ゲスト
(ka0000)
【天誓】The Last Song
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2018/01/03 22:00
- 完成日
- 2018/01/18 10:25
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
不破の剣豪ナイトハルトは討たれた。
暴食王ハヴァマールは何処かへ撤退。
それに伴い、ハヴァマールが生み出したと思われる暴食の歪虚達も撤退、もしくは殲滅された。
最初の3日間は国内は祝賀のお祭り騒ぎだった。
何しろハンター達の活躍が――その臨場感たっぷりの様子が帝都内で放映され、見事勝利を収めた。
ハンターを応援する声が上がる度にナイトハルトが弱体化していく様が映っていた。
『ナイトハルト・モンドシャッテは英雄などではなかった』
お祭り騒ぎが鎮まり、その事実が帝国臣民達の心に落ちるまでおおよそ二週間を要した。
徐々に人々は今まで自分達が信じていた者に“裏切られた”かのように振る舞い始めた。
ナイトハルトが他種族を虐殺していたという安記事が出回った。
それどころかナイトハルトは天下の大罪人の如き描かれ方をする記事まで出た。
今まで歌い語り継がれてきた数々の英雄譚が唾棄され、児童向けの物語は切り裂かれ、打ち棄てられていった。
――もっとも、こういった混乱というのは基本的に帝都周辺のみで起こったことである。
これが現代のリアルブルーであれば放送は全国放送であり、情報は常にインターネットを通じリアルタイムで多角的な検証を行えるだけの質と量を求めることが出来るが、一方で帝都にはそんな技術は無く、あの放送を見た人々だけが騒いだに過ぎない。
地方には新聞という形でも出回ったが地方に行けば行くほど識字率は下がる。
文字の読めない人の為に朗読会が行われ、そこで初めて知る者が増える。
「……でもどういうことだい?」
英雄譚の英雄が――かつての圧政を敷いたモンドシャッテ朝の始まりが、『実は英雄でなかった』と聞いてもピンと来ない人々もまだ多い。
ハンター達の活躍を旅芸人達がやや誇張しながら伝えて回るのはまだもう少し後の話しになるだろう。
フランツ・フォルスター(kz0132)は新聞から顔を上げると眼鏡を外し、眉間を揉むように押し込んだ。
この国の隅々にまで正しい知識と歴史が語られた時、この国はどのように変わるのだろうか。
それは楽しみであり、少し怖い気もする。
――しかし、その瞬間に自分は立ち会えないのだろうな。
それがフランツには悔しかった。
●
「旅に出ようと思う」
周囲の熱が落ち着いたのを見て、そう口を開いたのはネグローリだった。
「私の力はあくまで“亜人を刈るための力”。亜人狩りが正義ではなかったとなった今、この力も殆どふるえない」
白いロングローブ、白い仮面、腰まである紫の髪を風に遊ばせているネグローリの声は穏やかだ。
「何しろ英雄譚の私の最後も大概どこかへ旅立ってそのまま行方不明らしいからね。恐らくこれが運命なのだろう」
「……そうですか」
イズン・コスロヴァ(kz0144)はそれを止めなかった。
「お気を付けて」
「有り難う。貴女も……私が言うのも何だが、働き過ぎだと思う」
ネグローリに言われて、初めてイズンの目元が和らいだ。
「お前なんか嫌いだ」
イズンの後ろからフォッカが睨み付けながら唾棄するように告げる。
「……それでいい」
ネグローリの生きた時代では『亜人狩り』それが間違いなく『正義』だった。
事実上その結果として今の帝国がある。
「ただ、世界は変わった。私は世界がどう変わったのかを知りたいと思う」
帝都を中心に英雄譚が書き換えられていく。
ネグローリには“寵姫ローゼマリー”としての側面もあった。
英霊としての力を奪うことで無力化し、ローゼマリーとしての記憶も引き継いだネグローリだが、今後、ネグローリの力はナイトハルト同様奪われ消えていく事になるだろう。
一方でローゼマリーは“猥談”としての側面を色濃く残していく可能性もある。
どんな時代でも下世話な話題は好む者が一定数いるし、性欲は時として文明の発達の一端を担う。
ネグローリが忘れ去られ、ローゼマリーの名だけが残ったとき……その時、英霊としてのネグローリは本当に消滅してしまう可能性をはらんでいる。
「今、事実を事実としてきちんと伝えることが出来るよう、帝国内でも対策班を発起しました。英雄譚として美化するのではなく、歴史の1つとしてきちんと記録を残せるように」
それは神霊樹を辿る必要がある事もあるだろうし、記録が途絶えるなど一筋縄ではいかない事も多いだろう。
それでも、やらなければならない。それが『理想の英雄』を殺した者の責任だろう。
「そうか、宜しく頼む……お前も、達者でな」
「お前じゃねぇし」
牙を剥いて威嚇する猫のような顔でフォッカはネグローリを睨み付ける。
「俺はフォーコ・ファッケル・ツチヤ・火鎚男だ。忘れんじゃねぇぞ!」
いー! と犬歯を見せつけて、フォッカは走り去って行く。
「……困った、長くて覚えられん」
途方に暮れたようなネグローリの言葉にイズンは笑みを深める。
「フォッカで大丈夫ですよ」
フォッカなりに今回の戦いを通して学ぶことがあったのだろう。ならば、あの殺されたドワーフ兵も浮かばれようというものだ。
「ではな」
最後までネグローリから謝罪の言葉はない。
恐らくネグローリは『亜人狩りが悪である』という事実を受け入れられていないのだということにイズンは気付いている。
亜人に一族を殺され、その復讐を糧に生きてきた稀代の魔術師。
旅の先でその呪いにも似た想いが解けるよう、イズンは静かに目を伏せ祈った。
●
「そうだな、私はそろそろ大地に還るかな」
突然のカルトフェル男爵の言葉に帝国兵一同は「はい?」と首を傾げた。
「十分にじゃがいもの布教は行えたしな!」
そう、このカルトフェル男爵。ナイトハルト撃破後、すっかり観光名所の如くなったコロッセオ周辺で屋台を出し、フライドポテトやらポテサラやらを一般人に振る舞いまくっていたのだ。
「芋はどうやって増えるか知っておるかね?」
問う男爵に帝国兵達は顔を見合わせた後、実家がじゃがいも農家の1人がおずおずと手を上げた。
「種芋を植えます」
「その通り」
満足そうに男爵は頷いて、太くて短い人差し指を立てた。
「私は謂わば全身が種芋のようなものでな! 私が此処に居る間は幾らでも芋を分け与えてやることが出来るが、その分、私がいなくなった為に、我が故郷は来年以降のじゃがいもが芽吹かなくなってしまうのだ」
……とんでもない事実が明らかになって、兵士達の間に動揺が走る。
「どうやら大きな戦にならずに済んだようだしな! 故郷に帰って土に還るとしよう。何、また兵糧が足りないなどという事態になったときには駆けつけると約束しようじゃないか!」
はっはっは、と大きな腹を揺らし男爵が豪快に笑った。
「え、ちょ、ちょっと待って下さい、上に報告を入れますから!」
男爵の言葉に狼狽えつつも兵士達は慌てて上官へ連絡を入れたのだった。
不破の剣豪ナイトハルトは討たれた。
暴食王ハヴァマールは何処かへ撤退。
それに伴い、ハヴァマールが生み出したと思われる暴食の歪虚達も撤退、もしくは殲滅された。
最初の3日間は国内は祝賀のお祭り騒ぎだった。
何しろハンター達の活躍が――その臨場感たっぷりの様子が帝都内で放映され、見事勝利を収めた。
ハンターを応援する声が上がる度にナイトハルトが弱体化していく様が映っていた。
『ナイトハルト・モンドシャッテは英雄などではなかった』
お祭り騒ぎが鎮まり、その事実が帝国臣民達の心に落ちるまでおおよそ二週間を要した。
徐々に人々は今まで自分達が信じていた者に“裏切られた”かのように振る舞い始めた。
ナイトハルトが他種族を虐殺していたという安記事が出回った。
それどころかナイトハルトは天下の大罪人の如き描かれ方をする記事まで出た。
今まで歌い語り継がれてきた数々の英雄譚が唾棄され、児童向けの物語は切り裂かれ、打ち棄てられていった。
――もっとも、こういった混乱というのは基本的に帝都周辺のみで起こったことである。
これが現代のリアルブルーであれば放送は全国放送であり、情報は常にインターネットを通じリアルタイムで多角的な検証を行えるだけの質と量を求めることが出来るが、一方で帝都にはそんな技術は無く、あの放送を見た人々だけが騒いだに過ぎない。
地方には新聞という形でも出回ったが地方に行けば行くほど識字率は下がる。
文字の読めない人の為に朗読会が行われ、そこで初めて知る者が増える。
「……でもどういうことだい?」
英雄譚の英雄が――かつての圧政を敷いたモンドシャッテ朝の始まりが、『実は英雄でなかった』と聞いてもピンと来ない人々もまだ多い。
ハンター達の活躍を旅芸人達がやや誇張しながら伝えて回るのはまだもう少し後の話しになるだろう。
