ゲスト
(ka0000)
【哀像】微睡む闇の揺籠へ
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~12人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/04/27 22:00
- 完成日
- 2017/05/11 13:16
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
その島は濃霧の向こうにあった。
今までは負のマテリアルが濃すぎてどの船も近寄れず……また、近付く必要性も無かった事から放置された海域の一部だった。
だが、そこに剣機博士の島があるとわかったのなら、もう放置は出来ない。
帝国は総力を挙げ、機導戦艦メアヴァイパーを作戦に投入。第四師団の精鋭達が乗り込み、さらに4隻のガレオン船が砲撃を放つ。
海竜やリンドヴルムなどがそちらに引き付けられている間に人魚達の案内で100に近いハンター達が島への上陸を果たした。
人魚達に帰りの分の海涙石を渡され、ハンター達は剣機博士の研究所についに足を踏み入れたのだった。
扉を開けた途端、思わず誰もが息を止めた。
薄暗い室内は腐臭に満ちており、見えないからこその不気味さが漂っている。
誰かがスイッチを発見し、押した。
灯りのついた室内は、酷い物だった。そこら中に血痕と腐肉が落ちているのが判ってしまった。これなら灯りなどない方が良かったかも知れないと思えるほどの不快感が胃の底から上がってくる。
唯一の救いは負のマテリアルが強いために蛆やコバエなどが居ない事ぐらいだろう。
――場慣れしていないハンターが1人嘔吐き、その背をさすり「大丈夫?」と問う声が聞こえた。
灯りがついた事によってか、またはこちらのマテリアルを感知したのか。
奥の方から何かが蠢く音が聞こえてきた。
「……行きます」
何やら大きな荷物を背負ったイズン・コスロヴァ(kz0144)が声を掛ける。
一同は、各々の役目を思い出すと、神妙な顔で頷いた。
●
30人いた精鋭班は、道中で二手に分かれ、さらに剣機ゾンビ達による猛攻により13人にまで減っていた。
1人、また1人とその命が失われるのを目の当たりにして、『とても危険な作戦である』『死ぬ可能性もある』『それでも諸君らに頼らざるを得ない』そう、かの皇帝が頭を下げた理由を知る。
研究所内は無駄に広かった。
ほとんどの通路は前衛が4人並んで長剣を振るっても互いを傷付けることは無く、天井は高く通路はほとんどが直線であり、非常に無駄を省いた機能的な施設であることを窺わせる。
マッピングを担当していた者も「本当に正しく“研究施設”ですね」と唸っていた。
階段を降り、地下二階へと下りる。
空調なのかもしくは負のマテリアルの効果なのか、上の階よりもひやりとした空気がハンター達を向かえた。
室内は暗く、照明のスイッチが見当たらない為、手持ちのライトを灯した。
小さく唸るモーター音が奥から聞こえ、ハンター達は慎重に奥へと進む。
詳細の判らない施設内を探索するというのは非常に心身を消耗させる。
さらに、時折剣機ゾンビが飛び出てきては戦闘になる為、不意打ちの攻撃を食らうことも多かった。
一通り通路を踏破したがこれ以上地下に降りる階段は見つからず、小さな空き部屋を発見した13人はそこでつかの間の休憩を取ることにする。
「……駄目だ。トランシーバーも魔導伝話も繋がらない」
上の階の班と連絡を取ろうとしたがこの階に降りてからは通信機器が一切作動しなくなっていた。
「この階にいれば通信も可能そうですが……今までと広さが同じほどなら通路にいる限りは声を張れば届きますよね」
室内戦になれば無理だが、廊下で戦闘が始まればその剣戟の音は離れていても聞こえたのを思い出す。
「しかし、剣機博士の部屋が見つからないというのはおかしい。まさか上の階にあるのか?」
1人の問いにイズンがマッピングされた地図を見ながら否を唱える。
「……いえ、この階ですが、明らかに上の階より狭くなってます。この壁沿いに」
「隠し扉」
「恐らく」
「なるほど、探してみましょう」
暗い分、見落としたのかも知れない。と一同が立ち上がる。
「そうだ。皆さんに、これを」
嫌いでなければ、と断りながらイズンが取り出したのは氷砂糖だ。
「回復要素はありませんが……糖質は脳の働きを助けてくれると言いますから」
そう言って一人一人に氷砂糖の塊を手渡した。
口に含んだそれは、痺れるような甘さと素朴な味わいでほんのひとときだが確かにハンター達の疲労を癒やしたのだった。
●
一人のハンターがイズンを呼んだ。
慎重にライトを照らすと、確かに何かを引き摺った跡が壁の向こうへと消えていた。
「……どうやって開けるのでしょう」
一同が首を傾げ、押してみるが動く気配は無い。
「押して駄目なら引いてみなってね!」
一人が右、左と扉を揺さぶる。
すると、僅かに後ろにずれた扉が左右に大きく開いていった。
「ビンゴ!」
喜びの声もつかの間、中から溢れ出る負のマテリアルの凄まじさに全員が直ぐ様身構えた。
『存外遅かったな』
真っ暗な室内から機械越しの声が響く。
壁一面のモニターが順々に灯り、映像を映す。それは上の階で陽動班として戦うハンター達や生存者を発見したハンター達の戦闘場面だった。
「なっ!」
『この施設そのものが私。お前達が侵入してきてからずっと見ていた。そしてお前達が私を殺す為の“精鋭班”だということも知っている。……だが、お前達に私は殺せない。何故なら』
電子音と共に扉が開く音が聞こえ、6体の白衣を着た剣機が現れる。
『“私”が殺すからだ』
現れた6体はその頭部には奇妙なアンテナのような物が刺さり、バイザーらしき物を装着している。
魔導銃によく似た武器を手にした者、機械仕掛けの6本の腕を持つ者、杖を持つ者、素手の者、異常にゆらゆらと全身を揺らしている者、黒いナイフを手中で回している者がモニターからの灯りにぼんやりと映し出され、ハンター達へと殺気を放つ。
イズンと12人のハンター達はそれぞれの得物を構え、地を蹴った。
●unknown
「きみがイズン・コスロヴァ?」
緊急招集された会議の前、名を呼ばれ振り返ればそこにはナサニエル・カロッサ(kz0028)がいた。
「はい」
「ちょっと話しがありまして……お時間いいですか?」
別室に通され、その机の上にある物を見て、嫌な予感にイズンの眉間のしわは深みを増す。
「きみのところが開発した『縛裁』。それの改良版を作ってみたんですよ。それでね、これを持ってちょっと行ってきて欲しいんですよ」
まるで「ちょっとそこの店まで買い物に」ぐらいな緩さで頼まれ、イズンはさらに眉間にしわを寄せる。
「……どこへですか?」
「そりゃ、もちろん。“剣機博士の研究所”ですよ」
へらっとした笑みを前に、イズンは自分の嫌な予感が的中したことを察し、息を呑んで目の前の男を睨む。
「……きみにしか頼めません……行ってくれますね?」
口元とは対照的に瞳の奥には真剣な光が宿っているのを見たイズンは、深々と息を吐いた。
「……まずはお話を伺いましょう」
その島は濃霧の向こうにあった。
今までは負のマテリアルが濃すぎてどの船も近寄れず……また、近付く必要性も無かった事から放置された海域の一部だった。
だが、そこに剣機博士の島があるとわかったのなら、もう放置は出来ない。
帝国は総力を挙げ、機導戦艦メアヴァイパーを作戦に投入。第四師団の精鋭達が乗り込み、さらに4隻のガレオン船が砲撃を放つ。
海竜やリンドヴルムなどがそちらに引き付けられている間に人魚達の案内で100に近いハンター達が島への上陸を果たした。
人魚達に帰りの分の海涙石を渡され、ハンター達は剣機博士の研究所についに足を踏み入れたのだった。
扉を開けた途端、思わず誰もが息を止めた。
薄暗い室内は腐臭に満ちており、見えないからこその不気味さが漂っている。
誰かがスイッチを発見し、押した。
灯りのついた室内は、酷い物だった。そこら中に血痕と腐肉が落ちているのが判ってしまった。これなら灯りなどない方が良かったかも知れないと思えるほどの不快感が胃の底から上がってくる。
唯一の救いは負のマテリアルが強いために蛆やコバエなどが居ない事ぐらいだろう。
――場慣れしていないハンターが1人嘔吐き、その背をさすり「大丈夫?」と問う声が聞こえた。
灯りがついた事によってか、またはこちらのマテリアルを感知したのか。
奥の方から何かが蠢く音が聞こえてきた。
「……行きます」
何やら大きな荷物を背負ったイズン・コスロヴァ(kz0144)が声を掛ける。
一同は、各々の役目を思い出すと、神妙な顔で頷いた。
●
30人いた精鋭班は、道中で二手に分かれ、さらに剣機ゾンビ達による猛攻により13人にまで減っていた。
1人、また1人とその命が失われるのを目の当たりにして、『とても危険な作戦である』『死ぬ可能性もある』『それでも諸君らに頼らざるを得ない』そう、かの皇帝が頭を下げた理由を知る。
研究所内は無駄に広かった。
ほとんどの通路は前衛が4人並んで長剣を振るっても互いを傷付けることは無く、天井は高く通路はほとんどが直線であり、非常に無駄を省いた機能的な施設であることを窺わせる。
マッピングを担当していた者も「本当に正しく“研究施設”ですね」と唸っていた。
