人形繰り「転成」

マスター:DoLLer

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
3~10人
サポート
0~3人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/03/04 19:00
完成日
2019/03/18 10:40

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「いいか、解呪なんて可愛いもん想像すんなよ」
 錬魔院のご用達の研究開発用の防御結界を何重にも織り込んだ殺風景な空間でレギンは全員の顔を見てそう言った。
「まずこいつには百ン十年分の人形使いの記憶をマテリアルにして格納してある。ついでにいえば帝国に征服された種族の怨念を核にしてだ。この核も一人のもんじゃない。帝国滅びろという無数の呪いの塊だ。こんな指輪一つに収まってるなんて奇跡だよ」
 部屋の中心。魔法陣を敷かれた上に置かれているのは黄金の指輪が一つ。そう、人形使いを生み出す皇帝の指輪だ。
「こいつはレイオニールという錬金術が研究していたマテリアルの高度濃縮法と似ている。封印を解いた瞬間、そのマテリアルが一気に吹き出る。その錬金術師は研究失敗して家ごと吹き飛んだ。いいか、この数十分の一のマテリアルで家が吹き飛んだんだぞ」
 そう、今やろうとしているのは、人形使いの呪いを解く、端的に言えばこの指輪から新たな人形使いが生まれないようにするための方法だった。

「それは私めにお任せくださいませ。なに、西方三国から切り離され歪虚の脅威から守り続けた、エトファリカ伝統の符術にかかりますれば。いやまあ黒龍様のおかげでございましたが。その程度なんとかしてみせまする」
 ふふん。と符術士五条は鼻で笑った。
 ミネアカンパニーが休業したことを受けて般若の形相でやってきたこの女性が、まさか一番の切り札になろうとは誰が思っただろうか。
「それだけで終わんねぇからな。中にこもってるマテリアルの塊は人形使いの人格をある程度有している。つまりそいつは帝国に縁のある。簡単に言えばここにいる全員をぶち殺しに来る。人形使いの誕生を聞く限り、亡霊型みたいに誰かに憑依しにくるだろう。そこで、こいつだ」
 壁の端に置かれた機械人形をレギンは指さした。
「乗っ取るよりこっちに憑依した方が良い。と思える機械に乗り移らせる。見た目がえげつないのは勘弁しろよ。同士討ち防止のためにはどうしても俺らより強く、いかつく、凶悪そうでないといけないんだから」
「えー、趣味悪い。もう少しこう、イケメンの」
「イケメンの? なに?」
 エルフの巫女装束に着替えて準備していたミーファの発言に、全く同じ顔姿のサイアが尋ね返した。尋ね返したというより、それ以上言ったらはたき倒すという脅迫に近かった。
「そこで最後にお二人の浄化術して、呪いを浄化させたうえで、リンクした人形使いに影響を及ぼさないように知識の上書き、歌を封じ込めるって作戦だ」
 緊張感の欠片もない二人に、レギンは念押しして同意を得ると、ふーっとため息をついた。
「でももったいねぇなぁ。錬金術の歴史的にも秘宝クラスだし、征服された異種族の歴史なんて今はほとんど残ってないからそういう意味でも価値がある。帝国を百年にわたって苦しめた人形使いの知識ってのも解析すれば、色んな利用法があるんじゃねぇか。こんなの蓋開けたらもう一巻の終わりだぜ。おんなじ物はもう作れねぇ。そして二度と復元もできねぇぞ」
「未来にあってはならないものなの。そもそも二つも指輪が用意されていたのも、親子同士で謀殺しあうことを恐れてのことでしょうし」
 クリームヒルトは静かにそう語ると、傍に立つテミスの背に手を置いた。
 ただの羊飼いの娘だった彼女は、人形使いの策謀に一番翻弄されたといえるだろう。村を襲撃され、誘拐されて暗殺者として育てられ、そして目を覚ました後はメイド。
 それなのに人形使いはまだ彼女を利用しようとしていた。すべてを消して闇へと閉ざすキラードールの種を残すという手段を使って。サポートに来ていたハンターの言葉がなければ今この場はもっち違っていたものになっていたかもしれない。
 そして今は点景となった地獄絵図をふと頭によぎらせながら。
「それが私たちの総意だから」
 クリームヒルトの言葉にレギンはため息をついた。
「姫さんにやるかどうか聞くなんて、野暮だったこと思い出したよ」
「でもギュントは大丈夫なのよね?」
 アミィが心配そうに尋ねる。
 この指輪に紐づけされている人形使いはギュントだ。先程からの説明を聞く限り、身心とも満足な状態で指輪と切り離されるかどうかわからない。そして次は自分の番なのである。
「……理論上はな」
「理論上って!!」
「当たり前だろ、前例がねぇんだからよ。導き出せる可能性は3つしかない。無事で済むか、爆発で体が死ぬか、マテリアルの塊に乗っ取られて心が死ぬか、だ」
 その言葉にアミィはぐずぐずとしていたが、その肩に手を置いたのはギュントだった。
「アミィ。お前には私と言う前例がある。よく見ておくことだ」
「ギュントは怖くないの?」
「クリームヒルト様が信じることを私が信じないでどうする。私は確かに以前は自己中心的で俗悪だった。人など金を生むミトコンドリアと同程度にしか考えなかったさ。だが、人形使いの知識が私の知見を拡げた。元に戻ろうとは思わないし……人に与せぬ存在でいるなら、死も受け入れる」
 ギュントは立ち上がり、自分で後ろ手に手錠をはめて座り込んだ。
「さあ、始めてくれないか」