フランツ・フォルスター(kz0132)は新聞から顔を上げると眼鏡を外し、眉間を揉むように押し込んだ。
この国の隅々にまで正しい知識と歴史が語られた時、この国はどのように変わるのだろうか。
それは楽しみであり、少し怖い気もする。
――しかし、その瞬間に自分は立ち会えないのだろうな。
それがフランツには悔しかった。
●
「旅に出ようと思う」
周囲の熱が落ち着いたのを見て、そう口を開いたのはネグローリだった。
「私の力はあくまで“亜人を刈るための力”。亜人狩りが正義ではなかったとなった今、この力も殆どふるえない」
白いロングローブ、白い仮面、腰まである紫の髪を風に遊ばせているネグローリの声は穏やかだ。
「何しろ英雄譚の私の最後も大概どこかへ旅立ってそのまま行方不明らしいからね。恐らくこれが運命なのだろう」
「……そうですか」
イズン・コスロヴァ(kz0144)はそれを止めなかった。
「お気を付けて」
「有り難う。貴女も……私が言うのも何だが、働き過ぎだと思う」
ネグローリに言われて、初めてイズンの目元が和らいだ。
「お前なんか嫌いだ」
イズンの後ろからフォッカが睨み付けながら唾棄するように告げる。
「……それでいい」
ネグローリの生きた時代では『亜人狩り』それが間違いなく『正義』だった。
事実上その結果として今の帝国がある。
「ただ、世界は変わった。私は世界がどう変わったのかを知りたいと思う」
帝都を中心に英雄譚が書き換えられていく。
ネグローリには“寵姫ローゼマリー”としての側面もあった。
英霊としての力を奪うことで無力化し、ローゼマリーとしての記憶も引き継いだネグローリだが、今後、ネグローリの力はナイトハルト同様奪われ消えていく事になるだろう。
一方でローゼマリーは“猥談”としての側面を色濃く残していく可能性もある。
どんな時代でも下世話な話題は好む者が一定数いるし、性欲は時として文明の発達の一端を担う。
ネグローリが忘れ去られ、ローゼマリーの名だけが残ったとき……その時、英霊としてのネグローリは本当に消滅してしまう可能性をはらんでいる。
「今、事実を事実としてきちんと伝えることが出来るよう、帝国内でも対策班を発起しました。英雄譚として美化するのではなく、歴史の1つとしてきちんと記録を残せるように」
それは神霊樹を辿る必要がある事もあるだろうし、記録が途絶えるなど一筋縄ではいかない事も多いだろう。
それでも、やらなければならない。それが『理想の英雄』を殺した者の責任だろう。
「そうか、宜しく頼む……お前も、達者でな」
「お前じゃねぇし」
牙を剥いて威嚇する猫のような顔でフォッカはネグローリを睨み付ける。
「俺はフォーコ・ファッケル・ツチヤ・火鎚男だ。忘れんじゃねぇぞ!」
いー! と犬歯を見せつけて、フォッカは走り去って行く。
「……困った、長くて覚えられん」
途方に暮れたようなネグローリの言葉にイズンは笑みを深める。
「フォッカで大丈夫ですよ」
フォッカなりに今回の戦いを通して学ぶことがあったのだろう。ならば、あの殺されたドワーフ兵も浮かばれようというものだ。
「ではな」
最後までネグローリから謝罪の言葉はない。
恐らくネグローリは『亜人狩りが悪である』という事実を受け入れられていないのだということにイズンは気付いている。
亜人に一族を殺され、その復讐を糧に生きてきた稀代の魔術師。
旅の先でその呪いにも似た想いが解けるよう、イズンは静かに目を伏せ祈った。
●
「そうだな、私はそろそろ大地に還るかな」
突然のカルトフェル男爵の言葉に帝国兵一同は「はい?」と首を傾げた。
「十分にじゃがいもの布教は行えたしな!」
そう、このカルトフェル男爵。ナイトハルト撃破後、すっかり観光名所の如くなったコロッセオ周辺で屋台を出し、フライドポテトやらポテサラやらを一般人に振る舞いまくっていたのだ。
「芋はどうやって増えるか知っておるかね?」
問う男爵に帝国兵達は顔を見合わせた後、実家がじゃがいも農家の1人がおずおずと手を上げた。
「種芋を植えます」
「その通り」
満足そうに男爵は頷いて、太くて短い人差し指を立てた。
「私は謂わば全身が種芋のようなものでな! 私が此処に居る間は幾らでも芋を分け与えてやることが出来るが、その分、私がいなくなった為に、我が故郷は来年以降のじゃがいもが芽吹かなくなってしまうのだ」
……とんでもない事実が明らかになって、兵士達の間に動揺が走る。
「どうやら大きな戦にならずに済んだようだしな! 故郷に帰って土に還るとしよう。何、また兵糧が足りないなどという事態になったときには駆けつけると約束しようじゃないか!」
はっはっは、と大きな腹を揺らし男爵が豪快に笑った。
「え、ちょ、ちょっと待って下さい、上に報告を入れますから!」
男爵の言葉に狼狽えつつも兵士達は慌てて上官へ連絡を入れたのだった。
リプレイ本文
●
「ナイトハルト、英雄、帝国……全くもって難しい話だ。こういう時は……言葉で綴るのが一番か」
そう呟くと、リゼリオにあるギルドの一画、【宵闇の館】の書庫にて、1人の男がペンを執った。
これは青の世界より訪れた放浪者、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が綴る物語。
帝国という国でボクが経験した全ての記録。これが喜劇か、悲劇かは読む者によって変わるだろう。
読む者が何を想うかボクは知らない。ただボクは、自分の経験した真実を綴るだけだ。
真っ新なページは瑞々しいインクで装飾され、ペンの走る音は一定のリズムを刻み、静かな室内に響き渡る。
ヒース・R・ウォーカーがその目で見た真実を、綴り記録を残していく。
●
「あ、フォッカ君」
ルナ・レンフィールド(ka1565)の声に振り向いた鎚に宿った炎の精霊である、通称フォッカは瞳を輝かせた。
「あ、おかーさん」
「!?」
思いがけない言葉に思わず動きを止めたルナを見て隣に居たユリアン(ka1664)が思わず噴き出した。
「? 名付けてくれた人のことをおとーさんとおかーさんと言うんじゃ無いのか?」
首を傾げてみせるフォッカに、そういう意味かと納得したルナはようやく我を取り戻し微笑んだ。
「うーんどうなんだろう……とにかく、お疲れ様でした。あと、色々ありがとうございました」
「ハンターの皆のお陰だな」
「フォッカ君はこの後?」
「俺はまだまだサンデルマン様の傍で働きたいから」
そういっていつの間にか握られているフォッカの本体である金鎚を見せる。
ルナが初めて見た時はまだ“鎚”の部分だけだった。今はエルフハイムの英霊から譲って貰った枝で作った柄がぴたりと納まっていて、とても使い勝手の良さそうな金鎚に見える。
そういえばフォッカとは氷姫の湖が最初だったとユリアンは思い出した。
水鏡の精霊もまたきっとこの戦いに力を貸してくれていただろうから、春が来る前に行きたいな、とユリアンは想いを馳せる。
それから、春を告げる花を見にも。
巡りたい場所が多すぎて、ユリアンは自分に少し呆れつつ、周囲を見回す。
「ネグローリを知らないかい?」
彼に聞くのは酷かと思いつつもユリアンが問うと、ギュッと眉間にしわを寄せたフォッカが「ん」と指を指す。
「あっちに歩いて行った」
「……そうか、もう行ってしまったのか」
ユリアンは指差された方角を見つめた後、目を伏せた。
(旅の途中で答えの出てない俺に言える言葉なんてないんだ)
静かに瞳を開き、風に揺れる緑を映しながら小さく呟いた。
「でも、良い旅を。英霊にだって時間の癒しはあって良いと思う」
羊谷 めい(ka0669)は目的の人物の後ろ姿を発見して全力で駆け寄った。
「ネグローリさんっ!」
絶火の騎士 報仇雪恨のネグローリと呼ばれた英霊は、その声に振り返る。
全身を包む白いマントに白いマスク。唯一色があるのは腰まで届く紫色の髪だけ。相変わらず性別を感じさせない中性的な容姿。
だが、あの城で見た光景から“彼女”の事を知ってしまっためいはどうしても伝えたいことがあった。
「わたし、結果としてあなたの過去を暴くようなことをしようとしました。それを謝りたくて。……ごめんなさい」
「何を謝る?」
頭を下げためいに『理解出来ない』と言わんばかりの声が降り注ぎ、めいは両目を瞬かせながら顔を上げた。
「寵姫を討つまで私自身も忘れていた事だ。……いや、“奪われていた”過去だ。今なお歪んだままのため、私は自分事ながらわからない事がまだ多い。その1つを取り戻せた事に礼を言う立場にはあっても、謝罪される立場には無いよ」
めいが困惑気味に柳眉を寄せる。
「それとも、私の過去の一部を知って何か私にかけた言葉が変わったというのなら、聞くが?」
「あのときの言葉に嘘はありません。わたしの心に誓って」
ふるふると大きく首を横に振って、拳を握り締めると、その様子を見てネグローリが小さく笑ったような気がした。
「なら問題ない。まったく、お前達ハンターというのは大胆なわりに変なところで小心だね」
