ゲスト
(ka0000)
【血断】古き狂気の来訪
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~50人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/07/10 09:00
- 完成日
- 2019/07/21 21:21
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
対邪神戦が始まった瞬間、王国の空に空に黒く長い線が現れた。
幅10メートル長さ15キロメートル。
人工物だとしたら巨大ではあるが、青い空の広さと比べれば極小の傷でしかない。
そう、傷なのだ。
数万の目。
数百万の触手。
鉄の光沢を持った眼球と触手が昆虫の如く蠢き、緑豊かな大地に欲望の目を向けていた。
●混乱する地方都市
「いったいどこからっ」
色のついたレーザーが分厚い市壁に直撃した。
真っ当なレーザー兵器なら火災の煙で減衰するのだろうが、これは負マテリアルが半ばを占めている。
市民の血税と誇りで出来た防壁が、溶けず焼けずに端から薄れて消えていく。
「歪虚、視認しました。南壁から南に400メートル!」
「何を馬鹿なっ」
それまで部下に指揮を任せていた領主が立ち上がり、悪趣味な冗談を言う部下などいないことを思いだし目の周辺を痙攣させる。
「王級歪虚か」
恐怖と絶望を理性で抑えつけた、貴族らしい声だった。
「はい、いいえ違います。ロッソ来訪以後に出現した狂気の眷属に酷似しています」
「数は」
問われた部下が言葉に詰まる。
空転しそうになる思考を気合いと経験で通常に引き戻し、目で見た瞬間までは予想すらしていなかった事実を口に出す。
「領内に最低300。合計千を超えると思われます」
空の黒い線は消えていない。
鉄製の巨大クラゲが押し合いへし合いしながら切れ目から身を乗り出してはそこからこぼれ落ち、自由落下にしては奇妙に遅い加速で地表へ落ちていく。
迎撃戦力は皆無だ。
わずかにいた幻獣乗りも、圧倒的長距離射撃により一太刀を浴びせることも出来ずに打ち落とされた。
「閣下、聖堂教会が」
駆け込んで来た伝令も酷い顔色だ。
「聖堂を放棄して歪虚に突っ込みましたぁ!」
「何を考えとんだあの馬鹿共はぁっ!!」
無論、歪虚討伐である。
●威力偵察
「当該歪虚は鈍足です。限定的な浮遊能力はあるようですが」
逞しい軍馬が跳躍。
乗り慣れていない司祭が上半身を揺らして舌を噛みかける。
直後、浮遊能力で下向き速度を殺しきれなかった歪虚が十数メートル横の地面に直撃してばらばらに飛び散った。
「短時間しか浮かべないようです」
半身が土まみれの状態で、聖堂教会司祭が分厚い盾を斜め前に掲げた。
軍馬が器用に屈む。
20近い歪虚が放ったレーザーが、限界近くまで強化された盾の表面を熱くする。
「長距離攻撃手段はいわゆる負マテリアルレーザーです。威力はハンターショップのガトリングガン、より少し強い位」
司祭様いい加減逃げてくださいという声が通信機から聞こえる。
声の主は本来なら護衛のためこの場にいるはずだが、来ても無駄死にするだけなので権力を振りかざされ退路の確保を命じられたのだ。
「普通なら当たらない距離でも1割くらい当ててきます。デュミナスのFCSのような物を積んでいるのかもしれません」
数を撃てば当たる。
数を撃たれたなら被弾する。
カソック風の装束にいくつもの焼け焦げが生じる。致命傷になる前に法術で無理矢理に直す。
「次、実際に攻撃してみますね」
馬は盾と司祭を盾にするようにして走り、かなりの速度で歪虚に近づく。
大きい。
触手はほとんど土にめり込んでいるが、上半分だけで幅10メートル高さ6メートルほどはある。
レーザーの狙いは正確になって命中率5割程度に。
当然のように被弾の頻度が上昇し常時治癒術を使うようになる。
「全身装甲です。私のメイスではどうやっても……」
リアルブルーの戦車を切り倒せるハンターとは違うのだ。
司祭は軽く肩をすくめ、治癒術の代わりに光の波動を放った。
聖堂教会基準では極めて強力な攻撃術でも一線級ハンター基準では並かそれ以下だ。
司祭もそのことは理解しているので、歪虚の損害を確認した後は即撤退に移るつもりだった。
「え」
歪虚の上半分が歪む。
見た目は派手でも手応えは弱く、なのに歪虚の動きが鈍くなり触手が止まって本体も薄れていく。
「倒した?」
直撃を浴びせた個体だけではない。
極一部当たっただけでの個体も事切れ消滅していく。
「訳が分かりません……が」
盾を後ろに向ける。
尻に帆掛けて逃げる軍馬の尻を守り、こみ上げて来た血を横へ吐き捨てる。
「今回だけなら、なんとかなりそうですね」
青空の傷口が回復を始め、通過途中の歪虚が押し潰されて消滅した。
●救援依頼
「手隙の方は集まって下さい。ああ、新人さんは呼んでません。死にますよ!」
普段なら減給処分確実な言動であった。
非常時中の非常時なので処分が後回しにされているだけともいう。
「王国内に大量の歪虚が出現しました。形状は母艦型の大型狂気に似ています」
母艦型はサイズ5。今回の歪虚はサイズ4だ。
「敵は歪虚1種のみですが数は膨大です。詳しい情報は……」
威力偵察時の動画が届いているので各人確認して欲しい、と早口で言う。
「そろそろ転移装置が空きます。急いで下さい!」
既に総力戦だ。
末期戦になるかどうかは、ハンターの活躍次第である。
●罠
「私が全責任を負います。やってください」
録音データと署名押印済み要請書を渡してようやく、刻令ゴーレム「Gnome」4体が作業を開始した。
石碑が押し倒され、土が排除され、数百年前の遺構が日の光に晒される。
「後は私がします。包囲される前に西へ退却して下さい」
Gnomeが顔を見合わせる。
主にはこの人間に最期まで従えと命令されているのだ。
「言い換えます。貴方方がここにいたら無駄死にします。最期まで貴方方の戦いを頑張って下さい」
笑みというには凶悪すぎる表情と眼光を向けられて、Gnome達は己に可能な全速で逃げていった。
「さて」
一度エクラに祈りを捧げてから穴の底に飛び降りる。
歪虚と戦い果てた戦士の残骸が数人分飛び散っている。
「人類存亡の危機です」
比喩でなら無数に使われてきた表現だ。
そして、現在のクリムゾンウェストを表現するのに最も相応しい表現だ。
「申し訳ありませんが、最後の一片まで利用させて頂きます」
術が紡がれる。
祈りも誇りも何もかもが力に変換され、歪虚を引きつける餌として無造作に撒き散らされていく。
風が動いた。
東から飛来したレーザーが、穴の上を塞ぐ密度と頻度で彼女の逃げ道を塞いだ。
「なるほど」
口角が吊り上がる。
恐怖と殺意と熱情がどろどろに溶けて混じった、ぞっとするほど艶のある笑い声が響く。
「折角歪虚を誘き寄せるのです。千と言わず万ほど引きつけハンターの皆さんに引き継ぎましょう」
後悔も反省もなく、包囲を縮めてくる旧型狂気を待ち構えるのだった。
幅10メートル長さ15キロメートル。
人工物だとしたら巨大ではあるが、青い空の広さと比べれば極小の傷でしかない。
そう、傷なのだ。
数万の目。
数百万の触手。
鉄の光沢を持った眼球と触手が昆虫の如く蠢き、緑豊かな大地に欲望の目を向けていた。
●混乱する地方都市
「いったいどこからっ」
色のついたレーザーが分厚い市壁に直撃した。
真っ当なレーザー兵器なら火災の煙で減衰するのだろうが、これは負マテリアルが半ばを占めている。
市民の血税と誇りで出来た防壁が、溶けず焼けずに端から薄れて消えていく。
「歪虚、視認しました。南壁から南に400メートル!」
「何を馬鹿なっ」
それまで部下に指揮を任せていた領主が立ち上がり、悪趣味な冗談を言う部下などいないことを思いだし目の周辺を痙攣させる。
「王級歪虚か」
恐怖と絶望を理性で抑えつけた、貴族らしい声だった。
「はい、いいえ違います。ロッソ来訪以後に出現した狂気の眷属に酷似しています」
「数は」
問われた部下が言葉に詰まる。
空転しそうになる思考を気合いと経験で通常に引き戻し、目で見た瞬間までは予想すらしていなかった事実を口に出す。
「領内に最低300。合計千を超えると思われます」
空の黒い線は消えていない。
鉄製の巨大クラゲが押し合いへし合いしながら切れ目から身を乗り出してはそこからこぼれ落ち、自由落下にしては奇妙に遅い加速で地表へ落ちていく。
迎撃戦力は皆無だ。
わずかにいた幻獣乗りも、圧倒的長距離射撃により一太刀を浴びせることも出来ずに打ち落とされた。
「閣下、聖堂教会が」
駆け込んで来た伝令も酷い顔色だ。
「聖堂を放棄して歪虚に突っ込みましたぁ!」
「何を考えとんだあの馬鹿共はぁっ!!」
無論、歪虚討伐である。
●威力偵察
「当該歪虚は鈍足です。限定的な浮遊能力はあるようですが」
逞しい軍馬が跳躍。
乗り慣れていない司祭が上半身を揺らして舌を噛みかける。
直後、浮遊能力で下向き速度を殺しきれなかった歪虚が十数メートル横の地面に直撃してばらばらに飛び散った。
「短時間しか浮かべないようです」
半身が土まみれの状態で、聖堂教会司祭が分厚い盾を斜め前に掲げた。
軍馬が器用に屈む。
20近い歪虚が放ったレーザーが、限界近くまで強化された盾の表面を熱くする。
「長距離攻撃手段はいわゆる負マテリアルレーザーです。威力はハンターショップのガトリングガン、より少し強い位」
司祭様いい加減逃げてくださいという声が通信機から聞こえる。
声の主は本来なら護衛のためこの場にいるはずだが、来ても無駄死にするだけなので権力を振りかざされ退路の確保を命じられたのだ。
「普通なら当たらない距離でも1割くらい当ててきます。デュミナスのFCSのような物を積んでいるのかもしれません」
数を撃てば当たる。
数を撃たれたなら被弾する。
カソック風の装束にいくつもの焼け焦げが生じる。致命傷になる前に法術で無理矢理に直す。
「次、実際に攻撃してみますね」
馬は盾と司祭を盾にするようにして走り、かなりの速度で歪虚に近づく。
大きい。
触手はほとんど土にめり込んでいるが、上半分だけで幅10メートル高さ6メートルほどはある。
レーザーの狙いは正確になって命中率5割程度に。
当然のように被弾の頻度が上昇し常時治癒術を使うようになる。
「全身装甲です。私のメイスではどうやっても……」
リアルブルーの戦車を切り倒せるハンターとは違うのだ。
司祭は軽く肩をすくめ、治癒術の代わりに光の波動を放った。
聖堂教会基準では極めて強力な攻撃術でも一線級ハンター基準では並かそれ以下だ。
司祭もそのことは理解しているので、歪虚の損害を確認した後は即撤退に移るつもりだった。
「え」
歪虚の上半分が歪む。
見た目は派手でも手応えは弱く、なのに歪虚の動きが鈍くなり触手が止まって本体も薄れていく。
「倒した?」
直撃を浴びせた個体だけではない。
極一部当たっただけでの個体も事切れ消滅していく。
「訳が分かりません……が」
盾を後ろに向ける。
尻に帆掛けて逃げる軍馬の尻を守り、こみ上げて来た血を横へ吐き捨てる。
「今回だけなら、なんとかなりそうですね」
青空の傷口が回復を始め、通過途中の歪虚が押し潰されて消滅した。
●救援依頼
「手隙の方は集まって下さい。ああ、新人さんは呼んでません。死にますよ!」
普段なら減給処分確実な言動であった。
非常時中の非常時なので処分が後回しにされているだけともいう。
「王国内に大量の歪虚が出現しました。形状は母艦型の大型狂気に似ています」
母艦型はサイズ5。今回の歪虚はサイズ4だ。
「敵は歪虚1種のみですが数は膨大です。詳しい情報は……」
威力偵察時の動画が届いているので各人確認して欲しい、と早口で言う。
「そろそろ転移装置が空きます。急いで下さい!」
既に総力戦だ。
末期戦になるかどうかは、ハンターの活躍次第である。
●罠
「私が全責任を負います。やってください」
録音データと署名押印済み要請書を渡してようやく、刻令ゴーレム「Gnome」4体が作業を開始した。
石碑が押し倒され、土が排除され、数百年前の遺構が日の光に晒される。
「後は私がします。包囲される前に西へ退却して下さい」
Gnomeが顔を見合わせる。
主にはこの人間に最期まで従えと命令されているのだ。
「言い換えます。貴方方がここにいたら無駄死にします。最期まで貴方方の戦いを頑張って下さい」
笑みというには凶悪すぎる表情と眼光を向けられて、Gnome達は己に可能な全速で逃げていった。
「さて」
一度エクラに祈りを捧げてから穴の底に飛び降りる。
歪虚と戦い果てた戦士の残骸が数人分飛び散っている。
「人類存亡の危機です」
比喩でなら無数に使われてきた表現だ。
そして、現在のクリムゾンウェストを表現するのに最も相応しい表現だ。
「申し訳ありませんが、最後の一片まで利用させて頂きます」
術が紡がれる。
祈りも誇りも何もかもが力に変換され、歪虚を引きつける餌として無造作に撒き散らされていく。
風が動いた。
東から飛来したレーザーが、穴の上を塞ぐ密度と頻度で彼女の逃げ道を塞いだ。
「なるほど」
口角が吊り上がる。
恐怖と殺意と熱情がどろどろに溶けて混じった、ぞっとするほど艶のある笑い声が響く。
「折角歪虚を誘き寄せるのです。千と言わず万ほど引きつけハンターの皆さんに引き継ぎましょう」
後悔も反省もなく、包囲を縮めてくる旧型狂気を待ち構えるのだった。
リプレイ本文
●削られる世界
虫が蠢いている。
鉄の触手が地面を削り、触手が触れ合う音が不気味な旋律を奏でている。
装甲の切れ目から複数の眼球が覗き、別々の生き物の様に不規則に動く。
見ているだけで精神が消耗する異形の大群から、鮮やかな赤い線が伸びた。
大量の負マテリアルが含まれるレーザーだ。
色合いは美しいはずなのに、本能的な不快感を見る者に叩き込む。
100の赤い線の半ばは空に消え、別の半ばは土に当たってからからに干からびさせ、わずか2つの光線が分厚い防壁に命中した。
「退避しろ!」
酷使で掠れた声が大気を振るわせる。
弓を構えた兵士が飛び降りるような速度で階段を下った直後、1000に迫る汚水色レーザーが防壁に降り注いだ。
「大きいだけの雑魚でも、数が集まれば厄介なものだね……」
そんな地獄じみた光景を、鞍馬 真(ka5819)とワイバーン・カートゥルが見下ろしている。
レーザーの威力も負マテリアルも影響も強烈で、良質な石材からなる防壁が炎に炙られた雪のように溶けて消えていく。
街の中から、年端もいかぬ子供の泣き声が聞こえた気がした。
「行こうか」
真は振り返らない。
カートゥルも戦場だけを見つめている。
2人の役割は子供1人だけ助けることではない。
子供を含む、この地に住む人々全員を助けるために、この場にいるのだ。
防壁跡を踏み越えハンター達が出撃する。
身のこなしも盾の扱いも達人あるいは超人級。だが視界内だけで1000を超える歪虚と比べて有利とも不利とも判断し難い。
「気を抜かないでよ」
優しげな顔立ちの真が淡々と呟く。カートゥルは高度を速度に変え歪虚に突撃しながら、馬鹿にするなと鼻を鳴らす。
真は微かに微笑み、ロングソード級の魔導剣とマテリアル刃を両手で軽々構えさらに蒼いオーラを注ぎ込む。
カートゥルが鋭角な進路変更を行う。
真は体重移動でワイバーンの飛行を支援しながら、汚水色レーザーの速度と自らとの距離を目で測る。
「旧型装備?」
性能は良い。
しかし超人的技術や魔術的感覚を持つハンターに対しては非効率だ。
対VOID戦初期の地球統一連合宙軍に対してなら、あるいはマテリアル技術を持たない文明に対してなら、凄まじい被害をもたらしたかもしれない。
「カートゥル、少し無理をするよ」
ワイバーンが喜びの感情を発して進路変更。
みちりと詰まった鉄の巨体へ近づき、大量の負マテリアルレーザーに狙われながらブレスを放つ。
「足りないか」
空色の翼に当たりかかった一撃を魔導剣で砕く。
ブレスはかなり強いはずだが敵の装甲はそれ以上でほとんど効いていない。
真は敵陣の左端まで移動してから相棒から降り、歪虚の知覚で捉えきれない速度で2剣を振るう。
母艦型大型狂気に酷似した歪虚に2つ亀裂が入り、一瞬後には斬撃の残滓である蒼い光だけが残る。
3つ目の斬撃はオーラと化して10メートルの範囲を完璧に切り裂くが、狂気に似た歪虚は幅も奥行きも10メートル以上あるので破壊できた数は少ない。
「高防御低生命力、か」
真は味方に対して必要な情報を送信し、カートゥルと合流して南東へ向かう個体を積極的に狙う。
「どこ見てやがる!」
真の背を狙おうとした歪虚群に、頭上から罵声が投げかけられる。
歪虚は反射的にレーザー発信器である目を向けようとしたが間に合わず、鉄の触手は辛うじて間に合いはしたが空飛ぶ巨人に悠々回避される。
「多勢に無勢。けどフラグってのはぶち壊す為にある!」
オウガ(ka2124)は刻騎ゴーレムを我が身と認識してマテリアルを巡らせる。
魔法紋を複数浮かび上がらせ機槍を超拡大。
実に15メートルに達した超巨大武器を鮮やかに回転させ触手を粉砕し分厚い装甲を中身ごと凹ませる。
刺突による対単体攻撃なら生き残る歪虚もいただろうが、白兵攻撃としては壮絶過ぎる範囲攻撃により直径16メートルの円内全ての歪虚が全滅した。
「遅い!」
敵は未だに膨大だ。
試射の赤色レーザーを前方への跳躍で回避。
大型歪虚の大海から顔を出した形のルクシュヴァリエに、負マテリアルレーザーが殺到した。
「本当に狙ってんのか?」
数えるのも億劫になる数で攻撃されても被弾は1つだけ。
十分な防御が施された機体にはかすり傷でしかなくリジェネレーションを使うまでもない。
まあ、開戦直後で使う様なら最初から勝ち目は皆無だ。数の差はあまりに巨大だ。
「こじ開ける!」
後方からの通信を傍受しつつ脚部にマテリアルを集中。
進路上の巨体を吹き飛ばしながら進路を確保し、敵陣深くに食い込んだ時点で巨大化槍を振り回す。
破壊の局所台風が再演されて、無数の破損パーツが宙を舞って重力に捕らわれる前にこの世から消えた。
「先に行け。遠慮していて勝ちきれる相手じゃねぇ!」
レーザーも近づけば命中率が上がる。
射程は短くても鉄の極太触手の威力は高い。
鉄触手を槍で撫でて空振りさせ、見事な見切りで五月雨式レーザーを回避してもいくつかは被弾し治癒術を使わざるを得なくなる。
「よし、降りろ」
ワイバーンがマテリアルによる爆撃を敢行した直後、オウガの切り開いた土地に着陸する。
Gacrux(ka2726)は鞍から降りながら手を振るって魔力の矢を撃ち出す。
5本が全て別の歪虚に着弾。
開戦前の時点で装甲が歪むほどのダメージを受けていた5体全てが耐えきれずに浮遊能力を失いぱかりと割れた。
「柔らかい……この狂気は幻影か?」
思考を巡らしている間も攻め手は緩めない。
ラナンキュラスに巨大なマテリアル刃を発生させて、闘狩人の絶技たる刺突を最も分厚い敵陣に対して突き立てる。
距離80メートルの直線状に無人の野が復活する。
1メートル巻き込まれただけで、最低でも幅10メートルある巨体達が次々消えいく。
Gacruxはクリムゾンウェスト出身だがリアルブルーの機械にも明るく、無数の対歪虚戦を戦い抜いた戦士だ。
一撃を浴びせれば手応えでだいたいのことは分かる。
「装甲も内部も脆い。旧型か」
装甲防御の配置が非効率でダメージコントロールも甘い。
これなら数さえ少なければ5年前でも撃退出来ていただろう。
敵は最低限の浮遊能力しか持たず思考の程度も低い。
しかし射程は圧倒的で何より数が別次元だ。
「抑えて戦え。予想より大規模な戦いになる」
Gacruxは味方に敵の性質の性能について報告した後、視界内だけで数百を超えるクレーターを一瞥した。
「こちらGacrux。このクレーターならCAMも塹壕として使えるはずだ」
「はい! ハンスさん、指定された場所へ移動して下さい。治療します」
通信機から、否、ペガサスの羽音に紛れて穂積 智里(ka6819)の言葉が聞こえた。
Gacruxは一瞬に満たない間困惑した後決断する。
「治療中の安全は確保しておく」
ワイバーンもそそくさとGacruxと合流して、1番使えそうなクレーターの近くで旧型狂気撃退作業を開始する。
聡明な女性が隠そうとしても滲んでしまうレベルの揉め事に近づくのは、歴戦の勇士でも自殺的行為であった。
「助かる、穂積さん」
R7エクスシアが滑る様に走りクレーターに入り込む。
負属性レーザーから隠れると同時に機体を覆っていたエネルギーが消た。10近く被弾した装甲が智里の目に飛び込んでくる。
一瞬唇を噛み、こみあげてくる感情に耐え、精霊に対する祈りを通じて機体周辺のマテリアルを活性化。
血の通わぬ装甲が絶妙な具合に噛み合い実質的な耐久力を回復させた。
「この場の歪虚だけでなく、墓より南側の歪虚群も倒せるだけ倒さないと拙いのは分かっています。ですが……」
