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ドナテロ・バガニーニ
ナディア・ドラゴネッティ
トマーゾ・アルキミア
『おおおお????! 親愛なる異世界の兄弟たちよ! ハッピーーーーニューーーイヤー!!』
ハンターズソサエティ本部に設置された大型の魔導スクリーンに映し出されたドナテロ・バガニーニ(
kz0213)のアップにナディア・ドラゴネッティ(
kz0207)は溜息を零す。
「おぬしスゴイのぅ。まあ、いちいち突っかかってこられるよりはそっちの方がいくらかマシじゃが」
クリムゾンウェストとリアルブルーの間は、月面基地崑崙のトマーゾ・アルキミア教授によって定期通信が可能となっていた。
といっても通信が安定するのは月に一度か二度程度で、こまめな相談事が可能な状況ではない。
よって、この定期通信はそれぞれの世界の状況を報告し、問題を持ち帰るような意味合いが強いと言える。
『トマーゾ教授も息災のようであるな。欲を言えばこの定期通信以外でも統一連合議会の通信に応じてくれると我輩嬉しいのだが』
『わし統一連合議会嫌いじゃからムリ。そもそも貴様らがわしを監視下に置いたり逮捕したりしようとするからじゃろう。この恨み墓まで持ってくからな』
「はあ?……。して、リアルブルーの状況はどうじゃ?」
『それが……我輩も尽力しているものの、今一つよくない状況である』
先のマンハッタン強襲作戦以降、リアルブルーの世論は揺れている。
サルヴァトーレ・ロッソの華々しい帰還。超人的力を持つ覚醒者の存在……。
統一連合議会の中でも彼らに対する意見は真っ二つに割れ、クリムゾンウェスト人を擁護する月面基地崑崙の主張により、地上と宇宙でも意見に隔たりが見られた。
リアルブルーの対VOID最前線でもあるコロニー群は、概ね崑崙に同調し異世界人との協力を支持。
一方、地上は意見がまとまらず各国首脳がお互いの顔色を窺い、鈍った動きで民衆が焦り、異世界反発デモの声ばかりが大きく取り上げられている。
『我輩もこれ以上一方的に異世界人を擁護するようでは、議会での立場が危ういであるよ……』
『そやつは俗物だが政治手腕は本物じゃ。それに今失脚されては議会とのパイプを失うことになる。無理はさせぬことじゃな』
「承知しておる。せめて地球の土を踏むことくらいは許してもらいたいところじゃがな……」
『あ。それに関してだが、秘密裏に我輩にアプローチしてきた国があってな。イギリスと日本の二国が受け入れを検討しておるそうじゃ』
「ほー。それはリアルブルーの国かの?」
『イギリスに根回ししたのはワシじゃ。CAM開発で技術提携しておるアワフォード社は、今や世界的な権力を有しておる。アワフォードから政府に圧力がかかったんじゃろう』
Combative Armour Machine計画――すなわちCAM計画において主導的な役割を果たしたアワフォード社は、元々はイギリスの工作機械メーカーだ。
一介の田舎企業に過ぎなかったアワフォード社がCAMという人型兵器を完成させるに至ったのは、当然ながらトマーゾの助力によるところが大きい。
『あの時、宇宙装甲車コンペに二足歩行する人型ロボットを持ち込んできた変態どもじゃが、その分頭は柔らかい。R7開発にはハンターの協力も受けておるし、実は遠まわしではあるが既に貴様らは協力関係でもある』
「トマーゾ……おぬしそこまで考えておったのか?」
『いや、人体実験したかっただけじゃ』
「お前マジでクズだな」
『日本に関しては我輩もよくわからぬが、どうもサルヴァトーレ・ブル艦長の南雲中佐が動いておったようであるな。現状、日本は地球統一連合に参加してはおるが、特殊な歴史背景からくる中立を保持したままという国で、連合議会の影響力は薄い。一時的に匿ってもらうには悪くない相手であるな』
「んんー……そっちの世界のことはよくわからぬが、いぎりす? とニホンのエライ奴と交渉する場を用意してもらえるか?」
『それは我輩にお任せであるよ! 近々、必ずや色よい返事をもぎ取って見せようぞ!』
演説の時……というか、強がりを言う時だけ根拠もなく頼もし気に見えるのは、ドナテロ・バガニーニという人間のある種の才能だろうか。
エバーグリーンの風景
「ではその件は任せるとして……トマーゾ、エバーグリーンの件じゃが……」
『やはり手出しをするつもりか……。あの世界は既に滅んでいる上に強力な歪虚も多く危険じゃ。悪いことは言わん、深入りはするな』
「そうも行かぬよ。ルビーを助けてやると約束もしたし、それにあそこは邪神や黙示騎士の拠点の可能性がある」
『可能性があるというか、そうじゃ。連中はあの世界を土台に、隣接する異世界を侵略しておる。リアルブルーもクリムゾンウェストも、その一つに過ぎぬよ』
話が自分に理解できない部分に入ると、ドナテロはおとなしく口を閉ざし、代わりに几帳面にメモを取り始める。
『まあ、貴様らがちょっかいを出すという事が黙示騎士への牽制にはなるじゃろう。それに、あの世界には失われた技術もある。回収できれば貴様らの力にもなろう』
「ああ。だがそもそも――トマーゾ。おぬしはあの世界がなぜ滅んだのかを知っておるのじゃろう?」
『無論じゃ。しかし、今の貴様らには言わん。わしはまだ貴様らを信用したわけではないからな』
『お言葉であるが教授、彼らの力はVOIDに引けを取らない。リアルブルーの軍隊よりもはるかに強大な戦力であると愚考するが?』
『わしが言いたいのはそういう事ではない。信用していないのは“力”ではなく、それを御する“心”だ』
腕を組み、眉間に深く皺を刻みながらトマーゾはモニター越しにナディアを値踏みする。
このトマーゾ・アルキミアという男は、猜疑心の塊だ。確かに以前、ラヴィアン・リューからもそう聞いている。
だが、トマーゾを信用していないのはナディアも同じこと。この男は何か、クリムゾンウェストにとっても致命的な事実を隠している――そんな予感があった。
「わかった。じゃが、我らハンターズソサエティはエバーグリーンを暴く。これは曲げられぬぞ」
『否定はせんぞ。なんなら地図もくれてやろう。ずいぶん古い地形データじゃが、目安くらいにはなるじゃろう。それと、探索を行うのなら都市部を目指せ』
「ん? なぜ都市なのじゃ?」
『簡単じゃ。あの世界は今まさに滅亡しようという最期の最期の瞬間まで歪虚と戦い続けた。生き残った人類は都市に身を寄せ合い、最期の一人になるまで戦った。何か使えるものが残されているのなら、それは都市部だろうよ』
過去を懐かしむように呟いたトマーゾは、しかし忌々しい記憶を忘れようとするかのように強く瞼を閉じた。
『ところで、クリムゾンウェストの様子はどうなっておる?』
「ああ。実は青龍様に呼び出しを受けておってな。間もなくリグ・サンガマへ出立し、話を聞いてくるつもりじゃ。またこちらの動きは追って伝えよう」
そうして定期通信が終了すると、ナディアは深く椅子に腰かけた。
これから先は、世界ごとの事情も考慮した動き方が必要となるだろう。
ナディアにとって最優先とすべきはクリムゾンウェストという世界。そしてこの世界に生きる人々だ。
「誰かに利用され、無駄に命を散らす……そんな真似は絶対にさせぬ」
ドナテロもトマーゾも、間違いなく友好的な態度の裏に真逆の性質を隠している。それはナディアも同じかもしれない。
状況を読み切り、相手の先を行くこと。そのためには何よりも、正確な情報が必要であった。
(執筆:
神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
南雲 雪子
トマーゾ・アルキミア
ナディア・ドラゴネッティ
ドナテロ・バガニーニ
――時は、第二次龍奏作戦発令前に遡る。
『――地球統一連合宙軍は、地上に落下した大型VOIDを“クラスタ”と呼称しています』
リアルブルーの戦況はかろうじて均衡を保ってはいるものの、決して有利とは言えなかった。
虎の子のサルヴァトーレ・ロッソを失ってから慌てて二番艦を組み立てたはいいが、宇宙コロニーは次々に破壊され、多量の死傷者を出してしまった。
南雲雪子はサルヴァトーレ・ブルの艦長として転戦を続けたが、結局最終防衛ラインを維持できず、地上にVOIDの侵入を許す事となった。
『アレは高位のVOIDを中心に多数のVOIDが連結、融合して作られたメガストラクチャーじゃ。故にワシらはクラスタと呼称する』
『日本政府が出した条件はシンプルですわ。名古屋クラスタの殲滅――これを以て異世界人を信用し、その受け入れを善処する、と』
通信機越しの南雲とトマーゾの言葉に、ナディア・ドラゴネッティ(
kz0207)は思案する。
「確かにハンターの力を示すには丁度良いじゃろうが……日本政府は信用できるのか?」
『そこですが、日本政府が完全に受け入れを決断したかというとそうではないのです』
「なんじゃーーーい! 話違うくないか!?」
『元々日本は統一連合軍への参加すら消極的な国でした。国民性を考えても、表立って異世界人を受け入れるのは困難でしょう……あくまでも“表立っては”ですが』
『あ、我輩が説明するであるよ、中佐。日本という国は結構矛盾というかいい加減というか、自分は戦いたくないから誰かに守ってほしいけど、自分たちの近くに兵器があるのが嫌という国なのである』
「イミフ」
『なのでやり方については我輩が考慮したであるが、表立って政府公認を得られるとは限らないのであるよ。密約は既に結んであるので、そこは信用してほしいである。あの国は体裁が整ってれば大抵の事柄はスルーで通せる自信があるのでな』
「おぬし有能なのか無能なのかマジでわからぬな……良い。その名古屋クラスタとやらに関して説明せよ」
――2016年11月6日。地上へ向かう8体の大型VOIDを迎撃する作戦が実施された。
統一地球連合宙軍は、このうち5体の撃破に成功。しかし、3体はそれぞれ別々のルートで地上に墜落。
このうち一つが連合軍、自衛隊の迎撃も空しく愛知県西部に墜落。これにより半径6km範囲のエリアが壊滅。
(幸い住民の避難は概ね完了しており、死傷者はごく少数であった)
VOID出現の脅威に備え、半径25km圏内の住民を強制退去。また陸・海・空、全交通網を停止。通称名古屋包囲網を完成。
翌日よりVOIDのクラスタ化を確認。7日中には第一次殲滅作戦を実施。結果は失敗。
統一連合宙軍岐阜基地(旧航空自衛隊岐阜基地)の連合軍と自衛隊による二度の殲滅戦はどちらも失敗に終わる。
幸いVOIDはクラスタから大きく離れず近隣住民への被害は最小限に留まる。
(後の観測結果からVOIDはクラスタから10km以上は離れないことがわかる)
クラスタは内部でVOIDが分裂・複製され同時にクラスタそのものも肥大化を続けており、早期殲滅が求められる。
日本政府は統一連合議会の援軍を要請するも、同時期に墜落した2体のクラスタ対処もあり、迅速な行動は不可能。
(自衛隊は周辺都市の防衛と包囲網の維持を担当。元々自衛隊の戦力の一部は連合軍に参加しており、大規模な軍事作戦が困難な状況だった)
2017年12月11日、統一連合宙軍所属、南雲中佐より異世界戦力を活用した殲滅戦プランの提案を受け、政府は検討を開始。
1月20日、再三行われた話し合いの結果、ドナテロ・バガニーニ(
kz0213)の働きかけもあり統一連合宙軍より派遣された部隊として時間制限内での軍事活動が許可される。
「お前らの世界めんどくさ! ていうかわらわ達は統一連合宙軍に参加したつもりはないぞ?」
『あ、そこはペーパーカンパニーであるが、統一連合宙軍に参加するPMCの一つとして登録しておいたである。つまり統一連合宙軍の名の下に運用される傭兵部隊という体裁であるよ』
「結局我らは今後もドナテロを頼らねばまともに行動できぬことだけはわかった。業腹じゃが、おぬしとは長い付き合いになりそうじゃ……」
あんパンのような顔をにっこりと緩ませるドナテロ。と、そこで思い出したように手をたたき。
『しかし、統一連合議会も日本政府も諸君らに完全に信を置いたわけではないのである。よって、監視がついてしまう事はあらかじめ報告させてもらうぞ』
「それくらいは致し方あるまいな。そいつらを守ってやる必要は?」
『ない、という回答である。我輩もよくわからぬであるが、特殊部隊出身らしいのでな。心配は無用と』
「そうか。では、細かい作戦についてじゃが……」
この地方都市から人々の声が失われておよそ二ヵ月以上が経過する。
名古屋へと続く道路は統一連合軍により封鎖され、軍人であっても立ち入ることはできないままだ。
そんな無人であるはずの都市、名古屋駅前の通りに一人の少年の姿があった。
軍用のバイクに跨った少年はヘルメットを装着したまま降り、駅前の通りを歩いていく。
“OF-004”
???
やがて足を踏み入れたホテルのロビーで少年を待っていたのは、袴姿の少女だった。
「……堂々と姿を晒しすぎだ。警戒心の低さは日本人特有のものか?」
「ご忠告ありがとうございます。でも、ちゃんと警戒はしてますので。えーと、あなたが“OF-004”さん……で、よかったでしょうか?」
少年はヘルメットを脱ぎ去り、小脇に抱えたまま少女に歩み寄る。
ソファでくつろぐ少女の傍らには見覚えのない大型の兵器が寄り添っていた。
(歩兵用の火器にしては大きすぎる……研究所でも見たことのない“型”だ。トマーゾ・アルキミアの試作兵器か?)
「“蒼機”が珍しいですか? 良かったら触ってみます? 適性のない人間が持ってもただのおっきな鈍器ですし」
「いや……結構だ。日本側の内情に踏み込むつもりはない。トマーゾについても今は……な」
腰に巻いたポーチから取り出したのは最新型の耐衝撃ケースに収納された情報記憶媒体。少年はそれを少女に差し出す。
「マンハッタンの事件で確認されている異世界人の戦闘データだ。作戦プランについても共有しておく」
「ありがとうございます。では、こちらが――覚醒者と呼ばれる異世界人の生体情報です。あ、多重にロックしているので、次の者から鍵を受け取ってくださいね」
少女から差し出されたデータを再びポーチにしまい込むと、少年は踵を返す。
「お互い苦労しますね」
「ただの任務だ。苦労と考えたことはない」
「そうですか? 私は人を騙したり、裏切ったりするのは苦手です。良心が痛みませんか?」
たった二ヵ月でも人がいなくなれば町は廃れる。袴についた埃を叩き、少女は笑う。
「異世界人さんが介入すれば人体実験がやりやすくなりますね。素朴な疑問ですが、身体を改造されるというのはどんな気分なのでしょう?」
一度足を止め、少年は振り返る。
「ただの任務だ。俺はこの世界からVOIDを排除できればそれでいい」
去っていく少年の背中をじっと見送り、少女は溜息をこぼした。
(執筆:
神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
「この度は私の我儘にお付き合いいただき感謝致しますわ、お父様」
南雲 雪子
広々とした日本庭園にカコンと竹の鳴る音が響き渡る。
ひとつだけ開かれた障子の向こうには、しんしんと降り積もる雪が見える。
三十畳程の部屋で、南雲雪子は静々とかしずいていた。その様子を見降ろし、上座に座った老人が煙草をくゆらせる。
「霞が関の連中を黙らせるのには苦労した。だが、良い。既に高山にも話は通してある」
高山英臣。日本の総理大臣であり、今や安全保障関連で右へ左へ大忙しな時の人である。
国会の認可がなければ当然、名古屋クラスタ殲滅戦は不可能だった。二ヵ月で話がまとまったのは、この国の性質を考えれば異例と言えた。
「だが、国防は南雲家の責務。時代が移り変わったとて何も変わらぬ。雪子、お前の判断は正しい。異世界人は特効薬足りえる」
「はい。彼らは驚異的な戦闘力を持ち、それでいて環境を破壊しない。せいぜい半日程度の滞在で元の世界へ戻るという制約は、今は有難い話です」
「統一連合軍のような無粋な輩とは違い、立つ鳥跡を濁さず……駐屯地でモメる事もない。おかしなものだな、別の世界の人間の方が向いているとは」
老人がくつくつと低い声で笑っていると、襖の向こうから声がかかり、一人の少女が顔を見せた。
「お話し中失礼致します……あら? 雪子叔母様っ!」
軍服姿の叔母の姿を見るや、少女は満面の笑みで抱き着く。
南雲 芙蓉
「日本へはいつお戻りに?」
「一か月くらい前かしらね。大きくなったわね、芙蓉」
「ン、オホン……芙蓉、ちゃんと挨拶せんか」
はっとした様子でただずまいを正すと、芙蓉と呼ばれた少女は三つ指を突き頭を下げる。
「芙蓉よ。名古屋の様子はどうであった」
「名古屋クラスタの殲滅後、市街地の復旧は順調。マスコミも彼らを英雄と持て囃しておりますわ」
尤も、それは好機の視線が大部分であろうが……ともあれ、日本人の異世界人介入への風向きは明らかに変わった。
地球統一連合軍よりも異世界人の力を以て日本を守ろう、という世論が高まりつつあるのだ。
「ククッ、愚民共は単純よのう。己は血を流さず、常に生贄を欲しておるわ」
「芙蓉は予定通り、トマーゾ教授に従って彼らの活動を支援するつもりです。日本の活動拠点も決まりましたし、来週からはそちらへ赴きますわ」
「ほう。異世界人の受け入れが決まったのは、確か……」
ドナテロ・バガニーニ
「――チヨダク……アキハバラ? それってトーキョーの?」
「うむ。アキハバラトーキョー。クールジャパンの街、しかし実際はオフィス街でもあるな」
VIP専用機で羽田に降り立ったドナテロ・バガニーニ(
kz0213)は多数の白服――統一連合議会のエージェントに囲まれていた。
以前命を狙われてからというもの、常にドナテロの周囲にはボディーガードがびっしりとついている。その中の一人に小柄な少年が混じっていた。
空港で防弾仕様のリムジンに乗り換えたドナテロに付き添い、少年は隣に腰かける。
「異世界人がウロついていてモメごとにならない場所という事で日本政府から提案を受けたのである。連中、服装が全然違うし、剣とか持ってるし」
「普通に銃刀法違反では?」
「しばらくは警備体制を厳重にするという条件付きで、そういった恰好を見逃すイベント? をやってカモフラージュするつもりらしいが、詳しいことは我輩にもイマイチ」
「アキハバラですか。軽く情報収集しましたが、恐らくコスプレという事で話をまとめるつもりでしょうね」
「とりあえずあまり目立たぬ駅近の雑居ビルを丸ごとバガニーニフーズ名義で買い取ったので、そこをハンターオフィス地球支部第一号にする予定である」
ハンターがリアルブルーで活動するには転移を行う必要があり、転移には転移先の座標を設定する必要がある。
だが今のところ世界中のほとんどすべてで、転移座標を自由に設定することは拒否されている。
有事にリアルブルー側からの支援要請を受け、初めて転移が可能になるわけだ。
名古屋クラスタ殲滅で日本人に受け入れられ始めた異世界人だが、まだ公にその存在を認めたわけではない。
故に試験的に異世界人が出歩ける場所として、この秋葉原が範囲限定付きで開放されたというわけだ。
「戦術的な作戦参加以外で異世界人を受け入れているというのはまだ国民には秘密なので、バレないようにしてほしいのである」