階段を降り、地下二階へと下りる。
空調なのかもしくは負のマテリアルの効果なのか、上の階よりもひやりとした空気がハンター達を向かえた。
室内は暗く、照明のスイッチが見当たらない為、手持ちのライトを灯した。
小さく唸るモーター音が奥から聞こえ、ハンター達は慎重に奥へと進む。
詳細の判らない施設内を探索するというのは非常に心身を消耗させる。
さらに、時折剣機ゾンビが飛び出てきては戦闘になる為、不意打ちの攻撃を食らうことも多かった。
一通り通路を踏破したがこれ以上地下に降りる階段は見つからず、小さな空き部屋を発見した13人はそこでつかの間の休憩を取ることにする。
「……駄目だ。トランシーバーも魔導伝話も繋がらない」
上の階の班と連絡を取ろうとしたがこの階に降りてからは通信機器が一切作動しなくなっていた。
「この階にいれば通信も可能そうですが……今までと広さが同じほどなら通路にいる限りは声を張れば届きますよね」
室内戦になれば無理だが、廊下で戦闘が始まればその剣戟の音は離れていても聞こえたのを思い出す。
「しかし、剣機博士の部屋が見つからないというのはおかしい。まさか上の階にあるのか?」
1人の問いにイズンがマッピングされた地図を見ながら否を唱える。
「……いえ、この階ですが、明らかに上の階より狭くなってます。この壁沿いに」
「隠し扉」
「恐らく」
「なるほど、探してみましょう」
暗い分、見落としたのかも知れない。と一同が立ち上がる。
「そうだ。皆さんに、これを」
嫌いでなければ、と断りながらイズンが取り出したのは氷砂糖だ。
「回復要素はありませんが……糖質は脳の働きを助けてくれると言いますから」
そう言って一人一人に氷砂糖の塊を手渡した。
口に含んだそれは、痺れるような甘さと素朴な味わいでほんのひとときだが確かにハンター達の疲労を癒やしたのだった。
●
一人のハンターがイズンを呼んだ。
慎重にライトを照らすと、確かに何かを引き摺った跡が壁の向こうへと消えていた。
「……どうやって開けるのでしょう」
一同が首を傾げ、押してみるが動く気配は無い。
「押して駄目なら引いてみなってね!」
一人が右、左と扉を揺さぶる。
すると、僅かに後ろにずれた扉が左右に大きく開いていった。
「ビンゴ!」
喜びの声もつかの間、中から溢れ出る負のマテリアルの凄まじさに全員が直ぐ様身構えた。
『存外遅かったな』
真っ暗な室内から機械越しの声が響く。
壁一面のモニターが順々に灯り、映像を映す。それは上の階で陽動班として戦うハンター達や生存者を発見したハンター達の戦闘場面だった。
「なっ!」
『この施設そのものが私。お前達が侵入してきてからずっと見ていた。そしてお前達が私を殺す為の“精鋭班”だということも知っている。……だが、お前達に私は殺せない。何故なら』
電子音と共に扉が開く音が聞こえ、6体の白衣を着た剣機が現れる。
『“私”が殺すからだ』
現れた6体はその頭部には奇妙なアンテナのような物が刺さり、バイザーらしき物を装着している。
魔導銃によく似た武器を手にした者、機械仕掛けの6本の腕を持つ者、杖を持つ者、素手の者、異常にゆらゆらと全身を揺らしている者、黒いナイフを手中で回している者がモニターからの灯りにぼんやりと映し出され、ハンター達へと殺気を放つ。
イズンと12人のハンター達はそれぞれの得物を構え、地を蹴った。
●unknown
「きみがイズン・コスロヴァ?」
緊急招集された会議の前、名を呼ばれ振り返ればそこにはナサニエル・カロッサ(kz0028)がいた。
「はい」
「ちょっと話しがありまして……お時間いいですか?」
別室に通され、その机の上にある物を見て、嫌な予感にイズンの眉間のしわは深みを増す。
「きみのところが開発した『縛裁』。それの改良版を作ってみたんですよ。それでね、これを持ってちょっと行ってきて欲しいんですよ」
まるで「ちょっとそこの店まで買い物に」ぐらいな緩さで頼まれ、イズンはさらに眉間にしわを寄せる。
「……どこへですか?」
「そりゃ、もちろん。“剣機博士の研究所”ですよ」
へらっとした笑みを前に、イズンは自分の嫌な予感が的中したことを察し、息を呑んで目の前の男を睨む。
「……きみにしか頼めません……行ってくれますね?」
口元とは対照的に瞳の奥には真剣な光が宿っているのを見たイズンは、深々と息を吐いた。
「……まずはお話を伺いましょう」
リプレイ本文
●
「小夜、頑張って飲め!」
道中のダメージ蓄積が最も多かった浅黄 小夜(ka3062)が必死の形相でポーションを1つ、また1つと消費する横で劉 厳靖(ka4574)が声援を送る。
それ以外にもポーションを持ち込んでいた者は強敵を前にポーションを片手に前へと――この部屋唯一の光源の前へと走る。
そんな中でもユリアン(ka1664)はLEDライトを灯すと扉の傍らに置いた。これで万が一画面が消えても真っ暗闇となって出口がわからなくなると言う事は無い。
走るハンター達。一方で開いた扉の向こうから現れた敵もまた、こちらへ向かって動いている気配を感じる。
広い敷地がハンター達にとって吉と出た。
また、弓などの長距離射程武器を有している敵が居なかった事も幸いだった。
とにかくハンター達は自己回復に努め、または手持ちのポーションを仲間に押しつけながら全力で自分達にとって闘いやすい場へと走る。
「最初は、私に」
強敵がいる。そう察した時、そう申し出たのは小夜だ。
その瞳の強さに、覚悟の強さに最初に頷いたのは真田 天斗(ka0014)だった。
「わかりました」
同じ疾影士である天斗とユリアンとドロテア・フレーベ(ka4126)はうすぼんやりと見える影に疾影士の気配を察しつつ、挟み撃ちにすべく分かれて走り出した。
小夜の一撃を効率的に効果的に命中させるためには敵をなるべくまとめ無ければならない。
「ここでこいつらを倒さないと他の奴らの死が無駄になる。ここが賭け時か」
(状況は最悪に近いな、初めて一人でゴブリン退治に行ったときもこんな感じだったか、でも装備も人員もろくになかったときよりはマシだな)
不敵に笑むミリア・エインズワース(ka1287)の横でカイン・マッコール(ka5336)は静かに頷いて祢々切丸の柄を握り直す。
さらにアウレール・V・ブラオラント(ka2531)、そして腰にランタンを括り付けた鞍馬 真(ka5819)と前衛4人は足並みを揃え走り出す。
「……ぷぅ。乙女にポーション3本一気飲みさせるとかヤな敵ですぅ」
最後尾からは自分の周囲を灯火の水晶球で照らす星野 ハナ(ka5852)と小夜、イズン・コスロヴァ(kz0144)が走り、その前には劉と盾を構えた金目(ka6190)とエリオ・アスコリ(ka5928)が並んで走る。
仲間から突出し敵よりも光源となっている画面へ近付けば、どのみち敵に位置はばれるのだとドロテアも腰に付けたライトを付けた。
そしてハンターを追い、敵が画面に近付けば近付くほど、敵の異様な姿が浮き彫りとなる。
その人間離れした容姿と金属の擦れ合う音。明らかに、何らかが特殊な剣機。
「あらあら、随分個性的なお出迎えだわね?」
(……どれがどんな能力持ちか見た目からじゃわかりにくいわね……)
唇から溢れる軽口とは対照的に忌々しそうにドロテアは目を眇める。
ユリアンとは持ってきたスキルが違う為、ギリギリまでお互いの移動力を合わせ、走る。
もしも、敵が自分よりも長い射程の大技を持ってきていたら。
そう思うと小夜の足は竦んで止まりそうになる。
それでも、それでも自分に出来る事を。
この先にいるはずの、剣機博士を捕らえるためにはここでこれ以上の仲間を失うわけにはいかなかった。
目を凝らし、敵の足並みを慎重に測る。
こちらが前へ走れば、敵は接近しながらも前へと引き摺られる。
前を走っていたドロテアとユリアンが画面側から内側へと一気に舵を切った。
――お願い、こっちへ来て!
小夜の願いが通じたか、まだこちらの方が人数が多い為か、敵は二人を狙うことなく小夜達へと走り寄る。
――なら、行ける。
「みんなの、力、貸してください!」
小夜の願いに、優しくて頼もしい青年の笑顔が寄り添う。
『1発かましたれ、小夜ちゃん!』
さらに、もう1人。共にこの剣機博士が絡んだ事件を追った青年の真摯な想いが寄り添った。
『……ぶちかませ!』
体中の術具が弾けるように魔力が集まり、弾ける。
そして猛烈な吹雪が部屋中を凍てつかせんとばかりに暴れ狂った。
その勢いに誰もが思わず暴れる髪を抑え、視界を守る。
そして、猛吹雪が収まった時、4体の敵が氷漬けとなりその一切の動きを止めていた。
「やるじゃん」
ミリアが氷漬けになった敵を見て次いで、動く敵を見る。
まだ動けるのは、ゆらゆらと揺れている剣機と、ナイフを持った剣機。
ミリアは祢々切丸にマテリアルを注ぎ、油断無く近付く。
前衛四人はまだ射程に敵を収めることが出来ない。
――だが。
「まだ、終われないんだ」
囁くように、己に言い聞かせるように。
アクセルオーバーで残像を纏ったユリアンがさらに風に押され、氷漬けとなっている魔導銃の剣機へと斬り掛かった。
「ボクサーの芸術的にまで高めたアウトボクシング、お見せ致しましょう」
