ゲスト
(ka0000)
『DEAR』 ~愛の証を君へ~
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2015/11/07 12:00
- 完成日
- 2015/11/15 22:31
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●DEAR
きっと君は驚き、怒り、失望し、もしかしたら泣くかも知れない。
でも、僕はようやく目が覚めたんだ。
ごめんね、君の傍にいたかったのに、結局、遠く離れたままとなってしまうかも知れない。
僕が愚かだったばっかりに、本当にごめん。
これが、僕から君へ、最後の出来る事だ。
●監禁
薄暗い部屋、椅子に縛られた状態でアルフォンスはいた。
裸足の両足の爪は全て剥がされ、手当もされないまま放置された血液は固まりつつあった。
カツカツと靴音を響かせ、2人の男が――レオポルドと見目美しい青年が室内へと入ってきた。
「さて、そろそろ気は変わったかな?」
青年が命じられてアルフォンスの前髪を掴んで顔を上げさせる。
その顔面は何度も殴られ、酷く腫れ上がっていた。
「困ったね……君がその調子なら、奥さんへの治療も止めなければならない」
腫れ上がった瞼の向こうから、鳶色の瞳がレオポルドを見る。
「……もう、これ以上、妻に、嘘を、吐きたく、ない」
絶え絶えに紡がれた言葉を聞いて、レオポルドはステッキを振り上げるとアルフォンスのこめかみを打った。
衝撃に椅子ごと倒れ、床に頭部を強打してアルフォンスは気を失った。
「どうしたものか……コイツさえいれば……いや、インクの調合さえ分かれば……っ!」
ギリィッとステッキの持ち手を握り締め、歯噛みすると再び青年を連れ添って部屋を出る。
青年はちらりとアルフォンスに憐憫の眼差しを向けたが、直ぐに表情を消して扉を閉めた。
●銅版画
ハンターが持ち帰った版画は、とても精緻な彫りで描かれていた。
揺れる大麦の畑は穂先の粒一つ一つまで描かれ、微笑む女神の肌と身に纏っている布の質感の違いすら見て取れる。後ろの木々は力強く天へと枝葉を伸ばし、道を歩く犬の毛並みはふさふさと柔らかそうなのに、地面は硬く、転がる石ころにさえ重さを感じられた。
額に入れて10歩も離れれば、とても版画とは見えない出来映えの逸品。
「非常に陰影の付け方が精巧です。だから、質感の差も描くことが出来る」
そう言うと、帝国軍の財務課で今回の偽革命債騒動の担当となった男はファイルから革命債を取り出した。
細かな蔦が縁を囲い、帝国旗の模様と先代皇帝であるヒルデブランドの横顔が精巧に描かれている。
手に取れば、光の加減によって鮮やかな青から黒へと色を変える。
「当時、この紙は上質で高価な物でした。しかし革命債の発行が中止となり、ここ10年で一般でも出回るようになりました。代わりにインクの調合は非常に複雑で、同じ色を出す事はかなり困難です」
「偶然なのか、研究した結果なのか……それは分かりませんが、インクがあり、ここまで精巧に銅を彫れるのであれば複製は可能でしょうね」
当時の技術の粋を集め作った革命債ではあったが、この激動の13年によりその技術は一般化しつつあるのかもしれない。
男は眼鏡のブリッジを右中指でくぃっと押し上げ、「そうそう」と付け加えた。
「もう3枚、10,000Gの偽革命債が見つかりました。いずれもアルムスターの薬剤所です」
「……そうかね、有り難う」
「あと、こんなものが財務課に届きました」
席を立とうとしたフランツに、男は封筒を差し出した。
封を切られた封筒には、決して上手いとは言えない文字で書き綴られた手紙が入っていた。
●供述
きっかけ……あぁ。
ヴァンが豪遊してるっていうんでね、ちょっと呼び出して話しを聞いたら、親友が『作った』って言うんで、こりゃどうしたもんかと伯爵に相談したのさ。
そしたら、伯爵がえらく興味を示されてね。
『口止め料として借金を立て替えてやろう』なんておっしゃって、ホントに額面払って来たのさ。
こちらとしちゃ、貸した金が返ってきたんならそれでいいんでね、ヴァンの借金を帳消しにして。
その後伯爵がどんな手を使ってあの画家先生に近付いたのかは知らないさ。
俺は現金以外は信じちゃいないんでね、贋金なんてヤバイもんには関わりたくねぇ。
……ところが、ヴァンが血相変えて『ハンターが来た、革命債について嗅ぎ回っているらしい』って駆け込んで来たんで、一応伯爵に連絡をいれたのよ。
伯爵には起業する時に後見人になってもらったりして世話になったからな、一応礼儀として?
ところが、『ヴァンを自殺に見せかけて殺せ』と命令が来た。
俺は腐ってもハンターだ。
今は足をやっちまったから半引退状態だが、これでもこの世界に来て、ハンターに選ばれた時は運命的な物を感じて必死に雑魔達と戦ったもんさ。
だから、人殺しだけは俺は引き受けない。
そう言って断ったら、あっさり伯爵は引き下がってくれたよ。
ただ、代わりにヴァンを泥酔させろと連絡が来た。
なんであの日、ヴァンを俺の家へ招待して泥酔するまで飲ませたのさ。
後は、伯爵が雇った男にヴァンを自宅まで運ばせた。
その結果は、ご存じの通りだ。
その男? さて、朝にはもういなくなっていたな。人相? 覚えてないね。
まぁ、どんな捜査にでも協力はするさ、資料の提供も惜しまない。
……なぁ、俺はこの国でどんな罪になる?
