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【蒼乱】「崑崙基地防衛戦B ベアトリクス迎撃」 リプレイ


▼ダブルグランドシナリオ「崑崙基地防衛戦」(7/26?8/16)▼
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作戦2:ベアトリクス迎撃 リプレイ
- ベアトリクス
- 夕凪 沙良(ka5139)
- リリィ(ka5139unit001)
- キャリコ・ビューイ(ka5044)
- バーグラリーウルフ(ka5044unit001)
- 狭霧 雷(ka5296)
- ファフニール(ka5296unit001)
- マリィア・バルデス(ka5848)
- アーサー・ホーガン(ka0471)
- クリスティン・ガフ(ka1090)
- 柊 真司(ka0705)
- エリス・ブーリャ(ka3419)
- 龍崎・カズマ(ka0178)
- VIRTUE(ka0178unit002)
- 白金 綾瀬(ka0774)
- ミオレスカ(ka3496)
- シルバーレードル(ka3496unit001)
- 鹿島 雲雀(ka3706)
- ザレム・アズール(ka0878)
- 沙織(ka5977)
- 瀬崎・統夜(ka5046)
- 仁川 リア(ka3483)
- 四十八願 星音(ka6128)
- ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)
- ルーファス(ka5250)
- アルファス(ka3312)
- カラバル ネルバ(ka3495)
- ブル・レッドホーン(ka3406)
- メニエル(ka3428)
- リコ・フェルディナント(ka5937)
- フィルメリア・クリスティア(ka3380)
- ゼクス・シュトゥルムフート(ka5529)
●月面の白い影
R6M2b小隊の間を白い影が駆け抜けた。
鉄の両腕が外れて落ちる。
飛び散るネジが砕けた骨のようだ。
『円陣を組め』
健在な機体が大破機を庇う。
白い影が反転する。擬人型VOIDが反対側に現れ退路をふさぐ。
『1分1秒でもいいから時間を稼げ!』
ガトリングガンが吼える。
30ミリ弾が豪雨を形成してベアトリクスを襲う。
『畜生がっ』
緑の淡い光を残して白い影が消え、数メートル横に再出現し長大な触手を伸ばす。
「こちら【雪風】。これより援護を開始する」
夕凪 沙良(ka5139)が操縦桿でコンボ入力を連発する。
背面スラスターは出力を弱め、前面スラスターは断続的に吹いて速度を緩め、擬人型から20メートルで右肩部スラスターが全力で稼働する。
包囲を外側からかすめる形で飛ぶ間、横向きのGが細い体へ強烈にかかった。
「アサルトコンバットパターン5th起動」
擬人型の群れがアサルトライフルを構え引き金を引いた。
しかし非覚醒者が乗るCAMとは反応速度と加速度が違う。
沙良機が30ミリ弾の豪雨を最小限の被弾で抜けて、最も包囲が薄い箇所にいた擬人型の腹をパイルバンカーでぶち抜いた。
「地球圏はどれだけ振りでしょうかね……皆は私のこと覚えててくれてるんでしょうか」
強烈なジャミングがかかっている上相手が混乱しているので通信は困難だ。
身振りで後退を促し自分は動きを止めずにVOID牽制する。
だが敵の数は多い。
カタナ装備の擬人型が倒れるように前に出て、沙良機のメインスラスターめがけて突きを放った。
「キャリコ、エンゲージ」
歪虚とR6M2b小隊にとって全く予想外の方向から銃弾がやってきた。
隙だらけの元デュミナスに直撃し、装甲ごと中身が砕かれ沙良機の足下に倒れた。
『ただの30ミリで一撃だと!?』
「急所に直撃させればいい」
キャリコ・ビューイ(ka5044)は感情を伺わせない声で一言つぶやき両方の操縦桿を小刻みに操作。
機動性重視な分機体バランス劣悪な改造機を見事に御しきり、隊長機の援護と退却路の確保を同時にこなしてみせた。
105ミリ弾が遠方から飛来。
大破デュミナスを覆うとした擬人型を腰から折り曲げる。
「……生体反応に必ず反応しているわけではなさそうなんですよね]
狭霧 雷(ka5296)は機体にリロードを指示しながらHMD越しに敵を観察する。
真面目にハンターを迎撃し連合宙軍を追撃しようとしているのは擬人型……クリムゾンウェストで歪虚CAMと呼ばれていたVOIDのみ。
膨大な負のマテリアルを感じる白い機体は、雑な動きで触手を伸ばし、時には牽制にもならないレーザー照射と移動を来る返すだけで何を考えているのか分からない。
『援護に感謝する。貴官等も一端後退……』
「反応あり、と」
射撃動作をキャンセル。
60メートル前方のVOIDが動くより早くスラスターを吹かす。
強烈な加速だ。揺れが激しく覚醒前なら最低でも気絶するほどのGだ。
なのに、ベアトリクスが見る見る近くまで迫ってくる。
「すみませんねファフニール。飛びながら撃てるほど慣れてないんですよ」
今射撃すれば弾は明後日の方向へ飛び機体は月の地面に激突しかねない。
20秒以上飛んでから固い地面に着地する。
数秒遅れでベアトリクスも数十メートル手前に降り立つ。
雷機から10メートルは離れた地面が何カ所が溶ける。どうやらハンター同様飛行直後の攻撃は難しいらしい。
「こんなに早くリアルブルーの狂気と戦えるとは思わなかったわ……うれしい誤算よね、アルケリオ」
マリィア・バルデス(ka5848)が穏やかに微笑む。
味方本隊との距離が予想外に遠い。
敵の予想以上の速さに対応が遅れている訳だがそれ以外にも理由がある。何を目的に動いているのか分からないのだ。
「何度しても無駄よ」
魔導型デュミナスArqueiroが主の意図通りに動き30ミリ弾を放つ。
そしてベアトリクスの横を通り過ぎ遠くの地面にめり込んだ。
「速い。いえ」
白い巨体が接近。触手が2つ斜め左右前方から迫る。
目で追いきれず動きを推測してCAMシールドを置いて、予想よりコンマ数秒早く衝撃が発生し機体が揺れる。
「私達が気付いていないだけで」
高位の歪虚なら回避能力が高くて当たり前。
しかしいくら高くてもまぐれ当たりぐらいはあり得る。
「何かある筈っ」
この距離なら1割弱当たる確率があるはずなのに命中弾0。
他の複数機が同程度の命中確率で攻撃してこちらも命中打0。
「絶対何かっ」
この敵からはこれまでの歪虚王を上回る別次元のマテリアルは感じない。
だから絶対にからくりが存在する。単純な機動力だけではない、何かが。
マリィアはそう確信してあらゆる方向から観察しより怪しい箇所を狙い続け、しかしそれでもジャミングも超回避も崩すことが出来ない。
「擬人型VOID群到着まで30秒。味方到着まで20秒」
キャリコ機がブースターを使い到着。退路を断つ目的で弾をばらまくと、ベアトリクスの緑が濃く発光してレーザーの驟雨が降り注ぐ。
装甲に異常が発生、HMDに多数の警告が発生する。
「宙間戦闘……初めてだが、戦い方は身体に染み付いている」
動きの鈍った右足で地面を蹴る。クリムゾンウェストに比べ弱い重力は長距離の跳躍を実現させ、キャリコ機は残弾が尽きるまで撤退の妨害を続行した。
乾ききった地面に基地を含む無数の光が見える。
暗黒の空には地上を上回る数の星々が浮かび、多数の宇宙用艦艇が歪虚相手に必死の防戦を行っていた。
「これが……宇宙」
ベアトリクスが反転してハンター主力へ向かい、キャリコ機が力尽き擱座する。
「これが、師匠の居たリアルブルーの世界か……!」
ベアトリクスの背中を見据える瞳が、静かに強く光った。
●彷徨う切っ先
「あーあ。どうせなら観光でここに来たかったなぁ」
敵味方が1点目指して空を飛び地を駆ける。
そんな中、機体が無傷であるのに後方に佇むヘイムダルがいた。
「ハローエブリワンです。クリスティン。予定に変更は?」
イングヒルト・バーテン(ka4311)の機体が平坦な地面を選びうつぶせに。
慣れた動作でCAM用ライフルを構え敵最前列に狙いをつけた。
「予定を1つ繰り上げる。以後通信が不安定になる」
「ラジャー、それじゃ始めましょ」
乾いた唇をぺろりと舐めて、イングヒルトは計算し尽くしたタイミングで射撃命令を下した。
衝撃が機体と体を突き抜ける。
手応えを脳で感じて幸せになるものが血液にのり体をまわる。
そしてついに、敵最前列の白い機体に、この戦場で初めて攻撃が命中した。
「感慨に耽るのはこいつらを片付けてからだぜ! 親玉の護衛を寄せ付けるな。強襲型の奇襲に注意しろ。親玉狙いの奴は親玉だけに集中だ!」
アーサー・ホーガン(ka0471)が魔導型デュミナスを敵陣に突っ込ませた。
狙い通りに、ベアトリクスと入れ替わりに擬人型VOIDに突っ込み衝突する。
CAM基準で小型剣サイズのグレートソードを盾として扱いダメージを局限する。
ベアトリクスの援護に向かおうとした擬人型を鋭い太刀で切り足止めする。
「ここが勝負時だ。決めるぞ!」
擬人型の銃撃とカタナが機体を揺らす。アーサーは獰猛に笑ってさらに前に出た。
「天剣絶刀、推して参る!」
クリスティン・ガフ(ka1090)から溢れるマテリアルがコクピットに満ちる。
機体はヘイムダル、装備は扱い慣れた斬魔刀。
全長340センチの刃は鉄巨人が構えても見劣りせず、不用意に前に出て護衛と分断されたベアトリクスに向け素晴らしい速度で振り下ろされる。
ガフは当たる前から手応えを感じた。
