ゲスト
(ka0000)
不退転のアカデミア
マスター:坂上テンゼン

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/12/11 22:00
- 完成日
- 2017/12/19 12:38
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●孤独な歪虚
沈黙が支配していた。
ここレッドバックの研究室では、もともと考え事をしている時に稀に独り言がある程度の静けさではあったが、今日はいつにもまして静かだった。
あの騒がしいパダギエですら押し黙って下を向いている。
レッドバックは、メフィストが古の塔での決戦に敗北したという報せを耳にしたのである。
メフィストが古の塔へ赴くことは知っていた。あの場所に行くからには戦いにならないはずはない。そしてメフィストは帰ってこなかった。疑いの余地はない。
レッドバックはメフィストと契約を交わした堕落者である。レッドバック本人もメフィストの臣下であると思っている。
……しかしながら、にもかかわらず、
それがレッドバックの行動に影響を与えるかといえば、否であった。
そもそもメフィストがレッドバックに命を下したのはただの一度、『古の塔に侵攻しアーティファクトを入手せよ』というものだけだ。それすらレッドバックがメフィストに許可を取る形で得たものだった。
メフィストが自分のためにレッドバックを用いたことはなく、レッドバックの方もまた、メフィストの為に何かをしたことはなかった。
歪虚の研究は自分が進んで行っていることであり、メフィストが命じたわけではない。
また過去ベリアル軍に協力したこともあったが、これはメフィストに報告すらしていない。完全な個人プレーだ。
報告したところで機嫌を損ねるだけだろう。そもそもメフィストは、ベリアルや他の歪虚の益になることは一切しなかった。――ただ一人、彼の王を除いて。
故に、レッドバックの行動には、
メフィストの死は『関係がない』。
「……素材を調達せねば。ハルトフォートで何も得られなかったのが痛い。
少しばかり、大規模な狩りになるな……」
その日、レッドバックは行動を開始した。
●私には関係のないこと
(それにしても皮肉だな。人間が歪虚の力を越え、歪虚である私を恐れさせるとは……)
メフィストが死んだということは、レッドバックの行動に影響を与えはしないとはいえ、それ自体は衝撃ではあった。
地下へと続く長い階段を降りている間、思わず昔を思い出していた。
レッドバックがその名を名乗る前、まだ人間だった頃のことだ。
彼女は魔術師であった。
その時から研究生活を送っていたが、元々は歪虚を倒すための研究だった。ハンターの夫がおり、ともに歪虚の敵対者であった。
ある時夫が歪虚に殺された。
彼女はその時から、より歪虚を倒すためのスキルや武具の研究に強くのめり込んでいった。
それが問題だった。
結論を言えば、のめり込み過ぎた。
いつからか手段と目的が入れ替わってしまったのである。
用途ではなく、力の強さそれ自体に惹かれるようになり……
周囲が止めるのも聞かずに、歪虚の生活圏内に行って、隠れて観察を行ったりした。
段々と無謀さはエスカレートしていき、それが極まった果てに、最悪の出会いがもたらされた。
メフィストとの出会いである。
彼女はメフィストを前にして、何をするよりもまずメフィストを観察した。
気になったメフィストはこう問うた。
「何を求めているのです」
「知識と力を」
彼女ははっきりとこう答えた。
絶対的な死を前にしてこう答えた彼女の態度が気になったのか、メフィストは彼女と契約を結んだ。
彼女は何の抵抗もなくそれを受け入れた。求めていたものが手に入ると思ったからである。
(歪虚となって私は強くなった。さらなる知識を得た。それが……人間を恐れるようになるとはな……)
人間の側に居続けることも可能だった。だが、そうしなかった。
(もう、後には戻れないのだ)
レッドバックは長い階段を降りきって、地下格納庫の扉を開けた。上のように静寂ではない。無数の獣の吠え声が聞こえる。凄まじい獣臭だ。いや、一口に獣といってよいものではない。
中央に凄まじく巨大な黒い全身鎧のようなものが一つある。CAMほどスマートではないが、魔導アーマーよりは人の形に近い。そのどちらよりも遥かに大きい。レッドバックからは見えないがこれの背中にもやはり赤い模様があった。
声も臭いもこの全身鎧の内側から来ていた。
この装甲の下では、無数の顔や腕や脚……その他ありとあらゆる生物の器官が混ざり合って蠢いている。
歪虚七眷属の一つ、憤怒には他の生物や歪虚を同化吸収する能力がある。
それがこの正体だ。
極限まで同化吸収し、巨大になった存在。ここまで同化吸収が進めば思考の統一、行動の選択などは行えないはずであったが。
『目覚めよ、バドニクス』
レッドバックが一声かけると、それは一瞬に静かになった。重厚な装甲の隙間で無数の目が光り、レッドバックに向けられている。
……この個体が今まで眠っていたなど、誰が信じるだろう。吼え猛りながら眠るとは、しかし憤怒らしい特徴ではあった。
『私を中に』
先ほどもそうだが、レッドバックの声は尋常のものではなかった。今や広く知られている傲慢の能力『強制』である。
バドニクスと呼ばれた憤怒の腹部には人一人入れる程度の空洞が開いている。バドニクスはレッドバックに手をさしのべると掌に乗せ、そこに導いた。
レッドバックはバドニクスの腹部に備え付けられているシートに座る。すると周囲の装甲がスライドし、空洞を完全に閉ざした。
レッドバックは座り心地を確かめつつ、思案する。
(絶対に安全とはもう言えないのだろう。
だが、立ち止まるわけにはいかん。
それに……歪虚が人間に劣っていると、まだ決まったわけではないからな)
『バドニクス、出撃するぞ。――人間どもの街を焼き払うのだ』
●超弩級歪虚集合体バドニクス
ズ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォ……ゴン……。
山が、扉のように左右に開いたのであった。
そして、中からはゆっくりと、その威容を誇るかのように……超弩級歪虚集合体バドニクスが、鋼鉄の足音を響かせて歩み出てくる。
一歩ごとに、地面が、震えた。
天に届かんばかりの巨体は漆黒の甲冑に覆われ、時折不気味に蠢いている。
背中には棺桶を思わせる巨大な直方体の物体を背負っていた。これにも毒々しい赤い模様がつけられている。