めいの顔の前に白い手袋がおもむろに伸び、思わず身を竦める。
ネグローリは気にした風も無く、めいの髪についていた枯れ葉を摘まみ取ると放った。
「……ありがとうございます」
めいの言葉に頷きを返し、ネグローリが背を向ける。
「……行かれるのですね」
めいの問いに答えは返らない。
(全てを赦せ、だなんて言えないです)
静かに両手を組む。
(あなたの心も、いつか救われますように)
両目を閉じ、ただ、祈った。
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)はナイトハルトとの戦い、さらにはその後の戦いで重体を負った為に医者からは療養を強要され、一方で功労者として式典への参列は強要されるというダブルバインドによるストレスの多い日々を送っていた。
そんな慌ただしい日々を過ごす中感じたのは、『無邪気な民は謡われるまま伝説を信じる』ということ。
「完全な歴史を伝えることなど出来ない。真実はペン先の一点にしかないと言う。綴る程にズレていくのだと。それが事実ならば、仮令政府が中立の記録に努めようとあの日の全てを網羅は出来ない」
歴史対策の話しを聞いたアウレールがそう告げるとイズンは頷いた。
「そうかもしれません。ですが、やらず放置すれば英霊譚のように誰かにとって都合の良い“改竄された物語”ばかりが横行してしまいます。主義主観を挟まず、あくまで起こった事をありのままに残す……それを帝国の民、誰もが知りたいと思った時に知る事が出来るようにしたいのです」
イズンの言葉こそ理想論だ。この国は都市部を除いて貧しく教育は行き届いていない。だが、それを綺麗事だと笑い飛ばす事はこの国の現皇帝の望みを一笑に伏すのと同義だ。
「ナイトハルトが英雄でも罪人でもなく、唯々人であった事を知るのは私達だけだ」
だから、この出来事をまず正しく記録することから始めようとアウレールも頷いた。
(私達もいつか英霊となるのかも知れない、ならばこの仕事は屹度未来の救済なのだ)
ネグローリ、最早貴方の過去は誰にも分からない。
だが、此処に立つ貴方の現在は確かなリアルだ。
せめてこの光景を伝えよう……それで赦してくれるか?
仮初めの身でも、今生見た全ては貴方のものだから。
コロッセオの片隅で、旅立ったという英雄を思いながらアウレールは目を細め、そして次の任務へ向かうために踵を返した。
一番最後にネグローリと会話したのはルイトガルト・レーデル(ka6356)だった。
「私の話しを聞きたい?」
「あぁ。英雄の話は寝物語に楽しく聞いた。それを直接聞けるのは僥倖でな」
大きな戦いが終わり、ひとつの正義は成された。
しかし、それはルイトガルトにとってはあまり馴染めない形での収束だった。
だからこそ、ネグローリの話しが聞きたいとルイトガルトは彼女を探した。
しかし――
「困ったね。私は“力”の部分だけが大袈裟に伝わった半端者だから、過去の記憶と言われても、亜人により一族郎党を殺され、我が君に拾われ、復讐の為に生き、そして政敵に嵌められて死んだ……という非常につまらないストーリーしかないのだよ。何しろ、君たちと寵姫を討つまで本当に寵姫がもう1人の自分だという事も分かっていなかった程だ」
そう言われてしまうと、ルイトガルトとしてはそれ以上問う事も難しい。
「その仮面の下は?」
「“何もない”。何しろ“ネグローリ”は素顔を晒さないことで有名だったからね」
「寵姫のような美貌が隠れているんじゃ無いのか?」
「まさか。……そうだね、思い出せる限りでいいなら、顔には大きな疵痕があったハズだ。だから、素顔を隠した。……少なくとも、寵姫のようなあんな花のかんばせは持ち合わせていなかったよ」
両肩を竦めるネグローリの声は寵姫の甘い美声とはほど遠いハスキーボイスだ。
会話が止まり、2人の間を孤独を苛むような寒風が吹き抜ける。
「そうだ、最後に。貴殿が帝国の北方に向かい、気が向いたら……我が一族の地に来ると良い。旧い、そう、旧い帝国を残す地だ」
また、会おう。英雄。そうルイトガルトが告げるが、ネグローリはそれには応えず背を向けた。
そしてその後、ネグローリの姿を見たものはいなかったという。
●
コロッセオの中央、乾いた土を踏みしめながらユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は独りごちた。
「ナイトハルトは……師匠は、英雄では無かった。ただ、自分の心のままに戦い抜いた一人の戦士なんだって」
初めて交戦した時から刃を交えたのは実に7度。ナイトハルトを師の様に慕っていた自分に気付いたのはいつだったか。
「秘剣を受けた時に感じたマテリアルリンク、あれは英雄視する帝国の民達の祈りじゃなく、夢半ばで散った戦士達の祈りだったんだ」
ユーリは静かに蒼姫刀「魂奏竜胆」と試作振動刀『蒼姫竜胆』を鞘から引き抜くと、比翼・千鳥と名付けた型を演武し、続けざまに秘剣・霹靂の型を舞う。
「師匠が遺した秘剣という証と共に、今度は私が師匠に見せてあげる。夢の果て……その先を」
抜刀した時と同じように静かに納刀すると、ユーリは青く高く澄んだ空を見上げた。
「私の剣は師匠を含む大切なもの達と共に歩む、その未来を斬り拓く剣だから」
誓いはただ胸に刻み。
ユーリは深く頭を下げるとコロッセオを後にしたのだった。
高瀬 未悠(ka3199)はカルトフェル男爵の手を強く握ると、これからもじゃがいも愛とじゃがいも音頭を広めていくと誓った。
「芋婚を成し遂げたら、初めて食べてもらう料理はじゃがいも料理にするわ」
「それはいい! 間違いなく末永く幸せな家庭を築けるだろう!」
男爵が豪快に笑うたびに腹が跳ねるように揺れ、それを直に見たルカ(ka0962)がちょっと感動していたりする。
「あの、男爵が出せるお芋は一種類だけなのですか?」
「あぁ、私は“じゃがいもの父”だからな。残念ながら品種は変えられない」
「そうですか……」
「だが! 君がその広めたい芋を取り寄せ、民衆に広めることが出来れば! 君が、その芋の母となることが出来るだろう!! 頑張り給え!!」
「え!? いやー、それはちょっと荷が重いと言いますか」
『インカのめざめ夫人』のような名前で英霊化してしまった自分を想像して、ルカは慌てて手を振った。
「きゃぁぁ、カルトフェル男爵ですぅ!? 1度お会いしたかったんですぅ!」
見かけた瞬間走り寄って両手で男爵の両手握りしめブンブンと音がしそうな勢いで振っているのは星野 ハナ(ka5852)だ。
「私もじゃが芋大好きなんですよぅ! お噂を聞いて1度お会いしたいと思ってましたぁ! ここで出会えて超絶ラッキーですぅ」
「おぉ?! そうかね、そうかね、それはよかった」
「カレーにスープにポトフにコロッケにサラダにスペイン風オムレツにジャーマンポテトにポテトチップスに……まだまだ数えきれないほどある料理にじゃが芋必須じゃないですかぁ! じゃが芋に不自由しない生活、美味しいじゃが芋に巡り合える生活をこれからも続けたくてぇ……カルトフェル男爵ありがとうございますぅ、これからも美味しいじゃが芋ができるよう世界を見守っていて下さいぃ」
機関銃の如く捲し立ててハナはそのむっちむちな両手をギュッと握り締め、とびきりスマイルで微笑む。
「お、みんなここに居たのか」
男爵を探していた藤堂研司(ka0569)が、人だかりとハナの声に気付いて寄っていく。
「おぉ、シェフコッホ!」
男爵はハナに断りを入れると研司と向き合い、がっしりと握手を交わす。
「男爵、帰るって聞きました。あの時語った芋の新しい可能性……その一端、持ってきました」
そう言って研司は簡易容器を取り出すとその蓋を開けた。
「龍園……寒地との交流が生まれたからこそ作れた一品。昼夜の寒暖差を利用して作る、凍みイモです」
凍み芋はこのままでは食べられないが、臼で引いて粉にしてから団子にしたり、水から煮て戻し、スープに入れたりして食べる保存食の1つだ。
「こっちが帰り道の凍みイモ弁当……あ、この前の芋もちも入ってます。で、こっちの水筒が凍みイモスープです」
清潔な大判のハンカチに包まれた弁当箱と水筒を手渡すと、男爵は感動のあまりに言葉にならない呻き声を上げた。
「有り難う、有り難うこれは食べるのが実に楽しみだ……!」
涙ぐんでいる男爵の前に、静かに1人の女性が歩み寄った。
「初めてお目にかかります、アリア・セリウスです。広めて頂いたジャガイモで、心を救われた者の一人として、遅れながらに感謝を」
アリア・セリウス(ka6424)が微笑みながら差し出したのは、ポテトチップス。
「明日をくれた男爵に感謝を。……今は無理でも、いずれの明日、あの死の王を止める可能性の種を、広めてくれた事に」
広まったジャガイモのお陰で飢饉を乗り切った人も多い筈、とアリアは遠い昔に想いを馳せ、生きているから、喪わない明日と可能性がある事に感謝していた。
「これは……じゃがいも揚げかね?」