「ではそもそも転移を許可しなければよいのでは?」
「いや、異世界人が地球人とどのように交流できるのかと言ったことを実験したいのである」
そんな言葉を日本政府に聞かれては問題だと考えたが、冷静に考えれば許可を出したのは日本政府だ。
何か問題があったなら責任逃れをするだろうが、秋葉原で異世界人を活動させるというのは彼らにとっても実験のはず。
「この町の人は万が一の事があって死んでもいいと?」
「いやいや。そこまで考えてはいないであるよ。単純にこの町では“異世界”が受け入れられやすいんだとか」
「そうなんです?」
「我輩もわからんぞよ。でも、つまり、クールジャパンと!」
「クールジャパン恐ろしいですね。意味合ってます?」
「神ってる。ともあれ、君にはしばらくこの秋葉原で任務についてほしいのである。これ君の新しい名前とプロフィール。これは地図と会社情報である」
「えーーーーまた名前変えるんですかぁ!?」
「麻薬組織に4年潜入とかより良いであろう」
そりゃそうだが異世界人の面倒を見るとなればあんまり危険度は変わらない気がする。
少年は深々と息を溜息を零し、勤務地の情報を読み込んだ。
「うおーーーー来たぞリアルブルーーーーー! ……おっ?」
異世界転移門をくぐりやって来たナディア・ドラゴネッティ(
kz0207)の視界に飛び込んできたのは、アスファルトで囲まれただだっぴろい空間だ。
ナディア・ドラゴネッティ
天王洲レヲナ
元は地下駐車場だった場所を再利用した転移用の「エントランス」である。
転移先座標が大きくずれぬよう、この地下駐車場に複数の座標設定装置を置いている。
「ふむ。息抜きに遊びに来たのに、なんか思ってたのと違う。リアルブルー人は地下に住んでおるのか?」
「おかえりなさいませ、お嬢様!」
背後からの声に背筋を震わせ振り返ると、そこにはジャパニーズメイド(つまり不必要にフリフリでスカートが短く若干彩度の高すぎるメイド)が笑顔を浮かべていた。
「ドナテロ議長から話は聞いています。僕の名前は天王洲レヲナ。ナディアお嬢様、おかえりなさいませ♪」
「???(およそこれまで浮かべたことのない疑問に満ちた表情)
」
「あ、これ秋葉原の挨拶みたいなものだから気にしないでください。さあ、あちらのエレーベーターへどうぞ」
およそ表情らしい表情をすべて失い無色となったナディアを引きずり、レヲナはエレベーターに向かう。
雑居ビル特有の狭い(壊れそうな)エレベーターで上がって8階。扉を開くと目の前に広がるのは、ハンターの新たな活動拠点となる場所。
「おかえりなさいませ、お嬢様! ようこそハンターズ@カフェへ! 今日もキラキラ☆キュンキュン、いーっぱいサービスするにゃん♪」
「……………………………………は?」
「にゃん♪」
「は?」
「にゃん♪」
「わかったから話進めてほしいにゃんんんん! 目が怖いのじゃーーー!」
「ここは喫茶店……としてカモフラージュしているハンターオフィスです。地球側で起きている事件の情報やハンターへの出動要請を集約、場合によってはクリムゾンウェスト側に伝える事務所ってことです。特に作戦任務がない状態で秋葉原を観光したりする場合は、ここが皆さんの活動拠点となります。スタッフは私を含めて5名というブラックな職場ですが、皆さんを精一杯サポートしますね♪」
「全体的に不健全な気配をひしひしと感じるにゃん」
「半日程度のご案内となりますが、よろしくお願いしますね、お嬢様♪」
レヲナはウィンクしつつ、胸の前で左右の指を使ってハートマークを作る。
死んだ魚のような眼をして立ち尽くすナディア。そこへ、遅れてもう一人少女が姿を見せる。
「初めまして、ナディア総長。日本政府の要請でお手伝いに参りました、南雲芙蓉と申します。不束者ですが、今後ともよろしくお願い致します」
レヲナとは対照的に黒く短い髪に眼鏡、そして袴という日本人らしい(?)恰好をした芙蓉にナディアは首をかしげる。
「南雲? 確かサルヴァトーレ・ブルの……?」
「艦長の南雲雪子は私の叔母です。私は政府の特務機関に所属する身ですので立場は異なりますが、話は伺っておりますわ」
ナディアは二人を交互に見やり思案する。
つまりレヲナは統一連合議会側が、そして芙蓉は日本政府が送り込んできた監視者という事になる。
「なるほど。わらわはハンターズソサエティ総長、ナディア・ドラゴネッティ。お互い良き隣人となれるよう、努力しようぞ」
こうしてナディアによって秋葉原への転移が検証され、ハンターにも順次希望者には転移が解放されることになったのである。
(執筆:
神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
名古屋クラスタ殲滅という歴史の分岐点は、日本中を騒然とさせた。
名古屋クラスタ?名古屋金城埠頭周辺図
元々は異世界人の力量を計る意味での攻略戦てもあったのだが、その結果は日本国民の大きな期待へと繋がっていく。
この流れはハンターにも良い結果となった。しかし、未だリアルブルーにおいてハンターの存在は『未知の存在』として認識されている。
あの現代兵器が通用しないと思われていたVOIDに剣一本で立ち向かっていく姿は、頼もしさを通り越して恐怖すら感じられていた。
ハンター達が信用されるには、もうしばらくの時間と実績が必要であった。
その一方、ハンターの活躍に一際色めき立つ勢力もあった。
名古屋クラスタ殲滅を吉報とする日本の首脳陣である。
自衛隊を地球統一連合宙軍へ編入された後、防衛力を低下させた日本はVOIDに領土を奪われている。
これは国家の滅亡に直結するほどの危機感ではなかったが、放置することはできない。
名古屋の奇跡が再び起これば、日本からVOIDを追い出せるのではないかという希望が芽生え始めていた。
日本政府は、早々に地球統一連合宙軍へ協力要請。次なるクラスタ殲滅を打診する。
これは即ち、積極的な異世界人の実戦投入の開始を意味する。
かくして日本各地でクラスタに対する殲滅作戦が開始されようとしていた。
「ちょっと宜しいザマスか」
統一連合宙軍のブリーフィングルームで、一人の女性が挙手をする。
とっくにデスクワークへ回されていてもおかしくない高齢の独身女性。あと数年すれば還暦に到達すると聞けば、誰しも納得しような強引なる若作り。
軍服の上から白い羽根飾りを首にかけ、高めのヒールが特徴的な彼女。
まさに異彩を放つ軍人なのだが、周囲の軍人達はその女性の出で立ちよりも挙手した事に驚かされた。
「おいおい、ここで挙手するのか」
「あそこの攻略はベテランの提督でも難しいのだろう?」
「ああ。それをあの『広告部隊』がやるっていうのかよ」
口々に陰口を叩く軍人達。
その言葉が耳に入らないのか、女性は毅然とした態度で前を見据えている。
それに気付いたのか、進行役の軍人が女性を指し示す。
「なんでしょうか、森山特務大尉」
森山恭子特務大尉。
統一連合宙軍でも広告部隊と揶揄される『メタ・シャングリラ』の艦長である。
この部隊は通常の部隊と異なり軍の広告塔という位置付けである。前線で華々しい活躍を軍が演出する事で、各国の指示や援助を引き出す事がメインの仕事とされている。
だが、かつては美人尉官として知られていた恭子も高齢とあってその役割を十分に果たせていない
挙げ句、メタ・シャングリラには強力な兵器もなければ優秀な軍人もいない。
一部の軍人からは、連合宙軍のお荷物と認識されている。
「ここで功績を挙げれば、日本は必ず連合宙軍への協力姿勢を見せるに違いないザマス。
なのに、さっきから聞いていれば誰一人戦おうという者がいないザマス。
本当にここは、私が知っている栄光ある統一連合宙軍なんザマスか?」
恭子の一言で周囲の軍人は押し黙った。
目の前のスクリーンに映し出されるのは日本の北海道南部である。
実は名古屋クラスタ殲滅によって日本における統一連合宙軍の評価は高まった。
特に得体の知れない能力を持つハンターの運用に対する評価は上がりつつある。
自国でクラスタへ対抗する術を持たない日本としては、ここで連合宙軍との連携を深めて各地のクラスタ破壊を進めていきたいところだ。
そこで日本は覚醒者支援を進める条件として津軽海峡奪還を申し入れてきた。
津軽海峡は日本海と大西洋を結ぶ重要な海峡だ。現在ここはVOIDの支配地域となっており、人類が船で通行する事はできない。
ここを奪還できれば、北日本において海軍の戦略図は大きく書き換わる。
その津軽海峡奪還に必要な攻略拠点が――。
「函館。ここにあるクラスタを破壊すればよろしいザマしょ?」
恭子はきっぱりと言い切った。
名古屋クラスタと比較して規模は小さいものの、早くからVOIDに奪われた函館。
推測では五稜郭跡地にクラスタが形成。
そこから道南はVOIDに奪われたままとなっている。今回、日本が出してきた条件をクリアするには函館クラスタと命名された敵拠点の破壊が必須なのだ。
「……それは、メタ・シャングリラが函館奪還作戦を担うと考えてよろしいのですか?」
進行役は、改めて恭子に念を押した。
ここでメタ・シャングリラが奪還失敗となれば、日本からの期待は地に墜ちる。否、統一連合宙軍内でもタダでさえ邪魔扱いされるメタ・シャングリラだ。除隊だけでは済まないかもしれない。
それでも恭子は、断言する。
「よごザンス。この戦い、必ず勝利してご覧に入れるザマス。
日本はこの連合宙軍へ出向となる前にあたくしが在籍していた自衛隊が守っていた国。
あたくしの故郷とも言うべき国を守る為ならば、このあたくしが参るザマス」
数日後――辺境、パシュパティ砦。
「函館だと?」
八重樫 敦
山岳猟団団長の八重樫 敦(
kz0056)は怪訝そうな顔を浮かべた。
次の依頼について部下へ確認したところ、思わぬ血盟が帰ってきたからだ。
先日、トマーゾ博士の協力を受けて一時的ではあるが覚醒者のリアルブルー帰還が果たせるようになった。その事は八重樫も知っていたが、まさかそこから支援要請があるとは思っていなかった。
「函館奪還作戦の参戦か……大仕事だな。依頼主は誰だ?」
「統一連合宙軍メタ・シャングリラ艦長の森山恭子、となってますね」
「!」
依頼主の名前を聞いて、八重樫は立ち上がる。
その名前に記憶があったからだ。
「あのバアさん、まだ生きてたのか。大方、こちらの情報をどっかから聞いて無茶始めやがったな」
八重樫の脳裏には、かつての想い出が浮かぶ。
まだ八重樫が統一連合宙軍に在籍していた頃、広告部隊と揶揄されながらも無茶な作戦を指揮して大騒ぎしていた。今考えても恭子の無茶な作戦に振り回されるのは勘弁願いたい。
だが、八重樫にとっては血の通った輝かしい日々でもあった。
「各部隊へ通達。次の活動地域は日本……函館だ。リアルブルーへ向かう準備を行っておけ」
「というわけで、統一連合宙軍を通し、日本政府から正式な依頼がかかったよ。まずは日本のVOIDをやっつけてもらおう!」
『簡単に言いますが、歪虚との戦闘は危険なんですよ? 覚醒者が一般人より強力とは言え、命を張る仕事なんです。もっと緊張感を持って……』
ハンターオフィス秋葉原支部では天王洲レヲナがモニター越しにミリア・クロスフィールド(
kz0012)と通信を行っていた。
レヲナの若干いい加減な態度にミリアはクドクドと説教をしていたが、ともあれ通信自体は正常に行えている。
「崑崙のトマーゾ教授が中継してくれているとは言え、タイムラグもほとんどありませんし、通信は順調ですね」
南雲芙蓉は通信機の調整を終えると、レヲナの隣に並んだ。
「依頼書は正式にそちらに送信させていただきますので、ご確認くださいね」
『え? 依頼書もこっちに来るんですか?』
「FAXみたいなやつで行けるんですよー、センパイ」
『ふぁっくす……? ああ、この魔導機械ですね。わかりました、こちらでも張り出しておきます……ん? 今なんと?』
「センパイはセンパイじゃないですかぁ?。ハンターオフィスの代表! 勝利の女神! 僕なんてぽっと出の異世界人なんで、センパイにはとても及ばないですぅ」
『そ、そうでしょうか? いえ、レヲナ君も良く頑張っていると思いますよ。私なんていつも見てるだけで大したことないんです』
「ううっ、さすがセンパイ……! 実際に戦わず見ているだけという一番辛い仕事を一手に引き受けているんですねっ! 僕、感動しました!」
『そう……そうなんです! 見ているだけって結構辛いんだけど誰もわかってくれないし総長はどんどん危ない作戦をハンターに押し付けるし!!』
「あの?……お二人とも、そろそろお仕事の話に戻っていただけますか?」
芙蓉の言葉に二人のオフィス職員は真逆の表情を示した。
「日本にはまだいくつかクラスタが残されています。危険は承知の上、異世界の問題解決に頼ってしまう恥を忍んで、協力をお願い致します」
(執筆:
神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
松前要塞、陥落。
この吉報が日本政府へもたらされるまでに、そう時間はかからなかった。
陥落の一報は新宿の『背広組』から永田町へ報告。この事実に時の首相、高山英臣は歓喜の言葉を発したという。
「この一戦の勝利は大きい。貢献して部隊の功績を称える。彼らの後に多くの勇士が続くだろう」
日本の各地で歪虚の支配地域が増加していた現状は、多くの国民に暗い影を落としていた。
名古屋クラスタ壊滅、さらに函館クラスタ攻略の一報はそうして影を駆逐しつつある。またハンターの存在がTVで流れる度に、ハンターの支持者は増加していった。
未知の存在として畏れる国民も決して少なくはない。だが、勝利を重ねる毎にハンターを見直す人は確実に増えている。
ハンターの英雄視。
それはハンターにとって地位向上を意味している。同時に、一度の敗北が絶望へと繋がる危険な面を併せ持っている。
●
ルネ
リュー・グランフェスト
八重樫 敦
久瀬 ひふみ
妻崎 五郷
「おー、そうかんなの」
ルネ(
ka4202)は、驚嘆する。
眼下に広がる北の大地。
緑一色の光景はクリムゾンウェストでも拝めたが、空から見る光景はひと味違う趣がある。
「そうザマショ! あたくし達の作戦は始まったばかりザマスが、早くも成果が上がってるザマス」
メタ・シャングリラ艦長の森山恭子(
kz0216)特務大尉は、ブリッジから大野街道を見下ろすルネに対して胸を張った。
ハンターの尽力が大きかったとはいえ、恭子が満足そうにするのも無理はない。松山要塞陥落は日本政府を喜ばせただけではなく、統一連合宙軍内部を騒がせたという情報が入ってきている。
あの『広告部隊』『お荷物部隊』が敵要塞一つ陥落させたのである。
衝撃の声は賞賛へと変わり、函館クラスタ攻略に参戦を表明する部隊も増えつつある。
まさに、してやったり。
恭子の笑いは止まらない。
「お?っほっほっ! このまま進軍あるのみザマス!」
「楽しそうだなぁ。こっちは陽動作戦で大変だったっていうのに」
恭子の後ろで、リュー・グランフェスト(
ka2419)が溜息をついた。
賞賛を受けた今回の作戦は、歴女である恭子が箱館戦争の再現に拘った為だ。普通の指揮官であれば、函館湾周辺にいる正体不明の敵を調査しつつ、函館クラスタを包囲を画策する。
しかし、恭子は函館で100年以上も前に発生した戦いに拘った。可能な限り箱館戦争を再現して満足そうにしている。時折、『土方様』と叫んで虚空を見つめた後、不気味な笑みを浮かべている。不気味すぎて作戦を否定する軍人も少ない。
「諦めろ。あのバアさんの奇行はいつもの事だ」
山岳猟団団長の八重樫敦(
kz0056)は頭を振った。
八重樫と恭子は長い付き合いらしく、恭子との接し方を達観しているようだ。
「こらっ! あたくしはまだ還暦前ザマス! 婆じゃないザマス!」
「あの、そろそろ次の作戦概要を説明してくれないかな?」
久瀬 ひふみ(
ka6573)は、恭子と八重樫の間に割って入る。
八重樫やハンターがブリッジへ呼ばれたのは次なる作戦説明の為だったのだが、当の恭子が興奮して忘れていたようだ。
やや呆れ気味のひふみであるが、メタ・シャングリラのブリッジはこのような日常なのかもしれない。
「あ、そうだったザマス。まずは……これを見るザマス」
そう言ってモニターへ表れたのは道南の地図だ。
「あたくし達は松前要塞を攻略した後、函館クラスタへ向けて二つのルートを取るザマス。
一つは海岸線沿いで函館湾から函館クラスタを目指すルート。こちらは海上自衛隊の援護を受けながら、函館クラスタを函館湾から砲撃する事を目指しているザマス。
もう一つが……」
「陸上ルートか。どっちのルートも難儀そうだな」
妻崎 五郷(
ka0559)が言葉を続けた。
メタ・シャングリラが進むのは大野街道。
江差から東へ向かい、北から函館クラスタへ到達するルートになる。
「賢い子は好きザマスよ。
さらに函館空港の奪還作戦も進行中ザマス。これが成功すれば、函館クラスタを包囲できるザマス」
「もしかして、これも箱館戦争のルートなの?」
恐る恐る恭子に問いかける八原 篝(
ka3104)。
その問いを待ってたかのように、恭子は乙女の顔つきに変貌する。
「そうザマス! あたくし達はもうすぐ土方様が戦った地に到達するザマス!
ああ、あたくし達は士道を志し命をかけた男達の夢へと足を踏み入れるザマス。ここの空気を吸って土方様が戦って……」
「おい。俺達は時間がないんだ。妄想に付き合ってやる余裕はない」
恭子が恍惚な笑みを浮かべる寸前に、八重樫が一喝。
ヴィリー・シュトラウス
黒耀
恭子も渋々話を戻す。
「まあ、いいザマス。
情報によれば、この先の台場山で敵が拠点を構築しているザマス」
メタ・シャングリラに入った情報によれば、先遣隊は天狗山にて敵部隊と交戦。そこで台場山からの砲撃を受けたという報告を受けている。
複数のVOID砲に加え、中型狂気の姿も確認されている。
「待ち伏せですか。敵も本腰を上げてきたとみるべきでしょうか」
「その通りザマス。まさに幕府軍と新政府軍が箱館戦争で激戦を繰り広げた二股口の戦いザマス!」
ヴィリー・シュトラウス(
ka6706)の言葉に、対して恭子は強めに肯定する。
このまま放置すれば、また妄想の世界へ旅立ってしまうので黒耀(
ka5677)が早めに話を引き戻す。
「つまり、台場山から敵を排除すれば良いのですね。
敵の一掃。リアルブルーの山々を観光しながらデュエルと洒落込みましょうか」
「ええ。ハンターの皆さんにはCAMで進軍いただき……」
「待て」
ここで待ったをかけたのは八重樫であった。
「なんザマス?」
「これから函館クラスタへ進軍する事を考えれば、被害は最小限に抑えるべきだ。
台場山からの正面から進軍する部隊と迂回して側面から台場山を襲撃する別働隊を編成するんだ」
八重樫は、戦力を二つに分けて攻撃する作戦を提案する。
一つはメタ・シャングリラと共に台場山から進軍する部隊だ。敵の抵抗は激しいだろうが、敵の目を引き付けられる。
その隙に別働隊が迂回して台場山の側面から奇襲を仕掛ける。大きな崖が存在する台場山だが、CAMや幻獣なら苦もなく超えられるはずだ。
「……そ、そうザマス!
