ゲスト
(ka0000)
人形繰り「王と道化」
マスター:DoLLer
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●帝国の闇
そもそも帝国は異種族の国が林立するこの地域を制圧することで図版を拡げてきた。それと同時に土地の財産、土地そのものや収奪した食料や財宝など、を売り払って次の進軍の資材にした。つまり帝国は戦うことで経済が回っていた。
だが、エルフハイムとの戦いが泥沼化したことにより、時の皇帝は和平を結び、方向転換を余儀なくされた。
戦争をしなくなったのは良い事だが、同時に帝国は経済を回せなくなった。皇帝が3人変わるころには国庫は底をつき、帝国諸侯からは不満が続出、異種族が再興し、治安も低下するなどした。もう国としてはやっていけないとまで噂される始末。
第8代皇帝、通称『改革帝』オードルフは錬金術を国策として打ち出して、一気に国力を回復したと言われる。
だが、実際は少し違う。すぐに右向け右で新しく芽生えたばかりの錬金術で国を支えるには時間が必要だった。だから、オードルフは『戦争をして金を得る』ことを続けたのだ。そこでオードルフが採ったのは……『不満を持つ帝国民と戦う』こと。戦争を内乱鎮圧にすげかえて、戦争特需を再び帝国にもたらした……。
●アミィの言
「ということで、皇帝は平定した異種族の失われた技術、自分たちの積み重ねた知識、そんなものを凝縮して指輪を作ったんだよ。指輪の中には人を扇動する知識や、操る技術が盛りだくさん。人形使いになって人々を『帝国の飯のタネ』に変えることができるようになっちゃうわけ。もちろん、用済みになったら指輪に命じられてまた消え去るの。そうして帝国は自分の国民を食べて生き延びてきたわけなんだ。ひひひ、暴食系の歪虚に狙われるのも当然だよね。他人を食えなくなったら、自分の体ですら食らい続けたお国なんだからさ」
アミィはワインを煽りおえると、ギュントがその続きを静かに説明した。
「帝国は経済危機を何度かそうして脱してきた。その度に人形使いを呼んで。だが人形使いの存在を知られるわけにはいかない。だから扇動された集団を、絵空事の組織『ヴルツァライヒ(国)』と名付けてそいつらのせいにした。当初の意味では『絵にかいた餅』程度の皮肉さ。今では独り歩きしたがね」
アミィはそこでため息をついた。
「でも不穏の種は段々消せなくなった。ヴルツァライヒは勝手に増長を始めた。人形使いとしてもさ、用済みだから。なんて毎度消されるのは辛かった。そんな感情も知識の一部として残っちゃったわけだ。じゃあ消されないようにするにはどうすればいいか、というと」
アミィは微笑んだままのシグルドの頭を抱きしめて悪戯っぽく、見せびらかすように笑った。
「指輪の持ち主である王様を『人形』にしちゃうことでーす♪ 王と道化の立場を逆転させたの」
アミィがシグルドの頬に口づけしようとするのを、シグルドは笑顔のままで頭を掴んで引き離した。それを見てギュントはため息をついた。
「拒否されてるぞ。その男はそんなにいいかね」
「いいとも。こんなグズグズの帝国で、しかも過去の栄光そのものなのにさ。未だに続くこの因縁に責任をもちたいなんてウブだと思わない? しかもそこそこイケメン」
「私としては逆に面倒以外の何物でもないね。悪役をこなしても顔色一つ変えないなど、人形として面白みに欠ける。まだクリームヒルト様の方が人間的で盛り立てるに相応しいじゃあないか」
「あたしはどっちも大好きよ? でも嫌悪感が出るのはあれかな。シグルドくんはギュントの直接の王様、だからじゃない? 近親憎悪的な?」
そこまで言って、アミィはこちらを向いた。
「説明が遅れたね。あたし一人じゃ心細いじゃん? だからシグルドにお願いして、ギュントも人形使いになってもらったの」
1本の矢は簡単に折れても、3本の矢なら折れない。などと、どこかの名言をのたまいつつ、アミィはにんまりと笑った。
「本当にそこまで真実にいたれるなんて、ほーんと執念って怖いよね。あたしの想像なんだけどさ。この後、あたしの事……殺しちゃうでしょ?」
アミィは可愛い女の子のようにしてシグルドの後ろに隠れると、覗き見るようにしてハンターたちに向いた。
「そうよね。帝国の闇みたいなものだし? シグルドを人形化したのもあたしだし? ギュントを人形使いにするようお願いしたのもあたしだし? つまりあたしを殺せば円満解決よね……でもさ。あたしはもう、そうやって消えるのはイヤなんだ。顔も覚えられない、功績も讃えられない。憎まれ役を演じて……消え去るだけ」
人形を操るのは楽しい。
人間同士が思ったように動くのは楽しい。
だけれど、それは人形使いの使命としてやってるだけ。
アミィの目は寂しさと悲しさに満ちていた。
「あたしは生きたい。あたしは道具じゃない。あたしを殺すなら、ここにいる全員に、この帝国にいる全員に同じ咎を味わってもらうかんね。もう一人で死ぬもんか」
その罪を問える人間はもう存在していないし、その本人も国というものを背負って、多くの人間の人生を背負って決断だった。
アミィはシグルドの制服をぎゅっと握ると、その手をシグルドは軽く被せた。
「……やれやれ、可哀想な子だ。使命に縛られて生きるっていうのは、どうにも残酷だね」
シグルドはアミィを庇うように長巻……巨大な剣を全力で振り回せるように長い柄を取り付けた、それをトン、と床に打ち付けた。
「僕も、そんな呪われた一族の末裔だ。人形使いを殺すと言うなら、この指輪の使い方を知っている人間も、新たな人形使いも殺す必要があると思わないかな。……アミィは人形化なんて言い回ししたけれど、結局は単なる百数十年分のしがらみさ。王と道化、のね」
