ゲスト
(ka0000)
人形繰り「終幕」
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~10人
- サポート
- 0~5人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/04/23 07:30
- 完成日
- 2019/04/27 00:46
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
皇族の墳墓はバルトアンデルスの地下水道をずっと移動し続けた先に合った。
途中からはあの独特の水道の臭いも消え、湿気た空気もなくなり、通路にも細かな施工が為される場所もちらほらと見えることから、バルトアンデルスの地下水道とは別に造られたものを隠ぺいするために、わざとつなげたのは明白だった。
その最奥にて。
シグルドは大きな扉に指輪をはめ込むと同時に、扉が目覚めたかのように紋様に光が走ると静かに一同をその奥へと示した。
巨大な石柱が幾本も並んでいる広大な部屋。部屋というのは正しくないかもしれない。一歩ふみだしたそこには土の感触があった。
一同がぐるりと周りを眺めている間にも、シグルドはすたすたと空間の中央へと歩み行き、そして振り返った。
「ようこそ。失われた皇帝の墳墓へ」
ああ。この石柱の一つ一つがかつての帝国に君臨した皇帝達の墓標なのか。
「といってもね。形式だけのものだけどね。遺骨がないのも多い。祖王ナイトハルト、エルフハイムの浄化術で塵芥に消えた第四代、ブンドルフもだね」
一つだけ他に比べると明らかに小さく素朴なつくりの墓を指し示し、ブンドルフだとシグルドは説明した。
「さて。改めて礼を言おう。帝国の闇は晴らされ、指輪はその役割を終えた。まだ残滓や小火は残ってはいるだろうけれど、それも直に消えるだろうさ。僕もこれでひと段落ということだ」
彼は穏やかな顔で笑った。
それがどこかつきものの落ちたような、静かな面持ちであると、一同はひと段落に含みがあることに気がつかされる。
「前に言ったかな。ブンドルフとの思い出において一つを除いて良い思い出はなかったって。そのたった一つというのはね、革命の兵士たちに切り刻まれにいく直前のこと。僕に皇位継承の儀を果たしてくれたということだ。だから正式には僕は、皇子ではなくゾンネンシュトラール帝国第16代皇帝でありモンドシャッテ朝の最終皇帝。まあ見届け人いなかったから、非公式なものだけどね。そもそも皇子というのも破綻した話だし」
今更になって親の顔をして、そして希望を託すような言葉と共に、民もなく、国土もまもなく簒奪されることが決定している皇帝に任じられたことは今においても心境複雑なところなのだろう。彼は黙って笑うばかりだったが。
シグルドは静かに微笑みながら、指輪を自らの手から抜き取った。
「何の意味もない皇帝なんてもの、いつ捨ててしまっても良かったんだけどね。死者の恨み辛みに負けるのだけはしたくなくてね。そういう意味で、ひと段落した」
シグルドはアミィとギュントに指輪を渡して、一言、「責任ある自由を果たせ」と声をかけると、一同に向き直った。
「そこで世話になった君たちには、最後にお願いがあるんだ。過去の清算ではなくて、未来に向けての準備として」
そうしてシグルドは指を一つ立てた。
「この向こうに王の記録がある。何があるかは知らない。ただ皇帝のみが継承するに相応しい知識の宝庫なんだろうけれど、今更そんなものは必要ない。そして、もう間もなく、作られた歴史を正すという名目で、一部の学者どもが取りにやってくる。それで歴史の修正がお題目に掲げる通り救われる人がいれば別だが、単に煽り立てられて諍いが起こるだけだ」
宝を誰の目にも触れることなく、消滅させること。
