【燭光】過去を、呪縛を、解放せよ。

マスター:DoLLer

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/07/22 09:00
完成日
2015/07/28 01:27

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 駐屯地ブルーネンフーフ。革命前まではここに強制収容所があった。
 監獄都市アネプリーベで囚人兵士として働かされる者、錬魔院の非道な人体実験に付き合わされる者には一縷の望みはあっただろうが、ここに送られた人間に未来はない。来る日も来る日も爪一枚一枚はがされ、毒に苛まされ、生まれてきたことを後悔させるためだけに存在していた悪夢の城。
 故に亡霊の巣窟となり、革命の直後には皇帝の指揮の元一掃されて、元の名前ブルッシェンホーフ(希望無き地)をもじって、ブルーネンフーフ(羊の怒声)と名付けられた。
 だが、闇は蓋をされても生き続けていた。
 そして四霊剣剣妃オルクスによって、その蓋は壊され、ぱっくりと口を開けていた。

 血が糸のように集いてできた繭の前でオルクスは立っていた。
「んふふ。久々に悪役っぽくなれて楽しかったわぁ」
 地上での出来事を思い出して、彼女はもう一度口元を釣り上げて笑った。更に繭の中には絶望して死んだ旧帝国の娘ヒルデガルドが今生まれ変わろうとしている。
「人間達同士で争わせるだけで十分に楽しかったけどぉ、今度は過去の怨念vs人間でリターンマッチ。ああ、もう楽しそう! ブリュンヒルデ。ちょっと準備しなさい。今度のはね。軍人系の堕落者なの。帝国兵士の亡霊とか、ゾンビとかいっぱい使えるようにチューニングしてるんだから、あなたの作った雑魔渡しなさい」
「お母様……」
 呆れたような、悲しいような。そんな声で言葉をかけてきたのは歪虚ブリュンヒルデであった。
「そういえばブリュンヒルデ。あなた、私のこと『お母様』って人間に紹介したでしょ。あなたそんなに私が好きだったの?」
 鼻歌まじりに血の繭が蠢く様子を見つめるオルクスにブリュンヒルデは思い切って口を開いた。
「お母様。力をお貸しすることはできません」
「……なんですって?」
 オルクスの鼻歌が止まった。
「ヒルデガルド様の夢は非常にぶれていました。帝国を再興と個人の安寧がまじわってました。堕落者になるといえど、確固とした希望を持たぬお方に力は貸せません」
「へぇ……言うようになったわね。元から人の言葉を聞かない子だったけど。ゾンビ作成に特化しすぎたかしら」
 オルクスはそう言って振り返り、おもむろにブリュンヒルデの首を掴んだ。堕落者作成に力を使っていなければ、そのまま血の結界で八つ裂きにしていたところだ。
「人間にこうも言ったらしいわね? 『オルクスを本当に倒したいと願うなら、それを手伝います』って」
「はい、本当です。歪虚を憎む人には歪虚を倒すお手伝いを。お母様であってももちろん。それが私の願いであり使命ですもの」
 首を掴んだオルクスの手に力がこもる。歪虚といえども圧倒的な力の差にブリュンヒルデも苦しそうにするが、それでも深淵の蒼い瞳は恐怖に屈したりはしなかった。たちまちブリュンヒルデを守ろうとする亡霊が姿を現す。勝てる道理があるはずもないが。それでも亡霊たちはブリュンヒルデを守ろうとする。
「夢見る少女らしい言い分ね。けれど現実はそこまで甘くはない……夢はいつか終わる。そして人は新しい夢を見る。あなたの誤算はね、ブリュンヒルデ。不出来な娘の代わりなんて、いくらでもいるって事よ」
 ふっと笑みを作りオルクスはブリュンヒルデを壁に叩きつけた。しかし、それも他の亡霊がクッションになって彼女の身を守る。
 はずだった。
「!?」
 亡霊たちの動きが止まった。
「まあ、そう怒るでない。妾のために気を遣わせてしまったようだ」
 亡霊が吸い寄せられるように血の繭の元に引き寄せられ、静かにかしずいた。
「みんな? みんな……どうしたの」
「親よりも自分の使命に従うのは当然の事であろう? ブリュンヒルデ。こやつらの支配権は妾が握っておる。まあ、簡単に言うと……」
 血の繭が破れ、ヒルデガルドが姿を現した。
 生前にはない邪悪な微笑みと威圧感を浮かべて。
「クズはもう要らぬ、ということだ」
 ヒルデガルドは地面に降り立つと颯爽と手をブリュンヒルデに向けた。同時に今まで彼女を守って来た亡霊たちが一斉襲い掛かる。ブリュンヒルデの指揮化にあった時よりずっと速く、ずっと強烈に。
 そしてブルッシェンホーフの奈落にブリュンヒルデは追い落とされた。
「求心力の違いかしらねぇ? やっぱり素材がいいと違うみたい。ようこそ、甘美なる死の世界へ。そして御機嫌よう、お姫様……♪」
 オルクスは笑うと、すぅ、と姿を消したのであった。