ペガサスと手分けして応急修理を続ける。
ハンス・ラインフェルト(ka6750)に対する複雑な思いはある。
だが、ハンスを大事に思う気持ちは心の中に存在するのだ。
「ん」
ハンスは反射戦闘に没入していた意識を引き戻す。特殊な事情で智里に対する感情が薄れてはいるが、危険な戦場で援護してくれる相手に礼を欠くつもりはない。
「信用して欲しい。引き際は弁えているつもりだ」
穂積の耳には、戦死する寸前まで踏み込む宣言にしか聞こえない。
一瞬息がつまり、だが動揺を顔には出さずに穂積は要点だけを口にする。
「可能な限り直しました。障壁も張りましたが30秒もちません、注意して下さい」
「感謝する」
ハンスは喜色を抑えようともせずR7に戦闘再開を命じる。
塹壕と機能しているクレーターから飛び出しても刃の間合いに歪虚はいない。
派手に暴れ回る守護者に旧型狂気が殺到し、鉄製の小山となり波打ってる。
守護者が集めた歪虚に砲戦CAMとVolcaniusの集団が砲撃を加える。
各国の精鋭でも出来るかどうか分からない圧倒的攻勢だが、歪虚も無力ではないし無策でもない。
複数の大集団が……数千に達する歪虚の中でははぐれた小集団でしかない歪虚が守護者を回避しこちらに向かって来る。
ハンス達を狙っているという意識すらなく、迂回路にたまたまいた人間をついでに殺すつもりでレーザーを照射した。
「狂気なのに狂気感染を気にしなくていいとは……なかなか楽しい歪虚じゃありませんか」
8メートルという人型という本来回避に向いていない機械が軽やかに走る。
最新鋭機のような速度もなかれば敏捷性もなく、しかし乗り手の体術を再現した動きでレーザーの狙いを外したまの命中弾もCAMシールドで防ぐ。
かすり傷にもならない。
主戦場のような超大集団ならともかく、20や30の大型歪虚程度、狂気感染がないなら単独では脅威ではない。
敵集団に飛び込みむついでに1体に深手を負わせる。
そのまま勢いを止めずに集団内部に入り込み、鉄触手を躱し防ぎつつ艦刀を振り上げ、一閃する。
分厚い鉄色の装甲に鮮やかな傷跡が刻まれ、数秒遅れて中から火花と煙が吹き出しいくつもの歪虚が地面に墜ちた。
「こんなところだけは変わらない……」
苦笑とも泣き笑いともとれる表情で、智里は別の歪虚集団を足止めしている。
デルタレイの連射は一度の行使ごとに最低1体の大型歪虚を仕留め、ペガサスは治癒術は温存しつつ主を別の塹壕へ運ぶことで効率の良い防衛戦を継続させる。
「集中、しないと」
乱れる心に苦しめられながら敵と味方の配置を観察する。
ハンスだけでなく、多くのハンターが危険を冒してこの場にいる。
敵の総数が総数なので運悪く被弾しさらに運悪く急所に当たることも珍しくはなく、回復手段のない者は一度街まで後退を強いられることすらある。
「ここに足止めの結界を張りました。こちら側から後退してください!」
味方を追って来た集団にプルガトリオを打ち込み足止めする。
ハンスにも下がって欲しかったがまだまだ元気なので近くにいるしかない。
治癒術も残り少なく、申し訳ないが他の味方に使う余裕は無かった。
●違和感
異形のクラーケンにも狂気の戦車にも見える歪虚達がぶつかり合い積み上がり小高い山を造り上げ、次の瞬間山の中央が何の予兆もなく消滅した。
「シャルラッハの奴がいねぇと速度が足りねぇな」
狂気の海を並の車より速く駆けながら、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が愚痴じみた言葉を零す。
ワイバーン・シャルラッハは数百メートル北東で別の小集団を牽制中だ。
残念ではあるが対空レーザーの豪雨には耐えられないからだ。
「おぅまだ元気じゃねぇか」
歪虚の山を完全に抜け、地平線まで続く狂気の園を目視する。
そこに無数の赤い光が生じ、ボルディア目がけて鉄砲水の如く押し寄せた。
「まだ俺の手の内読めてねぇのか」
祖霊を介して呼び込んだ力は彼女の力をさらなる高みに導いた。
しかもそれだけでは終わらず、元々ないも同然の急所を強固に防御する。
つまり、不運に不運を重ねたような紛れ当たりが数十重なっても死なないということだ。
ユニット用装備並みのサイズなのに魔斧が小さく感じる。
360度の攻撃圏にいる歪虚は消し飛ばせても、その外にいる狂気を怯えさせることはできても砕くことはできない。
「俺の身体を使って、その暴を思う存分解き放ちやがれェ!」
体から抜けかけていた力を引き戻す。
赤いレーザーの10倍以上の負マテリアルが重なり合い、鉄砲水から洪水、洪水から神話を思わせる水の断崖へ成長する。
精霊の加護やスキルとは異なり、いくら強くてもただの歪虚の攻撃に敵味方識別機能はない。
一際負の気配の強い旧型狂気も、奇跡的に知性を残した旧型狂気も、巨大洪水の進路上の歪虚が全て押し潰されて消滅した。
「こりゃヤベェな」
その一言だけを残してボルディアが飲み込まれる。
束ねても元の射程と変わらぬ距離でレーザーが霧散。
深く抉れた大地と……飲み込まれる前と何一つ変わらぬボルディアだけが残った。
「マテリアルのスゲェ無駄って意味で、ヤベェ」
少し寒気はするが被害はそれだけだ。
魂から広がる熱で負の残滓など一瞬でかき消された。
「やっぱり」
恐るべき力を見せ付けたボルディアに、恐怖と殺意が入り交じったものが集中している。
「目立つよな」
それと同程度の殺意が機体越しにキヅカ・リク(ka0038)に向けられている。
なにしろ、大精霊の契約者が乗る、大精霊の一部再現機だ。
生物に敵意を向ける歪虚にとってこれ以上の獲物は滅多に存在しない。
無論、キヅカもマスティマも獲物になるほど弱くはない。
急所らしい急所も存在せず、急所がないという長所もエストレリア・フーガの数多ある長所の1つに過ぎないのだ。
「潮時だ」
斜め左右から殺到してきた歪虚がボルディアの姿を隠している。
「すまん、動けねぇ」
鉄の小山が内側から滅多打ちにされ揺れているのでボルディアは無事なのだろう。
放置すれば重体になる前に酸欠になりそうだが。
「そうだろうな。こちらでどうにかする」
キヅカのマスティマは速く俊敏でしかもキヅカの判断を即反映する。
近くからの鉄触手も遠くからのレーザーも悉く躱しに躱してボルディアに最も近い個体に斬艦刀を振り下ろす。
もはや据物斬りだ。
スキル無しで反対側の装甲まで切り裂き、瞬時に消滅した歪虚のいた空間が埋まるより速く踏み込む。
「距離27。跳ぶぞ」
世界の理を自儘に操作した感触があった。
ボルディアとマスティマが数十メートル後方に同時に着地。街へ向かっていた旧型狂気を切り裂く。
「なぁ」
「同感だボルちゃん。こいつらの3分の1位がハンター以外を狙っているぞ」
おそらく何か見落としがあったのだ。
しかしそれを探す余裕はこの場にいる2人にはない。
「左右から抜けた歪虚は後続に任せる。俺達は」
荒れた地表を滑る様に歩く。歩くだけで20メートル近く移動して元気な歪虚を脳天から両断する。
「目指せ1000匹斬りはどうだ」
2人の守護者が獰猛な気配を撒き散らす。
怯えた大型狂気が性懲りも無く突撃を仕掛けたが、2人を突破する歪虚は1体も現れなかった。
●街の危機
「イコニアさんの救助は間に合うでしょうか」
負マテリアルの大津波が発生する前、崩れた壁の近くで祈る少女がいた。
歴戦にもかかわらず小動物を思わせる気配を持ち、しかし祈りの強さは聖堂教会司教であってもおかしくないほどだ。
最大まで時間を拡大した守護の力が切れた。
ルカ(ka0962)の力不足ではなくスキルの限界だ。
これ以後、イコニア救出隊は絶大な守り抜きで戦うことになる。
「たぶん、大丈夫?」
効果時間内の敵陣突破は、少なくとも足の速い者は終わらせていた様なのでおそらく大丈夫だ。
仮に敵陣を突破しきれなかったとしてもグランドスラムを連発する砲撃隊の援護が間に合う、はずだ。
ルカの視界の半分を光が覆う。
高位ハンターでも集中しなければ視認不能な速度で、ルカの右を刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」が通り過ぎた。
リアルブルーの主力戦車程度はある装甲が弾けて吹き飛び、大型歪虚の動力炉に当たる分が爆発するより早く存在するための力尽き装甲も消滅した。
「あ、ありがとう、ございま」
驚きでどもってしまうが周囲を観察する精度も判断の速度も落ちはしない。
ペガサス・白縹がルカの指示に従い通行を阻害する結界を張る。
それで防壁の切れ目が3分の1ほど塞がれ、戻って来たルクシュヴァリエと後退してきたハンターにより危なげなく歪虚進入が阻止される。
「ここは私が防ぎます。あなたは別方面の」
サクラ・エルフリード(ka2598)は最後まで言い終える前に機体を走らせる。
レーザーの流れ弾にわざと当たって都市内部への被害を防ぐ。
傷だらけの兵士が、子供を両手にそれぞれ抱えた状態で引き攣った笑みを浮かべているのが見えた。ルカ達の活躍に、圧倒される。
「別方面の援護をお願いします。ハンターがいない場所は支えきれません」
サクラ機の重厚な防御はレーザーに対してほぼ無敵だ。
だが街を守る兵士達は、無傷の状態でも掠めるだけで深い傷を負う。実際全員浅くない傷を負っている。
「わ、かり、ました」
こくこくと頷いて防壁に水平に走るルカと白縹。
その背をセンサの1つで見送りながら、サクラは消滅した防壁へ向き直る。
守護者達が引きつけ、砲撃隊が圧倒的な破壊をばらまいているのに敵の進軍が止まらない。
旧型狂気の左端と右端の歪虚達が、砲撃隊の後ろをつこうともせず街に進軍中だ。
支援砲撃であるレーザーは相変わらず低命中力。
砲撃を諦め突撃してくる小集団も非常に遅く突撃の意味がない。
それでも数は膨大、危険は巨大だ。
「敵は大量ですね」
サクラ機は一見静止している様に見えるが赤いレーザーも大量の汚水レーザーも装甲に掠らせすらしない。
「ですが、多いのであれば巻き込んで倒しやすいとも言えます……。ルクシュヴァリエは1対1でもいけますが、対複数も得意なのですよ……」
魔法紋で聖機槍を巨大化させる。
「この世界に……光あれ……!」
正の力を解放。
機体に宿る中小の精霊と力を合わせて制御を行い、歪虚を祓う力に整えて鉄の虫の群れを蹂躙する。
旧型狂気の精鋭が消し飛ばされて先陣が大混乱。
サクラは喜びも侮りも見せずに一度足を止め、威力は弱めの光の波動を連射し砲撃から生き残った歪虚に止めを刺していった。
歪虚による侵攻は別方向でも行われている。
無傷の防壁が砕けて崩れて転がり落ちる。
スラムとまではいかないが古びた家々が巻き込まれて崩壊。避難途中の親子が粉塵の中へ消えた。
「すまない、家は守れなかった」
誰も傷つかなかった。
若く、疲れ果てた母親が、幼い子を胸に抱いたままおそるおそる振り返る。
精悍な黒い騎士が巨大な盾で以て親子を脅威から守ってくれていた。
「慌てず街の中央へ向かえ。温かい料理と毛布が準備されてるぜ」
瀬崎・統夜(ka5046)は自信と慈愛に溢れた騎士を演じる。
瓦礫ごと魔導型デュミナス・黒騎士を押し倒そうとする旧型狂気も、鉄触手を振り回して戦闘に加わろうとする歪虚も、遠くからレーザーを集中させる大型歪虚も動かず盾で防いで自分より若い親と子を守る。
「そのまま見物してくれてもいいが……少し五月蠅いぜ?」
4連カノン砲を盾から器用に突き出し4連射。
回り込んで黒騎士を迂回しようとしていた旧型狂気に大穴を開け破壊する。
「悪いが2人を頼む」
統夜は魔導拡声機へのエネルギー供給を切って通信機を使う。
ここに来るまでの様にブースターと速度を活かした機動戦をするなら1時間でも戦える。
しかしこのまま戦えば数分でダメージコントロールが尽きてしまう。
「了解。お世話を引き継ぎます」
コンフェッサーというこの場では珍しい機体が、発砲直後のスナイパーライフルを背中に戻して女性と子供をそっと抱き上げた。
「初めまして、ご主人様。一時的な主従関係ではありますが、心地よい一時を全力で提供します」
この人何言っているだろうと、親子の思いが完全に一致した。
なお、コンフェッサーを操るフィロ(ka6966)は大真面目だ。
法に則り主人の存在と活動を脅かす全ての事象から主人を守るという、エバーグリーン時代のオートマトン行動基準を貫く意思と能力と覚悟がある。
「瀬崎様には協力の継続を要請します」
コンフェッサーが戦場に背を向け街中央へ駆ける。
マテリアル製ダミーバルーンを連続展開する。しかし歪虚の注意はおむつを履いた子に向いている。
「子供を狙うかよ」
統夜の声に冷たい殺意が滲む。
フィロ機を庇う位置をとり続け、後続の歪虚からの攻撃も防ぎながら冷静かつ容赦なくカノン砲で反撃する。
「こっちもっ」
古びた建物をペガサス・白縹が乗り越え急降下。
脚にダメージを負うこと無く90度方向を変え黒騎士の後ろを通り抜ける。
「あの……」
「感謝する」
機体の状況が好転している。
ルカが使ったフルリカバリーが整備直後に近い状態にしてくれた。
「東の地区にも歪虚が侵入している。行け」
「は、はい!」
ルカを乗せたペガサスの回避術は高位の前衛覚醒者並で、並以下の精度しか無いレーザーを軽々回避する。
そして、ルカ自身も極めて強力な聖導士だ。
狭い通りを抜け、至近距離からのレーザーで破壊された防壁と旧型狂気の密集部隊と鉢合わせをして……。
「っ」
足止めのつもりで撃ったプルガトリオで10体根こそぎ全滅させた。
その後ろには100以上いる。
守護者と砲撃隊が食い止めた残りだけでもこれだけいる。
地平線の向こうにいる物と合計すれば万に達するかもしれない。
「がんばり、ますっ」
照射されるより早くレーザーの向きを推測し、闇の刃を伴い歪虚集団て吶喊。
プルガトリオが尽きるまで散々に刺し殺した後、ペガサスに乗って最後の防衛線に後退した。
●鎧袖一触
「タイミング合わせ、カウント3で面制圧開始だ。火力を集中して殲滅するぞ」
3秒で振り返って照準をあわせて高度なスキルを発動させる。
そんな曲芸じみた行動を、近衛 惣助(ka0510)達はミス無くやり遂げた。
重砲じみた火力が全壊防壁を巻き込んで炸裂。
直径60メートルの巨大爆発と複数の子弾の雨が、街外縁に取り付く歪虚の海を耕した。
「生き残りは任せた」
ダインスレイブ・長光が走り出す。
重厚な砲が高温で陽炎を発生させているが落ち着くまで待つ暇はない。
生き残りの旧型狂気が眼球を動かしレーザーを放つ。
距離は20メートル以下。ここまで近いとよく当たる。
だが、惣助はシールドで受けて耐えるだけで反撃は行わず移動を最優先にした。
「やはりいたか」
古い都市なので防戦のため通りが曲がりくねっている。
商業面ではマイナスだが今は助かった。大型歪虚2つが曲がり角で詰まって後続とあわせて10体が立ち往生している。
「退避は完了している。やれ!」
空に浮かび、別方向の歪虚相手に防戦しているルクシュヴァリエから、マリィア・バルデス(ka5848)の軍人然とした声が響く。
「了解」
言い終えたときには射撃操作を完了している。
弾種は貫通徹甲弾だ。
狭い通りに詰まった鉄の異形を貫通しても止まらず、風格のある店舗とその後ろの建物を全壊させてようやく止まる。
歪虚が消えた。
消えて開いた空間に長光が侵入。
方向転換するとCAMで通ることも難しい狭い通りに直面する。
「修理費用はソサエティーに頼む」
弾種、徹甲榴弾。
宿屋を押し潰して街中央に向かっていた歪虚が、必要最小限の爆発により止めを刺された。
「街の中央は安全です。走らず急いで向かって下さい」
先程の軍人口調からは想像もできない穏やかな口調で語りかけるマリィアは、頑丈な2階建てを足場に長距離射撃を繰り返している。
当たり前のように街の外から数十、街の中から10近くのレーザーが飛んできて躱しはするが徐々に足場を削られる。
ルクシュヴァリエ・Crepusculumは建物が崩壊する十数秒前に再度浮かび上がって通りの向かい側のライバル店を新しい足場にした。
「一撃必殺とはいかないか」
銃弾が旧型狂気を貫通して真後ろの個体で止まる。
致命傷ではない。
十分に強力な火器なのだが、特大サイズの歪虚を潰すには3~4発必要だ。
「避難訓練をもう少ししていればな」
領主に流れ弾と建物崩壊の危険を伝えて避難を要請して受け入れられたのに、避難の速度はお世辞にも速いとはいえない。
マリィアは武器に伝えるマテリアルを微修正。
通常の単発攻撃に切り替え、建物と建物の隙間を通して人も建物も傷つけずに地上の歪虚を削っていく。
煙突すれすれにワイバーンが高速飛行する。
平時にやれば領主直々にハンターズソサエティーに怒鳴り込むレベルの危険行為である。
「援護お願い」
リラ(ka5679)は、強烈な向かい風を感じつつ鞍から飛び降りた。
後方20メートルで避難途中の男女が悲鳴を上げているのに気付いて笑顔で無事を伝える。
実際、足をくじいてすらいない。
「歪虚は私が食い止めます。だから落ち着いて安全第一で避難して下さい」
この場が平時の舞台であるような、華のある笑顔と動きでそう言った。
「……そちらに避難民が5人向かいました。歪虚は」
通信機に話しかける。
ワイバーンが鋭角で回避機動を行いながら攻撃的マテリアルをばらまく。
異様に分厚い装甲に当たりはしたが弾かれるだけで、しかし攻撃に気付いた旧型狂気はワイバーンに誘き寄せられリラの近くに姿を現す。
「私が食い止めます」
リラが突進する。
迎撃の負マテリアルレーザーを武神到来拳で弾いて完全に無力化する。
「大きい」
街の外での砲撃に巻き込まれなかったその歪虚達は、建物を複数壊してきたのに全くの無傷だ。
「けど」
踏み込んで撃つ。
4度の連撃で装甲は割れ中身をぐちゃぐちゃにされ、1体の旧型狂気が消え別個体が無防備な側面を晒す。
「ここは通しません!」
鉄触手が前と後ろと左右からリラを狙う。
だがリラには見えている。
焦らず安全地帯を見極め触手の間をすり抜け、1度の4連撃で以て確実に歪虚を砕く。
リラの舞の代金は歪虚の命であり、この通りから抜け出せた歪虚は皆無であった。
「無茶するななのーっ!?」
街中央の最も安全な場所の一歩外側で、ディーナ・フェルミ(ka5843)のルクシュヴァリエが叫んでいた。
「バルーンやディフェンダーのある分、本当に街に入り込まれた場合は此方の方が役に立つかと思ったのです」
フィロのコンフェッサーは装甲の大部分が禿げ不規則な火花まで発生している。
実際役に立った。
撃墜数は0でも親子を死の定めから救ってここまで連れてきたのだ。
コクピットで飛び散る火花を浴びながら機体を操作し、地上に降ろした親子に向け手を振っている。
「爆発しない? だったらこのままいくの」
ディーナは一瞬で意識を切り替えて癒やしの術を発動。
極めて頑丈な分修理も大変なはずの機体を、小破程度の状態ま引き戻した。
「感謝します」
フィロの動きが一瞬止まり、迷った据えに事実を口にする。
「先程のお子さんはおそらく覚醒者です」
そう言い残して別の区画へ救援に向かう。
移動途中、目立つようにバルーンを設置して、避難民に向かうはずのレーザーを引きつけていた。
「そういうこと、なの」
出撃してセイクリッドフラッシュを歪虚に浴びせながら、ディーナは戦況がこうなった原因を理解した。
未来しかない赤子の覚醒者が誘蛾灯になっているのだ。
「カーナボン司祭はほっとけないけど街も子供達もなの、あうあう」
言動が穏和に見えてもディーナは超高位の聖導士だ。
歪虚に対する戦意も戦闘技術にも全く不安はない、のだがルクシュヴァリエの性能が彼女に追いついていない。
「えい!」
迎撃に出る。
光の波動で痛めつけた旧型狂気隊を光の刃で両断。
しかし威力が足りず2体も生き延びる。
この戦場では威力が足りないのだ。
「こちらマリィア。援護する」
別区画から飛んできた銃弾が1体の中枢を破壊する。
もう1体を狙おうとするが、崩れかけの建造物の陰に入り込まれて追撃できない。
「ここは通さないの」
ディーナ機が立ち塞がり食い止める。
生身のディーナは可憐で小柄だが、この機体は頑丈でCAM並に大きい。
旧型狂気のサイズでは押し通ることも避ける事も出来ず、そのまま死ぬまで滅多打ちにされた。
「ここは行き止まりだ」
ブラストハイロゥで展開された障壁が、歪虚の生き残りの行く手を文字通り遮る。
数体がかりで押されてもびくともしない。
「これで何波目だ」
HMDに表示された敵の数に苦笑しつつ、トリプルJ(ka6653)は障壁を徐々にすらして状況の変化を待つ。
「獲物は貰うぞ!」
剣も銃も持たない刻騎ゴーレムが巨体の歪虚達に殴り込みをかけた。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)の判断とルクシュヴァリエの移動速度はあまりにも速く、盾にも剣にもなるはずの鉄触手が何もできずに回避される。
「食らえ!」
発生させた衝撃と拳の威力を同時に当てる。