「それからフュルスト達もやってくる。学者に神聖なこの場所を踏み込ませてなるものか。名目があれば何をしてもいいのか。なんて言ってね。まあ忠誠心の押し売りさ。そんな日和った忠誠心こそが一番の腐敗の元だと気づかない、困った人間達だ」
彼らに自分たちの足で歩くように声をかけること。
権益なんて発酵物が腐敗を生むんだろうなとシグルドは笑った。
「最後に。昔の皇帝典範にはね。皇帝は絶対的な存在であり、それは命が欠けてもまた月のように満ち、星を従える。と書かれているんだ。つまり皇帝になったら終身の立場であり、唯一可能なのは譲位のみ。退位や廃位の規定が存在していないんだ」
自分の国がなくなった時の事の後まで考えて制度を作る人間はいない。
「結局明日になっても、第一師団副師団長という立場も変わらない。政治は庶民議会の在り方を模索しつつ喧々囂々、いつも通りに行われるし、帝国の民が何か変わるものを目にする事もない。世界が終わる戦いに寄与することもない。何にも変わらない」
シグルドは謳うようにそう言い、自分の胸に手を当てた。
「いつもと同じ明日の為に、しておきたいことがあるんだ。それは僕一人ではどうにもならないことだ。自分以外の誰かがいないことにはどうしようもないからね」
退位式を行う手伝いをしてくれないか。
土地もない、民もない、規則だけで作られたお芝居のごとき皇帝が去って、人形繰りは終幕し、人々は劇から目を覚まし、現実を歩むのだから。
途中からはあの独特の水道の臭いも消え、湿気た空気もなくなり、通路にも細かな施工が為される場所もちらほらと見えることから、バルトアンデルスの地下水道とは別に造られたものを隠ぺいするために、わざとつなげたのは明白だった。
その最奥にて。
シグルドは大きな扉に指輪をはめ込むと同時に、扉が目覚めたかのように紋様に光が走ると静かに一同をその奥へと示した。
巨大な石柱が幾本も並んでいる広大な部屋。部屋というのは正しくないかもしれない。一歩ふみだしたそこには土の感触があった。
一同がぐるりと周りを眺めている間にも、シグルドはすたすたと空間の中央へと歩み行き、そして振り返った。
「ようこそ。失われた皇帝の墳墓へ」
ああ。この石柱の一つ一つがかつての帝国に君臨した皇帝達の墓標なのか。
「といってもね。形式だけのものだけどね。遺骨がないのも多い。祖王ナイトハルト、エルフハイムの浄化術で塵芥に消えた第四代、ブンドルフもだね」
一つだけ他に比べると明らかに小さく素朴なつくりの墓を指し示し、ブンドルフだとシグルドは説明した。
「さて。改めて礼を言おう。帝国の闇は晴らされ、指輪はその役割を終えた。まだ残滓や小火は残ってはいるだろうけれど、それも直に消えるだろうさ。僕もこれでひと段落ということだ」
彼は穏やかな顔で笑った。
それがどこかつきものの落ちたような、静かな面持ちであると、一同はひと段落に含みがあることに気がつかされる。
「前に言ったかな。ブンドルフとの思い出において一つを除いて良い思い出はなかったって。そのたった一つというのはね、革命の兵士たちに切り刻まれにいく直前のこと。僕に皇位継承の儀を果たしてくれたということだ。だから正式には僕は、皇子ではなくゾンネンシュトラール帝国第16代皇帝でありモンドシャッテ朝の最終皇帝。まあ見届け人いなかったから、非公式なものだけどね。そもそも皇子というのも破綻した話だし」
今更になって親の顔をして、そして希望を託すような言葉と共に、民もなく、国土もまもなく簒奪されることが決定している皇帝に任じられたことは今においても心境複雑なところなのだろう。彼は黙って笑うばかりだったが。
シグルドは静かに微笑みながら、指輪を自らの手から抜き取った。
「何の意味もない皇帝なんてもの、いつ捨ててしまっても良かったんだけどね。死者の恨み辛みに負けるのだけはしたくなくてね。そういう意味で、ひと段落した」
シグルドはアミィとギュントに指輪を渡して、一言、「責任ある自由を果たせ」と声をかけると、一同に向き直った。