その言葉を機に、ハンターは戦いに対する姿勢を取った。
そもそも帝国は異種族の国が林立するこの地域を制圧することで図版を拡げてきた。それと同時に土地の財産、土地そのものや収奪した食料や財宝など、を売り払って次の進軍の資材にした。つまり帝国は戦うことで経済が回っていた。
だが、エルフハイムとの戦いが泥沼化したことにより、時の皇帝は和平を結び、方向転換を余儀なくされた。
戦争をしなくなったのは良い事だが、同時に帝国は経済を回せなくなった。皇帝が3人変わるころには国庫は底をつき、帝国諸侯からは不満が続出、異種族が再興し、治安も低下するなどした。もう国としてはやっていけないとまで噂される始末。
第8代皇帝、通称『改革帝』オードルフは錬金術を国策として打ち出して、一気に国力を回復したと言われる。
だが、実際は少し違う。すぐに右向け右で新しく芽生えたばかりの錬金術で国を支えるには時間が必要だった。だから、オードルフは『戦争をして金を得る』ことを続けたのだ。そこでオードルフが採ったのは……『不満を持つ帝国民と戦う』こと。戦争を内乱鎮圧にすげかえて、戦争特需を再び帝国にもたらした……。
●アミィの言
「ということで、皇帝は平定した異種族の失われた技術、自分たちの積み重ねた知識、そんなものを凝縮して指輪を作ったんだよ。指輪の中には人を扇動する知識や、操る技術が盛りだくさん。人形使いになって人々を『帝国の飯のタネ』に変えることができるようになっちゃうわけ。もちろん、用済みになったら指輪に命じられてまた消え去るの。そうして帝国は自分の国民を食べて生き延びてきたわけなんだ。ひひひ、暴食系の歪虚に狙われるのも当然だよね。他人を食えなくなったら、自分の体ですら食らい続けたお国なんだからさ」
アミィはワインを煽りおえると、ギュントがその続きを静かに説明した。
「帝国は経済危機を何度かそうして脱してきた。その度に人形使いを呼んで。だが人形使いの存在を知られるわけにはいかない。だから扇動された集団を、絵空事の組織『ヴルツァライヒ(国)』と名付けてそいつらのせいにした。当初の意味では『絵にかいた餅』程度の皮肉さ。今では独り歩きしたがね」
アミィはそこでため息をついた。
「でも不穏の種は段々消せなくなった。ヴルツァライヒは勝手に増長を始めた。人形使いとしてもさ、用済みだから。なんて毎度消されるのは辛かった。そんな感情も知識の一部として残っちゃったわけだ。じゃあ消されないようにするにはどうすればいいか、というと」
アミィは微笑んだままのシグルドの頭を抱きしめて悪戯っぽく、見せびらかすように笑った。
「指輪の持ち主である王様を『人形』にしちゃうことでーす♪ 王と道化の立場を逆転させたの」
アミィがシグルドの頬に口づけしようとするのを、シグルドは笑顔のままで頭を掴んで引き離した。それを見てギュントはため息をついた。
「拒否されてるぞ。その男はそんなにいいかね」
「いいとも。こんなグズグズの帝国で、しかも過去の栄光そのものなのにさ。未だに続くこの因縁に責任をもちたいなんてウブだと思わない? しかもそこそこイケメン」
「私としては逆に面倒以外の何物でもないね。悪役をこなしても顔色一つ変えないなど、人形として面白みに欠ける。まだクリームヒルト様の方が人間的で盛り立てるに相応しいじゃあないか」
「あたしはどっちも大好きよ? でも嫌悪感が出るのはあれかな。シグルドくんはギュントの直接の王様、だからじゃない? 近親憎悪的な?」
そこまで言って、アミィはこちらを向いた。
「説明が遅れたね。あたし一人じゃ心細いじゃん? だからシグルドにお願いして、ギュントも人形使いになってもらったの」
1本の矢は簡単に折れても、3本の矢なら折れない。などと、どこかの名言をのたまいつつ、アミィはにんまりと笑った。
「本当にそこまで真実にいたれるなんて、ほーんと執念って怖いよね。あたしの想像なんだけどさ。この後、あたしの事……殺しちゃうでしょ?」
アミィは可愛い女の子のようにしてシグルドの後ろに隠れると、覗き見るようにしてハンターたちに向いた。
「そうよね。帝国の闇みたいなものだし? シグルドを人形化したのもあたしだし? ギュントを人形使いにするようお願いしたのもあたしだし? つまりあたしを殺せば円満解決よね……でもさ。あたしはもう、そうやって消えるのはイヤなんだ。顔も覚えられない、功績も讃えられない。憎まれ役を演じて……消え去るだけ」
人形を操るのは楽しい。
人間同士が思ったように動くのは楽しい。
だけれど、それは人形使いの使命としてやってるだけ。
アミィの目は寂しさと悲しさに満ちていた。
「あたしは生きたい。あたしは道具じゃない。あたしを殺すなら、ここにいる全員に、この帝国にいる全員に同じ咎を味わってもらうかんね。もう一人で死ぬもんか」
その罪を問える人間はもう存在していないし、その本人も国というものを背負って、多くの人間の人生を背負って決断だった。
アミィはシグルドの制服をぎゅっと握ると、その手をシグルドは軽く被せた。
「……やれやれ、可哀想な子だ。使命に縛られて生きるっていうのは、どうにも残酷だね」
シグルドはアミィを庇うように長巻……巨大な剣を全力で振り回せるように長い柄を取り付けた、それをトン、と床に打ち付けた。
「僕も、そんな呪われた一族の末裔だ。人形使いを殺すと言うなら、この指輪の使い方を知っている人間も、新たな人形使いも殺す必要があると思わないかな。……アミィは人形化なんて言い回ししたけれど、結局は単なる百数十年分のしがらみさ。王と道化、のね」
その言葉を機に、ハンターは戦いに対する姿勢を取った。
