ゲスト
(ka0000)
【王臨】政治的な軍事作戦 2
マスター:京乃ゆらさ
- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
- 1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/01/12 15:00
- 完成日
- 2017/01/26 21:22
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●戦功争い
ウェルズ・クリストフ・マーロウは届けられた封書の蜜蝋を削り、配下からの文書に目を通した。
そこに書かれていたのは、概ね順調に推移している状況について。
リベルタース地方中部のとある町が傲慢の群れに襲われた際、多少の介入をしたこと。結果、その戦いにおける勝敗に少しばかり絡み、我が方の損害は軽微であったこと。参戦したハルトフォートの戦力のこと。そういったあれこれだ。
それらの全ては、マーロウにとって満足のいくものだった。
戦功として大きくはない。が、介入したという事実にこそ意味がある。そしてどういう形にしろ介入を妨害されなかったという点に、マーロウは瞠目すべき価値を見出していた。
――マクファーソンのやつめが画策しておるようだが……探りを入れるか?
しばらく思案し、マーロウは首を横に振った。
健全な争いであれば歓迎しよう。だが足の引っ張り合いなど本来は愚策だ。それ自体を否定するわけではないし、やったことがないと言えるほど清廉潔白な身ではないが、なるべくなら光ある千年王国の国力を落とすような真似はしたくない。少なくとも、今はまだ。
「……歪虚こそが……穢れどもめ……奴らさえおらねば……」
マーロウは深く息をつくと、返書に取り掛かった。
内容はただ一つ。
そのまま活動を継続しろ、だ。
「――と、悪くはない状況かと愚考いたします」
「ほう」
セドリック・マクファーソン(kz0026)は執務室で特殊作戦隊の面々の報告を受け、眉を顰めていた。報告役となった女騎士シャイネ・リュエは、よく分かっていないような表情で直立している。
渋面を作ったセドリックはしかし、咳払いでそれを誤魔化した。
「まあ、軍事的には悪くはないのだろうな」
騎士がそう言うのであれば悪くないのだろう。――軍事的には。
だが軍事的には悪くなくとも、政治的にはマーロウの手勢に介入を許したことは若干拙い。実際にあちらの手勢がどの程度戦ったのかなどはこの際無関係だ。中部のその戦いに名を連ねたという事実こそが最も重要なのだから。
――とはいえ、戦闘自体は確かに望ましいものだ。
それに、中部以外での隊の活動もまたセドリックの意に沿うものだった。特にイスルダ島を見据えた点はよくやったと称賛できる。島の奪還に向けて前進することさえできれば、マーロウに対する大きなアドヴァンテージとなる。
ここで何を成し遂げるのか――言い換えればどのような政治的パフォーマンスを行うのか、それが重要になるわけだが。
「特殊作戦隊の諸君」
セドリックは王国騎士団のシャイネや聖堂戦士団のザンハ、そしてハンター達の顔を一人ずつ見回すと、僅かに力を込めて言った。
「何としてもこの方向性で成果を上げてほしい。細部は諸君に任せよう」
●情報分析
ハルトフォートの一角。
砦内にいくつかある飲食店のうちの一つに彼らは集まり、夕食を食べていた。晩餐会と言うべきかもしれないそれは、適度に盛り上がりつつ、しかし一定の節度をもった和やかな会となっている。
参加者は特殊作戦隊の人間と、砦の兵たちの一部。円滑な連携のための交流を重視したハンターにより企画されたものだ。
「しかし先日の作戦の時にも思ったが、君は……」
「いやそれを言うなら……」
「なに? ではこの砦では……」
既に一度は同じ作戦に従事して成功させているだけに、彼らの雰囲気は明るい。
そんな中、Gnomeと砲撃特化型ゴーレムという二種のゴーレム担当者たちは、
「Gnomeの操縦もようやく分かってきた。戦闘に使えるかは怪しいが。砲戦型の方はどうだ?」
「元より実験してきたおかげである程度は慣れている。機動戦をやれる自信はないがね」
「ふうむ……特殊作戦隊とやらに協力したいのは山々だが、どうにも難しいな」
「仕方がないね。我々のゴーレムは端から活用できる場面が限られている」
静かに唸る。
騎士やハンターなど歩兵たちの連携は悪くない。が、今回の作戦でゴーレムが役に立つ場面があるのかが分からない。それは不満――というより不安だった。
「司令からは隊に協力しろと言われているが」
「やるべき時に備えて練度を上げておく。それも協力の形ではないかね?」
「それはそうだが……出番があるのかどうか」
場の雰囲気が明るいだけに、前回の作戦で実戦のなかった彼らはどこか後ろめたいような気分だった。
「イスルダ島、か。全く遠いもんだ」
戦闘指揮所の卓上地図をじっと睨み付けているのはハルトフォート司令ラーズスヴァンである。
周囲では幕僚や通信士、ハンターなども同じように地図を眺めている。
「…………」
「誰か何とか言わんか」
「そりゃそうですが」
そんな事を言われても困る。
つれない幕僚にラーズスヴァンは舌打ちし、話を変えた。
「で? 西部で見つけた陸の帆船? そいつはいったい何だ?」
「分かりかねますが……おそらく敵の拠点では?」
「普通に考えりゃそうだな。他には?」
「それ自体が攻城兵器、というのはいかがでしょう?」
「うむ、あり得るぞ。他に」
ラーズスヴァンが周りを見回すと、幕僚がぽつぽつと考えを披露していく。
この司令、存外周りの意見も聞くようだ。ハンターがそんなことを思っていると、話は西部の村でハンターが襲われた件へと移っていく。
傲慢の歪虚によって【強制】されている可能性。西部のそれぞれの村に何人かずつ堕落者が入り込んでいる可能性。正気の村人が積極的に歪虚に協力している可能性。いくつもの推論が浮かぶが、断定するには情報が少なすぎる。
「ま、何にせよその村に敵がおることだけは間違いないのう」
「羊型歪虚とそれ以外の歪虚の様子も奇妙だったようですし、何かが起きているのでしょうか?」
「ベリアル軍の変質――か。面倒なことよ」
傲慢は傲慢らしく、ベリアルはベリアルらしくしておればよいものを。
ラーズスヴァンはもう一度舌打ちすると、ハンターに向き直り――
「さて、お前ら……」
肩を竦めてみせた。
「今話し合ったことはぜーんぶ忘れちまえ! お前らにはお前らのやることがある。ま、協力してくれりゃあ『わしは』助かるがな」
ウェルズ・クリストフ・マーロウは届けられた封書の蜜蝋を削り、配下からの文書に目を通した。
そこに書かれていたのは、概ね順調に推移している状況について。
リベルタース地方中部のとある町が傲慢の群れに襲われた際、多少の介入をしたこと。結果、その戦いにおける勝敗に少しばかり絡み、我が方の損害は軽微であったこと。参戦したハルトフォートの戦力のこと。そういったあれこれだ。
それらの全ては、マーロウにとって満足のいくものだった。
戦功として大きくはない。が、介入したという事実にこそ意味がある。そしてどういう形にしろ介入を妨害されなかったという点に、マーロウは瞠目すべき価値を見出していた。
――マクファーソンのやつめが画策しておるようだが……探りを入れるか?
