ゲスト
(ka0000)
【研キ】切離
マスター:石田まきば

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/12/13 07:30
- 完成日
- 2018/12/26 19:03
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●迎撃依頼「組成」
「大峡谷から、強い負のマテリアルを感知した」
その報はエルフハイムからのもの。
それが徐々に峡谷の深い場所から登ってきているらしく、森へと近づいてくるのではないか……というのが感知した高位巫女フュネの言である。
大峡谷と言えば最奥にあるエバーグリーンへの転移門がある場所だが、それよりは浅い――それでも十分に深い――あたりまでが彼女の感知範囲の限界である。
予想が正しい場合、目的はマーフェルス寄りのブラットハイムだろうか。そもそも、最終的に最奥地オプストハイムを目指している可能性もあるのだが。
まだ見ぬ歪虚らしき存在への対処の為、ハンターズソサエティは8名のハンターへと声をかけた。
それは、少しでも土地勘のある者達に手を貸してほしいという、エルフハイム側の意向があったからである。
勿論、その歪虚がヴォールに関係する可能性が高い、というのは依頼人も、ハンター達も、そして仲介しているハンターズソサエティも考えていた事なのだが。
「ハンター達が来るまでに、少しでも情報が得られるよう、偵察は行っておく」
その言葉があったからかどうかは、知らないけれど……
●だけでは終わらなかった
その伝話を受けたのがフクカンなのは、ただの偶然だった。
「あっ、先ほどの依頼に追加情報ですか? ご依頼通り、先日と同じハンターさん達に招集はかけてありますよ!」
先んじて届けられている、エルフハイムでの警戒・迎撃依頼の話はフクカンの元にも伝えられていた。
早くも新情報があったのだろうと、伝話を持っていない手でメモを用意する。受付業務をすることもあるので、そのあたり徹底している……タングラムの世話ばかりが目立っていて、あまり見かけることがないだけだ。
「えっ、それとは別ですか? ……なるほど、別の依頼とするんですね」
長老からの伝話というのはいささか緊張する、なんて思っている余裕はすぐになくなった。表情を引き締めて、今度は依頼の為の情報を聞き出していく。
「はい、はい……襲撃してくる数が想定以上なので、追加で……作戦上班を分ける感じに……」
必要事項をメモしながら、ただ相槌をうって続きを促す。
「敵の数が……えっ、ひゃ、ひゃく!?」
「どうしたんだい?」
ここ最近は帝国内の各地を巡る仕事を請け負っていたシャイネだが、今は期間限定でケーキ屋の店長をやるからとリゼリオに戻ってきている。時折マーフェルスに在庫補充のために出たりはするが、基本的には店頭で詩うのがお仕事だ。
(これ見て下さい、これ)
まだ伝話中のフクカンが、手元のメモを指し示す。デバイスの表示部分を大きくすることでシャイネにもよく見えるようにしていた。
「どれどれ……?」
先日兄の足跡が見つかり、また近々動き出すのだろうという話は聞いていた。
その時に対応したハンター達をもう一度呼び出して、負のマテリアルを感じた現地に調査へと向かわせ、必要に応じて迎撃もしくは討伐……という話が、ひとつ目の依頼。
今はふたつ目となる依頼の情報が表示され始めている。
・偵察として警備隊の数名を大峡谷の近くまで送り込んだ結果、歪虚の集合体を発見。強い負のマテリアルはこの集合体……群れによるものと判断
・望遠により、歪虚の群は剣機系と判明、アラクネ型にリンドヴルムを思わせる羽根がついており、飛行も出来る模様
・球のような立方体のような状態を維持しながら移動しており全体を見通すのは難しいが、およそ百体と推測される
・密集しているわけではない為、中心部らしき場所の垣間見に成功。フードを被ったような人影をのせた剣機を視認
・これまでの情報と状況を考えるに、ヴォール率いる剣機群と判断し、撤退
「……あの人は、答えを見つけたということなのかな」
決定的に兄の名が出たことで、ぽつりとシャイネの声が零れた。
「シャイネさん、お店の方を誰かに代わってもらうこととか……」
伝話を終えたフクカンがそっと声をかける。
「いいや、僕はこの仕事を放り出すわけにはいかないよ?」
僕の詩の代わりなんてできないだろう? なんて茶化すような声音で。
「……でも、向かう子達の手伝いはさせてもらっていいかな、フクカン君」
ほんの少し眉が下がったようすは普段見ない表情だ。
「それは勿論です! 私ではわからないこともあると思いますし!」
それじゃあ……まずは手続き、大急ぎですすめますね!
●緊急依頼「切離」と迎撃依頼「組成」
敵群の足がそう早くないことと、大峡谷から森までの距離を考え、二班構成……本隊と分隊による作戦が決められた。
本隊は先に集められている8名、そして分隊緊急依頼の形で集められた25名のことである。
まずは分隊が歪虚の群の元へと急行し、移動する群の外殻、ヴォールの周囲を護っている歪虚達を減らす事に従事する。敵の目的は定かではないが、敵親玉の経歴と、移動の方角を考えればエルフハイムへ向かってきているのは間違いない。戦闘状態になっているとしても敵軍は前進を止めないと予想される。そのため分隊のハンター達は併走手段も考慮しなければならない。
本隊は森の前で待機。ヴォールの乗る指揮機を叩くことを最優先とする。倒せるのが確かに最善だが、彼が目的としているだろう何かを止め、敵に撤退を判断させられればエルフハイムの平穏は守られる。
帝国は今、ラズビルナム遺跡から発射されたソードオブジェクト達、そしてリヴァイアサンの対応に追われ人手が少なく、またこの襲撃が緊急状態過ぎて、援軍は望めない。
エルフハイムもそちらに浄化術の巫女達や一部の警備隊も提供しており、常より手薄な状態だ。最低限の警備の者達を除くと……ある程度のサポートが可能な者達しか集めることが出来ない。
だからこそ、分隊の目標は「本隊をなるべく早くヴォールの元へ導くこと」。
本隊の目標は、「敵の狙いを失敗させること」。
そう、定められている。
それが次の機会へ後回しにしただけだとしても。それまでの一時的な凌ぎとなるだけだったとしても、依頼としては、達成されたことになるのだ。
「大峡谷から、強い負のマテリアルを感知した」
その報はエルフハイムからのもの。
それが徐々に峡谷の深い場所から登ってきているらしく、森へと近づいてくるのではないか……というのが感知した高位巫女フュネの言である。
大峡谷と言えば最奥にあるエバーグリーンへの転移門がある場所だが、それよりは浅い――それでも十分に深い――あたりまでが彼女の感知範囲の限界である。
予想が正しい場合、目的はマーフェルス寄りのブラットハイムだろうか。そもそも、最終的に最奥地オプストハイムを目指している可能性もあるのだが。
まだ見ぬ歪虚らしき存在への対処の為、ハンターズソサエティは8名のハンターへと声をかけた。
それは、少しでも土地勘のある者達に手を貸してほしいという、エルフハイム側の意向があったからである。
勿論、その歪虚がヴォールに関係する可能性が高い、というのは依頼人も、ハンター達も、そして仲介しているハンターズソサエティも考えていた事なのだが。
「ハンター達が来るまでに、少しでも情報が得られるよう、偵察は行っておく」
その言葉があったからかどうかは、知らないけれど……
●だけでは終わらなかった
その伝話を受けたのがフクカンなのは、ただの偶然だった。
「あっ、先ほどの依頼に追加情報ですか? ご依頼通り、先日と同じハンターさん達に招集はかけてありますよ!」
先んじて届けられている、エルフハイムでの警戒・迎撃依頼の話はフクカンの元にも伝えられていた。
早くも新情報があったのだろうと、伝話を持っていない手でメモを用意する。受付業務をすることもあるので、そのあたり徹底している……タングラムの世話ばかりが目立っていて、あまり見かけることがないだけだ。
「えっ、それとは別ですか? ……なるほど、別の依頼とするんですね」
長老からの伝話というのはいささか緊張する、なんて思っている余裕はすぐになくなった。表情を引き締めて、今度は依頼の為の情報を聞き出していく。
「はい、はい……襲撃してくる数が想定以上なので、追加で……作戦上班を分ける感じに……」
必要事項をメモしながら、ただ相槌をうって続きを促す。
「敵の数が……えっ、ひゃ、ひゃく!?」
「どうしたんだい?」
ここ最近は帝国内の各地を巡る仕事を請け負っていたシャイネだが、今は期間限定でケーキ屋の店長をやるからとリゼリオに戻ってきている。時折マーフェルスに在庫補充のために出たりはするが、基本的には店頭で詩うのがお仕事だ。
(これ見て下さい、これ)
まだ伝話中のフクカンが、手元のメモを指し示す。デバイスの表示部分を大きくすることでシャイネにもよく見えるようにしていた。
「どれどれ……?」
先日兄の足跡が見つかり、また近々動き出すのだろうという話は聞いていた。
その時に対応したハンター達をもう一度呼び出して、負のマテリアルを感じた現地に調査へと向かわせ、必要に応じて迎撃もしくは討伐……という話が、ひとつ目の依頼。
今はふたつ目となる依頼の情報が表示され始めている。
・偵察として警備隊の数名を大峡谷の近くまで送り込んだ結果、歪虚の集合体を発見。強い負のマテリアルはこの集合体……群れによるものと判断
・望遠により、歪虚の群は剣機系と判明、アラクネ型にリンドヴルムを思わせる羽根がついており、飛行も出来る模様
・球のような立方体のような状態を維持しながら移動しており全体を見通すのは難しいが、およそ百体と推測される
・密集しているわけではない為、中心部らしき場所の垣間見に成功。フードを被ったような人影をのせた剣機を視認
・これまでの情報と状況を考えるに、ヴォール率いる剣機群と判断し、撤退
「……あの人は、答えを見つけたということなのかな」
決定的に兄の名が出たことで、ぽつりとシャイネの声が零れた。
「シャイネさん、お店の方を誰かに代わってもらうこととか……」
伝話を終えたフクカンがそっと声をかける。
「いいや、僕はこの仕事を放り出すわけにはいかないよ?」
僕の詩の代わりなんてできないだろう? なんて茶化すような声音で。
「……でも、向かう子達の手伝いはさせてもらっていいかな、フクカン君」
ほんの少し眉が下がったようすは普段見ない表情だ。
「それは勿論です! 私ではわからないこともあると思いますし!」
それじゃあ……まずは手続き、大急ぎですすめますね!
●緊急依頼「切離」と迎撃依頼「組成」
敵群の足がそう早くないことと、大峡谷から森までの距離を考え、二班構成……本隊と分隊による作戦が決められた。
本隊は先に集められている8名、そして分隊緊急依頼の形で集められた25名のことである。
まずは分隊が歪虚の群の元へと急行し、移動する群の外殻、ヴォールの周囲を護っている歪虚達を減らす事に従事する。敵の目的は定かではないが、敵親玉の経歴と、移動の方角を考えればエルフハイムへ向かってきているのは間違いない。戦闘状態になっているとしても敵軍は前進を止めないと予想される。そのため分隊のハンター達は併走手段も考慮しなければならない。
本隊は森の前で待機。ヴォールの乗る指揮機を叩くことを最優先とする。倒せるのが確かに最善だが、彼が目的としているだろう何かを止め、敵に撤退を判断させられればエルフハイムの平穏は守られる。
帝国は今、ラズビルナム遺跡から発射されたソードオブジェクト達、そしてリヴァイアサンの対応に追われ人手が少なく、またこの襲撃が緊急状態過ぎて、援軍は望めない。
エルフハイムもそちらに浄化術の巫女達や一部の警備隊も提供しており、常より手薄な状態だ。最低限の警備の者達を除くと……ある程度のサポートが可能な者達しか集めることが出来ない。
だからこそ、分隊の目標は「本隊をなるべく早くヴォールの元へ導くこと」。
本隊の目標は、「敵の狙いを失敗させること」。
そう、定められている。
それが次の機会へ後回しにしただけだとしても。それまでの一時的な凌ぎとなるだけだったとしても、依頼としては、達成されたことになるのだ。
リプレイ本文
●始まりは鮮やかに
百機のアラヴルムは、全てが駆け、跳び、飛行している。
ある意味で親とも呼べる一機を護るために、常に歪な群の中を流動している。
球に近い形を維持しながら、充分に統制された動きで。
ハンス・ラインフェルト(ka6750)の駆る魔導型デュミナスが放つクリスマスツリーが開戦の合図であり、またハンター達の存在を敵へと知らしめる合図となった。
まだ遠くに見える花火を眺める。まさに東方のもつ儚さと色香に満足を覚える。
「こんなときどう声をかけるのでしたか……」
リアルブルーの様式美を思い出しながら、もう一本のクリスマスツリーを構えた。
そう、まさかの二本立て。大盤振る舞いである。
アラヴルムの群の中に突っ込んでいった初撃は今もまだ色とりどりの花火を咲かせている。アラヴルム達は機械パーツもあり全体が黒っぽい。その周囲に鮮やかな花……サプライズに使うようなパーティーグッズみたいにも見えた。
「こういう面白グッズ、あった気がします」
奇しくも穂積 智里(ka6819)は似たようなことを考えていた。ペガサスの背に乗った彼女もハンスの近くから群を眺め、その数に改めて驚きの表情を浮かべていた。
二本目のクリスマスツリーが放たれる。
収束を見せていた花火の中を突き抜けていく追いクリスマスツリーが再び花火を展開していく。
まだ接近するに至っていないハンターは駆け寄りながら、配置につき敵を迎え撃つために見据えていたハンター達はじっくりと、花火の色どりに容赦なく魅せられる。
緊急依頼で態々これを用意した漢気を称えるべき……なのだろうか?