対象は1つや2つはない。
常に前に進み続けるため手前の個体が右に弾かれ次の個体が左に押し退けられ、最後の個体が小さなクレーターに足を取られてその部分が押し曲がる。
「やるなぁ」
光の障壁が消えると同時に超々重斧が横薙ぎに振るわれる。
重く分厚い武器ではあるが、それだけは説明のつかない威力で装甲を凹ませ中身を破壊する。
筋力充填のCAMへの応用だ。
「歪虚は後何体だ!」
ルベーノはこのままでは埒が開かぬと判断し、軽くステップを踏んで彼我の距離を調整してから大技を使う。
光あれ。
正の力を増幅してぶつけるだけという、単純かつ効果の大きな技だ。
歪虚に向けて延びる光刃にはルベーノ本来の攻撃力が反映されていて、これまでとは別次元の威力で大型歪虚4体を切断し崩壊させた。
「後……」
HMDに表示されていた地図から、歪虚を示す光点が消えていく。
トリプルJは最後の障壁を張り街中心部への道を防いでから、飄々とルベーノに対して説明する。
「これで最後だ」
「そうか。この程度なら、許容範囲か」
ルベーノの声に苦みがある。
この都市の規模からすればかすり傷程度だが、住む家を失った者にとっては慰めにもならない。
「これ以上は壊させぬし」
鉄触手を受け流す。
光あれは温存して拳で装甲を貫いて仕留める。
「これ以上街に近付けさせはせぬ」
長距離射撃を浴びた歪虚を蹴りつけ止めを刺し、未だ膨大な歪虚がひしめく南へ飛び出していった。
●多分聖女の救出劇
巨大な結界の起点。
正のマテリアルが満ちた墓穴に無数の触手が雪崩れ込んだ。
「ふぐっ」
色っぽい展開にはなりはしない。
消耗しきった術者の一方的被弾と流血が繰り替えされるだけだ。
緑の瞳に闘志は消えず、しかし体は既に限界に達して魂と精神を裏切る直前だった。
「イコニアさんを触手まみれにはさせまちぇん!」
少女の叫びとリーリーの悲鳴が真上から降ってくる。
いよいよ年貢の納め時かと司祭が覚悟を決めた瞬間、暴かれた墓穴を結界が覆い尽くし触手だけを選択して焼き尽くした。
礼の言葉を口にしようとしても喉に地が引っかかって言葉が出ない。
「そぉいでちゅ!」
蓋を開けた瓶の中身を問答無用で注ぎ込む。
魔法的な効力が発揮され、死人じみていた肌が生き物らしい色を取り戻す。
「あ、相変わらず、無茶を」
司祭はけほけほ咳き込んではいるが声に喜色が滲んでいる。
もっとも礼を言われる側の北谷王子 朝騎(ka5818)は、盾で新手の触手からイコニアを庇うのに忙殺されている。
「イコニアさんなんでこんなに無茶するでちゅか!? 朝騎怒ってまちゅよ」
「こうやって引きつけないと皆さんが到着する前に歪虚が街を重鎮していましたよ!」
「命を投げ捨てるのが格好良いとでも思ってるんでちゅかっ。イコニアさんの命はイコニアさん一人のものじゃないでちゅ」
「だからと言って……あ」
制御に失敗した。
ぷすん、と間抜けな音が一度響いて緻密に編まれていた術式が崩れて消える。
「こちらフィーナ。距離1キロから3キロの歪虚が東に進路を変えた」
「こちらイコニア了解っ」
フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)の言葉はエレメンタルコールで届いたので朝騎には聞こえない。
だが付き合いが長いのでイコニアが何を言われたか想像できる。
「ここで粘る理由はなくりなりまちたね。逃げまちゅよ!」
彼女は通常の倍の速度で術を行使し墓穴に迫る歪虚を焼いている。
だが敵は膨大だ。
迎撃を止めれば全速で逃げても2人を乗せたリーリーごと打ち落とされ歪虚の海に飲み込まれる。
「イコニアさ~ん、生きてる~?」
風の結界を展開したグリフォン・西風が、まだ歪虚に包囲されていない西側から飛来し墓穴に滑り込む。
正直、狭い。
「メイムさんも?」
最寄りの神霊樹分樹との距離と現在時刻を思い出して計算して混乱する。
早すぎる。
司祭ははまだ、人馬一体という凄まじいスキルについて知らなかった。
「イコニアさん、撤収~。近くまでカインさんたちも来てるけど、スキル使い切ったイコニアさんだとここで戦えない。街まで連れて行くから其処で装備を立て直そう。銃とか錫とか!」
ゲイルランバートで結界を張り直しレーザーの直撃に備える。
それなら問題ないと判断した朝騎とリーリーが、メイム(ka2290)の後ろにイコニアを放り込んだ。
「5キューブまで上昇。北部街道まで移動~」
「メイムさんに速度をあわせるでちゅ!」
既に狙いを完了させていたレーザーが降り注ぐ。
飛沫だけでも量は凄まじく、マスティマの瞬間移動でなければ追いつけない速度で逃げる3人と2体の心身を傷つける。
「テメェ等!」
憎悪の気配が地上を走り、司祭救出隊と入れ違いに歪虚の海に突入する。
長刃長柄の斬魔刀から滴るような怨念が感じられる。脱力状態からの爆発的な加速と踏み込みは完全に我が身を投げ捨てた攻撃偏重技だ。
イコニア達に照準を合わせた歪虚群が80メートルに渡って消し飛び、多少負に寄ってはいるが生きてはいるカイン・A・A・マッコール(ka5336)に殺意の視線が集中した。
「あーあ、報われないな」
助けに来たのに 顔を合わせることも声も聞くことも出来ない。
「だが行かせる気はねえよ」
9割を躱し9分を暗器で受け流し9厘を装甲で受けても1厘は直撃する。
鎧の下から大量の血を流しながら、カインは再度絶技を繰り出し想い人を狙う歪虚を切り捨てる。
「ずいぶん派手に呼び寄せたなこりゃ。」
イコニアの儀式が集めた歪虚が、今はカインを狙ってレーザーを撃とうとしていた。
「墓は放棄して良かったのですか」
ようやくカインやイコニアの姿を視認したツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)が、予想外の展開に気付いて即座に計画を修正する。
「こちらツィスカ・V・アルトホーフェン。命を捨てる前にこれを聞いて下さい」
カインの通信機に繋いだ通信機を斜め上に向ける。
「ばかー! ほんとばかー! 命捨てる前に口説くとか私を甘やかすとかすること一杯あるでしょーっ!」
「イコニアさん興奮し過ぎで本音出てるよ~。キープ前提にしか聞こえないから言う前に少し考えて。それじゃ速度落として治療開始するね~」
凄まじい大声だ。
司祭が暴れ、メイムが宥め、グリフォンが迷惑そうにしている。
なお、イコニアは直後に咳き込んで身動き出来なくなっている。
「脈が皆無という訳では、ないと思いますよ? 私以外の戦力も集まって来たので少し下がって合流しましょう」
極一部の……百近くのレーザーがツィスカを狙いだしたのでポロウに命じて着地させる。
クレーターも塹壕に使える地形もないただの草原だが、草と多少の段差があるので防御面で多少の役に立つ。
草に隠れて猛烈な射撃を加え、旧型狂気が数十集まりそうになるとポロウの速度で後退して別の草むらの陰に隠れる。
敵の数とレーザーが多すぎてポロウの結界は一瞬で消費されてしまうが、速度の差は圧倒的であり旧型狂気は白兵戦の間合まで近づくことができず戦場を引きずり回される。
「手間ぁ、かけた」
ツィスカを追う大型狂気が死角から襲われ突破される。
黒いイェジドの背にいるカインは、心身共に消耗して荒い息を吐いていた。
「想いは届いているようですよ」
理解はされても受諾はされていないようだが、それを指摘する必要は特には無い。
ツィスカは希に当たりそうになるレーザーを一瞬生じさせた障壁で受け流し、カインが暴走しないようそっと誘導を試みる。
「爺様たちと、死ぬまでイコニアを護るって約束してんだよ」
甘酸っぱい青春に一場面は血の臭いが濃かった。
どんな状況であれ、惚れた女に命を掛けるのは当然。
言うは易く行うは難しを行うカインである。
「まずは戦った上で生き残ることです。お相手は聖堂教会の聖職者なのでしょう。歪虚に勝つほど好意を向けられるのは確実だと思います」
「そんなもんか?」
「……一般論ですが」
カインは一度大きく唸り、命を投げ出す戦い方から少し前のめりな程度の戦い方に変更した。
●均衡
「私は聖女イコニア・カーナボンが1番大事だ! イコちゃん以上に大事なモノなんてこの世にあるかっ!」
「サクラさんと組む度に婚期が遠く気がするのは本当に気のせいでしょうか」
「減らず口叩けるなら大丈夫だねっ、はいこれ!」
宵待 サクラ(ka5561)がポーションを投擲する。
イコニアは一度落としそうになるがなんとか全て受け取り、食欲の無さを理性で抑えつけて強引に嚥下する。
「もうみんなに引き継げたから転進しよう?」
「ええ、私が戦況を理解してないですからサクラさん達の判断に従うつもりですが」
北東から南東を、目を細めて見渡す。
「戦力足ります?」
「今のイコニアさんがいても邪魔にしかならないのは確かだけど」
悪意皆無で事実だけを指摘するメイム。
イコニアは過去最大級の精神的ダメージを受けてグリフォンの背に突っ伏した。
「あたし達が抜けるとまずいかも~」
都市近くの旧型狂気はハンターが蹂躙し都市防衛も成功させた。
だが、全長15キロの歪虚のうち13キロは無傷同然だ。
朝騎やカイン達が英雄的活躍をしはしたが敵の数が多すぎて大勢に影響は無い。
「街の南以外には歪虚はいないようだし、北の街道まで送ればそれでいいかも~」
気心の知れた仲なので言葉の刃も容赦が無い。
「元気出しなよイコちゃん」
サクラが意図して明るく振る舞いイコニアの背中を撫でる。
「こんな序盤で死んでどうするのさ。これだけの能力があってファナティックブラッドやファーザーに会いに行かないなんて嘘じゃん。一緒にあいつらに会いに行こう」
緑の瞳が一瞬泳いだことに気付き、サクラは親友の趣味嗜好と持ち札を脳裏に浮かべて真実を推測する。
「ひょっとして……体力不足で不採用通知が届いたとか?」
緑の目から精気が失せた。
気力だけでもっていた体から力が抜け、体力不足の中年が無理矢理走った直後のような不気味な呼吸が始まる。
「い、一応、保留ということに、なってますから」
「分かってる、分かってるから。今は目の前の戦いに集中しよ、ね?」
サクラの言葉はどこまでも優しかった。
「遊んでいる余裕があるみたいですね」
「あ、はい。フィーナさん何でしょう」
再度のエレメンタルコールにイコニアの精神が平常に戻る。
息の乱れは相変わらずで、戦力外通告を受けてサクラに運搬されている。
「地平線の向こうは分かりませんが倒しただけ減っている様に見えます」
度型の歪虚が4桁と聞いた時点で、フィーナはガワだけ作って分裂しているという仮説を立てた。
「何か特別は反応は感じられませんか」
「イコちゃーん。ここで倒れたら恥ずかし過ぎてあの世で引きこもることになるよ?」
「むっ、無理はしません。えーっとですね」
目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。
敵は強力で、膨大で、平坦だ。
リアルブルーから流れて来た工業製品のような、極めて似通った物ばかりだ。
「なるほど」
イコニアの感想を聞いたフィーナは小さく頷いた。
「感謝。サクラの指示をよく聞くのをお勧めする」
「はい……」
肩を落とすイコニアを遠くから見送り、フィーナはワイバーン・Schwarzeに高度を上げさせ地表に狙いをつける。
街の安全を確保したハンターが北から攻撃を仕掛け、イコニア救出部隊が変化した部隊も適度に大型狂気を引きつけ交戦している。
「骨は折れるけど」
フィーナ主従に気付いた旧型狂気が対空射撃を始めるが、対地攻撃と分散しているので怖くはない。
「数は減らさないと」
火球をばらまきつつ地表から十数メートルを通過する。
巨大な鉄の群れに次々穴が開き、対空攻撃も対地攻撃を目に見えて勢いが鈍った。
「相手が旧型だろうと新型だろうとやるべきことは変わらん。一匹残らず灰燼に帰すのみ」
コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は一瞬で再装填を終えた。
馬に乗ったまま重機関銃を地面に水平に向け、限界まで収束したマテリアルと共に大量の銃弾を飛ばしていく。
旧型狂気の装甲に厚みも傾きもあるのに物ともせず、80メートル強の直線上の範囲から歪虚を駆逐した。
「順当に弱いな」
性能を抑えて大量生産という印象は受けない。
わざわざ古い兵隊を引っ張って来ているのだとしたら、歪虚も総力戦の覚悟なのかもしれない。
「ならばこちらも全力を以て殲滅するまでだ」
歪虚を排除し、しばらく前までイコニアが立てこもっていた墓穴を確保。
斜め上に向けてマテリアルを込めた弾丸を連射し、上空で炸裂させ盛り返してきた旧型狂気の上に降り注がせる。
威力は決して高くはない。
それでも、変化に富んだ攻撃は知性の低い歪虚を混乱させ攻撃を鈍らせる。
激烈な戦闘はいつまで続く。
多大な戦果は上げたがコーネリアのダメージも深刻になる。
「街は無事みたいだから~」
メイムは無理をしない。
包囲されているならともかく、通常の撃ち合い確実に回避か防御できる距離を保ちながら牽制し、あるいはダメージを負った者を回収して街まで送る。
特殊な装備で強化されたゲイルランパートが、負傷者もメイム主従もしっかり確実に守っていた。
「弾があるうちに撃退出来ればいいんだけど」
戦闘開始からここまで、少々の困難はあっても常にハンター優勢だ。
だがスキルの残量は確実に減少しているはずで、底をついたときにどうなるか予断を許さない。
ボルディアに向けられた物より数割は多い負マテリアルが、数分前までイコニアがいた墓穴に集中してほとんど固形物と化した。
「わふ、わふ。助けに来たのにイコニアさんいないですー?」
そこから緊張感のない声が聞こえる。
旧型狂気ですら耐えられない密度があるのに、狂気に陥った気配も負傷した気配すら無い。
「残念ですー」
デルタレイが3つの光を撃ち出す。
基本に忠実で特別な効果は全くないただのデルタレイだ。
ただ威力だけは別次元で、怯えて反射的に掲げられた鉄触手も斜めに向けられた装甲も一切合切貫通して歪虚の中枢を破壊する。
「おおー」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)が暢気に空を見上げる。
200メートルも離れると、歪虚はアルマに気付けないらしい。
活発に飛行するワイバーンに敵意が移り、文字通り四方八方から負マテリアルのレーザーが空の龍を狙う。
「よくここまで集めて」
ユウ(ka6891)は安堵し感心している。
この場に数千の歪虚がいるということは、他の場所に数千の歪虚がいないことを意味する。
3人しか向かっていない村も、これなら守り切れるかもしれない。
「直接挨拶出来なかったのは心残りですが」
数千の歪虚とはいえ、高速で位置と高度を変えるクウは狙いづらく眼球の向きを変えるのも追いつかなくなる。
初期は一度に3桁台後半のレーザーが向けられていたのに、今では200にも満たない数しか向いていない。
「ありがとうクウ。後はイコニアさんの護衛をお願い」
人格の癖が強く猪突猛進な割に持久力に欠けるなど欠点は無数にあるが、彼女は人々を守る為に自らを犠牲に戦う戦士で、ユウの友人だ。
長年の相棒が仕方ないなと苦笑じみた気配を発し、一際鋭く加速した後強烈な遠心力でユウを放り出した。
ユウが大精霊との繋がりを強化する。
質、量、ともに凄まじい正マテリアルが龍の血を活性化させ、元々ユウを覆っていた白龍鱗の範囲を大きく広げる。
危なげ無く着地しそのまま旧型狂気の海の中を駆ける。
素晴らしく気配が強いのにあまりに速すぎ視認も出来ず気配も捉えきれず、狂気の海は荒れるだけで方向を定められずに混乱する。
ユウがそうしている間に、クウは来た時同様の凄まじい速度でサクラ達に追いつき万一に襲撃に備えた警護を開始した。
「わふー!」
混乱が興奮を呼ぶ。
アルマの目の前に広がるのは標的の海だ。
どれだけ潰しての無くならず、しかも潰せば潰すほど激賞される。
エルフ耳か上気し、マテリアルをたらふく吸い込んだ右腕が熱を持つ。
「遊んできまーす!」
ポロウが後ろに向かって全力移動。
わずかに遅れてアルマを狙ったレーザーの余波がポロウに届いて矢羽根を揺らす。移動時はともかく戦闘時に一緒にいるといくら命があっても足りない。
「わふっ」
圧倒的な抵抗力は負マテリアルの影響を退け、馬もバイクもないのに圧倒的な速度がアルマを最も敵が多い場所へ連れて行く。
ただのファイアスローワー。
範囲もせいぜい8メートル30度扇状。
当然のように威力は圧倒的で、極一部触れただけの特大歪虚がそれだけで存在するための力を失い無に還る。
なお、アルマのスキルは使用回数特化であり、10分以上常時攻撃可能だ。
「わふーん!」
それに加えて守護者専用の広域治癒術まで使える。
攻防の結果必然的に発生する負傷もなかったことにされ、圧倒的な数を誇る歪虚に恐怖の2文字を刻み込む。
「攻撃手段を見直した方がいいのでしょうか」
要所にいつ知性高めの旧型狂気を撫で切りしながら、ドラグーンの守護者がぽつりと零す。
圧倒的な速度は敵陣を突破し斬首戦術するのには適している。
が、駆けながら切り裂ける範囲はあまり広くはない。あくまで守護者基準だが。
聞き慣れた音が北から近づいて来る。
各世界でも宇宙でも歪虚を大量殺戮してきた炸裂弾の轟音だ。
「エステルさん!」
呼びかけられたエステル(ka5826)が穏やかに返事をしようとして失敗する。
「まさか、まだこの位置なのですか」
刻令ゴーレム「Volcanius」が炸裂弾の使用を止めプラズマキャノンによる射撃に切り替える。
炸裂弾の残りは4分の1を切っている。
このままでは川に辿り着く前に炸裂弾は弾切れだ。
だが最大の問題はそれではない。
「アルトお姉さま、ユウさん、体調は」
「今は問題ない」
「私もです」
血の気が引いた。
2人とも守護者で超覚醒を使っている。
通常の戦闘なら多少長引いても最悪重体状態になるだけだが、常時大型歪虚と戦い、その戦いが非常に長引くのであれば即死の可能性すらある。
そのことを承知の上で守護者達は止まらない。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は常に最も歪虚が密集した場所を目指し、豊富ではあっても限りがある技で1度に最低5体の巨体を仕留める。
単独なら無意味な鉄触手も膨大なレーザーも、千回や万回撃ち込まれたら運悪く当たってさらに運悪く急所に当たることがある。
2、3度急所に当たった程度で倒れるほど柔ではないが、5度や6度となるとそろそろ重傷や気絶が見えてくる。
「頼む」
エステルに任せたVolcanius・紅蓮がアルトに向かって砲撃する。
たかが炸裂弾では圧倒的な速さのアルトに追いつけない。
無数の子弾がアルトを追う巨大鉄クラゲを襲い、まとめて穴だらけにしてさらに数を削る。
「私はシスター見習いのはずなのですが」
半透明の盾が鮮烈に輝く。
ゴーレムを狙った、異様な量の赤レーザーと津波じみた濁流レーザーがエステルの方向へねじ曲げられる。
「どうして聖堂戦士団より前にいるのでしょう」
超高位のハンターを除けば匹敵する者もない盾捌きで全てを受け流す。
限界近くまで強化された盾は負マテリアルに耐えてみせる。
全身の骨に入ったひびが、たった一度の治癒術で完全に元に戻る。
守護者に匹敵する法術であり、聖堂教会基準では司祭の位では足りない水準だ。
「これからは私に誘導する」
「お姉さまの負担が大きく成り過ぎますが……」
止めたいが止める余裕が無い。
アルトやエステルなら単身で歪虚の海に入り込んで戦い続けることができる。
だがVolcanius達は彼女達ほど躱せないし防げない。
レーザーの攻撃力をそのまま浴びて短時間で破壊されてしまうだろう。
「最悪でも2日戦い続ければ倒すことはできるはずだ。幸い、一撃で倒せるようだからな」
誇る気配もなくそう口にして、アルトはわざと目立つ進路で大型歪虚に接近して一太刀馳走する。
斬撃に一瞬遅れて光輝く焔が走り、その1秒後装甲がぱかりと割れて中身全てが火を吹いた。
「問題は歪虚の位置だな。どれだけ広がっているか見当もつかない」
個々の戦いでは負けはない。
アルトは確実に勝てるだけの強さを積み上げてきた。
が、戦場全体となると結果は怪しくなる。
アルトがどれだけ強くても、地平線の向こうにいる敵を倒すことも誘導することもできないのだ。
そして、3キロ離れた場所でポーションを飲み干すイェジドがいた。
何度も同じ動作をしているらしく違和感はない。
「エイル!」
背中の主が警告を言い終える前に速度を上げる。
足を止めずに盾を構えてダメージを減らすのも慣れたもので、鈍足の旧型狂気を盾にしてレーザーによるダメージを与えながら次の獲物を狙う。
「私の知る守護者たちの様に、上手に闘う事は出来ないけれど」
1人で千体近くと戦う守護者は守護者として分類していいのだろうか。