しばらく思案し、マーロウは首を横に振った。
健全な争いであれば歓迎しよう。だが足の引っ張り合いなど本来は愚策だ。それ自体を否定するわけではないし、やったことがないと言えるほど清廉潔白な身ではないが、なるべくなら光ある千年王国の国力を落とすような真似はしたくない。少なくとも、今はまだ。
「……歪虚こそが……穢れどもめ……奴らさえおらねば……」
マーロウは深く息をつくと、返書に取り掛かった。
内容はただ一つ。
そのまま活動を継続しろ、だ。
「――と、悪くはない状況かと愚考いたします」
「ほう」
セドリック・マクファーソン(kz0026)は執務室で特殊作戦隊の面々の報告を受け、眉を顰めていた。報告役となった女騎士シャイネ・リュエは、よく分かっていないような表情で直立している。
渋面を作ったセドリックはしかし、咳払いでそれを誤魔化した。
「まあ、軍事的には悪くはないのだろうな」
騎士がそう言うのであれば悪くないのだろう。――軍事的には。
だが軍事的には悪くなくとも、政治的にはマーロウの手勢に介入を許したことは若干拙い。実際にあちらの手勢がどの程度戦ったのかなどはこの際無関係だ。中部のその戦いに名を連ねたという事実こそが最も重要なのだから。
――とはいえ、戦闘自体は確かに望ましいものだ。
それに、中部以外での隊の活動もまたセドリックの意に沿うものだった。特にイスルダ島を見据えた点はよくやったと称賛できる。島の奪還に向けて前進することさえできれば、マーロウに対する大きなアドヴァンテージとなる。
ここで何を成し遂げるのか――言い換えればどのような政治的パフォーマンスを行うのか、それが重要になるわけだが。
「特殊作戦隊の諸君」
セドリックは王国騎士団のシャイネや聖堂戦士団のザンハ、そしてハンター達の顔を一人ずつ見回すと、僅かに力を込めて言った。
「何としてもこの方向性で成果を上げてほしい。細部は諸君に任せよう」
●情報分析
ハルトフォートの一角。
砦内にいくつかある飲食店のうちの一つに彼らは集まり、夕食を食べていた。晩餐会と言うべきかもしれないそれは、適度に盛り上がりつつ、しかし一定の節度をもった和やかな会となっている。
参加者は特殊作戦隊の人間と、砦の兵たちの一部。円滑な連携のための交流を重視したハンターにより企画されたものだ。
「しかし先日の作戦の時にも思ったが、君は……」
「いやそれを言うなら……」
「なに? ではこの砦では……」
既に一度は同じ作戦に従事して成功させているだけに、彼らの雰囲気は明るい。
そんな中、Gnomeと砲撃特化型ゴーレムという二種のゴーレム担当者たちは、
「Gnomeの操縦もようやく分かってきた。戦闘に使えるかは怪しいが。砲戦型の方はどうだ?」
「元より実験してきたおかげである程度は慣れている。機動戦をやれる自信はないがね」
「ふうむ……特殊作戦隊とやらに協力したいのは山々だが、どうにも難しいな」
「仕方がないね。我々のゴーレムは端から活用できる場面が限られている」
静かに唸る。
騎士やハンターなど歩兵たちの連携は悪くない。が、今回の作戦でゴーレムが役に立つ場面があるのかが分からない。それは不満――というより不安だった。
「司令からは隊に協力しろと言われているが」
「やるべき時に備えて練度を上げておく。それも協力の形ではないかね?」
「それはそうだが……出番があるのかどうか」
場の雰囲気が明るいだけに、前回の作戦で実戦のなかった彼らはどこか後ろめたいような気分だった。
「イスルダ島、か。全く遠いもんだ」
戦闘指揮所の卓上地図をじっと睨み付けているのはハルトフォート司令ラーズスヴァンである。
周囲では幕僚や通信士、ハンターなども同じように地図を眺めている。
「…………」
「誰か何とか言わんか」
「そりゃそうですが」
そんな事を言われても困る。
つれない幕僚にラーズスヴァンは舌打ちし、話を変えた。
「で? 西部で見つけた陸の帆船? そいつはいったい何だ?」
「分かりかねますが……おそらく敵の拠点では?」
「普通に考えりゃそうだな。他には?」
「それ自体が攻城兵器、というのはいかがでしょう?」
「うむ、あり得るぞ。他に」
ラーズスヴァンが周りを見回すと、幕僚がぽつぽつと考えを披露していく。
この司令、存外周りの意見も聞くようだ。ハンターがそんなことを思っていると、話は西部の村でハンターが襲われた件へと移っていく。
傲慢の歪虚によって【強制】されている可能性。西部のそれぞれの村に何人かずつ堕落者が入り込んでいる可能性。正気の村人が積極的に歪虚に協力している可能性。いくつもの推論が浮かぶが、断定するには情報が少なすぎる。
「ま、何にせよその村に敵がおることだけは間違いないのう」
「羊型歪虚とそれ以外の歪虚の様子も奇妙だったようですし、何かが起きているのでしょうか?」
「ベリアル軍の変質――か。面倒なことよ」
傲慢は傲慢らしく、ベリアルはベリアルらしくしておればよいものを。
ラーズスヴァンはもう一度舌打ちすると、ハンターに向き直り――
「さて、お前ら……」
肩を竦めてみせた。
「今話し合ったことはぜーんぶ忘れちまえ! お前らにはお前らのやることがある。ま、協力してくれりゃあ『わしは』助かるがな」
リプレイ本文
島がある。
虚ろな闇が世界を侵し、歪な命が産声を上げる、そんな島が。
その島の名は――。
●砦
「村と帆船にも行くだと? 正気か?」
砦司令ラーズスヴァンが目を剥くと、アイシュリング(ka2787)、久我・御言(ka4137)、叢雲 伊織(ka5091)は首肯して答えた。
「国が見捨てるのかしら、あの地を。そうではないと彼らに伝えなければならないわ」
「仕事は完璧にこなす。それこそがハンターの在り方ではないかね?」
「危なくなったら一目散に撤退です。つきましては司令さん、単独偵察の心得なんか教えてください!」
三者三様に理由らしき何かを口にするが、ラーズスヴァンには狂気にしか思えない。
余計な事は考えなくていいと忠告してやったというに。始末に負えんと首を振り、しかし次第に笑いが込み上げてきた。
――わしとてこんなものでなかったか? よもや王国に染まっておるのか、わしは?
ラーズスヴァンは呵々大笑するや、激励を込めて三人の背をはたいた。
「ようし、なら行ってこい! それと単独偵察だったな? ンなもんわしは専門外よ。傭兵にでも聞け!」
「地図や食糧ももらえると嬉しいんですけど」
「持っていけ、と言いたいところだがの。余分に欲しい時は『気持ち』を払ってくれると助かる。今は――準備しておるのでな」
アイシュリングとレイレリア・リナークシス(ka3872)が目を細めたのが、ラーズスヴァンにも判った。
ベリアルを確実に潰す。その為には一摘みの小麦とて無駄にできない。
「んじゃ『その』為にも南東にいた影の処理をお願いしていいかな。後顧の憂いを断つってやつ」
皐月=A=カヤマ(ka3534)がついでのように頼んでくる。
「それは良いが、逆に人を貸してもらいたいのう。非番まで動員したくない」
「そこは問題なかろう」御言が請け負う。「隊の面々は戦いを求めて来ているからね」
「よし。なら他にないか?」
ラーズスヴァンが見回すと、ヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346)がGnomeの制御装置を弄りながら、
「ゴーレム隊を貸してほしい。黒巨人を確実に仕留める為に、誘い込む拠点を作る」
「許可しよう」
他にないな?