少なくとも、皆の緊急依頼に対する緊迫した空気は緩和されたので、効果はあったと思われる。
●接敵~左側面から正面左寄りまで~
大峡谷を臨みながらR7エクスシアでルギートゥスD5を構えているのは星野 ハナ(ka5852)である。輝く対の蒼は次の標的を捉えるため逸らされることがない。
(思っていたほど障害もありませんねぇ)
敵影が射程に入るのを待ち続ける間に、群の周囲へと展開した近接部隊の配置は把握している。その上で狙い通りの射線を確保しながら、敵が射程内に入るのを待った甲斐はあったと思う。群と近くなるまでは安定した姿勢で狙い撃てるこの場所は案外、悪くない。
「倒れてくれたらいいんですけどぉ」
留まらずに流動している様子は歪な塊ではあるものの規則性を感じさせる。だから一機が倒れれば後続を巻きこめるのではないかと期待しているのだ。
だから、狙うのは地を駆けており、先頭……つまりハナに近い場所の一機だ。常に移動しているならそれこそ脚を撃ち抜いてバランスを崩さないだろうかと考えていた。
「撃ちっぱなし、撃ち放題……女子力が疼きますよねぇ」
キャハ♪
その強い視線を見る者がいたなら、疼くのは女子力ではなく闘争心だと指摘が入った事だろう。
話し、笑っているのに、姿勢が全くブレない事も含めて。
ハナの射線を確認しながら、ルカ(ka0962)は同じ標的を狙う様にして無窮の弦を引き絞る。敵の位置が定まっていない以上、仲間との同時攻撃をすることの意味は大きい。少しでも各個撃破の確率が上がるように、そして前衛を担う者を巻きこまない様にと考えれば、併せられるような行動をする仲間の数は絞られてくる。
(せめて……一機ずつにより大きなダメージを……)
浅い負傷を幅広く振り分けるよりも、数を減らしやすくなるはずだ。
「ふふんふーん♪」
もうすぐ敵影が見えてくるはずだ。ゾファル・G・初火(ka4407)は鼻歌を歌いながら自身が持つ生体マテリアルをダルちゃんに籠め続ける。まばゆいばかりの輝きがダルちゃんに吸収され続けている。
自分自身で戦場を駆けられない、殴り合えないのは少しばかり残念な気もするが、その分対軍装備をブチかませる、それが許されるらしい死地の予感に奮える。
手応えはどれほどなのだろう。爽快感はきっとハンパないに違いない。
マテリアルを籠めながら走る今この時でさえ楽しくて仕方ない。ついさっきなんて、フテロマの状態チェックも三度ほど繰り返したくらいなのだから。
(あれは機械あれは機械……本物のクモじゃないから大丈夫……)
敵だからこそ見据えなければいけない。ぐるぐる眼鏡もこればかりは遮ってくれるわけがなくて、南條 真水(ka2377)は必死にホー之丞の背に掴まりながら自分の為の呪文を繰り返している。
ぎゅっとしがみつく手にはふかふかの羽毛。現実逃避に最適なそれがもたらす幸せな感触でどうにか蜘蛛型への拒否感を紛らわせた。
ユノの背から、まだ射程外の群を睨む。視界にそのものを認めたわけではないが、高瀬 未悠(ka3199)の虹彩がきらりと光る。ほんの少し、周囲と違う機械じみた羽根、その下部に居るだろう敵に向ける想いは強い決意を伴っている。
(お前との因縁に決着をつけたい人達がたくさんいるのよ)
組むと決めて共に居るシャーリーンもそのひとりだ、ちらりと様子を伺いながら、友人達の姿を思い浮かべる。少しでもその助けになるために未悠はこの地にやってきたから。
(そこから引きずり出してやるから覚悟なさい!)
キッと視線を群に戻して。猫耳も、ピンと立っていた。
(最高傑作、その言葉をどこまで信用していいのか)
シャーリーン・クリオール(ka0184)は敵機の外観をじっと見据えていた。これまでヴォールが繰り出してきた剣機系歪虚の記憶をたどりながら、それが試作なのか、完成品なのかを見極めようと考えていた。
はじまりをどこと定めるか決めるのは難しいが……楔が使われるようになってから、徐々に脚が増えていった……ような気がする。
(アラクネ型を大きく変えずに投入してきたわけだよな……)
未悠がマテリアルを練るそのタイミングに合わせてライフルを先頭集団に向ける。少しでも当たりやすくするように。それは先日の戦いで必要になった要素だから。
「ちぃ……!」
どうしても舌打ちを抑えられなかった。一度も二度も同じだと、キヅカ・リク(ka0038)の口から愚痴が零れだす。
「こんな時期に!」
剣魔との闘いから戻ってすぐに駆け付けたリクである、疲労がないとは言わないが気力は十分溢れている。
なにせエルフハイムである、関わり合いになった者が多い身としては何が何でも止めたい案件なのだ。
だからだろうか。皮肉めいた笑みを浮かべるリクはノーヴァータを狩り敵の正面へと回り込んだ。
「これ以上は行かせない……!」
構えるのはエヴェクサブトスT7とキヅカキャノン。砲撃準備は完璧である。
その近く、しげおの搭乗席でミリア・ラスティソード(ka1287)はニヤリと笑う。
「くるってんなら迎え撃つだけだ」
移動先が予測できている、それだけでも十分に有利だと感じる。先回りという状況を作り出すために支度などの手間はいつもより多くかかったが。
「ああ、お代は高いぞ。釣りなんて出す訳がないな」
イラついているとか、そういったわけではない。ただ戦いの前に気分が高揚しているだけだ。
併せて砲撃すると言っていたリクのノーヴァータに続いて、しげおを駆る。
揮い甲斐のある相手だと思う。
「このぐらいのでかい獲物のほうが私はやりやすいな」
一機の大きさも、その数も。アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)に遠慮は不要だと教えてくれているようだ。
燃えるようなマテリアルが、揺らめくオーラがアルトを包み込んでいく。そよ風に揺れ綻び、広がる。
華焔の構えで完成される一輪の華はすぐ、風になる。蜘蛛糸の如く張り巡らされた汚染結界の外側から、花弁を一枚ずつむしり取るように。
斬撃の閃きはアルトという軸から放たれる花弁。アルトが一度斬り抜くごとに一枚、続いて二枚、三枚……三枚目が閃けば、アラヴルムが一機、群から離れ消えていく。
「……ああ、残念な点がひとつあったな」
二機目を斬り抜きながら口の中でぼやく。視線は目の前の敵から逸らす訳も無く。
アラヴルムの前身はアラクネで、本来蜘蛛を素体にしているという点だ。今は脚の数に面影を残している程度だが。
「蜘蛛の身体からは、赤い華は咲かない」
ならば少しでも早く、多く。
三機目を斬り抜こうとしたが、あと一歩が足らない。仕方なく一度距離をとる。
「糸に絡めとられては意味がない」
迎撃の可能性はあるのだから、まずは様子見だ。
(それからでも遅くない)
数は十分に居るのだから。
数が多いからこそ、不動 シオン(ka5395)が笑みを浮かべる。神威もまた同類であるシオンの意思を感じ取り、眼光を、牙を光らせ迷いなく地を蹴り駆けていく。シオンが背負う二対の翼が、共に風となった狼達の飢えを後押しするように、羽ばたきを見せる。
「神威」
一言。短いそれだけで伝わったようで。駆けながらも呼吸を整え続けていた神威が咆哮をあげる。
移動の邪魔にはならないそれは、けれど一機の身を震わせる。
本来の範囲でもやっと、三機を含める程度。しかし外周からの仕掛けのため辛うじて二機に影響させることができたくらいだ。うちの一機、その複眼の備わった頭部がシオンへと向けられる。
「貴様が私の最初の獲物か!」
グッと神威の背を踏み込む。細心の注意を払い駆けてくれるおかげでシオンの身体はぶれない。突き出した猛火が機械の羽根、その一方の付け根を貫いた。
本来必要な長さより数倍は長く、天禄の手綱を自らに巻き付けながら蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は空を臨む。
落ちないように、けれど狙いを定められるように固定するのは相棒たる天禄を信頼しているから。
「さぁ天禄、此度も我等が空を駆けようて」
舞い上がり、あらかじめ決めてあった高空に辿り着いてから、囁きとともにマテリアルを紡ぐ。
はじまりの無垢は 先を知らず
豊かな清水を 照らす光を得て 生命の喜びを
僅かな雫を 差し込むだけの灯で 強さへの渇望を
温もりを知れば 恵を育み
孤独を知れば 災いを抱き込んで
●足止め~正面右寄りから右側面まで~
七夜・真夕(ka3977)が駆るルビスとマリエル(ka0116)の駆るグリフォン、その二騎を護るようにアウローラを駆るレイア・アローネ(ka4082)。役割分担をきっちり整えた三人娘は群の右前方からアラヴルム達を臨む。
真夕の放つ紫の重力波、その円に含まれるのは数機だ。それぞれが大きく、更には回避に猶予をもたせるための隙間があるせいで、どれだけ多くの敵を纏めこんでしまおうとしても、それが限界と言うのが悔しいところである。
移動の邪魔をできたかどうかよりも、その紫色の光を頼りにマリエルが放つのは無数の刃。真夕の重力波に耐えられず動きが鈍った機体は、駄目押しのようにその動きを留められてしまった。それが、二機。
ダメージを与えられ反撃をと向かって来ようとするアラヴルムには、レイアがその道を阻まんとアウローラの身体を滑りこませる。
「さあ、こちらへ来るがいい」
身体を巡るマテリアルを燃やすことで炎を纏う姿へと変わっていくレイアは、確かに純粋なマテリアルが豊富とも言われているエルフハイムへと向かうアラヴルムにとっては十分に気を惹きつける存在だった。
体を傷つけられたことを一時忘れたように、レイアの方へとその頭部を向け直した。
「相手になってやるからな」
狙い通りになったことで笑みを浮かべるレイア。
「無理はだめですからね」
敵の動向を確認しながらかけられるマリエルの声に、大丈夫だと返す。
「それは勿論! ……ところで、どう動けば奴等を纏められるだろうか?」
上手く誘導できれば、二人の範囲攻撃で一度にダメージを与えられる。勿論自身が抱え籠める範囲、そして囲まれないようにしなければならないが…敵に直接追われている状態ではうまく状況を読むことが出来ないレイア。
「大丈夫……私がしっかり確認しますから」
敢えて飛行せずに地上を駆けるアウローラ。それを追うアラヴルム達も地上を駆けている。だからマリエルのグリフォンは高度を上げた。自らの主が地上の様子を把握しやすくするために。
「私も一緒がいいわよね」
ルビスもグリフォンと高度を揃え、真夕は地に縫い止められたアラヴルム達の上空へと向かう。
「マリエル、先にこっち片付けるわね」
言いながらマテリアルをより集中させて練り上げていく。より大きなダメージとなるように選んだのは鋭い冷たさを内包した嵐。遮るものの無い地上に吹き荒れる嵐はほんの一瞬、陽射しを反射し輝きを放った。
ヴァ―ミリオンの背からひらりと舞い降りたボルディア・コンフラムス(ka0796)はすかさずモレクを大きく振りかぶる。
「ヴァン、また後でな!」
相棒のマテリアルが十分に離れたことを感じ取り、振り下ろす!
「おっとォ! こっから先は通行止めだ!」
大きく揺れる地面にアラヴルム達の脚が止まる。稀に跳びあがり近くの味方機を蹴って空中へと離れたものも居るが、範囲内を見る限り十分な成果だ。流動の結果これから着地するはずの敵機の大半が必然的に滞空を余儀なくされた。つまり移動だけでなく流動が止まっているため、皆が狙いをつけやすいということでもある。
「残念だがあの世まで迂回してくれよ!」
勿論俺も、案内してやるぜ?
(思った以上に効果があるってぇ、いいことじゃないか)
疾風の背で風を感じながらも、ボルディアの一撃がもたらした影響でセルゲン(ka6612)の顔に笑みが浮かぶ。
『なあ、俺も足止めに同じスキルをもってきてるが、連続で使う予定はあるか!?』
一度で群の動きが止まるなら、タイミングはずらすべきだろう。
『ぁあ!? ……ああ、奴等の中を抜けたら前にまた戻って繰り返す!』
殴っているかのような音が共に聞こえてくる。
(なるほど中に入りこんでるってぇわけか)
豪気なと感心しつつ自身の予定を組み替える。
『正面に戻りはじめに声かけてくれるか! その時こっちからも足止めを狙う』
戻る時間も短く出来る筈だからと続ける。
『わかった!』
ラファルの背に劉 厳靖(ka4574)も共に乗せて、ユリアン(ka1664)が空を駆ける。
「悪ぃな」
「大丈夫、うちのラファルはキャリアーの訓練も受けているから」
気にしないでと笑うユリアンの背にバシンと厳靖の手により気合が入る。
「本命は中の奴さんだろ? お前さんが万全で向かえる様に、出来る補佐はするからよ!」
早速とばかりに口ずさむ形で響く低音に、穏やかな鈴の音が寄り添う。キランの弦を辿るように紅と蒼の双龍も走っている。
「……ありがとう」
振り向く余裕がない代わりに一言伝えて、真星を握りなおす。
(まずはどれくらい、今の俺が通用するか……確かめなきゃ)
ぐん、と脚の動きでラファルに指示を出す。狙うのは着陸できず、流動順路に戻れずにホバリング状態の一機。狙いやすくなっているはずの羽根を目指し向かっていく。
山河社稷図に描かれた自然、その画線をなぞるようにマテリアルを巡らせ、指に輝くリング内部にもその一部を循環させて。巡り周り紡がれたマテリアルが術式の通りにその姿を現す。
「射よ」
とりあえずとばかりに選んだ二機へと五矢を割り振る。
はじめから見分けられる敵機は中央の指揮機だけだ。どこかしら破損した機体が生まれてからがエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)の目的のひとつである敵耐久値の試算、腕の見せどころとなる。
(友軍の火力はどれほどでしたか)
知人なら協力の機会も多く知っているのが当たり前。初見でも同道するならばある程度の把握は行う……そんな情報整理を常から行っているからこそできることであるのだろう。緊急依頼というこの状況下でも、出来る範囲で手を伸ばしてきたエラにはある意味で、死角がない。
しかし目印ができたとしても、そのアラヴルムが常に表層側を流動していると言いきれないのが困りものだ。とりあえずとばかりに表層の二機、その点と点を結ぶ直線がおよそどれほどの間隔なのかを目算し、そこから群全体の大まかな配置を試算することとする。
●後方上空からの追撃派
実際の追走選択者は正面に比べると少なく二人で、揃って上空からの初撃を狙っていた。
『行きますよ、藤堂さん!』
その片方であるところの八島 陽(ka1442)がペガサスの背からイブリスを向け弾幕を張り、その中を追う様に藤堂研司(ka0569)の研司砲が砲の雨を降らせていく。
『おぅよ! 片っ端から鉄クズだぁ!』
敵機の大きさも壮観だがそこに思い切り降らせる二人の行動も壮観さに勢いを添えている。
●護りの九十五機
アラヴルムは皆外見が統一されている。羽根を失くした機体はすぐに群から離れハンターの迎撃へと向かっていた。脚の一本、もしくは多少のダメージ程度なら中心機を護る壁を成したままのようで。やはり流動を続けている。
射出口と思われる部位は、ほんの少し胴からはみ出た筒のようなものだ。それは必要な時に伸びるのかもしれないと警戒を怠らないハンター達だったが、今のところ、それが何かを撃ちだすことも、狙いを定めようと動き出す様子も見られていない。
脚捌きは勿論蜘蛛のそれだ。脚どうしがもつれるようなことはなく、脚だけが忙しなく動くことで胴部は非常に安定していると言えるだろう。移動砲台として非常に優秀だと言えるからこそ、その射出口と言う存在は無視できなかった。
●側面から貫いて
「待たせたかー!」
どこにも通信を繋げていない状態で、叫ぶ。ゾファルなりに気合を入れて。
「そんじゃ踊りやがれ、ホットなダンスをなぁ!」
テフロマをアラヴルムの上空に向ける。
『天華落とすぜ! 3、2……』
ファイア!
