ゲスト
(ka0000)
海辺の竜。毒亀ドラゴンの帰還
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/12/16 12:00
- 完成日
- 2017/12/20 08:35
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●空と海辺の竜
大地が波打ち渦を巻く。
その中心にあるのは、馬鹿馬鹿しいほど巨大な甲羅を背負った寸詰まりのドラゴン。
極太の手足は岩を砂の如く抉る。
しかし長さは無く可動域も狭く、鼻に突き刺されたままの銛を抜くことが出来ない。
「怪獣映画かよ」
数百メートル離れた丘の上。
避難民がごった返す聖堂の側で、大型魔導トラックの運転手が頭を振って天を仰ぐ。
CAMが使う弾薬を運ぶだけの仕事のはずだった。
こんな状況に巻き込まれたのは不幸中の不幸ではあるが、巻き込まれた以上は逃げ出せない。
「荷台のマットは全部引っぺがしてくれ。そうすりゃ1人か2人は多く乗れる」
「出発します! お母さんはお子さん達をしっかり抱いてあげてください。頭も冷えますので帽子がないなら何か被せてあげて!」
もう1両の大型トラックが東へ出発した。
避難後の生活の当てなどないが、巨大歪虚の近くにいれば生活どころか命を失う。
「異世界転移じゃなくて怪獣映画世界へ転移だったとはなぁ。どんな糞脚本なんだか」
「過去に滅ぼしきれなかった歪虚だ。正負のマテリアルが眠っていた場所まで染みこんで復活したというところだろう」
全身鎧を正装のように着こなす司祭が現れ、大まじめに答えて頭を下げた。
「住民避難への協力を感謝する。私と聖堂教会はこの恩を忘れない」
「へいへい、そういう話は生き延びてからにしましょうや」
雑に手を振る運転手の顔は、少しだけ赤くなっていた。
突発的な地震が聖堂を襲う。
細かな欠片がこぼれ、慣れない揺れに村民が悲鳴をあげる。
「ひでぇなこりゃ」
直径50メートルを超える陥没が発生。
港に向かって亀裂が生じ、荒れた海から塩水が流れ込む。
土と海水が混じって膨大な量の泥がうまれた。
「この臭い」
軍歴持ちの運転手が顔色を変える。
強烈な酸に似ている。
痛みを感じながら視線を向けると、海水の届いていない土も溶けているのが見えた。
毒か、歪虚汚染か、あるいはガス兵器か。
いずれにしても人体に有害であるのは間違いない。
「ハンカチを鼻と口に当てろ!」
巨大な歪虚が口を開く。
毒々しいピンクのガスが吹き出し歪虚の全身を隠す。
ピンクはまだここまで届いていないはずなのに、目が開けていられないほど痛い。
「来るぞっ」
膨大なガスが毒ブレスとして発射される。
射線上の家屋を一瞬で溶かし、踏み固められた地面を溶解させながら聖堂に向かってくる。
速度は遅いが触れれば確実にアウトだ。
「おい坊さん、すまねぇがもう出発する。あんた等は……」
「残るとも。誰かが壁にならねば皆死ぬだけだ」
にやりと笑って歩み去る。
声を張り上げバリケードの設置を部下に命じているが、人力で組める障壁では数秒も保たないだろう。
その数秒のために己の命を使うつもりだ。
運転手が自分の頭を乱暴に掻く。
村の老人達の視線に気づいて無理矢理笑顔を浮かべ、荷台へ昇るための梯子をかけてから運転席に戻る。
「畜生が。……あん? なんだありゃ。飛行CAM? いや」
空を見上げた男の目が、まん丸に開かれ奇妙な吐息が漏れた。
「なんだよあのちっこいドラゴン。何、してるんだ?」
一陣の風が吹く。
聖堂のある丘から無人の村へ、そしてブレスとしては低速で近づく毒ブレスにかき消され。
数秒遅れで大型台風並みの突風が毒ブレスに向かって吹き付けた。
「ぬおっ」
「つ、つかまれぇっ」
大型トラックが揺れている。
体格良い漁師が吹き飛ばされそうになり、必死の思いで地面にへばりつく。
毒ブレスが砕けて逆流する。
ピンクの煙が海へと押し流され、大口を開けた巨大歪虚の姿が現れた。
「あの黒い竜、助けて、くれたのか?」
全滅を免れた聖堂の中。誰かがぽつりとつぶやく。
もちろん、単なる勘違いでしかなかった。
●緊急討伐依頼
「毒ブレスを使う大型歪虚が現れました。可能な方は直ちに現地に跳んで下さい!」
オフィスの中で、血相を変えた職員が何やら叫んでいる。
立体ディスプレイが次々新しく浮き上がって現地の光景を映し出す。
無人の村、トラックの荷台に乗り込む最後の村人。
地で毒を撒く巨大歪虚に、それら全ての印象を消し飛ばすほどの怒りを露わにした黒い竜。
どう見ても強欲の竜種だ。
不自然な強さと方向の風はこの歪虚の特殊能力。喉奥からじわじわ大きくなっていく白い炎は言うまでもなくファイアブレスで、狙いはもう1匹の分厚い甲羅。
巨大歪虚よりこの歪虚の方が危険なのではないかとあなたが訊ねると、職員に何をいまさらという視線を向けられてしまった。
「それガルドブルムです。テキトーな口車が効く分まだ与し易いのでテキトーにあしらって下さい」
天気の制御に長時間チャージからの推定超威力ブレスが可能な歪虚となると、最低でも数十人単位で戦う相手な気がする。
「大規模作戦なんて簡単にはできないんですから仕方が無いじゃないですか! とりあえずこっちの亀優先です!」
もう1匹の歪虚も別のディスプレイに表示されている。
亀とドラゴンを足してだいたい2で割った感じだろうか。
分厚い甲羅以外も硬そうで、口や甲羅の隙間からは岩すら溶かす煙が吹き出している。
ガルドブルムが発生させている風が無くなれば、酸じみた煙が人里に向かうだけで無く、濃いピンクの煙が邪魔で狙い辛くなる。
「至近距離では地面が毒沼になっています。スキルのよる防御は効くようですが、できれば回復手段の準備を……」
そうすると相手の防護を撃ち抜く攻撃を用意しにくくなるのではないか。
そう考えるあなたの目が、装甲のない場所を見つけた。
銛だ。
残骸同然なのに妙に存在感のある銛が、岩盤じみた皮膚を貫いている。
場所は鼻先と頭頂部。押し込めば骨にも届き、抜いて穴に術や弾や刃を打ち込めば大きなダメージを与えられるだろう。
「後2分で転移装置の準備が整います。急いで下さい!」
あなたは大火力で甲羅ごと砕いてもいいし、急所を突いてもいいし、災厄の十三魔もまとめて倒してもいい。
大地が波打ち渦を巻く。
その中心にあるのは、馬鹿馬鹿しいほど巨大な甲羅を背負った寸詰まりのドラゴン。
極太の手足は岩を砂の如く抉る。
しかし長さは無く可動域も狭く、鼻に突き刺されたままの銛を抜くことが出来ない。
「怪獣映画かよ」
数百メートル離れた丘の上。
避難民がごった返す聖堂の側で、大型魔導トラックの運転手が頭を振って天を仰ぐ。
CAMが使う弾薬を運ぶだけの仕事のはずだった。
こんな状況に巻き込まれたのは不幸中の不幸ではあるが、巻き込まれた以上は逃げ出せない。
「荷台のマットは全部引っぺがしてくれ。そうすりゃ1人か2人は多く乗れる」
「出発します! お母さんはお子さん達をしっかり抱いてあげてください。頭も冷えますので帽子がないなら何か被せてあげて!」
もう1両の大型トラックが東へ出発した。
避難後の生活の当てなどないが、巨大歪虚の近くにいれば生活どころか命を失う。
「異世界転移じゃなくて怪獣映画世界へ転移だったとはなぁ。どんな糞脚本なんだか」
「過去に滅ぼしきれなかった歪虚だ。正負のマテリアルが眠っていた場所まで染みこんで復活したというところだろう」
全身鎧を正装のように着こなす司祭が現れ、大まじめに答えて頭を下げた。
「住民避難への協力を感謝する。私と聖堂教会はこの恩を忘れない」
「へいへい、そういう話は生き延びてからにしましょうや」
雑に手を振る運転手の顔は、少しだけ赤くなっていた。
