ゲスト
(ka0000)
暗闇の底で
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/02/22 09:00
- 完成日
- 2015/02/28 00:56
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
クリームヒルトは夜よりも暗い暗黒の径を歩いていた。ランタンの明かりが全てだ。
アドランケン鉱山。国有鉱山でありながら一度は旧政権の革命のゴタゴタにまぎれ、採掘権利書が失われて誰とも知らぬ闇商人のような輩の財を築く糧になり果てていたが、今は権利書は元に戻され活動は国に戻っている。はずであった。
クリームヒルトがこの坑道を歩いているのには、現在も魔導車などの開発を主に援助している実業家、旧帝国貴族のベント伯の元を訪れたのが発端だった。ベントの娘は地方内務課に勤め、地方をよく知っているという話を聞いていた。
「ねぇ、メルツェーデスさん。地図ってある?」
「姫様、メルと呼び捨ててくださいっ。地図、あります! 早速、超速で持ってまいります!!」
旧帝国の王族の末裔であるクリームヒルトに声をかけられたベントの娘、メルツェーデスは最敬礼の上でそう言うと慌てて地図を準備した。
「年明けに更新された最新の地図です」
クリームヒルトはその地図をじっと見つめた。確かに最新の地図なのだろう。新たな集落が記載されていたり、また彼女の知った村の名前がいくつか消えていた。彼女が地方再生として手掛けた羊のブランド、ヘルトシープの主産地であった羊飼いの集落の名前も消えていた。ゾンビに襲われ消えた村。
「ここ、消えたんだ……」
「はい、あの、歪虚に襲われて集落として機能しなくなったと……聞いております」
知ってる。
クリームヒルトは口の中で呟いた。その調査をハンターに依頼したのは他でもないクリームヒルトなのだから。
しかし口には出さず、彼女はじっと地図を見つめた。この地図の中にゾンビに襲われて失踪した羊飼いや羊達がどこかにいるはずなのだ。消えたのはおおよそ人間と羊を合わせておおよそ100。遠くに運べば必ず誰かに見られているはずだ。だが、それはないということは村の周辺に……。
クリームヒルトは消えた名前の周辺に指を走らせ、ふとあることに気が付いた。
「あれ……ここ、アドランケンの名前は?」
「アドランケン? せ、浅学で申し訳ございません」
「鉱山よ。この山のあたり。違法採掘してて私がハンターにお願いしてそれを暴いたんだけど……結局、廃坑にしたのかしら?」
クリームヒルトは地図の何も書かれていない山の一つを指さしたが、メルツェーデスは首をかしげるばかりだった。
「そんなところに鉱山があるということは初めて聞きました」
消えた集落は反映されているのに、アドランケンの事は載っていない? いや、初めて聞くって……存在すら認識されていない?
頭の中で、疑念の霧の中に小さな電光が駆け抜けた。
消えた集落とアドランケン鉱山は近い。その線を結ぶ間には目だった他の集落も存在していない。
「あの、メルツェーデスさん。ベント伯やアウグストに内緒でお願いしたい事があるんだけど……」
「はいっ、クリームヒルト様の御命とあらばっ! そしてメルと呼び捨てで結構です!」
クリームヒルトはこそりと耳打ちした。ハンターに依頼してアドランケン鉱山を一緒に調査してほしいと。
そしてアウグストにはピースホライズンの商人の元に魔導車で出かけたように口裏を合わせてほしいと。
クリームヒルトは頭が良く働くわけでもなければ、運動に秀でているところもなかった。血の貴さを拭えば顔もどちらかといえば平凡な部類だ。だけど多少の事では折れない心と、そして直観力はそれなりに自信があった。
闇の坑道の向こうから、岩を削るピッケルの音が聞こえる。とてもとてもか細く、単調で。まるで時計の針が進むような音だった。だがそれでも採掘が進められている事実は間違いなく、クリームヒルトの胸は早鐘のように打った。
鉱山の表は無人であり、ここは活動していないように見えたが、やはり。
ランタンの明かりを持ち上げて遠くを見やった。
「あれは……」
後ろ姿であったが、その服装や背格好には確かに見覚えがあった。アドランケンで不当な労働を強いられて這う這うの体で助けを求めてきた男だ。
クリームヒルトが駆けつけようとして、手前にいた何かに盛大にぶつかってしまう。腰より下でノロノロと動いていたのは。