特に上空を駆ける仲間に届くように通信で警告して、火の雨が降り注ぐ合図にした。
「そぉれだけ連なってりゃ、逃げきれねぇだろ?」
逃がすつもりはない。群れの速度にあわせながら、すぐにゾファルは次へと狙いを定めた。
群の流れから外れた飛べぬ一機は、シオンを執拗に狙ってきている。
「はは、いいぞ、その禍々しいオーラ……!」
突出した汚染結界の範囲を逃れるようにステップを踏む神威に、その攻撃は容易には当たらない。元々が外周付近だったおかげで、避ける方角についても選びようがある。
神威にアラヴルムを翻弄させながらも、シオンは幾度となく猛火を叩きつけていく。
思っていた以上に硬いその身は、だからこそ力をぶつけ甲斐があるというもの。
「この私の獲物となったことを喜べ!」
挑発が通じているのか、神威ではなくシオンへと脚先が伸ばされる。
二回。跳んで避けた後、ワザとアラヴルムの目前へと戻る神威。
「その程度、神威の毛一本奪えないぞ!」
高笑いに近い声をあげシオンが猛火に紫焔を纏わせる。より鋭さを増す得物に呼応するように、背の翼が力を示すように大きく広がる。
「さあ見せろ、貴様らの底力をな!」
振り下ろす猛火は今、爆炎となってアラヴルムを襲った。
時計のように規則的で、不規則な並びを持つ魔法陣が浮かび上がる。撃ちだした光は一筋だが、魔法陣を通り抜ければそれは三針へと変化する。
「ほら、聴こえるかい?」
射手である真水がニィと笑う。違うリズムを刻む光は特別な時にだけ、ひとつに重なるのだ。
タイミングを計って示す先、競うように針が向かっていく。胴に吸いこまれたのは秒針、分針だ。三回攻撃であってもまだ避ける余裕があることにわずかに驚く。
「もっと計れってことかな。まったく、面倒なクモ……いや、アラヴルム、だっけ?」
少しでも虫らしさのない言葉に変えて、次のマテリアルを練り始めた。
「制限時間が来ちゃいますねぇ」
リロード以外の余計な動きをせずにずっと撃ち続けていたハナの声は軽い。
「物足りなくなんかないですよぉ。近いなりに出来ることがありますからねぇ」
ルギートゥスD5を下げてエヴェクサブトスT7を向ける。少しずつ側面へと回りながら、撃ちこむことは忘れない。
カードバインダーだって控えさせている。時間を無駄にするつもりはなかった。
通信を終えたボルディアは清々しい気分で声をあげる。炎を纏う獣の姿で表情は読みにくいが、犬歯を見せびらかすような様子は確かに笑い顔だ。楽しくてたまらないとでもいうような。
「ハッハハハ! やっぱデカブツを吹き飛ばすのは気分がいいぜ!」
空を切るだけでも唸り声をあげるモレクで薙ぎ払う感覚は爽快の一言に尽きる。途中で消滅されると手ごたえが消え物足りなさもあるが、かわりに倒した達成感による充足が得られる。やはり爽快の一言だ。
「……おう、ありがとなヴァン」
効果切れで幻影がかき消えたタイミングを計っていたのか、ボルディアの傍にヴァ―ミリオンが侍る。
「いい子にしてたな、俺のとこにも聞こえたぞ?」
咆哮が届いたと告げれば微かに尻尾が揺れる。軽く身を伏せる様子に頷いて、再び跳び乗る。
「それじゃ二回目、向かうか!」
おっと、セルゲンに連絡入れるんだったな!
『これから回り込む! ところでおまえの配置どっち側だっけか。反対側通って戻らねえとな!』
『進行方向向いて、群の右側だ』
『サンキュ。そんであと二回分は「戻るぜ」だけにするから』
『了解だ!』
通信が聞こえていたのだろう、既にヴァ―ミリオンは群の左側へ向けて駆け始めている。
「すぐに回れそうなら、こっちも使うか?」
片手で軽く毛並を撫でて、ボルディアはエーデルワイスを群の方に向けた。
「それじゃ、こっちも改めて行くか!」
緋虎童子を構えるセルゲンは既に虎を思わせる姿へと変わっている。ぐっと疾風の背を挟み込む脚に力を入れるのはこの後大きく動くからだ。
大きく構えたその高さで、ぐるりと一週薙ぎ斬る。取り回しに腕を迷わせることはない。そしてバランスを崩すなんて野暮なこともなかった。相棒である疾風がセルゲンにあわせて動くことで、刃の高さも斬速も滞りなく維持していた。
(ちったぁ気が引けたかねぇ)
セルゲンの近くの仲間は大半が空を駆けているために周辺確認が少なくて済む。しかし同時に敵から狙いやすい状態でもあった。狙い目だと思ったのかダメージを受けたアラヴルムが数機、セルゲンへと向かってくる。セルゲンとしては狙い通りの状況だ。
「任せたぞ、疾風」
低く身近な唸り声が返事だ。
通信を受けたその瞬間にはセルゲンの緋虎童子は引き寄せる動きに入っている。
「俺もかますとするか!」
疾風の吼え声が相槌となってすぐ、石突を地面へと強く打ち立てた。
セルゲンを執拗に追っている敵機もしっかりと巻き混んで、群の動きが緩くなる。
(次は少し場所をずらすかね?)
斬りかかりながら思考するが、すぐに雑念として振り払った。
(どうせ交互にかます、回数も限られてる! 考えるより斬りつけろ、だな?)
ハナのR7エクスシアから五枚の符が閃き飛んでいく。
「さぁ、囲って捕らえてあげますねぇ♪」
一機をまるごと包み込むように展開し光がアラヴルムへと降り注いだ。結界内部だけに向かうそれは周囲の目を眩ますことはない。
光が収まるころには一機が消えている。
「捕まえた意味がないですぅ」
また、次を試せばいいですけどねぇ♪
強い風で在ろうとするなら。圧をより高くするために重さを積み上げ勢いを利用する方法と、鋭利な刃のようにどこまでも薄く研いで脇目を振らぬ速さを高める方法と……あと、何があるだろうか。
ラファルの羽ばたきに合わせ呼吸を整える。触れる身体から相棒の呼吸も伝わりタイミングは自然と重なる。
「今だッ」
竜巻で羽根を絡めとり、落ちかけた一機へと刃が閃く。ラファルのイルウェスによって捻じれかけた羽根の付け根に、とユリアンの真星が逆方向から斬りこんで。月を幻視するような双つの軌跡が走ったあと、片羽根が折れ落ち、地に着く前に消えていく。
消えた直後から落下するアラヴルムに、厳靖の紫苑が振るわれる。向けられた武器さえも足場にしようと試みているようにも見えて。
(させるかよ!?)
斬りつけ押し込む撃ではない、薙ぐ撃を容易に捉えさせるつもりはない。振り抜いた勢いを使って自身の傍へと引き戻した。
朱金の蝶が詩と共に生まれ出でて、マテリアルの渦に飛びこみその圧を増していく。
群が眼下に辿り着くその時まで、天禄は蜜鈴に伝えられた通り、仲間達の影に居ることに徹し続けている。ひとえに蜜鈴の術が、うねりが誰にも止められず為されるように。己の背で、蜜鈴のマテリアルが練り上げられていく感覚に満足を覚え、任せられているという信頼を噛みしめながら空を舞う。蜜鈴の詩にあわせるように、優雅に。
「……天禄」
詩の節目に、祈りを捧げるような声音で蜜鈴が相棒の名を紡ぐ。答えるように天禄が小さく鳴いて。
『直に大樹が咲く……皆、絡め取られるで無いぞ?』
広く見舞うとの合図を仲間へと告げるその時、天禄は既に動き出している。奇襲のため、影から敵の正面へと。
災い、その詩が紡がれるその時に現れた蝶が飛びこんだ渦、その場所には黄金の種子が完成している。
無造作な仕草で群れの中へと落とされたそれが、見る間に育ち実を結ぶ。
全てではない。けれどその実はどこか林檎に似ていたからだろうか。群の半数近くがその移動を止めた。
地を駆ける機体はその場に留まり後続の機体をわずかに押しとどめる。
空を飛ぶ機体は羽根が止まり、果実と共に地へと落下し始める。しかし真下のアラヴルム達は避けることもなく、むしろ落下する機体を受けとめるかのように動き出した。
実りの証を 甘い雫を
分け合い 支え合い 立ちあがる力を
蜜鈴の祈りに詩が伴えば、蝶もまたマテリアルの具現化、その証として舞い始める。
扇で指し示す先の仲間の元へ、朱金の閃きが寄り添い溶けて、優しき恵の壁をつくりだす。
また一人戦線へと送り出して、再び蜜鈴は新たな種をつくりだす。
「次は茨を……のぅ天禄」
相棒に繋がったままなのは変わらずだ。再び無防備になるのだと、信頼を、名を呼ぶ声音に乗せる。
「……空の王者たる龍が、羽蟲程度に引けを取る筈があるまいな?」
●跳躍の七十六機
抵抗できなかったアラヴルムは確かに羽根での移動、つまり飛行能力を失った。だから落下する。
しかしアラヴルムはただ受け身と言うわけでもなかった。
「……蹴るのである」
叫ぶでも無く、力強くもない声が戦場にぽつりと落ちた。通信機を通さないそれを知覚できたハンターはいないかもしれないが、アラヴルム達は違う。
仲間であるアラヴルム機の落下における接近を感知したアラヴルムはそれぞれ、己の持つ脚の一部を高く掲げ。そして落下機の接触予想タイミングに合わせ……蹴り上げる。
彼らなりの受け身と、そして墜落ダメージの軽減方法であった。
地上機、しかも戦闘を担うアラヴルムが止められた時は確かに止まってしまっていたが。落下したアラヴルムに関しては特に何の対応もせず、中心機は速度を落とさない。護衛の数はまだ足りているとばかりに、そのまま脇目もふらず進路を進んでいく。
脚を止めることになってしまったアラヴルム達の体勢を整え、再び動けるようになるまでの時を無為に過ごすことになる……なんてことも、ない。
動こうが、動かなかろうが。汚染結界は発動しているし。
何れ回復すれば、勝手に追いついてくると分かっているのだ。
●側面より剥がし行く
どろりペンキのような紅で飾るように二筋を光らせて、優しく蜜のように甘く言葉を紡ぎその時を告げる。
「不揃いの枝は要らないだろう? だって、八本もあるのだからね」
焼き上げた鋏で脚を?げばいい。
「いいや、むしろ頭の方が早いかな」
不要な部下を切るように、鋏の支点は真水自身だ。
ホー之丞が群に近づいて、戻る。その最も近づいたその時にあわせて二つの刃が薙いで行く。
脚を刎ねられた一機、複眼を焼かれた一機がギロリと真水を視界に捉えた。
「ッ……あれは機械」
ぎゅうと羽毛を掴む手に力が籠もった。ホー之丞が避けなければ、真水に当たる。それだけ、近付かれてしまう可能性が出てきた。
そのための防壁は用意している。指の感触を思い出し、ディスターブの存在を確認しながら真水は近寄って来ようとする敵を見据えた。
見なければ、受けることもできないから。
天翼の大きな羽ばたきをもって敵を薙ぎ払う。
「っく。思ったより硬いじゃん?」
当たりはするのだ。けれど破壊にまで至らない。スペルランチャーを撃てるタイミングは越えてしまったのが悔しいような、しかし斬り合えるのが嬉しいような。
反撃を受けながら、けれどゾファルの口元には笑みが浮かぶ。
(一対一の殴り合いならなぁ!)
楽しいだろう、なんて思わないでもない。
結界に巻き込まれないようにしながら位置を変え、睨みつけ、そしてまた斬りつける。
「引きつける役は出来てるけどよ」
天華、このまま上空に撃ちこめたら確実に当たるよなあ、なんて内心思っている……流石に味方を巻きこみ過ぎるので、やらないけれど。想像だけなら自由なので。
ハンスが駆る魔導型デュミナスは群の右側から攻撃を仕掛ける。己の周囲全てに赤熱した獄門刀を振るうが、仕掛けられるのは二機が限度である。しかしアラヴルム達は迎撃のために群れを離れてくる事を思えば、二機で収まるのは幸いとも言えた。
「しまっ……!?」
あと一歩届かない距離を詰めるため、二機の内片方が攻撃を捨て回りこんでくる。もう一機とあわせた直線、その結界内に囚われ小さく焦りの声が漏れる。
『ハンスさん!』
タイミングをはかっていた智里の浄化術がその細い結界を解除する。機体が動かせることに安堵の溜息を零す前に、ハンスの口から自然と言葉がこぼれ出る。
『ありがとうございます。流石私のマウジーですね』
機体越しでは視線を合わせることが出来ない。かわりに声色に目いっぱいの感謝と愛情を籠めた。
『いえ……こんな時のための術ですから』
照れたような声が返る。魔導型デュミナスの捉えた情報に、しっかりと智里の照れた顔が映っている。
『こうして回復のお手伝いはできますから、ハンスさんは攻撃に専念してください』
健気にも聞こえる言葉。背中をあずかれると背を押す言葉でもある。
『えぇ、私のマウジーがついているのです』
(こんなときに……)
ただいつも通りの呼称であっても、籠められた感情の度合いが違えば伝わるものがある。頬が染まるのを抑えられなかった智里は、慌てて首を強く振った。
「いってください」
ペガサスに併走を促し、気持ちを切り替える。大きなダメージを喰らった仲間はまだいないようだ。ハンスの駆る魔導型デュミナスの動きに普段、ハンスが行う訓練の様子を重ねてしまうけれど。少しは助けになるだろうとマテリアルを練ることにする。
向ける先は群の方に近い機体。うまくすれば群の方まで影響を与えられるかもしれない……氷柱がアラヴルムの脚へと向かっていった。
紅蓮の放つ炸裂弾は順調に群の内部へと滑り込んでいった。
『群れの中心を狙え』
常に位置を変えるアラヴルムの個を指定するなんて愚は行わない。要は群の駆ける地表に届きさえすればいいのだ。互いに移動中なのだ。途中で敵機に当たれば目論みの最大値を担えるし、そうでなくても飛び散る霰玉が多少は邪魔をするはずだ。
『もう少し前の方でも大丈夫だ』
斬り抜きながら着弾地点を視界に収めたアルトは指示の調整を行う。より中心に近い場所をその炸裂範囲に収められるようにと。
(だが、もうそろそろ限界か)
敵機の数が減っている。それは仲間を巻きこむ可能性も増えるのと同義だ。
『次を撃ち終わったら……』
別に自分の支援でなくても構わないのだ。なら紅蓮を生かす最善は?
『上空の敵を落とせ』
●上空にひとり
『藤堂さん、オレ正面に回りますね』
陽が一斉射撃の連絡を受けた頃には、それなりの数のアラヴルムが迎撃のためにと飛び寄ってきていた。
すまなそうな陽の声に研司は大丈夫だと即座に返す。
『問題ない! 大分釣れたし、俺が引きつけているうちに行きな!』
飛んできたアラヴルムは研司の方に多く、既に飛んできたうちの数機は結界の中に囲い込もうとしながら纏わりつき。竜葵へと攻撃を仕掛けてきている。今はまだかすり傷程度で済んでいるが、あと数機増えたら囲まれる頃合いが迫ってきていた。しかし研司の笑顔は崩れない。
『はい、行ってきます!』
一部が陽の方についていこうとしていたが、その敵機を研司のフォールシュートが留めた。より大きいダメージで認識を上書きされたアラヴルムは改めて研司へと向かって移動に専念している。
「もってあと1回分……ってところか? 竜葵、次に移るからな!」
言いながら、畳んでいた蚩尤へと換装していく。機先を制するまで、あと少しだ。
●正面からは数の暴力
円もしくは直線上に範囲を狙える砲撃は、アラヴルムを捉えるのに都合も良かった。複数機を捉えても二機程度なのは惜しいと思わざるを得なかったが……
(当たるなら充分)
一定の間隔で発射に必要なマテリアルを籠め続ける。弾切れへの対策も最大限整えている。
同じことの繰り返しに飽きるなんてこともなく、機体に染みつかせた動きを繰り返しながらリク自身は敵の動きを見据えていた。
正面に回ってきたアラヴルムは皆リクの砲撃と相対する。砲撃の度に別の機体になるといってもよかった。だからこそアラヴルムの回避行動における稼働パターンの観察が容易だった。リクの正面で何度も試行されるのと同じなのだから。
多足のアラヴルムは、移動そのものは素体となった蜘蛛と同じように動く。そして回避は一部の脚で強く地を蹴り跳躍が基本だ。
正面に回ってくるアラヴルムは飛行して上空からやってくる機体ばかりであるため離陸時の様子は通信で聞いただけになるが、飛行の際も、その跳躍を用いることで助走距離を極端に短縮させているらしい。
アラヴルムの高回避の要は、間違いなく脚である。それが四方にほぼ均等についているからこそ、回避時の跳躍の方向も選べている。
胴部分よりも細い脚を狙うと言うだけなら難しく感じるが、それが八本、胴の周りに着いているのだから、難しいというわけではない。脚の方が細い分脆いのは間違いないのだが、的として小さいからこそ逸れて胴に当たり、より丈夫なせいで彼我が減ってしまうのだとしても。
しかし、だからこその範囲攻撃である。
リクの途切れさえない砲撃は確実にアラヴルムへとダメージを与えている。
「これがキヅカ式キャノン術だ!」
二キヅカキャノン流じゃないのはやはりキヅカキャノンが唯一だからなのだろう。
ラワーユリッヒNG5から放たれる轟音もむしろ心地よいとさえ感じる。しげおに乗っているからこそ感じる揺れも同様に充足感をもたらしている。
『ミリアちゃんナイス!』
受信したリクの声にわずかに首を傾げるミリア。さて今何を起こしたのだったか。確かに当たりにくいやつらにうまく当てたわけだが。
『ん? ああ、脚が吹っ飛んだやつか?』
二本ほど消えた……と思う。そのまま流れにあわせて別の場所に移動したようで今視界には残っていない。
『できたらそのまま脚狙って!』
あいつら普通に駆けてたけどなぁ? 疑問は間によって伝わったらしい。
『それだけでも、避ける方角が減るから、当たりやすくなると思う』
『了解』
このあと皆にも周知させるから、引き続きよろしくと通信が終わる。
「しげお、まだまだいくぞ!」
いいこと思いついたしな?