次いで暗がりを利用して下から接近していた天斗もまた残像を纏いつつすれ違いざまにナイフの剣機とゆらゆらと揺れる剣機、さらに特に武器を持たない剣機へと火を纏ったエチイベでカミソリのようなパンチを次々と叩き込む。
しかし、ナイフの剣機はその攻撃を上半身を仰け反るようにして交わすとそのままバック転で天斗と距離を取った。
(あたしっぽくない戦場よねぇ)
ユリアンに続いてドロテアも一気に接敵しながら独りごちる。
もっと強い人に任せたい、そう思ったものの、駄目だった。
散々に命の保証は出来ないと脅された後、そこにいたメンバーを見て思わず笑ってしまった。
みんな、そうなのね、と。
小夜と同じように。そしてきっと、金目や劉、エリオ、そしてユリアンも。
「厭よね、しがらみって。逃げられなくなるじゃない」
ドロテアの艶やかな唇は微かな弧を描くと同時にカラミティ・ヴェノムで氷漬けの魔導銃剣機を鞭打ちった。
「よし!」
さらに追い打ちをかけるようにイズンの制圧射撃が氷漬けになっていない2体の動きを止めると、思わず劉が歓声を上げた。
「私の殺る気はいつでもMAXですぅ! とげとげ玩具の人形遊びが大好きなイタイおっさん歪虚に負ける気は欠片もないですからぁっ!」
どこかで聞いて居るであろう剣機博士に挑発を込めて叫びながら走り距離を詰めたハナが符を投げる。
空中に広がった符は五芒星を描き、ナイフの剣機、揺れていた剣機、素手の剣機を照らし光で焼いた。
『君の為に追い風を』
従兄の祈りに背を押され黄金銃を構えたエリオが揺れていた剣機へと引き金を引き、金目はハナよりも前にでると魔導銃の剣機がいつ動き出しても対応出来るよう盾を構え直す。
(此処に博士が居る。あのスライムや、僕の初依頼に繋がる者が。……それなら、会ってみたいじゃないか)
金目は元来、争うのは好きではない。
出来れば工房に引きこもっていたいし、美味しいお酒を飲んで、心音を聞きながら温もりに包まれて眠っていたい。
それでも、繋がってしまった縁から目を逸らすことが出来なかった。
(好奇心は猫を殺すと言うけれど、僕は猫じゃないし。帰ったら、ドロテアさんやセンパイと飲みたいし)
だから。
「“私”には、“僕たち”で対抗しよう」
金目の金色に変わった瞳に今までにない程の強い光が宿った。
氷が、割れる。
六体の剣機、その全てが動きを取り戻した。
そして、恐ろしい程の反撃が始まった。
●
最初に動いたのは杖を持った個体。
「……っ! 術士か!!」
アウレールが集まる火の気配に気付いた時には業火が後衛に向かって放たれる。
「小夜!!」
ドロテアの悲鳴にも似た声と爆音が響いたのはほぼ同時。
業火は後衛の小夜、イズン、そして前にいたハナと金目を巻きこみ燃え上がる。
金目の防性障壁がハナへのダメージを僅かに引き受け弾けた。
『死なないでくれ』
その願いが、小夜に与える痛みを半減して、肺を、気管支を焼かれる痛みに涙をにじませながらも小夜は立っていた。
他の3人も、それぞれに咳き込みながらも前を睨む。
黒いナイフを構えた剣機が音も無く距離を詰め真を切り裂こうと凶刃が煌めき、避けきれないと悟った真の脳裏でよく戦場を共にする仲間の顔が浮かんだ。
『生きて帰ってきてくれ』
『幸運を祈りますよ』
「あぁ、もちろんだとも」
その祈りが、右腕への一撃を掠めるに留める。
ミリアの身体を影よりも黒い塊が貫く瞬間、愛しい半身の『いってらっしゃい』と告げた笑顔が煌めき、その痛みを和らげる。
ゆらゆらと揺れていた個体はアウレールへと一気に距離を縮めると、盾を構える腕が痺れる程の強烈な一打を鞭打った。
「ぐっ!」
その一撃を何とか堪えたアウレールだが反撃するには敵の距離が遠い。
「腕が、伸びるだと……!?」
そして、床を滑るように移動して来た魔導銃持ちが放った炎がミリアとカインを巻きこみ、腕の一本を巨大化した剣機がミリアを頭上から叩き潰す。
「ミリアさん!」
炎を受け流したカインが叫ぶが、その巨大な腕の下、両腕を交差するように受けきったミリアは「うるせぇ!」と叫び返す。
「他人の心配より自分の心配しなぁっ!」
ようやく自分の射程内に敵が来た。
ミリアは覇気と共に目の前の6本腕に神速の突きを見舞う。
「……みすみす、殺されてやるつもりは無い」
真もまたグリムリーパーの柄を握る両手に力を注ぎ、素早く周囲を確認する。
恐らく、小夜の初撃をまともに食らっていた魔導銃、6本腕、杖、素手の4体のうち、現在最もダメージが多いのは魔導銃の剣機か6本腕だが、場所が悪い。
ならばと自分に最も接近していたナイフの剣機に向かって踏み込み大鎌の切っ先を突き入れたその時、唐突に脳裏に出掛ける前のワンシーンが甦る。
真の背中に願掛けの様に梵字を書きポンポンと背中を優しく叩いて送り出してくれた、あの笑顔。
『大怪我だけはしないで』そう何度も願われたのに、いつも多かれ少なかれ怪我を負って帰ってしまうから、最近では口にしなくなったけれど、誰よりもそれを願ってくれている彼女の顔を。
「……あぁ、早く帰るよ」
切っ先は太腿の筋繊維を音も無く斬り絶った。
アウレールもまた覇気を放ち揺れる剣機へと距離を詰め渾身の一撃を絶火槍にて突き入れる。
その切っ先が剣機の胴にあたる直前、薄い膜を突き破るような感覚をアウレールは感じ、さらに一歩踏み入れた。
「そんな障壁ごと、貫いてくれる!」
前衛の中で最も多くの敵を巻き込めたのはカインだった。
祢々切丸で6本腕、揺れる剣機、魔導銃の剣機と3体をまとめて薙ぎ払う。
「!!」
魔導銃の剣機に刃が吸い込まれた瞬間、火花が散るとカインの身体が大きく弾き飛ばされてた。
「……攻性防壁か」
重心を下げ、片手をついて止まったカインは眉間に力を込め魔導銃の剣機を睨む。
ユリアン、ドロテア、天斗はタイミングを合わせ一気に杖の剣機へと詰め寄った。
距離を保ったままドロテアの鞭が杖を持つ手を捕らえ、天斗が火から風属性に切り替えた鉄甲で見事なアッパーカットを見舞うとユリアンの骨喰が見事バイザーごと横一文字に両目を斬り払った。
バイザーが床を滑り、その素顔が露わになる――が。
「……死者に変わりはないということか」
切り裂かれた衝撃で、腐り落ちた眼球がどろりとした粘液と共にこぼれ落ちた。
「……何だ」
戦況を見つめる劉は嫌な予感に襲われていた。
初撃からの流れは悪くない。いや、計画通りといっていい。
小夜の一撃は完璧と言って良いほど綺麗に決まった。
6本腕、揺れる剣機、ナイフの剣機と前衛にいた剣機はきちんと前衛が抑えてくれている。
疾影士3人による集中攻撃も成功した。
敵の大まかな特徴もドロテアが推察したものの通り。
順調なのに、何か“気持ちが悪い”。
「行きますよぅ~!」
ハナの符が6本腕、揺れる剣機の二体を焼く。
エリオの拳銃が火を吹き、ミリアとカインの間から6本腕のバイザーをペイント弾で塗り潰した。
小夜のアイスボルトがカインとアウレールの間を縫って揺れる剣機の脇腹を貫いた。
リロードを終えたイズンのライフル弾がナイフの剣機の太腿に吸い込まれる。
「金目!」
「何ですか、センパイ」
6本腕と魔導銃は障壁に似た技を使っていたことからも、機導師タイプだが、こちらは射線を遮れば何とかなるだろうと踏む。
だが素手と杖持ちは恐らく術士。先ほどのシャドウブリッドに似た飛ばし技の他にも当然攻撃技を持っていると思うべきであり、先ほどのファイヤーボールの2発目が来る可能性も高い。
疾影士タイプと思われるナイフ持ち、揺れる剣機はその気になれば一気に距離を詰められる。
そして、現在、劉達のいる中衛まで接敵が無い。
「次、絶対にコッチに来るぞ!」
劉のその予想は最悪の形で的中する。
●
杖の剣機が再び業火の塊を後衛に向かって撃ち放った。
「っ!」
一瞬金目は障壁を張る相手に迷った。
防御障壁は味方一人だけを守れる。
小夜は劉が、金目はハナを守るという分担だったが、ハナよりも小夜の方が回避も抵抗値も低い。
そんな金目の迷いに気付いたようにハナが叫んだ。
「金目さん!!」
金目の防御障壁が発動するのと爆発が起こったのはほぼ同時。
玻璃ガラスが割れるように、障壁が散る。
金目が守ったのはハナの方だった。
この中で誰よりも戦闘経験を積んでいるハナがこういう局面でも強いのはわかっている。
だからこそ、金目はハナを守った。
――彼女を生かす事が勝利に繋がると確信して。
「逃げろ、小夜!」
「待て!」
この爆発を受け、杖にしがみつくようにしてようやく立っていた小夜は、劉の今までにない強張った怒声にゆるゆると視線を上げた。
手を伸ばす真と投擲されたナイフが目に入り、避けきれないと悟った小夜は咄嗟にディスターブでそれを弾く。
――が、その直後真横に剣機が居た。
「……うん」
そう、相手に疾影士タイプがいるのなら、絶対この技を使ってくると思っていた。
だが小夜の身体は既に機敏に避けることが出来る程の力が無かった。
「かんにんなぁ」
先ほどの爆発よりも灼熱の痛みが小夜を貫き、小夜の視界は暗転した。
「小夜っ!」
劉の叫びが響く中、さらにハナを凶刃が狙うがこれは咄嗟に金目が間に入った事によりハナには届かない。
電子の爆ぜる音と共にナイフの剣機を押し戻す。
思わず後衛へと向かうべきかと躊躇した疾影士3人には素手の術士による金属でガラスを引っ掻いた時のような不快音に身体の自由を奪われた。
そして機導師タイプの2体が同時にカインを狙う。