羊。いや、羊の死骸だった。ボロボロになった毛に、肉が見えている。顔は歪みただれていた。腐汁が白濁した目から骨の見える口から垂れ落ちる。
もんどりうって倒れたクリームヒルトには目もくれず、四肢がおかしな方向に曲がりながらもヨタヨタと歩く羊は男が掘った鉱石を積んだ荷車を曳いていた。後に残るのは肉の腐った臭いばかり。男もそんなことをまるで聞こえていないかのように黙々と掘り進めていた。よく見れば彼の頭の黒いのは、髪の毛ではない。乾いた血と垂れ落ちた脳の一部。
見知ったものがいまや別の何者かになり果てた姿を見てクリームヒルトは奈落に吸い込まれるような気持ちであった。
クリームヒルトは走った。とにかく走った。星明かりが、冷たい空気が。生きている草木のそよぐ音が聞きたい。不気味なサイレンが鳴り響く中、とにかく出口へ向かって懸命に足をばたつかせた。
わかっていた。頭では理解していた。でも。それでも間近で見ると理性では抑えられない何かが溢れだしてくるのだ。
遠くに坑道の出口が見えた。小さな希望が胸に光った。が、小さな振動でクリームヒルトはまた転んだ。
小石が天井からバラバラと振り落ちてくる。そしてまもなくやってくる轟音に彼女は反射的に身を丸くした。
長い長い時間が過ぎて、全てが静まり返った時に頭を上げた時、生の世界に通じる道はすっかり消えてなくなっていた。
その向こう側からくぐもった声が、小さく小さく聞こえる。
「入り口潰したのか。もったいない。主要なものはもう移動したとはいえ……」
「道なんて後でいくらでも開けられるさ。侵入者も一か月ほど放っておけば死ぬだろうし、マテリアル汚染もさっさと済むだろ。ゾンビにした時に腕や足が欠けてたら戦力にならねぇからなぁ」
ゾンビに……?
口が渇いて声すら出せない。
愚かだったと打ちひしがれたクリームヒルトはランタンの光を見つめるばかりだった。先の入り口の封鎖に伴い落ちてきた石でランタンのガラスが割れ、もう今にも消えそうにして火が揺らいでいる。
……? 揺らぐ? 風が動いているのか。
まだ絶望の中で死に絶えると決めるのは早そうだ。
アドランケン鉱山。国有鉱山でありながら一度は旧政権の革命のゴタゴタにまぎれ、採掘権利書が失われて誰とも知らぬ闇商人のような輩の財を築く糧になり果てていたが、今は権利書は元に戻され活動は国に戻っている。はずであった。
クリームヒルトがこの坑道を歩いているのには、現在も魔導車などの開発を主に援助している実業家、旧帝国貴族のベント伯の元を訪れたのが発端だった。ベントの娘は地方内務課に勤め、地方をよく知っているという話を聞いていた。
「ねぇ、メルツェーデスさん。地図ってある?」
「姫様、メルと呼び捨ててくださいっ。地図、あります! 早速、超速で持ってまいります!!」
旧帝国の王族の末裔であるクリームヒルトに声をかけられたベントの娘、メルツェーデスは最敬礼の上でそう言うと慌てて地図を準備した。
「年明けに更新された最新の地図です」
クリームヒルトはその地図をじっと見つめた。確かに最新の地図なのだろう。新たな集落が記載されていたり、また彼女の知った村の名前がいくつか消えていた。彼女が地方再生として手掛けた羊のブランド、ヘルトシープの主産地であった羊飼いの集落の名前も消えていた。ゾンビに襲われ消えた村。
「ここ、消えたんだ……」
「はい、あの、歪虚に襲われて集落として機能しなくなったと……聞いております」
知ってる。
クリームヒルトは口の中で呟いた。その調査をハンターに依頼したのは他でもないクリームヒルトなのだから。
しかし口には出さず、彼女はじっと地図を見つめた。この地図の中にゾンビに襲われて失踪した羊飼いや羊達がどこかにいるはずなのだ。消えたのはおおよそ人間と羊を合わせておおよそ100。遠くに運べば必ず誰かに見られているはずだ。だが、それはないということは村の周辺に……。
クリームヒルトは消えた名前の周辺に指を走らせ、ふとあることに気が付いた。
「あれ……ここ、アドランケンの名前は?」
「アドランケン? せ、浅学で申し訳ございません」
「鉱山よ。この山のあたり。違法採掘してて私がハンターにお願いしてそれを暴いたんだけど……結局、廃坑にしたのかしら?」
クリームヒルトは地図の何も書かれていない山の一つを指さしたが、メルツェーデスは首をかしげるばかりだった。
「そんなところに鉱山があるということは初めて聞きました」
消えた集落は反映されているのに、アドランケンの事は載っていない? いや、初めて聞くって……存在すら認識されていない?