『弾幕を目印にしてほしい』
その瞬間に攻撃を向けられる者が多ければ多いほど良い。シャーリーンの通信に答えた者達の攻撃がアラヴルムへと向かっていく。
量産型とも呼べる百機は、大きな破損がない限り見分けがつかない。しかも流動しているから通信で特徴を伝えるだけではタイミングを逃しやすいのだ。
そのかわり、シャーリーンのように一個体に向けた視覚効果を伴う手段は非常に有効だと言えた。
スキルの回数分、確実に集中攻撃が行えるのだ。
タイミングを伝えるための合図も行った後、弾幕を作り上げながら敵の動きを見つめるシャーリーン。
(よく避けるのは変わらない……だが何か、特徴がないだろうか)
より意識を集中させ狙う一機を見据える。羽根が増えた分大きくなった敵はそれでも身のこなしを衰えさせてはいないのだ。
一斉射撃の前にペガサスからの補助をうけた陽は、その射撃直後にペガサスを駆り結界内へと飛びこんでいく。隙間を縫う様に奥へと向かうが、アラヴルム達が立ちふさがってくる。
一機目は攻撃を利用して、練り上げたマテリアルの壁を使い弾き飛ばせた。しかし学習されてしまったようで、二機目からは陽を遮るように壁を作るだけ。射線の確保が不可能になり、かつこのままだと上空さえも塞がれる可能性が高い。
「どれだけ壁役が多いんだよ!」
攻撃出来ないかわりに機導浄化術を発動させてはみたが、新たな一機、要の点が増えればすぐ結界が強化されたかのように抵抗を迫られる。
退路を塞がれるギリギリのところですり抜け駆け抜けたところで、ほぅと息を吐いた。
「せめてもっと数を減らしてからなら……いいや」
ぶんと首を振って切り替える。ヴォールそのものを止めなくても群が止まる事もあると外の仲間が証明してくれているのだ。自分は素直に追撃に専念しようと改めた。でも、その前に。
『俺、まだ制圧射撃残ってます!』
シャーリーンの後に合図役を担うと宣言し、正面の仲間達の中へと混ざっていった。
アークスレイから放たれる一撃を視線で追いながらも、魔導型デュミナスの脚は後方へと向かう。引き撃ちを続けながらサクラ・エルフリード(ka2598)は小さく息を吐く。
「相手の数が多いだけに下手に近づいても囲まれるだけ、ですかね……」
実際に視認するのは難しいが、仲間の中継とも呼べる通信に耳を傾ける。
「射撃でどれくらい削れるか……」
合図にあわせた攻撃は敵機に命中させることが出来たようだ。確実に消えた一機は後に何も残さないし、今はもう別の敵機がその場所を駆けている。見た目が全く同じせいで、もう一度生まれ直したように見えてしまう。
「いえ、確実に倒しているのですけどね……」
小さく首を振って嫌な考えを振り払う。思考を脇に逸らしてはいけないと思い直して。
リロードは無意識下で終わらせていた。
「今回は前に出ず射撃だけで頑張りますよ」
その為に射撃武器を優先して積んできたのだ。
(近接も一応出来ますけども……)
迎え撃たれて負傷するリスクを、自分から進んで背負うつもりはなかった。
正面から仕掛ける仲間達と共に一斉射撃、その爽快感と言ったら!
しかし一斉射撃でも、避ける時は避ける。それは単なる運だった可能性も否定はできないのだが。
「正面ばかりなのも悪かったのかな……ま、やってみればいいだけだ!」
足止めの効果は随分と効果覿面といった具合で、だからこそ群の速度はその都度落ちる、それにあわせて攻撃を集中させることも可能となり……なにより併走の必要性が減る分仲間の移動も容易になったというわけだ。
『こちら正面のミリアだ。誰か十字砲火に協力してくれ!』
出来るだけ別の方角に居る仲間が手を貸してくれればいいんだが……どうなるかな?
『こちら右側正面寄り対崎だ。必要なら側面にもう少し周り込む!』
対崎 紋次郎(ka1892)の声を皮切りに射撃主体で攻撃しているハンター達が声をあげていく。
『助かる! ボク……ミリアも左側正面寄りに向かう』
仕掛ける方角も多い方が良いだろうと、ミリアも移動を始めた。組んでいるリクも同様だ。
進路妨害の都合が一番の理由だろうが。正面、もしくは正面に準じた位置からの迎撃を考える者が多い。
その影響もありどうしても正面という一方からの攻撃が多くなりがちだ。それは四方に跳躍が可能なアラヴルムからしてみれば、より避けやすい状況だったということでもあるのだろう。
幻影を纏い駆ける未悠はしなやかさが増している。撃ちだした魔法の五矢の着弾是非を見てすぐに踵を返し必要なだけの距離をとるために駆ける。
「二機に纏めなくちゃいけないみたいね」
一機に一矢。五機を狙ったが全て躱されている。素の回避能力が高いのはアラクネに引き続きアラヴルムもそうであるらしい……その情報を脳裏に刻み、すぐに取れる対策へと移行することにする。
改めて次の標的をと群を見据える未悠の耳に羽ばたきが聞こえた。目だけで視線を向ければ相棒であるユノが指示を仰ぐ様に併走していて。
「……そうね、私はまだ大丈夫。他の怪我人を優先してちょうだい」
頷くような動きのあと、ユノが離れていく。
再び敵機を見据え放った五矢は二、三に分かれて二機へと向かっていく。当たったことに安堵しつつ、未悠は手応えの薄さに違和感がぬぐえない。普段は近接戦闘が多い未悠にとって慣れない光景だからだろう。
「でも、シャーリーンと一緒だから心強いわ」
だから出来ることで最大限を引き出すために、敵を見据える。繰り返すことで、敵の流れを読むために。
それぞれの配置を改めて聞きながら、紋次郎はストライトを駆り側面へと移動していた。誰の確認を待つでもなく必要だと、判断が先に出来たからだ。
何より側面に移動するということは併走分の余力が不要だ。少し下がる程度で標的であるアラヴルム達が移動してくれる。あらかじめ決めていた距離を少ない労力で維持できるし、なによりもこの間は落ち着いて敵を狙うことができるくらいだ。
『その瞬間一番前に、先頭に出ている機体を狙うってことでいいんじゃないか』
ある程度数が減ったからなのだが、その時点での群において最前線と認識されるアラヴルムはほぼ一機、タイミングによってだが稀に二機になるといった具合だ。合図での一斉射撃の標的が随分と絞ることが可能な状況にまで戦況が変化した証だとも言える。その事実を浮き彫りにした提案の主である紋次郎が合図を担うことになる。
これまでも狙いを定めるために見つめ続けたアラヴルム、その飛行段階へと入る最初の挙動、跳躍の瞬間にあわせて攻撃が向かうように、カウントする声には緊張が混じった。
『5、4、3、2、1……ファイア!』
マリエルの指示に従いながら、追ってくるアラヴルムへとカオスウィースを突き入れる。身体が大きい分二機目まで届けられないのが悔しくもあるが、レイアはその無念も踏み込みの一歩に籠めた。
「これでっ、どうだ!」
引きつけながらも攻撃を積み重ねた結果がここで認められる。貫かれた胴部を中心に消えていく様子に小さな安堵の息を零す。油断ではない。なにせまだレイアを追うアラヴルムは残っているのだ。
「次はお前だな、まだまだ相手をしてやれるぞ!」
アウローラが呼応するように吼えた。
レイアに移動先を支持しながら、その怪我の度合いを気にかけていたマリエルがレイアへと声をかける。
『無理しないで、と言いましたよ?』
アウローラの傷が大分増えている。
『ああ……夢中になってしまっていた』
平時と変わらないレイアの声に、小さくため息を零す。
『もうたくさん傷が出来ているじゃないですか……癒します、持ちこたえて下さい』
言いながらグリフォンを降下させる。効果が高い分、触れられるほどの近くに居なければ祈りを届けることが出来ない。
『追ってきているアラヴルムはしっかり止めるわね! レイアを狙っているおかげでさっきより多く巻きこめそう!』
ルビスの影がアウローラの後方に移動して来ていると感じてすぐに真夕の声が届けられる。
『感謝する!』
「……アウローラにも、ですよ」
祈り終えて微笑むマリエルがめっ、とばかりに言葉を挟んで。
「そうだな。助かった、アウローラ。……まだ終わっていない、よろしく頼むな」
(今だけは私に引きつけ……ううん、倒しきるつもりでなくては)
三人の中で一番攻撃力が高いという意味で、真夕は狙われやすい存在だ。奇しくも今はレイアのソウルトーチの効果が終わったところだ。それはレイアの回復を優先する意味でも都合がいいはずなのだけれど。
(わざわざ飛んでまで来るのかしら)
厄介な相手だと認識された場合。それは強敵だと認められたことになる、それは少なからず縁のあったあの研究者によるものなのだろうか?
「むしろ倒しに来るくらいして欲しいものね」
確かに、この群の中に居るとは聞いているけれど。こっちから守りを全て剥がしたら、悔しそうな顔をするのかしら?
考える程に好戦的な感情が刺激されると言うのもどうなのか。そう思いながら繰り出すと決めたのは五本の矢。
「ルビス、少しの間だけ、任せてもいい?」
そっと撫でながら頼めば、同意を示す声が聞こえ、真夕は近くのアラヴルムへと奇襲を仕掛ける。
二矢、そして三矢。真夕が放ったそれらを全て身に受けた二機が消えていく。その様子に安堵を覚えながらマリエルはコギトを構えていた。地上に近いうえ、充分にアラヴルムから攻撃を受けてしまう高さ。再び真夕の傍に戻るには少し時間が必要だった。いつでも攻撃を受け流せるよう意識は敵影へと向いている。
ちらりと、別の配置で戦っているはずの仲間の状況を憂う。この作戦の本懐へと連戦が決まっているユリアンの事。
(彼等の為にも余裕が残せるといいのですが)
マリエルにとってもヴォールは初見ではない相手だからこそ、本隊への道を拓くその意志は強い。だからこそ回復に終始するだけでなく、こうして菊理媛を選んで構えているのだ。
自らが音頭をとった掃射で確実に四機の消滅を先導できたことに安堵はあるが、まだ敵は残っている。
「あとはもう、直接目印をつけるしかないだろう……」
アルスターの演算能力を加速させていく。精密に求められた結果を元に放つ弾丸は迷うことなく一機の翼へと辿り着く。
その冷気が羽根に氷の装飾を追加したことに気付いて、小さく安堵の吐息を漏らす。
『こちらシャーリーン。一機墜落させている……目印は、羽根の氷だ』
さぞ陽射しを跳ね返して目立つことだろう。
●追走と五十七機
ハンターへの迎撃は、まず彼らに攻撃がすぐ届くかどうかの判断から始まっているらしい。
前進時と同じ速度のままでも攻撃できるようなら、そのまま攻撃してきたハンターへと反撃を狙う。
しかし簡単には追いつかない場合、彼等は彼等にとっての敵を自分達のテリトリーに巻き込むところから始める……つまり、攻撃を捨て回り込むことを最重視する。
その方が敵の攻略が容易だと、アラヴルム達は知っているのだ。
少なくともヴォールがその都度指示を出している様子は見られない。垣間見える頻度は高くなったが、相変わらずかの男はただ真直ぐにエルフハイムを目指しているようである。
強いて言うなら俯き気味の姿勢なので、機内で何か作業をしている可能性はあったけれども。
●上空の視点は
敵群の移動が止まったその時、ほぼ無傷と思われる敵機を利用して耐久値の算出データを入手したエラ。このタイミングに至るまでに集まったデータの信憑性にも裏付けが取れた形だ。
「矢で少なくとも5、当たりが悪ければ6」
エラが二回五矢を放てば、確定で一機、当たりが良ければ二機の対処が可能だとの結果である。勿論同じ敵機に攻撃を続けられればと言う注釈がつくが。
北極の身体が方向転換したことに併せ意識を戦場へと向け直す。セルゲンを囲もうと動く敵機は足を止められた腹いせなのか、数が多いため完全に避けるのは厳しそうで。
『今から浄化を行います』
以前の話を聞く限りは一時的な対処だとのことだけれど。抜け出すにしろ倒すにしろ、必要な事。
(基点となる楔そのものを消すには)
また一つ、エラの思考の種がもたらされたと言ってもいいだろう。
「魔矢兵主神!」
素早く撃ちだされていく矢が、自らを囲うアラヴルム達に突き刺さる。怒涛の連続攻撃の隙を見て竜葵に離脱を促す研司。
「地上に着いたら離脱だな。回復を頼んでおくから、しっかり治してもらうんだぞ?」
それじゃ頼む! その声を合図に全力で地上へと向かう。マテリアル収束の準備時間をとるには、アラヴルム達同様に移動を最優先にして待ち構えるしか方法がないのである。研司を降ろしてから再び全力で駆ければ十分に間に合うくらいには速いのだ、竜葵は。
なるべく俯瞰して戦場を見極めなければならない。そこを担う仲間の声がインカムの向こうから聞こえてくるだろうから、その内容を聴き逃してはならない。ルカは味方の怪我を即座に治し万全の体勢を維持する為にここに来ている。
(あくまでも、優先……私が空いているうちは、戦っていい……)
併走しながら、仲間の射線を確認し射撃を添わせながら。ルカは平静な思考を維持することに努める。
(できれば……負傷した敵機を狙い撃ちたくも……あるけど)
次はどうしようか、迷うその時に届いたエラの声にルカは意識を改める。今、怪我人に一番近いのはルカだ。
「今……治します……!」
祈りを籠めたマテリアルがルカから届けられていく。
「9体限界まで引けなかったがそれはそれ! お前達はここで落としきる!」
直線に近い状態で飛んでくるアラヴルムに正面から向かい合う研司。マテリアルの収束も併せこれまでより大きな一射が放たれ、穿つ。空に向かい遠い星を仰ぐように高く。
「そのままブチ抜けぃ!!」
戦線に復帰した竜葵の齎す焔が燃え盛る音を聞きながら、研司の放つ一矢は貫いたアラヴルム達を全て消し去っていった。
●縮小からの猛攻と拓かれた道
あくまでも媒体ではあるのだが、噴火から発射されたかのように巨大な光の矢がアラヴルムへと向かっていく。三矢分の威力を集めたその威力はこれまでの比ではないとも言える。
「……だいぶ孤立に近づいたか」
順調に進んでいる戦況に満足気な笑みを浮かべて、紋次郎は次の獲物へと視線を走らせた。
周囲を見る余裕も増えてくる。慣れたと言いきれるほどではないが、胸の内に残していた疑問を、今ならと浮上させるユリアン。
(壁は単なる壁だろうか)
こうして、最高傑作と決めたらしいアラヴルムに統一してこれだけの数を揃えてきた。その動きや性能を見る限り、これまでヴォールが出してきた剣機型は確かに全て、試作の域を出なかったのだと納得ができる。
ただの移動用に使っていたと思っていた、リンドヴルムさえもこうして合成させてきたくらいだ。
だからこそ。
(何一つ無駄にして来なかったからこそ、倒した機体は……?)