突発的な地震が聖堂を襲う。
細かな欠片がこぼれ、慣れない揺れに村民が悲鳴をあげる。
「ひでぇなこりゃ」
直径50メートルを超える陥没が発生。
港に向かって亀裂が生じ、荒れた海から塩水が流れ込む。
土と海水が混じって膨大な量の泥がうまれた。
「この臭い」
軍歴持ちの運転手が顔色を変える。
強烈な酸に似ている。
痛みを感じながら視線を向けると、海水の届いていない土も溶けているのが見えた。
毒か、歪虚汚染か、あるいはガス兵器か。
いずれにしても人体に有害であるのは間違いない。
「ハンカチを鼻と口に当てろ!」
巨大な歪虚が口を開く。
毒々しいピンクのガスが吹き出し歪虚の全身を隠す。
ピンクはまだここまで届いていないはずなのに、目が開けていられないほど痛い。
「来るぞっ」
膨大なガスが毒ブレスとして発射される。
射線上の家屋を一瞬で溶かし、踏み固められた地面を溶解させながら聖堂に向かってくる。
速度は遅いが触れれば確実にアウトだ。
「おい坊さん、すまねぇがもう出発する。あんた等は……」
「残るとも。誰かが壁にならねば皆死ぬだけだ」
にやりと笑って歩み去る。
声を張り上げバリケードの設置を部下に命じているが、人力で組める障壁では数秒も保たないだろう。
その数秒のために己の命を使うつもりだ。
運転手が自分の頭を乱暴に掻く。
村の老人達の視線に気づいて無理矢理笑顔を浮かべ、荷台へ昇るための梯子をかけてから運転席に戻る。
「畜生が。……あん? なんだありゃ。飛行CAM? いや」
空を見上げた男の目が、まん丸に開かれ奇妙な吐息が漏れた。
「なんだよあのちっこいドラゴン。何、してるんだ?」
一陣の風が吹く。
聖堂のある丘から無人の村へ、そしてブレスとしては低速で近づく毒ブレスにかき消され。
数秒遅れで大型台風並みの突風が毒ブレスに向かって吹き付けた。
「ぬおっ」
「つ、つかまれぇっ」
大型トラックが揺れている。
体格良い漁師が吹き飛ばされそうになり、必死の思いで地面にへばりつく。
毒ブレスが砕けて逆流する。
ピンクの煙が海へと押し流され、大口を開けた巨大歪虚の姿が現れた。
「あの黒い竜、助けて、くれたのか?」
全滅を免れた聖堂の中。誰かがぽつりとつぶやく。
もちろん、単なる勘違いでしかなかった。
●緊急討伐依頼
「毒ブレスを使う大型歪虚が現れました。可能な方は直ちに現地に跳んで下さい!」
オフィスの中で、血相を変えた職員が何やら叫んでいる。
立体ディスプレイが次々新しく浮き上がって現地の光景を映し出す。
無人の村、トラックの荷台に乗り込む最後の村人。
地で毒を撒く巨大歪虚に、それら全ての印象を消し飛ばすほどの怒りを露わにした黒い竜。
どう見ても強欲の竜種だ。
不自然な強さと方向の風はこの歪虚の特殊能力。喉奥からじわじわ大きくなっていく白い炎は言うまでもなくファイアブレスで、狙いはもう1匹の分厚い甲羅。
巨大歪虚よりこの歪虚の方が危険なのではないかとあなたが訊ねると、職員に何をいまさらという視線を向けられてしまった。
「それガルドブルムです。テキトーな口車が効く分まだ与し易いのでテキトーにあしらって下さい」
天気の制御に長時間チャージからの推定超威力ブレスが可能な歪虚となると、最低でも数十人単位で戦う相手な気がする。
「大規模作戦なんて簡単にはできないんですから仕方が無いじゃないですか! とりあえずこっちの亀優先です!」
もう1匹の歪虚も別のディスプレイに表示されている。
亀とドラゴンを足してだいたい2で割った感じだろうか。
分厚い甲羅以外も硬そうで、口や甲羅の隙間からは岩すら溶かす煙が吹き出している。
ガルドブルムが発生させている風が無くなれば、酸じみた煙が人里に向かうだけで無く、濃いピンクの煙が邪魔で狙い辛くなる。
「至近距離では地面が毒沼になっています。スキルのよる防御は効くようですが、できれば回復手段の準備を……」
そうすると相手の防護を撃ち抜く攻撃を用意しにくくなるのではないか。
そう考えるあなたの目が、装甲のない場所を見つけた。
銛だ。
残骸同然なのに妙に存在感のある銛が、岩盤じみた皮膚を貫いている。
場所は鼻先と頭頂部。押し込めば骨にも届き、抜いて穴に術や弾や刃を打ち込めば大きなダメージを与えられるだろう。
「後2分で転移装置の準備が整います。急いで下さい!」
あなたは大火力で甲羅ごと砕いてもいいし、急所を突いてもいいし、災厄の十三魔もまとめて倒してもいい。
リプレイ本文
●ポイズンドラゴン
鋼鉄製の砦が歩いている。
剣も弓も法術も効くとは全く思えない。
時間稼ぎのため己の命を使うつもりで、聖堂戦士達は聖堂の守りを固めていた。
そんな悲壮な決意が呆気なく崩れる。
「なあにあれ」
壮絶な火花を散らし鋼鉄の皮膚を削る巨大な斧。
直視すれば目を焼く光を放ち鋼鉄以上の甲羅を痛み付ける無数の炎。
この地で数百年以上語り継がれ、盛りに盛られた英雄譚よりさらに1周り派手な戦場が現実に起きている。
聖堂戦士達は、鉄兜の下であんぐり口を開けていた。
「酸っぱ臭ぇ」
全高3メートル越えの巨人と化したボルディア・コンフラムス(ka0796)が、心底不機嫌そうに鼻を鳴らす。
膨大な重量を支える4つの短足に力が籠もる。
建造物サイズ、しかも密度は鋼鉄越えの歪虚が巨体を活かした面での攻撃で一気に迫る。
ボルディアの眉間の皺が深くなる。
紅の歪虚が気楽とすらいえる動作で斜め後ろへ跳び、直撃すれば重装甲CAMを潰せる一撃を空振りさせた。
「人がせっかく気持ちよく闘ってるとこによぉ」
腕に力が籠もる。
高位歪虚に踏まれても耐えそうな魔斧が微かに震える。
「何水差してくれてんだテメエェェェ!」
炎の如きマテリアルを爆発させ、全身の力を刃に載せ真横に一閃。
美しい軌道は分厚い装甲に遮られても止まらず、数十センチ以上の深さの傷を刻んで反対側に抜けた。
一瞬後れて破断の音が届く。
衝突時の火花で傷は焦げ、炭に似た臭気が酸い空気に混じる。
4足亀と竜を混ぜて雑に2で割った形の20メートル級竜種が、岩と岩をすりあわせるような悲鳴を出して身もだえした。
「雑な体しやがって」
血臭が微かにしか感じられない。
分厚すぎる装甲が巨大刃によるダメージを小さなものに止めている。
「ねぇ、汝は絶滅危惧種?」
普通の音量であるのに非常に良く通る声が天より降ってくる。
響きは穏やかでも込められた意思は竜種よりも重く、亀竜種は這って後退しながら上を見てしまう。
「万物万象歪虚を含めて全ての生命は大切。けれど」
首元を巨大刃が削る。
異常な攻撃力を持つ、亀竜種にとっての過去最大の脅威のはずだ。
にも関わらず亀竜種は上空の黒い女の方に脅威を感じている。
「罪には、罰を与えねば」
大気から精霊がそそくさと逃げ出す。
空間が目に見えない細かさでひび割れ、一瞬にも満たない間ずれて、戻り、重力波として鋼鉄よりも硬い甲羅を突き抜けた。
柔軟さも兼ね備えた甲羅には傷一つつかない。
だが衝撃を吸収しきるのは不可能で有り、筋が千切れ骨が歪み内臓が危険なほど押さえつけられる。
逆流した血が口と目からこぼれ、頭部に刺さったままの銛の根元にもじわりと滲んだ。
「むー」
黒の夢(ka0187)が唇と尖らせ南を一瞥する。
上空に滞空したままの黒竜はこちらに一切反応していない。
「おー、このままいけそうか?」
黒の夢の耳がボルディアの呟きを拾う。
「我輩は途中で息切れしそうなのな」
高密度のマテリアルが黒い首と美しい背中に複雑な文様を刻む。
火球が甲羅の中央で弾け、飛び散る炎が蝶の如く舞い亀竜種の全身を苛む。
が、マテリアルリンクが切れたため直前の攻撃ほどの効果は無い。
主要な血管のいくつかを焼き潰しただけだ。
「了解。さっきの一撃だけで報酬分以上だ。くっさい酸には気をつけろよ」