あたくしもその作戦を説明しようとしていたザマスよ」
慌てて説明する恭子。
その場にいたハンターは、見栄を張る恭子を前に目を背ける。
●
作戦会議終了後、メタ・シャングリラのブリッジから外を見下ろすアーク・フォーサイス(
ka6568)の姿があった。
その顔は、先の勝利を祝う歓喜のものではなかった。
「……どうした?」
アークの背後から、榊 兵庫(
ka0010)と鞍馬 真(
ka5819)が話し掛けてきた。
榊の声でアークは顔を上げる。
「ああ、ちょっと気になる事があるんだ。俺達は松前要塞を陥落させて北海道に上陸した」
「そうだ。函館クラスタに向けて作戦を展開中だ」
鞍馬は淡々と語る。
それは先程、恭子から語られた通りだ。
着実に作戦は進んでいる。先の大勝を考えれば、懸念は見当たらないのだが……。
「簡単過ぎないか? 今まで、誰も函館どころか道南へ上陸できていないんだ」
アークは、松前要塞に強敵らしい強敵が不在だった事を気にしていた。
あれだけ大砲を設置していたにも関わらず、要塞周辺や内部に強敵と言える存在は見当たらなかった。
まるでハリボテを攻め落としたかのような違和感――。
「……状況は分かった。敵は未だ戦力を温存していると見るべきだ」
アークの説明を聞いて、鞍馬が導き出した結論。
それは、強敵と呼べる存在が函館周辺に存在している事だ。あの程度の要塞なら統一連合宙軍でも大軍を持ってすれば落とせた可能性はある。
しかし、現実にはそれは為し得ていない。情報によれば函館湾へ踏み入れた瞬間、謎の攻撃を受けたというものがある。
おそらく、敵はまだ切り札を隠し持っている。
「強敵か。それは吉報。俺の槍を馳走する相手がいるのであれば、腕を振るわぬ訳にはいかんな」
力強い言葉を口にする榊。
未知なる敵の存在を、三人は確実に感じ取っていた。
メタ・シャングリラは――進む。
次なる激戦地へと向けて。
●
「詳細は送付した資料を参照して欲しいザマス」
メタ・シャングリラ艦長の森山恭子は、モニターの向こうにいる上官へ報告していた。
今回の戦いで衝撃を受けたのは日本政府だけではない。統一連合宙軍もまた内部に衝撃が走っていた。
あのパトロン集めが目的の為に創設された部隊が、難攻不落と言われた函館クラスタへ着手。挙げ句、敵の要塞を陥落させたのだ。
メタ・シャングリラに向けられる感情は様々なものがあった。
「で、どうなんザマしょ? 本部は大騒ぎザマしょ?」
「嫌な事をはっきり聞くのは相変わらずだな。既に多くの部隊から作戦参加の打診を受けている」
恭子の問いに、上官は苦々しげだ。
松前要塞攻略、北海道道南上陸。この一報で函館クラスタ攻略に名乗りをあげた部隊は少なくない。
何せ、あの宣伝部隊が成し遂げたのだ。
本職である軍人達の心に、火をつけた。
焦る者。
義に溢れる者。
故郷の危機に立ち上がる者。
どんな理由であれ、恭子の作戦に手をかしてくれるのであればありがたい。
「そうザマスか。手を貸してくれるならば、すべて受け入れるザマス」
「現在、そちらへ部隊を派遣する準備を進めている。完了次第、向かわせよう。
それより、どうなんだ? ハンターという連中は」
今度は上官が問いかけた。
統一連合宙軍の中にも、ハンターを気にかけるものがいる。行方不明となっていたものが突然現れ、しかも不思議な力で歪虚を撃退しているのだ。
注目を集めるのは当然だろう。
「優秀な傭兵ザマス。戦う理由こそ異なれど、歪虚との戦いには十分な成果を保有しているザマス。こちらの世界に滞在できるのが半日でなければ、函館クラスタは陥落しているザマス」
「そうか……」
上官は、そう呟くと黙り込んだ。
恭子は上官が何か裏で画策している事を感じ取ったが、敢えて口を挟まなかった。
「それから、作戦は順調だろうな?」
「現在、松前要塞から進行ルートを二つに分けているザマス。
海岸線から函館湾を目指すルート。
もう一つは江差から陸路で東へ向かうルート。
いずれも問題なく進軍しているザマス」
「ならばいい。戦果を期待する」
そう言って、上官は通信を切った。
恭子の胸を、何かが強く握った。
●
函館山の上から見下ろす風景は、雄大だ。
背後から吹き抜ける潮風が、函館市だった残骸に向かって流れていく。
もう、何度敵を倒してきただろう。
声を失った。文字も思い出せない。
空っぽの自分に残った物。
それは、生きるという本能。
そして、その本能から生じた、自己顕示欲求。
それを満たすのは、戦いしかない。
勝って、勝って、勝ち続ける。
今日も愛機が、ターゲットを捕捉してこちらへやってくる。
「ハロー! 黙示騎士からの情報を受信しました。敵は二股口付近。早急な排除行動を要求します」
ボクは、戦う。
今日を生きる為に。
函館――二股口及び木古内の戦いは、統一連合宙軍の勝利に終わった。
同時に開始していた函館空港、八雲分屯基地攻略も成功。
結果だけみれば破竹の活躍。日本政府及び統一連合宙軍内でメタ・シャングリラとハンターの活躍は指示へと繋がっている。
――しかし。
その内情は、新たなる敵を前に緊張を強いられていた。
紫月・海斗
柊 恭也
森山恭子
エヴァンス・カルヴィ
ジーナ
八重樫 敦
リコ・ブジャルド
榊 兵庫
「ああ、そいつだ。ママの中にいたベイビーはそいつに間違いない」
紫月・海斗(
ka0788)は、メタ・シャングリラのブリッジでそう指摘した。
モニターに映し出された一人の青年。
それは、ヴァルキリー1の操縦席から顔を覗かせた人物だ。
モニターには右目の下から左斜めに下に付いた傷の跡は見当たらないが、戦いの最中であっても敵の顔を忘れるはずがない。
「俺も見た。間違いなくこいつに決まりだ。
……で、こいつの名前は?」
柊 恭也(
ka0711)の後方にいたメタ・シャングリラ艦長の森山恭子(
kz0216)。
手早く手にしていた数枚の書類から、モニターの男の情報を見つけ出す。
「えーと……名前は、田代誠。統一連合宙軍第二宇宙機動師団所属のCAMパイロットザマス」
「第二宙機……激戦だった火星宙域で行方不明になった口か。その中で名を馳せた部隊は『ソウル・サンクチュアリ(魂の還る聖域)』か?」
八重樫の口から語られた事件。
数年前、火星宙域で連合宙軍とVOIDによる大規模な戦闘が行われた。一進一退の攻防の末、VOIDが勝利して火星、そして月面へと侵攻される事になる。
その大規模な戦いで最後まで戦い抜いた部隊の一つに『ソウル・サンクチュアリ』がある。火星宙域を舞台にした大規模交戦は、多くの死傷者を出した。その際、ソウル・サンクチュアリは、CAM決死部隊を編成して突撃を敢行。大型VOIDを始め、敵に甚大な被害を与える事に成功。
勝敗が決した後も仲間の撤退に尽力したが、殿を務めた後に部隊は消息を絶っている。
「火星帰りのエース様ってか? ッハ、そんで人間の敵になっちまうたぁな」
エヴァンス・カルヴィ(
ka0639)は手渡された資料に目を落とす。
田代の経歴を簡単にまとめたものだが、その戦果だけでも優秀なCAMパイロットである事は明白だ。問題は、この名パイロットが敵に回って函館クラスタ周辺に存在している事になる。
「このパイロットと通信は試みたのか?」
「ああ。残念ながら無反応。未だ眠れる森の美女って訳だ。」
ジーナ(
ka1643)に海斗が答える。
二股口でヴァルキリー1と交戦した別働部隊の面々は、何度もコンタクトを試みた。だが、田代から言葉は何一つ語られる事はなかった。
「喋る気がないか、もしくは喋れないか。
いずれにしてもこいつを人間と考えるのは難しいな」
「……堕落者ってところか。黙示騎士の仕業かな? まったく、VOIDも面倒な事をするなぁ」
山岳猟団の八重樫 敦(
kz0056)の言葉を補足するように、リコ・ブジャルド(
ka6450)が情報を補足した。
堕落者。
VOIDと契約して『人を辞めた』存在。
一度契約すれば、二度と人には戻れない。
田代が今まで破壊し続けた物を考えれば、最早VOIDであると考えるべきだろう。
「しかし、腑に落ちぬ事もある。
八重樫の話ではヴァルキリー1のブースターは、パイロットの体に大きな負荷をかけるそうだ。ならば、田代を乗せずにエンドレスが遠隔操作すれば済む話だ。その方がパイロットの体を気にせず機動力を敵で圧倒できる。
何故、エンドレスは田代を乗せているのだ?」
榊 兵庫(
ka0010)が、疑問を口にする。
ヴァルキリー1のリープテイルは、元々ヴァルキリー1の開発者が搭載した機能だ。強力なブーストをもって機動力を向上させる。だが、そのブーストはパイロットの体に大きな負担を与える。繰り返し使用すれば、パイロットの生命に危機を与える程に。
ならば始めからエンドレスが遠隔操作すれば、パイロットを気にせずリープテイルを多用すれば良い。もし、二股口でそのような状態であればリープテイルの多用でもっと甚大な被害が出ていたかもしれない。
「あたくし、その答えが何となく分かる気がするザマス」
榊の疑問に答えたのは、恭子であった。
「ほう。教えていただこう」
「原因はあんた達ザマス」
「なに?」
「報告によれば、エンドレスはハンターと交戦。撤退したとあるザマス。おそらく、この時に改めて思い知ったんザマショ。
『ハンターには理解できない何かがある』って。
ほら、火事場の馬鹿力ってあるザマス。危機に陥ると能力以上の物を発揮する。エンドレスには人間が持つ底力を理解できなかったんじゃないかって思うザマス」
恭子は、改めてハンター達を見つめる。
彼らの身に秘めた能力。
危機的状況だからこそ発揮される強さ。
そうした数値化できない強さを、エンドレスは学ぼうとしているのではないか。
恭子は、そう推理したようだ。
「なるほどな。だから、エンドレスはこいつを『生体ユニット』と呼んだ訳か」
「『生体ユニット』……つまり、ヴァルキリー1のパーツに過ぎない」
八重樫とジーナは、確信する。
エンドレスにとって、このパイロットも使い捨てなのだ。
リープテイルで潰れたならば、別の堕落者を使えばいい。そうやって必要な情報を学習してから遠隔操作すれば、今以上に自分を強化できる。
否、下手をすればヴァルキリー1を量産して各地で稼働させる恐れもある。
「見逃せねぇな、こりゃ」
エヴァンスは、舌打ちをする。
ブリッジから見える光景の先には、函館湾が見え始めていた。
●
ブラウ
ルネ
音羽 美沙樹
レム・フィバート
南護 炎
ルベーノ・バルバライン
――函館空港。
二股口侵攻と同時に開催された函館空港奪還作戦。
空港外縁部及び空港建物の奪還は、ハンターの尽力により成功。一部苦戦を強いられてはいたが、結果的に函館空港は統一連合宙軍の手に奪還された。
「次の戦いが近づいてきましたね」
函館空港の滑走路から飛びだった偵察機RF-4Eを見送ったブラウ(
ka4809)。
次の戦いは、いよいよ函館クラスタの破壊が任務となる。作戦当日はこの函館空港からも航空自衛隊と統一連合宙軍が送り込んだ戦力で航空支援を受ける手筈となっている。
「PAC3も、とめられて、あんしん」
八雲分屯基地より函館へ移動したルネ(
ka4202)。
函館空港奪還作戦と同時に遂行されていた八雲分屯基地殲滅作戦。
VOIDに乗っ取られた基地を襲撃。見事撃破に成功していた。あのまま放置していれば、基地に格納されていたPAC3を発射されていたかもしれない。
「後は函館クラスタですが……おそらく激戦でしょうね。」
「いやー、函館クラスタをいきなり攻撃できればいいんだけどねー。結構障害もあるらしいよ」
次の戦いへ想いを馳せる音羽 美沙樹(
ka4757)。
レム・フィバート(
ka6552)によれば、それはかなりの激戦が待っているようだ。
函館クラスタの破壊作戦は、2つのルートで進行している。
一つは、二股口から侵攻した主力部隊。彼らは函館市内へ向けて南下、函館クラスタの北側へ向かう。
もう一つは、函館湾から侵入した別働部隊だ。彼らはこのまま函館湾から函館クラスタの南側へ布陣する。
しかし、事前情報によれば弁天台場には敵の砲撃部隊が配備。さらに函館市内にも多数のVOIDが蠢いているという。仮に函館湾からの艦砲射撃による砲撃支援で函館市内を片付けたとしても函館クラスタの攻撃開始に時間がかかってしまうのだ。
「つまり、函館クラスタを攻撃する為には、弁天台場の敵戦力を倒した上で函館市内のVOIDを片付けなければならないのか」
内に秘めた情熱の炎を燃やす南護 炎(
ka6651)。
函館クラスタ周囲にいる強敵に挑む南護だったが、次に戦うべき相手を探す必要は無さそうだ。
おそらくハンター達には、七重浜及び函館朝一付近へ接岸する揚陸艦の進入ルートを確保を目的とした弁天台場周辺の敵殲滅。
さらに函館クラスタへの道を切り拓く為に函館市内のVOID掃討。
これらの依頼が近日中にハンターズソサエティへ張り出される事だろう。
「いいぜ。まとめてかかって来いよ。函館にいるVOIDは俺の覇道の礎にしてやる」
ルベーノ・バルバライン(
ka6752)は、間もなく始まる戦いを前に体を震わせる。
函館クラスタを巡る戦いも、間もなく決戦を迎えようとしていた。
●
「なるほど。いよいよ大詰めか」
恭子は、一人統一連合宙軍へ状況の報告を行っていた。
モニターの先にいるのは恭子の上司である。
「そうザマス。ここで勝利すれば、函館クラスタは破壊。津軽海峡の奪還に成功するザマス」
「そうだ。そして、この戦いは日本政府への恩義にも繋がる。さらにユーラシア大陸極東地域に大きな楔を打つことになるな」
上司は順調な作戦に満足そうだ。
次はいよいよ函館クラスタの破壊になるのだが、これで成功すれば日本政府は統一連合宙軍へ大きな借りを作る事になる。ハンターへの理解も深まるだろうが、日本政府に『更なる国際貢献』を求める事が可能となる。
「不満かね?」
「いえ、それはないザマス。VOIDは倒さなければならない相手ザマス。それはハンターである彼らも同じはずザマス」
恭子は、無表情のまま答える。
統一連合宙軍本部が何を考えているのか。仮にハンターにとって困る事があったとしても、恭子の立場から覆す事は難しい。むしろ、状況を見て少しでも情報を握る事が肝要だ。
「まあいい。私はこの戦いで、ハンターの可能性を確信したいのだ」
「可能性、ザマスか」
「そうだ。VOIDに対抗しうる異世界の戦士達。一部では危険視する物も多いが、適正な運用をすれば傭兵以上の働きをしてくれる」
「運用……」
統一連合宙軍からみれば、傭兵の運用という表現は間違っていない。
だが、恭子には何処か引っかかる。
何か心に突き刺さったような小さな痛みの原因となるような――棘が。
「次の大きな戦いには、大規模なハンター部隊を編成してVOIDを倒して貰おうと考えている。
彼らの活躍は――希望だよ。人類の……そして、私のな」
口を閉ざす恭子。
ハンターの存在は、統一連合宙軍内に新たな火種を生み出していたのかもしれない。
不安を抱く恭子だったが、上司は思い出したように言葉を付け加えた。
「ああ、忘れていた。函館で発見されたヴァルキリー1とそのパイロットは……確実に『処理』するように。
生存していた軍のエースパイロットがVOID側に付いていたと知られれば、各国に責められる口実になるな」
●
彼らは一体なんだ?
連携して攻撃を仕掛けてくる。
今までの奴らとは……違う。
もっと、強くならなきゃ。
強くならなければ、生き残れない。
生きていなければ、存在する意味が無い。
次こそは……次こそはうまくやる。
この手で、現れる敵をみんな倒す。
そうやって、自分がここにいる事を知らせなきゃ――。
『ハロー、エンドレス。聞こえるかい? こちらAP-Sだよ』
『交信開始。照合確認。ハロー、AP-S。私はエンドレスです』
『聞いたよ。函館は奪われちゃったらしいね』
『函館……現時点において敵勢力の領地と確認されています。なお、防衛戦においてヴァルキリー1を喪失。全戦力の12%低下しました』
『それでも戦闘データは確保できてるんでしょ? あ、そういえば新しい装甲の方はどうだったの?』
『敵と交戦するも被害は軽微。これは新装甲の性能では無く、攻撃そのものが一定回数を下回った為です』
『えー? つまり新しい装甲を試せなかったの? うーん、ショックだなぁ。
でもいいか。また次の機会があるよね』
『次の機会……予定では目標地点の障害排除があります』
『障害? ああ、あれか。そういえば、それもあったね。あー、うまくやれば彼らが片付けてくれるかな?』
『彼ら確認。計画の再検討を行います。BOSSプロジェクト……フェード1準備開始』
『うん。また新しい情報が入ったら連絡するよ……グッドラック、エンドレス』
『良い夢を、AP-S。交信終了』
ルネ
アーサー・ホーガン
ハンス・ラインフェルト
ソティス=アストライア
柊 恭也
紅薔薇
森山恭子
「よいかぜ。すずしい」
ルネ(
ka4202)は函館朝一跡から海の方を眺めていた。
心地良い潮風が全身を包んでくれる。
鼻腔をくすぐる独特の香りは、クリムゾンウェストの海とあまり変わらない。
「懐かしき我が故郷……って感じじゃねぇな。この光景を見るとよ」
海に背を向けたアーサー・ホーガン(
ka0471)の目に飛び込んできたのは、様々な瓦礫の山。
かつては家屋の一部だったものや、車の残骸。
おそらく函館クラスタが形成された時点で崩壊した函館市内の街だったものだろう。
「まさに混沌。ですが、ここが新たな出発点になります」
金髪の剣士ハンス・ラインフェルト(
ka6750)の眼差しは、沈んだものではない。
むしろ、希望に溢れるものだ。
何故なら、五稜郭に巣くっていた函館クラスタはハンターによって破壊。
津軽海峡だけではない。
函館は人類側が奪還。北海道の勢力図にも大きな影響を与えるだろう。
「そうだな。ここに再び人が戻るまでに時間もかかるだろうが……きっと素晴らしい街並みを取り戻す事だろう」
ソティス=アストライア(
ka6538)は、視界に入る統一連合宙軍の軍人に注目する。
今はVOIDが去ったばかりのため、統一連合宙軍や自衛隊関係者ばかりを目にしている。
しかし、時間と共に人々は故郷を目指して帰ってくる。
夢にまで見た故郷。彼らが帰ってくれば、きっと街は再び命を吹き返す。
「知ってたか? この街は大きな火事が何度もあったんだ。その度に、この街の人達は焼け跡から復興してきたんだ」
柊 恭也(
ka0711)は、話に聞いていた知識を引き出す。
函館はかつて何度も火災に襲われていた。
函館の大火史を紐解けば、記録されているだけで一度の火災で一万以上の家屋が焼失した事もある。
海からの風が木材でできた家屋を焼き尽くす事も原因一端と言われている。
だが、この街の人々は焼け野原となった函館の中から再び立ち上がってきた。
くじけそうになっても、また一から街を作る。
そうやってこの街の人達は、この地で生きてきたのだ。
「そっか。なら、VOIDに占領されてたぐらいじゃ諦めないよな」
リュー・グランフェスト(ka2419)も柊の言葉に安心した様子だ。
この瓦礫の山を前に街の人達は、絶望するかもしれないと考えていたからだ。
だが、この街の人達なら大丈夫。
絶望から立ち上がって、もう一度函館という街を取り戻してくれるから。
「ならば、是非復興したこの街を目にしなければならぬな」
紅薔薇(
ka4766)は、リアルブルーへ足を運ぶ名目ができたようだ。
●
誰もいないメタ・シャングリラのブリッジでは、艦長の森山恭子(
kz0216)が統一連合宙軍本部の上官へ報告を行っている最中であった。
「……ふむ。エンドレスは取り逃がしたが、函館クラスタの破壊には成功したか。当初の目的を達成したと考えて良いだろう」
「それ以上ザマス。ハンター達の尽力がなければ、あたくし達はここまで戦えなかったザマス」
恭子は、はっきりとハンターの活躍だと主張した。
メタ・シャングリラだけでは函館クラスタを攻略する事はできなかっただろう。
ハンターという心強い味方がいて、初めてこの戦果を上げる事ができたのだ。
恭子は、誰よりもその事に胸を張りたかった。
「そうか。やはりハンターは使えるか。早速、軍部でハンターの部隊を編成して……」
「それはどうザマショ」
上官の言葉を遮る様に恭子が口を挟んだ。
上官の眉が自然とつり上がる。
「なに?」
「ご存じないようなので教えてあげるザマス。今回の函館クラスタ攻略を日本政府の高山秀臣は支持率アップに利用するつもりザマス」
函館クラスタ壊滅の一方は、日本政府に吉報をもたらした。
領土奪還という意味だけではない。暗澹なる状況に良い知らせがもたらされたのだ。
低迷する日本経済を前に、首相の高山秀臣に対する支持率は低下し続けていた。この状況で高山は函館クラスタ壊滅という状況を利用する。
壊滅を大きく喧伝する事で閉塞した状況の打破――首相は、リーダーシップを発揮を演出する事で国民の支持を取り戻すつもりなのだ。
「それなら連合宙軍と日本政府が連携して……」
「今まで日本国民が苦しむ中、函館クラスタや神戸の鉄拐山クラスタを放置していた連合宙軍を支持するザマショか?」
上官の案を即座に否定する。
事実、函館クラスタ攻略は渋る軍の中で一人恭子が挙手している。
鉄拐山クラスタも自衛隊中部方面隊が活躍している。もし、統一連合宙軍に対する指示が日本国内で高まっていれば日本政府と統一連合宙軍が連携してハンターを雇う形も取れただろう。
だが、現実はそうではない。
国民は統一連合宙軍ではなく、『ハンター』を支持している。
ならば、ハンターを支持しながら、統一連合宙軍とは今まで通りの距離を保つ方が得策だ。
「高山首相は父親から世襲した職業議員ザマス。民意の風になびく風見鶏ザマスから、連合宙軍よりもハンターを支持するザマショね」
「お前……まさか、日本政府に入れ知恵したな?」
上官の声に怒気が孕む。
恭子は自衛隊からの出向組で宣伝部隊として活躍していた。
広告塔である以上、各方面に強いパイプを持っている。恭子自身、各国の要人や経済界の重鎮と交流を持つ人物だ。
裏工作しようと思えば、これ程やりやすい部隊はない。
「証拠はあるザマスか? 憶測で部下を疑うのは酷いザマスね」
「お前がやった事を分かっているのか! 上官に逆らったのだぞ!」
「何か命令が下った記憶はないザマスが? お気を悪くしたならば、謝罪するザマス」
モニターの前で頭を下げる恭子。
上官にとってはその行為自体が白々しく感じる。
「覚えておけ! 貴様の部隊は最前線へ送り込み続けてやる!