●オフィス個室
「皆さんが捕まえてくれたハイリンヒだが、随分と『協力的』な男だそうで、無事生きて捕らえてくれて感謝するよ」
穏やかにフランツは告げると、出されたティーカップを手にした。
「ではまず、主犯と思われるレオポルド伯爵について話そうかの。彼は革命戦争の時には真っ先に革命軍の傘下に入り、その見返りとして爵位を保った男なんじゃよ……とはいえ、守れたのは名だけの爵位で、領地の殆どは没収されたんだがの。だが彼は実業家としてもそこそこに成功しておったので、革命後もアウグストと顔を合わせる機会はあったであろうのぅ」
住まいは帝都の東になるが、マテリアル鉱石の取引などの為にアルムスターを訪れることも多かったらしく、アルムスターの郊外に豪邸を持っている。
「その別荘に、レオポルドはいるはずじゃ」
なぜ、知っている? と問われてフランツは朗らかに笑った。
「本宅の方に面会の申し入れをしたら、現在伯爵は仕事で長期不在だと言われての。なんやかんやと世間話をしてみたら、ぽろっと行き先を教えてくれたんじゃ」
……一体どんな『世間話』をしたのか聞きたい衝動に駆られたが、空恐ろしい気配を感じて全員が口を噤んだ。
「ここに、一通の手紙が届いた。罪を告白し、断罪と救済を乞う手紙だ」
机の上に開かれたのは、まるで子供が書いたかのような拙い文字。
差出人の名はエマ、と読めた。
「レオポルドが屋敷から出てきたという話しはない。恐らくアルフォンスもそこにいるだろう。全員生きて捕らえて来ておくれ」
鋭い眼光でフランツは命じ、ハンター達は頷いた。
――この一連の偽革命債を巡る騒動に終止符を打つために。
きっと君は驚き、怒り、失望し、もしかしたら泣くかも知れない。
でも、僕はようやく目が覚めたんだ。
ごめんね、君の傍にいたかったのに、結局、遠く離れたままとなってしまうかも知れない。
僕が愚かだったばっかりに、本当にごめん。
これが、僕から君へ、最後の出来る事だ。
●監禁
薄暗い部屋、椅子に縛られた状態でアルフォンスはいた。
裸足の両足の爪は全て剥がされ、手当もされないまま放置された血液は固まりつつあった。
カツカツと靴音を響かせ、2人の男が――レオポルドと見目美しい青年が室内へと入ってきた。
「さて、そろそろ気は変わったかな?」
青年が命じられてアルフォンスの前髪を掴んで顔を上げさせる。
その顔面は何度も殴られ、酷く腫れ上がっていた。
「困ったね……君がその調子なら、奥さんへの治療も止めなければならない」
腫れ上がった瞼の向こうから、鳶色の瞳がレオポルドを見る。
「……もう、これ以上、妻に、嘘を、吐きたく、ない」
絶え絶えに紡がれた言葉を聞いて、レオポルドはステッキを振り上げるとアルフォンスのこめかみを打った。
衝撃に椅子ごと倒れ、床に頭部を強打してアルフォンスは気を失った。
「どうしたものか……コイツさえいれば……いや、インクの調合さえ分かれば……っ!」
ギリィッとステッキの持ち手を握り締め、歯噛みすると再び青年を連れ添って部屋を出る。
青年はちらりとアルフォンスに憐憫の眼差しを向けたが、直ぐに表情を消して扉を閉めた。
●銅版画
ハンターが持ち帰った版画は、とても精緻な彫りで描かれていた。
揺れる大麦の畑は穂先の粒一つ一つまで描かれ、微笑む女神の肌と身に纏っている布の質感の違いすら見て取れる。後ろの木々は力強く天へと枝葉を伸ばし、道を歩く犬の毛並みはふさふさと柔らかそうなのに、地面は硬く、転がる石ころにさえ重さを感じられた。
額に入れて10歩も離れれば、とても版画とは見えない出来映えの逸品。
「非常に陰影の付け方が精巧です。だから、質感の差も描くことが出来る」
そう言うと、帝国軍の財務課で今回の偽革命債騒動の担当となった男はファイルから革命債を取り出した。
細かな蔦が縁を囲い、帝国旗の模様と先代皇帝であるヒルデブランドの横顔が精巧に描かれている。
手に取れば、光の加減によって鮮やかな青から黒へと色を変える。
「当時、この紙は上質で高価な物でした。しかし革命債の発行が中止となり、ここ10年で一般でも出回るようになりました。代わりにインクの調合は非常に複雑で、同じ色を出す事はかなり困難です」
「偶然なのか、研究した結果なのか……それは分かりませんが、インクがあり、ここまで精巧に銅を彫れるのであれば複製は可能でしょうね」
当時の技術の粋を集め作った革命債ではあったが、この激動の13年によりその技術は一般化しつつあるのかもしれない。
男は眼鏡のブリッジを右中指でくぃっと押し上げ、「そうそう」と付け加えた。
「もう3枚、10,000Gの偽革命債が見つかりました。いずれもアルムスターの薬剤所です」
「……そうかね、有り難う」
「あと、こんなものが財務課に届きました」
席を立とうとしたフランツに、男は封筒を差し出した。
封を切られた封筒には、決して上手いとは言えない文字で書き綴られた手紙が入っていた。
●供述
きっかけ……あぁ。
ヴァンが豪遊してるっていうんでね、ちょっと呼び出して話しを聞いたら、親友が『作った』って言うんで、こりゃどうしたもんかと伯爵に相談したのさ。
そしたら、伯爵がえらく興味を示されてね。
『口止め料として借金を立て替えてやろう』なんておっしゃって、ホントに額面払って来たのさ。
こちらとしちゃ、貸した金が返ってきたんならそれでいいんでね、ヴァンの借金を帳消しにして。
その後伯爵がどんな手を使ってあの画家先生に近付いたのかは知らないさ。
俺は現金以外は信じちゃいないんでね、贋金なんてヤバイもんには関わりたくねぇ。
……ところが、ヴァンが血相変えて『ハンターが来た、革命債について嗅ぎ回っているらしい』って駆け込んで来たんで、一応伯爵に連絡をいれたのよ。
伯爵には起業する時に後見人になってもらったりして世話になったからな、一応礼儀として?
