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「教授、これを着てください」
セントラル中枢部、向こうにこの都市を特徴付ける二又に分かれたビルが見えるその場所にトマーゾ・アルキミア(
kz0214)達がたどり着くや否や、仙堂 紫苑(
ka5953)は彼に何かを手渡した。それはタクティカルスーツだった。だが
「着とる暇なんぞ無いわ。今は一刻が惜しいのでのう」
「それなら早速出発じゃな。トマーゾどんはここに乗るのじゃ」
着用を拒否した教授の手をリーリーのリリンと共に来たカナタ・ハテナ(
ka2130)が引く。確かにここで足を止めている暇はなさそうだ。
教授がリリンの背に乗るや否や、彼女は二人の腰を手早くロープで結びつけた。そしてそんな二人と一匹の周りをリーリー達が取り囲む。
仙堂が騎上でルビー(
kz0208)に作戦を伝えている頃、護衛を勤める時音 ざくろ(
ka1250)はやる気をみなぎらせていた。
「世界を救う力を歪虚達に渡すわけにはいかない、それに何より冒険家としてそこに何があるのかをこの目で見届けたいから!」
一方もう一人、アルマ・A・エインズワース(
ka4901)が逆側に来て口を開く。
「わぅ……僕、先生の実験動物ですからね。先生がしたいようにするのが一番幸せです。……きっとそうですっ」
その鍵は間違いなく教授自身だった。この事は彼にしか出来ない。だが、彼が今からやろうとしていることは……何かを感じ取ったのか、寂しげな目で見つめるアルマ。彼が考えていた思いを、代わりに八島 陽(
ka1442)が語る。
「教授。大精霊の力を回収したら、あなたはどうなる?」
「……ふん、何を心配してくれておるかは知らんがわしはとうに人間とは別の存在になっておる」
悪態を付く教授。その言葉を聞いた八島がプラヴァーに乗り込んだ頃、カナタが話しかけた。
「何となく察しはつくが、この作戦が終ったらベアトリクスどんの事もう少し詳しく話して貰えないかの? カナタ達が今まで戦ってきた歪虚CAM風のベアトリクスと無関係ではないのじゃろう?」
「ああ……無事に終わればな」
「教授、ご無事で居てください」
作戦を聞き終えたルビーがそう言い残し、走り出したのがスタートの合図になった。教授達の後ろに立つR7エクスシアがライフルを構える。
コックピットではフォークス(
ka0570)がモニター越しに戦況を見ていた。既に十分な量のオート・パラディンが立ち並んでいる。そこへ向けて、教授達がこれから走り抜ける道へ向けて。彼女がトリガーを引けば一瞬後に紫色の光線が放たれ、その空間を一気に切り開いていった。
だが、そうやって切り開かれた道を最初に駆け抜けたのはハンター達ではなかった。
『獲物はもらったぞ、ラプラス!』
教授目掛けてマクスウェルが驚異的な速度で飛び出してくる。
「コツコツここまで来たんだ……焦らず、確実に、皆で行こう、ね? ついでにマクスウェルは通さない!」
しかしそれを待ち受ける者達も居た。岩井崎 メル(
ka0520)がDMk4(m)Answerという名の機体を駆ってずずいと前に出る。いかにこの歪虚が強力とはいえ、単純にこの機体のサイズそのものが容易く越えられぬ壁と化す。
「少しでも長く! 足止めさせていただきますわ!」
その横にもうひとりのメル、オファニムに搭乗したメル・ミストラル(
ka1512)が飛び出してくる。機体後方のスラスターが開く。その反動に乗ってすべるように前へ進む。
「シルバーレードル、一緒に、掬いましょう」
さらにもう一機、ミオレスカ(
ka3496)の操縦する魔導型デュミナスが来た。ターゲットのマクスウェルの姿は良く見える。それを一瞥するとサイトを周囲のオート・パラディン達に合わせロックオン、まとめて薙ぎ払いながら突き進む。
集団となってマクスウェルへと向かうハンター達。最後方にはマリエル(
ka0116)が、彼女がセセリさんと呼ぶリーリーに乗って進んでいた。
「話を聞く限り、狂うべくして狂った……いや、狂うも何も、最初からボタンを掛け違えていたといった方が正しいでしょうか」
その前で、狭霧 雷(
ka5296)が手にしているリボルバーの引き金を何度も引き、銃弾を敵へと放っていた。自動兵器達にその弾丸はあまりに小さかった。だが、本命の一撃はその直後に飛んできた。
「私は行動する。マクスウェルの行動を邪魔するその一点で」
雨を告げる鳥(
ka6258)が口の中で呪句を唱える。その言葉が完成すると彼女の足元に七芒星が現れた。程なくしてその頂点は輝き、彼女の頭上へと集まってくる。そして一瞬の地にその光の粒子が槍と化して一直線に走り抜けた。その光の槍は彼らが、そして教授が進むべき道を切り開いていった。
●
マクスウェルが走りハンター達が走る、もう程なくして両者が遭遇するであろうその頃、もう一人の黙示騎士であるラプラスは後方に陣取りその場を動かないでいた。
目的を達成するまで教授をサーバーに近づかせないことが狙いならば、確かに彼女の行動は正しい。
ラプラスは常に公正な行動を取る。そう作ったのはエバーグリーンの過去の文明だった。この世界の過去が教授に襲い掛かっていた。
「エバーグリーン……私には、何の縁も無い所。だからって、どう転ぼうが関係ないなんて言わないわ。私は、この『世界』に今、生きて、これからも『進んで』行くんだから」