いつかのように倒しても消えず、そのまま汚染結界として道を作り上げることさえも可能性として考えていた。鴉型が飛び出してこないだろうかと警戒もしていた。しかし、削られた壁であるアラヴルムは、先ほどユリアンが斬り離した羽根と同じように後腐れなく消えている。
その違和感が、どうしても拭えない。しかし順当な推測も出てこない。
「……本人に聞けるかな」
この後、直接まみえる機会が得られたことを思い出す。
「ラファル。もう少し付き合って」
己も駆け抜ける道をもっと早く拓くためにまた、駆ける。
曲調を変える為に、再びキランの弦を紡ぐ。身体の奥から響かせる重低音とも呼べそうな声が次第に速さを増して戦場を、耳を震わせる。それはハンターの耳にはなんの効果もない、けれど籠められたマテリアルによる圧が機械を纏う身体にさえも圧をかけ、脆さを露出させていく。
(次は突き入れるように狙ってみるかねぇ)
双龍がキランから紫苑へと渡ってくると同時に持ち替える厳靖。既に薙ぎ払いは使い切ってしまっている。少しでも得をとるなら……空中、上方から狙う事も考えてやはり翼だろう。ユリアンの狙いに合わせる意味でも。
数が減ってきたことで油断していたつもりはないのだが。一機、サクラの駆る魔導型デュミナスへその脚先を向けようとしている。
「あまり近づかないでください……!」
通じるわけでもないが、つい大声になってしまう。
「今回は近接戦はするつもりがないのですよ……」
下がりながら撃っていたうえで近付かれているのは、途中でサクラ自身が配置を変えた影響だ。
(囲まれないだけまし……ですか)
メディオコーノの構えを変えて向き合う。
「仕方ありませんね……お相手、しますから……」
魔導型デュナミスの周囲を光が覆っていく。サクラ自身の齎した護りの光が収まったその時、騎士の構えをしたデュナミスが立っている。
「送ってあげますね……!」
「ほれ、行ってこい」
ともにラファルから降りた厳靖がユリアンの背を叩く。今度は軽く、けれど押し出すように。
「ユリアンさん!」
グリフォンを駆りその背を追いながら、祈りの、そして護りの意思を込めたマテリアルを放つマリエル。
「ここからが本番なんですよね」
脚を留めるつもりはないので、返事を待たずに伝えたい言葉を続けていく。傷跡はもう残っていないことに安堵して、笑顔で送り出すことにする。
「……お願いします!」
●二十機から、ゼロへ
既に破損も見られる機体も含めて、二十機。破損がないように見える機体は六機かそこらで、その中でもヴォールの駆るアーマー型の傍に侍るのは、ごくわずか。
それ以外の機体はそれぞれが、ハンター達への迎撃として群れから離れてしまっていた。
『……!!』
言葉として認識できない音がアーマー型から放たれる。ノイズが多分に混じったそれを合図に全てのアラヴルムがヴォールの在る方角へと、胴にある管……射出口らしき部位を向けた。
ハンター達と戦っていても、護るために侍っていても、全てである。
バシュン!!!
全てのアラヴルムから放たれる細長い何か。それは完全にアラヴルムから離れることが無く……むしろどこまでも、繋がっている。
「! まずい、あれはコードだ!」
消えかけの剣機型歪虚の実態を取り戻すために使われたのと、同じもの。
体験した戦闘データを移せると、予想されたもの。
……たった今までの戦闘の情報が、ただ前進していただけと思われるヴォールの、彼の駆るアーマー型に渡る可能性も、否定できない。
(((そんなの、邪魔するに決まってる)))
一瞬の驚きはあったが、即座にコードを叩き斬り、燃やし、撃ち抜き……それぞれが我先にとコードを破壊していく。
群は止まっているし、何より繋がっていたアラヴルム達はその時動きを止めていた。コードもアラヴルム程強固なものではない為、あっさりとその繋がりは断たれていった。
本隊の八名が揃い、ヴォールへと向かっていく。
既に百なんて数は残っていない。脅威なんてものではなくなっている。
倒した残骸はきれいさっぱり残ってもいないから、足場が悪いなんてことも、汚染結界が広がっているなんて問題も起きていない。
まだ回復手段も残っている……これから重傷者が出たとしても数名ならどうにかできるくらいの余裕はある。
何よりハンター達はまだまだ戦意に溢れている。
はじめの二割。それくらいどうってことはないじゃないか?
道は拓いた、しかし敵はまだ残っている。
ならば。
ハンター達は残りを全て殲滅させようと、改めて武器を構えた。
汚染結界の欠片も残さない、そのために。
百機のアラヴルムは、全てが駆け、跳び、飛行している。
ある意味で親とも呼べる一機を護るために、常に歪な群の中を流動している。
球に近い形を維持しながら、充分に統制された動きで。
ハンス・ラインフェルト(ka6750)の駆る魔導型デュミナスが放つクリスマスツリーが開戦の合図であり、またハンター達の存在を敵へと知らしめる合図となった。
まだ遠くに見える花火を眺める。まさに東方のもつ儚さと色香に満足を覚える。
「こんなときどう声をかけるのでしたか……」
リアルブルーの様式美を思い出しながら、もう一本のクリスマスツリーを構えた。
そう、まさかの二本立て。大盤振る舞いである。
アラヴルムの群の中に突っ込んでいった初撃は今もまだ色とりどりの花火を咲かせている。アラヴルム達は機械パーツもあり全体が黒っぽい。その周囲に鮮やかな花……サプライズに使うようなパーティーグッズみたいにも見えた。
「こういう面白グッズ、あった気がします」
奇しくも穂積 智里(ka6819)は似たようなことを考えていた。ペガサスの背に乗った彼女もハンスの近くから群を眺め、その数に改めて驚きの表情を浮かべていた。
二本目のクリスマスツリーが放たれる。
収束を見せていた花火の中を突き抜けていく追いクリスマスツリーが再び花火を展開していく。
まだ接近するに至っていないハンターは駆け寄りながら、配置につき敵を迎え撃つために見据えていたハンター達はじっくりと、花火の色どりに容赦なく魅せられる。
緊急依頼で態々これを用意した漢気を称えるべき……なのだろうか?
少なくとも、皆の緊急依頼に対する緊迫した空気は緩和されたので、効果はあったと思われる。
●接敵~左側面から正面左寄りまで~
大峡谷を臨みながらR7エクスシアでルギートゥスD5を構えているのは星野 ハナ(ka5852)である。輝く対の蒼は次の標的を捉えるため逸らされることがない。
(思っていたほど障害もありませんねぇ)
敵影が射程に入るのを待ち続ける間に、群の周囲へと展開した近接部隊の配置は把握している。その上で狙い通りの射線を確保しながら、敵が射程内に入るのを待った甲斐はあったと思う。群と近くなるまでは安定した姿勢で狙い撃てるこの場所は案外、悪くない。
「倒れてくれたらいいんですけどぉ」
留まらずに流動している様子は歪な塊ではあるものの規則性を感じさせる。だから一機が倒れれば後続を巻きこめるのではないかと期待しているのだ。
だから、狙うのは地を駆けており、先頭……つまりハナに近い場所の一機だ。常に移動しているならそれこそ脚を撃ち抜いてバランスを崩さないだろうかと考えていた。
「撃ちっぱなし、撃ち放題……女子力が疼きますよねぇ」
キャハ♪
その強い視線を見る者がいたなら、疼くのは女子力ではなく闘争心だと指摘が入った事だろう。
話し、笑っているのに、姿勢が全くブレない事も含めて。
ハナの射線を確認しながら、ルカ(ka0962)は同じ標的を狙う様にして無窮の弦を引き絞る。敵の位置が定まっていない以上、仲間との同時攻撃をすることの意味は大きい。少しでも各個撃破の確率が上がるように、そして前衛を担う者を巻きこまない様にと考えれば、併せられるような行動をする仲間の数は絞られてくる。
(せめて……一機ずつにより大きなダメージを……)
浅い負傷を幅広く振り分けるよりも、数を減らしやすくなるはずだ。
「ふふんふーん♪」
もうすぐ敵影が見えてくるはずだ。ゾファル・G・初火(ka4407)は鼻歌を歌いながら自身が持つ生体マテリアルをダルちゃんに籠め続ける。まばゆいばかりの輝きがダルちゃんに吸収され続けている。
自分自身で戦場を駆けられない、殴り合えないのは少しばかり残念な気もするが、その分対軍装備をブチかませる、それが許されるらしい死地の予感に奮える。
手応えはどれほどなのだろう。爽快感はきっとハンパないに違いない。
マテリアルを籠めながら走る今この時でさえ楽しくて仕方ない。ついさっきなんて、フテロマの状態チェックも三度ほど繰り返したくらいなのだから。
(あれは機械あれは機械……本物のクモじゃないから大丈夫……)
敵だからこそ見据えなければいけない。ぐるぐる眼鏡もこればかりは遮ってくれるわけがなくて、南條 真水(ka2377)は必死にホー之丞の背に掴まりながら自分の為の呪文を繰り返している。
ぎゅっとしがみつく手にはふかふかの羽毛。現実逃避に最適なそれがもたらす幸せな感触でどうにか蜘蛛型への拒否感を紛らわせた。
ユノの背から、まだ射程外の群を睨む。視界にそのものを認めたわけではないが、高瀬 未悠(ka3199)の虹彩がきらりと光る。ほんの少し、周囲と違う機械じみた羽根、その下部に居るだろう敵に向ける想いは強い決意を伴っている。
(お前との因縁に決着をつけたい人達がたくさんいるのよ)
組むと決めて共に居るシャーリーンもそのひとりだ、ちらりと様子を伺いながら、友人達の姿を思い浮かべる。少しでもその助けになるために未悠はこの地にやってきたから。
(そこから引きずり出してやるから覚悟なさい!)
キッと視線を群に戻して。猫耳も、ピンと立っていた。
(最高傑作、その言葉をどこまで信用していいのか)
シャーリーン・クリオール(ka0184)は敵機の外観をじっと見据えていた。これまでヴォールが繰り出してきた剣機系歪虚の記憶をたどりながら、それが試作なのか、完成品なのかを見極めようと考えていた。
はじまりをどこと定めるか決めるのは難しいが……楔が使われるようになってから、徐々に脚が増えていった……ような気がする。
(アラクネ型を大きく変えずに投入してきたわけだよな……)
未悠がマテリアルを練るそのタイミングに合わせてライフルを先頭集団に向ける。少しでも当たりやすくするように。それは先日の戦いで必要になった要素だから。
「ちぃ……!」
どうしても舌打ちを抑えられなかった。一度も二度も同じだと、キヅカ・リク(ka0038)の口から愚痴が零れだす。
「こんな時期に!」
剣魔との闘いから戻ってすぐに駆け付けたリクである、疲労がないとは言わないが気力は十分溢れている。
なにせエルフハイムである、関わり合いになった者が多い身としては何が何でも止めたい案件なのだ。
だからだろうか。皮肉めいた笑みを浮かべるリクはノーヴァータを狩り敵の正面へと回り込んだ。
「これ以上は行かせない……!」
構えるのはエヴェクサブトスT7とキヅカキャノン。砲撃準備は完璧である。
その近く、しげおの搭乗席でミリア・ラスティソード(ka1287)はニヤリと笑う。
「くるってんなら迎え撃つだけだ」
移動先が予測できている、それだけでも十分に有利だと感じる。先回りという状況を作り出すために支度などの手間はいつもより多くかかったが。
「ああ、お代は高いぞ。釣りなんて出す訳がないな」
イラついているとか、そういったわけではない。ただ戦いの前に気分が高揚しているだけだ。
併せて砲撃すると言っていたリクのノーヴァータに続いて、しげおを駆る。
揮い甲斐のある相手だと思う。
「このぐらいのでかい獲物のほうが私はやりやすいな」
一機の大きさも、その数も。アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)に遠慮は不要だと教えてくれているようだ。
燃えるようなマテリアルが、揺らめくオーラがアルトを包み込んでいく。そよ風に揺れ綻び、広がる。
華焔の構えで完成される一輪の華はすぐ、風になる。蜘蛛糸の如く張り巡らされた汚染結界の外側から、花弁を一枚ずつむしり取るように。
斬撃の閃きはアルトという軸から放たれる花弁。アルトが一度斬り抜くごとに一枚、続いて二枚、三枚……三枚目が閃けば、アラヴルムが一機、群から離れ消えていく。
「……ああ、残念な点がひとつあったな」
二機目を斬り抜きながら口の中でぼやく。視線は目の前の敵から逸らす訳も無く。
アラヴルムの前身はアラクネで、本来蜘蛛を素体にしているという点だ。今は脚の数に面影を残している程度だが。
「蜘蛛の身体からは、赤い華は咲かない」
ならば少しでも早く、多く。
三機目を斬り抜こうとしたが、あと一歩が足らない。仕方なく一度距離をとる。
「糸に絡めとられては意味がない」
迎撃の可能性はあるのだから、まずは様子見だ。
(それからでも遅くない)
数は十分に居るのだから。
数が多いからこそ、不動 シオン(ka5395)が笑みを浮かべる。神威もまた同類であるシオンの意思を感じ取り、眼光を、牙を光らせ迷いなく地を蹴り駆けていく。シオンが背負う二対の翼が、共に風となった狼達の飢えを後押しするように、羽ばたきを見せる。
「神威」
一言。短いそれだけで伝わったようで。駆けながらも呼吸を整え続けていた神威が咆哮をあげる。
移動の邪魔にはならないそれは、けれど一機の身を震わせる。
本来の範囲でもやっと、三機を含める程度。しかし外周からの仕掛けのため辛うじて二機に影響させることができたくらいだ。うちの一機、その複眼の備わった頭部がシオンへと向けられる。
「貴様が私の最初の獲物か!」
グッと神威の背を踏み込む。細心の注意を払い駆けてくれるおかげでシオンの身体はぶれない。突き出した猛火が機械の羽根、その一方の付け根を貫いた。
本来必要な長さより数倍は長く、天禄の手綱を自らに巻き付けながら蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は空を臨む。
落ちないように、けれど狙いを定められるように固定するのは相棒たる天禄を信頼しているから。
「さぁ天禄、此度も我等が空を駆けようて」
舞い上がり、あらかじめ決めてあった高空に辿り着いてから、囁きとともにマテリアルを紡ぐ。
はじまりの無垢は 先を知らず
豊かな清水を 照らす光を得て 生命の喜びを
僅かな雫を 差し込むだけの灯で 強さへの渇望を
温もりを知れば 恵を育み
孤独を知れば 災いを抱き込んで
●足止め~正面右寄りから右側面まで~
七夜・真夕(ka3977)が駆るルビスとマリエル(ka0116)の駆るグリフォン、その二騎を護るようにアウローラを駆るレイア・アローネ(ka4082)。役割分担をきっちり整えた三人娘は群の右前方からアラヴルム達を臨む。
真夕の放つ紫の重力波、その円に含まれるのは数機だ。それぞれが大きく、更には回避に猶予をもたせるための隙間があるせいで、どれだけ多くの敵を纏めこんでしまおうとしても、それが限界と言うのが悔しいところである。
移動の邪魔をできたかどうかよりも、その紫色の光を頼りにマリエルが放つのは無数の刃。真夕の重力波に耐えられず動きが鈍った機体は、駄目押しのようにその動きを留められてしまった。それが、二機。
ダメージを与えられ反撃をと向かって来ようとするアラヴルムには、レイアがその道を阻まんとアウローラの身体を滑りこませる。
「さあ、こちらへ来るがいい」
身体を巡るマテリアルを燃やすことで炎を纏う姿へと変わっていくレイアは、確かに純粋なマテリアルが豊富とも言われているエルフハイムへと向かうアラヴルムにとっては十分に気を惹きつける存在だった。
体を傷つけられたことを一時忘れたように、レイアの方へとその頭部を向け直した。
「相手になってやるからな」
狙い通りになったことで笑みを浮かべるレイア。
「無理はだめですからね」
敵の動向を確認しながらかけられるマリエルの声に、大丈夫だと返す。
「それは勿論! ……ところで、どう動けば奴等を纏められるだろうか?」
上手く誘導できれば、二人の範囲攻撃で一度にダメージを与えられる。勿論自身が抱え籠める範囲、そして囲まれないようにしなければならないが…敵に直接追われている状態ではうまく状況を読むことが出来ないレイア。
「大丈夫……私がしっかり確認しますから」
敢えて飛行せずに地上を駆けるアウローラ。それを追うアラヴルム達も地上を駆けている。だからマリエルのグリフォンは高度を上げた。自らの主が地上の様子を把握しやすくするために。
「私も一緒がいいわよね」
ルビスもグリフォンと高度を揃え、真夕は地に縫い止められたアラヴルム達の上空へと向かう。
「マリエル、先にこっち片付けるわね」
言いながらマテリアルをより集中させて練り上げていく。より大きなダメージとなるように選んだのは鋭い冷たさを内包した嵐。遮るものの無い地上に吹き荒れる嵐はほんの一瞬、陽射しを反射し輝きを放った。
ヴァ―ミリオンの背からひらりと舞い降りたボルディア・コンフラムス(ka0796)はすかさずモレクを大きく振りかぶる。
「ヴァン、また後でな!」
相棒のマテリアルが十分に離れたことを感じ取り、振り下ろす!