ところが、『ヴァンを自殺に見せかけて殺せ』と命令が来た。
俺は腐ってもハンターだ。
今は足をやっちまったから半引退状態だが、これでもこの世界に来て、ハンターに選ばれた時は運命的な物を感じて必死に雑魔達と戦ったもんさ。
だから、人殺しだけは俺は引き受けない。
そう言って断ったら、あっさり伯爵は引き下がってくれたよ。
ただ、代わりにヴァンを泥酔させろと連絡が来た。
なんであの日、ヴァンを俺の家へ招待して泥酔するまで飲ませたのさ。
後は、伯爵が雇った男にヴァンを自宅まで運ばせた。
その結果は、ご存じの通りだ。
その男? さて、朝にはもういなくなっていたな。人相? 覚えてないね。
まぁ、どんな捜査にでも協力はするさ、資料の提供も惜しまない。
……なぁ、俺はこの国でどんな罪になる?
●オフィス個室
「皆さんが捕まえてくれたハイリンヒだが、随分と『協力的』な男だそうで、無事生きて捕らえてくれて感謝するよ」
穏やかにフランツは告げると、出されたティーカップを手にした。
「ではまず、主犯と思われるレオポルド伯爵について話そうかの。彼は革命戦争の時には真っ先に革命軍の傘下に入り、その見返りとして爵位を保った男なんじゃよ……とはいえ、守れたのは名だけの爵位で、領地の殆どは没収されたんだがの。だが彼は実業家としてもそこそこに成功しておったので、革命後もアウグストと顔を合わせる機会はあったであろうのぅ」
住まいは帝都の東になるが、マテリアル鉱石の取引などの為にアルムスターを訪れることも多かったらしく、アルムスターの郊外に豪邸を持っている。
「その別荘に、レオポルドはいるはずじゃ」
なぜ、知っている? と問われてフランツは朗らかに笑った。
「本宅の方に面会の申し入れをしたら、現在伯爵は仕事で長期不在だと言われての。なんやかんやと世間話をしてみたら、ぽろっと行き先を教えてくれたんじゃ」
……一体どんな『世間話』をしたのか聞きたい衝動に駆られたが、空恐ろしい気配を感じて全員が口を噤んだ。
「ここに、一通の手紙が届いた。罪を告白し、断罪と救済を乞う手紙だ」
机の上に開かれたのは、まるで子供が書いたかのような拙い文字。
差出人の名はエマ、と読めた。
「レオポルドが屋敷から出てきたという話しはない。恐らくアルフォンスもそこにいるだろう。全員生きて捕らえて来ておくれ」
鋭い眼光でフランツは命じ、ハンター達は頷いた。
――この一連の偽革命債を巡る騒動に終止符を打つために。
リプレイ本文
●
ユリアン(ka1664)とアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は背後に精悍なドワーフの男の視線を感じながら、顔を見合わせると馬蹄型の立派なドアノッカーで3度、4度と扉を叩いた。
暫くすると、線の細い金髪碧眼の青年が出てくる……歳はユリアンと同じか少し上といったところか。
「……あなたたちは?」
「突然の訪問、お許し下さい。ですが、どうか、伯爵様にお目通りを……! お願いします」
ユリアンは必死の形相で一気に捲し立てると、フラットに頼んで書いて貰った手紙を差し出しながら低く頭を下げた。それを見て、アウレールも慌てて頭を下げて「お願いします」と頼み込む。
青年は眉を顰めて2人を見ていたが、その手紙を受け取ると「あなたはもう持ち場へ戻っていいですよ」と背後の男にそう告げてから扉を開いた。
「伯爵様はお忙しい身であられます。お目通りが叶うかどうか確認して参ります……こちらでお待ち下さい」
扉を抜け、玄関ホールから左手すぐの小部屋に案内される。ここは簡易的な応接間のようだ。
室内に入ると、すぐに扉が閉められた。しかしユリアンはその扉の傍に1人の屈強なドワーフの男が待機していたのを見ている。彼がただの傭兵なのか、それとも覚醒者であるのかは未覚醒であるため判断が付かない。ただ、確実に見張りであり、身勝手に動かしはしないという言外の圧力でもある。
大人しく2人がソファに座って待っていると、軽やかなノック音の後に先ほどの青年が姿を現した。
「伯爵様がお会いになるそうです。こちらへ」
青年の瞳にはおおよそ生気が無く、綺麗なガラス玉のようだとアウレールは思う。
通された応接間は、すぐ向かいの部屋だった。
立派なステンドグラスがはめられた室内は一目で質の良いとわかる調度品で飾られているが、決して華美では無く、白磁の花瓶には庭から詰まれたのだろう薔薇が飾られ、甘やかな香りが部屋に満ちていた。
アウレールはおどおどとした演技で『兄』であるユリアンの服の裾を握ると、自分と同じ青い瞳が優しく頷く。
――ここからが本番だ。仲間が無事侵入するまで何としても伯爵を引き付けておかなければならないのだから。
●
裏口の傍に立っていた傭兵をスティード・バック(ka4930)が締め上げて、身ぐるみを剥ぐと木陰へと転がした。
それを横目に見ながらマリル&メリル(ka3294)は怒っていた。これ以上無いくらいにこの一連の事件に怒っていた。
長身のスティードがベースとなりアンダートスの要領で走り込んできたマリルを上へと押し上げると、マリルは疾影士としての身軽さを最大限に利用し、裏手2階のベランダによじ登った。
無事マリルがベランダに侵入できたのを見届けるとスティードは身を隠す。
マリルがガラス越しに室内を伺うとどうやら使用人の部屋のようだった。
二段ベッドと2つの机、2つのクローゼットが置かれただけの狭い部屋はそれでも清潔感があり、整然としている。……使用人の処遇としては酷くは無いのか?