リプレイ本文
「悪いけどミルク一杯くれない……?」
一通りのやりとりを黙って聞いていた南條 真水(ka2377)はげっそりとした顔で注文をした。
「あらまあ、大丈夫? ヒールは必要ですか?」
高瀬 未悠(ka3199)に頼まれてお菓子を持ってきていたルフィリアが代わりにそのミルクを運んでくると、真水の顔を心配そうにのぞき込む。
「いやぁ、なんてゆーか、あのアミィの可憐な姿をみたら気持ち悪くなっちゃって」
「ひどいことゆーな」
「自覚してるくせに」
ミルクをがぶ飲みする真水がちらりとソフィア =リリィホルム(ka2383)に視線を送ると、ソフィアはその視線を返すこともなく、近くのテーブルの椅子に腰かけ、そして横の椅子を蹴って滑らせた。
「おい、まず座れ。酒場で刃傷沙汰なんざ、酒好きとしても職人としても許せねぇ」
だいたい前科就くのもこっちじゃねぇか馬鹿野郎。
ソフィアは猫を脱ぎ捨てた勢いでそう付け加えると、飛び切り強い酒をショットで煽った。
「まあそういうこと言ってあげないで。あっちもあれで精いっぱいの見栄だろうさ」
「ミエだろうが、ハエだろうが、勝手な事すんなってことだよ。下手な混ぜ方すると酒はまずくなるんだ」
真水がひらひら手を振ってソフィアの怒りをすかすようにしてしても苛立ちはとまらず、逆に真水に食って掛かられる。とぐろに交じる酒気に真水は顔をしかめながら言葉を続けた。
「戦う気はないだろ。南條さんたちだけじゃ人形使いなんてたどり着けない。それを道筋つけてくれたんだから、それなりに理由はあるはずだ」
テーブルにへばりつくような素振りをしていても、真水の眼鏡の奥からは冷徹な光を失わせてはいなかった。
「うん、さすがだなぁ。名探偵真水ちゃん」
アミィがケラケラって笑ってみせても真水が余計に不機嫌そうになる程度で誰も敵意をむき出しにする様子がないことを見て取ったのか、シグルドがアミィの頭を押さえつけて、彼女の代わりに口を開いた。
「そうとも。手の内を全部見せて、ここに来てもらえるようにお願いしたんだ。その理由はね……もう止められないからさ。剣豪ナイトハルトの撃破と引き換えに、帝国の見せてはならない暗部は少しずつ表に出始めた。今はアミィという大悪人がいるくらいしか知られないだろうが、あと数年、長くても十年程度で、それがどんな存在かも知れ渡るだろう」
他に黒幕がいるわけでもない。
他に他意があるわけでもない。
今目の前にあるのは、歴史の清算という問題だった。
「多くの人が苦しむでしょう。帝国民は自尊心を傷つけられます。流布の仕方によってはそれこそ亡国論にすらつながる……」
ユメリア(ka7010)が独り語りのような抑揚で語った。
「シグルド様とアミィ様、クリームヒルト様、ギュント様。その他関係者だけですめばよろしいでしょうが、十年以上前とは言え、一国の枢要の御方々。陰謀論が巻き起こり、数多の人々がギロチンの刃にかかったといいますね。それを止めたいのでしょう」
その言葉にアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は鼻を鳴らした。
「それだけのことをやって来たのだろう。それを因果応報というのだ。全部貴様の撒いた種だろうが。同情を誘うような真似をして人に尻拭いさせようというその根性を腐ってるというのだ」
アウレールが唾棄するようにしてそう言い放ったが、それには音羽 美沙樹(ka4757)がアミィを抱きしめるように庇い、首を振った。
「確かに困ったこともありましたけど、本当に帝国の害悪だけでしたかしら。私はあなたよりずっとアミィさんと一緒にいましたから益もあった言い切れますわ」
「よくそこまで信用できるもんだな」
ソフィアは呆れ気味だった。アミィの非人道的なことも厭わない手段もそうだし、指輪だって異種族の呪いというのだから歪虚とも関連している可能性が高い。
「信用はしてくれなくていい。ここに来た以上は……ね」
シグルドの言葉にアウレールは容赦なく剣をその首に突きつけた。
「やめて、やめてアウレール……シグルドも! 私たちは何も敵対していない。どこも争う要素もないわ!!」
「こういうのも必要なことだ」
割って入ろうとする未悠にもアウレールもシグルドも微動だにしない。
その次の瞬間、岩井崎 メル(ka0520)が跳躍して真上から二人の間に割って入ると、二人の武器をその手で掴む。
「望むなら腕一本に二本。差し出してもいいよ」
その一言に二人の気勢はやや静まる中、未悠が体を震わせていた。
「大丈夫です」
ユメリアがその揺れる髪の毛を本来の流れに沿うように、そっと一度なでる。その真横でルナ・レンフィールド(ka1565)がリュートをかき鳴らした。
「ユメリア……ルナ?」
「シグルド様。そうして手にかかるおつもりですね。リアルブルーに伝わる伝説の英雄ジークフリートのように」
ルナの音色に合わせて、謳い語るユメリアの一言に全員が、それこそアミィやギュントですら驚きを隠せず、シグルドを注視した。
「かの英雄の弱点は菩提樹……花言葉は身内への愛情でした」
ジークフリートは龍の血を浴びて、すべてが鉄のように固くなるも、菩提樹の葉に隠された背中だけが生身のままだったという。
菩提樹の花言葉が指し示すように、彼の妻が言い争いの末に起こした戦いの中、謀られた妻がその秘密を漏らしてしまい、それが致命傷へと至った。ユメリアはそれを指していた。
「血族が残した業を自分で引き受け、他人の刃で果てようとする姿はそのものです。殺されれば人形使いの秘密は暴かれる前に葬られる。世間が人形使いの秘密にたどり着いたころには、既に過去の物。……そんな筋書きでしょうか」