「皇帝? ああ、別に今いらないから、ヴィルヘルミナに『貸してる』だけだよ。ヴィルヘルミナも他の師団長もみんな知ってることさ。ははは、副師団長って自由でいいねー」
 ハンターの冷たい視線を物ともせず、第一師団副師団長のシグルドはいつも通りの笑顔でブルーネンフーフの地下、オルクスがヒルデガルドと共に消えた地下へと降りて行っていた。瓦礫の除去作業もあり、そう簡単には降りられなかったが、ようやくそれも終わり、探索できるだけの道を作り終えたのだ。
「それに旧帝国派が全部ヴルツァライヒだと思っているのかい? あんな過激派なんて声が大きいだけで実際は10%未満さ。残りは誰が統理してると思ってるんだ」
 第一師団は帝都守備という主任務に加え、旧帝国派の取り締まりという任務も持っている。大きくはもう一人の副師団長エイゼンシュタインが憲兵大隊を率いて取り締まっているが、シグルドだってその手の仕事はある。彼の仕事は『笑顔』なのだ。
「だからってヒルデガルドを殺さなくたって……」
 ハンターの一言にシグルドは苦笑いをした。
「幼少期、思春期を洗脳に費やされた人間がそんな簡単に呪縛から抜け出られると思っているのかい? それに人身御供で責任を取らされるのはトップの仕事さ。ゾンビを使って仕事してたという非人道的行為の責任は誰かがとらなきゃ、ゾンビに殺された家族も収まりつかんだろう。ま、こうしてヒルデガルドの探索行の依頼出しているんだから、大目に見て欲しいところだなぁ」
 無言の圧力を気にするでもなく、シグルドは地下に進んでいく。
 負のマテリアルが少しずつ濃くなっていく。
「さあて、ヴルツァライヒとの決着といこうか」

リプレイ本文

「ヒルデガルドさん……」
 セレスティア(ka2691)は目の前で陣形を整えるヒルデガルドを見て、苦しそうな顔をした。
 こめかみについた傷跡は消えてはいない。あれは守ってあげられなかった証だ。
 そんな彼女が微笑んで動いている。数多の不死者を操りながら。
「なんて滑稽なんだろうね。夢見がちなお嬢さん。とうとう夢から醒めることもできなくなってご満悦の様子」
 南條 真水(ka2377)は呆れたような声で言った。
「ああ、満ち足りた気分だとも。想い悩むこともない」
 ヒルデガルドは笑ってそう言ったが、南條は眼鏡の縁を手の甲で少し押し上げて口をへの字にした。
「君じゃないよ、後ろに落ちたブリュンヒルデのことさ。まったく歪虚ってのは自分勝手で困るね」
「勝手に殺さないでくだせぇ。せっかく最後の最後でチャンスもらったんでさぁ」
 鬼百合(ka3667)は帽子を短杖で押し上げると、ちらりと南條の横顔にふてぶてしい視線を送った。
「あんなクズにも思い入れなんていうものがあるのだな。ははは、安心せよ。すぐに後追いさせてやる」
「生憎、僕は廃材アーティストだからね。そういうものに興味があるかな」
 アシェ・ブルゲス(ka3144)の言葉に反応したのはヒルデガルドではなく、真横にいたエアルドフリス(ka1856)だった。
「あれは危険だぞ。言葉の毒というものを使いこなす」
「ははは、廃材もたまーに劣化しててヒドい素材もいっぱいある。でも、どんなものにも、もう魂は通ってる」
 エアルドフリスの鋭い視線にアシェは苦笑いをしてそう言った。
「全ては廻る、だ。アシェの意見には納得できんこともないがね。……まあ、今は目の前の敵に集中した方がいい」
 そう言いつつ、ずっと静かにしているユリアン(ka1664)の姿を見ていた。
「何を見ている?」
「ああ、亡霊がどこにいるか、だよ」
 ユリアンはそれほど明るくもない広場に漂う亡霊の核を見つけようと、じっと目を凝らしていた。
 いくつかいるが、彼にとって重要な亡霊は2体だけだった。
 包帯の核、羊毛の核。もはや命を絶たれ、自分たちの望みとは全くかけ離れた戦いに巻き込まれる哀れな魂。
 クリームヒルトが助けた羊飼い親子の亡霊はきっといるはずだ。ブリュンヒルデと共に墜ちたのならまだしも……
「ああ、やっぱり」
 いた。
 ユリアンは誰にも気づかれないようにため息をついた。
 円環に彼らを導いてあげよう。風は邪を晴らし恵みを導く為に吹く。自分の役目だ。
「それぐらいにしておかないと、御体が淋しくしていらっしゃるぞ」
 皆がそれぞれの方向を見ているのに気づいてアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は笑ってそう囁いた。
 彼の言葉通り、耳目を集められないヒルデガルドは若干不服そうな顔をしていた。
「なんだァ? いつも注目してもらえねェと寂しくてしょうがねェのか。ガキだなァ」
 シガレット=ウナギパイ(ka2884)はくくく、と笑った。
「ふっ、貴様も同類だよ。一皮むけばその身中に流れる毒は同じものよ」
「なにィ?」
 シガレットが心外だと言わんばかりに顔をしかめた。歪虚と同列に表されることには胸がチクリと痛む。
 恋人の顔がちらりとのぞく。憎しんではならないと言ったあの言葉が。
「この世は苦しみでしかない。何故苦しむのか。何故争いは無くならぬのか、人が生きること即ち苦に塗れることよ」
「諸行無常、一切皆苦。悟りの境地に至ったのですわね。ですが、非常に陥りやすい曲解ですわ」
 音羽 美沙樹(ka4757)は謳うようにして剣を引き抜いた。
「何物にも囚われず、ただ願いの為に己を捨てたのなら、あなたも堕落者にならずに済んだものを……ヒルデガルドさん、あなたは迷われてしまいましたわ」
「迷い? ああ、そうだな……だが、人は捨てきれぬものよ。その狂おしいほどの迷いが歪虚を生み育てる。『我ら』の身中を流れる血液は人間の狂気よ」
 ああ。美沙樹は目を瞑って、すっかり立場を忘れてしまった哀れな少女を嘆いた。
 もう彼女は外見だけが同じに過ぎない。中身はすっかり別物だ。
「面白いね。我々も歪虚も構成するのは『狂える血(ファナティックブラッド)』というわけか」
 久我・御言(ka4137)は美沙樹の肩に手を置いてなだめると決然とそう言い放った。
「だが、それだけではないことを証明しようではないか」
「ははは、いいだろう。この大地に流れる狂気を止められるものならば」
 ヒルデガルドは笑うと血の結界を張り巡らせた。生臭く、飽くなき狂気に満ちた世界を作り上げる。