頭の中で、疑念の霧の中に小さな電光が駆け抜けた。
消えた集落とアドランケン鉱山は近い。その線を結ぶ間には目だった他の集落も存在していない。
「あの、メルツェーデスさん。ベント伯やアウグストに内緒でお願いしたい事があるんだけど……」
「はいっ、クリームヒルト様の御命とあらばっ! そしてメルと呼び捨てで結構です!」
クリームヒルトはこそりと耳打ちした。ハンターに依頼してアドランケン鉱山を一緒に調査してほしいと。
そしてアウグストにはピースホライズンの商人の元に魔導車で出かけたように口裏を合わせてほしいと。
クリームヒルトは頭が良く働くわけでもなければ、運動に秀でているところもなかった。血の貴さを拭えば顔もどちらかといえば平凡な部類だ。だけど多少の事では折れない心と、そして直観力はそれなりに自信があった。
闇の坑道の向こうから、岩を削るピッケルの音が聞こえる。とてもとてもか細く、単調で。まるで時計の針が進むような音だった。だがそれでも採掘が進められている事実は間違いなく、クリームヒルトの胸は早鐘のように打った。
鉱山の表は無人であり、ここは活動していないように見えたが、やはり。
ランタンの明かりを持ち上げて遠くを見やった。
「あれは……」
後ろ姿であったが、その服装や背格好には確かに見覚えがあった。アドランケンで不当な労働を強いられて這う這うの体で助けを求めてきた男だ。
クリームヒルトが駆けつけようとして、手前にいた何かに盛大にぶつかってしまう。腰より下でノロノロと動いていたのは。
羊。いや、羊の死骸だった。ボロボロになった毛に、肉が見えている。顔は歪みただれていた。腐汁が白濁した目から骨の見える口から垂れ落ちる。
もんどりうって倒れたクリームヒルトには目もくれず、四肢がおかしな方向に曲がりながらもヨタヨタと歩く羊は男が掘った鉱石を積んだ荷車を曳いていた。後に残るのは肉の腐った臭いばかり。男もそんなことをまるで聞こえていないかのように黙々と掘り進めていた。よく見れば彼の頭の黒いのは、髪の毛ではない。乾いた血と垂れ落ちた脳の一部。
見知ったものがいまや別の何者かになり果てた姿を見てクリームヒルトは奈落に吸い込まれるような気持ちであった。
クリームヒルトは走った。とにかく走った。星明かりが、冷たい空気が。生きている草木のそよぐ音が聞きたい。不気味なサイレンが鳴り響く中、とにかく出口へ向かって懸命に足をばたつかせた。
わかっていた。頭では理解していた。でも。それでも間近で見ると理性では抑えられない何かが溢れだしてくるのだ。
遠くに坑道の出口が見えた。小さな希望が胸に光った。が、小さな振動でクリームヒルトはまた転んだ。
小石が天井からバラバラと振り落ちてくる。そしてまもなくやってくる轟音に彼女は反射的に身を丸くした。
長い長い時間が過ぎて、全てが静まり返った時に頭を上げた時、生の世界に通じる道はすっかり消えてなくなっていた。
その向こう側からくぐもった声が、小さく小さく聞こえる。
「入り口潰したのか。もったいない。主要なものはもう移動したとはいえ……」
「道なんて後でいくらでも開けられるさ。侵入者も一か月ほど放っておけば死ぬだろうし、マテリアル汚染もさっさと済むだろ。ゾンビにした時に腕や足が欠けてたら戦力にならねぇからなぁ」
ゾンビに……?