 始まる詠唱。
 唸り出す機械、光出す結界。そして呪符の数々。

 その中で指輪から黒い光が漏れ出した次の瞬間。
「!!!???」
 強烈なマテリアル風が一同を薙ぎ払った。何重にもかけた結界が一瞬で吹き飛び、視界が一瞬ホワイトアウトする。衝撃だけで意識をもっていかれそうになるのを亀裂の入った壁に身体を預けてなんとか堪える。
 骨がきしむ。
 次の瞬間、一同の視界に移ったのは真っ黒なうねりだった。
 マテリアルの渦かと思っていたそれだが、それは真横に倒れると先端に3つの小さな渦がうまれて口と両目を成した。
「蛇……封印の精霊ってやっぱり、それか」
「残滓だよ。だがマテリアルを食らったそれは本物より凶悪かもしれんぞ」
 それは無数の死者を弄んだ悪魔の蛇ファルバウティそっくりだった。が、本体はとっくにもう存在していない。ここにあるのはただ蹂躙し、仇なそうという意志のみの存在。
 かつての帝国がそうであったように。
 人形使いたちの猛悪なる本性のように。
 征服された人間たちがそう願ったように!
「いいか、あれはエネルギーの塊だ。覚醒者なら傷はつけられるだろうが効率が悪い。まずは機械に憑依させろ。檻に閉じ込めるんだ! その後で浄化だ。マテリアルの爆発で結界が壊れた時点でおわりだからそれまでにやりきれよ!!!」
 レギンは結界の防御強化を機導術で図りながら、そう叫んだ。

リプレイ本文

 強烈な爆発とせめぎ合う結界。ぶつかり合うマテリアルが世界を歪曲して見せる。熱波と烈火が走る、巡る。
 波状に揺れる部屋の中で、悪魔の蛇はそれが自分の居場所だとばかりにずるりと生まれ落ち威容の姿で鎌首をもたげて、ぐるりと辺りを見回した。
「ああ、当時の皇帝はこんなものに頼ってしまいましたのね」
 音羽 美沙樹(ka4757)はなんとも情けないといった気持ちで、それと同時に目の前の怨敵に憎む気持ちで、そう呟きながら、龍剣をスラリ引き抜いた。それと同時に美沙樹の覚醒と反応して、青い炎が迸りはじめる。その炎の輝きでサファイアのような瞳をさらに青く煌めかせて独り言ちた。
「なんか探しているんですかねー?」
 美沙樹の威風にも悪魔の蛇は周りを見回すばかり。
 ソフィア =リリィホルム(ka2383)も武器を構えながら訝むのを南條 真水(ka2377)が蛇の目線を追いながら、つぶやく。
「今が夢であるのか、それとも今までが夢であったのか。なーんて思っているのかもよ。つまり、自分と言う存在が何をすべきか考えてる。夢も今も、自分であることには違いないという結論に至るためにね」
 真水の言葉に神楽(ka2032)は、あー。と小さく頷いた。それと同時に悪魔の蛇の視線が定まる。
「皇子。モテモテっすね! どうせなら大好きな人と一緒にいるといいっすよ」
 次の瞬間、無秩序なマテリアルの爆発が向かい風のように流れ始めてくるではないか。三半規管がマテリアルで酔い、押し倒されるような幻覚の流れに乗って、悪魔の蛇が身もだえた。
「断ち切ってみせますわ」
 動いたのは悪魔の蛇の方が早い。
 なのに、美沙樹の剣はもう悪魔の蛇の大口に届いていた。
 機を読めば後して先ずることも可能。風を読み、風を渡る舞刀士の技。それが先手必勝。
「だぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 悪魔の蛇の口から洩れるシグルドへの怨念で身が焼き焦がされそうになる。
 肌が焼き付くと同時に、血なまぐさい光景がフラッシュバックする。
 空が黒く霞むほどの矢の雨。顔面が矢襖になる恋人。溢れる内臓を引きずって逃げる友人。熱で白濁化した目玉。生きたまま埋められた家族。飢えで頭がおかしくなり砂利を噛む味。そんなものが一斉に襲い掛かって、五感が、肉体が、頭が、一瞬でパンクし、体を流れるマテリアルが混乱を極めて内部から裂傷や火傷が吹き出てくる。
「呪いの塊……そういうことですね。でも、でも」
 美沙樹は気を吐いて刃を真一文字に切り裂いた。
「同じことの繰り返しを許してはなりませんのっ」
 それは小さな一撃ではあったが悪魔の蛇の動き、マテリアルの流れをずらしてシグルドから外すには十分だった。
 切り裂いた腕がもう動かない。いつもなら清風のごとき不留一歩も、ずるずるとしたものだった。それでもキラードールを前にしてもう一度剣を構える。
 そんな美沙樹に駆け寄ったユメリア(ka7010)の歌声が届く。