両目を潰されているはずの魔導銃持ちが飛び上がるとカインの真後ろから炎を浴びせた。その熱すら受け流しつつ、巨大化した腕の一撃を右の肩口に受けてもカインは怯むこと無く斬魔刀で斬り返す。
「カイン!」
アウレールの鋭い声に視線を横にずらすと、鞭のようにしなった腕がカインの顎を下から打ち上げるように振り払われた。
それでもカインは衝撃に切れた口の端の血を舐め取ると刀を握り直した。
「ゴブリンの一撃に比べれば、大したこと無い」
その一言は心からの本心だった。
●
そこからの戦いは泥仕合のように混迷を極めた。
ミリアは己の前に立ち続ける6本腕の腕を切り落とさんと斬魔刀を振り下ろし、カインとアウレールは壁役として正しくこれ以上敵が後衛に行く事を防いだ。
イズンが小夜を壁際まで下げてる間、真と劉、エリオがナイフの剣機と飛び回る魔導銃の抑えに奮闘し、行動阻害を受けながらもユリアンがStar of Bethlehemで距離を取って杖持ちを撃ち、自由になると同時に天斗がアサルトディスタンスで2体以上を殴り付けながら距離を取り、ドロテアもまたドッジダッシュで回避した後、瞬脚で距離を縮め鞭打つ。
イズンの牽制射撃が刺さり、疾影士3人による連係攻撃で杖持ちが落ちると、次いで魔導銃がハナの五色光符陣に焼かれて消えた。
「ぐぅ!」
従兄の恋人の祈りも、その友人のエルフの祈りもきちんと届いた。
届いてもなお、ナイフ剣機の一撃は重く、回避しきれなかったエリオは床を転がり呻いた。
ほぼ同じタイミングで優しい若草の音色が劉を包み、劉への影の塊によるダメージを半減させた。
敵の攻撃は確実にハンター達の生命力を削り、特にカウンター攻撃で奮迅していたカイン、アウレール、劉、真のダメージは著しかった。
それでもカインはミリアよりも一歩敵に近い場所に居続けた。
「おい! 下がれ!」
「知り合いから貴女を頼みますと言われて居ますので」
とはいえ、カインも自分の命を安く明け渡す気は無かった。
だが、『激闘の末なら死んでも構わない』 ――そう覚悟を決めて挑んでいるミリアにはカインのその頑とした在り方は正直鬱陶しい。
そしてどれほど攻撃を受けても立ち続けていたカインが6本腕(この時には既に3本になっていたが)の強烈な一撃についに膝を付いた。
「……まだ……」
明らかに戦える身体では無いのに、味方を死なせまいと、奥へと運んだ小夜の元へは行かせないと立ち上がろうとするカインの、その両足首を取ると、ミリアは腰を落とした状態から思いっきりカインを文字通り“振り廻した”。
「うわあああああ!?」
「邪魔だ、どけぇ!!」
その勢いのまま、出入口方面へとぶん投げた。
アウレールがギョッとした顔でミリアを見ているが、ミリアはふん、と鼻を鳴らし床に置いた斬魔刀を再び手に取った。
「アウレールさんも投げ飛ばされたくなかったら、僕の前で倒れたりしないことだね」
「き、肝に銘じておこう」
無茶苦茶だ! と思いながらもアウレールは努めて戦闘へと思考を切り替える。
バイザーをペイント弾で塗り潰しても、奪っても眼球を潰しても動きは変わらなかった。
すれ違いざまに何度か確認したが、後頚部に血水晶は無かった。
ということはやはりあの、あからさまに妖しいアンテナなのか。
この室内にカメラがあるのか。この暗い中で何を元に自分達を“見て”いるのか。
せめて、灯りが付けば。
そう歯がゆく思う視界の端では、画面の中の仲間達は大小傷を増やしながらも剣機を撃ち滅ぼしている。
「……負けるわけにはいかない」
彼らは彼らの役割を果たしている。ならば、弱音を吐いている場合では無い。
己が己である為に剣を取る。最期の時まで民を守るという義務を全うすることこそアウレールの生き様だ。
なれば、この程度の傷は大したことでは無い。何より“こんなところで”倒れるわけにはいかない。
「道を空けさせて貰おう」
アウレールの渾身撃がついに6本腕の剣機を塵へと還した。
「貴方方のチームワークと場数と信頼を重ねてきた我々のチームワーク。どちらが上かハッキリさせましょう」
天斗は剣機に武器の属性では大した差を見出せないとわかってからは、素手の剣機のアンテナを狙う試みにシフトしていたのだが、意外なほど素早い動きでその一撃は命中しない。
既に全てのスキルを使い果たしていたが、不意に不思議と今なら行けそうな気がした。
根拠の無いそれに押され、天斗は地を蹴ると高く飛んでそのアンテナの根元に向かい火竜票を構えた。
そのタイミングに合わせ、ドロテアが鞭を首に巻き付ける。
ドロテアもギルド仲間2人からの祈りの力はとっくに使い果たしている。あと、一撃でもまともに食らえば恐らく立ってはいられない。
それでも、見届けると決めた以上、生にしがみつくと決めて、この場に立っている。
ぎちりと鞭がしなる。
「タカト君!」
ドロテアの声に応えるように天斗が投げた火竜票が吸い込まれるようにアンテナを根元から切り落とした。
火花が爆ぜる音が頭部からして、それは徐々に足元へと降りてく。
音を立てて両膝を付いた素手の剣機はそのまま塵へと還っていった。
「やはり、アンテナから、ですか」
着地した天斗は直ぐ様残りの剣機へと目を向ける。
残る剣機は、ゆらゆらと揺れながら鞭打ってくる剣機とナイフの剣機の2体。
「あら、同業っぽいのが残っているの?」
厭ね、とドロテアが呟くと赤黒い鞭を器用に上下に振って消えゆく剣機の首から外した。
「じゃぁ、俺は奥に」
端的に告げてユリアンが疾風の如く走り出す。
「……悩むお年頃……ってやつかしら?」
男子三日会わざれば刮目して見よ。とは何時だったか酒場で会ったリアルブルー出身の男性が教えてくれた言葉だった気がするが、確かにほぼ一年ぶりに会ったユリアンは随分雰囲気が変わってしまっていて、ドロテアは小首を傾げた。
大切な友からの祈りを、愛おしい弟からの祈りを感じながらも、ユリアンの心は変わらず凪いだままだった。
小夜が倒れた時も、カインが奥へと投げ飛ばされたときも何一つ変わらず。
ただ、目の前の敵を倒さなければ、真相への道が拓けないのだとそれだけが気がかりだった。
星礫を構え、放つ。
それに気付いたナイフの剣機は飛び込み前転でユリアンの投擲から逃れる。
「ナイスアシスト!」
劉がニヤリと口角を上げて力強く踏み込む。
「これがっ」
勢いを増した大身槍がナイフの剣機の腹部に突き刺さり、剣機がその柄を握り劉に狙いを定める。
――が。
「……本命だと思った?」
剣機が劉の目論見に気付き突き刺さったままの槍を抜こうともがく。その背後に回り込んだのはエリオだ。
「無理を通して此処まで来たんだ、絶対剣機博士に繋がるものを掴んでみせる」
紫微星を伝い、エリオの練り上げたマテリアルが剣機を穿った。
腹部に2箇所の風穴を開けた剣機はそれでも、ナイフを劉へと放とうとして、全身を震わせた。
「もう倒れて下さい」
金目のエレクトリックショックを纏った一撃を受け全身を感電に振るわせながら、ついに塵へと還っていった。
残りあと一体と。ゆらゆらと揺れる剣機はミリアの袈裟斬りとアウレールの突きを受けたところでハナの符に焼かれて塵へと還るところだった。
「……終わった、わね?」
ほぅ、とドロテアが息を吐くと同時にその場にへたり込む。
「皆さんお疲れ様でした」
イズンの声に、一同が互いの健闘を称え合う。
この場にいる全員があと一撃喰らえば命が危なかった。
残っているポーションを分け合い、僅かな回復でもとエリオがチャクラヒールを使い、劉はマテリアルヒールを試みて各自僅かでも体力の回復を図ったのだった。
「……さて、とぉ。乙女の柔肌をこんなに傷だらけにしてくれた大親分を探しますかっ!」
比較的(それでも十分に傷をおっているが)傷の浅いハナが画面の傍へと寄り、その周囲を注意深く見ていく。
画面は消える事無くハンター達を映しており、そのほとんどが剣機やゾンビ達を討ち、探索を続けている。
ぺたぺたと壁に触れながら、時に軽く叩きながら時計回りに見ていくと、丁度剣機が出てきたと思われる扉を見つけ、横に引いた。
「手伝うよ」
ユリアンが一緒にその扉を引き、僅かに空いた隙間に鉄パイプを差し込む。
「力仕事なら任せて」
ミリアが腕まくりをするような動作をしながらその隙間に指を差し込み押し始める。
「私も手伝おう」
鞍馬もミリアに続いて指を掛けると一気に引いた。
その間に劉と天斗は気を失っている小夜とカインを回収に行く。
「お、気付いたか?」
劉が背負った刺激で目が覚めた小夜は、劉の顔を見て嬉しそうにはにかんだ後、思い出したようにその瞳と唇を震わせた。
「大丈夫だ、誰も死んでない。小夜のお陰だな」
その言葉を聞いて、小夜は劉の後頭部に額を押しつけて首を横に振る。
「今、扉らしき物を見つけてみんながこじ開けようとしてる……お、開いたかな」
「……剣機博士……正体を、隠さなくなった、と言う事は……隠す必要が無くなった、と言う事……?」
小夜の小さな呟きに劉は思わず足を止めた。
アダムの時もそうだった。
小夜の気付きと行動が、アダムを止めた。
劉はつられて思考する。
もしも、剣機博士が今姿を“隠す必要がなくなった”のだとしたら、何故だ。
沢山の行方不明者。沢山のCAMをはじめとするユニット強奪。
剣機博士が“剣機”にこだわる理由。
そもそも本当に姿を“隠して”いたのか?