生身時に比べるとマテリアルの通りが悪いとはいえ四肢と尻尾の掌握は完全に近い。
願望ではなくこれまでの経験から、最低でも腕の1本はとれると確信していた。
「2体!?」
アーサーの呆れた声が聞こえた。
斬魔刀が切り裂いたはずのベアトリクスが薄れて消えて、その1歩横にいる微かな弾痕1つだけのベアトリクスが残った。
幻覚か、あるいは……。理解不能な状況に困惑を隠せない。
「えっ」
後方にいるイングヒルトからの戸惑いの声。
「はぐれた擬人型1体と強襲型が接近中。対処可能、そっちはベアトリクスに集中して」
いつの間にか違和感が消えていた。
イングヒルト機が近距離用の機関銃を使い壊れかけ擬人を完全な残骸に変え、スナイパーライフルに切り替え遠くの巻き貝もどきを一方的に排除する。
数秒前まで頭の中にあったはずの違和感は、いつの間にか不自然なほど自然に消えていた。
斬魔刀がベアトリクスを追い詰める。
複数方向からの30ミリ弾が回避という手段を奪い直接的な防御を強要する。
なのにまた姿が溶けていつの間にか本体が別にいる。
「っ」
聞き慣れない声が耳から脳を冒す。
意味が分からないのに意思を感じる声が邪魔で集中が乱れている。
「なっ」
クリスティンが目を見開く。
瞬きもせず意識も逸らしていないのに、ベアトリクスが彼女に背を向け崑崙基地目指し飛ぼうとしていた。
「搭乗者汚染か映像欺瞞か」
戦闘中に無理矢理打った精神安定剤使用がアーサーに効いてきた。
「なら確実に当ててやるだけだ。偏差射撃、十字!」
数単語で作戦を伝えることは熟練ハンターにとっては容易いこと。
護衛の阻止を止めてまで集中した銃撃が、月の上に浮かぶベアトリクスに襲いかかった。
●CAM対VOID
白い機体に火花が散った。
歓声が爆発する。
撤退中のR6M2bがはしゃいでいる。
「気持ちは分かるがな」
柊 真司(ka0705)が苦い声でつぶやいた。
士気の大切さは分かっているので通信機の発信機能は切っている。
「怪獣大決戦だーがおー」
肉食獣ペイントのヘイムダルがVOIDを威嚇する。
ベアトリクスが進路を変えて取り巻きの中に潜むのを見て、R6M2b隊がますます盛り上がる。
「柊ちゃんこれまずいんじゃない?」
エリス・ブーリャ(ka3419)の声は明るく内容は深刻だ。
ベアトリクスに当たった理由が分からない。
命中率が計算上でも経験上でもあり得ないこの状況は、まず間違いなくベアトリクスの特殊能力の影響だ。
なのにその特殊能力が何か全く分からない。
ベアトリクスが方向転換したのはダメージ故ではなくおそらく単なる気まぐれ。楽観できる材料は1つもない。
「まずは一体一体確実に仕留める。ベアトリクスはその後だ」
すり足で近づき杭を打ち出す。
対ベアトリクス戦闘が嘘のようにあっさりと、杭が擬人型VOIDの腰部を破壊し身動き不能にする。
「がおー!」
響きから判断して肯定だろう。
肉食獣ペイントのザウルスくんがぐるぐる回るドリルでひと殴り。
擬人型VOIDの触手と装甲が巻き込まれて汚いジュースになった。
半壊した敵が後退する。
左右の擬人型VOIDが空いた隙間を埋めベアトリクスへの進路を塞ぐ。
軽い衝撃が機体と地面に伝わる。
背中に小さな穴が開き、後退中の擬人型VOIDが前のめりに倒れた。
「あーあ。どうせなら観光でここに来たかったなぁ」
熱を持ったCAM用拳銃を機体に戻す。星と宇宙艦艇からの光を受けててザウルスくん格好良く見えた。
「ようやく作戦通りか」
エリス達とは別方向から須磨井 礼二(ka4575)達の班が仕掛ける。
擬人型VOIDの触手群から粘液にまみれた目玉が顔を出す。
礼二機がアクティブスラスターを吹かした直後、十数のレーザーが装甲をかすめて虚空に消えた。
「奴らには箱舟がよほど魅力的に見えるらしい」
HMDと空気のない空を通して敵をみつめる。
彼我の距離は10メートルを切っている。
白兵戦を挑むのには遠く30ミリARでは近すぎる距離であり、擬人型はハンター機足止めのためカタナを持ったまま前進しようとした。
「ここで仕留める」
機関銃が軽快に弾を送り出す。
前のめりの擬人型は回避も防御も困難で、サイズの割に威力のある弾を上半身から腰までめり込ませた。
「側方不注意だ」
真司がアクティブスラスターを吹かす。
敵前衛に横から近づき後ろに抜けて、無防備な擬人型背部に杭を打ち込み1体仕留める。
擬人型の触手が真司機を狙う。
数は5、太く速度も有り直撃を受ければスクラップ確実だ。
「ベアトリクスもこの程度なら簡単なんだがな」
右から順に躱して躱して躱し損ねてパイルバンカーの分厚い部分で受けまた躱して受ける。
全弾直撃時と比較するとダメージは1割にも満たない。
「ジャミングか?」
華麗な防御を見せつけるている間、真司の中で危機感が高まっていく。
ベアトリクスが見当たらない。
5体を翻弄し微かな隙を見つけて周囲を見渡しても白い擬人型がどこにもいない。
「情報を集める以前の問題か。ならよ」
龍崎・カズマ(ka0178)の重厚に改修されたCAMが、戦闘中の擬人型VOID群に直進する。
気づいたVOIDが銃と触手で迎撃を試みる。カズマ機は驚くほど機敏に動き大部分を回避、少数当たりかけた触手も斬魔刀で切りとばす。
ならばと2体の擬人型が刃と銃器の狭間に滑り込もうとして、 礼二機の時と同様に近距離対応の銃に迎撃され深手を負った。
VOIDの隊列が崩れた。
「そこか」
カズマは操縦席にアナライズデバイスを取り付け機体から情報を流す。
可動式のバイザーへ全てのセンサーを連動させベアトリクスを情報的に丸裸にしようとした。
「……崎、動け、機体が動かないなら脱出しろ!」
突然目の前の光景が変わった。
礼二機が巨大ハサミで緑の触手を押さえている。
するりと触手が抜け、白い本体と共に何度も跳ねて遠ざかる。
「何だこれは」
いつの間にかカズマも斬魔刀で擬人型と切り結んでいた。
攻めと防御が一体化した見事な動き、しかしベアトリクス討伐とそのための情報収集をしている今に限れば不適な動きだ。
「ジャミングか?」
デバイスとバイザーはエラーを表示し停止している。
思い出したように再起動を始めるがこれでは邪魔にしかならない。
「何がどうなっている」
擬人型を切り捨てベアトリクスを探す。
重装備で移動力が低くても敵が寄ってくるので問題は無い。
敵の攻撃を防いで耐えて刃と弾で蹂躙し、カズマは敵首魁との距離を少しずつ詰めていくのだった。
●戦闘の鉄則
時代が進んでも変わらぬ鉄則がある。
遠方から一方的に攻撃できると非常に有利という鉄則だ。
「接近戦は苦手なのよね。近づかないで貰えるかしら」
魔導型デュミナスが白金 綾瀬(ka0774)に仕込まれたとおりに発砲。
着地直後の擬人型に向かって105ミリの重量物が飛んだ。
擬人型のスラスターから炎が伸びる。
無茶な加速はスラスターを含む背中部分を崩壊させ、バランスを完全に崩して固い地面に自ら突っ込んだ。
そこへ新たな105ミリ弾が直撃する。
胸部が凹まされて銃とカタナをそれぞれ持つ両腕が跳ね上がる。
「お願い、シルバーレードル、落ち着いて」
見事な一発を放ったはずの機体の中でミオレスカ(ka3496)が焦っていた。
いつも通り、ほんの少しだけ制御に失敗したマテリアルが髪から虹となり漏れている。
総量が凄いので割合は少しでもかなりの量だ。
彼女の魔導型デュミナスも、主に倣うかのようにほんのり虹色に染まっていた。
「ミオレスカ?」
「ずれているんです」
白金の長距離射撃が倒れた擬人型にとどめを刺す。
「表示が壊れてるのかな」
自身の五感と自機のセンサーのズレが異様に大きい。
こう感じだしたのは数十秒前からだ。
ベアトリクスの取り巻き以外を討ち果たすまでは気づくことも出来なかった。
「……攻撃は継続で」
「はい」
端にいた擬人型がミオレスカに腹を射貫かれる。
2体の鉄巨人が淡々と撃つたびVOIDに命中、1体が壊れたら次の1体に被弾しVOIDの数が一定の速度で減る。
命中率は敵の回避を除けば10割に達している。CAMとは思えない水準の長距離射撃能力だった。
「まるで夢で見るような世界ですね。身体がいつもより軽く、まるで落ち着きません」
ミオレスカの髪が揺れている。
コクピットの7色は自分の色なので気にはならない。
「敵機接近中。装備は近接戦装備。……ここのVOID、気づくのが遅いわね」
白金は困惑していた。
遠距離で高威力の弾を確実に当てられる分、2人の機体は接近戦能力を削っている。
戦闘開始後1分も経たずに突っ込んでくると思っていたのだが、現実は数分かけて取り巻きを数割減されるまで2人の2体の脅威に気づかなった。
「はい。なんなんでしょうあの白いの」
2人は飛んで来る擬人型を狙わない。
このままだと人類側ダメージディーラーがまとめて被撃墜か思われたそのとき、鹿島 雲雀(ka3706)の機体が斬機刀片手に跳んで止めた。
カタナが空を切る。
斬機刀が頭部をかち割りセンサーと眼球をつぶす。
擬人型VOIDはまだ倒れない。失った速度を取り戻すため肩部スラスターに火を入れ数メートル低速で横へ飛び、読み切っていた白金に打ち抜かれて撃墜された。
「こちららはもう大丈夫です。ありがとうございました」
ミオレスカがHMD越しに頭を下げ、雲雀が機体を使い了解の意思を伝える。
スナイパー部隊を最大限活かすための活動はこれで完了だ。
味方の奮闘で敵護衛も半減し、今ではベアトリクスの姿がはっきりと見える。