 光あふれる森 優しき土の香り

 赤と黒だけで構成さた残酷な世界に光が差して、光景がちらりと変わると、自然と痛みも引いてくる。ユメリアは子守唄でも聴かせるかのようにヒールという名の歌を歌い上げる。
「ユメリアさん、危ないっ」
 わき目もふらず美沙樹を回復させるユメリアごと吹き飛ばすように、悪魔の蛇が突進してくる。
「!」
 長い髪が舞い上がった。
 それはユメリアの青銀でもなく、美沙樹の金でもなく。
「彼女の背中は私が守るって約束したの」
 高瀬 未悠(ka3199)の黒髪だった。エグリゴリを地面に立てて、その攻撃を正面から押し返していた。しかし津波のようなマテリアルの巨体は今度はずるりずるりと浸潤するように一同を飲み込んでいく。
 真っ黒な巨体に、戦争……いや、無残な侵略の絵巻物が広がり、美沙樹を、ユメリアを、未悠を飲み込んでいく。
 いや、行く前にそれは星の光として消えた。

 想いは月夜の光に託し、願うは静謐……思い出して。静かな夜を

 ルナ・レンフィールド(ka1565)の音色が悪夢のような光景をことごとく星の光に変えていった。そして静かに降り注ぐ優しいマテリアルが人々の体に青い月光として宿る。
「優しい音色ですね。それでいて悪夢に負けない強さを感じます」
 治療を終えたユメリアがルナに振り向いて優しく微笑んだ。
 それがルナの歩みを全部受け止めて肯定してくれているようで、少しの畏敬を感じると共に、見守ってもらえているような安心感がある。ルナの音色はさらに強くなり、悪魔の蛇が作る夜の帳すら月明かりで満たした。
「よし、これで」
 ルナの音色で憑依をも弾き、そのままキラードールに向かうように願ってリラ(ka5679)のアンクレットが打ちなって涼やかな音を立てた。
「さあ、夜は終わりです。冬は去りました」
「そっす。人形使いとしてお前を閉じ込めてきた帝国を恨むのは当然の事っすよ。でも、覚えてないっすかね。17年前に……お前が滅ぼしたんすよ」
 リラのステップの前に立って神楽が声をかけた。この悪魔の蛇は知っているはずなのだ。ブンドルフが切り刻まれてゴミ捨て場に投げ捨てられていたことを。目の前で見ていなくても、そうするように唆した本人なのだから。
「だから」
 言葉を遮るようにしてマテリアルの風が神楽を襲った。
 走馬灯のように神楽の脳裏に戦火が映る。ゲタゲタと笑いながら高貴な衣装に包まれた肉塊が切り刻まれる様子を。だが、それが一瞬映像がぶれて、もっと古代の粗野な王族に重なる。この帝国のどこかにいた異種族の王だろうか。それが何度も、姿を変え、形を変え、神楽を黒縄地獄のように何度も切り伏せる。
 自分が切り刻まれるような幻影に一瞬神楽は渋面を浮かべたが、そのまま神楽は自分のマテリアルを体に満たして耐え忍びながら言葉を続けた。
「1人じゃ足りないっすか。一度の革命じゃ気が済まないっすか。でも帝国は1つしかないんすよ。群体と唯一では、命の数が違うっすよ。お前はもう何万もの命を束ねた唯一を倒しちまったんす」
 何度も切り刻まれる、焼かれる。飢えの辛さ、孤独の寂しさ、裏切りの恐怖に苛まされながら。それでも神楽のリジェネレーションによる諦めない心がそれを癒していく。
「何百年経っても終わんねーすよ」
 神楽を倒すことも、満足することも。
 蛇は叫んだ。
「目覚めてっ!! 夜しかない日は一度でもありましたかっ」
 全身全霊を込めて襲い掛かる悪魔の蛇を喝破するようにして、クリスタルが強く地面に高らかに音を鳴らし、神楽への攻撃を弾き返した。