「そこで世話になった君たちには、最後にお願いがあるんだ。過去の清算ではなくて、未来に向けての準備として」
そうしてシグルドは指を一つ立てた。
「この向こうに王の記録がある。何があるかは知らない。ただ皇帝のみが継承するに相応しい知識の宝庫なんだろうけれど、今更そんなものは必要ない。そして、もう間もなく、作られた歴史を正すという名目で、一部の学者どもが取りにやってくる。それで歴史の修正がお題目に掲げる通り救われる人がいれば別だが、単に煽り立てられて諍いが起こるだけだ」
宝を誰の目にも触れることなく、消滅させること。
「それからフュルスト達もやってくる。学者に神聖なこの場所を踏み込ませてなるものか。名目があれば何をしてもいいのか。なんて言ってね。まあ忠誠心の押し売りさ。そんな日和った忠誠心こそが一番の腐敗の元だと気づかない、困った人間達だ」
彼らに自分たちの足で歩くように声をかけること。
権益なんて発酵物が腐敗を生むんだろうなとシグルドは笑った。
「最後に。昔の皇帝典範にはね。皇帝は絶対的な存在であり、それは命が欠けてもまた月のように満ち、星を従える。と書かれているんだ。つまり皇帝になったら終身の立場であり、唯一可能なのは譲位のみ。退位や廃位の規定が存在していないんだ」
自分の国がなくなった時の事の後まで考えて制度を作る人間はいない。
「結局明日になっても、第一師団副師団長という立場も変わらない。政治は庶民議会の在り方を模索しつつ喧々囂々、いつも通りに行われるし、帝国の民が何か変わるものを目にする事もない。世界が終わる戦いに寄与することもない。何にも変わらない」
シグルドは謳うようにそう言い、自分の胸に手を当てた。
「いつもと同じ明日の為に、しておきたいことがあるんだ。それは僕一人ではどうにもならないことだ。自分以外の誰かがいないことにはどうしようもないからね」
退位式を行う手伝いをしてくれないか。
土地もない、民もない、規則だけで作られたお芝居のごとき皇帝が去って、人形繰りは終幕し、人々は劇から目を覚まし、現実を歩むのだから。
リプレイ本文
●宝物庫
「消してほしい、そう頼まれているのはわかるけどさ。戦争の火種でも誰かの存在を肯定してくれるかもしれない。人形使いが力で征服された怨念っていうのならさ……力以外で救い出せる方法、考えたいんだ」
宝物庫の扉を前にした岩井崎 メル(ka0520)はシグルドの前に回り込んでそう語った。
「感傷なのはわかってるす。でも、全て消して断絶って……そんな救われねぇ話ないっす。生きてる証は残したいんすけどね」
神楽(ka2032)の言葉に、アミィが少しふんわり、丸くなっていくのがわかる。
中途半端に目端につくだけに、神楽は余計に落ち着かない。自分は呪われた存在だと疎まれた道化だと自認する彼女には、それだけで救いの言葉になったのかもしれない。
「これからも会える、伝える機会はある。……ま、無理ならいいんすけど」
アミィの驚きと喜びに何かしたい気持ちが膨れ上がるのを、ぎゅうと握りしめた拳で、小さな震え事、制する。
「依頼ってのはね、解決のためにお願いすることだけど、どうしても解決できなかった場合だってある。その時の責任はハンターは持つ必要はなくて、責任はあくまで依頼主にあるんだ。だから好きにするといい。ここまで来たんだからね」
シグルドは二人に笑いかけると、そのまま宝物庫の扉の開錠を始めた。
その小さな瞬間にアミィが駆け寄ってくる。
「神楽っち……」
「お前とはこれからも会えるんで良かったっす」
言いたい事の幾つかを、その歯ですり潰して言うと、神楽は握手の為に手を差し出すと、アミィは不服そうに呟いた。
「……取り繕いなければ二枚目なのにね。あたしには、二枚目よりいいんだけど」
本当の気持ちいつも隠して。言葉だけ軽くて。
「さて、ご対面と行こうか」
シグルドがゆっくりと扉を押し開けた。
最初に移ったのは太陽のような金色の光が一つ。それが無数に星のように瞬いていく。