「能力が未知なら、やる事は一つ」
背中のメインスラスターを点火する。
加速は凄まじい。熟練ハンターの身体能力でもブースター飛行中に攻撃するのは危険すぎる。
「全力をぶつけ、テメェの全てを暴く!」
ブースター停止。
ベアトリス護衛隊の中心に着地。
飛行中機体に固定していた斬機刀とマシンガンを両手に装備。
擬人型VOID全機が同時に襲いかかる。
「そこだ!」
雲雀機は擬人型の間をすり抜け触手も弾もレーザーも頑強な刃で受けて耐える。
鋸条の刃が、ベアトリクスの胸部装甲を貫いた。
●平行線ですらなく
幻だったベアトリクスが消え本物が現れる。
雲雀機は見事な機動で擬人型の攻勢をいなすがベアトリクスを攻める余裕は無くなる。
「無理だ。倒しきれない」
ザレム・アズール(ka0878)は感情を交えない科学的思考で結論を出した。
ベアトリクスの特殊能力を暴かない限り勝利する可能性は0に近い。
暴けてもその時点でハンターの力が尽きていれば皆殺しにされる。
「余力がある奴は擬人型の処理に回れ。退路を確保しておく、急げ」
魔導短伝話とトランシーバー両方を使っているのに通話可能時間は4分の1もない。
ベアトリクス付近は、伝波増幅と機導の徒を使ってようやくか細い連絡網が維持できるジャミング過密地帯だった。
「9時方向AR2!」
沙織(ka5977)の切羽詰まった声がトランシーバーから飛び出した。
ザレムは考えるより早くコンボを入力、意識の死角から迫った30ミリ弾をぎりぎりで回避する。
ベアトリクスが優雅に跳ぶ。
淡い碧光が広がり擬人型に触れると、途端にこれまで新兵未満の技量しかなかった擬人型が切れのある動きで銃を構える。
ハンターがベアトリクスに行ったものに匹敵する立体的十字砲火が始まる。
多数の機体が装甲を抜かれて空気が漏れ出す。
「お前は何者だ! 何が目的だ!?」
瀬崎・統夜(ka5046)が空気に叩き付けるようにして叫ぶ。
闇色の自機は高速コンボ入力を忠実に反映し十字砲火をくぐり抜け、沙織機の予想進路上に弾をばらまき進路の安全を確保した。
「最悪でもロッソには触れさせん」
宇宙服のヘルメットを被って操作を続行。仮にベアトリクスがロッソに向かっても遮れる位置で援護を続ける。
「うん、よし」
意気を大きく吸って吐いて沙織は覚悟を決めた。
「聞こえていますか! こちらサルヴァトーレ・ロッソ所属、綺導・沙織!」
雑音しか聞こえない魔伝とトランシーバーに対し、気合いとマテリアルを込め己の意思を突き刺す。
「応えて!」
ベアトリクスからの反応はない。
戦闘開始から今まで届き続けていた、通信機器を介さず届く声に似た何かが脳と思考を圧迫しているのに始めて気づけた。
「アクティブスラスター全速! お願い、エーデルワイス!」
シールドを両手で保持して跳躍。
ベアトリクスから広がる触手の豪雨を防ぎ味方への被害拡大を防ぐ。
「私達は戦闘なんか望んでない、あの船は大切なモノなの! だから壊さないで!」
後がないつもりで文字通りの全力を出す。
錬金術由来の部品が意思に反応して高熱と高性能を発揮、マテリアルが波となりベアトリクスに届いた。
「何……これ」
沙織の瞳が見開かれる。
物理的には真正面から向かい合っているのに相手の気配がこちらを向いていない。
憎しみの感情があるならまだマシだ。沙織がベアトリクスに向けた意思と感情と、ベアトリクスが外界に向ける興味が全く重なっていない。
「あなたは何……誰なの?」
シールドを構えたまま全力で横移動。
強烈なレーザーが装甲の表面と地表を灼いて溶かした。
「進路は確保した。出番だ」
ザレムはなんとか後方への連絡に成功した。
猛烈な勢いで弾をばらまく統夜機を援護する位置へ移動して、統夜と共に沙織機の援護を支援する。
「対話は失敗か」
統夜が苦い声でつぶやく。
沙織の言葉はジャミングを貫通して彼の元まで届いていた。
「挑戦しないのか? 中継なら請け負うが」
ザレム機体が発砲。
ベアトリクスの動きを読んで実際当たっていたのに何故か弾が外れる。
「あれを上回る自信はないな」
分かっているだろうと声色で突っ込みを入れる。
ザレムも冗談のつもりだったらしく、淡く笑ってから意識をベアトリクスとその取り巻きに向けた。
「擬人型を削りきれば最悪でもロッソ撃墜にはならない、か。はっ、もう、二度と、壊させたりはしねえ! ロッソも、この基地もだ!!」
黒い機体が歪虚のCAMと猛烈な砲火を交わし、敵味方の装甲が爆ぜて月面に舞った。
●消耗戦
擬人型VOIDの中身が消滅する。
かつてCAMだったパーツが無音のまま地面に落ちる。
魔導型デュミナスとヘイムダルの装甲が砕けて中身が剥き出しになる。
ベアトリクス攻略の手がかりさえない状況だ。大破した機体で留まり命を捨てても意味が無い。
VOIDもハンターも、時間が経つごとに加速度的に戦場から消えていく。
「今回は後ろに頼りになる後輩がいるし、存分に暴れる!」
腕部ドリル1つのみを装備した重装甲ヘイムダルが月面を駆ける。
地球比6分の1の重力は普段以上の速度を導き、しかし仁川 リア(ka3483)は普段と変わらぬ精度で愛機を操って見せた。
「GO! スピニオン!!」
30ミリの弾幕の下をくぐり抜けドリルの間合いへ。
激しい銃撃戦で穴だらけの前面装甲を砕き、擬人型の中身を汚いジュースに変える。
カタナが殺到し超重螺旋と名付けられた機体が傷だらけに。
「僕達の螺旋がこの程度で止まるかっ」
ヘイムダルの足が達人の動きを見せる。
個々の動きはむしろ遅い。各関節が最高の効率とタイミングで稼働して、慣れぬ者には気味が悪いほど生物的な動きで刃の林を突き抜けた。
目の前に外に通じる穴がある。
手足と動力へのダメージは回避したが自慢の機体が傷だらけ。
つまり、攻撃特化のこの機体でこの被害ですんで防御成功ということだ。
「やれ! 星野!」
機体装備の魔導短伝話に剥き出しの魂をたたきつけ、立派なガトリングガンごと擬人型の腕を砕いた。
「無茶をして」
射撃戦装備の魔導型デュミナスの中、四十八願 星音(ka6128)が親愛の情のこもったため息をついていた。
その仕草は愛らしく見える。
しかし彼女の細い指が奏でているのは音楽ではなく射撃諸元だ。
「頼りにしてますよ、センパイ……そして、ヨイチ」
リアが混乱させた擬人型VOID隊に対し、彼らの反撃できない距離から本格的な砲撃が始まった。
ヨイチと名付けられた機体が主の計算通りの位置に弾を送り込む。
ベアトリクスには及ばなくてもR6M2bに匹敵する戦力の機体が、まるでボーリングのピンのように見た目は軽々と倒されていく。
どこからか声が聞こえる。
意味不明なベアトリクスの声ではないので、連合宙軍から聞こえる声かもしれない。
「私はLH044の生き残りです。軍の皆様に、助けていただきました……今度は、私が助ける番です!」
今ここにいるのは学生であって学生でない。
マテリアルの扱いを身につけ、戦い生き抜く覚悟を持った戦士であった。
「お父さん」
ルーファス(ka5250)の口から泣き言に近い言葉がこぼれた。
敵が強いだけなら恐れはしない。
切り抜ける実力と自負はある。仲間達も信頼できる。
けれど、肉親を正体が分からないものへ向かわせるのは怖くて体が震えてしまう。
「問題ありません。最初に敵能力調査、後に排除です。油断なく落ち着いていきましょう」
アルファス(ka3312)は息子とは別方向にスラスターを向けた。
これまで連なっていた小さな岩が途切れる。
数メートルという至近距離で、白と緑のCAMサイズVOIDとすれ違った。
「最悪ですね。確実に状態異常を受けているのに何も……今のは」
心身が元に戻った感覚が一瞬あった。
彼の飛び抜けた抵抗力でも、滅多に状態異常を打ち破れず打ち破ってもまた影響下に戻される。
だがその「振れ幅」から、自身が何らかの異常下に置かれているという確信があった。
小型のマシンガンが火を噴く。
これまでベアトリクスと戦ったハンターからの情報が活かされており、命中した状況を再現する距離と位置とタイミングで銃弾が迫る。
白い巨人の反応はアルファスを上回っていた。
銃口から弾が離れてから地面を蹴り、銃弾と銃弾の間に滑り込んで回避する。
特殊能力無しでも極めて高い回避能力が改めて証明された。
「高位歪虚にしては控えめね。気象操作も地形変更もしていないのだから」
アルファスの鎧騎士の背を守るのは優美さと切れ味を兼ね備えた機体、姫騎士を意味する銘を持つユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の鎧だ。
お互い機体の動きから言いたいことを理解出来る気心の知れた仲である。
「違和感を感じられないほど悪影響を受けている、か。仕方が無い。限界まで深く潜るから援護を頼むわね」
操縦桿の感触が消えた。
極限の集中が不必要な情報を削り、マテリアルに対する感覚の優先度を最上位に変更。
心身の酷使でわずかに弱まった己の正マテリアルと、装甲と真空越しに微かに感じる負のマテリアル塊が1つ。
乱れた息が漏れる。
指先の感覚が戻ったり消えたりで酷く気持ち悪い。
「そう、ここ」
パイルバンカーを撃つ前に当たった感触を得たそのとき、ベアトリクスからの殺気を眉間に感じた。
「っ」
全ての行動および予定を破棄して全力回避。
半秒遅れてかつてない速度で触手が伸びる。
これまでの速度が遊びでしかなかったと思えるほど速く重い。
「ベアトリクスに攻撃が当たることは確信できました」