口が渇いて声すら出せない。
愚かだったと打ちひしがれたクリームヒルトはランタンの光を見つめるばかりだった。先の入り口の封鎖に伴い落ちてきた石でランタンのガラスが割れ、もう今にも消えそうにして火が揺らいでいる。
……? 揺らぐ? 風が動いているのか。
まだ絶望の中で死に絶えると決めるのは早そうだ。
リプレイ本文
「これで足りるっすかね?」
無限 馨(ka0544)は運んできたトロッコを軽く叩いてそう言った。散らばっていたツルハシやロープ、木材などが山と積まれている。
「うんうん、ありがとうございます! これだけあれば十分です。これで台を作っちゃいましょう~」
柏木 千春(ka3061)は木箱を下ろして階段状に組み始める。思わずよろけてしまうところはディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)が手を貸した。
「大王たるボクに任せておくのだ! ついでにツルハシの柄と頭を分ける手伝いをしてくれると嬉しいぞ!」
「わっかりました」
やたらに元気のいい二人に対し、他の面々は暗い面持ちであった。
「しかし、ずいぶんと広い鉱山だな。隅々まで歩くのにこんなにかかるとは思わなかったな」
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は探索組と連絡を取り合って作成した地図を眺めてそう言った。主に彼と連絡をとりあっていたフレデリク・リンドバーグ(ka2490)は疲れた顔でトロッコからパイプをおろしながら言った。
「仕掛けがなければもう少し早く済んだんですが……」
「いい仕掛けでしたね。維持するエネルギーもいらない永久機関。ここではカモフラージュにもなっています」
猫実 慧(ka0393)はフレデリクとは対象にどことなしに嬉しそうな顔つきだった。
「あの、わたし達がここに入ったことを感知した装置があったんですか?」
問いかけるクリームヒルトに、柴犬の豊後守をなでるダリオ・パステリ(ka2363)はああ、と言葉少なに同意した。だが皆までは言えない。それが無くなった村の羊飼いの少年の姿をしたゾンビだとは。攻撃しないゾンビの中に、生きた人間を感知し知らせる者が混じっていたのを気づいたのは猫実の観察によるものだ。
「羊がゾンビにされた理由は判然としなかったが、人間より簡単に多くの数を手に入れるのに都合が良かったのであろうな。ましてやこんなところで運搬作業をさせるなら四本足は適しておる。後は何故あの村を選んだのか、だが……」
「無茶苦茶っすね、こんなえげつないこと良く考えるもんっすよ」
村一つ。人間も羊も悉く、ここでゾンビにされた上で、昼も夜もなく働かされているのかと思うと、これを考えた人間の心理は本当に理解に苦しむ。それを理解したのか、クリームヒルトはうなだれ、小さく震えた。
「諦めちゃダメですの! ここで下を見ていては何も始まりませんのよ。選挙の時のこと思い出してほしいですの」
チョココ(ka2449)はクリームヒルトの前に膝を折り、俯く彼女の視界に顔を寄せてそう言った。チョココが選挙の時に歌っていた唄がふと思い出される。
みんな 希望を求めているの。明日も 明後日も。だから 絶望しないために。叫ぶの ずっとよ。
「そうだ、こんな下らん陰謀で勝った気になっている下郎は誅する必要がある」
その言葉と共に背中にふぁさり、と毛布がかけられた。アウレールだった。現皇帝に忠誠を誓うブラオラント家の次期当主としては帝国を退廃に貶めた旧皇族の娘を助けるなどもっての外、という気持ちもあったが。少なくとも今は同じ敵を持ち、同じ悲憤を共有していることは間違いないはずだ。
「そうね……ありがとう」
クリームヒルトはもう下を向くのをやめた。その決意に燃えた眼を見て、猫実は口元を微かにほほ笑ませた。
●
アウレールの放った矢が空気穴から下って来た。矢に括り付けられていたロープは天頂部のホイスターの枠組みに確かにかかったようで、天までロープが伸びている。
「よし、あとはトロッコの籠を括り付ければ、力のない者でも登れる……」
アウレールがそう説明した時、サイレンが鳴り響いた。
「気づかれたか!?」
「上にも監視用のゾンビがいたみたいですね……」
フレデリクは周囲の空気が変わったのを感知して、油断なく周りを見回しながらそう言った。
「せっかく送ったロープをボロボロにされたらまずいっすね。猫実さん、射出装置で壁の真ん中あたり狙ってくださいっす」
「了解」
猫実はすぐさまロープを結わえたツルハシの頭をパイプにつめたものの後ろに機杖を差し込み、そのままマテリアルを増幅させた。パイプ内で圧縮されたエネルギーはツルハシを強力に押し出し、岩壁にそれを突き刺した。元のロープは素早くディアドラが近くの岩に括り付ける。
「さんきゅっす! フレデリクさん、天頂部にもう一本!」