それが目映い輝きは誰の目も一瞬だけ奪ったが、ソフィア =リリィホルム(ka2383)にとっては見慣れた光。そしてその光がロクでもないものと直感して、真っ先に口元をひきつらせた。
「劇薬級ばっかじゃねーか」
商人は金に聡いからこそ、その意味をよく考える癖がついている。老獪な彼女ならば誰よりも早く、直感と経験がその答えを導き出す。
その形は誰かさんがはめている指輪と同じもの。それが10や20どころの騒ぎではない。無数の霊標のようにして自分たちを迎えてくれたのだから。
「指輪は二つじゃなかったのかよ!!」
「クリームヒルトが持っていたのと同じレプリカだよ。試作品があるかもしれないけれど。まあ怖いものじゃないよ」
確かにシグルドの言うように、指輪からは不穏なマテリアルは感じないが……かと言って、ソフィアの中の危険信号は点灯しっぱなしで、何故アミィが嬉しそうにしたのかうっすら理解した。
「この横についているのは解説文かな」
「いつの時代の誰に渡されていた、とかかな」
メルの質問にシグルドはそう答えると、意を決したような顔をした。
「私にはこの指輪一つ一つが墓標に見えるんだ。指輪は残しておけないなら、この解説だけでも残させてくれないかな。誰かが生きた証だし、私はそれがとても愛おしいんだ」
「読み方、教えてほしいっす」
2人の言葉に、シグルドは胸元のポケットに入れていた愛読している詩集をメルに渡した。
「いちいち教えている暇はありませんよ。学者の到着がそろそろです」
その後ろからアウレール・V・ブラオラント(ka2531)の声がかかると、シグルドはそのまま宝物庫を出て行った。その出るの待っているかのように、それぞれの墓に参拝していたユメリア(ka7010)とすれ違う。
「本当に大切なものの為に……でしょうか」
一瞬だけ止まったシグルドだが、結局ユメリアには振り返ることもなく、なびく髪の横を通っていった。
●学者
「本当に最後まで面倒の種でしたねぇ」
アウレールは横並びに歩き、学者が来る入り口へと同道しながら、そう言うと、肩をすくめて嗤う。
「とっくに死んだものがほっつき歩いているんですからね。今日のこれだって結局は不死者狩り」
「君にはうってつけの依頼ができたと思ったんだが、違ったかな」
「いやあ、まったくその通りです。棺桶に顔を突っ込んで明かりになる燃料を探すようなことばかりしていてはどうしようかと思いましたよ。というわけでさっさと終わらせましょうよ」
アウレールはポケットから折りたたんだ紙とペンを取り出すとシグルドに突きつけた。
「死亡診断書です。二枚目は第一師団によるテロ防止のための建築物差し押さえの認可書。それから……」
「君はルールの使い方を心得ているね」
シグルドはその紙を受け取ると、三本と少しの線を引いて返した。
「おや、決着をつけたかったのでは」
「夢の中の出来事に、現実を持ち出すのは趣がない、って話さ。ああほら、来たよ」
くそ。
学者達の到来を知らせる足音を向いたアウレールはひっそり苦虫を噛み潰した顔をして、向き直ると、ロープを広げた。
「なんだ、このロープは」
「副師団長の命により反体制派の集会所となる危険性がある為、封鎖をすることとなった。悪いが認可証をもらってきてくれないか」
「な、そんな馬鹿な話があるか。こちらは……」
「馬鹿な話ではない。決まったことなのだ。役所は役所の仕事を全うするのみ」
後は何を言われようが、どう言われようが顔を微動だにせず立ちはだかったままのアウレールに、学者たちは退去せざるを得ない。
「……ふん」
足音が入れ替わる音を聞いて、アウレールはとってつけたロープを切り落とした。
●フュルスト
「あの学者どもが尻尾を巻く様子がたまりませんでしたわい。まだまだ威光は陰ることを知りませんな」
とあるフュルストの満足げなその一言が、すべてを物語っていた。それがたまらなく悲しくて。高瀬 未悠(ka3199)は奥歯を軽く噛みしめた後、ユメリアの顔を見た。ユメリアもまた同じように物悲しい顔だった。