劉の目の前で、仲間達により扉が少しずつ開いていく。
その隙間から、思わず身震いするほどの冷気が漂ってくる。
小夜もその冷気に顔を上げ前を見た。
少しずつ開いていく扉の向こう。
――そこは、まるで深海のようだった。
●
床から天井まで繋がる筒状の水槽が幾つも並んでいた。
その水槽の上下から青く淡い光が灯り、ハナはリアルブルーの水族館を思い出した。
こぽり、と空気の泡が時折上へと上がっていく様子は、何やら幻想的でもある。
「な、ん、なのかしら? この部屋……?」
初めて見る光景にドロテアが落ち着き無く周囲を見回す。
水槽の中は水らしき液体で満ちてはいるが、他に何かがいる様子は無い。
「……何故こんなに温度が低いのか」
一気に汗が冷えてアウレールが思わずぶるりと身を震わせた。
「代わるよ……僕の……知人、なんだ」
ミリアが言い淀みながら天斗の背からカインを引き取ると、背負い直した。
「ラズビルナムやヴルツァライヒに関連する発見が有ればいいのですが」
天斗は水槽以外に何もなさそうな部屋を見回しながら困惑したように呟く。
「負のマテリアルはかなり濃い……敵がいるかも知れない。気を付けて」
ユリアンの言葉に一同が神妙に頷く。
その時、一番奥の赤い水槽を見たハナが叫び声を上げた。
「な、なんだ!?」
みんなが一斉に武器を構えハナを見て、ハナの視線の先を見る。
ガラスの向こう。
赤い水の中に、一体の人形が沈んでいる。
……いや、人形では無い。あれは。
「「ペレット!」」
劉とドロテアが同時に叫んだ。
絵でした見た事が無かったが、あの精巧な絵画の絵と見間違いようが無いほどそっくりな白い少女がぐったりと意識を失っている。
13人はガラスに走り寄るとその水槽の開け口が無いか探し始める。
その壁沿い、壁に埋まるようにしてある円筒状の水槽を見つけた真と金目が思わず動きを止めた。
その水槽には脳が浮いていた。
「あ……っく趣味だなぁ……」
渇いた喉の奥から、ようやく言葉を絞り出した金目が斧を下ろす。
真も、小回りが利く振動刀の柄にかけていた手を下ろし、深い息を吐いた。
その時、小さなモーター音と共に周囲が明るく照らし出された。
咄嗟にハナは光で目がやられないよう盾で目を覆い、注意深く周囲を伺う。
『改めて、ようこそ私の研究所へ』
機会音声がどこからともなく聞こえ、アウレールが奥歯を噛み締めながらスピーカーの位置を探る。
「どこだ? どこにいる!?」
『ふははは、どこもなにも、今お前達の目の前にいるのが、私だ』
その言葉に、エリオが怪訝そうに眉をしかめた。
「……この脳みそがお前だっていうのか?」
『いかにも。そしてこの施設全てが私だ』
予想の斜め上の回答に誰もが絶句する中、比較的冷静だったのは小夜のお陰でその正体について直前に考える事の出来た劉と平常心を心掛けている真、エリオ。そしてペレットの安否を気に掛けていたユリアンとドロテアだった。
「……あの子を出して」
『あの子、とは?』
「とぼけるな。あの水槽の中にいるペレットだ」
『断る』
「っ!!」
「待て、その前に、『貴公は誰だ』」
殺気立つドロテアを抑えてアウレールが問う。
「剣機博士となる前、その脳みそが貴公だというのなら、人だった貴公の名を問おう」
アウレールは危惧していたのだ。
剣機博士の正体を。
前錬魔院院長であるならば――
『随分と懐かしい事を聞く。良いだろう、私の名はヴァーン・シュタイン』
聞き覚えの無い名にアウレールが僅かに眉を寄せる。
「そうですか。では、シュタイン博士。現ワルプルギス錬魔院院長ナサニエルから伝言です。『初めましてこんにちは。そして死ね』」
イズンが背のバックパックから引き摺り出したのは、イズンの腕よりも太い小型のスペルランチャーだった。
「な……!?」
唐突な展開に誰もがついて行けない中、イズンだけが淡々と“仕事”を進めようと動く。
「ま、待ってイズンさん! ここにはペレットがいるんだ!」
慌てたユリアンがイズンの前に出る。
「知っています。先ほどの少女がそうなのでしょう。何やら随分と虚弱な歪虚だとか? ならば剣機博士を葬ればその歪虚も生きることが出来なくなるでしょう。問題ありません」
「いや、いやいやいや。まだ俺達あの子に聞きたい事があるんだ!」
エリオも慌ててイズンを止めに入る。
「そ、そうだ! まだヴルツァライヒとの関係性や前回のリンダの件などの話しも聞いていない」
アウレールもイズンを引き留めようと腕を取る。
「多すぎるんです」
「はい?」
劉がイズンの言葉に首を傾げる。
「行方不明者も、奪われたCAMも。この施設内で出会った剣機だけではとても足りない。院長はおっしゃいました。『剣機博士は“これから”何かをするつもりだ』と」
イズンの言葉に、施設中が震えるほどの嗤い声が響いた。
『流石はあの魔女の息子か。ここまで辿り着いたということは、ヘカトンケイレスシステムについては把握しているな』
「旧帝国時代に秘密裏に行われていた死体の再利用を目的とした“死なない兵団”作り」
『その通り』
だが、革命が起こり、研究所は解散となった上に口封じとして殺されかけた。
――死にたくない、と心から祈った。
その時、あの歪虚とは思えぬほど脆弱なペレットの産みの親が私に笑いかけた。
「フフフ。いいわよぉ。その願い、叶えてあげるわぁ」
だが私の全身は既に再生が不可能なほどのダメージを負っていた。
辛うじて無事だった頭部だけを剣妃は歪虚へと“産み直した”。
「ゾンビの研究をしていたんでしょぉ? 自分で好きなゾンビから身体を作ったら良いじゃなぁい?」
『剣妃の言葉に「それだ!」と私は天啓を受けたのだよ。生まれたときから歪虚である“最強の剣機を作る”。それが私の使命だと!!』
「……やだぁ、本当にぃお人形遊びが大好きな変態おっさん歪虚ですぅ……」
ハナがどん引きしながら隣に立つ真の後ろへと一歩下がった。
『今まで血水晶で集めた情報を全て注いだ最強の兵器だ! もう止められぬ! このまま血水晶の母体であるペレットを吸収すれば私の研究の集大成は完成だ。これで私は心安らかに滅びることが出来る!!』
その満足げな嗤い声に誰もが表情を険しくし、イズンはアウレールの腕を振り切るとスペルランチャーを肩に担いだ。
●
そんなシュタインのけたたましい笑い声は突如のガラスの割れる音で止まった。
見れば、カインを床に寝かしたミリアが斬魔刀でガラスを叩き割っていた。
「なんか良く分かんないけど、この歪虚を引っ張り出して、イズンさんがそれぶっ放せば終わるんだよね?」
水では無い、ドロドロとした赤いゼリー状の粘液がこぼれ落ちる中に、ミリアは躊躇うこと無く片腕を突っ込んでペレットの身体を掴もうとするが僅かに手が届かない。
『おのれ、お前らぁっ!!』
ドンッという激しい揺れと共に、部屋の灯りが明滅する。
「代わろう」
一番身長の高い天斗がミリアに代わって内圧と振動によって徐々にヒビが大きくなる割れ目へと手を入れた。
そしてその華奢な手を掴み、引いたところでついにガラスが堪えきれず大きな音を立てて割れた。
赤い粘液にまみれながらも天斗がしっかりとペレットを抱き上げる。
『もう遅い! 今頃それを引き剥がしたところで、アルゴスは止まらぬ!!』
尋常では無い揺れに、誰もが地や壁に手を付く中、イズンは狙いを定めてスペルランチャーの引き金を引いた。
シュタインの脳みそが浮かぶ水槽、そして周囲の壁ごと、風属性を纏った細かい鉄粉が空中で擦れ合い、スパークする。
『ふははははは、私の願いよ! 私の最高傑作よ! お前から父を奪い、母を奪った命ある者全てを憎み喰らえ!! 愛に餓え、温もりに餓え、満たされぬ飢餓を満たそうと全てを喰らえ!!』
水槽に蜘蛛の巣のような細かなヒビが入り、ついに割れた。
水が溢れる中、イズンが静かに胸元からリボルバーを抜くと、躊躇無くその引き金を引いた。
乾いた銃声が水槽のに落ちた脳みそを貫き、脳漿をぶちまけながら哄笑はついに沈黙した。
酷く揺れる施設内を全力で駆け抜け、小夜を背負った劉が一番最後に研究所を出た。
走りながら振り返ると、研究所そのものが崩れ落ちていく。
島全体の揺れも止まらず、足が縺れそうになる中を全員最後の気力を絞って走り続けた。
巨大な影が島に落ちた。
いや、島の中央から起き上がったのだ。
その全身を金属鎧で覆った巨大な化け物。
剣機・巨神アルゴスがついに生まれ落ちたのだった。
「小夜、頑張って飲め!」
道中のダメージ蓄積が最も多かった浅黄 小夜(ka3062)が必死の形相でポーションを1つ、また1つと消費する横で劉 厳靖(ka4574)が声援を送る。
それ以外にもポーションを持ち込んでいた者は強敵を前にポーションを片手に前へと――この部屋唯一の光源の前へと走る。
そんな中でもユリアン(ka1664)はLEDライトを灯すと扉の傍らに置いた。これで万が一画面が消えても真っ暗闇となって出口がわからなくなると言う事は無い。
走るハンター達。一方で開いた扉の向こうから現れた敵もまた、こちらへ向かって動いている気配を感じる。
広い敷地がハンター達にとって吉と出た。
また、弓などの長距離射程武器を有している敵が居なかった事も幸いだった。
とにかくハンター達は自己回復に努め、または手持ちのポーションを仲間に押しつけながら全力で自分達にとって闘いやすい場へと走る。
「最初は、私に」
強敵がいる。そう察した時、そう申し出たのは小夜だ。
その瞳の強さに、覚悟の強さに最初に頷いたのは真田 天斗(ka0014)だった。
「わかりました」
同じ疾影士である天斗とユリアンとドロテア・フレーベ(ka4126)はうすぼんやりと見える影に疾影士の気配を察しつつ、挟み撃ちにすべく分かれて走り出した。
小夜の一撃を効率的に効果的に命中させるためには敵をなるべくまとめ無ければならない。
「ここでこいつらを倒さないと他の奴らの死が無駄になる。ここが賭け時か」
(状況は最悪に近いな、初めて一人でゴブリン退治に行ったときもこんな感じだったか、でも装備も人員もろくになかったときよりはマシだな)
不敵に笑むミリア・エインズワース(ka1287)の横でカイン・マッコール(ka5336)は静かに頷いて祢々切丸の柄を握り直す。
さらにアウレール・V・ブラオラント(ka2531)、そして腰にランタンを括り付けた鞍馬 真(ka5819)と前衛4人は足並みを揃え走り出す。
「……ぷぅ。乙女にポーション3本一気飲みさせるとかヤな敵ですぅ」
最後尾からは自分の周囲を灯火の水晶球で照らす星野 ハナ(ka5852)と小夜、イズン・コスロヴァ(kz0144)が走り、その前には劉と盾を構えた金目(ka6190)とエリオ・アスコリ(ka5928)が並んで走る。
仲間から突出し敵よりも光源となっている画面へ近付けば、どのみち敵に位置はばれるのだとドロテアも腰に付けたライトを付けた。
そしてハンターを追い、敵が画面に近付けば近付くほど、敵の異様な姿が浮き彫りとなる。
その人間離れした容姿と金属の擦れ合う音。明らかに、何らかが特殊な剣機。
「あらあら、随分個性的なお出迎えだわね?」
(……どれがどんな能力持ちか見た目からじゃわかりにくいわね……)
唇から溢れる軽口とは対照的に忌々しそうにドロテアは目を眇める。
ユリアンとは持ってきたスキルが違う為、ギリギリまでお互いの移動力を合わせ、走る。
もしも、敵が自分よりも長い射程の大技を持ってきていたら。
そう思うと小夜の足は竦んで止まりそうになる。
それでも、それでも自分に出来る事を。
この先にいるはずの、剣機博士を捕らえるためにはここでこれ以上の仲間を失うわけにはいかなかった。
目を凝らし、敵の足並みを慎重に測る。
こちらが前へ走れば、敵は接近しながらも前へと引き摺られる。
前を走っていたドロテアとユリアンが画面側から内側へと一気に舵を切った。
――お願い、こっちへ来て!