 戦いの合図は鬼百合とアシェの唱和であった。
「「万物を構成する四大精霊に告ぐ。我が意志、我が指先に集いて、破壊の衝動となれ」」
 同時詠唱による超高密度の炎がアンデッド達を真っ赤に染める中、前衛陣が左右に散開する。
「アシェにーさん……」
「レイオニールさんところで、資料、ずいぶん読み込んだもんね。それに鬼百合君との連携はもう何回もやったしね」
 皆それぞれ経験に応じたマテリアルの発現方法はある。鬼百合だってアシェだって自前の詠唱は持っていたが、今回の詠唱に使ったのは錬金術師レイオニールの書棚にあった本によるものだ。
 アシェは灰色の髪を爆風でなびかせながらも、鬼百合の顔をペリドットのような綺麗な緑の瞳で見て微笑んだ。
「あん時はみんな必死だったでさぁ……」
 言葉が、動きが、みんな本気だった。
 錬金術は絶対に成功させたいと思ったから。いっぱい考えた。いっぱい喋った。
 みんなで取り組んだからこそ、呼吸のリズムすらよくわかる。心を一つにできる。
「ぼーっとしていては危ないな!」
 久我の一言と同時に、アシェの足から力が抜けていく。久我のデルタレイが足をかすめた。
「!?」
「もう亡霊部隊が飛び込んできているよ」
 デルタレイの光に当てられて、核となるエンブレムと、それを取り囲む人型の影が激しく明滅する。
「もうこんなところまで……早いね」
 足から生気が抜かれるのをアシェは無理やりにマギスタッフで引きはがした。
「乱戦はまずい。近寄らせるな!」
 久我はそう叫ぶとデルタレイを次々と射ち込むが、簡単には消滅してくれない。
 そんなこんなしている内にデュラハンの横隊が距離を詰めてくる。
「どうした。旧帝国の怨念はその程度か。これなら打倒されるのも頷けるな!」
 デュラハンの横隊に対し、素早くアウレールが瓦礫の影からライフルを打ち込みながら、ファイアボールの熱に歪んだデュラハン隊の端に向かって突撃を開始する。
「それは失礼、とびきり熱い一撃をやらぬとな」
 ヒルデガルドが打鞭を一振りすると、2体のデュラハンがアウレールに襲い掛かる。
「おおおおおっ!!」
 ライフルの連射機能を最大限に利用して、銃弾に浴びせかけるが潰しきれるにはいたらない。
 炸裂音が響く。
「ぐ、ぬ……」
 アウレールの動きが止まった。火を吹いたのはアウレールのライフルだけでなく、ゾンビの集中砲火の音でもあった。ライフルを動かしながらでは受け動作が取れない。腕や脚から血が噴き出る。
「おう、そんなんでへばるワケじゃねェだろ?」
 シガレットがすぐさまヒールで回復するが完全には癒しきれない。やはりデュラハン2体とゾンビ複数体を同時に相手していては勝負にならない。
 ファイアボールの合わせ技なら普通のデュラハンなら倒れてもおかしくないのに。やはり結界から出さなければならないか。
「そんなところで丸まってなきゃいけねェか。惨めな姿だなァ! ヴィルヘルミナとはエラい違いだな」
「あんなケバいだけの年増女と一緒にするでないわ。気分が悪い」
 ヒルデガルドは一瞬むっとした顔になると、シガレットに向かって一歩踏み出した。
「……思ったより、ちょろいな」
 案外楽かもしれん。とエアルドフリスは頭の中で戦いの流れを組み直した。
「ユリアン。こっちに戻るんだ。このまま外に出させるわけにはいかん。出口を固めるぞ」
「でも……このままじっとしているのは性に合わないよ」
「依頼を忘れたんじゃあないだろうな。こちらは騎士皇が退避するまでの時間稼ぎだ。亡霊駆除が仕事じゃあないんだ」
 右陣へ速攻を駆けるユリアンは師匠であるエアルドフリスの言葉を一瞥すると、そのまま颯爽と奥へ奥へと進んでいく。
「仕事は仕事だけどね。全部退治すれば終わるじゃないか。……あの親子だってさ。そのままにしておくわけにはいかない」
「ユリアン!」
 エアルドフリスが追いかける。魔術師であるにも関わらずデュラハンが目の前にいるところまで。
「ふふふ、そういうことか。つくづく虚仮にしてくれたものよ。これは騎士皇にも是非挨拶せねばならぬようだ」
 二人の会話を耳にして、ヒルデガルドはにやりと笑うとその歩みを早める。ユリアンとエアルドフリスがいなくなり、前衛のいない出口に向かって。
「ちょっと……そういう冗談やめてくれないかな。悪い夢はともかく悪い冗談は嫌いなんだけど」
 南條は進んでくるヒルデガルドを前にして引きつった声を上げた。
 血生臭い臭いと汚れた赤の壁が少しずつ近づいてくる。
「結界も動くようですわね」
 予想に反した結界に美沙樹は土蜘蛛の長唄の合間にそう漏らして、眉をひそめた。
 結界は動かないと思っていたが……。まさかついてくるとは。
「ギ、ギギ……」
 視線を外したのが不味かった。
 デュラハンの巨大な剣が美沙樹の腹をえぐった。
「ぐ、う……残念ですが貴方のお相手は後でしてさしあげます、わ!」
 剣でデュラハンの腕を打ち据えて、抉った刃を放して美沙樹は走り南條を守るようにして立ちふさがった。
 ヒルデガルドが嗤う。
「ぼろ衣がレッドカーペットの代わりか? さすが騎士皇。迎え方も一流だな!」
「ええ、左様ですとも。その空っぽの頭と体では日光にさらされたら、きっと染まってしまうでしょう? 貴女如きが『ヴィルヘルミナ陛下万歳』と言うのは目も当てられない愚かさですわ」
 シグルドが渡したカンペを思い出しながら、美沙樹は言葉を続けた。
「今まで人の言われるままに生きて来たんでしょう。死んだところで今度はオルクスに命じられて落ちぶれる有様。おしゃべり人形にお名前を変えたらいかがかしら?」
「なんだと……」
「壊れた人形を捨てるには……私くらいのゴミ袋が必要じゃないかと思いますわ。ねぇ、結局あなたは何だったのかしらね。空っぽの。人に操られるしか能のない。ああ、失礼。脳もありませんでしわね。自我がないのに悩(のう)があるはずもないわ」
 なんてこと言わせるんだ。美沙樹は心の中で呆れを覚えつつ、心にもない言葉を紡ぎ続ける。
 だが、その言葉の威力は確かだった。
 ヒルデガルドは顔を真っ赤にすると、虎のように一気に飛びかかった。
「妾は妾だ! そのやかましい口、二度ときけないようにしてやる!」
 美沙樹はじっとそれを見つめていた。
 ヒルデガルドが我を失い疾走した結果、奥のゾンビ達が次々と結界からこぼれていく。
 作戦は確実に成功した。
 美沙樹の意識と引き換えに。
 雷撃鞭が美沙樹の頭蓋を砕くと同時に、アシェのアースウォールがヒルデガルドと美沙樹の間を隔て、トドメの一撃だけはなんとか防ぐ。
「この壁は……」
「タイミングが少し合わなかったね……ごめん」
 もう一瞬、タイミングが早ければ美沙樹は助けられていたかもしれないが。ヒルデガルドの動きは思ったより速かった。
「音羽さん!」
 セレスティアが大急ぎでヒールをかける。
 また、間に合わないのか。
 また、死なせてしまうのか。
「生きて……生きて!」
「許すものか。絶対に殺してやる! 貴様もだっ。覚えておるぞ、何が手を取り合ってだ……結局は芝居だったのではないか」
 ヒルデガルドはそう叫ぶと、セレスティアに一撃を加えようとしたがそれは素早く、セレスティア自身がレイピアを抜き放って受け止める。
「貴女が生きていたなら、私は全力を持って救います。ですが……ですが、貴女はもう死んだんです。気づいて」
「何をもっての生だ、何をもっての死だ。貴様は想いに応えず立場で刃を向けるのか。それが生きるということなのか!?」
「違うっ。貴女はもう目的を見失っている。静かに眠るべきなんです!」
 雷撃鞭を受け流すと、セレスティアは正眼にレイピアを構える。
「鳳の剣、お見せします……あなたに終わりを、そして再生の道を。それが鳳の技!」
 ヒルデガルドが襲い掛かるのを冷静に見据えて、セレスティアはその心の臓に向けて鋭く突き入れた。剣の先から花吹雪が、ひらり。とこぼれる。
「未来に先など、あるものかァ!!」
 それでもヒルデガルドによる電光によってセレスティアは吹き飛ばされた。