ラーズスヴァンが目で問うと、今度こそ彼らは指揮所から退室していった。
一息ついてラーズスヴァンが席に座る――と、横から声をかけられた。
「イスルダ島とリベルタース戦に関する詳しい話をしましょう。具体的には――王国の利と貴族の利について」
「う、うむ。解っとるぞ」
レイレリアの銀瞳が、じっとこちらを捉えていた。
●中部
「土木作業に協力してくれ。報酬は弾む」
町の広場でヴィントが作業員を募集すると、ぞろぞろと人が集まってくる。多くはヴィントの姿を見て「町の英雄」だの囁いており、何とも居心地が悪い。
――俺はただ殺しの仕事をしただけだ……。
「仕事は町の近くに拠点を作る事だ。そこに敵を誘い込み、確実に殺す」
「いつまででしょう、旦那」
「半日もかからない。基礎はゴーレムでやる。やってほしいのは細かな部分だ」
「なるほど……おいお前ら、男衆呼んでこい!」
Gnomeで即座に構築できる壁は一機で計20m。砦のGnomeが四機の為、ヴィント機と合せて100mで外壁を作らねばならない。内部を戦場とする事を考えると余裕はない。故に隙間を埋める作業が必要なのだ。
ともあれ町の救世主が言う事。できるだけ協力しようと多くの人がヴィントについていく。
一方で皐月は肝心の敵の目撃情報を集めていた。が、流石に「西に逃げた」としか判らない。
近隣の町村を辿っていくか、適当に駆け回るか。
――注意深く足跡等を探っていくしかないかな。
「砦の人って何人いる?」
「ゴーレムを除いて十人ですね」
「大きく広がって横一列で探っていこう」
砂漠で指輪を探すとまでは言わないが、恐ろしく面倒だ。
皐月はイェジドに跨り、十騎の騎士を左右に従えながら小さく嘆息した。
――分身の術とかねーのかな。
●西部
北西の街デュニクスから前回と同じ道を辿る一行。二頭のイェジド――アイシュリングのマーナガルムと伊織のロウを先頭に軽快に距離を稼ぐ彼らの雰囲気は明るい。
「ほう、あのザンハ君がかね?」
「ええ。訓練のない日は必ず外出するもので、気になって尾行したらレストランを巡っていたという訳です」
「面白みのない男に見えたが、思いもよらぬものだね」
リーリー――カナンに乗る御言と馬上の聖堂戦士が盛り上がる。
ネタにされるザンハは堪ったものではないだろうと伊織は思うが、おかげで緊張が解れるのも事実。伊織はロウに大量に積んだ食糧の重みを感じつつ、彼らの雑談に耳を傾ける。
そんな伊織と対照的に、
――少し疲れるけれど……彼らの相手をしてくれていると考えるとありがたいのかしら。
アイシュリングはマーナガルムの首筋を撫で、一人自然に溶け込むように前だけを見据える。
そうして二時間の旅を楽しんだ一行は、村で三組に分かれた。
アイシュリングと聖堂戦士二人は村へ。御言は帆船へ。伊織は――西岸へ。
●砦
「イスルダ島の元の領主一族は亡くなった、と考えていいでしょうか?」
レイレリアが問うと、ラーズスヴァンは頷いて先を促す。レイレリアは地図上の島を指差し、
「これは提案に過ぎませんが、貴族に島の領有権を渡してはいかがでしょう」
「……は?」
「利権を餌に貴族の参戦を促します。そうですね、勇名を馳せるかのマーロウ大公が島奪還を目指していると噂をばら撒いてもいいかもしれません」
「ちょ、ちょっと待て!」
「何か?」
小首を傾げると、ラーズスヴァンは口元を引き攣らせて呻いた。
「……とんでもねえ事を言い出すな、お前さん」
「そうですか? では国は奪還したのち、島を統治したいのですか?」
「そりゃ、お前……」
レイレリアは火杖の宝玉に触れ、目を細める。
奪還した島の統治、復興。本当にそんな事をするのか?
「島の復興にどれだけの労力がかかると思いますか? それも、住民が死に絶えたであろう虚無の地です」
「……莫大な金と時間と人がいるだろうな」
「あるいは百年後には税収があるのかもしれません。が、少なくとも十年は苦労するでしょう。その負担に今の王国が耐えられますか?」
貴族の家に生まれ、親の死によってお家存続の危機に瀕したからこそ身を以て解る。
領地の維持でも大変なのに、死の土地からの復興など並大抵の苦労では済まない。貴族に土地を与えてその貴族を制御する方がよほど楽だろう。復興資金を捻出させ、本土との交易船を貸し付け、作業を貴族当人に指揮させる。貴族が得られるのは名誉だけだ。
レイレリアの言に、ラーズスヴァンは腕を組んで眉を顰める。気付けば周りの幕僚も妙な緊張感を湛えてこちらを注視していた。
一つ間違えば身柄を拘束されそうな、張り詰めた空気。それも当然かとレイレリアは改めて思う。下手な場所でこんな事を言えば殺されてもおかしくない。じっと睨めつけてくるラーズスヴァンと、正面から受け止めるレイレリア。
最悪彼に殺されるかもしれない。
少しずつ、漠然とした不安がレイレリアの心臓を締め付けていく。鼓動が早まる。視界が暗く、狭まった気がした。
沈黙。十秒のようにも一時間のようにも思えたそれは、苦虫を噛み潰したような嘆息で終りを迎えた。
「……確かに損得だけ考えりゃあ、有り得る提案だろうよ。だが」
ラーズスヴァンが頭を掻き毟る。
「わしは大して知らんがな、貴族社会ってのァ損得だけじゃあねえだろう」
「……えぇ。とてもよく、解っています」
「与しやすしと見られる事は国の存亡に直結する。損してでも見栄張らねえといけねえ時がよ、あるんじゃねえか。男にも、国にもな」
男がそうなのかはともかく、国がそうであるのは解らなくはない。
レイレリアは「あくまで一つの提案です」と退き、話を変えた。
「近郊の廃村に居座る雑魔を処理して参ります」
●中部
五機のGnomeが地響きを立て土壁を作り出す。見る間に八角形を構築した異形の佇まいはどこか誇らしげに見える。
町で雇った男衆の反応は様々で、恐れる者はともかく、目を輝かせて操作させてくれと頼んできた青年にはヴィントも辟易とした。
そんな小さな騒動がありつつも、町から西へ離れた所に簡易拠点は構築されていく。
「後々はこれを食糧庫にでも再利用するといい。強度だけはしっかりと作ってくれ」
「おう!」
「ずっと町の奴らに使ってもらえると思うと、なんつーか、悪くないな」
ヴィントの掛け声に喜んだのは男衆だけでなくゴーレム操縦者も同様だった。やたら張り切ってGnomeを動かす彼ら。余程人の役に立ちたいと思っていたのか?