小夜の願いが通じたか、まだこちらの方が人数が多い為か、敵は二人を狙うことなく小夜達へと走り寄る。
――なら、行ける。
「みんなの、力、貸してください!」
小夜の願いに、優しくて頼もしい青年の笑顔が寄り添う。
『1発かましたれ、小夜ちゃん!』
さらに、もう1人。共にこの剣機博士が絡んだ事件を追った青年の真摯な想いが寄り添った。
『……ぶちかませ!』
体中の術具が弾けるように魔力が集まり、弾ける。
そして猛烈な吹雪が部屋中を凍てつかせんとばかりに暴れ狂った。
その勢いに誰もが思わず暴れる髪を抑え、視界を守る。
そして、猛吹雪が収まった時、4体の敵が氷漬けとなりその一切の動きを止めていた。
「やるじゃん」
ミリアが氷漬けになった敵を見て次いで、動く敵を見る。
まだ動けるのは、ゆらゆらと揺れている剣機と、ナイフを持った剣機。
ミリアは祢々切丸にマテリアルを注ぎ、油断無く近付く。
前衛四人はまだ射程に敵を収めることが出来ない。
――だが。
「まだ、終われないんだ」
囁くように、己に言い聞かせるように。
アクセルオーバーで残像を纏ったユリアンがさらに風に押され、氷漬けとなっている魔導銃の剣機へと斬り掛かった。
「ボクサーの芸術的にまで高めたアウトボクシング、お見せ致しましょう」
次いで暗がりを利用して下から接近していた天斗もまた残像を纏いつつすれ違いざまにナイフの剣機とゆらゆらと揺れる剣機、さらに特に武器を持たない剣機へと火を纏ったエチイベでカミソリのようなパンチを次々と叩き込む。
しかし、ナイフの剣機はその攻撃を上半身を仰け反るようにして交わすとそのままバック転で天斗と距離を取った。
(あたしっぽくない戦場よねぇ)
ユリアンに続いてドロテアも一気に接敵しながら独りごちる。
もっと強い人に任せたい、そう思ったものの、駄目だった。
散々に命の保証は出来ないと脅された後、そこにいたメンバーを見て思わず笑ってしまった。
みんな、そうなのね、と。
小夜と同じように。そしてきっと、金目や劉、エリオ、そしてユリアンも。
「厭よね、しがらみって。逃げられなくなるじゃない」
ドロテアの艶やかな唇は微かな弧を描くと同時にカラミティ・ヴェノムで氷漬けの魔導銃剣機を鞭打ちった。
「よし!」
さらに追い打ちをかけるようにイズンの制圧射撃が氷漬けになっていない2体の動きを止めると、思わず劉が歓声を上げた。
「私の殺る気はいつでもMAXですぅ! とげとげ玩具の人形遊びが大好きなイタイおっさん歪虚に負ける気は欠片もないですからぁっ!」
どこかで聞いて居るであろう剣機博士に挑発を込めて叫びながら走り距離を詰めたハナが符を投げる。
空中に広がった符は五芒星を描き、ナイフの剣機、揺れていた剣機、素手の剣機を照らし光で焼いた。
『君の為に追い風を』
従兄の祈りに背を押され黄金銃を構えたエリオが揺れていた剣機へと引き金を引き、金目はハナよりも前にでると魔導銃の剣機がいつ動き出しても対応出来るよう盾を構え直す。
(此処に博士が居る。あのスライムや、僕の初依頼に繋がる者が。……それなら、会ってみたいじゃないか)
金目は元来、争うのは好きではない。
出来れば工房に引きこもっていたいし、美味しいお酒を飲んで、心音を聞きながら温もりに包まれて眠っていたい。
それでも、繋がってしまった縁から目を逸らすことが出来なかった。
(好奇心は猫を殺すと言うけれど、僕は猫じゃないし。帰ったら、ドロテアさんやセンパイと飲みたいし)
だから。
「“私”には、“僕たち”で対抗しよう」
金目の金色に変わった瞳に今までにない程の強い光が宿った。
氷が、割れる。
六体の剣機、その全てが動きを取り戻した。
そして、恐ろしい程の反撃が始まった。
●
最初に動いたのは杖を持った個体。
「……っ! 術士か!!」
アウレールが集まる火の気配に気付いた時には業火が後衛に向かって放たれる。
「小夜!!」
ドロテアの悲鳴にも似た声と爆音が響いたのはほぼ同時。
業火は後衛の小夜、イズン、そして前にいたハナと金目を巻きこみ燃え上がる。
金目の防性障壁がハナへのダメージを僅かに引き受け弾けた。
『死なないでくれ』
その願いが、小夜に与える痛みを半減して、肺を、気管支を焼かれる痛みに涙をにじませながらも小夜は立っていた。
他の3人も、それぞれに咳き込みながらも前を睨む。
黒いナイフを構えた剣機が音も無く距離を詰め真を切り裂こうと凶刃が煌めき、避けきれないと悟った真の脳裏でよく戦場を共にする仲間の顔が浮かんだ。
『生きて帰ってきてくれ』
『幸運を祈りますよ』
「あぁ、もちろんだとも」
その祈りが、右腕への一撃を掠めるに留める。
ミリアの身体を影よりも黒い塊が貫く瞬間、愛しい半身の『いってらっしゃい』と告げた笑顔が煌めき、その痛みを和らげる。
ゆらゆらと揺れていた個体はアウレールへと一気に距離を縮めると、盾を構える腕が痺れる程の強烈な一打を鞭打った。
「ぐっ!」
その一撃を何とか堪えたアウレールだが反撃するには敵の距離が遠い。
「腕が、伸びるだと……!?」
そして、床を滑るように移動して来た魔導銃持ちが放った炎がミリアとカインを巻きこみ、腕の一本を巨大化した剣機がミリアを頭上から叩き潰す。
「ミリアさん!」
炎を受け流したカインが叫ぶが、その巨大な腕の下、両腕を交差するように受けきったミリアは「うるせぇ!」と叫び返す。
「他人の心配より自分の心配しなぁっ!」
ようやく自分の射程内に敵が来た。
ミリアは覇気と共に目の前の6本腕に神速の突きを見舞う。
「……みすみす、殺されてやるつもりは無い」
真もまたグリムリーパーの柄を握る両手に力を注ぎ、素早く周囲を確認する。
恐らく、小夜の初撃をまともに食らっていた魔導銃、6本腕、杖、素手の4体のうち、現在最もダメージが多いのは魔導銃の剣機か6本腕だが、場所が悪い。
ならばと自分に最も接近していたナイフの剣機に向かって踏み込み大鎌の切っ先を突き入れたその時、唐突に脳裏に出掛ける前のワンシーンが甦る。
真の背中に願掛けの様に梵字を書きポンポンと背中を優しく叩いて送り出してくれた、あの笑顔。
『大怪我だけはしないで』そう何度も願われたのに、いつも多かれ少なかれ怪我を負って帰ってしまうから、最近では口にしなくなったけれど、誰よりもそれを願ってくれている彼女の顔を。
「……あぁ、早く帰るよ」
切っ先は太腿の筋繊維を音も無く斬り絶った。
アウレールもまた覇気を放ち揺れる剣機へと距離を詰め渾身の一撃を絶火槍にて突き入れる。
その切っ先が剣機の胴にあたる直前、薄い膜を突き破るような感覚をアウレールは感じ、さらに一歩踏み入れた。
「そんな障壁ごと、貫いてくれる!」
前衛の中で最も多くの敵を巻き込めたのはカインだった。
祢々切丸で6本腕、揺れる剣機、魔導銃の剣機と3体をまとめて薙ぎ払う。
「!!」
魔導銃の剣機に刃が吸い込まれた瞬間、火花が散るとカインの身体が大きく弾き飛ばされてた。
「……攻性防壁か」
重心を下げ、片手をついて止まったカインは眉間に力を込め魔導銃の剣機を睨む。
ユリアン、ドロテア、天斗はタイミングを合わせ一気に杖の剣機へと詰め寄った。
距離を保ったままドロテアの鞭が杖を持つ手を捕らえ、天斗が火から風属性に切り替えた鉄甲で見事なアッパーカットを見舞うとユリアンの骨喰が見事バイザーごと横一文字に両目を斬り払った。
バイザーが床を滑り、その素顔が露わになる――が。
「……死者に変わりはないということか」
切り裂かれた衝撃で、腐り落ちた眼球がどろりとした粘液と共にこぼれ落ちた。
「……何だ」
戦況を見つめる劉は嫌な予感に襲われていた。
初撃からの流れは悪くない。いや、計画通りといっていい。
小夜の一撃は完璧と言って良いほど綺麗に決まった。
6本腕、揺れる剣機、ナイフの剣機と前衛にいた剣機はきちんと前衛が抑えてくれている。
疾影士3人による集中攻撃も成功した。
敵の大まかな特徴もドロテアが推察したものの通り。
順調なのに、何か“気持ちが悪い”。
「行きますよぅ~!」
ハナの符が6本腕、揺れる剣機の二体を焼く。
エリオの拳銃が火を吹き、ミリアとカインの間から6本腕のバイザーをペイント弾で塗り潰した。
小夜のアイスボルトがカインとアウレールの間を縫って揺れる剣機の脇腹を貫いた。
リロードを終えたイズンのライフル弾がナイフの剣機の太腿に吸い込まれる。
「金目!」
「何ですか、センパイ」
6本腕と魔導銃は障壁に似た技を使っていたことからも、機導師タイプだが、こちらは射線を遮れば何とかなるだろうと踏む。
だが素手と杖持ちは恐らく術士。先ほどのシャドウブリッドに似た飛ばし技の他にも当然攻撃技を持っていると思うべきであり、先ほどのファイヤーボールの2発目が来る可能性も高い。
疾影士タイプと思われるナイフ持ち、揺れる剣機はその気になれば一気に距離を詰められる。
そして、現在、劉達のいる中衛まで接敵が無い。
「次、絶対にコッチに来るぞ!」
劉のその予想は最悪の形で的中する。
●
杖の剣機が再び業火の塊を後衛に向かって撃ち放った。
「っ!」
一瞬金目は障壁を張る相手に迷った。
防御障壁は味方一人だけを守れる。
小夜は劉が、金目はハナを守るという分担だったが、ハナよりも小夜の方が回避も抵抗値も低い。
そんな金目の迷いに気付いたようにハナが叫んだ。
「金目さん!!」
金目の防御障壁が発動するのと爆発が起こったのはほぼ同時。
玻璃ガラスが割れるように、障壁が散る。
金目が守ったのはハナの方だった。
この中で誰よりも戦闘経験を積んでいるハナがこういう局面でも強いのはわかっている。
だからこそ、金目はハナを守った。
――彼女を生かす事が勝利に繋がると確信して。
「逃げろ、小夜!」
「待て!」
この爆発を受け、杖にしがみつくようにしてようやく立っていた小夜は、劉の今までにない強張った怒声にゆるゆると視線を上げた。
手を伸ばす真と投擲されたナイフが目に入り、避けきれないと悟った小夜は咄嗟にディスターブでそれを弾く。
――が、その直後真横に剣機が居た。