激戦の中で敵に討たれて悔いるが良い!」
上官は通信を一方的に打ち切った。
闇だけを移すモニターの前で、恭子は一人呟いた。
「お好きにどうぞ。覚悟は軍属になった時からできているザマス」
●
クローディオ・シャール
アルヴィン = オールドリッチ
八重樫敦
イェルズ・オイマト
道元 ガンジ
トリプルJ
八島 陽
ラスティ
――数日後。
メタ・シャングリラは関東に向かって移動していた。
統一連合宙軍所属のドックでメタ・シャングリラの修理、改修作業があるからだ。
函館クラスタを攻略した後、転戦先が決まればすぐに次の戦場へ赴く事になる。
それまでの間は短い休暇を楽しむ事ができる。
まさに、一時の休日だ。
「休暇ですか。そういえば、クリムゾンウェストでも祭りを開催しているそうですね」
「郷祭と東西交流祭だったかな? とっても賑やかみたいだネ」
クローディオ・シャール(
ka0030)とアルヴィン = オールドリッチ(
ka2378)は、クリムゾンウェストで開催中の祭りを話題に上げた。
同盟領農耕推進地域ジェオルジ。
冒険都市リゼリオ。
両地域で開催される催事は、クリムゾンウェストでも注目されている。事実、多くの人が祭りに参加している。
例年にない大規模な祭りの開催。
イケメン二人が話題にしていたせいか、恭子の皺だらけな瞳が鋭く光る。
「祝勝会ザマスっ!」
メタ・シャングリラのブリッジに恭子の声が木霊する。
突然の叫び声に山岳猟団の八重樫敦(
kz0056)とイェルズ・オイマト(
kz0143)を耳鳴りが襲った。
「なんなんだ、一体?」
「耳がキーンと来ましたっ……」
「おわっ! びっくりした! どうしたんだよ、ばあちゃん」
八重樫に釣られる様に道元 ガンジ(
ka6005)も思わず耳を塞ぐ。
敵の奇襲よりも心臓に悪い恭子の叫びに驚かずにはいられない。
「ばあちゃんじゃないザマス! あたくしは還暦前ザマス。
それよりあたくしのメタ・シャングリラが特大の功績を納めたにも関わらず、まだ祝勝会をやってないザマスっ!」
恭子は、力強く主張する。
事実、函館クラスタの攻略は大きな事件だ。津軽海峡を奪還したとあれば太平洋との海路が確保された事になる。
「なるほどね。まあ、気持ちは分からんでもない。せっかくの休暇だ。ゆっくりと楽しむのも悪くは無い」
「そうだな」
トリプルJ(
ka6653)の言葉に続けた八重樫は、先日読んだ週刊誌を思い返した。
そこには秋葉原の街を闊歩するハンターの写真。
そして、記事のタイトルには――。
『特集:函館奪還! 統一連合宙軍を助けたハンターとは?』
と記載されていた。
日本政府は函館クラスタの破壊を盛大に発表。首相の高山英臣は統一連合宙軍への謝意に加えて、日本からのVOID駆逐を宣言した。v
函館クラスタ殲滅を踏み台に日本全国のクラスタをすべて破壊するというのだ。
支持率が低迷していた高山にとって、今回の函館クラスタ殲滅は渡りに船。この状況を利用して支持率向上を狙っているようだ。
またその立役者としてハンターを祭り上げ、正式にハンターへ協力を要請。
異世界人受け入れ用の都市として、秋葉原を整備することを正式に発表したのだ。
「そういや、週刊誌でも取り上げられてました。もしかして、オレ達も期待されてますか?」
八島 陽(
ka1442)は、あらぬ期待に胸を膨らませる。
実際、この宣言もあってハンターの評価はかなり上昇。
既にハンターズソサエティのある秋葉原ではハンターを一目見ようと観光客が多数訪れているらしい。
「そうザマス。聞けば、秋葉原のハンターも街中で勝利を祝した宴会をしていると聞いたザマス」
恭子の指摘通り、秋葉原のハンターはクリムゾンウェストの東西交流祭の影響もあってか宴会が急増。ハンターや一般人の間で食事会が多数開催されているようだ。
一般人との溝が埋まれば活動しやすくなるとあってハンター達にも恩恵がある。何より楽しい宴会を満喫できるとあって双方共にハッピーな展開だ。
「函館クラスタ殲滅に貢献したあたくし達が祝勝会をやらない訳にはいかないザマス。各国のVIPを集めて盛大に執り行うザマス。ドレスも新調しないと……いや、その前にエステに予約しないといけないザマス! あっ。ちょっとそこのイケメン! ドレスの買い物に付き合うザマス!」
「えっ!? 俺ですか!!? というか、俺はイェルズです。イケメンって名前じゃ……」
「グッドルッキングガイの方が良かったザマスか? とにかく付き合うザマス!」
「ええええええ!!?」
祝勝会と言い出してから慌ただしくなる恭子。
どう考えても今から老化に抗うのは無理だと思うが、それでも抵抗は試みたいようだ。
巻き込まれるイェルズはたまったものではないが。
「まじかよ。大事になってきたな」
思わず恭子の勢いに気圧されるラスティ(
ka1400)。
それをよそに、恭子は足早に何処かへ走り去っていく。
八重樫にとんでもない依頼を叩きつけて――。
「祝勝会の準備は全部任せるザマス」
●
マリィア・バルデス
夕陽が沈む函館湾。
海からの風に、少し冷たさが混じっている。
マリィア・バルデス(
ka5848)は、一人沈む夕陽を見つめていた。
この地で倒れた英雄を思い返しながら――。
「眠れ、フェネック。殿は十分務めた」
マリィアは、この地で戦ったパイロットを思い返す。
敵ではなく、『魂の還る聖域』のエースパイロットとして出会っていれば――違う運命が待っていたのかも知れない。
「エンドレスは、必ず倒す。奴は……多くの人の心を弄びすぎた」
マリィアの言葉は、潮風と共に流れていく。
函館に、強い日差しと夏がやってくる――。
トマーゾ・アルキミア
ナディア・ドラゴネッティ
『人を模した姿の器に精霊を組み込んで作られたモノ、それがオートマトンという技術じゃ。尤もこの事は皆気づいておるようじゃがな』
モニターの向こうでトマーゾ・アルキミア(
kz0214)はそう、ゆっくりと重い口を開けた。
『死は怖く、戦いは恐ろしい。これは人というものが、少なくともそれに気がつくだけの経験を重ねた者なら刷り込まれてしまう本能というべきものじゃ。そこに死を恐れず己の代わりに戦ってくれる存在が出来たらどうすると思う? しかも皆が皆従順で、すべからく覚醒者である、というおまけも付いておる』
その言葉を聞いていたクリムゾンウェスト側の者達も皆推測が付いていた。その答えを教授は語る。
『我々は戦うことを捨て、それを全てオートマトン達に任せた。その結果が世界の滅亡じゃ』
「待つのじゃ教授、戦いをオートマトンに任せたことと、エバーグリーンの滅亡がどうやって繋がるのじゃ?」
ここでようやくナディア・ドラゴネッティ(
kz0207)が口を挟む。その疑問に教授は少しの沈黙を挟んでから静かに語り始めた。
『……最初はオートマトン達は確かに歪虚と戦ってくれていた。その成果は素晴らしいものじゃったよ。だがある日、全て狂った。そして滅びた。皮肉なことに我々に従順に従うオートマトン達は、歪虚にも皆従順に従ったのじゃ』
「なにゆえ狂ったのじゃ?」
『ベアトリクス』
二つ目の質問には教授は短く簡潔に答えを示す。
『正しくは狂気の歪虚による影響じゃな。狂気に支配されたオートマトン達が敵になった時点で、人にはもはや何をすることもできなかった』
そして教授は告白する。
『もしリアルブルーやクリムゾンウェストにオートマトンの技術が伝わったらどうなる? 恐らく人は同じ様にオートマトン達を頼り、そして同じ様に滅びるじゃろう。これがわしが人工知能の研究に手を貸さなかった理由じゃ。それは人に扱えるようなものではない』
教授のその言葉に、ハンターズソサエティ内は沈黙に包まれる。誰もが言葉を発することはできなかった。一人を除いて。
「教授というのはもっと頭の良い者じゃと思っておったが、トマーゾ、お主有り体に言ってアホじゃな」
『……?』
ナディアの突然の言葉に、流石に戸惑う教授。そこに彼女は追い打ちをかける。
「アホで無かったらただのバカじゃ。何故オートマトンは歪虚を相手にすると全て狂うと断言できるのじゃ?」
『……過去の歴史が証明している』
ルビー
「教授、お主も知っておるはずじゃ。歪虚からの支配から逃れたオートマトンが居ることを」
『……ルビーか』
「それだけではない。パーツ収集のために転移した者達から単純に歪虚に従うだけでないオートマトン達の反応も報告されておる。そのことはお主にも伝わっておるはずじゃ」
そしてナディアは導き出した答えを教授にぶつける。
「わらわは思うのじゃが、敵に回ったオートマトンとそうでない者を分けたのは、“人がどう扱ったのか”、では無いのじゃろうか。お主達はオートマトンのことを都合の良い奴隷とでも思っておった節があるが、ハンター達は心ある人の仲間として扱っておった。その差に教授、お主も気づいておるのじゃろう?」
教授はモニターに背を向けると、机の上に眼鏡を置く。そして大きく深呼吸してから口を開いた。
『歳を取ると頭が固くなっていかんな。己の経験で学んだことに支配されて新しい事実をどうしても受け入れられないようになる。若い頃はそうはなりたくないと思っとったが、いざ自分がその年齢になるとやはり逃れられんとは……』
「決まりじゃな。オートマトンを仲間とするため我々はサーバー復活を行う。教授、お主にも手伝ってもらうぞ」
『わかっておる。修復用パーツ作成はすぐ終わるじゃろう。じゃがカスケードはどうするのじゃ? さすがにサーバーに歪虚が寄生するというのは想定外じゃった』
そう、オートマトン技術の復活のためにはもう一つ大きな障害があった。“サーバー”に巣食う倒せぬ歪虚、カスケード。これが問題だった。
アズラエル・ドラゴネッティ
「それなんだけど……一つ思いついたことがあるんだ」
「なんじゃ、おったのかクソメガネ」
ナディアにそう呼ばれたのはアズラエル・ドラゴネッティだった。
「ひどい物言いだね、カスケードを倒せるかもしれない方法を聞きたくないのかい?」
「なら言うてみい。どうせろくでもない答えじゃと思うが」
ナディアのその言葉をアズラエルは流して、モニターの向こうの教授に話しかける。
「教授、改めて確認なんだけど、“サーバー”というのは神霊樹の一種なんだよね?」
『ああ、それにオートマトン達が通信できるようにパーツを取り付けたものである。厳密には少し違うが、エバーグリーンで言うところの神霊樹と考えて問題ない』
「そう、そしてオートマトン達も通信できるけど、人も覚醒者であれば同様にアクセス可能」
『まあ、あくまで神霊樹じゃからな』
「それじゃあ中に入れるよね」
「はぁ? 何を言うておる、中に入って倒すなんてそんな都合の良いことが……おい、まさか?!」
疑問を呈したナディアもアズラエルの考えていることに気づき、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「そう。血盟作戦でライブラリに直接介入した時のように、今度はサーバーの中に入ってカスケードを倒せばいいんじゃないかな」
「そんなこと……!」
『なるほど、これは盲点じゃった。そもそもそんなことを試した者などエバーグリーンにはいなかったがな』
ナディアが最後まで言う前に教授がアズラエルのアイデアが上手く行くであろう保証を出していた。
「まああの時は過去の夢を見ていた様なものだったわけだけど、もしサーバーの中に入ったらそれは今起きていることで現実。だとすると……」
「あの時とは違い、サーバーの中で死ねばそれは本当の死を意味するということじゃな……」
ナディアはたどり着いた結論を語る。それでも人がもしオートマトンと共に歩むことを望むのなら、他に選択肢はなかった。
「いよいよカスケードも追い詰められちゃったね」
シュレディンガー
マクスウェル
『追い詰められた……? 奴はオマエと似て実態が曖昧な歪虚だ。前にも言っただろう、オレでも殺すのは無理だと』
「そうだねー。でも、ハンターは神霊樹にアクセスする手段を手に入れてる。今の彼らならカスケードだけをサーバーから取り除くことも可能でしょ」
見渡す限りの砂の海のところどころに突出した廃ビルの残骸は、エバーグリーンという世界がかつては高度な文明を栄えさせていた事を示唆している。
そこに二つの歪虚の姿があった。片方は黙示騎士マクスウェルと呼ばれる男。そしてもう片方は小柄な少年だ。
二人は斜めに倒れたビルの屋上に立ち、遠くの廃都を見つめている。
『チッ……奴らどんどん手の付けられない存在になるぞ! どうするつもりだ、シュレディンガー!?』
「別に慌てなくても大丈夫だよー。彼らは邪神に勝てない――絶対にね。オートマトンを仲間に加えるっていうのも、それはそれでアリでしょ」
かつてこの世界を守るため歪虚と戦ったオートマトンたち。だが、彼らは心と呼べるほど複雑な精神を持たぬ個体が多かった。
狂気に侵食された時、オートマトンは無慈悲な殺戮者に転じた。そしてこの世界は自らの力で滅び去ったのだ。
「本質的にヒトと神は相容れない。それを驕った人類が手懐けようとすれば、結末は決まってる…………と思う」
『オイ』
「クリムゾンウェストの大精霊はちょっと異質だからねー。でもま、エバーグリーンの神は例外ではなかった。だからトマーゾはこの世界を救えなかった。やり直しは効かないってわかってるはずだけど……どうするつもりなのやら」
棒付きのキャンディーを齧り、少年はぐっと背中を伸ばす。
「さーってと。ハンターくんたちがオートマトンをどうするのか、ジックリ観測させてもらおっかな?」
『オマエには付き合いきれん。オレは好きにさせてもらうぞ』
吐き捨てるように告げたマクスウェルが大跳躍で砂の海に姿を消すのを、少年は無表情に見送った。
トマーゾ・アルキミア
ラプラス
ルビー
アズラエル・ドラゴネッティ
ナディア・ドラゴネッティ
――始まりは、エネルギー問題からだった。トマーゾ・アルキミア(
kz0214)はそう切り出す。
エバーグリーンのエネルギー事情はクリムゾンウェストに近く、高度な魔法科学文明を支えるのはマテリアル燃料であった。
繁栄を極めれば当然ながら枯渇が始まる。それは人々に格差を生み、不平等と偏見を生み、そして争いを生む。
無尽蔵のエネルギーさえあれば、誰も何も奪い合う必要はない。
世界平和の為に人類が作り上げたガイアプラントを作った。惑星の意志――大精霊からエネルギーを吸い上げる施設だ。
だがそれでも貪欲な人々を満たすことはできなかった。今以上にガイアプラントを改良するためには、どうすればよいのか?
ガイアプラントはあくまで人類が無理矢理、世界から力をはぎ取る装置だ。それには限界がある。
故に――神の認可が必要だった。いや、そんな生温いものではない。ヒトに理解できる程度の存在にまで神を貶める術でなければ、欲望を満たすことはできない。
神の許可など要らない。神はヒトの願いを叶える装置であればいい。だが、それが暴走しては困る。
『わしらはその過程で、様々な神の器を作った。それは世界平和の為に存在し、有限の願いを平等に叶える存在であることが望ましい』
神の器は人類が到達し得る様々な可能性についてフェアである必要があった。
そうでなければ、一部の特権階級が神を支配し、或いは神が不適切な判断をし、それが争いの火種となる。
願いを叶える万能の装置は、いついかなる時も平等でなければならない。
その願いは適切か? どちらに理があり、その優先順位はいかほどか?
『……そのジャッジをするための試作品が、黙示騎士ラプラスと呼ばれる歪虚の元と見て間違いないじゃろう。尤も、わしはラプラスそのものを知っているわけではないがな』
オートマトンを復活させるための戦いの最中、セントラルで遭遇したラプラスは、ハンターに「自らもオートマトンだ」と答えたという。
「つまり……彼女はオートマトン技術が確立するよりもずっと昔に作られた試作品なのですね」
「オートマトンの祖、と言ったところか」
ルビー (
kz0208)とアズラエル・ドラゴネッティの解釈は間違いではない。
故にラプラスは、やや曖昧な答え方をしたのだろう。彼女は歪虚だか、嘘は吐かない……いや、吐けないのだ。
『ラプラスと呼ばれる個体が何故歪虚化したのか、詳しくは知らぬ。だが、概ねわしに原因があると言えよう』
「いやいや。そんな世界すべての責任があるみたいな……自虐的すぎじゃろ」
苦笑するナディア・ドラゴネッティ(
kz0207)に、トマーゾは眉一つ動かさずに答える。
『実際、わしには世界を滅ぼした責任がある。なぜならわしこそが、神を宿すオートマトンの開発に成功してしまったのだから』
長らく停滞したオートマトン技術は、若き天才トマーゾ・アルキミアの登場で開花する。
大精霊の力や意志の全てを一体のオートマトンに封じる事は出来なかった。
故にひとつの巨大なサーバーに神の力の3割程度を封じた。そしてそのサーバーで処理できない力を、世界各地のガイアプラントを結びネットワーク化することで対処する。
そこから更に並列演算された神の意志を、ひとつのオートマトンに戻し、具現化する……。
『ついに人類は、神との対話を成功させた。わしはそのオートマトンを、ベアトリクスと名付けた』
「ここにいたのか、ベアトリクス」
セントラルにある高層ビルの最上階が、彼女が自由に動くことを許されたエリアだった。
厳重に人々から切り離された天空より、ベアトリクスは人間の街を見下ろしていた。
「トマーゾ! 丁度退屈してたの。ねえ、新しい本をちょうだい?」
「この間私が持ってきた分はどうしたんだい? このビル程じゃないが、いっぱいあったろう?」
「もうぜーんぶ覚えちゃった。この身体って不便だよね……一回見たら覚えちゃうんだもん」
ベアトリクスは少女の姿をしていた。その精神は人間で言うところの9歳程度だった。
圧倒的な力を持つベアトリクスは、世界の法則を書き換える存在だ。故に作ったはいいが、扱いに困りこうして隔離している。
創造主であるトマーゾには心を許していたため、こうして神のご機嫌取りの役目も担うことになった。
「人間の街って不思議だね。わたしの認識からすればちっぽけな筈なのに、ここからはとっても広く感じる」
「君が私たちの研究にもう少し協力してくれるなら、連れ出してあげられるんだがね」
「本当!?」
「あ、ああ……もちろんだよ」
「でもわたし、ちゃんと協力してるよ? ただ、トマーゾやみんなが私の扱い方を間違ってるだけだし」
「……すまないベアトリクス、君の言わんとすることは私には少し難しい。どうすればいいのか、教えてくれるかい?」
少女は頬を膨らませ、それから不機嫌そうに呟く。
「この身体は命令がなければ何もできないようにできてる。なのに、あなた達はわたしを怖がって何も命令しないんだもの」
「まがりなりにも神様だからね。畏れ多いのさ」
「そういうもの? だったら試しに命令してみてよ。どんな願いも叶えてあげるから」
男は困ったように笑い、それから窓の向こうに目を向ける。
「そうだなあ。じゃあ……」
それから冗談のような口ぶりで。
「ベアトリクス。私は君の研究を完成させたい。だがそれには長い時間が必要だ。もしどんな願いも叶うなら、私の寿命を伸ばしてくれないか?」
「それだと叶えられない。ちゃんと命令して」
「はあ……オーケー、ベアトリクス。私を、不老にしろ」
にまりと無邪気に笑い、少女は男の手を取った。
その瞬間、眩い光が氾濫し――男は自らの身体が何か得体のしれない者に変化するのを感じた。
そしてそれは、悲劇の始まりだったのだ。
「私は命令されればどんな願いでも叶えるわ。だってそういう風に作ったんでしょう? ――あなたが」
「馬鹿な……そんな簡単に人間を不老に出来るはずが……!?」
『出来る。そう作ったからな。そしてベアトリクスはどんどん人間の願いを叶え始めた』
唖然とするナディアを前にトマーゾは語り続ける。
ガイアプラントの出力は無尽蔵に上昇し、人間は星の命を削ることで莫大なエネルギーを獲得した。
誰もが奪い合うまでもなく、一生では使い切れないほどのエネルギーを獲得し、奪い合う余地もなく人々は幸福に浸った。
人間は誰もが病と無縁になり、永遠の寿命を手に入れた。
邪神ファナティックブラッド
そしてオートマトンたちは人間に代わり、労働を始める。人間はオートマトンに命じて、自分たちを管理させはじめた。
『異世界より邪神ファナティックブラッドの襲撃を受けたのはそんな時じゃった。そして、世界中にネットワークを張り巡らせていたベアトリクスが歪虚化し……後は以前話した通りじゃ』
話し疲れたのか、トマーゾは深く溜息を零した。そうして眉間を揉み。
『……昔話はこのくらいにしよう。何故、これから再びセントラルへ向かう必要があるのか……』
「セントラルは神を封印したサーバーだった……つまり、クリムゾンウェストにおけるマグ・メルのような場所だったんだね?」
『アズラエルの言う通りじゃ。セントラルに既に神はいない。だが、神の力の一部――権限は残されておる。それをサルベージし、“エバーグリーンをクリムゾンウェストに食わせる”』
クリムゾンウェストという世界は、紀元前の戦いで既に邪神から大規模な損傷を与えられている。
それは惑星にとって致命傷に近いものだ。その傷を何とか癒そうと、クリムゾンウェストの大精霊は過剰にヒトに執着し、その割にはヒトを見ようとしない。
『クリムゾンウェストは元々、リアルブルーから力を奪って何とか維持しているという話は、血盟作戦の時にしたな? それを放置すると、後々厄介なことになりかねん。故に、その捕食対象をリアルブルーからエバーグリーンに切り替える。既に滅んだ世界だが、エサには使えるからな』