「おっとォ! こっから先は通行止めだ!」
大きく揺れる地面にアラヴルム達の脚が止まる。稀に跳びあがり近くの味方機を蹴って空中へと離れたものも居るが、範囲内を見る限り十分な成果だ。流動の結果これから着地するはずの敵機の大半が必然的に滞空を余儀なくされた。つまり移動だけでなく流動が止まっているため、皆が狙いをつけやすいということでもある。
「残念だがあの世まで迂回してくれよ!」
勿論俺も、案内してやるぜ?
(思った以上に効果があるってぇ、いいことじゃないか)
疾風の背で風を感じながらも、ボルディアの一撃がもたらした影響でセルゲン(ka6612)の顔に笑みが浮かぶ。
『なあ、俺も足止めに同じスキルをもってきてるが、連続で使う予定はあるか!?』
一度で群の動きが止まるなら、タイミングはずらすべきだろう。
『ぁあ!? ……ああ、奴等の中を抜けたら前にまた戻って繰り返す!』
殴っているかのような音が共に聞こえてくる。
(なるほど中に入りこんでるってぇわけか)
豪気なと感心しつつ自身の予定を組み替える。
『正面に戻りはじめに声かけてくれるか! その時こっちからも足止めを狙う』
戻る時間も短く出来る筈だからと続ける。
『わかった!』
ラファルの背に劉 厳靖(ka4574)も共に乗せて、ユリアン(ka1664)が空を駆ける。
「悪ぃな」
「大丈夫、うちのラファルはキャリアーの訓練も受けているから」
気にしないでと笑うユリアンの背にバシンと厳靖の手により気合が入る。
「本命は中の奴さんだろ? お前さんが万全で向かえる様に、出来る補佐はするからよ!」
早速とばかりに口ずさむ形で響く低音に、穏やかな鈴の音が寄り添う。キランの弦を辿るように紅と蒼の双龍も走っている。
「……ありがとう」
振り向く余裕がない代わりに一言伝えて、真星を握りなおす。
(まずはどれくらい、今の俺が通用するか……確かめなきゃ)
ぐん、と脚の動きでラファルに指示を出す。狙うのは着陸できず、流動順路に戻れずにホバリング状態の一機。狙いやすくなっているはずの羽根を目指し向かっていく。
山河社稷図に描かれた自然、その画線をなぞるようにマテリアルを巡らせ、指に輝くリング内部にもその一部を循環させて。巡り周り紡がれたマテリアルが術式の通りにその姿を現す。
「射よ」
とりあえずとばかりに選んだ二機へと五矢を割り振る。
はじめから見分けられる敵機は中央の指揮機だけだ。どこかしら破損した機体が生まれてからがエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)の目的のひとつである敵耐久値の試算、腕の見せどころとなる。
(友軍の火力はどれほどでしたか)
知人なら協力の機会も多く知っているのが当たり前。初見でも同道するならばある程度の把握は行う……そんな情報整理を常から行っているからこそできることであるのだろう。緊急依頼というこの状況下でも、出来る範囲で手を伸ばしてきたエラにはある意味で、死角がない。
しかし目印ができたとしても、そのアラヴルムが常に表層側を流動していると言いきれないのが困りものだ。とりあえずとばかりに表層の二機、その点と点を結ぶ直線がおよそどれほどの間隔なのかを目算し、そこから群全体の大まかな配置を試算することとする。
●後方上空からの追撃派
実際の追走選択者は正面に比べると少なく二人で、揃って上空からの初撃を狙っていた。
『行きますよ、藤堂さん!』
その片方であるところの八島 陽(ka1442)がペガサスの背からイブリスを向け弾幕を張り、その中を追う様に藤堂研司(ka0569)の研司砲が砲の雨を降らせていく。
『おぅよ! 片っ端から鉄クズだぁ!』
敵機の大きさも壮観だがそこに思い切り降らせる二人の行動も壮観さに勢いを添えている。
●護りの九十五機
アラヴルムは皆外見が統一されている。羽根を失くした機体はすぐに群から離れハンターの迎撃へと向かっていた。脚の一本、もしくは多少のダメージ程度なら中心機を護る壁を成したままのようで。やはり流動を続けている。
射出口と思われる部位は、ほんの少し胴からはみ出た筒のようなものだ。それは必要な時に伸びるのかもしれないと警戒を怠らないハンター達だったが、今のところ、それが何かを撃ちだすことも、狙いを定めようと動き出す様子も見られていない。
脚捌きは勿論蜘蛛のそれだ。脚どうしがもつれるようなことはなく、脚だけが忙しなく動くことで胴部は非常に安定していると言えるだろう。移動砲台として非常に優秀だと言えるからこそ、その射出口と言う存在は無視できなかった。
●側面から貫いて
「待たせたかー!」
どこにも通信を繋げていない状態で、叫ぶ。ゾファルなりに気合を入れて。
「そんじゃ踊りやがれ、ホットなダンスをなぁ!」
テフロマをアラヴルムの上空に向ける。
『天華落とすぜ! 3、2……』
ファイア!
特に上空を駆ける仲間に届くように通信で警告して、火の雨が降り注ぐ合図にした。
「そぉれだけ連なってりゃ、逃げきれねぇだろ?」
逃がすつもりはない。群れの速度にあわせながら、すぐにゾファルは次へと狙いを定めた。
群の流れから外れた飛べぬ一機は、シオンを執拗に狙ってきている。
「はは、いいぞ、その禍々しいオーラ……!」
突出した汚染結界の範囲を逃れるようにステップを踏む神威に、その攻撃は容易には当たらない。元々が外周付近だったおかげで、避ける方角についても選びようがある。
神威にアラヴルムを翻弄させながらも、シオンは幾度となく猛火を叩きつけていく。
思っていた以上に硬いその身は、だからこそ力をぶつけ甲斐があるというもの。
「この私の獲物となったことを喜べ!」
挑発が通じているのか、神威ではなくシオンへと脚先が伸ばされる。
二回。跳んで避けた後、ワザとアラヴルムの目前へと戻る神威。
「その程度、神威の毛一本奪えないぞ!」
高笑いに近い声をあげシオンが猛火に紫焔を纏わせる。より鋭さを増す得物に呼応するように、背の翼が力を示すように大きく広がる。
「さあ見せろ、貴様らの底力をな!」
振り下ろす猛火は今、爆炎となってアラヴルムを襲った。
時計のように規則的で、不規則な並びを持つ魔法陣が浮かび上がる。撃ちだした光は一筋だが、魔法陣を通り抜ければそれは三針へと変化する。
「ほら、聴こえるかい?」
射手である真水がニィと笑う。違うリズムを刻む光は特別な時にだけ、ひとつに重なるのだ。
タイミングを計って示す先、競うように針が向かっていく。胴に吸いこまれたのは秒針、分針だ。三回攻撃であってもまだ避ける余裕があることにわずかに驚く。
「もっと計れってことかな。まったく、面倒なクモ……いや、アラヴルム、だっけ?」
少しでも虫らしさのない言葉に変えて、次のマテリアルを練り始めた。
「制限時間が来ちゃいますねぇ」
リロード以外の余計な動きをせずにずっと撃ち続けていたハナの声は軽い。
「物足りなくなんかないですよぉ。近いなりに出来ることがありますからねぇ」
ルギートゥスD5を下げてエヴェクサブトスT7を向ける。少しずつ側面へと回りながら、撃ちこむことは忘れない。
カードバインダーだって控えさせている。時間を無駄にするつもりはなかった。
通信を終えたボルディアは清々しい気分で声をあげる。炎を纏う獣の姿で表情は読みにくいが、犬歯を見せびらかすような様子は確かに笑い顔だ。楽しくてたまらないとでもいうような。
「ハッハハハ! やっぱデカブツを吹き飛ばすのは気分がいいぜ!」
空を切るだけでも唸り声をあげるモレクで薙ぎ払う感覚は爽快の一言に尽きる。途中で消滅されると手ごたえが消え物足りなさもあるが、かわりに倒した達成感による充足が得られる。やはり爽快の一言だ。
「……おう、ありがとなヴァン」
効果切れで幻影がかき消えたタイミングを計っていたのか、ボルディアの傍にヴァ―ミリオンが侍る。
「いい子にしてたな、俺のとこにも聞こえたぞ?」
咆哮が届いたと告げれば微かに尻尾が揺れる。軽く身を伏せる様子に頷いて、再び跳び乗る。
「それじゃ二回目、向かうか!」
おっと、セルゲンに連絡入れるんだったな!
『これから回り込む! ところでおまえの配置どっち側だっけか。反対側通って戻らねえとな!』
『進行方向向いて、群の右側だ』
『サンキュ。そんであと二回分は「戻るぜ」だけにするから』
『了解だ!』
通信が聞こえていたのだろう、既にヴァ―ミリオンは群の左側へ向けて駆け始めている。
「すぐに回れそうなら、こっちも使うか?」
片手で軽く毛並を撫でて、ボルディアはエーデルワイスを群の方に向けた。
「それじゃ、こっちも改めて行くか!」
緋虎童子を構えるセルゲンは既に虎を思わせる姿へと変わっている。ぐっと疾風の背を挟み込む脚に力を入れるのはこの後大きく動くからだ。
大きく構えたその高さで、ぐるりと一週薙ぎ斬る。取り回しに腕を迷わせることはない。そしてバランスを崩すなんて野暮なこともなかった。相棒である疾風がセルゲンにあわせて動くことで、刃の高さも斬速も滞りなく維持していた。
(ちったぁ気が引けたかねぇ)
セルゲンの近くの仲間は大半が空を駆けているために周辺確認が少なくて済む。しかし同時に敵から狙いやすい状態でもあった。狙い目だと思ったのかダメージを受けたアラヴルムが数機、セルゲンへと向かってくる。セルゲンとしては狙い通りの状況だ。
「任せたぞ、疾風」
低く身近な唸り声が返事だ。
通信を受けたその瞬間にはセルゲンの緋虎童子は引き寄せる動きに入っている。
「俺もかますとするか!」
疾風の吼え声が相槌となってすぐ、石突を地面へと強く打ち立てた。
セルゲンを執拗に追っている敵機もしっかりと巻き混んで、群の動きが緩くなる。
(次は少し場所をずらすかね?)
斬りかかりながら思考するが、すぐに雑念として振り払った。
(どうせ交互にかます、回数も限られてる! 考えるより斬りつけろ、だな?)
ハナのR7エクスシアから五枚の符が閃き飛んでいく。
「さぁ、囲って捕らえてあげますねぇ♪」
一機をまるごと包み込むように展開し光がアラヴルムへと降り注いだ。結界内部だけに向かうそれは周囲の目を眩ますことはない。
光が収まるころには一機が消えている。
「捕まえた意味がないですぅ」
また、次を試せばいいですけどねぇ♪
強い風で在ろうとするなら。圧をより高くするために重さを積み上げ勢いを利用する方法と、鋭利な刃のようにどこまでも薄く研いで脇目を振らぬ速さを高める方法と……あと、何があるだろうか。
ラファルの羽ばたきに合わせ呼吸を整える。触れる身体から相棒の呼吸も伝わりタイミングは自然と重なる。
「今だッ」
竜巻で羽根を絡めとり、落ちかけた一機へと刃が閃く。ラファルのイルウェスによって捻じれかけた羽根の付け根に、とユリアンの真星が逆方向から斬りこんで。月を幻視するような双つの軌跡が走ったあと、片羽根が折れ落ち、地に着く前に消えていく。
消えた直後から落下するアラヴルムに、厳靖の紫苑が振るわれる。向けられた武器さえも足場にしようと試みているようにも見えて。
(させるかよ!?)