呆れるヴィントをよそに彼らは早々と担当分の土壁を作り終えるや、四機一組となって八角形外周を走り始めた。土煙を上げ疾走する機体。ギュルギュルと周回する四機は周を重ねる毎にキレを増し、遂にはドリフト気味に最外の一機が最内を突き始めた。
「ひゃっはあああああ!!」
「うおおおおお! これさえあれば勝てるぜ、兵隊さん!」
「あたぼうよ!」
大変解りやすく、調子に乗っていた。
「……」
ヴィントは渋面を作ると、町に近い側の土壁に登って伏せた。
――カヤマを追ってきた黒巨人どもが西からここに入ったらGnomeに封鎖させる。同時に外から砲撃させ、俺も引鉄を引く……。
勝負の時を想像し、ヴィントはアルコルを構えた。
――六時間後。皐月は、苦難の果てに敵を発見した。
「…………はぁ。やっとか……」
もはやそれしか言葉が出ない。
皐月はイェジドの傍で伏せ、徒労感を滲ませつつ標的を観察する。
少しずつ傾き始めた陽射しを反射する黒巨人の全身鎧の重厚感。周りを囲むのは十数体の羊型歪虚。随分数を減らしている。あの数なら一緒に拠点に引き込めば「ついでに」殺せるかもしれない。
「敵発見。集合して。すぐ誘導するから」
『了解』
イェジドの首をわしゃっと撫で、騎乗する。
広く散っていた騎兵を集めると、皐月は出し惜しみなくすぐさま全騎で突撃した。
加速する時間。大気引き裂く感覚。地を駆け群に突っ込んだイェジドは羊の体を駆け上がり、黒巨人の首目がけて跳躍した。ぬらりと輝く幻獣牙。気付いた黒巨人が一歩退くや、頭突きをかましてきた。衝撃。一瞬で地に叩きつけられるイェジドだが、皐月は絶対に落馬もとい落狼しないとばかり拳を握っている。
「援護する!」
騎兵の突撃。羊が散開し、巨人が戦斧を振り下す。避けきれず一騎が犠牲になるも、残りは散り散りに分かれた。立て直した皐月が手を掲げれば、直後に彼らは南下を始める。
素早く固まり二列縦隊を組む騎士。最後尾に皐月がつき、肩越しに背後を見た。
敵は怒り狂ったように追従してきている。
――素直で助かるな。
皐月は火竜票を構えつつ、言った。
「速度抑えていこう。あれ、見るからに足遅そうだし」
●砦近郊
七人の騎士や聖堂戦士と共に廃村へ辿り着いたレイレリアは、敵を観察しながら首を捻る。
――つい最近銃声を聞いたのなら何故移動しないのでしょうね。
先程斥候らしき二人組を二組出していたのを見るに、彼らも警戒はしているようだ。が、それなら移動した方が早いだろう。
「考えても仕方がありません。殲滅しましょう」
「そうだな。どっちからやる?」
ザンハが訊く。斥候からか、村からか。
レイレリアは斥候を潰した後、間髪入れず村を襲撃する事を決め、静かに廃村から離れた。
斥候。二組出したにもかかわらずその二組が一緒に行動していた。
レイレリアはリーリーの足を早め、炎矢を放つ。崩れ落ちるスケルトン。直後ザンハや騎士が左右から肉薄、勢いままに紅眼狗三体を貫いた。敵の消滅を横目に確認しながら廃村へ急ぎ、敵の様子を窺う。
果たして雑魔は、
「……簡単すぎます、が……」
だらだらと、朽ちて半壊した家の瓦礫で遊んでいた。
――本当に何もなく、ただ居心地が良いだけ……?
眉間を押えて嘆息したレイレリアは家の陰となる位置に移動し、リーリーを駆けさせる。常歩から駈歩、一気に速度を上げたリーリーを駆り、陰から飛び出した瞬間に氷嵐を解き放つ。さらにレイレリアを追い越していく騎士達。
逃げ惑うインプ。反応よく剣を一閃するスケルトン。狗が遠吠えするが、敵に増援などある筈がない。レイレリアは一度の突撃で完全に算を乱し掃討されゆく敵を一瞥し、廃村を見回る事にした。
残敵がいるかもしれないし、廃村に何かあるのかも気になる。
「崩れやすい建物に気をつけて探索しましょう」
●西部
御言、伊織と分かれ件の村近くにアンブッシュしたアイシュリングと聖堂戦士二人は、望遠鏡で慎重に村の様子を窺っていた。場所は村と帆船の間の雑木林だ。
昼餉の後始末をしているらしい光景から始まった観察は既に二時間を超えた。土に体温を奪われるような錯覚。寒い。いざとなればマーナガルムと添い寝して監視すべきか。とても気持ちが良さそうだ。
そんな事を思い始めた頃、やっとアイシュリングの待ち望んだ機が訪れた。
こちら――雑木林に二十代らしき青年が一人歩いてくる。手斧を携え背に籠を負っている点から、急遽枝を集めに来たのかもしれない。冬に薪を補充できるかは疑問だが。
アイシュリングは林の奥へ移動し、男が完全に入り込むのを待つ。そして――
「少しいいかしら」
ごく自然に、木陰から姿を見せた。
息を呑んで斧を取り落す男。悲鳴でも上げそうなら手荒な真似をせねばならなかったが、それは回避できそうで秘かに安堵する。
男が僅かに後退り、震える声で、
「……な、何だ、あんた」
「ハンター」
「ハンター? も、もしかしてこないだ……」
「えぇ、そう。王国の依頼で来ているわ」
一瞬パッと目を輝かせ、しかし男は眉を歪ませる。アイシュリングがマーナガルムと聖堂戦士を呼び寄せ、ゆっくりと話す。
「王国は――『あの人』が剣を捧げた国は貴方を見捨てない。貴方が情報を漏らした事は誰にも言わないから。助けたいから。村の事を教えて」
「あの人……? で、でもここいらは……あ、あ、あの歪虚だらけで、お、俺達もうどうすりゃいいか……」
「絶対に、見捨てていないわ。まだ偵察段階だけれど必ずや歪虚を追い落す。今もイスルダ島奪還に向けて動いているの。そして島奪還にはこの辺りの安全が必要。つまり国からしてもこの地を『見捨てられない』のよ。安全な後背地というのは全ての軍人が求めるものだから」
保証になる何かが必要だと思った。故にアイシュリングはここまで開示した。
彼が堕落者である可能性が脳裏を過ったが、この怯えようは演技ではないと無理矢理信じ込む。
――柄にもない事をしているわね、私……。
冷静に俯瞰する自分を隠し、改めて質問する。
「教えて。村に堕落者がいるのか。敵と通じている人間がいるのか。通じているなら、相手は誰なのか」
「だ、堕落者ってのが、あ、あいつらの事なら四人だ。いきなりやって来て村を支配しやがった」
「元々村人ではない?」
「ああ、どっかからいきなり来たんだ」
「……そう。ここに羊型歪虚は来るのかしら」
「時々巡回してくる」
「では近くの帆船について知っている事はあるかしら」
「あ、あんなもん怖くて近寄れねえよ……」
「そうね……それが正しいわ」
下手に刺激するよりマシだ。
アイシュリングは礼を告げると、男の目を見た。
「必ず戻って来るわ。それまで頑張って」
――ふむ。帆船であり、揚陸艦のようでもある……。
御言が観察して思ったのは、これが移動拠点に違いないという事だった。
というのも艦尾に開きそうな部分を見つけたのだ。そこが跳ね橋のように開閉して直接内外を出入りできるのではないか? また何なのかは不明だが大地と船の間に黒い波のような何かがあり、それに乗り上げるようにして微速前進しているようだ。