「その為には神の権限が必要ってことか……」
『今回の作戦は、わしもエバーグリーンに直接向かう。わしの持つ守護者の力がなければ、権限をサルベージすることはできんからな』
クリムゾンウェストからエバーグリーンに移動した場合、クリムゾンウェスト大精霊が滞在を妨害してくる。
だが、リアルブルーからエバーグリーンに移動することに問題はない。だからトマーゾはずっとリアルブルーを拠点にしていたのだ。
「では、今回は教授の護衛が私たちの任務なのですね」
ルビーは自らの胸に手を当て歩み出る。
「セントラルにはまだ多くのオートマトンが眠っています。誰かが迎えに行かねばなりません」
『わしは貴様らオートマトンを生み出してしまった男だ。そして貴様らを人間の代わりに働かせ、戦わせて殺した原因となった男だ。それをお前は護るというのか』
「教授、私はあなたに感謝しています。遠い時間、世界を超えて、この世界で彼らと巡り合う事が出来た。それは、生まれなければ得られなかった想いですから」
マクスウェル
シュレディンガー
僅かな笑みを伴うその答えに、トマーゾは言葉を失う。
そして感謝の言葉の代わりに、まるで自分の娘を見るような、優しい眼差しで頷くのだった。
『おいラプラス! オマエまでなんだあの体たらくは!』
『カスケードの撃破は時間の問題だった。そもそも私の能力ではあれ以上の援護は不可能だ』
廃ビルの屋上で、まくし立てるマクスウェルに、ラプラスは少し申し訳なさそうに返す。
そんな二人の間に腰かけた少年――シュレディンガーは、あくびをひとつ。
「マクスウェルだって何とかするって言ってたじゃん。どこ行ってたのさ?」
『オレは…………この世界を見回っていたのだ。オレの眼鏡に叶う戦士はいなかったがな』
「キミ、迷子になってセントラルに辿り着けなかっただけじゃん」
『マクスウェルは話を聞かないからな……』
「わかるよー、砂漠ばっかりだし。どこ行っても同じような見た目だもんね」
『黙れ! そもそもこんな滅びた世界に興味自体がないのだ! オマエらもいつまでも油を売っている場合か!?』
「大丈夫だって、次の手は考えてあるから」
少年は立ち上がり、無邪気な笑みを返す。
「ゲストも呼んでるからね」
ナディア・ドラゴネッティ
ルビー
トマーゾ・アルキミア
●
エバーグリーンで繰り広げられた大精霊のサルベージ作戦では、多くのハンターに負傷者を出す事となった。
しかし、目的とされていたサルベージにはなんとか成功したとの知らせを受け、ナディア・ドラゴネッティ(
kz0207)は胸を撫でおろす。
「幸い死者はおらぬようじゃし……ルビーも無事で良かったのじゃ」
「ご心配をおかけしました。教授も無事にリアルブルーへ帰還するのを確認済です。じきに連絡があるかと」
ルビー (
kz0208)が説明したまさにその時だ。突如、ハンターズソサエティ本部を揺れが襲った。
棚が倒れるようなものではないが、飲みかけのティーカップがカチャカチャと音を立てる。
「地震とは珍しいのう?」
「確か、教授から聞きました。何らかの物理的な影響がクリムゾンウェストに及ぶかもしれないと……」
『その通りじゃ』
まるで見計らっていたようなタイミングでモニターが点灯し、崑崙のラボにいるトマーゾ・アルキミア(
kz0214)が映し出される。
『エバーグリーン側からクリムゾンウェスト大精霊に働きかけ、注意を逸らすのには成功した。これで暫くリアルブルー側に大きな被害が出るのは避けられるじゃろう』
「それとこの地震に何か関係があるのか?」
『クリムゾンウェストの“質量”が物理的に増えたのじゃろう』
眼鏡のブリッジを持ちあげ、トマーゾは作戦中に痛めたらしい腰を叩きながら説明する。
『クリムゾンウェストがその身に受けたダメージを回復するため、リアルブルーを標的としているのは既に知っての通り。そしてその具体的な侵略方法を覚えておるか?』
「“転移”――異世界人を召喚したり、異世界の土地を召喚することで、クリムゾンウェストはリアルブルーを“捕食”していると認識しています」
ルビーの返答に満足そうに頷くトマーゾ。そこでナディアがポンと手を叩く。
「そうか! つまりクリムゾンウェストの標的がエバーグリーンに代わると、エバーグリーンからヒトやモノ、土地が転移してくるのか!?」
「教授はエバーグリーンを“餌”にすると過激に表現しましたが……本当はあの世界を救いたかったのではありませんか?」
あのままエバーグリーンはもう絶対に再生することがない、救いのない世界だ。
だが、その“世界”には活用法がある。再起動できるオートマトンや都市などがクリムゾンウェストに転移すれば、エバーグリーンという世界の記憶や想いはクリムゾンウェストと一つになって生き続けるかもしれない。そう、リアルブルーの文化の一部が、この世界に根付いているように……。
『馬鹿を言うな。確かにオートマトンや都市……と言うより遺跡じゃな。それには利用価値がある。そっちに転移したものを再利用するなら、一石二鳥じゃろう』
「はい。では、そういう事にしておきますね」
口元に手をやり微笑むルビー。ばつの悪い様子でトマーゾは頬を掻く。
『エバーグリーンの召喚はまだ本格化はしておらぬじゃろうが、貴様らの住む大陸の反対側――すでに邪神により破壊された領域などに大規模転移が起こる可能性がある。直接的に貴様らに影響はないだろうが、いずれは調査なども打診するかもしれん』
「あいわかった。その時は新天地にハンターを派遣するとしようぞ。ところで、つまりおぬしは大精霊の残滓を回収したと見てよいのか?」
ナディアの問いかけにトマーゾが頷く。おもむろに胸の高さで掌を広げると、そこに緑色に輝く結晶が現れた。
「それは……もしやイクシード・プライムなのか?」
『星の意志の結晶と言う意味では同じと考えてよいじゃろう。尤も、これはより高度で純粋なものじゃが……。わしは元々大精霊……ベアトリクスの守護者。その力との親和性も高い』
すっと、光の結晶はトマーゾの胸に吸い込まれるように消えてしまった。
『わしがこれを回収したもう一つの目的も話そう。この力は、場合によっては歪虚と化したベアトリクスを倒す為に必要になるかもしれぬのじゃ』
ベアトリクスと呼ばれる歪虚は、歪虚CAMのような姿で知られている。
神出鬼没でどこにでも現れ、強烈な狂気感染を引き起こす。だが目的らしい目的を持たず、何もしないでいなくなることもあれば、人間を狙って大量虐殺を繰り広げる事もある。
『ハンターが遭遇したアレは、ベアトリクスの分体じゃ。中枢体としてのベアトリクスは別に存在しておる』
「複数のベアトリクスが出現したり、撃破してもすぐ現れたりすると報告があったので予想はしておったが……まさか、元大精霊の歪虚ということか?」
『ああ。と言っても、ベアトリクスの存在全てが歪虚化したわけではないから、こうしてエバーグリーンにも残滓がある。貴様らの感覚で言うなら、強欲王メイルストロムのようなものじゃろう』
「……そうか。では倣って、こう呼ぶべきじゃろうな。“狂気王ベアトリクス”と」
一部が歪虚化したものだとしても、大精霊とは圧倒的な存在だ。それが歪虚化すれば、どれだけの力を持つことになるのか……。
『ベアトリクスは特殊な個体でな。他の王とも少し毛色が違う。もう少し説明してやりたいところじゃが、話すと長くなるし……それに、まだ貴様らにも言えぬことがある』
「ほう? 既に我らは一蓮托生の仲間だと思って居るのじゃがな?」
『勘違いするな。貴様らが信用できないと言っているわけではない。わしにも色々事情があるのじゃ。それも順を追って話そう。……それにも関係する、別の話なのじゃがな。戻ってくるなり統一連合政府から、貴様らに取り次いでほしい話があると』
「ドナテロ議長かの? そういえばしばらく顔を見ておらんかったが……」
『わしもじゃが、どうもキナ臭くなってきおった。ベアトリクスより、こちらが問題になるかもな』
深く溜息を零し、トマーゾはドナテロから預かった手紙を読み上げ始めるのだった。
「こちらが先日アメリカのジャスタ=トリニティ国立公園で行われたクラスタ攻略戦の様子です」
特殊なボディスーツを装備した人影が森の中を駆けまわる。
それらは人知を超越したスピードで闇を突き抜け、浮遊する小型狂気を目につく端から銃器で撃破していく。
中でも目を引くのは、大型の近接武器――この世界では時代遅れと笑われるような剣や槍などで武装した兵士の姿だった。
ドナテロ・バガニーニ
天王洲レヲナ
「おぉ?! これが“強化人間(スペリオル)”の力であるか!」
瞳を輝かせて映像を確認するドナテロ・バガニーニ(
kz0213)。天王洲レヲナはその反応に満足そうに頷く。
「人間の持つ生体マテリアルを引き出す“スペリオルシステム”は、異世界の“ハンターシステム”をベースにしたもので、一定の才能を持つ兵士なら簡単にスペリオル化できるそうですよ」
「レヲナくんもスペリオル措置を受けたのであるか?」
「はい。僕は零世代のスペリオル――実験体ですからね。実はずっと前から強化人間ですよ」
「え!? 我輩知らなかったんですけど!?」
「言ってなかったんですけど??」
クスクスと笑い、それからレヲナは咳ばらいを一つ。
「ジャスタ=トリニティのクラスタは強化人間とCAMの混成部隊で撃破に成功しています。この戦果はまだ内密にしているそうですけど」
「我輩に秘密で勝手に強化人間計画を進めていた統一連合議会に不満はあるが、強化人間の存在は希望となり得る。異世界人を畏怖する人々は、ほとんどがその力を恐れているのである。こちらにも対抗する力があると示せれば、きっと異世界人を受け入れる流れは加速するはずである」
腕を組み、うんうんと頷くドナテロ。そして勢いよく立ち上がり。
「そうだ! 崑崙で異世界人と強化人間による大運動会を実施するのである!」
「えっ? 運動会です?」
「超人的な運動会はパフォーマンスにもなりお金も動く。何より双方の世界の“力”を知れば、地球人も異世界人に理解を示すに違いないのである。それに強化人間がどれくらい異世界人と共闘できるのか、そのテストもしたいである」
「なるほど。では早速手配しましょう。異世界と崑崙には秋葉原オフィスから連絡しますね」
「我輩は早速議決を取るのである! 忙しくなってきたぞー!」
意気揚々と飛び出していくドナテロに続き、レヲナは素早くその後を追った。
「“力”を手に入れたそうですね」
マンハッタンの統一連合議会場周辺は、以前サルヴァトーレ・ロッソでの襲撃があって以来、警備が厳重化されていた。
南雲 芙蓉
OF-004
故に、南雲芙蓉がその場に堂々と立っていることにOF-004と呼ばれる少年は疑問を抱かない。大方、月からの使者といったところだろう。
「南雲とか言ったか。随分俺たち“強化人間”の事を探っているらしいな。異世界人のデータを横流ししておいて今更咎めるつもりか?」
「その力が正しきものならば咎めはしません。ですが、あまりにも“早すぎる”。我々が提供したデータとは別に協力者がいますね?」
南雲芙蓉は統一連合議会に所属する者ではない。日本の特務機関に所属し、トマーゾ・アルキミア教授の支援者として地上で活動している。
異世界人が転移するためのマーカーの設置などは、彼女のような協力者たちの成果だ。
確かに芙蓉はトマーゾの命令に従い、議会に覚醒者のデータを提供した。だがそれは情報開示をしつこくせっつく議会を黙らせる程度のものでしかなかったはずだ。
「何より、あなた達には決定的に欠けているものがあります。“精霊の加護”をどこで得たのです?」
「フッ……お前やジョン・スミスにはそれがあるらしいが、何故俺たちにはないと決めつける?」
肩を竦め、そして少年は少女に顔を寄せる。
「――まるでお前達は知っているみたいじゃないか。この世界の“神様”の居場所を」
芙蓉は一歩も下がらず、まっすぐに少年を見つめ返す。二人はしばし固まり、少年の方が折れるように距離を置いた。
「異世界人の強さを見て思ったんだ。力が欲しいって……何かを守り、そして憎いVOIDどもをブチ殺す力が」
「力は正しき者が使わねば破滅をもたらすだけです」
「トマーゾ・アルキミアはッ! 技術も力も“大精霊”も秘匿して、一部の特権階級にだけ恩恵を与える! お前はいいさ、だが死んでいったコロニーの仲間たちはずっと待ってた! そうだ……俺たちは宇宙を彷徨いながら待ってたんだ! ヒーローが助けに来てくれるのを……っ!」
故郷はとうにVOIDの手で崩れ去った。数えるのも馬鹿らしくなるような数の人間が瞬く間に死んでいった。
生き残りを乗せた脱出艇は何日も宇宙を彷徨った。少ない食料を奪い合い、弱いものから死んでいった。
もしもあの時あの場所に――異世界の英雄がいてくれたなら……。
突然叫び、そして少年は我に返ったように頭を振る。
「……特別な奴だけが特別な力を持つ世界なんて間違ってる。俺は自分の手で世界を守りたいんだ」
「…………あなたは……」
「心配しなくても、俺たち強化人間はVOIDとしか戦わない。その為に手に入れた力なんだからな」
去っていく少年にかけられる言葉を少女は持っていなかった。
ただ強く拳を握りしめ、天を仰ぐ。
「神よ……それでも我々は……許されないのですか……?」
問いかけに答える声はない。少女は肩を落とし、議会場へと歩みを進めた。
(執筆:
神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
イルム=ローレ・エーレ
「いやあ、今回も沢山の魅力的な子と縁を結んでしまったなぁ。世界を隔てられ次は何時会えるともわからないけれど、それもまた一興だね」
宴もたけなわ、超人運動会のプログラムも終わりを迎えようとしていた。
街頭スクリーンに映し出された上位入賞者への授賞式の様子を見上げながら、個人的な目的を十分に果たしたイルム=ローレ・エーレ(
ka5113)は上機嫌だ。
リアルブルー人だろうが強化人間だろうが、イルムにとっては関係がない。
今回も「王子様」として、満足のいく立ち振る舞いをしたつもりだ。
「おや?」
ふと、スクリーンから視線をずらす。高いビルの屋上、縁に立つ少年の姿が見えたからだ。
今にも消え去ってしまいそうな微かな存在感に、イルムの顔色が変わる。
覚醒すると同時に素早く走り出し、人込みを掻い潜るとビルの側面に備え付けられた階段を駆け上がる。
「君、待ちたまえ! 早まってはいけない!」
颯爽と駆けつけると共に少年の腕を掴む。これで少なくとも飛び降りるような真似はできない――だが。
次の瞬間、イルムの身体が硬直する。いや……これは、周囲の空間、或いは時間だろうか?
世界の制止は一瞬の事。少年がゆっくりと振り返り視線を合わせると同時、街には喧噪が戻った。
「今のは……」
「53616c7465645f5f4aca0a3406983f3b63c65c751ba864635b00aeca792d54eabe54f767d999c31f?」
「ぐっ」
思わず顔を顰める。だが、イルムはその手を放そうとはしなかった。
少年はイルムの手に自らの掌を重ね、改めて口を開く。
「――僕 が見え る の ?」
「……? ああ、見えるともさ。Dum spiro, spero……希望を捨ててはいけないよ。事情まではわからないけれど、命を無駄にしちゃいけない」
「命……? ああ」
ぼんやりとした様子で少年は身を引く。そうしてイルムの傍に腰を下ろした。
「僕を心配してくれたんだね……ありがとう」
「礼には及ばない。ボクは当然のことを――」
「君は他の■■■とは違うにおいと音がするね」
つい今の今まで、目の前に座っていた少年は。
恭しくお辞儀をするイルムの背後に立っていた。
気配はない。音もない。何も感じられない。いや、ソレは本当にソコ「いる」のだろうか――?
「誰もが敵を探してた。憎むべき敵を。でも、君だけは優しさで触れようとしたんだね」
少年は青い髪を靡かせ、眼下に蠢くヒトの群れに目を細める。
「信じなければ触れられない。受け入れる心が必要なんだ」
「君は……」
イルムが振り返った時、そこにはもう少年の姿はなかった。
まるで狐か狸につままれたかのような感覚に頬を掻くイルムに、ビル風が強く吹き付けていた。
●
ナディア・ドラゴネッティ
トマーゾ・アルキミア
ドナテロ・バガニーニ
「……ぬぁにぃ!? 火星にサルヴァトーレ・ブルを向かわせたじゃとぉ!?」
超人運動会から間もなくして入った連絡にナディア・ドラゴネッティ(
kz0207)は思わず仰け反る。
『うむ……それこそ、運動会に合わせて崑崙に結集させた艦隊を、終了直後に発進させたようじゃな』
眉間を揉みながらため息交じりに語るトマーゾ・アルキミア(
kz0214)。これは二人にとっても予想外の展開だった。
「どういうことなのじゃ? ドナテロ議長!」
モニターの左半分にトマーゾ、そして右半分に映し出されたドナテロ・バガニーニ(
kz0213)は、しきりにハンカチで汗を拭きつつ。
『いやいや、我輩も想定外である。まさかこんなに早く火星偵察部隊が送り込まれることになろうとは……』
「そういった決定事項を下すのはおぬしの仕事ではなかったのか?」
『我輩はあくまでも議会の議長であって、軍の司令官ではないのである。無論、軍部の独断専行には遺憾の意を表明するであるが……』
『遺憾だろうがなんだろうがこれはいかんじゃろう』
「………………」
『………………』
ナディアの瞳からハイライトが消え、ドナテロが噴き出す。
『ともあれナディアよ。ハンターにも作戦参加を要請する。サルヴァトーレ・ブルを失うわけにはいかんからな』
「そう言われても、準備が間に合うかどうか……可能な限り急ぐが、開戦には間に合わぬかもしれぬ」
『おお! それでも来てくれるのであるな! 流石は異世界の友人たち……我らは心の友、固い絆で結ばれているのである!」
「『はいはい』」
しかし現実的な問題として、大規模な宇宙空間での作戦展開には不安が残される。
覚醒者は超人だが、今回の超人運動会でもそうだったように、圧倒的に異質な空間である宇宙でうまく戦えるとは限らないのだ。
『それに関してはわしに考えがある。要は環境問題じゃからな』
「ではそれを拝聴するとして……問題は火星ゲートじゃ。確か、リアルブルー最大規模のヴォイドゲートなのじゃろう?」
『ああ。あの規模のゲートであれば、間違いなく超高位歪虚――即ち王が待ち受けるじゃろう』
『王……“VOID KING”であるな? そういえば以前拝見した論文で、ゲートは異世界に通じているというものがあったのであるが、ゲートで結ばれた先はクリムゾンウェストではないのであるな?』
ドナテロからの意外な質問にナディアは腕を組み。
「その通りじゃ。おぬしがそこまで世界の成り立ちに詳しいとは思っておらんかったがの」
『これでも議長なので勉強はしているであるよ。我輩物覚えはよくないので、時間はかかるのであるが』
はにかむように笑うドナテロの手には、ボロボロになるまで使い込まれた手帳が握られている。
『であるならば、以前ナディア総長の言っていた、“邪神”というのがいる世界に通じているのであるか?』
正直なところ、ナディアはそこまでは考えていなかった。
ゲート……それが“門”だというのなら、「どこかに続いている」のが道理。
これまでは漠然とエバーグリーンのような異世界だと考えていたが……。
『それに関しては後じゃ。今は急いで出撃の準備をする必要がある。サルヴァトーレ・ブルの部隊では、長くは持たん』
苦々しく、そして苛立ちを隠さぬ様子でトマーゾは呟く。
『あそこには――ベアトリクスがいるのだからな』
●
――この世界を愛している。
自らの性能に、善も悪も存在しない。解釈する必要もない。そんな機能は必要ない。
ひとつ願いを叶えれば、誰かの不幸が鳴り止んだ。
死に至る病なら治してしまえばいい。いつか来る死が恐ろしいなら、寿命をなくしてしまえばいい。
それでも“死んだ者を生き返らせること”だけは、できなかった。
「死後の世界には様々な仮説がある。だが今の世の中では、死者はマテリアルとなって世界に再び巡ると信じられている」
ある時、ページをめくる手を止めて■■■■は言った。当然、その概念を理解することはできない。
「君は本来、その魂の循環を促す存在だ。神は時に自然の猛威となり試練を与え、時に恩恵をも与える。どちらかに偏ることはあり得ない」
いつからか■■■■は悲しい表情ばかり浮かべるようになった。でも、それでは理屈が合わない。
世界からは確実に哀しみが減っている。嘆きも、怒りも、すべてが消えていく。
残されたのは漫然とした笑顔。笑顔、笑顔……それでいい。笑顔に貴賤はない。そうであることに価値がある。
なのに、■■■■の笑顔に違和感を覚える。論理的矛盾だ。胸が苦しくなる。
「私は神と話がしてみたかった。この世界から不幸を取り払いたかった。でもそれが結果として、人類全体の成長を止めることになった」
■■■■の話はよく分からない。成長? 知っている。変化・変質するという概念だ。
必要ない。必要ない。何も変わる必要はない。だってすでに完璧だ。何も欠けるモノがない。
今のままでいい。完全なのだ。完全であるということは、今のままでいいということ。何も矛盾はない。
なのにどうして――このままではいけないと感じるのだろう?
