邪悪さにクリームヒルトは歯ぎしりをした。
「焼き鏝早くしないと冷めるよ。だいたい40秒ってとこ? 俺らも暇じゃないんでさ、それまでに決めてよ。それ過ぎたらここにいる全員、姫様のご両親みたくゴミ箱にいれるか吊るすから。まあ安心しなよ。その時は俺も生きてないだろうからさ。あの世まで付き合ってやる」
そして男はスマートフォンをいじくりタイマーをセットした。それがここにいる連中に共有されているとみて間違いない。
死を決めた人間はここまでなれるのか。
だが、クリームヒルトはそれに負けるわけにはいかなかった。
そんな脅しに屈するつもりはないし、似たような人間なら残念ながら飽きるくらいに見てきた。
そして何よりも。
仲間の気配を感じていたから。
リプレイ本文
●初動
銃声が背後で鳴り響いた直後、ハンター達はもう、それぞれの武器を抜き放っていた。
「護衛の目をかいくぐられたか……!」
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)はすぐさま視線を左右に振って、襲撃を警戒したが正面から争う声が聞こえるばかりで、こちらには何もやってこない。
「こちらを襲ってこないということは人質をとってカタをつけるつもりか」
「ハンター相手に……? 下策もいいとこじゃない」
馬鹿なんだろうか。
それとも、もっと切羽詰まってる?
カーミン・S・フィールズ(ka1559)は真っ先に飛び出ようとするリラ(ka5679)の肩を掴んで止めた。
「なんで止めるんですかっ」
リラの顔は真っ青だった。メルツェーデスの甲高い悲鳴や打撲音がここまで響いてくるのだから、その方が当然だ。
「敵は……複数よ。覚醒者のギュントもいるのに、攻勢は一方的。他にも使用人がいたはずだし、状況が分からない。突撃はクリームヒルトさんの身をかえって危うくするかも」
食って掛かるリラに応えたのはリアリュール(ka2003)だった。おっとりとした顔つきは変わらないがその長い耳に意識を集中させていることがわかる。
「待てっこありませんわ。義を見てせざるは勇無きなり。一秒とて待てるものではありません」
姫様、メルツェーデスさん、ベント伯。彼らが悲鳴を上げているのに様子を見てからだなんて。その怒気を孕んだ音羽 美沙樹(ka4757)の冷たい顔を見てエアルドフリス(ka1856)は点けたばかりパイプの中身を捨てて元のバッグに戻した。
「仕方ない。手分けしよう、リラ、ミサキはクリームヒルト嬢とその周辺を」
「そうね、縁のある人のところへは行ってあげるといいわ。私と、誰か。他の場所の偵察と制圧、してくれる?」
「私も上に行きます」
後はアウレールとエアルドフリス。二人はしばらく互いの顔を見ていたが
「正面から制圧するのは得意だが、今回は卿の術の方が優位であろう。是非もない」
アウレールはひらひらと手を振って走り始めた。
●初手
それはそれは地獄の様相だった。
「ほら、がーんばれ、がーんばれ♪」
上の服を脱いで自分の腹に焼き鏝を当てようとするクリームヒルトと、それをはやし立てる男ども。
ギュントは血の海に倒れ、同じように血だらけのテミスとメルツェーデスは馬のりされてうめき声を上げていた。
それを見た瞬間、毛が逆立つのがエアルドフリスはわかった。なすすべもなく蹂躙される暴力の景色は、残念なことに忘れかけていたものを思い出させた。
「……ゴミクズどもめ」
逆立った毛が急速に濡れそぼり顔に張り付く。瞳孔には存在しない嵐のような雨が映り込んでいた。
「姫様……」
美沙樹は普段使っているブレードから手を放し、もう一振りに手をかけ直した。ボラの一族として、同じ災厄の名前を関するこちらの剣はあまり使いたいとも思わなかった。だが、今はその凶刃の力が必要だった。
「……まだですか」
歯噛みしながらリラは小さくトランシーバーに声をかけた。
「落ち着いて」