開く窓が無いかと押し引きしてみるが鍵が掛かっているようで開かない。
どうする? ……別のルートを探す? ……あまり時間をかけてもいられないから、鍵を壊して入る? でも、下手に音を立てるのも……
いつものように話し合う。そして、ショートソードを取り出すと、静かに窓ガラスと枠の間に剣先を滑り込ませた。
●
「さて、ユリアンとアウレールが頑張ってくれている間に……っと」
2人が屋敷内へ招かれるのを見届けると、劉 厳靖(ka4574)が玄関から門へと戻っていく男へと静かに近付き、首を締め上げて気絶させる。
手に笛を持っていたのを見てヒヤリとしつつも、男の装備を奪い、ロープで傍に合った樹へと括り付けた。
さらに門の所に1人いるはずだが、それはスティードが向かっているはずなので、木の陰に隠れながら外回り中の他の傭兵を探す。
銃を携帯した男を見つけて、速やかに背後に忍び寄って同様に頸動脈を圧迫することで意識を奪う。
「ひっ!」
細い悲鳴を聞いて、劉が振り返るとそこにはマリルより幼く見える少年が薔薇の花を手に立っていた。
劉は「シィ」と人差し指を立てて静かにするように少年に伝えると、少年は何度も何度も首を縦に振ってじりじりと後ずさる。
「あー、大丈夫、黙っていてくれたら何にもしないから。……あー、嘘。ちょっとオジサンとおしゃべりしよう?」
劉の精一杯の作った笑顔に少年は涙目になりながら激しく首を縦に振った。
●
連絡を受けたドロテア・フレーベ(ka4126)は鞭をロープ代わりにマリルと同じように2階のベランダへと上がった。
「すみません。本当は1階の鍵を開けたかったんですが……」
マリルはこの部屋の少年に支給されているらしいカッターシャツとズボンを拝借して髪を後手で一つに綺麗に纏めていた。
傭兵達は使用人の顔を覚えているわけでは無いようで、怪しまれることはなかったが、階段下では使用人達が常に動いていてうかつに下りることが出来なかったのだ。
「仕方が無いわ。とりあえず2階の状況がわかっただけでも上々よ」
ドロテアが微笑み、マリルも少しだけほっとしたように微笑み返す。
「この部屋の向かいに大広間があって、そのすぐ左が伯爵の部屋みたいです。ずっと見張りが立ってます」
「スティードさんの超聴覚によると、響くような足音が聞こえたそうだから、多分、裏口の傍に地下に下りる階段があるんじゃないかって」
……と言うことは、無理に侵入する必要はないということだ。
2人は、まず二階にいる傭兵達を沈めることにした。
マリルが2人の気を引いている間に、後ろからドロテアが一気に攻め入る。もう1人に何が起こっているのか把握させる前にマリルが喉元に剣を突きつけ、言葉を奪う。覚醒者であれば何らかの手段を講じてきたかも知れなかったが、男は違ったらしい。なお、ドロテアが一撃で沈めた男は疾影士だったようで、武器と装飾品全てを奪ってスキルの発動を抑えていく。
マリルが使用人の部屋からシーツを持ち出すと、それを細く切って紐状にしてロープと猿轡代わりにして男達を縛り、客間へと仲良く転がした。
『首尾はどうだ?』
伝話越しの劉の声はドロテアには少ししゃがれて聞こえた。
「とりあえず2人……1人は疾影士だったわ」
『こっちは猟撃士と傭兵が……3人だっけ? 門の前にいたのが確か機導師だったかな』
「じゃぁ、後は闘狩士含めて3人かしら?」
『そうなるな。あ、使用人は全部で4人。1人が執事みたいに伯爵の傍に控えてて、あと2名はこの時間なら厨房じゃねぇかって』
「あと1人は?」
『俺の横で震えてる』
凄くドヤ顔の劉が浮かんで、ドロテアの口元は思わず綻んだ。
「イタズラしちゃだめよ? ……じゃぁ、今から頑張って裏口の鍵開けるから、待っててね」
『しねーし!』
お互いに軽く笑いながら通話を切ると、マリルがむすっとした顔でドロテアを見ていた。
「……緊張感がないです」
「マリメリ君は何だかイライラしてる?」
眉間のしわを指摘され、マリルは口を噤む。
「……アルフォンスを助けて、伯爵を捕まえて、早く終わらせましょうね」
ドロテアの微笑みに、マリルは俯きながら小さく頷いた。
マリルが先導し階段を降りると、玄関傍に1人立っていた傭兵がうとうとと船を漕いでいる状態だった。それを見て2人は素早く裏口へと走り抜ける途中、厨房では確かに少年2人がせっせと夕飯を支度しているのが見えた。
マリルが裏口の鍵を開けると、スティードがいつもの力強い微笑みを湛えて満足気に頷いた。
「ん、マリメリもお疲れ」
劉がいつもの軽い口調でマリルの労を労う。
「さて、ユリアンとアウレールを変態の手から救いに行きますか!」
劉の言葉に、マリルは大きく頷いて応えた。
地下室を目指し一階の探索を始めたスティードと別れ、3人はユリアン達がいる応接室へと向かった。
玄関にいた居眠りの傭兵こそ闘狩士だったが、3人の敵ではない。さらに奥の部屋から1人が出てきたが、直ぐ様ドロテアが鞭で縛り上げ跪かせた。