アルファス機がハルバードを振り下ろす。
触手に当たり双方はね飛ばされる。
「実体を持つ確信も得られました」
VOIDが碧に光る。
アルファスは機体の向きを変え被弾する箇所を最小限にする。
「問題は後どれだけ戦えるか」
敵はすでに小数だけれども、ハンター達の機体にはダメージが蓄積してしまっていた。
「強欲王に比べればプレッシャーは無いがいつもながら狂気は言い知れぬ不快感があるね」
カラバル ネルバ(ka3495)は一旦口を閉じた後、眉をひそめた。
「不快感か。ジャミングが弱くなっている訳だ」
巨大な白色シールドを使い擬人型からの銃撃を受け止める。
庇われたルーファス機は、浮遊中のベアトリクスに対空砲火を向け仲間と父の攻撃を援護する。
「戻ってきたというわけだ。懐かしくもおぞましい我らが戦場よ」
装甲1枚外は人間の生存を許さない真空。
そんな場所でもVOIDは暴虐の限りを尽くしている。
「帰還して早々、派手にやってくれてるじゃないか。私でもこれは不快感を隠せんね」
地面に転がるR6M2bの残骸の隙間に、人間1人分にわずかに足りない肉と骨が見えた。
「同胞に好き勝手してくれた礼は返さねばな」
磨き抜かれた知性は憤怒の中でも曇らない。
追加装甲による厚い防護と巧みなシールド防御で以て擬人型生き残りの斬撃および銃撃をカット、後衛のスナイパー部隊とベアトリクス相手に戦う面々の邪魔をさせない。
「これが皆がずっと戦っていた宙の戦場……」
HMDを通して膨大な情報がルーファスに流入する。
無限の広がりを持つ黒い空、空気のない空間で激しく喰らいあう人間とVOID。
これまで伝聞でしか知ることの出来なかった、父達がかつて戦っていた場所だ。
スティックを握る。
小柄なルーファス用に調整された操縦桿が手に吸い付くようだ。
コンボは使わず進路と向きを入力する。
飛び出た障害物を盾にベアトリクスの視線から逃れ、再度目が合うと同時に引き金を引く。
相変わらずの高速度高加速で躱される。
しかし回避にかかった時間でアルファス達が体制を整えあるいはリロードする余裕が出来た。
「皆一緒だから戦える……お父さんもお姉ちゃんも、ついでにユーリさんとかも、ね」
ルーファスは強い視線でVOIDを睨み、消耗した仲間と共に攻勢に移った。
●崑崙の壁
「俺達はロッソの所属機だ。ベアトリクスは俺達が撃退する! 奴を退けられれば月の狂気共は統制を失うはず……もしかしたらジャミングもだ。邪魔が入らないよう、周囲の小型や強襲型を掃討に協力してくれ」
ブル・レッドホーン(ka3406)は遠くの軍に要請してから額の汗をぬぐった。
移動と回避と攻撃をしながらの通信は精神を削る。
「アクセサリ枠をケチらない方がよかったかもな」
手で持ったりコクピット内に無理矢理取り付けるのは、特に戦闘中は危険なようだ。
「生き残りは半分か。ずいぶんやられたな」
ハンターの戦死者は0だが皆修理や補給のため後退している。この戦闘中に戻ってくるのは無理だ。
「初めての戦場と初めての本格戦闘で善戦以上だ。覚醒者ってのは凄いな」
成った時点で能力が激増し鍛え戦うほど衰えること無く成長する。
どこまで行けるか考えると楽しみでそして少し怖くもある。
「お荷物にならないようしないとな?」
珍しく冗談を言うブルの肌には、素晴らしく練られたマテリアルが複雑かつ勇壮な形で浮かび上がっていた。
マーゴット(ka5022)の機体が跳ぶ。
スラスターの光が黒い装甲で反射され艶めかしく美しい。
「お前達の相手は私だ」
速度を保ったまま擬人型VOIDに突っ込む。
片刃刀身の大剣、CAMにとっては大ぶりのナイフ程度の刃を一閃し、装甲に覆われていない触手を切り裂き本体を分解する。
予想外の方向で負のマテリアルが消える反応が複数。
視線とスティックの操作で確認を行うと、ブルにより処理された小型狂気がいくつか見えた。
「感謝は後でまとめて。今は」
一度ブースターを止め再度点火。
跳びあるいは飛ぶことが多かったため、複数回の衝突と移動時の負荷で機体の調子がおかしい。
「一体たりとも、友軍の兵士や兄さん達に……近づけさせないっ」
アサルトライフルが咆哮する。
30ミリ弾が大きく外れる。マーゴット機の弱体化に気付いた擬人型の生き残りが止めを刺そうとやってくる。
狙い通りだ。
ブースターを切る。
受け身で半回転して強引に速度を落とし今度は使い慣れた刃で連撃。
足を潰されたVOIDが仰向けに倒れて移動も攻撃も出来なくなる。
倒れたVOIDを、メニエル(ka3428)のCAMがかぎ爪で処理し終えた。
これで擬人型は全滅だ。
紛れ込んだ小型狂気もブル達が処理済み。
後はベアトリクスとハンターの決戦を残すのみ。
「舞台は整った」
魔導型ドミニオン、ガラハドが銃を構え直す。
メニエルの瞳にベアトリクスの姿が映っている。
時に二重に見え時に消えて現れはするものの、戦闘開始直後に比べると分厚い衣装が解けた半裸状態だ。
「ふむ、ベアトリクスね……とても美しい白の貴婦人だな。それでは踊って頂こうか。愛を囁かれるのはお嫌いかい?」
言葉と声は綺麗に、攻撃は容赦なく。
ベアトリクスが目に見える場所にいないという前提で機銃掃射を開始した。
「可能なら釘付けにしたい所だけど」
触手が不自然に跳ねて明後日を向く。
視覚情報と一致していないが手応えがあった。
「まぁ、そう上手くは行かないか
凶悪な圧迫感が脳にくる。
非常識に巨大な何かに凝視されたような、生存本能が悲鳴をあげる威圧感だ。
ベアトリクスが初めて身構えた。
大威力の触手と防ぐことも難しいレーザーが嫌らしいタイミングで放たれる。
「うん?」
僚機である魔導型ドミニオンが、敵も味方もいない場所にシールドを向ける。
メニエル機を打ち抜くはずだったレーザーが唐突に消え、装甲を押しつぶすはずだった触手が弾かれ、被弾していないはずのドミニオンが数メートル押されて体が揺れる。
「久し振りに此方へ来れたのは良いけど……なかなかどうして状況が良くないようだね」
リコ・フェルディナント(ka5937)が肩をすくめた。
眼球が高速で動いて外界と機体の情報を受け取る。
連戦と先程の一撃で装甲から駆動系まで警告表示が付きっぱなしだ。
右手一本でコンボを入力する。極少数無事だった予備システムに切り替えると同時にベアトリクスに立ちふさがる位置を保持し続ける。
「この白いのはCAMの天敵だ。認識を狂わされて戦うのは」
触手が鎌首をもたげる。
リコ機が己をぶつける進路で接近および防御。
シールドに穴が複数開いて増強された装甲が大きく凹んだ。
「無茶出来る覚醒者でないときついな」
ベアトリクスが手を伸ばし切る前に胸部スラスターに点火。
死の手をぎりぎりで振り切り後方遠くに飛び去った。
「貴婦人は激しいのがお好みのようだ。甲斐性の見せ所だな」
リコの後退を銃撃で援護しながら綺麗に笑う。
数が増えたレーザーがメニエル機の装甲を抜いて、コクピットからベアトリクスが目視可能になっていた。
『白いVOIDが押されている?』
『倒せるのか、あれが』
ハンター対ベアトリクスの戦場に無数の視線が集中している。
多数の現代兵器を蹂躙した怪物に、奇妙な改装を施したCAMが対抗しているのだ。
興味と不信感が1:1、両者をあわせた5倍の期待が視線にはこもっていた。
フィルメリア・クリスティア(ka3380)が重い息を吐く。
機関銃が弾をばらまきその全弾が白い機体にめり込んだ。
まぐれ当たりではない。
狙って撃って当てたのだ。
彼女は息を整え心身を落ち着かせ機導師として磨いた技で以てセンサーを動かす。
自機の制御と外界の膨大なパラメータを読み取り、その上で先読みしているので頭が熱を持ちすぎ意識が途切れそうだ。
「私にとってCAMは手足の延長よ。そう簡単に離させない、追い縋ってみせる!」
戦闘開始直後と比較して自機の自分も疲弊が激しい。
だがジャミング強度が理解可能な範囲まで低下しいる。
「貴女に意思があるのなら、何の為にその姿を取ってこうしているのか聞かせてもらいたいものね」
おそらく抵抗に成功してベアトリクスがはっきり見えた瞬間を捉え、機導の徒で外部情報取得を強化し狙いの修正を済ます。
発砲。
白いVOIDは避け損ねて触手を束ねて弾を受ける。穿たれた穴から不気味な色の粘液がこぼれた。
碧の燐光が広がる。
ベアトリクスの眼球の1つに集中して猛烈に光り、フィルメリア機に対して照射された。
「悪いが、俺の嫁に手は出させないぜ」
ゼクス・シュトゥルムフート(ka5529)が魔導型ドミニオンを駆り突っ込んだ。
遅い機体で白兵戦というのは悪手の典型例だ。
距離をとられて一方的に攻撃されれば無駄死に必至である。
「そこに、いるな」
打ち出した杭がベアトリクスの幻影を貫通。
そして狙い通りに、ドミニオンの肩部へ触手らしき大重量がぶつかった。
ゼクス機の左右と頭上を30ミリと105ミリの弾が飛ぶ。
目に見えるベアトリクスは健在でも地表に歪虚由来の破片が増えていく。
フィルメリアの攻撃成功率が2?3割に達している。
平均は4パーセントなので素晴らしく命中率が高い。
碧がゼクスの視界を塗りつぶす。
機体に重大損傷発生の警告音が響く。
ベアトリクスが飛んだ。
この戦場で初めて特定の敵……フィルメリアという個人を狙う。
加速も動きの精度もこれまでより一段上で、束ねられ振り上げられ触手に高位歪虚の本気が現れていた。
「嫁頼りの頼りない旦那だが」
視界が潰れる前の光景とフィルメリアの行動パターンを総合して5秒後の世界を予想する。