一体……何人分の棺桶になるのであろうか……。
その様子はさながら、地獄から這い出た悪鬼が神に挑むかのようであった。
沈黙が支配していた。
ここレッドバックの研究室では、もともと考え事をしている時に稀に独り言がある程度の静けさではあったが、今日はいつにもまして静かだった。
あの騒がしいパダギエですら押し黙って下を向いている。
レッドバックは、メフィストが古の塔での決戦に敗北したという報せを耳にしたのである。
メフィストが古の塔へ赴くことは知っていた。あの場所に行くからには戦いにならないはずはない。そしてメフィストは帰ってこなかった。疑いの余地はない。
レッドバックはメフィストと契約を交わした堕落者である。レッドバック本人もメフィストの臣下であると思っている。
……しかしながら、にもかかわらず、
それがレッドバックの行動に影響を与えるかといえば、否であった。
そもそもメフィストがレッドバックに命を下したのはただの一度、『古の塔に侵攻しアーティファクトを入手せよ』というものだけだ。それすらレッドバックがメフィストに許可を取る形で得たものだった。
メフィストが自分のためにレッドバックを用いたことはなく、レッドバックの方もまた、メフィストの為に何かをしたことはなかった。
歪虚の研究は自分が進んで行っていることであり、メフィストが命じたわけではない。
また過去ベリアル軍に協力したこともあったが、これはメフィストに報告すらしていない。完全な個人プレーだ。
報告したところで機嫌を損ねるだけだろう。そもそもメフィストは、ベリアルや他の歪虚の益になることは一切しなかった。――ただ一人、彼の王を除いて。
故に、レッドバックの行動には、
メフィストの死は『関係がない』。
「……素材を調達せねば。ハルトフォートで何も得られなかったのが痛い。
少しばかり、大規模な狩りになるな……」
その日、レッドバックは行動を開始した。
●私には関係のないこと
(それにしても皮肉だな。人間が歪虚の力を越え、歪虚である私を恐れさせるとは……)
メフィストが死んだということは、レッドバックの行動に影響を与えはしないとはいえ、それ自体は衝撃ではあった。
地下へと続く長い階段を降りている間、思わず昔を思い出していた。
レッドバックがその名を名乗る前、まだ人間だった頃のことだ。
彼女は魔術師であった。
その時から研究生活を送っていたが、元々は歪虚を倒すための研究だった。ハンターの夫がおり、ともに歪虚の敵対者であった。
ある時夫が歪虚に殺された。
彼女はその時から、より歪虚を倒すためのスキルや武具の研究に強くのめり込んでいった。
それが問題だった。
結論を言えば、のめり込み過ぎた。
いつからか手段と目的が入れ替わってしまったのである。
用途ではなく、力の強さそれ自体に惹かれるようになり……
周囲が止めるのも聞かずに、歪虚の生活圏内に行って、隠れて観察を行ったりした。
段々と無謀さはエスカレートしていき、それが極まった果てに、最悪の出会いがもたらされた。
メフィストとの出会いである。
彼女はメフィストを前にして、何をするよりもまずメフィストを観察した。
気になったメフィストはこう問うた。
「何を求めているのです」
「知識と力を」
彼女ははっきりとこう答えた。
絶対的な死を前にしてこう答えた彼女の態度が気になったのか、メフィストは彼女と契約を結んだ。
彼女は何の抵抗もなくそれを受け入れた。求めていたものが手に入ると思ったからである。
(歪虚となって私は強くなった。さらなる知識を得た。それが……人間を恐れるようになるとはな……)
人間の側に居続けることも可能だった。だが、そうしなかった。
(もう、後には戻れないのだ)
レッドバックは長い階段を降りきって、地下格納庫の扉を開けた。上のように静寂ではない。無数の獣の吠え声が聞こえる。凄まじい獣臭だ。いや、一口に獣といってよいものではない。
中央に凄まじく巨大な黒い全身鎧のようなものが一つある。CAMほどスマートではないが、魔導アーマーよりは人の形に近い。そのどちらよりも遥かに大きい。レッドバックからは見えないがこれの背中にもやはり赤い模様があった。
声も臭いもこの全身鎧の内側から来ていた。
この装甲の下では、無数の顔や腕や脚……その他ありとあらゆる生物の器官が混ざり合って蠢いている。
歪虚七眷属の一つ、憤怒には他の生物や歪虚を同化吸収する能力がある。
それがこの正体だ。
極限まで同化吸収し、巨大になった存在。ここまで同化吸収が進めば思考の統一、行動の選択などは行えないはずであったが。
『目覚めよ、バドニクス』
レッドバックが一声かけると、それは一瞬に静かになった。重厚な装甲の隙間で無数の目が光り、レッドバックに向けられている。
……この個体が今まで眠っていたなど、誰が信じるだろう。吼え猛りながら眠るとは、しかし憤怒らしい特徴ではあった。
『私を中に』
先ほどもそうだが、レッドバックの声は尋常のものではなかった。今や広く知られている傲慢の能力『強制』である。
バドニクスと呼ばれた憤怒の腹部には人一人入れる程度の空洞が開いている。バドニクスはレッドバックに手をさしのべると掌に乗せ、そこに導いた。
レッドバックはバドニクスの腹部に備え付けられているシートに座る。すると周囲の装甲がスライドし、空洞を完全に閉ざした。
レッドバックは座り心地を確かめつつ、思案する。
(絶対に安全とはもう言えないのだろう。
だが、立ち止まるわけにはいかん。
それに……歪虚が人間に劣っていると、まだ決まったわけではないからな)
『バドニクス、出撃するぞ。――人間どもの街を焼き払うのだ』
●超弩級歪虚集合体バドニクス
ズ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォ……ゴン……。
山が、扉のように左右に開いたのであった。
そして、中からはゆっくりと、その威容を誇るかのように……超弩級歪虚集合体バドニクスが、鋼鉄の足音を響かせて歩み出てくる。
一歩ごとに、地面が、震えた。
天に届かんばかりの巨体は漆黒の甲冑に覆われ、時折不気味に蠢いている。
背中には棺桶を思わせる巨大な直方体の物体を背負っていた。これにも毒々しい赤い模様がつけられている。
一体……何人分の棺桶になるのであろうか……。
その様子はさながら、地獄から這い出た悪鬼が神に挑むかのようであった。
リプレイ本文
●雪原を征く
王国北部にて目撃されたという巨大な影――その正体を探るべく、ハンター達がまず最初にした事は、情報を収集することだった。