「我が僕よ。踏み潰せ、蹂躙しろ!」
「そりゃ無理じゃない? みんなグチャグチャなのは好きじゃないんだ。スマートじゃないだろ?」
 アースウォールの効果が切れてゆっくりと戻る大地の隙間に足をかけ、南條がデルタレイを発射した。
 ヒルデガルドは左腕で受け止める。軍服と手袋が焼けて炭化した腕が覗く。
「それにほら、君があらぶったせいでステージはもう滅茶苦茶なんだよ」
 南條は戦場の向こう側を見て、してやったりとした顔を作った。
 視線の先ではデュラハンに向けて背後からユリアンが飛びかかり、虚空の頭部から腹に向けてサーベルを刺しこんでいた。
「悪いな……これ以上恨んでくれるなよ」
 ユリアンはぼそりとそういうとデュラハンの背中を踏み台にして背面宙返りをした。鎧に突き刺したサーベルはてこの原理で腹部から胸へと一気に引き裂いていった。
「いい動きだ」
 エアルドフリスは間髪入れず、鎧の裂け目にウィンドスラッシュを叩きこみ、核を切り刻んだ。
 が、次の瞬間その後ろにいたデュラハンにエアルドフリスの腹が貫かれる。
「師匠!!」
「ご、ほ。……いいや、このくらいがちょうどいいと思ってたところでね……これで全部が射程に収まったよ」
 エアルドフリスは血の滴る口でにやりと笑うと、自らの腹を貫いた槍を手にして詠唱した。
「水、風交じりて雲を呼び、風、水、火交じりて雷を呼べり。理に従い出てては地を駆けよ!」
 電撃が迸る。槍を通電しその長さの分だけ距離を稼ぐと、電撃は柄尻から放たれた電光は横陣に並んだデュラハンを一体残らずまとめて一網打尽にしていき、ファイアボールやアウレールの銃撃を受けていたデュラハンが2体ほど崩壊した。
 しかし、自分の内臓にも魔力が流れ込み臓器が焼ける。
 あいつに怒られるかな。エアルドフリスはふと大事な人物の顔を思い浮かべて飛びそうになる意識を無理やりつないだ。
「シガレットさん、師匠にヒールを」
「おう! でもあんま無茶すんなよ! こっちもギリギリだ!!」
 亡霊のまとわりつきを神楽鈴で一閃して振り払うと、シガレットはすかさずエアルドフリスにヒールを放った。
 それでも亡霊は諦めずにまとわりついてくる。
「ベタベタしてくれるのは嫌われるぜェ? 俺が興味あンのはヒルデガルドだけだ!」
 シャラン。ヒールの魔力を放出し終わるとそのままレクイエムに移行する。
 幸いヒルデガルドは目の前だ。しかも彼女を誘因にしてアンデッドも集まってくる。危険も多いがチャンスでもある。
 怒りに燃えたヒルデガルドとシガレットの視線がぶつかった。
「大人しく寝てやがりなァ!」
「下郎がっ! 跪けっ!!」
 シガレットの体に電撃が走り、勝手に膝が折れる。
 雷撃鞭にやられた?
 いや……魅了か!
「く、クリき……」
 やられた。セレスティアはまだ意識を取り戻していない。
 自分がやられたら……癒し手がいない。人類の恥さらしに負けるなど。
「どうした、シガレット! 貴公はそんなに脆いものか!!」
 武器を槍に持ち替えたアウレールが突撃し、ヒルデガルドの頭に一撃を叩きつけるとそのままシガレットに背を向けて庇う。
 味方を殴るのもやぶさかではない。
 だが、歪虚と自分たちの一番の違いは、信頼し合えることだ。シガレットはきっと立ち直れる。
「言って、くれるなァ……」
 体よ、動け。
「そのまま寝ておれ。仲間がひき肉になるところを見ているがよいわっ」
 アウレールがデュラハンの胸を貫く。が、その槍の柄を抱えるようにしたデュラハンのおかげで、槍が抜けない。
 その背後からアウレールの小柄な体を羽交い絞めにするデュラハン。
 そして、狙いすましたアサルトライフルの猛攻。不死者に囲まれて見えないが派手に血しぶきが飛び散るのだけかシガレットに見える。
「おお、おおおおおっ」
 これ以上、失ってたまるものか!
 巫女の祈りが耳の奥で響く。友人の心配する瞳がちらりと脳裏に映る。
 心を縛る鎖を無理やり引きちぎってシガレットは立ち上がった。
「魅了を自分の意志で打ち破った……!? 妾の力はそれほど弱くないはずだっ」
「癒しの力よ。アウレールに届け。聖なる力よ。戦士に再び立ち上がる力を!!」
 光の渦がシガレットを、デュラハンを、そしてアウレールを巻き込んでいく。
「く、くくく。さすが……。そうこなっくちゃな!」
 アウレールは笑うと、槍を手放すと力を込めて羽交い絞めする腕に手をかけた。
 めきゃ。という音と共に籠手が歪み、そしてそのままねじ切って拘束を解放する。
「動かすな! そのまま墓場まで随行してやれ!」
「笑わせるな。墓場には貴公らの共など連れて行けば恥ずかしくて出向けんわ!」
 アサルトライフルの雨を受けつつも、シガレットの続くヒールに身を任せ、アウレールは槍を取り戻すと残るデュラハンの核を一気に突き破った。
「ゾンビ達を破壊しろ! このまま押し切るのだ!!」
 久我がそれと同時にアウレールを狙っていたゾンビ達にファイアスローワーで焼き焦がす。
 そんな久我の首に毛糸のように伸びた羊毛が絡まり、一気に引き絞られる。
「ぐ、……!」
 亡霊が後ろにいたか。
 同時にファイアスローワーで真っ黒に焦げたゾンビが銃を向けた。炭化し、目は熱で白濁し、骨すら見えるような状態でもゾンビは忠実に動き続ける。
 アサルトライフルが火を吹いた。
 胸元が焼けつくような痛みを覚える。
「そうはさせるかっ」
 ユリアンが横から走り、跳び蹴りを当てるとそのまま勢いで前転宙返りを決めると回転力と重力を活かして次のゾンビの腕を叩き落とした。続けざまにその隣のゾンビに足払いを決めて、久我を狙っていたゾンビの銃口が全ててんでバラバラな方角へと外すとユリアンは羊毛に魔導銃を放って、久我の拘束を解除する。
「伏せてっ」
 と叫んだユリアンの体が揺れた。
 鬼百合に打ち込んでいたゾンビが久我にトドメを刺す銃撃をユリアンは得意の動きを捨ててでも久我を守る。
「このしつこさには本当に参るね。サラリーマンとしてはこのしつこさは見習わないとと思うこともあるが、ね」
 久我はそう言うと、デルタレイを発射して、身もだえする3体のゾンビをまとめて始末した。
「大丈夫か、ユリアン君」
「脚を潰されたし……もう力も残ってない、な。久我さんは?」
「生憎だね。私も今のが最後のデルタレイだったよ」
 ユリアンは体を引きずりながらも結界の中、乱戦の中心ヒルデガルドの元へと進んでいく。
「もう、ほんっとうにしつこいな!」
 南條のファイアスローワーを放ってヒルデガルドの進撃を少しでも押しとどめつつ、亡霊やデュラハンもまとめて焼き尽くすが、それでも血の結界の不死者たちはそれでも落ちない。
「跪けっ!!」
 南條の脳天に電撃が走った。
「う、あ……」
「ようこそ、善い理想郷へ。……そのまま焼き払え」
 炎の方向性が、そのままシガレットに向きなおされる。
「目ェさましやが……」
 かすっただけとはいえ南條の機導力は強力だ。シガレットが悪態を吐くその瞬間にもう喉が焼ける。
「聖なる力よ、呪縛を払いたまえ!」
 その聖句を叫んだのは雷撃から復活したセレスティアだった。本来ならもう身体を動かすどころか、意識すら途切れていた一撃でも恋人の想いが彼女を立ち直らせる。
 その癒しの力で、南條の脳の痺れが取れて、ようやく機導をコントロールしてファイアスローワーの炎を収束させた。
「本当、イヤになるね……これだけ気分の悪い夢もそうないよ」
「そうか? 実に愉快だったぞ……これが褒美だ」
 ヒルデガルドがそういうと、赤熱したデュラハンが一瞬で隙間を詰めるとその腕で南條とセレスティアの首を掴んだ。
 強烈な痛みに悲鳴すら上げることもできない。
「死にぞこないの手がやることじゃないな……!」
 アウレールがそのデュラハンを真後ろから一刀両断で叩ききった。
「同じ言葉、返してやるわ!」
 同時にヒルデガルドが雷撃鞭で襲い掛かる。アウレールはそれを盾で防いだが、迸る電流が盾を貫き、内臓を焼いていく。
 たまらずさすがのアウレールも片膝をついた。