バリッと袋を空けて、中の臭いを嗅ぐ。
「旨そうな香りだ」
「そうだな、折角みんな集まったんだし、アクアヴットで一杯やりますか」
「それはいい、作り置きしてきたポテトサラダが奥にある。みんな食べていってくれ!」
研司がボトルを掲げれば、男爵からの思いがけない誘いに一同は顔を見合わせつつも、頷いた。
コロッセオの観客席で輪になるように座り、男爵が杯を掲げた。
「この出逢いに! そして君たちの輝かしい未来に! 乾杯!!」
「「「乾杯」」」
お酒が飲めない者はお茶の入ったコップを掲げ、一気に呷った。
素朴でどこか懐かしい味のするポテトサラダを肴に、銘々じゃがいもの美味しさと素晴らしさ、そしてある者は人々のたくましさを語り、未来への展望を語る。
「本当に、ありがとうございました」
語りたい言葉は沢山あった。しかしどれもうまく言葉に纏まらず、一番伝えたかった言葉だけを研司は男爵へと贈った。
「私こそ、実に素晴らしい顕現体験だった。有り難う」
軽くコップの縁を合わせ乾杯すると、2人は豪快にそれを呑み空けたのだった。
男爵と別れた後、アリアはコロッセオ内を当てもなく歩いていた。
あの日――暴食王ハヴァマールと対峙した時からずっと心のどこかで引っかかっていた事。
『死が救い』
その思想は確かにあるし、間違いだと全てを否定はできない。
多様な正義があるように、沢山の祈りがあるように、そこに正否はないのだとアリアは確かに知っている。
「ただ認められないから、足掻いて戦うだけ」
ただ、それだけの事だとようやく答えを見つけた。
「生きているから、変わる事が出来る。この国のように」
アリアは食べたポテトサラダの味を思い出しては小さく唇で弧を描き、家路へとついた。
未悠はイズン・コスロヴァ(kz0144)の姿を見つけ大きく手を振って近寄った。
「イズン、ちゃんと休めてる? 良かったらこれを食べて」
取り出したのは小さなチョコレート包み。
「有り難うございます……ネグローリと良い貴女といい、最近私は心配されてばかりですね」
イズンが何気なく呟いたその名に、未悠は軽く目を伏せた。
未悠がここに来て一番最初に会ったのがネグローリだった。
「最後に聞いてもいいかしら。貴女にとってナイトハルトはどんな存在だったの」
「我が君主。父であり師であり恩人でありただ一人の王であり私の全て」
その迷いの無い言葉は、未悠が思う苛烈で美しく哀しくて、愛に生きた人というその印象をさらに強めた。
「貴女は幸せだと感じられる瞬間はあった……?」
「さて。幸せを何と定義したものかによる気がするが」
そう言ってネグローリは小さく、確かに小さく笑った。
「我が君と共に過ごした日々は誰にも奪わせない」
「未悠殿?」
名を呼ばれ、未悠は我に返ると目の前のイズンを見た。
「貴女にとって強さとは何?」
前々から聞きたかった事を、率直にイズンへとぶつけた。
イズンは少し驚いた様な表情の後、暫しの沈黙を挟んで口を開いた。
「……分かりません。が、私はただ、交わした『約束』を守るためだけにここにいます」
何気なくイズンが触れた左手。
その薬指には細い銀の指輪が。
――あぁ、貴女も、愛に生きる人だったのね。
小さな驚きと、腑に落ちる感覚の挟間で未悠はイズンの言葉を受け止めたのだった。
●
(正しいって何だろう)
浅黄 小夜(ka3062)は独り頭の中で考え続けていた。
帝国の事情の詳しい所は解らない。
でも、英雄と言われていたナイトハルトは、ある日突然評価がくるっと一転してしまった。
(自分が正しいと思った事をする事と、人からの評価は違う事)
つまりはそういうことなのだろうけれど。
けれど一時は正しいと言いながら、手の平を返す様な事には釈然としなくて、小夜はもやもやを抱えて独り考え続けていた。
「小夜嬢?」
その時、耳に馴染みのある声の主が目の前に立っている事に初めて気付いたのだった。
フォッカと別れた後、コロッセオ周辺を散策していたユリアンとルナは小夜と話しているフランツ・フォルスター(kz0132)を発見して声を掛けた。
「おや、ユリアン殿」
「ユリアンのおにいはん、ルナのおねえはん」
「ご無沙汰しています」
いつもと変わらない2人の笑顔にユリアンも軽く笑みを返し、隣に居るルナをフランツへと紹介した。
「あ、えっと……彼女は俺と妹の友人で、ルナさんです」
「初めまして、ルナ・レンフィールドです」
丁寧に頭を下げたルナを見て、フランツは眼鏡の奥の目を細めた。
「これはご丁寧に。私はフランツ。しがない老人の1人だが、よろしくの」
茶目っ気を感じさせる自己紹介にルナが微笑みを返す。
小夜が見る限り、穏やかに話すフランツに変わった様子は無い。
ナイトハルトと言う人を「好き」だっただろうと思い、心配していたのだが。
「? どうしたね?」
自分を覗き見るその瞳が少し、近い。
「お爺ちゃん……元気、出して、下さいね」
そう小夜が告げると、フランツは小さく笑う。
「有り難う、小夜嬢」
「そういえば」とフランツはユリアンを見た。
「どうかね?」
「……まだ」
「ふむ。焦らずとも良い。ゆっくりといきなさい」
短いやり取りの中でも、2人の間には通じるものがあるのだろう。
ルナにはそれが少し羨ましくて、少しだけ寂しさを感じる。
「この国も、聞き伝わる事全てが真実ではないと、当たり前の事を改めて知ったのは良いのかなって。どうか、末永く見届けて下さい」
ユリアンの言葉にフランツはしっかりと頷く。
「フランツ様」
背筋の伸びた紳士がフランツを呼び、フランツは3人に「ではまたの」と笑って去ってく。
その背を見送りながら、小夜がぽそりと呟いた。
「お爺ちゃん……なんだかちょっと小さくなりました……?」
心配そうな声音に、ユリアンとルナは思わず顔を見合わせ微笑んだ。
「それは、小夜さんが大きくなったからじゃないかな?」
「……?」
初めて会った頃より確かに背は伸びたのだが……そんなに大きくは変わらないはずだ。
(やっぱり、心配)
小夜はもう見えなくなったその背を追うように視線を送った。
小夜とも別れ、ユリアンと再び二人きりになったルナは静かに口を開いた。
「私、もっと強くなりたい、強く在りたい。って思いました。貴方の側で世界を見続ける為に。そして、私の音を奏で続ける為に」
「ルナさん?」
「護られるだけじゃなく、守れるようになりたい。力の強さだけじゃなく、心も強く在りたい。哀しい響きからも耳を逸らさず、受け止め、優しい音に変えれるように」
「唐突にごめんなさい」とルナは笑った。
「いや……また、リュートを聞かせてくれる?」
いつだって自分が窮地に立たされた時に心の中で鳴っているのは彼女の音だと、彼女に告げたらどんな顔をするだろうか。
ユリアンの胸元で淡い紫色のビーズで作られたマント留めが熱を放っているような気がした。
●
浄化術は不得手だが、何か手伝える事は無いか? と鞍馬 真(ka5819)が再生事業担当の帝国兵に声を掛けると、「とにかく木を植えて欲しい」とトラックいっぱいの苗木を指差された。
苗木の入ったケースを抱えて林へと入り、歩いていると思考は先日の戦いを思い出させた。
私は元々異種族に対する偏見とかは無いけど、それでも最終的に精霊や多様な種族が共闘した最終決戦は、楽しかったというか、不思議な高揚があった。
世界全体から見れば、一つの戦いが終わったに過ぎないのだろうし、まだまだ種族間の溝とかはあるんだろうけど。
ただ戦いが終わったのではなく、より良い未来に向けての一歩を踏み出せたんだ。
真は苗木を植えている人達の傍にケースを置くと、空のケースを今度は抱えてトラックへと戻る。
吹き抜ける風は冷たく、常緑樹の枝葉の間から零れる日差しは弱々しいが暖かい。
「……そう信じよう」
遠くで小鳥の囀りが聞こえ、真は目を細める。
「うん。まずは目の前の仕事を頑張ろう」
空のケースを荷台へと戻すと真は気合いを入れ直し、次の苗木入りケースを抱えて再び林の中へと入って行った。
「不思議な事には……慣れたと思ったけど……歴史の登場人物が現れたり……やっぱりここは……異世界……」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)にとって今回の戦いは驚きに満ちたものだった。
桜型妖精「アリス」のモイラと一緒に丁寧に植樹しながら、ほぅ、とため息をついた。
帝国の長い歴史の歪みが生んだ戦いだった。
「でもそこにはきっと……この地に住み、住んでいた……沢山の人の人生や、想い、祈りがあって……」
リアルブルーから来たシェリルは自分を傍観者でしかないように感じる一方、向こうになら何かあるのかと問われれば何もない自分に、酷く中途半端さを感じていた。
暴食王が通ったという跡地には見事に何もなく、浄化術が終わった場所から植樹が開始される。
手元の苗木はほんの30cm程だが、視線を前に向ければ4mを越える大きな木々が立っている。
「この木は……ここで……根を張って……」
私は?