「根性無しのつもりはないんでな」
スナイパーライフルで発砲。
急速に回復していく視界の隅で、触手の根元を撃たれ平衡を崩すベアトリクスの姿が見えた。
地面にぶつかった触手が幾本か千切れ飛び、大物VOIDがフィルメリアを掠めて飛んでいった。
『敵、撤退していきます!』
お気楽な声と歓声が途切れ途切れの通信機から聞こえる。
ベアトリクスは進路を変えない。崑崙基地から離れる方向へ一直線だ。
離れる直前、驚き戸惑いそして注意力散漫の子供のように興味を失った仕草に、基地の人間は気づいていない。
「撃退でも勝利は勝利か」
「そうね」
連合宙軍にとっては偉大な勝利だ。
しかしハンターにとっては意図不明なまま相手が逃げ去った。つまり実質引き分けだ。
次も負ける気は無い。
ただ、このまま月に留まれるかどうかも分からない現在、楽観する気には全くなれなかった。
!-- リプレイ本文 -->
R6M2b小隊の間を白い影が駆け抜けた。
鉄の両腕が外れて落ちる。
飛び散るネジが砕けた骨のようだ。
『円陣を組め』
健在な機体が大破機を庇う。
白い影が反転する。擬人型VOIDが反対側に現れ退路をふさぐ。
『1分1秒でもいいから時間を稼げ!』
ガトリングガンが吼える。
30ミリ弾が豪雨を形成してベアトリクスを襲う。
『畜生がっ』
緑の淡い光を残して白い影が消え、数メートル横に再出現し長大な触手を伸ばす。
「こちら【雪風】。これより援護を開始する」
夕凪 沙良(ka5139)が操縦桿でコンボ入力を連発する。
背面スラスターは出力を弱め、前面スラスターは断続的に吹いて速度を緩め、擬人型から20メートルで右肩部スラスターが全力で稼働する。
包囲を外側からかすめる形で飛ぶ間、横向きのGが細い体へ強烈にかかった。
「アサルトコンバットパターン5th起動」
擬人型の群れがアサルトライフルを構え引き金を引いた。
しかし非覚醒者が乗るCAMとは反応速度と加速度が違う。
沙良機が30ミリ弾の豪雨を最小限の被弾で抜けて、最も包囲が薄い箇所にいた擬人型の腹をパイルバンカーでぶち抜いた。
「地球圏はどれだけ振りでしょうかね……皆は私のこと覚えててくれてるんでしょうか」
強烈なジャミングがかかっている上相手が混乱しているので通信は困難だ。
身振りで後退を促し自分は動きを止めずにVOID牽制する。
だが敵の数は多い。
カタナ装備の擬人型が倒れるように前に出て、沙良機のメインスラスターめがけて突きを放った。
「キャリコ、エンゲージ」
歪虚とR6M2b小隊にとって全く予想外の方向から銃弾がやってきた。
隙だらけの元デュミナスに直撃し、装甲ごと中身が砕かれ沙良機の足下に倒れた。
『ただの30ミリで一撃だと!?』
「急所に直撃させればいい」
キャリコ・ビューイ(ka5044)は感情を伺わせない声で一言つぶやき両方の操縦桿を小刻みに操作。
機動性重視な分機体バランス劣悪な改造機を見事に御しきり、隊長機の援護と退却路の確保を同時にこなしてみせた。
105ミリ弾が遠方から飛来。
大破デュミナスを覆うとした擬人型を腰から折り曲げる。
「……生体反応に必ず反応しているわけではなさそうなんですよね]
狭霧 雷(ka5296)は機体にリロードを指示しながらHMD越しに敵を観察する。
真面目にハンターを迎撃し連合宙軍を追撃しようとしているのは擬人型……クリムゾンウェストで歪虚CAMと呼ばれていたVOIDのみ。
膨大な負のマテリアルを感じる白い機体は、雑な動きで触手を伸ばし、時には牽制にもならないレーザー照射と移動を来る返すだけで何を考えているのか分からない。
『援護に感謝する。貴官等も一端後退……』
「反応あり、と」
射撃動作をキャンセル。
60メートル前方のVOIDが動くより早くスラスターを吹かす。
強烈な加速だ。揺れが激しく覚醒前なら最低でも気絶するほどのGだ。
なのに、ベアトリクスが見る見る近くまで迫ってくる。
「すみませんねファフニール。飛びながら撃てるほど慣れてないんですよ」
今射撃すれば弾は明後日の方向へ飛び機体は月の地面に激突しかねない。
20秒以上飛んでから固い地面に着地する。
数秒遅れでベアトリクスも数十メートル手前に降り立つ。
雷機から10メートルは離れた地面が何カ所が溶ける。どうやらハンター同様飛行直後の攻撃は難しいらしい。
「こんなに早くリアルブルーの狂気と戦えるとは思わなかったわ……うれしい誤算よね、アルケリオ」
マリィア・バルデス(ka5848)が穏やかに微笑む。
味方本隊との距離が予想外に遠い。
敵の予想以上の速さに対応が遅れている訳だがそれ以外にも理由がある。何を目的に動いているのか分からないのだ。
「何度しても無駄よ」
魔導型デュミナスArqueiroが主の意図通りに動き30ミリ弾を放つ。
そしてベアトリクスの横を通り過ぎ遠くの地面にめり込んだ。
「速い。いえ」
白い巨体が接近。触手が2つ斜め左右前方から迫る。
目で追いきれず動きを推測してCAMシールドを置いて、予想よりコンマ数秒早く衝撃が発生し機体が揺れる。
「私達が気付いていないだけで」
高位の歪虚なら回避能力が高くて当たり前。
しかしいくら高くてもまぐれ当たりぐらいはあり得る。
「何かある筈っ」
この距離なら1割弱当たる確率があるはずなのに命中弾0。
他の複数機が同程度の命中確率で攻撃してこちらも命中打0。
「絶対何かっ」
この敵からはこれまでの歪虚王を上回る別次元のマテリアルは感じない。
だから絶対にからくりが存在する。単純な機動力だけではない、何かが。
マリィアはそう確信してあらゆる方向から観察しより怪しい箇所を狙い続け、しかしそれでもジャミングも超回避も崩すことが出来ない。
「擬人型VOID群到着まで30秒。味方到着まで20秒」
キャリコ機がブースターを使い到着。退路を断つ目的で弾をばらまくと、ベアトリクスの緑が濃く発光してレーザーの驟雨が降り注ぐ。
装甲に異常が発生、HMDに多数の警告が発生する。
「宙間戦闘……初めてだが、戦い方は身体に染み付いている」
動きの鈍った右足で地面を蹴る。クリムゾンウェストに比べ弱い重力は長距離の跳躍を実現させ、キャリコ機は残弾が尽きるまで撤退の妨害を続行した。
乾ききった地面に基地を含む無数の光が見える。
暗黒の空には地上を上回る数の星々が浮かび、多数の宇宙用艦艇が歪虚相手に必死の防戦を行っていた。
「これが……宇宙」
ベアトリクスが反転してハンター主力へ向かい、キャリコ機が力尽き擱座する。
「これが、師匠の居たリアルブルーの世界か……!」
ベアトリクスの背中を見据える瞳が、静かに強く光った。
●彷徨う切っ先
「あーあ。どうせなら観光でここに来たかったなぁ」
敵味方が1点目指して空を飛び地を駆ける。
そんな中、機体が無傷であるのに後方に佇むヘイムダルがいた。
「ハローエブリワンです。クリスティン。予定に変更は?」
イングヒルト・バーテン(ka4311)の機体が平坦な地面を選びうつぶせに。
慣れた動作でCAM用ライフルを構え敵最前列に狙いをつけた。
「予定を1つ繰り上げる。以後通信が不安定になる」
「ラジャー、それじゃ始めましょ」
乾いた唇をぺろりと舐めて、イングヒルトは計算し尽くしたタイミングで射撃命令を下した。
衝撃が機体と体を突き抜ける。
手応えを脳で感じて幸せになるものが血液にのり体をまわる。
そしてついに、敵最前列の白い機体に、この戦場で初めて攻撃が命中した。
「感慨に耽るのはこいつらを片付けてからだぜ! 親玉の護衛を寄せ付けるな。強襲型の奇襲に注意しろ。親玉狙いの奴は親玉だけに集中だ!」
アーサー・ホーガン(ka0471)が魔導型デュミナスを敵陣に突っ込ませた。
狙い通りに、ベアトリクスと入れ替わりに擬人型VOIDに突っ込み衝突する。
CAM基準で小型剣サイズのグレートソードを盾として扱いダメージを局限する。
ベアトリクスの援護に向かおうとした擬人型を鋭い太刀で切り足止めする。
「ここが勝負時だ。決めるぞ!」
擬人型の銃撃とカタナが機体を揺らす。アーサーは獰猛に笑ってさらに前に出た。
「天剣絶刀、推して参る!」
クリスティン・ガフ(ka1090)から溢れるマテリアルがコクピットに満ちる。
機体はヘイムダル、装備は扱い慣れた斬魔刀。
全長340センチの刃は鉄巨人が構えても見劣りせず、不用意に前に出て護衛と分断されたベアトリクスに向け素晴らしい速度で振り下ろされる。
ガフは当たる前から手応えを感じた。
生身時に比べるとマテリアルの通りが悪いとはいえ四肢と尻尾の掌握は完全に近い。
願望ではなくこれまでの経験から、最低でも腕の1本はとれると確信していた。
「2体!?」
アーサーの呆れた声が聞こえた。
斬魔刀が切り裂いたはずのベアトリクスが薄れて消えて、その1歩横にいる微かな弾痕1つだけのベアトリクスが残った。
幻覚か、あるいは……。理解不能な状況に困惑を隠せない。
「えっ」
後方にいるイングヒルトからの戸惑いの声。
「はぐれた擬人型1体と強襲型が接近中。対処可能、そっちはベアトリクスに集中して」
いつの間にか違和感が消えていた。
イングヒルト機が近距離用の機関銃を使い壊れかけ擬人を完全な残骸に変え、スナイパーライフルに切り替え遠くの巻き貝もどきを一方的に排除する。
数秒前まで頭の中にあったはずの違和感は、いつの間にか不自然なほど自然に消えていた。
斬魔刀がベアトリクスを追い詰める。
複数方向からの30ミリ弾が回避という手段を奪い直接的な防御を強要する。