「……もう止めてやりなよ。お疲れが出ているんだ」
南條 真水(ka2377)の一言にフュルスト達はむっとした顔をした。
「何を言うか。今はまだ逆賊がのさばっておる。辛苦は絶えませぬが、悲願を達成するまで……」
結局、シグルドが守ろうとしたものに乗っかったままで、彼らはそれに気づこうとすらしない。
「揃いも揃って主の寛容に甘えおって、人形芝居も大概にせよ!! どこの誰をとっても一人の人間に変わらぬであろう」
アウレールの箴言はむしろフュルストを激昂させた。
「何万もの命をその御方は束ねて立っておられるのだ。天子であるぞ」
そうして、人を人でないように扱う。命と意志をお飾りにして、自分たちの良いように奉る。時には熱意で温めて、自分の熱が誰の熱であるかすら惑わせて。
やめて。
未悠は喉の奥がせばまって、呼吸すら満足にできなくなる。
声を出そうにも詰まって出ない。大好きな彼が……彼が。お人形のようにガラスケースに入れられて、私と同じ呪いにかけられる姿は見たくない。
「さあ、シグルド様。いえ、ジークフリード陛下。我々は……」
やめて。
やめて、やめてやめて。
「や、め……」
喉が引きつる。
自分の中で何かが絞られ壊れてしまう。
その次の瞬間、ユメリアが未悠の手を取り、タップシューズの甲高い音を響かせた。それは喧騒の中でも殊更強く響き、喧騒も、未悠の悲しみの上にも響かせて、静寂で支配する。
ユメリアも涙をこぼしていた。だけど挫けない。2人はぎゅっと手を握りしめ合いながら、言葉を紡ぐ。
「彼が望んでいるのは。誰もが平和でありふれた日常を送ることなのよ」
涙をこぼした笑顔が伝えた言葉はフュルストを圧倒させた。
そんな彼らにも慈しむように、ユメリアは言葉を続ける。
「あなたはもう自由なのです」
突き放すのではなく、抱きしめるように。
シグルドに話すように。未悠は声を重ねた。
「自由なのよ……!」
●退位式
ルナ・レンフィールド(ka1565)の厳かな鐘の音が、三度響く。
「クリームヒルトさん、来ませんでしたね……」
参列するリラ(ka5679)が真横にいたリューにそっと尋ねる。
「ブンドルフの娘だという自覚はあるけれど、皇族と思ったことはないから。だとさ」
物心がついて間もなく追われる身、また虎視眈々と利用される人々の目を切り抜けてきたクリームヒルトにとっては、恐らくとても空虚な場所で、どうしていいのかわからないのだろう。とリューは付け足した。
「ゾンネンシュトラール帝国 第16代皇帝 ジークフリード・モンドシャッテ。英霊の御前へ」
法衣を纏うユメリアが静かに、しかしよく響く声で宣言すると、入り口からシグルド、そして彼の真横に立ち小箱に入れて捧げ持つ未悠が現れた。2人が並んで歩くと同時に、ルナはトランペットの盛大な音色で迎え入れる。
音色一つで心は変わる。どうか、私の音色で今までの重い荷物が取り払うことができますように。
ルナはただただそう願いながら、音楽に集中していた。
「奉還上表、奏上」
たどり着いたブンドルフの墓には神楽が備えた花で盛大に彩られていたその前で、シグルドは上表文を広げて読み上げた。
謹んで皇国の時運、その武運より勃興し、幾百年も子孫がそれを受け継ぎたり。
余人の剣盾となること不変たるも、世界存亡の危機に、旧習を改め、威光に返し奉る。
上表文を包んで墓前に供えると、シグルドは指にはめていた黄金の指輪二つを未悠が持つ小箱に入れた。そして未悠が墓前へと供え、静かに祈りを捧げた。
彼を幸せにしますから、どうか……どうか。
「長年の責務を労い、奉唱」
ルナがそれと同時に、パラレルフォニックを動かし、ゆっくりとしたメロディを紡ぎ、未悠が低い音程からすくうように声を上げていく。
♪
永い夜の中 あなたは独り望まぬ使命を果たしてきた
この業苦は自分だけのものだと
呪いの様な運命に巻き込んではならぬと