「其れでも。ううん。だからこそ! 全力で突き進む!」
エイルに速度を落として貰う。
イツキ・ウィオラス(ka6512)は囲まれ至近距離からレーザーを撃たれるのを甘受し、己から前方70メートルまでに限界まで歪虚を集め、投擲した。
蒼と銀に輝く槍が進路上の旧型狂気を消滅させながら直進する。
濃い負の力がエイルが消化可能な正の力に変換される。
「んっ」
割れた骨も筋の損傷も皮膚の破れも瞬く間に回復し、イツキは街を出るときに貰ったポーションをエイルの鞄に移した。
「一度エステルさん達と合流しよう」
敵を引きつけ倒すのはうまくいっている実感がある。
だが、地平線の向こうの状況はさっぱり分からず電波も伝話も届かない。
「あれは、エステルさんのVolcaniusだよね?」
少し自信がなかったがエイルが迷わず頷くのを感じて即決する。
「行こうエイル。私は――私たちは、駆け抜けるだけ!」
星神器から代わって蒼の槍が宙を切り裂き、鋭く延びる光が行く手を遮る歪虚を撃つ。
イツキ達が駆け抜けた後に、儚く冷たい輝きだけが微かに残っていた。
●反攻
炸裂弾が底をついた。
未だハンターの進撃は続いているが殲滅速度は急速に低下。
後退した歪虚と前進する歪虚が隊列をつくって緒戦を上回る弾幕を張る。
「私が南東の歪虚を追う。貴公等はそのまま南へ追い込め」
美貌よりも自他に厳しい態度が目立つアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が素早く指示を出す。
よく躾けられた刻令ゴーレム・ムスペルがアウレールの背後に煙幕を張り、後退しながらキャニスター弾を連射し負傷者を護衛する。
「国は違えど歪虚は歪虚、民は民」
大精霊と守護者契約を結んだことで酷く目立つアウレールが、体内のマテリアルを高速で燃やすことで歪虚に対する誘導灯じみた存在になる。
「ここに私がいる以上、歪虚には指一本触れさせぬ」
魔導ママチャリを長い足で優美に酷使、アウレールを狙う歪虚と後退する負傷者を狙う歪虚のそれぞれの群を射程内に誘導する。
対暴食のために練り上げた技でマテリアルを注ぐ。
皇帝より下賜された刃が清らかでかつ激しい光を放ち、旧型狂気の視覚を刃の形に焼き付かせる。
「行け!」
最早、突きというより巨人の斬撃だ。
磨き抜かれた刃が汚れた刃を無造作に砕いて内側を焼き尽くす。
3桁近くの歪虚が巻き込まれ消滅。
それだけでも大きな戦果だが、混乱せずにアウレールを狙った2集団が崩壊した事の方が意味がある。
「ヒャッハー、こいつは死地だぜぇ」
ある意味王国を象徴する採算度外視機、刻騎ゴーレム・ルッ君がアウレールを追い越し真っ直ぐに歪虚に突っ込んだ。
巨大鉄クラゲがみっちりと詰まっていて生身のハンターでも侵入困難。
CAMサイズのルクシュヴァリエなら普通に考えれば跳ね返されるのが確実な超大集団だ。
「そ、こぉ!」
銀の騎士がチンピラじみた言動で加速する。
それでいて動きは徹底して合理的だ。
旧型狂気が体に染みついた戦術を実行しレーザーと鉄触手による打撃を集中させるが、分厚い装甲と2つの巨大剣により防御を撃つ抜くことはできずそもそも回避が巧みすぎて当たらない。
ゾファル・G・初火(ka4407)は刃を振らない。
機体から沸き上がる力を卓越した体術で叩き付けることで、進路上の歪虚全てを凹ませ消滅させた。
「ヒャッハー」
赤いレーザーが頭部センサーを照らす。
これにも耐え抜く装甲を配置しているが、続いて放たれた汚水色レーザーの豪雨は結構な脅威だ。
銀の騎士に宿った精神がこの上ない快を感じ、機体に宿る中小精霊の戦意が天井知らずに増大する。
「たまんねーじゃん」
蹴りで狂気の頭を潰し横に構えた刀で左右の歪虚を切り裂き鋭角に方向転換して後衛を狙う眼球を踏みつぶす。
直線的な術とは異なり微細な調整が可能だ。
しかもゾファルがこの不退の駆にのみマテリアルを集中して大量使用を可能にしている。
アウレールが開けた穴が急速に効率よく拡大され、レーザーの弾幕の効率が急低下していった。
「いくらなんでも数が多すぎます」
エステル・ソル(ka3983)の背中に虹色の翼が展開している。
可憐な顔立ちに凜々しい表情を浮かべたエステルは天使か女神のように見え、しかし振るう力は邪悪と表現したくなるほど強烈だ。
低速でゾファルを負う歪虚を一度に5体狂わせ同属への壁とし、大重量の交通事故を多発させる。
ハンターを狙ったレーザーが最前列近くにいる混乱個体に命中。
厚い装甲も全身を覆い尽くしているわけではなく、50や100浴びるうちに急所に被弾して内側から火を吹き絶命する。
「このまま押せ! 後列の歪虚に戦闘をさせるな!」
アウレールが東に走っている。
小村に向かっていた大型歪虚が引きつけられて歪虚の密度がさらに上昇。
エステルの状態異常攻撃で渋滞が益々酷くなる。
「エステル、無理はしなくていいからね」
鮮やかな金色のエクスシアがエステルをしっかり護衛している。
優れた盾と盾操作技術を持つエステルではあるが、全方向から攻撃をされたなら被弾の可能性がある。
その確率は0.1パーセント満たないわずかなものだ。
しかし鎧による防御が特に厚くはないエステルにとっては危険であった。
「お兄様」
幼い頃から守ってくれるアルバ・ソル(ka4189)に甘えの感情を向けそうになる。
だが今は駄目だ。
ここは全力を出し尽くしても生き延びられるか分からない戦場。
倒れるのも兄も道連れにするのも真っ平御免だ。
「月を奏でましょう。時の移り変わりを。満ちては欠ける物語を。幾星霜の月の巡りを」
凄烈なマテリアルが完全に制御され、満月から新月までの月を形作ってエステルを照らす。
「蒼穹の祈り」
マテリアルが臨界に達して破壊の力に変わる。
「光を灯し」
それでいて兄と妹を傷つけることはなく、金のCAMを鮮やかに照らし密集し過ぎた狂気に向かう。
「天を駆ける」
ただの歪虚には防ぎきれない。
最も強い防衛線が力尽くで破壊され、後退を始めた歪虚と同属がぶつかり合い大量の個体が絶命した。
「お見事。僕自身の力不足を感じてしまうね」
「お兄様ったら」
兄なりの軽口であると分かっているのでエステルも無垢に微笑む。
妹のような攻撃破壊手段はなくても、80メートルを一直線に貫くマテリアルライフルにファイアーボールや魔力矢など駆使した攻撃を駆使して見事な追撃を仕掛けている。
何より効果的なのはマテリアルカーテンと巨体を活かした護衛だ。
エステルだけでなく、いざというときエステルを後方に運ぶためのワイバーンを守る盾にもなっている。
「お兄様、殲滅に気を取られて、自分が疎かになってはいけませんよ。塵も積もれば大怪我になるのです」
得意気に言うエステルも愛らしい。
もっとも、治療のために星神器を持ち出すエステルを可愛いと断言できるのはアルバくらいものかもしれないが。
妹に対して穏やかに対応しながら、アルバはHMDを介して情報を集めて分析している。
敵の反攻を挫いて押し返しはしたが敵の数は膨大だ。
地平線付近に現れた増援は無傷で勢いも強い。
エステルを巻き込まないようスラスターを吹かし、位置を調節して紫色のビームを放つ。
大小の傷を負った旧型狂気が内側から火を吹き地面に落下。障害物にもなれずに王国の大地から消滅した。
「最悪の場合は降りて戦うか」
そうすればより強力な攻撃と防御を行うことができる。
そう考えたタイミングで、ルクシュヴァリエが力尽きて跪き、そこから元気一杯なゾファルが飛び出し南に向かって攻め込む。
「まだまだじゃーん!」
兄妹は顔を見合わせ、表情と意識を引き締める。敵の残りを考えると余裕はない。ゾファルに近い戦いをせざるを得なくなるかもしれない。
「集落からの避難が完了したと報告が入った」
アウレールが堂々とした態度で情報を伝達する。
そうしている間も歪虚に対する攻撃は継続し、ソウルトーチで引きつけるだけでなく一太刀で1体を滅ぼす。
「後方を警戒する必要は無い。油断無く押し上げて川まで追い詰めろ!」
生まれも生き方も異なるハンター達が一丸となり、古き狂気をじわじわ南へ追いやっていた。
●村の救い手
アウレールが南進を宣言する十数分前。
避難は全く進んでいなかった。
「ようやく傲慢の眷属を滅ぼしたと思えば……ですね」
クリスティア・オルトワール(ka0131)は一つため息をついてから軍用双眼鏡を覗き込む。
推測通りに、危機感が無い。
空に亀裂が入ったままなので異常に気付いてはいる。
だが、傲慢討伐の報を歪虚滅亡の報と勘違いしてしまっているようだ。
「これから作られる王国の未来に狂気は不要。邪魔するなら尽く討ち滅ぼしましょう」
気持ちを切り替えこの場での戦闘と避難に集中する。
双眼鏡を外しても、グリフォンを見て騒ぎ出す村人が肉眼で見えていた。
「村長さん! 領主様からの伝言です!」
封蝋付きの巻物を、1番大きな家から出てきた女に投げ渡す。
返答は聞かずにグリフォン・ガスティに西進を命じる。
たった100メートル移動しただけで、旧型狂気の先陣から試射の赤レーザーが伸びガスティを掠めた。
「大層な数だこと」
表面的には極めてのんびりしていても思考の速度も精度も凡人とは別次元だ
敵味方の動きや風向きから温度までを数秒で検討し終え、大型歪虚数百を討ち取るために最も適した場所を割り出す。
「複数回被弾時には私の指示を仰がずに撤退しなさい。距離150からは盾の使用を意識するように」
生徒に対するように話しかけられ、対大型歪虚用に頭を強固に守るグリフォンが素直に頷いた。
集中が一線を越える。
己と周囲の魔力を限界まで術式に詰め込み、それが3つ揃った瞬間現実に復帰し焦げ臭さに気付く。
「よく頑張りました」
小さな炎が3つ頭上に。
膨大なマテリアルを食らって巨大化して幻獣以上の速度で旧型狂気先陣に突き刺さる。
「燃え尽きよ!」
上から3つの密集ポイントが、綺麗さっぱり消え去った。
「長距離砲打ってくる歪虚集団が来ますぅ、みなさん建物が崩れても安全な場所に隠れて下さいぃ! できれば教会の地下等すぐ瓦礫撤去できる分かりやすい場所にお願いしますぅ」
要点を捉えた説明よりも、愛想の良い美声よりも、騎士を思わせる豪華な見た目がよく効いた。
「そ、そんな場所はっ」
恐れ入り震えながら答える村長を見て、星野 ハナ(ka5852)は趣味にはあわないが最も効率よい手段をとることにした。
「全員で東に逃げなさい。後の保障は領主が行います。万一見捨てて逃げれば……分かりますね?」
力と美しさを兼ね備えた機体から降る声に、村長以下全員が震え上がって幼児と老人を先頭にした避難が始まった。
「趣味じゃないですぅ」
音量を下げで一言つぶやく。
厳しい看守の如く古びた家屋や小さな家屋を覗き込んで確認すると、慌てて戻って来た青年達に貧乏そうな男女が連れて行かれる。
歯を食いしばって……機体内の中小精霊と我慢を頑張りながら反転。
ハナはダッシュで歪虚の迎撃に出撃した。
「旧型FCSが付属した長距離砲ですか。盾でも持ってくるべきでしたかねぇ」
時折飛んでくる赤レーザーを躱すと、本命の汚水色レーザーの狙いが赤レーザーより甘くなり草原を焦がすだけで終わる。
「それじゃいきますよぅ」
機体の頑丈さに物を言わせて敵先陣に接敵。
光あれを連打し陣形の崩れた狂気をなぎ払う。
ルクちゃんの装備は白兵戦に向いていないが問題ない。
ハナ本人の攻撃力が反映された光刃攻撃は、大きな装甲を断ち割るだけの威力がある。
「敵第一陣9割撃破。第二陣に行きますよー」
光あれが尽きても五色光符陣がある。
ハイ・マテリアルヒーリングで装甲を直しきれなくなったら降りて戦えばいい。
第三陣までは、なんとかする自信があった。
「なるほど」
覚醒に伴いネガディヴ要素の減ったマルカ・アニチキン(ka2542)が静かに頷いた。
「イコニアさんは我々の到着を信じて命がけの時間稼ぎを」
頼られると悪い気はしない。
「メイムさんがいらっしゃるならイコニアさんは大丈夫だと思います……。私はこちらで、この称号に恥じない戦いをします。全て撃ち落として見せましょう……!」
ジルボFC名誉会員、マルカ・アニチキン。
相棒のイェジドに馬鹿にされるなど残念部分がありはするが、いざという時の行動力には定評があった。
「お願い♪」
理詰めの完璧な角度で要請する。
どこからどう見ても腹に一物ある老イェジドが、嫌々ではあるが即断即決してマルカを村の中へ運ぶ。
「処理はほぼ終わっているようですね」
第一陣の生き残りがレーザーを乱射し村の端にある家畜小屋が燃えている。
言うまでも無く中に誰もいない。
「では後片付けを」
10秒の詠唱で手元に魔法陣を生み出し、陣を紫電に変換して束ねて命令を刻む。
「済ませましょう」
家畜小屋の2箇所に小さな穴と焦げ後が生じ、全く威力を落とさず巨大な鉄を貫き中身を蹂躙する。
射程160メートルというを誇る、発動はもちろん当てるのも困難な術であるのに、マルカの魔法の腕は困難を軽々達成してみせる。
「これで5つ追加」
第二撃。
第一陣の最後の生き残りを焼き爆発で止めを刺す。
イェジド・コシチェイが目を細めて警戒を促す。
通信が届き、歪虚第二陣の数と配置が手元に届いた。
「ぎりぎり……足りない?」
コシチェイが鼻を鳴らす。
己が力を貸しているのに失敗するのは趣味ではない。
1回くらい武力面でも力を貸してやるつもりだ。
なお、マルカが器用に雷を操り第二陣も全滅させ、コシチェイの出番は一度もなかった。
●守護者の矜恃
旧型狂気下部から延びる触手はとても大きい。
重機並の力があるので通常な邪魔にはならずむしろ強力な武器として使える。
だが、水の流れと圧力を正面から受ける状況では巨大な枷となる。
低くしか浮かべない旧型狂気が触手を川につけ、流れに逆らおうとして本体と触手の付け根にダメージを蓄積する。
「ここでもワァーシンで黒だかってやがる!」
岩井崎 旭(ka0234)が呻く。
街道や集落未満の家屋を巡り、変事に気付かぬ人間を街に誘導した後で南に向かいここに来た。
同種の光景は何度も見たがここが1番酷い。
まだハンターの火力を浴びていない歪虚達は、少しずつ大地のマテリアルを削りながら広がり、川に足を取られ始めている。
「迎撃よりも誘因だな。ロジャック!」
旧型狂気密集地帯を迂回し川の上空を通過する。
守護者の強烈な気配に気付いたレーザーが飛んでくるが、レーザーの速度はともかく判断と行動が遅く尻尾を掠める程度にしかならない。
「一度北に戻って治療して貰え」
旭は有無を言わせず高度を下げさせ飛び降りる。
レーザーの数が常識外に多く、いくつかの紛れ当たりでワイバーンの鱗が焦げ筋肉にもダメージがあった。
「こんなとろい水鉄砲当たらねぇよ」
心配させないための強がりだ。
それを両者理解した上で、笑顔で南北に別れた。
「へっ」
ロジャックが高く飛んで合図を送っている。
歪虚がどこに多くいるかをハンター主力に伝えている。
「こんな雑魚でも余所に行けば迷惑だ。来いよ、全部まとめて面倒みてやる」
超人的な覚醒者が超覚醒することで守護者と化す。
負マテリアルの豪雨を潜り抜けながら無事であることが最大の挑発だ。
南岸の歪虚の海が乱れて旭を追い、かなりの部分が川に踏み込んで望まぬ方向へ流される。
「歪虚位置情報を送信します」
「うむ。……ここ王国じゃよな?」
エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)からデータを受け取ったドワーフが、歪虚を示す記号で埋め尽くされたHMDを見て目を細めた。
「残念ながら、と言うべきでしょうか」
ミグ・ロマイヤー(ka0665)が配置図を更新する。
戦闘序盤に戦った大群の倍はいる。
ミグから地響きを思わせる笑い声が零れた。
「入れ食い状態ではないか」
103度目のグランドスラムが炸裂する。
余波の余波だけで大地にひびが入り、直撃箇所の旧型狂気は消滅前に粉微塵に砕かれクレーターにめり込んでいる。
エラからの情報が更新される。
怯えて下がった旧型狂気と川に流される個体が押し合いへし合いしながら盛り上がり、絶好の砲撃ポイントを形成していた。
「これで仕舞いじゃ!」
自作の怪しげな魔導機械も補給用スキルもすっからかんだ。
表面が傷だらけの鉄クラゲも、堤防にめり込んだ大型歪虚も、効果範囲の歪虚を1体も残さずのこの世から根こそぎにされる。
「残弾確認!」
山と積まれていた爆薬は0。
これまで手を出さなかったプラズマライフル用の予備弾倉はみっちり背中部分に括り付けていてまだ戦える。
近衛のダインスレイブと肩を並べ、範囲こそ狭まったが苛烈な銃撃を浴びせ1体ずつ確実に屠っていく。
それでも殲滅速度が落ちた影響は絶大だ。
旧型狂気の眼球が一斉にヤクト・バウ・PCを指向し、放たれた負マテリアルが空間を沸騰させる。
「痒いわ!」
旧型狂気よりはるかに強固な装甲はレーザーにも易々と耐える。
急所になり得る箇所は盾でしっかりと防御しているので、たまたま被弾や引火して爆発という展開もあり得ない。
てくてくと、恰幅の良いグリフォンが戦場を回り込む。
歪虚を屠りに屠ったミグを倒そうと熱狂する狂気の側面に近づくと、背中の防御結界から夢路 まよい(ka1328)が一度顔を出して錬金杖だけを残して引っ込んだ。
「なんか空にも地にも川にもたくさん歪虚が蠢いてる……」
大規模な戦場ならわりと日常茶飯事になりつつある気もするが、見ていて愉快になる光景でもない。
たっぷり20秒かけて練り上げた魔力が体の中でうねる。
艶のある髪が風もないのに揺れて、蒼い瞳が宇宙ですらない深淵を映し出す。
「天空に輝ける星々よ」
世界を構成する正マテリアルが軋む。
この時点でようやく狂気が気付くがもう遅い。
「七つの罪を焼き尽くす業火となれ」
世界を砕かぬ絶妙の力加減で、7つのエネルギー塊がまよいとグリフォン・イケロスを庇う形で浮かび上がる。
赤いレーザーが一瞬だけ早く飛来。
しかしたかが数十のレーザーでは、術の準備で身動き出来ななかったまよいを無傷でここまで運んで来たイケロスの動きに追いつけない。
「ヘプタグラム!」
それはもう爆撃ではない。
精密な7つの狙撃だ。
奥行き60メートルの空間に7つの破滅が瞬間移動。
歪虚が歪虚であるための要素をそれぞれ10近く食いちぎって消滅させた。
なお、消滅したときにはイケロスが全力逃亡中だ。
まよいはスキルの残弾を指折り数えて不満顔だ。
「雑魚はミグ達に任せておけい。何なら盾として使っても構わんぞ!」
広範囲爆撃がなくても防御力は健在で十分強い銃もある。
CAM達が試写の赤レーザーを使う個体を次々に仕留め、イケロスだけでなく生身で戦うハンターに本格的な攻撃が向かないようにする。
そんな射撃担当にレーザーが集中しそうになるとまよい達の出番だ。
使用スキルはマジックアロー。
多くの魔術師が最初に覚える攻撃スキル。
だが彼女が使うのは同時に10発の魔力矢で、個々の威力は攻撃範囲を除けば直前の大規模攻撃と遜色ない。
飛行中のグリフォンの上という不安定な場所で、しかもダブルキャストにより何度が倍増しているのに、1つも外さず1矢1殺を実現していた。
「日没がタイムリミットですね」
エラは魔導二輪に乗ったまま特大の弓を引き、歪虚の群の要を見抜いて矢をあてる。
矢羽根までめり込むが一撃で倒せる威力はない。
だが二度あてれば確実に仕留める。
要を喪うと攻撃頻度はそのままでも弾幕の効率が低下する。
ハンター最前列への被害も少なくなって、後退して治療を受ける余裕が生じる。
「ちっ、さすがに無理か」
後退してきた旭が心臓の上を叩く。
再起動の気配はない。
完全に限界を超えていた。
「とあー!」
気の抜けるかけ声を伴う神々しい光が突き刺さる。
寸前までの不調が嘘のように、旭の全身を新鮮な血液とマテリアルが駆け巡る。
「無理はお勧めしないの」
ディーナは真面目腐った顔で苦言を呈し、そのままフルリカバリーの詠唱に移る。
リザレクションで疲労しているはずなのに鼻歌交じりの上機嫌だ。
折れた骨や筋が全身隅々まで修復され、旭の戦闘力が復活した。
「ありがとよ!」
「どういたしましてなの」
駆け去る旭に手を振って、ディーナはもう一度ゴーレムの中に入るのだった。
戦いは続く。
擦り切れていくハンターの心身とは異なり、造りが大雑把な大型歪虚は戦闘力しない。
「ニンタンクちゃんファイヤー……タマヤー!」
もっとも、多少擦り切れた程度で倒れるならハンターは数年前に全滅している。
Volcaniusが凶悪な射程と威力を誇るプラズマキャノンで1射1殺を繰り返し。
「ルンルン忍法」
殺気に反応してルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)が跳躍。
「ニンジャシールド!」
遅れてやって来た赤色レーザーをわざと躱さず盾で打ち落とす。
狛犬もとい忍犬「もふら」とスコティッシュフォールドの忍猫「ネガポジ」による鋭い警告。