シェリルの手が止まった。
以前ならこんなこと思わなかったハズなのに、とシェリルは自分の変化に驚きを隠せない。
「モイラ」
名を呼んで傍へと引き寄せると、小さな友人は首を傾げるようにしてシェリルの手の中に腰掛けた。
「……だけどね。私はココが……大好きだよ」
どうしようもなく悲しい世界の星屑のような輝き。
私もその1つであればいいなとシェリルはモイラへとぎこちなく微笑んだ。
「イズンさん! 浄化、手伝いますよ。酷いんでしょ、ハヴァマールの通った跡」
帝国兵となにやら打ち合わせしていたイズンを見つけ声を掛けると、彼女は2、3指示を出した後キヅカ・リク(ka0038)へと向き直った。
「助かります」
遠目に黙っていると近寄りがたい雰囲気があるが、話してみれば意外にも丁寧に対応をしてくれる人だという事をキヅカは早くも学んでいた。
「私もお手伝いしますね」
「カノンちゃん!」
夜桜 奏音(ka5754)の申し出にキヅカは喜色を浮かべて頷いた。
「ハヴァマールとの戦いで破壊された林を植林しているとあの時の戦いの凄まじさを改めて感じますね」
浄龍樹陣を持って来損ねた奏音は、キヅカが浄化し終えた場所に植樹をしながら呟いた。
「運に助けられた所もあったでしょうが、よく誰も死なずに生き残れました」
「……うん、そうだね」
キヅカも機導浄化術・白虹を発動させてはカートリッジを交換していく。
「生きる事って思った以上に苦しくて。こんなに苦しいなら、そう思う時って正直どこかにあって、けど、それだけじゃない事をこの世界は……教えてくれた」
この浄化術は“ホリィ”と呼ばれた少女が遺してくれたものだ。
あの時――ハヴァマールの進撃を止め続ける間、キヅカを支えたのも大切な人達との思い出に他ならない。
沢山の人達に支えられて今キヅカは立っている。それを、痛感した戦いだった。
「だから、ハヴァマールを追おうと思う。この世界に在るって苦しいだけじゃない、って今ならそう思えるから」
「キヅカさん……えぇ。あの戦いは得るものも大きかったですが、反省するべき所も多いですし、次こそハヴァマールを打倒したいですね」
そんな二人の決意表明をイズンは生真面目な表情のまま聞き、頷いた。
「頼りにしています」
「ま、似たような事を前もいって、今のエルフハイムにぼこぼこにされたんですけどね」
あはははは、と声に出して笑うキヅカに、イズンは少し目を丸くした後、目尻を下げた。
「けど、僕は……忘れたくない。無くしたくないんだ。あの日の思い出は、温もりは、光はあったんだって証明してみせる……必ず」
「私たちも出来る限りバックアップさせていただきます」
「お願いしますね」
イズンの微笑みにキヅカも微笑みで返しながら頭を下げた。
植樹のためにしゃがみ込んでいた奏音は立ち上がると、大きく伸びをして腰を叩いた。
「……これは……本当に一大事業ですね」
「それでも、この区画だけで済みましたから。皆さんの作戦の賜物です」
イズンにそう言われ、奏音は少し複雑そうな顔で微笑み返した。
「キヅカさーん、夜桜さーん」
ルカがぶんぶんと手を振って二人を呼んだ。
「どーした、ルカさん」
「差し入れの芋だんご汁が完成したのですが、如何ですかー!」
小動物が駆け寄るようにキヅカの元へと走り寄ってきたルカは、その傍にイズンがいたことに気付いて「わわっ」と慌てて姿勢を正した。
「イズンさん、先ほどは炊き出しの許可とその道具類の貸出許可を有り難うございました」
ぺこんと頭を下げる様子もどこか小動物染みていて愛らしい。
「構いません。あれで足りましたか?」
「はい、十分でした」
「なら良かったです」
「じゃぁ、ちょっと休憩にしようか?」
イズンとルカの会話に一区切りついたところでキヅカが音頭を取って休憩に入ることにした。
芋だんご汁の入った器で指先を温めながら一口啜る。
「……おいしい」
「うん、すっごい美味しい!」
奏音とキヅカから思わず漏れた声に、ルカは少し照れくさそうに微笑みながら、誘われてやってきた真やシェリルにも器によそって渡す。
寒い日の暖かい汁物は、それだけで人々を芯から温め、笑顔にする。
「生きてるっていいな」
仲間の笑顔を見ながら、そうキヅカはしみじみと実感し、器を空にしたのだった。
●
書庫でこの戦いの顛末を書き付けたヒースは最後にこう付け足した。
これを読む者がいれば行動してほしい
この物語が真実か否かを、自分の力で調べて証明して欲しい
「真実も記録も、変わりゆくものだからねぇ」
呟き、ペンを置く。
インクが乾いたことを確認して、ヒースは積み上げられた紙をまとめると1冊の本のように綴じていった。
そうして、傍らにある本棚へと新しい1冊を仕舞い込むと書庫を後にしたのだった。
「ナイトハルト、英雄、帝国……全くもって難しい話だ。こういう時は……言葉で綴るのが一番か」
そう呟くと、リゼリオにあるギルドの一画、【宵闇の館】の書庫にて、1人の男がペンを執った。
これは青の世界より訪れた放浪者、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が綴る物語。
帝国という国でボクが経験した全ての記録。これが喜劇か、悲劇かは読む者によって変わるだろう。
読む者が何を想うかボクは知らない。ただボクは、自分の経験した真実を綴るだけだ。
真っ新なページは瑞々しいインクで装飾され、ペンの走る音は一定のリズムを刻み、静かな室内に響き渡る。
ヒース・R・ウォーカーがその目で見た真実を、綴り記録を残していく。
●
「あ、フォッカ君」
ルナ・レンフィールド(ka1565)の声に振り向いた鎚に宿った炎の精霊である、通称フォッカは瞳を輝かせた。
「あ、おかーさん」
「!?」
思いがけない言葉に思わず動きを止めたルナを見て隣に居たユリアン(ka1664)が思わず噴き出した。
「? 名付けてくれた人のことをおとーさんとおかーさんと言うんじゃ無いのか?」
首を傾げてみせるフォッカに、そういう意味かと納得したルナはようやく我を取り戻し微笑んだ。
「うーんどうなんだろう……とにかく、お疲れ様でした。あと、色々ありがとうございました」
「ハンターの皆のお陰だな」
「フォッカ君はこの後?」
「俺はまだまだサンデルマン様の傍で働きたいから」
そういっていつの間にか握られているフォッカの本体である金鎚を見せる。
ルナが初めて見た時はまだ“鎚”の部分だけだった。今はエルフハイムの英霊から譲って貰った枝で作った柄がぴたりと納まっていて、とても使い勝手の良さそうな金鎚に見える。
そういえばフォッカとは氷姫の湖が最初だったとユリアンは思い出した。
水鏡の精霊もまたきっとこの戦いに力を貸してくれていただろうから、春が来る前に行きたいな、とユリアンは想いを馳せる。
それから、春を告げる花を見にも。
巡りたい場所が多すぎて、ユリアンは自分に少し呆れつつ、周囲を見回す。
「ネグローリを知らないかい?」
彼に聞くのは酷かと思いつつもユリアンが問うと、ギュッと眉間にしわを寄せたフォッカが「ん」と指を指す。
「あっちに歩いて行った」
「……そうか、もう行ってしまったのか」
ユリアンは指差された方角を見つめた後、目を伏せた。
(旅の途中で答えの出てない俺に言える言葉なんてないんだ)
静かに瞳を開き、風に揺れる緑を映しながら小さく呟いた。
「でも、良い旅を。英霊にだって時間の癒しはあって良いと思う」
羊谷 めい(ka0669)は目的の人物の後ろ姿を発見して全力で駆け寄った。
「ネグローリさんっ!」
絶火の騎士 報仇雪恨のネグローリと呼ばれた英霊は、その声に振り返る。
全身を包む白いマントに白いマスク。唯一色があるのは腰まで届く紫色の髪だけ。相変わらず性別を感じさせない中性的な容姿。
だが、あの城で見た光景から“彼女”の事を知ってしまっためいはどうしても伝えたいことがあった。
「わたし、結果としてあなたの過去を暴くようなことをしようとしました。それを謝りたくて。……ごめんなさい」
「何を謝る?」