イェジドの全身より大きな頭が降ってくる。
指一本の距離で回避しカウンターの一閃を浴びせることも出来ているのに、間近で感ずる敵気配はほとんど衰えていない。
「糞が。傷口がもうちょっとデカけりゃモレクで内側ずたずたにしてやんのによ」
ボルディアの鋭敏な五感は、銛が刺さった箇所の脆さとその範囲の狭さを捉えていた。
●2匹の竜
腹を掠める軌道でワイバーンが黒竜を抜き去った。
明らかに気づいているのに反応は無い。
研ぎ澄まされた殺意を亀型竜種にのみ向けて、災厄の十三魔の一つが喉の奥の炎をより熱く禍々しく溜めていく。
「どっちもどっちにしろ、ここで消えてもらうとすれば、ですな」
ある意味あしらうことの出来るガルドブルムより、破壊しか頭にない亀竜種の方が優先度が高い。
マッシュ・アクラシス(ka0771)はあえてスキルを使わず、馬鹿馬鹿しいほど大きな甲羅に矢を当ててみた。
鏃が衝撃に負け砕け散る。
本当に全く、手応えが無かい。
「腹が見えるまで温存ですな」
大型歪虚相手に貫徹の矢は有効だ。
数に限りがあるのでチャンスを待つ必要がある。
「しかしどう攻めたものか」
弓を構えたまま危険なほどワイバーンを接近させる。
距離が10メートルを切って亀竜種が気づき、接触のタイミングでその巨体をぶつけようと身動き出す。
矢が放たれる。
ワイバーンが回転することで向きをずらして体当たりを擦り抜ける。
そして、何の変哲も無いはずの矢が、2本の銛の間に矢羽根まで突き立った。
20メートル越の巨体に相応しい悲鳴がワイバーンの脳を揺さぶる。
この状況でも冷静な主の手綱に従いながら、ワイバーンは亀竜種に殺到する巨人を視界の隅で確認した。
「綺堂・沙織。エーデルワイス弐式、接敵します!」
『こちら輸送隊。通信が途絶えた後は手信』
機導術でなんとか維持していた後方との通信が途絶える。
細身の白いエクスシアが射程を活かして砲撃に専念。
危なげ無くミサイルを命中させ衝撃を内側まで届ける。
『ダメージが通ったのを確認した』
意識して安堵のため息を封じる。
エーデルワイス弐型が処理した俯瞰図と目の前の光景を同時に見ながら、限界まで携帯してきた予備弾倉の状態も確かめる。
「了解。攻撃を継続します」
弾薬補給以外は最低限の整備しか受けていない自機を労りつつ前へ。
このままいけば勝てる。
ただし、敵が海に逃げたりガルドブルムが動き出せば途端に勝利は遠のくだろう。
「イニシャライズフィールドはいつでも可能です」
「長期戦になりそうだね。可能なら温存を」
「はい!」
「いい返事だ。私も負けていられないね」
久我・御言(ka4137)は相変わらず悪意無しで偉そうだ。
沙織(ka5977)はミサイルによる弾幕を維持しながら苦笑を浮かべようとして、久我の行動に気づいてしまい目を丸くした。
「ハハッ、溜めて溜めて一撃で仕留めようとは大雑把なコトだね、ガルドブルム君」
連戦なのに妙に綺麗な機体が見得を切る。
現実に武力を振るっている亀竜種を気にもせず、空で力を溜めている黒竜を指さし堂々宣言する。
「そんな悠長に構えているならば、この歪虚我らが先に頂いてしまおう!」
挑発には聞こえない。
魔導型デュミナス【月光】は、太陽の光を浴び英雄譚に登場する勇者の如く輝いた。
上空の黒竜に殺気とは異なる気配が増す。
激怒して暴れることも、ハンターと亀竜の戦いに直接介入することもガルドブルムは選ばない。
ブレスのチャージに専念することで、当初の予定よりさらに早めて巨大ブレスを実行する構えだ。
「単純だね。だからこそ怖いともいえるが」
久我は外部音声を切ってつぶやき、怒りに震え毒霧噴出速度を上げた亀竜に振り返る。
「支援を宜しくお願いするよ、諸君」
背部ブーストパック、発動。
座席にめり込むほど押しつけられる中、それまで得られた亀型竜種の情報をまとめて着地予定付近のCAMに送信した。
●古の銛
「退けぬ闘いである以上行かねばならぬ。誰かが行かねばならぬのだ、ならば」
ユーレン(ka6859)の白兵仕様エクスシアが、巨体と壮絶な威力の攻撃が行き来する戦場へ突進する。
「強き術を持たぬ我が足止めするまでよ。我が太刀を味わえ!」
マテリアル製の刃がずるりと伸びる。
亀竜種と比べるとナイフ以下の間合いをほぼ密着することで補い、何度も何度も振るって甲羅ほどではないが異様に分厚い前脚の装甲を削る。
正面衝突を避ける動きも行うため、エクスシアの動きは無様と表現することさえ出来る。
だが前脚は削れている。
亀竜種の注意も時折ユーレン機に向かい、ボルディア達が息継ぎする時間を稼ぎ出す。
「ぬ」
HMD一杯に前脚が。
回避は不可能とみて螺旋槍で受ける。視界の半分をエラー表示が埋め尽くす。
操縦桿越しにも四肢の不具合が感じられ、機体へ意思が反映される時間が数割ほど増える。
装甲の被害も深刻だ。
地面に染みこんだ酸がじわじわ機体を痛めつけてくる。
「まだだ」
片手で数珠を握りしめる。
前脚だけでなく全身でのしかかってくる亀竜種を後ろに跳んで回避。
稼いだ時間で法力をエクスシアに流し込む。
「我が力ではこれが限界か」
機体はすっかり直ったがスキルの方はすっからかんだ。
まだヒールは使えるが一度に回復できるような術では無い。
「だが」
ユーレン機を組み易しと見て亀竜種が仕掛ける。
軽く上半身を浮かせてから頭を振りかぶり、一撃で叩きつぶそうとその巨体を叩きつける。
大地が岩盤まで揺れ大気が震える。
『遅くなったが届いたかね?』
ユーレンの耳に誰かの声が届くが、極限の集中にあるため声を言葉として認識できない。胸部装甲が砕け、顔の前数十センチを岩盤より機体爪先が通過した。
白い機体が腕部に銛を引っかけてスラスターを吹かす。
岩盤に穴が開くような音を立てて引き抜かれるが着地はできずに不時着じみて十数メートル横へ落下する。
ユーレン機が前に跳ぶ。
CAMの両脚で竜種の頭に着地する。
一瞬でも姿勢を誤ればはね飛ばされる状況だ。
左腕で古びた銛を引きちぎるように引き抜き、空いた穴にハンドガンを押しつけ銃口からグレネード弾を叩き込む。
穴からではなく、眼球と喉奥からプラズマの光が見える。
操縦桿越しの手応えはかつてないほどで、黒の夢の大技に匹敵する戦果を挙げた実感があった。
「穴を狙え! そこだけ護りが」
亀竜種が身じろぎする。
スラスターを吹かし回避を試みるが一瞬だけ歪虚が上回りる。
CAMがかちあげられ、大きく飛ばされ地面に落下した。
クラン・クィールス(ka6605)のワイバーンが、亀竜種の鼻先を掠めて飛び注意を引きつける。
口元から零れるピンクの毒息が、戦闘開始前から止まらない風に押されて海に流れていく。
「厄介だな」
ガスが濃くなっている。
ハンターによる足止めが完全に成功した結果、地面に染みたり地面の凹みに貯まることで濃度が高くなった。
「撃退では毒で海岸が死ぬ」
歪虚を潰せばだいたい消える。つまり潰せなければガスも毒も残る。
甲羅にミサイルが着弾。
巨大な刃が鉄より固い皮膚にめり込む。
優れた武装と武技により敵を削ってはいるが、この調子ではいつ削りきれるか全く分からない。
「残った手は1つだけか」
大きく旋回して距離をとり、亀竜種の船ほどある頭部に向けて急降下。
柄しかない剣を構え、最接近したタイミングで己の生命を刃に変える。
心身から強制的に力が引き抜かれる。
冴え冴えと輝く刀身が一直線に伸び、遠い昔に砕かれたままの骨を通って脳に達した。
「左、1回転」
ワイバーンが鋭く羽ばたく。
激痛に痙攣する亀が無意識の体当たりを行い、ワイバーンが文字通りの紙一重で躱して地面に激突寸前で持ち直す。
「連発はできないが」
ワイバーンが地面を蹴りつけ加速。
散々削られてもまだまだ健在な脚が、直前までクランがいた場所を押しつぶしていた。