●
事前よりフランツが面会を希望していたという事実と手紙が後押しをして、伯爵は何の疑いも無く2人の身の上話を信用して聞いていた。
「そうかそうか、大変だったねぇ」
恰幅が良く清潔感のある紳士だが、先ほどから視線がねっとりとアウレールを追い、アウレールは生理的嫌悪感を必死に抑えながら精一杯の愛想笑いを返したりしていた。
その時、扉が乱暴に開かれるのと同時に劉の姿を見たアウレールは、覚醒と同時に献上品として机の上に置いていたシードルを伯爵へ投げつけ、拳銃を取り出そうとした右手へはユリアンがナイフを投げ、その身を抑えた。
「動かないで。俺達はハンターです。帝国からの依頼で贋金製造容疑と監禁容疑でレオポルド伯爵、貴方を拘束します。……君達使用人からも話しが聞きたいので、一カ所に集まって貰えますか?」
ユリアンの言葉を聞いて、青年はぼんやりと庭へと視線を移し、うっすらと笑った。
「……あぁ、もう終わりなのですね」
●
男の悲鳴と、ぶつかる音、何かが倒れる音がして、アルフォンスは腫れた瞼をうっすらと開けた。
鍵をガチャガチャと触る音がしていたが、静かになったと思った次の瞬間、扉が鍵どころか蝶番ごとぶち壊される。
「……力が要るなら連絡しろと伝えたのだがな」
その声を聞いて、アルフォンスは「すみません」と力なく告げた。
思わずスティードが言葉を失うほどに、アルフォンスの姿は酷い物だった。
青紫色に変色し、腫れた顔。脱水を起こしているのか、腫れた唇は酷くひび割れて乾燥している。手足は椅子に固定されている為、糞尿はそのまま垂れ流すしか無かったのだろう。部屋中に酷い臭いが充満している。
来たのがマリルやドロテアで無くて良かったと心からスティードは思いながら、まず手の拘束を外した。足の拘束を外そうと視線をやると、全ての爪が剥がされ、化膿し始めているのか赤黒く腫れ爛れており、応急処置でも出来るよう準備しておくべきだったかと歯噛みした。
恐らく水を掛ける為に使っていたのだろう水瓶と桶を部屋の隅に見つけて、まず水を飲ませると、その傍にあった手ふきをタオル代わりに身体を清めようと提案する。
「……自分でやれます。伯爵は、手だけは、傷付けないでいてくれたから」
水瓶の水を全て使い切って何とか全身を拭き終わった頃、スティードから伝話を受けた劉がアルフォンスでも着られそうな服をこじ開けた伯爵の部屋から持って来た。
「あれま、随分色男になったもんだなぁ!」
初対面となる劉の言葉にアルフォンスは「はい」と少しだけ笑った。
スティードに支えられながら着替えを終えると、アルフォンスは腫れた瞼の奥から真っ直ぐにスティードを見た。
「もう、逃げも隠れもしません。全てお話します」
スティードはその瞳の奥にある強さを受け止めて、頷いた。
●
劉が応接間に戻ると、こちらは尋問の真っ最中だった。
「ば、ばるつらいひなんて知らない……!」
「ヴ、ル、ツァ、ライヒ!」
ドロテアが鞭を鳴らしながら訂正すると、ハヒィッ! と情けない声で育ちの良い豚が鳴いた。
「では、貴方はアウグストに偽革命債の見返りに何を得ていたんですか?」
あくまでユリアンは丁寧な所作で(ナイフをちらつかせながら)優しく問いかける。
「あの、訓練所で、良い子がいたら、うちに回して貰っていただけだ……!」
「訓練所……ここでカールと繋がりますか」
耳の一つでも吹き飛ばしかねない程にマリルは全身から怒りを迸らせているし、アウレールは伯爵を拘束しているロープの端を握りながら、反対の手では拳銃を構えていたりする。
「混沌としてんなぁ」
「あ、劉殿。アル殿は?」
アウレールの問いに劉は両肩をひょいっと竦めて見せる。
「命に別状は無い……が、酷く衰弱してるし、足がバンバンに腫れてて立って歩くのも大変そうなんで、スティードが先に病院へ連れて行った」
そして病院に送り届けたその足で、軍へと報告に行ってくれる手筈になっていた。
「……むぅ、そうか。言ってやりたいことが山のようにあったのだが」
この真っ直ぐで正義の塊のような少年の事だ、恐らくとても綺麗な正論が弾丸の如く飛び出しただろう事は想像に難くない。
だが、真実と正論が常に人を活かすとは限らないという事を、少年の3倍近い時を生きている劉は知っている。
「『弱さを許すこと、弱き者の弱さを補うことが力ある者の務め』だとよ」
スティードの言葉を劉はそのままアウレールに告げるが、アウレールにその真意が届いたかどうかは劉には分からない。
「エマの病気は?」
「あ、あれは本当に肺の、不治の病だ。治療費を出してやる代わりに偽革命債造りに協力させる約束だった」
「多分それは本当だよ」