あなたの全てを捧げて
使命と言う名の枷は茨の様に絡み付き
手を伸ばせば傷つけてしまうからと
あなたは哀しく微笑(わら)う
感謝も称賛もなく
憎悪
欲望
哀願
重く昏い人の想いが
あなたを闇へと引きずり込む
♪
旧政権の残響がやかましく鳴り響き、不平が止まらず、争いが起こるのも、命が失われるのも、歪虚が生まれたのも。その責を問えるといえのならシグルドしかいない。彼はそれを逃げもせず、否定もせず、ただ、ただ。
そんな未悠の言葉にユメリアは静かに音を支える。思えば思う程に苦しくなるシグルドの心情を、ユメリアもまた思っていた。だけど彼は人の赴くままに任せた。誰かを責めることをせず、自分たちの気づきと成長を見守り続けた。
そんな2人の音色が混ざり合い、歌の流れは少しずつ、変わっていく。それに加わるようにルナの音色が、全く同じメロディなのに、和音を加え、メロディを捕捉して、鮮やかな曲調へと変えていく。
♪
けれどあなたは穢れない
その姿は闇の只中で輝く清廉なる白き灯
永い夜の中 あなたは独りだった
けれど今は夜明けの曙光があなたを照らしている
さあ枷から解き放たれて
あなたがあなたらしく生きられる明日は
美しい彩りと温かな幸せに満ちている
あなたに感謝を
あなたに祝福を
あなたに愛を
歓びの歌をあなたに捧ぐ
♪
カラぁン カラぁン カラぁン……
リラのハンドベルが響き、余韻を残していく。
歌は、そこで終わるはずだった。
だけどリラはそこで終わりたくなくて、そのベルを大きく振りぬくと、調和を超えた鮮烈な響きが墓前に大きく響く。
「春よ!」
静かに終わっちゃだめだ。
一人の想いに任せちゃだめだ。
リラは大きく叫ぶようにもう一度、歌った。
「春よ!!」
周囲はもちろん驚きに満ちていたが、ルナはそれが曲だと理解すると、すかさず頭の中に楽譜を構成して、パラレルフォニックを巧みに演奏する。
♪
手を取り合った、この和が太陽となりましょう
降り積もった この雪を溶かしましょう
共なる一歩を今こそ 共に手を携えて
ユメリアが未悠の手を取って、シグルドへとつなぐ。そこにルナとリラが重なって。
「これからも未悠ちゃんをよろしくお願いしますね?」
「それでは共に行く祝福を」
ルナとユメリアがにっこり笑う中で、未悠は真っ赤になったが。
「この手が離れることは無い。この温もりが消えることも」
「最期まであなたと共に。この胸いっぱいの希望の種が咲かす花を見守っていたい」
その言葉に勇気づけられるように、未悠は少し背伸びして、その額にキスをした。
●終幕
「結局のところ、すべて世は事もなし、ってことなんだろうな」
真水はヴァイザースタッフを構えながら、ぼやいた。
後ろで恨みがましい、というか、頭で理解しても心中おぼつかないであろうフュルストの目線は大層気になったが、それが故の言葉でもあった。
「本当に厳重な管理をお願いしますわよ。自分の首が危ないのですから」
音羽 美沙樹(ka4757)はシグルドが暗号解読用にと渡された詩集をアミィに渡した。シグルドが持っていた情報に、残した情報をかき集めたものだ。これはこれから鍵となる。
「ありがとう。そんなヘマはしないけど、ふふふ。心配してくれることは嬉しいよ。さすが姫様の片腕ね」
アミィの礼辞に、一瞬だけ照れ笑いを浮かべた美沙樹は、軽く目を閉じて、宝物庫に向かって一礼をした。
エトファリカの生まれにより染みついた礼儀作法でもあり、気持ちを統一するための儀式でもあり。
そしてなにより。この幾百もの指輪がアミィを作り、そしてクリームヒルトを助けて、そして楽しい思い出を作ってきてくれたことを思うと、先人に対する礼儀を表したかったのもある。
そして、刀と短刀を同時に引き抜く。
「退位の前祝いに、ぱーっとやっちゃえー!!」
フュルストのひきずる想いをさっぱり笑い飛ばすようにアミィが後ろから声援を送ると、うすらと目を開く。
「我が心は自由にして、不動……秘剣、縦横無尽!!」