「他に手は無いか」
四肢の付け根の筋肉を観察する。
新たな筋肉の盛り上がりを攻撃の予備動作と判断。
これまでの攻防から敵の間合いを推測した上で再度接近した。
ワイバーンの爪が竜種の鼻に当たって火花を散らす。
乗騎により竜種の頭上をとったクランは、己の生命力を無造作につぎ込み新たな刃を穴に突き立てる。
一部漆黒に染まった髪の下、歪虚に対する怒りに染まった瞳に戸惑いが一瞬浮かぶ。
「レナード……と」
盾を持つ手を馴染みがある気配が支える。
竜種が四肢に全力を込め放った突き上げを、クランは大きな盾で受け流し即死を回避した。
クランを乗せたたままワイバーンが滑る。
竜種の首の根元に向かい、未だ刺さったままの2本目の銛に当たって悲鳴をもらす。
「そうか、これのお陰で」
剣を鞘に納め、利き腕で銛の柄を掴む。
亀竜種の全身が一際大きく震え、死角にいるクランを見ようと竜の目が白目を剥いた。
『大事なひとをエスコートするつもりで押したまえ』
芝居がかかった言葉がトランシーバーから聞こえる。
直前の感覚を思い出し、この瞬間だけは怒りを忘れて力を込める。
『うむいい感じだ。優しいだけではないのが満点だね!』
「礼は、言っておく」
柄から手を放す。
ワイバーンがクランの意を察して全力で横へ跳ぶ。
直後亀竜種が凄まじい勢いで横に回転するものの、クランへ攻撃範囲から抜け出している。
「着弾します」
無防備な底面に10発のミサイルが同時着弾。
遠く丘の方向から歓声が響いてくるが、それを為した沙織はHMDの下で憂い顔だ。
「巨大な敵……それだけで脅威ではありますが」
機体肩部に装備中の10連ミサイルランチャー「レプリカント」。
射程と威力と装填の容易さを兼ね備えた非常に有用な武器ではあるのだが、射撃毎にリロードが必要なたため追撃戦闘には向いていない。
「今までガルドブルムを相手取っていたことに比べれば」
巨大亀が手足と頭を器用に振ってさらに反転。
特にボルディアから離れることを意識して着地。弱点でもある頭部を引っ込めようとして刺さったままの銛に邪魔される。
上空から、一度だけ咳が聞こえた。
毒息を吹き散らす風が一瞬弱まり、沙織機を巻き込む進路で低速毒ブレスが伸びてきた。
「この程度苦戦のうちに入りません!」
シールドを展開して地面に突き刺す。
接触時のダメージはそれで0になるが、沙織は油断無くマテリアルカーテンを連続行使しピンク毒霧の範囲から逃れる。
2秒後にカーテンを解除するまで、CAMですら危険な強酸がまとわりついていた。
『こちらクラン。歪虚が逃げるつもりだ。至急退路を』
亀竜種の間近にわだかまるピンク霧の中から、酸に濡れたクランとワイバーンが飛び出してくる。
「ありがとうございます」
発射後のリロードを止め全力で駆け出す。
これまで射撃戦闘に徹していたため余裕のある装甲を活かし、強風が復活し風下になった海側に回り込み亀竜種の傷跡に魔銃を突きつける。
「作戦を足止めと殲滅に切り替えます。追撃の準備を進めて下さい」
引き金を引く。
紫光が巨大竜種の頭から尻尾までを貫き、歪虚の存在する力が目に見えて減った。
●甲羅を砕く
空にある黒竜は、破壊する手筈を整えながら戦場を中止している。
目の良いクランは傷を負った。
スキル無しでも大威力を維持出来るボルディアは、本人は無事でも速度担当のイェジドが酸で消耗した。
普通なら、有力な戦力が2つ脱落すればその時点で負けが確定する。
そんな常識が残る6人により踏みつぶされていく。
『マテリアルカーテン消失しました』
『癒やしの業はこれで終わりだ』
エーデルワイス弐型が押し退けられる。
亀竜種が果てのない海へ逃げ込もうと泳ぎだしたそのとき、延々地味な弓射しかしてこなかったCAMが最も危険な場所へ乗り込んだ。
「封印されていた伝説の竜ってか。十三魔までこの場にいるなんてのは、中々体験できない光景だな」
紅蓮のオファニムが、怒り狂った闘牛をいなすように20メートル超え竜種をあしらっていく。
空気と海に溶けた酸が装甲を侵しても、これまで温存していた装甲はまだまだ保ちそうだ。
「敵の敵は味方と言えりゃあいいんだが」
スラスターを吹かして右脚を躱し、水を伴う体当たりを泳いで避けつつソレル・ユークレース(ka1693)が苦笑する。
「あっちはあれだからな」
己にとり楽しい戦いのためなら同属すら喰らう強欲竜だ。迂闊に扱えば食われねない。
「今回は利用……共闘の真似事をさせてもらうか」
剣を使うと見せてプラズマ弾を飛ばし、残念ながら傷口には当たらずその周囲を焼く。
亀竜種が瞬きする。
術や斧と比べれば弱いと判断して、ソレルのオファニムを無視してより深い場所へ移送後とする。
「俺では力不足か? まあそう思うのは勝手だけどよ」
ぽん、とオファニムの手で亀竜の頭に触れる。
接触の瞬間プラズマが伸び、この戦いだけでも何度も叩かれぐずぐずになった頭部を派手に焼いた。
「っと、酷い波だな」
【グロリオサ】が十数メートル沖へ流される。
亀型竜種の怒りが危機感を上回り、本格的な毒ブレスを風に乗せてばらまこうと大口を開けた。
「ダーリンが協力してくれないのなー」
黒の夢が残りわずかの術を使う。
戦闘開始直後に風の後押しがなかったときと同じく、向かい風の今も炎の術は何の影響を受けない。
亀竜種の口に炎の華が咲く。
上顎から下までこんがり焼けるが、見た目ほどのダメージは与えられていない。
「えい」
濡れた瞳が妖しく光る。
腐っても巨大歪虚なのでひっかかりはしない。ただ、このまま繰り返せば魅了されるのも時間の問題だ。
太く短い四肢で必死にばたつかせ、亀竜種は少しでも海底に近づこうとひたすら足掻く。
「逃げるんじゃねぇこの食肉もどきが」
歪虚の体を戦慄が駆け抜ける。
陸から泳いできた何者かが、甲羅によじ登って角度も揺れも気にせず平然と頭に近づく。
「これが銛な。暴炎使わねぇならまあ当たるだろ」
気軽な口調とは正反対に、魔斧「モレク」の軌道はうっとりするほど美しい。
銛の柄が隠れるまで突き込まれ、突き込まれた体積の表皮が盛り上がり新たなつっかえ棒に。
そしてうまれた激痛が亀竜種を苛む。亀の暴れっぷりが激しく雑になる。
「この期に及んでまだ邪魔するか」
振り落とされたボルディアが水面から顔を出す。
「おら止まれ」
海の水量でも消せない炎が、亀竜の巨体に巻き付き退路を塞いだ。
「本当に、面倒で仕方ない」
ブレスを不発あるいは暴発させて乱入したい! という視線を強烈に感じる。
マッシュは時間をかけてようやく好機を捉え、一見何の変哲も無い矢を亀に向かって放つ。
古より蘇った竜は、拘束を解こうと必死の努力を続けている。
当然急所を隠す動きも大雑把になり、守りを打ち砕く矢が頭の穴にめり込むのを許してしまった。
「肉で釣れる分犬の方がマシですな。後8秒」
「海が邪魔でひっくり返すのが無理な今、あるいは最後のチャンスかも知れないね。よかろう! 形振り構わず月の名を持つ機が陽光の力を今こそ借りよう」
趣味的なデザインのはずの試作波動銃が神々しいマテリアルを纏う。
複数の強大な歪虚に対抗するかのように精霊の気配が増し、銃口から恒星を思わせる光が漏れ出す。
「真価を明らかにしたまえアマテラス!」
体当たりである。
派手な後半医術に備えていた亀竜種が戸惑い、怒り、暴れようとしたタイミングで引き金が引かれる。
光が頭上の穴から内側へ入り、肉も脂も骨まで浄化しながら体の中央へ突き刺さる。
「効果終了。……残弾はぎりぎりですな。最悪の場合は地域全体の避難を促すしか」
マッシュはヒールを己に使わない。
傷口を狙えないときは常にワイバーンを癒して酸の大気に耐えさせ、自分自身は気力と体力のみで耐えて機会を伺う。