艦尾に開口部があり、前進している。甲板に人影は見えないが、結論はやはり敵の移動拠点だ。衝角でも付いていれば攻城兵器と考えたが。
「カナン、辺りを見回ってきてくれないか」
リーリーにそこまでの知性を求めるのは酷かもしれないが、監視の目は多い方が良い。御言は一人くらい同行してもらうべきだったかと思いつつ、静かに帆船を観察する。
見れば見る程に不気味だ。
ざっと周囲を巡った時も付近に足跡はなかった。あの内部にいるのは食物を必要としない歪虚だけなのか、あるいは見落しがあるのか。空中投下という線は流石にないだろうが……。それに前回鳴ったという警笛。付近を警戒する目を持っているのか? 自動の場合は困った事になりそうだ。
御言は干肉を齧り、水を口に含む。と、寒さからか何なのか、指先が震えているのに今さら気付いた。
瞑目し、深呼吸して目を開ける。
――これは不覚だった。この私も単独偵察は多少緊張せずにはいられないという事かね。
拳を開閉し自嘲する。いや。
「……臆病を恥じる必要はない。むしろ生きる為に何よりも必要だ」
力量に自信がある者程、油断しない。緊張は正常であり、且つ不可欠の反応だ。
御言は傍に置いた背嚢に背を預け、一つ息をつく。
カナンにも餌をやっておこう。そう思った時に丁度相棒が帰ってきた。この状況においては単独行動させるのはやや不安が残るな、と御言は苦笑し、持っていた干肉を差し出してみる。
匂いを嗅ぎ、フイとそっぽを向いて回り込んでくるカナン。首を絡めようとしてくるが、大量の毛がかなり邪魔だった。
御言は肩を竦め、船の監視に戻る。
――さて、何者が乗り込んでいるのか。羊か、堕落者か、それとも……。
そうして何日でも張り込もうかと覚悟した御言はこの晩、夜陰に紛れて艦尾から現れた堕落者の姿を確認した。
●中部
拠点が茜色に染まる頃、皐月と敵群はやってきた。
必勝の態勢で臨んだ残敵討伐戦は、ヴィントの思惑通りに始まった。
どこで反転しようかと逡巡した皐月をヴィントが誘導、西から東へ拠点を抜けるような機動を取ると、敵群がそれを追って拠点内へ。直後Gnome四機が東西の入口を塞ぐや、四方から山なりに撃ち上げられた砲弾が拠点内を爆撃した。
辺りを支配する轟音と爆煙。壁上で伏臥して半分だけ耳を押え、口を開いていたヴィントすら耳鳴りと頭痛に襲われた。が、キャンディを噛み砕いて耐えたヴィントはすぐさま爆煙の中へ発砲。できれば黒巨人の足首を狙いたいが、これでは狙える筈もない。
「とにかく撃て! 息つく暇を与えるな!」
「了解!」
「西は俺が抑えとく!」
皐月が外周を回り込んで西の壁外にイェジドを待機、自身は壁を上って火竜票を放つ放つ放つ。
黒巨人らしき咆哮が大気を震わせる。爆煙が次第に晴れてきた。拠点内、立っている者は巨人だけで羊は全て雲散霧消している。快哉を上げる兵だが、そこに巨人の斬撃が飛来する。
一回転して戦斧をぶん回す巨人。煙を引き裂く衝撃波。たった一撃で全周の土壁が半壊し、上にいた全ての者が損傷を負う。そうして作らされた間隙。歩兵が各々の防御行動を優先し、外のゴーレムが砲撃に迷った瞬間を、黒巨人は衝いた。
東の入口へ突進する敵。Gnome一機が吹っ飛ばされ拠点に穴が開く。まずい。態勢を立て直したヴィントが自らのGnomeを操作、機体で穴を塞ぎにかかるも敵はさらに突進する。土壁を駆け上がってヴィントが立射。発砲、発砲。怒りに染まったらしい敵がヴィントの方に向き直り、両手持ちで戦斧を振り下す。
軌跡は、見えなかった。
まともに喰らい壁に叩きつけられるヴィントだが、最後に放っていた銃弾が鎧の肩の継ぎ目を貫いていた。
『――■■!』
苦悶の声を上げた敵が膝をつく。そこに、
「ここで討伐しとかねーと困る」
イェジドで再び東へ舞い戻った皐月が、狼上で銃を肩付け、半壊した土壁を駆け上がりながら引鉄を引いた。
タァンと砲撃に比べ軽い銃声が響き、戦場は奇妙な静寂に包まれる。身じろぎ一つしない黒巨人。皐月がヴィントの許へ寄って無事を確認する。
そして――多くの兵や二人が見る前で、巨人は少しずつ霧散していった。
「……救援、要請……完了した」
満身創痍のヴィントが皐月に支えられ、独りごちた。
●西部
ただ独り西進し続けた伊織は、夜半、風に潮の香りが混じり始めた事に気付いて歓喜した。
伴はイェジドのロウだけ。砦の傭兵に単独行動に関する指南は受けたものの、それで玄人になれる訳でもない。武の一門に生まれた伊織にとって、斥候は少しばかり専門を外れていた。
そんな心細さと、敵と出くわすかもしれない緊張感。あらゆる物がいちいち自分を追い詰めてくるような感覚を覚えながら、伊織とロウはひたすら歩いてきたのだ。潮風を感じて喜ぶ程度、許されて然るべきだ。
――運が良かった……。
細心の注意を払っても普通はどうしようもなく迂回したり敵に遭遇したりする事がある筈だ。にもかかわらず今回はほぼ直進できた。
伊織は逸る心を落ち着け、平野にできた僅かな陥没に身を隠す。ロウと身を寄せ合って暖を取り、チョコを食べた。
甘い。心と体が解れるようだ。ぐると唸るロウに干肉をやり、持参した毛布に身を包む。
――明け方まで休んで……それから……。
風の匂いは変ってきたとはいえ、西岸までどの程度の距離があるか、敵がどれくらいいるか判らない。
「ロウ、見張り……お願いします」
そうして浅い眠りを繰り返し、伊織は翌未明に再出発する。
頭が痛い。でも頑張らないと。伊織は気合いを入れ直し、カメラで撮影しながら西進し続ける。
そして、太陽が南中した頃。
「あ、ぁ……!」
伊織は、起伏の先に、海を見た。
抑え難い達成感がどうしようもなく伊織を満たした。
やや左手には無に沈んだ島が見える。敵影なし――いや。
海や島の方に敵影はない。が、陸に意識を向ければ左方、丘の先に雑然とした気配を感じる。
危ない。危なかった!
伊織は胸をなで下し、匍匐前進でそちらに向かう。そこには――
『メ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!!!』
天をも引き摺り下さんとするかのように魔砲を放つ、金羊の姿があった……。
虚ろな闇が世界を侵し、歪な命が産声を上げる、そんな島が。
その島の名は――。
●砦
「村と帆船にも行くだと? 正気か?」
砦司令ラーズスヴァンが目を剥くと、アイシュリング(ka2787)、久我・御言(ka4137)、叢雲 伊織(ka5091)は首肯して答えた。
「国が見捨てるのかしら、あの地を。そうではないと彼らに伝えなければならないわ」
「仕事は完璧にこなす。それこそがハンターの在り方ではないかね?」
「危なくなったら一目散に撤退です。つきましては司令さん、単独偵察の心得なんか教えてください!」
三者三様に理由らしき何かを口にするが、ラーズスヴァンには狂気にしか思えない。
余計な事は考えなくていいと忠告してやったというに。始末に負えんと首を振り、しかし次第に笑いが込み上げてきた。
――わしとてこんなものでなかったか? よもや王国に染まっておるのか、わしは?