今回ハンターオフィスに依頼があった時点で目撃情報がある程度集まった状態で報告されていた。鹿東 悠(ka0725)はそれらを全て聞いた上で目標の位置・進路の大まかな予想を立てる。さらには今後の天候についても調べた。
雪になりそうだ。かなり降る。
いちはやく現場に急行すべき、というアバルト・ジンツァー(ka0895)の提案に反論するものはいなかった。
アバルトは何より被害を未然に防ぎたいと望んでいた。それは人として当然のことであり、今自分にできる最善のことだった。
程なくして一行は発った。
雪の降りしきる雪原を征く一行。
七機の機体と一人の徒歩という体だった。
機体も種類が様々である。
魔導型デュミナス。カーキー色の塗装と鷹の意匠がなされたそれは、アバルトの機体だった。Falkeと名付けられている。
R7エクスシア――覚醒者への適性を持ったこの機体は三機。
搭乗するのは星野 ハナ(ka5852)、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)、そして悠の三名。
ハナの機体には特に名はない。彼女のネーミングセンスは(機体にとって幸か不幸か)ここでは発揮されなかったようだ。
ジャックの機体は黄金色に塗装されている。名はヘクトル。騎士に見立てた彼なりのカスタムがなされている。
悠の機体は紺色を主体としたカラーリングが施され、Azraelという名を与えられている。悠はこの戦いでCAMの実戦経験を積みたいと考えていた。
続いてオファニム――エースパイロット向けのCAMが一機。
ラスティ(ka1400)の愛機、スピキュール。濃紺の塗装と青い炎模様の意匠が映える。
この機体の初陣であった。ラスティはオファニムを乗りこなせるようになるため、望んでこの依頼を受けたのである。
さらにはガルガリン。ドミニオンの改修機であるというこの機体はゾファル・G・初火(ka4407)の愛機。外見こそ通常のそれであるものの白兵戦のカスタムがなされている。彼女からはガルちゃんの愛称で呼ばれている。
そして魔導アーマー「プラヴァー」、機動力に秀でた、今回唯一の魔導アーマーである。
名を、螺旋駆動スピニオンNX。
仁川 リア(ka3483)の乗機である。機体色は黒と黄色、彼なりのこだわりがふんだんに込められた機体。先の戦いでの重傷をおしての出撃だった。
ただ一人、徒歩で征くのはセレス・フュラー(ka6276)。
生身だからといって問題解決能力に問題はない。ユニットはあくまでオプションである。
彼女は毛皮のマントに身を包んだ将来有望な肉体一つで敵に挑む。
「今何か余計な事を言われた気がする……」
「急に立ち止まってどうした?」トランシーバーからアバルトが聞いた。
「えっ、なんでもないよ!」
一行は目測を立てた地点へと到達した。
街道からかなり外れた、何もない一面の銀世界である。雪が吹雪いており視界は悪い。
ここで五手に別れ探索を開始する。
悠とラスティ、アバルトとセレス、ジャックとゾファル、リアそしてハナという編成である。
女性を前にすると赤面するジャックはお互いCAMに乗っていることを「マジ良かったマジで恥ずか死ぬとこだった」と内心感謝していたが、当のペアを組んでいるゾファルは別の意味で目を合わせづらい状態になっていた――すなわち不良めいたヤバい雰囲気でガラが悪い。
これは一種のソウルトーチの効果によるもので(命名:スーパーオラツキモード)、自分を囮にして歪虚を誘い出そうという試みであったが、歪虚発見の報は別の所からもたらされた。
「信じられないくらい大きな反応だ。……皆、注意して」
リアからの発信だった。マテリアルレーダーが感知したのだった。一行はリアの先導で、反応の元へと近づいた。
●遭遇
一行は吹雪の向こうに巨大な黒い影を認めた。
その巨大さは離れていてもおおよその見当はつく。全高8mのCAMより一回り大きい。
「デカいとは聞いてたけど、これは流石に規格外だね……」
「こんなデカブツが人間様の街に近付いてるってだけで十分脅威だろが!」
「……これは放っておく訳にはいかないな。
何としてもここで食い止めなくてはならないな」
リア、ジャック、アバルトがそれぞれ感想を述べる。大きいという事はそれだけで脅威である。それは本能的な感じ方だ。
そして、疑いの余地はない。
たとえマシン越しであれ、離れた状態でも感じる『負のマテリアル』。
覚醒者であれば判る。
「事前情報から何となく予想はしていましたがやはり歪虚……か」
「ったく、ようやくあちこち落ち着いてきたって時に、どこの歪虚(どいつ)だ?」
「どうせ碌なもんじゃないと思ってたけどね」
悠、ラスティ、セレスが呟く。その時点で攻撃を仕掛けるのに十分な理由だった。
「あのデカブツムカつきますぅ、絶対ブッコロですぅ!」
ハナが高らかに殺害予告を宣言する。
それを皮切りに一行は攻撃を開始した。当のハナは愛機にスラスターライフルの引き金を迷いなく引かせている。
(ミサイルは……『近すぎる』。こうも視界が悪くては)
視認不可能な敵に長距離兵器は意味がない。最低射程の80スクエアをとうに切っている。アバルト機は当初の予定を変更し、カノン砲を発射した。
続いて悠機がマテリアルビームを、ジャック機がマテリアルライフルを、ラスティ機がガトリングガンを、リア機がマシンガンを発射する。
光線と射撃音が鳴り響く中をゾファル機、セレスが駆け抜け、有効射程距離に持ち込もうとする。
「ご挨拶だな、ハンターの諸君」
返ってきたのは断末魔でも反撃でもなく、声だった。
黒い巨体が顕になる。
それが一行に向かって近づいてきた。
全身鎧に似た、金属に覆われた五体。
頭部はフルフェイスヘルムに針山地獄が顕現したかのような異様。
重厚な全身は怒りが形になったかのような暴力性に溢れていた。
先の攻撃は、表面に浅い傷をいくつか与えただけだった。
「これなるは超弩級歪虚集合体バドニクス。
ちょうど実戦テストを試みたいと願っていた所だ。諸君らが望むなら喜んでお相手しよう」
「その声……レッドバック!」
セレスが反応した。どういう原理か雪原に響き渡った大声は、かつて対峙したことのある敵のものと一致した。
「誰かと思えば、メフィストの所の奴だったか?」
ラスティが納得する。主君ならばつい先日討ち取られた所だ。
残党による報復行為という見方もできるだろう――実際の所、そうではなかったが。
「レッドバックなら答えろ! 大地の禍を覚えているか?!」
リアが呼びかけた。
「大地の禍…………それはもしやいつぞやの茨小鬼のことか?