騒ぎが起きるまで雇用について伯爵と話しをしていたユリアンが頷いた。この伯爵、アウレールを見て一目で気に入ったらしい事からも噂に違わず少年が大好物ではあるらしかったが、取引という点にはフェアな態度を示していた。何しろ借金の肩代わりを申し出てくれたぐらいだ。また、マリル自身も使用人の部屋や支給された服などを見て、予想より丁寧に少年達が扱われている事は薄々感じていた。
……それでも誰ひとりとして伯爵を助けようとしなかったのはそれ以上の何かがあるのか、単純にハンターが怖かったのか。なお、使用人の4人は纏めてユリアン達が最初に通された応接間に入って貰っている。
「……そのわりには、アルフォンスは随分酷い有様だったけどな」
「あれは、インクの調合を吐かないから……ヒィッ!」
思わず身を乗り出した伯爵に向けて、鞭が鳴り、ナイフが煌めき、二丁の銃口が向けられたのを見て、劉は「おっかないなぁ」とぼやいた。
●
「あのね、気付いたの」
軍に連行されていく伯爵と使用人、傭兵達を見送りながら、誰に言うわけでもなくぽつりとマリルがこぼした。
「命も大事だけど、縁も大切なものなんだね」
マリルとメリルを繋ぐ物。2人とみんなを繋ぐ物。
「……そうだね」
今回やっと見ることが出来た、ユリアンのいつものやわらかな笑顔にマリルは不意に胸が苦しくなる。
「縁、ね。しがらみとも言うけどな」
カラカラと軽口を口にしながら劉がマリルの頭をガシガシと乱暴に撫でる。
「やめたげなさい、もぅ」
そんな劉を諫めつつドロテアが乱れたマリルの髪を手櫛で整える。
「そうだぞ、絆、とも言うのだからな」
アウレールの言葉にマリルはなるほど、と腑に落ちた。
『誰かの縁や絆を、思いあう心を引き裂こうとするから、許せなかったんだ』
緩やかな坂の向こうから歩いてくる長身の影を見つけて、マリルは手を振って言った。
「おかえりなさい」
ユリアン(ka1664)とアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は背後に精悍なドワーフの男の視線を感じながら、顔を見合わせると馬蹄型の立派なドアノッカーで3度、4度と扉を叩いた。
暫くすると、線の細い金髪碧眼の青年が出てくる……歳はユリアンと同じか少し上といったところか。
「……あなたたちは?」
「突然の訪問、お許し下さい。ですが、どうか、伯爵様にお目通りを……! お願いします」
ユリアンは必死の形相で一気に捲し立てると、フラットに頼んで書いて貰った手紙を差し出しながら低く頭を下げた。それを見て、アウレールも慌てて頭を下げて「お願いします」と頼み込む。
青年は眉を顰めて2人を見ていたが、その手紙を受け取ると「あなたはもう持ち場へ戻っていいですよ」と背後の男にそう告げてから扉を開いた。
「伯爵様はお忙しい身であられます。お目通りが叶うかどうか確認して参ります……こちらでお待ち下さい」
扉を抜け、玄関ホールから左手すぐの小部屋に案内される。ここは簡易的な応接間のようだ。
室内に入ると、すぐに扉が閉められた。しかしユリアンはその扉の傍に1人の屈強なドワーフの男が待機していたのを見ている。彼がただの傭兵なのか、それとも覚醒者であるのかは未覚醒であるため判断が付かない。ただ、確実に見張りであり、身勝手に動かしはしないという言外の圧力でもある。
大人しく2人がソファに座って待っていると、軽やかなノック音の後に先ほどの青年が姿を現した。
「伯爵様がお会いになるそうです。こちらへ」
青年の瞳にはおおよそ生気が無く、綺麗なガラス玉のようだとアウレールは思う。
通された応接間は、すぐ向かいの部屋だった。
立派なステンドグラスがはめられた室内は一目で質の良いとわかる調度品で飾られているが、決して華美では無く、白磁の花瓶には庭から詰まれたのだろう薔薇が飾られ、甘やかな香りが部屋に満ちていた。
アウレールはおどおどとした演技で『兄』であるユリアンの服の裾を握ると、自分と同じ青い瞳が優しく頷く。
――ここからが本番だ。仲間が無事侵入するまで何としても伯爵を引き付けておかなければならないのだから。
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裏口の傍に立っていた傭兵をスティード・バック(ka4930)が締め上げて、身ぐるみを剥ぐと木陰へと転がした。
それを横目に見ながらマリル&メリル(ka3294)は怒っていた。これ以上無いくらいにこの一連の事件に怒っていた。
長身のスティードがベースとなりアンダートスの要領で走り込んできたマリルを上へと押し上げると、マリルは疾影士としての身軽さを最大限に利用し、裏手2階のベランダによじ登った。
無事マリルがベランダに侵入できたのを見届けるとスティードは身を隠す。
マリルがガラス越しに室内を伺うとどうやら使用人の部屋のようだった。
二段ベッドと2つの机、2つのクローゼットが置かれただけの狭い部屋はそれでも清潔感があり、整然としている。……使用人の処遇としては酷くは無いのか?