斬りつけ押し込む撃ではない、薙ぐ撃を容易に捉えさせるつもりはない。振り抜いた勢いを使って自身の傍へと引き戻した。
朱金の蝶が詩と共に生まれ出でて、マテリアルの渦に飛びこみその圧を増していく。
群が眼下に辿り着くその時まで、天禄は蜜鈴に伝えられた通り、仲間達の影に居ることに徹し続けている。ひとえに蜜鈴の術が、うねりが誰にも止められず為されるように。己の背で、蜜鈴のマテリアルが練り上げられていく感覚に満足を覚え、任せられているという信頼を噛みしめながら空を舞う。蜜鈴の詩にあわせるように、優雅に。
「……天禄」
詩の節目に、祈りを捧げるような声音で蜜鈴が相棒の名を紡ぐ。答えるように天禄が小さく鳴いて。
『直に大樹が咲く……皆、絡め取られるで無いぞ?』
広く見舞うとの合図を仲間へと告げるその時、天禄は既に動き出している。奇襲のため、影から敵の正面へと。
災い、その詩が紡がれるその時に現れた蝶が飛びこんだ渦、その場所には黄金の種子が完成している。
無造作な仕草で群れの中へと落とされたそれが、見る間に育ち実を結ぶ。
全てではない。けれどその実はどこか林檎に似ていたからだろうか。群の半数近くがその移動を止めた。
地を駆ける機体はその場に留まり後続の機体をわずかに押しとどめる。
空を飛ぶ機体は羽根が止まり、果実と共に地へと落下し始める。しかし真下のアラヴルム達は避けることもなく、むしろ落下する機体を受けとめるかのように動き出した。
実りの証を 甘い雫を
分け合い 支え合い 立ちあがる力を
蜜鈴の祈りに詩が伴えば、蝶もまたマテリアルの具現化、その証として舞い始める。
扇で指し示す先の仲間の元へ、朱金の閃きが寄り添い溶けて、優しき恵の壁をつくりだす。
また一人戦線へと送り出して、再び蜜鈴は新たな種をつくりだす。
「次は茨を……のぅ天禄」
相棒に繋がったままなのは変わらずだ。再び無防備になるのだと、信頼を、名を呼ぶ声音に乗せる。
「……空の王者たる龍が、羽蟲程度に引けを取る筈があるまいな?」
●跳躍の七十六機
抵抗できなかったアラヴルムは確かに羽根での移動、つまり飛行能力を失った。だから落下する。
しかしアラヴルムはただ受け身と言うわけでもなかった。
「……蹴るのである」
叫ぶでも無く、力強くもない声が戦場にぽつりと落ちた。通信機を通さないそれを知覚できたハンターはいないかもしれないが、アラヴルム達は違う。
仲間であるアラヴルム機の落下における接近を感知したアラヴルムはそれぞれ、己の持つ脚の一部を高く掲げ。そして落下機の接触予想タイミングに合わせ……蹴り上げる。
彼らなりの受け身と、そして墜落ダメージの軽減方法であった。
地上機、しかも戦闘を担うアラヴルムが止められた時は確かに止まってしまっていたが。落下したアラヴルムに関しては特に何の対応もせず、中心機は速度を落とさない。護衛の数はまだ足りているとばかりに、そのまま脇目もふらず進路を進んでいく。
脚を止めることになってしまったアラヴルム達の体勢を整え、再び動けるようになるまでの時を無為に過ごすことになる……なんてことも、ない。
動こうが、動かなかろうが。汚染結界は発動しているし。
何れ回復すれば、勝手に追いついてくると分かっているのだ。
●側面より剥がし行く
どろりペンキのような紅で飾るように二筋を光らせて、優しく蜜のように甘く言葉を紡ぎその時を告げる。
「不揃いの枝は要らないだろう? だって、八本もあるのだからね」
焼き上げた鋏で脚を?げばいい。
「いいや、むしろ頭の方が早いかな」
不要な部下を切るように、鋏の支点は真水自身だ。
ホー之丞が群に近づいて、戻る。その最も近づいたその時にあわせて二つの刃が薙いで行く。
脚を刎ねられた一機、複眼を焼かれた一機がギロリと真水を視界に捉えた。
「ッ……あれは機械」
ぎゅうと羽毛を掴む手に力が籠もった。ホー之丞が避けなければ、真水に当たる。それだけ、近付かれてしまう可能性が出てきた。
そのための防壁は用意している。指の感触を思い出し、ディスターブの存在を確認しながら真水は近寄って来ようとする敵を見据えた。
見なければ、受けることもできないから。
天翼の大きな羽ばたきをもって敵を薙ぎ払う。
「っく。思ったより硬いじゃん?」
当たりはするのだ。けれど破壊にまで至らない。スペルランチャーを撃てるタイミングは越えてしまったのが悔しいような、しかし斬り合えるのが嬉しいような。
反撃を受けながら、けれどゾファルの口元には笑みが浮かぶ。
(一対一の殴り合いならなぁ!)
楽しいだろう、なんて思わないでもない。
結界に巻き込まれないようにしながら位置を変え、睨みつけ、そしてまた斬りつける。
「引きつける役は出来てるけどよ」
天華、このまま上空に撃ちこめたら確実に当たるよなあ、なんて内心思っている……流石に味方を巻きこみ過ぎるので、やらないけれど。想像だけなら自由なので。
ハンスが駆る魔導型デュミナスは群の右側から攻撃を仕掛ける。己の周囲全てに赤熱した獄門刀を振るうが、仕掛けられるのは二機が限度である。しかしアラヴルム達は迎撃のために群れを離れてくる事を思えば、二機で収まるのは幸いとも言えた。
「しまっ……!?」
あと一歩届かない距離を詰めるため、二機の内片方が攻撃を捨て回りこんでくる。もう一機とあわせた直線、その結界内に囚われ小さく焦りの声が漏れる。
『ハンスさん!』
タイミングをはかっていた智里の浄化術がその細い結界を解除する。機体が動かせることに安堵の溜息を零す前に、ハンスの口から自然と言葉がこぼれ出る。
『ありがとうございます。流石私のマウジーですね』
機体越しでは視線を合わせることが出来ない。かわりに声色に目いっぱいの感謝と愛情を籠めた。
『いえ……こんな時のための術ですから』
照れたような声が返る。魔導型デュミナスの捉えた情報に、しっかりと智里の照れた顔が映っている。
『こうして回復のお手伝いはできますから、ハンスさんは攻撃に専念してください』
健気にも聞こえる言葉。背中をあずかれると背を押す言葉でもある。
『えぇ、私のマウジーがついているのです』
(こんなときに……)
ただいつも通りの呼称であっても、籠められた感情の度合いが違えば伝わるものがある。頬が染まるのを抑えられなかった智里は、慌てて首を強く振った。
「いってください」
ペガサスに併走を促し、気持ちを切り替える。大きなダメージを喰らった仲間はまだいないようだ。ハンスの駆る魔導型デュミナスの動きに普段、ハンスが行う訓練の様子を重ねてしまうけれど。少しは助けになるだろうとマテリアルを練ることにする。
向ける先は群の方に近い機体。うまくすれば群の方まで影響を与えられるかもしれない……氷柱がアラヴルムの脚へと向かっていった。
紅蓮の放つ炸裂弾は順調に群の内部へと滑り込んでいった。
『群れの中心を狙え』
常に位置を変えるアラヴルムの個を指定するなんて愚は行わない。要は群の駆ける地表に届きさえすればいいのだ。互いに移動中なのだ。途中で敵機に当たれば目論みの最大値を担えるし、そうでなくても飛び散る霰玉が多少は邪魔をするはずだ。
『もう少し前の方でも大丈夫だ』
斬り抜きながら着弾地点を視界に収めたアルトは指示の調整を行う。より中心に近い場所をその炸裂範囲に収められるようにと。
(だが、もうそろそろ限界か)
敵機の数が減っている。それは仲間を巻きこむ可能性も増えるのと同義だ。
『次を撃ち終わったら……』
別に自分の支援でなくても構わないのだ。なら紅蓮を生かす最善は?
『上空の敵を落とせ』
●上空にひとり
『藤堂さん、オレ正面に回りますね』
陽が一斉射撃の連絡を受けた頃には、それなりの数のアラヴルムが迎撃のためにと飛び寄ってきていた。
すまなそうな陽の声に研司は大丈夫だと即座に返す。
『問題ない! 大分釣れたし、俺が引きつけているうちに行きな!』
飛んできたアラヴルムは研司の方に多く、既に飛んできたうちの数機は結界の中に囲い込もうとしながら纏わりつき。竜葵へと攻撃を仕掛けてきている。今はまだかすり傷程度で済んでいるが、あと数機増えたら囲まれる頃合いが迫ってきていた。しかし研司の笑顔は崩れない。
『はい、行ってきます!』
一部が陽の方についていこうとしていたが、その敵機を研司のフォールシュートが留めた。より大きいダメージで認識を上書きされたアラヴルムは改めて研司へと向かって移動に専念している。
「もってあと1回分……ってところか? 竜葵、次に移るからな!」
言いながら、畳んでいた蚩尤へと換装していく。機先を制するまで、あと少しだ。
●正面からは数の暴力
円もしくは直線上に範囲を狙える砲撃は、アラヴルムを捉えるのに都合も良かった。複数機を捉えても二機程度なのは惜しいと思わざるを得なかったが……
(当たるなら充分)
一定の間隔で発射に必要なマテリアルを籠め続ける。弾切れへの対策も最大限整えている。
同じことの繰り返しに飽きるなんてこともなく、機体に染みつかせた動きを繰り返しながらリク自身は敵の動きを見据えていた。
正面に回ってきたアラヴルムは皆リクの砲撃と相対する。砲撃の度に別の機体になるといってもよかった。だからこそアラヴルムの回避行動における稼働パターンの観察が容易だった。リクの正面で何度も試行されるのと同じなのだから。
多足のアラヴルムは、移動そのものは素体となった蜘蛛と同じように動く。そして回避は一部の脚で強く地を蹴り跳躍が基本だ。
正面に回ってくるアラヴルムは飛行して上空からやってくる機体ばかりであるため離陸時の様子は通信で聞いただけになるが、飛行の際も、その跳躍を用いることで助走距離を極端に短縮させているらしい。
アラヴルムの高回避の要は、間違いなく脚である。それが四方にほぼ均等についているからこそ、回避時の跳躍の方向も選べている。
胴部分よりも細い脚を狙うと言うだけなら難しく感じるが、それが八本、胴の周りに着いているのだから、難しいというわけではない。脚の方が細い分脆いのは間違いないのだが、的として小さいからこそ逸れて胴に当たり、より丈夫なせいで彼我が減ってしまうのだとしても。
しかし、だからこその範囲攻撃である。
リクの途切れさえない砲撃は確実にアラヴルムへとダメージを与えている。
「これがキヅカ式キャノン術だ!」
二キヅカキャノン流じゃないのはやはりキヅカキャノンが唯一だからなのだろう。
ラワーユリッヒNG5から放たれる轟音もむしろ心地よいとさえ感じる。しげおに乗っているからこそ感じる揺れも同様に充足感をもたらしている。
『ミリアちゃんナイス!』
受信したリクの声にわずかに首を傾げるミリア。さて今何を起こしたのだったか。確かに当たりにくいやつらにうまく当てたわけだが。
『ん? ああ、脚が吹っ飛んだやつか?』
二本ほど消えた……と思う。そのまま流れにあわせて別の場所に移動したようで今視界には残っていない。
『できたらそのまま脚狙って!』
あいつら普通に駆けてたけどなぁ? 疑問は間によって伝わったらしい。
『それだけでも、避ける方角が減るから、当たりやすくなると思う』
『了解』
このあと皆にも周知させるから、引き続きよろしくと通信が終わる。
「しげお、まだまだいくぞ!」
いいこと思いついたしな?
『弾幕を目印にしてほしい』
その瞬間に攻撃を向けられる者が多ければ多いほど良い。シャーリーンの通信に答えた者達の攻撃がアラヴルムへと向かっていく。
量産型とも呼べる百機は、大きな破損がない限り見分けがつかない。しかも流動しているから通信で特徴を伝えるだけではタイミングを逃しやすいのだ。
そのかわり、シャーリーンのように一個体に向けた視覚効果を伴う手段は非常に有効だと言えた。
スキルの回数分、確実に集中攻撃が行えるのだ。
タイミングを伝えるための合図も行った後、弾幕を作り上げながら敵の動きを見つめるシャーリーン。
(よく避けるのは変わらない……だが何か、特徴がないだろうか)
より意識を集中させ狙う一機を見据える。羽根が増えた分大きくなった敵はそれでも身のこなしを衰えさせてはいないのだ。
一斉射撃の前にペガサスからの補助をうけた陽は、その射撃直後にペガサスを駆り結界内へと飛びこんでいく。隙間を縫う様に奥へと向かうが、アラヴルム達が立ちふさがってくる。
一機目は攻撃を利用して、練り上げたマテリアルの壁を使い弾き飛ばせた。しかし学習されてしまったようで、二機目からは陽を遮るように壁を作るだけ。射線の確保が不可能になり、かつこのままだと上空さえも塞がれる可能性が高い。
「どれだけ壁役が多いんだよ!」
攻撃出来ないかわりに機導浄化術を発動させてはみたが、新たな一機、要の点が増えればすぐ結界が強化されたかのように抵抗を迫られる。
退路を塞がれるギリギリのところですり抜け駆け抜けたところで、ほぅと息を吐いた。
「せめてもっと数を減らしてからなら……いいや」
ぶんと首を振って切り替える。ヴォールそのものを止めなくても群が止まる事もあると外の仲間が証明してくれているのだ。自分は素直に追撃に専念しようと改めた。でも、その前に。
『俺、まだ制圧射撃残ってます!』
シャーリーンの後に合図役を担うと宣言し、正面の仲間達の中へと混ざっていった。
アークスレイから放たれる一撃を視線で追いながらも、魔導型デュミナスの脚は後方へと向かう。引き撃ちを続けながらサクラ・エルフリード(ka2598)は小さく息を吐く。
「相手の数が多いだけに下手に近づいても囲まれるだけ、ですかね……」
実際に視認するのは難しいが、仲間の中継とも呼べる通信に耳を傾ける。
「射撃でどれくらい削れるか……」
合図にあわせた攻撃は敵機に命中させることが出来たようだ。確実に消えた一機は後に何も残さないし、今はもう別の敵機がその場所を駆けている。見た目が全く同じせいで、もう一度生まれ直したように見えてしまう。
「いえ、確実に倒しているのですけどね……」
小さく首を振って嫌な考えを振り払う。思考を脇に逸らしてはいけないと思い直して。
リロードは無意識下で終わらせていた。
「今回は前に出ず射撃だけで頑張りますよ」
その為に射撃武器を優先して積んできたのだ。
(近接も一応出来ますけども……)
迎え撃たれて負傷するリスクを、自分から進んで背負うつもりはなかった。
正面から仕掛ける仲間達と共に一斉射撃、その爽快感と言ったら!
しかし一斉射撃でも、避ける時は避ける。それは単なる運だった可能性も否定はできないのだが。
「正面ばかりなのも悪かったのかな……ま、やってみればいいだけだ!」
足止めの効果は随分と効果覿面といった具合で、だからこそ群の速度はその都度落ちる、それにあわせて攻撃を集中させることも可能となり……なにより併走の必要性が減る分仲間の移動も容易になったというわけだ。
『こちら正面のミリアだ。誰か十字砲火に協力してくれ!』
出来るだけ別の方角に居る仲間が手を貸してくれればいいんだが……どうなるかな?