「……まだ救うべき命があるもの」
リアリュールはそう付け加えると、外階段を上るアウレールの姿が大きく揺らめき始めるのを見上げた。
天より振り落ちる炎ね。
星物語の一節を思い出しながら、リアリュールも髪の色を銀から虹色に変えつつ、裏手の方に回る。
その移動中も壁伝いに感じる、風に交じった体熱、動きによる微かな振動を映像として頭の中に像として生み出した。
「使用人の部屋に……1人いる」
「あら、そう。じゃあアウレール。悪いけど、すぐ降りてきて。残りはこっちよ」
反対側から建物を回り込んで、厨房の勝手口に到着したカーミンの声がトランシーバーから聞こえた。
「やっぱ焼いてさっさと不要なものは処分、ってところね」
男たち総出で派手にまき散らされる油と食材、それから他の部屋で得たのだろう紙や藁。
……それから爆薬。
勝手口の階段の影にそっと気づかれぬように設置された爆薬をみてカーミンは鼻を鳴らした。誰が置いたかは知らないが、襲撃者ならこんな巧妙に隠す必要はなかろうし、手元に置いてあるはずだ。
つまり……あの男たちも不要品ということだ。
「イヤになるわ……同族嫌悪かしらね」
カーミンはぼそりとつぶやいた。
●初動
「3・2……1…」
カーミンの合図でそれは始まった。
「空、風、樹、地、結ぶは水。天地均衡の下、巡れ」
エアルドフリスはおもむろに堕杖とエムブレムナイフを十字に交差させて詠唱を始めた。そして灰色の瞳をゆっくりと開け、交差した二本の術具でゆるりと円を描いた。
「円環の裡に万物は巡る。理の護り手にして旅人たる月、我が言霊を御身が雫と為し給え」
ざぁっ。
見えない雨が一瞬だけ具現化した瞬間、叩きつけるような激しさを見せた。その異変にメルツェーデスを襲っていた男が気づく。
「あ」
何を言いたかったのか。雨煙はたちまち男の声も意識も包み込み、薄青の煙に閉じ込めてしまった。
「ちっ、ハンターがもう戻ってきたのか」
焼き鏝を渡した男も倒れた。
敵の猟撃士は魔法の煙にぐっと歯を食いしばり、抵抗の意志を露にする。
「寝るわけにゃ……」
貴様の浮き藻のような意識など刈り取ってくれる。
エアルドフリスの目がさらに厳しくなる。
「寝るわけにゃ、いかねぇ」
もはや息をする余地もないくらいの雨霧の中ですら、猟撃士はひたすら耐えきった。
霧が、晴れる。
勝った。猟撃士は目を見開いた。
「円環が等しく巡り 腥風散らし荒ぶる徒を凪の渕に誘うように 追風よ」
エアルドフリスの唇から、弟子の言葉が漏れると、その見開いた目、耳に、渦を巻くようにして消えかかった魔力の煙が舞い戻ってくる。
「勝ったぞぉ。だらしない魔術師め、ハハハハハハハ」
ぐしゃり。
その顔面が床にたたきつけられ脳漿をまき散らして男は絶命したが、幸いなことにそれに気づくことはなかった。彼の意識は雨の中に封じられて戻ることはなかったのだから。
「ああああああっっっっ!!」
リラは猟撃士の頭を叩き潰した後、猛虎のごとく四肢を使って跳ねると焼き鏝を渡した男に飛びかかった。
気迫のこもった一撃は胸を叩き潰し、男の服を血に染めた。
「これだけの狼藉、お覚悟ください」
続いてメルツェーデスを襲っていた男の頭をカラドボルグとレーヴァテインので十字に割った美沙樹が歩みだし、ロビーの奥の方で待機していた男たちをにらみつけた。
「あーあ、てめえがノロマだからっ」
まともに戦って勝ち目はないと踏んだのだろう。向けられた銃口はハンターではなくクリームヒルトだった。
「姫様っ」
美沙樹が飛び出すよりも早く銃口はしっかりとクリームヒルトに固まっていた。
が、次の瞬間。
私の大事なクリームヒルト。悲しませる奴は許さない。汚い手で触れたら、この手で引き裂いてやる。
黒獅子の眼光が不意に映り込んで男は一瞬だけひるんだ。
その一瞬だけで美沙樹には十分だった。一気に間合いを詰めた美沙樹のレーヴァテインが拳銃を跳ね上げ、そしてカラドボルグの雷光をまとった刃が風と共に閃いた。