なのにまた姿が溶けていつの間にか本体が別にいる。
「っ」
聞き慣れない声が耳から脳を冒す。
意味が分からないのに意思を感じる声が邪魔で集中が乱れている。
「なっ」
クリスティンが目を見開く。
瞬きもせず意識も逸らしていないのに、ベアトリクスが彼女に背を向け崑崙基地目指し飛ぼうとしていた。
「搭乗者汚染か映像欺瞞か」
戦闘中に無理矢理打った精神安定剤使用がアーサーに効いてきた。
「なら確実に当ててやるだけだ。偏差射撃、十字!」
数単語で作戦を伝えることは熟練ハンターにとっては容易いこと。
護衛の阻止を止めてまで集中した銃撃が、月の上に浮かぶベアトリクスに襲いかかった。
●CAM対VOID
白い機体に火花が散った。
歓声が爆発する。
撤退中のR6M2bがはしゃいでいる。
「気持ちは分かるがな」
柊 真司(ka0705)が苦い声でつぶやいた。
士気の大切さは分かっているので通信機の発信機能は切っている。
「怪獣大決戦だーがおー」
肉食獣ペイントのヘイムダルがVOIDを威嚇する。
ベアトリクスが進路を変えて取り巻きの中に潜むのを見て、R6M2b隊がますます盛り上がる。
「柊ちゃんこれまずいんじゃない?」
エリス・ブーリャ(ka3419)の声は明るく内容は深刻だ。
ベアトリクスに当たった理由が分からない。
命中率が計算上でも経験上でもあり得ないこの状況は、まず間違いなくベアトリクスの特殊能力の影響だ。
なのにその特殊能力が何か全く分からない。
ベアトリクスが方向転換したのはダメージ故ではなくおそらく単なる気まぐれ。楽観できる材料は1つもない。
「まずは一体一体確実に仕留める。ベアトリクスはその後だ」
すり足で近づき杭を打ち出す。
対ベアトリクス戦闘が嘘のようにあっさりと、杭が擬人型VOIDの腰部を破壊し身動き不能にする。
「がおー!」
響きから判断して肯定だろう。
肉食獣ペイントのザウルスくんがぐるぐる回るドリルでひと殴り。
擬人型VOIDの触手と装甲が巻き込まれて汚いジュースになった。
半壊した敵が後退する。
左右の擬人型VOIDが空いた隙間を埋めベアトリクスへの進路を塞ぐ。
軽い衝撃が機体と地面に伝わる。
背中に小さな穴が開き、後退中の擬人型VOIDが前のめりに倒れた。
「あーあ。どうせなら観光でここに来たかったなぁ」
熱を持ったCAM用拳銃を機体に戻す。星と宇宙艦艇からの光を受けててザウルスくん格好良く見えた。
「ようやく作戦通りか」
エリス達とは別方向から須磨井 礼二(ka4575)達の班が仕掛ける。
擬人型VOIDの触手群から粘液にまみれた目玉が顔を出す。
礼二機がアクティブスラスターを吹かした直後、十数のレーザーが装甲をかすめて虚空に消えた。
「奴らには箱舟がよほど魅力的に見えるらしい」
HMDと空気のない空を通して敵をみつめる。
彼我の距離は10メートルを切っている。
白兵戦を挑むのには遠く30ミリARでは近すぎる距離であり、擬人型はハンター機足止めのためカタナを持ったまま前進しようとした。
「ここで仕留める」
機関銃が軽快に弾を送り出す。
前のめりの擬人型は回避も防御も困難で、サイズの割に威力のある弾を上半身から腰までめり込ませた。
「側方不注意だ」
真司がアクティブスラスターを吹かす。
敵前衛に横から近づき後ろに抜けて、無防備な擬人型背部に杭を打ち込み1体仕留める。
擬人型の触手が真司機を狙う。
数は5、太く速度も有り直撃を受ければスクラップ確実だ。
「ベアトリクスもこの程度なら簡単なんだがな」
右から順に躱して躱して躱し損ねてパイルバンカーの分厚い部分で受けまた躱して受ける。
全弾直撃時と比較するとダメージは1割にも満たない。
「ジャミングか?」
華麗な防御を見せつけるている間、真司の中で危機感が高まっていく。
ベアトリクスが見当たらない。
5体を翻弄し微かな隙を見つけて周囲を見渡しても白い擬人型がどこにもいない。
「情報を集める以前の問題か。ならよ」
龍崎・カズマ(ka0178)の重厚に改修されたCAMが、戦闘中の擬人型VOID群に直進する。
気づいたVOIDが銃と触手で迎撃を試みる。カズマ機は驚くほど機敏に動き大部分を回避、少数当たりかけた触手も斬魔刀で切りとばす。
ならばと2体の擬人型が刃と銃器の狭間に滑り込もうとして、 礼二機の時と同様に近距離対応の銃に迎撃され深手を負った。
VOIDの隊列が崩れた。
「そこか」
カズマは操縦席にアナライズデバイスを取り付け機体から情報を流す。
可動式のバイザーへ全てのセンサーを連動させベアトリクスを情報的に丸裸にしようとした。
「……崎、動け、機体が動かないなら脱出しろ!」
突然目の前の光景が変わった。
礼二機が巨大ハサミで緑の触手を押さえている。
するりと触手が抜け、白い本体と共に何度も跳ねて遠ざかる。
「何だこれは」
いつの間にかカズマも斬魔刀で擬人型と切り結んでいた。
攻めと防御が一体化した見事な動き、しかしベアトリクス討伐とそのための情報収集をしている今に限れば不適な動きだ。
「ジャミングか?」
デバイスとバイザーはエラーを表示し停止している。
思い出したように再起動を始めるがこれでは邪魔にしかならない。
「何がどうなっている」
擬人型を切り捨てベアトリクスを探す。
重装備で移動力が低くても敵が寄ってくるので問題は無い。
敵の攻撃を防いで耐えて刃と弾で蹂躙し、カズマは敵首魁との距離を少しずつ詰めていくのだった。
●戦闘の鉄則
時代が進んでも変わらぬ鉄則がある。
遠方から一方的に攻撃できると非常に有利という鉄則だ。
「接近戦は苦手なのよね。近づかないで貰えるかしら」
魔導型デュミナスが白金 綾瀬(ka0774)に仕込まれたとおりに発砲。
着地直後の擬人型に向かって105ミリの重量物が飛んだ。
擬人型のスラスターから炎が伸びる。
無茶な加速はスラスターを含む背中部分を崩壊させ、バランスを完全に崩して固い地面に自ら突っ込んだ。
そこへ新たな105ミリ弾が直撃する。
胸部が凹まされて銃とカタナをそれぞれ持つ両腕が跳ね上がる。
「お願い、シルバーレードル、落ち着いて」
見事な一発を放ったはずの機体の中でミオレスカ(ka3496)が焦っていた。
いつも通り、ほんの少しだけ制御に失敗したマテリアルが髪から虹となり漏れている。
総量が凄いので割合は少しでもかなりの量だ。
彼女の魔導型デュミナスも、主に倣うかのようにほんのり虹色に染まっていた。
「ミオレスカ?」
「ずれているんです」
白金の長距離射撃が倒れた擬人型にとどめを刺す。
「表示が壊れてるのかな」
自身の五感と自機のセンサーのズレが異様に大きい。
こう感じだしたのは数十秒前からだ。
ベアトリクスの取り巻き以外を討ち果たすまでは気づくことも出来なかった。
「……攻撃は継続で」
「はい」
端にいた擬人型がミオレスカに腹を射貫かれる。
2体の鉄巨人が淡々と撃つたびVOIDに命中、1体が壊れたら次の1体に被弾しVOIDの数が一定の速度で減る。
命中率は敵の回避を除けば10割に達している。CAMとは思えない水準の長距離射撃能力だった。
「まるで夢で見るような世界ですね。身体がいつもより軽く、まるで落ち着きません」
ミオレスカの髪が揺れている。
コクピットの7色は自分の色なので気にはならない。
「敵機接近中。装備は近接戦装備。……ここのVOID、気づくのが遅いわね」
白金は困惑していた。
遠距離で高威力の弾を確実に当てられる分、2人の機体は接近戦能力を削っている。
戦闘開始後1分も経たずに突っ込んでくると思っていたのだが、現実は数分かけて取り巻きを数割減されるまで2人の2体の脅威に気づかなった。
「はい。なんなんでしょうあの白いの」
2人は飛んで来る擬人型を狙わない。
このままだと人類側ダメージディーラーがまとめて被撃墜か思われたそのとき、鹿島 雲雀(ka3706)の機体が斬機刀片手に跳んで止めた。
カタナが空を切る。
斬機刀が頭部をかち割りセンサーと眼球をつぶす。
擬人型VOIDはまだ倒れない。失った速度を取り戻すため肩部スラスターに火を入れ数メートル低速で横へ飛び、読み切っていた白金に打ち抜かれて撃墜された。
「こちららはもう大丈夫です。ありがとうございました」
ミオレスカがHMD越しに頭を下げ、雲雀が機体を使い了解の意思を伝える。
スナイパー部隊を最大限活かすための活動はこれで完了だ。
味方の奮闘で敵護衛も半減し、今ではベアトリクスの姿がはっきりと見える。
「能力が未知なら、やる事は一つ」
背中のメインスラスターを点火する。
加速は凄まじい。熟練ハンターの身体能力でもブースター飛行中に攻撃するのは危険すぎる。
「全力をぶつけ、テメェの全てを暴く!」
ブースター停止。
ベアトリス護衛隊の中心に着地。
飛行中機体に固定していた斬機刀とマシンガンを両手に装備。
擬人型VOID全機が同時に襲いかかる。
「そこだ!」
雲雀機は擬人型の間をすり抜け触手も弾もレーザーも頑強な刃で受けて耐える。
鋸条の刃が、ベアトリクスの胸部装甲を貫いた。
●平行線ですらなく
幻だったベアトリクスが消え本物が現れる。
雲雀機は見事な機動で擬人型の攻勢をいなすがベアトリクスを攻める余裕は無くなる。
「無理だ。倒しきれない」
ザレム・アズール(ka0878)は感情を交えない科学的思考で結論を出した。
ベアトリクスの特殊能力を暴かない限り勝利する可能性は0に近い。
暴けてもその時点でハンターの力が尽きていれば皆殺しにされる。
「余力がある奴は擬人型の処理に回れ。退路を確保しておく、急げ」