ルンルンと比較すると這うような速度でニンタンク『大輪牡丹』が防御姿勢をとり、主に守って貰うことでレーザーをやり過ごすことに成功する。
「ルンルン忍法戌三全集陣……は使い終わったけど!」
攻撃的スキルは3時間前に使い尽くした。
聖導士達の回復スキルも空なので、敵弾の命中確率が上昇する近中距離戦闘を挑む訳にはいかない。
「ジュゲームリリカルッ」
残り僅かなマテリアルと気力を振り絞る。
腕の機会から符を飛ばし、地面に張り付いたそれを起点に美しい陣を描く。
「ルンルン忍法、ニンジャバリアー!」
結界が完成してVolcanius・ニンタンクとルンルンだけでなく射撃担当ハンターとユニットの防御が向上。
最後に残った歪虚の山に対して猛烈な射撃が始まった。
歪虚が上陸する。
高精度な射撃が順々に鉄色の装甲に穴を開ける。
歪虚の上陸数が倍々で増えていく。
ハンターはレーザーを浴び後退しながら反撃は続行。残存旧型歪虚が上陸を終えた時点で残存歪虚がついに千を切った。
「対岸に歪虚は確認できません」
戦塵が汗で肌に張り付いた状態でもエラの発音は明瞭だ。
「歪虚の視認情報を……」
途絶えそうになる意識を根性でつなぎ止める。
「いいえ、ここ以外で歪虚を見つけたら知らせて下さい」
たっぷり1分待った。
待ちながら五体を酷使し矢を放ち、極度の疲労による視界の歪みに負けず確実に中てる。
返答はなかった。
敵に、予備兵力は、無い。
「包囲殲滅を進言します」
獰猛な唸りが戦場を満たす。
未だ数的には優勢のはずの歪虚が怯えレーザーを乱射。
この状態でも回避能力を維持したハンターによって悉く躱される。
「参りましょう」
最後の攻勢が始まった。
守護者とマスティマが、壊れた堤防に突入して退路を断つ。
旧型狂気が猛然と反撃を行うが、全方位へのレーザー照射では密度が足りず命中率が下がり負傷者が生じない。
とはいえハンター側の消耗は深刻だ。
一太刀で狂気を倒せる者も、レーザーの洪水に無傷で耐える者も、気力体力が尽きればその時点で終わりだ。
狂気が背を向けている。
守護者に気をとられたそれは酷く無防備で、回避の意識も防御の意識もない。
エラが放った矢が装甲を貫通して複数の眼球を破裂させて止まり、崩れ去る歪虚に巻き込まれて地面に落ちた。
ルンルンがゴーレムから身を乗り出した。
密集し重なり合う歪虚が向きの変更に失敗。同属を巻き込んで転がり、白兵戦中のハンター達を押し潰す直前だ。
「ジュゲームリリカル」
決め台詞で心を奮い立たせる。
「ルンルン忍法必殺七色ルンルン戦法!」
高速で符を撃ち込んで陣を張り、自己を神霊樹に、陣を転移装置に見立てた上で地脈の力を引きずり込む。
「消えては現る、大魔術です!」
惨劇寸前の現場からハンターだけが消え、歪虚だけが衝突し合ってその数を減らした。
「レーザー照射、来ます」
長い影を伴いエラが跳ぶ。
強烈な夕日の中を赤い光とどす黒い光が貫き地面を汚す。
Volcanius・七竃の砲が吼え、ハンターの刃から逃れた狂気に止めを刺した。
「次はっ」
目がかすむ。
指が震えて矢が安定しない。
光を浴びても霧散しきらない負マテリアルが漂い、その中から黒々とした巨体が迫る。
「邪魔です」
狂気が震える。
川の泥にまみれた装甲から、槍の穂先が突き出て、引き抜かれた。
「リザレクションは必要ですか?」
エステルが槍を支えに立っている。
気を抜けば倒れそうなのはエラと同じだ。
攻撃用スキルもフルリカバリーもとうの昔に使い尽くしている。
残っているのはリザレクション2回分だけ。
「幸いなことに、まだ必要ありません」
エラは笑おうとして失敗する。
疲労が酷すぎて思考が形にならない。
今狂気に襲われたら最低でも重体だ。
「それは、良かった」
エステルはそう言って、大きく息を吐き体から力を抜いた。
レーザーはどこからも飛んでこない。
地平線に半ばまで沈んだ太陽に照らされ、ハンターと幻獣が荒い息を吐いているだけだ。
「人死に無しで済ませることが出来て、本当に……」
41名が目を凝らし耳を澄ませても歪虚は1体も見つからない。
エラが代表して勝利の報を領主に送り、都市から歓喜の声が聞こえてきても、疲れ果てた戦士達はしばらく動くことができなかった。
●一時の休憩
「この度の戦勝はぁ!」
熱く語る領主の言葉が工事の音でかき消される。
領主は一瞬固まった後、もの言いたげな視線をルクシュヴァリエに向けた。
「今日中に全員分の屋根作るのっ。絶対建てるのなの!」
徹夜のハイテンションで子供の声援に応え、ディーナの駆る巨体が仮設住宅を次々に組み上げる。
元の材料は歪虚が破壊した建物の残骸で、元持ち主には領主から金が渡っているためスムーズに工事が進行中だ。
「ハンターズソサエティーからの力強い援軍とぉっ、聖堂戦士団と何より我が……」
領主の部下も真面目には聞いていない。
歪虚に襲撃は王国各地で発生している。
いつ次の襲撃が起きてもおかしくなく、私兵部隊の再編と防御施設の再建が大車輪で行われている。
「届きましたっ」
馬車が止まり御者が叫ぶ。
マリィアが黙々と丸太を運んで特大槌で撃ち込みを繰り返す。
肉体的負担は機体が受け持ってくれるとはいえ、これだけ長時間続けると精神的に厳しい。
それでも、ハンターが離れてすぐ襲撃され全滅という展開は御免だ。
出発の順番が来ていない者も協力し、領主も驚く速度で工事が進んでいる。
そこから遠く離れた場所。
急ピッチで堤防修復作業が続く川の側で、トリプルJがクレーターの跡を調査していた。
「何かありましたか」
王都から派遣されて来た官僚が探りを入れてくる。
トリプルJは飄々と、嘘を言わずに煙に巻く
「見せた映像に映っていたように、外見と中身が結構ちぐはぐだったろ? それに潜水艦か何かみたいに次元の隙間から出て来たみたいだったじゃないか。あいつら、もしかしたらリアルブルーの封印と一緒に、昔のリアルブルーの幻獣に封印されたヤツラなのかなと思ってな」
「リアルブルーの……。興味深いお話ですね」
「証拠がなければただの仮説さ」
古い歪虚は消滅するのが定めとはいえ、あれだけの数が全く何も残らないという事実は1つの説を示唆する。
「邪神の中から直接来たのかもしれねぇ」
そこは多数の世界が存在し、今回討ち果たした戦力とは比較にならない戦力がある。
「全く、楽にはなれねぇな。警報は間に合うかね」
空を見上げる。
地平線近くの黒く見える物は、成長中のひび割れだ。
今回と同サイズの亀裂に育つまで、後1日にもかからない。
虫が蠢いている。
鉄の触手が地面を削り、触手が触れ合う音が不気味な旋律を奏でている。
装甲の切れ目から複数の眼球が覗き、別々の生き物の様に不規則に動く。
見ているだけで精神が消耗する異形の大群から、鮮やかな赤い線が伸びた。
大量の負マテリアルが含まれるレーザーだ。
色合いは美しいはずなのに、本能的な不快感を見る者に叩き込む。
100の赤い線の半ばは空に消え、別の半ばは土に当たってからからに干からびさせ、わずか2つの光線が分厚い防壁に命中した。
「退避しろ!」
酷使で掠れた声が大気を振るわせる。
弓を構えた兵士が飛び降りるような速度で階段を下った直後、1000に迫る汚水色レーザーが防壁に降り注いだ。
「大きいだけの雑魚でも、数が集まれば厄介なものだね……」
そんな地獄じみた光景を、鞍馬 真(ka5819)とワイバーン・カートゥルが見下ろしている。
レーザーの威力も負マテリアルも影響も強烈で、良質な石材からなる防壁が炎に炙られた雪のように溶けて消えていく。
街の中から、年端もいかぬ子供の泣き声が聞こえた気がした。
「行こうか」
真は振り返らない。
カートゥルも戦場だけを見つめている。
2人の役割は子供1人だけ助けることではない。
子供を含む、この地に住む人々全員を助けるために、この場にいるのだ。
防壁跡を踏み越えハンター達が出撃する。
身のこなしも盾の扱いも達人あるいは超人級。だが視界内だけで1000を超える歪虚と比べて有利とも不利とも判断し難い。
「気を抜かないでよ」
優しげな顔立ちの真が淡々と呟く。カートゥルは高度を速度に変え歪虚に突撃しながら、馬鹿にするなと鼻を鳴らす。
真は微かに微笑み、ロングソード級の魔導剣とマテリアル刃を両手で軽々構えさらに蒼いオーラを注ぎ込む。
カートゥルが鋭角な進路変更を行う。
真は体重移動でワイバーンの飛行を支援しながら、汚水色レーザーの速度と自らとの距離を目で測る。
「旧型装備?」
性能は良い。
しかし超人的技術や魔術的感覚を持つハンターに対しては非効率だ。
対VOID戦初期の地球統一連合宙軍に対してなら、あるいはマテリアル技術を持たない文明に対してなら、凄まじい被害をもたらしたかもしれない。
「カートゥル、少し無理をするよ」
ワイバーンが喜びの感情を発して進路変更。
みちりと詰まった鉄の巨体へ近づき、大量の負マテリアルレーザーに狙われながらブレスを放つ。
「足りないか」
空色の翼に当たりかかった一撃を魔導剣で砕く。
ブレスはかなり強いはずだが敵の装甲はそれ以上でほとんど効いていない。
真は敵陣の左端まで移動してから相棒から降り、歪虚の知覚で捉えきれない速度で2剣を振るう。
母艦型大型狂気に酷似した歪虚に2つ亀裂が入り、一瞬後には斬撃の残滓である蒼い光だけが残る。
3つ目の斬撃はオーラと化して10メートルの範囲を完璧に切り裂くが、狂気に似た歪虚は幅も奥行きも10メートル以上あるので破壊できた数は少ない。
「高防御低生命力、か」
真は味方に対して必要な情報を送信し、カートゥルと合流して南東へ向かう個体を積極的に狙う。
「どこ見てやがる!」
真の背を狙おうとした歪虚群に、頭上から罵声が投げかけられる。
歪虚は反射的にレーザー発信器である目を向けようとしたが間に合わず、鉄の触手は辛うじて間に合いはしたが空飛ぶ巨人に悠々回避される。
「多勢に無勢。けどフラグってのはぶち壊す為にある!」
オウガ(ka2124)は刻騎ゴーレムを我が身と認識してマテリアルを巡らせる。
魔法紋を複数浮かび上がらせ機槍を超拡大。
実に15メートルに達した超巨大武器を鮮やかに回転させ触手を粉砕し分厚い装甲を中身ごと凹ませる。
刺突による対単体攻撃なら生き残る歪虚もいただろうが、白兵攻撃としては壮絶過ぎる範囲攻撃により直径16メートルの円内全ての歪虚が全滅した。
「遅い!」
敵は未だに膨大だ。
試射の赤色レーザーを前方への跳躍で回避。
大型歪虚の大海から顔を出した形のルクシュヴァリエに、負マテリアルレーザーが殺到した。
「本当に狙ってんのか?」
数えるのも億劫になる数で攻撃されても被弾は1つだけ。
十分な防御が施された機体にはかすり傷でしかなくリジェネレーションを使うまでもない。
まあ、開戦直後で使う様なら最初から勝ち目は皆無だ。数の差はあまりに巨大だ。
「こじ開ける!」
後方からの通信を傍受しつつ脚部にマテリアルを集中。
進路上の巨体を吹き飛ばしながら進路を確保し、敵陣深くに食い込んだ時点で巨大化槍を振り回す。
破壊の局所台風が再演されて、無数の破損パーツが宙を舞って重力に捕らわれる前にこの世から消えた。
「先に行け。遠慮していて勝ちきれる相手じゃねぇ!」
レーザーも近づけば命中率が上がる。
射程は短くても鉄の極太触手の威力は高い。
鉄触手を槍で撫でて空振りさせ、見事な見切りで五月雨式レーザーを回避してもいくつかは被弾し治癒術を使わざるを得なくなる。
「よし、降りろ」
ワイバーンがマテリアルによる爆撃を敢行した直後、オウガの切り開いた土地に着陸する。
Gacrux(ka2726)は鞍から降りながら手を振るって魔力の矢を撃ち出す。
5本が全て別の歪虚に着弾。
開戦前の時点で装甲が歪むほどのダメージを受けていた5体全てが耐えきれずに浮遊能力を失いぱかりと割れた。
「柔らかい……この狂気は幻影か?」
思考を巡らしている間も攻め手は緩めない。
ラナンキュラスに巨大なマテリアル刃を発生させて、闘狩人の絶技たる刺突を最も分厚い敵陣に対して突き立てる。
距離80メートルの直線状に無人の野が復活する。
1メートル巻き込まれただけで、最低でも幅10メートルある巨体達が次々消えいく。
Gacruxはクリムゾンウェスト出身だがリアルブルーの機械にも明るく、無数の対歪虚戦を戦い抜いた戦士だ。
一撃を浴びせれば手応えでだいたいのことは分かる。
「装甲も内部も脆い。旧型か」
装甲防御の配置が非効率でダメージコントロールも甘い。
これなら数さえ少なければ5年前でも撃退出来ていただろう。
敵は最低限の浮遊能力しか持たず思考の程度も低い。
しかし射程は圧倒的で何より数が別次元だ。
「抑えて戦え。予想より大規模な戦いになる」
Gacruxは味方に敵の性質の性能について報告した後、視界内だけで数百を超えるクレーターを一瞥した。
「こちらGacrux。このクレーターならCAMも塹壕として使えるはずだ」
「はい! ハンスさん、指定された場所へ移動して下さい。治療します」
通信機から、否、ペガサスの羽音に紛れて穂積 智里(ka6819)の言葉が聞こえた。
Gacruxは一瞬に満たない間困惑した後決断する。
「治療中の安全は確保しておく」
ワイバーンもそそくさとGacruxと合流して、1番使えそうなクレーターの近くで旧型狂気撃退作業を開始する。
聡明な女性が隠そうとしても滲んでしまうレベルの揉め事に近づくのは、歴戦の勇士でも自殺的行為であった。
「助かる、穂積さん」
R7エクスシアが滑る様に走りクレーターに入り込む。
負属性レーザーから隠れると同時に機体を覆っていたエネルギーが消た。10近く被弾した装甲が智里の目に飛び込んでくる。
一瞬唇を噛み、こみあげてくる感情に耐え、精霊に対する祈りを通じて機体周辺のマテリアルを活性化。
血の通わぬ装甲が絶妙な具合に噛み合い実質的な耐久力を回復させた。
「この場の歪虚だけでなく、墓より南側の歪虚群も倒せるだけ倒さないと拙いのは分かっています。ですが……」
ペガサスと手分けして応急修理を続ける。
ハンス・ラインフェルト(ka6750)に対する複雑な思いはある。
だが、ハンスを大事に思う気持ちは心の中に存在するのだ。
「ん」
ハンスは反射戦闘に没入していた意識を引き戻す。特殊な事情で智里に対する感情が薄れてはいるが、危険な戦場で援護してくれる相手に礼を欠くつもりはない。
「信用して欲しい。引き際は弁えているつもりだ」
穂積の耳には、戦死する寸前まで踏み込む宣言にしか聞こえない。
一瞬息がつまり、だが動揺を顔には出さずに穂積は要点だけを口にする。
「可能な限り直しました。障壁も張りましたが30秒もちません、注意して下さい」
「感謝する」
ハンスは喜色を抑えようともせずR7に戦闘再開を命じる。
塹壕と機能しているクレーターから飛び出しても刃の間合いに歪虚はいない。
派手に暴れ回る守護者に旧型狂気が殺到し、鉄製の小山となり波打ってる。
守護者が集めた歪虚に砲戦CAMとVolcaniusの集団が砲撃を加える。
各国の精鋭でも出来るかどうか分からない圧倒的攻勢だが、歪虚も無力ではないし無策でもない。
複数の大集団が……数千に達する歪虚の中でははぐれた小集団でしかない歪虚が守護者を回避しこちらに向かって来る。
ハンス達を狙っているという意識すらなく、迂回路にたまたまいた人間をついでに殺すつもりでレーザーを照射した。
「狂気なのに狂気感染を気にしなくていいとは……なかなか楽しい歪虚じゃありませんか」
8メートルという人型という本来回避に向いていない機械が軽やかに走る。
最新鋭機のような速度もなかれば敏捷性もなく、しかし乗り手の体術を再現した動きでレーザーの狙いを外したまの命中弾もCAMシールドで防ぐ。
かすり傷にもならない。
主戦場のような超大集団ならともかく、20や30の大型歪虚程度、狂気感染がないなら単独では脅威ではない。
敵集団に飛び込みむついでに1体に深手を負わせる。
そのまま勢いを止めずに集団内部に入り込み、鉄触手を躱し防ぎつつ艦刀を振り上げ、一閃する。
分厚い鉄色の装甲に鮮やかな傷跡が刻まれ、数秒遅れて中から火花と煙が吹き出しいくつもの歪虚が地面に墜ちた。
「こんなところだけは変わらない……」
苦笑とも泣き笑いともとれる表情で、智里は別の歪虚集団を足止めしている。
デルタレイの連射は一度の行使ごとに最低1体の大型歪虚を仕留め、ペガサスは治癒術は温存しつつ主を別の塹壕へ運ぶことで効率の良い防衛戦を継続させる。
「集中、しないと」
乱れる心に苦しめられながら敵と味方の配置を観察する。
ハンスだけでなく、多くのハンターが危険を冒してこの場にいる。
敵の総数が総数なので運悪く被弾しさらに運悪く急所に当たることも珍しくはなく、回復手段のない者は一度街まで後退を強いられることすらある。
「ここに足止めの結界を張りました。こちら側から後退してください!」
味方を追って来た集団にプルガトリオを打ち込み足止めする。
ハンスにも下がって欲しかったがまだまだ元気なので近くにいるしかない。
治癒術も残り少なく、申し訳ないが他の味方に使う余裕は無かった。
●違和感
異形のクラーケンにも狂気の戦車にも見える歪虚達がぶつかり合い積み上がり小高い山を造り上げ、次の瞬間山の中央が何の予兆もなく消滅した。
「シャルラッハの奴がいねぇと速度が足りねぇな」
狂気の海を並の車より速く駆けながら、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が愚痴じみた言葉を零す。
ワイバーン・シャルラッハは数百メートル北東で別の小集団を牽制中だ。
残念ではあるが対空レーザーの豪雨には耐えられないからだ。
「おぅまだ元気じゃねぇか」
歪虚の山を完全に抜け、地平線まで続く狂気の園を目視する。
そこに無数の赤い光が生じ、ボルディア目がけて鉄砲水の如く押し寄せた。
「まだ俺の手の内読めてねぇのか」
祖霊を介して呼び込んだ力は彼女の力をさらなる高みに導いた。
しかもそれだけでは終わらず、元々ないも同然の急所を強固に防御する。
つまり、不運に不運を重ねたような紛れ当たりが数十重なっても死なないということだ。
ユニット用装備並みのサイズなのに魔斧が小さく感じる。
360度の攻撃圏にいる歪虚は消し飛ばせても、その外にいる狂気を怯えさせることはできても砕くことはできない。
「俺の身体を使って、その暴を思う存分解き放ちやがれェ!」
体から抜けかけていた力を引き戻す。
赤いレーザーの10倍以上の負マテリアルが重なり合い、鉄砲水から洪水、洪水から神話を思わせる水の断崖へ成長する。
精霊の加護やスキルとは異なり、いくら強くてもただの歪虚の攻撃に敵味方識別機能はない。
一際負の気配の強い旧型狂気も、奇跡的に知性を残した旧型狂気も、巨大洪水の進路上の歪虚が全て押し潰されて消滅した。
「こりゃヤベェな」
その一言だけを残してボルディアが飲み込まれる。
束ねても元の射程と変わらぬ距離でレーザーが霧散。
深く抉れた大地と……飲み込まれる前と何一つ変わらぬボルディアだけが残った。
「マテリアルのスゲェ無駄って意味で、ヤベェ」
少し寒気はするが被害はそれだけだ。
魂から広がる熱で負の残滓など一瞬でかき消された。
「やっぱり」
恐るべき力を見せ付けたボルディアに、恐怖と殺意が入り交じったものが集中している。
「目立つよな」
それと同程度の殺意が機体越しにキヅカ・リク(ka0038)に向けられている。
なにしろ、大精霊の契約者が乗る、大精霊の一部再現機だ。
生物に敵意を向ける歪虚にとってこれ以上の獲物は滅多に存在しない。
無論、キヅカもマスティマも獲物になるほど弱くはない。
急所らしい急所も存在せず、急所がないという長所もエストレリア・フーガの数多ある長所の1つに過ぎないのだ。
「潮時だ」
斜め左右から殺到してきた歪虚がボルディアの姿を隠している。
「すまん、動けねぇ」
鉄の小山が内側から滅多打ちにされ揺れているのでボルディアは無事なのだろう。
放置すれば重体になる前に酸欠になりそうだが。
「そうだろうな。こちらでどうにかする」
キヅカのマスティマは速く俊敏でしかもキヅカの判断を即反映する。
近くからの鉄触手も遠くからのレーザーも悉く躱しに躱してボルディアに最も近い個体に斬艦刀を振り下ろす。
もはや据物斬りだ。
スキル無しで反対側の装甲まで切り裂き、瞬時に消滅した歪虚のいた空間が埋まるより速く踏み込む。
「距離27。跳ぶぞ」
世界の理を自儘に操作した感触があった。
ボルディアとマスティマが数十メートル後方に同時に着地。街へ向かっていた旧型狂気を切り裂く。
「なぁ」
「同感だボルちゃん。こいつらの3分の1位がハンター以外を狙っているぞ」
おそらく何か見落としがあったのだ。
しかしそれを探す余裕はこの場にいる2人にはない。
「左右から抜けた歪虚は後続に任せる。俺達は」
荒れた地表を滑る様に歩く。歩くだけで20メートル近く移動して元気な歪虚を脳天から両断する。