頭を下げためいに『理解出来ない』と言わんばかりの声が降り注ぎ、めいは両目を瞬かせながら顔を上げた。
「寵姫を討つまで私自身も忘れていた事だ。……いや、“奪われていた”過去だ。今なお歪んだままのため、私は自分事ながらわからない事がまだ多い。その1つを取り戻せた事に礼を言う立場にはあっても、謝罪される立場には無いよ」
めいが困惑気味に柳眉を寄せる。
「それとも、私の過去の一部を知って何か私にかけた言葉が変わったというのなら、聞くが?」
「あのときの言葉に嘘はありません。わたしの心に誓って」
ふるふると大きく首を横に振って、拳を握り締めると、その様子を見てネグローリが小さく笑ったような気がした。
「なら問題ない。まったく、お前達ハンターというのは大胆なわりに変なところで小心だね」
めいの顔の前に白い手袋がおもむろに伸び、思わず身を竦める。
ネグローリは気にした風も無く、めいの髪についていた枯れ葉を摘まみ取ると放った。
「……ありがとうございます」
めいの言葉に頷きを返し、ネグローリが背を向ける。
「……行かれるのですね」
めいの問いに答えは返らない。
(全てを赦せ、だなんて言えないです)
静かに両手を組む。
(あなたの心も、いつか救われますように)
両目を閉じ、ただ、祈った。
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)はナイトハルトとの戦い、さらにはその後の戦いで重体を負った為に医者からは療養を強要され、一方で功労者として式典への参列は強要されるというダブルバインドによるストレスの多い日々を送っていた。
そんな慌ただしい日々を過ごす中感じたのは、『無邪気な民は謡われるまま伝説を信じる』ということ。
「完全な歴史を伝えることなど出来ない。真実はペン先の一点にしかないと言う。綴る程にズレていくのだと。それが事実ならば、仮令政府が中立の記録に努めようとあの日の全てを網羅は出来ない」
歴史対策の話しを聞いたアウレールがそう告げるとイズンは頷いた。
「そうかもしれません。ですが、やらず放置すれば英霊譚のように誰かにとって都合の良い“改竄された物語”ばかりが横行してしまいます。主義主観を挟まず、あくまで起こった事をありのままに残す……それを帝国の民、誰もが知りたいと思った時に知る事が出来るようにしたいのです」
イズンの言葉こそ理想論だ。この国は都市部を除いて貧しく教育は行き届いていない。だが、それを綺麗事だと笑い飛ばす事はこの国の現皇帝の望みを一笑に伏すのと同義だ。
「ナイトハルトが英雄でも罪人でもなく、唯々人であった事を知るのは私達だけだ」
だから、この出来事をまず正しく記録することから始めようとアウレールも頷いた。
(私達もいつか英霊となるのかも知れない、ならばこの仕事は屹度未来の救済なのだ)
ネグローリ、最早貴方の過去は誰にも分からない。
だが、此処に立つ貴方の現在は確かなリアルだ。
せめてこの光景を伝えよう……それで赦してくれるか?
仮初めの身でも、今生見た全ては貴方のものだから。
コロッセオの片隅で、旅立ったという英雄を思いながらアウレールは目を細め、そして次の任務へ向かうために踵を返した。
一番最後にネグローリと会話したのはルイトガルト・レーデル(ka6356)だった。
「私の話しを聞きたい?」
「あぁ。英雄の話は寝物語に楽しく聞いた。それを直接聞けるのは僥倖でな」
大きな戦いが終わり、ひとつの正義は成された。
しかし、それはルイトガルトにとってはあまり馴染めない形での収束だった。
だからこそ、ネグローリの話しが聞きたいとルイトガルトは彼女を探した。
しかし――
「困ったね。私は“力”の部分だけが大袈裟に伝わった半端者だから、過去の記憶と言われても、亜人により一族郎党を殺され、我が君に拾われ、復讐の為に生き、そして政敵に嵌められて死んだ……という非常につまらないストーリーしかないのだよ。何しろ、君たちと寵姫を討つまで本当に寵姫がもう1人の自分だという事も分かっていなかった程だ」
そう言われてしまうと、ルイトガルトとしてはそれ以上問う事も難しい。
「その仮面の下は?」
「“何もない”。何しろ“ネグローリ”は素顔を晒さないことで有名だったからね」
「寵姫のような美貌が隠れているんじゃ無いのか?」
「まさか。……そうだね、思い出せる限りでいいなら、顔には大きな疵痕があったハズだ。だから、素顔を隠した。……少なくとも、寵姫のようなあんな花のかんばせは持ち合わせていなかったよ」
両肩を竦めるネグローリの声は寵姫の甘い美声とはほど遠いハスキーボイスだ。
会話が止まり、2人の間を孤独を苛むような寒風が吹き抜ける。
「そうだ、最後に。貴殿が帝国の北方に向かい、気が向いたら……我が一族の地に来ると良い。旧い、そう、旧い帝国を残す地だ」
また、会おう。英雄。そうルイトガルトが告げるが、ネグローリはそれには応えず背を向けた。
そしてその後、ネグローリの姿を見たものはいなかったという。
●
コロッセオの中央、乾いた土を踏みしめながらユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は独りごちた。
「ナイトハルトは……師匠は、英雄では無かった。ただ、自分の心のままに戦い抜いた一人の戦士なんだって」
初めて交戦した時から刃を交えたのは実に7度。ナイトハルトを師の様に慕っていた自分に気付いたのはいつだったか。
「秘剣を受けた時に感じたマテリアルリンク、あれは英雄視する帝国の民達の祈りじゃなく、夢半ばで散った戦士達の祈りだったんだ」
ユーリは静かに蒼姫刀「魂奏竜胆」と試作振動刀『蒼姫竜胆』を鞘から引き抜くと、比翼・千鳥と名付けた型を演武し、続けざまに秘剣・霹靂の型を舞う。
「師匠が遺した秘剣という証と共に、今度は私が師匠に見せてあげる。夢の果て……その先を」
抜刀した時と同じように静かに納刀すると、ユーリは青く高く澄んだ空を見上げた。
「私の剣は師匠を含む大切なもの達と共に歩む、その未来を斬り拓く剣だから」
誓いはただ胸に刻み。
ユーリは深く頭を下げるとコロッセオを後にしたのだった。
高瀬 未悠(ka3199)はカルトフェル男爵の手を強く握ると、これからもじゃがいも愛とじゃがいも音頭を広めていくと誓った。
「芋婚を成し遂げたら、初めて食べてもらう料理はじゃがいも料理にするわ」
「それはいい! 間違いなく末永く幸せな家庭を築けるだろう!」
男爵が豪快に笑うたびに腹が跳ねるように揺れ、それを直に見たルカ(ka0962)がちょっと感動していたりする。
「あの、男爵が出せるお芋は一種類だけなのですか?」
「あぁ、私は“じゃがいもの父”だからな。残念ながら品種は変えられない」
「そうですか……」
「だが! 君がその広めたい芋を取り寄せ、民衆に広めることが出来れば! 君が、その芋の母となることが出来るだろう!! 頑張り給え!!」
「え!? いやー、それはちょっと荷が重いと言いますか」
『インカのめざめ夫人』のような名前で英霊化してしまった自分を想像して、ルカは慌てて手を振った。
「きゃぁぁ、カルトフェル男爵ですぅ!? 1度お会いしたかったんですぅ!」
見かけた瞬間走り寄って両手で男爵の両手握りしめブンブンと音がしそうな勢いで振っているのは星野 ハナ(ka5852)だ。
「私もじゃが芋大好きなんですよぅ! お噂を聞いて1度お会いしたいと思ってましたぁ! ここで出会えて超絶ラッキーですぅ」
「おぉ?! そうかね、そうかね、それはよかった」
「カレーにスープにポトフにコロッケにサラダにスペイン風オムレツにジャーマンポテトにポテトチップスに……まだまだ数えきれないほどある料理にじゃが芋必須じゃないですかぁ! じゃが芋に不自由しない生活、美味しいじゃが芋に巡り合える生活をこれからも続けたくてぇ……カルトフェル男爵ありがとうございますぅ、これからも美味しいじゃが芋ができるよう世界を見守っていて下さいぃ」