「は、ははは、ははは! どうだ、妾の力、思い知ったか……!」
 ヒルデガルドは笑っていた。
 子供っぽいその顔は真っ黒になり片目はアウレールに貫かれ陥没して無くなっていた。皮膚は剥げ落ち頬から首筋にかけては筋繊維が剥き出しになっていた。
 軍服もボロボロであちらこちらから肉と黒く染まった血がぼとぼとと落ち、荒く吐き出す息にも血が混じる。
 不死者も半数以上失った。残った不死者も満身創痍だが、まだ7体が彼女を守っていた。
「ここまで、か……」
 エアルドフリスも片膝をついて半死半生のヒルデガルドを睨みつけた。
 全員、力は全て使い切ってしまっているはずだ。エアルドフリス自身ももう魔力は一つも残っていない。
 後ひと押しあれば、ひと押しあれば勝てるのに……。
 貫かれた腹より、口惜しさで歯噛みをする。血がにじむほどに。
 ああ、俺はこんなに悔しいと思えるのか。どこか遠くで冷静に見下ろす自分がいるのは、何故だろうか。
「ふはははは……!」
「ふふ、ふははは!」
 ヒルデガルドの笑いが重なった。
 皆の視線が久我に集まった。そう、笑っていたのは久我だった。もはや移動するほどの力もなく、閉ざされた天井を仰ぎ見るように大の字に体を広げながら。
「まだ役者が揃ってもいないのに、勝ったつもりかね?」
「なに? お前たちの他に誰がいるというのだ……?」
 ヒルデガルドの顔色が変わった。だが、誰がどこを見回してもハンター以外の姿は見あたらない。
「君の仕事は望みを叶える事だったね、ブリュンヒルデくん! 私は望もう! ヒルデガルドくんの魂を解放し、オルクスのババアを悔しがらせてやろう、と。道をつける手伝いを望みたいが、どうかね!」
 久我の言葉が薄暗い広場に響いた。
「そうでさぁ……ブリュンヒルデのねーさん! 起きてくだせぇ。もうこんな思いしたくねぇんでさぁ!!」
 鬼百合が奈落に向かって叫ぶ。ヒルデガルドや不死者に背を向けようがお構いなしだ。
「ブリュンヒルデだと? あんなクズに助力を懇願するとは……堕ちたな! 下僕よ、引導を渡してやれ」
「オレぁ、鬼でさぁ。こんな想いは二度としないって決めてんでぃ! もう守れないなんて言わせねぇんでさぁ!」
 そう言って鬼百合は残った魔力でライトニングボルトを放った。一気に沈めようと来ていたゾンビを吹き飛ばすがそれも一体だけだった。
 それでもまだ諦めない。魔力がなければリボルバーで、近づかれればネレイスワンドをぶん回した。
「お前たちの負けだっ」
 ゾンビに捕み上げられ、鬼百合の帽子が取れる。
「ねぇさぁぁぁぁぁん!!!」
 鬼百合の絶叫が響いた瞬間。
 ゾンビの動きがぴたりと止まった。
 まるで彫像が本来の姿を思い出して、そうであったかのように。
「おい、何を止まっておる……どうした、動け、動かぬか!!」
 ヒルデガルドが異常に気付き、狂ったように『指揮』するも、もはや誰も反応しない。デュラハンの鎧は美術品のように。ゾンビは彫像のように、亡霊はそれぞれの核を地面に投げ捨て影のように潜むばかり。
 負のマテリアルの渦が消えることはないが、静かな空気が場を支配する。
 奈落の下から噴き上がる負のマテリアルが、不死者を一体残らず縛りつけていた。
「ヒルダ。君の負けだよ……」
 ユリアンはヒルデガルド元にたどり着くとサーベルをその胸にゆっくりと胸に押し込んだ。もはや嵐のような素早さは見る影もなかったが、身に沁みとおるような静かな瞳がヒルデガルドの闘争の炎を吹き消す。
 ゆっくりと、ゆっくりと、穂先がヒルデガルドの胸に沈み込んでいった。
「あっ、あああ……ひとりは、いや、じゃ……」
「ヒルダ……君はクリームヒルトに抱かれて、逝ったんだ。一人じゃない」
 ユリアンが少しだけ、微笑んだ。
 誰もが一人じゃない。誰もが関わりあって生きている。
 ヒルデガルドは気づけなかっただけなのだ。
「あね う  え……」
 塵となって消えていく。
 その顔はほんの少しだけ安らかな顔をしていた。