「……うん」
そう、相手に疾影士タイプがいるのなら、絶対この技を使ってくると思っていた。
だが小夜の身体は既に機敏に避けることが出来る程の力が無かった。
「かんにんなぁ」
先ほどの爆発よりも灼熱の痛みが小夜を貫き、小夜の視界は暗転した。
「小夜っ!」
劉の叫びが響く中、さらにハナを凶刃が狙うがこれは咄嗟に金目が間に入った事によりハナには届かない。
電子の爆ぜる音と共にナイフの剣機を押し戻す。
思わず後衛へと向かうべきかと躊躇した疾影士3人には素手の術士による金属でガラスを引っ掻いた時のような不快音に身体の自由を奪われた。
そして機導師タイプの2体が同時にカインを狙う。
両目を潰されているはずの魔導銃持ちが飛び上がるとカインの真後ろから炎を浴びせた。その熱すら受け流しつつ、巨大化した腕の一撃を右の肩口に受けてもカインは怯むこと無く斬魔刀で斬り返す。
「カイン!」
アウレールの鋭い声に視線を横にずらすと、鞭のようにしなった腕がカインの顎を下から打ち上げるように振り払われた。
それでもカインは衝撃に切れた口の端の血を舐め取ると刀を握り直した。
「ゴブリンの一撃に比べれば、大したこと無い」
その一言は心からの本心だった。
●
そこからの戦いは泥仕合のように混迷を極めた。
ミリアは己の前に立ち続ける6本腕の腕を切り落とさんと斬魔刀を振り下ろし、カインとアウレールは壁役として正しくこれ以上敵が後衛に行く事を防いだ。
イズンが小夜を壁際まで下げてる間、真と劉、エリオがナイフの剣機と飛び回る魔導銃の抑えに奮闘し、行動阻害を受けながらもユリアンがStar of Bethlehemで距離を取って杖持ちを撃ち、自由になると同時に天斗がアサルトディスタンスで2体以上を殴り付けながら距離を取り、ドロテアもまたドッジダッシュで回避した後、瞬脚で距離を縮め鞭打つ。
イズンの牽制射撃が刺さり、疾影士3人による連係攻撃で杖持ちが落ちると、次いで魔導銃がハナの五色光符陣に焼かれて消えた。
「ぐぅ!」
従兄の恋人の祈りも、その友人のエルフの祈りもきちんと届いた。
届いてもなお、ナイフ剣機の一撃は重く、回避しきれなかったエリオは床を転がり呻いた。
ほぼ同じタイミングで優しい若草の音色が劉を包み、劉への影の塊によるダメージを半減させた。
敵の攻撃は確実にハンター達の生命力を削り、特にカウンター攻撃で奮迅していたカイン、アウレール、劉、真のダメージは著しかった。
それでもカインはミリアよりも一歩敵に近い場所に居続けた。
「おい! 下がれ!」
「知り合いから貴女を頼みますと言われて居ますので」
とはいえ、カインも自分の命を安く明け渡す気は無かった。
だが、『激闘の末なら死んでも構わない』 ――そう覚悟を決めて挑んでいるミリアにはカインのその頑とした在り方は正直鬱陶しい。
そしてどれほど攻撃を受けても立ち続けていたカインが6本腕(この時には既に3本になっていたが)の強烈な一撃についに膝を付いた。
「……まだ……」
明らかに戦える身体では無いのに、味方を死なせまいと、奥へと運んだ小夜の元へは行かせないと立ち上がろうとするカインの、その両足首を取ると、ミリアは腰を落とした状態から思いっきりカインを文字通り“振り廻した”。
「うわあああああ!?」
「邪魔だ、どけぇ!!」
その勢いのまま、出入口方面へとぶん投げた。
アウレールがギョッとした顔でミリアを見ているが、ミリアはふん、と鼻を鳴らし床に置いた斬魔刀を再び手に取った。
「アウレールさんも投げ飛ばされたくなかったら、僕の前で倒れたりしないことだね」
「き、肝に銘じておこう」
無茶苦茶だ! と思いながらもアウレールは努めて戦闘へと思考を切り替える。
バイザーをペイント弾で塗り潰しても、奪っても眼球を潰しても動きは変わらなかった。
すれ違いざまに何度か確認したが、後頚部に血水晶は無かった。
ということはやはりあの、あからさまに妖しいアンテナなのか。
この室内にカメラがあるのか。この暗い中で何を元に自分達を“見て”いるのか。
せめて、灯りが付けば。
そう歯がゆく思う視界の端では、画面の中の仲間達は大小傷を増やしながらも剣機を撃ち滅ぼしている。
「……負けるわけにはいかない」
彼らは彼らの役割を果たしている。ならば、弱音を吐いている場合では無い。
己が己である為に剣を取る。最期の時まで民を守るという義務を全うすることこそアウレールの生き様だ。
なれば、この程度の傷は大したことでは無い。何より“こんなところで”倒れるわけにはいかない。
「道を空けさせて貰おう」
アウレールの渾身撃がついに6本腕の剣機を塵へと還した。
「貴方方のチームワークと場数と信頼を重ねてきた我々のチームワーク。どちらが上かハッキリさせましょう」
天斗は剣機に武器の属性では大した差を見出せないとわかってからは、素手の剣機のアンテナを狙う試みにシフトしていたのだが、意外なほど素早い動きでその一撃は命中しない。
既に全てのスキルを使い果たしていたが、不意に不思議と今なら行けそうな気がした。
根拠の無いそれに押され、天斗は地を蹴ると高く飛んでそのアンテナの根元に向かい火竜票を構えた。
そのタイミングに合わせ、ドロテアが鞭を首に巻き付ける。
ドロテアもギルド仲間2人からの祈りの力はとっくに使い果たしている。あと、一撃でもまともに食らえば恐らく立ってはいられない。
それでも、見届けると決めた以上、生にしがみつくと決めて、この場に立っている。
ぎちりと鞭がしなる。
「タカト君!」
ドロテアの声に応えるように天斗が投げた火竜票が吸い込まれるようにアンテナを根元から切り落とした。
火花が爆ぜる音が頭部からして、それは徐々に足元へと降りてく。
音を立てて両膝を付いた素手の剣機はそのまま塵へと還っていった。
「やはり、アンテナから、ですか」
着地した天斗は直ぐ様残りの剣機へと目を向ける。
残る剣機は、ゆらゆらと揺れながら鞭打ってくる剣機とナイフの剣機の2体。
「あら、同業っぽいのが残っているの?」
厭ね、とドロテアが呟くと赤黒い鞭を器用に上下に振って消えゆく剣機の首から外した。
「じゃぁ、俺は奥に」
端的に告げてユリアンが疾風の如く走り出す。
「……悩むお年頃……ってやつかしら?」
男子三日会わざれば刮目して見よ。とは何時だったか酒場で会ったリアルブルー出身の男性が教えてくれた言葉だった気がするが、確かにほぼ一年ぶりに会ったユリアンは随分雰囲気が変わってしまっていて、ドロテアは小首を傾げた。
大切な友からの祈りを、愛おしい弟からの祈りを感じながらも、ユリアンの心は変わらず凪いだままだった。
小夜が倒れた時も、カインが奥へと投げ飛ばされたときも何一つ変わらず。
ただ、目の前の敵を倒さなければ、真相への道が拓けないのだとそれだけが気がかりだった。
星礫を構え、放つ。
それに気付いたナイフの剣機は飛び込み前転でユリアンの投擲から逃れる。
「ナイスアシスト!」
劉がニヤリと口角を上げて力強く踏み込む。
「これがっ」
勢いを増した大身槍がナイフの剣機の腹部に突き刺さり、剣機がその柄を握り劉に狙いを定める。
――が。
「……本命だと思った?」
剣機が劉の目論見に気付き突き刺さったままの槍を抜こうともがく。その背後に回り込んだのはエリオだ。
「無理を通して此処まで来たんだ、絶対剣機博士に繋がるものを掴んでみせる」
紫微星を伝い、エリオの練り上げたマテリアルが剣機を穿った。
腹部に2箇所の風穴を開けた剣機はそれでも、ナイフを劉へと放とうとして、全身を震わせた。
「もう倒れて下さい」
金目のエレクトリックショックを纏った一撃を受け全身を感電に振るわせながら、ついに塵へと還っていった。
残りあと一体と。ゆらゆらと揺れる剣機はミリアの袈裟斬りとアウレールの突きを受けたところでハナの符に焼かれて塵へと還るところだった。
「……終わった、わね?」
ほぅ、とドロテアが息を吐くと同時にその場にへたり込む。
「皆さんお疲れ様でした」
イズンの声に、一同が互いの健闘を称え合う。
この場にいる全員があと一撃喰らえば命が危なかった。
残っているポーションを分け合い、僅かな回復でもとエリオがチャクラヒールを使い、劉はマテリアルヒールを試みて各自僅かでも体力の回復を図ったのだった。
「……さて、とぉ。乙女の柔肌をこんなに傷だらけにしてくれた大親分を探しますかっ!」
比較的(それでも十分に傷をおっているが)傷の浅いハナが画面の傍へと寄り、その周囲を注意深く見ていく。
画面は消える事無くハンター達を映しており、そのほとんどが剣機やゾンビ達を討ち、探索を続けている。
ぺたぺたと壁に触れながら、時に軽く叩きながら時計回りに見ていくと、丁度剣機が出てきたと思われる扉を見つけ、横に引いた。
「手伝うよ」
ユリアンが一緒にその扉を引き、僅かに空いた隙間に鉄パイプを差し込む。
「力仕事なら任せて」
ミリアが腕まくりをするような動作をしながらその隙間に指を差し込み押し始める。
「私も手伝おう」
鞍馬もミリアに続いて指を掛けると一気に引いた。
その間に劉と天斗は気を失っている小夜とカインを回収に行く。
「お、気付いたか?」
劉が背負った刺激で目が覚めた小夜は、劉の顔を見て嬉しそうにはにかんだ後、思い出したようにその瞳と唇を震わせた。
「大丈夫だ、誰も死んでない。小夜のお陰だな」
その言葉を聞いて、小夜は劉の後頭部に額を押しつけて首を横に振る。
「今、扉らしき物を見つけてみんながこじ開けようとしてる……お、開いたかな」
「……剣機博士……正体を、隠さなくなった、と言う事は……隠す必要が無くなった、と言う事……?」
小夜の小さな呟きに劉は思わず足を止めた。
アダムの時もそうだった。
小夜の気付きと行動が、アダムを止めた。
劉はつられて思考する。
もしも、剣機博士が今姿を“隠す必要がなくなった”のだとしたら、何故だ。
沢山の行方不明者。沢山のCAMをはじめとするユニット強奪。
剣機博士が“剣機”にこだわる理由。
そもそも本当に姿を“隠して”いたのか?