機関銃の如く捲し立ててハナはそのむっちむちな両手をギュッと握り締め、とびきりスマイルで微笑む。
「お、みんなここに居たのか」
男爵を探していた藤堂研司(ka0569)が、人だかりとハナの声に気付いて寄っていく。
「おぉ、シェフコッホ!」
男爵はハナに断りを入れると研司と向き合い、がっしりと握手を交わす。
「男爵、帰るって聞きました。あの時語った芋の新しい可能性……その一端、持ってきました」
そう言って研司は簡易容器を取り出すとその蓋を開けた。
「龍園……寒地との交流が生まれたからこそ作れた一品。昼夜の寒暖差を利用して作る、凍みイモです」
凍み芋はこのままでは食べられないが、臼で引いて粉にしてから団子にしたり、水から煮て戻し、スープに入れたりして食べる保存食の1つだ。
「こっちが帰り道の凍みイモ弁当……あ、この前の芋もちも入ってます。で、こっちの水筒が凍みイモスープです」
清潔な大判のハンカチに包まれた弁当箱と水筒を手渡すと、男爵は感動のあまりに言葉にならない呻き声を上げた。
「有り難う、有り難うこれは食べるのが実に楽しみだ……!」
涙ぐんでいる男爵の前に、静かに1人の女性が歩み寄った。
「初めてお目にかかります、アリア・セリウスです。広めて頂いたジャガイモで、心を救われた者の一人として、遅れながらに感謝を」
アリア・セリウス(ka6424)が微笑みながら差し出したのは、ポテトチップス。
「明日をくれた男爵に感謝を。……今は無理でも、いずれの明日、あの死の王を止める可能性の種を、広めてくれた事に」
広まったジャガイモのお陰で飢饉を乗り切った人も多い筈、とアリアは遠い昔に想いを馳せ、生きているから、喪わない明日と可能性がある事に感謝していた。
「これは……じゃがいも揚げかね?」
バリッと袋を空けて、中の臭いを嗅ぐ。
「旨そうな香りだ」
「そうだな、折角みんな集まったんだし、アクアヴットで一杯やりますか」
「それはいい、作り置きしてきたポテトサラダが奥にある。みんな食べていってくれ!」
研司がボトルを掲げれば、男爵からの思いがけない誘いに一同は顔を見合わせつつも、頷いた。
コロッセオの観客席で輪になるように座り、男爵が杯を掲げた。
「この出逢いに! そして君たちの輝かしい未来に! 乾杯!!」
「「「乾杯」」」
お酒が飲めない者はお茶の入ったコップを掲げ、一気に呷った。
素朴でどこか懐かしい味のするポテトサラダを肴に、銘々じゃがいもの美味しさと素晴らしさ、そしてある者は人々のたくましさを語り、未来への展望を語る。
「本当に、ありがとうございました」
語りたい言葉は沢山あった。しかしどれもうまく言葉に纏まらず、一番伝えたかった言葉だけを研司は男爵へと贈った。
「私こそ、実に素晴らしい顕現体験だった。有り難う」
軽くコップの縁を合わせ乾杯すると、2人は豪快にそれを呑み空けたのだった。
男爵と別れた後、アリアはコロッセオ内を当てもなく歩いていた。
あの日――暴食王ハヴァマールと対峙した時からずっと心のどこかで引っかかっていた事。
『死が救い』
その思想は確かにあるし、間違いだと全てを否定はできない。
多様な正義があるように、沢山の祈りがあるように、そこに正否はないのだとアリアは確かに知っている。
「ただ認められないから、足掻いて戦うだけ」
ただ、それだけの事だとようやく答えを見つけた。
「生きているから、変わる事が出来る。この国のように」
アリアは食べたポテトサラダの味を思い出しては小さく唇で弧を描き、家路へとついた。
未悠はイズン・コスロヴァ(kz0144)の姿を見つけ大きく手を振って近寄った。
「イズン、ちゃんと休めてる? 良かったらこれを食べて」
取り出したのは小さなチョコレート包み。
「有り難うございます……ネグローリと良い貴女といい、最近私は心配されてばかりですね」
イズンが何気なく呟いたその名に、未悠は軽く目を伏せた。
未悠がここに来て一番最初に会ったのがネグローリだった。
「最後に聞いてもいいかしら。貴女にとってナイトハルトはどんな存在だったの」
「我が君主。父であり師であり恩人でありただ一人の王であり私の全て」
その迷いの無い言葉は、未悠が思う苛烈で美しく哀しくて、愛に生きた人というその印象をさらに強めた。
「貴女は幸せだと感じられる瞬間はあった……?」
「さて。幸せを何と定義したものかによる気がするが」
そう言ってネグローリは小さく、確かに小さく笑った。
「我が君と共に過ごした日々は誰にも奪わせない」
「未悠殿?」
名を呼ばれ、未悠は我に返ると目の前のイズンを見た。
「貴女にとって強さとは何?」
前々から聞きたかった事を、率直にイズンへとぶつけた。
イズンは少し驚いた様な表情の後、暫しの沈黙を挟んで口を開いた。
「……分かりません。が、私はただ、交わした『約束』を守るためだけにここにいます」
何気なくイズンが触れた左手。
その薬指には細い銀の指輪が。
――あぁ、貴女も、愛に生きる人だったのね。
小さな驚きと、腑に落ちる感覚の挟間で未悠はイズンの言葉を受け止めたのだった。
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(正しいって何だろう)
浅黄 小夜(ka3062)は独り頭の中で考え続けていた。
帝国の事情の詳しい所は解らない。
でも、英雄と言われていたナイトハルトは、ある日突然評価がくるっと一転してしまった。
(自分が正しいと思った事をする事と、人からの評価は違う事)
つまりはそういうことなのだろうけれど。
けれど一時は正しいと言いながら、手の平を返す様な事には釈然としなくて、小夜はもやもやを抱えて独り考え続けていた。
「小夜嬢?」
その時、耳に馴染みのある声の主が目の前に立っている事に初めて気付いたのだった。
フォッカと別れた後、コロッセオ周辺を散策していたユリアンとルナは小夜と話しているフランツ・フォルスター(kz0132)を発見して声を掛けた。
「おや、ユリアン殿」
「ユリアンのおにいはん、ルナのおねえはん」
「ご無沙汰しています」
いつもと変わらない2人の笑顔にユリアンも軽く笑みを返し、隣に居るルナをフランツへと紹介した。
「あ、えっと……彼女は俺と妹の友人で、ルナさんです」
「初めまして、ルナ・レンフィールドです」
丁寧に頭を下げたルナを見て、フランツは眼鏡の奥の目を細めた。
「これはご丁寧に。私はフランツ。しがない老人の1人だが、よろしくの」
茶目っ気を感じさせる自己紹介にルナが微笑みを返す。
小夜が見る限り、穏やかに話すフランツに変わった様子は無い。
ナイトハルトと言う人を「好き」だっただろうと思い、心配していたのだが。
「? どうしたね?」
自分を覗き見るその瞳が少し、近い。
「お爺ちゃん……元気、出して、下さいね」
そう小夜が告げると、フランツは小さく笑う。
「有り難う、小夜嬢」
「そういえば」とフランツはユリアンを見た。
「どうかね?」
「……まだ」
「ふむ。焦らずとも良い。ゆっくりといきなさい」
短いやり取りの中でも、2人の間には通じるものがあるのだろう。
ルナにはそれが少し羨ましくて、少しだけ寂しさを感じる。
「この国も、聞き伝わる事全てが真実ではないと、当たり前の事を改めて知ったのは良いのかなって。どうか、末永く見届けて下さい」
ユリアンの言葉にフランツはしっかりと頷く。
「フランツ様」
背筋の伸びた紳士がフランツを呼び、フランツは3人に「ではまたの」と笑って去ってく。
その背を見送りながら、小夜がぽそりと呟いた。
「お爺ちゃん……なんだかちょっと小さくなりました……?」
心配そうな声音に、ユリアンとルナは思わず顔を見合わせ微笑んだ。
「それは、小夜さんが大きくなったからじゃないかな?」
「……?」
初めて会った頃より確かに背は伸びたのだが……そんなに大きくは変わらないはずだ。
(やっぱり、心配)
小夜はもう見えなくなったその背を追うように視線を送った。
小夜とも別れ、ユリアンと再び二人きりになったルナは静かに口を開いた。