「わかりました……いきます!」
同じようにフレデリクも射出装置を使って先ほどのロープと宙空で交差するようにロープを張った。同時に無限は覚醒するとアウレールの放った真上へのロープを命綱に斜め上へと張られたロープをまるで硬い地面を走っているかのような速度で駆け上がり始めた。途中、しなりを利用して飛び上がるともう一本のロープに飛び移り、そのまま天頂まで駆け上がっていく。
「き、来ました! あちこちからゾンビが集まってきているみたいです……!!」
千春が周囲からのうめき声を耳にして、緊張の声を上げた。
「円陣を組め! クリームヒルトとロープに指一本触れさせるな!」
アウレールは声高らかに指揮するとメイルブレイカーを引き抜いた。
「うむぅ、ゲリラ戦術の方が得意なのだが……いたしかたあるまい」
ダリオはぼそりとそう言うと、近づいてきたゾンビの懐に潜り込むと、下腹部にナイフを突き立て、伸びあがる力でそのまま体を縦に切り裂いた。そして勢いざま反転したところで回し蹴りを浴びせて後ろのゾンビに叩きつけた。『障害物』で敵の動きを制限する。数が少ない側で戦う者の身軽さを活かした戦法だ。
「光の矢よ……」
チョココがマテリアルを光の矢として束ねた。
「ごめん、上から来るっすよ!」
「こんなのに当たったらギックリ腰ではすみませんわー!?」
チョココは反射的に上を向き、その魔力を解放した。光が炸裂し黒こげになった肉塊がチョココの真横に叩きつけられて粉々になった。鉄枠の上でも大乱戦となっているようだ。無限が叩き落としたゾンビがバラバラと降ってくる。
「むむ、ボクも上に加勢するとしよう」
ディアドラはそう言うと、ロープを駆け上がり始めた。瞬脚で上った無限の様にはさすがにいかないがそれでも軽快に上っていき、まもなく頂上。もうすぐだと上を見上げたディアドラと羊のゾンビの目があった……気がした。これが普通の生命体なら突き落とそうとかするところだが、羊はそのまま自分から落ちてくる。
「早まるでない! 悪い冗談はやめるのだ!!」
屍といえどもディアドラよりはずっと図体は大きい。あんな塊が落ちてきてはディアドラはともかく足場にしているロープがもたない。
ディアドラの呼びかけに耳を貸すわけでもなく羊のゾンビが落下してきた。レイピアが閃くが、その力の方向性が僅かに変わるばかりで巨重がロープにかかった。大きく一度しなり、ツルハシの先にくくりつけていた部分が嫌な音をたてた。
「大丈夫っすか!!」
無限はデリンジャーを立て続けに発砲し、鉄枠を渡ろうとするゾンビを始末して、下をのぞき込んだ。
「太陽が地に落ちては大変だろう?」
懐に忍ばせておいたツルハシの先を岸壁に打ち込みぶら下がったまま、ディアドラはにぱっと笑った。その後、無限の力を借りて頂上に這い上がってきた。
「さすがディアドラさんですー!」
下で喝采をあげていたのは千春だった。万が一落ちてきた時の為にと毛布を持って右往左往していたのが嘘のようだ。
「柏木さん、危ない!」
クリームヒルトが叫ぶと同時に、千春に羊が襲い掛かってきた。クリームヒルトは落ちていた棒きれをぎゅっと握りしめて少しでも突進を抑えるべく叩きのめした……が、覚醒する力もない彼女の一撃など効果が上がるはずもない。だが、それでも千春が防御態勢を取るには十分な時間であった。羊の朽ちた鼻先にホーリーライトが炸裂した。
「光あれっ!」
閃光が治まる頃には、戦いの音はすっかり静かになっていた。
「よし、トロッコを籠代わりにしてロープにくくりつけよう。これで全員あがれるはずだ」
●
「案の定、もぬけの殻であったか」
ダリオは塞がれた入り口の土砂に足をかけ周りを見回した。ここに来た時と同様、まるで人の気配はなく、自分たちが聞いた声や体験も、一夜の夢だったのではないかと疑ってしまうほどであった。
「はぁ空気がおいしいですの……でも明けてみれば、意外とタイヤ痕とかありますのね」
チョココは美味しい外の空気を存分に吸い終わった後、地面を眺めてそう言った。
「そういえば……無くなった村の羊達も魔導トラックとやらで運ばれておったな」
「鉱物性マテリアルが資源ですから、その運搬にもかなり出入りしていると思いますね。それにゾンビが採掘してからかなりの量が採掘されていると思います」
フレデリクは無人になっている事務所から、照明の配置図面を拝借して広げていた。重要な資料はほとんどなかったが、こうした些細な情報からでもフレデリクの頭脳はどれくらい採掘道が延長されたのか計算することができた。それも商人として数字を追い、機導士として専門性を磨いてきたことにも由来する。
「そんな膨大なマテリアルをどこに貯蔵しているんでしょうね。まさか歪虚が本国に持ち帰っているとも思えない。この国のどこかにまだ知らないプラントがあるのかもしれませんね。もしくは」