劉の目の前で、仲間達により扉が少しずつ開いていく。
その隙間から、思わず身震いするほどの冷気が漂ってくる。
小夜もその冷気に顔を上げ前を見た。
少しずつ開いていく扉の向こう。
――そこは、まるで深海のようだった。
●
床から天井まで繋がる筒状の水槽が幾つも並んでいた。
その水槽の上下から青く淡い光が灯り、ハナはリアルブルーの水族館を思い出した。
こぽり、と空気の泡が時折上へと上がっていく様子は、何やら幻想的でもある。
「な、ん、なのかしら? この部屋……?」
初めて見る光景にドロテアが落ち着き無く周囲を見回す。
水槽の中は水らしき液体で満ちてはいるが、他に何かがいる様子は無い。
「……何故こんなに温度が低いのか」
一気に汗が冷えてアウレールが思わずぶるりと身を震わせた。
「代わるよ……僕の……知人、なんだ」
ミリアが言い淀みながら天斗の背からカインを引き取ると、背負い直した。
「ラズビルナムやヴルツァライヒに関連する発見が有ればいいのですが」
天斗は水槽以外に何もなさそうな部屋を見回しながら困惑したように呟く。
「負のマテリアルはかなり濃い……敵がいるかも知れない。気を付けて」
ユリアンの言葉に一同が神妙に頷く。
その時、一番奥の赤い水槽を見たハナが叫び声を上げた。
「な、なんだ!?」
みんなが一斉に武器を構えハナを見て、ハナの視線の先を見る。
ガラスの向こう。
赤い水の中に、一体の人形が沈んでいる。
……いや、人形では無い。あれは。
「「ペレット!」」
劉とドロテアが同時に叫んだ。
絵でした見た事が無かったが、あの精巧な絵画の絵と見間違いようが無いほどそっくりな白い少女がぐったりと意識を失っている。
13人はガラスに走り寄るとその水槽の開け口が無いか探し始める。
その壁沿い、壁に埋まるようにしてある円筒状の水槽を見つけた真と金目が思わず動きを止めた。
その水槽には脳が浮いていた。
「あ……っく趣味だなぁ……」
渇いた喉の奥から、ようやく言葉を絞り出した金目が斧を下ろす。
真も、小回りが利く振動刀の柄にかけていた手を下ろし、深い息を吐いた。
その時、小さなモーター音と共に周囲が明るく照らし出された。
咄嗟にハナは光で目がやられないよう盾で目を覆い、注意深く周囲を伺う。
『改めて、ようこそ私の研究所へ』
機会音声がどこからともなく聞こえ、アウレールが奥歯を噛み締めながらスピーカーの位置を探る。
「どこだ? どこにいる!?」
『ふははは、どこもなにも、今お前達の目の前にいるのが、私だ』
その言葉に、エリオが怪訝そうに眉をしかめた。
「……この脳みそがお前だっていうのか?」
『いかにも。そしてこの施設全てが私だ』
予想の斜め上の回答に誰もが絶句する中、比較的冷静だったのは小夜のお陰でその正体について直前に考える事の出来た劉と平常心を心掛けている真、エリオ。そしてペレットの安否を気に掛けていたユリアンとドロテアだった。
「……あの子を出して」
『あの子、とは?』
「とぼけるな。あの水槽の中にいるペレットだ」
『断る』
「っ!!」
「待て、その前に、『貴公は誰だ』」
殺気立つドロテアを抑えてアウレールが問う。
「剣機博士となる前、その脳みそが貴公だというのなら、人だった貴公の名を問おう」
アウレールは危惧していたのだ。
剣機博士の正体を。
前錬魔院院長であるならば――
『随分と懐かしい事を聞く。良いだろう、私の名はヴァーン・シュタイン』
聞き覚えの無い名にアウレールが僅かに眉を寄せる。
「そうですか。では、シュタイン博士。現ワルプルギス錬魔院院長ナサニエルから伝言です。『初めましてこんにちは。そして死ね』」
イズンが背のバックパックから引き摺り出したのは、イズンの腕よりも太い小型のスペルランチャーだった。
「な……!?」
唐突な展開に誰もがついて行けない中、イズンだけが淡々と“仕事”を進めようと動く。
「ま、待ってイズンさん! ここにはペレットがいるんだ!」
慌てたユリアンがイズンの前に出る。
「知っています。先ほどの少女がそうなのでしょう。何やら随分と虚弱な歪虚だとか? ならば剣機博士を葬ればその歪虚も生きることが出来なくなるでしょう。問題ありません」
「いや、いやいやいや。まだ俺達あの子に聞きたい事があるんだ!」
エリオも慌ててイズンを止めに入る。
「そ、そうだ! まだヴルツァライヒとの関係性や前回のリンダの件などの話しも聞いていない」
アウレールもイズンを引き留めようと腕を取る。
「多すぎるんです」
「はい?」
劉がイズンの言葉に首を傾げる。
「行方不明者も、奪われたCAMも。この施設内で出会った剣機だけではとても足りない。院長はおっしゃいました。『剣機博士は“これから”何かをするつもりだ』と」
イズンの言葉に、施設中が震えるほどの嗤い声が響いた。
『流石はあの魔女の息子か。ここまで辿り着いたということは、ヘカトンケイレスシステムについては把握しているな』
「旧帝国時代に秘密裏に行われていた死体の再利用を目的とした“死なない兵団”作り」
『その通り』
だが、革命が起こり、研究所は解散となった上に口封じとして殺されかけた。
――死にたくない、と心から祈った。
その時、あの歪虚とは思えぬほど脆弱なペレットの産みの親が私に笑いかけた。
「フフフ。いいわよぉ。その願い、叶えてあげるわぁ」
だが私の全身は既に再生が不可能なほどのダメージを負っていた。
辛うじて無事だった頭部だけを剣妃は歪虚へと“産み直した”。
「ゾンビの研究をしていたんでしょぉ? 自分で好きなゾンビから身体を作ったら良いじゃなぁい?」
『剣妃の言葉に「それだ!」と私は天啓を受けたのだよ。生まれたときから歪虚である“最強の剣機を作る”。それが私の使命だと!!』
「……やだぁ、本当にぃお人形遊びが大好きな変態おっさん歪虚ですぅ……」
ハナがどん引きしながら隣に立つ真の後ろへと一歩下がった。
『今まで血水晶で集めた情報を全て注いだ最強の兵器だ! もう止められぬ! このまま血水晶の母体であるペレットを吸収すれば私の研究の集大成は完成だ。これで私は心安らかに滅びることが出来る!!』
その満足げな嗤い声に誰もが表情を険しくし、イズンはアウレールの腕を振り切るとスペルランチャーを肩に担いだ。
●
そんなシュタインのけたたましい笑い声は突如のガラスの割れる音で止まった。
見れば、カインを床に寝かしたミリアが斬魔刀でガラスを叩き割っていた。
「なんか良く分かんないけど、この歪虚を引っ張り出して、イズンさんがそれぶっ放せば終わるんだよね?」
水では無い、ドロドロとした赤いゼリー状の粘液がこぼれ落ちる中に、ミリアは躊躇うこと無く片腕を突っ込んでペレットの身体を掴もうとするが僅かに手が届かない。
『おのれ、お前らぁっ!!』
ドンッという激しい揺れと共に、部屋の灯りが明滅する。
「代わろう」
一番身長の高い天斗がミリアに代わって内圧と振動によって徐々にヒビが大きくなる割れ目へと手を入れた。
そしてその華奢な手を掴み、引いたところでついにガラスが堪えきれず大きな音を立てて割れた。
赤い粘液にまみれながらも天斗がしっかりとペレットを抱き上げる。
『もう遅い! 今頃それを引き剥がしたところで、アルゴスは止まらぬ!!』
尋常では無い揺れに、誰もが地や壁に手を付く中、イズンは狙いを定めてスペルランチャーの引き金を引いた。
シュタインの脳みそが浮かぶ水槽、そして周囲の壁ごと、風属性を纏った細かい鉄粉が空中で擦れ合い、スパークする。
『ふははははは、私の願いよ! 私の最高傑作よ! お前から父を奪い、母を奪った命ある者全てを憎み喰らえ!! 愛に餓え、温もりに餓え、満たされぬ飢餓を満たそうと全てを喰らえ!!』
水槽に蜘蛛の巣のような細かなヒビが入り、ついに割れた。
水が溢れる中、イズンが静かに胸元からリボルバーを抜くと、躊躇無くその引き金を引いた。
乾いた銃声が水槽のに落ちた脳みそを貫き、脳漿をぶちまけながら哄笑はついに沈黙した。
酷く揺れる施設内を全力で駆け抜け、小夜を背負った劉が一番最後に研究所を出た。
走りながら振り返ると、研究所そのものが崩れ落ちていく。
島全体の揺れも止まらず、足が縺れそうになる中を全員最後の気力を絞って走り続けた。
巨大な影が島に落ちた。
いや、島の中央から起き上がったのだ。
その全身を金属鎧で覆った巨大な化け物。
剣機・巨神アルゴスがついに生まれ落ちたのだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
- 鬼塚 陸(ka0038) → 浅黄 小夜(ka3062)
- ヴァイス・エリダヌス(ka0364) → 鞍馬 真(ka5819)
- ジュード・エアハート(ka0410) → エリオ・アスコリ(ka5928)
- 藤堂研司(ka0569) → 浅黄 小夜(ka3062)
- ルナ・レンフィールド(ka1565) → ユリアン・クレティエ(ka1664)
- エアルドフリス(ka1856) → エリオ・アスコリ(ka5928)
- アルヴィン = オールドリッチ(ka2378) → エリオ・アスコリ(ka5928)
- Gacrux(ka2726) → 鞍馬 真(ka5819)
- エステル・クレティエ(ka3783) → 劉 厳靖(ka4574)
- 銀 真白(ka4128) → ドロテア・フレーベ(ka4126)
- 本多 七葵(ka4740) → ドロテア・フレーベ(ka4126)
- 水流崎トミヲ(ka4852) → 浅黄 小夜(ka3062)
- アルマ・A・エインズワース(ka4901) → ミリア・ラスティソード(ka1287)
- テオフィル・クレティエ(ka5960) → ユリアン・クレティエ(ka1664)
- 骸香(ka6223) → 鞍馬 真(ka5819)
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 カイン・A・A・カーナボン(ka5336) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/04/27 01:25:39 |
|
![]() |
ダメージ報告所 イズン・コスロヴァ(kz0144) 人間(クリムゾンウェスト)|28才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2017/04/22 22:32:58 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/04/22 22:31:54 |
|
![]() |
質問卓 ドロテア・フレーベ(ka4126) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/04/26 22:14:37 |