「私、もっと強くなりたい、強く在りたい。って思いました。貴方の側で世界を見続ける為に。そして、私の音を奏で続ける為に」
「ルナさん?」
「護られるだけじゃなく、守れるようになりたい。力の強さだけじゃなく、心も強く在りたい。哀しい響きからも耳を逸らさず、受け止め、優しい音に変えれるように」
「唐突にごめんなさい」とルナは笑った。
「いや……また、リュートを聞かせてくれる?」
いつだって自分が窮地に立たされた時に心の中で鳴っているのは彼女の音だと、彼女に告げたらどんな顔をするだろうか。
ユリアンの胸元で淡い紫色のビーズで作られたマント留めが熱を放っているような気がした。
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浄化術は不得手だが、何か手伝える事は無いか? と鞍馬 真(ka5819)が再生事業担当の帝国兵に声を掛けると、「とにかく木を植えて欲しい」とトラックいっぱいの苗木を指差された。
苗木の入ったケースを抱えて林へと入り、歩いていると思考は先日の戦いを思い出させた。
私は元々異種族に対する偏見とかは無いけど、それでも最終的に精霊や多様な種族が共闘した最終決戦は、楽しかったというか、不思議な高揚があった。
世界全体から見れば、一つの戦いが終わったに過ぎないのだろうし、まだまだ種族間の溝とかはあるんだろうけど。
ただ戦いが終わったのではなく、より良い未来に向けての一歩を踏み出せたんだ。
真は苗木を植えている人達の傍にケースを置くと、空のケースを今度は抱えてトラックへと戻る。
吹き抜ける風は冷たく、常緑樹の枝葉の間から零れる日差しは弱々しいが暖かい。
「……そう信じよう」
遠くで小鳥の囀りが聞こえ、真は目を細める。
「うん。まずは目の前の仕事を頑張ろう」
空のケースを荷台へと戻すと真は気合いを入れ直し、次の苗木入りケースを抱えて再び林の中へと入って行った。
「不思議な事には……慣れたと思ったけど……歴史の登場人物が現れたり……やっぱりここは……異世界……」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)にとって今回の戦いは驚きに満ちたものだった。
桜型妖精「アリス」のモイラと一緒に丁寧に植樹しながら、ほぅ、とため息をついた。
帝国の長い歴史の歪みが生んだ戦いだった。
「でもそこにはきっと……この地に住み、住んでいた……沢山の人の人生や、想い、祈りがあって……」
リアルブルーから来たシェリルは自分を傍観者でしかないように感じる一方、向こうになら何かあるのかと問われれば何もない自分に、酷く中途半端さを感じていた。
暴食王が通ったという跡地には見事に何もなく、浄化術が終わった場所から植樹が開始される。
手元の苗木はほんの30cm程だが、視線を前に向ければ4mを越える大きな木々が立っている。
「この木は……ここで……根を張って……」
私は?
シェリルの手が止まった。
以前ならこんなこと思わなかったハズなのに、とシェリルは自分の変化に驚きを隠せない。
「モイラ」
名を呼んで傍へと引き寄せると、小さな友人は首を傾げるようにしてシェリルの手の中に腰掛けた。
「……だけどね。私はココが……大好きだよ」
どうしようもなく悲しい世界の星屑のような輝き。
私もその1つであればいいなとシェリルはモイラへとぎこちなく微笑んだ。
「イズンさん! 浄化、手伝いますよ。酷いんでしょ、ハヴァマールの通った跡」
帝国兵となにやら打ち合わせしていたイズンを見つけ声を掛けると、彼女は2、3指示を出した後キヅカ・リク(ka0038)へと向き直った。
「助かります」
遠目に黙っていると近寄りがたい雰囲気があるが、話してみれば意外にも丁寧に対応をしてくれる人だという事をキヅカは早くも学んでいた。
「私もお手伝いしますね」
「カノンちゃん!」
夜桜 奏音(ka5754)の申し出にキヅカは喜色を浮かべて頷いた。
「ハヴァマールとの戦いで破壊された林を植林しているとあの時の戦いの凄まじさを改めて感じますね」
浄龍樹陣を持って来損ねた奏音は、キヅカが浄化し終えた場所に植樹をしながら呟いた。
「運に助けられた所もあったでしょうが、よく誰も死なずに生き残れました」
「……うん、そうだね」
キヅカも機導浄化術・白虹を発動させてはカートリッジを交換していく。
「生きる事って思った以上に苦しくて。こんなに苦しいなら、そう思う時って正直どこかにあって、けど、それだけじゃない事をこの世界は……教えてくれた」
この浄化術は“ホリィ”と呼ばれた少女が遺してくれたものだ。
あの時――ハヴァマールの進撃を止め続ける間、キヅカを支えたのも大切な人達との思い出に他ならない。
沢山の人達に支えられて今キヅカは立っている。それを、痛感した戦いだった。
「だから、ハヴァマールを追おうと思う。この世界に在るって苦しいだけじゃない、って今ならそう思えるから」
「キヅカさん……えぇ。あの戦いは得るものも大きかったですが、反省するべき所も多いですし、次こそハヴァマールを打倒したいですね」
そんな二人の決意表明をイズンは生真面目な表情のまま聞き、頷いた。
「頼りにしています」
「ま、似たような事を前もいって、今のエルフハイムにぼこぼこにされたんですけどね」
あはははは、と声に出して笑うキヅカに、イズンは少し目を丸くした後、目尻を下げた。
「けど、僕は……忘れたくない。無くしたくないんだ。あの日の思い出は、温もりは、光はあったんだって証明してみせる……必ず」
「私たちも出来る限りバックアップさせていただきます」
「お願いしますね」
イズンの微笑みにキヅカも微笑みで返しながら頭を下げた。
植樹のためにしゃがみ込んでいた奏音は立ち上がると、大きく伸びをして腰を叩いた。
「……これは……本当に一大事業ですね」
「それでも、この区画だけで済みましたから。皆さんの作戦の賜物です」
イズンにそう言われ、奏音は少し複雑そうな顔で微笑み返した。
「キヅカさーん、夜桜さーん」
ルカがぶんぶんと手を振って二人を呼んだ。
「どーした、ルカさん」
「差し入れの芋だんご汁が完成したのですが、如何ですかー!」
小動物が駆け寄るようにキヅカの元へと走り寄ってきたルカは、その傍にイズンがいたことに気付いて「わわっ」と慌てて姿勢を正した。
「イズンさん、先ほどは炊き出しの許可とその道具類の貸出許可を有り難うございました」
ぺこんと頭を下げる様子もどこか小動物染みていて愛らしい。
「構いません。あれで足りましたか?」
「はい、十分でした」
「なら良かったです」
「じゃぁ、ちょっと休憩にしようか?」
イズンとルカの会話に一区切りついたところでキヅカが音頭を取って休憩に入ることにした。
芋だんご汁の入った器で指先を温めながら一口啜る。
「……おいしい」
「うん、すっごい美味しい!」
奏音とキヅカから思わず漏れた声に、ルカは少し照れくさそうに微笑みながら、誘われてやってきた真やシェリルにも器によそって渡す。
寒い日の暖かい汁物は、それだけで人々を芯から温め、笑顔にする。
「生きてるっていいな」
仲間の笑顔を見ながら、そうキヅカはしみじみと実感し、器を空にしたのだった。
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書庫でこの戦いの顛末を書き付けたヒースは最後にこう付け足した。
これを読む者がいれば行動してほしい
この物語が真実か否かを、自分の力で調べて証明して欲しい
「真実も記録も、変わりゆくものだからねぇ」
呟き、ペンを置く。
インクが乾いたことを確認して、ヒースは積み上げられた紙をまとめると1冊の本のように綴じていった。
そうして、傍らにある本棚へと新しい1冊を仕舞い込むと書庫を後にしたのだった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/01/03 08:07:31 |