猫実はそこまで言って、わざと言葉を切った。もったいぶった言い方にクリームヒルトが顔をこちらに向ける。
「フツーの工場に偽装されている、とかね?」
「貴公は帝国の中に歪虚と組む者がいるというのか!」
猫実の意見にアウレールがあからさまに顔を険しくしたが、ダリオは落ち着いてそれを受け止めた。
「歪虚がわざわざ人間のカラクリを利用するとは到底思えぬ。これだけの規模の採掘をするということはそれなりの背後があってしかるべきであろう」
「その通り。魔導トラックを手下が使う程度の規模のね。そういえば……姫様は最近魔導車に縁の深い人物とお会いになったとか」
「ベント伯とかいうやつだな。ふむ、悪戯にしては手は込んでいると思ったが貴族の悪戯ならわかる気もするぞ! 貴族は派手好きだからな!!」
ディアドラは多いに得心していたようだが、大王の感性についていけないものも多少いた。だが、どちらにしてもクリームヒルトは暗い目をすることしかできない。
「羊のヘルトシープといい、この鉱山といい、姫様に縁あるものが標的にされているのは間違いないと思います。国民を豊かにするという理想はけっこうですが、力を伴わないそれはただの戯れ言ですよ? ご英断を……」
猫実はクリームヒルトに囁くようにして言うと、そっと距離を置いた。
「大丈夫ですよ。悪い人達も、めっ! ってしますからね。あ、チョコおひとつどうぞ! お腹すくとヤな事ばっかり考えちゃいますよ?」
千春はどんよりとした空気を振り払うようにして、持っていたチョコレートを手早く分けると一つずつ皆の手に配って回った。クリームヒルトはかろうじて笑顔を作ると千春に礼を言った。
「そうっすよ。俺達を閉じ込めた連中はまだ脱出したことを知らないはずっす。今度はこちらが罠にかけてやる番っすよ。呼んでくれたら駆けつけるっすよ!!」
無限の言葉にクリームヒルトは「よろしくお願いします」と小さく、強い口調で答えた。
「あの坑道に閉じ込められた時は絶望の底だったかもしれない。でも皆さんが助けてくれた。……このままでは絶対終わりにはさせないわ」
無限 馨(ka0544)は運んできたトロッコを軽く叩いてそう言った。散らばっていたツルハシやロープ、木材などが山と積まれている。
「うんうん、ありがとうございます! これだけあれば十分です。これで台を作っちゃいましょう~」
柏木 千春(ka3061)は木箱を下ろして階段状に組み始める。思わずよろけてしまうところはディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)が手を貸した。
「大王たるボクに任せておくのだ! ついでにツルハシの柄と頭を分ける手伝いをしてくれると嬉しいぞ!」
「わっかりました」
やたらに元気のいい二人に対し、他の面々は暗い面持ちであった。
「しかし、ずいぶんと広い鉱山だな。隅々まで歩くのにこんなにかかるとは思わなかったな」
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は探索組と連絡を取り合って作成した地図を眺めてそう言った。主に彼と連絡をとりあっていたフレデリク・リンドバーグ(ka2490)は疲れた顔でトロッコからパイプをおろしながら言った。
「仕掛けがなければもう少し早く済んだんですが……」
「いい仕掛けでしたね。維持するエネルギーもいらない永久機関。ここではカモフラージュにもなっています」
猫実 慧(ka0393)はフレデリクとは対象にどことなしに嬉しそうな顔つきだった。
「あの、わたし達がここに入ったことを感知した装置があったんですか?」
問いかけるクリームヒルトに、柴犬の豊後守をなでるダリオ・パステリ(ka2363)はああ、と言葉少なに同意した。だが皆までは言えない。それが無くなった村の羊飼いの少年の姿をしたゾンビだとは。攻撃しないゾンビの中に、生きた人間を感知し知らせる者が混じっていたのを気づいたのは猫実の観察によるものだ。
「羊がゾンビにされた理由は判然としなかったが、人間より簡単に多くの数を手に入れるのに都合が良かったのであろうな。ましてやこんなところで運搬作業をさせるなら四本足は適しておる。後は何故あの村を選んだのか、だが……」
「無茶苦茶っすね、こんなえげつないこと良く考えるもんっすよ」
村一つ。人間も羊も悉く、ここでゾンビにされた上で、昼も夜もなく働かされているのかと思うと、これを考えた人間の心理は本当に理解に苦しむ。それを理解したのか、クリームヒルトはうなだれ、小さく震えた。
「諦めちゃダメですの! ここで下を見ていては何も始まりませんのよ。選挙の時のこと思い出してほしいですの」
チョココ(ka2449)はクリームヒルトの前に膝を折り、俯く彼女の視界に顔を寄せてそう言った。チョココが選挙の時に歌っていた唄がふと思い出される。