無論、覚えているとも。希少な素材だった」
「僕は仁川リア! 大地の禍を倒した、そして……これから君を倒すハンターだ!!」
リアは宣言する。かつて宿敵として追い続けた相手を、素材と言い放った相手に。
「……覚えておこう、仁川リア。
人間がゴブリンをいつまでも記憶しているとは、奇妙なこともあるものだな。
君もあれのようになってみるかね?」
「……おい、一つ聞かせろ」
二者の対話が終わったのを察し、ジャックが聞いた。
「何かね?」
「お前から見てメフィスト、クソ蜘蛛はどんな奴だった」
少し間があった。レッドバックにはその質問が虚を突かれたものであったからだ。
「メフィスト様の事か? 酔狂な人間もいたものだな」
レッドバックは考えつつも答えた。
「メフィスト様は……孤高かつ自由であられた。
他者の手を可能な限り借りずに事を行う。私も手伝わせて頂いたことは一度しかない。
そうだな、孤独とも言えるだろう。
そして……最後まで人間の敵であろうとしておられた……。
故に人間よ、メフィスト様との戦いを記憶に刻むのは善い。それは私も快い。
だが万一にもメフィスト様を哀れもうと思うならば……私はそれを許さん。
人間には、その資格がないからだ」
返答はここまでだった。
可能な限り客観的に述べたのは彼女自身の性質なのだろう。
●巨大な敵に挑む
「……有意義な対話だった」
レッドバックは人間と対話することを有意義と感じていた。メフィストを倒したハンターという種から、何かを学び取れるかもしれないと思ったからだ。
「では、ハンターの諸君……
世界を守るがいい。私は壊す!」
バドニクスは動いた。その両手をハンター一行に向かって伸ばす。
指先が伸ばされている。
「――指だ!」
気配を読み取ったのか、アバルトが喚起した。
伸ばされた指のそれぞれ先端から光が照射された。マテリアルライフルと同じ原理だ。だが出力・範囲はCAMの武装を上回る。
広範囲を焼き払うビーム。
周囲の雪が一瞬で解け、地肌があらわになった。
ハンター達は後衛を中心に被害を被ってしまう。
その時、バドニクスの脚に斬りつけたものがある。
「でかい歪虚……イカスジャーん、俺様ちゃんそう言う相手を探してたじゃん」
ゾファル機だ。ガルガリンが得意とする白兵戦に持ち込んでいた。
魔導剣を構えたゾファル機は横柄に挑発する。
「おうおうそこのくそ歪虚さんよぉ、俺様ちゃん殺してミール―?」
場合によっては隙に繋がりかねないその態度も死地を求めるが故だ。彼女は死ぬほどの戦場でなければ満足できない性質なのである。
ゾファル機に反応しかけたバドニクスの頭上に突貫するものがあった。
アクティブスラスターで加速したエクスシア、ハナ機。
果敢にも大きさに勝る相手に跳びかかる。
「むかつく歪虚ですう! 絶対落としますよぅ!」
間延びしていながら豪快な言葉で殺意をあらわにするハナは、至近距離で五色光符陣を展開した。
バドニクスの全身を結界が覆い、光が焼く。
「何にそんなに憤っているのだ?」
レッドバックは冷静にハナに対応するようバドニクスに命ずる。
バドニクスは両手でハナ機を掴んだ。
「失敗したな。そのスキルには何度も驚かされたが、その状態では威力を発揮すまい」
「思ったより効いていないぃ……?」
「生身ならば、また違ったのだろう」
スキルトレースはスキル自体を再現は出来るが、その威力はユニットの能力に因る。それを指摘しながらレッドバックはハナ機を地面に叩きつけさせた。
マテリアルカーテンを張ってダメージを和らげたものの、力の差は嫌が応にも感じる。
「余裕かましてるんじゃないよ!」
足元に達していたセレスが剣を突き立てていた。マントはとうに脱ぎ捨てている。
「鍛え上げたこの技術で追い詰める!……届け!」
『ミゼリアの憎しみ』――レベル16。
その効果は長期戦でこそ威力を発揮するだろう。
「小癪……」
バドニクスはまずゾファル機を鋼鉄の拳で打ち据えた。
そして続けざまにセレスを蹴りつける。
巨体とはいえ攻撃へと移るタイミングは遅くはない。
そして射撃する後衛に向けて再び指を向けた。
だが、その両手にカノン砲が直撃した。アバルト機が撃ったものだ。
それは着弾するや否や白い光を発した。
Fenrir Stoszahn――冷気による行動阻害を伴うスキルだ。
これにより発射・照準の挙動が遅れる。
その一瞬に悠とラスティが手を狙って射撃する。それは確かに命中し、少なくとも照射を阻害せしめた。
だが、ビームは照射された。別の所から。
腰の両横からだ。
「全身が武器の塊って言うのか……」
リアは離れた所からその様子を見ていた。
重体にあるリアは一撃が死に繋がる。ゆえに敵の攻撃範囲から逃れるように立ち回らなければならなかった。
……倒すべき敵が目の前に居るというのに。
「皆、指だけじゃない。腰からも撃つ!」
少しでも勝利に繋がるべく敵の様子を観察し、味方に伝える。
もどかしいとは思いつつも、そうするしかなかった。
「ほう、司令塔という所か、仁川リア」
バドニクスがリアを見ていた。
「一機ずつ葬ってやろう」
レッドバックはリアの状態を直感的に見抜いたのか、バドニクスをリアに向かって駆けさせる。
黒い巨体が雪原を駆ける。大地を揺らして。
その勢いを阻めるものは存在しない。勢いでハンター達の囲みを突破する。
リア機は機動力に優れた機体ではあったが、仲間とバドニクスを視界に収めようとする限り、バドニクスの射程から脱することはできない。
敢えて片手のみ、かつ範囲を絞り――威力重視――マテリアル砲がリアに照射された。
絶望的な光が奔る――
――だが、それを遮るものがあった。
割り込んだジャック機がマテリアルカーテンを展開、かつガウスジェイルを発動させ照準を自分に向けさせる。それはわずかにしか動かすことが出来なかったが、リアを庇うには十分だった。
「敢えて味方を庇うか。
無視して攻撃することも出来ただろうに。何故だ」
レッドバックは問う。ジャックは答えた。
「それは、これが貴族としての……いや違ぇ、それだけじゃねぇ。
俺が己に背負わせた責務だからよ」
「ならば、その責務に潰されるがいい」
照射は続く。CAM一機蒸発させるに十分なほどの出力と時間。
「う……おおお……」
本能的に恐怖を感じる。
ジャックの眼前に広がるのは完全なる死の光……
「狙い時じゃん!」
「!」