 奈落から現れたのはブリュンヒルデだった。追い落とされた時にできた傷か、白を威容する彼女の姿も汚れボロボロになっていた。
「どこがゴミ捨て場だよ……」
「収容所のゴミってアレのことに決まってるじゃないか」
 ユリアンのジト目に入り口を守っていたシグルドは笑って答えた。鬼百合の手助けを必要としないほどに上ってこれたのは『ゴミ捨て場』に眠る大量の白骨の力を得たに相違ない。
「退場したと思ったけど、案外復帰するの早かったねぇ。とりあえず、うーん……おかえり?」
 南條は小首を傾げてそう挨拶した。正直、何かしら言いたい言葉はいくつかあったが、とてもかける程の元気は残されていなかった。喉を焼かれて言葉を紡ぐのも一苦労なのだから。
「まさか再び会えるとは思いもよらなかった。僥倖という言葉はこの為にあるようなものだ」
 エアルドフリスはそう言うと苦虫を噛み潰したような顔でメイルブレイカーを引き抜いた。内臓がこぼれでそうだったが、それよりもやらなくてはならないことがある。
「オニユリ、どくんだ。そいつはお前さんが考えるよりずっと厄介な存在だ」
「……すまねぇ。それはできねぇ相談ですぜ。エアルドフリスのにーさん」
 まだ子供と言っても差し支えない鬼百合は面と向かって、メンバーの中では歳は上から数えた方が早いエアルドフリスを見上げて言った。
「そいつは歪虚だ。人間と相容れる存在じゃないんだぞ」
「そうですかねぃ。オレはそうは思えませんや。忌み嫌われるモノはどうしたって存在するんですぜ。きっとそれも含めて、世界じゃないですかねぃ」
 アウレールの問い詰めにも鬼百合は静かにそう言うと、身体に眠る残り少ないマテリアルを覚醒させた。
 ゾンビによって帽子が取られ顕になった鬼百合の顔のあちこちから目が生まれる。頬に、額に、首に。無数の目がエアルドフリスを、アウレールを見つめる。
 そのあまりの異形に、少しばかり言葉を失う。ずっと彼が帽子を被っていたのはその為だったのだ。
「オレは『鬼』でさぁ。世の中のジョーシキだとかにゃしばられねぇ。大切なモノを守るために、悲しい想いもうしないために鬼になったんでさぁ」
「おいおい、そりゃいくらなんでも無理があらァ。歪虚に神はいねェ。裏切りはあっても救いなんかあるわきゃねぇんだ!」
 叱咤するようにシガレットが言うが、その答えは鬼百合に代わってアシェが答えた。
「捨てる神あれば拾う神、ってね。捨てられた想いを拾い上げる彼女には共感をもてるからね。それに僕は彼女ともっと話がしてみたいんだよね」
 明るい緑の瞳がゆらゆらと歩いて、そして鬼百合の前で止まった。
「この場でやりあうって言うのか? 面白い……」
 エアルドフリスはすぅ、と目を細めた。
「それは止めた方が良いね。南條さんも夢の行き先を見届けようと思ってたし……久我君も助けようと思ってたんじゃない?」
「まさか。敵ではあるが、オルクスには一泡吹かせてやりたいと思っただけだ。どうするかまでは……私が決めることじゃないだろう」
 ぶっきらぼうに答える久我の言葉は明らかに中立を示していた。
「まぁ結局、魔力も全部失っているのに、仲間と不死者をまとめて相手することになるわけだし、引き下がる方がいいと思うよ」
 それに。というと南條は機杖を軽く振ると機導の淡い光が明滅した。
 南條はまだ魔力を使い切っていない。
「まみずのねーさん。そこまでにしてくだせぇ。そんな無理してぇわけじゃねぇんでさぁ……」
 鬼百合はそう言うと、ブリュンヒルデを振り返ってみた。
「鬼となるその願いに呼ばれました。気にかけてくれてありがとう。優しき鬼の子、白澤(はくたく)の力を持つ御方」
「ハクタク……なんか難しい名前ですねぃ」
 リアルブルーの伝承だ。いくつもの目を持つ異形なれど、その慧眼で人を助けるという。
「この世界に流れるのは熱き夢です。夢と夢がぶつかり合い、傷つけあうこともあります。歪んで、虚ろになることもあります。それでも他人を想う心は失われない。この世界を作り続けるのです」
 地方の人をどうにか助けようとしたクリームヒルト。
 その想いに応えようとしていた羊飼い。
 その結果を冷静に判断し、よりクリームヒルトの影響力を高めようとしたアウグスト。
 研究によって皆が幸せを掴みとる方法を模索し続けたレイオニール。
 彼の投資事業で助けられたカール。
 過去の幸せをみんなで夢見たヴルツァライヒ。
 その頭となって自己を見失いながらも皆の拠り所として立ち続けたヒルデガルド。
 それを命を失っても支え続けた亡霊の革命戦士達。
 悲しみの連鎖が続く物語を少しでも救いを求め続けたハンターも。
 みんな他者への想いを胸にして。この世界を変えようとしていた。
「そんな中でも、ずっと居続けてくれましたね」
「俺は、そんな……あの親子がずっと気になってただけだよ」
 ブリュンヒルデに微笑まれて、少し警戒を顕にするユリアンはふと妹の顔を思い出して、気を持ちなおした。
 ああ、これが魅了なんだ。一瞬だけ、ブリュンヒルデへの警戒が飛びかけていた。彼女の鈴のような声は一声で幻惑される。彼女が意識して使っているのかどうかわからないが、優しい声が波立つ心を静めてしまうのは恐ろしい力だと、どこか他人事のように思った。
「風のような貴方には明確な夢が感じられません。でも、その行動には……夢につながっていましたね。彼らを助けたいという願いが溢れ出ていました」
 そう言うと、ブリュンヒルデはすっと手を掲げた。
 途端に不死者たちが崩れ落ち、核だけがすうとその体に寄り集まってくる最中、幻影が見えた。
「父ちゃん、大丈夫だったんだね」
「心配かけたな。すまなかった……」
 あの親子だ。
 羊飼いの、親子がようやく呪縛から解き放たれたのだ。
 ユリアンは無意識に胸からペンライトを取り出し、すぅ、と振ると残像によって光の輪が生まれる。エクラの天からの御使いがもつような降臨で親子を導く。
「おいで……こちらに、戻っておいで」
「あり、がとう」
「ありがとう」
 核がボロボロになっていて消えたからかもしれない。現実はそうかもしれない。
 だが、そのありがとうは聞こえたのだ。
 いくつもの泡立ち霧散していく黒い光の中で親子はようやく再会し、手を取り合っていた。
 そしてユリアンの手には核となっていたものが、帯として手に残っていた。