みんな 希望を求めているの。明日も 明後日も。だから 絶望しないために。叫ぶの ずっとよ。
「そうだ、こんな下らん陰謀で勝った気になっている下郎は誅する必要がある」
その言葉と共に背中にふぁさり、と毛布がかけられた。アウレールだった。現皇帝に忠誠を誓うブラオラント家の次期当主としては帝国を退廃に貶めた旧皇族の娘を助けるなどもっての外、という気持ちもあったが。少なくとも今は同じ敵を持ち、同じ悲憤を共有していることは間違いないはずだ。
「そうね……ありがとう」
クリームヒルトはもう下を向くのをやめた。その決意に燃えた眼を見て、猫実は口元を微かにほほ笑ませた。
●
アウレールの放った矢が空気穴から下って来た。矢に括り付けられていたロープは天頂部のホイスターの枠組みに確かにかかったようで、天までロープが伸びている。
「よし、あとはトロッコの籠を括り付ければ、力のない者でも登れる……」
アウレールがそう説明した時、サイレンが鳴り響いた。
「気づかれたか!?」
「上にも監視用のゾンビがいたみたいですね……」
フレデリクは周囲の空気が変わったのを感知して、油断なく周りを見回しながらそう言った。
「せっかく送ったロープをボロボロにされたらまずいっすね。猫実さん、射出装置で壁の真ん中あたり狙ってくださいっす」
「了解」
猫実はすぐさまロープを結わえたツルハシの頭をパイプにつめたものの後ろに機杖を差し込み、そのままマテリアルを増幅させた。パイプ内で圧縮されたエネルギーはツルハシを強力に押し出し、岩壁にそれを突き刺した。元のロープは素早くディアドラが近くの岩に括り付ける。
「さんきゅっす! フレデリクさん、天頂部にもう一本!」
「わかりました……いきます!」
同じようにフレデリクも射出装置を使って先ほどのロープと宙空で交差するようにロープを張った。同時に無限は覚醒するとアウレールの放った真上へのロープを命綱に斜め上へと張られたロープをまるで硬い地面を走っているかのような速度で駆け上がり始めた。途中、しなりを利用して飛び上がるともう一本のロープに飛び移り、そのまま天頂まで駆け上がっていく。
「き、来ました! あちこちからゾンビが集まってきているみたいです……!!」
千春が周囲からのうめき声を耳にして、緊張の声を上げた。
「円陣を組め! クリームヒルトとロープに指一本触れさせるな!」
アウレールは声高らかに指揮するとメイルブレイカーを引き抜いた。
「うむぅ、ゲリラ戦術の方が得意なのだが……いたしかたあるまい」
ダリオはぼそりとそう言うと、近づいてきたゾンビの懐に潜り込むと、下腹部にナイフを突き立て、伸びあがる力でそのまま体を縦に切り裂いた。そして勢いざま反転したところで回し蹴りを浴びせて後ろのゾンビに叩きつけた。『障害物』で敵の動きを制限する。数が少ない側で戦う者の身軽さを活かした戦法だ。
「光の矢よ……」
チョココがマテリアルを光の矢として束ねた。
「ごめん、上から来るっすよ!」
「こんなのに当たったらギックリ腰ではすみませんわー!?」
チョココは反射的に上を向き、その魔力を解放した。光が炸裂し黒こげになった肉塊がチョココの真横に叩きつけられて粉々になった。鉄枠の上でも大乱戦となっているようだ。無限が叩き落としたゾンビがバラバラと降ってくる。
「むむ、ボクも上に加勢するとしよう」
ディアドラはそう言うと、ロープを駆け上がり始めた。瞬脚で上った無限の様にはさすがにいかないがそれでも軽快に上っていき、まもなく頂上。もうすぐだと上を見上げたディアドラと羊のゾンビの目があった……気がした。これが普通の生命体なら突き落とそうとかするところだが、羊はそのまま自分から落ちてくる。
「早まるでない! 悪い冗談はやめるのだ!!」
屍といえどもディアドラよりはずっと図体は大きい。あんな塊が落ちてきてはディアドラはともかく足場にしているロープがもたない。
ディアドラの呼びかけに耳を貸すわけでもなく羊のゾンビが落下してきた。レイピアが閃くが、その力の方向性が僅かに変わるばかりで巨重がロープにかかった。大きく一度しなり、ツルハシの先にくくりつけていた部分が嫌な音をたてた。
「大丈夫っすか!!」
無限はデリンジャーを立て続けに発砲し、鉄枠を渡ろうとするゾンビを始末して、下をのぞき込んだ。
「太陽が地に落ちては大変だろう?」
懐に忍ばせておいたツルハシの先を岸壁に打ち込みぶら下がったまま、ディアドラはにぱっと笑った。その後、無限の力を借りて頂上に這い上がってきた。
「さすがディアドラさんですー!」
下で喝采をあげていたのは千春だった。万が一落ちてきた時の為にと毛布を持って右往左往していたのが嘘のようだ。
「柏木さん、危ない!」