「天誅!!!」
落雷のような音と共に、男は絶命した。
「襲撃かっ」
油を撒いていた男が派手な音を聞きつけてロビーへと移動する眼前にカーミンが飛び込むように姿を現し、その手首を切り裂いた。
「なっ」
一撃で殺せなかったか。さすがは覚醒者。カーミンはすうっと目を細めたが、そのまま次の呼吸時にはもう扉から離れていた。
「覚醒者が放火の準備とは……そちらの指揮官の頭は無能が過ぎるな」
闘狩人の真後ろで振りかぶったアウレールが呆れたように話しかけ、慌てて振り返ったその顔にノートゥングを叩きつけた。その一撃は兜をも両断し、ついでにカーミンが一瞬だけ行く手を防いだロビーへの扉も真っ二つに切り裂いて捨てた。
「ひぐっ」
厨房の奥で男が悲鳴を上げた。使用人を人質にして逃れようという魂胆なのだろうが、その喉元にはすでにカーミンの手裏剣が投げつけられていた。そしてカーミンは後を追うように弧を描いて空中から降り落ち『踏みつぶす』と、その柔らかいバネを使って再び天井空間へと舞い上がると、まるで妖精のようにして赤い赤い花をそこかしこに咲かせた。
「知り合いだった?」
全てが終わった後カーミンは闘狩人の死体を覗くアウレールに尋ねたが当然、生身の頭部も後ろの扉同様であり、元の形を頭の中でつないでも、思うようにはならない。
「……顔の見覚えがあるかと思ったが、判別がつかんな。そっちは……」
アウレールはため息まじりに振り返ると、そこも血風渦巻くひどい有様だった。残った非覚醒者の人間は残らず千々に舞う花びらのように寸断されて飛んでいた。
「ダメか」
「雑魚なんて、顔を覚えるだけ無駄ってもんじゃない?」
顔に着いた血しぶきを拭い去るアウレールにカーミンはかぶりを振った。
「一理ある。ギュントかその上司の差し金かとも思ったが、違うようだ。まあ捨て駒なのだろうな」
「同感だけど、さて誰の、どんな目的なのかは気になるところね」
一人でも残っておいてもらえると嬉しいのだが。そうすれば焼き鏝を使ってでもじっくり話をしたいところだ。
アウレールはそう思ったが、ロビーから追加で厨房の彩りを追加でくわえられたことを目にすると、その望みを諦めて嘆息した。
その頃リアリュールは使用人の部屋の窓にいた。探していた残りの覚醒者は、使用人の喉元を切り開き、小さな機械のようなものをねじこもうとして手にしているのがみえた。
「爆弾……かしら。それとも盗聴器」
なるほど、それで別室に聖導士が必要なのか。
ヒールで蓋をしてしまえば、そう簡単には取れなくなるだろう。
「こうでもして手に入れたい何かがあるのかしら」
羊飼いの村の時もそうだった。ガルカヌンクの制圧の時も。クリームヒルトの周りでは不穏が靄のようにして巻き付いている。悪人達には手を変え品を変えしてでも手に入れたい魅力がクリームヒルトにはあるのだろう。とはいえリアリュールも何度か彼女と面会したことはあるが、姫という血筋も今はほとんど意味をなさないし、彼女自身もそれを利用しようとアピールするところはない。
それとも……。
と、思考を巡らせながら、窓辺からそっと弓矢を引き絞っていたところ、予想よりやや早くロビーから争う声が聞こえた。
聖導士が顔色を変えた瞬間を見逃さず、すかさず3本の矢を放った。それはそれぞれの手を貫き、もう一本は脛を射抜いて、床に縫い留めた。
「ぐっ」
スマホで共有されたアラームが鳴り響くが、貫かれた両手ではそれを止めることも、使用人を潰すこともできない。できることはといえば矢を飛ばしたリアリュールの姿を探すくらい。
しかしリアリュールの姿はもう目の前にいた。瞳孔が収縮して遠近感を合わせる頃にはもうその目は押し込まれた矢の一撃で使い物にならなくなっていた。
「目が、目がぁぁぁぁ」
悲鳴を上げながらも、聖導士の体が光り、すぐさま治療にあたるのは理解していた。