「目指せ1000匹斬りはどうだ」
2人の守護者が獰猛な気配を撒き散らす。
怯えた大型狂気が性懲りも無く突撃を仕掛けたが、2人を突破する歪虚は1体も現れなかった。
●街の危機
「イコニアさんの救助は間に合うでしょうか」
負マテリアルの大津波が発生する前、崩れた壁の近くで祈る少女がいた。
歴戦にもかかわらず小動物を思わせる気配を持ち、しかし祈りの強さは聖堂教会司教であってもおかしくないほどだ。
最大まで時間を拡大した守護の力が切れた。
ルカ(ka0962)の力不足ではなくスキルの限界だ。
これ以後、イコニア救出隊は絶大な守り抜きで戦うことになる。
「たぶん、大丈夫?」
効果時間内の敵陣突破は、少なくとも足の速い者は終わらせていた様なのでおそらく大丈夫だ。
仮に敵陣を突破しきれなかったとしてもグランドスラムを連発する砲撃隊の援護が間に合う、はずだ。
ルカの視界の半分を光が覆う。
高位ハンターでも集中しなければ視認不能な速度で、ルカの右を刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」が通り過ぎた。
リアルブルーの主力戦車程度はある装甲が弾けて吹き飛び、大型歪虚の動力炉に当たる分が爆発するより早く存在するための力尽き装甲も消滅した。
「あ、ありがとう、ございま」
驚きでどもってしまうが周囲を観察する精度も判断の速度も落ちはしない。
ペガサス・白縹がルカの指示に従い通行を阻害する結界を張る。
それで防壁の切れ目が3分の1ほど塞がれ、戻って来たルクシュヴァリエと後退してきたハンターにより危なげなく歪虚進入が阻止される。
「ここは私が防ぎます。あなたは別方面の」
サクラ・エルフリード(ka2598)は最後まで言い終える前に機体を走らせる。
レーザーの流れ弾にわざと当たって都市内部への被害を防ぐ。
傷だらけの兵士が、子供を両手にそれぞれ抱えた状態で引き攣った笑みを浮かべているのが見えた。ルカ達の活躍に、圧倒される。
「別方面の援護をお願いします。ハンターがいない場所は支えきれません」
サクラ機の重厚な防御はレーザーに対してほぼ無敵だ。
だが街を守る兵士達は、無傷の状態でも掠めるだけで深い傷を負う。実際全員浅くない傷を負っている。
「わ、かり、ました」
こくこくと頷いて防壁に水平に走るルカと白縹。
その背をセンサの1つで見送りながら、サクラは消滅した防壁へ向き直る。
守護者達が引きつけ、砲撃隊が圧倒的な破壊をばらまいているのに敵の進軍が止まらない。
旧型狂気の左端と右端の歪虚達が、砲撃隊の後ろをつこうともせず街に進軍中だ。
支援砲撃であるレーザーは相変わらず低命中力。
砲撃を諦め突撃してくる小集団も非常に遅く突撃の意味がない。
それでも数は膨大、危険は巨大だ。
「敵は大量ですね」
サクラ機は一見静止している様に見えるが赤いレーザーも大量の汚水レーザーも装甲に掠らせすらしない。
「ですが、多いのであれば巻き込んで倒しやすいとも言えます……。ルクシュヴァリエは1対1でもいけますが、対複数も得意なのですよ……」
魔法紋で聖機槍を巨大化させる。
「この世界に……光あれ……!」
正の力を解放。
機体に宿る中小の精霊と力を合わせて制御を行い、歪虚を祓う力に整えて鉄の虫の群れを蹂躙する。
旧型狂気の精鋭が消し飛ばされて先陣が大混乱。
サクラは喜びも侮りも見せずに一度足を止め、威力は弱めの光の波動を連射し砲撃から生き残った歪虚に止めを刺していった。
歪虚による侵攻は別方向でも行われている。
無傷の防壁が砕けて崩れて転がり落ちる。
スラムとまではいかないが古びた家々が巻き込まれて崩壊。避難途中の親子が粉塵の中へ消えた。
「すまない、家は守れなかった」
誰も傷つかなかった。
若く、疲れ果てた母親が、幼い子を胸に抱いたままおそるおそる振り返る。
精悍な黒い騎士が巨大な盾で以て親子を脅威から守ってくれていた。
「慌てず街の中央へ向かえ。温かい料理と毛布が準備されてるぜ」
瀬崎・統夜(ka5046)は自信と慈愛に溢れた騎士を演じる。
瓦礫ごと魔導型デュミナス・黒騎士を押し倒そうとする旧型狂気も、鉄触手を振り回して戦闘に加わろうとする歪虚も、遠くからレーザーを集中させる大型歪虚も動かず盾で防いで自分より若い親と子を守る。
「そのまま見物してくれてもいいが……少し五月蠅いぜ?」
4連カノン砲を盾から器用に突き出し4連射。
回り込んで黒騎士を迂回しようとしていた旧型狂気に大穴を開け破壊する。
「悪いが2人を頼む」
統夜は魔導拡声機へのエネルギー供給を切って通信機を使う。
ここに来るまでの様にブースターと速度を活かした機動戦をするなら1時間でも戦える。
しかしこのまま戦えば数分でダメージコントロールが尽きてしまう。
「了解。お世話を引き継ぎます」
コンフェッサーというこの場では珍しい機体が、発砲直後のスナイパーライフルを背中に戻して女性と子供をそっと抱き上げた。
「初めまして、ご主人様。一時的な主従関係ではありますが、心地よい一時を全力で提供します」
この人何言っているだろうと、親子の思いが完全に一致した。
なお、コンフェッサーを操るフィロ(ka6966)は大真面目だ。
法に則り主人の存在と活動を脅かす全ての事象から主人を守るという、エバーグリーン時代のオートマトン行動基準を貫く意思と能力と覚悟がある。
「瀬崎様には協力の継続を要請します」
コンフェッサーが戦場に背を向け街中央へ駆ける。
マテリアル製ダミーバルーンを連続展開する。しかし歪虚の注意はおむつを履いた子に向いている。
「子供を狙うかよ」
統夜の声に冷たい殺意が滲む。
フィロ機を庇う位置をとり続け、後続の歪虚からの攻撃も防ぎながら冷静かつ容赦なくカノン砲で反撃する。
「こっちもっ」
古びた建物をペガサス・白縹が乗り越え急降下。
脚にダメージを負うこと無く90度方向を変え黒騎士の後ろを通り抜ける。
「あの……」
「感謝する」
機体の状況が好転している。
ルカが使ったフルリカバリーが整備直後に近い状態にしてくれた。
「東の地区にも歪虚が侵入している。行け」
「は、はい!」
ルカを乗せたペガサスの回避術は高位の前衛覚醒者並で、並以下の精度しか無いレーザーを軽々回避する。
そして、ルカ自身も極めて強力な聖導士だ。
狭い通りを抜け、至近距離からのレーザーで破壊された防壁と旧型狂気の密集部隊と鉢合わせをして……。
「っ」
足止めのつもりで撃ったプルガトリオで10体根こそぎ全滅させた。
その後ろには100以上いる。
守護者と砲撃隊が食い止めた残りだけでもこれだけいる。
地平線の向こうにいる物と合計すれば万に達するかもしれない。
「がんばり、ますっ」
照射されるより早くレーザーの向きを推測し、闇の刃を伴い歪虚集団て吶喊。
プルガトリオが尽きるまで散々に刺し殺した後、ペガサスに乗って最後の防衛線に後退した。
●鎧袖一触
「タイミング合わせ、カウント3で面制圧開始だ。火力を集中して殲滅するぞ」
3秒で振り返って照準をあわせて高度なスキルを発動させる。
そんな曲芸じみた行動を、近衛 惣助(ka0510)達はミス無くやり遂げた。
重砲じみた火力が全壊防壁を巻き込んで炸裂。
直径60メートルの巨大爆発と複数の子弾の雨が、街外縁に取り付く歪虚の海を耕した。
「生き残りは任せた」
ダインスレイブ・長光が走り出す。
重厚な砲が高温で陽炎を発生させているが落ち着くまで待つ暇はない。
生き残りの旧型狂気が眼球を動かしレーザーを放つ。
距離は20メートル以下。ここまで近いとよく当たる。
だが、惣助はシールドで受けて耐えるだけで反撃は行わず移動を最優先にした。
「やはりいたか」
古い都市なので防戦のため通りが曲がりくねっている。
商業面ではマイナスだが今は助かった。大型歪虚2つが曲がり角で詰まって後続とあわせて10体が立ち往生している。
「退避は完了している。やれ!」
空に浮かび、別方向の歪虚相手に防戦しているルクシュヴァリエから、マリィア・バルデス(ka5848)の軍人然とした声が響く。
「了解」
言い終えたときには射撃操作を完了している。
弾種は貫通徹甲弾だ。
狭い通りに詰まった鉄の異形を貫通しても止まらず、風格のある店舗とその後ろの建物を全壊させてようやく止まる。
歪虚が消えた。
消えて開いた空間に長光が侵入。
方向転換するとCAMで通ることも難しい狭い通りに直面する。
「修理費用はソサエティーに頼む」
弾種、徹甲榴弾。
宿屋を押し潰して街中央に向かっていた歪虚が、必要最小限の爆発により止めを刺された。
「街の中央は安全です。走らず急いで向かって下さい」
先程の軍人口調からは想像もできない穏やかな口調で語りかけるマリィアは、頑丈な2階建てを足場に長距離射撃を繰り返している。
当たり前のように街の外から数十、街の中から10近くのレーザーが飛んできて躱しはするが徐々に足場を削られる。
ルクシュヴァリエ・Crepusculumは建物が崩壊する十数秒前に再度浮かび上がって通りの向かい側のライバル店を新しい足場にした。
「一撃必殺とはいかないか」
銃弾が旧型狂気を貫通して真後ろの個体で止まる。
致命傷ではない。
十分に強力な火器なのだが、特大サイズの歪虚を潰すには3~4発必要だ。
「避難訓練をもう少ししていればな」
領主に流れ弾と建物崩壊の危険を伝えて避難を要請して受け入れられたのに、避難の速度はお世辞にも速いとはいえない。
マリィアは武器に伝えるマテリアルを微修正。
通常の単発攻撃に切り替え、建物と建物の隙間を通して人も建物も傷つけずに地上の歪虚を削っていく。
煙突すれすれにワイバーンが高速飛行する。
平時にやれば領主直々にハンターズソサエティーに怒鳴り込むレベルの危険行為である。
「援護お願い」
リラ(ka5679)は、強烈な向かい風を感じつつ鞍から飛び降りた。
後方20メートルで避難途中の男女が悲鳴を上げているのに気付いて笑顔で無事を伝える。
実際、足をくじいてすらいない。
「歪虚は私が食い止めます。だから落ち着いて安全第一で避難して下さい」
この場が平時の舞台であるような、華のある笑顔と動きでそう言った。
「……そちらに避難民が5人向かいました。歪虚は」
通信機に話しかける。
ワイバーンが鋭角で回避機動を行いながら攻撃的マテリアルをばらまく。
異様に分厚い装甲に当たりはしたが弾かれるだけで、しかし攻撃に気付いた旧型狂気はワイバーンに誘き寄せられリラの近くに姿を現す。
「私が食い止めます」
リラが突進する。
迎撃の負マテリアルレーザーを武神到来拳で弾いて完全に無力化する。
「大きい」
街の外での砲撃に巻き込まれなかったその歪虚達は、建物を複数壊してきたのに全くの無傷だ。
「けど」
踏み込んで撃つ。
4度の連撃で装甲は割れ中身をぐちゃぐちゃにされ、1体の旧型狂気が消え別個体が無防備な側面を晒す。
「ここは通しません!」
鉄触手が前と後ろと左右からリラを狙う。
だがリラには見えている。
焦らず安全地帯を見極め触手の間をすり抜け、1度の4連撃で以て確実に歪虚を砕く。
リラの舞の代金は歪虚の命であり、この通りから抜け出せた歪虚は皆無であった。
「無茶するななのーっ!?」
街中央の最も安全な場所の一歩外側で、ディーナ・フェルミ(ka5843)のルクシュヴァリエが叫んでいた。
「バルーンやディフェンダーのある分、本当に街に入り込まれた場合は此方の方が役に立つかと思ったのです」
フィロのコンフェッサーは装甲の大部分が禿げ不規則な火花まで発生している。
実際役に立った。
撃墜数は0でも親子を死の定めから救ってここまで連れてきたのだ。
コクピットで飛び散る火花を浴びながら機体を操作し、地上に降ろした親子に向け手を振っている。
「爆発しない? だったらこのままいくの」
ディーナは一瞬で意識を切り替えて癒やしの術を発動。
極めて頑丈な分修理も大変なはずの機体を、小破程度の状態ま引き戻した。
「感謝します」
フィロの動きが一瞬止まり、迷った据えに事実を口にする。
「先程のお子さんはおそらく覚醒者です」
そう言い残して別の区画へ救援に向かう。
移動途中、目立つようにバルーンを設置して、避難民に向かうはずのレーザーを引きつけていた。
「そういうこと、なの」
出撃してセイクリッドフラッシュを歪虚に浴びせながら、ディーナは戦況がこうなった原因を理解した。
未来しかない赤子の覚醒者が誘蛾灯になっているのだ。
「カーナボン司祭はほっとけないけど街も子供達もなの、あうあう」
言動が穏和に見えてもディーナは超高位の聖導士だ。
歪虚に対する戦意も戦闘技術にも全く不安はない、のだがルクシュヴァリエの性能が彼女に追いついていない。
「えい!」
迎撃に出る。
光の波動で痛めつけた旧型狂気隊を光の刃で両断。
しかし威力が足りず2体も生き延びる。
この戦場では威力が足りないのだ。
「こちらマリィア。援護する」
別区画から飛んできた銃弾が1体の中枢を破壊する。
もう1体を狙おうとするが、崩れかけの建造物の陰に入り込まれて追撃できない。
「ここは通さないの」
ディーナ機が立ち塞がり食い止める。
生身のディーナは可憐で小柄だが、この機体は頑丈でCAM並に大きい。
旧型狂気のサイズでは押し通ることも避ける事も出来ず、そのまま死ぬまで滅多打ちにされた。
「ここは行き止まりだ」
ブラストハイロゥで展開された障壁が、歪虚の生き残りの行く手を文字通り遮る。
数体がかりで押されてもびくともしない。
「これで何波目だ」
HMDに表示された敵の数に苦笑しつつ、トリプルJ(ka6653)は障壁を徐々にすらして状況の変化を待つ。
「獲物は貰うぞ!」
剣も銃も持たない刻騎ゴーレムが巨体の歪虚達に殴り込みをかけた。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)の判断とルクシュヴァリエの移動速度はあまりにも速く、盾にも剣にもなるはずの鉄触手が何もできずに回避される。
「食らえ!」
発生させた衝撃と拳の威力を同時に当てる。
対象は1つや2つはない。
常に前に進み続けるため手前の個体が右に弾かれ次の個体が左に押し退けられ、最後の個体が小さなクレーターに足を取られてその部分が押し曲がる。
「やるなぁ」
光の障壁が消えると同時に超々重斧が横薙ぎに振るわれる。
重く分厚い武器ではあるが、それだけは説明のつかない威力で装甲を凹ませ中身を破壊する。
筋力充填のCAMへの応用だ。
「歪虚は後何体だ!」
ルベーノはこのままでは埒が開かぬと判断し、軽くステップを踏んで彼我の距離を調整してから大技を使う。
光あれ。
正の力を増幅してぶつけるだけという、単純かつ効果の大きな技だ。
歪虚に向けて延びる光刃にはルベーノ本来の攻撃力が反映されていて、これまでとは別次元の威力で大型歪虚4体を切断し崩壊させた。
「後……」
HMDに表示されていた地図から、歪虚を示す光点が消えていく。
トリプルJは最後の障壁を張り街中心部への道を防いでから、飄々とルベーノに対して説明する。
「これで最後だ」
「そうか。この程度なら、許容範囲か」
ルベーノの声に苦みがある。
この都市の規模からすればかすり傷程度だが、住む家を失った者にとっては慰めにもならない。
「これ以上は壊させぬし」
鉄触手を受け流す。
光あれは温存して拳で装甲を貫いて仕留める。
「これ以上街に近付けさせはせぬ」
長距離射撃を浴びた歪虚を蹴りつけ止めを刺し、未だ膨大な歪虚がひしめく南へ飛び出していった。
●多分聖女の救出劇
巨大な結界の起点。
正のマテリアルが満ちた墓穴に無数の触手が雪崩れ込んだ。
「ふぐっ」
色っぽい展開にはなりはしない。
消耗しきった術者の一方的被弾と流血が繰り替えされるだけだ。
緑の瞳に闘志は消えず、しかし体は既に限界に達して魂と精神を裏切る直前だった。
「イコニアさんを触手まみれにはさせまちぇん!」
少女の叫びとリーリーの悲鳴が真上から降ってくる。
いよいよ年貢の納め時かと司祭が覚悟を決めた瞬間、暴かれた墓穴を結界が覆い尽くし触手だけを選択して焼き尽くした。
礼の言葉を口にしようとしても喉に地が引っかかって言葉が出ない。
「そぉいでちゅ!」
蓋を開けた瓶の中身を問答無用で注ぎ込む。
魔法的な効力が発揮され、死人じみていた肌が生き物らしい色を取り戻す。
「あ、相変わらず、無茶を」
司祭はけほけほ咳き込んではいるが声に喜色が滲んでいる。
もっとも礼を言われる側の北谷王子 朝騎(ka5818)は、盾で新手の触手からイコニアを庇うのに忙殺されている。
「イコニアさんなんでこんなに無茶するでちゅか!? 朝騎怒ってまちゅよ」
「こうやって引きつけないと皆さんが到着する前に歪虚が街を重鎮していましたよ!」
「命を投げ捨てるのが格好良いとでも思ってるんでちゅかっ。イコニアさんの命はイコニアさん一人のものじゃないでちゅ」
「だからと言って……あ」
制御に失敗した。
ぷすん、と間抜けな音が一度響いて緻密に編まれていた術式が崩れて消える。
「こちらフィーナ。距離1キロから3キロの歪虚が東に進路を変えた」
「こちらイコニア了解っ」
フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)の言葉はエレメンタルコールで届いたので朝騎には聞こえない。
だが付き合いが長いのでイコニアが何を言われたか想像できる。
「ここで粘る理由はなくりなりまちたね。逃げまちゅよ!」
彼女は通常の倍の速度で術を行使し墓穴に迫る歪虚を焼いている。
だが敵は膨大だ。
迎撃を止めれば全速で逃げても2人を乗せたリーリーごと打ち落とされ歪虚の海に飲み込まれる。
「イコニアさ~ん、生きてる~?」
風の結界を展開したグリフォン・西風が、まだ歪虚に包囲されていない西側から飛来し墓穴に滑り込む。
正直、狭い。
「メイムさんも?」
最寄りの神霊樹分樹との距離と現在時刻を思い出して計算して混乱する。
早すぎる。
司祭ははまだ、人馬一体という凄まじいスキルについて知らなかった。
「イコニアさん、撤収~。近くまでカインさんたちも来てるけど、スキル使い切ったイコニアさんだとここで戦えない。街まで連れて行くから其処で装備を立て直そう。銃とか錫とか!」
ゲイルランバートで結界を張り直しレーザーの直撃に備える。
それなら問題ないと判断した朝騎とリーリーが、メイム(ka2290)の後ろにイコニアを放り込んだ。
「5キューブまで上昇。北部街道まで移動~」
「メイムさんに速度をあわせるでちゅ!」
既に狙いを完了させていたレーザーが降り注ぐ。
飛沫だけでも量は凄まじく、マスティマの瞬間移動でなければ追いつけない速度で逃げる3人と2体の心身を傷つける。
「テメェ等!」
憎悪の気配が地上を走り、司祭救出隊と入れ違いに歪虚の海に突入する。
長刃長柄の斬魔刀から滴るような怨念が感じられる。脱力状態からの爆発的な加速と踏み込みは完全に我が身を投げ捨てた攻撃偏重技だ。
イコニア達に照準を合わせた歪虚群が80メートルに渡って消し飛び、多少負に寄ってはいるが生きてはいるカイン・A・A・マッコール(ka5336)に殺意の視線が集中した。
「あーあ、報われないな」
助けに来たのに 顔を合わせることも声も聞くことも出来ない。
「だが行かせる気はねえよ」
9割を躱し9分を暗器で受け流し9厘を装甲で受けても1厘は直撃する。
鎧の下から大量の血を流しながら、カインは再度絶技を繰り出し想い人を狙う歪虚を切り捨てる。
「ずいぶん派手に呼び寄せたなこりゃ。」
イコニアの儀式が集めた歪虚が、今はカインを狙ってレーザーを撃とうとしていた。
「墓は放棄して良かったのですか」
ようやくカインやイコニアの姿を視認したツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)が、予想外の展開に気付いて即座に計画を修正する。
「こちらツィスカ・V・アルトホーフェン。命を捨てる前にこれを聞いて下さい」
カインの通信機に繋いだ通信機を斜め上に向ける。
「ばかー! ほんとばかー! 命捨てる前に口説くとか私を甘やかすとかすること一杯あるでしょーっ!」
「イコニアさん興奮し過ぎで本音出てるよ~。キープ前提にしか聞こえないから言う前に少し考えて。それじゃ速度落として治療開始するね~」
凄まじい大声だ。
司祭が暴れ、メイムが宥め、グリフォンが迷惑そうにしている。
なお、イコニアは直後に咳き込んで身動き出来なくなっている。
「脈が皆無という訳では、ないと思いますよ? 私以外の戦力も集まって来たので少し下がって合流しましょう」
極一部の……百近くのレーザーがツィスカを狙いだしたのでポロウに命じて着地させる。
クレーターも塹壕に使える地形もないただの草原だが、草と多少の段差があるので防御面で多少の役に立つ。
草に隠れて猛烈な射撃を加え、旧型狂気が数十集まりそうになるとポロウの速度で後退して別の草むらの陰に隠れる。