開く窓が無いかと押し引きしてみるが鍵が掛かっているようで開かない。
どうする? ……別のルートを探す? ……あまり時間をかけてもいられないから、鍵を壊して入る? でも、下手に音を立てるのも……
いつものように話し合う。そして、ショートソードを取り出すと、静かに窓ガラスと枠の間に剣先を滑り込ませた。
●
「さて、ユリアンとアウレールが頑張ってくれている間に……っと」
2人が屋敷内へ招かれるのを見届けると、劉 厳靖(ka4574)が玄関から門へと戻っていく男へと静かに近付き、首を締め上げて気絶させる。
手に笛を持っていたのを見てヒヤリとしつつも、男の装備を奪い、ロープで傍に合った樹へと括り付けた。
さらに門の所に1人いるはずだが、それはスティードが向かっているはずなので、木の陰に隠れながら外回り中の他の傭兵を探す。
銃を携帯した男を見つけて、速やかに背後に忍び寄って同様に頸動脈を圧迫することで意識を奪う。
「ひっ!」
細い悲鳴を聞いて、劉が振り返るとそこにはマリルより幼く見える少年が薔薇の花を手に立っていた。
劉は「シィ」と人差し指を立てて静かにするように少年に伝えると、少年は何度も何度も首を縦に振ってじりじりと後ずさる。
「あー、大丈夫、黙っていてくれたら何にもしないから。……あー、嘘。ちょっとオジサンとおしゃべりしよう?」
劉の精一杯の作った笑顔に少年は涙目になりながら激しく首を縦に振った。
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連絡を受けたドロテア・フレーベ(ka4126)は鞭をロープ代わりにマリルと同じように2階のベランダへと上がった。
「すみません。本当は1階の鍵を開けたかったんですが……」
マリルはこの部屋の少年に支給されているらしいカッターシャツとズボンを拝借して髪を後手で一つに綺麗に纏めていた。
傭兵達は使用人の顔を覚えているわけでは無いようで、怪しまれることはなかったが、階段下では使用人達が常に動いていてうかつに下りることが出来なかったのだ。
「仕方が無いわ。とりあえず2階の状況がわかっただけでも上々よ」
ドロテアが微笑み、マリルも少しだけほっとしたように微笑み返す。
「この部屋の向かいに大広間があって、そのすぐ左が伯爵の部屋みたいです。ずっと見張りが立ってます」
「スティードさんの超聴覚によると、響くような足音が聞こえたそうだから、多分、裏口の傍に地下に下りる階段があるんじゃないかって」
……と言うことは、無理に侵入する必要はないということだ。
2人は、まず二階にいる傭兵達を沈めることにした。
マリルが2人の気を引いている間に、後ろからドロテアが一気に攻め入る。もう1人に何が起こっているのか把握させる前にマリルが喉元に剣を突きつけ、言葉を奪う。覚醒者であれば何らかの手段を講じてきたかも知れなかったが、男は違ったらしい。なお、ドロテアが一撃で沈めた男は疾影士だったようで、武器と装飾品全てを奪ってスキルの発動を抑えていく。
マリルが使用人の部屋からシーツを持ち出すと、それを細く切って紐状にしてロープと猿轡代わりにして男達を縛り、客間へと仲良く転がした。
『首尾はどうだ?』
伝話越しの劉の声はドロテアには少ししゃがれて聞こえた。
「とりあえず2人……1人は疾影士だったわ」
『こっちは猟撃士と傭兵が……3人だっけ? 門の前にいたのが確か機導師だったかな』
「じゃぁ、後は闘狩士含めて3人かしら?」
『そうなるな。あ、使用人は全部で4人。1人が執事みたいに伯爵の傍に控えてて、あと2名はこの時間なら厨房じゃねぇかって』
「あと1人は?」
『俺の横で震えてる』
凄くドヤ顔の劉が浮かんで、ドロテアの口元は思わず綻んだ。
「イタズラしちゃだめよ? ……じゃぁ、今から頑張って裏口の鍵開けるから、待っててね」
『しねーし!』
お互いに軽く笑いながら通話を切ると、マリルがむすっとした顔でドロテアを見ていた。
「……緊張感がないです」
「マリメリ君は何だかイライラしてる?」
眉間のしわを指摘され、マリルは口を噤む。
「……アルフォンスを助けて、伯爵を捕まえて、早く終わらせましょうね」
ドロテアの微笑みに、マリルは俯きながら小さく頷いた。
マリルが先導し階段を降りると、玄関傍に1人立っていた傭兵がうとうとと船を漕いでいる状態だった。それを見て2人は素早く裏口へと走り抜ける途中、厨房では確かに少年2人がせっせと夕飯を支度しているのが見えた。
マリルが裏口の鍵を開けると、スティードがいつもの力強い微笑みを湛えて満足気に頷いた。
「ん、マリメリもお疲れ」
劉がいつもの軽い口調でマリルの労を労う。
「さて、ユリアンとアウレールを変態の手から救いに行きますか!」
劉の言葉に、マリルは大きく頷いて応えた。
地下室を目指し一階の探索を始めたスティードと別れ、3人はユリアン達がいる応接室へと向かった。
玄関にいた居眠りの傭兵こそ闘狩士だったが、3人の敵ではない。さらに奥の部屋から1人が出てきたが、直ぐ様ドロテアが鞭で縛り上げ跪かせた。
●
事前よりフランツが面会を希望していたという事実と手紙が後押しをして、伯爵は何の疑いも無く2人の身の上話を信用して聞いていた。
「そうかそうか、大変だったねぇ」
恰幅が良く清潔感のある紳士だが、先ほどから視線がねっとりとアウレールを追い、アウレールは生理的嫌悪感を必死に抑えながら精一杯の愛想笑いを返したりしていた。
その時、扉が乱暴に開かれるのと同時に劉の姿を見たアウレールは、覚醒と同時に献上品として机の上に置いていたシードルを伯爵へ投げつけ、拳銃を取り出そうとした右手へはユリアンがナイフを投げ、その身を抑えた。
「動かないで。俺達はハンターです。帝国からの依頼で贋金製造容疑と監禁容疑でレオポルド伯爵、貴方を拘束します。……君達使用人からも話しが聞きたいので、一カ所に集まって貰えますか?」
ユリアンの言葉を聞いて、青年はぼんやりと庭へと視線を移し、うっすらと笑った。
「……あぁ、もう終わりなのですね」
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男の悲鳴と、ぶつかる音、何かが倒れる音がして、アルフォンスは腫れた瞼をうっすらと開けた。