しかし、ハンター達は過去を捨て未来へ進もうとしていた。ジェーン・ノーワース(
ka2004)の言うとおり進むべき道はこの先にあった。
彼女をはじめとしたハンター達の一団がマクスウェルとすれ違うように一気に進み出る。狙うはラプラス、ただ一人。
もちろんそうはさせまいとオート・パラディンが襲い来る。壁と壁がぶつかる。だがその前に一歩先んじて飛び出す者達が居た。アウレール・V・ブラオラント(
ka2531)はこの事を予想していた。
それに対する動きもすでに想定済みだった。乗機、PzI-2M ザントメンヒェンのスラスターを開きパラディンたちの間を縫うように高速機動、一気にラプラスへ接近しようとする。
許すまいと動くオート・パラディン達にグリムバルド・グリーンウッド(
ka4409)が動いた。
片手で魔導トライクのアクセルをひねりハンドルを操作しつつ、もう片方の手で魔導拳銃のトリガーを引く。小気味よい射撃音に続いて風を切る音が走った。魔導トライクのサイドカーに乗ったユキウサギが斧を投げる音だった。二つの攻撃は威力は弱いが、一団がラプラスの元に辿り着くのには十分な隙を産み出していた。
『ふむ、CAMとか言ったか。このまま我が対抗するのはフェアではないな』
その様子を見つめていたラプラスは、やおら傍らで機能を停止そいていたオート・パラディンに手を触れる。次の瞬間彼女が大きく口を開け、息を吸い込むとみるみるうちに彼女の体内に自動兵器は吸い込まれていった。
そしてそれだけではなかった。どこに飲み込んだのか、疑問を挟む余地は無かった。一瞬後にムクムクと彼女の身体は膨れ上がり、変化し、4m、5m……自動兵器達と、そしてCAM達と同じ大きさにまで変わっていた。ご丁寧なことにいつの間にかその両手にはマテリアルソードが握られている。
アウレールはモニタ越しにその様子を見ながら、しかし落ち着き払っていた。ここまでの事も、彼の予想の範疇だった。その理屈は常識の範囲を飛び出していても、その行動指針、言うならば黙示騎士としての矜持は掴んでいた。そこから考えれば、ここまでのことも有り得る話だった。
彼は自分の力を逆に利用されないよう、慎重に火器をラプラスに向けて集中させる。それを斬り払い、受け流すラプラス。同じサイズのCAMと人が戦う奇妙な光景が繰り広げられていた。
「世界の為にも、絶対に成功させなくちゃ……!」
そこへ向けてステラ=ライムライト(
ka5122)は愛馬を走らせていた。あっという間に巨大化したラプラスの姿に一瞬戸惑ったものの、すぐにこの大きさなら足元への注意がおろそかになるかもしれないと、いい方に判断していた。
彼女は手綱を握りながら、空いた方の手で刀を握り直す。刀身が震え準備完了。先手を取り一気に終わらせるべく、彼女は走り続けていた。
「皆の作戦は知っている。足を引っ張るつもりはない。ただラプラスと会って話を……拳を交わしてみたかった。それだけだ」
そしてそんな中で、一人後方から自転車を漕いでいた者が居た。ルベーノ・バルバライン(
ka6752)だった。
他のハンター達がラプラスにどう立ち向か、そしてどう教授を守ろうとしているかはわかっている。己には欲望があるが、それを満たすために皆を巻き込むわけには行かない。その答えがここだった。
一団から一人離れ、後ろを走る。恐らく誰も注目していないその場所で彼は車輪を走らせていた。
ルドルフ・デネボラ(
ka3749)はR7エクスシアのスイッチを叩いた。イニシャライズフィールドが展開され周囲に張り巡らされていく。それが完成しきる前に彼はレバーを倒し、機体を既に動かしていた。大型のライフルを腰だめにセットすれば一瞬のうちに弾丸がばらまかれ一帯を制圧していく。こういうとき量は力だ。
そんな彼の元に通信機から戦場各地の様子が入って来る。それを聞きながら素早く判断し、彼は次の行き先を決めていた。
同じくエクスシアの、リインフォースという名の機体に乗る夕凪 沙良(
ka5139)は機体のポジションニングを素早く修正していた。
今まさに飛び出そうとしている教授たちが居て、オート・パラディン達が居る。その両者の間で壁となって止めるのが彼女の役割だった。流れ弾を腕で止め、後ろにそらさないようにしながら少しずつ位置を調整していく。そして。
「さて、教授は先に行ってください、ただ後でベアトリクスについて色々と教えてもらいますよ」
そう一言告げるとマテリアルライフルのトリガーを叩いた。放たれた紫色の光線が戦場を縦断し、オートパラディン達を巻き込んでいく。
その光線が晴れた時、多大なダメージを受けながらも未だ活動を停止しない自動兵器が蠢き始めた。しかしそれが機体を起こした瞬間突然そこに黄色い薔薇が咲いた。次の刹那空間に斬撃が走り、その機体は斬り裂かれていた。
自動兵器を一刀で斬り捨てた正体、それは随分と離れた位置にあった。紅薔薇(
ka4766)だった。
彼女はゴーレムに後方から炸裂弾を連射することだけを命じ、そして自分は前に出ていた。そして刀身がまるで届かない位置からこの一刀を振るっていた。彼女ほどの領域に達すれば、次元の壁を越え空間ごと敵を斬る事など容易い。
「ここが異世界エバーグリーン。話には聞いていましたがが……いえ、感慨にふけるのは後にしましょう。今は作戦を成功させることに努めなくては」