『こちら右側正面寄り対崎だ。必要なら側面にもう少し周り込む!』
対崎 紋次郎(ka1892)の声を皮切りに射撃主体で攻撃しているハンター達が声をあげていく。
『助かる! ボク……ミリアも左側正面寄りに向かう』
仕掛ける方角も多い方が良いだろうと、ミリアも移動を始めた。組んでいるリクも同様だ。
進路妨害の都合が一番の理由だろうが。正面、もしくは正面に準じた位置からの迎撃を考える者が多い。
その影響もありどうしても正面という一方からの攻撃が多くなりがちだ。それは四方に跳躍が可能なアラヴルムからしてみれば、より避けやすい状況だったということでもあるのだろう。
幻影を纏い駆ける未悠はしなやかさが増している。撃ちだした魔法の五矢の着弾是非を見てすぐに踵を返し必要なだけの距離をとるために駆ける。
「二機に纏めなくちゃいけないみたいね」
一機に一矢。五機を狙ったが全て躱されている。素の回避能力が高いのはアラクネに引き続きアラヴルムもそうであるらしい……その情報を脳裏に刻み、すぐに取れる対策へと移行することにする。
改めて次の標的をと群を見据える未悠の耳に羽ばたきが聞こえた。目だけで視線を向ければ相棒であるユノが指示を仰ぐ様に併走していて。
「……そうね、私はまだ大丈夫。他の怪我人を優先してちょうだい」
頷くような動きのあと、ユノが離れていく。
再び敵機を見据え放った五矢は二、三に分かれて二機へと向かっていく。当たったことに安堵しつつ、未悠は手応えの薄さに違和感がぬぐえない。普段は近接戦闘が多い未悠にとって慣れない光景だからだろう。
「でも、シャーリーンと一緒だから心強いわ」
だから出来ることで最大限を引き出すために、敵を見据える。繰り返すことで、敵の流れを読むために。
それぞれの配置を改めて聞きながら、紋次郎はストライトを駆り側面へと移動していた。誰の確認を待つでもなく必要だと、判断が先に出来たからだ。
何より側面に移動するということは併走分の余力が不要だ。少し下がる程度で標的であるアラヴルム達が移動してくれる。あらかじめ決めていた距離を少ない労力で維持できるし、なによりもこの間は落ち着いて敵を狙うことができるくらいだ。
『その瞬間一番前に、先頭に出ている機体を狙うってことでいいんじゃないか』
ある程度数が減ったからなのだが、その時点での群において最前線と認識されるアラヴルムはほぼ一機、タイミングによってだが稀に二機になるといった具合だ。合図での一斉射撃の標的が随分と絞ることが可能な状況にまで戦況が変化した証だとも言える。その事実を浮き彫りにした提案の主である紋次郎が合図を担うことになる。
これまでも狙いを定めるために見つめ続けたアラヴルム、その飛行段階へと入る最初の挙動、跳躍の瞬間にあわせて攻撃が向かうように、カウントする声には緊張が混じった。
『5、4、3、2、1……ファイア!』
マリエルの指示に従いながら、追ってくるアラヴルムへとカオスウィースを突き入れる。身体が大きい分二機目まで届けられないのが悔しくもあるが、レイアはその無念も踏み込みの一歩に籠めた。
「これでっ、どうだ!」
引きつけながらも攻撃を積み重ねた結果がここで認められる。貫かれた胴部を中心に消えていく様子に小さな安堵の息を零す。油断ではない。なにせまだレイアを追うアラヴルムは残っているのだ。
「次はお前だな、まだまだ相手をしてやれるぞ!」
アウローラが呼応するように吼えた。
レイアに移動先を支持しながら、その怪我の度合いを気にかけていたマリエルがレイアへと声をかける。
『無理しないで、と言いましたよ?』
アウローラの傷が大分増えている。
『ああ……夢中になってしまっていた』
平時と変わらないレイアの声に、小さくため息を零す。
『もうたくさん傷が出来ているじゃないですか……癒します、持ちこたえて下さい』
言いながらグリフォンを降下させる。効果が高い分、触れられるほどの近くに居なければ祈りを届けることが出来ない。
『追ってきているアラヴルムはしっかり止めるわね! レイアを狙っているおかげでさっきより多く巻きこめそう!』
ルビスの影がアウローラの後方に移動して来ていると感じてすぐに真夕の声が届けられる。
『感謝する!』
「……アウローラにも、ですよ」
祈り終えて微笑むマリエルがめっ、とばかりに言葉を挟んで。
「そうだな。助かった、アウローラ。……まだ終わっていない、よろしく頼むな」
(今だけは私に引きつけ……ううん、倒しきるつもりでなくては)
三人の中で一番攻撃力が高いという意味で、真夕は狙われやすい存在だ。奇しくも今はレイアのソウルトーチの効果が終わったところだ。それはレイアの回復を優先する意味でも都合がいいはずなのだけれど。
(わざわざ飛んでまで来るのかしら)
厄介な相手だと認識された場合。それは強敵だと認められたことになる、それは少なからず縁のあったあの研究者によるものなのだろうか?
「むしろ倒しに来るくらいして欲しいものね」
確かに、この群の中に居るとは聞いているけれど。こっちから守りを全て剥がしたら、悔しそうな顔をするのかしら?
考える程に好戦的な感情が刺激されると言うのもどうなのか。そう思いながら繰り出すと決めたのは五本の矢。
「ルビス、少しの間だけ、任せてもいい?」
そっと撫でながら頼めば、同意を示す声が聞こえ、真夕は近くのアラヴルムへと奇襲を仕掛ける。
二矢、そして三矢。真夕が放ったそれらを全て身に受けた二機が消えていく。その様子に安堵を覚えながらマリエルはコギトを構えていた。地上に近いうえ、充分にアラヴルムから攻撃を受けてしまう高さ。再び真夕の傍に戻るには少し時間が必要だった。いつでも攻撃を受け流せるよう意識は敵影へと向いている。
ちらりと、別の配置で戦っているはずの仲間の状況を憂う。この作戦の本懐へと連戦が決まっているユリアンの事。
(彼等の為にも余裕が残せるといいのですが)
マリエルにとってもヴォールは初見ではない相手だからこそ、本隊への道を拓くその意志は強い。だからこそ回復に終始するだけでなく、こうして菊理媛を選んで構えているのだ。
自らが音頭をとった掃射で確実に四機の消滅を先導できたことに安堵はあるが、まだ敵は残っている。
「あとはもう、直接目印をつけるしかないだろう……」
アルスターの演算能力を加速させていく。精密に求められた結果を元に放つ弾丸は迷うことなく一機の翼へと辿り着く。
その冷気が羽根に氷の装飾を追加したことに気付いて、小さく安堵の吐息を漏らす。
『こちらシャーリーン。一機墜落させている……目印は、羽根の氷だ』
さぞ陽射しを跳ね返して目立つことだろう。
●追走と五十七機
ハンターへの迎撃は、まず彼らに攻撃がすぐ届くかどうかの判断から始まっているらしい。
前進時と同じ速度のままでも攻撃できるようなら、そのまま攻撃してきたハンターへと反撃を狙う。
しかし簡単には追いつかない場合、彼等は彼等にとっての敵を自分達のテリトリーに巻き込むところから始める……つまり、攻撃を捨て回り込むことを最重視する。
その方が敵の攻略が容易だと、アラヴルム達は知っているのだ。
少なくともヴォールがその都度指示を出している様子は見られない。垣間見える頻度は高くなったが、相変わらずかの男はただ真直ぐにエルフハイムを目指しているようである。
強いて言うなら俯き気味の姿勢なので、機内で何か作業をしている可能性はあったけれども。
●上空の視点は
敵群の移動が止まったその時、ほぼ無傷と思われる敵機を利用して耐久値の算出データを入手したエラ。このタイミングに至るまでに集まったデータの信憑性にも裏付けが取れた形だ。
「矢で少なくとも5、当たりが悪ければ6」
エラが二回五矢を放てば、確定で一機、当たりが良ければ二機の対処が可能だとの結果である。勿論同じ敵機に攻撃を続けられればと言う注釈がつくが。
北極の身体が方向転換したことに併せ意識を戦場へと向け直す。セルゲンを囲もうと動く敵機は足を止められた腹いせなのか、数が多いため完全に避けるのは厳しそうで。
『今から浄化を行います』
以前の話を聞く限りは一時的な対処だとのことだけれど。抜け出すにしろ倒すにしろ、必要な事。
(基点となる楔そのものを消すには)
また一つ、エラの思考の種がもたらされたと言ってもいいだろう。
「魔矢兵主神!」
素早く撃ちだされていく矢が、自らを囲うアラヴルム達に突き刺さる。怒涛の連続攻撃の隙を見て竜葵に離脱を促す研司。
「地上に着いたら離脱だな。回復を頼んでおくから、しっかり治してもらうんだぞ?」
それじゃ頼む! その声を合図に全力で地上へと向かう。マテリアル収束の準備時間をとるには、アラヴルム達同様に移動を最優先にして待ち構えるしか方法がないのである。研司を降ろしてから再び全力で駆ければ十分に間に合うくらいには速いのだ、竜葵は。
なるべく俯瞰して戦場を見極めなければならない。そこを担う仲間の声がインカムの向こうから聞こえてくるだろうから、その内容を聴き逃してはならない。ルカは味方の怪我を即座に治し万全の体勢を維持する為にここに来ている。
(あくまでも、優先……私が空いているうちは、戦っていい……)
併走しながら、仲間の射線を確認し射撃を添わせながら。ルカは平静な思考を維持することに努める。
(できれば……負傷した敵機を狙い撃ちたくも……あるけど)
次はどうしようか、迷うその時に届いたエラの声にルカは意識を改める。今、怪我人に一番近いのはルカだ。
「今……治します……!」
祈りを籠めたマテリアルがルカから届けられていく。
「9体限界まで引けなかったがそれはそれ! お前達はここで落としきる!」
直線に近い状態で飛んでくるアラヴルムに正面から向かい合う研司。マテリアルの収束も併せこれまでより大きな一射が放たれ、穿つ。空に向かい遠い星を仰ぐように高く。
「そのままブチ抜けぃ!!」
戦線に復帰した竜葵の齎す焔が燃え盛る音を聞きながら、研司の放つ一矢は貫いたアラヴルム達を全て消し去っていった。
●縮小からの猛攻と拓かれた道
あくまでも媒体ではあるのだが、噴火から発射されたかのように巨大な光の矢がアラヴルムへと向かっていく。三矢分の威力を集めたその威力はこれまでの比ではないとも言える。
「……だいぶ孤立に近づいたか」
順調に進んでいる戦況に満足気な笑みを浮かべて、紋次郎は次の獲物へと視線を走らせた。
周囲を見る余裕も増えてくる。慣れたと言いきれるほどではないが、胸の内に残していた疑問を、今ならと浮上させるユリアン。
(壁は単なる壁だろうか)
こうして、最高傑作と決めたらしいアラヴルムに統一してこれだけの数を揃えてきた。その動きや性能を見る限り、これまでヴォールが出してきた剣機型は確かに全て、試作の域を出なかったのだと納得ができる。
ただの移動用に使っていたと思っていた、リンドヴルムさえもこうして合成させてきたくらいだ。
だからこそ。
(何一つ無駄にして来なかったからこそ、倒した機体は……?)
いつかのように倒しても消えず、そのまま汚染結界として道を作り上げることさえも可能性として考えていた。鴉型が飛び出してこないだろうかと警戒もしていた。しかし、削られた壁であるアラヴルムは、先ほどユリアンが斬り離した羽根と同じように後腐れなく消えている。
その違和感が、どうしても拭えない。しかし順当な推測も出てこない。
「……本人に聞けるかな」
この後、直接まみえる機会が得られたことを思い出す。
「ラファル。もう少し付き合って」
己も駆け抜ける道をもっと早く拓くためにまた、駆ける。
曲調を変える為に、再びキランの弦を紡ぐ。身体の奥から響かせる重低音とも呼べそうな声が次第に速さを増して戦場を、耳を震わせる。それはハンターの耳にはなんの効果もない、けれど籠められたマテリアルによる圧が機械を纏う身体にさえも圧をかけ、脆さを露出させていく。
(次は突き入れるように狙ってみるかねぇ)
双龍がキランから紫苑へと渡ってくると同時に持ち替える厳靖。既に薙ぎ払いは使い切ってしまっている。少しでも得をとるなら……空中、上方から狙う事も考えてやはり翼だろう。ユリアンの狙いに合わせる意味でも。
数が減ってきたことで油断していたつもりはないのだが。一機、サクラの駆る魔導型デュミナスへその脚先を向けようとしている。
「あまり近づかないでください……!」
通じるわけでもないが、つい大声になってしまう。
「今回は近接戦はするつもりがないのですよ……」
下がりながら撃っていたうえで近付かれているのは、途中でサクラ自身が配置を変えた影響だ。
(囲まれないだけまし……ですか)
メディオコーノの構えを変えて向き合う。
「仕方ありませんね……お相手、しますから……」
魔導型デュナミスの周囲を光が覆っていく。サクラ自身の齎した護りの光が収まったその時、騎士の構えをしたデュナミスが立っている。
「送ってあげますね……!」
「ほれ、行ってこい」
ともにラファルから降りた厳靖がユリアンの背を叩く。今度は軽く、けれど押し出すように。
「ユリアンさん!」
グリフォンを駆りその背を追いながら、祈りの、そして護りの意思を込めたマテリアルを放つマリエル。
「ここからが本番なんですよね」
脚を留めるつもりはないので、返事を待たずに伝えたい言葉を続けていく。傷跡はもう残っていないことに安堵して、笑顔で送り出すことにする。
「……お願いします!」
●二十機から、ゼロへ
既に破損も見られる機体も含めて、二十機。破損がないように見える機体は六機かそこらで、その中でもヴォールの駆るアーマー型の傍に侍るのは、ごくわずか。
それ以外の機体はそれぞれが、ハンター達への迎撃として群れから離れてしまっていた。
『……!!』
言葉として認識できない音がアーマー型から放たれる。ノイズが多分に混じったそれを合図に全てのアラヴルムがヴォールの在る方角へと、胴にある管……射出口らしき部位を向けた。
ハンター達と戦っていても、護るために侍っていても、全てである。
バシュン!!!
全てのアラヴルムから放たれる細長い何か。それは完全にアラヴルムから離れることが無く……むしろどこまでも、繋がっている。
「! まずい、あれはコードだ!」
消えかけの剣機型歪虚の実態を取り戻すために使われたのと、同じもの。
体験した戦闘データを移せると、予想されたもの。
……たった今までの戦闘の情報が、ただ前進していただけと思われるヴォールの、彼の駆るアーマー型に渡る可能性も、否定できない。
(((そんなの、邪魔するに決まってる)))
一瞬の驚きはあったが、即座にコードを叩き斬り、燃やし、撃ち抜き……それぞれが我先にとコードを破壊していく。
群は止まっているし、何より繋がっていたアラヴルム達はその時動きを止めていた。コードもアラヴルム程強固なものではない為、あっさりとその繋がりは断たれていった。
本隊の八名が揃い、ヴォールへと向かっていく。
既に百なんて数は残っていない。脅威なんてものではなくなっている。
倒した残骸はきれいさっぱり残ってもいないから、足場が悪いなんてことも、汚染結界が広がっているなんて問題も起きていない。
まだ回復手段も残っている……これから重傷者が出たとしても数名ならどうにかできるくらいの余裕はある。
何よりハンター達はまだまだ戦意に溢れている。
はじめの二割。それくらいどうってことはないじゃないか?
道は拓いた、しかし敵はまだ残っている。
ならば。
ハンター達は残りを全て殲滅させようと、改めて武器を構えた。
汚染結界の欠片も残さない、そのために。
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作戦会議室 ミリア・ラスティソード(ka1287) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2018/12/13 00:35:37 |
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シャイネへの質問所 ミリア・ラスティソード(ka1287) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2018/12/10 17:43:45 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/12/12 11:51:40 |