リアリュールは言葉もなく、その胴に潜り込むと使用人を庇うようにしてひきはがすと聖導士に蹴りを加えた。
もんどりうった瞬間、突き刺さったままの矢がさらに内部をえぐり、聖導士をのたうちまわらせた。ヒールしなければもう少し安楽でいられただろうに。リアリュールは静かなる狩人。その姿も音も気取らせぬまま、聖導士を完全に仕留めた。
「大丈夫?」
リアリュールは使用人にヒーリングポーションを使った。
●
「テミスさんっ、テミスさん」
血が止まらない。猟撃士が弄んだせいもあるだろう。リラは必死になってアウレールがリペアキットを使用する間、呼びかけ続けてきた。
「聖導士がヒールを使えれば一番手っ取り早かったのだがな」
一般人の重体にリペアキットがどこまで活躍してくれるか、アウレールも自信があるわけではなかった。
肝心の聖導士はと言えば。
「なに、難しい事を聞くつもりはないさ。ただ一つ、あんた達にこんなことをさせたのは誰か、それだけ言ってくれればいい」
聖導士のスキルが完全に使い切ったのを確認したエアルドフリスはそっと足の爪にエンブレムナイフを差し込んだ。
「誰だ?」
ぺしっ
軽い音と共に爪が割れて血が垂れると聖導士は悲鳴を上げた。
「俺は薬師だ。化膿せんようにしてやるから安心してくれて構わんよ」
エアルドフリスの灰色の目が今日は深い闇の色をしていた。
「エアルドフリス様、お止めくださいな。テミス様まで悪い影響が起きますし、それ以上は……あなたが深淵に堕ちてしまいますわ」
「テミス嬢に悪い影響を与えるのは目的ではないが、なぁに深淵はよく歩いたものさ」
美沙樹が止めてもエアルドフリスにその気はなかった。
深淵の魔術師の姿勢がとうとう聖導士の心を折ったらしい。そのまま答える前に聖導士は沈黙してしまった。
「……やりすぎたな」
「構わんよ。目を覚ましたらもう一度やってやるだけさ」
アウレールが溜め息をついてもエアルドフリスは気にした素振りもしなかったが、リアリュールからもらったヒーリングポーションで回復したギュントがそれを止めた。
「助けてくれた恩人をアネプリーベに送るのは忍びない。この事件は報告して上でやってもらおう」
「ギュント、お前知ってたのではあるまいな」
自分たちが直接真実を得る機会を失うことに対してアウレールは目を光らせた。
「知ってたらもう少し痛くない役割をしてたよ。……ただこれからどうなるかは予想がつく」
ギュントはちらりとテミスの介護に回っているクリームヒルトを見ると同時に、こちらとも目が合った。
「テミスさんの心音が!」
リラは必死になって心臓マッサージをする。
生きて、生きて。もう一度歌おうよ。
「テミスさんっ」
リラの呼び声に一瞬だけ彼女の体が緑に光った。
様々な薬草が成長したかと思うと、その光はぱっと散り散りテミスの体に降り注いだ。
「う……ぅ」
「テミスさんっ」
クリームヒルトがリラが美沙樹が、一斉に呼びかけ彼女を抱きしめた。
「ごめんなさい、私の為に……」
クリームヒルトは優しくそう言うと全員の顔を見回した。
「……ありがとうございます。帝国の皆が幸せに暮らせることが私の仕事ですが、その為にまずやることができました」
ヴルツァライヒの息の音を止める。
クリームヒルトはそう宣言した。
銃声が背後で鳴り響いた直後、ハンター達はもう、それぞれの武器を抜き放っていた。
「護衛の目をかいくぐられたか……!」
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)はすぐさま視線を左右に振って、襲撃を警戒したが正面から争う声が聞こえるばかりで、こちらには何もやってこない。
「こちらを襲ってこないということは人質をとってカタをつけるつもりか」
「ハンター相手に……? 下策もいいとこじゃない」
馬鹿なんだろうか。
それとも、もっと切羽詰まってる?