ドラグーンのユウ(
ka6891)にとってこの異世界はまるで経験に無いものだった。龍人は肉体の成長が早い。成熟した見た目の彼女だが、その実社会的な経験は圧倒的に少なかった。
クリムゾンウェストでも驚く出来事の多い彼女にとって、この異世界はあまりに特異だ。
だが、同時にドラグーンは生まれ持っての戦士だった。彼女は相棒のリーリーと共にこの異世界へと羽ばたく。パラディンが迫る時リーリーが飛び立ち、彼女の体を宙で舞わせる。飛び上がった彼女が少し前に居たその場所に、銃弾の雨が降り注ぐ。
「歪虚の方の『ベアトリクス』を完全に止める為にも、協力してもらいますよ」
フィルメリア・クリスティア(
ka3380)はそれだけ教授に伝え終えると、機体のレバーを倒す。圧倒的なスピードで機体が走る。
移動しながら四連カノン砲が火を吹き、その弾が自動兵器達を蹴散らす。しかし、それだけで制圧仕切るには敵機の数も、その耐久性も、余りにも大きかった。
フォークスは機体に搭載されたアサルトライフルのトリガーを引きっぱなしにしていた。弾倉は一瞬のうちに空になるが、そのときには既に次のマガジンが取り付けられていた。銃弾を撃つことと装填することに注力し、空間を面で制圧する。
このようなやり方はそう長くは持たない。だが彼女にとってはこれで十分だった。例えるなら短距離走を全力で駆け抜けるが如く戦い、戦いを、いや、やるべきことを終わらせる。そう腹をくくっていた。
プラヴァーの機内で、八島はエンジン出力のレバーを目一杯倒していた。エネルギーが一気に送り込まれる。余剰出力分が脚部から漏れ出る。それを残しながらエンジンは限界まで回転し機体を走らせれば、そのエネルギーの流れがまるで光の翼のように機体の背後に残っていた。
剣と盾を構えたプラヴァーが全速力で突進すればそれだけで一帯を支配する武器となる。その支配されたエリアを、フィルメリアは圧倒的な速度で走り抜ける。最速で動けるように調整したその成果は存分に発揮された。
そして奴はその武器の先に居た。
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「別にまあ、博士がどうとかはいいんですが……折角会えたんです。崑崙のリベンジといきましょうか!」
こちらへ突進するマクスウェルに、こちらも全速力で突進する。リリティア・オルベール(
ka3054)はそんなことを呟いていた。そんな彼女を追い抜くようにCAMが来る。搭乗していたのはセレスティア(
ka2691)。機体を駆り、こちらからマクスウェルを迎え撃つ。
そしてマクスウェルの移動する先に弾丸が撃ち込まる。この弾丸はこの歪虚を貫くにはあまりに弱く、また方向も違っていた。構わず突進するマクスウェル。しかしその弾丸が彼の移動する場所に撃ち込まれていたことがほんの一瞬動きを止めていた。そこにセレスティアが立ちはだかり、その隙にリリティアが後ろに回る。
「私が、あなたの相手をさせてもらいます」
そして撃ち込まれた弾丸の主であるミオのシルバーレードルは側面を塞ぐように立つ。
その時、もう一方の側面に大きな影が現れた。物言わぬゴーレムの巨体が壁となってそこに鎮座する。これで四方が取り囲まれた。
この相棒と共にここに来たシガレット=ウナギパイ(
ka2884)はそのもう一つ外周で待機していた。マクスウェルを取り囲む二重、三重の壁が、この歪虚が教授をその刃にかけるのを防ぐ。
「倒すと言うのなら、前に出て狩りに来てくださいよ」
『ああ、まずはオマエラから血祭りにあげてやるっ! 次代の守護者が砕け散るザマをジジイに見せてやろう!』
リリティアの挑発にマクスウェルが応じ剣を振り上げる。その時横から槍を構えたメル機が突っ込んできた。そのタイミングは彼女の機体自身が教えてくれていた。
歪虚の動きを計算し、その裏をかく完璧なタイミングにマクスウェルも剣で受け止めるのが精一杯だ。
そしてそこにウナギパイが光の杭を撃ち込む。地面に縫い止め動きを止めるべく放たれた一撃をマクスウェルが何とかかわした瞬間に、レインはそのさらにもう一つ外に壁を一枚作り出していた。
「過去のベアトリクスを知ることで今のベアトリクスの事が少しでも分かればいいのですが」
教授を守るべくマクスウェルに対しての幾重にも重なる包囲網が完成した頃、教授を中心とした一団は沙良の先導で移動を開始していた。
狭霧が後方から射撃による支援を続ける中、彼女は最前線でパラディン達を迎え撃っていた。機体に搭載された刃渡り4mの刀が振るわれれば、さしもの自動兵器達もひとたまりもない。
そしてセントラル中枢への距離が随分と縮まったときだった。一団に合わせて移動を開始していた紅薔薇は刀を鞘に収める。刃の煌めきは殺気の煌めき。ならばそれが鞘に収まれば、彼女を照らす光は断たれ、その姿が影に紛れるのもまた道理だった。誰の意識からも外に立った紅薔薇はたった一人で馬を走らせる。一人と一頭がその場所に近づいていることなど、マクスウェルはもちろん、中枢近くに位置取っていたラプラスにも気づけぬことだった。
ラプラスの元に真っ先にたどり着いたのはステラだった。彼女は馬から飛び降りながら刀を大上段に構える。そこを迎え撃とうとラプラスも剣を振り上げたが、その巨体に変化したゆえに速度は犠牲になっていた。