そんな彼に、舌なめずりする黒竜の視線が向けられていた。
「度し難い」
ブレスが漏れ竜の鱗が焼かれる臭い。
亀竜種が恐慌に陥り分泌する臭い。
それら全てを切り裂き、度重なる攻撃で新たに開いた傷跡に矢がめり込む。
斧、炎、銃弾にミサイル。
半数ほどは甲羅や手足に当たるが、的である頭が大きすぎるので残り半分は急所と化した頭を削る。
体液が海へ広がっていく。
歪虚に消化された膨大な命が海という世界へ帰還していく。
竜種が吼える。
最後に残った負のマテリアルを消滅寸前まで燃やして強引に炎の手を引きちぎる。
巻き起こした波に自ら飲まれ、必死にハンターとの距離をとった。
「ファイアブレス」
クランに命じられたワイバーンが必死に火炎弾を打つ。
初期の分厚い護りが嘘のように薄い。
歪虚の底が見えてくる。だがまだ削りきれない。亀竜種の巨体が4分の3まで海に消える。
これまでハンターを援護してきた風が、今度は波を発生させる邪魔者に変わる。
復仇の念に燃える亀竜種が頭まで海の中に入り、そこで全く予想もしていなかったものを対面することになる。
「波を避けるのに時間がかかった。待たせたか?」
紅蓮のオファニムが場違いなほど優雅に泳ぎ、水面から顔だけ出して弓を構えている。
矢では水中を進めない。
そう必死に思い込もうとする歪虚の前で、水中に適応した弓が引き絞れる。
「我慢比べといこうか」
矢を放つ。当たる。ダメージが通る。速度の圧倒的な差で歪虚は逃げられない。
矢を放つ。当たる。ダメージが通る。万一酸で装甲が破れようとも、鍛え抜かれたハンターの心身は長時間の水中戦闘に耐える。
ソレルの片方の眉が楽しげに動く。
大量の矢で覆われた頭が水面を向き、たった1人と1機から逃げるためただひたすら上へ逃げる。
「頭以外を狙っても通らないのがな」
オファニムが泳いで追い抜く。
泳ぎには向いていなくても、ハイマニューバ仕様の移動力があれば無理を通すことは可能だ。
それにおそらく、住民の祈りに反応した精霊の助けが少しはありそうだ。
「ほら。俺達はまだいけるぞ」
全長5メートルの大剣で突きを見舞う。
一度指されで毒々しいピンクの出血が始まると、いやいやと赤子の如く首を振り頭だけを逃がすように水面から突き出した。
海上は晴れていた。
風は止み、鏡のように凪いだ海面の上を1羽のワイバーンが滑空している。
「私の柄ではないのですがね」
マッシュが渾身の力で弓を引く。
20メートル越えの歪虚と1対1で向かい合い、しかも追い詰めているというのは吟遊詩人の装飾過剰話でも滅多にない状況だ。
代われるものなら代わりたい戦士は無数にいるだろうけども、マッシュは頭では理解できても感覚では全く理解出来ない。
「復旧の邪魔です」
獰猛なマテリアルが矢と一体化。
閉じようとする口から入って喉から背骨に達する。
消滅への恐怖が亀竜種を生にしがみつかせる。
1メートルでも岸から離れようと太い手足をばたつかせ、突然襲ってきた痛みで意識が飛ぶ。
白銀の刃が水面から伸び、亀型竜種の喉から脳を見事に貫いていた。
硬かった竜種がピンクの靄に変わ果て、水平線からやって来た風に吹き消される。
「やべぇ、沈みそうだ」
オファニムの頭が何度も波を被り、酸欠寸前で岸にたどり着いたらしい。
●勝利
「ダーリン大丈夫? 結婚する? 添い寝しようか?」
情愛の籠もった言葉だ。
耳にすれば意識が話せなくなり、直接囁かれたなら腰砕けになり何もできなくなる。
ただ、龍にも竜にも届く殺気と戦力も伴っているのがひたすら異様だった。
「おなか減ってる? そもそも良質じゃないかもだけど、ダーリンになら分けてあげるのな」
黒の夢から、柔らかな癖にどこか重いマテリアルが立ち上る。
下向きの風が吹き、半ばは黒の夢に戻って残りは吹き散らされた。
欲しいなら己の牙で奪うとでも言いたげな態度だが、声も思念も降ってこない。
黒竜が器用に喉を掻いている。
閉じられた口の隙間から、溶鉱炉を思わせる光が漏れていた。
対固定目標ブレスなのでハンターにはまず当たらない。聖堂に撃っても八つ当たりにもならないので自分自身で処理するしか無い。
「ふっ、ガルドブルム君。あんな亀ごときよりも君が重視する存在はここにある」
酸で煤けた機体が黒竜に指を突きつける。
「そう、私達だ。覚えておきたまえ。私の名前は久我・御言! この程度の竜どころか、貴様を超える脅威であると!」
ガルドブルムがにやりと笑う。
物理的に影響のある情報支援を思い出し今実際に味わおうかと考え、またブレスが漏れているのに気づいて口を閉じ肩を落とす。
竜翼に力を込めて加速する。
勝敗はつかなくても思い切り暴れた暴れられので、とてもすっきりした様子だった。
ユーレンは1人海に潜った。
役目が終わり精霊の加護も薄れた銛を回収。
支援物資の受け入れに忙しい聖堂へ慎重に運ぶ。
保存の方法に心底頭を悩ませる司祭が恭しく受け取るのを見てから、黒竜が去った空に鋭い目を向ける。
「此度は力を借りたが、次の巡りでは必ずや十三魔を打倒する。修行を積み、必ずや十三魔ガルドブルムを討ち滅ぼす。いつかおぬしに届いてみせようぞ」
その道が遠く苦難に満ちていることは分かっていても、歩みを止めるつもりは全くなかった。
鋼鉄製の砦が歩いている。
剣も弓も法術も効くとは全く思えない。
時間稼ぎのため己の命を使うつもりで、聖堂戦士達は聖堂の守りを固めていた。
そんな悲壮な決意が呆気なく崩れる。
「なあにあれ」
壮絶な火花を散らし鋼鉄の皮膚を削る巨大な斧。
直視すれば目を焼く光を放ち鋼鉄以上の甲羅を痛み付ける無数の炎。
この地で数百年以上語り継がれ、盛りに盛られた英雄譚よりさらに1周り派手な戦場が現実に起きている。
聖堂戦士達は、鉄兜の下であんぐり口を開けていた。
「酸っぱ臭ぇ」
全高3メートル越えの巨人と化したボルディア・コンフラムス(ka0796)が、心底不機嫌そうに鼻を鳴らす。
膨大な重量を支える4つの短足に力が籠もる。
建造物サイズ、しかも密度は鋼鉄越えの歪虚が巨体を活かした面での攻撃で一気に迫る。
ボルディアの眉間の皺が深くなる。
紅の歪虚が気楽とすらいえる動作で斜め後ろへ跳び、直撃すれば重装甲CAMを潰せる一撃を空振りさせた。
「人がせっかく気持ちよく闘ってるとこによぉ」
腕に力が籠もる。
高位歪虚に踏まれても耐えそうな魔斧が微かに震える。
「何水差してくれてんだテメエェェェ!」
炎の如きマテリアルを爆発させ、全身の力を刃に載せ真横に一閃。
美しい軌道は分厚い装甲に遮られても止まらず、数十センチ以上の深さの傷を刻んで反対側に抜けた。
一瞬後れて破断の音が届く。
衝突時の火花で傷は焦げ、炭に似た臭気が酸い空気に混じる。
4足亀と竜を混ぜて雑に2で割った形の20メートル級竜種が、岩と岩をすりあわせるような悲鳴を出して身もだえした。
「雑な体しやがって」
血臭が微かにしか感じられない。
分厚すぎる装甲が巨大刃によるダメージを小さなものに止めている。
「ねぇ、汝は絶滅危惧種?」
普通の音量であるのに非常に良く通る声が天より降ってくる。
響きは穏やかでも込められた意思は竜種よりも重く、亀竜種は這って後退しながら上を見てしまう。
「万物万象歪虚を含めて全ての生命は大切。けれど」
首元を巨大刃が削る。
異常な攻撃力を持つ、亀竜種にとっての過去最大の脅威のはずだ。
にも関わらず亀竜種は上空の黒い女の方に脅威を感じている。
「罪には、罰を与えねば」
大気から精霊がそそくさと逃げ出す。
空間が目に見えない細かさでひび割れ、一瞬にも満たない間ずれて、戻り、重力波として鋼鉄よりも硬い甲羅を突き抜けた。
柔軟さも兼ね備えた甲羅には傷一つつかない。
だが衝撃を吸収しきるのは不可能で有り、筋が千切れ骨が歪み内臓が危険なほど押さえつけられる。