カーミン・S・フィールズ(ka1559)は真っ先に飛び出ようとするリラ(ka5679)の肩を掴んで止めた。
「なんで止めるんですかっ」
リラの顔は真っ青だった。メルツェーデスの甲高い悲鳴や打撲音がここまで響いてくるのだから、その方が当然だ。
「敵は……複数よ。覚醒者のギュントもいるのに、攻勢は一方的。他にも使用人がいたはずだし、状況が分からない。突撃はクリームヒルトさんの身をかえって危うくするかも」
食って掛かるリラに応えたのはリアリュール(ka2003)だった。おっとりとした顔つきは変わらないがその長い耳に意識を集中させていることがわかる。
「待てっこありませんわ。義を見てせざるは勇無きなり。一秒とて待てるものではありません」
姫様、メルツェーデスさん、ベント伯。彼らが悲鳴を上げているのに様子を見てからだなんて。その怒気を孕んだ音羽 美沙樹(ka4757)の冷たい顔を見てエアルドフリス(ka1856)は点けたばかりパイプの中身を捨てて元のバッグに戻した。
「仕方ない。手分けしよう、リラ、ミサキはクリームヒルト嬢とその周辺を」
「そうね、縁のある人のところへは行ってあげるといいわ。私と、誰か。他の場所の偵察と制圧、してくれる?」
「私も上に行きます」
後はアウレールとエアルドフリス。二人はしばらく互いの顔を見ていたが
「正面から制圧するのは得意だが、今回は卿の術の方が優位であろう。是非もない」
アウレールはひらひらと手を振って走り始めた。
●初手
それはそれは地獄の様相だった。
「ほら、がーんばれ、がーんばれ♪」
上の服を脱いで自分の腹に焼き鏝を当てようとするクリームヒルトと、それをはやし立てる男ども。
ギュントは血の海に倒れ、同じように血だらけのテミスとメルツェーデスは馬のりされてうめき声を上げていた。
それを見た瞬間、毛が逆立つのがエアルドフリスはわかった。なすすべもなく蹂躙される暴力の景色は、残念なことに忘れかけていたものを思い出させた。
「……ゴミクズどもめ」
逆立った毛が急速に濡れそぼり顔に張り付く。瞳孔には存在しない嵐のような雨が映り込んでいた。
「姫様……」
美沙樹は普段使っているブレードから手を放し、もう一振りに手をかけ直した。ボラの一族として、同じ災厄の名前を関するこちらの剣はあまり使いたいとも思わなかった。だが、今はその凶刃の力が必要だった。
「……まだですか」
歯噛みしながらリラは小さくトランシーバーに声をかけた。
「落ち着いて」
「……まだ救うべき命があるもの」
リアリュールはそう付け加えると、外階段を上るアウレールの姿が大きく揺らめき始めるのを見上げた。
天より振り落ちる炎ね。
星物語の一節を思い出しながら、リアリュールも髪の色を銀から虹色に変えつつ、裏手の方に回る。
その移動中も壁伝いに感じる、風に交じった体熱、動きによる微かな振動を映像として頭の中に像として生み出した。
「使用人の部屋に……1人いる」
「あら、そう。じゃあアウレール。悪いけど、すぐ降りてきて。残りはこっちよ」
反対側から建物を回り込んで、厨房の勝手口に到着したカーミンの声がトランシーバーから聞こえた。
「やっぱ焼いてさっさと不要なものは処分、ってところね」
男たち総出で派手にまき散らされる油と食材、それから他の部屋で得たのだろう紙や藁。
……それから爆薬。
勝手口の階段の影にそっと気づかれぬように設置された爆薬をみてカーミンは鼻を鳴らした。誰が置いたかは知らないが、襲撃者ならこんな巧妙に隠す必要はなかろうし、手元に置いてあるはずだ。
つまり……あの男たちも不要品ということだ。
「イヤになるわ……同族嫌悪かしらね」