ゾファル機が跳んだ。
その手には巨大なマテリアルの刃が形成されている。
――手首に叩きつける。
激突の瞬間に眩いばかりの閃光が散った。
バドニクスは反射的に砲の照射を止め、手を引いた。
代わりに、左手でもう一度発射しようとする。
しかし、それも阻止された――悠機が巨大ペンチ「オリゾン」で手ごと挟みこんでいたのである。
「巨大なマテリアルの刃に、ペンチ……
本当に君らの使う武器は多様だな。発展途上ゆえなのか、あるいは多様性を意図的にとっているのか……」
自分にはない発想にレッドバックは驚きの声を漏らした。
「感心している場合じゃないですよぉ!」
そしてハナが、固定された左手にスラスターライフルを乱射する。
「銃身が焼けようが爆散しようが撃ち続けてやるですぅ!」
まさに――修羅道一直線。
バドニクスの左手は蜂の巣と化した。
「さあて……ピーキーなコイツにもようやく慣れたところだ……そろそろ反撃開始といくか!」
そして正面には、ラスティ機が接近していた。
「スキルトレースON……機導術の真髄、見せてやるぜ!」
瞬時に紅蓮の炎が広がった。
広範囲を焼き払うファイアスローワー。
「む! これは……」
レッドバックは焦りを感じた。
ファイアスローワーのように広範囲を焼き払うスキルに対して、バドニクスのような巨大な存在は分が悪い。
広範囲を焼き払うエネルギーがすべて同じ個体に集中するからだ。
「次はこいつだ!」
ラスティ機はさらにデルタレイを放つ。本来ならば同じ対象を攻撃できないこのスキルも、これほど巨体であれば三発とも当てることが可能だ。
――すなわち通常の三倍の威力で炸裂する。
「続くぞ!」
悠機が間髪を入れずに動いた。すでに左手からは離れている。
彼の次なる一手はグレネード。
「多様な武器を使いこなしてこその、ハンターだ」
状況に合わせて装備を替える――軍人と同じ事だ。
炸裂するプラズマ光。衝撃がバドニクスの全身を余すところなく打つ。
「その多様性が武器、ということか……」
バドニクスの巨体がよろめいた。
「どうした、まだ余力はあるはず……」
「どうしたの、『風邪』でもひいたのかな!」
得意げな主張。セレスだ。
「……『微風』程度のことで気づかなかったかもしれないけど、あたしが入れた『ミゼリアの憎しみ』はすでに、十回を越えている」
すなわち、それだけ多くの回数毒を受けたということ。
「『風前の灯』――ね」
「勝ち誇るのが随分と早いな。
……だが、ダメージが把握できんのは今後の課題か……」
一度あたりの効果は少なくとも、累積すれば馬鹿にはできないのが毒である。
「君達はこう言いたいのだろう。火力一辺倒の戦い方では勝ち目がないと。だが火力一辺倒でも徹底すればそれは脅威となりうる!」
レッドバックの戦意は、まだ尽きてはいない。
「『バドニクス、最後の命令だ。限界を越えて戦え』」
――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
強制を伴うレッドバックの声に応えて、バドニクスの全身が叫んだ。
装甲がうごめき、その隙間から複数の顔が見えている。そのどれもが吠えていた。
かれらに感情が見受けられるとしたらそれは一つ。
――ただ憤怒のみ。
「『その怒りを世界に撒き散らすがいい!』」
――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
バドニクスは果敢に敵陣に突っ込んでいく。
それこそが憤怒のありようともいう風に。
●虚無へ還るアカデミア
適切な戦術もスキルの選択も連携も情報の共有も。
それがどうしたと言わんばかりに獣は荒れ狂う。
圧倒的な力、それを実現するための知識。
それこそが世界を動かす。
それによって勝利して、次の段階へと進む。
「――残念だが」
アバルトが――本質を見極める目を持ったハンターが告げた。
「怒りに任せて暴れるだけでは戦いに勝てはしない」
嗚呼、やはり、そうなのだ。
適切な戦術とスキルの選択、ハンター同士の連携と情報の共有。
それらが勝敗を決める。世界はそのように出来ている。
荒れ狂うバドニクスは確かにハンター達に少なくはない打撃を与えたのだったが、すでに対応方法を見抜いたハンター達に勝るものではなかった。
このような状態を覆して勝利できるほどに強力な歪虚はもはや存在し得なかった。
日々進歩する武具、スキル、戦術。それらが人間の武器だ。
レッドバックはそれに倣ってこそいたが、彼女にとっては悲劇的な事に、競争相手が同じ勢力にいなかった。
バドニクスはゾファルとセレスにあしらわれた上、悠によってペンチで装甲を取り払われ、ハンター達の射撃・範囲攻撃スキルを受け続けた。
装甲がなくなり、その身を剥き出しにして、あるいは灰に還しながらも、バドニクスは襲いかかる。殴りかかり、蹴りつけ、光線を照射する。
それしか出来ないのだから。そうすることを強制されているのだから。
そうして、やがて――
超弩級歪虚集合体バドニクスは、吼え猛り、戦いながら、その最中に霧散した。
そこには何も残らなかった。
程なくして戦場は、ただ風が吹きつけ、雪が積もるだけの雪原へと変貌した。
ただハンター達が受けた傷だけが、ここで歪虚との激戦が繰り広げられたことだけを物語っていた。
中でもジャック機が一番目立つ。
黄金の塗装は黒い煤に覆われ、所々融解して形が変わっていた。
だが、それは忌むべきものではない――彼の、己に課した責務の現れなのだから。
戦闘直後、リアは愛機のマテリアルレーダーが壊れていたことに気がついた。
バドニクスが霧散した時に、大量の負のマテリアルが放出されていたことが関係しているのかもしれないが、原因は定かではなかった。
一行は戦闘後周辺を探索するも、歪虚の存在は認められず。
ハナはバドニクスの足跡を辿ってレッドバックのアジトを突き止めることを主張したが、雪で足跡が残っておらず、最終的に一行はこれ以上探索しても得られるものはないと判断し、帰途に着いた。
王国北部にて目撃されたという巨大な影――その正体を探るべく、ハンター達がまず最初にした事は、情報を収集することだった。
今回ハンターオフィスに依頼があった時点で目撃情報がある程度集まった状態で報告されていた。鹿東 悠(ka0725)はそれらを全て聞いた上で目標の位置・進路の大まかな予想を立てる。さらには今後の天候についても調べた。