先手を取ったステラは一気にすべての力を刀に込め袈裟懸けに斬り下ろす。一撃だけではなかった。振り下ろされた刀が一度斬り抜いた瞬間に今度は逆袈裟に振り下ろす。一呼吸の間に二つの斬撃。瞬きする間も無いその刃は確かにラプラスの体を捉えていた。その感触は合った。
『なるほど、これはこういう技か』
しかしステラが見たものは、己が食い込ませた刃がそこに現れた口に飲み込まれようとしている光景だった。何が起こったのか、理解した時にはラプラスは剣を大上段に構えていた。先程ステラがそうしたように。
そこから起こることもステラ自身は良く知っていた。振り下ろされた剣は袈裟懸けから逆袈裟に軌道を変え、連なって敵を斬り裂く。その威力に耐えることなど叶わぬことも彼女自身がよく知っていた。
崩れ落ちたステラの元に、技を写し終え吐き出された彼女の刀が転がり落ちてきた。
「ラプラス、貴公は元オートマトンと聞いた。それが歪虚と化したのは己の意思でか。それとも傀儡扱いしたドクトルらへの復讐か」
ステラが倒された場所にたどり着いたアウレールは攻撃するのではなく、そう問いかけた。それは時間を稼ごうとする狙いも合ったが、彼自身の純粋な興味でもあった。
『何ゆえ我が歪虚になったのか、それは我にもわからぬ』
それに対しラプラスは、あくまで公正に答えようとする。そう作られたからなのか。それだけでは無い気もしていた。
「ただ……」
「ただ?」
『公正であることを是とするよう我を産み出したものが、公正でなかったが故かも知れぬ』
そんな会話が行われていた頃、ここまで駆け抜けてきたジェーンはその勢いのままビルの残骸の壁を蹴り、そして空中から鎌を振り下ろしていた。
着地とと同時に大きく後ろへ飛びラプラスに掴ませまいとする。ここには二人の黙示騎士が居る。もう一人がどう動いても対応できるように、両者に対して集中力を切らさず身構えていた。
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一方その頃、もう一人の黙示騎士であるマクスウェルには多くのハンター達が立ち向かっていた。
「過信かもしれませんが、倒してしまっても、いいですよね?」
ミオはライフルの射程にマクスウェルが収まったことを確認するとここぞとばかりに攻撃を集中させる。弾丸の嵐をマクスウェルへと向ける。
ミオだけではない、皆が攻撃を集中させていた。だが。
『フハハハ、もっと楽しませろ!』
マクスウェルが剣を横薙ぎに振るうと剣気がかまいたちのように放たれ、一気に周囲を斬り裂いていく。確かにマクスウェルの足止めには成功していた。
しかし、この歪虚は足止め程度で無力化するような容易い相手でも無かった。その余りに激しく繰り広げられる攻撃に、教授達の一行も先へ進むことは叶わなかった。
その時だった。マクスウェルは突如剣を握り直すと、地面に向かって垂直に突き立てる。
来る。次に何が起こるのかを、この場に居るハンター達は知っていた。
DMk4(m)Answerという名の機体に乗るメルはその機体の大きさを武器とした。盾を構えマクスウェルの攻撃に耐え続けていた彼女は、背後にハンター達を、そして恐らく近くにいるであろう教授をそのサイズでもって隠す。
八島は素早く機体の盾を掲げ、小刻みに動かし、その機体の全面をカバーしようとする。
ウナギパイは相棒に声をかける。忠実なゴーレムである彼の“相棒”は一歩前に出る。その後ろにウナギパイは滑り込む。彼のやることを理解したハンター達も何人かがそこに身を置いた。
身を置き終わったその刹那、マクスウェルから真紅の光が放出され一気に周囲を染める。抗うことの出来ぬ恐怖を本能から引き起こし、戦線を崩壊させるマクスウェルの切り札。以前この黙示騎士と遭遇したハンター達もこれにより大きな損害を受けていた。
「遥かなる大海。彼方にある蒼穹。万物の果てに導こう。天理に従い還流せよ」
レインはこれを食い止めるため呪句を詠唱する。負のマテリアルを対消滅させる七芒星が脚元に照らし出される。しかしマクスウェルのその負のマテリアルは圧倒的だった。為す術無く彼女の術は押し潰される。そして一瞬で光はこの場所に広がった。
だが、今の彼らには分かっていた。CAMそのものが盾となった。光は壁を越えて進めない。それはたとえ歪虚と言えど逆らうことの出来ない自然の摂理。機体の影に身を隠せば何の問題もなかった。
光が通り過ぎた後、メルは素早く機体の再起動を行う。CAMという壁に守られハンター達は恐怖から逃れたが、その光から守る壁となったCAM自身を守るものは何もなかった。だが、機体にその影響が出る前に一度機体を落として再び立ち上げれば恐怖から逃れることが出来る。
どうしても守れなかったわずかな者達にはもう一人のメルが素早く治療し立て直す。レインは最悪に備え、もし恐怖に震えているものが居ればそれを己の術でもって無理矢理にでも耐えなおそうとしていたが、それは杞憂に終わった。
そして再起動を終えたメルはすかさずアーマーペンチの操作レバーを倒す。不意を突いて放たれたそれにセレスティアの押し付けるシールドが重なればかわす事は無理だった。ペンチが黙示騎士の体を挟み込む。
『ナメるな!』
マクスウェルは剣を斜めに一薙ぎし、強引にペンチを振り払う。メルの機体にも多少のダメージが発生したがこれで戦況は少しこちらに傾いた。その証拠に教授達一行はあの光を前に後退するどころか前進できていた。この距離なら……。