「つまり人形使いの存在そのまま闇に消すために担がれたってことっすね。ははん、そんなことは御見通しっす!」
神楽(ka2032)は知っていたかのように見栄を切った。ここではブラフも混ぜないと相手の思惑に乗せられてしまうと思ったからだ。
そりゃあわざと武器を抜くはずだ。自衛の為でもいい。シグルドとやり合いたいという気持ちでもいい。戦ったら彼らは勝たせてくれるだろう。
遠くない未来の不穏は「当事者は英雄に倒された。いくつかの謎は残るが、帝国を覆った闇はもう存在しない」として消え去ることができるのだから。
賢すぎる人間でなくて本当に良かったっす。
自分の命を捨て石にできる発想は神楽には全く理解できなかった。
「うそ、そんなはずない。シグルド。人形はご主人様を守らないと。ほら、ギュントも困るでしょ。ご主人様のピンチなのよ」
「いやー、無念にも死んだらおしまいだからねー」
震えてアミィは叫びだしたところでリラ(ka5679)は得心した。
「人形使いが一番の人形であり、王様はずっと王様のまま。生まれた時から今のこの瞬間まで、ずっと変わらない……皮肉ですね。シグルドさんは支配されていない。アミィさんが暴走しないように自分という鎖でつなぎとめているだけですね」
ギュントもぴくりとも動かないところをみると、シグルドもそういう命令をくだしていないのだろう。
「じゃあギュントの目的ってなんすかね。人形使いには……皇子がしたんすよね」
「出来の悪いクリームヒルトを助けてやれって言っただけだよ」
ああ、それで。神楽はあー。と声を上げた。
聞いていたギュントの裏の顔は途中からすっかり消え去っていたように、まるで人が変わったかのようにクリームヒルトに愛を注ぐ忠犬に変わっていた。
「ギュントは変われたんなら、指輪の存在は完全な悪でもないと思う。模索する道はあるんじゃないかな」
メルは頭の中に描く関係図をさらに広げながら問いかける。
「相手に聞かれているのは、その何か。なんですよ。想いが形にできないなら……この先も変われない。シグルドさんたちはそう言いたいのだと」
リラは爪を噛みながら必死に頭を巡らせた。
全て死に伏して終わりなんてだれも望んではいない。でも、このままではそれが最善だとされてしまう。
考えるんだ、考えるんだ。私。
リラは自分に問いかけ続ける。
「んー、じゃあこういうのはどうっすかね」
神楽がトランスキュアを試みる。マテリアルの不浄部分に映し出し……。
なんだろう。不浄ではないが、マテリアルが混ざっている何かを感じる。
「人形使いの記憶が混ざっているのは多分マテリアルに影響を与える仕組みだと思うんすけど、どうしようもないっすね」
感覚的にはトランスキュアでマテリアルを移し替えるのと似たような手法で成立しているのはわかったけれど、それをどうこうはできない。そしてシグルドにはそういうものは何も感じられない。
「そりゃあ、できることって言ったら……概念を覆すしかないかな。人形使いはやめて義賊マリオネッター仮面、とか」
「名前が変わるだけで、何も変わらないぃぃ!! 違うの、もっと根本的な、この指輪の呪いを解けるなにか。お願いお願い。消えるのはもう……」
シグルドという楔によってすっかり狼狽したアミィは、真水の割と真面目に考えた提案にも余裕もなく懇願する。それを美沙樹はまた優しく頭を撫でて話しかける。
「どうしてもダメならエトファリカに行きましょう。帝国と離れれば問題ありませんわ」
「うわぁぁぁ、美沙樹ぢゃあああああん」
「悪いけど、それはできないね。こんなの国外輸出はさせられない」
抱き着き返そうとしたのを引きはがしたのはシグルドだった。
「シグルド……そうして私たちを巻き込まないようにしているのね。そしてユメリアの言う通り……独りでいってしまうの?」
未悠は涙を浮かべながら、でも絶対にこぼすまいと食いしばりながら、言葉を紡ぎ出し、そして手を差し伸べた。
「使命がなくたって、あなたはあなたよ。そしてどんな貴方でも私は必ず共にある。だからこの手を取って……」
言葉が巧くつむげない。シグルドの求めているこのしがらみを解決する方法も見当たらない。それでも、それでも、墓場のようなこの環境で独りきりで過ごす彼をもう未悠は放っておけなかった。
だがシグルドは武器とアミィをそれぞれの手に掴んだまま、離しはしない。ただ少し寂しそうに笑う。
それを見て、ルナは意を決したように口を開いた。
「指輪に直接語り掛けるのもいいかも……って思うんです。記憶の上書き。指輪の持つ物語を、想いを、作り変えること」
本当は許せない。テミスさんがあんな目にあったのも、あの屋敷で起こったこともアミィがその発端だとしたら、自分はやっぱり許せない。
それでも未悠は許そうというのだから。ルナも未悠の心にかけてみようと思った。
「ああ、指輪をそのまま壊すとかいうんじゃなくて、籠もったものを解き放つくらいならできるかもしれないな。歴史で言うならもっと古いエルフハイムと関わってきたしな。浄化術は手札にはなる」
その言葉に乗るようにしてソフィアが提案すると、アウレールも言葉を続ける。
「確かに。指輪に対する教育というなら賛成だな。無害化処理できるならアミィの生存も認めてやらんわけでもない。もちろん全面協力してもらうが」
それなら。
ルナの言葉で次々とそれぞれのアイデアが上がっていく。
「言葉を紡ぐのは私じゃうまくできませんけど……」
みんなの明るさが集まる中で恥ずかしそうにルナはユメリアに目線で合図を送った。だが、彼女はどこか浮かない顔だった。
「……ダメかな」
「いえ、素敵な提案だと思います。ですけれど、私は……そのような言霊は……」