逆流した血が口と目からこぼれ、頭部に刺さったままの銛の根元にもじわりと滲んだ。
「むー」
黒の夢(ka0187)が唇と尖らせ南を一瞥する。
上空に滞空したままの黒竜はこちらに一切反応していない。
「おー、このままいけそうか?」
黒の夢の耳がボルディアの呟きを拾う。
「我輩は途中で息切れしそうなのな」
高密度のマテリアルが黒い首と美しい背中に複雑な文様を刻む。
火球が甲羅の中央で弾け、飛び散る炎が蝶の如く舞い亀竜種の全身を苛む。
が、マテリアルリンクが切れたため直前の攻撃ほどの効果は無い。
主要な血管のいくつかを焼き潰しただけだ。
「了解。さっきの一撃だけで報酬分以上だ。くっさい酸には気をつけろよ」
イェジドの全身より大きな頭が降ってくる。
指一本の距離で回避しカウンターの一閃を浴びせることも出来ているのに、間近で感ずる敵気配はほとんど衰えていない。
「糞が。傷口がもうちょっとデカけりゃモレクで内側ずたずたにしてやんのによ」
ボルディアの鋭敏な五感は、銛が刺さった箇所の脆さとその範囲の狭さを捉えていた。
●2匹の竜
腹を掠める軌道でワイバーンが黒竜を抜き去った。
明らかに気づいているのに反応は無い。
研ぎ澄まされた殺意を亀型竜種にのみ向けて、災厄の十三魔の一つが喉の奥の炎をより熱く禍々しく溜めていく。
「どっちもどっちにしろ、ここで消えてもらうとすれば、ですな」
ある意味あしらうことの出来るガルドブルムより、破壊しか頭にない亀竜種の方が優先度が高い。
マッシュ・アクラシス(ka0771)はあえてスキルを使わず、馬鹿馬鹿しいほど大きな甲羅に矢を当ててみた。
鏃が衝撃に負け砕け散る。
本当に全く、手応えが無かい。
「腹が見えるまで温存ですな」
大型歪虚相手に貫徹の矢は有効だ。
数に限りがあるのでチャンスを待つ必要がある。
「しかしどう攻めたものか」
弓を構えたまま危険なほどワイバーンを接近させる。
距離が10メートルを切って亀竜種が気づき、接触のタイミングでその巨体をぶつけようと身動き出す。
矢が放たれる。
ワイバーンが回転することで向きをずらして体当たりを擦り抜ける。
そして、何の変哲も無いはずの矢が、2本の銛の間に矢羽根まで突き立った。
20メートル越の巨体に相応しい悲鳴がワイバーンの脳を揺さぶる。
この状況でも冷静な主の手綱に従いながら、ワイバーンは亀竜種に殺到する巨人を視界の隅で確認した。
「綺堂・沙織。エーデルワイス弐式、接敵します!」
『こちら輸送隊。通信が途絶えた後は手信』
機導術でなんとか維持していた後方との通信が途絶える。
細身の白いエクスシアが射程を活かして砲撃に専念。
危なげ無くミサイルを命中させ衝撃を内側まで届ける。
『ダメージが通ったのを確認した』
意識して安堵のため息を封じる。
エーデルワイス弐型が処理した俯瞰図と目の前の光景を同時に見ながら、限界まで携帯してきた予備弾倉の状態も確かめる。
「了解。攻撃を継続します」
弾薬補給以外は最低限の整備しか受けていない自機を労りつつ前へ。
このままいけば勝てる。
ただし、敵が海に逃げたりガルドブルムが動き出せば途端に勝利は遠のくだろう。
「イニシャライズフィールドはいつでも可能です」
「長期戦になりそうだね。可能なら温存を」
「はい!」
「いい返事だ。私も負けていられないね」
久我・御言(ka4137)は相変わらず悪意無しで偉そうだ。
沙織(ka5977)はミサイルによる弾幕を維持しながら苦笑を浮かべようとして、久我の行動に気づいてしまい目を丸くした。
「ハハッ、溜めて溜めて一撃で仕留めようとは大雑把なコトだね、ガルドブルム君」
連戦なのに妙に綺麗な機体が見得を切る。
現実に武力を振るっている亀竜種を気にもせず、空で力を溜めている黒竜を指さし堂々宣言する。
「そんな悠長に構えているならば、この歪虚我らが先に頂いてしまおう!」
挑発には聞こえない。
魔導型デュミナス【月光】は、太陽の光を浴び英雄譚に登場する勇者の如く輝いた。
上空の黒竜に殺気とは異なる気配が増す。
激怒して暴れることも、ハンターと亀竜の戦いに直接介入することもガルドブルムは選ばない。
ブレスのチャージに専念することで、当初の予定よりさらに早めて巨大ブレスを実行する構えだ。
「単純だね。だからこそ怖いともいえるが」
久我は外部音声を切ってつぶやき、怒りに震え毒霧噴出速度を上げた亀竜に振り返る。
「支援を宜しくお願いするよ、諸君」
背部ブーストパック、発動。
座席にめり込むほど押しつけられる中、それまで得られた亀型竜種の情報をまとめて着地予定付近のCAMに送信した。
●古の銛
「退けぬ闘いである以上行かねばならぬ。誰かが行かねばならぬのだ、ならば」
ユーレン(ka6859)の白兵仕様エクスシアが、巨体と壮絶な威力の攻撃が行き来する戦場へ突進する。
「強き術を持たぬ我が足止めするまでよ。我が太刀を味わえ!」
マテリアル製の刃がずるりと伸びる。
亀竜種と比べるとナイフ以下の間合いをほぼ密着することで補い、何度も何度も振るって甲羅ほどではないが異様に分厚い前脚の装甲を削る。
正面衝突を避ける動きも行うため、エクスシアの動きは無様と表現することさえ出来る。
だが前脚は削れている。
亀竜種の注意も時折ユーレン機に向かい、ボルディア達が息継ぎする時間を稼ぎ出す。
「ぬ」
HMD一杯に前脚が。
回避は不可能とみて螺旋槍で受ける。視界の半分をエラー表示が埋め尽くす。
操縦桿越しにも四肢の不具合が感じられ、機体へ意思が反映される時間が数割ほど増える。
装甲の被害も深刻だ。
地面に染みこんだ酸がじわじわ機体を痛めつけてくる。
「まだだ」
片手で数珠を握りしめる。
前脚だけでなく全身でのしかかってくる亀竜種を後ろに跳んで回避。
稼いだ時間で法力をエクスシアに流し込む。
「我が力ではこれが限界か」
機体はすっかり直ったがスキルの方はすっからかんだ。
まだヒールは使えるが一度に回復できるような術では無い。
「だが」
ユーレン機を組み易しと見て亀竜種が仕掛ける。
軽く上半身を浮かせてから頭を振りかぶり、一撃で叩きつぶそうとその巨体を叩きつける。
大地が岩盤まで揺れ大気が震える。
『遅くなったが届いたかね?』
ユーレンの耳に誰かの声が届くが、極限の集中にあるため声を言葉として認識できない。胸部装甲が砕け、顔の前数十センチを岩盤より機体爪先が通過した。
白い機体が腕部に銛を引っかけてスラスターを吹かす。
岩盤に穴が開くような音を立てて引き抜かれるが着地はできずに不時着じみて十数メートル横へ落下する。
ユーレン機が前に跳ぶ。
CAMの両脚で竜種の頭に着地する。
一瞬でも姿勢を誤ればはね飛ばされる状況だ。
左腕で古びた銛を引きちぎるように引き抜き、空いた穴にハンドガンを押しつけ銃口からグレネード弾を叩き込む。
穴からではなく、眼球と喉奥からプラズマの光が見える。
操縦桿越しの手応えはかつてないほどで、黒の夢の大技に匹敵する戦果を挙げた実感があった。
「穴を狙え! そこだけ護りが」
亀竜種が身じろぎする。
スラスターを吹かし回避を試みるが一瞬だけ歪虚が上回りる。
CAMがかちあげられ、大きく飛ばされ地面に落下した。
クラン・クィールス(ka6605)のワイバーンが、亀竜種の鼻先を掠めて飛び注意を引きつける。
口元から零れるピンクの毒息が、戦闘開始前から止まらない風に押されて海に流れていく。
「厄介だな」
ガスが濃くなっている。
ハンターによる足止めが完全に成功した結果、地面に染みたり地面の凹みに貯まることで濃度が高くなった。
「撃退では毒で海岸が死ぬ」
歪虚を潰せばだいたい消える。つまり潰せなければガスも毒も残る。
甲羅にミサイルが着弾。
巨大な刃が鉄より固い皮膚にめり込む。