教授と共にリーリーに二人乗りしていたカナタは、自分の周囲に注意を払う。皆が綺麗に影に隠れることが出来た。マクスウェルの光の影響は見られない。メルが作ってくれた隙に前に出ることは出来たと言え、未だこの黙示騎士の攻撃は激しく、突破の光明は見出だせないが、こちらにはその状況を何とかする切り札があった。今はその時をじっと待っていた。
ハンター達と睨み合う形になっていたラプラスの元にフィルメリアの機体が到着し合流する。入り口を先に確保し教授を迎え入れる準備を整えるのが彼女の狙いだった。そのためにはまずこの黙示騎士を排除せねばならない。だが、この黙示騎士に下手な攻撃を行うことは自殺行為だ。その事を彼女は知っていた。どうしようか、そう思った時黙示騎士は突如つぶやいた。
『マクスウェルは加減というものを知らぬから困る』
その時彼女は何かを吸い込んでいた。
「なるほど、これはマクスウェルに対する恐怖が巻き起こり、普通には戦えぬようになるだろう」
何を言っているのか。戸惑い、しびれを切らし、グリムバルドが魔導機械を用いた光線を放って攻撃しようとしたときだった。
ラプラスは突然手にしていた剣を地面に突き立てる。そう、つい先刻マクスウェルがそうしたように。そして次の瞬間、赤い光が彼女の体から放たれ、周囲を一瞬で覆い尽くした。それに対する備えは何もなかった。
『やはり我に出来るのはこの程度か。だが、少なくともあなた達を無力化するには十分だったようだ』
本能的な部分からムクムクと湧き上がるラプラスへの恐怖に抵抗する方法はなかった。震え、跪くことしか出来なかった。
ラプラスが剣を軽く一振りするだけでハンター達は蹴散らされてしまった。彼女はそれを確認するとマクスウェルと交戦しているハンター達へ武器を向けようとしていた。だが。
「待たせたな、ラプラス……さぁ、語り合うぞ」
英雄は遅れてやって来た。集団から一人離れ遅れてラプラスへ向かったことがこの時功を奏した。ルベーノは自転車を乗り捨てると拳を突き出す。
「お前があまりに人臭くて面白いのでな、話をしたかった……こういう場でなければ話もできまい?」
『なるほど、我に一人挑戦しようというのか』
「深く考えなくて構わん。友が居て敵が居て目的がある……充分楽しいとは思わんか、ラプラス」
ラプラスの言葉に一つ頷き答えるルベーノ。そして彼は構えを取る。
『なるほど。ならばフェアに戦おうか』
そして彼女の身体は急速に変形し、元の人とほぼ同じ大きさへと変わっていった。元の姿に戻ったラプラスは改めて剣を構えた。多くのハンター達が倒れるその場所で、一騎打ちが始まろうとしていた。
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誰にも見つからぬように先行していた紅薔薇は中枢部の入り口にたどり着いていた。ここに今のうちにこっそり忍び込むことぐらい容易い。
彼女の目的は、先行して中枢部を確認し、罠が無いか、伏兵がいないかどうかを探すことだった。彼女は建物の中にその体を滑り込ませる。
その頃ルベーノはラプラスに掌底を当て、マテリアルを送り込んでいた。敵を内部から破壊する技だ。しかし他にこの状況で協力してくれる者などおらねば、ただラプラスに向かって放たれた攻撃は彼女の学習の格好の対象となる。
ましてや相手の内部に染み込ませるように放たれる技など、コピーしてくださいと言っているようなものだった。
『あなたはこういう技を使うのか。では我も使わせてもらおう。それがフェアというものだろう』
ラプラスはルベーノの腹部に掌底を当て、負のマテリアルを流し込む。ルベーノの内部から衝撃が広がる。そのダメージに脂汗が滴り落ちる。だが彼には己の技が分かっていた。すかさず自分の腹部に当てられたラプラスの腕を掴み、ねじり倒し、そして正のマテリアルを内部で燃焼させダメージを癒し、またも掌底を打ち込んでいた。愚直なまでにそれを繰り返す。
「お前もまた隣人だ……死んでくれるなよ」
そんな中、彼はラプラスに向かってそう話しかけた。それは偽らざる彼自身の思いだった。その思いは黙示騎士に伝わったのだろうか。
『ふむ、それは難しい質問だ。死とはどういうものなのだろうな』
ラプラスは変わらず、あくまで己に公正であろうとした。誤らぬよう正しく答えられぬ物にはあくまで正しいといえる範囲で言葉を返し、そして教授を通さないという目的に対しても公正であった。
『だが、あなたは中々に公正な判断を下せるようだ。我が使われた技を学び使うことを踏まえて、使われても良い技で攻める。その考えは途中までは正しい。ただ、その事を我が分かってしまえば瓦解するのだよ』
ラプラスは剣を生み出すと一瞬のうちに二太刀浴びせる。ステラを沈めたその技の前に、ルベーノも同じ様に沈むことになった。
『さて、これはこちらから行くべきか』
ラプラスの視線の先にはマクスウェルに足止めをされているハンター達の姿。すると彼女は再びCAMと同じサイズにまで変形し、ずずいと動き始める。
だがそうさせる訳にはいかない。自動兵器達を対処していた者達が敵機の数が少なくなっていたことを確認し、今度はラプラスへの対処を開始する。
ユウはリーリーと共にラプラスの前に飛び出し、一撃を加える。当たるか当たらないかのタイミングで方向転換し飛び去る。飛び去ったらもう一撃を狙って動き始める。黙示騎士相手にこのように戦うことは並ではない。勇猛さで知られたドラグーンである彼女ならではであった。