ラーズスヴァンは呵々大笑するや、激励を込めて三人の背をはたいた。
「ようし、なら行ってこい! それと単独偵察だったな? ンなもんわしは専門外よ。傭兵にでも聞け!」
「地図や食糧ももらえると嬉しいんですけど」
「持っていけ、と言いたいところだがの。余分に欲しい時は『気持ち』を払ってくれると助かる。今は――準備しておるのでな」
アイシュリングとレイレリア・リナークシス(ka3872)が目を細めたのが、ラーズスヴァンにも判った。
ベリアルを確実に潰す。その為には一摘みの小麦とて無駄にできない。
「んじゃ『その』為にも南東にいた影の処理をお願いしていいかな。後顧の憂いを断つってやつ」
皐月=A=カヤマ(ka3534)がついでのように頼んでくる。
「それは良いが、逆に人を貸してもらいたいのう。非番まで動員したくない」
「そこは問題なかろう」御言が請け負う。「隊の面々は戦いを求めて来ているからね」
「よし。なら他にないか?」
ラーズスヴァンが見回すと、ヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346)がGnomeの制御装置を弄りながら、
「ゴーレム隊を貸してほしい。黒巨人を確実に仕留める為に、誘い込む拠点を作る」
「許可しよう」
他にないな?
ラーズスヴァンが目で問うと、今度こそ彼らは指揮所から退室していった。
一息ついてラーズスヴァンが席に座る――と、横から声をかけられた。
「イスルダ島とリベルタース戦に関する詳しい話をしましょう。具体的には――王国の利と貴族の利について」
「う、うむ。解っとるぞ」
レイレリアの銀瞳が、じっとこちらを捉えていた。
●中部
「土木作業に協力してくれ。報酬は弾む」
町の広場でヴィントが作業員を募集すると、ぞろぞろと人が集まってくる。多くはヴィントの姿を見て「町の英雄」だの囁いており、何とも居心地が悪い。
――俺はただ殺しの仕事をしただけだ……。
「仕事は町の近くに拠点を作る事だ。そこに敵を誘い込み、確実に殺す」
「いつまででしょう、旦那」
「半日もかからない。基礎はゴーレムでやる。やってほしいのは細かな部分だ」
「なるほど……おいお前ら、男衆呼んでこい!」
Gnomeで即座に構築できる壁は一機で計20m。砦のGnomeが四機の為、ヴィント機と合せて100mで外壁を作らねばならない。内部を戦場とする事を考えると余裕はない。故に隙間を埋める作業が必要なのだ。
ともあれ町の救世主が言う事。できるだけ協力しようと多くの人がヴィントについていく。
一方で皐月は肝心の敵の目撃情報を集めていた。が、流石に「西に逃げた」としか判らない。
近隣の町村を辿っていくか、適当に駆け回るか。
――注意深く足跡等を探っていくしかないかな。
「砦の人って何人いる?」
「ゴーレムを除いて十人ですね」
「大きく広がって横一列で探っていこう」
砂漠で指輪を探すとまでは言わないが、恐ろしく面倒だ。
皐月はイェジドに跨り、十騎の騎士を左右に従えながら小さく嘆息した。
――分身の術とかねーのかな。
●西部
北西の街デュニクスから前回と同じ道を辿る一行。二頭のイェジド――アイシュリングのマーナガルムと伊織のロウを先頭に軽快に距離を稼ぐ彼らの雰囲気は明るい。
「ほう、あのザンハ君がかね?」
「ええ。訓練のない日は必ず外出するもので、気になって尾行したらレストランを巡っていたという訳です」
「面白みのない男に見えたが、思いもよらぬものだね」
リーリー――カナンに乗る御言と馬上の聖堂戦士が盛り上がる。
ネタにされるザンハは堪ったものではないだろうと伊織は思うが、おかげで緊張が解れるのも事実。伊織はロウに大量に積んだ食糧の重みを感じつつ、彼らの雑談に耳を傾ける。
そんな伊織と対照的に、
――少し疲れるけれど……彼らの相手をしてくれていると考えるとありがたいのかしら。
アイシュリングはマーナガルムの首筋を撫で、一人自然に溶け込むように前だけを見据える。
そうして二時間の旅を楽しんだ一行は、村で三組に分かれた。
アイシュリングと聖堂戦士二人は村へ。御言は帆船へ。伊織は――西岸へ。
●砦
「イスルダ島の元の領主一族は亡くなった、と考えていいでしょうか?」
レイレリアが問うと、ラーズスヴァンは頷いて先を促す。レイレリアは地図上の島を指差し、
「これは提案に過ぎませんが、貴族に島の領有権を渡してはいかがでしょう」
「……は?」
「利権を餌に貴族の参戦を促します。そうですね、勇名を馳せるかのマーロウ大公が島奪還を目指していると噂をばら撒いてもいいかもしれません」
「ちょ、ちょっと待て!」
「何か?」
小首を傾げると、ラーズスヴァンは口元を引き攣らせて呻いた。
「……とんでもねえ事を言い出すな、お前さん」
「そうですか? では国は奪還したのち、島を統治したいのですか?」
「そりゃ、お前……」
レイレリアは火杖の宝玉に触れ、目を細める。
奪還した島の統治、復興。本当にそんな事をするのか?
「島の復興にどれだけの労力がかかると思いますか? それも、住民が死に絶えたであろう虚無の地です」
「……莫大な金と時間と人がいるだろうな」
「あるいは百年後には税収があるのかもしれません。が、少なくとも十年は苦労するでしょう。その負担に今の王国が耐えられますか?」
貴族の家に生まれ、親の死によってお家存続の危機に瀕したからこそ身を以て解る。
領地の維持でも大変なのに、死の土地からの復興など並大抵の苦労では済まない。貴族に土地を与えてその貴族を制御する方がよほど楽だろう。復興資金を捻出させ、本土との交易船を貸し付け、作業を貴族当人に指揮させる。貴族が得られるのは名誉だけだ。
レイレリアの言に、ラーズスヴァンは腕を組んで眉を顰める。気付けば周りの幕僚も妙な緊張感を湛えてこちらを注視していた。
一つ間違えば身柄を拘束されそうな、張り詰めた空気。それも当然かとレイレリアは改めて思う。下手な場所でこんな事を言えば殺されてもおかしくない。じっと睨めつけてくるラーズスヴァンと、正面から受け止めるレイレリア。
最悪彼に殺されるかもしれない。
少しずつ、漠然とした不安がレイレリアの心臓を締め付けていく。鼓動が早まる。視界が暗く、狭まった気がした。
沈黙。十秒のようにも一時間のようにも思えたそれは、苦虫を噛み潰したような嘆息で終りを迎えた。
「……確かに損得だけ考えりゃあ、有り得る提案だろうよ。だが」
ラーズスヴァンが頭を掻き毟る。
「わしは大して知らんがな、貴族社会ってのァ損得だけじゃあねえだろう」
「……えぇ。とてもよく、解っています」
「与しやすしと見られる事は国の存亡に直結する。損してでも見栄張らねえといけねえ時がよ、あるんじゃねえか。男にも、国にもな」
男がそうなのかはともかく、国がそうであるのは解らなくはない。
レイレリアは「あくまで一つの提案です」と退き、話を変えた。
「近郊の廃村に居座る雑魔を処理して参ります」
●中部
五機のGnomeが地響きを立て土壁を作り出す。見る間に八角形を構築した異形の佇まいはどこか誇らしげに見える。
町で雇った男衆の反応は様々で、恐れる者はともかく、目を輝かせて操作させてくれと頼んできた青年にはヴィントも辟易とした。
そんな小さな騒動がありつつも、町から西へ離れた所に簡易拠点は構築されていく。
「後々はこれを食糧庫にでも再利用するといい。強度だけはしっかりと作ってくれ」
「おう!」
「ずっと町の奴らに使ってもらえると思うと、なんつーか、悪くないな」
ヴィントの掛け声に喜んだのは男衆だけでなくゴーレム操縦者も同様だった。やたら張り切ってGnomeを動かす彼ら。余程人の役に立ちたいと思っていたのか?