鍵をガチャガチャと触る音がしていたが、静かになったと思った次の瞬間、扉が鍵どころか蝶番ごとぶち壊される。
「……力が要るなら連絡しろと伝えたのだがな」
その声を聞いて、アルフォンスは「すみません」と力なく告げた。
思わずスティードが言葉を失うほどに、アルフォンスの姿は酷い物だった。
青紫色に変色し、腫れた顔。脱水を起こしているのか、腫れた唇は酷くひび割れて乾燥している。手足は椅子に固定されている為、糞尿はそのまま垂れ流すしか無かったのだろう。部屋中に酷い臭いが充満している。
来たのがマリルやドロテアで無くて良かったと心からスティードは思いながら、まず手の拘束を外した。足の拘束を外そうと視線をやると、全ての爪が剥がされ、化膿し始めているのか赤黒く腫れ爛れており、応急処置でも出来るよう準備しておくべきだったかと歯噛みした。
恐らく水を掛ける為に使っていたのだろう水瓶と桶を部屋の隅に見つけて、まず水を飲ませると、その傍にあった手ふきをタオル代わりに身体を清めようと提案する。
「……自分でやれます。伯爵は、手だけは、傷付けないでいてくれたから」
水瓶の水を全て使い切って何とか全身を拭き終わった頃、スティードから伝話を受けた劉がアルフォンスでも着られそうな服をこじ開けた伯爵の部屋から持って来た。
「あれま、随分色男になったもんだなぁ!」
初対面となる劉の言葉にアルフォンスは「はい」と少しだけ笑った。
スティードに支えられながら着替えを終えると、アルフォンスは腫れた瞼の奥から真っ直ぐにスティードを見た。
「もう、逃げも隠れもしません。全てお話します」
スティードはその瞳の奥にある強さを受け止めて、頷いた。
●
劉が応接間に戻ると、こちらは尋問の真っ最中だった。
「ば、ばるつらいひなんて知らない……!」
「ヴ、ル、ツァ、ライヒ!」
ドロテアが鞭を鳴らしながら訂正すると、ハヒィッ! と情けない声で育ちの良い豚が鳴いた。
「では、貴方はアウグストに偽革命債の見返りに何を得ていたんですか?」
あくまでユリアンは丁寧な所作で(ナイフをちらつかせながら)優しく問いかける。
「あの、訓練所で、良い子がいたら、うちに回して貰っていただけだ……!」
「訓練所……ここでカールと繋がりますか」
耳の一つでも吹き飛ばしかねない程にマリルは全身から怒りを迸らせているし、アウレールは伯爵を拘束しているロープの端を握りながら、反対の手では拳銃を構えていたりする。
「混沌としてんなぁ」
「あ、劉殿。アル殿は?」
アウレールの問いに劉は両肩をひょいっと竦めて見せる。
「命に別状は無い……が、酷く衰弱してるし、足がバンバンに腫れてて立って歩くのも大変そうなんで、スティードが先に病院へ連れて行った」
そして病院に送り届けたその足で、軍へと報告に行ってくれる手筈になっていた。
「……むぅ、そうか。言ってやりたいことが山のようにあったのだが」
この真っ直ぐで正義の塊のような少年の事だ、恐らくとても綺麗な正論が弾丸の如く飛び出しただろう事は想像に難くない。
だが、真実と正論が常に人を活かすとは限らないという事を、少年の3倍近い時を生きている劉は知っている。
「『弱さを許すこと、弱き者の弱さを補うことが力ある者の務め』だとよ」
スティードの言葉を劉はそのままアウレールに告げるが、アウレールにその真意が届いたかどうかは劉には分からない。
「エマの病気は?」
「あ、あれは本当に肺の、不治の病だ。治療費を出してやる代わりに偽革命債造りに協力させる約束だった」
「多分それは本当だよ」
騒ぎが起きるまで雇用について伯爵と話しをしていたユリアンが頷いた。この伯爵、アウレールを見て一目で気に入ったらしい事からも噂に違わず少年が大好物ではあるらしかったが、取引という点にはフェアな態度を示していた。何しろ借金の肩代わりを申し出てくれたぐらいだ。また、マリル自身も使用人の部屋や支給された服などを見て、予想より丁寧に少年達が扱われている事は薄々感じていた。
……それでも誰ひとりとして伯爵を助けようとしなかったのはそれ以上の何かがあるのか、単純にハンターが怖かったのか。なお、使用人の4人は纏めてユリアン達が最初に通された応接間に入って貰っている。
「……そのわりには、アルフォンスは随分酷い有様だったけどな」
「あれは、インクの調合を吐かないから……ヒィッ!」
思わず身を乗り出した伯爵に向けて、鞭が鳴り、ナイフが煌めき、二丁の銃口が向けられたのを見て、劉は「おっかないなぁ」とぼやいた。
●
「あのね、気付いたの」
軍に連行されていく伯爵と使用人、傭兵達を見送りながら、誰に言うわけでもなくぽつりとマリルがこぼした。
「命も大事だけど、縁も大切なものなんだね」
マリルとメリルを繋ぐ物。2人とみんなを繋ぐ物。
「……そうだね」
今回やっと見ることが出来た、ユリアンのいつものやわらかな笑顔にマリルは不意に胸が苦しくなる。
「縁、ね。しがらみとも言うけどな」
カラカラと軽口を口にしながら劉がマリルの頭をガシガシと乱暴に撫でる。
「やめたげなさい、もぅ」
そんな劉を諫めつつドロテアが乱れたマリルの髪を手櫛で整える。
「そうだぞ、絆、とも言うのだからな」
アウレールの言葉にマリルはなるほど、と腑に落ちた。
『誰かの縁や絆を、思いあう心を引き裂こうとするから、許せなかったんだ』
緩やかな坂の向こうから歩いてくる長身の影を見つけて、マリルは手を振って言った。
「おかえりなさい」
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/04 12:13:24 |
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辺境伯に質問 ドロテア・フレーベ(ka4126) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/11/07 09:31:38 |
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相談しましょ! ドロテア・フレーベ(ka4126) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/11/07 11:20:42 |