「ベアトリクス。君は――この世界を愛しているかい?」
首を傾げる。意味不明だ、答えるまでもない。
世界の全てを愛している。この世界に生きるすべての命を愛している。
守らねばならない。救わねばならない。それは義務だ。義務だから救う。何も矛盾はない。
“救われる方の事情など、知った事ではない”。
繰り返される微睡の中、ゆっくりと瞼を開く。
深く黒い海の中、小さな輝きがやってくる。
“ああ、そうだ。あれは、大切な子供たちだ”。
“救わねばならない。守らねばならない。それは、義務なのだから”。
ここは寒い。とてもとても寒い。
凍えた指先に温もりが欲しい。音を刻まぬこの世界に、暖かな言葉が欲しい。
愛しているから■す。矛盾はない。救わねばならないから■す。矛盾はない。
矛盾はない完璧だ考えるまでもない意味不明だ何も欠けるモノがない完全なのだから必要ない――。
息をするのも苦しい。いつも全身を八つ裂きにされるような痛みを感じる。
神様は世界を愛している。
ただ、その言葉を忘れただけ。ただ――その愛し方を、忘れてしまっただけだから。
(執筆:
神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
「これは……何という……」
モニターを見つめる船員たちがざわつく中、南雲雪子は絶句する。
まだ火星圏に接近しきったわけではない。だが、望遠カメラで十分に観測できてしまった。
火星の直径は、およそ6780km程だと言う。地球に比べると半分ほどで、規模はさておき「小さい」と言ってよいだろう。
だが今、その火星の地表は赤黒い闇に覆われている。正確に計測せずとも、目算で十分理解できる。
「あれが火星ゲートですか。成程、地球に降り注ぐ火の粉をいくら払っても意味がないわけですね」
火星の3分の1を埋め尽くすような巨大なゲート。つまり直径2000kmほどもある、これまでと比べ明らかに巨大なるつぼ。
「……ち、地表に膨大な数のVOID反応……計測不能です……」
南雲雪子
オペレーターの報告に眉を顰める南雲雪子。結論はもう出ている。
火星偵察用の艦隊はサルヴァトーレ級戦闘母艦が一隻、テレーザ級巡洋艦が四隻、アガタ級巡洋艦が六隻。
まるで戦力が足りていない。いや、地球上の全戦力を投入したところで、あれだけの数のVOIDには――。
「艦長、妙です! 何だこれ……フォボスでもダイモスでもない……衛星が……火星の衛星が三つあります!」
その、三つ目の衛星は暗闇の中、通常ではありえない軌道で艦隊に向かって動いている。
ゆっくりとその姿を確認する。衛星ではない。だが、衛星程の大きさを持った――クラスタ。
「火星クラスタ……そう言う事ですか」
巨大な機械と肉とが融合した、歪な星。それは大量のVOIDを伴い、艦隊に近づいている。
「正体不明の衛星より多数のVOIDが出現! 間違いありません、クラスタ型です!」
「現時点を持って作戦目標を変更します。火星地表に降りてのゲート探索を中止し、我が艦隊は火星クラスタと交戦します。全艦ドッキングモード解除、第一種戦闘配置!」
「了解! マザー・コントロールよりウィング・コントロール各艦へ! 惑星間航行終了! ユーハブコントロール! ブレイク、ブレイク!!」
ラヴィアン・リュー
サルヴァトーレ・ブルを中心にまるで翼のように連結されていた各艦が分離し、散開していく。
「艦長……どうなさるおつもりで?」
「このまま逃げ帰っては無駄足です。それに……恐らく火星ゲートの発生源か、火星ゲートを守備する役割を持つのがあの巨大クラスタでしょう。ならば、持ち帰るべきはあの巨大クラスタの情報です」
ラヴィアン・リュー(
kz0200)の問いかけに雪子は落ち着いた様子で応じ、にこりと微笑む。
「あの巨大クラスタを潰せば、ゲートを閉ざせるかもしれません。全人類の命がかかっているのです。やってみる価値はあるでしょう」
「……噂で聞いていた以上ですね、あなたは」
「艦長! 巨大クラスタより強力なジャミング派! こちらのイニシャライザーを貫通してきます! あ……いえ、違います! ジャミングの発生源、高速で接近中!」
「クラスタが発生源ではない……?」
カメラが捉えたのは、巨大な影。
これまでベアトリクスと呼ばれた歪虚CAMを従えて暗闇を蠢く、「王」の姿だった。
●
「ハンターどもの機体を積み込め! ほとんどがエース仕様の個人機だ、調整はパイロットに従え!」
クリムゾンウェストの冒険都市リゼリオに停泊するサルヴァトーレ・ロッソに、次々にハンターが集まってくる。
今回の転移にはサルヴァトーレ・ロッソの転移装置を用いる。宇宙空間での戦闘に、寄る辺はどうしても必要だ。
突然開始された作戦に遅れが生じる事は致し方なく、緊急出撃など慣れっこのハンターらはとっくに準備を終え、今はロッソの出撃を待っている。
ジョン・スミス
ナディア・ドラゴネッティ
ダニエル・ラーゲンベック
「はーい、皆さんはこちらでーす」
「ねーねージョンちゃ?ん? あたしらずーっとプールに入ってるの??」
「これせまーい! めんどくさーい! あきたー! おなかすいたー!」
ジョン・スミス(
kz0004)が誘導するトラックの荷台には、海水で満たされた大きな水槽が乗っかっている。
そこに人魚族を詰め込んだトラックが何台もゾロゾロとロッソの格納庫に列を作っていた。
「まあまあ、そう仰らずに?。ちゃんと差し入れ持ってきますからね♪」
「あたし甘いものがいい!」
「私は陸の果実がいいなあ?」
「わかりました、ちゃんと持っていきますんで! 何卒、よろしくお願いしますね!」
「ダニエル艦長、準備状況はどうか?」
「ぼちぼちだ。ロッソくらいの規模になると、今すぐ出撃しますってわけにもいかねぇ」
ブリッジに上がって来たナディア・ドラゴネッティ(
kz0207)にダニエル・ラーゲンベック(
kz0024)は溜息混じりに返す。
「既に火星偵察隊は交戦を開始したらしい。細やかな通信はできないので、次の通信まで5時間はかかる」
「向こうの状況は不明ってことか。転移したらいきなり敵陣のド真ん中ってこともあり得るな」
まあ、いきなり敵陣のど真ん中、という展開は慣れているし、そういった戦況こそダニエルの真骨頂である。
「俺は艦隊の指揮官としちゃあ三流だが、一隻の船で暴れ回ることに関しちゃ南雲んとこの娘っ子より上だ」
「海賊(ヴァイキング)の二つ名は伊達ではないというところを見せてもらおうかの」
「見物に銭はとらんが、あんたも乗っていくつもりか? 遊覧船じゃねぇんだぞ」
「たまには良かろう? リアルブルーの事はわらわも見識が浅い。この目で見定めたいのじゃ」
「……好きにしろ。おい、お前らモタモタするんじゃねぇ! あと20分で出港するぞ!」
『えぇ?!? 無理ですよ艦長! 2時間はかかりますって!』
「良いからやれ! どうせ転移の為にエンジンを温めるフェーズがあるんだ、乗り込みだけ済ませてこまけぇことは後にしろ」
●
火星から接近する巨大クラスタとの戦闘は激化の一途を辿る。
倒しても倒しても出現するVOIDの軍勢に加え、強力な広域ジャミング波が指揮系統を分断するのだ。
「また味方がやられた! どうするんだよ、ドロシー!」
ドロシー
「どうするって……もうっ! R7のイニシャライズフィールドは正常に作動してるのにっ!」
思い思いのカラーリングを施された、規律に欠けたエクスシアの一団が次々に迫る小型狂気を撃ち落とす。
強化人間により編成された部隊は「狂気の感染」に対してもある程度抵抗できる。それが彼らの大きな強みだ。
結果として大人のベテランパイロットより、子供かつ実戦経験もろくにないようなドロシー(
kz0230)たちの方が持ちこたえている。
「味方の損耗率が激しい! 僕たちだけじゃ流石に無理だってぇ!」
「つっかえねー! 大人つっかえねー! なーにが正規軍人だよやられてんじゃねーか!」
「命令がないと動けないのが軍人サンってものなのよね……っと。だめね、やっぱり広域通信が使えない。レーダーも全然言う事聞かないし」
溜息交じりにコンソールをいじり、ヤケクソ気味にデタラメにボタンを押してみるが、ウンともスンとも言わない。
「短距離通信が限界かぁ……」
ふと、背後から眩い光が瞬き、ドロシーを乗せたパステルピンクのR7を照らし出す。
「またテレーザ級が落ちた! このままじゃ全滅するんじゃねーか!?」
「どうしようドロシー……やっぱり最初からムリだったんだよぉ?」
「もう……男の子が泣き言言わないの! 怖いのは私だって同じなんだから!」
マテリアルライフルもあと何発撃てるか。弾薬が切れれば後はなぶり殺しになるだけだ。
そんな未来が脳裏を過り、少女は首を横に振る。
「ピンチの時こそ前を向く! 魔法少女って、そういうものデショ!」
「アガタ級アトリ轟沈! ウジャク航行不能!」
「救援要請は?」
「出していると思いますが、ジャミングで届きません! 脱出艇の状況も不明……くそっ、これまでとは桁違いの妨害だ……!」
サルヴァトーレ・ブルの艦橋で雪子は表情一つ変えず、しかし胸の内に焦りを抱えていた。
予想以上の戦力差だ。敵は無尽蔵に湧き出してくるが、こちらの弾薬には限りがある。
しかも、巨大歪虚の影響で狂気の感染とジャミングが強すぎる。連携ができなければ、各個撃破されるだけだ。
信号弾で何とかやり取りを試みているが、それにも限度がある。
「………………そろそろですか」
「……!? 強力なマテリアルウェーブを察知! 時空振動……来ます!」
「総員、対ショック」
ありもしない大気を震わせ、光が歪む。
屈折した空間を突き破るように、巨大な船首が顔を覗かせた。
「予想通りの到着ですね、ダニエル艦長。理論値通りなところ、惚れ惚れしますわ」
「――転移成功! ……しましたが、周辺に強力なジャミング……狂気の感染を確認!」
「フン、想定通りだ。カタパルトハッチ開放! ハンター共に伝えろ……狩りの時間だってな!」
サルヴァトーレ・ロッソは転移を終えるとすぐに機甲部隊を出撃させる。
その中には量産型魔導アーマーのように、宇宙空間での活動を苦手とするものも含まれていた。しかし……。
「人魚の皆さん、お願いしま?す」
まるで指揮者のように指を振るジョンに合わせて、人魚たちの合唱が響き渡る。
龍鉱石と海涙石を複合させ、人魚式の浄化術を伝える。トマーゾ教授が提案した方策であった。
人魚の結界は「水中での活動」にハンターを適応させる。厳密に言うと、その効果は水中に限らない。
「マーメイドフィールド、アクティベート! 憑龍機関(ドラゴニックエンジン)出力安定!」
「こちとらあっちゃこっちゃで戦ってんだ。二番艦に年季の違いを見せつけてやるぜ」
伝播される結界の力で、ハンター達に対する狂気の感染、そして宇宙空間であることの脅威は遠ざけられている。
だが、それでもなお“狂気王”の影響は避けて通れない。
「あれが……狂気王ベアトリクス。堕落せし神の依り代……か」
ナディアは映像を見つめ、ひきつったような笑みを浮かべる。
闇の星を背に、蠢く巨大な影。避けては通らぬ王との闘いが、目前に迫っていた。
(執筆:
神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
南雲雪子
ダニエル・ラーゲンベック
「被害状況を報告してください」
サルヴァトーレ・ブルの艦橋で南雲雪子はため息交じりに指示をする。
上がってくる報告はどれも想定通りで新鮮さはないが、だからこそ現実に打ちのめされる。
(思ったよりも被害が大きい。火星クラスタ内の偵察や狂気王を退けた獅子奮迅の活躍を思えば、守りの甘さは看過せざるを得ませんか……)
サルヴァトーレ・ブルのマテリアル主砲を破壊され、狂気王への攻撃に参加が間に合わなかったのは痛い。
狂気王にはロッソ単体で砲撃を行い何とか退けたそうだが、ブルとの十字砲火にならなかった分、短期間で立て直すだろう。
「残存戦力をまとめ、惑星間航行モードで離脱開始。地球へ帰還し……何?」
「……報告します! 火星クラスタの急加速を確認! なんで急に……このままでは追いつかれます!」
「全艦回避運動!」
ドッキングを始めていた艦隊が慌てて進路を逸らすと、その背後から迫る火星クラスタがぐんぐん加速し、艦隊を追い抜いていく。
だが、狂気の軍勢が攻撃してくる様子はない。まるで突然目的が変わったかのように、火星偵察隊を無視している。
「動き方が急変した? 何故……?」
『おい、南雲の娘』
「雪子ですわ、ダニエル艦長。仰りたいことは理解しています。火星クラスタはこのままこちらで追跡します」
『こっちは救助した負傷者も乗せてるんでな。一端クリムゾンウェストに転移する。そっからもう一回月に転移した方が早ぇし、先回りして向こうの連中に状況を伝える。負傷者は一旦リゼリオで預かるから安心しろ』
サルヴァトーレ・ロッソが淡い光を纏い、その輝きが強く眩くなっていく。
そうして一瞬で空間に吸い込まれるように、サルヴァトーレ・ロッソはリアルブルーから姿を消した。
「……転移完了! クリムゾンウェスト、リゼリオ南の上空です!」
ダニエル・ラーゲンベック(
kz0024)は帽子の鍔を持ち上げ一息つく。
周囲の景色は宇宙空間から忽然として清々しい青空に変わっていた。
「やれやれだな。よし、このまま着水しリゼリオを目指す。反重力機関のコントロールを……」
「……えっ!? 艦長、背後に多数のVOID確認! 転移です! 我々に続いて、敵が転移してきます!」
青空を突き破り、どす黒い光を纏ったVOIDが次々にロッソを追撃してくる。
その動きはこれまでのように散漫としたものではなく、まるで統率された部隊のようにスムーズにロッソの甲板に取りつくと、内部への侵入を試みる。
「おいおい……せっかく帰って来たってのによ。まだ動けるハンターを表にあげろ!」
●
ドナテロ・バガニーニ
ナディア・ドラゴネッティ
トマーゾ・アルキミア
『ふぬぅ!? 火星クラスタが地球に侵攻を開始したのであるか!?』
ドナテロ・バガニーニ(
kz0213)の顔色は真っ青で、頭を抱えるような姿勢のまま固まっている。
クリムゾンウェストへ転移してきたVOIDの第一波をリゼリオ南で殲滅したサルヴァトーレ・ロッソは、そのまま予定通りリゼリオに入港した。
そこで負傷者を下ろし、ハンターズ・ソサエティ本部で待つナディア・ドラゴネッティ(
kz0207)に報告した状況は、通信可能時間帯を待って崑崙のトマーゾ・アルキミア(
kz0214)に伝えられた。
そしてトマーゾはいつものようにマンハッタンのドナテロとリゼリオのナディアを交えた会議通話を開いたわけだ。
『あわわわわ……どどど、どうするであるか?っ!? 誰が責任を取るのである!?』
「貴様ではないのか?」
『我輩何もしてないであるよ!? 軍に猛抗議するである! 議長おこ!』
元々火星クラスタに手を出すと、VOIDが活性化するのではないかという懸念はあったのだ。
VOIDが人類に攻撃を開始したのも、火星に調査隊を送り込んだのが原因だったというのは、嘘か誠か。だが、民衆は当然軍と議会を叱責するだろう。
『問題はリアルブルーだけではない。狂気の歪虚の攻撃はクリムゾンウェストにも及んでおることじゃな』
「つまり、火星クラスタだけではなく、火星ゲートまで動き出したと見るべきじゃろうな」
『偵察隊の情報によれば尋常ではないサイズのゲートなのじゃろう?』
「ああ。邪神を丸ごと召喚して余りあるわ」
その言葉に明確にナディアの顔色が変わる。
『ファナティックブラッド……。あれは……今はまだハンターでも勝てぬ』
『エッ!?!? ハンター様でも勝てない敵がいるのであるかっ!?』
『じゃからこうやってリアルブルーとも手を組もうとしておるのではないか!』
血盟作戦で垣間見た神霊樹ライブラリの情報が真実なら、今のハンター達が総力を挙げて立ち向かったところで邪神には勝てない。
時間稼ぎをする事すら困難で、ただ数刻の時を稼ぐためだけに一体どれだけの命を費やすことになるのか、見当もつかない。
「火星クラスタが地球圏に到達するまで3日もかからん。何とかして時間を稼ぎつつ、奴がファナティックブラッドを召喚するまでにクラスタを破壊する必要があるじゃろう」
『簡単に言うが……火星クラスタを止められるのか?』
「止める。止められなければリアルブルーは終わりじゃからな。元々地球圏は大規模な結界で守られておる。黙示騎士らが直接地球圏に転移できなかったのもその為じゃ」
そういえば、以前崑崙がマクウスェルに襲撃を受けていた時にそんな話を聞いた覚えがある。ナディアは首を傾げ。
『そんな強力な……しかも星そのものを覆う程の大規模結界を、おぬしが作れるのか?』
「……正確にはわしではないがな。とにかく時間稼ぎは任された。代わりに貴様らにはやってもらいたいことがある。あまり準備に割ける時間はない……あと数日で地球圏とクリムゾンウェスト、両方が戦場になるだろうからな」
ナディアとドナテロは真剣な様子で頷く。その眼差しにトマーゾへの疑いは見られない。それがトマーゾには心苦しかった。
「ナディアよ、錬魔院のワカメと北方王国のメガネに連絡を取ってくれ。それと、ルビーと話が出来るように頼む。ドナテロは月面に可能な限りの防衛戦力を上げてもらいたい。それと、コンタクトを取りたい艦がある。地球で今動いている試作型高性能艦、メタ・シャングリラじゃ」
トマーゾが素早く指示を終えると、通信時間の限界と共にモニターが真っ暗になる。
南雲 芙蓉
それを待っていたように南雲芙蓉が歩み寄る。
「やはり、彼らの狙いは……」
「ああ。間違いなかろう。強硬策にもほどがあるがな」
二人の視線は同時に、部屋の隅で椅子にかけた少年に向けられる。
視線を感じたのか、文庫本を閉じて少年は首を傾げた。
「53616c7465645f5f52d889e9679bec6f02be2b53949e7dab0b78c999af2247bb?」
「うぅっ」
「ぬおっ! ちゃんとわしらの“レベル”に落として話してくれ!」
二人が悶え苦しむ様に少年は咳ばらいを一つ。
「ごめんよ。まだ慣れてないんだ、君たちと同じ言葉を使うのは……」
ふわりと、座った姿勢のまま少年は浮かび上がり、足を組む。
この通信室は崑崙にあるが、重力制御装置により1Gを保っている。仮に月の重力下、1/6Gだとしても、この挙動は不自然だ。
「僕に期待しているの?」
「と言うより、自分の身を守ってほしいのじゃがな」
「ベアトリクスがファナティックブラッドを呼ぶのなら、それも運命。僕はあるがままを受け入れるよ」
「私たちはまだ、この世界を諦めるわけにはいかないのです。どうか……」
芙蓉が深々と頭を下げると、少年は困ったように眉を顰める。
「君たちがどんなに足掻いても滅びの運命からは逃れられないというのに……」
少年はふわふわと浮いたまま、再び文庫本を広げる。
「僕の意識圏にベアトリクスは入れない。僕がしてあげるのはそこまでだ」
「ああ、感謝致します、我らが神よ」
ほっと胸をなでおろす老人と少女。二人は顔を見合わせ、もう一度溜息を零した。
●
シュレディンガー