優れた武装と武技により敵を削ってはいるが、この調子ではいつ削りきれるか全く分からない。
「残った手は1つだけか」
大きく旋回して距離をとり、亀竜種の船ほどある頭部に向けて急降下。
柄しかない剣を構え、最接近したタイミングで己の生命を刃に変える。
心身から強制的に力が引き抜かれる。
冴え冴えと輝く刀身が一直線に伸び、遠い昔に砕かれたままの骨を通って脳に達した。
「左、1回転」
ワイバーンが鋭く羽ばたく。
激痛に痙攣する亀が無意識の体当たりを行い、ワイバーンが文字通りの紙一重で躱して地面に激突寸前で持ち直す。
「連発はできないが」
ワイバーンが地面を蹴りつけ加速。
散々削られてもまだまだ健在な脚が、直前までクランがいた場所を押しつぶしていた。
「他に手は無いか」
四肢の付け根の筋肉を観察する。
新たな筋肉の盛り上がりを攻撃の予備動作と判断。
これまでの攻防から敵の間合いを推測した上で再度接近した。
ワイバーンの爪が竜種の鼻に当たって火花を散らす。
乗騎により竜種の頭上をとったクランは、己の生命力を無造作につぎ込み新たな刃を穴に突き立てる。
一部漆黒に染まった髪の下、歪虚に対する怒りに染まった瞳に戸惑いが一瞬浮かぶ。
「レナード……と」
盾を持つ手を馴染みがある気配が支える。
竜種が四肢に全力を込め放った突き上げを、クランは大きな盾で受け流し即死を回避した。
クランを乗せたたままワイバーンが滑る。
竜種の首の根元に向かい、未だ刺さったままの2本目の銛に当たって悲鳴をもらす。
「そうか、これのお陰で」
剣を鞘に納め、利き腕で銛の柄を掴む。
亀竜種の全身が一際大きく震え、死角にいるクランを見ようと竜の目が白目を剥いた。
『大事なひとをエスコートするつもりで押したまえ』
芝居がかかった言葉がトランシーバーから聞こえる。
直前の感覚を思い出し、この瞬間だけは怒りを忘れて力を込める。
『うむいい感じだ。優しいだけではないのが満点だね!』
「礼は、言っておく」
柄から手を放す。
ワイバーンがクランの意を察して全力で横へ跳ぶ。
直後亀竜種が凄まじい勢いで横に回転するものの、クランへ攻撃範囲から抜け出している。
「着弾します」
無防備な底面に10発のミサイルが同時着弾。
遠く丘の方向から歓声が響いてくるが、それを為した沙織はHMDの下で憂い顔だ。
「巨大な敵……それだけで脅威ではありますが」
機体肩部に装備中の10連ミサイルランチャー「レプリカント」。
射程と威力と装填の容易さを兼ね備えた非常に有用な武器ではあるのだが、射撃毎にリロードが必要なたため追撃戦闘には向いていない。
「今までガルドブルムを相手取っていたことに比べれば」
巨大亀が手足と頭を器用に振ってさらに反転。
特にボルディアから離れることを意識して着地。弱点でもある頭部を引っ込めようとして刺さったままの銛に邪魔される。
上空から、一度だけ咳が聞こえた。
毒息を吹き散らす風が一瞬弱まり、沙織機を巻き込む進路で低速毒ブレスが伸びてきた。
「この程度苦戦のうちに入りません!」
シールドを展開して地面に突き刺す。
接触時のダメージはそれで0になるが、沙織は油断無くマテリアルカーテンを連続行使しピンク毒霧の範囲から逃れる。
2秒後にカーテンを解除するまで、CAMですら危険な強酸がまとわりついていた。
『こちらクラン。歪虚が逃げるつもりだ。至急退路を』
亀竜種の間近にわだかまるピンク霧の中から、酸に濡れたクランとワイバーンが飛び出してくる。
「ありがとうございます」
発射後のリロードを止め全力で駆け出す。
これまで射撃戦闘に徹していたため余裕のある装甲を活かし、強風が復活し風下になった海側に回り込み亀竜種の傷跡に魔銃を突きつける。
「作戦を足止めと殲滅に切り替えます。追撃の準備を進めて下さい」
引き金を引く。
紫光が巨大竜種の頭から尻尾までを貫き、歪虚の存在する力が目に見えて減った。
●甲羅を砕く
空にある黒竜は、破壊する手筈を整えながら戦場を中止している。
目の良いクランは傷を負った。
スキル無しでも大威力を維持出来るボルディアは、本人は無事でも速度担当のイェジドが酸で消耗した。
普通なら、有力な戦力が2つ脱落すればその時点で負けが確定する。
そんな常識が残る6人により踏みつぶされていく。
『マテリアルカーテン消失しました』
『癒やしの業はこれで終わりだ』
エーデルワイス弐型が押し退けられる。
亀竜種が果てのない海へ逃げ込もうと泳ぎだしたそのとき、延々地味な弓射しかしてこなかったCAMが最も危険な場所へ乗り込んだ。
「封印されていた伝説の竜ってか。十三魔までこの場にいるなんてのは、中々体験できない光景だな」
紅蓮のオファニムが、怒り狂った闘牛をいなすように20メートル超え竜種をあしらっていく。
空気と海に溶けた酸が装甲を侵しても、これまで温存していた装甲はまだまだ保ちそうだ。
「敵の敵は味方と言えりゃあいいんだが」
スラスターを吹かして右脚を躱し、水を伴う体当たりを泳いで避けつつソレル・ユークレース(ka1693)が苦笑する。
「あっちはあれだからな」
己にとり楽しい戦いのためなら同属すら喰らう強欲竜だ。迂闊に扱えば食われねない。
「今回は利用……共闘の真似事をさせてもらうか」
剣を使うと見せてプラズマ弾を飛ばし、残念ながら傷口には当たらずその周囲を焼く。
亀竜種が瞬きする。
術や斧と比べれば弱いと判断して、ソレルのオファニムを無視してより深い場所へ移送後とする。
「俺では力不足か? まあそう思うのは勝手だけどよ」
ぽん、とオファニムの手で亀竜の頭に触れる。
接触の瞬間プラズマが伸び、この戦いだけでも何度も叩かれぐずぐずになった頭部を派手に焼いた。
「っと、酷い波だな」
【グロリオサ】が十数メートル沖へ流される。
亀型竜種の怒りが危機感を上回り、本格的な毒ブレスを風に乗せてばらまこうと大口を開けた。
「ダーリンが協力してくれないのなー」
黒の夢が残りわずかの術を使う。
戦闘開始直後に風の後押しがなかったときと同じく、向かい風の今も炎の術は何の影響を受けない。
亀竜種の口に炎の華が咲く。
上顎から下までこんがり焼けるが、見た目ほどのダメージは与えられていない。
「えい」
濡れた瞳が妖しく光る。
腐っても巨大歪虚なのでひっかかりはしない。ただ、このまま繰り返せば魅了されるのも時間の問題だ。
太く短い四肢で必死にばたつかせ、亀竜種は少しでも海底に近づこうとひたすら足掻く。
「逃げるんじゃねぇこの食肉もどきが」
歪虚の体を戦慄が駆け抜ける。
陸から泳いできた何者かが、甲羅によじ登って角度も揺れも気にせず平然と頭に近づく。
「これが銛な。暴炎使わねぇならまあ当たるだろ」
気軽な口調とは正反対に、魔斧「モレク」の軌道はうっとりするほど美しい。
銛の柄が隠れるまで突き込まれ、突き込まれた体積の表皮が盛り上がり新たなつっかえ棒に。
そしてうまれた激痛が亀竜種を苛む。亀の暴れっぷりが激しく雑になる。
「この期に及んでまだ邪魔するか」
振り落とされたボルディアが水面から顔を出す。
「おら止まれ」
海の水量でも消せない炎が、亀竜の巨体に巻き付き退路を塞いだ。
「本当に、面倒で仕方ない」
ブレスを不発あるいは暴発させて乱入したい! という視線を強烈に感じる。
マッシュは時間をかけてようやく好機を捉え、一見何の変哲も無い矢を亀に向かって放つ。
古より蘇った竜は、拘束を解こうと必死の努力を続けている。
当然急所を隠す動きも大雑把になり、守りを打ち砕く矢が頭の穴にめり込むのを許してしまった。
「肉で釣れる分犬の方がマシですな。後8秒」
「海が邪魔でひっくり返すのが無理な今、あるいは最後のチャンスかも知れないね。よかろう! 形振り構わず月の名を持つ機が陽光の力を今こそ借りよう」