敵の数とレーザーが多すぎてポロウの結界は一瞬で消費されてしまうが、速度の差は圧倒的であり旧型狂気は白兵戦の間合まで近づくことができず戦場を引きずり回される。
「手間ぁ、かけた」
ツィスカを追う大型狂気が死角から襲われ突破される。
黒いイェジドの背にいるカインは、心身共に消耗して荒い息を吐いていた。
「想いは届いているようですよ」
理解はされても受諾はされていないようだが、それを指摘する必要は特には無い。
ツィスカは希に当たりそうになるレーザーを一瞬生じさせた障壁で受け流し、カインが暴走しないようそっと誘導を試みる。
「爺様たちと、死ぬまでイコニアを護るって約束してんだよ」
甘酸っぱい青春に一場面は血の臭いが濃かった。
どんな状況であれ、惚れた女に命を掛けるのは当然。
言うは易く行うは難しを行うカインである。
「まずは戦った上で生き残ることです。お相手は聖堂教会の聖職者なのでしょう。歪虚に勝つほど好意を向けられるのは確実だと思います」
「そんなもんか?」
「……一般論ですが」
カインは一度大きく唸り、命を投げ出す戦い方から少し前のめりな程度の戦い方に変更した。
●均衡
「私は聖女イコニア・カーナボンが1番大事だ! イコちゃん以上に大事なモノなんてこの世にあるかっ!」
「サクラさんと組む度に婚期が遠く気がするのは本当に気のせいでしょうか」
「減らず口叩けるなら大丈夫だねっ、はいこれ!」
宵待 サクラ(ka5561)がポーションを投擲する。
イコニアは一度落としそうになるがなんとか全て受け取り、食欲の無さを理性で抑えつけて強引に嚥下する。
「もうみんなに引き継げたから転進しよう?」
「ええ、私が戦況を理解してないですからサクラさん達の判断に従うつもりですが」
北東から南東を、目を細めて見渡す。
「戦力足ります?」
「今のイコニアさんがいても邪魔にしかならないのは確かだけど」
悪意皆無で事実だけを指摘するメイム。
イコニアは過去最大級の精神的ダメージを受けてグリフォンの背に突っ伏した。
「あたし達が抜けるとまずいかも~」
都市近くの旧型狂気はハンターが蹂躙し都市防衛も成功させた。
だが、全長15キロの歪虚のうち13キロは無傷同然だ。
朝騎やカイン達が英雄的活躍をしはしたが敵の数が多すぎて大勢に影響は無い。
「街の南以外には歪虚はいないようだし、北の街道まで送ればそれでいいかも~」
気心の知れた仲なので言葉の刃も容赦が無い。
「元気出しなよイコちゃん」
サクラが意図して明るく振る舞いイコニアの背中を撫でる。
「こんな序盤で死んでどうするのさ。これだけの能力があってファナティックブラッドやファーザーに会いに行かないなんて嘘じゃん。一緒にあいつらに会いに行こう」
緑の瞳が一瞬泳いだことに気付き、サクラは親友の趣味嗜好と持ち札を脳裏に浮かべて真実を推測する。
「ひょっとして……体力不足で不採用通知が届いたとか?」
緑の目から精気が失せた。
気力だけでもっていた体から力が抜け、体力不足の中年が無理矢理走った直後のような不気味な呼吸が始まる。
「い、一応、保留ということに、なってますから」
「分かってる、分かってるから。今は目の前の戦いに集中しよ、ね?」
サクラの言葉はどこまでも優しかった。
「遊んでいる余裕があるみたいですね」
「あ、はい。フィーナさん何でしょう」
再度のエレメンタルコールにイコニアの精神が平常に戻る。
息の乱れは相変わらずで、戦力外通告を受けてサクラに運搬されている。
「地平線の向こうは分かりませんが倒しただけ減っている様に見えます」
度型の歪虚が4桁と聞いた時点で、フィーナはガワだけ作って分裂しているという仮説を立てた。
「何か特別は反応は感じられませんか」
「イコちゃーん。ここで倒れたら恥ずかし過ぎてあの世で引きこもることになるよ?」
「むっ、無理はしません。えーっとですね」
目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。
敵は強力で、膨大で、平坦だ。
リアルブルーから流れて来た工業製品のような、極めて似通った物ばかりだ。
「なるほど」
イコニアの感想を聞いたフィーナは小さく頷いた。
「感謝。サクラの指示をよく聞くのをお勧めする」
「はい……」
肩を落とすイコニアを遠くから見送り、フィーナはワイバーン・Schwarzeに高度を上げさせ地表に狙いをつける。
街の安全を確保したハンターが北から攻撃を仕掛け、イコニア救出部隊が変化した部隊も適度に大型狂気を引きつけ交戦している。
「骨は折れるけど」
フィーナ主従に気付いた旧型狂気が対空射撃を始めるが、対地攻撃と分散しているので怖くはない。
「数は減らさないと」
火球をばらまきつつ地表から十数メートルを通過する。
巨大な鉄の群れに次々穴が開き、対空攻撃も対地攻撃を目に見えて勢いが鈍った。
「相手が旧型だろうと新型だろうとやるべきことは変わらん。一匹残らず灰燼に帰すのみ」
コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は一瞬で再装填を終えた。
馬に乗ったまま重機関銃を地面に水平に向け、限界まで収束したマテリアルと共に大量の銃弾を飛ばしていく。
旧型狂気の装甲に厚みも傾きもあるのに物ともせず、80メートル強の直線上の範囲から歪虚を駆逐した。
「順当に弱いな」
性能を抑えて大量生産という印象は受けない。
わざわざ古い兵隊を引っ張って来ているのだとしたら、歪虚も総力戦の覚悟なのかもしれない。
「ならばこちらも全力を以て殲滅するまでだ」
歪虚を排除し、しばらく前までイコニアが立てこもっていた墓穴を確保。
斜め上に向けてマテリアルを込めた弾丸を連射し、上空で炸裂させ盛り返してきた旧型狂気の上に降り注がせる。
威力は決して高くはない。
それでも、変化に富んだ攻撃は知性の低い歪虚を混乱させ攻撃を鈍らせる。
激烈な戦闘はいつまで続く。
多大な戦果は上げたがコーネリアのダメージも深刻になる。
「街は無事みたいだから~」
メイムは無理をしない。
包囲されているならともかく、通常の撃ち合い確実に回避か防御できる距離を保ちながら牽制し、あるいはダメージを負った者を回収して街まで送る。
特殊な装備で強化されたゲイルランパートが、負傷者もメイム主従もしっかり確実に守っていた。
「弾があるうちに撃退出来ればいいんだけど」
戦闘開始からここまで、少々の困難はあっても常にハンター優勢だ。
だがスキルの残量は確実に減少しているはずで、底をついたときにどうなるか予断を許さない。
ボルディアに向けられた物より数割は多い負マテリアルが、数分前までイコニアがいた墓穴に集中してほとんど固形物と化した。
「わふ、わふ。助けに来たのにイコニアさんいないですー?」
そこから緊張感のない声が聞こえる。
旧型狂気ですら耐えられない密度があるのに、狂気に陥った気配も負傷した気配すら無い。
「残念ですー」
デルタレイが3つの光を撃ち出す。
基本に忠実で特別な効果は全くないただのデルタレイだ。
ただ威力だけは別次元で、怯えて反射的に掲げられた鉄触手も斜めに向けられた装甲も一切合切貫通して歪虚の中枢を破壊する。
「おおー」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)が暢気に空を見上げる。
200メートルも離れると、歪虚はアルマに気付けないらしい。
活発に飛行するワイバーンに敵意が移り、文字通り四方八方から負マテリアルのレーザーが空の龍を狙う。
「よくここまで集めて」
ユウ(ka6891)は安堵し感心している。
この場に数千の歪虚がいるということは、他の場所に数千の歪虚がいないことを意味する。
3人しか向かっていない村も、これなら守り切れるかもしれない。
「直接挨拶出来なかったのは心残りですが」
数千の歪虚とはいえ、高速で位置と高度を変えるクウは狙いづらく眼球の向きを変えるのも追いつかなくなる。
初期は一度に3桁台後半のレーザーが向けられていたのに、今では200にも満たない数しか向いていない。
「ありがとうクウ。後はイコニアさんの護衛をお願い」
人格の癖が強く猪突猛進な割に持久力に欠けるなど欠点は無数にあるが、彼女は人々を守る為に自らを犠牲に戦う戦士で、ユウの友人だ。
長年の相棒が仕方ないなと苦笑じみた気配を発し、一際鋭く加速した後強烈な遠心力でユウを放り出した。
ユウが大精霊との繋がりを強化する。
質、量、ともに凄まじい正マテリアルが龍の血を活性化させ、元々ユウを覆っていた白龍鱗の範囲を大きく広げる。
危なげ無く着地しそのまま旧型狂気の海の中を駆ける。
素晴らしく気配が強いのにあまりに速すぎ視認も出来ず気配も捉えきれず、狂気の海は荒れるだけで方向を定められずに混乱する。
ユウがそうしている間に、クウは来た時同様の凄まじい速度でサクラ達に追いつき万一に襲撃に備えた警護を開始した。
「わふー!」
混乱が興奮を呼ぶ。
アルマの目の前に広がるのは標的の海だ。
どれだけ潰しての無くならず、しかも潰せば潰すほど激賞される。
エルフ耳か上気し、マテリアルをたらふく吸い込んだ右腕が熱を持つ。
「遊んできまーす!」
ポロウが後ろに向かって全力移動。
わずかに遅れてアルマを狙ったレーザーの余波がポロウに届いて矢羽根を揺らす。移動時はともかく戦闘時に一緒にいるといくら命があっても足りない。
「わふっ」
圧倒的な抵抗力は負マテリアルの影響を退け、馬もバイクもないのに圧倒的な速度がアルマを最も敵が多い場所へ連れて行く。
ただのファイアスローワー。
範囲もせいぜい8メートル30度扇状。
当然のように威力は圧倒的で、極一部触れただけの特大歪虚がそれだけで存在するための力を失い無に還る。
なお、アルマのスキルは使用回数特化であり、10分以上常時攻撃可能だ。
「わふーん!」
それに加えて守護者専用の広域治癒術まで使える。
攻防の結果必然的に発生する負傷もなかったことにされ、圧倒的な数を誇る歪虚に恐怖の2文字を刻み込む。
「攻撃手段を見直した方がいいのでしょうか」
要所にいつ知性高めの旧型狂気を撫で切りしながら、ドラグーンの守護者がぽつりと零す。
圧倒的な速度は敵陣を突破し斬首戦術するのには適している。
が、駆けながら切り裂ける範囲はあまり広くはない。あくまで守護者基準だが。
聞き慣れた音が北から近づいて来る。
各世界でも宇宙でも歪虚を大量殺戮してきた炸裂弾の轟音だ。
「エステルさん!」
呼びかけられたエステル(ka5826)が穏やかに返事をしようとして失敗する。
「まさか、まだこの位置なのですか」
刻令ゴーレム「Volcanius」が炸裂弾の使用を止めプラズマキャノンによる射撃に切り替える。
炸裂弾の残りは4分の1を切っている。
このままでは川に辿り着く前に炸裂弾は弾切れだ。
だが最大の問題はそれではない。
「アルトお姉さま、ユウさん、体調は」
「今は問題ない」
「私もです」
血の気が引いた。
2人とも守護者で超覚醒を使っている。
通常の戦闘なら多少長引いても最悪重体状態になるだけだが、常時大型歪虚と戦い、その戦いが非常に長引くのであれば即死の可能性すらある。
そのことを承知の上で守護者達は止まらない。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は常に最も歪虚が密集した場所を目指し、豊富ではあっても限りがある技で1度に最低5体の巨体を仕留める。
単独なら無意味な鉄触手も膨大なレーザーも、千回や万回撃ち込まれたら運悪く当たってさらに運悪く急所に当たることがある。
2、3度急所に当たった程度で倒れるほど柔ではないが、5度や6度となるとそろそろ重傷や気絶が見えてくる。
「頼む」
エステルに任せたVolcanius・紅蓮がアルトに向かって砲撃する。
たかが炸裂弾では圧倒的な速さのアルトに追いつけない。
無数の子弾がアルトを追う巨大鉄クラゲを襲い、まとめて穴だらけにしてさらに数を削る。
「私はシスター見習いのはずなのですが」
半透明の盾が鮮烈に輝く。
ゴーレムを狙った、異様な量の赤レーザーと津波じみた濁流レーザーがエステルの方向へねじ曲げられる。
「どうして聖堂戦士団より前にいるのでしょう」
超高位のハンターを除けば匹敵する者もない盾捌きで全てを受け流す。
限界近くまで強化された盾は負マテリアルに耐えてみせる。
全身の骨に入ったひびが、たった一度の治癒術で完全に元に戻る。
守護者に匹敵する法術であり、聖堂教会基準では司祭の位では足りない水準だ。
「これからは私に誘導する」
「お姉さまの負担が大きく成り過ぎますが……」
止めたいが止める余裕が無い。
アルトやエステルなら単身で歪虚の海に入り込んで戦い続けることができる。
だがVolcanius達は彼女達ほど躱せないし防げない。
レーザーの攻撃力をそのまま浴びて短時間で破壊されてしまうだろう。
「最悪でも2日戦い続ければ倒すことはできるはずだ。幸い、一撃で倒せるようだからな」
誇る気配もなくそう口にして、アルトはわざと目立つ進路で大型歪虚に接近して一太刀馳走する。
斬撃に一瞬遅れて光輝く焔が走り、その1秒後装甲がぱかりと割れて中身全てが火を吹いた。
「問題は歪虚の位置だな。どれだけ広がっているか見当もつかない」
個々の戦いでは負けはない。
アルトは確実に勝てるだけの強さを積み上げてきた。
が、戦場全体となると結果は怪しくなる。
アルトがどれだけ強くても、地平線の向こうにいる敵を倒すことも誘導することもできないのだ。
そして、3キロ離れた場所でポーションを飲み干すイェジドがいた。
何度も同じ動作をしているらしく違和感はない。
「エイル!」
背中の主が警告を言い終える前に速度を上げる。
足を止めずに盾を構えてダメージを減らすのも慣れたもので、鈍足の旧型狂気を盾にしてレーザーによるダメージを与えながら次の獲物を狙う。
「私の知る守護者たちの様に、上手に闘う事は出来ないけれど」
1人で千体近くと戦う守護者は守護者として分類していいのだろうか。
「其れでも。ううん。だからこそ! 全力で突き進む!」
エイルに速度を落として貰う。
イツキ・ウィオラス(ka6512)は囲まれ至近距離からレーザーを撃たれるのを甘受し、己から前方70メートルまでに限界まで歪虚を集め、投擲した。
蒼と銀に輝く槍が進路上の旧型狂気を消滅させながら直進する。
濃い負の力がエイルが消化可能な正の力に変換される。
「んっ」
割れた骨も筋の損傷も皮膚の破れも瞬く間に回復し、イツキは街を出るときに貰ったポーションをエイルの鞄に移した。
「一度エステルさん達と合流しよう」
敵を引きつけ倒すのはうまくいっている実感がある。
だが、地平線の向こうの状況はさっぱり分からず電波も伝話も届かない。
「あれは、エステルさんのVolcaniusだよね?」
少し自信がなかったがエイルが迷わず頷くのを感じて即決する。
「行こうエイル。私は――私たちは、駆け抜けるだけ!」
星神器から代わって蒼の槍が宙を切り裂き、鋭く延びる光が行く手を遮る歪虚を撃つ。
イツキ達が駆け抜けた後に、儚く冷たい輝きだけが微かに残っていた。
●反攻
炸裂弾が底をついた。
未だハンターの進撃は続いているが殲滅速度は急速に低下。
後退した歪虚と前進する歪虚が隊列をつくって緒戦を上回る弾幕を張る。
「私が南東の歪虚を追う。貴公等はそのまま南へ追い込め」
美貌よりも自他に厳しい態度が目立つアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が素早く指示を出す。
よく躾けられた刻令ゴーレム・ムスペルがアウレールの背後に煙幕を張り、後退しながらキャニスター弾を連射し負傷者を護衛する。
「国は違えど歪虚は歪虚、民は民」
大精霊と守護者契約を結んだことで酷く目立つアウレールが、体内のマテリアルを高速で燃やすことで歪虚に対する誘導灯じみた存在になる。
「ここに私がいる以上、歪虚には指一本触れさせぬ」
魔導ママチャリを長い足で優美に酷使、アウレールを狙う歪虚と後退する負傷者を狙う歪虚のそれぞれの群を射程内に誘導する。
対暴食のために練り上げた技でマテリアルを注ぐ。
皇帝より下賜された刃が清らかでかつ激しい光を放ち、旧型狂気の視覚を刃の形に焼き付かせる。
「行け!」
最早、突きというより巨人の斬撃だ。
磨き抜かれた刃が汚れた刃を無造作に砕いて内側を焼き尽くす。
3桁近くの歪虚が巻き込まれ消滅。
それだけでも大きな戦果だが、混乱せずにアウレールを狙った2集団が崩壊した事の方が意味がある。
「ヒャッハー、こいつは死地だぜぇ」
ある意味王国を象徴する採算度外視機、刻騎ゴーレム・ルッ君がアウレールを追い越し真っ直ぐに歪虚に突っ込んだ。
巨大鉄クラゲがみっちりと詰まっていて生身のハンターでも侵入困難。
CAMサイズのルクシュヴァリエなら普通に考えれば跳ね返されるのが確実な超大集団だ。
「そ、こぉ!」
銀の騎士がチンピラじみた言動で加速する。
それでいて動きは徹底して合理的だ。
旧型狂気が体に染みついた戦術を実行しレーザーと鉄触手による打撃を集中させるが、分厚い装甲と2つの巨大剣により防御を撃つ抜くことはできずそもそも回避が巧みすぎて当たらない。
ゾファル・G・初火(ka4407)は刃を振らない。
機体から沸き上がる力を卓越した体術で叩き付けることで、進路上の歪虚全てを凹ませ消滅させた。
「ヒャッハー」
赤いレーザーが頭部センサーを照らす。
これにも耐え抜く装甲を配置しているが、続いて放たれた汚水色レーザーの豪雨は結構な脅威だ。
銀の騎士に宿った精神がこの上ない快を感じ、機体に宿る中小精霊の戦意が天井知らずに増大する。
「たまんねーじゃん」
蹴りで狂気の頭を潰し横に構えた刀で左右の歪虚を切り裂き鋭角に方向転換して後衛を狙う眼球を踏みつぶす。
直線的な術とは異なり微細な調整が可能だ。
しかもゾファルがこの不退の駆にのみマテリアルを集中して大量使用を可能にしている。
アウレールが開けた穴が急速に効率よく拡大され、レーザーの弾幕の効率が急低下していった。
「いくらなんでも数が多すぎます」
エステル・ソル(ka3983)の背中に虹色の翼が展開している。
可憐な顔立ちに凜々しい表情を浮かべたエステルは天使か女神のように見え、しかし振るう力は邪悪と表現したくなるほど強烈だ。
低速でゾファルを負う歪虚を一度に5体狂わせ同属への壁とし、大重量の交通事故を多発させる。
ハンターを狙ったレーザーが最前列近くにいる混乱個体に命中。
厚い装甲も全身を覆い尽くしているわけではなく、50や100浴びるうちに急所に被弾して内側から火を吹き絶命する。
「このまま押せ! 後列の歪虚に戦闘をさせるな!」
アウレールが東に走っている。
小村に向かっていた大型歪虚が引きつけられて歪虚の密度がさらに上昇。
エステルの状態異常攻撃で渋滞が益々酷くなる。
「エステル、無理はしなくていいからね」
鮮やかな金色のエクスシアがエステルをしっかり護衛している。
優れた盾と盾操作技術を持つエステルではあるが、全方向から攻撃をされたなら被弾の可能性がある。
その確率は0.1パーセント満たないわずかなものだ。
しかし鎧による防御が特に厚くはないエステルにとっては危険であった。
「お兄様」
幼い頃から守ってくれるアルバ・ソル(ka4189)に甘えの感情を向けそうになる。
だが今は駄目だ。
ここは全力を出し尽くしても生き延びられるか分からない戦場。
倒れるのも兄も道連れにするのも真っ平御免だ。
「月を奏でましょう。時の移り変わりを。満ちては欠ける物語を。幾星霜の月の巡りを」
凄烈なマテリアルが完全に制御され、満月から新月までの月を形作ってエステルを照らす。
「蒼穹の祈り」
マテリアルが臨界に達して破壊の力に変わる。
「光を灯し」
それでいて兄と妹を傷つけることはなく、金のCAMを鮮やかに照らし密集し過ぎた狂気に向かう。
「天を駆ける」
ただの歪虚には防ぎきれない。
最も強い防衛線が力尽くで破壊され、後退を始めた歪虚と同属がぶつかり合い大量の個体が絶命した。
「お見事。僕自身の力不足を感じてしまうね」
「お兄様ったら」
兄なりの軽口であると分かっているのでエステルも無垢に微笑む。
妹のような攻撃破壊手段はなくても、80メートルを一直線に貫くマテリアルライフルにファイアーボールや魔力矢など駆使した攻撃を駆使して見事な追撃を仕掛けている。
何より効果的なのはマテリアルカーテンと巨体を活かした護衛だ。
エステルだけでなく、いざというときエステルを後方に運ぶためのワイバーンを守る盾にもなっている。
「お兄様、殲滅に気を取られて、自分が疎かになってはいけませんよ。塵も積もれば大怪我になるのです」
得意気に言うエステルも愛らしい。
もっとも、治療のために星神器を持ち出すエステルを可愛いと断言できるのはアルバくらいものかもしれないが。
妹に対して穏やかに対応しながら、アルバはHMDを介して情報を集めて分析している。