雪になりそうだ。かなり降る。
いちはやく現場に急行すべき、というアバルト・ジンツァー(ka0895)の提案に反論するものはいなかった。
アバルトは何より被害を未然に防ぎたいと望んでいた。それは人として当然のことであり、今自分にできる最善のことだった。
程なくして一行は発った。
雪の降りしきる雪原を征く一行。
七機の機体と一人の徒歩という体だった。
機体も種類が様々である。
魔導型デュミナス。カーキー色の塗装と鷹の意匠がなされたそれは、アバルトの機体だった。Falkeと名付けられている。
R7エクスシア――覚醒者への適性を持ったこの機体は三機。
搭乗するのは星野 ハナ(ka5852)、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)、そして悠の三名。
ハナの機体には特に名はない。彼女のネーミングセンスは(機体にとって幸か不幸か)ここでは発揮されなかったようだ。
ジャックの機体は黄金色に塗装されている。名はヘクトル。騎士に見立てた彼なりのカスタムがなされている。
悠の機体は紺色を主体としたカラーリングが施され、Azraelという名を与えられている。悠はこの戦いでCAMの実戦経験を積みたいと考えていた。
続いてオファニム――エースパイロット向けのCAMが一機。
ラスティ(ka1400)の愛機、スピキュール。濃紺の塗装と青い炎模様の意匠が映える。
この機体の初陣であった。ラスティはオファニムを乗りこなせるようになるため、望んでこの依頼を受けたのである。
さらにはガルガリン。ドミニオンの改修機であるというこの機体はゾファル・G・初火(ka4407)の愛機。外見こそ通常のそれであるものの白兵戦のカスタムがなされている。彼女からはガルちゃんの愛称で呼ばれている。
そして魔導アーマー「プラヴァー」、機動力に秀でた、今回唯一の魔導アーマーである。
名を、螺旋駆動スピニオンNX。
仁川 リア(ka3483)の乗機である。機体色は黒と黄色、彼なりのこだわりがふんだんに込められた機体。先の戦いでの重傷をおしての出撃だった。
ただ一人、徒歩で征くのはセレス・フュラー(ka6276)。
生身だからといって問題解決能力に問題はない。ユニットはあくまでオプションである。
彼女は毛皮のマントに身を包んだ将来有望な肉体一つで敵に挑む。
「今何か余計な事を言われた気がする……」
「急に立ち止まってどうした?」トランシーバーからアバルトが聞いた。
「えっ、なんでもないよ!」
一行は目測を立てた地点へと到達した。
街道からかなり外れた、何もない一面の銀世界である。雪が吹雪いており視界は悪い。
ここで五手に別れ探索を開始する。
悠とラスティ、アバルトとセレス、ジャックとゾファル、リアそしてハナという編成である。
女性を前にすると赤面するジャックはお互いCAMに乗っていることを「マジ良かったマジで恥ずか死ぬとこだった」と内心感謝していたが、当のペアを組んでいるゾファルは別の意味で目を合わせづらい状態になっていた――すなわち不良めいたヤバい雰囲気でガラが悪い。
これは一種のソウルトーチの効果によるもので(命名:スーパーオラツキモード)、自分を囮にして歪虚を誘い出そうという試みであったが、歪虚発見の報は別の所からもたらされた。
「信じられないくらい大きな反応だ。……皆、注意して」
リアからの発信だった。マテリアルレーダーが感知したのだった。一行はリアの先導で、反応の元へと近づいた。
●遭遇
一行は吹雪の向こうに巨大な黒い影を認めた。
その巨大さは離れていてもおおよその見当はつく。全高8mのCAMより一回り大きい。
「デカいとは聞いてたけど、これは流石に規格外だね……」
「こんなデカブツが人間様の街に近付いてるってだけで十分脅威だろが!」
「……これは放っておく訳にはいかないな。
何としてもここで食い止めなくてはならないな」
リア、ジャック、アバルトがそれぞれ感想を述べる。大きいという事はそれだけで脅威である。それは本能的な感じ方だ。
そして、疑いの余地はない。
たとえマシン越しであれ、離れた状態でも感じる『負のマテリアル』。
覚醒者であれば判る。
「事前情報から何となく予想はしていましたがやはり歪虚……か」
「ったく、ようやくあちこち落ち着いてきたって時に、どこの歪虚(どいつ)だ?」
「どうせ碌なもんじゃないと思ってたけどね」
悠、ラスティ、セレスが呟く。その時点で攻撃を仕掛けるのに十分な理由だった。
「あのデカブツムカつきますぅ、絶対ブッコロですぅ!」
ハナが高らかに殺害予告を宣言する。
それを皮切りに一行は攻撃を開始した。当のハナは愛機にスラスターライフルの引き金を迷いなく引かせている。
(ミサイルは……『近すぎる』。こうも視界が悪くては)
視認不可能な敵に長距離兵器は意味がない。最低射程の80スクエアをとうに切っている。アバルト機は当初の予定を変更し、カノン砲を発射した。
続いて悠機がマテリアルビームを、ジャック機がマテリアルライフルを、ラスティ機がガトリングガンを、リア機がマシンガンを発射する。
光線と射撃音が鳴り響く中をゾファル機、セレスが駆け抜け、有効射程距離に持ち込もうとする。
「ご挨拶だな、ハンターの諸君」
返ってきたのは断末魔でも反撃でもなく、声だった。
黒い巨体が顕になる。
それが一行に向かって近づいてきた。
全身鎧に似た、金属に覆われた五体。
頭部はフルフェイスヘルムに針山地獄が顕現したかのような異様。
重厚な全身は怒りが形になったかのような暴力性に溢れていた。
先の攻撃は、表面に浅い傷をいくつか与えただけだった。
「これなるは超弩級歪虚集合体バドニクス。
ちょうど実戦テストを試みたいと願っていた所だ。諸君らが望むなら喜んでお相手しよう」
「その声……レッドバック!」
セレスが反応した。どういう原理か雪原に響き渡った大声は、かつて対峙したことのある敵のものと一致した。
「誰かと思えば、メフィストの所の奴だったか?」
ラスティが納得する。主君ならばつい先日討ち取られた所だ。
残党による報復行為という見方もできるだろう――実際の所、そうではなかったが。
「レッドバックなら答えろ! 大地の禍を覚えているか?!」
リアが呼びかけた。
「大地の禍…………それはもしやいつぞやの茨小鬼のことか?