クリームヒルトが叫ぶと同時に、千春に羊が襲い掛かってきた。クリームヒルトは落ちていた棒きれをぎゅっと握りしめて少しでも突進を抑えるべく叩きのめした……が、覚醒する力もない彼女の一撃など効果が上がるはずもない。だが、それでも千春が防御態勢を取るには十分な時間であった。羊の朽ちた鼻先にホーリーライトが炸裂した。
「光あれっ!」
閃光が治まる頃には、戦いの音はすっかり静かになっていた。
「よし、トロッコを籠代わりにしてロープにくくりつけよう。これで全員あがれるはずだ」
●
「案の定、もぬけの殻であったか」
ダリオは塞がれた入り口の土砂に足をかけ周りを見回した。ここに来た時と同様、まるで人の気配はなく、自分たちが聞いた声や体験も、一夜の夢だったのではないかと疑ってしまうほどであった。
「はぁ空気がおいしいですの……でも明けてみれば、意外とタイヤ痕とかありますのね」
チョココは美味しい外の空気を存分に吸い終わった後、地面を眺めてそう言った。
「そういえば……無くなった村の羊達も魔導トラックとやらで運ばれておったな」
「鉱物性マテリアルが資源ですから、その運搬にもかなり出入りしていると思いますね。それにゾンビが採掘してからかなりの量が採掘されていると思います」
フレデリクは無人になっている事務所から、照明の配置図面を拝借して広げていた。重要な資料はほとんどなかったが、こうした些細な情報からでもフレデリクの頭脳はどれくらい採掘道が延長されたのか計算することができた。それも商人として数字を追い、機導士として専門性を磨いてきたことにも由来する。
「そんな膨大なマテリアルをどこに貯蔵しているんでしょうね。まさか歪虚が本国に持ち帰っているとも思えない。この国のどこかにまだ知らないプラントがあるのかもしれませんね。もしくは」
猫実はそこまで言って、わざと言葉を切った。もったいぶった言い方にクリームヒルトが顔をこちらに向ける。
「フツーの工場に偽装されている、とかね?」
「貴公は帝国の中に歪虚と組む者がいるというのか!」
猫実の意見にアウレールがあからさまに顔を険しくしたが、ダリオは落ち着いてそれを受け止めた。
「歪虚がわざわざ人間のカラクリを利用するとは到底思えぬ。これだけの規模の採掘をするということはそれなりの背後があってしかるべきであろう」
「その通り。魔導トラックを手下が使う程度の規模のね。そういえば……姫様は最近魔導車に縁の深い人物とお会いになったとか」
「ベント伯とかいうやつだな。ふむ、悪戯にしては手は込んでいると思ったが貴族の悪戯ならわかる気もするぞ! 貴族は派手好きだからな!!」
ディアドラは多いに得心していたようだが、大王の感性についていけないものも多少いた。だが、どちらにしてもクリームヒルトは暗い目をすることしかできない。
「羊のヘルトシープといい、この鉱山といい、姫様に縁あるものが標的にされているのは間違いないと思います。国民を豊かにするという理想はけっこうですが、力を伴わないそれはただの戯れ言ですよ? ご英断を……」
猫実はクリームヒルトに囁くようにして言うと、そっと距離を置いた。
「大丈夫ですよ。悪い人達も、めっ! ってしますからね。あ、チョコおひとつどうぞ! お腹すくとヤな事ばっかり考えちゃいますよ?」
千春はどんよりとした空気を振り払うようにして、持っていたチョコレートを手早く分けると一つずつ皆の手に配って回った。クリームヒルトはかろうじて笑顔を作ると千春に礼を言った。
「そうっすよ。俺達を閉じ込めた連中はまだ脱出したことを知らないはずっす。今度はこちらが罠にかけてやる番っすよ。呼んでくれたら駆けつけるっすよ!!」
無限の言葉にクリームヒルトは「よろしくお願いします」と小さく、強い口調で答えた。
「あの坑道に閉じ込められた時は絶望の底だったかもしれない。でも皆さんが助けてくれた。……このままでは絶対終わりにはさせないわ」
依頼結果
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猫実 慧(ka0393)
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質問卓 フレデリク・リンドバーグ(ka2490) エルフ|16才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/02/20 00:32:46 |
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脱出の算段 ダリオ・パステリ(ka2363) 人間(クリムゾンウェスト)|28才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/02/22 01:00:46 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/02/18 20:50:57 |