今までずっと秘めてきた一軍を相手取る、美沙樹の剣術奥義が紐解かれた。
次の瞬間、烈風が宝物庫の中を襲った。指輪が断ち切れる。切れる、斬れる、割れる。マテリアルでコーティングされていないそれは刃の嵐の中で、散々となり、金粉となっていく。
「ああ、歴史が……終わっていく」
「うむうむ、あれくらい慈悲がない方が、いっそさっぱりするね。さて目覚まし時計を鳴らそうか」
真水はにんまりと猫のような笑顔を浮かべると、機導の力を収束させると、真っ赤な細いラインを宝物庫の柱に映し出し、照準を固定する。
「照準固定、仮装バレル展開、弾体マテリアル杭作成。面倒なプロセスは全部終わったんだ。目覚めは……後腐れない方がいいだろ?」
映し出されたラインが光を帯びた次の瞬間、真水の身体を超える巨大なマテリアルの塊が轟音と同時に射出され、柱に激突するとあれほど豪華だった建物は粉塵と共に大きく揺らいだ。美沙樹の切った金粉と混ざり、白と金、シグルドの衣装のようにして周りに飛び散る。
「おー、すっげぇ威力。狙いもばっちりじゃん」
逆風を受けて髪をなびかせるソフィアはにんまりと笑って、星神器を起動する。
一撃必殺の威力も建物相手では風穴を開けただけで保ってしまうこともあるが、計算高いソフィアはもう事前にその可能性を破棄していた。真水の狙った場所が構造上一番負担のかかる場所だとしてマークをしている程度には。
ソフィアは笑うと一瞬だけいつもの猫かぶりの顔で笑いかけてウィンクした。
「退位式はまあいい見ものだったから、お祝いに盛大な花火をプレゼントしちゃいます!!!」
ブリューナクの先端が光り輝いて、宝物庫の天辺に照射した。
そして彼女の言葉通りに、それは太陽のように輝きを放つと、みるみる間に、この暗い空間を光で埋め尽くした。
支柱を失い、きわめて危ういバランスを保っていた宝物庫、それは帝国の歴史のようで。
もうそこには残すものは何もない。
形ある物も、形なき物も!
「全部にサヨナラだ!!」
せめて周りに被害が出ないように計算されつくした一撃は、壁を天井を内側に、倒しこんで、引っ張りこんで。
そのまま消え去っていった。
「あれでよかったのですか? 真実は物語として残したいと未悠様は望まれておりますが……」
そっと尋ねるルフィリアに、シグルドは微笑んだ。
「歌を欲するのは歴史じゃない。人間だよ。そして選ぶのは君だ。こちらから押し付けるものじゃない。それでも歌を欲するのなら、偉大な楽師達は歌うだろう」
地下水道を上下して感覚はよく分からなかったが、案外、地上には近かったらしい。
ラヴァダの光条で開いた穴に、そして縦横無尽で細切れにした金粉がきらきらと光るのは、マテリアル光ではなく、太陽の光だった。
ルナはふと随分前にシグルドと地下水道に来たことを思い出した。
あの時に振り返った小さな悩みはまだ消えていない。だけど、今は。振り返る気持ちもおきなかった。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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【質問卓】いつもと同じ明日の為 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2019/04/23 08:31:05 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/04/18 15:36:35 |
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過去からの決別【相談卓】 ユメリア(ka7010) エルフ|20才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2019/04/23 08:44:04 |