趣味的なデザインのはずの試作波動銃が神々しいマテリアルを纏う。
複数の強大な歪虚に対抗するかのように精霊の気配が増し、銃口から恒星を思わせる光が漏れ出す。
「真価を明らかにしたまえアマテラス!」
体当たりである。
派手な後半医術に備えていた亀竜種が戸惑い、怒り、暴れようとしたタイミングで引き金が引かれる。
光が頭上の穴から内側へ入り、肉も脂も骨まで浄化しながら体の中央へ突き刺さる。
「効果終了。……残弾はぎりぎりですな。最悪の場合は地域全体の避難を促すしか」
マッシュはヒールを己に使わない。
傷口を狙えないときは常にワイバーンを癒して酸の大気に耐えさせ、自分自身は気力と体力のみで耐えて機会を伺う。
そんな彼に、舌なめずりする黒竜の視線が向けられていた。
「度し難い」
ブレスが漏れ竜の鱗が焼かれる臭い。
亀竜種が恐慌に陥り分泌する臭い。
それら全てを切り裂き、度重なる攻撃で新たに開いた傷跡に矢がめり込む。
斧、炎、銃弾にミサイル。
半数ほどは甲羅や手足に当たるが、的である頭が大きすぎるので残り半分は急所と化した頭を削る。
体液が海へ広がっていく。
歪虚に消化された膨大な命が海という世界へ帰還していく。
竜種が吼える。
最後に残った負のマテリアルを消滅寸前まで燃やして強引に炎の手を引きちぎる。
巻き起こした波に自ら飲まれ、必死にハンターとの距離をとった。
「ファイアブレス」
クランに命じられたワイバーンが必死に火炎弾を打つ。
初期の分厚い護りが嘘のように薄い。
歪虚の底が見えてくる。だがまだ削りきれない。亀竜種の巨体が4分の3まで海に消える。
これまでハンターを援護してきた風が、今度は波を発生させる邪魔者に変わる。
復仇の念に燃える亀竜種が頭まで海の中に入り、そこで全く予想もしていなかったものを対面することになる。
「波を避けるのに時間がかかった。待たせたか?」
紅蓮のオファニムが場違いなほど優雅に泳ぎ、水面から顔だけ出して弓を構えている。
矢では水中を進めない。
そう必死に思い込もうとする歪虚の前で、水中に適応した弓が引き絞れる。
「我慢比べといこうか」
矢を放つ。当たる。ダメージが通る。速度の圧倒的な差で歪虚は逃げられない。
矢を放つ。当たる。ダメージが通る。万一酸で装甲が破れようとも、鍛え抜かれたハンターの心身は長時間の水中戦闘に耐える。
ソレルの片方の眉が楽しげに動く。
大量の矢で覆われた頭が水面を向き、たった1人と1機から逃げるためただひたすら上へ逃げる。
「頭以外を狙っても通らないのがな」
オファニムが泳いで追い抜く。
泳ぎには向いていなくても、ハイマニューバ仕様の移動力があれば無理を通すことは可能だ。
それにおそらく、住民の祈りに反応した精霊の助けが少しはありそうだ。
「ほら。俺達はまだいけるぞ」
全長5メートルの大剣で突きを見舞う。
一度指されで毒々しいピンクの出血が始まると、いやいやと赤子の如く首を振り頭だけを逃がすように水面から突き出した。
海上は晴れていた。
風は止み、鏡のように凪いだ海面の上を1羽のワイバーンが滑空している。
「私の柄ではないのですがね」
マッシュが渾身の力で弓を引く。
20メートル越えの歪虚と1対1で向かい合い、しかも追い詰めているというのは吟遊詩人の装飾過剰話でも滅多にない状況だ。
代われるものなら代わりたい戦士は無数にいるだろうけども、マッシュは頭では理解できても感覚では全く理解出来ない。
「復旧の邪魔です」
獰猛なマテリアルが矢と一体化。
閉じようとする口から入って喉から背骨に達する。
消滅への恐怖が亀竜種を生にしがみつかせる。
1メートルでも岸から離れようと太い手足をばたつかせ、突然襲ってきた痛みで意識が飛ぶ。
白銀の刃が水面から伸び、亀型竜種の喉から脳を見事に貫いていた。
硬かった竜種がピンクの靄に変わ果て、水平線からやって来た風に吹き消される。
「やべぇ、沈みそうだ」
オファニムの頭が何度も波を被り、酸欠寸前で岸にたどり着いたらしい。
●勝利
「ダーリン大丈夫? 結婚する? 添い寝しようか?」
情愛の籠もった言葉だ。
耳にすれば意識が話せなくなり、直接囁かれたなら腰砕けになり何もできなくなる。
ただ、龍にも竜にも届く殺気と戦力も伴っているのがひたすら異様だった。
「おなか減ってる? そもそも良質じゃないかもだけど、ダーリンになら分けてあげるのな」
黒の夢から、柔らかな癖にどこか重いマテリアルが立ち上る。
下向きの風が吹き、半ばは黒の夢に戻って残りは吹き散らされた。
欲しいなら己の牙で奪うとでも言いたげな態度だが、声も思念も降ってこない。
黒竜が器用に喉を掻いている。
閉じられた口の隙間から、溶鉱炉を思わせる光が漏れていた。
対固定目標ブレスなのでハンターにはまず当たらない。聖堂に撃っても八つ当たりにもならないので自分自身で処理するしか無い。
「ふっ、ガルドブルム君。あんな亀ごときよりも君が重視する存在はここにある」
酸で煤けた機体が黒竜に指を突きつける。
「そう、私達だ。覚えておきたまえ。私の名前は久我・御言! この程度の竜どころか、貴様を超える脅威であると!」
ガルドブルムがにやりと笑う。
物理的に影響のある情報支援を思い出し今実際に味わおうかと考え、またブレスが漏れているのに気づいて口を閉じ肩を落とす。
竜翼に力を込めて加速する。
勝敗はつかなくても思い切り暴れた暴れられので、とてもすっきりした様子だった。
ユーレンは1人海に潜った。
役目が終わり精霊の加護も薄れた銛を回収。
支援物資の受け入れに忙しい聖堂へ慎重に運ぶ。
保存の方法に心底頭を悩ませる司祭が恭しく受け取るのを見てから、黒竜が去った空に鋭い目を向ける。
「此度は力を借りたが、次の巡りでは必ずや十三魔を打倒する。修行を積み、必ずや十三魔ガルドブルムを討ち滅ぼす。いつかおぬしに届いてみせようぞ」
その道が遠く苦難に満ちていることは分かっていても、歩みを止めるつもりは全くなかった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
- 鬼塚 陸(ka0038) → ボルディア・コンフラムス(ka0796)
- リュンルース・アウイン(ka1694) → ソレル・ユークレース(ka1693)
- アウレール・V・ブラオラント(ka2531) → ボルディア・コンフラムス(ka0796)
- ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549) → 黒の夢(ka0187)
- シガレット=ウナギパイ(ka2884) → ボルディア・コンフラムス(ka0796)
- ミオレスカ(ka3496) → 黒の夢(ka0187)
- 桜憐りるか(ka3748) → 黒の夢(ka0187)
- 氷雨 柊(ka6302) → クラン・クィールス(ka6605)
- レナード=クーク(ka6613) → クラン・クィールス(ka6605)
- シエル・ユークレース(ka6648) → ソレル・ユークレース(ka1693)
- 氷雨 柊羽(ka6767) → ソレル・ユークレース(ka1693)
依頼相談掲示板 | |||
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【相談卓】亀と竜と毒の風 黒の夢(ka0187) エルフ|26才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/12/16 10:57:51 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/12/13 00:21:42 |