カーミンはぼそりとつぶやいた。
●初動
「3・2……1…」
カーミンの合図でそれは始まった。
「空、風、樹、地、結ぶは水。天地均衡の下、巡れ」
エアルドフリスはおもむろに堕杖とエムブレムナイフを十字に交差させて詠唱を始めた。そして灰色の瞳をゆっくりと開け、交差した二本の術具でゆるりと円を描いた。
「円環の裡に万物は巡る。理の護り手にして旅人たる月、我が言霊を御身が雫と為し給え」
ざぁっ。
見えない雨が一瞬だけ具現化した瞬間、叩きつけるような激しさを見せた。その異変にメルツェーデスを襲っていた男が気づく。
「あ」
何を言いたかったのか。雨煙はたちまち男の声も意識も包み込み、薄青の煙に閉じ込めてしまった。
「ちっ、ハンターがもう戻ってきたのか」
焼き鏝を渡した男も倒れた。
敵の猟撃士は魔法の煙にぐっと歯を食いしばり、抵抗の意志を露にする。
「寝るわけにゃ……」
貴様の浮き藻のような意識など刈り取ってくれる。
エアルドフリスの目がさらに厳しくなる。
「寝るわけにゃ、いかねぇ」
もはや息をする余地もないくらいの雨霧の中ですら、猟撃士はひたすら耐えきった。
霧が、晴れる。
勝った。猟撃士は目を見開いた。
「円環が等しく巡り 腥風散らし荒ぶる徒を凪の渕に誘うように 追風よ」
エアルドフリスの唇から、弟子の言葉が漏れると、その見開いた目、耳に、渦を巻くようにして消えかかった魔力の煙が舞い戻ってくる。
「勝ったぞぉ。だらしない魔術師め、ハハハハハハハ」
ぐしゃり。
その顔面が床にたたきつけられ脳漿をまき散らして男は絶命したが、幸いなことにそれに気づくことはなかった。彼の意識は雨の中に封じられて戻ることはなかったのだから。
「ああああああっっっっ!!」
リラは猟撃士の頭を叩き潰した後、猛虎のごとく四肢を使って跳ねると焼き鏝を渡した男に飛びかかった。
気迫のこもった一撃は胸を叩き潰し、男の服を血に染めた。
「これだけの狼藉、お覚悟ください」
続いてメルツェーデスを襲っていた男の頭をカラドボルグとレーヴァテインので十字に割った美沙樹が歩みだし、ロビーの奥の方で待機していた男たちをにらみつけた。
「あーあ、てめえがノロマだからっ」
まともに戦って勝ち目はないと踏んだのだろう。向けられた銃口はハンターではなくクリームヒルトだった。
「姫様っ」
美沙樹が飛び出すよりも早く銃口はしっかりとクリームヒルトに固まっていた。
が、次の瞬間。
私の大事なクリームヒルト。悲しませる奴は許さない。汚い手で触れたら、この手で引き裂いてやる。
黒獅子の眼光が不意に映り込んで男は一瞬だけひるんだ。
その一瞬だけで美沙樹には十分だった。一気に間合いを詰めた美沙樹のレーヴァテインが拳銃を跳ね上げ、そしてカラドボルグの雷光をまとった刃が風と共に閃いた。
「天誅!!!」
落雷のような音と共に、男は絶命した。
「襲撃かっ」
油を撒いていた男が派手な音を聞きつけてロビーへと移動する眼前にカーミンが飛び込むように姿を現し、その手首を切り裂いた。
「なっ」
一撃で殺せなかったか。さすがは覚醒者。カーミンはすうっと目を細めたが、そのまま次の呼吸時にはもう扉から離れていた。
「覚醒者が放火の準備とは……そちらの指揮官の頭は無能が過ぎるな」
闘狩人の真後ろで振りかぶったアウレールが呆れたように話しかけ、慌てて振り返ったその顔にノートゥングを叩きつけた。その一撃は兜をも両断し、ついでにカーミンが一瞬だけ行く手を防いだロビーへの扉も真っ二つに切り裂いて捨てた。
「ひぐっ」