敵の反攻を挫いて押し返しはしたが敵の数は膨大だ。
地平線付近に現れた増援は無傷で勢いも強い。
エステルを巻き込まないようスラスターを吹かし、位置を調節して紫色のビームを放つ。
大小の傷を負った旧型狂気が内側から火を吹き地面に落下。障害物にもなれずに王国の大地から消滅した。
「最悪の場合は降りて戦うか」
そうすればより強力な攻撃と防御を行うことができる。
そう考えたタイミングで、ルクシュヴァリエが力尽きて跪き、そこから元気一杯なゾファルが飛び出し南に向かって攻め込む。
「まだまだじゃーん!」
兄妹は顔を見合わせ、表情と意識を引き締める。敵の残りを考えると余裕はない。ゾファルに近い戦いをせざるを得なくなるかもしれない。
「集落からの避難が完了したと報告が入った」
アウレールが堂々とした態度で情報を伝達する。
そうしている間も歪虚に対する攻撃は継続し、ソウルトーチで引きつけるだけでなく一太刀で1体を滅ぼす。
「後方を警戒する必要は無い。油断無く押し上げて川まで追い詰めろ!」
生まれも生き方も異なるハンター達が一丸となり、古き狂気をじわじわ南へ追いやっていた。
●村の救い手
アウレールが南進を宣言する十数分前。
避難は全く進んでいなかった。
「ようやく傲慢の眷属を滅ぼしたと思えば……ですね」
クリスティア・オルトワール(ka0131)は一つため息をついてから軍用双眼鏡を覗き込む。
推測通りに、危機感が無い。
空に亀裂が入ったままなので異常に気付いてはいる。
だが、傲慢討伐の報を歪虚滅亡の報と勘違いしてしまっているようだ。
「これから作られる王国の未来に狂気は不要。邪魔するなら尽く討ち滅ぼしましょう」
気持ちを切り替えこの場での戦闘と避難に集中する。
双眼鏡を外しても、グリフォンを見て騒ぎ出す村人が肉眼で見えていた。
「村長さん! 領主様からの伝言です!」
封蝋付きの巻物を、1番大きな家から出てきた女に投げ渡す。
返答は聞かずにグリフォン・ガスティに西進を命じる。
たった100メートル移動しただけで、旧型狂気の先陣から試射の赤レーザーが伸びガスティを掠めた。
「大層な数だこと」
表面的には極めてのんびりしていても思考の速度も精度も凡人とは別次元だ
敵味方の動きや風向きから温度までを数秒で検討し終え、大型歪虚数百を討ち取るために最も適した場所を割り出す。
「複数回被弾時には私の指示を仰がずに撤退しなさい。距離150からは盾の使用を意識するように」
生徒に対するように話しかけられ、対大型歪虚用に頭を強固に守るグリフォンが素直に頷いた。
集中が一線を越える。
己と周囲の魔力を限界まで術式に詰め込み、それが3つ揃った瞬間現実に復帰し焦げ臭さに気付く。
「よく頑張りました」
小さな炎が3つ頭上に。
膨大なマテリアルを食らって巨大化して幻獣以上の速度で旧型狂気先陣に突き刺さる。
「燃え尽きよ!」
上から3つの密集ポイントが、綺麗さっぱり消え去った。
「長距離砲打ってくる歪虚集団が来ますぅ、みなさん建物が崩れても安全な場所に隠れて下さいぃ! できれば教会の地下等すぐ瓦礫撤去できる分かりやすい場所にお願いしますぅ」
要点を捉えた説明よりも、愛想の良い美声よりも、騎士を思わせる豪華な見た目がよく効いた。
「そ、そんな場所はっ」
恐れ入り震えながら答える村長を見て、星野 ハナ(ka5852)は趣味にはあわないが最も効率よい手段をとることにした。
「全員で東に逃げなさい。後の保障は領主が行います。万一見捨てて逃げれば……分かりますね?」
力と美しさを兼ね備えた機体から降る声に、村長以下全員が震え上がって幼児と老人を先頭にした避難が始まった。
「趣味じゃないですぅ」
音量を下げで一言つぶやく。
厳しい看守の如く古びた家屋や小さな家屋を覗き込んで確認すると、慌てて戻って来た青年達に貧乏そうな男女が連れて行かれる。
歯を食いしばって……機体内の中小精霊と我慢を頑張りながら反転。
ハナはダッシュで歪虚の迎撃に出撃した。
「旧型FCSが付属した長距離砲ですか。盾でも持ってくるべきでしたかねぇ」
時折飛んでくる赤レーザーを躱すと、本命の汚水色レーザーの狙いが赤レーザーより甘くなり草原を焦がすだけで終わる。
「それじゃいきますよぅ」
機体の頑丈さに物を言わせて敵先陣に接敵。
光あれを連打し陣形の崩れた狂気をなぎ払う。
ルクちゃんの装備は白兵戦に向いていないが問題ない。
ハナ本人の攻撃力が反映された光刃攻撃は、大きな装甲を断ち割るだけの威力がある。
「敵第一陣9割撃破。第二陣に行きますよー」
光あれが尽きても五色光符陣がある。
ハイ・マテリアルヒーリングで装甲を直しきれなくなったら降りて戦えばいい。
第三陣までは、なんとかする自信があった。
「なるほど」
覚醒に伴いネガディヴ要素の減ったマルカ・アニチキン(ka2542)が静かに頷いた。
「イコニアさんは我々の到着を信じて命がけの時間稼ぎを」
頼られると悪い気はしない。
「メイムさんがいらっしゃるならイコニアさんは大丈夫だと思います……。私はこちらで、この称号に恥じない戦いをします。全て撃ち落として見せましょう……!」
ジルボFC名誉会員、マルカ・アニチキン。
相棒のイェジドに馬鹿にされるなど残念部分がありはするが、いざという時の行動力には定評があった。
「お願い♪」
理詰めの完璧な角度で要請する。
どこからどう見ても腹に一物ある老イェジドが、嫌々ではあるが即断即決してマルカを村の中へ運ぶ。
「処理はほぼ終わっているようですね」
第一陣の生き残りがレーザーを乱射し村の端にある家畜小屋が燃えている。
言うまでも無く中に誰もいない。
「では後片付けを」
10秒の詠唱で手元に魔法陣を生み出し、陣を紫電に変換して束ねて命令を刻む。
「済ませましょう」
家畜小屋の2箇所に小さな穴と焦げ後が生じ、全く威力を落とさず巨大な鉄を貫き中身を蹂躙する。
射程160メートルというを誇る、発動はもちろん当てるのも困難な術であるのに、マルカの魔法の腕は困難を軽々達成してみせる。
「これで5つ追加」
第二撃。
第一陣の最後の生き残りを焼き爆発で止めを刺す。
イェジド・コシチェイが目を細めて警戒を促す。
通信が届き、歪虚第二陣の数と配置が手元に届いた。
「ぎりぎり……足りない?」
コシチェイが鼻を鳴らす。
己が力を貸しているのに失敗するのは趣味ではない。
1回くらい武力面でも力を貸してやるつもりだ。
なお、マルカが器用に雷を操り第二陣も全滅させ、コシチェイの出番は一度もなかった。
●守護者の矜恃
旧型狂気下部から延びる触手はとても大きい。
重機並の力があるので通常な邪魔にはならずむしろ強力な武器として使える。
だが、水の流れと圧力を正面から受ける状況では巨大な枷となる。
低くしか浮かべない旧型狂気が触手を川につけ、流れに逆らおうとして本体と触手の付け根にダメージを蓄積する。
「ここでもワァーシンで黒だかってやがる!」
岩井崎 旭(ka0234)が呻く。
街道や集落未満の家屋を巡り、変事に気付かぬ人間を街に誘導した後で南に向かいここに来た。
同種の光景は何度も見たがここが1番酷い。
まだハンターの火力を浴びていない歪虚達は、少しずつ大地のマテリアルを削りながら広がり、川に足を取られ始めている。
「迎撃よりも誘因だな。ロジャック!」
旧型狂気密集地帯を迂回し川の上空を通過する。
守護者の強烈な気配に気付いたレーザーが飛んでくるが、レーザーの速度はともかく判断と行動が遅く尻尾を掠める程度にしかならない。
「一度北に戻って治療して貰え」
旭は有無を言わせず高度を下げさせ飛び降りる。
レーザーの数が常識外に多く、いくつかの紛れ当たりでワイバーンの鱗が焦げ筋肉にもダメージがあった。
「こんなとろい水鉄砲当たらねぇよ」
心配させないための強がりだ。
それを両者理解した上で、笑顔で南北に別れた。
「へっ」
ロジャックが高く飛んで合図を送っている。
歪虚がどこに多くいるかをハンター主力に伝えている。
「こんな雑魚でも余所に行けば迷惑だ。来いよ、全部まとめて面倒みてやる」
超人的な覚醒者が超覚醒することで守護者と化す。
負マテリアルの豪雨を潜り抜けながら無事であることが最大の挑発だ。
南岸の歪虚の海が乱れて旭を追い、かなりの部分が川に踏み込んで望まぬ方向へ流される。
「歪虚位置情報を送信します」
「うむ。……ここ王国じゃよな?」
エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)からデータを受け取ったドワーフが、歪虚を示す記号で埋め尽くされたHMDを見て目を細めた。
「残念ながら、と言うべきでしょうか」
ミグ・ロマイヤー(ka0665)が配置図を更新する。
戦闘序盤に戦った大群の倍はいる。
ミグから地響きを思わせる笑い声が零れた。
「入れ食い状態ではないか」
103度目のグランドスラムが炸裂する。
余波の余波だけで大地にひびが入り、直撃箇所の旧型狂気は消滅前に粉微塵に砕かれクレーターにめり込んでいる。
エラからの情報が更新される。
怯えて下がった旧型狂気と川に流される個体が押し合いへし合いしながら盛り上がり、絶好の砲撃ポイントを形成していた。
「これで仕舞いじゃ!」
自作の怪しげな魔導機械も補給用スキルもすっからかんだ。
表面が傷だらけの鉄クラゲも、堤防にめり込んだ大型歪虚も、効果範囲の歪虚を1体も残さずのこの世から根こそぎにされる。
「残弾確認!」
山と積まれていた爆薬は0。
これまで手を出さなかったプラズマライフル用の予備弾倉はみっちり背中部分に括り付けていてまだ戦える。
近衛のダインスレイブと肩を並べ、範囲こそ狭まったが苛烈な銃撃を浴びせ1体ずつ確実に屠っていく。
それでも殲滅速度が落ちた影響は絶大だ。
旧型狂気の眼球が一斉にヤクト・バウ・PCを指向し、放たれた負マテリアルが空間を沸騰させる。
「痒いわ!」
旧型狂気よりはるかに強固な装甲はレーザーにも易々と耐える。
急所になり得る箇所は盾でしっかりと防御しているので、たまたま被弾や引火して爆発という展開もあり得ない。
てくてくと、恰幅の良いグリフォンが戦場を回り込む。
歪虚を屠りに屠ったミグを倒そうと熱狂する狂気の側面に近づくと、背中の防御結界から夢路 まよい(ka1328)が一度顔を出して錬金杖だけを残して引っ込んだ。
「なんか空にも地にも川にもたくさん歪虚が蠢いてる……」
大規模な戦場ならわりと日常茶飯事になりつつある気もするが、見ていて愉快になる光景でもない。
たっぷり20秒かけて練り上げた魔力が体の中でうねる。
艶のある髪が風もないのに揺れて、蒼い瞳が宇宙ですらない深淵を映し出す。
「天空に輝ける星々よ」
世界を構成する正マテリアルが軋む。
この時点でようやく狂気が気付くがもう遅い。
「七つの罪を焼き尽くす業火となれ」
世界を砕かぬ絶妙の力加減で、7つのエネルギー塊がまよいとグリフォン・イケロスを庇う形で浮かび上がる。
赤いレーザーが一瞬だけ早く飛来。
しかしたかが数十のレーザーでは、術の準備で身動き出来ななかったまよいを無傷でここまで運んで来たイケロスの動きに追いつけない。
「ヘプタグラム!」
それはもう爆撃ではない。
精密な7つの狙撃だ。
奥行き60メートルの空間に7つの破滅が瞬間移動。
歪虚が歪虚であるための要素をそれぞれ10近く食いちぎって消滅させた。
なお、消滅したときにはイケロスが全力逃亡中だ。
まよいはスキルの残弾を指折り数えて不満顔だ。
「雑魚はミグ達に任せておけい。何なら盾として使っても構わんぞ!」
広範囲爆撃がなくても防御力は健在で十分強い銃もある。
CAM達が試写の赤レーザーを使う個体を次々に仕留め、イケロスだけでなく生身で戦うハンターに本格的な攻撃が向かないようにする。
そんな射撃担当にレーザーが集中しそうになるとまよい達の出番だ。
使用スキルはマジックアロー。
多くの魔術師が最初に覚える攻撃スキル。
だが彼女が使うのは同時に10発の魔力矢で、個々の威力は攻撃範囲を除けば直前の大規模攻撃と遜色ない。
飛行中のグリフォンの上という不安定な場所で、しかもダブルキャストにより何度が倍増しているのに、1つも外さず1矢1殺を実現していた。
「日没がタイムリミットですね」
エラは魔導二輪に乗ったまま特大の弓を引き、歪虚の群の要を見抜いて矢をあてる。
矢羽根までめり込むが一撃で倒せる威力はない。
だが二度あてれば確実に仕留める。
要を喪うと攻撃頻度はそのままでも弾幕の効率が低下する。
ハンター最前列への被害も少なくなって、後退して治療を受ける余裕が生じる。
「ちっ、さすがに無理か」
後退してきた旭が心臓の上を叩く。
再起動の気配はない。
完全に限界を超えていた。
「とあー!」
気の抜けるかけ声を伴う神々しい光が突き刺さる。
寸前までの不調が嘘のように、旭の全身を新鮮な血液とマテリアルが駆け巡る。
「無理はお勧めしないの」
ディーナは真面目腐った顔で苦言を呈し、そのままフルリカバリーの詠唱に移る。
リザレクションで疲労しているはずなのに鼻歌交じりの上機嫌だ。
折れた骨や筋が全身隅々まで修復され、旭の戦闘力が復活した。
「ありがとよ!」
「どういたしましてなの」
駆け去る旭に手を振って、ディーナはもう一度ゴーレムの中に入るのだった。
戦いは続く。
擦り切れていくハンターの心身とは異なり、造りが大雑把な大型歪虚は戦闘力しない。
「ニンタンクちゃんファイヤー……タマヤー!」
もっとも、多少擦り切れた程度で倒れるならハンターは数年前に全滅している。
Volcaniusが凶悪な射程と威力を誇るプラズマキャノンで1射1殺を繰り返し。
「ルンルン忍法」
殺気に反応してルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)が跳躍。
「ニンジャシールド!」
遅れてやって来た赤色レーザーをわざと躱さず盾で打ち落とす。
狛犬もとい忍犬「もふら」とスコティッシュフォールドの忍猫「ネガポジ」による鋭い警告。
ルンルンと比較すると這うような速度でニンタンク『大輪牡丹』が防御姿勢をとり、主に守って貰うことでレーザーをやり過ごすことに成功する。
「ルンルン忍法戌三全集陣……は使い終わったけど!」
攻撃的スキルは3時間前に使い尽くした。
聖導士達の回復スキルも空なので、敵弾の命中確率が上昇する近中距離戦闘を挑む訳にはいかない。
「ジュゲームリリカルッ」
残り僅かなマテリアルと気力を振り絞る。
腕の機会から符を飛ばし、地面に張り付いたそれを起点に美しい陣を描く。
「ルンルン忍法、ニンジャバリアー!」
結界が完成してVolcanius・ニンタンクとルンルンだけでなく射撃担当ハンターとユニットの防御が向上。
最後に残った歪虚の山に対して猛烈な射撃が始まった。
歪虚が上陸する。
高精度な射撃が順々に鉄色の装甲に穴を開ける。
歪虚の上陸数が倍々で増えていく。
ハンターはレーザーを浴び後退しながら反撃は続行。残存旧型歪虚が上陸を終えた時点で残存歪虚がついに千を切った。
「対岸に歪虚は確認できません」
戦塵が汗で肌に張り付いた状態でもエラの発音は明瞭だ。
「歪虚の視認情報を……」
途絶えそうになる意識を根性でつなぎ止める。
「いいえ、ここ以外で歪虚を見つけたら知らせて下さい」
たっぷり1分待った。
待ちながら五体を酷使し矢を放ち、極度の疲労による視界の歪みに負けず確実に中てる。
返答はなかった。
敵に、予備兵力は、無い。
「包囲殲滅を進言します」
獰猛な唸りが戦場を満たす。
未だ数的には優勢のはずの歪虚が怯えレーザーを乱射。
この状態でも回避能力を維持したハンターによって悉く躱される。
「参りましょう」
最後の攻勢が始まった。
守護者とマスティマが、壊れた堤防に突入して退路を断つ。
旧型狂気が猛然と反撃を行うが、全方位へのレーザー照射では密度が足りず命中率が下がり負傷者が生じない。
とはいえハンター側の消耗は深刻だ。
一太刀で狂気を倒せる者も、レーザーの洪水に無傷で耐える者も、気力体力が尽きればその時点で終わりだ。
狂気が背を向けている。
守護者に気をとられたそれは酷く無防備で、回避の意識も防御の意識もない。
エラが放った矢が装甲を貫通して複数の眼球を破裂させて止まり、崩れ去る歪虚に巻き込まれて地面に落ちた。
ルンルンがゴーレムから身を乗り出した。
密集し重なり合う歪虚が向きの変更に失敗。同属を巻き込んで転がり、白兵戦中のハンター達を押し潰す直前だ。
「ジュゲームリリカル」
決め台詞で心を奮い立たせる。
「ルンルン忍法必殺七色ルンルン戦法!」
高速で符を撃ち込んで陣を張り、自己を神霊樹に、陣を転移装置に見立てた上で地脈の力を引きずり込む。
「消えては現る、大魔術です!」
惨劇寸前の現場からハンターだけが消え、歪虚だけが衝突し合ってその数を減らした。
「レーザー照射、来ます」
長い影を伴いエラが跳ぶ。
強烈な夕日の中を赤い光とどす黒い光が貫き地面を汚す。
Volcanius・七竃の砲が吼え、ハンターの刃から逃れた狂気に止めを刺した。
「次はっ」
目がかすむ。
指が震えて矢が安定しない。
光を浴びても霧散しきらない負マテリアルが漂い、その中から黒々とした巨体が迫る。
「邪魔です」
狂気が震える。
川の泥にまみれた装甲から、槍の穂先が突き出て、引き抜かれた。
「リザレクションは必要ですか?」
エステルが槍を支えに立っている。
気を抜けば倒れそうなのはエラと同じだ。
攻撃用スキルもフルリカバリーもとうの昔に使い尽くしている。
残っているのはリザレクション2回分だけ。
「幸いなことに、まだ必要ありません」
エラは笑おうとして失敗する。
疲労が酷すぎて思考が形にならない。
今狂気に襲われたら最低でも重体だ。
「それは、良かった」
エステルはそう言って、大きく息を吐き体から力を抜いた。
レーザーはどこからも飛んでこない。
地平線に半ばまで沈んだ太陽に照らされ、ハンターと幻獣が荒い息を吐いているだけだ。
「人死に無しで済ませることが出来て、本当に……」
41名が目を凝らし耳を澄ませても歪虚は1体も見つからない。
エラが代表して勝利の報を領主に送り、都市から歓喜の声が聞こえてきても、疲れ果てた戦士達はしばらく動くことができなかった。
●一時の休憩
「この度の戦勝はぁ!」
熱く語る領主の言葉が工事の音でかき消される。
領主は一瞬固まった後、もの言いたげな視線をルクシュヴァリエに向けた。
「今日中に全員分の屋根作るのっ。絶対建てるのなの!」
徹夜のハイテンションで子供の声援に応え、ディーナの駆る巨体が仮設住宅を次々に組み上げる。
元の材料は歪虚が破壊した建物の残骸で、元持ち主には領主から金が渡っているためスムーズに工事が進行中だ。
「ハンターズソサエティーからの力強い援軍とぉっ、聖堂戦士団と何より我が……」
領主の部下も真面目には聞いていない。
歪虚に襲撃は王国各地で発生している。
いつ次の襲撃が起きてもおかしくなく、私兵部隊の再編と防御施設の再建が大車輪で行われている。
「届きましたっ」
馬車が止まり御者が叫ぶ。
マリィアが黙々と丸太を運んで特大槌で撃ち込みを繰り返す。
肉体的負担は機体が受け持ってくれるとはいえ、これだけ長時間続けると精神的に厳しい。
それでも、ハンターが離れてすぐ襲撃され全滅という展開は御免だ。
出発の順番が来ていない者も協力し、領主も驚く速度で工事が進んでいる。
そこから遠く離れた場所。
急ピッチで堤防修復作業が続く川の側で、トリプルJがクレーターの跡を調査していた。
「何かありましたか」
王都から派遣されて来た官僚が探りを入れてくる。
トリプルJは飄々と、嘘を言わずに煙に巻く
「見せた映像に映っていたように、外見と中身が結構ちぐはぐだったろ? それに潜水艦か何かみたいに次元の隙間から出て来たみたいだったじゃないか。あいつら、もしかしたらリアルブルーの封印と一緒に、昔のリアルブルーの幻獣に封印されたヤツラなのかなと思ってな」
「リアルブルーの……。興味深いお話ですね」
「証拠がなければただの仮説さ」
古い歪虚は消滅するのが定めとはいえ、あれだけの数が全く何も残らないという事実は1つの説を示唆する。
「邪神の中から直接来たのかもしれねぇ」
そこは多数の世界が存在し、今回討ち果たした戦力とは比較にならない戦力がある。
「全く、楽にはなれねぇな。警報は間に合うかね」
空を見上げる。
地平線近くの黒く見える物は、成長中のひび割れだ。
今回と同サイズの亀裂に育つまで、後1日にもかからない。
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【質問卓】 メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2019/07/07 16:50:15 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/07/08 21:32:15 |