ユメリアの目の裏で、自分の憧れた詩人の姿が浮かんだ。
その歌声に、メロディーに、詞に魅せられて、ユメリアはエルフの森を出た。
だが、帝国に光と闇があるように、人間にも、歌にも、裏と表はある。それは見てはならないものだった。エルフとしての寿命の大半を尽くして作り上げた矜持を根底から瓦解させる程度には。
「ユメリア……あなたの言葉はいつだって力を与えてくれたわ。あなたの歌声は……革命を起こせる。ユメリア。お願い」
未悠が静かに語り掛けると、ユメリアはぽつりと口を開いた。
「神楽さんが先程トランスキュアを試された時、マテリアルが混ざっているような、と評されました。聖導士にもマテリアルの不浄を消す似たような力はあります……それが作用するなら、あるいは」
「試してほしいっす。こういうのは聖導士が本職っすね」
神楽の後押しを得て、ユメリアはそっとシグルドに近づき、指輪をつけたその手を両手で包み込んだ。
私の言霊よ。
「歌……?」
音色がさざ波のように広がるその渦の中心で、ユメリアは自分を、師を、シグルドを、アミィを、そして指輪にこもるマテリアルの塊に呼びかけた。
私の名は 愛。
「サルヴェイションか……」
それはとても短い歌だった。だが、それだけで十分だった。
あなたの全てを受け止める。
歴史を、苦しみを、怨嗟を、傲慢を、悪某術数を。
それもまた人を救ったのだと。今を作るのだと。その一言が内包していた。
「あ……指輪が」
つぶさに観察していたリラが驚きの声を上げた。
黄金の指輪は錆びることもない、だけれども、ユメリアの歌の前後で輝きは違って見えた。指輪が纏うマテリアルが少しだけ変わったのがわかる。
「ああ、伝わってくる。帝国に対する執念が少し薄れるのを」
ギュントの言葉にアウレールは頷いた。
「ほう。リンクはしているのか。その指輪、叩き壊したかったところだが、生存の条件を飲むならこの方法が最適らしいな」
「じゃあ、後は指輪を解析するだけですわね。そこにさっきみたいな浄化をどかーんと入れたら、人形使いの縁ってのは断ち切れますわ。もう一つの指輪も、必ず……!」
美沙樹は大きな身振りでその喜びと期待を表していく。
本当に純粋だなぁと神楽は笑った後、思い出したように手を叩いた。
「そしたら、後は連携っすね。クリームヒルトちゃんにも伝えないと」
「え、危険じゃないですか。だってギュントの人形の可能性として……」
テミスはもしかして術数にまだはまっているかもしれないのだ。ギュントがいくら命令でクリームヒルトに親愛なる精神を持つようになったとしても。
というところで、ドアがばーんと開いた。
金色にたなびく髪。上質のディアンドル姿。
「話は全部聞きました!」
「クリームヒルトさん。テミスさん! ユリアンさん、連れてきてくれたんですか」
やれやれといった具合で頭をかきながら扉をくぐるユリアンにルナは嬉しそうに駆け寄って尋ねた。
「女の子ってのは強いね……。でもテミスさんは呪縛にはかかってなかったよ」
正しくは跳ねのけたというべきかな。
一同がもし人形使いに対して弱腰の態度だったら、テミスは代わりにキラードールとして全てを消すことを教えられていた。その為の後押しが前回の襲撃の目的の一つだったという。
だが、メルの優しい料理と、ルナの言葉と。未悠の送ったクリームヒルトへの手紙。それらが憎しみを消してくれたのだといった。
「その代わり過保護な扱いは結構です。巻き込まれた以上は放っておけないのは、私もクリームヒルト様も同じですので」
「そういうこと。指輪の解析なら、錬魔院にいったレギンに協力してもらえると思う。それに物に想いをこめる技術なんて、帝国広し、異種族の歴史古きといえども少ないはずよ」
クリームヒルトの言葉に真水は露骨に嫌な顔をした。もう殺したけど思い当たるやつがいた。
「ファルバウティ、確かそういう能力の精霊だったっけ。あいつ帝国を呪いまくりじゃないか」
まさか因縁がこんなところで再会するとは。
ということは、だ。
指輪の中身は相当ドロドロなものが入っていると考えていい。歌一つ込める前に、ヘドロの塊みたいなものとまた戦う必要が出てくるだろうと予感がして真水は嘆息した。
「やっぱり危ないっすよ。この後スィアリとも戦う必要があるっす」
神楽もシリアスな顔をして、そして札束をクリームヒルトに差し出す。
「これは?」
「クリームヒルトさんは……隠れておいた方がいいっす。当座の資金位ならオレが出してやるっす。あ、倍返しとかいらないんで、後でアミィと一緒に撮影会を……」
「わたしもここまで巻き込まれたのに、隠れていろだなんて無理よ」
ね。とクリームヒルトとテミスは頷き合う。うなだれるのはユリアンばかり。
「ふふふ、大団円も近そうね」
未悠は笑顔が生まれたこの場所に、自分もくすくすとつられてわらった。
そして改めてシグルドに向き直るともう一度、手を差し出した。
「『 運命は星が決めるのではない、我々の想いが決めるのだ』 あなたの人生を取り戻す為に一緒に立ち向かわせて」
「ありがとう。君には完敗だ。そしたら最後まで、いや、最期までつきあっておくれ。尽きぬ情熱の星(alteress)よ」
シグルドはしっかりとその手を取った後、どちらからと言うこともなく、しっかりと抱きしめ合った。
一通りのやりとりを黙って聞いていた南條 真水(ka2377)はげっそりとした顔で注文をした。
「あらまあ、大丈夫? ヒールは必要ですか?」
高瀬 未悠(ka3199)に頼まれてお菓子を持ってきていたルフィリアが代わりにそのミルクを運んでくると、真水の顔を心配そうにのぞき込む。
「いやぁ、なんてゆーか、あのアミィの可憐な姿をみたら気持ち悪くなっちゃって」