ベアトリクス
――火星偵察作戦は、黙示騎士シュレディンガーにとっては必要不可欠だった。
何故ならば火星クラスタは暴走状態にあり、仮に同属……歪虚であったとしても容赦なく迎撃してくるからだ。
その迎撃を潜り抜けて火星クラスタに侵入し、核を目指すのは、いかに黙示騎士でも容易ではなかった。
「あらよっと?」
核を内蔵した部屋を覆う触手を二対のダガーで十字に切断し、スカートの内側に格納すると、シュレディンガーは外見の偽装を解除する。
「火星クラスタの核……ではないね。原動力ってトコか。直接お目にかかるのは初めてかな? 大精霊ベアトリクス」
見上げる水槽のような装置の中には、崩れかけた身体を揺蕩わせるオートマトンの姿がある。
エバーグリーンの大精霊を収めた器、ベアトリクス。その力の殆どは歪虚に作り替えられた。
だが、作り替えられない程の強さを持つベアトリクスという存在の心核は、まだ精霊としての力を持ったまま囚われていた。
「おかしいと思ったんだよねー。大精霊をガチで失った星は存在を維持できないから、エバーグリーンはとっくに無に還ってる筈じゃん。なのにまだカラッカラとは言えあの世界は残ってる。つまり、星としての代謝は続いてて、生成されるマテリアルは全部ここに引っ張り込まれ、火星ゲートを生み出す原動力になってたってわけね?」
少年はウンウンと頷き、そしてベアトリクスを囲むコンソールに手を伸ばす。
「……ガイアプラントの最終系ってわけだ。なんでベアトリクスがそのまま残ってるのかわかったよ。この設備、歪虚が作ったんじゃない……エバーグリーン人が作ったんだ。それを元々の狂気王が丸呑みして取り込んだのか」
そしてベアトリクスから切り取られた力の一部は、狂気王の身体を内側から侵食した。そう考えれば辻褄が合う。
エバーグリーンを襲撃し、滅ぼした狂気王は“ベアトリクス”ではなかったのだろう。この火星クラスタと呼ばれる巨大な歪虚こそ、“狂気王”だったのだ。
その狂気王の主導権は既にベアトリクスにとってかわられている。だがベアトリクスの意志は狂気に堕ち、正しく機能していない。それが狂気王がいつまでも暴走を続け、火星ゲートから邪神を召喚できなかった理由――。
「ま、想定内だけど」
シュレディンガーはニマリと笑い、その身体にベアトリクスの虚像を纏う。
先のセントラルでの戦いで回収した、ベアトリクスの力の一部だ。
あの闘いでは第一目標は達成できなかった。だが、第二目標――ベアトリクスへのアクセス権のサルベージは終えている。
「こいつが君の合鍵さ。さあ、目覚めろ火星クラスタ。目覚めろ火星ゲート。狂気王の名において命じる。リアルブルーを――滅ぼせ」
停止していた火星クラスタが加速を始め、地球圏を目指す。
火星ゲートを使えば、クリムゾンウェストへの侵攻も容易となるだろう。
邪神の召喚と、ゲートの解放。二つの世界の滅びの時が、刻一刻と迫っていた。
(執筆:
神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
ドナテロ・バガニーニ
「一体どうすればよいのだ!? 誰があの火星クラスタを攻略できる!?」
「あの質量だ……何故か奇跡的に降下してこないが、地球に落ちるだけで全て終わりだぞ」
「やはり核兵器で片づけるしかあるまい!」
「誰が音頭を取る? 言い出しっぺが責任を負わされるのは目に見えている。私はお断りだぞ」
特に実りのない議論の真っただ中、ドナテロ・バガニーニ(
kz0213)は怒号を聞き流していた。
火星クラスタとの地球圏での交戦が始まって約一か月。
アレが地球に降りてこないとわかると、議論は混迷を極めた。
(まあ……言われた通り時間は稼げているであるが……)
喧々諤々の議員たちの中、スマートフォンを取り出しドナテロは日付を確認する。
トマーゾ・アルキミア(
kz0214)が定めた反撃の日まで約一週間……それまでの間、議会を黙らせておくのがドナテロの仕事。
だが、特に何もしなくても議員たちはずっと責任の押し付け合いをしている。
ドナテロが一言も口にせずとも、時間は無為に流れていった。
ナサニエル・カロッサ
アズラエル・ドラゴネッティ
ナディア・ドラゴネッティ
「サルヴァトーレ・ロッソの改修は間に合いそうかい?」
ロッソは現在、リゼリオの港に停泊している。
既に転移により専用の宇宙ドックを使えるようになったロッソだが、ここで改修作業を行っているのには理由があった。
現場を指揮するナサニエル・カロッサ(
kz0028)は、リゼリオにやってきた北方王国リグ・サンガマの使者たちを率いたアズラエル・ドラゴネッティを目端に捉える。
「ようやく来ましたか。準備は既にできていますよ。あとは皆さんの都合次第ですね♪」
ナサニエルとアズラエルが同時に頭上を仰ぎ見る。そこに黒く大きな影が落ちた。
天空を雄々しく舞うのは巨大な龍。北方王国で神として崇められ、絶大な力を持つ守護龍――青龍の姿がそこにあった。
羽ばたきで砂煙を巻き上げながら港に着陸すると、青龍はゆっくりと翼を折り畳む。
『サルヴァトーレ・ロッソ……異界の箱舟か。こうして目にするのは、強欲王との闘い以来だな』
「青龍様ーーーーっ!」
ぐっと首を背後に向けると、港に向かって走ってくるナディア・ドラゴネッティ(
kz0207)が見える。
が、ナディアはアズラエルとナサニエルを交互に見やり、ちょっとイヤそうな顔をした。
「青龍様、お待ちしておりました。おいおぬしら……偉大なる六大龍にあらせられる青龍様に失礼はなかろうな?」
「アハハッ、信用ないですね?私♪」
「いや、僕はその青龍様の神官なんだけど」
『……ナディアか。北方で顔を合わせたのがつい昨日の事のようだ。息災で何より』
跪き深々と頭を下げるナディア。そんな中、青龍は再びロッソに目を向ける。
『私があの中に入ればよいのだな?』
「ええ。憑龍機関は元々六大龍を入れる想定をしていましたが……いやはや、ホントに入っていただけるとは感激です☆」
狂気王との決戦に向け、あの強力な狂気の感染からハンターを守るための手段が求められていた。
ハンターが個人単位で対策することが無意味ではないということは先の作戦で証明されたのだが、それでも王を倒すとなればまだ足りない。
そこで考え出されたのが、より強力な結界を展開する方法――即ち、六大龍を搭載することであった。
『この命はお前達に救われたもの。恩義には礼を持って報いる……それが龍の矜持である』
「別に命の危険があるわけじゃないしね。戦艦の中で結界を作ればいいんだろう?」
『私の結界は長年メイルストロムを封印し、龍園を守り抜いたもの。必ずやお前たちの役に立つだろう』
実際問題、生体マテリアル燃料としては世界最高クラスの存在だ。
この龍一体だけで、世界のマテリアルを何年補えるだろうか。
青龍の協力が得られればサルヴァトーレ・ロッソの防御能力を大幅に強化できる。
「いえ、防御能力以外も……フフ、フフフフ……♪」
「あ、きたきた?! おーい、青龍ちゃ?ん♪」
「キャー! か・わ・い・い?♪ ドラゴン初めて見ちゃった?!」
「こっちに来て私たちと水浴びしましょ?! いっぱいサービスしてあげるぅ?!」
ロッソへとかけられた渡し橋の傍、浅瀬にたむろする人魚たちが手を振っている。
中には「ようこそサルヴァトーレ・ロッソへ(はぁと)」といった看板を振っている者もいる。
「ゴォラァァァーーー!? 北方の龍神に失礼な態度取るでなーい!! 神罰下るぞ神罰ッ!!」
「彼女らに何言っても無駄ですよぉ。知性が揮発してるんでぇ」
『良い、良い。私を歓迎してくれているのはなんとなくわかる。どれ、一つ異文化交流といこう』
のしのしと歩き出した青龍が海に飛び込むと、大量の海水と共に人魚が空中に飛び跳ねる。
降り注ぐ海水と人魚の黄色い悲鳴を浴びながら、ナディアの瞳は深く黒い闇に沈んで行った。
「ていうか龍園は大丈夫なの?」
「そっちはサヴィトゥールとシャンカラに任せておけば問題ないよ。北方は最近、比較的平和だしね」
海を泳ぐ青龍の頭や背中にくっついて楽し気に歌う人魚たちを眺める兄妹の頭に、打ちあげられた生魚がベチンとぶつかった。
「神罰……」
「トマーゾ教授。クリムゾンウェストより招集に応じ、出頭しました」
「ルビーか。よく来たな……そこの椅子にでもかけてくれ」
ルビー(
kz0208)がリアルブルーの月面基地崑崙を訪れたのは、ナディアを通じてトマーゾの招集を知ったからだ。
崑崙では断続的に付近のエリアでVOIDとの戦闘が続いており、軍事ドームの道中は慌ただしかった。
トマーゾもその例外ではないのか、研究室の中を忙しく歩き回っている。
ふとルビーの視線が捉えたのは、部屋の隅にある椅子に腰かけた少年の姿。
見た目は人間の少年だ。だが、何か違和感がある。存在感が妙に希薄なのだ。
「やあ。はじめまして」
「あ……はい。はじめまして。私はオートマトンのルビーです」
「自己紹介ありがとう、ルビー。でも僕の事は空気か何かだと思って気にしないでほしい」
ルビーの視線に気づいたから声をかけてきたのだろうが、少年はずっと文庫本に没頭している。
「待たせたな。茶菓子でも食うか? あいつの事は……まあ、そのうち話さねばならんが、今は当人が言う通り無視しておいてくれ」
ボリボリと煎餅をかじりながら、トマーゾはルビーと向き合う。
「次の作戦、貴様に頼みたいことがある。エバーグリーンのセントラルに向かい、ある仕掛けを頼みたい」
「仕掛け……ですか?」
「難しいことはない。わしが構築したプログラムを端末に入れてある。こいつをメインサーバーにブッ刺せばそれで終わりじゃ。しかし、その為には管理者権限が必要となるじゃろう」
「確かに私は高位権限を持つオートマトンです。しかし、セントラルに接続できる程では……」
トマーゾは指についた醤油タレを舐めると、自らの胸の手前あたりに手を翳す。
するとその掌に光が瞬き、気づけば緑色に輝く結晶がふわふわと浮かんでいた。
「これは……イクシード・プライム?」
「エバーグリーンのな。つまり、オリジナルベアトリクスの断片じゃ。奴の力と権限、マテリアルの結晶と言っていい」
「神の力……これを私に?」
「厳密に言うと、わし以外では貴様にしか扱えん。オートマトンは元々神の器だが、量産型では話にならん。貴様にはこれを見越して、再生時に器としての性能を与えている」
ルビーは無表情だったが、内心は少し困っていた。
神――大精霊の力を一部でも受け入れるということが、オートマトンにとって何を意味するのか、彼女は理解していたからだ。
ルビーの持つ自意識はルビーが体内に宿した精霊のもの。つまり――新たに大精霊の力を上書きすれば……。
「私は……消えるのですね……」
ぽつりと呟く。それは哀しいことだ。寂しいことだ。
ずっと前なら何も感じず二つ返事でOKしただろう。だが、今はどうしても首を縦に振るのが怖かった。
「いや、消えんぞ? 消えんようにした。色々非効率的ではあったがな」
ぽりぽりと頬を掻きながら、ばつの悪そうな様子でトマーゾは視線を逸らす。
「せっかく貴様が勝ち得た自意識だ。それを消すようではハンターがうるさそうじゃしな。別に貴様の為ではないので、勘違いしないように」
「――ふふ。わかりました、教授。……勘違いしないよう、気を付けますね?」
「ああ……。まあ、それはさておき、貴様にやってほしいことはもう一つ。極めて重要なことであり、その為にこの力を貴様に貸し出す。ルビー、貴様が次の戦い……狂気王に対抗するための鍵じゃ。これからわしの言う事を、よーく聞くのじゃぞ」
ルビーはトマーゾの話を一字一句聞き逃さぬよう、真剣に胸の内に収めた。
そしてすべてを理解すると席を立ち、成すべきことを成す為にクリムゾンウェストへと帰還していった。
「本当によかったのかい?」
「……なんじゃ? わしのやることに口出しするのか?」
パタンと文庫本を閉じ、少年はふわりと浮かび上がる。
「そうではないよ。僕は君の行動に干渉しないし、君も僕の行動に干渉しない。それがルールだからね」
「ならなんじゃ?」
「君はもう一度、過去と同じ過ちを繰り返そうとしているんじゃないかな。もし気づいていないのなら、教えてあげるのが優しさでしょ?」
「フン……わしは同じ間違いは犯さん。あの時……エバーグリーンで間違えたのは、諦めた事じゃ」
どちらかしか救えない――そう思った。
だからより多くを救う為に、本当に大切なモノを手放してしまった。
その選択は誤りだった。だからこそ、守ろうとしたもの全てを失ってしまった。
「もう諦めぬ。その為に出来る事はすべてやる。どんな手段であろうとも……どんな犠牲を払おうとも」
男の背中を見つめ、少年はわずかに微笑む。
そうして再び文庫本に目を向けると、それ以上男に語り掛けることはなかった。
(執筆:
神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
●拒絶と迎合
シュレディンガー
邪神ファナティックブラッド
トマーゾ・アルキミア
南雲 芙蓉
蒼き星、地球を見下ろす軌道上に浮かぶ火星クラスタ。その近くにぽつんと浮かび、黙示騎士シュレディンガーは星の声に耳を澄ます。
「……こんな状況になっても表に出てこないとはね。リアルブルーの大精霊って相当薄情……っていうか、イカれてるなぁ」
放置すれば自分の命が危ないというのに身を守ろうとしないというのは意外だった。が、それならそれで問題ない。
「そろそろか。待ちくたびれたよ――ファナティックブラッド」
「火星クラスタ付近に、巨大なVOIDゲート反応を確認! ……異世界からの転移ですッ!」
月面基地崑崙の軍事ドーム内がにわかにざわつく。
この展開は予想していたし、その為に準備を進めてきた。だが万が一この作戦が失敗すれば、リアルブルーの命運は尽きる。
「指令、このままでは……!」
「トマーゾ教授を信じるしかあるまい……。艦隊出撃準備! 以降、艦隊の指揮は南雲艦長に一任する!」
宇宙の暗闇を引き裂く更なる漆黒。赤黒い波動を纏った巨大な腕が、火星クラスタの作り出したゲートから飛び出してくる。
「で……でかい……!?」
「あれが邪神……!? 馬鹿な、あんな巨大なVOID……どうやって倒せば……」
『うろたえるな! 邪神は召喚させん……絶対にな!!』
崑崙の司令部にトマーゾ・アルキミア(
kz0214)の声が響き渡った。
「芙蓉! 今が好機じゃ!」
「わかっています……教授」
月面基地崑崙の地下。そこに統一地球連合政府も知らない秘密の地下空間があった。
薄暗い闇の中には淡く光を発する大樹――見る者が見れば“神霊樹”と呼ぶであろうものが聳え、その前に南雲芙蓉が立っている。
「此の神床に仰ぎ奉る……高き尊き神教のまにまに、直き正しき眞心もちて誠の道に違ふことなく、負ひ持つ業に勵ましめ給ひ家門高く……身健に世のため人のために盡さしめ給へと恐み恐みも白す……」
詠唱と共に機械杖を地に打ち付けると、みるみる内に神霊樹は青い輝きを増していく。
「まだか芙蓉!? 邪神召喚の工程が予定より早い!」
「……くっ……! 邪神の召喚にマテリアルを使っている筈なのに、まだこの世界に残留できるなんて……っ!」
「……んぉっ? あれ? もしかしてこっちが召喚中に他の世界に転移させようって魂胆? やるなぁ、トマーゾ君」
しかし当然、シュレディンガーは抵抗する。
確かにファナティックブラッドを呼び出す為に、火星クラスタはその力の全てを“転移”に向けている。
その分火星クラスタそのものの守り――即ちリアルブルーに滞在する能力も低下している。
召喚を最後まで終える前に別の世界に吹き飛ばされたら、また邪神の召喚は最初からやりなおし。時間も稼げるだろう。
「……リアルブルー大精霊、僕たちを弾き飛ばすか? でも無理だね! この時の為に僕はベアトリクスの力をサルベージして……ってぇぇぇぇ!?」
「――仮想領域認識。セントラルサーバー……アクセス。ベアトリクスプログラム起動。神権――疑似展開」
世界の壁に阻まれ、彼方に浮かぶ星……エバーグリーン。
その主要機能を与えられていたガイアプラントを要する都市“セントラル”にて、ルビー(
kz0208)はガイアプラントの前に立っていた。
機械装置に取り込まれた神霊樹が緑色の光を放ち、それがルビーの身体さえも包み込んでいく。
『ルビー、貴様にはエバーグリーン側から、“ベアトリクス”の召喚を試みて欲しい』
オートマトンの脳裏を過るのは、あの日崑崙でトマーゾに託された言葉だ。
『わしらがリアルブルー側から火星クラスタを送還し、貴様がエバーグリーンから火星クラスタを召喚する。勿論、火星クラスタは抵抗するだろう。じゃが――』
「二つの世界……両方から同時に……転移させれば……!」
「なにぃいいいっ!? そんな……火星クラスタが……転移させられるなんて!?」
激しい電流のスパークにも似た光が火星クラスタ全体を包み込む。
そして宇宙空間に開いた転移門に、徐々に火星クラスタは吸い込まれつつあった。
「マジか! やばい……邪神の召喚が維持できない……!」
『何をやっているシュレディンガー!? ……というか……何が起きているのだ??』
首を傾げる黙示騎士マクスウェル。黙示騎士ラプラスも怪訝な様子だ。
『シュレディンガー。このような展開は統一連合議会から聞いていないはずだが?』
「あいつら無駄な会議しかしてなかった筈なのに、いきなりか?。裏を掻かれたな?」
『ハハハ、ザマァないな! だが、この強制召喚を止めてしまえばよいのだろう?』
送還と召喚の発生源は簡単に探知できる。そこにいる術者を倒してしまえば問題ない。
「そういう事。邪神で一気に終わらせられると思ったけど……仕方ないか」
『よし、いいぞ! その判断を待っていたのだ! クハハハ……トマーゾォオオ! 今行くぞォオオオオ!!』
「バカが命令を聞かずに月に行きましたね!!」
『やらせておけばいい。それより……』
火星クラスタは既に体積の半分ほどがエバーグリーン側に転移しつつある。
つまり、二つの世界の空間に半分ずつ、火星クラスタが出現するという状態になっていた。
●永すぎた夢のおわり
懐かしい――。あるはずもない心の内で、■■■■■■が感じた想い。
懐かしい。とても懐かしい。たくさんの世界を巡り。星を巡り。ずっと……ずっと探し求めていた。
あの青い星もきれいだった。とてもきれいだった。でも、あれは自分の故郷ではなかった。自分ではなかった。
旅をして(破壊して)旅をして(粉砕して)旅をして(吸収して)――やっと辿り着いた。
(私の……故郷……。帰って来たよ……みんな……帰って来たよ……)
叫びたいのに声は出ない。泣き出しそうなのに涙はこぼれない。
(ただいま、ただいま……帰ってきたよ。皆を守る為に……皆を幸せにする為に……)
誰もいない。誰もいない。
生物は死に絶えた。守るべきニンゲンは死に絶えた。家族であるニンギョウも死に絶えた。
何も残っていない。砂があるだけ。瓦礫があるだけ。
腕を伸ばす――届かない。誰かを探す――どこにもいない。
(誰か……誰でもいい。私を思い出して。誰でもいい。私に……お帰りと言って……!)