厨房の奥で男が悲鳴を上げた。使用人を人質にして逃れようという魂胆なのだろうが、その喉元にはすでにカーミンの手裏剣が投げつけられていた。そしてカーミンは後を追うように弧を描いて空中から降り落ち『踏みつぶす』と、その柔らかいバネを使って再び天井空間へと舞い上がると、まるで妖精のようにして赤い赤い花をそこかしこに咲かせた。
「知り合いだった?」
全てが終わった後カーミンは闘狩人の死体を覗くアウレールに尋ねたが当然、生身の頭部も後ろの扉同様であり、元の形を頭の中でつないでも、思うようにはならない。
「……顔の見覚えがあるかと思ったが、判別がつかんな。そっちは……」
アウレールはため息まじりに振り返ると、そこも血風渦巻くひどい有様だった。残った非覚醒者の人間は残らず千々に舞う花びらのように寸断されて飛んでいた。
「ダメか」
「雑魚なんて、顔を覚えるだけ無駄ってもんじゃない?」
顔に着いた血しぶきを拭い去るアウレールにカーミンはかぶりを振った。
「一理ある。ギュントかその上司の差し金かとも思ったが、違うようだ。まあ捨て駒なのだろうな」
「同感だけど、さて誰の、どんな目的なのかは気になるところね」
一人でも残っておいてもらえると嬉しいのだが。そうすれば焼き鏝を使ってでもじっくり話をしたいところだ。
アウレールはそう思ったが、ロビーから追加で厨房の彩りを追加でくわえられたことを目にすると、その望みを諦めて嘆息した。
その頃リアリュールは使用人の部屋の窓にいた。探していた残りの覚醒者は、使用人の喉元を切り開き、小さな機械のようなものをねじこもうとして手にしているのがみえた。
「爆弾……かしら。それとも盗聴器」
なるほど、それで別室に聖導士が必要なのか。
ヒールで蓋をしてしまえば、そう簡単には取れなくなるだろう。
「こうでもして手に入れたい何かがあるのかしら」
羊飼いの村の時もそうだった。ガルカヌンクの制圧の時も。クリームヒルトの周りでは不穏が靄のようにして巻き付いている。悪人達には手を変え品を変えしてでも手に入れたい魅力がクリームヒルトにはあるのだろう。とはいえリアリュールも何度か彼女と面会したことはあるが、姫という血筋も今はほとんど意味をなさないし、彼女自身もそれを利用しようとアピールするところはない。
それとも……。
と、思考を巡らせながら、窓辺からそっと弓矢を引き絞っていたところ、予想よりやや早くロビーから争う声が聞こえた。
聖導士が顔色を変えた瞬間を見逃さず、すかさず3本の矢を放った。それはそれぞれの手を貫き、もう一本は脛を射抜いて、床に縫い留めた。
「ぐっ」
スマホで共有されたアラームが鳴り響くが、貫かれた両手ではそれを止めることも、使用人を潰すこともできない。できることはといえば矢を飛ばしたリアリュールの姿を探すくらい。
しかしリアリュールの姿はもう目の前にいた。瞳孔が収縮して遠近感を合わせる頃にはもうその目は押し込まれた矢の一撃で使い物にならなくなっていた。
「目が、目がぁぁぁぁ」
悲鳴を上げながらも、聖導士の体が光り、すぐさま治療にあたるのは理解していた。
リアリュールは言葉もなく、その胴に潜り込むと使用人を庇うようにしてひきはがすと聖導士に蹴りを加えた。
もんどりうった瞬間、突き刺さったままの矢がさらに内部をえぐり、聖導士をのたうちまわらせた。ヒールしなければもう少し安楽でいられただろうに。リアリュールは静かなる狩人。その姿も音も気取らせぬまま、聖導士を完全に仕留めた。
「大丈夫?」
リアリュールは使用人にヒーリングポーションを使った。
●
「テミスさんっ、テミスさん」
血が止まらない。猟撃士が弄んだせいもあるだろう。リラは必死になってアウレールがリペアキットを使用する間、呼びかけ続けてきた。