呆れるヴィントをよそに彼らは早々と担当分の土壁を作り終えるや、四機一組となって八角形外周を走り始めた。土煙を上げ疾走する機体。ギュルギュルと周回する四機は周を重ねる毎にキレを増し、遂にはドリフト気味に最外の一機が最内を突き始めた。
「ひゃっはあああああ!!」
「うおおおおお! これさえあれば勝てるぜ、兵隊さん!」
「あたぼうよ!」
大変解りやすく、調子に乗っていた。
「……」
ヴィントは渋面を作ると、町に近い側の土壁に登って伏せた。
――カヤマを追ってきた黒巨人どもが西からここに入ったらGnomeに封鎖させる。同時に外から砲撃させ、俺も引鉄を引く……。
勝負の時を想像し、ヴィントはアルコルを構えた。
――六時間後。皐月は、苦難の果てに敵を発見した。
「…………はぁ。やっとか……」
もはやそれしか言葉が出ない。
皐月はイェジドの傍で伏せ、徒労感を滲ませつつ標的を観察する。
少しずつ傾き始めた陽射しを反射する黒巨人の全身鎧の重厚感。周りを囲むのは十数体の羊型歪虚。随分数を減らしている。あの数なら一緒に拠点に引き込めば「ついでに」殺せるかもしれない。
「敵発見。集合して。すぐ誘導するから」
『了解』
イェジドの首をわしゃっと撫で、騎乗する。
広く散っていた騎兵を集めると、皐月は出し惜しみなくすぐさま全騎で突撃した。
加速する時間。大気引き裂く感覚。地を駆け群に突っ込んだイェジドは羊の体を駆け上がり、黒巨人の首目がけて跳躍した。ぬらりと輝く幻獣牙。気付いた黒巨人が一歩退くや、頭突きをかましてきた。衝撃。一瞬で地に叩きつけられるイェジドだが、皐月は絶対に落馬もとい落狼しないとばかり拳を握っている。
「援護する!」
騎兵の突撃。羊が散開し、巨人が戦斧を振り下す。避けきれず一騎が犠牲になるも、残りは散り散りに分かれた。立て直した皐月が手を掲げれば、直後に彼らは南下を始める。
素早く固まり二列縦隊を組む騎士。最後尾に皐月がつき、肩越しに背後を見た。
敵は怒り狂ったように追従してきている。
――素直で助かるな。
皐月は火竜票を構えつつ、言った。
「速度抑えていこう。あれ、見るからに足遅そうだし」
●砦近郊
七人の騎士や聖堂戦士と共に廃村へ辿り着いたレイレリアは、敵を観察しながら首を捻る。
――つい最近銃声を聞いたのなら何故移動しないのでしょうね。
先程斥候らしき二人組を二組出していたのを見るに、彼らも警戒はしているようだ。が、それなら移動した方が早いだろう。
「考えても仕方がありません。殲滅しましょう」
「そうだな。どっちからやる?」
ザンハが訊く。斥候からか、村からか。
レイレリアは斥候を潰した後、間髪入れず村を襲撃する事を決め、静かに廃村から離れた。
斥候。二組出したにもかかわらずその二組が一緒に行動していた。
レイレリアはリーリーの足を早め、炎矢を放つ。崩れ落ちるスケルトン。直後ザンハや騎士が左右から肉薄、勢いままに紅眼狗三体を貫いた。敵の消滅を横目に確認しながら廃村へ急ぎ、敵の様子を窺う。
果たして雑魔は、
「……簡単すぎます、が……」
だらだらと、朽ちて半壊した家の瓦礫で遊んでいた。
――本当に何もなく、ただ居心地が良いだけ……?
眉間を押えて嘆息したレイレリアは家の陰となる位置に移動し、リーリーを駆けさせる。常歩から駈歩、一気に速度を上げたリーリーを駆り、陰から飛び出した瞬間に氷嵐を解き放つ。さらにレイレリアを追い越していく騎士達。
逃げ惑うインプ。反応よく剣を一閃するスケルトン。狗が遠吠えするが、敵に増援などある筈がない。レイレリアは一度の突撃で完全に算を乱し掃討されゆく敵を一瞥し、廃村を見回る事にした。
残敵がいるかもしれないし、廃村に何かあるのかも気になる。
「崩れやすい建物に気をつけて探索しましょう」
●西部
御言、伊織と分かれ件の村近くにアンブッシュしたアイシュリングと聖堂戦士二人は、望遠鏡で慎重に村の様子を窺っていた。場所は村と帆船の間の雑木林だ。
昼餉の後始末をしているらしい光景から始まった観察は既に二時間を超えた。土に体温を奪われるような錯覚。寒い。いざとなればマーナガルムと添い寝して監視すべきか。とても気持ちが良さそうだ。
そんな事を思い始めた頃、やっとアイシュリングの待ち望んだ機が訪れた。
こちら――雑木林に二十代らしき青年が一人歩いてくる。手斧を携え背に籠を負っている点から、急遽枝を集めに来たのかもしれない。冬に薪を補充できるかは疑問だが。
アイシュリングは林の奥へ移動し、男が完全に入り込むのを待つ。そして――
「少しいいかしら」
ごく自然に、木陰から姿を見せた。
息を呑んで斧を取り落す男。悲鳴でも上げそうなら手荒な真似をせねばならなかったが、それは回避できそうで秘かに安堵する。
男が僅かに後退り、震える声で、
「……な、何だ、あんた」
「ハンター」
「ハンター? も、もしかしてこないだ……」
「えぇ、そう。王国の依頼で来ているわ」
一瞬パッと目を輝かせ、しかし男は眉を歪ませる。アイシュリングがマーナガルムと聖堂戦士を呼び寄せ、ゆっくりと話す。
「王国は――『あの人』が剣を捧げた国は貴方を見捨てない。貴方が情報を漏らした事は誰にも言わないから。助けたいから。村の事を教えて」
「あの人……? で、でもここいらは……あ、あ、あの歪虚だらけで、お、俺達もうどうすりゃいいか……」
「絶対に、見捨てていないわ。まだ偵察段階だけれど必ずや歪虚を追い落す。今もイスルダ島奪還に向けて動いているの。そして島奪還にはこの辺りの安全が必要。つまり国からしてもこの地を『見捨てられない』のよ。安全な後背地というのは全ての軍人が求めるものだから」
保証になる何かが必要だと思った。故にアイシュリングはここまで開示した。
彼が堕落者である可能性が脳裏を過ったが、この怯えようは演技ではないと無理矢理信じ込む。
――柄にもない事をしているわね、私……。
冷静に俯瞰する自分を隠し、改めて質問する。
「教えて。村に堕落者がいるのか。敵と通じている人間がいるのか。通じているなら、相手は誰なのか」
「だ、堕落者ってのが、あ、あいつらの事なら四人だ。いきなりやって来て村を支配しやがった」
「元々村人ではない?」
「ああ、どっかからいきなり来たんだ」
「……そう。ここに羊型歪虚は来るのかしら」
「時々巡回してくる」
「では近くの帆船について知っている事はあるかしら」
「あ、あんなもん怖くて近寄れねえよ……」
「そうね……それが正しいわ」
下手に刺激するよりマシだ。
アイシュリングは礼を告げると、男の目を見た。
「必ず戻って来るわ。それまで頑張って」
――ふむ。帆船であり、揚陸艦のようでもある……。
御言が観察して思ったのは、これが移動拠点に違いないという事だった。