「ところで本当なのでしょうか。ヒルデガルドさんが言っていた人の身体の中を血の流れる狂おしい迷いが歪虚を生むというのは」
 セレスティアは鬼百合が送って行ったブリュンヒルデを見送って、複雑な顔をして言った。
「さぁ、堕落者として誕生したばかりのヒルデガルドがそんな真実を知っているとも思えん。あれは単なる過去の亡霊が、自身の自我同一性を保持するために作り出した妄言だろうよ。ブリュンヒルデのアレもそうだ。墓場で大量の亡霊を手に入れたから、傷つきすぎて役に立たなくなった亡霊を切り捨てたに過ぎん。本当にたちの悪い歪虚だよ」
 アウレールは動くのも一苦労、と言った顔でそう答えた。
 そんな世迷言を信じるわけにはいかないのだ。歪虚は人類の敵。それ以外に考える余地はないのだ。
「ああ、でも私が歌おうとしていた土蜘蛛も元はと言えば朝敵である人間という説がありましたわね。人間が人間の敵として生まれ変わるあたりは一考の余地があるかとは思いますわ」
 顔を上げた美沙樹はぼんやりと考えた。
 この世界が夢と想いで成り立つのなら、なんて不幸な世界なんだろう。と。
 互いに傷つけあっていることを人々はまだ知らない。人は幸せを掴むために人を傷つけ続ける。