 ガシャアアアアン!!!!

「!?」
 だからこそ誰にも反応できなかった。リラごと、まさかキラードールを跳ね飛ばそうなどとは誰も想像できなかったし、それをさせないようすることも誰もできなかった。
 巨体によって跳ね飛ばされたキラードールはマテリアルの爆発を緩和させる結界の符に直撃。リラが呻きを上げる横を、悪魔の蛇はへしゃげた鉄の扉を潜り抜けていく。
「クリームヒルトっ!!!」
 消えていった出口に向かって未悠が飛び出そうとした、次の瞬間。強いマテリアルの衝撃が未悠の髪を激しく振り乱させた。
「安心しろ。クリームヒルト達には指一本触れさせないからさ」
 全力でマテリアルを叩きつけたのか、超々重鞘を構えた体から少しマテリアルの靄を立たせるリューがクリームヒルト達の前にいた。
「リューさん! ありがとうっ」
 リラは即座に悪魔の蛇の巨体をすり抜け、リューの横に並び立つと、大きく手を開いてステップを二度、踏んだ。
 私の意地。
 目の前にいる一体が、百年の地獄と、千を超える悲劇と、露と消えた万の命を束ねた存在だとしても。
 決して負けないという気持ち。それでいて、単なる敵とも思わない気持ち。二つの気持ちがタップとなって響き、また体内には金剛不壊として巡ると、リラは真正面からぶつかり悪魔の蛇をじりじりと押し下げた。
 ただ目線だけはクリームヒルトから外れようとしない。もう言葉すらもたない蛇でも、沈黙の中で何かを訴求しているようでもあったが、ミネアやテミスを守るクリームヒルトの冷厳とした瞳は変わらない。
「戻りな。お前の相手はそっちじゃない」
 目での会話を断ち切って、悪魔の蛇の視線を奪ったのはソフィアだった。テンプテーションを得た魔性の瞳で引き付けると同時にガンマレイを通路で解き放ち、クリームヒルトとの間に線引きを作り出す。
「森に剣豪に。ゆくゆく物語の否定には縁がある気がするぜ。だがよ、自分じゃどうにもならねぇ鎖をほどく、そんな優しい手伝いなんざ今回が初めてだぜ」
 ソフィアは笑うと片腕でブリューナクを目線の高さまで持ち上げ、ゆるりと星の力を込めていく。
「だから他の奴らみたいなぬるま湯みたいな優しいやり方なんて期待すんなよ。優しい言葉をかけてやれるのは死んだあとだけだ」
 紫の瞳が濡れるように光ると、完全に悪魔の蛇はそれに取り込まれたように、ずるりずるりと部屋に戻りはじめた。