無論、覚えているとも。希少な素材だった」
「僕は仁川リア! 大地の禍を倒した、そして……これから君を倒すハンターだ!!」
リアは宣言する。かつて宿敵として追い続けた相手を、素材と言い放った相手に。
「……覚えておこう、仁川リア。
人間がゴブリンをいつまでも記憶しているとは、奇妙なこともあるものだな。
君もあれのようになってみるかね?」
「……おい、一つ聞かせろ」
二者の対話が終わったのを察し、ジャックが聞いた。
「何かね?」
「お前から見てメフィスト、クソ蜘蛛はどんな奴だった」
少し間があった。レッドバックにはその質問が虚を突かれたものであったからだ。
「メフィスト様の事か? 酔狂な人間もいたものだな」
レッドバックは考えつつも答えた。
「メフィスト様は……孤高かつ自由であられた。
他者の手を可能な限り借りずに事を行う。私も手伝わせて頂いたことは一度しかない。
そうだな、孤独とも言えるだろう。
そして……最後まで人間の敵であろうとしておられた……。
故に人間よ、メフィスト様との戦いを記憶に刻むのは善い。それは私も快い。
だが万一にもメフィスト様を哀れもうと思うならば……私はそれを許さん。
人間には、その資格がないからだ」
返答はここまでだった。
可能な限り客観的に述べたのは彼女自身の性質なのだろう。
●巨大な敵に挑む
「……有意義な対話だった」
レッドバックは人間と対話することを有意義と感じていた。メフィストを倒したハンターという種から、何かを学び取れるかもしれないと思ったからだ。
「では、ハンターの諸君……
世界を守るがいい。私は壊す!」
バドニクスは動いた。その両手をハンター一行に向かって伸ばす。
指先が伸ばされている。
「――指だ!」
気配を読み取ったのか、アバルトが喚起した。
伸ばされた指のそれぞれ先端から光が照射された。マテリアルライフルと同じ原理だ。だが出力・範囲はCAMの武装を上回る。
広範囲を焼き払うビーム。
周囲の雪が一瞬で解け、地肌があらわになった。
ハンター達は後衛を中心に被害を被ってしまう。
その時、バドニクスの脚に斬りつけたものがある。
「でかい歪虚……イカスジャーん、俺様ちゃんそう言う相手を探してたじゃん」
ゾファル機だ。ガルガリンが得意とする白兵戦に持ち込んでいた。
魔導剣を構えたゾファル機は横柄に挑発する。
「おうおうそこのくそ歪虚さんよぉ、俺様ちゃん殺してミール―?」
場合によっては隙に繋がりかねないその態度も死地を求めるが故だ。彼女は死ぬほどの戦場でなければ満足できない性質なのである。
ゾファル機に反応しかけたバドニクスの頭上に突貫するものがあった。
アクティブスラスターで加速したエクスシア、ハナ機。
果敢にも大きさに勝る相手に跳びかかる。
「むかつく歪虚ですう! 絶対落としますよぅ!」
間延びしていながら豪快な言葉で殺意をあらわにするハナは、至近距離で五色光符陣を展開した。
バドニクスの全身を結界が覆い、光が焼く。
「何にそんなに憤っているのだ?」
レッドバックは冷静にハナに対応するようバドニクスに命ずる。
バドニクスは両手でハナ機を掴んだ。
「失敗したな。そのスキルには何度も驚かされたが、その状態では威力を発揮すまい」
「思ったより効いていないぃ……?」
「生身ならば、また違ったのだろう」
スキルトレースはスキル自体を再現は出来るが、その威力はユニットの能力に因る。それを指摘しながらレッドバックはハナ機を地面に叩きつけさせた。
マテリアルカーテンを張ってダメージを和らげたものの、力の差は嫌が応にも感じる。
「余裕かましてるんじゃないよ!」
足元に達していたセレスが剣を突き立てていた。マントはとうに脱ぎ捨てている。
「鍛え上げたこの技術で追い詰める!……届け!」
『ミゼリアの憎しみ』――レベル16。
その効果は長期戦でこそ威力を発揮するだろう。
「小癪……」
バドニクスはまずゾファル機を鋼鉄の拳で打ち据えた。
そして続けざまにセレスを蹴りつける。
巨体とはいえ攻撃へと移るタイミングは遅くはない。
そして射撃する後衛に向けて再び指を向けた。
だが、その両手にカノン砲が直撃した。アバルト機が撃ったものだ。
それは着弾するや否や白い光を発した。
Fenrir Stoszahn――冷気による行動阻害を伴うスキルだ。
これにより発射・照準の挙動が遅れる。
その一瞬に悠とラスティが手を狙って射撃する。それは確かに命中し、少なくとも照射を阻害せしめた。
だが、ビームは照射された。別の所から。
腰の両横からだ。
「全身が武器の塊って言うのか……」
リアは離れた所からその様子を見ていた。
重体にあるリアは一撃が死に繋がる。ゆえに敵の攻撃範囲から逃れるように立ち回らなければならなかった。
……倒すべき敵が目の前に居るというのに。
「皆、指だけじゃない。腰からも撃つ!」
少しでも勝利に繋がるべく敵の様子を観察し、味方に伝える。
もどかしいとは思いつつも、そうするしかなかった。
「ほう、司令塔という所か、仁川リア」
バドニクスがリアを見ていた。
「一機ずつ葬ってやろう」
レッドバックはリアの状態を直感的に見抜いたのか、バドニクスをリアに向かって駆けさせる。
黒い巨体が雪原を駆ける。大地を揺らして。
その勢いを阻めるものは存在しない。勢いでハンター達の囲みを突破する。
リア機は機動力に優れた機体ではあったが、仲間とバドニクスを視界に収めようとする限り、バドニクスの射程から脱することはできない。
敢えて片手のみ、かつ範囲を絞り――威力重視――マテリアル砲がリアに照射された。
絶望的な光が奔る――
――だが、それを遮るものがあった。
割り込んだジャック機がマテリアルカーテンを展開、かつガウスジェイルを発動させ照準を自分に向けさせる。それはわずかにしか動かすことが出来なかったが、リアを庇うには十分だった。
「敢えて味方を庇うか。
無視して攻撃することも出来ただろうに。何故だ」
レッドバックは問う。ジャックは答えた。
「それは、これが貴族としての……いや違ぇ、それだけじゃねぇ。
俺が己に背負わせた責務だからよ」
「ならば、その責務に潰されるがいい」
照射は続く。CAM一機蒸発させるに十分なほどの出力と時間。
「う……おおお……」
本能的に恐怖を感じる。
ジャックの眼前に広がるのは完全なる死の光……
「狙い時じゃん!」
「!」
ゾファル機が跳んだ。
その手には巨大なマテリアルの刃が形成されている。