ルドルフはすかさずショットクローを発射する。それで動きを止めた所に沙良を狙う。だが、そのライフルが発射される前に、ラプラスの両腕が変化しマテリアルライフルと化していた。同時に動きを止めていたはずのショットクローはこぼれ落ちる。
そして放たれる負のマテリアルによる光線。その紫色の光線の一発目がルドルフ機を捉える。ショットクローを打ち出していた腕に直撃する。一方これを交わした沙良機であったが、そこに既に二発目が飛んできていた。
かわしきれないことを判断した彼女はとっさに機体を左腕部でかばう。そこにはマテリアルライフルは装備されていない。持って行かれたとしても一番損害は少ない。その判断は正解だった。モニターに警告表示がいくつも表示された。急所に直撃していたらどうなっていたか……。
まだなんとか戦える。しかしこのままいつまで持つか。焦りの色が広がっていた。
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紅薔薇は中枢部を隈なく探し回っていた。自分が敵ならきっと罠や伏兵を仕掛けるはずだ、その思い込みがもしかしたら目を曇らせていたのかもしれない。想像より時間をかけて調べ終えた彼女の結論は『何も仕掛けられていない』、だった。
よくよく思い返せば、教授はセントラルの土地勘があるようだった。この施設の事にも詳しい。本当に罠がありそうならば、教授程の人間が備えないのも不自然だろう。
落胆と安心を同時に胸に抱えビルから出てきた彼女にカナタからの通信が届く。教授達一行は準備が完了した。あとは切り札を切る時間だ。その鍵を握るのは最後方で炸裂弾をずっと撃ち続けていたゴーレムだった。それに紅薔薇は命令する。炸裂弾を煙幕弾に切り替え、目くらましの間に突破する。その算段だった。
だがゴーレムに命令するには余りにも距離が離れていた。例えあらん限りの声を振り絞って叫んでもゴーレムには届かないだろう。ましてや今は隠密行動中で、大声で合図しては意味がない。
ゴーレムは自律的に判断するような知性も持ち合わせていない。刻令ゴーレムは近くで声をかけたり、直接触れる、或いは有線式のリモコンを操作することで新たな命令を上書きする仕組みなのだという。
あの乱戦の中を走って戻ってはあまりに時間がかかりすぎるし、敵に補足される可能性もある。切り札はあっけなく崩れた。マクスウェルはハンター達が切り札を切ろうとしたことに気づいても居なかった。
その連絡を受けた仙堂は難しい判断を迫られる。答えはもとより出ていた。紅薔薇が命令が届く距離まで戻ってくる事を待つなどこの黙示騎士相手には無理な相談だ。
仙堂は仲間達に強行突破の命令を下す。チャンスは今しか無かった。
「リーリージャンプ……フライハイ!」
ざくろが乗騎に声をかける。それと同時にリーリー達は一斉に羽ばたき、大跳躍でマクスウェルの頭を越える。これならば自動兵器の妨害も受けづらい。しかしその姿を黙示騎士から隠してくれる煙幕はここには無かった。
『ハハハハハッ! どこに行こうというのだ!』
マクスウェルは剣を大きく一振りする。剣気が放たれる。
八島は魔導アーマーに再現されたスラスターを開き、マクスウェルを追う。超高速起動を可能にするようフレームレベルからカスタムを施している彼の機体なら、そのまま追い抜いて回り込むことも可能だった。だがそこに剣気が迫りくる。その剣気は一瞬のうちに魔導アーマーの脚部を斬り裂いていた。
「……くそっ!」
その破壊力の前に魔導アーマーは沈黙していた。
放たれた剣気は扇状に広がり、空へ向かって飛ぶ。その斬撃をリーリーと共に飛んでいるハンター達がかわすのは無理な相談だった。
特に状況判断と命令に意識を集中していた仙堂にとってはどうしようもなかった。マテリアルの鎧を分厚く纏い、耐えられるようにしていたと言っても急所にピンポイントで入ればもはや役には立たない。意識を失い、羽をもがれ仙道の体が墜落していく。
そしてそれは教授を守る他の者達にとっても同じだった。ざくろの腹部が斬り裂かれる。血が流れ落ち意識が朦朧とする。だが、彼はその衝撃から何とか体を立て直すと地面に着地する。
カナタも同じだった。何とか体を張って教授を守ったが、その衝撃にリーリーは耐えられなかった。予定より手前の地点に二人を乗せたリーリーは力なく墜落していく。そして地面に落下、衝撃。教授の老体は、それに耐えられるようには出来ていなかった。
「ぐっ……」
「トマーゾどん、すぐ癒やすのじゃ」
カナタは己の身を顧みず癒やしの力を教授に注ぎ込む。これで教授が受けた傷は消え、もう一度中枢部を目指すための線はつながった。しかしその代償は大きかった。
「貴様、それでは自分は……」
『フン! このオレを無視しようとは……身の程を知れ!』
マクスウェルは追い打ちとばかりにもう一度剣撃を振るう。それを背中で受けたカナタがもう一度立ち上がることなどできなかった。
今、教授は一人残されることになった。だがそれをマクスウェルは待ってはくれない。ここで標的を仕留めるべく剣撃を振るい続ける。
一発目は飛び込んで来たアルマが体を張って受ける。痛撃と引き換えに教授は守られる。そこに二発目が飛ぶ。
「絶対にやらせはしない、ざくろ達は守護者の守り手だ!」