「どうしようか、これ。これに憑依すると思う? 南條さんはしないと思う」
 その後ろ。部屋の中ではそんな相談が広げられていた。
 なにしろキラードールはもう一目でスクラップとなっていた。小さな町くらいなら吹き飛ばすほどのマテリアルを閉じ込め安定化させる結界破りの『砲弾』にされたのだから当然の話である。
 レギンと君香が手を抜けば全員がマテリアル風で今すぐ吹き飛ぶだろうし、そうでないから、挟まったまま結界を維持した結果は、ドールの分断であった。
「じゃあ、別の方法を考えればいいんじゃないかな。恨みを強制的に吹き飛ばすって、ベストじゃないと思う。うん、レギンさんもめいっぱい心配してくれているんだと思うけど」
 岩井崎 メル(ka0520)は武器を地面に投げ捨てると、肩をグルグルと回した。
「……本気? 君が『志操堅固』って呼ばれてるのは知ってるけど」
「自分にできることをやるしかないじゃん。あっちの優しい女性陣にはやらせたくないし、かと言って南條君とか強すぎるでしょ。私くらいがちょうどいいんじゃないかなぁって」
「あんなものただの音の出る汚物だ。下手な温情なぞ、カビにパンをくれてやるようなものだ」
 メルのやる気のある態度に、阿とも吽とも言えぬしかめっ面を浮かべてアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は言った。
「……あの時からさ。君とは絶対に相容れないって思ってた。だけど、肝心の計画がダメになったなら、どんなことでも可能性を賭けてみるしかない。個人の好き嫌いなんて捨てなきゃならない」
「戦術的な物の見方だ。私にも策の一つや二つはあるが、そちらが廃案になってからでも遅くはない。付き合うくらいはしてやるぞ。精々、心がくじけんように気を持てよ」
 メルとアウレールは互いに一瞥しあって距離を取る。その間で真水が二人の背中を見てため息をついた。
「うわぁ、これってボクが板挟みになって一番苦しむ話では」
 そんな呟きもどこ吹く風でメルは舞い戻った悪魔の蛇に手を広げて見せた。行き先を防ぐように、呼び寄せるように。
「おいで、私の体、貸してあげる。やりたかったこと、晴らすといいよ」
「メル!!」
 未悠が駆け出すよりも早く、悪魔の蛇の姿でほどけて、黒い靄のようにしてメルを包み込む。
 そしてその目の前にバイザーを下ろしたアウレールが立ちはだかる。
「まったくのお人よしだ。語るべき言葉もない。こういうのを馬鹿な真似というのだよ」
 そう唾棄して言うとアウレールは全身にマテリアルを込める。
「この鎧は帝国の災禍を埋火を消したる絶火の騎士のもの。さあ、その怨念の火、消してやろう」
「あああああああああああああっ」
 メルは猛然とアウレールに飛びかかった。
 家族を殺された恨みを、目の前で肉塊に変わっていく姿を見せられたことを、憧れの英雄だった人が串刺しにされたことを、大地を燃やされたことを、想い出が壊されたことを、火をかけられたこと、同士討ちをやらされたことを、食料を奪われたことを、我が子が目の前で死んだことを、病気がはやったことを。
「あ゛ああ゛っ」
 苦悩で一色に染まる。命の塊が一斉に呼びかける怨嗟はメルの耐え忍ぶ心を一瞬で削り飛ばした。
 スキルはありったけ打ち込み、武器として振るい、殴り、噛みつき。悪魔の蛇がため込んだ狂気に近い無尽の衝動をひたすらにぶつけていく。
 アウレールはただただじっと、それを棒立ちになって受け続けた。
 血しぶきが飛び散る。
「あああああああああああああっああああああああああっ がっ ぐっ」
 覚醒状態が切れ、メルの腕が限界を超えて動かなくなり、奇声を上げ続けたメルの喉から血が吹き出て、声も出なくなる。
「メル……、アウレール……」
「この程度、なんとも……ない。メルが力尽きたら、お前が引き継いでやれ」
 アウレールは一切反抗しなかった。ただ暴力を耐え忍び続けるだけだった。
 それがもう一つの怨念の解放法だと未悠は知って悲しくなった。怨念を吹き飛ばすのではなく、解消させようというのだ。しばし逡巡した未悠だが、静かに目を開ける。
「想いって素敵な結晶のような言葉だけど、こんなにつらいものでもあるのね。わかった引き受ける」
 ある種の観念をして、未悠がヒューヒューと枯れた声を上げるメルの手を取った。
「次は……私に憑きなさい」
 流れ込んでくる狂気。
 未悠の意識も一瞬で飲み込まれる。
 だが。その瞬間、音色が聞こえる。
「それでもギュント様に宿り人を愛された。果てない苦しみの底にも、消えない慈愛があることをあなたは知っているはずです」
 一瞬だけ取り戻した意識にそんな声が優しく響いた。
 背中から誰かが支えてくれる。未悠ははっとして真っ黒に染まりかける意識の中で手を伸ばした。
「業が交われば、せせらぎがうまれ、水は浄化の力を取り戻します。私たちもそんなに綺麗ではありませんので。だからこそあなたと共に生まれ変わりましょう」
 想いは揺蕩う川の流れ。同じ姿でも一つとして同じものはない。
 新たな業を背負って、新たな姿で生まれ変わる。
 流るる旅人よ。いつでも、どんな姿でも、抱きしめましょう。