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!!!』
エバーグリーンの青空を引き裂き、巨大なクラスタがゆっくりと出現するのを、ルビーはセントラルの街から見上げていた。
火星クラスタの一部が変形展開し、カタパルトから続々と狂気のVOIDがあふれ出す。その中には巨大な白いVOID――狂気王の姿もあった。
錯乱したように吼える怪物の姿は、火星での交戦時と打って変わって荒々しい。
当然のようにその叫びは狂気を運び、もしもこの世界に生き物がいたのなら、どれもが狂い死んでいただろう。
「……あなたを可哀そうだと感じるのは……あなたの心の一端を知ってしまったからなのでしょうか」
ぎゅっと、胸に手を当てる。苦しくて、悲しくて、切なくて……。
こんなに世界を愛していたのに、今はそのすべてを壊すことしかできないなんて――なんて悲劇。
「……オート・パラディン、オート・ガーディアン、オート・スパイダー全機起動。リフトアップ……」
セントラルの町中に隠されたリフトから、何百もの自動兵器が出現する。
それらは武装を装備していない。代わりにある装置――W型アブソーバーを搭載している。
ハンターらが狂気のVOIDを倒し、そこから回収・解析された狂気の波動。それを――指向性を持たせ、制御する装置。
「アブソーブ・フィールド……展開!」
マテリアルの光を帯びた自動兵器らが、互いに共鳴するように振動し、そして光を増していく。
『狂気の波動は文字通り、全方向に放出される波動じゃ。これは回避できないし、戦闘中ずっと受けることになる。波動は消せない。じゃが、波動に指向性を持たせることはできる』
トマーゾ教授はそう言って、エバーグリーンの自動兵器用のプログラムと共にW型アブソーバーをルビーに託した。
『狂気王の波動はエコーロケーション……波動により自分自身に近しい存在を探すための叫びじゃ。故に、波動の行きつく先には優先順位がある。最も優先順位が高いのがオートマトン。そして次にエバーグリーンの自動兵器。オートマトンがダメになるのは困るが――すでに動かんような自動兵器に狂気の波動が集中しても何も問題はない』
W型アブソーバーは、この膨大な数のスクラップ――もう動かない自動兵器に搭載するためのもの。
狂気の“避雷針”。これにより、空間に拡散される狂気の波動は緩和される。
「自動兵器は……システムが生きていない機械は……あなたの叫びに答えない」
悲しげに眉をひそめたルビーの上空、セントラルの空にまた新たに転移門が開く。
そこから出現したのは――ハンターらを乗せクリムゾンウェストから出撃した、サルヴァトーレ・ロッソ。
そしてリアルブルーから送り込まれた、統一地球連合軍の戦力であった。
(執筆:
神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
「……サルヴァトーレ・ロッソ完全転移確認! 異世界エバーグリーン……予定通りセントラルシティ上空ですががが!?」
別にオペレーターがバグったわけではない。空を舞うサルヴァトーレ・ロッソは、その巨体をガタガタと振動させているのだ。
「憑龍機関の出力が強すぎます! サルヴァトーレ級カタログスペックの3倍以上の出力が出てますぅぅぅ!」
「どうしてエンジンが爆発していないのかしら。マテリアル爆発で全員死んでいるはずの数値ね」
「艦長ォー! 舵が言う事を聞きませぇぇぇぇん! このままだと墜落しますッ!」
操舵士の絶叫は艦内にも響き渡る。当然揺られまくるハンター達も整備員もその他諸々スタッフも全員青ざめた。
『これでも抑えているのだがな……私の力を御せる者はいないのか?』
憑龍機関、すなわちサブエンジンとして接続された青龍の声が響くと、
ダニエル・ラーゲンベック
「……ったく、ピィピィうるせぇなあ。舵を俺に回せ。お前らはこまけぇ仕事だけやってろ」
ロッソの艦橋、その艦長席の足元には緊急時のために予備の操縦桿が隠されている。
ダニエル・ラーゲンベック(
kz0024)はそれを引っ張り出し、コンソールを操作して調整すると、ガッチリと操縦桿を掴んだ。
「おぉ……船体が安定した……!?」
「俺らは船乗りだぞ。慣性制御装置が効かなくたって、波に乗りゃいい。これだから宙軍育ちのお坊ちゃんは……」
「艦長! 正面火星クラスタから敵集団、来ます!」
青空を飛翔するロッソは、その巨大さを感じさせない軽やかな動きで敵集団の攻撃をかわす。
そして突如として艦の側面に無数の魔法陣が浮かび上がり、そこから横一線に閃光が敵を薙ぎ払った。
「仕様にない武装により敵集団を撃破! そして未確認のバリアにより攻撃遮断中! すごい……!?」
「考えるのはやめよう。俺たちは淡々と自分の仕事をするんだ」
「うん」
『フフ……存外とこの鉄の船で舞う空も心地よいではないか』
「せいぜい舌でも噛まないように気を付けな、青龍。俺の波乗りは――ちっとばかし荒っぽいぜ?」
『よかろう。この六大龍の力……使いこなして見せよ!』
サルヴァトーレ・ロッソは青い光の翼を広げる。マテリアルの幻影、ハンターの覚醒変化にも似た光景だ。
「このまま火星クラスタに突っ込むぞ! 主砲で外壁を吹き飛ばし内部に艦首をブッ刺し、そこからハンターを送り込む!」
ただでさえ強力なマテリアル砲に、青龍の力が集まっていく。
その一撃は機械的に何倍にも増幅された六大龍のドラゴンブレスに等しい。
「行くぞ野郎共! しっかり捕まっとけよ!!」
空中で始まった戦闘を見上げながら、ルビー(
kz0208)は崩れかけた高速道路を疾走する。
彼女の仕事はまだ終わっていない。合流地点に辿り着き、そしてあの火星クラスタに突入する必要があった。
そんなルビーの進行方向、今日何度目かわからない空間の亀裂が空を引き裂く。
「あれは……」
『ハロー、シチズン。こちらはエンドレスです』
異世界転移で出現したのは、狂気に侵食された戦闘揚陸艇。
ヴァルハラ級を中心に構成された、狂気ネットワークのVOID。コードネーム――エンドレス。
「こんな時に……。狙いは……私ですか」
エンドレスに付着した無数の眼球が一斉にルビーを捉える。
『高出力マテリアル反応を感知。検索……大精霊エバーグリーンの分体と認定。これよりプロジェクト『テロフェーズ』を開始します』
多数のドローンと共に出現するヴァルキリー型VOIDCAMが上空から降下しつつ、ライフルでルビーを狙う。
ここで足止めされては合流に間に合わない可能性が高いが、恐らくはリアルブルー側からの差し金。無視する事も出来ない……そう考え、戦闘態勢に入ろうとしたその時。
突然、またもや空間に亀裂が走り――エンドレスとは別の巨大な影が飛び込んできた。
その影は効果途中だったヴァルキリー型を一機跳ね飛ばし、悠々と空中を旋回する。
『あーら、失礼したザマス! でも、このメタ・シャングリラの進路上に入ってくるのが悪いんザマスよ???』
甲高い女の声が響き渡り、ルビーはゆっくりと構えを解いた。
「リアルブルーからの援軍……」
「トマーゾ・アルキミア教授直々の依頼とあれば、あたくし率いるメタ・シャングリラの名を上層部に轟かせる好機ザマス! 脱・理不尽な命令ザマス!」
メタ・シャングリラ艦橋で扇子を握りしめ、艦長の森山恭子(
kz0216)はモニターに移るエンドレスを睨む。
「それに、異世界に転移する能力を持つVOID……あたくしの可愛いイェルズちゃんを浚ったVOIDと関係があると見て間違いなしザマス! 絶対に許さないザマスーッ!!」
「実際、エンドレスほど異世界を飛び回っている歪虚も少ない……コーリアスを転移させた奴と関係はあるだろうな」
八重樫 敦(
kz0056)は宿敵を睨みつつ思案する。
そもそもこのメタ・シャングリラを異世界に飛ばすこと自体、正気の沙汰ではないが……。
サルヴァトーレ級を除けば、未だ試験運用中の試作艦とは言えメタ・シャングリラは最新鋭の戦艦。大気圏下での飛行能力も持っている。確かに増援として送り込むには適任だろう。
(トマーゾ・アルキミア……何者だ。まあいい、そんなことより今は――)
腰に差した刀を鞘の上から握りしめ、八重樫はいかつい眉間に更に皺を刻み込む。
「決着をつけるぞ……エンドレス」
『そこの赤くてお人形さんみたな可愛らしいお嬢ちゃん! トマーゾ教授より、あなたを無事に合流地点に送り届けるように頼まれてるザマス?!』
上空からCAM用パラシュートで降下してきたのは、戦車のような外見をした試作型CAM、通称ヨルズ。
『乗りなお嬢ちゃん。……まったく、ヨルズはタクシーじゃねぇんだがな。これも命令だ、合流地点の近くまで送ってやる』
ジェイミー・ドリスキル
シュレディンガー
マクスウェル
カッツォ・ヴォイ
「ありがとうございます、親切な異世界の方」
『よしてくれ……背中がむずかゆくなるぜ。生憎シートベルトは品切れでな。しっかり掴まっとけよ』
ジェイミー・ドリスキル(
kz0231)の声に応じ、その腕に飛び乗るルビー。ヨルズは土煙を巻き上げながら、ハイウェイを駆け抜ける――。
「ここが正念場です。敵の攻撃で崑崙が落ちれば、この状態は維持できなくなる。可能な限り敵を食い止めます」
一方、リアルブルーでは未だ体積の半分ほどが残留する火星クラスタと、そこから出現するVOIDを相手に戦闘が繰り広げられていた。
サルヴァトーレ・ブルを旗艦に再編成された月防衛艦隊は健闘しているが、火星クラスタはゲートの力でほぼ無限にVOIDを出現させてしまう。
(火星クラスタの機能を停止できなければ、単純な物量差で押し負ける……ですが、敵戦力をリアルブルー側に集中できれば、火星クラスタ突入班への防備が手薄になる)
旗色はあまりよくない。だが、火星クラスタについては前回の交戦でかなりの情報が集まっている。
それに、今は狂気の感染も以前ほど強くない。ならば、非覚醒者であるベテランパイロットもあてにできるだろう。
「それでもすべての敵を防ぐことはできない……」
『邪魔を……するなァァァァァッ!!』
すれ違い様に統一地球連合軍のCAMを一刀両断し、黙示騎士マクスウェルは崑崙に突っ込んでいく。
小型で機動力が高く、その攻撃力はCAMすら破壊するとなれば、並の防衛戦力で止めるのは不可能だ。
「黙示騎士マクスウェル……目くらましにはなっているか」
「あいつ基本的にバカだからね?。あと目立つのが好きなんだよ」
宇宙空間に浮かびながら火星クラスタとVOIDゲートのコントロールを続けるシュレディンガーの隣に、十三魔カッツォ・ヴォイ(
kz0224)の姿があった。
二人は既に協力関係にあり、カッツォはこの緊急事態に備えてシュレディンガーが予め声をかけたのも頷ける実力者だ。
「それにしても、あの蒼き輝き……このマテリアルの波動……。どんな宝石よりも美しい」
月面に浮かび上がる魔法陣と、その中心から天を衝く光の柱。カッツォはその波動に覚えがあった。
「並の精霊ではないな。あれは……まさかリアルブルーの大精霊か?」
「月にいるとは思わなかったけどね。ズルじゃん。ともあれ、ちょっと見ての通り僕は手が離せないんだ。悪いんだけどカッツオ君、あれ盗んできてくれない?」
「構わないが……そのままクリムゾンウェストに持ち帰らせてもらうぞ? あの輝き、我が君にこそ相応しい。そしてあれだけの力があれば……フフフ」
「とりあえずあれが止まってくれればなんでもいいよ。よろしくね、ノーフェース」
馴れ馴れしい笑みにフンと鼻を鳴らし、カッツォは無重力の海を月に向かって進み出す。
マクスウェルの後を追っていけば、比較的安全に崑崙まで到達できる見込みだった。
ナナ・ナイン
ラプラス
「ほわぁー」
火星クラスタの中枢。その心臓部とも呼べる場所でナナ・ナイン(
kz0081)は感嘆の息を吐いた。
「もしもーし、生きてるー? ねーねー、これが本当に大精霊なの?」
『シュレディンガーの予想ではな。ガイアプラント……星の中枢から命の力を吸い取り続ける檻だ』
黙示騎士ラプラスはナナ・ナインの質問に淡々と応じる。
巨大な機械装置の中心、ガラスのような半透明のケースの中、満たされた液体の中にオートマトンの残骸が浮かんでいる。
「ふーん。なんかお嫁さんみたいな恰好してるね☆」
『……ベアトリクスに興味があるのか?』
「べっつにー。でも、いっぱいファンがいたって聞いたから、ナナとどっちがアイドルなのかなーと思っただけ。ノーフェースにここにいろって言われたけど、誰も来ないしつまんなーい」
頬を膨らませながらしゃがみ込むナナ・ナイン。そうして半生物化した床をプニプニして遊んでいる。
『カッツォ・ヴォイに命じられたのか』
「うん。いっぱいファンが来てくれるって聞いたの。あとはよくわかんない。どうでもいいし」
『そうか』
腕を組み、ラプラスは眉一つ動かさずに告げる。
『ファンとやらが……沢山集まると良いな』
「うんっ☆」
ジェイミーとヨルズの力も借りて合流地点に到着したルビーは、頭上に浮かぶ半月を見上げる。
『ルビー。貴様にもう一つ頼みがある。この頼みは、聞けなくても仕方ない。失敗しても貴様を責めたりはしない。だが……』
あの日、白衣の男は言った。ルビーの手を取り、頭を下げて。
『どうか……ベアトリクスを……。わしの大事な娘を……救ってやって欲しい』
確かに、そう言ったのだ。
エバーグリーンで生まれ、クリムゾンウェストに転移し、大渓谷での永い眠りから目覚め、そして歪虚と戦い……ハンターのおかげで命を拾った。
この作戦はハンターが積み重ねてきた成果の結晶だ。ハンターがみんなを助けてきた。だから、みんなもハンターを助けてくれる。
「私も――」
今こそ、逆転の時。
「絶対に……諦めません」
(執筆:
神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)
テンシ・アガート
ベアトリクス
ルビー
エアルドフリス
八重樫 敦
キヅカ・リク
動力である大精霊エバーグリーンと支配者たる狂気王を失い、火星クラスタは崩壊を始める。
自壊するガイアプラント、その中心でテンシ・アガート(
ka0589)はオートマトンの残骸を抱き上げる。
「ベアトリクス……」
元々下半身は崩れ去っていたが、今や残された半身も砂のように崩れつつあった。
閉じられていたベアトリクスの瞼が開き、光のない瞳がテンシの姿を映し出す。
しかしそれ以上言葉を紡ぐことはなく、人形は静かに瞼を閉じ、そしてその身体はひび割れ、そして砕け散ってしまった。
「大丈夫です。彼女の心は私の中にあります」
「うん、そうだね。早くベアトリクスの心を持ち帰ってあげないと……って、火星クラスタが墜落してる!?」
「ゆっくりではありますが、そうですね。これだけの大質量物ですから……早く脱出しないと崩落に巻き込まれます」
すっと立ち上がったルビー(
kz0208)。その姿をテンシは茫然と見つめている。
「……? 急いで脱出を……」
「ルビー……なんか光ってない?」
小首を傾げたルビーが見たのは、自分のボディが緑色に眩く発光する様だった。
「っていうかどんどん眩しくなってる!」
「こ、これは……?」
戦いを終えたエバーグリーンの大地。しかしそこには激しい戦いの傷跡が刻まれていた。
都市を粉砕して突き進んだ狂気王と、地表に放たれたヴァルキリー隊。
そして空中で繰り広げられたエンドレスとの闘いの結果、地上に墜落したメタ・シャングリラ……。
「シバ師……いや、辺境部族らの仇討ちは成った、か。相応の代償も支払わされたようだがね」
墜落したメタ・シャングリラは、ハイウェイにひっかかるような状態で停止していた。
そこから負傷者を連れ出し、道端に敷いた急ごしらえの診療所でエアルドフリス (
ka1856)は治療に当たっていた。
「……すまんが追加だ。崩落に巻き込まれ、足を折っているらしい」
八重樫 敦(
kz0056)が担いでいた負傷者を下ろすと、エアルドフリスは早速処置に取り掛かる。
「お前達も戦闘直後で疲労しているだろうが、もう少し付き合ってもらうぞ」
「それはお互い様だと思うがね。なぁに、どうせクリムゾンウェストに引き戻される時間はわからんのだし、じっとしているより幾らか気を揉まずに済む」
エンドレスを撃破した功績は大きい。彼の歪虚に滅ぼされた辺境部族にとっては、ようやく留飲の下がる思いだろう。
だが、復讐とも言うべき戦いの結末は――こんな最果て。冷たい石と鉄しかない世界だった。
「……あれが眠るには似合いの墓標かもしれんがね……ん?」
「あれ……? おーい、エアさーん!」
手を振りながらハイウェイを走ってくるのはキヅカ・リク(
ka0038)だ。
エアルドフリスはそれを迎え入れながら、即座にその身体をがしりと掴み、そのまま手を上から下へ。
「いててて!? なになに!?」
「触診だよ。健勝で何よりだ、リク。……狂気王はどうなったね?」
「何とか倒したよ。CAMは足がダメになったから置いてきた。そっちは?」
「エンドレスは墜としたさ。皆も無事と言っていい……一応は、な」
「あー……実は負傷者が多すぎて救助の人手を借りに来たんだけど……間に合ってないっぽいね」
さてどうしたものか。同時に「うーん」と唸る二人だが、キヅカがあることに気づく。
「僕の気のせいならいいんだけど……火星クラスタ、落ちてきてない?」
頭上を見上げ、しばし思案するエアルドフリス。
「天文学は不勉強なんだがね。アレだけの大きさの物質が落ちると拙いんじゃあないか?」
「……まずいね。最悪、僕ら全員死ぬかも……」
トマーゾ教授の説明では、VOIDは核を失えば消滅するので、地表に墜落するよりも消滅の方が早いという計算だったが……。
……不安が脳裏を過った正にその時だ。
眩い……とても直視もできないような光が、強く強く輝いたのだ。
その光は火星クラスタの中心から放たれ、崩落していくクラスタ全体に染み渡っていく。
「これは……?」
「大精霊……星の光……?」
アイシャ
ガナフ
深い傷を負って倒れたアイシャ(
ka7015)が目を開いて見たのは、心配そうに自分の顔を覗き込むワイバーンの姿だった。
「ガナフ……」
ワイバーンは主の目覚めを感じ取り、その頬をべろりと舐める。
「気が付きましたか? あ……まだ動かないでくださいね。かなり血を流していますから」
そして視線を動かすと、南雲芙蓉の姿が見える。どうやら彼女の膝に頭を置いているらしい。
「ここには地球の命の力が満ちています。回復の術を使いましたから、命に別状はありません。今から地上に戻るより、ここでクリムゾンウェストへの帰還を待った方が良いでしょう」
「ごめんなさい……迷惑をかけてしまって。それから……ありがとう」
「こちらこそ、あなたには命を救われましたから。お礼を言わせてください」
傷は深い自覚があったが、不思議と痛みはなかった。暖かいマテリアルの光に満ちたこの空間がそうさせているのだろう。
見れば、闘いを終えた他のハンター達も不思議そうに周囲を眺めている。
リアルブルーの月、その地下に満ちる光の空間。
神霊樹と、その周囲に広がる白い砂漠。この光景こそ、リアルブルーの大精霊が月にいる事の証左だろう。
「ここは……?」
「……この場所の事は……いえ、この世界の事は、またいずれご説明します」
血を流しすぎた事、そして安堵したこともあり、再びアイシャの意識は闇に沈んでいく。
最後に彼女が見たのは、地上へと続く光の道が閉じ――まるで最初から何もなかったかのように、この空間が閉ざされていく様子だった。
崩落する火星クラスタから放たれた光は、見る見るうちに実体を伴っていく。
それはマテリアルで編まれた現実――魔法の光。
火星クラスタを取り巻くように成長し、緑の葉をつける大樹の幻影だ。
「樹……これって神霊樹? 俺たちを守ってくれてるのか?」
火星クラスタは巨大な樹に飲み込まれ、崩落は停止。そして大樹は地上にそっと根を張り、巨大な火星クラスタが大地に衝撃を与える事はなかった。
「恐らく……これがベアトリクスさんが最後にガイアプラントに命じた事だったのでしょう」
外壁を突き破る大樹の枝を渡っていけば、火星クラスタの外に出る。
強く風が吹いてテンシの髪を揺らした。そして眼下に広がるのは――果てしなく広がる滅びた世界。
神霊樹から降り注ぐ小さな光の粒が、まるで雪のようにセントラルへと降り注いでいく。
「うわあ……! すごい……綺麗だなあ……」
「はい。それに……あれを見てください」
大地に落ちた光の粒は、そこに小さな緑を咲かせる。
闘いで崩れ落ちたビルに。ぼろぼろになって膝をついた自動兵器に。
緑が芽吹き、少しずつ……しかし確実に、セントラルの大地に命を吹き込んでいく。
「エバーグリーンが蘇ろうとしているのか?」
「いえ。この世界そのものを元に戻すことは、残念ながら難しいでしょう」
長い――とても長い間、打ち捨てられていたエバーグリーンという世界。
もっと早く大精霊を解き放っていれば……そんなIFを考える事に意味はない。
この世界に戻された命の量などたかが知れている。だがルビーの胸には確かな安堵があった。
「ああ……」
きっと彼女は救われた。そう信じられた。
「おかえりなさい……ベアトリクスさん」
ハンターらを迎えにやって来たサルヴァトーレ・ロッソが、火星クラスタを取り込んだ巨大神霊樹に横付けしてくる。
テンシはルビーの手を引き、木の根を走り出した。
こうして界冥作戦は終結した。
火星クラスタの消滅により、リアルブルーに起きていた邪神出現の兆候はきれいさっぱりとなくなり。
火星ゲートが機能停止したことにより、宇宙から無限にVOIDが襲い来るという危機的状況は解決された。
崑崙の緊急事態宣言も撤回され、避難していた人々は少しずつ月に帰っていく。
ドナテロ・バガニーニ
トマーゾ・アルキミア
大精霊リアルブルー
統一地球連合議会は地球全体に力強い勝利宣言を出した。
尤も、地上には先の戦いで出現したVOIDがまだまだ残されているのだが、火星クラスタの脅威に比べれば微々たるものである。
この歴史的勝利にはクリムゾンウェストからやって来たハンターらの活躍があってこそである。
ドナテロ・バガニーニ(
kz0213)議長はここぞとばかりにハンターの有用さ、そして彼らがいかに安全で人道的な存在であるかを世界各国に説いていく。
これにより異世界人に対する風向きは大きく変わっていくことになる……。
「なにはともあれ、地球は救われたのじゃな」
作戦完了の報告を受け、トマーゾ・アルキミア(
kz0214)は深く息を吐いた。
浮かび上がる感情は悲喜こもごも。とても歓喜する気にはなれなかった。
自分がこれまで犯してきた過ち、罪……いつかは必ず償わねばならない。
だが、感謝の念はとめどなく溢れてくる。自分には出来なかったことを――彼らは成し遂げてくれた。
「地球は救われた……本当にそう言えるのかな」
ふわりとトマーゾの隣に降り立った少年は、モニターに映し出された勝利に歓喜する統一地球連合軍の様子を眺め。
「勝鬨は闘いの終わりを……そして新たな戦いの始まりを告げる。一度邪神を退けた所で、運命は変わらない」
「フン……変わろうとしない、の間違いではないのか? “大精霊リアルブルー”よ」
少年は眉一つ動かさない。
「その指摘はあくまで人間の尺度だね。僕は変わり続けているよ。人間よりもずっと早いペースでね」
「ならば何故抗わない? 滅びの運命から」
「知ってるでしょ」
これ以上会話するつもりはないと言わんばかりに、定価よりずっと安い値札がつけられた文庫本を取り出す。
「僕は――人間が大嫌いなのさ」
(執筆:
神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)