――手首に叩きつける。
激突の瞬間に眩いばかりの閃光が散った。
バドニクスは反射的に砲の照射を止め、手を引いた。
代わりに、左手でもう一度発射しようとする。
しかし、それも阻止された――悠機が巨大ペンチ「オリゾン」で手ごと挟みこんでいたのである。
「巨大なマテリアルの刃に、ペンチ……
本当に君らの使う武器は多様だな。発展途上ゆえなのか、あるいは多様性を意図的にとっているのか……」
自分にはない発想にレッドバックは驚きの声を漏らした。
「感心している場合じゃないですよぉ!」
そしてハナが、固定された左手にスラスターライフルを乱射する。
「銃身が焼けようが爆散しようが撃ち続けてやるですぅ!」
まさに――修羅道一直線。
バドニクスの左手は蜂の巣と化した。
「さあて……ピーキーなコイツにもようやく慣れたところだ……そろそろ反撃開始といくか!」
そして正面には、ラスティ機が接近していた。
「スキルトレースON……機導術の真髄、見せてやるぜ!」
瞬時に紅蓮の炎が広がった。
広範囲を焼き払うファイアスローワー。
「む! これは……」
レッドバックは焦りを感じた。
ファイアスローワーのように広範囲を焼き払うスキルに対して、バドニクスのような巨大な存在は分が悪い。
広範囲を焼き払うエネルギーがすべて同じ個体に集中するからだ。
「次はこいつだ!」
ラスティ機はさらにデルタレイを放つ。本来ならば同じ対象を攻撃できないこのスキルも、これほど巨体であれば三発とも当てることが可能だ。
――すなわち通常の三倍の威力で炸裂する。
「続くぞ!」
悠機が間髪を入れずに動いた。すでに左手からは離れている。
彼の次なる一手はグレネード。
「多様な武器を使いこなしてこその、ハンターだ」
状況に合わせて装備を替える――軍人と同じ事だ。
炸裂するプラズマ光。衝撃がバドニクスの全身を余すところなく打つ。
「その多様性が武器、ということか……」
バドニクスの巨体がよろめいた。
「どうした、まだ余力はあるはず……」
「どうしたの、『風邪』でもひいたのかな!」
得意げな主張。セレスだ。
「……『微風』程度のことで気づかなかったかもしれないけど、あたしが入れた『ミゼリアの憎しみ』はすでに、十回を越えている」
すなわち、それだけ多くの回数毒を受けたということ。
「『風前の灯』――ね」
「勝ち誇るのが随分と早いな。
……だが、ダメージが把握できんのは今後の課題か……」
一度あたりの効果は少なくとも、累積すれば馬鹿にはできないのが毒である。
「君達はこう言いたいのだろう。火力一辺倒の戦い方では勝ち目がないと。だが火力一辺倒でも徹底すればそれは脅威となりうる!」
レッドバックの戦意は、まだ尽きてはいない。
「『バドニクス、最後の命令だ。限界を越えて戦え』」
――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
強制を伴うレッドバックの声に応えて、バドニクスの全身が叫んだ。
装甲がうごめき、その隙間から複数の顔が見えている。そのどれもが吠えていた。
かれらに感情が見受けられるとしたらそれは一つ。
――ただ憤怒のみ。
「『その怒りを世界に撒き散らすがいい!』」
――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
バドニクスは果敢に敵陣に突っ込んでいく。
それこそが憤怒のありようともいう風に。
●虚無へ還るアカデミア
適切な戦術もスキルの選択も連携も情報の共有も。
それがどうしたと言わんばかりに獣は荒れ狂う。
圧倒的な力、それを実現するための知識。
それこそが世界を動かす。
それによって勝利して、次の段階へと進む。
「――残念だが」
アバルトが――本質を見極める目を持ったハンターが告げた。
「怒りに任せて暴れるだけでは戦いに勝てはしない」
嗚呼、やはり、そうなのだ。
適切な戦術とスキルの選択、ハンター同士の連携と情報の共有。
それらが勝敗を決める。世界はそのように出来ている。
荒れ狂うバドニクスは確かにハンター達に少なくはない打撃を与えたのだったが、すでに対応方法を見抜いたハンター達に勝るものではなかった。
このような状態を覆して勝利できるほどに強力な歪虚はもはや存在し得なかった。
日々進歩する武具、スキル、戦術。それらが人間の武器だ。
レッドバックはそれに倣ってこそいたが、彼女にとっては悲劇的な事に、競争相手が同じ勢力にいなかった。
バドニクスはゾファルとセレスにあしらわれた上、悠によってペンチで装甲を取り払われ、ハンター達の射撃・範囲攻撃スキルを受け続けた。
装甲がなくなり、その身を剥き出しにして、あるいは灰に還しながらも、バドニクスは襲いかかる。殴りかかり、蹴りつけ、光線を照射する。
それしか出来ないのだから。そうすることを強制されているのだから。
そうして、やがて――
超弩級歪虚集合体バドニクスは、吼え猛り、戦いながら、その最中に霧散した。
そこには何も残らなかった。
程なくして戦場は、ただ風が吹きつけ、雪が積もるだけの雪原へと変貌した。
ただハンター達が受けた傷だけが、ここで歪虚との激戦が繰り広げられたことだけを物語っていた。
中でもジャック機が一番目立つ。
黄金の塗装は黒い煤に覆われ、所々融解して形が変わっていた。
だが、それは忌むべきものではない――彼の、己に課した責務の現れなのだから。
戦闘直後、リアは愛機のマテリアルレーダーが壊れていたことに気がついた。
バドニクスが霧散した時に、大量の負のマテリアルが放出されていたことが関係しているのかもしれないが、原因は定かではなかった。
一行は戦闘後周辺を探索するも、歪虚の存在は認められず。
ハナはバドニクスの足跡を辿ってレッドバックのアジトを突き止めることを主張したが、雪で足跡が残っておらず、最終的に一行はこれ以上探索しても得られるものはないと判断し、帰途に着いた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/12/10 15:57:16 |
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相談卓 仁川 リア(ka3483) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/12/11 20:04:00 |