「あのさ、人格の上書きなんてしちゃ、結局変わんないと思うんすよ」
 神楽がルナにそっと尋ねる。
「私もユメリアさんも上書きなんて結局してないと思います。っていうか必要がなかったって言うか……」
 ルフィリアとはじめとする各員の回復でほぼ全員が回復される中、不機嫌そうなアウレールとのびたままのメルの顔をルナは見ながら、静かにララバイのメロディをゆっくりと奏でる。
「私たちがどうこうする前にトゲがぶつかりすぎて、とれちゃいました。今はただ……疲れたよね、おやすみなさいって。そんな感じです」
 歌うユメリアの代わりに、ルナがにこりと笑って代弁した。
 それを聞いて、神楽ははぁと息を吐き出した。
「良かったっすね。アミィとも同じ道歩めるかもしれないっすよ」
「だ、だよね。はは。でも次誰が殴り合いに手を上げてくれるか、あたしは若干心配……まあフツーやんないよね」
 アミィは少しだけ、寂しそうに笑った。
「大丈夫っすよ。オレのリジェネレーションで同じことできるっす。でも、効果時間内に収めてほしいっすけど」
 神楽がケラケラ笑ってアミィの不安を慰めるなか、治療の終わったアウレールはふんと鼻を鳴らして立ち上がった。それをギュントが声をかけようとするのをアウレールは目線すら合わせず、言った。
「まったく疲れるだけだ。権力だのなんだのに引っ張られるからこんなザマになるんだ。貴様なんぞ只のギュントになってしまえばいいのに」
 感謝だろうが、健闘だろうが、どれも固辞するアウレールの態度に、皆が一瞬押し黙る。
 だが、1人だけ違った。
「アウレールさんは悪い人ぶってるけど、本当はいい人なんだよ。今のだってギュントさんが単なる悪者だったら悩まなくていいのにっていう言葉でさ」
「み、ミネア……」
「だって、ミュゲの日にね。1人でも多くの人が幸せになるようにってシs……」
 ドタバタが起こる中、真水はクスクス笑った後、指輪を前にした。
「レギン。これから指輪の再封印するんだろ。ボクにも手伝わせてくれないかな」
「んあ? 封印の仕方知らねぇだろ」
 不思議そうな顔をするレギンに真水は静かにうなずいた。
「昔、やったことあるから理論も流れもわかってる。まあ……ボクからの手向けさ。いい夢見になりますようにって、さ」
 もう懐かしいという程度の記憶しかないけれど。この気持ちも少しばかり込められますように。
 歌が鳴り響く間、真水は錬成式を展開した。

 祈るように、願うように。
 音楽が鳴り響く中、荒れ狂っていたマテリアルは静かに元の座へと還っていった。

 黄金の指輪がある。皇帝の指輪。または帝国の黄金期を作り上げた革命の指輪。人形使いの指輪とあだ名す者もいるだろう。
 だが、もうこの指輪が誰かをそそのかすこともない。

依頼結果

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MVP一覧

  • 「ししょー」
    岩井崎 メルka0520
  • 大悪党
    神楽ka2032
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラントka2531

重体一覧

参加者一覧

  • 「ししょー」
    岩井崎 メル(ka0520
    人間(蒼)|17才|女性|機導師
  • 光森の奏者
    ルナ・レンフィールド(ka1565
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • ヒースの黒猫
    南條 真水(ka2377
    人間(蒼)|22才|女性|機導師
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士
  • 清冽の剣士
    音羽 美沙樹(ka4757
    人間(紅)|18才|女性|舞刀士
  • 想いの奏で手
    リラ(ka5679
    人間(紅)|16才|女性|格闘士
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士

サポート一覧

  • ルフィリア・M・アマレット(ka1544)
  • リュー・グランフェスト(ka2419)

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
神楽(ka2032
人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2019/03/04 16:58:20
アイコン 【相談卓】物語を上書きせよ!
神楽(ka2032
人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2019/03/04 18:43:30
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/03/01 19:39:47