今度はざくろが盾を構え、受け止める。それに痺れを切らせたのだろうか。
『それでジジイを守っているつもりか? ならばこちらから行くぞ!』
マクスウェルは地面を蹴り、高々と飛び上が……ろうとした。しかし、突如として下から現れた巨大な“手”がその体を掴んだ。狭霧が生み出した幻影の手が黙示騎士を掴み、地面へと引き寄せ叩きつけた。
『クソッ! 小賢しいッ!』
マクスウェルは引き寄せられながらその剣をまっすぐ突き出す。その剣は手を生み出した元である狭霧の体を貫いていた。黙示騎士の剣に貫かれて耐えられるものなど居なかった。
だが、これがわずかなチャンスを生んだ。ざくろはリーリーと結びつけていた命綱を握り、足からジェット噴射の様にマテリアルを出してその背中へと戻る。何としても教授を守る。
「ざくろにとって、これが一番の宝だから」
彼の決意は固かった。教授とマクスウェルの間に入り守ろうとする。
「ハッハァー! 良いぜ! オジサンも混ぜろやおめぇら!」
その時、自転車に乗った紫月・海斗(
ka0788)が飛び込んできた。ここに居る誰もの不意を突いたタイミングだった。
「エンジンとか関係ないしな! 静かだしいいぞぅ!」
そして紫月は教授の体を掴む。
「つーわけでトマーゾのおっさん! 乗りな! オジサンの最高にイカス自転車に!」
そのまま彼は自転車を乗り捨て、着地と同時に地面を蹴った。その瞬間足裏からマテリアルが一気に噴出される。二人一緒に高々と空の彼方にすっ飛んでいく。
「自転車に乗っておらんぞ! つーかこれは何じゃ!」
「うっさいおっさん! たどり着ければそれでいいんだよ!」
ラストワンマイルは紫月が埋めた。着地と同時に中枢部ビルへ教授の体を押し込む。こうして何とかタッチダウンは完成した。
●
想定を越えられ裏をかかれた形になったマクスウェルは猛スピードで追走を開始する。その速さに追いつけるものなど誰も居ないかに思えた。だが一人いた。それはリリティアだった。
手裏剣を投げ、それに引かれるように超高速で移動する。走りながらワイヤーウィップを放ち、剣を絡め取ろうとする。対してマクスウェルは横薙ぎに切り払う。反撃をひらりと飛び上がりかわした彼女は着地と同時にスピードを緩めず走る。
「どこへ行くんですか? もう少し、付き合ってもらいますよ!」
『ほう……たった一人でオレを止めるつもりか? 思い上がったな、ハンター!』
そのリリティアの姿を隠れ蓑にしてウナギパイは動いた。光の杭を繰り出しマクスウェルを今度こそ縫いとめるタイミングを伺いつつ、斬撃をもろに体で受けたざくろに近づく。癒やしの力で持ってその傷を塞ぐ。
そしてもう一人、アルマにはマリエルが近づいていた。彼女の癒やしの力で再び走れる様になった彼は気合を入れ直し、リーリーに再度跨る。
「マクスウェルさん。トマーゾ先生の邪魔したらダメですー!」
そしてリーリーは走った。ロケットの様な猛加速でマクスウェルに近づいていった。
一方もう一人の黙示騎士の周りでは、彼女によってハンター達は殲滅させられる目前となっていた。だが、ルベーノが文字通り体を張って稼いでくれた時間が、何とか立て直す機会をくれた。
グリムバルドは機導浄化術を用い、己自身も含めてラプラスへの恐怖に支配された心をゆっくりと解していく。
立ち直ったハンター達は改めてラプラスを止めるべく動く。ジェーンはここまで力を残していた。それをここで使う。款という名のユキウサギに白い防御結界を張ってもらうと、すかさず先を塞ぐように紅色の結界を張っていく。
アウレールは渾身の力で斬機刀を振り回し、派手な行動でラプラスの目を引く。
そして機導浄化術の展開を終えたグリムバルドも、ユキウサギと共に紅白の結界を張っていった。
『なるほど、どうしたものか』
そう言いつつ、ラプラスはまずアウレール機に向けて両手に出現させたマテリアルライフルを放つ。一発なら確かにかわしていた。しかし二発同時に襲い来るものをかわすのは極めて困難だった。腕に被弾するザントメンヒェン。
「どいて……“邪魔”なのよ」
だが、残像を残すほどの高速で移動したジェーンがワイヤーウィップを黙示騎士の腕にからませていた。今度はそんなジェーンにマテリアルライフルのうち一門の先端を向けるラプラス。隠して放たれた二条の紫色の光線だが、一本は逸れ、一本はジェーンの残像しか捉えることはできなかった。 状況を変えるために移動したくても、ラプラスの前には紅色の結界。その意味を彼女自身理解していた。
ジェーンは少なくとも時間稼ぎはこれでできるはずだ、そう信じていた。グリムバルドも手伝ってくれている。倒すことは無理でも……。
しかしその瞬間、その一発は今次の結界を張ろうとしていたグリムバルドを捉えていた。それはザントメンヒェンのもう一本の腕に多大なダメージを与えた流れ弾だったのだが、流れ弾というには範囲も威力も大きすぎた。倒れ落ちるグリムバルド。
両腕操作に対するエラーメッセージが大量に流れる。コックピットの中でアウレールは、しかし落ち着いて次のプランに移行していた。戦闘不能に陥った仲間もたくさんいるがそれに対する心配より先にやることがある。まだ生きているスラスターをもう一度開き、入口の前へと飛び込む。例え両腕は動かなくても、その大きさが壁になる。少なくともしばらくはラプラスの侵入を防げるはずだ。だがそれもいつまで持つか……。