「ひどいことゆーな」
「自覚してるくせに」
ミルクをがぶ飲みする真水がちらりとソフィア =リリィホルム(ka2383)に視線を送ると、ソフィアはその視線を返すこともなく、近くのテーブルの椅子に腰かけ、そして横の椅子を蹴って滑らせた。
「おい、まず座れ。酒場で刃傷沙汰なんざ、酒好きとしても職人としても許せねぇ」
だいたい前科就くのもこっちじゃねぇか馬鹿野郎。
ソフィアは猫を脱ぎ捨てた勢いでそう付け加えると、飛び切り強い酒をショットで煽った。
「まあそういうこと言ってあげないで。あっちもあれで精いっぱいの見栄だろうさ」
「ミエだろうが、ハエだろうが、勝手な事すんなってことだよ。下手な混ぜ方すると酒はまずくなるんだ」
真水がひらひら手を振ってソフィアの怒りをすかすようにしてしても苛立ちはとまらず、逆に真水に食って掛かられる。とぐろに交じる酒気に真水は顔をしかめながら言葉を続けた。
「戦う気はないだろ。南條さんたちだけじゃ人形使いなんてたどり着けない。それを道筋つけてくれたんだから、それなりに理由はあるはずだ」
テーブルにへばりつくような素振りをしていても、真水の眼鏡の奥からは冷徹な光を失わせてはいなかった。
「うん、さすがだなぁ。名探偵真水ちゃん」
アミィがケラケラって笑ってみせても真水が余計に不機嫌そうになる程度で誰も敵意をむき出しにする様子がないことを見て取ったのか、シグルドがアミィの頭を押さえつけて、彼女の代わりに口を開いた。
「そうとも。手の内を全部見せて、ここに来てもらえるようにお願いしたんだ。その理由はね……もう止められないからさ。剣豪ナイトハルトの撃破と引き換えに、帝国の見せてはならない暗部は少しずつ表に出始めた。今はアミィという大悪人がいるくらいしか知られないだろうが、あと数年、長くても十年程度で、それがどんな存在かも知れ渡るだろう」
他に黒幕がいるわけでもない。
他に他意があるわけでもない。
今目の前にあるのは、歴史の清算という問題だった。
「多くの人が苦しむでしょう。帝国民は自尊心を傷つけられます。流布の仕方によってはそれこそ亡国論にすらつながる……」
ユメリア(ka7010)が独り語りのような抑揚で語った。
「シグルド様とアミィ様、クリームヒルト様、ギュント様。その他関係者だけですめばよろしいでしょうが、十年以上前とは言え、一国の枢要の御方々。陰謀論が巻き起こり、数多の人々がギロチンの刃にかかったといいますね。それを止めたいのでしょう」
その言葉にアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は鼻を鳴らした。
「それだけのことをやって来たのだろう。それを因果応報というのだ。全部貴様の撒いた種だろうが。同情を誘うような真似をして人に尻拭いさせようというその根性を腐ってるというのだ」
アウレールが唾棄するようにしてそう言い放ったが、それには音羽 美沙樹(ka4757)がアミィを抱きしめるように庇い、首を振った。
「確かに困ったこともありましたけど、本当に帝国の害悪だけでしたかしら。私はあなたよりずっとアミィさんと一緒にいましたから益もあった言い切れますわ」
「よくそこまで信用できるもんだな」
ソフィアは呆れ気味だった。アミィの非人道的なことも厭わない手段もそうだし、指輪だって異種族の呪いというのだから歪虚とも関連している可能性が高い。
「信用はしてくれなくていい。ここに来た以上は……ね」
シグルドの言葉にアウレールは容赦なく剣をその首に突きつけた。
「やめて、やめてアウレール……シグルドも! 私たちは何も敵対していない。どこも争う要素もないわ!!」
「こういうのも必要なことだ」
割って入ろうとする未悠にもアウレールもシグルドも微動だにしない。
その次の瞬間、岩井崎 メル(ka0520)が跳躍して真上から二人の間に割って入ると、二人の武器をその手で掴む。
「望むなら腕一本に二本。差し出してもいいよ」
その一言に二人の気勢はやや静まる中、未悠が体を震わせていた。
「大丈夫です」
ユメリアがその揺れる髪の毛を本来の流れに沿うように、そっと一度なでる。その真横でルナ・レンフィールド(ka1565)がリュートをかき鳴らした。
「ユメリア……ルナ?」
「シグルド様。そうして手にかかるおつもりですね。リアルブルーに伝わる伝説の英雄ジークフリートのように」
ルナの音色に合わせて、謳い語るユメリアの一言に全員が、それこそアミィやギュントですら驚きを隠せず、シグルドを注視した。
「かの英雄の弱点は菩提樹……花言葉は身内への愛情でした」
ジークフリートは龍の血を浴びて、すべてが鉄のように固くなるも、菩提樹の葉に隠された背中だけが生身のままだったという。
菩提樹の花言葉が指し示すように、彼の妻が言い争いの末に起こした戦いの中、謀られた妻がその秘密を漏らしてしまい、それが致命傷へと至った。ユメリアはそれを指していた。
「血族が残した業を自分で引き受け、他人の刃で果てようとする姿はそのものです。殺されれば人形使いの秘密は暴かれる前に葬られる。世間が人形使いの秘密にたどり着いたころには、既に過去の物。……そんな筋書きでしょうか」
「つまり人形使いの存在そのまま闇に消すために担がれたってことっすね。ははん、そんなことは御見通しっす!」
神楽(ka2032)は知っていたかのように見栄を切った。ここではブラフも混ぜないと相手の思惑に乗せられてしまうと思ったからだ。
そりゃあわざと武器を抜くはずだ。自衛の為でもいい。シグルドとやり合いたいという気持ちでもいい。戦ったら彼らは勝たせてくれるだろう。