魔導短伝話とトランシーバー両方を使っているのに通話可能時間は4分の1もない。
ベアトリクス付近は、伝波増幅と機導の徒を使ってようやくか細い連絡網が維持できるジャミング過密地帯だった。
「9時方向AR2!」
沙織(ka5977)の切羽詰まった声がトランシーバーから飛び出した。
ザレムは考えるより早くコンボを入力、意識の死角から迫った30ミリ弾をぎりぎりで回避する。
ベアトリクスが優雅に跳ぶ。
淡い碧光が広がり擬人型に触れると、途端にこれまで新兵未満の技量しかなかった擬人型が切れのある動きで銃を構える。
ハンターがベアトリクスに行ったものに匹敵する立体的十字砲火が始まる。
多数の機体が装甲を抜かれて空気が漏れ出す。
「お前は何者だ! 何が目的だ!?」
瀬崎・統夜(ka5046)が空気に叩き付けるようにして叫ぶ。
闇色の自機は高速コンボ入力を忠実に反映し十字砲火をくぐり抜け、沙織機の予想進路上に弾をばらまき進路の安全を確保した。
「最悪でもロッソには触れさせん」
宇宙服のヘルメットを被って操作を続行。仮にベアトリクスがロッソに向かっても遮れる位置で援護を続ける。
「うん、よし」
意気を大きく吸って吐いて沙織は覚悟を決めた。
「聞こえていますか! こちらサルヴァトーレ・ロッソ所属、綺導・沙織!」
雑音しか聞こえない魔伝とトランシーバーに対し、気合いとマテリアルを込め己の意思を突き刺す。
「応えて!」
ベアトリクスからの反応はない。
戦闘開始から今まで届き続けていた、通信機器を介さず届く声に似た何かが脳と思考を圧迫しているのに始めて気づけた。
「アクティブスラスター全速! お願い、エーデルワイス!」
シールドを両手で保持して跳躍。
ベアトリクスから広がる触手の豪雨を防ぎ味方への被害拡大を防ぐ。
「私達は戦闘なんか望んでない、あの船は大切なモノなの! だから壊さないで!」
後がないつもりで文字通りの全力を出す。
錬金術由来の部品が意思に反応して高熱と高性能を発揮、マテリアルが波となりベアトリクスに届いた。
「何……これ」
沙織の瞳が見開かれる。
物理的には真正面から向かい合っているのに相手の気配がこちらを向いていない。
憎しみの感情があるならまだマシだ。沙織がベアトリクスに向けた意思と感情と、ベアトリクスが外界に向ける興味が全く重なっていない。
「あなたは何……誰なの?」
シールドを構えたまま全力で横移動。
強烈なレーザーが装甲の表面と地表を灼いて溶かした。
「進路は確保した。出番だ」
ザレムはなんとか後方への連絡に成功した。
猛烈な勢いで弾をばらまく統夜機を援護する位置へ移動して、統夜と共に沙織機の援護を支援する。
「対話は失敗か」
統夜が苦い声でつぶやく。
沙織の言葉はジャミングを貫通して彼の元まで届いていた。
「挑戦しないのか? 中継なら請け負うが」
ザレム機体が発砲。
ベアトリクスの動きを読んで実際当たっていたのに何故か弾が外れる。
「あれを上回る自信はないな」
分かっているだろうと声色で突っ込みを入れる。
ザレムも冗談のつもりだったらしく、淡く笑ってから意識をベアトリクスとその取り巻きに向けた。
「擬人型を削りきれば最悪でもロッソ撃墜にはならない、か。はっ、もう、二度と、壊させたりはしねえ! ロッソも、この基地もだ!!」
黒い機体が歪虚のCAMと猛烈な砲火を交わし、敵味方の装甲が爆ぜて月面に舞った。
●消耗戦
擬人型VOIDの中身が消滅する。
かつてCAMだったパーツが無音のまま地面に落ちる。
魔導型デュミナスとヘイムダルの装甲が砕けて中身が剥き出しになる。
ベアトリクス攻略の手がかりさえない状況だ。大破した機体で留まり命を捨てても意味が無い。
VOIDもハンターも、時間が経つごとに加速度的に戦場から消えていく。
「今回は後ろに頼りになる後輩がいるし、存分に暴れる!」
腕部ドリル1つのみを装備した重装甲ヘイムダルが月面を駆ける。
地球比6分の1の重力は普段以上の速度を導き、しかし仁川 リア(ka3483)は普段と変わらぬ精度で愛機を操って見せた。
「GO! スピニオン!!」
30ミリの弾幕の下をくぐり抜けドリルの間合いへ。
激しい銃撃戦で穴だらけの前面装甲を砕き、擬人型の中身を汚いジュースに変える。
カタナが殺到し超重螺旋と名付けられた機体が傷だらけに。
「僕達の螺旋がこの程度で止まるかっ」
ヘイムダルの足が達人の動きを見せる。
個々の動きはむしろ遅い。各関節が最高の効率とタイミングで稼働して、慣れぬ者には気味が悪いほど生物的な動きで刃の林を突き抜けた。
目の前に外に通じる穴がある。
手足と動力へのダメージは回避したが自慢の機体が傷だらけ。
つまり、攻撃特化のこの機体でこの被害ですんで防御成功ということだ。
「やれ! 星野!」
機体装備の魔導短伝話に剥き出しの魂をたたきつけ、立派なガトリングガンごと擬人型の腕を砕いた。
「無茶をして」
射撃戦装備の魔導型デュミナスの中、四十八願 星音(ka6128)が親愛の情のこもったため息をついていた。
その仕草は愛らしく見える。
しかし彼女の細い指が奏でているのは音楽ではなく射撃諸元だ。
「頼りにしてますよ、センパイ……そして、ヨイチ」
リアが混乱させた擬人型VOID隊に対し、彼らの反撃できない距離から本格的な砲撃が始まった。
ヨイチと名付けられた機体が主の計算通りの位置に弾を送り込む。
ベアトリクスには及ばなくてもR6M2bに匹敵する戦力の機体が、まるでボーリングのピンのように見た目は軽々と倒されていく。
どこからか声が聞こえる。
意味不明なベアトリクスの声ではないので、連合宙軍から聞こえる声かもしれない。
「私はLH044の生き残りです。軍の皆様に、助けていただきました……今度は、私が助ける番です!」
今ここにいるのは学生であって学生でない。
マテリアルの扱いを身につけ、戦い生き抜く覚悟を持った戦士であった。
「お父さん」
ルーファス(ka5250)の口から泣き言に近い言葉がこぼれた。
敵が強いだけなら恐れはしない。
切り抜ける実力と自負はある。仲間達も信頼できる。
けれど、肉親を正体が分からないものへ向かわせるのは怖くて体が震えてしまう。
「問題ありません。最初に敵能力調査、後に排除です。油断なく落ち着いていきましょう」
アルファス(ka3312)は息子とは別方向にスラスターを向けた。
これまで連なっていた小さな岩が途切れる。
数メートルという至近距離で、白と緑のCAMサイズVOIDとすれ違った。
「最悪ですね。確実に状態異常を受けているのに何も……今のは」
心身が元に戻った感覚が一瞬あった。
彼の飛び抜けた抵抗力でも、滅多に状態異常を打ち破れず打ち破ってもまた影響下に戻される。
だがその「振れ幅」から、自身が何らかの異常下に置かれているという確信があった。
小型のマシンガンが火を噴く。
これまでベアトリクスと戦ったハンターからの情報が活かされており、命中した状況を再現する距離と位置とタイミングで銃弾が迫る。
白い巨人の反応はアルファスを上回っていた。
銃口から弾が離れてから地面を蹴り、銃弾と銃弾の間に滑り込んで回避する。
特殊能力無しでも極めて高い回避能力が改めて証明された。
「高位歪虚にしては控えめね。気象操作も地形変更もしていないのだから」
アルファスの鎧騎士の背を守るのは優美さと切れ味を兼ね備えた機体、姫騎士を意味する銘を持つユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の鎧だ。
お互い機体の動きから言いたいことを理解出来る気心の知れた仲である。
「違和感を感じられないほど悪影響を受けている、か。仕方が無い。限界まで深く潜るから援護を頼むわね」
操縦桿の感触が消えた。
極限の集中が不必要な情報を削り、マテリアルに対する感覚の優先度を最上位に変更。
心身の酷使でわずかに弱まった己の正マテリアルと、装甲と真空越しに微かに感じる負のマテリアル塊が1つ。
乱れた息が漏れる。
指先の感覚が戻ったり消えたりで酷く気持ち悪い。
「そう、ここ」
パイルバンカーを撃つ前に当たった感触を得たそのとき、ベアトリクスからの殺気を眉間に感じた。
「っ」
全ての行動および予定を破棄して全力回避。
半秒遅れてかつてない速度で触手が伸びる。
これまでの速度が遊びでしかなかったと思えるほど速く重い。
「ベアトリクスに攻撃が当たることは確信できました」
アルファス機がハルバードを振り下ろす。
触手に当たり双方はね飛ばされる。
「実体を持つ確信も得られました」
VOIDが碧に光る。
アルファスは機体の向きを変え被弾する箇所を最小限にする。
「問題は後どれだけ戦えるか」
敵はすでに小数だけれども、ハンター達の機体にはダメージが蓄積してしまっていた。
「強欲王に比べればプレッシャーは無いがいつもながら狂気は言い知れぬ不快感があるね」
カラバル ネルバ(ka3495)は一旦口を閉じた後、眉をひそめた。
「不快感か。ジャミングが弱くなっている訳だ」
巨大な白色シールドを使い擬人型からの銃撃を受け止める。
庇われたルーファス機は、浮遊中のベアトリクスに対空砲火を向け仲間と父の攻撃を援護する。
「戻ってきたというわけだ。懐かしくもおぞましい我らが戦場よ」
装甲1枚外は人間の生存を許さない真空。
そんな場所でもVOIDは暴虐の限りを尽くしている。
「帰還して早々、派手にやってくれてるじゃないか。私でもこれは不快感を隠せんね」