というのも艦尾に開きそうな部分を見つけたのだ。そこが跳ね橋のように開閉して直接内外を出入りできるのではないか? また何なのかは不明だが大地と船の間に黒い波のような何かがあり、それに乗り上げるようにして微速前進しているようだ。
艦尾に開口部があり、前進している。甲板に人影は見えないが、結論はやはり敵の移動拠点だ。衝角でも付いていれば攻城兵器と考えたが。
「カナン、辺りを見回ってきてくれないか」
リーリーにそこまでの知性を求めるのは酷かもしれないが、監視の目は多い方が良い。御言は一人くらい同行してもらうべきだったかと思いつつ、静かに帆船を観察する。
見れば見る程に不気味だ。
ざっと周囲を巡った時も付近に足跡はなかった。あの内部にいるのは食物を必要としない歪虚だけなのか、あるいは見落しがあるのか。空中投下という線は流石にないだろうが……。それに前回鳴ったという警笛。付近を警戒する目を持っているのか? 自動の場合は困った事になりそうだ。
御言は干肉を齧り、水を口に含む。と、寒さからか何なのか、指先が震えているのに今さら気付いた。
瞑目し、深呼吸して目を開ける。
――これは不覚だった。この私も単独偵察は多少緊張せずにはいられないという事かね。
拳を開閉し自嘲する。いや。
「……臆病を恥じる必要はない。むしろ生きる為に何よりも必要だ」
力量に自信がある者程、油断しない。緊張は正常であり、且つ不可欠の反応だ。
御言は傍に置いた背嚢に背を預け、一つ息をつく。
カナンにも餌をやっておこう。そう思った時に丁度相棒が帰ってきた。この状況においては単独行動させるのはやや不安が残るな、と御言は苦笑し、持っていた干肉を差し出してみる。
匂いを嗅ぎ、フイとそっぽを向いて回り込んでくるカナン。首を絡めようとしてくるが、大量の毛がかなり邪魔だった。
御言は肩を竦め、船の監視に戻る。
――さて、何者が乗り込んでいるのか。羊か、堕落者か、それとも……。
そうして何日でも張り込もうかと覚悟した御言はこの晩、夜陰に紛れて艦尾から現れた堕落者の姿を確認した。
●中部
拠点が茜色に染まる頃、皐月と敵群はやってきた。
必勝の態勢で臨んだ残敵討伐戦は、ヴィントの思惑通りに始まった。
どこで反転しようかと逡巡した皐月をヴィントが誘導、西から東へ拠点を抜けるような機動を取ると、敵群がそれを追って拠点内へ。直後Gnome四機が東西の入口を塞ぐや、四方から山なりに撃ち上げられた砲弾が拠点内を爆撃した。
辺りを支配する轟音と爆煙。壁上で伏臥して半分だけ耳を押え、口を開いていたヴィントすら耳鳴りと頭痛に襲われた。が、キャンディを噛み砕いて耐えたヴィントはすぐさま爆煙の中へ発砲。できれば黒巨人の足首を狙いたいが、これでは狙える筈もない。
「とにかく撃て! 息つく暇を与えるな!」
「了解!」
「西は俺が抑えとく!」
皐月が外周を回り込んで西の壁外にイェジドを待機、自身は壁を上って火竜票を放つ放つ放つ。
黒巨人らしき咆哮が大気を震わせる。爆煙が次第に晴れてきた。拠点内、立っている者は巨人だけで羊は全て雲散霧消している。快哉を上げる兵だが、そこに巨人の斬撃が飛来する。
一回転して戦斧をぶん回す巨人。煙を引き裂く衝撃波。たった一撃で全周の土壁が半壊し、上にいた全ての者が損傷を負う。そうして作らされた間隙。歩兵が各々の防御行動を優先し、外のゴーレムが砲撃に迷った瞬間を、黒巨人は衝いた。
東の入口へ突進する敵。Gnome一機が吹っ飛ばされ拠点に穴が開く。まずい。態勢を立て直したヴィントが自らのGnomeを操作、機体で穴を塞ぎにかかるも敵はさらに突進する。土壁を駆け上がってヴィントが立射。発砲、発砲。怒りに染まったらしい敵がヴィントの方に向き直り、両手持ちで戦斧を振り下す。
軌跡は、見えなかった。
まともに喰らい壁に叩きつけられるヴィントだが、最後に放っていた銃弾が鎧の肩の継ぎ目を貫いていた。
『――■■!』
苦悶の声を上げた敵が膝をつく。そこに、
「ここで討伐しとかねーと困る」
イェジドで再び東へ舞い戻った皐月が、狼上で銃を肩付け、半壊した土壁を駆け上がりながら引鉄を引いた。
タァンと砲撃に比べ軽い銃声が響き、戦場は奇妙な静寂に包まれる。身じろぎ一つしない黒巨人。皐月がヴィントの許へ寄って無事を確認する。
そして――多くの兵や二人が見る前で、巨人は少しずつ霧散していった。
「……救援、要請……完了した」
満身創痍のヴィントが皐月に支えられ、独りごちた。
●西部
ただ独り西進し続けた伊織は、夜半、風に潮の香りが混じり始めた事に気付いて歓喜した。
伴はイェジドのロウだけ。砦の傭兵に単独行動に関する指南は受けたものの、それで玄人になれる訳でもない。武の一門に生まれた伊織にとって、斥候は少しばかり専門を外れていた。
そんな心細さと、敵と出くわすかもしれない緊張感。あらゆる物がいちいち自分を追い詰めてくるような感覚を覚えながら、伊織とロウはひたすら歩いてきたのだ。潮風を感じて喜ぶ程度、許されて然るべきだ。
――運が良かった……。
細心の注意を払っても普通はどうしようもなく迂回したり敵に遭遇したりする事がある筈だ。にもかかわらず今回はほぼ直進できた。
伊織は逸る心を落ち着け、平野にできた僅かな陥没に身を隠す。ロウと身を寄せ合って暖を取り、チョコを食べた。
甘い。心と体が解れるようだ。ぐると唸るロウに干肉をやり、持参した毛布に身を包む。
――明け方まで休んで……それから……。
風の匂いは変ってきたとはいえ、西岸までどの程度の距離があるか、敵がどれくらいいるか判らない。
「ロウ、見張り……お願いします」
そうして浅い眠りを繰り返し、伊織は翌未明に再出発する。
頭が痛い。でも頑張らないと。伊織は気合いを入れ直し、カメラで撮影しながら西進し続ける。
そして、太陽が南中した頃。
「あ、ぁ……!」
伊織は、起伏の先に、海を見た。
抑え難い達成感がどうしようもなく伊織を満たした。
やや左手には無に沈んだ島が見える。敵影なし――いや。
海や島の方に敵影はない。が、陸に意識を向ければ左方、丘の先に雑然とした気配を感じる。
危ない。危なかった!
伊織は胸をなで下し、匍匐前進でそちらに向かう。そこには――
『メ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!!!』
天をも引き摺り下さんとするかのように魔砲を放つ、金羊の姿があった……。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
相談卓 レイレリア・リナークシス(ka3872) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/01/12 08:31:19 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/01/10 08:45:55 |