遠くない未来の不穏は「当事者は英雄に倒された。いくつかの謎は残るが、帝国を覆った闇はもう存在しない」として消え去ることができるのだから。
賢すぎる人間でなくて本当に良かったっす。
自分の命を捨て石にできる発想は神楽には全く理解できなかった。
「うそ、そんなはずない。シグルド。人形はご主人様を守らないと。ほら、ギュントも困るでしょ。ご主人様のピンチなのよ」
「いやー、無念にも死んだらおしまいだからねー」
震えてアミィは叫びだしたところでリラ(ka5679)は得心した。
「人形使いが一番の人形であり、王様はずっと王様のまま。生まれた時から今のこの瞬間まで、ずっと変わらない……皮肉ですね。シグルドさんは支配されていない。アミィさんが暴走しないように自分という鎖でつなぎとめているだけですね」
ギュントもぴくりとも動かないところをみると、シグルドもそういう命令をくだしていないのだろう。
「じゃあギュントの目的ってなんすかね。人形使いには……皇子がしたんすよね」
「出来の悪いクリームヒルトを助けてやれって言っただけだよ」
ああ、それで。神楽はあー。と声を上げた。
聞いていたギュントの裏の顔は途中からすっかり消え去っていたように、まるで人が変わったかのようにクリームヒルトに愛を注ぐ忠犬に変わっていた。
「ギュントは変われたんなら、指輪の存在は完全な悪でもないと思う。模索する道はあるんじゃないかな」
メルは頭の中に描く関係図をさらに広げながら問いかける。
「相手に聞かれているのは、その何か。なんですよ。想いが形にできないなら……この先も変われない。シグルドさんたちはそう言いたいのだと」
リラは爪を噛みながら必死に頭を巡らせた。
全て死に伏して終わりなんてだれも望んではいない。でも、このままではそれが最善だとされてしまう。
考えるんだ、考えるんだ。私。
リラは自分に問いかけ続ける。
「んー、じゃあこういうのはどうっすかね」
神楽がトランスキュアを試みる。マテリアルの不浄部分に映し出し……。
なんだろう。不浄ではないが、マテリアルが混ざっている何かを感じる。
「人形使いの記憶が混ざっているのは多分マテリアルに影響を与える仕組みだと思うんすけど、どうしようもないっすね」
感覚的にはトランスキュアでマテリアルを移し替えるのと似たような手法で成立しているのはわかったけれど、それをどうこうはできない。そしてシグルドにはそういうものは何も感じられない。
「そりゃあ、できることって言ったら……概念を覆すしかないかな。人形使いはやめて義賊マリオネッター仮面、とか」
「名前が変わるだけで、何も変わらないぃぃ!! 違うの、もっと根本的な、この指輪の呪いを解けるなにか。お願いお願い。消えるのはもう……」
シグルドという楔によってすっかり狼狽したアミィは、真水の割と真面目に考えた提案にも余裕もなく懇願する。それを美沙樹はまた優しく頭を撫でて話しかける。
「どうしてもダメならエトファリカに行きましょう。帝国と離れれば問題ありませんわ」
「うわぁぁぁ、美沙樹ぢゃあああああん」
「悪いけど、それはできないね。こんなの国外輸出はさせられない」
抱き着き返そうとしたのを引きはがしたのはシグルドだった。
「シグルド……そうして私たちを巻き込まないようにしているのね。そしてユメリアの言う通り……独りでいってしまうの?」
未悠は涙を浮かべながら、でも絶対にこぼすまいと食いしばりながら、言葉を紡ぎ出し、そして手を差し伸べた。
「使命がなくたって、あなたはあなたよ。そしてどんな貴方でも私は必ず共にある。だからこの手を取って……」
言葉が巧くつむげない。シグルドの求めているこのしがらみを解決する方法も見当たらない。それでも、それでも、墓場のようなこの環境で独りきりで過ごす彼をもう未悠は放っておけなかった。
だがシグルドは武器とアミィをそれぞれの手に掴んだまま、離しはしない。ただ少し寂しそうに笑う。
それを見て、ルナは意を決したように口を開いた。
「指輪に直接語り掛けるのもいいかも……って思うんです。記憶の上書き。指輪の持つ物語を、想いを、作り変えること」
本当は許せない。テミスさんがあんな目にあったのも、あの屋敷で起こったこともアミィがその発端だとしたら、自分はやっぱり許せない。
それでも未悠は許そうというのだから。ルナも未悠の心にかけてみようと思った。
「ああ、指輪をそのまま壊すとかいうんじゃなくて、籠もったものを解き放つくらいならできるかもしれないな。歴史で言うならもっと古いエルフハイムと関わってきたしな。浄化術は手札にはなる」
その言葉に乗るようにしてソフィアが提案すると、アウレールも言葉を続ける。
「確かに。指輪に対する教育というなら賛成だな。無害化処理できるならアミィの生存も認めてやらんわけでもない。もちろん全面協力してもらうが」
それなら。
ルナの言葉で次々とそれぞれのアイデアが上がっていく。
「言葉を紡ぐのは私じゃうまくできませんけど……」
みんなの明るさが集まる中で恥ずかしそうにルナはユメリアに目線で合図を送った。だが、彼女はどこか浮かない顔だった。
「……ダメかな」
「いえ、素敵な提案だと思います。ですけれど、私は……そのような言霊は……」
ユメリアの目の裏で、自分の憧れた詩人の姿が浮かんだ。
その歌声に、メロディーに、詞に魅せられて、ユメリアはエルフの森を出た。
だが、帝国に光と闇があるように、人間にも、歌にも、裏と表はある。それは見てはならないものだった。エルフとしての寿命の大半を尽くして作り上げた矜持を根底から瓦解させる程度には。
「ユメリア……あなたの言葉はいつだって力を与えてくれたわ。あなたの歌声は……革命を起こせる。ユメリア。お願い」