マクスウェルは先を切り開こうと剣を横薙ぎにする。だが。
「邪神を斬ると決めたのに、貴方ごときを恐れて立ち止まってなんて……いられないんですよ!!」
そこにリリティアが飛び込みながら二発斬り結んだ。それをとっさに受け止めるマクスウェル。
『オレごとき……? ならば力づくでも止めてみろッ!』
さらに逆に斬り払うマクスウェル。その一撃はリリティアの脚のみならず辺り一帯をまとめて切り払った。しかし。
「……絶対に通さないですよ!!」
アルマはそれをあえて受けていた。そしてあえて受けることで、体を動かさずに展開した障壁がマクスウェルの体を横にずらした。
そこに各種弾丸の雨が降り注ぐ。ミオのシルバーレードルはありったけの弾を撃ち続けていた。
『――過信かもしれませんが、倒してしまっても、いいですよね?』
今なら思う。その考えは間違いなく過信だった。シルバーレードルにはマクスウェルの剣によってもたらされた深い傷が何本も刻まれていた。耐久性能の高いCAMとは言え、もう一撃受けてしまえばもはや動かなくなるだろう。
それでも彼女はここで戦い続けることを選んだ。最悪のときには己の機体を、いや、己自身を壁にすればいい。そこまでの覚悟が彼女には出来ていた。
セレスティアは一瞬マクスウェルの奥を確認していた。大丈夫、背後を取れたものは居ない。ならば。彼女の機体とほぼ同じ長さのライフルを腰だめに構える。最大出力で放たれるマテリアルライフルが一帯をまとめて薙ぎ払う。
紅薔薇には焦りが生まれていた。ちょっとした判断ミスをきっかけに作戦はほぼ崩壊していた。実際、マクスウェルはあの跳躍作戦を予測できていなかった。煙幕さえあれば、完全に出し抜くことも可能だったはず……。
遅れを取り戻そうとする彼女の思いが焦りに繋がった。彼女は次元ごと、今度はマクスウェルを斬ろうと何度も刀を振るっていた。
レインはこの隙にもう一度壁を展開する。マクスウェルが中枢へと向かうのを一手遅らせることができればそれで良い。そのための土壁が現れ、彼女の前にそびえ立った。
メル・ミストラルは背部に搭載された翼状の装置を展開する。その面からマテリアルを集束し、機内にチャージする。そのエネルギーはコックピットに居る彼女自身に集められ、そして歪虚を倒すという祈りを乗せられて展開した。
機体の前方で円錐状に光が集まっていく。彼女の祈りは聖なる杭へと変わり今顕現した。そしてそれが、数多の弾丸の雨で埋め尽くされたそこに送り込まれた。
弾丸の雨が一度途切れた時そこには聖なる杭により地面に繋ぎ止められたマクスウェルの姿があった。
『ハハハハッ、面白いぞオマエら! 更に腕を上げたな!!』
だが、マクスウェルは動けなくとも剣を振るった。最高の力を込めた一閃が振るわれる。大きく広がった剣気が戦場を駆け抜けたのは一瞬だった。
斬撃はセレスティア機の中枢部を斬り裂く。その一撃は機体の最も弱い部分、すなわちコックピットをも貫いていた。CAMを貫く一撃を体に受けて、耐えられるはずもなかった。
斬撃は離れた位置に居た紅薔薇をも襲っていた。恐らく彼女であれば、普段なら難なく打ち払えたのであろう。しかし焦りが彼女の手元を狂わせた。視界が赤く染まる。それが己の血であることを理解したときには、彼女の意識は闇に沈んでいた。後には舞い散った薔薇の花弁の如く血溜まりが出来ていた。
それは言うならば流れ弾だったのかもしれない。レインの生み出した土壁が横に一直線に切れ、そのまま崩れ落ちる。壁で減衰しているとは言え、その威力は彼女を戦闘不能に追い込むには十分だった。
もはやこれまでか。余りにも被害が出すぎた。これ以上の戦闘継続は、全滅に陥る危険もあった。
●
『貴様ら、聞こえているか? 取り急ぎ、サルベージは成功した』
その時だった。通信機から教授の声が聞こえた。それはこの戦いを終わらせる福音だった。
教授の連絡にほっと胸をなでおろすハンター達の前に、白い肌の少女が現れる。
「ベアトリクス……」
それはハンター達が知るベアトリクスとは全く違う姿だった。しかし、何故かそれがベアトリクスであることを皆がよく知っていた。
彼女は口を開く。それは我々のことを歯牙にもかけていなかった。
「うーん、やっぱり完全なオリジナルじゃないからなー。トマーゾくんには勝てなかったよ。でもまあ、第二目標は達成したよ」
それはシュレディンガーの声だった。
『そうか、ならば仕方あるまい。引き上げるぞマクスウェル』
『オレはまだ戦い足りんぞッ……?!』
「といってもさぁ、もうすぐ援軍がこっちに来るよ? カッツォくんも帰っちゃったみたいだし、アレ全部相手にするのは流石に骨じゃないかな」
『ふむ、彼の者はやはりゲスト、必要なことを終えたら退場したか。それも公正で正しい判断か』
シュレディンガーの指さす先、カッツォや道中の自動兵器を排除し終えたハンターたちが押し寄せてくる。
黙示騎士三体であれば、更に対応することは不可能ではない。だが、既にここで成すべきことは終えている。
『フン、命拾いしたな……。せいぜいオレ以外の奴にジジイが殺されないよう、しっかり守っておけ!』
マクスウェルの高笑いが響き渡る。そして三人の黙示騎士は黒い光に包まれ掻き消えた。
程なく教授は戻ってくるだろう。字面だけ見れば作戦は成功、しかしそうとはとても言えない、いや、言いたくないほどハンター達に出た被害は大きかった。