 きっと自分たちハンターは傷つけあわず夢同士が止揚させることなのだろうな。そう思わずにはいられない。
 此度のようなヴルツァライヒの被害をもう二度と引き起こさない為にも。
 ハンターはゆっくりと光さす出口へと向かって歩んでいった。

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  • 瑞鬼「白澤」
    鬼百合ka3667

重体一覧

  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエka1664
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリスka1856
  • ヒースの黒猫
    南條 真水ka2377
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラントka2531
  • 淡光の戦乙女
    セレスティアka2691
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言ka4137
  • 清冽の剣士
    音羽 美沙樹ka4757

参加者一覧

  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • ヒースの黒猫
    南條 真水(ka2377
    人間(蒼)|22才|女性|機導師
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 淡光の戦乙女
    セレスティア(ka2691
    人間(紅)|19才|女性|聖導士
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • 不空の彩り手
    アシェ・ブルゲス(ka3144
    エルフ|19才|男性|魔術師
  • 瑞鬼「白澤」
    鬼百合(ka3667
    エルフ|12才|男性|魔術師
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言(ka4137
    人間(蒼)|21才|男性|機導師
  • 清冽の剣士
    音羽 美沙樹(ka4757
    人間(紅)|18才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン ヒレカツ殲滅計画
エアルドフリス(ka1856
人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/07/22 00:07:32
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/18 07:24:14
アイコン 質問卓
シガレット=ウナギパイ(ka2884
人間(クリムゾンウェスト)|32才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/07/21 23:04:35
アイコン ヒレカツ殲滅計画 その2
音羽 美沙樹(ka4757
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言