未悠が静かに語り掛けると、ユメリアはぽつりと口を開いた。
「神楽さんが先程トランスキュアを試された時、マテリアルが混ざっているような、と評されました。聖導士にもマテリアルの不浄を消す似たような力はあります……それが作用するなら、あるいは」
「試してほしいっす。こういうのは聖導士が本職っすね」
神楽の後押しを得て、ユメリアはそっとシグルドに近づき、指輪をつけたその手を両手で包み込んだ。
私の言霊よ。
「歌……?」
音色がさざ波のように広がるその渦の中心で、ユメリアは自分を、師を、シグルドを、アミィを、そして指輪にこもるマテリアルの塊に呼びかけた。
私の名は 愛。
「サルヴェイションか……」
それはとても短い歌だった。だが、それだけで十分だった。
あなたの全てを受け止める。
歴史を、苦しみを、怨嗟を、傲慢を、悪某術数を。
それもまた人を救ったのだと。今を作るのだと。その一言が内包していた。
「あ……指輪が」
つぶさに観察していたリラが驚きの声を上げた。
黄金の指輪は錆びることもない、だけれども、ユメリアの歌の前後で輝きは違って見えた。指輪が纏うマテリアルが少しだけ変わったのがわかる。
「ああ、伝わってくる。帝国に対する執念が少し薄れるのを」
ギュントの言葉にアウレールは頷いた。
「ほう。リンクはしているのか。その指輪、叩き壊したかったところだが、生存の条件を飲むならこの方法が最適らしいな」
「じゃあ、後は指輪を解析するだけですわね。そこにさっきみたいな浄化をどかーんと入れたら、人形使いの縁ってのは断ち切れますわ。もう一つの指輪も、必ず……!」
美沙樹は大きな身振りでその喜びと期待を表していく。
本当に純粋だなぁと神楽は笑った後、思い出したように手を叩いた。
「そしたら、後は連携っすね。クリームヒルトちゃんにも伝えないと」
「え、危険じゃないですか。だってギュントの人形の可能性として……」
テミスはもしかして術数にまだはまっているかもしれないのだ。ギュントがいくら命令でクリームヒルトに親愛なる精神を持つようになったとしても。
というところで、ドアがばーんと開いた。
金色にたなびく髪。上質のディアンドル姿。
「話は全部聞きました!」
「クリームヒルトさん。テミスさん! ユリアンさん、連れてきてくれたんですか」
やれやれといった具合で頭をかきながら扉をくぐるユリアンにルナは嬉しそうに駆け寄って尋ねた。
「女の子ってのは強いね……。でもテミスさんは呪縛にはかかってなかったよ」
正しくは跳ねのけたというべきかな。
一同がもし人形使いに対して弱腰の態度だったら、テミスは代わりにキラードールとして全てを消すことを教えられていた。その為の後押しが前回の襲撃の目的の一つだったという。
だが、メルの優しい料理と、ルナの言葉と。未悠の送ったクリームヒルトへの手紙。それらが憎しみを消してくれたのだといった。
「その代わり過保護な扱いは結構です。巻き込まれた以上は放っておけないのは、私もクリームヒルト様も同じですので」
「そういうこと。指輪の解析なら、錬魔院にいったレギンに協力してもらえると思う。それに物に想いをこめる技術なんて、帝国広し、異種族の歴史古きといえども少ないはずよ」
クリームヒルトの言葉に真水は露骨に嫌な顔をした。もう殺したけど思い当たるやつがいた。
「ファルバウティ、確かそういう能力の精霊だったっけ。あいつ帝国を呪いまくりじゃないか」
まさか因縁がこんなところで再会するとは。
ということは、だ。
指輪の中身は相当ドロドロなものが入っていると考えていい。歌一つ込める前に、ヘドロの塊みたいなものとまた戦う必要が出てくるだろうと予感がして真水は嘆息した。
「やっぱり危ないっすよ。この後スィアリとも戦う必要があるっす」
神楽もシリアスな顔をして、そして札束をクリームヒルトに差し出す。
「これは?」
「クリームヒルトさんは……隠れておいた方がいいっす。当座の資金位ならオレが出してやるっす。あ、倍返しとかいらないんで、後でアミィと一緒に撮影会を……」
「わたしもここまで巻き込まれたのに、隠れていろだなんて無理よ」
ね。とクリームヒルトとテミスは頷き合う。うなだれるのはユリアンばかり。
「ふふふ、大団円も近そうね」
未悠は笑顔が生まれたこの場所に、自分もくすくすとつられてわらった。
そして改めてシグルドに向き直るともう一度、手を差し出した。
「『 運命は星が決めるのではない、我々の想いが決めるのだ』 あなたの人生を取り戻す為に一緒に立ち向かわせて」
「ありがとう。君には完敗だ。そしたら最後まで、いや、最期までつきあっておくれ。尽きぬ情熱の星(alteress)よ」
シグルドはしっかりとその手を取った後、どちらからと言うこともなく、しっかりと抱きしめ合った。
依頼結果
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戦いの前の対話【質問卓】 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2019/02/07 14:50:42 |
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帝国の闇と対峙せよ【相談卓】 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2019/02/07 13:53:29 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/07 13:50:47 |