地面に転がるR6M2bの残骸の隙間に、人間1人分にわずかに足りない肉と骨が見えた。
「同胞に好き勝手してくれた礼は返さねばな」
磨き抜かれた知性は憤怒の中でも曇らない。
追加装甲による厚い防護と巧みなシールド防御で以て擬人型生き残りの斬撃および銃撃をカット、後衛のスナイパー部隊とベアトリクス相手に戦う面々の邪魔をさせない。
「これが皆がずっと戦っていた宙の戦場……」
HMDを通して膨大な情報がルーファスに流入する。
無限の広がりを持つ黒い空、空気のない空間で激しく喰らいあう人間とVOID。
これまで伝聞でしか知ることの出来なかった、父達がかつて戦っていた場所だ。
スティックを握る。
小柄なルーファス用に調整された操縦桿が手に吸い付くようだ。
コンボは使わず進路と向きを入力する。
飛び出た障害物を盾にベアトリクスの視線から逃れ、再度目が合うと同時に引き金を引く。
相変わらずの高速度高加速で躱される。
しかし回避にかかった時間でアルファス達が体制を整えあるいはリロードする余裕が出来た。
「皆一緒だから戦える……お父さんもお姉ちゃんも、ついでにユーリさんとかも、ね」
ルーファスは強い視線でVOIDを睨み、消耗した仲間と共に攻勢に移った。
●崑崙の壁
「俺達はロッソの所属機だ。ベアトリクスは俺達が撃退する! 奴を退けられれば月の狂気共は統制を失うはず……もしかしたらジャミングもだ。邪魔が入らないよう、周囲の小型や強襲型を掃討に協力してくれ」
ブル・レッドホーン(ka3406)は遠くの軍に要請してから額の汗をぬぐった。
移動と回避と攻撃をしながらの通信は精神を削る。
「アクセサリ枠をケチらない方がよかったかもな」
手で持ったりコクピット内に無理矢理取り付けるのは、特に戦闘中は危険なようだ。
「生き残りは半分か。ずいぶんやられたな」
ハンターの戦死者は0だが皆修理や補給のため後退している。この戦闘中に戻ってくるのは無理だ。
「初めての戦場と初めての本格戦闘で善戦以上だ。覚醒者ってのは凄いな」
成った時点で能力が激増し鍛え戦うほど衰えること無く成長する。
どこまで行けるか考えると楽しみでそして少し怖くもある。
「お荷物にならないようしないとな?」
珍しく冗談を言うブルの肌には、素晴らしく練られたマテリアルが複雑かつ勇壮な形で浮かび上がっていた。
マーゴット(ka5022)の機体が跳ぶ。
スラスターの光が黒い装甲で反射され艶めかしく美しい。
「お前達の相手は私だ」
速度を保ったまま擬人型VOIDに突っ込む。
片刃刀身の大剣、CAMにとっては大ぶりのナイフ程度の刃を一閃し、装甲に覆われていない触手を切り裂き本体を分解する。
予想外の方向で負のマテリアルが消える反応が複数。
視線とスティックの操作で確認を行うと、ブルにより処理された小型狂気がいくつか見えた。
「感謝は後でまとめて。今は」
一度ブースターを止め再度点火。
跳びあるいは飛ぶことが多かったため、複数回の衝突と移動時の負荷で機体の調子がおかしい。
「一体たりとも、友軍の兵士や兄さん達に……近づけさせないっ」
アサルトライフルが咆哮する。
30ミリ弾が大きく外れる。マーゴット機の弱体化に気付いた擬人型の生き残りが止めを刺そうとやってくる。
狙い通りだ。
ブースターを切る。
受け身で半回転して強引に速度を落とし今度は使い慣れた刃で連撃。
足を潰されたVOIDが仰向けに倒れて移動も攻撃も出来なくなる。
倒れたVOIDを、メニエル(ka3428)のCAMがかぎ爪で処理し終えた。
これで擬人型は全滅だ。
紛れ込んだ小型狂気もブル達が処理済み。
後はベアトリクスとハンターの決戦を残すのみ。
「舞台は整った」
魔導型ドミニオン、ガラハドが銃を構え直す。
メニエルの瞳にベアトリクスの姿が映っている。
時に二重に見え時に消えて現れはするものの、戦闘開始直後に比べると分厚い衣装が解けた半裸状態だ。
「ふむ、ベアトリクスね……とても美しい白の貴婦人だな。それでは踊って頂こうか。愛を囁かれるのはお嫌いかい?」
言葉と声は綺麗に、攻撃は容赦なく。
ベアトリクスが目に見える場所にいないという前提で機銃掃射を開始した。
「可能なら釘付けにしたい所だけど」
触手が不自然に跳ねて明後日を向く。
視覚情報と一致していないが手応えがあった。
「まぁ、そう上手くは行かないか
凶悪な圧迫感が脳にくる。
非常識に巨大な何かに凝視されたような、生存本能が悲鳴をあげる威圧感だ。
ベアトリクスが初めて身構えた。
大威力の触手と防ぐことも難しいレーザーが嫌らしいタイミングで放たれる。
「うん?」
僚機である魔導型ドミニオンが、敵も味方もいない場所にシールドを向ける。
メニエル機を打ち抜くはずだったレーザーが唐突に消え、装甲を押しつぶすはずだった触手が弾かれ、被弾していないはずのドミニオンが数メートル押されて体が揺れる。
「久し振りに此方へ来れたのは良いけど……なかなかどうして状況が良くないようだね」
リコ・フェルディナント(ka5937)が肩をすくめた。
眼球が高速で動いて外界と機体の情報を受け取る。
連戦と先程の一撃で装甲から駆動系まで警告表示が付きっぱなしだ。
右手一本でコンボを入力する。極少数無事だった予備システムに切り替えると同時にベアトリクスに立ちふさがる位置を保持し続ける。
「この白いのはCAMの天敵だ。認識を狂わされて戦うのは」
触手が鎌首をもたげる。
リコ機が己をぶつける進路で接近および防御。
シールドに穴が複数開いて増強された装甲が大きく凹んだ。
「無茶出来る覚醒者でないときついな」
ベアトリクスが手を伸ばし切る前に胸部スラスターに点火。
死の手をぎりぎりで振り切り後方遠くに飛び去った。
「貴婦人は激しいのがお好みのようだ。甲斐性の見せ所だな」
リコの後退を銃撃で援護しながら綺麗に笑う。
数が増えたレーザーがメニエル機の装甲を抜いて、コクピットからベアトリクスが目視可能になっていた。
『白いVOIDが押されている?』
『倒せるのか、あれが』
ハンター対ベアトリクスの戦場に無数の視線が集中している。
多数の現代兵器を蹂躙した怪物に、奇妙な改装を施したCAMが対抗しているのだ。
興味と不信感が1:1、両者をあわせた5倍の期待が視線にはこもっていた。
フィルメリア・クリスティア(ka3380)が重い息を吐く。
機関銃が弾をばらまきその全弾が白い機体にめり込んだ。
まぐれ当たりではない。
狙って撃って当てたのだ。
彼女は息を整え心身を落ち着かせ機導師として磨いた技で以てセンサーを動かす。
自機の制御と外界の膨大なパラメータを読み取り、その上で先読みしているので頭が熱を持ちすぎ意識が途切れそうだ。
「私にとってCAMは手足の延長よ。そう簡単に離させない、追い縋ってみせる!」
戦闘開始直後と比較して自機の自分も疲弊が激しい。
だがジャミング強度が理解可能な範囲まで低下しいる。
「貴女に意思があるのなら、何の為にその姿を取ってこうしているのか聞かせてもらいたいものね」
おそらく抵抗に成功してベアトリクスがはっきり見えた瞬間を捉え、機導の徒で外部情報取得を強化し狙いの修正を済ます。
発砲。
白いVOIDは避け損ねて触手を束ねて弾を受ける。穿たれた穴から不気味な色の粘液がこぼれた。
碧の燐光が広がる。
ベアトリクスの眼球の1つに集中して猛烈に光り、フィルメリア機に対して照射された。
「悪いが、俺の嫁に手は出させないぜ」
ゼクス・シュトゥルムフート(ka5529)が魔導型ドミニオンを駆り突っ込んだ。
遅い機体で白兵戦というのは悪手の典型例だ。
距離をとられて一方的に攻撃されれば無駄死に必至である。
「そこに、いるな」
打ち出した杭がベアトリクスの幻影を貫通。
そして狙い通りに、ドミニオンの肩部へ触手らしき大重量がぶつかった。
ゼクス機の左右と頭上を30ミリと105ミリの弾が飛ぶ。
目に見えるベアトリクスは健在でも地表に歪虚由来の破片が増えていく。
フィルメリアの攻撃成功率が2?3割に達している。
平均は4パーセントなので素晴らしく命中率が高い。
碧がゼクスの視界を塗りつぶす。
機体に重大損傷発生の警告音が響く。
ベアトリクスが飛んだ。
この戦場で初めて特定の敵……フィルメリアという個人を狙う。
加速も動きの精度もこれまでより一段上で、束ねられ振り上げられ触手に高位歪虚の本気が現れていた。
「嫁頼りの頼りない旦那だが」
視界が潰れる前の光景とフィルメリアの行動パターンを総合して5秒後の世界を予想する。
「根性無しのつもりはないんでな」
スナイパーライフルで発砲。
急速に回復していく視界の隅で、触手の根元を撃たれ平衡を崩すベアトリクスの姿が見えた。
地面にぶつかった触手が幾本か千切れ飛び、大物VOIDがフィルメリアを掠めて飛んでいった。
『敵、撤退していきます!』
お気楽な声と歓声が途切れ途切れの通信機から聞こえる。
ベアトリクスは進路を変えない。崑崙基地から離れる方向へ一直線だ。
離れる直前、驚き戸惑いそして注意力散漫の子供のように興味を失った仕草に、基地の人間は気づいていない。
「撃退でも勝利は勝利か」
「そうね」
連合宙軍にとっては偉大な勝利だ。
しかしハンターにとっては意図不明なまま相手が逃げ去った。つまり実質引き分けだ。
次も負ける気は無い。
ただ、このまま月に留まれるかどうかも分からない現在、楽観する気には全くなれなかった。
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