「聖導士がヒールを使えれば一番手っ取り早かったのだがな」
一般人の重体にリペアキットがどこまで活躍してくれるか、アウレールも自信があるわけではなかった。
肝心の聖導士はと言えば。
「なに、難しい事を聞くつもりはないさ。ただ一つ、あんた達にこんなことをさせたのは誰か、それだけ言ってくれればいい」
聖導士のスキルが完全に使い切ったのを確認したエアルドフリスはそっと足の爪にエンブレムナイフを差し込んだ。
「誰だ?」
ぺしっ
軽い音と共に爪が割れて血が垂れると聖導士は悲鳴を上げた。
「俺は薬師だ。化膿せんようにしてやるから安心してくれて構わんよ」
エアルドフリスの灰色の目が今日は深い闇の色をしていた。
「エアルドフリス様、お止めくださいな。テミス様まで悪い影響が起きますし、それ以上は……あなたが深淵に堕ちてしまいますわ」
「テミス嬢に悪い影響を与えるのは目的ではないが、なぁに深淵はよく歩いたものさ」
美沙樹が止めてもエアルドフリスにその気はなかった。
深淵の魔術師の姿勢がとうとう聖導士の心を折ったらしい。そのまま答える前に聖導士は沈黙してしまった。
「……やりすぎたな」
「構わんよ。目を覚ましたらもう一度やってやるだけさ」
アウレールが溜め息をついてもエアルドフリスは気にした素振りもしなかったが、リアリュールからもらったヒーリングポーションで回復したギュントがそれを止めた。
「助けてくれた恩人をアネプリーベに送るのは忍びない。この事件は報告して上でやってもらおう」
「ギュント、お前知ってたのではあるまいな」
自分たちが直接真実を得る機会を失うことに対してアウレールは目を光らせた。
「知ってたらもう少し痛くない役割をしてたよ。……ただこれからどうなるかは予想がつく」
ギュントはちらりとテミスの介護に回っているクリームヒルトを見ると同時に、こちらとも目が合った。
「テミスさんの心音が!」
リラは必死になって心臓マッサージをする。
生きて、生きて。もう一度歌おうよ。
「テミスさんっ」
リラの呼び声に一瞬だけ彼女の体が緑に光った。
様々な薬草が成長したかと思うと、その光はぱっと散り散りテミスの体に降り注いだ。
「う……ぅ」
「テミスさんっ」
クリームヒルトがリラが美沙樹が、一斉に呼びかけ彼女を抱きしめた。
「ごめんなさい、私の為に……」
クリームヒルトは優しくそう言うと全員の顔を見回した。
「……ありがとうございます。帝国の皆が幸せに暮らせることが私の仕事ですが、その為にまずやることができました」
ヴルツァライヒの息の音を止める。
クリームヒルトはそう宣言した。
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依頼相談掲示板 | |||
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質問卓 エアルドフリス(ka1856) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2018/09/21 00:58:29 |
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30秒で救出卓【相談】 エアルドフリス(ka1856) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2018/09/25 14:35:51 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/09/20 07:38:33 |